稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第二部 第七話 例の薬(1)

  • 2018.11.12 Monday
  • 13:55

JUGEMテーマ:自作小説

国民宿舎に泊まるなんて何年ぶりだろう。
小学生の頃、子供会のイベントで近所の国民宿舎に一泊したことがある。
近所に一泊しただけでもそれなりに旅行した気分になれたのは、俺がまだ子供だったからだろう。
でも今は違う。
家の近所に一泊するからって、とてもじゃないけど旅行したした気分になんかなれない。
しかも容疑者の監視の為に泊まるとなれば尚更だ。
「見て見て悠一!私たちの街が光り輝いてるわよ!高い所から見る夜景って綺麗ね。」
モンブランが嬉しそうに窓に張り付いている。
ここは俺のアパートから車で10分ほどの場所にあるアカネ荘という国民宿舎だ。
かなり立派な建物で、内装も悪くない。
忘年会や同窓会で使われることも多い場所だ。
俺たちは三階の宴会場にいた。
梅の間なので宴会場としてはそう広くはないけれど、普通の部屋よりかはじゅうぶん広い。
ここなら大人数で寝ても問題ないだろう。
俺、モンブランたち、そしてオカマの遠野さんにマシロー君。
今日はここで一泊する。
なぜかって?
源ちゃんがそうしろって言ったからだ。
今日の昼間、俺たちはこがねの湯にいた。
そこで盗撮犯を捕まえた。
そいつは怪しげな薬を捌いていた張本人でもあった。
ビデオに映っていた映像のおかげで盗撮の罪は立証できた。
けど問題は例の薬の方だ。
源ちゃんは厳しく取り調べた。
遠藤さんは例の薬のこと、カグラにいた時のこと、そしてカグラという会社が何を企んでいるのかを語った。
それはとても恐ろしいもので、源ちゃんは血相を変えていた。
この薬の件は人間の手に余るものだし、カグラのことについても同じだった。
だから警察には報告しないと言った。
代わりに霊獣仲間に相談して、今後どう対応するか決めると言って、取り調べは終わった。
ちなみに薬を盗んだ女の人だけど、源ちゃんが行って警察手帳を見せるとあっさり返してくれた。
というのも盗みぐせのある人だったらしく、今までにも何度か警察のお世話になっているらしい。
薬を盗んだ理由は「ただなんとなく」だそうだ。
源ちゃん曰く、盗むことそのものに快感を覚える人がいるそうで、その女の人もそういう類の人だった。
ただなんとなく盗んだものの、追いかけられて奪い返され、なんの収穫もなしに終わるものかとバッグの中のポーチを掴んだのだった。
まあとにかく、こんな危ない薬を取り戻すことが出来てよかった。
なによりこれで解毒剤が手に入る、元に戻れる!って思ったんだけど、そうは問屋が卸さなかった。
盗まれた時、薬のポーチのファスナーがちょっとだけ開いていたみたいなのだ。
そのせいで解毒剤はどこかに落ちてしまったらしい。
今は源ちゃんが捜してくれている。
盗んだ女の人が辿った道のどこかにあるはずだと。
ああ・・・・どうしてこうも物事は上手くいかないのか。
もし解毒剤が見つからなかったら一生の子犬のままになってしまう。
・・・・いや、一生ってことはないか。
子犬だって成長するんだから、そのうち成犬になるだろう。
でも犬であることに変わりはない。
源ちゃん!頼むから薬を見つけてきてくれ!もはや君だけが頼りなんだ!
・・・なんてことを思いながら、窓からの夜景にはしゃぐモンブランたちを見つめていた。
こいつらはいつだって能天気だ。
ずっと元に戻れなかったらどうしようとか心配しないのだろうか?
