稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第三部 第二十六話 危機(2)

  • 2019.05.05 Sunday
  • 10:34

JUGEMテーマ:自作小説

地下三階ってのはどれくらいの深さなんだろう?
会社勤めをしていた時、何度か地下鉄に乗ったことがあるけど、ああいう場所は明るいからあまり地下って感じはしなかった。
でもここは違う。
カグラの地下三階は、エレベーターを降りるなり、気が引けてしまいそうな暗さと圧迫感があった。
「悠一・・・・怖えぜ。」
マサカリがエレベーターから出ようとしない。
「そんなに怖いなら帰ってていいぞ」と言うと、「てやんでい!」と叫びながら出てきた。
「お前らだけ残して帰れるかってんだ!俺様がいねえと締まらねえだろうが。」
そうは言うけど足が震えている。
「俺だけのけ者にしようったってそうはいかねえぜ!」
「お前がビビってるだけだろ。」
チュウベエにツッコまれている。
チェリー君が「グダグダ言ってねえぜ姐さんたちを捜すぜ」と先を歩いていった。
「堂々としてるね、こんな場所なのに怖くないの?」
俺は地下三階の景色を見渡す。
一応明かりは灯っているものの暗い。
薄い緑の光がぼんやりと照らしているだけだ。
閉店したお店の非常灯のような光である。
造り自体は上のフロアとそう変わりなさそうだ。
廊下があって、幾つかのドアがあって、脇にはソファも置いてあって、トイレもある。
でもなんだろう・・・・この身を潰されそうな圧迫感は。
たんに地下だからってだけじゃない気がする。
息は出来るんだけど息が詰まりそうというか・・・・・。
「いるな。」
チェリー君がボソっと呟く。
「なにが?」と聞き返して、ずいぶん間抜けな質問をしてしまったと恥ずかしくなった。
「鬼神川に決まってんだろ。」
「だよね、ごめん。」
「このイヤ〜な圧迫感、こりゃあの野郎の殺気だぜ。」
「殺気・・・・臨戦態勢ってことだな。」
「野郎は間違いなくパワーアップしてやがる。こりゃウズメの姐さん負けちまったのかもしれねえなあ。」
「怖いこと言うなよ・・・・。」
「でもそうじゃなきゃアカリの姐さんたちがいなくなったことに説明がつかねえ。鬼神川の野郎はウズメの姐さんを打ち負かし、そのあとにアカリの姐さんたちまでさらったのさ。」
チェリー君の言うことには一理あるどころか、反論の余地さえない。
こうなったらもうみんなの無事を願うことしか・・・・、
「ダメだ・・・・ちょっと便所!」
マサカリが駆け込んでいく。
「電気はどこだ?」
手探りでスイッチを探している。
上手く見つけたのか、トイレがパっと明るくなった。
そういえば俺もお腹の調子が悪かったのだ。
だってこんなシチュエーション、緊張するに決まっている。
「すまんチェリー君、俺もちょっと。」
そう言うとチュウベエも「あ、じゃあ俺も」と言い、チェリー君も「なら俺も」と駆け込んだ。
その瞬間、先に駆け込んでいたマサカリが「ぎゃあ!」と悲鳴をあげた。
「どうした!?」
「お、お化けがいやがる!」
「なにい!」
俺は背中を向け、逃げ出そうとした。
「待てコラ!それでも飼い主か!」
マサカリに襟首を掴まれる。
チュウベエはさっさと外に逃げていた。
「飼い主でも怖いもんは怖いんだ。ここはお前に任せる。」
「バッキャロイ!俺が先に逃げるんでい!」
「あ・・・・、」
俺を突き飛ばして駆け出していく。
チェリー君が「お前ら・・・・」と呆れていた。
「こんな時に喧嘩すんなよ。」
「だってさあ・・・・お化けって・・・・、」
