稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第二部 第十七話 人間と動物と霊獣(1)

  • 2018.11.22 Thursday
  • 11:51

JUGEMテーマ:自作小説

世の中には詳しく解明されていない病気がまだまだある。
でもそんなのは自分とは無縁のものだと思い込んでいた。
ついさっきまでは・・・・・。
心臓から心臓が生える。
そんな奇妙な現象が俺自身に起きてしまった。
今のところ特に問題はないそうだけど、精密検査の為に入院することになった。
最初はからかっていたマサカリたちも、入院となった途端に顔色を変えていた。
マサカリは「大丈夫なのかよ?」と心配し、チュウベエは「葬式が冗談じゃなくなるかもしれない」と真っ青になっていた。
マリナは「元気出すのよ、毎日お見舞いに来てあげるから」と励ましてくれて、どうしてか分からないけど「これ食べて元気出して」とバナナを置いていった。
源ちゃんも「気を落とさずに」と言ってくれたけど、ぶっちゃけかなり凹んでいる。
今は異常がないにしても、そのうち苦しみ出すかもしれない。
そう思うと気が気じゃなかった。
時計を見ると午後7時過ぎ。
とりあえず今日はCTだけ撮って、経過観察ということらしい。
明日じっくり検査して、それでも詳しいことが分からなければ、知り合いの学者に診てもらうとアナグマ医師は言っていた。
「今晩はここで我慢してくれ」と入院用のゲージに入れられている。
辛い・・・・一匹だけにされると寂しいものだ。
隣の部屋からは動物たちの鳴き声が聴こえる。
さらにその向こうからは人間の声も。
動物の声はおそらくアカリさんの子供たちだろう。
「腹減った」とか「早く帰りたい」とか愚痴っている。
人間の声はチェリー君の仲間たちだ。
「猫に戻りたい」とか「散歩連れてってくれ」とか不満を漏らしている。
出来れば俺も大部屋がよかった。
「あんたは元が人間だから」とアナグマ医師が気を遣ってくれたんだけど、やっぱり一匹だけってのは寂しすぎる。
誰か話し相手がいてくれれば気も紛れるんだけど・・・・、
マサカリたちはもう帰ってしまったし、源ちゃんも俺のアパートへ一緒に帰ったはずだ。
アイツらだけにするのは不安だから、今日一日だけ様子を見ててくれないかと頼んだのだ。
「困った時はお互い様です」と快く引き受けてくれたけど、元に戻ったら何かをお礼をしないとな。
とにかく色んなことを考えて気を紛らわす。
元に戻ったらまず何をしようとか、マサカリたちは源ちゃんの言うことを聞いて大人しくしているだろうかとか。
いや、ぜったいに手を焼かせるだろうなとか、晩飯で出された犬の缶詰美味しかったなとか。
それに婚約者のマイちゃんのことも考えていた。
聖獣を目指して修行を頑張ってるかなとか、早く会いたいなとか、結婚式はどこでして誰を呼ぼうかなとか。
ああ、早く元に戻りたい!
俺にはやりたいことがいっぱいあるのだ。
こんな狭いゲージの中で寝ている場合じゃないってのに。
とにかく色々考えて気を紛らわすけど、そろそろネタも尽きてきた。
頭の中がぼんやりして、でも眠気はぜんぜんなくて、とにかく退屈を持て余すばかりだった。
頼む!誰でもいいか見舞いに来てくれ!
・・・・なんて思っていると、その願いが通じたのか「こんばんわ」と誰かが入ってきた。
「ウズメさん!」
「さっき君んちのアパートに寄ったのよ。そこで源ちゃんから事情を聞いてね。急いで飛んできたのよ。」
「う、ウズメさあ〜ん・・・・・、」
なんて良い人、いや良い霊獣なんだろう。
「これ差し入れね」といって犬用のボールをくれた。
「ありがとうございます!」
さっそく遊ぶ。
寝転がってコロコロするととても楽しい。
「君もすっかり犬になっちゃったわねえ。」
