読み切り小説 「焼いて」

  • 2019.01.28 Monday
  • 11:15

JUGEMテーマ:自作小説

あれは冬の初め、ストーブを出そうとかどうしようか迷う季節のことでした。
いつもと変わらない仕事帰り、ちょっと気分転換にと、普段は通らない道へ車を走らせました。
見慣れない景色は新鮮で、退屈な帰り道が一服の清涼剤のように感じました。
暮れていく空、オレンジ色に染まる川、その川を渡す橋の上を走りながら、なぜか少しだけ得をしたような気分にさえなっていました。
短い橋を渡りきり、ふと右側へ目を向けた時でした。
鬱蒼とした木々に囲まれた小高い丘があったんです。
麓には鳥居が立っていて、あの木々は神社を守る木立なのだろうと思いました。
どうせなら寄り道をしていこうと思い、ハンドルを切って鳥居の方へ向かいました。
思った通り、鳥居の奥には社殿がそびえ、境内を囲うように木立が並んでいました。
しかし木立の奥、丘の上の方に見慣れない建物がそびえていたんです。
木立の陰からチラチラと覗いてみましたが、なんの建物なのか分かりません。
興味を引かれ、どうにかあそこまで行けないかと、丘を迂回して道を探しました。
すると住宅地へ抜ける細い道があって、さらに細い道が左へ分かれていました。
車一台通れるギリギリの幅です。
脇には看板が立っていますが、西陽を反射して読みづらく、無視して先へ進むことにしました。
対向車が来ないようにと願いながら、左へとハンドルを切ります。
道は緩やかな上り坂になっていて、所々蛇行していました。
先へ進むにつれて細くなり、大丈夫かなと不安になりながら走らせていくと、だんだんとあの建物が近づいてきました。
やがて舗装路は途切れ、砂利道に変わりました。
その先には錆びた門があって、あちこちに雑草が茂っていました。
奥には灰色の薄汚れた建物があり、なんとも言えない奇妙な形をしていて、どう形容すればいいのか分かりません。
貯水塔のような、灯台のような、でも旅館に見えなくもないという、とにかく変てこな形です。
いくつも窓があって、どうやら二階建てになっているようでした。
壁にはヒビが入り、長いこと雨ざらしにあったかのように薄汚れていて、かなり年季が入っていました。
人の気配はなく、今はもう使われていない何かの施設のようでした。
もし私が中学生か高校生なら、好奇心に負けて門を乗り越えたでしょう。
しかし今はいい大人です。子供ならイタズラですむことも、下手をすれば警察沙汰。
興味はあるけど、諦めて引き返すことにしました。
道が細いのでUターンは出来ません。
慎重にバックしていこうとしたら、ふとおかしな事に気づきました。
なぜか道がなくなっているんです。
さっきまではあったはずの道が、草が茂った野原のように変わっています。
いったいどうなってるんだと前を向いた時、またおかしな物が目に入りました。
錆びていたはずの門が新品のようにまっさらになっていたんです。
しかもなぜか勝手に開いていきました。
恐ろしくなり、急いでこの場から離れようとしたら、車も勝手に動いて中へ入っていきます。
車から降りようとしても、ドアロックがかかり、解除することも出来ません。
だんだんと建物が近づいてきます。
そしてまたおかしな事に気づき、車の中で身震いしました。
ヒビが入り、薄汚れていたはずの建物までまっさらになっていたからです。
しかも全ての窓が開き、中から人が手を振っていました。
誰もが真っ黒にただれ、炎で焼かれたかのような状態です。
私は息をすることさえ忘れそうなほど固まり、恐怖のあまり、かえって目を背けることが出来ませんでした。
真っ黒にただれた人たちはどんどん数を増していきます。
窓から溢れるほど現れて、こっちへ来いとばかりに手招きをしていました。
車はさらに建物へ近づき、とうとう入口に着いてしまいました。
その時です。窓から一人、ボンネットに落ちてきました。
大きな音と共に車が揺れます。
目の前には痛々しいほど肌がただれ、目が空洞になった顔がこっちを見つめていて・・・・。
私はとうとう悲鳴をあげました。
ポッカリ空いた眼孔、焼けてそげ落ちた鼻と唇。
フロントガラス一枚隔てた先にその顔があって、慌てて後部座席へと逃げました。
しかしトランクにも人が降ってきて、また私を見つめます。
