稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜 第二十三話 社長の憂鬱(1)

  • 2018.09.04 Tuesday
  • 10:55

JUGEMテーマ:自作小説

日曜というのは鬱陶しい日に思う。
人という生き物が、抑圧されたストレスや欲求を発散させる為、あちこに沸いてくるのがこの日だから。
車に乗れば渋滞は当たり前で、こんな日は出かける気にもなれない。
唯一の楽しみであるショッピングをする気さえ失せてしまって、退屈な社長室で暇を持て余すばかりだった。
「社長!」
常務の豊川が駆け込んでくる。
ずいぶん焦ってるみたいだけど無視した。
どうせまたしょうもないトラブルでも起きたんだろう。
そんなのは自分たちだけで対処したらいい。
イヤホンを挿し、お気に入りの音楽に浸る。
目の前では豊川が何か喚いているけど、シッシと手を振った。
今日が鬱陶しい日曜日でなければ、せめて話くらいは聞いてあげたかもしれない。
これは私が悪いんじゃなく、人間があちこちに蠢く日曜日という今日が悪い。
だから延々と無視を決め込んでやった。
豊川は必死に何かを伝えようとしていたが、急に肩を落として項垂れる。
そしてトボトボと社長室を出て行った。
「しつこい男。」
イヤホンを外しながらボソっと呟く。
背伸びをしながら椅子の背もたれに身体を預け、普段は消している狐の尻尾を出して、枕がわりにした。
ガラス張りの壁面からは街の景色が一望できる。
ここは地上60メートル、250階建ての最上階の社長室。
この街ではどこよりも高いこのビルからの眺めに、最初は感動した。
でもいい加減飽きてきた。
人の世はあらゆる物で溢れていて、刺激には事足りるけど、空気の穢れがいけない。
早く自分の居場所に帰りたかった。
この部屋にはふんだんにお金を使った贅沢な調度品や飾り物があるけど、それも浮世の暇つぶし。
向こうに持って帰る気はない。
周りは私をワガママな放蕩女だというけれど、そうでもしなければこっちの世界にいる気になれないだけだ。
本当にワガママな女は前社長の九ノ尾吉音こと、前稲荷の長であるダキニの方だ。
あの女、浮世で下らない揉め事を起こしたばかりに、この国を治める神々の怒りを買って、しばらく地獄に幽閉されることになった。
これで少しは反省するかと思いきや、なんと地獄の鬼どもを従えて贅の限りを尽くしている。
閻魔の使いさえも買収して、地獄の底で豪邸を建てているのだ。
以前に面会に行った時なんて『良い別荘ができた』なんて喜んでいた。
困った閻魔が如来の一人に相談し、どうにか改心させてやってくれないかと頼んだんだけど、仏の説法さえ鼻であしらった。
それろこどかその如来まで買収しようとする始末で、こうなればもっとキツい折檻をと、温厚な如来がキレて明王に姿を変えた。
太い鎖でグルグルに縛られて、鬼でさえ一瞬で骨に変わるほどの血の煮えたぎる地獄釜に叩き込まれても、平気な顔で笑っていたっていうから呆れものだ。
・・・もうじきその女が帰ってくる。
残す刑期はあと二日、そうすれば晴れて自由の身となり、再び地上へ現れてこの椅子に座るだろう。
あの女の脅威に比べたら、私のワガママなんて可愛いもの。
三日後にはこの椅子に座り、独裁者も真っ青のワンマン経営を敷くだろう。
・・・・まあ私の知ったことじゃない。
この会社がどうなろうと、人の世がどうなろうと、私にはなんの関係もない。
どうせあと数日のことだし、いっそのこと今から自分の世界へ帰ったって問題ないような気もする。
経営は専務や常務がやっているし、荒事はカグラの連中がやってくれる。
私が必要とされるのは、たまきのような強敵が出てきた時だけだだ。
高位の神獣に立ち向かえるのは高位の神獣だけ。
たまきはセンリという猫神で、稲荷の長だったダキニに匹敵する。
そんな猛者が相手じゃ、いくら荒事が得意なカグラの連中でも尻尾を巻くしかない。
一昨日のこと、あの鬼神川が尻尾をまいて助けを求めに来た。
その日は軽くあしらったけど、次の日の朝一番にまた助けを求めに来たので、しつこくて情けない男だと嘲笑してやった。
