稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜 第一部最終話 社長の憂鬱(2)

  • 2018.09.05 Wednesday
  • 11:02

JUGEMテーマ:自作小説

《拝啓 トヨウケヒメ様 そちらの世界はいかがでしょうか?
人間たちは高いビルを建て、多くの店を並べ、多様な品を売り、飽くことのない欲望と退屈を貪っている事と思います。
そちらの世界にある多くの物は、人が生きていく上で必要のない物であり、それを自覚しながらも自らの手では止められないほどの愚かさに、辟易としておられるかもしれません。
人は根本が欲深く、飢えと渇きに満ちた哀れな生き物です。
貴女にとってはさぞ穢れた世界に見えることでしょう。
しかし私は元が妖怪ということもあり、そんな人間社会にどこか居心地の良さを感じております。
早く刑期を終え、そちらの世界に戻りたいと願っている毎日です。
地獄に幽閉されるのは苦痛です。
拷問はなんてことありません。
鬼の金棒も死霊の呪いも煮えたぎる血の釜も、私にとっては屁のつっぱりです。
この前など、いくら叩いても平然とする私に腹を立てた鬼が、辱めを与えようとしてきましたので、玉と竿をねじ切ってやりました。
鬼は赤子のように泣き喚き、今は下僕としてコキ使っております。
拷問も折檻も苦痛ではありません。
辛いのは退屈です。
頭の悪い鬼どもを買収し、豪邸を建築させ、賄賂を用いて贅沢品を揃えても、やはり退屈は凌げないものです。
地獄は弱者には恐ろしい場所ですが、強者には延々と温ま湯に浸かっているような、単調で刺激のない世界です。
それは稲荷の・・・・いえ、霊獣の世界も同じこと。
片や安寧と平穏、片や苦痛と退屈、実に単調で刺激のない世界です。
人間社会のような複雑怪奇さは持ち合わせておりません。
私は夢にまで欲することがあります。
あの混沌とした人間社会の、なんとも言いようのない刺激を。
美しく、醜悪で、善と悪が至るところに混在し、全てを一つで推し量ることが出来ない、混沌の極みのようなあの世界の、臭い、空気、痛み、そして快楽を。
つくづく思うのですが、神となった今でも、妖怪であった頃の性根は変わっていないようです。
そう、私は人間に近い性根なのだと、ここへ幽閉されてから自覚しました。
人間社会で暮らす霊獣は多くいますが、私ほどの欲を持った者はそうはいないでしょう。
人を哀れな生き物だと言っておきながら、その哀れさを愛おしいと思い、時に抱きしめたくなるほどです。
貴女にとっては理解でいない感覚でしょう。
古くからこの国の神の一柱であり、まだ人と自然が調和しながら生きていた時代を愛する貴女には、現代の人間社会は我慢ならないものかもしれません。
私が退屈を嫌うように、貴方は何よりも穢れを嫌う方です。
私の代わりに社長の椅子に座ること、さぞ苦痛であると察します。
しかしどうかその椅子を守って下さい。
人の世は欲にまみれています。
ほんの一時の油断が、全てを失う大きな怪我に繋がる場所です。
私の留守中、欲深い人間たちがその椅子を狙わぬよう、どうかよろしくお願いいたします。
特に注意しなければならないのが、カグラの社長である伊藤秀典です。
あの男は人間でありながら、霊獣を従える術を持っております。
そして命を絶つ術も・・・・・。
よもや貴女が命をとられることはないと思いますが、重々にお気をつけ下さい。
部下にも貴女のことを支えるようにと言っております。
社長の椅子に座っている間、どうぞ貴女の手足として使ってやって下さい。
刑期を終え、そちらに戻ったならば、私は今まで以上に働くつもりです。
全ては大いなる夢の為。
人の世の混沌を霊獣の世界にも根付かせれば、私は稲荷の世界においても退屈せずにすみます。
もちろん貴女の領域にご迷惑は掛けません。
仏教の稲荷たちが住まう世界を変えたいだけなのです。