可笑しそうに笑って、向かいの椅子に座る。
「アナグマさんから聞いたわ、心臓が二つあるんですってね。」
「そうなんですよ、自分でもビックリで・・・・。」
「でも今のところは大丈夫なんでしょ?」
「らしいですけど、この先どうなることやら。いつか発作が起きるんじゃないかって不安で・・・・、」
「入院したら誰でも不安になるものよ。」
ニコっと微笑み、頭を撫でてくれる。
俺は尻尾を振り、その手にじゃれついた。
「まんま子犬ね。」
また可笑しそうに笑って、でもすぐに真剣な表情に変わった。
「心臓のことはアナグマさんに任せるしかないけど、もう一つの方は気になるわね。」
そう言って「血の色、紫になっちゃったんだって?」と尋ねた。
「そうなんです。最初に検査した時には赤だったのに、その30分後くらいには・・・・。」
「何か心当たりはあるの?」
「いえ、特に。」
「急に血の色が変わるだなんて初めて聞いたわ。」
「俺だってビックリですよ。それに紫ってのが引っかかるんです。だってこの色は・・・・、」
「伊藤秀典が契約を結んでいる狼の血の色だから?」
「源ちゃんから聞いたんですか?」
「ええ。アカリちゃんと一緒に岡山にも行ったんでしょ?そこでも色々と大変だったみたいね。」
「もうてんてこまいでしたよ。モンブランは駆け落ちするし、集落の人間と動物は入れ替わるし。」
「ほんとに迷惑な薬よねえ、あれ。」
大きなため息をつきながら、「しかも・・・・」と続ける。
「あの薬を開発したのが私と同じ稲荷だなんて。」
「霊獣がこの世を支配する為に作ったらしいですよ。カグラの鬼神川って奴と、そいつの部下たちが。」
「カグラは神道系の稲荷だから手え出しにくいのよね。」
「ウズメさんは仏教系の稲荷の長ですもんね。下手に動けば派閥同士の問題に繋がるって源ちゃんが言ってました。」
「そうなのよまったく。これだから稲荷の長なんてゴメンなのに。」
そう、ウズメさんはやりたくて稲荷の長をやっているわけじゃない。
他に適任者がいないから務めているだけなのだ。
「でもここまできたらそうも言ってられないわ。悠一君たちも色々あったみたいだけど、私だってサボってたわけじゃないのよ。」
「稲荷の世界へ帰ってたんですよね。向こうで何をしてたんですか?」
「実は以前から良くない噂を耳にしててね。それが本当なのかどうか確かめに・・・・、」
そう言いかけたとき、「有川さん」とアナグマ医師が入って来た。
「ついさっきあの薬の調査結果が届いてな。詳しいことが分かったぞ。」
「ほんとですか!」
「ほんとに!?」
ウズメさんと同時に叫ぶ。
するとどこからか「ほんと!?」ともう一つ声がした。
「薬のことが分かったって!?」
そう駆け込んできたのはアカリさんだ。
「あらアカリちゃん。」
「あ、ウズメさん!」
アカリさんは「よかった」と駆け寄る。
「ついさっきまで岡山にいたんですけど、もう大変なんですよ!手を貸して下さい!」
「どうしたのそんなに慌てて。」
「チェリーですよ!アイツが薬で変わった人間と動物を街に連れて行ったせいで大騒ぎなんです!」
そういえばチェリー君のことを忘れていた。
お互いの気持ちを知る良い経験だとか言っていたけど、100%トラブルになるだろそりゃ。
「人間に変わった動物たちが街で好き放題やってるんです!勝手にお店の商品を持ってくわ、線路のど真ん中で酒盛りを始めるわ。」
「あらまあ。」
「平気で電車を止めたり、挙句にはパトカーを奪ってカーチェイスしたり。」
「けっこう楽しそう。私も参加してこようかしら?」
「冗談言ってる場合じゃありませんってば!動物に変わった人間たちだってピンチなんです。街じゅうウロウロするもんだから、警察が出動してるんですよ。
でもぜんぜん捕まえられないから、このままじゃ猟友会が出てくるかも。」
「みんな戸惑ってるのね、あの薬のせいで。」