鬼の狐火なんて異名を取りながら、何度も泣きついてきてカッコ悪いと思わないの?とあしらってやったのだ。
鬼神川は『どうか手を貸して頂きたい!』なんて頭を下げてたけど、笑いながら無視してやった。
あと数日で面倒な人の世からもおさらばだというのに、どうしてあんな強敵と事を構える必要があるのか。
そんなの断るに決まっている。
私が何もしなくても、ダキニが戻って来たら自分から喧嘩を売りに行くだろう。
鬼神川にはそれまで辛抱させておけばいい。
・・・・さて、あれこれ考え事をするのも飽きてきた。
他にすることもないし、渋滞覚悟でショッピングにでも行こうかなと、秘書に車を回すように言った。
今日は雲ひとつない青空。
それだけが鬱陶しい日曜日の唯一の救いだった。
社長室を出て、数人の秘書を従えながらエレベーターを降りていく。
一階につき、エントランスを歩き、受付の前を通った時だった。
「社長!」
しょうこりもなく豊川が駆けてくる。
その後ろには専務の瀞川と取締役の安志もいた。
「待って下さい!」と叫びながら、バタバタと足音を響かせる。
まったく・・・・これだからしつこい男は嫌いだ。
おまけに騒々しいとなれば、振り向く気にもなれない。
叫び声を無視し、会社の外へ出る。
艶やかに黒光りするロールスロイスのドアを運転手が開き、白手袋をサっと座席に向けた。
さっさと乗り込まないとあいつらが追いかけてくる。
「すぐに出して」と運転手に命じた瞬間、車の前に鬼神川が立ちはだかった。
両手を広げ、どこにも行かせないと睨んでくる。
運転手はオドオドと私を振り返った。
「出して。」
「いや、しかし・・・・、」
「轢いていいから。」
「そんなことをしたら・・・・、」
「タフな男よ、死にはしないわ。」
この運転手は人間である。
こんな大きな車で轢いて死なない人間がいるはずがないと、アクセルを踏むことを躊躇っていた。
そうこうしているうちに豊川たちが追いついてきて、コンコンとドアを叩いた。
心の中でため息をつく。
運転手に窓を開けるように言い、「なに?」と騒々しい男たちを睨んでやった。
「社長!大変です!」
「そうなの?じゃ。」
「あ、ちょっと・・・・、」
慌ててウィンドウを押さえている。
「お話を!」
「さっき聞いたじゃない。なに?って。そうしたら『社長!大変です!』って言うから、そうなんだって頷いてあげたでしょ。もう話は終わったわ。」
「どう大変なのか聞いて下さい!」
「じゃあさっさと言ってよ。鬱陶しい。」
「は!実はですね、たまきが人質を監禁しているコテージを襲撃してきまして。」
「たまきが?」
「つい先ほどのことです。」
「なんで報告しないのよ?」
「報告を申し上げようとしましたが、音楽を聴くのに夢中でいらしたので・・・・、」
「私が悪いの?」
「いえいえ!滅相もない!」
「私に聞いてもらおうとする努力が足りなかった。そうでしょ?」
「仰る通りでございます!」
「で?」
「・・・で?」
「こっちが聞いてるのよ。」
ペチンとおでこを叩く。
痛そうに押さえながら「申し訳ありません!」とペコペコしていた。
「見張りの者たちが応戦したのですが、いかんせん相手はあの猫神ですから・・・・、」
「人質は全部奪われたのね?」
「いえ!一人は残っております、はい!」
「誰?」
「北川翔子です。」
「あのお嬢様が?」
「残念ながらムクゲともう一人の女には逃げられてしまいましたが。」
「ふう〜ん。」
「あの・・・・社長?」
「いいんじゃない、別に。」
「と・・・申しますと?」
「ムクゲをさらったのはたまきへの牽制。でもその効果はなかったみたいね。あの女を抑え込むどころか、かえって火を点けただけじゃない。」
「仰る通りで・・・・。」
「だから私はやめときなさいって言ったのよ。その程度で大人しくなるようなタマじゃないんだから。」
「はあ・・・いや、しかしですね、ムクゲの誘拐は社長の提案で・・・・、」
「なに?私が悪いの?」
「いやいや!滅相もない!」
「私を止めようとする努力が足りなかった。そうでしょ?」
「仰る通りでございます!ええ!」
「常務失格ね。」
「精進いたします!」