それを成し遂げるには霊獣の密猟が欠かせません。
人と獣を入れ替える為に。
古い友の頼みと思い、どうか最後まで役目を全うして頂きたい。
ではまたお手紙を差し上げます。
貴女の古き友 荼枳尼天より


追伸 伊藤秀典以外にもう一人要注意の敵がいました。性悪な猫神が邪魔をしてくるかと思いますが、鼻であしらってやって下さい。
私がそちらに戻った時にトドメを刺しますので。》

 

     *****


この達筆な文字を読み返すのは何度目だろう。
あの子の代役として社長の椅子に座ってからすぐにこの手紙が届いた。
ダキニは古くからの友達で、彼女たっての頼みとあれば断るわけにはいかなかった。
けど今は後悔している。
ダキニの企む悪行にじゃない。
とことん穢れの深い人間の世界に来てしまったことを。
手紙にもあるけれど、あの子が退屈を嫌うように、私は何よりも穢れが嫌いだ。
私が知っている人の世は遥か昔のこと。
コンクリートの建物なんてどこを探してもなくて、人の欲望もここまで深くはなかった。
あの頃はちょくちょく浮世に来ては、正体を隠して人間と暮らすこともあった。
それがいつしか変わり始めていった。
豊臣秀吉という男が天下を取り、徳川家康という男がそれを奪った。
この頃からお金というものが世の中を支配するようになった。
そして今までにないほどの階級社会となり、現代の社会へと通じる基礎が出来上がったように思う。
私は人にも浮世にも興味を失くし、稲荷の世界から出ることはなくなった。
たま〜にどんなものかと覗くことはあったけど、その穢れっぷりに嫌気がさして、覗き見さえもしなくなっていった。
・・・・正直なところ、ダキニから頼みを受けた時、内心はとても嫌だった。
なんで私があんな穢れた世界にって。
でも彼女が何度も頼むなんて珍しいことだから、今はこうしてカマクラ家具の社長の座に就いている。
・・・・いや、もっと正直に言うと、それだけが理由で頼みを受けたわけじゃない。
私はあの子の夢を応援しているもだ。
もし上手くいけば、この穢れた人間社会も少しは綺麗になるかもしれない。
かつて人と自然が調和していたあの頃。
まったく同じには戻らなくても、少しでもそこに近づくなら・・・・。
手紙をしまい、流れる窓の景色に目を向ける。
ダキニはこの穢れを愛し、私はこの穢れを嫌い、じゃああの猫神はどうなんだろう。
いったいなんの為にこの世界にとどまり、人に味方をしているんだろう。
昔っから変わり者だったけど、どうやら今もまだ変わり者のままらしい。
一つ言えるのは、あの猫神はとても正義感が強いということだ。
ダキニが戻ってくれば、この二人は必ずぶつかる。
その時、大勢の霊獣や人間が巻き添えを食らうだろう。
・・・・いや、考えるのはやめよう。
私はもうすぐ帰るのだ。
汚れのない稲荷の世界へ。
あと三日も我慢すればダキニが戻ってくる。
それで私の役目はおしまい。
それまでどこかに身を隠していた方がいいかもしれない。
じゃないとあの猫神はしつこく追いかけてくるはずだ。
別にビビってるわけじゃないけど、厄介な相手なのは確か。
面倒を引きずるのは勘弁してほしいだけだ。
私は運転手にある場所へ向かうように言った。
高速に乗り、二つ目のインターで降りて、寂れた街に辿り着く。
田舎というわけじゃない。
再開発をしようとして失敗した街だ。
三つの市がお金を出し合い、新しい都市計画をしていたらしいけど、そのうちの一つの市が財政難で降りることになった。
そのせいで開発は中途半端なまま終わってしまって、なんとも奇妙な光景の街が出来上がっていた。
道路は立派だ。
さっきいた街よりも大きく、しかも綺麗だ。
街路樹もよく手入れされてるし、歩道も広く、とにかく道全体が美しい。
大学や高校もある。
どちらも理系の学校で、高校は大学の付属なので、エスカレーターで上がっていく子も多い。