「どうにかして元に戻さないと大変なことになりますよ!いや、もうなってるけどもっと大変なことに!」
物凄い勢いでまくし立てて、「あ、そういえばアンタ!」と俺を振り向く。
「アカリさんもお見舞いに来てくれるなんて・・・・一匹で寂しかったから嬉しいです!」
「アンタのお見舞いなんてどうでもいいのよ!」
「え?じゃあなんでここに?」
「アンタのアパートに行ったら猫又の刑事が教えてくれたの!ウズメさんがここにいるはずだって。」
「なんだ、俺の為に来たわけじゃないんですね・・・・。」
「アンタにも用があって来たのよ!モンブランが大変なことになってるんだから。」
「大変なことって・・・・まさかサンプルとして売り飛ばされたとか!?」
「違うわよ!狼男と一緒に街を乗っ取っちゃったの!」
「・・・・え?」
「人間に変わった動物たちの親玉みたいな感じで、我が物顔で街を歩いてるわ。警察だろうがなんだろうが歯向かう奴は狼男に命令してやっつけちゃうし・・・・。
アンタいったいどんな躾してんのよ!オテンバどころの騒ぎじゃないわよこれ!」
「・・・・・すいません。」
あのアホ猫め・・・・ちょっと目を離すとすぐこれだ!
だいたいアイツが結婚だとかなんだとか吐かす時はロクなことにならない。
クソ・・・・こんな子犬の身じゃなかったら今すぐ止めに行くのに。
「もうとにかく大変で私じゃどうしようもないのよ!お願い、ウズメさんも悠一君も手伝って!」
「もちろん手伝いますよ!モンブランの飼い主ですから。」
「私も行くわ。稲荷の長としてこれ以上見過ごせないもの。」
「よかった!あ、じゃあちょっとだけ子供の様子を見てきていいですか?それが一番気になっちゃって。」
「分かったわ、じゃあ外で待ってるから。」
アカリさんは子供がいる部屋へ駆け込んでいく。
ウズメさんはゲージから俺を出して病院を出ようとした。
「こらこら!勝手に患者を連れていくな。」
アナグマ医師が俺を奪う。
「心臓に異常が見つかったんだ。精密検査を受けるまではここにいてもらう。」
「ちょっとくらいいいじゃない。」
「ダメダメ。いつ発作が起きるか分からないんだから。」
それを聞いた瞬間、目の前が真っ暗になった。
「や、やっぱり発作が起きるんですね・・・・。」
「もしもの話だ。」
「いいや、医者がそう言う時は決まってヤバい時だ!」
「噛むんじゃない!ちょっと落ち着け。」
「どれくらいだ!?」
「なにが?」
「俺はあとどれくらい生きられるんだ!?」
「だから今すぐどうこうなったりはせん。しかしこの先に何があるか分からんから検査をしてだな・・・・、」
「ウソだ!きっと俺はもう助からないんだ!」
「だから噛むなって!」
「もう長くないんだろ!?そうなんだろ!!」
恐れていたことが現実になる。
医者が患者をかばう時、それはぜったいにヤバい状態なのだ。
《ごめんみんな・・・・俺はここまでみたいだ。》
今までお世話になった人間や動物に別れを呟く。
そしてなにより俺との結婚を待っているマイちゃんに対して。
《マイちゃん・・・・俺のことは忘れてくれ。俺に縛られて不幸になるくらいなら、俺の存在なんて消し去ってくれ。
そして新しい人を見つけて幸せになってくれ。大丈夫、君ならきっとすぐにいい人が見つかるさ。》
今までの俺の人生にありがとう。そしてさようなら。
長くないのなら人間に戻る意味もない。
このまま目を閉じ、あの世へ逝ってしまおう。
そう思った時、「話は聞かせてもらったぜ」と声がした。
「悠一よお、水臭えじゃねえか。」
マサカリが入ってくる。
黄昏た目で見つめながら、「そんな大事なこと黙ってるなんて」と呟く。
「俺たちは家族みたいなもんだろ。だったら・・・・なんで先が長くねえってこと言わねえんでい!」
顔は鬼のようだが、目には涙が溜まっている。
