稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第二部 第三話 悪夢の始まり(1)

  • 2018.11.08 Thursday
  • 11:30

JUGEMテーマ:自作小説

暴走する車があればパトカーが追いかけてくる。道理である。
チュウベエの運転する車はクネクネと蛇行しまくりで、歩道の段差を削ったりガードレールを擦ったりしていた。
まだ人や車にぶつかっていないのだけが幸いだ。
だけどこのままじゃいつ大事故が起きるか分からない。
普通ならパトカーに追いかけられるなんて嫌だけど、今だけは早く捕まえてくれと願っていた。
「チュウベエ!もう充分だろ!車を止めろ!」
「何言ってんだ悠一、ようやく慣れてきたのに。」
「どこがだ!あちこちぶつけまくってるじゃないか!」
「でも事故は起こしてないぞ。」
「このままだといずれ起きる。人を撥ねてからじゃ遅いんだぞ!」
「大丈夫大丈夫。」
いくら叫んでも聞く耳を持たない。
他の動物たちも「行け行け〜!」とノリノリだった。
《ああ、神様・・・・お願いだから事故だけは起きませんように。》
ガソリンメーターの残りはそう多くない。
それまでにどうか無事故で走ってくれれば・・・・。
「そこの車!青色のコンパクトカー!止まりなさい!」
「警察も必死だな。」
「ほんとよねえ。」
「猛スピードで振り切っちゃえよ。」
「カーチェイスってわけね!チュウベエ頑張って!」
「おう!パトカーなんか振り切ってやるぜ!」
「頼むからやめてくれえええ!」
国道を猛スピードで駆け抜け、やがてバイパスに差し掛かる。
気がつけばパトカーの数が増えていた。
「そこの車!止まれっつってんだろ!」
ものすごい剣幕で怒鳴られる。
10台ものパトカーがうるさいほどサイレンを鳴らして、周りからしたらどんな凶悪犯かと思われているだろう。
しかしチュウベエは気にすることなくバイパスに乗る。
そしてさっきよりも飛ばし始めた。
メーターは限界の180キロ手前まできている。
器用にハンドルを捌き、どうにか車をかわしているけど、いったいいつまでもつだろう。
クラッシュして昇天するくらいなら、早く捕まえてほしい。
そう思っていたのに、パトカーは追跡をやめてしまった。
多分だけどこれ以上追いかけるのは危険と判断したんだろう。
俺としては追いかけて来てほしいんだけど。
でもこの先で待機している可能性はある。
もうそれに期待するしかない。
あとはガソリンが尽きるのを待つか。
チュウベエの運転は危なっかしくて生きた心地がしない。
動物たちは盛り上がっているけど、こいつらには危機感というものがないんだろうか?
車に乗ったのはこれが初めてじゃない。
俺が運転してる時、事故りそうになったりスピードを出しすぎていると怖がるはずなのに。
《はっきり言って今日のこいつらはおかしい。チュウベエだってこんなことをするほど馬鹿じゃないのに。
人間に化けて高揚してるのか?それとも薬の副作用でおかしくなっちゃうとか?》
理由は分からないけど、やっぱりいつものこいつらとは違う。
ていうか・・・・なんだろう?
俺もいつもとは違う感覚がしてきた。
子犬になってしまった今、人間の時とは違った感覚で物を見ている。
とにかく音に敏感になるし、いつも以上にスピードの出ている車を怖く感じる。
チュウベエが運転してるせいだけじゃなくて、なんというか・・・・とにかく怖いのだ。
《これが子犬の感覚なのかな?ちょっとした刺激にも過敏に反応する感じだ。》
もし一生このままだったら、例え生きて帰れたとしても意味がない。
せっかく軌道に乗った仕事もできなくなるし、なにより結婚も無理になってしまう。
毎日モンブランやマサカリにリードを引っ張られて散歩に行かなきゃいけないんだろうか?
そんな・・・・そんなのは絶対に嫌だ!
