稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第三部 第二十七話 助っ人(1)

  • 2019.05.06 Monday
  • 11:54

JUGEMテーマ:自作小説

人生、上手くいくかどうかの差は、意外と小さなものなんじゃないかと思う。
目に見えてハッキリと分かる違いじゃなくて、ほんとのちょっとの距離が足りないとでも言うか。
あと一ミリ、先へ手が届けば目的を達成できる。
いよいよのところで指先が届かずに、立ち直れない挫折を踏んでしまう。
もうそこにゴールは見えているのに・・・・・。
カグラという会社の悪事を暴くには証拠が必要で、それはもうちょっとの所で手に入りそうだった。
だけどあと一ミリの指先が届かなかった。
カグラの社長、伊藤秀典が現れたせいで。
マシロー君と一緒にいた伊藤より老けているから、社長の方で間違いないはずだ。
巨大な狼を従えながら拳銃を向けている。
遠藤さんは怯え、紺野ちゃんは部屋に隠れてしまった。
伊礼さんは信じられないとばかりに石になってしまったし、カレンちゃんはポカンと口を開けている。
ムクゲさんと刑事さんは冷や汗を垂らしながら狼狽えていた。
「伊藤。」
俺は固まるみんなを掻き分けて前に出る。
もちろん勝てるなんて思っちゃいない。
思っちゃいけないけど、それは戦ったらの話だ。
伊藤は霊獣と契約を交わしているだけの人間で、だったら話し合える余地はあるはずだ。
「お前、霊獣のいない世の中を望んでるんだってな。」
玉木さんから聞いた話を思い出す。
ダキニのせいで夢を壊され、復讐しようとしても返り討ち。
プライドの高い伊藤は今でも根に持っていて、全ての霊獣を憎んでいる。
たしかにダキニは狡猾な奴だ。傷つけられた恨みも分かる。
でもだからって・・・・、
「お前ってただのガキだよな。ゲームが好きならまた会社を建てればいいだけだろ。
こんな立派な会社を持ってんだ、新規事業として手を出すのもアリだし。
それを霊獣と契約してまでしょうもないこと企むなんて・・・・情けないつうかダサいっつうか。」
一歩前に出ながら睨みつける。
刑事さんが「下がって!」と言ったけど、無視してもう一歩進んだ。
「たった一代でここまでデカい会社を建てたんだ。あんた天才だよ。素直に羨ましいって思うくらいだ。
そこまでの商才があるのになんで悪事になんて手を染めるんだ?霊獣なんてほっときゃいいじぇねえか。
みんながみんな悪い奴らじゃない。俺の後ろにいる刑事さんやムクゲさんみたいに良い霊獣だってたくさんいるんだ。
人間だって同じだよな?良い奴と悪い奴がいて一括りになんて出来ない。
だからさ、もうやめにしないか?こんな下らないことに精を出すんじゃなくて、夢だったゲーム会社をやればいいじゃんか。」
こんな青臭い説得じゃ何も変わらないことくらい分かってる。
ただそれでも言いたかった。
こんだけの商才があるのに無駄遣いしている。
将来は稲松文具の社長になるのが夢の俺にとって理解しがたいことだった。
プラスに活かせば活躍できる才能を悪用するってのが許せない。
「こんな若僧に好き勝手言われて悔しくないのか?なんか言い返してみろよ。それとも黙ってその銃で撃つか?」
あえて反論するように挑発してみるけど何も返してこない。
ていうか俺の話を聞いてる感じがしなかった。
無視してるとかじゃない。
ほんとに耳に入っていないような感じだ。
「ねえ・・・・、」
カレンちゃんが口を開く。
「さっきから大きなオオカミの耳がピクピクしてるんだけど。」
「え?」
そう言うとムクゲさんも「なんか顔全体が震えてるわ」と言った。
「まるで笑いを堪えてるみたいに。」
「笑い?」
「だって見てよ、鼻面に皺を寄せてる。そのクセ目は笑ってる感じがしない?」
言われてみると、たしかにそう見えなくもない。
伊藤はまったく表情を変えていないのに、なぜか狼の方が変な表情になっていた。
「おいオオカミ、お前笑ってるのか?」