大学の近くには巨大な粒子加速器なるものがあって、実験の為に東京や大阪から偉い学者が来ることもある。
それにサッカーが出来るほどの広さの公園や、巨大な天体望遠鏡を備えた天文台もある。
若手の芸術家を支援する為に格安で借りられる展示場や、あらゆるスポーツ設備を備えた大型の体育館。
ヘリの発着場もあるし、小型の飛行機を飛ばす滑走路まである。
この街には色んな物が揃っている。
なのに家がない。
道路の脇は殺風景なほど家がない。
ポツンとマンションが一棟建っているだけだ。おそらくほとんど人は入っていないだろう。
もう少し走れば山が出てきて、その麓には民家がたくさんある。
でもそこは街の外側。
要するに箱モノだけ揃えて住民がほとんどいないのだ。
これぞまさに開発に失敗した都市という感じがする。
街は整っているのに暮らす人間がいないというのは、どこか不気味だし、それでいて奇妙な魅力がある。
アンバランスなこの街の端っこには、洒落たパスタの専門店があって、私のお気に入りだ。
美味しいというのもあるけど、それ以上に立地が良い。
山へ続く小高い丘の上にあるんだけど、ここからの眺めが最高なのだ。
丘の上から見える光景は、右側が開発に失敗した都市、左側には山が連なり、その向こうには普通の街がある。
形だけは立派なゴーストタウン、手付かずの自然が残る山々、大勢の人間が暮らす街。
三つの景色が一度に見渡せる。
パスタを食べながらそれを眺めていると、昔と今とが時間を超えて共存しているような錯覚がするし、なにより失敗した都市が現代人の滑稽さを物語っているのがいい。
・・・・車に揺られながら目を閉じた。
角度が変わったのが分かる。
店へ続く丘の道を登っているんだろう。
やがてゆっくりと停車して、「到着いたしました」と運転手がドアを開けた。
「・・・・・・・・。」
目を開ければお気に入りの光景がそこに。
安心と不安と奇妙さが一気に押し寄せて、この世の穢れを憂う気分も、三つの感情に封じられていった。
「今日はもう帰っていいわ。」
運転手に伝えると、「お迎えは・・・」と上目遣いに言う。
「タクシーでも使うわ。」
「呼んで頂ければすぐにお迎えに上がりますが・・・・、」
「平気よ。」
財布を取り出し、収まっていた現金を全て渡した。
「あの、これは・・・・、」
「チップよ。」
「・・・・これがチップの額ですか?」
彼の給料の三ヶ月分以上は確実にあるだろう。
お金を握る手が震えていた。
「今日はもういいわ。明日も明後日も・・・迎えに来なくていい。」
「そ、それはどういう・・・・、」
「あ、私がここにいることだけは言わないでね。絶対に誰にも。」
一瞬だけ目を光らせると、小さく悲鳴を上げながら後ずさった。
私はヒラヒラと手を振りながら背中を向ける。
さて、もうあの穢れた会社に戻ることもない。
スウっと気分が晴れやかだ。
もう一度景色を見つめてからお店を振り返る。
ヨーロッパ風のレンガ作りみたいな外観、窓際にはオーナー自作のフェルト人形がたくさん並べられている。
狭い庭にはミニチュアのテーブルと椅子があって、そこにもフェルトで作った妖精みたいな人形が座っていた。
ドアを開けるとカランコロンと鐘が鳴り、「いらっしゃいませ」と控えめな声が響いた。
店内もレンガを積み上げたヨーロッパ風のデザインになっていて、派手すぎす地味すぎず良いセンスだ。
照明はやや薄明かり、窓から入ってくる日差しの方が強い。
夜の営業はしないので、太陽光だけで充分なんだろう。
曇っている時は薄暗いのが難点だけど。
アルバイトらしき女の子が「お一人様ですか?」と尋ねてくる。
見ない顔だ。最近入ったのだろう。
私は「ええ」と頷き、彼女が案内する奥のテーブルを拒否して、窓側の席へ向かった。
今日はそこそこお客がいて、窓側は一つしか空いていない。
静かな方が好みなんだけど、仕方ないなとそのテーブルに腰を下ろした。