なんとしても元に戻らないと。
《神様・・・・お願いです。どうか無事に家に帰して下さい。そしてどうか元に戻れるように・・・・、》
そう願った時だった。
突然車の上にドスン!と衝撃が走った。
みんなビックリして天井を見る。
「あ、バカ!前見ろチュウベエ!」
「え?・・・・ぎゃあああああ!」
目前にトラックが迫っていた。
このまま行けば衝突してしまう。
「ハンドルを切れ!」
「でも横にも車がいるぞ!」
「じゃあブレーキだ!」
「もう間に合わない!」
終わった・・・・これで何もかも・・・・。
婚約者に《ごめん、さようなら》と呟き、目を閉じる。
その瞬間、「代わって!」と誰かの声がした。
目を開けると運転席にチュウベエはいない。
代わりにウズメさんがハンドルを握っていた。
ブレーキを踏みながらハンドルを切り、間一髪のところでトラックへの衝突を回避する。
「う、ウズメさあん・・・・・。」
泣きそうになる。
ていうか泣いているだろう。
死ななくてすんだのだ、泣かない方がどうかしている。
でも・・・どうしてウズメさんがここにいるんだろう?
俺の疑問を見透かしたのだろう。ニコっと笑ってこう答えた。
「チェリー君が知らせに来てくれたのよ。」
「彼が?」
「君の車が走り去るのを見てたのよ。途中ですれ違ったんでしょ?」
「そうなんです!向こうも気づいてくれたんだけど、どんどん引き離されちゃって・・・・。」
「車には人間に化けたモンブランちゃんたち、その腕に抱かれた子犬が助けてくれって叫んでる。それでピンと来たみたいよ。これはマズイことになってるって。」
「じゃあこがねの湯までウズメさんを呼びに行ってくれたんですか?」
「そういうこと。でもどこに向かったのか分からないから、見つけ出すまでに時間が掛かっちゃった。間一髪だったわね。」
そう言いながらバイパスを降りていき、近くのコンビニに停まった。
これでとりあえず一安心だ。
ほっと天井を見上げると、なんと大きな穴が空いていた。
まるで力任せに抉り取ったみたいに。
《さっき天井にドスンときたのはウズメさんだったんだな。車の上に飛び乗って、こじ開けて中に入ってきたんだ。》
霊獣の腕力は強い。
神獣クラスになると重機でも敵わないほどのパワーだ。
動きだってライフル弾を余裕でかわすほどに速いのだ。
ウズメさんにとっては、この車に追いついて、上を破壊して入って来るなんて造作もなかったことだろう。
とにかく助かった。
動物たちもホっとしている。
ちなみにチュウベエは後部座席にいた。
ウズメさんに投げ飛ばされたんだろう。
逆さまになって倒れていた。
動物たちはみんな放心状態で、顔を真っ青にしている。
今になってようやく恐怖を感じ始めたんだろう。
さっきまであれほどノリノリだったのにテンションはドン底だ。
「なにがあったの?」
ウズメさんが心配そうに尋ねる。
「実は・・・・」と事の経緯を説明した。
「なるほどね、また例の薬を貰ってきたと。」
「しかも今度のやつは元に戻らないみたいなんですよ。元に戻る解毒剤みたいなのを飲まないと。」
「人が動物に、動物が人に変わる薬か。どこの誰がそんな物を捌いてるんだか。」
「とりあえずそいつのいる場所はモンブランから聞いたんです。ウチの近所の高速道路の下にいるって。オカマみたいな奴とか言ってましたよ。」
「OK、ならそこへ行ってみましょ。解毒剤も手に入るかもしれないし。」
車を走らせ、高速道路下の空き地へ向かって行く。
しかしその途中、パトカーに見つかって「そこの車!」と止められた。
「ヤバ!また追いかけて来たんだ!」
次から次へとパトカーが集まってくる。
そのうち白バイまでやって来た。
「ずいぶん派手に走ってたみたいねえ。」
「ほとんどカーチェイスでしたよ。いま捕まったら薬を捌いてる奴のところへ行けない・・・・。」
「任せて、振り切るから。」
そう言ってアクセルを踏み込むものの、すぐにスピードが落ちていった。
「そういえばもうガソリンがないんだった・・・・。」
メーターは空に近い。
白バイに囲まれ「観念しろ!」と道を塞がれる。
「クソ!どうしたらいいんだ!」