すると後ろから「そうだぜ」とチュウベエがやって来た。
「お前は俺たちの飼い主だ。最期を看取る義務がある。なあ、そうだろ?」
アーバンポリス24時の京本政樹みたいな顔をしながら言う。
すると今度は「その通りよ」とマリナまでやって来た。
「イヤって言っても最期まで傍にいるからね。私たちみんな、悠一に拾われた恩を一瞬たりとも忘れたことなんてないんだから。」
そう言いながらバナナを食っている。
俺への思いより食欲の方が勝っていそうな気もするが、この際気にしないでおこう。
俺は・・・・俺は嬉しかった。
普段はいい加減で口が悪くてとんでもないアホな奴らなのに、こういう時は誰よりもまっとうなことを言う。
ほんと・・・お前らはズルいぜ。
「泣くなよ悠一、男だろ?」
「男が泣いていいのはハチに刺された時と財布を落とした時と犬のウンコを踏んだ時だけだって、今日から俺はの三橋も言ってたぞ。」
「いいのよ、男だろうが女だろうが泣きたい時は泣けばいい。そのあと思いっきり笑えばいいのよ。晴れのち曇り、人生ってそうでしょ?」
晴れのち曇りか・・・・。それだと希望は持てないけど、この際気にしないでおこう。
「悠一、俺たちでモンブランを止めに行こうぜ。」
「でもって解毒剤を手に入れて元に戻るんだ。」
「先が短いからってなんなのよ。悠一はまだ生きてるじゃない。」
「お、お前ら・・・・・、」
とめどなく溢れる涙、止めることのできない嗚咽。
マサカリが手を伸ばし、俺はその手を握った。お手みたいになってしまったけど。
「行くか。」
「ああ。」
みんなで病院を出て行く。
すると「だから待てと言ってるだろ!」とアナグマ医師が追いかけてきた。
「勝手に患者を連れ出すんじゃない!」
「うるせえ!これは最期の仕事なんだ!」
「そうだ!誰にも邪魔はさせない!」
「もし邪魔するなら穴という穴にバナナをツッコむわよ!」
「だったらせめて薬の調査結果だけでも聞いていけ!」
言われて思い出す。
そういえばさっきそんなことを言っていた。
今さら聞いたところで寿命が伸びるわけじゃないけど、せっかくだから聞いておこう。
「さっさとしてくれよ」と言うと、「物を聴く態度か」と怒られてしまった。
「いいか、あの薬の本当の効果は人間と動物を変えてしまうことじゃない。」
「なに言ってるんだ。現にこうして変わってるじゃないか。なあみんな?」
マサカリたちもコクコクと頷く。
するとアナグマ医師は「それはただの副作用だ」と言った。
「副作用?またまたそんな。」
「本当のことだ。」
「副作用は胸が苦しくなるやつだろ。そのせいでこの病院に大勢入院してるじゃないか。」
「それは副作用じゃなくて、そっちが本当の効果なんだ。」
「苦しむことは本当の効果?バカバカしい、そんな薬があるか。まるで毒じゃないか。」
「あのな、薬と毒ってのは同じモンなんだ。正しい使い方をしないと害を及ぼす。」
「正しい使い方って・・・・いったいどんな使い方だよ?」
アナグマ医師は「ちょっと待ってろ」と言って、一枚の書類を持ってきた。
「これは?」
「知り合いの学者から送られてきた報告書だ。薬の詳しい成分が書いてある。」
「化学式ばっかりで分からない。」
「だろうな。」
「じゃあなんで見せるんだよ?」
「今から分かりやすく説明してやる。」
そう言ってコホンと咳払いをした。
そこへアカリさんもやって来て「私にも聞かせて」と言った。
「子供たちはどうだったんですか?」
「もう平気みたい。早く帰りたいって喚いてるわ。」
嬉しそうに胸を撫で下ろしている。
「あの薬のせいで私の子供たちは死にかけた。だから・・・・教えて。その薬っていったいどういうものなの?」
「私も知りたいわ。稲荷の長として知らなきゃいけない義務がある。」
「俺も知りたい。なんでこんな姿にならなきゃいけないのか?なんで動物たちが人間に変わらなきゃいけないのか?