恐る恐る聞いてみると、『ブヒュ!』と声が漏れた。
「やっぱ笑ってるのか!」
『・・・フフ・・・クスクス・・・・、』
「気味悪いな・・・・なんだよ?なんか言いたいことあるのか?」
狼はギョロっと大きな目を向けた。
顔は横を向いたまま視線だけを投げかけてくる。
『そうかもしれない。』
「はい・・・・?」
『冴木晴香の言う通りかもしれない。伊藤は時間を無駄にした。』
「な、なに言ってんのアンタ・・・・?」
『すごい才能があるのにバカな道へ走った。だから俺に利用された。』
「利用って・・・・契約のこと言ってんのか?」
『俺と契約を結んで幸せになった奴はいない。最後は廃人のようになるか、自ら命を絶つかのどちらかだ。伊藤は命を絶った。哀れな奴。』
「おい・・・さっきからなにを言ってんだよ?伊藤が命を絶つってどういう・・・・、」
『こういうこと。』
狼は顔を上げ、口先を細める。
次の瞬間、腹に響くほど重い遠吠えが響き渡った。
「なんだこりゃあ!?」
伊礼さんが耳を押さえながら叫ぶ。
他のみんなも痛みに耐えるように身を屈めていた。
10秒くらいそのまま吠え続け、ピタリと音はやんだ。
すると伊藤は糸の切れた人形のように崩れ落ちてしまった。
『こういうこと。』
狼が言う。
みんな「?」みたいな顔をした。
『触ってみろ。』
「・・・・・・・・・。」
ちょっと近づいてみるけどぶっちゃけ怖い・・・・。
ムクゲさんが「気をつけて!」と言った。
俺はゆっくりと近づき、眉間に皺を寄せながら倒れる伊藤を見つめた。
うつ伏せなので顔は見えない。
膝をつき、そっと手を伸ばしてみた。
「冷たい。まさか・・・・、」
首の辺りを触ってみる。・・・・脈はなかった。
横に周り、ビクビクしながら顔を覗きこむと、目を見開いて口からヨダレが垂れていた。
舌もだらんと垂れてるし、何より顔に精気がない。
「死んでるのか・・・・。」
伊礼さんの声が飛んでくる。
俺は振り向きながら頷いた。
「てことはその狼が殺しちまったってのか?」
「いや・・・違うと思います。」
「でも死んでるんだろう?さっきまで生きてたのに・・・・、」
「もっと前から死んでたんだと思います。だって今死んだって感じじゃないですよこれ・・・・。」
祖母が亡くなった時、棺桶の中の顔がこんな感じだった。
亡くなってからしばらく時間が経っている表情だ。
まるで人形みたいというか無機質というか。
『伊藤は自分で命を絶った。』
「いつ?」
『契約を交わして一年後くらい。』
「てことは・・・・、」
『30年近く前のこと。』
「めっちゃ昔じゃないか!そもそもなんで自殺なんか・・・・。」
『二度と夢を追いかけられないから。』
「なに?」
『伊藤はダキニに復讐しようとして契約した。でも十日も経たないうちに後悔し始めた。大好きだったゲームのことが薄れていき、復讐しか考えられなくなっていたから。』
「復讐のことだけ・・・・?」
『ダキニを消そうとしたのは、傷つけられたプライドを取り戻す為、そして二度と自分の夢を邪魔されたくなかったから。
でも俺と契約を結んだことで気づいてしまった。もし復讐を果たしてもそれだけじゃ終わらない。
世の中の霊獣全てを抹殺しないと安心できない。そうじゃないと夜も眠れない。
これから先、必ずそうなると自分で分かっていた。そして自殺するまでの一年間、実際にその通りになった。
ダキニだけに抱いていた恨みは全ての霊獣に向けられた。この世から抹殺するんだって強迫観念にとりつかれていた。
でもそれは無理なことだと分かっていた。』
「自覚してたのか?全ての霊獣の抹殺なんて無理だってこと。」
『霊獣は人間よりも強い。数だってたくさんいるし、人間社会の深い所まで入り込んでる。全部抹殺なんて無理。でもやり遂げないと契約は終わらない。』
「終わらないって・・・・それはつまりアンタが離れていかないってことか?」
『契約する時に伊藤は言った。邪魔者を消す力が欲しいと。俺はその為に力を貸した。だから伊藤が目的を成し遂げるまで傍を離れない。』