「変な薬を飲んで人間に化けた動物がやったことです」なんて絶対に信じて貰えない。
ていうか今の俺は犬だから弁明することすら出来ない。
下手すれば本当に一生このままってことも・・・・、
「大丈夫よ。」
ウズメさんがニコリと笑う。
次の瞬間、お尻の辺りから七本の大きな尻尾が生えてきた。
そいつで俺たちを掴むと、天井の穴から飛び出した。
警察は驚いた顔でそれを見上げている。
「飛ばすわよ!」
猛スピードで走り出すウズメさん。
まるで忍者のように建物を飛び越え、あっという間に警察を振り切ってしまった。
「すごい!さすがお稲荷さん・・・・。」
「もっと飛ばすわよ!」
そう言って街から離れ、山の方へと向かう。
深い木立の中に駆け入り、大きなキツネの姿に変わった。
それはまるで小ぶりの怪獣みたいにゴツイ姿で、サーベルみたいな牙が口からはみ出ていた。
これこそがウズメさんの本当の姿である。
太っとい刀みたいな爪で大地を蹴り、一瞬で加速する。
俺たちは一筋の風のようにビュンビュンと山を駆け抜けていった。
ものの数分で幾つもの山を越え、俺の街に戻って来る。
ウズメさんは変身を解き、人間の姿に戻った。
「君の家の近くの高速道路よね?」
「そうです。案内しますよ。」
人通りの少ない細い路地を歩いていく。
動物たちはまだ放心状態で、トボトボとあとをついて来た。
「こいつらは家に返した方がいいかな。」
「そうね。連れていっても仕方ないし。」
細い路地を左へ曲がり、民家と畑の間を抜けてアパートまで戻ってくる。
けどここにも警察が来ていた。
俺の部屋の前で険しい顔をしている。
「そういやナンバー見られてたからなあ。」
「ということはカーチェイスは君のせいだって思われてるわね。」
「ですよね・・・・やっぱ人間に戻ったら捕まっちゃうのかな。」
「だからって今のままじゃいられないでしょ?」
「そりゃ子犬のままなんて嫌ですよ。仕事も結婚も出来ないんですから。」
「私は可愛くていいと思うけどなあ。」
そう言ってよしよしと抱き上げる。
「ウズメさん・・・。」
「冗談よ冗談。」
「とにかくアパートには戻れそうにないですね。こいつら連れたまま行きましょう。」
こっそりとアパートから離れ、こそこそと路地を抜けていく。
高くそびえる送電線鉄塔を通り過ぎ、よく手入れされた墓地を通り過ぎ、陸橋を超えて高速道路までやってくる。
ここからしばらく東へ向かうと空き地があるのだ。
日曜になると老人会の人たちがゲートボールをやっている。
今日は平日なので誰もいなかった。
周りはフェンスで囲まれていて、入口には南京錠が掛かっている。
ウズメさんは俺を抱えたままピョンとフェンスを飛び越えた。
「モンブランちゃんたちはそこで待ってて。」
動物たちはコクコクと頷く。
こいつら・・・・やけに大人しすぎる。
いくら事故りそうになったのがショックとはいえ、普段からは想像も出来ないほどしおらしくなっていた。
《さっきまで高揚してたかと思えば、今度はテンションがだだ下がりだ。やっぱり薬のせいなのかな?》
人が動物に、動物が人に変わってしまう薬だ。
絶対に身体に悪いに決まっている。
早く元に戻らないと、副作用のせいで病気にでもなりかねない。
「オカマみたいな人なのよね?」
「モンブランはそう言ってました。筋肉ムキムキでミニスカートを穿いてるって。」
「う〜ん・・・そんな人はいなさそうだけど。」
辺りを見渡しても人っ子一人いない。
もう帰ってしまったんだろうか。
俺はスンスンと鼻を動かしてみた。
今は犬だから人間の時より鼻が利くはずだ。
でも人の臭いは感じない。
「やっぱりいないみたいね。」
ウズメさんも鼻を動かしながら言う。
「また明日来てみるしかないわね。」
「じゃあ今日一日はこのままってことですか?」
「我慢するしかないわね。」
「そんなあ・・・・。」
「問題は君よりもあの子たちよ。」
そう言ってモンブランたちを振り返る。
「動物が人間になる方が厄介よ。何をしでかすか分かったもんじゃないから。」
「実際にカーチェイスしちゃいましたからね。」
「今日一日どこかに匿わないと。君は私んちでいいとして、あの子たちはどうしようかしら?」