たぶんしないんだろうな。
こいつらの頭の中には明るい妄想しかないのだ。
その恐ろしいまでにポジティブな思考回路、少しでいいかわ分けてほしい。
「元気のない顔してますね。大丈夫ですか?」
マシロー君が気遣ってくれる。
礼儀正しいし丁寧だし、それに優しい。
薬をばら撒いたことを除けば、なんて素晴らしいハリネズミなんだろう。
我が家の動物たちも見習ってほしい。
「きっと刑事さんが解毒剤を見つけてきてくれますよ。それまでの辛抱です。」
ポンポンと肩を叩いて励ましてくれる。
「早く見つけてきてくれることを願うよ。でないとここに泊まるのは一泊じゃすまないかもしれない。」
「有川さんは子犬に変わり、モンブランさんたちは人間に変わり、そして遠藤さんは盗撮と薬の件で容疑者です。
みんな勝手に動かれたら困るから、ここへ泊まっておけってことなんでしょうね。」
「だと思うよ。ちなみに俺は監視役だ。源ちゃんから見張ってるように言われてさ。」
「お勤めご苦労様です。」
「でも子犬に何が出来るんだって話だよ。もし遠藤さんが逃げ出したって、今の俺じゃ何も出来ないのに。」
「その心配はありません。遠藤さんはもっと元気がないですから。」
マシロー君の言う通りだった。
彼・・・と言っていいのかどうか分からないけど、遠藤さんはずっと暗い顔をしている。
でも気持ちは分かる。
彼は傷ついているのだ。カグラという会社のせいで。
「なあマシロー君、遠藤さんが言ってたことって本当なのか?」
「本当なのか?とは?」
「カグラのことだよ。副社長とその部下は霊獣なんだろ?」
「らしいですね。」
「君は詳しく知らないのか?」
「遠藤さんに拾われたのはつい最近なんです。」
「そうなの?」
「一ヶ月ちょっと前くらいです。公園の茂みでウロウロしていたら拾われました。」
「もしかして君は誰かに捨てられたの?」
「いえ、野生で生まれました。日本にもハリネズミは生息していますので。」
「捨てられて野性化したやつだな。」
「そうです。僕は野性化して三世目のハリネズミなんです。だから人間に飼われるのは初めてです。」
そう言ってなぜか照れくさそうにした。
「遠藤さんの詳しい過去は分かりません。彼があんなに辛い過去を抱えていたなんて今日初めて知りました。」
「そうか。なら君もショックだろうな。」
「いえ、別に。」
「そ、そうなの・・・?」
「僕は僕であって、遠藤さんではありませんから。彼の抱えている痛みを想像することは出来ても、本当に理解することは無理です。」
「そりゃそうだけど・・・・、」
「でも同情はします。」
遠藤さんを振り返り、「今はそっとしておくのが一番でしょう」と言った。
「では僕はこれで。」
「どこか行くのか?」
「就寝させて頂きます。」
タタタっと走って、遠藤さんの枕の横で丸くなる。
「それではみなさん、おやすみなさい。」
まるで野球ボールみたいに丸まって、スヤスヤと寝てしまった。
マシロー君・・・・しっかりしてるけど、やっぱり変わり者だ。
遠藤さんは暗い顔のままで、今は何を話しかけても無駄だろう。
《しゃあない、俺も寝るかな。》
監視役とはいえ、子犬の身では徹夜は応える。
どうせモンブランたちが起きているんだから、何かあれば知らせてくれるだろう。
《おやすみ〜。》
布団の上で丸くなる。
すぐにウトウトしてきて眠りに落ちてしまった。
・・・・どれほど眠っていたかは分からない。
夢の中で誰かにほっぺをつねられる感触があった。
パチっと目を開ける。
そこにはライダースーツにリーゼント頭の兄ちゃんがいた。
「よ。」
「チェリー君!」
そういえば忘れていた。
思えばウズメさんを呼んでカーチェイスを止めてくれたのは彼なのだ。
「昼間は災難だったな。」
「君のおかげで助かったよ。ていうか今までどこにいたんだ?」