そのうちボトボトと車の上に落ちてきて、辺りが埋め尽くされてしまいました。
みんなこっちを見ながら窓を叩いています。
とにかく車から出てはいけない。
そう思って身を固くしていると、突然建物のドアが開き、中へ押されていきました。
もしここへ入ってしまったら二度と戻れない。
下手をすれば自分まで同じような姿に・・・・・。
それだけは御免です。思い切って窓を割り、車から逃げ出そうかと思いました。
しかしふと誰かの声が聞こえ、窓を割る手を止めました。
『焼いて』
私はボンネットを振り向き、耳を澄ませました。
『ちゃんと焼いて』
最初に落ちてきた人がそう呟いていました。
そして耳を澄ませば澄ますほど、同じような声が周りから聞こえてきました。
誰もが『焼いて』と口にしながら、車を叩いてきます。
そして誰かがこう呟きました。
『きちんと弔ってくれ。ちゃんと焼いて・・・骨になるまで』
・・・・なるほどと納得しました。
ここは火葬場だったのです。
塔のような部分は煙突、旅館のような部分は遺族の待合室だったのでしょう。
しかし私にはどうすることも出来ません。
思い切って窓から逃げることくらいしか・・・・・。
覚悟を決め、窓を割ろうとしたその時でした。
誰かが走ってきて、『やめなさい』と言いました。
振り返ると、そこには神主さんがいました。おそらく麓の神社の人でしょう。
神主さんがパンパンと手を叩くと、焼けただれた人たちは消えました。
同時に火葬場も消え去り、ただの木立に変わっていました。
呆気にとられる私に神主さんはこう言いました。
『看板見てなかったんですか?』
そういえばここへ来る途中、看板が立っていました。
陽射しを反射して読みにくかったので無視してしまった看板が。
私の顔を見て察したのでしょう。神主さんは言いました。
『あの看板にはこう書かれていたんです。
この先、火葬場跡地。不審な人影の目撃情報多数。
また行方不明者も数名出ています。無断での立ち入りを禁止します。』
それを聞いた私は背筋が寒くなりました。
『ここにはかつて火葬場があったんですが、責任者がいい加減な仕事をしていたもので、上手く焼かれなかったご遺体があるそうです。
それを誤魔化す為、遺族にはまったく関係のない骨を渡し、遺体はここの土に埋めていたんです。
ご遺体は警察が回収したそうですが、報われない今でも魂がウロウロしているんですよ。
何事もないと思いますが・・・・万が一を考えてお祓いを受けた方がいいかもしれません。
この神社は悪霊を鎮める神様を祀っていますので。』
恐ろしいことを聞いてしまい、慌ててその場から逃げ出したました。
『何かあったらいつでもお祓いを!』
背中に声を聞きながら、一目散に家まで飛ばしました。
そしてその日の夜のこと、まだ恐怖が冷めなくて、夕食を作る気にもなれませんでした。
買い置きのレトルトカレーでも食べようと、鍋に水を入れてコンロの火を点けた瞬間、背後に気配を感じて振り向きました。
『焼いて』
あの焼けただれた人がそこに立っていました。
思わず腰が抜け、後ろへよろめいてしまいました。
鍋をひっくり返してしまい、水がかかってコンロの火が消えました。
と同時に焼けた人も消えていったんです。
そういえば神主さんが言っていました。
何事もないと思うけど、万が一があると。
これはすぐにでもお祓いを受けるべきだと思い、あの神社へ向かうことにしました。
車に乗り、いったん気分を落ち着かせようとタバコを咥え、ライターを擦って火を点けました。
『ちゃんと焼いて』
ルームミラーにまたさっきの人影が・・・・・。
思わずタバコを落としてしまい、脇に置いてあったティッシュに燃え移って・・・・。
逃げようとしてもドアが開きません。
なぜなら外で焼けた人たちが押さえていたからです。
『焼いて、ちゃんと焼いて』
ティッシュの火はだんだんと大きくなり、ルームミラーに映る人に燃え移っていきます。
そのうち窓を突き破って、外の人たちまでもが手を伸ばし、同じように炎に焼かれていきました。
・・・・・翌日、私はあの神社のある丘にいました。翌日も、その翌日も、次の年が来てもずっと。
焼けただれた体で、ここに迷い込んできた人たちに手招きをしながら。
『焼いてよ』

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