しかもそれはただの副作用だなんて・・・・。だったらあの薬の本当の効き目ってなんなんだ?もしかして人間と動物が変わること以上に恐ろしいことが起きるのか?」
みんなでズイっと詰め寄る。
アナグマ医師は「近い近い」と突き放した。
「そう興奮せんでも教えてやる。」
「じゃあさっさとしろよ。」
「もったいぶってないで早く言え。」
「モタモタしてる男はモテないわよ。」
「どいつも口の悪い。おいアンタ!躾くらいちゃんとしておけ。」
「後で注意しときます。それより早く薬の説明を!」
「この薬の本当の効果は霊獣を生み出すことなんだ。」
「霊獣を・・・・、」
「生み出す?」
アカリさんと二人、首を傾げる。
アナグマ医師はクイっと眼鏡を上げた。
「本来、霊獣は資質を持った動物が条件を満たした時にだけ成れるものだ。例えば猫又の場合だと、資質を持った猫が20年生きるとそうなる。」
「それは知ってます。幾つもの難しい条件が揃わないと成れないって。」
「そいつを人工的に生み出すのがこの薬だ。」
「人工的にって・・・・具体的にどうやって?」
「具体的に説明しても分からんだろ。」
そう言って化学式の並んだ書類を叩いた。
「大雑把に言えば、この薬じたいに霊獣になる条件が詰まっているわけだ。だからこいつを飲めば誰でも霊獣になれる・・・・はずだった。」
「はずだったってことは、失敗作ってことですか?」
「期待した通りの効果は出てないようだ。なぜならこいつを飲んだ動物は、霊獣ではなく人間に変わってしまうからな。それは人が飲んだ場合も同様だ。」
俺やマサカリを見つめながら言う。
「霊獣には様々な力が備わっているが、一番の能力は化けられるってことだ。それゆえに霊獣は種族の壁を越えることが出来る。
中には人間と結婚し、子供をもうけた者もいるらしいからな。」
「あ、俺もその一人です。まだ子供はいませんけど。」
「霊獣と結婚してるのか。もの好きな奴だな。」
「まだ婚約中ですけど。」
「おんなじだろそんなもん。」
なぜかイライラしている。
「俺だっていずれは・・・」とブツブツ言っているところを見ると、たぶん嫉妬しているんだろう。
「まあとにかく、霊獣として一番の能力は化けるってことだ。これはずべての霊獣に共通する能力だからな。
この薬はただの動物を霊獣に変えてしまう。その第一歩が種族の変更なのだ。」
「だから薬を飲んだ動物や人間は種族が変わってしまうってことですか?」
「ああ。本来ならそこで終わらずに霊獣まで変化するはずなんだ。しかしこの薬は完璧ではなかったようだ。最初の効果だけ発現して、霊獣になるには至らない。それはなぜか?」
「なぜなんです?」
「さっきも言ったが薬と毒は同じものだ。正しい使い方をしないと害を及ぼす。種族だけ変わってしまって元に戻れないとかな。」
「そのせいで俺は困ってるんです。他にもたくさん犠牲者がいるし。」
「みんな間違った使い方をしているんだ。あんた、この薬をどうやって飲んだ?」
「どうやってって・・・・普通に口から飲みましたよ。」
「普通にってどんな風だ?」
「だからそのままゴクンと。そんなのみんな一緒でしょ?」
「残念ながらそれは間違った使い方だ。」
「じゃあどう使うのが正解なんですか?漢方みたいに煎じて飲むとかじゃないですよね?」
「お、近いな。」
「冗談で言っただけですよ。カプセル剤を煎じて飲む奴なんかいないでしょ。」
そう言うと「そこなんだよ!」と指をさしてきた。
「カプセル剤はそのままゴクンと飲むのが当たり前。その思い込みが間違った使い方をさせてしまったんだ。」
アナグマ医師はポケットからカプセル剤を取り出した。
「こいつは人間用の風邪薬だ。カプセルの中には粒状の薬が詰まっている。」
「そんなの知ってますよ。カプセルは飲みやすくする為のものであって、中の粒つぶが薬なんでしょ?」