「そりゃこっちのセリフだ。全然家に帰って来ねえんだもんよ。電話かけてもスマホはちゃぶ台には置きっぱなしだし。」
「え〜っと・・・あれから色々あって。」
「ウズメの姐さんから聞いたよ。ヤバい薬のことも、そこのオカマのことも。」
そう言って遠藤さんを見る。
彼もいつのまにか眠っていた。マシロー君を抱きかかえて。
トゲがチクチク刺さって痛いのか、「ぐふ!」とか寝言を呟いていた。
「そっちはそっちで大変だったみたいだけど、こっちもしんどかったぜ。いきなり家に警察が来てよ。有川悠一っているか?ってしつこくて。」
「それカーチェイスのせいだよ。途中で家に寄ろうとしたんだけど、警察がいたから引き返したんだ。」
「おかげで俺が問い詰められる羽目になったんだぜ。匿うならお前も署まで来てもらうぞって脅されてよ。」
「大丈夫だったのか?」
「まあな、俺にはこれがあるから。」
ニヤリと笑った瞬間、景色に溶け込むようにスウっと消えてしまった。
チェリー君の得意技、「擬態」である。
周りの景色に同化することで、まるで透明人間みたいに姿を消せるのだ。
これではいくら警察でも見つけられないだろう。
「とりあえず警察から逃げて、ほとぼりが冷めるまでその辺をウロウロしてたわけさ。でもあいつらしつこくて全然帰りやがらねえの。
こりゃ仕方ねえと思って、しばらく山ん中に逃げ込んでたわけさ。んで夕方くらいになって戻ったらいなくなっててよ。
だけどアンタは帰って来ねえ。こりゃもしかしたら姐さんの店にいるんじゃねえかと行ってみたわけさ。
そこで色々あったことを聞かされて、ここに泊まってるって教えてもらったんだ。」
「ほんとごめんな、迷惑掛けちゃって。」
「まあアンタのせいじゃねえよ。悪いのはあのアホどもだからな。」
「まったくだ!元に戻ったらこれでもかってくらいに説教してやらないと・・・・・って、ありゃ?どこ行ったあいつら?」
またいなくなっている。
チェリー君が「俺が来た時にはいなかったぜ」と言った。
「マジですか・・・・?」
「マジだよ。ついさっき来たんだけどあのアホどもはいなかった。」
「じゃあ勝手に外に出ちゃったってことか・・・・。」
「またどっかでカーチェイスでもしてたりしてな。」
冗談のつもりなんだろうけど笑えない。
あいつらなら充分にやりかねないんだから。
「こりゃマジでヤバい!すぐに捜しに行かないと!!」
部屋から駆け出そうとするが、ドアが閉まっている。
頑張ってジャンプしてみたけど、ぜんぜん取っ手まで届かない。
ただのドアも子犬にとっては巨大な壁と同じ。
「チェリー君開けてくれ!」と叫んだ。
ガラっとドアを開けてくれる。
「サンキュ」と言って駆け出そうとすると、ヒョイっと抱き上げられた。
「俺が行ってくる、アンタはここにいな。」
「でも・・・・、」
「子犬のままじゃ何も出来ねえだろ。」
確かに。
ここはお言葉に甘えて任せることにした。
チェリー君がいなくなって静けさが戻る。
ていうかモンブランたちがいないとこうも静かなんだなと、あいつらの騒々しさを実感した。
なんとなく遠藤さんに近づいてみると、いびきを掻きながら寝ていた。
しかしその目には涙の後がある。
源ちゃんの取り調べで昔を思い出してしまったせいだろう。
《本当に辛い思いをしてたんだな、カグラって会社のせいで。》

 

     *****

 

遠野さんがカグラを辞めたのは5年前のこと。
理由は会社がやっていた裏稼業に嫌気が差したからだ。
表向きは家具屋だけど、裏では希少動物の密猟をやっていたらしい。
しかもその希少動物っていうのが霊獣だ。
じゃあなんで霊獣を密猟していたかというと、例の薬を作る為である。
人間や普通の動物は別の種族に変化したりできない。
けど霊獣を使って動物実験を重ねることで、それを可能にする薬を開発したのだ。