「あ・・・・、」
アルバイトの子が困った顔をする。
私は「なに?」と目で尋ねた。
「そこは予約が入っておりまして・・・・、」
「あらそうなの。」
「・・・・・・・・。」
「キノコと旬野菜のクリームパスタ。それとガーリックトーストのガーリックを唐辛子に替えて持ってきて。
それと・・・・あら、新しいワインが入ってるのね。国産巨峰のスパークリングの赤、これを頂くわ。」
「いや、その席は予約が入っておりまして・・・・、」
「さっき聞いたわ。」
「ええっと・・・奥の席ではダメでしょうか。」
「お腹が減ってるの。早く持ってきてちょうだい。」
「でもそこは予約が入ってる席で・・・・、」
「予約予約って・・・・バカの一つ覚えみたいに。」
脅しじゃなくて、本気でイラっとして目を光らせた。
勢いで目まで狐に戻ってしまって、口からは牙も・・・・。
彼女は「いやあ!」と悲鳴を上げ、メモ帳とペンを落とし、その場に腰を抜かしてしまった。
私は立ち上がり、そっと手を差し出す。
「冗談よ。」
「お、オーナー!」
「そう怖がらないで。さっきのはただの冗談、手品みたいなものだから。」
「オーナー!変な人がいます!早く来て!」
腰を抜かしたまま這いずって行く。
するとレジの奥の厨房から一人の男が出てきた。
細身で背が低く、大きなメガネを掛けている。
アルバイトに駆け寄り、「どうしたの?」と尋ねた瞬間、私がいることに気づいた。
「あ、いらしてたんですか。」
「そんなことよりその子黙らせてくれないかしら?」
「ああっと・・・何かあったんですか?」
「私は窓際の席がいいの。なのにその子ったらここは予約だ予約だの一点張りで。教育が足りてないんじゃない?」
そう言った瞬間、彼女が「この人変なんです!」と指を向けた。
「予約の席に勝手に座るし、それに目が光るし!」
「え?目が・・・?」
「それに顔だってなんか変でした。牙とか生えてたし!」
「牙って・・・・・どこに?」
オーナーはマジマジと私の顔を見る。
「・・・・普通じゃんか。」
「さっきは生えてたんです!」
「そんなわけないだろ。なんで人に牙が生えるんだよ。目だって光ってないし。」
「でもさっき見たんです!その人絶対に人間じゃありません!」
「あのさあ・・・・お客さんに向かって失礼過ぎだろそれ。だいたい指さすんじゃないよ。」
「でもさっきは本当に・・・・、」
「もういいから。」
うんざりと首を振って、厨房に向かって「タクミちゃ〜ん!」と叫ぶ。
「この子つれてって。」
厨房から調理服を着た背の高い女が出てきて、「なに?」とイラついた様子で尋ねた。
「常連さんに失礼なことばっか言うんだよ。ちょっと叱ってやって。」
「アンタがやればいいでしょ。」
「昔ならそうしたよ。でもほら、今はうるさいでしょ?パワハラだとかなんとか。」
「いや、アタシだってそういう立場だし。」
「でも俺は男じゃん?余計にパワハラっぽくなるからさ。今はそういうのうるさいじゃん?」
「はあ・・・・面倒くせ。」
本気で面倒くさそうなため息をつき、「さっさと立ちな」と腕を掴んだ。
「ちょっと!痛い!」
「じゃあ自分で立ちなよ。」
「だってこの人が・・・・、」
「お客さんに指さすな。」
バシっと手を払うと、「だから痛いって!」と喚いた。
「叩かないでよ!」
「ああ?」
「それ暴力ですよね!」
「あのね、ウチは客商売なんだよ。お客さんに指さしたら怒るに決まってるだろ。」
「そんなんするんだったらこっちから辞める!」
「あっそう。じゃあとっとと出てけ。」
「だから痛いんだってば!」
ズルズルと引きずって店の外に放り投げている。
そしていったん厨房へ戻り、女物のバッグを掴んで出てきた。
「はい荷物。」
「投げないでよ!」
喚く彼女を無視して、バタンとドアを閉じる。
「あんがとタクミちゃん。」
「アンタさあ・・・・、」
「ん?」
「女の子の時は顔だけでバイト選ぶのやめろよな。」