「でもアンタが傍にいたって、伊藤が霊獣の抹殺をやめればすむ話じゃんか。」
『復讐には力だけじゃなくて、強い恨みや怒りが必要。やり遂げないと夜も眠れないというほどに。
伊藤の願いを叶える為に、力だけじゃなくてそういう感情も与えてやった。』
「要するに感情を支配してたってことか?」
『支配とまではいかない。ただ後ろ向きな気持ちを強くしてやっただけ。ほんのちょっとしたことで人間の感情はバランスを崩すから。』
「なんだよそれ・・・まるで悪霊に呪われるみたいじゃねえか。」
『俺が傍にいる限り、伊藤の魂は永遠に自由になれない。生きてる限り後ろ向きな気持ちに囚われたまま。命を絶つ半年も前から精神を病んでいた。』
「じゃあ・・・そのせいで自分の命を?」
『毎日毎日怒りや恨みだけで胸が満たされることに耐えられなかった。生きてる限りずっと続くと考えたら、そういう道を選ぶしかなかったのかもしれない。』
「だったらアンタから離れてやればよかったじゃないか!霊獣の抹殺なんて無理だって分かってるなら・・・・、」
『だって面白いから。』
「はあ!?」
『俺と契約する為にわざわざもう一つの心臓まで差し出したのに、願いが叶うことはない。それどころか毎日嫌な気持ちが続いて憂鬱になるばかり。
あれだけ大好きだったゲームでさえ気持ちを紛らわしてくれない。日に日に壊れていく伊藤を見るのはとても楽しかった。』
「お前・・・・、」
根っから腐ってやがる。
『伊藤にとって一番辛かったのはもう一人の自分の存在。』
「心臓を二つに分けた方か?」
『その心臓を使ってもう一人の伊藤を作ってみた。あっちはオリジナルと違って暗い感情に満たされていない。
元の伊藤にとっては昔の自分を見ているようで許せなかったはず。もう二度と取り戻せない自分がそこにいるから。』
「お前最悪だな。そうやってわざと伊藤を苦しめてたのか?」
『苦しんだのは伊藤の勝手。俺は契約通りに手を貸したにすぎない。』
「ほざけよ。お前は鬼神川とも契約してるんだろ?だったらアイツもいつか自殺しちまうってのか?」
『鬼神川はすでに命を差し出してる。』
「なんだって?」
『あいつも復讐したい相手がいる。大きな力を求めていたから血を分けてやった。代わりに10日くらいしか生きられないけど。』
「10日!じゃあ10日後にはほっといても死ぬのか?」
『死ぬ。』
「マジかよ・・・・でもアイツには夢があるはずだろ?この世を霊獣の世界に変えるって夢が。」
『別に諦めてはいない。ただ自分では無理だと悟ったから、別の奴に希望を託しただけ。』
「誰に?」
『ダキニ。』
「またダキニか・・・・。」
『伊藤と同じで、鬼神川も自分の力で目的を遂げるのは無理だと知った。思ったよりも敵が多くて予定通りに計画が進まないから。』
「それは俺たちのことか?」
『冴木たちも含めてという意味。たまきのように強い霊獣は他にもいて、鬼神川の行いをよく思っていない。
だけど鬼神川はバカだからこれ以上どうにも出来ない。後の望みは頭の良いダキニに任せることにした。
もっとも、ダキニが鬼神川が思い描いているのとまったく同じ形で目的を実現させるとは限らないけど。』
「ダキニが望んでるのは稲荷の世界に人間の刺激の持ち込むことだろ?鬼神川はそれを知らないのか?」
『知っているけど、それでも希望を託せるのはダキニしかいない。アイツは欲深いから稲荷の世界を変えるだけでは終わらないかもしれない。
もっともっと欲しがって、人間の世界にまで手を伸ばす可能性はある。鬼神川はそれに期待してる。』
「意味分かんねえ。だってここまでやったんだぞ?なのにあっさり他人に託すとは思えない。」
この会社の技術部は優秀だ。
実際に色んな薬だって開発してるわけだし。
霊獣の密売とかだってこの為の資金集めだったはずだ。
それを捨ててまでこんな狼と契約するなんて・・・・。
『冴木晴香。』
「なんだよ?」
『俺と契約しないか?』
「はあ?」
いきなり何を言ってんだ?