その実験の中心人物はカグラの副社長、鬼神川周五郎って人らしい。
人間に化けている時はプロレスラーみたいにムキムキマッチョで、遠野さんなんか比べ物にならないほどだという。
顔は鬼みたいに怖くて、実際に中身も怖いらしい。
その正体はお稲荷さん。
気性の粗さと喧嘩の強さから「鬼の狐火」と異名を取るほどらしく、社長以外は誰も逆らえないという。
自分自身も霊獣でありながら、同じ霊獣を密猟して、あまつさえ動物実験の材料にするなんて・・・・とても神様のすることとは思えない。
この鬼神川って人以外にも何人か霊獣がいて、中でも祝田と大川って人がかなり悪どいことをやっていたという。
なぜなら例の薬を開発したのはこの二人だからだ。
今はカグラを辞めて、カマクラ家具という会社にいるらしい。
ちなみにこのカマクラ家具って会社、一昨年前に俺が揉めた、ダキニというお稲荷さんが社長をやっていた所だ。
今は地獄に幽閉されているはずだけど、会社そのものは残っている。
遠藤さんは見た目は色々とアレだけど、中身はすごく優しい人である。
だからカグラが裏でやっている仕事を知って、恐怖と怒りを覚えたのだ。
『知ったのは偶然なのよ。技術部に用事があって行った時に、たまたま見ちゃったのよね。奥の部屋で一匹の猫が台の上に張り付けにされて、実験みたいなことされてるのを。
そこはほんとは入っちゃいけない部屋だったんだけど、誰もいなかったからちょっと覗いちゃえと思って。
でも後悔した。見なきゃよかったって思った。アレは酷かったわ・・・・言葉に出すのも躊躇うようなことをしてた。今でも夢に見るくらいだもん。』
遠藤さんは技術部の社員だった祝田さんに詰め寄った。
いったいこれはどういうことなのかって。
すると『どうもこうも見た通りさ』とだけ答えて、怪しげな動物実験を続けていたという。
唖然とする遠藤さんだったが、さらに唖然とする光景を目にした。
実験に苦しむ猫の向こうでは、たくさんの動物がゲージに入れられていた。
そして何人かの人間も・・・・・。
『あんたら何やってんのよ!頭おかしいんじゃない!!』
そう言って止めようとした瞬間、後ろからゴツイ手を伸びてきて、首を締め上られたという。
『ここは許可の無い者は立ち入り禁止だ。』
鬼神川さんだった。
人を殺しそうなおっかない目をしていたそうで、遠藤さんはただ震え上がるしかなかった。
『ここでのことはぜったいに喋るなよ。』
そう念を押されて部屋を叩き出されたという。
以来、カグラという会社を信用できなくなった。
心を痛めた遠藤さんはどうにかそれをやめさせようとした。
内部告発をしようとしたのだ。
その為に信頼できる同僚や上司に相談したところ、どこかから話が漏れて鬼神川さんに伝わってしまった。
ある日遠藤さんは呼び出され、そこで彼らの正体を知ることになる。
鬼神川、祝田、大川、他に数人の鬼神川の部下。
全員がいきなりキツネに姿を変えてしまったのだ。
それも普通のキツネじゃない。
尻尾が何本もあって、まるで熊みたいに巨大なキツネに。
特に鬼神川って人は巨大だったそうだ。
尻尾が六本もあり、その大きさは像に匹敵するほどだったという。
牙も爪も鋭く、顔は鬼のようにおっかない。
遠藤さんは失神した。
そして次に目を開けた時、鬼神川さんにこう言われたのだそうだ。
『余計なことは口外するな。お前も、お前の周りも不幸になるぞ。』
怯える遠藤さんだったが、それでもこの前見た酷い光景が頭から消えなかった。
だから恐怖に負けじと、鬼神川さんを睨みつけながらこう言ったそうだ。
『アンタらなんであんな酷いことしてるのよ!ゲージの中には人間もいたわよね?まさか人体実験までしてるんじゃ・・・・、』
『悪いか?』
鬼神川さんはあっさりと認めた。
遠藤さんは尋ねた。なんでそんな酷いことをするのかって。