「で?」
「・・・はい?」
「だからこっちが聞いてるのよ。」
「痛ッ!」
ペチンと良い音がする。
面白いのでもう一発叩くと、加減を間違えてバチコン!とすごい音がした。
「ぐぎょおッ・・・・、」
白目を剥き、泡を吹きながら倒れていった。
「豊川常務!」
安志が慌てて抱き起こす。
「しっかりして下さい!尻尾が出ていますよ!」
「ぐふう・・・・・、」
「ダメだこりゃ。」
大きな狐のしっぽが生えてきて、ピクピクと痙攣している。
安志はすぐにガードマンを呼び、常務室へ運ぶようにと預けていた。
「社長。」
今度は瀞川が私の前に立つ。
「ムクゲだけでなく、伊礼と親しくしている女にも逃げられてしまいました。」
「竹下なんとかって女のこと?」
「は!」
「そっちはカグラが勝手にさらったんでしょ。こっちには関係ないわ。」
「仰る通りです。」
そう言って鬼神川を睨んでいる。
すぐに私に視線を戻し、「北川翔子だけは奪われるわけにはいきません」と息巻いた。
「鬼神川の部下が必死に応戦したおかげで、多少の時間は稼げたそうです。その隙に北川翔子は別の場所へ移しました。」
「ならいいじゃない。」
「しかしたまきはまだ諦めていません。北川翔子を取り戻そうと、カグラの連中を追撃しているそうです。」
「執念深いわね、そういうの嫌いだわ。」
「こちらの兵隊も応援に向かわせましたが、そう長く足止めは出来ないでしょう。」
「そ。・・・・で?」
「ここはひとつ、社長のお力添えを。」
安志と並んで頭を下げる。
すると鬼神川もやって来て「ご助力を!」と叫んだ。
よく見ればスーツが乱れていて、顎から頬にかけて切り傷が走っていた。
じんわりと赤い血が滲んでいる。
「あなた怪我してるじゃない。」
「たまきとやり合ったもので。」
「そう、ご苦労様ね。」
この顔を見る限り、やり合ったよいうより一方的にやられたんだろう。
情けない男と笑ってやろうとしたが、そんなことをすれば余計に私の力をねだるだろう。
ここは一つ、おだててやる気を出させてみるのかもいいかもしれない。
「そんなペコペコしてちゃ鬼の狐火の名が泣くわよ。」
「お恥ずかしい限りで。しかしいかんせん相手が相手だけに・・・・、」
「頼りにしてるのよ。あなたみたいな男が頑張ってくれるのを。」
「・・・どういう意味で?」
「あなたは筋肉マッチョマンの武闘派、残念ながらオツムは鈍いわ。でも力は凄まじいものがある。
その腕力は敵対する霊獣を何匹も粉砕してきたし、その肉体は何度も仲間を守ってきた。
いついかなる時でも背中を見せずに、鬼のような形相で戦い抜いてきた男、それが鬼神川周五郎でしょ?」
「それはそうですが・・・。」
「相手はあの猫神、苦戦するのは分かるわ。でもそれはあなたが弱いからじゃない。ここが足りないからよ。」
「頭ですか・・・?」
「もう少しオツムがあれば充分に戦える相手よ。勝つまでとはいかなくても、互角には持っていけるでしょうね。」
「そ、それはどんな方法か!ぜひご教授を!」
カっと目を見開いて詰め寄ってくる。
武闘派は優秀な飼い主がいてこそ力を発揮するもの。
本人が一番よく分かっているからこそ、「ご教授を!」と必死だった。
「いいわ、教えてあげる。」
身を乗り出し、指を振りながら言った。
「マタタビを使えばいいのよ。」
「マタタビ?」
「たまきは猫だから。マタタビをあげればゴロニャンするわ。」
「からかっているのか?」
「ほんとよ。いくら神様でも猫の本能には逆らえない。」
「いやしかし・・・・・、」
「袋いっぱいのマタタビを持っていけば、ゴロゴロニャンニャンして普通の猫に成り下がる。あとは楽勝よ。」
「そんな方法が通用する相手だろうか?」
「単純だからこそ誰もやらなかったのよ。もし私が戦うなら絶対にそうするわね。」
「社長もですか。」
「でも普通の霊獣じゃそれでも勝てないはず。いくらマタタビに酔っ払っても相手は猫神。ダメージなんて与えられないわ。
けどあなたは違う。鬼の狐火と恐れられる男なら、無防備になったたまきなんて敵じゃない。」
「・・・・・・・・・。」
「力には自信があるんでしょ?」
「それなりには。」