後ろを振り返るとみんなポカンとしていた。
『冴木晴香。』
「なんだよ・・・・?」
『お前は面白いな。』
「面白い?」
『今時珍しいくらい夢と希望に溢れてる。傷ついても痛い目に遭ってもへこたれないのはそのせい。』
「俺にはやりたいことがあるんでな。モタモタ立ち止まったりしてられねえんだよ。』
『実は北川翔子にも声を掛けた。』
「なにい!テメエいつだよ!!課長になんかしたんじゃねえだろうな!?」
『さっき鬼神川がさらって来た時。契約を持ちかけたけど断られた。』
「当たり前だ!課長はテエメみたいなクズ野郎と契約なんかするか!」
『お前も北川翔子と似ている。だから声を掛けてみたんだが・・・予想通り断れてしまったな。』
クスクスと笑いながら背中を向ける。
「お、おい・・・どこ行くんだ?」
『次の契約者を探しに。』
「また誰かにとり憑くつもりかよ?」
『情熱と夢を持った人間が大好き。じわじわと壊れていくのを見るのが一番楽しい。』
「笑ってんじゃねえよこの野郎!お前みたいなのはとっとと霊獣の世界に帰れ!」
『ヤダ。』
「ヤダじゃねえよ!子供かこの野郎!!でっけえ狼のクセして中身はガキンチョだな。」
『狼じゃない。』
「は?いやいや、どう見ても狼だろうが!!」
『これは伊藤の気性を表してるだけ。』
「気性?」
『俺は契約した相手の気性によって姿が変わる。喋り方も。』
「マジかよ・・・・。」
『大きな狼の姿は孤高と攻撃性の表れ。子供っぽい喋り方は幼稚性の表れ。。伊藤の精神そのもの。』
「でも鬼神川とも契約してるんだろ?だったらまた姿が変わるんじゃないのかよ?」
『あれはただのついで。ノリで契約しただけだから。』
「ノリでそんなことすんなバカ野郎!」
『・・・フフ・・・クスクス・・・・。』
「だから何がおかしい!?」
『フフフ・・・・ウフフフ・・・・。』
だんだんと声が変わっていく。
いや声だけじゃない。姿かたちそのものが・・・・、
どんどん縮んでいって、さっきとは似ても似つかない姿になった。
「な、なんだお前・・・・、」
『これが僕のほんとの姿。』
「なんだよその豚だかなんだか分からねえ生き物は・・・・、」
「バクね。」
ムクゲさんが言った。
「豚を細くしたみたいな体型に、鼻が短い象みたいな顔。あんたの正体はバクの霊獣だったのね。」
なるほど、言われてみれば。
昔に動物園で見たことがある。
模様も白と黒でクッキリ分かれているし。
『人の夢が僕のご馳走。大きければ大きいほど。』
「こんなのがお前の正体・・・・?」
『僕はどんな風にでも姿を変えるよ。相手の心を読み取って姿を変えて、夢の中にお邪魔するんだ。
悪夢を食べてあげる代わりに良い夢も一緒に食べちゃうけどね。冴木君、ほんとに僕と契約しなくていいの?』
この期に及んで何を言ってるんだろう。
そんなこと聞かされて頷くわけないだろう!