「うん、まあ・・・。」
「可愛けりゃいいのかよまったく。」
「だよねえ、やっぱちゃんと面接しないとまずいよな。」
「なんならアタシが代わろうか?」
「タクミちゃんだとキツすぎるから、面接きた子がみんな逃げちゃうって。」
「そんなんで逃げる奴なんてハナっから雇わなきゃいいんだよ。どうせ甘やかされて育ったガキなんだ。」
「相変わらずキツいねえ。」
ふん!と鼻を鳴らし、厨房へ戻って行く。
オーナーは「すいませんね」と会釈した。
「まったくよ。」
気分が悪い。
食事をする気も失せる。
いつもなら店を後にするだろうけど、自宅や会社へ戻るわけにはいかない。
身を隠すというのも大変なものだ。
「とりあえずワインをちょうだい。この巨峰のやつ。」
「はい。他には?」
「なんでもいいわ。ワインに合いそうなやつ適当に見繕って。」
「了解です。」
わざとらしく敬礼して厨房へ消えていく。
まったく・・・・なんて日なんだろう。
日曜日ってだけで朝から憂鬱なのに、部下たちは厄介事を報告してくるし、情けない男が何度も泣きついてくるし。
気晴らしに出かけたショッピングは猫神に邪魔されるし、でもってついさっきの不愉快な出来事。
嫌なことっていうのは立て続けに起こるものなのかもしれない。
これってマーフィーの法則ってやつだっけ?違ったかな?
まあどっちでもいい。
どうかこれ以上不愉快な事が起こらないでほしい。
でないと怒りを我慢するにも限度がある。
ワインが運ばれてきて、一口飲む。
・・・・なかなか悪くない。
巨峰のワインなんて珍しいけど、フルーティーでクセになりそうだった。
「エビのガーリック炒め、ガーリック抜きで代わりに唐辛子で炒めてます。」
さすがオーナー、常連の好き嫌いをよく分かっている。
「ありがと」と一口摘む。
「でもいいの?」
「なにがです?」
「ここ予約席なんでしょ?」
「え?」
「だってさっきの子が言ってたじゃない。無理矢理座ってる私が言うのもアレだけど。」
「えっと・・・・俺はなんにも聞いてないんですけど。」
「え?」
「そこ、予約席なんですか?」
「お客に尋ねてどうするのよ。あなたオーナーでしょ。」
「・・・・ちょっとお待ちを。」
慌てて奥に引っ込んでいく。
さっきひと悶着あったせいか、周りの客の視線が刺さるけど、適当に笑顔を向けて誤魔化しておいた。
数分後、オーナーが困った顔をしながら戻ってきた。
「多分そこ・・・・予約が入ってます。」
「あらそう。」
「アイツなんで言わないんだよ。予約ん時は名簿に書いてから報告しろって言ったのに。」
ぶつくさボヤきながら紙の切れ端のような物を睨んでいる。
「それは?」
「電話の横にあったんですよ。多分アイツがメモ取ったんでしょうね。そのあと忘れてたみたいです。」
「要するにあなたの指導不足でしょ。そのせいで私は不愉快な思いをしたんだけど?」
「すみません・・・・。ていうかそこ予約席みたいなんで、別の席じゃダメですか?」
「今更なに言ってんのよ。こうしてワインと料理も運んできたくせに。」
「だってそりゃ知らなかったわけですから・・・・、」
「ここを譲る気はないわ。」
「どうしても?」
「だって外の景色が見えないじゃない。」
窓から見えるお気に入りの景色。
これがあるからこの店へ来ていると言っても過言じゃない。
それを取り上げられるなんてお断りに決まっている。
「ええっと・・・じゃあお代を半分にするからっていうのは?」
「イヤよ。」
「じゃあ今回だけは無料ってことで!」
「お金の問題じゃないの。」
「じゃあ・・・・、」
「しつこい男は嫌いよ。」
「そう言われましても・・・・。」
実に困った顔をしている。
けど私には関係ない。
指導不足によるミスなんだからオーナーに責任があるのだ。
困っているなら自分でどうにかすればいい。
「参ったな・・・・。」
テーブルに手を付きながら項垂れている。