すると『ある目的の為だ』とだけ答え、人間の姿に戻った。
『いいか?口外すればどうなるか・・・・。つまらんことは考えるなよ。』
解放された遠藤さんは、その日は恐怖で眠れなかった。
しかしこんなことを放置していいはずがないと思い、警察へ相談しに行った。
でも相手にされなかった。
このご時世に人体実験なんてと、警官は苦笑混じりに手を振るだけだった。
遠藤さんは必死に訴えたけど、取り付く島もない。
だったらどうすれば信じてもらえるのかって聞いたところ、証拠でもあればと警官は言った。
ならぜったいに証拠を掴んでくるから、その時は捜査をお願いよと釘を刺して会社へ向かった。
どうにかして技術部へ侵入しようとしたらしいけど、ガードが固くて上手くいかない。
それどころか警察へ相談しに行ったことがバレたのか、協力してくれていた同僚や上司たちが次々に不幸な目に遭い始めた。
帰宅中に車で跳ねられたり、夜道で誰かに襲われたり。
火事に遭った者や、何者かに拉致されて暴行された人までいるという。
さらには遠藤さんの家族にも不幸な事件が起こった。
彼には妹さんがいるらしいんだけど、見知らぬ男にストーカーされて、家まで侵入しようとしてきたという。
旦那さんがバットを振り回して追い払ったらしいけど、妹さんはしばらく外出できないほど怖がっていたという。
鬼神川さんの警告通り、彼の周りの人たちが不幸な目に遭い始めていた。
それもこれも全て自分のせい。
忠告を聞いて大人しくしていれば、周りが酷い目に遭うこともなかったはず。
そう思って、もうこの件に手を出すのはやめようと思ったそうだ。
それから一年が経ち、あの件を胸の底にしまいかけていた時だった。
突然鬼神川さんに呼び出されたそうだ。
技術部へ来るようにと。
遠藤さんは嫌な予感しかしなかったという。
忘れようと努めていた出来事が一瞬で蘇る。
しかし逃げては余計に危ないと思い、言われた通りに技術部へ向かった。
部屋に入るなり、鬼神川さんはある薬を取り出してこう言った。
『こいつはとある試験薬でな。お前なら興味があるんじゃないかと思って呼び出した。』
遠藤さんにはなんのことか分からなかった。
赤と青のツートンカラーのカプセル剤。
そんな物は見たこともないし、興味を持ったこともない。
一つハッキリしているのは、きっと自分が実験台にされるのだろうということだった。
逃げようと背を向けた時、二人の男に取り押さえられた。
『俺たちが努力して作った薬だ。最初に飲めるんだから光栄に思え。』
『心配しなくても死にはしないはずだ。』
祝田と大川、かつて鬼神川と一緒に自分を脅した連中だった。
遠藤さんは暴れた。『そんなわけの分からない薬を飲むなんてぜったいに嫌よ!』と。
しかし抵抗むなしく、口の中に薬を押し込まれた。
鼻を摘まれ、口を押さえられ、呼吸の出来ない状態にされて、無理矢理飲み込まされた。
おそろく不味くて、思わず吐きそうになったという。
しかし次の瞬間、立っていられないほど目眩がして、壁に手をついた。
そして窓に映った自分の姿を見て悲鳴を上げたという。
『な・・・・なによコレ!』
なんと頭の上に動物の耳が生えていたのだ。
ピンと立った大きな耳、それはウサギの耳だった。
まさかと思ってお尻を触ってみると、丸くてフワフワした物があった。
腰の下の方にウサギの尻尾が生えていたのだ。
もはや悲鳴は悲鳴にならなかった。
なぜなら耳と尻尾だけでなく、全身がウサギに変わり始めていたからだ。
手足も短くなり、身体そのものが縮んでいった。
全身から真っ白な毛は生えてきて、遂には完全なウサギに変わってしまったという。
『イヤあああああああ!』
絶叫する遠藤さん。
それを見て喜ぶ鬼神川たち。
『成功だな。』
満足そうに言って、ウサギになってしまった遠藤さんを掴み上げた。