「で、どこにいるんだ?」
マサカリが「うんこの部屋からすすり泣く声がするんだ!」と答えた。
「どこのウンコ部屋だ?」
「左から二つ目だ。」
「ほう。」
チェリー君はドアに耳を近づける。
そして「なんも聞こえねえぜ」と言ったのだが、その瞬間にドアが開いて、髪の長い女が飛び出してきた。
「出たあああああ!」
俺は急いで逃げ出す。
マサカリとチュウベエも「いやああああ!」と駆け出した。
「お、お前ら!俺を盾にするな!!」
「バッキャロウ!逃げ切るには犠牲が必要だろが!」
「悠一、骨は拾ってやるから頼む!」
「薄情すぎだろお前ら!」
必死に逃げるけど足がもつれる。
背後から気配が近づいてきて、ビクビクしながら振り返った。
すると・・・・・、
「待てええええええ!」
真っ黒な長い髪を揺らしながら追いかけてくる。
顔に髪がかかっているから余計に怖い。
きっとあの髪の向こうには、見るのも恐ろしい怨霊の顔が・・・・、
「悠一いいいいいい!」
幽霊はなぜか俺の名前を叫ぶ。
そしてとうとう捕まってしまった。
「ひいいい!見逃してくれえええ!!」
「助けて!」
「俺は何もしてやれない!潔く成仏してくれ!」
「バカバカ!幽霊じゃないわよ!」
なんだか聞き覚えのある声だった。
もしやと思ってよく見てみると・・・・、
「マ・・・・マリナ?」
「そうよ!飼い主のくせにお化け扱いなんて酷いじゃない!!」
「な、なんでお前がトイレに・・・・?」
「隠れてたのよ!きっと悠一が助けに来てくれると思って!!」
そう言ってグスグス泣いている。
マサカリとチュウベエは遠くで身を寄せ合い、怯えた目をしながら後ずさっていた。
「悠一の野郎・・・・幽霊に好かれてるぜ。」
「ほんとだな。負のオーラを放つ者同士、惹かれるもんがあるのかな?」
ずいぶん失礼なことを言ってくれる。
俺は「こいつはマリナだ」と返してやった。
「へ?マリナ?」
「マジで?」
「よく見ろ。」
垂れた前髪をかき分けてやる。
「ああ!ほんとにマリナじゃねえか!」
「ほっ。」
二人とも胸を撫で下ろしている。
「ちょっとマサカリ!いきなりお化けだなんて酷いじゃない!」
「だって男子トイレから女のすすり泣きが聞こえるからよ。てっきりお化けだと思っちまって。」
「私の声だってくらい分からないの!?」
「こんな状況じゃお化けだと思うだろ。なあ?」
チュウベエに同意を求めるけど、「マサカリが悪い」と突っぱねていた。
「人間になってもお前はバカのままだ。」
「んだとテメエ!自分だって逃げたくせに・・・・、」
「喧嘩はそこまでにしとけ。」
チェリー君がやってくる。
そして彼の後ろからまた女が飛び出してきた。
「悠一イイイイイイ!」
ここまできたらもう分かる。
赤みがかったショートヘア、こっちはモンブランだ。
なのにマサカリはまた「お化けが出たあああああ!」と逃げ出した。
「誰がお化けよ!」
吠えるモンブラン、俺も「もうお前は帰れ」と手を振った。
「そんなにビビってちゃ先に進めないぞ。」
エレベーターの近くでビクビクしている。
犬の姿のままなら尻尾が垂れ下がっているだろう。
チュウベエが「あのデブはほっとこうぜ」と言った。
「お前らなんで便所に隠れてたんだ?」
「私はトイレになんて隠れてないわ!ソファの下に隠れてたの!」
「場所なんてどうでもいい。理由を聞いてる。」
「怖いからに決まってるでしょ!エレベーターに乗って10階に行ったら、いきなり鬼神川が出てきたんだもん。
アカリさんが飛びかかったけどあっさり負けちゃって、そのまま地下まで連れて行かれたのよ。