その時、チラリとメモに書かれた名前が見えた。
「それ、良くないんじゃない?」
「はい?」
「お客さんの個人情報が見えてるわ。」
平仮名で「みかみゆうき」、これは客の名前だろう。
そのあとには動物探偵と書かれている。
電話と住所は手で隠れて見えなかったけど。
「ああ、すいません!」
「客商売なんだから気を付けないとダメよ。」
指導は出来ていないわ個人情報の管理が甘いわで、よくオーナーが務まるものだ。
もし私の部下だったらクビにしているだろう。
「とにかくこの席を譲る気はないわ。」
「どうしてもですか?」
「くどいわね。」
「でもこれ・・・多分俺の先生なんですよね。」
「あら、学校の先生だったの?」
「違いますよ。仕事の先生だったんです。昔はフリーのジャーナリストをやってましてね。その時に仕事のイロハを教えてもらったんです。」
「ふうん、興味ないわ。」
「たま〜にこの店使うんですよ。仕事の打ち合わせとかで。」
「人の話聞いてる?」
「これ絶対にあとから怒られるよ・・・・。ヤバいなもう。」
「愚痴ならよそでやってよ。それとワインお代わり。」
ガックリ項垂れながら奥へ消えていく。
ミスの責任なんて自分で取るもの。
客に理解してもらおうなんて神経を疑う。
二杯目のワインを飲み干し、三杯目を頼み、チーズの盛り合わせをつまみながら、頭を空っぽにして景色を眺めていた。
そして四杯目を頼んだ時、勢いよくドアが開いて、「おい!」と怒鳴り声がした。
「店長出せ!」
小太りの中年の男が喚いている。
その後ろにはさっきのアルバイトの女がいた。
さらに後ろには細身で背の高い中年の女がいて、「店長は!?」と同じように喚いた。
オーナーが慌てて飛び出してくる。
「大声出さないで下さい!他のお客さんの迷惑ですから。」
そう言って近づきながら、アルバイトの女がいることに気づいて「あ」と固まっていた。
どうやらすぐに状況を理解したらしい。
「お前店長か?」
男が詰め寄ると、「触ったら警察呼びますよ」と威嚇した。
「なんだと?」
「どうせアレでしょ?文句言いに来たんでしょ?」
「当たり前だ!ウチの娘を悪者扱いしてクビにしたんだろ!」
「いやいや、自分から言ったんですよ。辞めるって。」
「それはお前が理不尽に怒鳴ったからだろ!」
「怒鳴ってるのはオタクでしょ?」
「やかましい!娘が言うにはロクに話も聞かんと一方的に責めたそうじゃないか。しかも暴力まで振るわれたって・・・・、」
「はあ・・・・。」
「なにため息ついてんだ!」
「これだから今時はめんどくさいんだよな。なんでも暴力とかパワハラとかさ。腰抜かしてたから立たせてあげようと思っただけなのに。」
「嘘つけ!手を叩いて荷物を投げつけたんだろ!?」
「はいはい。」
「だからなんだその態度は!殴られたいのか?」
「好きにすれば?」
「・・・・やらんとでも思ってるのか?」
目はすわっているが手を出す気配はない。
娘の為なんて言いながら、お巡りさんが来るのは怖いようだ。
「情けない男。」
ボソっと呟く。
すると「あいつ!」とアルバイトの女が指をさした。
「あの人のせいよ!」
「お前を脅したって客か?」
「だって予約の席だからどいてって言っただけなのに!そうしたら物凄い怖い顔で睨んできたの!」
「見るからにワガママそうな女だな。」
男の悪態にカチンとくる。
さらに嫁と娘まで責めてきて、もはや我慢の限界だった。
《いったいなんなのよ今日は・・・・。もううんざりだわ。》
どうせあと三日で浮世からおさらばする身だ。
ちょっとくらい暴れたっていいかもしれない。
この店も壊れるだろうけど知ったことじゃない。
たかが人間風情にここまでされて黙っているのは、神獣の名に傷が付くというもの。
私は立ち上がり、うるさい人間どもに近づいて行った。
目を光らせ、牙を剥き、鋭い爪を伸ばしながら・・・・。
「ほらアレ!さっきもああだったのよ!!」