『心配しなくてもそいつは試験薬だ。効果はすぐに切れる。』
言われた通り、ものの数分で元に戻った。
ほっと安心する安藤さんだったけど、すぐにギョっとするようなことを言われた。
『お前、俺たちと一緒に仕事をしないか?』
『仕事・・・・?』
『俺たちは希少動物を捕まえ、研究材料にしたり、別の会社へ売り渡したりしている。』
『なんでそんなことを・・・・?』
『人間の社会を、我々霊獣がもっと住みやすい形に変える為だ。』
『霊獣・・・・。』
『以前に見せただろう、我々の正体を。』
そう言ってお尻からキツネの尻尾を出した。
『ひッ・・・・、』
『心配せずとも取って食ったりはせん。』
『・・・・・・・・。』
『お前はこの一年、大きな秘密を抱えながらも、それを口外しようとはしなかった。最初は警察へ行ったりしていたが、すぐに態度を改めたな。』
『だって・・・・下手なことしたら私までどうなるか・・・・。』
『この一年よく我慢した。そこまで口が堅いのなら、我々と一緒に仕事をどうかと思ってな。
お前のデータを見させてもらったが、かなり優秀だ。やる気があるなら仲間として迎え入れたい。』
『もし仲間になったら、人体実験を手伝ったり、希少動物を捕まえたりしろってこと?』
『人体実験はもう終わった。この薬が完成したのでな。あとは動物実験だけで充分だ。』
『でも・・・・勝手にそんなことしたら犯罪でしょ?』
『裏稼業とはそういうものだ。』
『じゃあやっぱり危ない仕事なのね?』
『というよりこっちが我々の本業でな。だから・・・どうだ?もし手伝ってくれるのならそれなりの待遇は約束する。
しかし断るなら全て忘れろ。下手に口外すればどうなるか分かっているはずだ。』
『もちろん口外なんてしないわ。でも具体的に何を手伝うのか教えてほしい。じゃないと答えようがないわ。』
『この薬をもっと研究して、完璧な物にする。』
『完璧ってことは、効果が長続きするようにってこと?』
『一度飲めば永遠に種族が変わったままになる。そのレベルまで持っていきたい。同時に解毒剤の開発もするがな。』
『いったいなんの為にそんなことを・・・・。』
『さっきも言った通りだ。霊獣にとって住みやすい世の中にする為だ。』
『そこがよく分かんないのよね。霊獣ってなに?住みやすい世の中ってどういうこと?』
『それが知りたければ我々と仕事をすることだな。どうだ?』
『・・・・・今すぐには答えられない。一日考えさせて。』
『いいだろう。明日私の部屋まで来い。言っておくがくれぐれも・・・・、』
『分かってる、ぜったいに誰にも喋らない。』
もちろん遠藤さんは仲間になる気なんてなかった。
なかったのだが、一日考えた末に、結局は仲間になってしまった。
具体的な証拠を掴めば警察が動いてくれるかもしれない・・・・そう思ったからだ。
こいつらは自分が思っていた以上にヤバい連中で、その秘密を知ってしまった以上、背中を向ければかえって危険だと判断したのだ。
それにもしもこんな薬が出回ってしまったら、世の中がおかしなことになってしまう。
身を守る為に、そして薬の研究を止める為には、相手の懐に飛び込むしかなかったのだ。
それからさらに数年が経ち、薬はどんどん完璧な物に近づいていった。
途中で鬼神川の傲慢さに嫌気が差した祝田と大川が辞めたりと色々あったらしいが、研究そのものは続いていった。
そしてその中で、なぜこんな薬を作っているかの真意を知ってしまったのだ。
カグラという会社が実は犯罪組織だということも。
だから辞める決心をした。
最初は黙って行方をくらまそうかと考えたらしいけど、たぶん逃げ切れないと思って、正直に言うことにした。
『もうアンタらのやり方にはついて行けない。ここで知り得たことはぜったいに誰にも言わないから、今日限りで退職させてちょうだい。』