「ならさっさとペットショップに行って来なさいな。たくさんマタタビを買ってから、もう一度たまきに挑めばいいわ。」
「本当にそんな方法で勝てるので?」
「あなたの力なら。」
ポンと太い腕を叩く。
筋肉が自慢の男というのは、何よりも筋肉を褒められることを喜ぶものだ。
特にこういうオツムのない男は。
「じゃ、私はこれで。」
「社長!」
「もう一度自分の力で挑みなさい。それでも無理だったら私が出てってあげるわ。」
「しかし・・・・、」
「それともなに?その筋肉は伊達なの?」
「まさか。」
「鬼の狐火、鬼神川周五郎の本当の強さ、あの女に見せつけてやりなさい。」
車を発進させ、ウィンドウ越しに手を振る。
鬼神川は思案気な顔で悩み、瀞川と安志は諦めのため息をついていた。
「どう頑張ってもあの男じゃ無理ね。」
たまきの強さは折り紙つき。
事あるごとに泣きついてくるような男じゃ太刀打ちできない。
けどまあ・・・あの男がどうなろうと知ったことじゃない。
勝っても負けても私には関係ないし、結果も気にならない。
浮世の出来事なんて興味の対象外だ。
予想通り道は混んでいて、鈍足な車の流れをあくびと共に眺める。
こんな光景を見るのもあと少し。
そう思えば心も晴れ晴れとしてきた。
ノロノロと動く車に揺られていると、行きつけのブランドショップの看板が見えてきた。
人間の作る服や靴はバラエティに富んでいて、それだけが唯一羨ましいと思える。
だからどうってことはないんだけど。
車は店の近くまでやって来て、中からイケメンの店員が駆け出してくる。
私に向かって深々とお辞儀してから、お得意様専用の駐車場へと案内してくれた。
いつものようにドアを開けてくれて、「ようこそお越し下さいました」とまたお辞儀をする。
「何かいい物は入ってるかしら?」
「葛之葉様お気に入りのブランドの新作が入荷しております。その他にも幾つかお気に召して頂けそうな物も。」
「なら見せて頂くわ。」
手を引かれて車から降りる。
その時、運転手が慌てて降りてきて「お電話です!」と差し出した。
社長専用のケータイだけど、しょっちゅう掛かってくるのが鬱陶しいので運転手に預けっぱなしだった。
「今忙しいの、切ってちょうだい。」
「しかし・・・・、」
「なんなら捨ててもいいわ。」
「相手はカグラの社長様からで・・・、」
「伊藤から?」
あの男が直接掛けてくるなんて珍しい。
別に話すことなんてないんだけど、少しだけ興味を引かれた。
「もしもし?」
わざとイラついた声で尋ねる。
もしつまらない話だったら許さないという意味で。
『どうも、お久しぶりです。』
「今忙しいの。さっさと用件を言ってくれる?」
『相変わらずの高飛車っぷりですね。』
「じれったい男は嫌いなの。用がないなら切るわよ。」
短く笑い声を響かせてから、『実はですね・・・』と切り出してきた。
『今ここにあの女が来ていまして。』
「誰?」
『たまきです。』
「あらそうなの。じゃ。」
プツっと電話を切る。
さっさと用件を言えといっているのに、こっちの言葉が伝わってないのだろうか。
中身のない男の電話ほど時間を無駄にするものはない。
グシャリとケータイを握り潰し、「捨てといて」と運転手に預けた。
すると今度は私のスマホが鳴った。
相手はさっきと同じ男・・・・少しだけ殺意が芽生える。
無視しようかと思ったが、きっとしつこく何度も掛けてくるだろう。
うんざりするけど、もう一度だけチャンスをあげることにした。
「もしもし?5秒以内に全ての用件を伝えて。でなきゃ首を刎ねてやるわ。」
『へえ、私の首を刎ねるつもりでいるとはね。』
女の声が帰ってくる。
聞き覚えのある声だ。
「たまき?」
『久しぶりね。』
「伊藤は?」
『目の前にいるわよ。』
「じゃあなんであなたが掛けてきてるのよ。」
『自分が掛けても出ないだろうからって。』
「情けない男。」
カグラには女に泣きつく男しかいないのだろうか。
呆れて怒りも失せてくる。
『あんた今どこにいるの?』
「どうして教えなきゃいけないの?」
『話したいがことがるから。』
「私は無いわ。」
『ならこっちから出向こうかしら。どうせ買い物にでも行ってるんでしょ?