そうしたらツムギ君が、私とマリナは関係ないから見逃してやってくれって言って。」
「じゃあアカリさんとツムギ君は・・・・・、」
「どっかに連れて行かれた。」
「マジか・・・・。なんでさっさと逃げなかったんだよ?」
「だってアカリさんとツムギ君がさらわれてんのよ!私たちだけ逃げられないじゃない!だから悠一たちが来るまで待とうって思って・・・・ねえ?」
そう言ってマリナに目配せをしている。
「そうよお。でもやっぱりここ怖いじゃない?だからトイレに隠れてようって言ったんだけど、モンブランがトイレはイヤだって言ってソファの下に行っちゃって。」
「トイレなんて余計怖いじゃない。お化けとか出るかもしれないし。」
「なるほどな、事情は分かった。で・・・・鬼神川はどこへ行ったんだ?」
「廊下のもっと奥。」
「そうか。なら・・・・行く?」
チェリー君を振り返ると「なんで疑問形なんだよ」と怒られた。
「その為にここまで来たんだろが。」
「まあそうだけど・・・・。でもさ、こっから先の圧力って半端ないよ。」
廊下の奥からは凄まじいプレッシャーが漏れている。
ここから先へ足を踏み入れるのは、落ちると分かっている崖へ進むような覚悟が必要だ。
「俺は行くぜ。」
チェリー君はまっすぐに先へ向かう。
なんて堂々としてるんだ・・・・男だけど惚れそうである。
するとモンブランとマリナも「行こ!」と腕を引っ張った。
「アカリさんとツムギ君を助けないと。」
「それにウズメさんもね。」
「ウズメさん、やっぱり負けちゃったのかな?」
「だと思うわ。」
「そうだよな、でなきゃ鬼神川が出てくるわけない。・・・・怖いけど腹を括るか。」
いつもお世話になってばかりのお稲荷さんたちである。
今日、その恩に報いる時なんだ。
チュウベエもやる気になって頷いている。
ちなみにマサカリはまだエレベーターの傍にいた。
「大丈夫かお前?」
「ば、バッキャロイ・・・・怖くなんか・・・・、」
「もう無理するな。家で大人しく待ってた方がいい。」
「イヤだ!」
「でも怖いんだろ?」
「うう・・・・、」
今にも泣き出しそうな顔で困っている。
するとモンブランが「ああもう!」と走って行った。
「行くのか帰るのかハッキリしなさいよ!」
「い、行くに決まってんだろ・・・・・、」
「足ガクガクじゃない。ほんとビビりなんだから。」
「だ、誰がビビりでい!」
「ビビりじゃない。メタボのヘタレ犬!」
「ん、んだとお〜・・・・、」
別の意味でプルプル震え出す。モンブランはさらに畳み掛けた。
「そんなんだからいつまで経ってもコロンとの仲が発展しないのよ!ああ〜、情けないオス。」
「言いやがったなこの野郎!」
「だってそうじゃない。口だけの大飯食らいのお肉たるたるのブルドッグ!あんたなんか家に帰って犬缶でも食べてればいいのよ!!」
「ぐぬおお〜・・・・言わせておけばあ!」
顔を真っ赤にしながら「許さねえ!」と飛びかかる。
しかしあっさりかわされてカウンターパンチを食らっていた。
「ぎはあ!」
「ふん!人間になっても弱っちいままね。」
腰に手を当てながら倒れるマサカリを見下ろしている。
まあいつもの光景なんだけど、こんな時に喧嘩しなくても・・・・、
「さ、こんなブルドッグほっといて行きましょ。」
「お、おい待てこら・・・・、」
もっさり立ち上がりながら、ヨロヨロと追いかけてくるマサカリ。
なるほど、挑発して気合を入れてやったらしい。
チュウベエが「お前らほんとに仲いいな」とからかった。
「本物の人間同士なら付き合ってんじゃないか?」
「はあ!なに言ってんのよ、こんな奴となんか絶対にありえないから!」