渋る鬼神川だったが、他言したら殺してくれても構わないという遠藤さんの覚悟に負けて解放してくれた。
彼は命を天秤に懸けてまで会社を去った。
それほどまでにカグラのやっていた事に嫌気が差していたのだ。
そんな悪行に手を貸してしまった自分自身にも。
カグラを去ってから五年の間、アテもなくフラフラしていたそうだ。
定職に就く気にもなれず、その時知り合った男からお金を貢いでもらったり、住処を与えてもらったりしながら、消えない過去を抱いたまま苦しんでいた。
そしてとうとう限界が来た。
まともに眠れない夜、何一つ楽しいと思えない日々。
それに終止符を打つ為、警察へ行くことにしたのだ。
しかしまたしても取り合ってもらえなかった。
鬼神川に殺されてもいいという覚悟で相談しに来たのに、まったく相手にされなかったのだ。
頭では分かっていたけど、彼は感情的になってしまった。
『お願いだからカグラを調べて!アタシの言ってることは本当なのよ!信じてってば!!』
警察相手に暴れてしまい、署で一泊することになってしまった。
翌朝に解放された彼は、このまま世捨て人になろうと決心した。
もう過去なんて忘れてしまって、男を引っ掛けながらその日暮らしをしていこうと。
だが転機が訪れた。
新しく付き合った男が、どういうわけか例の薬を持っていたのだ。しかも解毒剤まで一緒に。
『どこで手に入れたの!?』
驚く遠藤さんに男はこう答えたそうだ。
タカイデ・ココっていう店で手に入れたと。
以前にそのお店で働いていたそうで、そこのオーナーがポーチに入れたまま事務所に忘れていったのだという。
なかなかブラックな職場だったので、腹いせにと思ってその薬をかっぱらってバックレたそうだ。
遠藤さんはその薬をちょうだいとお願いした。
男はあっさりと譲ってくれた。腹いせにかっぱらっただけなので、特に大事というわけでもなかったのだろう。
『まさか使ってないわよね?』と尋ねると、お前に聞かれるまで存在さえ忘れていたと答えたそうだ。
要するに誰にも使ったことはないわけで、遠藤さんはホっとした。
それから数日後、その彼氏とは別れて、ホテル暮らしを続けていた。
安いビジネスホテルを転々としながら。
そして夜になる度、薬を見て思ったそうだ。
こんな物は処分してしまった方がいい。
けど・・・・実験で苦しんでいった動物たちの為に、この薬を使って何かしてあげられないか?
それは罪滅ぼしだった。
以来、野良猫や野良犬を見つけては薬を与えた。
おそらく捨てられたであろう哀れな動物たち。
この薬で人間にしてやれば、保健所に送られることもないだろうし、人権も与えられて少しはマシな生活が出来るだろうと。
源ちゃんの取り調べで全てを語った遠藤さんは、とても辛い顔をしていた。
と同時に、憑き物が落ちたみたいにスッキリした顔でもあった。

 

     *****

 

昼間のことを思い出していると、遠藤さんへの同情が強くなってきた。
見た目はちょっと変わってるけど、中身はとても良い人だ。
五年の間、きっと彼は寂しかったのだろう。
誰にも言えない過去を抱えたまま、世捨て人を選ぶほどに・・・・。
マシロー君を拾ったのもそのせいかもしれない。
相手はハリネズミだけど、人の言葉を理解できるから、良い話し相手になってくれると思ったんだろう。
その証拠に、今も大事そうに抱きしめている。
トゲが刺さってチクチク痛いだろうに、決して手放そうとしない。
源ちゃんに全てを話して胸のつかえが取れたせいか、その寝顔はどこか安らかでもあった。
もう何も隠す必要はないんだという解放感が、ようやく彼に安眠を与えてくれたのだ。
俺は鼻を近づけ、ペロリと涙の跡をなめた。

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