日本の芸術は良くも悪くも花鳥風月 

  • 2019.02.10 Sunday
  • 15:02

JUGEMテーマ:アート・デザイン

日本の芸術の特徴。
それは自然に対する造詣が深いところだと思います。
よく言われることだけど、西洋は自然の主になることを目指し、東洋は自然との調和を望みました。
文面だけ見ると東洋の方がいいように思えますが、西洋的な自然への克服がなければ科学や医学の発達もありえませんでした。
けど行き過ぎた自然への対抗心は、多くの動植物を絶滅に追い込んだ暗い面もあります。
だから少なくとも人間目線ではどちらがいいかは言えません。
芸術にもこういった差は現れていて、写実を目指した西洋画、風情や情緒を描こうとした日本画とではまったく異なります。
日本の芸術って一言でいうなら花鳥風月です。
花の美しさに惹かれることから始まり、鳥へ想いを重ねたり、景色に情緒を見出したり、最後は月に風情を描くというわけです。
自然というものがます最初にあって、人間はその中を生きていて、じゃあどうやってそれを表現するのか?
写実画だと綺麗ではありますが、風情や情緒を重ねにくいという面があります。
実は日本でもちゃんと写実画はあるし、目指そうとした人たちはいるんです。
ただそういった絵はあまり受け入れられなかったそうです。
自然の中にテーマを見出し、作者個人の感性を練りこむ。
花鳥風月という感性は日本独自の素晴らしい芸術を生み出しました。
けど同時にそこから外れたものは中々受け入れらなかったという事実もあります。
上に書いた写実画もそうだし、どんなに素晴らしくても妖怪や物の怪を描いた絵は、一流とは認められにくかったんです。
歌川国芳は従来の日本画に反発するかのように、妖怪や物の怪を鮮烈なカラーで描き、たくさんのインパクトのある絵を残しました。
伊藤若冲はたんに花鳥風月で終わらせるんじゃなくて、まるで工芸品のような緻密で繊細なタッチで、凄まじいリアリティと豊かな風情を両立させました。
ただし二人とも当時は異端児扱いだったそうです。
理由は従来の日本画の型から外れているから。
すなわち花鳥風月ではなかったからです。
花鳥風月に徹底したリアリティはいらないし、妖怪や物の怪などの空想の産物もいらない。
そういった姿勢は幕末の頃まで続きました。
明治になって時代が変わるまで、日本の芸術って大きな進歩はなかったのです。
なぜなら新しい物が出てきても認めたがらないからです。
そういうことってどの国でもあるとは思います。
印象派の巨匠であるモネだって、写実主義の人たちからは相手にされず、だったらと独自のサロンを立ち上げて、優れた印象派の画家をたくさん生み出しまたから。
でも逆に言えば、写実一辺倒だった西洋画はモネやルノワールらの活躍によって、印象派へと時代を変えていったということです。
日本の場合だと浮世絵が人気でしたが、これって今でこそ優れた芸術として認められているけど、当時はコミック的なイラスト扱いだったそうです。
だから花鳥風月に取って代わることは出来ませんでした。
日本って明治維新のように時代そのものが変わらないと、なかなか他のものも変わりません。
それは芸術も然り。
一つのテーマを大事にするのはいいことだし、そのテーマの深味を追究するのもいいことです。
だけど新しいものを認めるという感性も大事にしたいですね。

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