娘は父の後ろに隠れる。
そして父はオーナーの後ろに隠れていた。
母に至っては娘の後ろに避難している。
一番前に突き出されたオーナーは「アンタ・・・・」と引きつった。
「なんなんだよそれ・・・・手品かなにか?」
「さあね。」
「そ、それ以上近寄るな!」
「だって腹立つんだもの。どいつもこいつも馬鹿だから。」
「ちょ・・・タクミちゃん!タクミちゃ〜ん!」
「あんたも女に泣きつくのね。ほんっとに情けない男ばっかり。」
昔はもっと肚の据わった男がいたのに、いつのまにか軟弱化してしまったらしい。
それに女は女でその情けない男を盾にして猿みたいに喚く始末。
きっと人間そのものが情けなくなっているのだ。
こんな穢れた空気の中で生きていればそうなるのも仕方ない。
あの鬼神川だってこっちの世界が長い為に腑抜けになってしまったのだろう。
昔はもうちょっと骨のある男だったのに。
霊獣さえも堕落させる現代の穢れ。
人間も、人間の社会も、もはや救いがたい。
知らぬ事とはいえ、こいつらは神獣である私を侮辱した。
こんな進化に失敗した猿モドキども、何匹か殺したところで問題じゃない。
サっと手を振り上げ、まずはオーナーの首を掻っ切ろうとした。
「やめろ!」
誰かが飛びかかってくる。
タクミというあの女だった。
「アンタ!警察に電話!」
「へ?」
「早く!」
「わ・・・・分かった!」
慌てて駆けていくオーナー、タクミという女は私の手を下ろさせようと必死だった。
「指にこんな刃物仕込んで!」
「これは刃物じゃないわ、自前よ。」
「こんなナイフみたいな爪があるか!ていうかアンタらも逃げな!」
そう言って怯えきっている家族を蹴飛ばした。
自らが盾となり、少しでも彼女たちを遠ざけるその様は実に勇敢で健気だった。
《己を犠牲にしてでも他人を守る・・・・か。嬉しいじゃない、まだこういう人間がいるなんて。》
口と態度は悪いけど、心は穢れに犯されていないらしい。
私は手を下ろし、「悪かったわね」と微笑みかけた。
「もう帰るわ。これお代ね。」
三万ほどテーブルに置くと、「いらないよ!」と突き返された。
「その代わり二度と来んな!」
「心配しなくてももう来られないのよ。」
顔を元に戻し、牙も爪も引っ込め、ヒラヒラと手を振りながら店を出る。
それと入れ替わるようにして、ひと組の男女が店に入っていった。
一人はカメラをぶら下げたスレンダーな女。
もう一人は肩にオカメインコを乗せた男だった。
インコが男に話しかけている。
男は小声でそれに応えていた。
《なに?この男動物と喋ってる?》
頭がおかしいのではない。
なぜなら会話が成立しているからだ。
《・・・・そういえばダキニから聞いたことがあるわ。動物と話せる人間がいるって。しかもそいつのせいで地獄に幽閉される羽目になったって。
たしか名前は・・・・そう、有川悠一。》
振り返って顔を見ると、ダキニから聞いた特徴と一致する。
そこそこ背が高く、細身でも太っているわけでもない。
顔は穏やかな青年という感じで、若干気が弱そうにも見える。
しかし目は澄んでいて、強い信念を宿しているのが伝わってきた。
《なるほど、ダキニが嫌いそうな相手だわ。澄ました顔してるクセに正義感と使命感が強い。まるであの猫神にそっくりだもの。》
ダキニ曰く、この男と猫神のタッグに負けたそうだ。
おそらく師弟みたいなものなんだろう。
弟子は師匠に似ると言うし。
けどまあ・・・・それもどうだっていいこと。
稲荷の世界に帰れば関係ない。
さて・・・・落ち着くはずだった店は追い出された。
こうなれば山の中にでも潜んでいようか。
それともどこかの稲荷神社で匿ってもらうか。
小高い丘を降りながら、お気に入りの景色に口笛を吹かした。

 

 

       第一部 -完-

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