たしかボッチってブランドが好きだったわよね。この辺だと大通りの傍にあるあの店かしら?』
相変わらず勘がいい。
だからこそ癪に障る。
「用があるなら今話せばいいじゃない。」
『あら?電話嫌いなのにちゃんと聞いてくれるの?』
「あなたに来られるよりマシだからね。せっかくのショッピングも気分悪くなりそう。」
『じゃあ言うわ。今すぐ翔子ちゃんを返して。』
「翔子ちゃん?・・・・ああ、あのお嬢様のこと。彼女のことなら鬼神川に聞けばいいじゃない。だって彼がさらったんだから。」
『さっきまた来たからボッコボコにしてやったのよ。あいつ私の所になにを持って来たと思う?』
「さあ?猫缶でも持ってきたのかしら?」
『マタタビを持ってきやがったのよ。しかもレジ袋一杯にね。そいつをこれみよがしに見せつけるもんだからブチっと来ちゃって。』
「怖いわあ。きっと無事じゃないんでしょうね、彼。」
『しばらくは立てないと思うわよ。今も私の足元で転がってるし。』
容易に想像がつく。
まさか本気でやるとは思わなくて、呆れるよりも可哀想と笑ってしまった。
『これ、どうせあんたの嫌がらせでしょ?』
「さあね。」
『ていうかそんなことはどうでもいいのよ。とっとと翔子ちゃんを返しなさい。さもなきゃほんとに今からそっちへ行くわよ。』
「やめてよ。もうすぐ任期が終わるっていうのに。あなたと事を構えたくなんてないわ。」
『ならすぐに翔子ちゃんを返してよ。』
「だからなんで私に言うのよ。彼女をさらったのはカグラでしょ?だったら伊藤に言えばいいじゃない。今目の前にいるんだし。」
『聞いても答えないのよ。どうしても知りたいならあんたに聞けばいいの一点張りでね。』
「伊藤がそう言ったの?」
『そうよ。』
「あ、そ。ならあとで殺すって伝えといて。」
明確な殺意が沸いてくる。
泣きついてくるだけならまだしも、この私に厄介事を押し付けようなんて・・・・。
イラ立ちを通り越して憎悪が溢れた。
『あとあんたらの目的を教えて。』
「目的?」
『どうして霊獣を密猟するのか?どうしてそれを売り飛ばすのか?あと誰に売り渡してるのかも教えて。』
「そんなことしてないわ。」
『あんたらが悪さをしてるのはもう分かってるのよ。カグラが霊獣をさらい、カマクラ家具がそれを誰かに売る。あんたらは協力関係にあるわけでしょ?』
「ライバル会社よ。以前に揉めたことだってあるし。」
『それは家具に関してでしょ。表向きの商売ではライバルかもしれないけど、裏ではそうじゃないはず。
そしてその目的が分からないのよ。しばらくカグラに潜入してたけど肝心な部分は掴めずじまい。
冴木社長の賄賂の件だってそう。元々持ってる技術の情報を横流ししてもらってもメリットなんてないじゃない。』
「ああ、それは冴木晴香が邪魔だったから。」
『邪魔?』
「だって彼、まだまだ青臭いチェリーボーイって感じでしょ?だから青臭い理想を振りかざしてたじゃない。
みんなが安心して働ける職場を作りたいとかなんとか。」
『いいことじゃない。』
「どこがよ。あの坊やはとにかくクリーンな職場を作ろうとしていた。でもさ、稲松文具みたいな大企業がクリーンなだけのやり方で回るわけないじゃない。
しかも本社だけでやるならともかく、グループ会社にまでクリーンな職場をなんて叫んでたし。」
『要するにクリーンな企業になっちゃったら悪さをしづらくなるから追い払っったってことね?』
「そんなとこね。あの坊や、優秀は優駿だけど、まだまだ世間知らずの子供だから。あっさりと罠にかかってくれて助かったわ。」
『じゃあやっぱり悪さをしてるんじゃない。』
「悪さっていうか、そういう商売もしてますってだけの話。それに最初に冴木晴香の失脚を狙ったのは私たちじゃないわ。」