「こっちだって一緒でい!犬缶1000個もらってもお断りだ!」
「まるで昭和のラブコメ漫画みたいだ。なあマリナ?」
「お似合いだとは思うわ。」
「ちょっと!マリナまでなによ。」
「ていうかそんなことはどうでもいいの。なんかさっきから変じゃない?」
「変?なにが?」
キョトンするモンブラン。
チェリー君が「今更気づいたのかよ」と呆れた。
「お前らが喧嘩してるうちに空気が変わったぜ。」
「空気?」
「廊下の奥からイヤ〜な気配が近づいて来てる。こりゃ間違いなくあの野郎だ。」
そう言って霊獣に変身するチェリー君。
モンブランたちも気配を察知したようで、ゾワゾワっと髪の毛を逆立てていた。
「な、なんか来る・・・・?」
「ああ、鬼神川だ。」
「いやあ!」
みんなして俺の後ろに隠れる。
そして俺はチェリー君の後ろに隠れた。
「よし!頼むぞ。」
「頼むぞ!じゃねえだろ。お前も戦うんだよ!」
「いや、ここは任せる。俺たちはアカリさんたちの救出に向かうから。なあみんな?」
「うんうん」と頷くモンブランたち。
チェリー君は「んな上手くいくかよ」と言った。
「あの野郎をどうにかしなきゃ助けるなんて無理だぜ。」
そう言って霊獣に変身し、スウっと姿を消してしまった。
「おい!」
これでは後ろに隠れられないじゃないか!
「どうすんのよ!?」
「俺に聞くな!」
「もう終りだな。」
「短い命だったわ・・・・。」
絶望する動物たち。でも俺は希望は捨てなかった。
《ロッキー君とヒッキー君がたまきを呼んで来てくれるはずだ。それまでどうにか持ちこたえれば・・・・。》
真っ暗な廊下の奥から足音が響いてくる。
重々しい音だ。何より息が詰まるような圧迫感が増していく。
「みんな気をつけろよ。危ないと思ったらすぐに逃げて・・・・、」
言いかけて振り返ると、みんなエレベーターの中まで逃げていた。
「悠一ガンバレ!」
「負けないで!」
「お供え物はミルワームでいいか?」
「お金ないから墓石は無理よ。卒塔婆ならどうにか出来るかもしれないけど。」
「お前ら・・・・。」
さっきまでの威勢はなんだったのか?
足音はどんどん近づいてきて、暗闇の中からうっすらとシルエットが浮かぶ。
「ん?」
なにか妙だった。
歩いてくるシルエットはプロレスラーみたいなガタイで、まず鬼神川で間違いないだろう。
問題は両手に何かを引きずっているのだ。
人影のようにも見えるけど・・・・、
「有川悠一だな。」
闇の中から鬼神川が姿を現す。
相変わらず凄まじい威圧感だ。
俺もエレベーターに逃げたくなる。ていうかこの場から逃げ出したい・・・・。
でもそれ以上に怖いというか、ショックなことがあった。
鬼神川が引きずっていた人影は・・・・、
「アカリさん!ツムギ君!それに・・・・ウズメさん・・・・、」
みんなぐったりとして動かない。
暗いから分かりづらいけど、ポタポタと垂れているのは血のようだった。
「お、お前・・・・なんてことを・・・・、」
鬼神川は何も言わずにみんなを投げよこした。
三人が俺の足元に転がる。
アカリさん、ツムギ君は大きな痣が出来ていた。
顔の半分を覆うような酷い痣だ。
でもそれ以上に傷つけられていたのはウズメさんだった。
ボコボコなんてもんじゃない・・・・・全身に何十発も砲弾を受けたみたいに・・・・・。
「こんな・・・・・。」
言葉で説明するのも躊躇うような状態だった。
チュウベエが「どうしたんだ?」と、恐る恐る近づいて来ようとする。
俺は「来るな!」と止めた。
「そこにいろ。」
「それウズメだろ?ぐったりしてるけど大丈夫なのか?」
「いいから来るんじゃない!!」