「え?俺ウズメさんの家に行くんですか?」
「だって子犬のままほっとくわけにはいかないでしょ?」
「・・・・・・・。」
「どうしたの?」
「いや、他の女の人の所にお世話になって、マイちゃんが怒らないかなあって。」
「ああ、君の婚約者ね。まあ事情が事情だから仕方ないんじゃない?黙ってれば分からないし。」
「隠し事はちょっと・・・・、」
「なんでも正直に話せばいいってもんじゃないわ。相手のことを考えるなら黙ってた方がいいことだってあるんだから。」
「そ、それもそうですね・・・・。」
「だいたい君は犬でしょ?まさかその姿で私に変なことでもする気?」
「ち、違いますよ!そんなつもりはないですから!」
「ちょっとからかっただけじゃない。本気で焦っちゃって。」
可笑しそうに笑っている。
こっちはこんな状態で笑えないってのに。
「とりあえずこがねの湯に行きましょ。今後のことはそれから考えればいいわ。」
そう言って誰かに電話を掛けている。
数分後、一台の車がやってきて「どうしたんですか?」とアカリさんが降りてきた。
「実は悠一君が犬になっちゃって。」
「はい?」
「ちなみにそっちにいる人たちはモンブランちゃんたち。」
「え〜っと・・・・、」
「事情は後で話すわ。」
アカリさんは首をかしげたまま車を走らせる。
そしてこがねの湯の事務所で詳しい事情を話した。
「・・・・種族が変わる薬ですか?」
「そうなのよ。アカリちゃん、そういう話を聞いたことない?」
「ないですよ。ただ・・・・、」
「ただ?」
神妙な顔をしながら俺を見る。
「今日は仕事が終わったら悠一君の所へ行くつもりだったんです。」
「あらそうなの?まさかそういう関係だったなんて・・・・、」
「違いますよ!」
「冗談。」
ウズメさんってこの手の話になるとすぐ茶化したがるな。
アカリさんは慣れているのか相手にしなかった。
「実はウチの子供たちのことでお願いがあったんです。」
「アカリちゃんの子供さん?」
「最近人間の世界に興味を持ち始めてるんです。普段はウチの神社か、近くの山で遊んでるんですけど、私が仕事に行ってる間にちょくちょく人里に降りてるみたいで。」
「それはちょっと危ないわね。」
「私は昔人間の車に撥ねられたことがあります。ちゃんと気をつけてたのに酔っ払い運転のせいで。その時に子供が一匹死にました。」
「覚えてるわ。」
そう、アカリさんは元はただのキツネだった。
けどそういう事故があって、偶然通りかかったウズメさんに助けられたのだ。
以来、普通のキツネからお稲荷さん変わったというわけだ。
けど子供さんはそうじゃない。
ただのキツネだ。
人里をウロウロしていたらそりゃあ心配だろう。
「勝手に行かないようにってキツく言ってあるんですけど、私の目がない時はどうも・・・・。」
「ヤンチャな年頃だもの。外に興味を持っても仕方ないわ。」
「でもそのせいで事故に遭ったり保健所に捕まったりしたらって思うと気が気じゃないんですよ。こうしてる間もまた人里に行ってるんじゃないかって心配で。」
普段は幽霊みたいに表情がないのに、今は本当に不安そうな顔をしていた。
眉間に皺を寄せ、自分の腕をさすっている。
「私が注意しても全然聞かないんです。だったらここは悠一君から言い聞かせてもらおうかなと思って。」
「俺からですか?なんでまた?」
「だって私が注意しても説得力がないのよ。お母さんだって人間の街に出かけてるじゃんかって。」
「でもアカリさんは霊獣だから・・・・、」
「何度もそう言ったわ。でも全然聞いてくれない。だったら人間の君から言い聞かせてもらえないかなって思ったわけよ。君なら動物と話すことが出来るから。」
「ああ、なるほど。」
「街へ行くことがどれだけ危ないか、人間の君から言い聞かせてほしいの。そうすれば私が言うより説得力があると思うから。」
「お安い御用ですよ。いくらでも言い聞かせてあげます!ただ今はこんな状態で・・・・、」
子犬が何を言ったところで説得力はゼロだ。
残念ながら元に戻るまではアカリさんの頼みを受けられそうにない。
困った顔をする俺を見て、アカリさんはこう言った。
「まあ無理よね。」