「お前、二度と俺たちの前に現れるな。」
懐から銃を抜く。
すると『ぎゃ!』と叫んで頭から血を噴き出した。
「え・・・・?」
俺は引き金なんて引いてない。ていうか霊獣に普通の銃は効かないはず。なのにどうして・・・・、
「貴様!」
刑事さんが叫ぶ。
バクの向こうから銃を構えた人影が現れ、その姿を露わにした。
「お前は・・・・、」
「・・・・・・・。」
「もう一人の伊藤だな?お前が撃ったのか?」
尋ねても答えない。
まっすぐに歩いてきて、苦しむバクにまた銃弾をブチこんだ。
『いぎゃッ・・・・、』
「俺はまだ生きてるぞ。」
そう言ってから肩に乗せたマシロー君に手を向けた。
「ちょっと待って下さいね。」
もにょもにょと呪文みたいに呟いてから、大きく口を開けて何かを吐き出す。
伊藤はそいつを手に乗せてバクに近づけた。
「心臓だ。こいつでまた俺を作ってもらう。」
心臓・・・・?
紫に濡れたその物体はたしかに心臓っぽい。
ていうかドクドクと脈打ってるような・・・・。
「まさかとは思っていたが、やはりもう死んでいたとは・・・・。心臓を一つ作っておいて正解だった。」
やっぱり心臓らしい。
ていうか作るっていったい・・・・・?
バクの霊獣は額から血を流しながら『フフ・・・』と笑った。
「俺が生きてる以上、契約は続いてるはずだ。破棄して逃げるなんて許さんぞ。」
今度は足を撃つ。
バクはよろけたが『バカだなあ』と微笑んだ。
『それ僕の血で作った弾丸でしょ?効くわけないじゃない。』
ニヤっと笑ったかと思うと、瞬く間に傷が塞がっていった。
けど『あれ?』とまたよろける。
『おかしい・・・・傷は塞いだのに・・・・、』
「弾丸に薬を混ぜてある。」
『薬?・・・・まさかカプセル剤?』
「霊獣の力を奪う効果があることは知ってるだろ?弾丸は10発ほど残ってる。全弾撃ち込めばどうなるか・・・・・、」
『分かった分かった。ちょっと落ち着いて。』
急に焦り始める。
伊藤は銃を向けたまま「さっさとしろ」と心臓を向けた。
「元の俺を生き返らせるんだ。そこにまだ肉体はある。」
そう言って倒れるもう一人の自分を振り返った。
「そして俺たちを一つに戻せ。」
『自分でそう望んだクセに・・・・ぎゃあ!』
「お前と契約さえしなければこんな事にはならなかった。俺を元に戻したら見逃してやる。選択の余地はないはずだ。」
『・・・・・・・・。』
「どうした?死にたいのか?」
『残念だけど死者は生き返らない。新しい伊藤を作ることなら出来るけど。』
「・・・・・・・。」
『別に生き返らなくてもいいじゃない。だって君はまだ生きてるんだから。』
バクはまた笑う。
伊藤はマシロー君を振り向き、「お前はどう思う?」と尋ねた。
「こいつの言うこと信用するか?」
「この期に及んでウソはつかないと思います。あとの判断はご自分でどうぞ。」
「そうか・・・・。」
伊藤は少しだけ迷いを見せる。
そして自分の頭に銃を突きつけた。
「お、おい・・・・、」
止める間もなく引き金を引く。
パアン!と銃声が響いたかと思うと、マシロー君が「何やってんですか!」と銃を掴んでいた。
「なんで自分を撃つんです!」
「なんでもなにも、俺はただのコピーみたいなもんだ。元が死んだなら生きてても仕方ない。」
「コピーなんかじゃないですよ!二つある心臓の一つから生まれたんですから。」
「欠陥品だ。」
「え?」
「二つあると言っても、俺はもう一つの心臓にくっついて生きてただけだ。小さいし力も弱い。この心臓だけなら長生きは出来なかった。」
そう言って胸に手を当てている。
「もう一人の俺は契約の見返りにこの心臓を差し出した。それはなぜか?別に必要ないからだ。
医者からは取った方がいいと勧められていたが、手術が面倒だからとそのままにしていただけなんだ。
本当なら俺はとっとと切除されて処分されてた命なんだよ。」
「で、でも・・・こうして生きてるじゃないですか!」
「そこの悪い霊獣のおかげでな。俺はそれが許せない。そいつのせいで元の俺は悪さに走り、最期は自殺しちまった。
そんな奴の力で俺は生きている。こんな肉体までを与えられちまって・・・・。」
両手を広げ、嬉しくないといった感じで首を振っている。
「今でも心臓は弱いままなんだ。だからそいつが離れていったら長生きは出来ない。
あの紫の血を飲み続けてないことには・・・・・、」
「だからって今死ぬことないでしょ!」
マシロー君は伊藤から心臓を奪い取り、シュタっと肩から飛び降りた。
「お願いです、これで彼の新しい心臓を作ってあげて下さい。長生きできる丈夫な心臓を。」
「おい・・・・、」
「だって飼い主が死ぬなんて嫌ですよ!僕を飼ってくれたのはあなたなんです。もう少し飼われるのが遅かったら処分されてたんです・・・・。
例え興味本位だったとしても、あなたが僕を飼ってくれたからこうして生きてるんです!」
そういえばマシロー君はペットショップで飼われたんだった。
売れない動物は処分されることがあるらしいけど、彼もそういう立場だったみたいだ。
「元の伊藤さんがいなくなったことは悲しいです。だからこそ、あなたまでいなくなってほしくありません!」
バクの前に心臓を突きつけながら「やって下さい!」と叫ぶ。
「できるでしょ?丈夫な心臓を作って、彼に与えることくらい。」
『ムリ。』
「なんで!?色んなことできる凄い力を持ってるのに。」
『丈夫な心臓を作ることは出来るけど、入れ替えることは無理なんだ。』
「ウソだ!一つの心臓から新しい人間を作れるくらいなのに・・・・、」
『僕は万能じゃないんだよ。出来る事と出来ない事がある。入れ替えはムリだよ。』
「じゃあ伊藤さんはどうなっちゃうんですか!」
「どうしてもっていうなら、その心臓を元に新しい伊藤を作るしかないよ。でもこの心臓かなり小さいから子供になっちゃうだろうけど。」
「子供・・・・。だってこれ、子犬から取り出した心臓なんです。小さいのは仕方ないじゃないですか。」
『うん、だから子供しか無理。それも赤ちゃん。』
「赤ちゃん!?」
『ていうか胎児かな。』
「そんなッ・・・・、」
『子犬の心臓は小さすぎるもん。胎児からじゃないとムリ。』
「でも胎児っていったって、お母さんがいなきゃどうにもならないじゃないですか!」
『そうだね。』
「・・・・・・・。」
『それに新しい伊藤を生み出したって、もう一人の伊藤が長生きできないことに変わりはないよ?
彼の心臓は僕の血がないと長くもたないから。』』
「ひどいですよそんなの!どうにかならないんですか?」
『だからムリだって。けどまあ・・・・新しく契約してくれるっていうなら別だけど?』
バクは伊藤を見る。
でも彼はすぐに首を振った。
「断る。」
『ほらね。』
「伊藤さん!このままじゃ僕・・・・僕どうしたらいいんですか!飼い主がいなくなっちゃう!!」
伊藤はマシロー君を手に乗せ、「すまない」と呟いた。
「そんな簡単に諦めないで!」
食い下がるマシロー君。
するとムクゲさんが「私でいいならやるけど」と手を上げた。
「私が契約者になるよ。その代わり胎児になった伊藤を私のお腹で預かる。」
全員が「ええ!」と驚く。
「ちょっとちょっと!何言ってんですか!」
「私は本気だよ。」
「いやいや、そういう問題じゃなくて・・・・、」
「だって私の夢なんだもん。人間になって人間の子供を持つのが。」
そういえばムクゲさんは猫又の擬似家族を持っていた。
たしか人間の家庭に憧れてるからだって聞いたけど、いくらなんでも伊藤をお腹に宿すなんて・・・・、
「僕がやる!」
今度はマシロー君が叫んだ。
「知らない人に任せるくらいなら僕のお腹に!」
「君まで何言ってるんだよ!」
「僕は本気です!」
「いやいや、そういう問題じゃなくてさ。君はネズミだから人間の赤ちゃんを宿すなんて無理だろ。」
「例の薬を飲めばいいだけです。」
「ま、まあ・・・そういう手はあるけど。いやでもさ!君はオスだろ?だったらやっぱり無理じゃ・・・・、」