ウズメさんを抱きかかえ、せめて顔だけでも見えないようにする。
《こんな・・・・こんなのやり過ぎだろ!いくら勝負だからって・・・・・、》
タイマンで決着をと言っていたけど、これはもう勝負なんてもんじゃない。
一方的にいたぶられたのだ。
砲弾を受けたかのようなこの痕は鬼神川の攻撃だろう。
これだけ酷い痣だ、きっと最初の2、3発でケリは着いていたはずだ。
なのに・・・・・、
《ウズメさん!》
たまきと同じくらいにお世話になったのがウズメさんだ。
困った時はいつでも相談に乗ってくれて、時に厳しく、時に優しくアドバイスをくれた。
こがねの湯のみんなからも慕われて、尊敬されていた。
すごく偉い霊獣なのにそれを鼻にかけることもなく、誰にでも分け隔てなく接して、堂々としてカッコよくて面倒見がよくて、みんなから頼りにされていた。
そのウズメさんがこんな姿にされてしまったことが・・・・こんな姿を見ることが・・・・悲しいというより悔しかった。
子供の頃、正義のヒーローが悪者に負けてしまった時は、なんとも言えない嫌な気持ちになった。
あの時の何倍・・・いや、何十倍も強いほど嫌な気持ちになってくる。
だって誰にだっているはずだ!この人の傷ついた姿だけは見たくないっていう人が。
尊敬や憧れが強いほどそう思うはずだ。
俺はウズメさんを抱きしめたまま、泣きそうになるのを我慢して鬼神川を睨んだ。
目にいっぱい涙を溜めて睨んでも迫力はない。
でも鬼神川を許せなかった。怖い気持ちよりも怒りが勝る。
抱きしめた腕からわずかに心音が伝わってくるので、生きてはいるはずだ。
命があることに安心しながらも、あえて殺さずに痛めつけたんだと思うと、怒りは激しくなっていった。
「このクソ野郎。」
自分でも気づかないうちに口走っていた。
鬼神川の目は殺気に満ちていて、しかし顔は笑っていた。
理由は分かっている。
俺がショックを受けているのが面白いのだ。
なぜなら俺はたまきの弟子だから。
俺は今すぐには殺されないだろう。
ウズメさんと同じように、口で説明するのも憚られるほどいたぶられるはずだ。
その方がたまきが怒るから。
ウズメさんという親友をここまで傷つけ、俺という弟子を同じように傷つければ、たまきは確実にブチギレる。
そうやってブチギレさせて本気にさせて、その上で完膚なきまでに勝ちたいのだ。
鬼神川はバリバリの武闘派だから、いいように負けてしまったのが何より悔しいのだろう。
コイツはコイツでプライドを傷つけられている。
だからこそ狼の霊獣と契約してまで力を得たんだ。
「これから自分がどんな目に遭うか分かっているな?」
厳つい手を見せつけ、太い指をゴキゴキと鳴らす。
「悠一!」
モンブランが叫ぶ。
俺は「マサカリ、モンブランを押さえとけよ」と言った。
あいつは感情で突っ走ることがあって、以前に俺を助けようとして大怪我をしたことがある。
もし鬼神川に飛びかかったりなんかしたら命はない。
「マサカリ!聞いてるのか!?」
「お、おう・・・・。」
モンブランの「離してよ!」という悲鳴が聞こえる。
「お前らさっさと逃げろ。今すぐに!」
そう叫んだが誰も逃げようとはしなかった。
こっちへ来ないものの、じっと固まって動かない。
「モタモタするな!早く・・・・、」
「たまきが来てくれる!」
チュウベエが叫んだ。
マリナも「そうよ!」と頷く。
「ロッキー君とヒッキー君を信じるのよ!」
「なに言ってんだ!もし間に合わなかったら・・・・、」
「だったら一緒に死ぬ!」
決してここから動くまいと、みんなで手を握り合っていた。
「私たち悠一に拾われなかったらどうなってたか分からない。ここで悠一が死ぬなら一緒でいい。」