「明日になれば戻れるかもしれないですけど。」
「実はそのことなんだけど・・・・。」
腕組みをしながら渋い顔をする。
「この前ウチの子が言ってたのよ。街で変な人間を見かけたって。」
「変な人間?」
「人間なのに犬のウンチの臭いを嗅いだり、足を上げて電柱にオシッコしたり。」
「それは変わってますね。」
「それにクンクン鼻を動かして周りの臭いを探ってみたり。極めつけは犬のお尻の臭いを嗅いでたってさ。」
「犬のお尻を・・・・・。」
「まるで犬みたいなことする人間だったって言ってたわ。まあ世の中広いからそういう人間がいてもおかしくないけどさ。ちょっと引っかかってたのよね。」
「そりゃ引っかかりますよ。俺だってそういう人間がいたら驚きますもん。」
「でしょ?でさ、さっき君の話を聞いて思ったわけよ。その人って、もしかしたら薬で人間に変わった犬なんじゃないかって。」
「まさか。だってアカリさんの神社って岡山でしょ?ここからは遠いですよ。」
「まあねえ。私たち稲荷は神社を通ってワープして来られるけど、人間や普通の動物は無理だもんね。
君の言ってた怪しい薬を捌いてるのが人間なら、ここからはちょっと遠いわよね。」
「もしかして全国的に広めようとしてるのかな?」
「分からない。ウチの子がそういう人間を見たって言ってただけだから。」
確かに怪しい。
けどそれだけではなんとも言えない。
ウズメさんを振り返ると、眉を上げながら肩を竦めた。
「とにかく明日また空き地へ行ってみるしかないわね。それでいなかったら岡山に行ってみましょ。」
「ですね、調べてみる価値はありそうです。」
今日一日はこの姿で我慢するしかないようだ。
俺はともかくモンブランたちが大人しくしててくれるといいけど。
「・・・・って、あいつらどこ行った?」
さっきまで事務所にいたはずだ。
「マズイ!またどこかで勝手なことやってるのかも。」
「あたし探してくるわ。」
アカリさんが駆け出していく。
すると「大変です!」とお店のスタッフがやって来た。
浅黒い肌に短髪の角刈り。
引き締まった肉体に彫りの深い顔。
まるでムエタイ選手みたいな風貌のこの青年は松川くんという。
ここでバイトをしている時に一番仲の良かった子だ。
ちなみに彼もお稲荷さんである。
「浴室に変な人たちがいるんですよ!」
「変な人たち?」
アカリさんが顔をしかめる。
俺も嫌な予感がした。
「男風呂にでっぷりした坊主頭の人と、金髪のチャラい感じの人がいるんですけど、とにかく変なんです!」
「どう変なのよ?」
「坊主の人は犬みたいに四足で歩いてるし、金髪の人は鳥みたいに腕を羽ばたきながら走り回ってるんです。
ボクが注意しても全然やめてくれなくて、他のお客さんたちが困ってるんですよ。」
嫌な予感は当たった。
それは間違いなくあいつらではないか。
「それに女湯にも変な人がいるみたいで。バイトの子が大変ですってカウンターまで走ってきて。」
「そう・・・・。ちなみにそっちはどんな様子?」
「一人はショートカットで猫っぽい顔した人らしいです。なぜか足で首を掻いたり洗ったりしてるんですよ。」
「もう一人は?」
「手足を広げたまま湯船に浮かんでウットリしてるみたいです。すんごいアンニュイな顔しながら。」
「分かったわ、すぐ行く。」
大きなため息をつくアカリさん。
俺も首を振るしかなかった。
そこへバイトらしき女の子が駆け込んでくる。
「大変です!男湯から裸の人が出てきて・・・・、」
「ええ!?」
「坊主の太った人と金髪のチャラい人です。すっぽんぽんのまま走り回ってるんですよ!」
松川くんは慌てて駆け出す。
アカリさんも「ちょっと行ってくるわ」と面倒くさそうに出て行った。
「・・・・・・・・。」
俺は何も言えずに宙を睨む。
あいつらは動物のままだろうと人間に変わろうと、いつでもどこでもトラブルを起こしやがる。
「君も大変ねえ。あんな子たちを四匹も飼ってるなんて。」
同情はありがたいがなんの慰めにもならない。
子犬のままでもいいから家に帰りたい気分だった。

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