「その通り。じゃあこっちの薬はどうだ?」
そう言ってもう一つカプセル剤を取り出した。
「こっちも風邪に効く薬だ。あんたこれをどう飲む?」
「どうって・・・・口に入れてから水で飲み込みますよ。」
「本当にそんな使い方でいいのか?」
「だってカプセル剤ってそうやって飲むもんでしょ?」
アナグマ医師はニヤリと笑う。
そしてカプセル剤を開けた。
中身を取り出し、目の前に突きつける。
「これを水でゴクンと飲むのか?」
「これは・・・・?」
「漢方だ。」
「漢方?これが?」
カプセル剤の中から出てきたのは、茶色をした小さな破片だった。
まるで何かを粉々に砕いたかのような。
「こいつは葛根湯という漢方だ。聞いたことあるだろ?」
「ええ。」
「漢方というのは、本当は煎じて飲むものなんだ。でもそれだと手間が掛かるから、錠剤やカプセル剤の物が主流になってるがな。
カプセル剤に入ってたこいつは煎じて飲むタイプの物で、私がさっき入れ替えたんだ。」
「なんでそんなことを?」
「本当なら煎じて飲む薬でも、カプセルに入っていたら水でゴクンと飲んでしまうだろ?」
「まあカプセル剤ってそういうもんですから。いちいち中身なんて確認しないし。」
「しかしそれだと煎じて飲むタイプの漢方は効果を発揮しない。それどころか物によっては害を及ぼすだろうな。」
「う〜ん・・・・さっきからなにが言いたいんですか?」
アナグマ医師の意図が見えない。
するとアカリさんが「まさか・・・」と言った。
「例の薬ってゴクンと飲んじゃいけないってこと?漢方みたいに煎じて飲まないといけないってことなんじゃない?」
「その通り。」
「ゴクンと飲んじゃいけない物をゴクンと飲んじゃったから、本当の効果を発揮しなかったってことでいいのよね?」
「うむ。あれは漢方と同じく、煎じて飲まないと意味がない。ただし煎じるのには使うのはお湯ではなく、霊獣の血なのだ。」
「霊獣の・・・、」
「血?」
またアカリさんと首を傾げる。
「漢方の場合、湯で煎じることで薬草などの成分が染み出し、効果を得ることが出来る。例の薬も同じだ。霊獣の血で煎じてこそ本当の効果を発揮する。」
「じゃあなんでカプセルに入ってたのよ?あれじゃ誰だってゴクンと飲んじゃうわよ。」
「俺もそう思います。もしかして誰かが間違って入れちゃったとか?」
正しい使い方をさせたいのなら、カプセルなんかに入れるはずがない。
いったいなんでカプセル剤なんかにしたのか?
頭を捻っていると、ウズメさんが「もしかして・・・・、」と呟いた。
「わざと?」
「え?」
「ああやってカプセルに入れておけば、誰だって間違った飲み方をするわ。でもそれはわざとなのかもしれない。」
「どういうことですか?」
「薬の開発者がわざとそしたのよ。間違った飲み方をさせる為に。」
「わざとって・・・・おかしくないですか?なんでわざわざ効果を発揮しない飲み方をさせるんですか?」
「効果を発揮しないわけじゃないわ。だって副作用が出るじゃない。」
「副作用って・・・・まさか!?」
「ええ、副作用が出る飲み方をさせる為に、わざとカプセル剤にしたんだと思うわ。
理由はみんなも知っての通り、人間と動物を入れ替えてしまう為。そして霊獣がこの世を支配する為に。」
ウズメさんが珍しく怒った表情をしている。
眉間に皺を寄せ、爪の先を噛みながら「アイツら・・・」と言った。
「カグラの稲荷たちは副作用が出ることを狙ってカプセル剤にしたのよ。鬼神川め・・・・いくら派閥が違うからって、同じ稲荷として許せないわ。」
殺気のせいか一瞬だけ髪の毛がふわりと浮く。
目もほんの一瞬だけ光っていた。
「アカリちゃん、悪いけど私は岡山には行けないわ。」
「ええ!だってさっきは手伝ってくれるって・・・・、」