マリナの言葉に他のみんなも頷く。
「お前ら・・・・違うだろ。こういう時こそ逃げろよ。」
いつもチャランポランなくせに・・・・思わず胸が熱くなるじゃないか。
気持ちは嬉しいけど、だからこそ死なせられない。
俺はともかくこいつらだけはどうにか逃がさないと。
そう思った時、どこからか銃声が響いた。
同時に「ぎゃ!」と短い悲鳴も。
鬼神川の背後にチェリー君が現れ、腹を押さえながら倒れていく。
「おいどうした!?」
「クソったれ!撃たれたみてえだ・・・・・。」
苦しそうに歯を食いしばっている。
すると廊下の奥からコツコツと足音が響いて、銃を構えた男が現れた。
「伊藤!」
さっきの銃声はこいつか。
「お前・・・・社長の方の伊藤だな?」
もう一人の伊藤より若干老けている。
顔つきも陰湿で凶悪だし。
「油断するなよ鬼神川。」
嗜めるように言うと「援護はいりません」と返していた。
「背後から奇襲を狙っていることくらい気づいていました。」
「あっそ。余計なお世話だったかな。」
ニヤっと笑いながら、チェリー君の頭を踏みつける。
「チェリー君!ちゃんと擬態してなかったのか?」
「してたさ!してたけどよお、マサカリたちが臭いこと言うから感動しちまって・・・・。普段は口が悪いくせに、根はこんなに飼い主想いなんだって・・・・グス。」
「え?もしかしてそのせいで集中力を乱しちゃったのか?」
「クソったれ・・・・。」
「あの・・・・なんかごめん。」
頼みの綱だったチェリー君があっさりやられてしまった。
もうこっちに武器はない。
鬼神川は俺の胸ぐらを掴み、軽々と持ち上げる。
「余計な物は捨てておけ。」
そう言ってウズメさんを奪おうとするので、しっかりと抱きしめた。
しかし霊獣の力には敵わず、あっさりと奪い取られてしまう。
「強くなったと言うわりには口ほどにもない奴だった。」
ポイと放り投げると、伊藤が銃を撃った。
ウズメさんの背中から赤い血が飛び散る。
「何してんだこの!」
叫ぶのと同時にモンブランが「このヤロウおおおおお!」と駆け出した。
マサカリの腕を振りほどき、伊藤に向かっていく。
「おいよせッ・・・・、」
目が血走っている。
マサカリとチュウベエが慌てて追いかけるけど、その前に伊藤の銃が火を吹いた。
「痛っだッ・・・・、」
「モンブラン!」
足を押さえて倒れている。
伊藤が「チッ」と舌打ちをした。
「これだから霊獣ってのは。いつもいいところで邪魔をしてくる。」
チェリー君が伊藤の顔を蹴飛ばそうとしていたのだ。
残念ながら不発に終わってしまったけど、そのおかげで狙いが逸れたようだ。
「これ以上好き勝手させるかよ!」
チェリー君は手を伸ばし、銃を奪おうとする。
しかし鬼神川がそれを許さなかった。
ゴツイ拳を振りかざし、ハンマーのように振り下ろしたのだ。
「かはッ・・・・、」
チェリー君の肩にめり込み、腕が外れる。
そしてそのままノックダウンしてしまった。
「チェリー君!」
鬼神川が「お前もじきにこうなる」と言った。
「ただし時間をかけてだがな。」
嬉しそうに笑っている。
顔を思いっきり蹴飛ばしてやったけどビクともしない。
まるで岩を蹴ったみたいにこっちの足が痛かった。
「なあ鬼神川?」
伊藤が口を開く。
「あんまり時間を掛けられないかもしれないぞ。」
「どういうことで?」
「上の階に奴の気配を感じる。」
「奴?」
「感覚を研ぎ澄ましてみろ。」
鬼神川は神経を集中させるように、ピリっと緊張感を纏う。
「こ・・・・この気配は!」
ギロっと目を剥き、天井を睨みつけている。
