稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第二部 第十五話 紫に染まる(1)

  • 2018.11.20 Tuesday
  • 10:57

JUGEMテーマ:自作小説

懐かしい顔と会うのは嬉しいものである。
でも相手が自分を嫌っているなら、険悪なムードになってしまうだろう。
「なんでこんな場所でお前の顔なんか見なきゃならないんだ。」
ここは集落にある民家の居間。
ちゃぶ台の向こう側にジャニーズ風のイケメンがあぐらを掻いている。
彼の名前はツムギ君。
一昨年に稲荷と揉めた時の一人だ。
初めて会った時は敵だった。
そしてクールなイケメンだった。
いかにも切れ者という感じで、俺はピンチに追い込まれたのだ。
でもダキニがいなくなってからというもの、転落の一途を辿っている。
いつでもダキニ様ダキニ様ってうるさいのだ。
「これだからマザコンはなあ・・・・。」
ボソっと呟くと「誰がマザコンだ!」と怒った。
「さすが稲荷、耳がいいな。」
「お前のせいでこんな田舎に飛ばされたんだ。この屈辱が分かるか!?」
「全然。」
「なにいぃ〜・・・・、」
「自業自得だろ。ダキニ様ダキニ様って恋しがり過ぎなんだ。そのせいでウズメさんに盾突いてばっかりだ。トップに逆らったんじゃ地方へ飛ばされても仕方ないだろ。」
「黙れ!去年の夏に助けてやったのを忘れたか!」
「そういえばそうだった。あの時はほんとに助かった、感謝してるよ。」
「だいたい俺を飛ばしたのはウズメじゃない!」
「そうなの?じゃあ誰に?」
「エボシって野郎だ。」
「誰それ?」
「先輩の稲荷だよ。いちおう神獣の位を持ってるけど、いけ好かない野郎さ。」
「なら偉いんだな、そのエボシってのは。」
「かつてはダキニ様の重臣の一人だった。とにかく嫌味な野郎で、ことあるごとに下の者をいびる陰湿な奴さ。」
「じゃあ君もそいつに目を付けられたってわけか?」
「ふん!ちょっと文句を言っただけで左遷とは・・・金玉の小さい男さ。」
「でもダキニの重臣だったなら、君とは気が合うはずじゃないのか?どうして左遷なんて?」
「あいつはダキニ様に忠誠を誓うように見せかけて、ほんとは自分のことしか考えていない奴なんだ。
ダキニ様が地獄に幽閉されている今、その本性を現して好き勝手してやがる。」
「人間の世界にもいるよそういう奴。上司の前じゃペコペコしながら、部下の前では偉そうにしてるんだろ?」
「その通りだ。しかも人間の世界でもそれなりの地位にいるんだ。大きな会社で常務をやってるからな。」
「へえ、そりゃすごいな。」
「なにがすごいもんか。あいつは媚びを売るのが上手いだけなんだ。ダキニ様がいなくなったもんだから、今度は別の稲荷に媚びを売ってる。ほんとに最低最悪なクソ野郎だ。」
「う〜ん・・・・稲荷の世界も人間と変わらないんだなあ。」
「ウズメがしっかりみんなをまとめてくれればこんな事にはならないのに・・・・。
あいつは甘すぎる。稲荷の頂点に立ってるんだから、もっとこうダキニ様みたいにビシっとしてくれないと。」
「要するに田舎へ飛ばされてご立腹なんだな。」
「元はといえばお前が悪いんだぞ!お前さえいなければダキニ様は今でも稲荷の頂点に君臨されていたんだ。
お前とあの猫神さえいなきゃこんな事には・・・・。」
そのあともブツブツ言っていたけど、左遷された愚痴ばかりだったので適当に聞き流した。
「君の不満はよく分かった。でもどうして神社で倒れてたんだ?」
「狼男のせいさ!アイツらが襲いかかってきたんだ!」
「襲いかかるって・・・・君は狼男にまで迷惑を掛けるようなことをして・・・・、」
「違う!いきなりだ!」
バシンとちゃぶ台を叩く。
ビシっとヒビが入って、「壊すなよ」と宇根さんが注意した。
「黙れ人間!僕はこれでも神様だぞ!」
「神様のくせに狼男に負けるなんて恥ずかしいな。」
「しょうがないだろ!アイツ強かったんだから・・・・。」
バツが悪そうにしている。
でもなんでいきなり襲いかかってきたんだろう?