「こんな事を知ってしまったらもう黙っていられない。私はまた稲荷の世界に戻るわ。そして神道系の稲荷をたばねる者たちに会ってくる。
あなたたちの仲間がこんなことしてるわよって。これを見過ごしていいのかって。」
「け、けど!派閥が違うのに口出しなんてして大丈夫なんですか?いくらウズメさんでもマズいんじゃ・・・・・。」
「かもね、しょせん私はダキニ様の代理みたいなもんだし。」
「だったらやめた方が・・・・。」
「いいえ、この件は見過ごすことは出来ない。すでに派閥がどうとかっていう問題を超えてるもの。
下手をすれば全ての霊獣を巻き込む可能性だってある。そうなってからじゃ遅いのよ。」
「たしかにそうですけど・・・・。でももし向こうの稲荷たちが知らん顔したら?それどころか勝手に口出すなって怒ってくるかもしれませんよ。」
「そうなった時はそうなった時よ。私がこの手でカグラの稲荷たちを叩きのめす。」
「それこそ稲荷同士の大喧嘩になっちゃいますよ!もしそうなったら他の偉い霊獣たちが黙ってないです。
八大竜王様や、麒麟や鳳凰や霊亀や応龍の四霊様たちだってお怒りになるかも。そんなことになったらウズメさんが責められることになる。私はぜったいに反対です!」
アカリさんは心配なのだろう。
大恩あるウズメさんが、名だたる神獣たちから罰を受けるんじゃないかと。
しかしウズメさんの決意は変わらない。
踵を返し、病院を出て行く。
「ちょっとウズメさん!」
「心配しないで、私なら平気だから。それよりも君たちは岡山に行ってあげて。きっとツムギ君が頑張ってるはずだから。」
そう言い残し、夜の街へ消えていった。
遠くから狐の鳴き声が響く。
きっと稲荷に変身したんだろう。
ウズメさんは本気で怒っている。
これは血の雨が降るかもしれない。
いや、今はそれよりも・・・・・、
「たしか岡山にはツムギ君がいましたよね?彼はどうしてるんですか?」
「分からない、神社にはいなかったから。」
「ウズメさん、彼のことけっこう評価してるんですよ。だから今頃ツムギ君一人で狼男たちを止めてるって意味なのかも。」
「でも彼弱いじゃない。」
「たしかに弱いけど、意外と男気があるんですよ。それにチェリー君だっているはずでしょ?
いくら破天荒なチェリー君でも、さすがにモンブランの暴走を黙って見てるわけがない。
今頃ツムギ君とチェリー君の二人で狼男と戦ってるのかもしれない。だったら早く行ってあげないと。」
アカリさんは唇をすぼめ、子供たちがいる部屋を振り返る。そしてすぐにこう言った。
「・・・・そうね。ここでゴチャゴチャ言ってる間にも街は大変なことに・・・。」
そう言って外へ駆け出していく。
そして稲荷の姿に変わった。
「私が運ぶわ、早く!」
夜の中に浮かぶ稲荷の姿はとても綺麗だった。
いや、神々しいといった方が正しいか。本物の神様なんだし。
俺はアナグマ医師を振り返る。行っていいですよね?と目で問いかけると「無茶はするなよ」と釘を刺された。
「事が終わったらすぐに戻ってくること、いいな?」
「はい!」
マサカリたちと顔を見合わせ、「行くか」と頷く。
外へ出ると、アカリさんが大きな尻尾で包んでくれた。
稲荷に抱かれたまま夜の街を駆けていく。
疾風のように夜風を切っていく。
今夜は満月、月に向かって狐の鳴き声が響いた。

calendar

S M T W T F S
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031     
<< December 2018 >>

GA

にほんブログ村

selected entries

categories

archives

recent comment

recommend

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM