稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第三部 第二十八話 助っ人(2)

  • 2019.05.07 Tuesday
  • 10:59

JUGEMテーマ:自作小説

骨を折ったのは初めてだった。
これでも身体はけっこう丈夫な方で、子供の頃は雲底の上から落ちてもかすり傷ですむくらいだった。
それが30歳になって初めての骨折。しかも両腕。
痛みは想像を絶するもので、まともに悲鳴さえ上げられない。
それどころか吐き気はしてくるし頭も痛くなってくるし、意識が遠のきそうなほどだった。
できれば失神してしまった方が楽なんだろう。
でも痛すぎて気を失うことさえ出来ない。
「悠一!」とモンブランたちの声が耳に届くけど、返事なんてしてられる状況じゃなかった。
頭の中さえぐちゃぐちゃになってまともに物も考えられない。
目を閉じながら襲いかかってくる激痛に耐える中、ふと誰かの顔が見えた。
「口を開けて。」
・・・・聴いたことのある声だ。
そういえば腕を折られる前、鬼神川たちはこう言っていた。
『奴が来る』
鬼神川と伊藤が恐れるほどの相手、それはもうあの猫神しかいない。
ということはつまり、この声の主は・・・・、
《来てくれたんだ・・・・。》
グイっと口を開けられ、何かを押し込まれる。
「飲み込んで。」
言われるままゴクンと飲み込む。
すると途端に痛みがマシになってきた。
それどころか身体の中からパワーがみなぎってくる。
いや、パワーだけじゃない。
なんか肉体そのものに違和感が・・・・、
《あ、これってもしかして。》
この感覚は知っている。
カグラの新薬である紫のカプセル剤を飲んだ時とまったく同じだ。
ということはつまり・・・・、
「やっぱり!」
身体を見ると毛むくじゃらになっていた。
またタヌキの霊獣に変わってしまったらしい。
「どう?」
後ろから声がする。
振り返ると・・・・・、
「たまき・・・・来てくれたのか!」
「ほんとにいっつも無茶ばかりするわね。命が幾つあっても足りないわよ?」
呆れたようにため息をついている。
「腕はどう?まだ折れてるけど痛みは?」
「けっこうマシだよ。それでもかなり痛いけど・・・・。」
「霊獣ならそれくらいすぐに治るわ。アンタは向こうでマサカリたちと大人しくしてなさい。」
たまきが顎をしゃくった先にはマサカリたち、そして翔子さんがいた。
《よかった・・・解放されたんだ。》
たまきが鬼神川をぶっ飛ばしてくれたおかげだろう。翔子さん無事だった。
それはよかったんだけど、まったく別のことで「なんで!」と叫んでしまった。
「もう一人の伊藤!?」
肩にマシロー君を乗せた伊藤が立っていた。
しかも背後には巨大な狼までいる。
「アイツらもいつの間に・・・・、」
「悠一!」
モンブランがひょこひょこ足を引きずりながらやってくる。
「大丈夫!?」
「ああ。ていうかお前こそ大丈夫か?足を撃たれてただろ。」
「平気平気、ちょっとかすっただけだから。」
ニコっと笑いながら傷を見せる。
どうやらほんとにかすっただけでのようで、血は出ているものの大した怪我じゃなさそうだ。
「よかった・・・。コラ!あんまり無茶するなよ。もし心臓でも撃たれてたらどうするつもり・・・・、」
そう言いかけたとき、背筋にゾクっと殺気が走った。
振り向くと鬼神川と伊藤が倒れていて、ゆっくりと起き上がろうとしていた。
「アイツらなんで倒れてるんだ?」
「たまきが蹴っ飛ばしたのよ。助走つけて思いっきり。鬼神川がブワーっと吹っ飛んで、伊藤はそれにぶつかったの。」
「さすがはたまき。鬼神川を一撃でダウンさせるなんて。」