「すぐ近くまで来ていたのか。」
「遊びに興じて気付かなかったな。」
「・・・・いや、願ったり叶ったりだ。ここで前回の屈辱を晴らしてくれる!」
激しく息巻く鬼神川だったが、伊藤は冷静な口調でこんなことを言った。
「人質を取った方がいいぞ。」
「人質?」
「相手が相手だ。まっとうにやり合って勝てる見込みは低い。」
「何を。私は奴を倒す為にあなたの霊獣と契約を交わしたのです。もはや奴など敵では・・・・、」
「いいからさらってこい。」
「必要ありません。それに人質ならここにも大勢・・・・、」
「コイツらにそこまでの価値があるか。いいか?よく気配を感じてみろ、人質にうってつけの女が一人いるはずだ。」
「うってつけの女?」
鬼神川はまた感覚を研ぎ澄ましている。
そして「なるほど」と頷いた。
「豊川め、あの女を取り逃がしたか。」
「そういうわけだ。とっととあの女をさらってこい。」
「いえ、人質は必要ありません。そんなものに頼らずとも、私の力だけで奴を打ちのめして・・・・、」
「さらってこいって言ってんだよ。」
伊藤の目に殺気が宿る。
鬼神川は不服そうな顔をしながらも、「分かりました」と頷いた。
そして青く燃え盛る六本の尻尾を生やし、エレベーターの中へと突っ込んだ。
《人質って・・・いったい誰をさらうつもりなんだ?》
ご令嬢とかなんとか言ってたけど・・・・それってまさか・・・・、
《いやいや!翔子さんはすでに捕まってるはずだ。でも豊川が取り逃がしたとかなんとか言ってたから、まさか・・・・、》
不安になっていると、やがて鬼神川の尻尾に巻かれて誰かがさらわれてきた。
《あれは・・・・キツネの霊獣?》
一瞬お稲荷さんかなと思ったけど、仲間のお稲荷さんはみんな鬼神川にノックアウトされている。
ならあれはいったい・・・・、
「有川さん!」
キツネの霊獣が叫ぶ。
その声はよく聞き覚えのあるものだった。
大事な友達の声だ、聞き間違うわけがない。
「もしかして・・・・ほんとに翔子さん?なんでこんな所に・・・・、」
「有川さんこそどうしてこんな場所に・・・・。」
「それはこっちのセリフですよ!ていうかなんで霊獣になってるんですか?」
「カマクラ家具が開発した新薬を飲んでしまったんです。」
「カマクラ家具の新薬?てことは向こうも新しい薬を開発してたのか。いや、今はそんなことより・・・・、」
鬼神川を睨みながら「翔子さんを解放しろ!」と叫んだ。
「人質なら俺だけで充分だろ!なんたって俺はたまきの弟子なん・・・・・、」
言いかけた瞬間、右腕に激痛が走った。
「・・・・・ッ!」
痛すぎて声にならない。
吐き気さえしてくるほどだ・・・・。
鬼神川が俺の腕を掴み、本当なら曲がらない方向へ関節を曲げていた。
「悠一!」
モンブランが叫ぶ。
俺は気力を振り絞って「来るな!」と叫んだ。
「向こうへ行ってろ!」
「でも・・・・、」
「いいから!」
これ以上誰も傷ついてほしくない。
どうか誰も・・・・、
「鬼神川。」
伊藤が呟く。
「そろそろ奴が来るぞ。」
「分かっています。」
コクリと頷き「それまでにいたぶっておかないとな」と、今度は左腕を掴まれ・・・・、
「ぎうやあああああ!」
あまりの痛みに気を失いそうになる。
「悠一!」
「有川さん!」
両腕がダランと垂れ下がる。
痛みで意識が遠のきそうになる中、誰かが近づいてくる気配を感じた。
「たまき!」
鬼神川の雄叫びが聴こえる。
ぼんやりとした視界の中、うっすらと師匠の顔が浮かんでいた。

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