「僕はメスですよ。」
「へ?」
「ヨツユビハリネズミのメスです。」
「マジで・・・・?」
「マジです。」
「だって名前からしてオスっぽいし、自分のこと僕って言ってるしてっきりオスかと・・・・。」
「それは勝手な思い込みです。オスじゃなきゃ僕って一人称を使っちゃいけない決まりなんてないでしょう?」
「うん・・・まあ・・・・、」
「だいたい冴木さんだって晴香っていう女性みたいな名前でしょ?」
「ごもっともで・・・・、」
「僕はれっきとしたメスです。だから薬を飲んで人間になれば赤ちゃんを宿すことに問題はありません。」
「そう・・・なのか?」
しばらく考える。
そして「イヤイヤ、大アリだから!」と止めた。
「なんかもうおかしいよこれ!人間が動物になったり動物が人間になったり。挙句の果てにはネズミが人間になって人間の赤ちゃんを宿すなんて。
いくら多様性のある世の中だと言ってもね、さすがにこれはやり過ぎだと思うんだ。」
「そんなことありません!」
「あるよ!」
「ないです!」
「いやあるって!」
「ないです!だって有川さんはタヌキと結婚するんですよ!」
「へ?」
「霊獣のタヌキの女性と。だったらその女性はタヌキでありながら人間の子供を宿すことになる。」
「・・・・それはアイツが変態なだけだろ。」
アイツはやっぱりどこかおかしい。
ていうかアイツのことなんてどうでもいい。
タヌキと結婚しようがミジンコと結婚しようが知ったこっちゃない。
「いいかいマシロー君?いくら飼い主の為だと言っても、さすがにこればっかりは・・・・、」
「だから私がやるって。」
「ムクゲさん・・・あなたもちょっと落ち着いて。」
「イヤよ!こんなチャンスは滅多にないわ!ねえあなた、私と契約してお腹に子供を・・・・、」
「いいえ!これは僕の役目です!!」
「ここは私に任せなさいって。」
「僕がやります!」
「私。」
「僕です!」
「ああもう!どうなってんだよこれ!!」
話がおかしな方へ転がっていく。
伊礼さんを振り返ると、俺に振るなみたいな感じで目を逸らした。
刑事さんもなんとも言えない顔で頭を掻いてるし、遠藤さんはまだ怯えているし。
カレンちゃんは意味が分からないのかポカンとしているし、祐希さんはスマホを取り出してパシャパシャ撮影しているし。
紺野ちゃんは未だに部屋に隠れたままだし、もうこれどうすりゃいいんだか・・・・・。
《俺はカグラの悪事を暴きたいだけなんだ!こんなわけの分からんことで揉めたくないのに。》
壁に頭を付けながらうんざりしていると、「ちょっといいかしら?」と誰かに声を掛けられた。
「ここに役者が揃ってるって聞いたんだけど?」
「はい?」
振り向くとそこには一人の女が立っていた。
この人なんか見たことある。
たしか・・・・・、
「・・・・ああ!もしかしてカマクラ家具の社長、葛ノ葉公子!?」
「指ささないでくれる?」
ツンとした顔で指を下ろされた。
《間違いない!社長時代に一度だけ写真を見たことがある。なんでこんなところに?ていうか横にいる狼男みたいなのはなんなんだ?》
二人の狼男が従者のようにヘコヘコしている。
「あの・・・・あなたカマクラ家具の社長ですよね?なんでここに・・・・、」
「こっちから臭うわね。」
俺を無視してエレベーターへ向かう。
中を覗き込み、「ここね」と呟いた。
そしてなんの迷いもなくスっと飛び込んでしまった。
「え!あ・・・ちょっとお!」
慌てて駆け寄るけどすでに姿は見えない。
《なんなんだよいったい・・・・。》
呆然としているとポンと肩を叩かれた。
「助っ人、連れて来たぜ。」
「これでデカイ神社に住めるな。」
「・・・・アンタら誰さ。」
笑っている狼男たち。
なんかよく分からないけど、事態がおかしな方向へ転がっていることだけは分かる。
この事件、無事に終わるんだろうか。

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