そのことを尋ねると、「ここを乗っ取る為さ」と言った。
「奴ら妙な薬をバラ撒いてたろう?」
「ああ、その薬のせいで俺も子犬になっちゃった。」
「お前みたいなチンチクリンにはお似合いだ。」
「俺だけじゃないよ。集落の人たちみんなが動物に変わっちゃったんだ。逆に動物たちが人間に。」
「それが奴らの目的だったんだろう。僕がいると邪魔だから生き埋めにしたのさ。」
「かわいそうに。よく生きてたな。」
「これでも神様だからな。」
偉そうにふんぞり返っているけど誰も褒めていない。
「でもなんであんな薬をバラ撒いてたのかは分からない。いったいなにが目的だったのか・・・・。」
深く考え込んでいる。
事情を説明しようとすると、「私から話すわ」誰かがやって来た。
「あ、お前は・・・・、」
「久しぶりね、ツムギ君。」
「アカリ・・・・ウズメの腰巾着め。なんでお前がここにいる?」
「それを今から説明してあげるのよ。」
ツムギ君の向かいに腰を下ろし、俺を膝の上に乗せた。
「アカリさん・・・もう平気なんですか?」
「まあね、ちょっと頭が痛むけど大丈夫。」
「さすが聖獣。」
「私が寝てる間の出来事はマシロー君から聞いたわ。あいつら逃げちゃったんだってね。」
「ええ。ていうか駆け落ちですよあんなの。」
「モンブランって子、そうとう肝が据わってるわね。生意気なだけかと思ったけど気に入ったわ。」
「俺としては振り回されて困ってます・・・・。あ、ちなみにチェリー君は?」
「まだ寝てるわ。さすがに下っ端の霊獣には堪えたみたいね。」
「心配だな・・・。」
「なら様子を見に行ってあげればいいじゃない。」
「はい、そうします。」
アカリさんの膝から飛び降り、玄関に向かう。
外に出るとまだ動物と人間が睨み合っていた。
ピリピリムードは相変わらずで、いつ喧嘩が起きてもおかしくない。
それをずっと仲裁しているマシロー君には頭が下がる。
ササっとみんなの間を通り抜け、斜向かいの家に向かった。
玄関に入るとイノシシがいて、ジロっと俺を睨んだ。
「あの・・・チェリー君の様子を見に来ました。上がってもいいですか?」
「どうぞ。それと家に上がる前にマットで足を拭いてちょうだいよ。」
「はい。」
このイノシシは宇根さんの奥さんである。
玄関にあるマットでゴシゴシと足を拭き、「お邪魔します」と上がった。
古びた廊下を進み、半開きの襖を覗く。
するとチェリー君が布団の上にあぐらを掻いていた。
「おお!気がついたのか?」
「ついさっきな。」
そう言って「おお痛え」と頭を押さえた。
「あの狼野郎・・・・思いっきり踏みつけてくれやがって。」
「大丈夫か?」
「大したことねえよ。それよりアカリは?」
「向かいの家にいるよ。知り合いと話し込んでる。」
「知り合い?こんな辺鄙なところに?」
「ああ、左遷されて。」
「なんだそりゃ?」
「こっちの話。それより聞いてくれよ、モンブランが狼男と駆け落ちしちゃったんだ。自分をさらった奴らなのに。」
「へえ、そうか。」
「驚かないのか?」
「どうせ一目惚れでもしたんだろ。」
「いや、一目惚れしたのは向こうらしい。」
「そりゃ物好きもいたもんだな。あのオテンバ、どうせ猫被ってたんだろ。本性知ったら腰抜かすぜ。」
「同感。」
さすが一緒に暮らしているだけある。
実に冷静な意見だ。
チェリー君は「よっこらしょっと」と立ち上がり、玄関へ向かう。
イノシシの奥さんに「世話んなったな」と礼を言い、外に出て「なんだこりゃ?」と驚いていた。
「なんでこんな大勢の動物と人間が睨み合ってんだ?」
「ロッキー君たちのせいだよ。薬で人間と動物が入れ替わっちゃったんだ。」
「・・・おお!そういえばそんなこと言ってたな。寝てる間に忘れてたぜ。」
ボリボリと頭を掻きながら、両者が睨み合う中へ歩いていく。
「ちょっとチェリー君。あんまり刺激しない方が・・・・、」
制止を無視してズカズカと歩いて行く。
そして「こらテメエら!」と怒鳴った。
「喧嘩してる場合か!」
そう言って周りを睨みつけると、「引っ込め若僧!」と誰かが怒鳴った。
「人様の住処を乗っ取りおって!ここは儂らの物だぞ!」
一羽のトンビが怒る。
すると今度は反対側から「今こそ復讐の時だ!」と怒鳴り声が。
「人間はずっと俺たちを虐げてきたんだ!木を切り倒して住処を奪い、スポーツハンティングとかいって遊び半分で仲間を撃ったり。許せねえ!」
そうだそうだ!と同意の声が湧き上がる。
「今までの俺たちはただやられっぱなしだった。でもこれからは違う。俺たちは人間になったんだからな。
俺たちが受けてきた苦しみを味あわせてやる!そうだろみんな?」
そうだそうだ!と拳が突き上がる。
そこへマシロー君がやって来て「刺激しないで下さい!」と言った。
「せっかくどうにか止めているんです。これ以上刺激したら暴動が起きてしまいますよ。」
「いいじゃねえか。」
「いいわけないじゃないですか!こんな大勢で喧嘩したら大変なことになってしまいますよ。」
「もう大変なことになってんだ。ていうか良い機会だと思うぜ俺は。」
「良い機会とは?」
「せっかくこうやって互いに入れ替わったんだ。それぞれの気持ちを知る良い機会じゃねえか。
人間たちはどれだけ動物を虐げてきた分かるだろうし、動物たちは人間の背負ってる苦労が分かるはずだ。
元に戻るまでの間、色々体験すりゃあいいじゃねえか。それが嫌だってんならここで喧嘩すりゃあいいんだ。
なんもしねえで睨み合ってても埓が明かねえんだからよ。」
「それは乱暴な意見です。喧嘩なんかしたらお互いに傷つくだけだし、下手にこの集落を出ても危険だし。
解毒剤が手に入るまで、冷静に大人しくしていた方が無難だと思います。」
「はん!固てえなあお前は。」
チェリー君は不満そうに吐き捨てる。
そして霊獣の姿に変わった。
「ようオマエら!実は俺はさっきの狼男の仲間なんだ。」
そう言った瞬間、動物に変わった人間たちから怒りの声が上がった。
「やっぱりそうだったのか!」
「似てるからおかしいと思ったのよ!」
「お前らのせいでこの集落は滅茶苦茶だ!責任取れ!」
すさまじい罵声が飛ぶ。
すると今度は人間に変わった動物たちから歓喜の声が。
「狼男様!あなたは俺たちの救世主です!」
「これからも私たちと一緒に戦って下さい!」
「一生ついていきます!」
片や憎しみの言葉が飛び、片や賞賛の言葉が飛ぶ。
ますますヒートアップして、マシロー君が「みなさん落ち着いて!」と叫んだ。
「あなたもいい加減にして下さい!このままじゃ本当に暴動が起きてしまいます!」
「分かってるよ。でもこいつらもう止まらねえぜ。」
「あなたが挑発するからです!せっかく僕が説得して宥めていたのに・・・・。」
「そうガッカリするなよ。」
マシロー君を掴み、ポンと肩の上に乗せた。
そして俺を振り返ってこう言う。
「ちょっと出かけてくるぜ。」
「出かけるって・・・・どこに?」
「人間の街に。ついでに周りの連中も連れて。」
「はあ!?ダメに決まってるだろそんなの!」
「なんで?」
「なんでって・・・・そりゃ大変なことになるからだよ、うん。」
「そんなの行ってみなきゃ分からねえじゃねえか。」
「で、でも!ぜったいにトラブルになるって。解毒剤が手に入るまでここで大人しくして・・・・、」
「そういうのは性に合わねえ。」
「そういう問題じゃないだろ。」
「こいつら連れて街へ行けば、今まで見えなかったことが見えるかもしれねえ。動物と人間、両方を知ってる霊獣だから教えられることもあるしな。」
「でも・・・・、」
「それにやる前から物事を決めつけるのは好きじゃねえ。トラブルが起きるかもしれねえが、やってよかったって思える経験になるかもしれねえぜ。」
そう言って「やいテメエら!」と動物に変わった人間たちに怒鳴った。
「俺は今から街へ行く。そしてこの集落で動物が暴れてるってハンターに伝えてくるぜ。」
「な、なんだと!?」
「銃持った人間が押しかけてくる。お前らみんなバン!って撃たれちゃうぜ。」
「ふ、ふざけんな!」
「なんで私たちが撃たれなきゃいけないのよ!」
「そんなことさせねえぞ!」
みんないきり立つ。今にも飛びかかりそうだ。
そして今度は「ようお前ら!」と人間に変わった動物たちを振り返った。
「この集落だけじゃなくて、街も乗っ取ってやろうぜ!」
「そりゃいい!行こう行こう。」
「私たちがどれだけ苦しんでるか・・・人間どもに思い知らせてやる!」
「いよいよ俺たちの天下になるんだな。今まで我慢してきた甲斐があったあ・・・・。」
こっちはこっちで歓喜に沸く。泣いてる奴までいるし。
「というわけでちょっくら出かけてくらあ。」
そう言い残して集落を走り去って行った。
「あいつを止めろ!ハンターを呼ぶ気だぞ!」
「今こそ革命の時!みんな狼男様について行くんだ!」
動物も人間もチェリー君のあとを追いかけていく。
遠くから「有川さああああああ・・・・」とマシロー君の叫びが響いていた。
「相変わらず無茶苦茶だなあいつは。」
モンブランとは違った意味でぶっ飛んでいる。
もうなるようになれと思っていると、「悠一君」と呼ばれた。
振り返るとアカリさんとツムギ君が立っていた。
「もう話は終わったんですか?」
「まあね。それよりみんなは?」
「街へ行っちゃいました。」
「はあ!なんで?」
「お互いの気持ちを知る良い機会だからってチェリー君が。」
「良い機会って・・・何かあったらどうすんのよ?」
「そう止めたんですけど聞かないんですよ。やる前から物事を決めつけるのは嫌いだって。」
「破天荒な奴ね。」
険しい顔をしながらも、笑みを浮かべているのはアカリさんも霊獣だからだろう。
人間と動物、両方の立場を知っている霊獣は、双方の気持ちも知っている。
アカリさんもどこかで期待しているのかもしれない。
これを機にお互いが理解を深めてくれたらと。
「彼らのことはチェリー君に任せるしかないです。それよりも狼男の話で気になることがあって・・・・、」
「分かってる、依頼者のことでしょ?」
「あの薬を渡したのは絶対にカグラだと思ってたんです。でも狼男は違うって。」
「それもマシロー君から聞いたわ。カマクラ家具の瀞川と安志って奴でしょ?」
「依頼者のことを口にする時、ロッキー君はずいぶん怖がっていました。おそらく瀞川と安志って人は霊獣なんだと思います。」
「私もそう思う。狼男が人間を恐れるはずないからね。それにカマクラ家具は・・・、」
「ダキニ様の会社だ。」
ツムギ君が前に出てくる。
険しい顔をしながら「狼男たちが言ってたことは本当なのか?」と尋ねた。
「例の薬のことはアカリから聞いた。あの狼男たちが持っていた薬はカグラが開発したんだってな?」
「ああ。でもこれっておかしいよな?だってあの薬はカグラが作った物なのに、なんでカマクラ家具の霊獣たちがそれを持ってるんだろう。」
「多分・・・いや、きっとエボシの野郎のせいだ。」
「エボシって君を左遷した奴だよな。」
「いちいち左遷って言うな。」
こめかみに血管が浮いている。この言葉はタブーらしい。
あんまり機嫌を損ねてもアレなので気をつけよう。
「で、なんでエボシって奴のせいなんだ?」
「あの野郎はカマクラ家具の常務なんだよ。人間の世界じゃ豊川十三って名乗ってる。」
「そういえばダキニの重臣だったんだよな。社長の重臣だから会社でも重役ってわけか?」
「そういうことだ。大した能力なんかありゃしないのに、媚びを売るのだけは上手いからな。
今ダキニ様は地獄だから、代わりにトヨウケヒメ様が社長をやっていらっしゃる。」
「トヨウケヒメ?」
「ダキニ様のご友人だ。神道系の偉い稲荷神でいらっしゃる。」
「ああ、そういう話はとある猫又から聞いたよ。稲荷の世界も一枚岩じゃないって。」
「エボシはトヨウケヒメ様に媚びを売って今の地位を保ってるだけなんだ。なのに好き勝手なことしやがって・・・・、」
また左遷がどうのと呟いている。「まあまあ」と宥めて先を促した。
「トヨウケヒメ様はダキニ様が戻ってこられるまでの代理だ。社長の椅子を守ることがお勤めだから、経営は部下に任しておられる。
その最高責任者が豊川常務、つまりエボシの野郎ってことさ。」
「なら大きな権限を持ってるわけだな。」
「そうさ、そのせいで稲荷の世界でもデカイ顔してるんだ。だからちょっと文句を言っただけでこんな辺鄙なところに飛ばしがった!」
「まあまあ。エボシがひどい奴だっていうのは分かったけど、それと例の薬とどう関係があるんだ?」
「エボシ・・・エボシめ・・・・、」
「ツムギ君・・・・?」
「今に見てろ・・・・ギャフンと言わせてやるからな・・・・。ダキニ様が戻ってきたらお前なんか・・・・、」
爪を噛みながらブツブツ言っている。
ダキニ頼みな時点でギャフンと言わせることは難しいと思うけど・・・口には出さないでおこう。
ツムギ君は完全に恨みの中に落ちてしまって、ガリガリ爪を噛むばかりだ。
よっぽど左遷が堪えているらしい。
するとアカリさんが「私が代わりに答えるわ」と言った。
「私だって稲荷の内情は知ってるからね。」
「お願いします!」
「でもツムギ君ほど詳しくはないからね。噂レベルの話。」
「それでも構いません。」
アカリさんはコホンと咳払いして「実はね・・・」と切り出した。
「一昨年の夏にダキニ様が幽閉されてから、稲荷の世界で怪しい動きをしてる奴らがいるのよ。」
「怪しい動き?」
「悠一君も知っての通り、稲荷の世界には二つの派閥があるわ。」
「神道系と仏教系ですね。」
「そう。今までは付かず離れずの距離を保ってたんだけど、一部の連中が結託して、よからぬことを企んでるって噂があるのよ。」
「よからぬ事・・・それはどんな?」
「稲荷の世界を一つに統合して、より大きな勢力にする。そのあとは人間の世界を霊獣で溢れさせ、自分たちが支配する。」
「に、人間の世界を支配・・・・?」
「ほんとはそんなことやっちゃダメなんだけどね。よい強い神様や霊獣からお叱りを受けるから。
でも勢力を拡大すれば可能になるかもしれない。力を持てば霊獣の掟を突っぱねることも出来るから。」
「なるほど・・・・悪い意味で革命を起こそうとしてるってわけですか。」
「そんなところね。そして人間の世界にだって二つの稲荷の派閥が存在してるわ。それがカグラとカマクラ家具。
カグラは神道系の稲荷が、カマクラ家具は仏教系の稲荷が仕切ってる。今までこの二つの会社はライバル関係だったんだけど、裏では手を結んでるんじゃないかって噂があるのよ。」
「それがさっき言ってた一部の連中が結託ってやつですか?」
「ええ。カグラには鬼の狐火って恐れられる稲荷がいるわ。とにかく腕っ節の強い武闘派でね、しかもそいつの手下もワルなのよ。人間の世界では瀞川と安志って名乗ってるわ。」
「瀞川と安志!それって・・・・、」
「狼男に薬を渡した奴らよ。」
「でもそいつらはカグラの霊獣なんでしょう?狼男はカマクラ家具の人からって言ってたけど・・・・。」
「以前はカグラにいたのよ。それがどういうわけか、今はカマクラ家具にいるみたいでね。これも噂だけど、エボシが関わってるんじゃないかって。」
「またそいつですか?」
「ツムギ君の言う通り、エボシはほんとに嫌な奴よ。上の者にはペコペコして、下の者には偉そうに振舞うから。私だって因縁つけられたことあるんだから。」
「アカリさんも・・・・。大丈夫だったんですか?」
「ウズメさんのおかげでね。アイツったらウズメさんが注意した途端にヘコヘコしやがるの。思い出しただけでも腹立つわ。」
どうやらエボシって奴はいろんなところから恨みを買っているらしい。
よく言えば忖度の達人、悪く・・・いや、悪く言わなくても表裏のあるひどい奴ってことなんだろう。
「エボシは自分の損得しか考えてない奴なのよ。だから得をすることがあればルールや掟だって平気で破る。
カグラを離れた神道系の稲荷がカマクラ家具に来たってことは、普通じゃ考えられないことよ。
でもエボシが裏で糸を引いてるとしたら充分に有り得るわ。多分だけど、アイツが欲しがったのは例の薬よ。
薬の開発者を引き込めば自分に得があると踏んだんでしょうね。」
「なるほど。もしそれが本当ならズル賢い奴ですね。」
「まったくよ。そうやって薬を手に入れて、色々実験も重ねたんでしょうね。
そしてより効果の確かな物にしたかったから、瀞川と安志に命じて、狼男たちに渡したんじゃないかって私は思ってる。」
「それ狼男も言ってましたよ。社内の実験だけだと限りがあるから、たくさんのデータを取る為に依頼してきたんだろうって。」
「薬を渡したのは瀞川と安志だけど、それをさせたのはエボシだと思うわ。まあ私の勝手な想像だし、噂も混じってるからそんなに信用されても困るけど。」
「アカリさんの話が正しいかどうかを確認するには、やっぱりカグラに潜入して調べないといけないんですよね。
まあそっちは源ちゃんに任せるとして、もう一個気になることがあるんですよ。」
そう言うとアカリさんも頷いた。
「薬の入ってたポーチの件ね。マシロー君が言ってたわ、狼男と同じ臭いが付いてたって。」
「もしそれが本当なら、狼男から遠藤さんの手に渡ったことになります。」
「遠藤さんって前に付き合ってた男からその薬を貰ったんでしょ?」
「ええ。だから俺はこう思ってるんです。狼男は人間に化けて遠藤さんに近づき、わざと薬を渡した。そうすることでよりたくさんの薬をばら撒けるから。」
「遠藤さんがばら撒いたせいであんたは子犬に、モンブランたちは人間になっちゃったんだもんね。しかもモンブランは貴重なサンプルになるかもしれないんでしょ?」
「ロッキー君が言うには、獣の臭いを感じるんだそうです。そうじゃない奴はみんな副作用が出てるって。」
「たしかにモンブランはピンピンしてるもんね。でもそれを言えばあんたはどうなのよ?胸が苦しいとかはないの?」
「今のところは。」
「じゃあ他の子は?マサカリたちに異変はない?」
「それも大丈夫です・・・・・って言いたいところだけど、これから先は分からないですよね。俺だっていつか副作用が出るのかもしれないし。」
「早く解毒剤を手に入れないと、あんた達まで入院ってことになりかねないわけか・・・・。」
アカリさんの表情が曇っていく。
子供をひどい目に遭わせた奴を殺すって息巻いてたけど、今となっては複雑な心境だろう。
なぜなら狼男たちはただの実行犯でしかないのだから。
本当に復讐を果たしたいのなら、ロッキー君たちに薬を渡した張本人を相手にしないといけない。
でもそれはかなり難しい。
さっきからよく出てくるエボシって奴、こいつが主犯なんだろけど、ぜったいに一筋縄ではいかない相手だ。
ダキニの重臣でカマクラ家具の重役で、しかもアカリさんと同じ稲荷である。位だってずっと上だろう。
アカリさんの表情には怒りと悔しさが満ちていて、歯がゆい感情を圧し殺しているのが伝わってくる。
その後ろではツムギ君がまだ爪を齧っていた。
呪文みたいに「エボシ・・・・エボシめえ・・・・」と。
ここへ来た時は夜だったけど、今は東の空が少しずつ明るくなり始めている。
もうすぐ朝が来る。
きっとマサカリたちは心配しているだろう。
夜の街に調査に出ただけなのに、一晩中戻って来ないんだから。
「アカリさん、いったん戻りませんか?」
「・・・そうね。子供達の様子も気になるし。」
ヒョイっと俺を抱えて稲荷神社に向かって行く。
「ねえツムギ君、ここワープさせてもらってもいい?」
「エボシ・・・・許さんぞ・・・・ぜったいに・・・・。」
「聞いてる?」
「・・・・なんだ?」
「あなたの神社、ワープさせてもらってもいいわよね?」
「そこは無理だぞ。」
「なんでよ?ケチ臭いこと言わないでもいいじゃない。」
「そうじゃない。そこは神道系の稲荷が祭られていたんだ。俺が来ることになって他所へ移ったがな。」
「あ、そういえばそうだった。ここ派閥が違うんだったわ。だから子供たちにも近づくなって注意してたんだっけ。」
「珍しいよなあ、仏教系の俺が神道系の稲荷神社へ来るなんて。これもきっとエボシのせいだ。
あいつが汚い手を使ってここを空けさせたに違いない!だからこんな辺鄙なところへ飛ばされて・・・・、」
「まあ普通は有り得ないわよね。それだけ嫌われてたってことなんでしょうけど。」
「うるさい!お前にはお前の神社があるだろ!そっちから帰れ!!」
アカリさんは「はいはい」と頷く。
稲荷に変身し、猛スピードで山を超え、ものの数分で自分の神社まで戻ってきた。
「派閥が違うとワープ出来ないんですか?」
「そうなのよ、不便よねえ。こういうところだけは統合してくれたらいいのにって思うけど。」
「でもあの神社はツムギ君の物なんでしょ?それでも無理なんですか?」
「無理ね。だって彼は聖獣でしょ。じゃあ神社そのものは自分の物にはならないのよ。神獣になって初めて自分だけの神社が持てるの。
私のこの神社だって自分の物じゃないわ。上から任命されて祭神をやってるだけ。まあワープ出来るだけ彼よりマシだけど。」
「可哀想だなツムギ君。根は良いやつなのに・・・・。」
「そういうことするのよ、エボシって奴は。」
吐き捨てるように言って神社へ飛び込む。
数秒後にはこがねの湯の近くまで戻り、アカネ荘まで送ってもらった。
ちょうど入口のところにマサカリがいて、「おお悠一!」と駆け寄ってきた。
「今までどこ行ってたんだよ!心配したぜ。」
「ちょっと色々あって。」
「あれ?モンブランはどこだ?」
「それも色々あって。部屋で話すよ。」
マサカリはキョトンと首を傾げる。
アカリさんが「とりあえず休ませてあげて」と俺を預けた。
「一晩中気を張って疲れてるはずだから。」
「もしかしてまたあのバカ猫がトラブルを起こしたのか?」
「半分正解ってとこね。じゃあ悠一君、私は病院に行って来るから。また迎えに来るからそれまで休んでて。」
「はい。アカリさんも無理しないで下さいね。」
疾風のように去っていくアカリさん。
マサカリが「何があったんでい?」と目を向けた。
「ん〜と・・・一言でいうなら駆け落ち?」
「やっぱモンブランのせいなんだな。どうせまた結婚するとかそんなところだろ。」
「さすがよく分かってる。」
「ま、とにかく部屋に戻ろうや。一晩中お前を捜しててクタクタだぜ。」
「悪いな、心配かけて。」
空はさっきよりも明るくなって、柔らかい光が夜を追い払っていく。
眠気が襲ってきて、大きなあくびを放った。

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