『どういうこと?カグラとカマクラ家具が画策したんじゃないの?』
「違うわ。」
『じゃあ誰が最初に提案したの?』
「さあ。」
『惚けないで。』
「ていうか今は北川翔子の話でしょ?」
『そうね。いい加減に良い答えを聞かせてほしいんだけど?』
声に怒りが宿っている。
拒否すればすぐにここまですっ飛んできそうだ。
だからこう答えてやった。
「伊藤に任せるわ。」
『なんですって?』
「目の前にいるんでしょ?彼に全ての判断を任せる。」
『あんた逃げる気?』
「そうじゃないわ。私はもうじき社長の任期が終わる。だから後のことは伊藤社長に任せるってこと。」
『・・・ねえ?あいつ本当に近々帰って来るの?』
「ダキニのこと?」
『あいつ以外にいないでしょ。』
「刑期はあと二日、今頃ウキウキしてるんじゃないかしら。シャバに戻れるって。」
『だったら尚の事あんたに頼むわ。お願い、翔子ちゃんを返して。』
「だからあ〜・・・もうすぐ私は任期を終えて・・・・、」
『ダキニが社長に戻ったら話なんて通じなくなるわ。それこそまた命懸けの喧嘩をする羽目になる。事態は余計に悪くなるのよ。』
「でしょうね。でもそれは私のせいじゃない。」
『ねえお願い。あんたもうじき霊獣の世界に帰るんだったら、教えてくれてもいいじゃない。向こうへ帰ったらこっちのことなんて関係ないんだから。』
「まあね。でも後からダキニにグチグチ言われるのが嫌なのよ。あの子けっこう根に持つから。」
『あんたならダキニ相手でも負けないでしょ。なんなら私と手を組むってのはどう?私たち二人なら・・・・、』
「無茶言わないで。同じ稲荷神なんだから敵対関係になるつもりはないわ。」
『葛之葉公子・・・・いえ、トヨウケヒメ。貴女も誇りある稲荷神の一人なら、霊獣の密猟だなんてことに手を貸すのはやめて。
むしろ止めるべき立場にあるはずよ。あなたはダキニの部下でもなんでもない。同じ稲荷神という対等な立場なんだし、神様としての歴史は貴女の方がはるかに古い。
ダキニは元々が妖怪だからこういう悪さをすることもあるけど、あなたはそうじゃないはずよ。
ダキニがこの国へ渡ってくるずっと前から神様の一柱だったじゃない。どうか正しい判断をして。』
「そうね、考えとくわ。」
プツっと電話を切る。
たまきの言う通り、私はダキニと対等な立場にある稲荷神の一柱。それも彼女が妖怪から神へと変わるずっと前から。
だけど稲荷の世界も一枚岩じゃない。
ダキニは稲荷神ではあるけど、仏教に帰依した仏門の神でもある。
だからこそ如来の説法を鼻であしらってキレられたんだけど。
対して私は神道の稲荷神である。
ダキニと敵対するということは、仏教の稲荷神と神道の稲荷神の敵対にまで発展しかねない。
もしそんなことになったら、さらに上の神々からお叱りを受けるだけである。
こんな浮世の下らないいざこざの為に、どうして私がそんな目に遭わなきゃいけないのか。
あの子とは古知の誼で、ほんの一時だけ力を貸しているに過ぎない。
あと三日もすればそれも終わりで、私はまた稲荷の世界へ帰るだけである。
スマホには何度も電話が掛かってくる。
もうこのオモチャも必要ないと、粉々に握りつぶした。
もたもたしていたらたまきはここへ押しかけるだろう。
ショッピングはキャンセルするしかなく、「またのお越しを」と残念そうにする店員に手を振った。
渋滞はさっきよりマシになっていて、流れていくビルの景色をなんの感慨もなく見つめる。
多くもの物が溢れる現代の人間社会、最初はそこそこ楽しいと思えた。
しかし今は飽き飽きしている。
物はしょせん物でしかなく、一時の慰めにしかならない。
刺激の連続は退屈を生むだけだった。

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