「そのあとサっと翔子ちゃんを助けたの。まるで正義のヒーローみたいでカッコよかったわあ!」
相変わらずでたらめなほどの強さをしている。
だけど鬼神川も負けてはいなかった。
「許さん・・・」と殺気を撒き散らしている。
蹴られた痕だろうか?
頬の痣を押さえながら「許さんぞ・・・・」と立ち上がった。
「たまき・・・・。俺のプライドをズタズタに引き裂いてくれた憎き霊獣。二度の敗北は許されない!」
尻尾から巨大な炎が立ち昇る。
青い炎の六本の尻尾だった。
そいつは一本に束ねられ、紫の炎へと変わっていく。
「受けた痛みは万倍にして返す!」
火柱のような尻尾を振り上げ、叩きつける。
しかし間一髪でたまきはそれをかわし、一瞬で間合いをつめた。
そして右手を振り上げ、思いっきりビンタをかました。
まるで火薬が炸裂したような轟音が響く。
俺もモンブランたちも耳を塞いだ。
「ぐぇッ・・・・、」
情けない声を出しながらもんどりうって倒れる鬼神川。
たまきはナイフのように爪を伸ばし、トドメとばかりに首を掻き切ろうとした。
「動くな。」
寸前で社長の伊藤が銃を向けた。
たまきは動きを止め、凍るような目で「伊藤」と呟いた。
「もうやめなさい。」
伊藤は銃を向けたまま動かない。
いくらたまきといえど、アイツの銃弾を受けたら命が・・・・・、
「無駄よ。」
たまきは呟く。
伊藤は顔をしかめ、引き金を引いた。
しかしたまきが撃ち抜かれることはなかった。
なぜなら素手で銃弾を掴み取っていたからだ。
伊藤はフルオートで撃ち続けるが、たまきは涼しい顔で全ての弾丸を掴み取ってしまった。
「すげえ・・・・。」
マサカリが呟く。
モンブランも「さすが!」と手を叩いた。
《そっか・・・いくら強力な銃でもたまきレベルになると通用しないんだ。》
あの銃弾が広まれば霊獣がみんな死んでしまう。
そう思っていたけど杞憂だった。
いくら霊獣を殺傷できる弾丸でも、銃で撃つ以上は火薬で出せるスピードを超えられないんだから。
「これなら勝てる!」
ガッツポーズをすると、たまきは「そんなに甘くないわ」と言った。
「伊藤はまだ何か隠してるはず。鬼神川もね。」
「隠す?なにを?」
「私の予想だと特殊なカッター。」
「カッター?そんなもんでたまきを傷つけられるわけが・・・・、」
「悠一。」
「なに?」
「さっき大人しくしてろって言ったわけど撤回するわ。伊藤は任せる。」
「え?」
「私は鬼神川をやるわ。」
伊藤に背を向け、倒れる鬼神川に向かっていく。
後ろから銃を撃つ伊藤だったけど、たまきには当たらない。
まるで背中に目が付いてるかのように簡単にかわしていた。
「チッ。」
舌打ちする伊藤。
そして「いつまで寝てる!」と叫んだ。
「喧嘩しか能のない木偶の坊が。アレを使ってとっととそいつを仕留めろ。」
《アレ?》
いったいなにを言ってるんだろう?
鬼神川はビンタされた頬を押さえながら、「許さん・・・許さん・・・・」と立ち上がった。
「たまき・・・・何度この私に屈辱を与えれば・・・・、」
尻尾の炎が大きくなる。
そして・・・・・、
「きゃあ!」
「デカ!?」
マリナが叫び、チュウベエが腰を抜かす。
鬼神川はスーツを引きちぎり、本当の姿を現した。
まるで恐竜かと思うほど巨大なキツネに変わったのだ。
天井はひび割れ、壁も壊れていく。
全身が紫に燃え盛り、その眼光は狼のように鋭く獰猛だった。
もちろん燃え盛る尻尾も巨大化する。
そいつをブンとひと振りすると、周囲は一瞬で灰塵と化してしまった。
たまきは「やっぱり」と呟く。
「伊藤の霊獣と契約してたのね。いったい何を差し出したの?」
「自らの命!」
「馬鹿なことを・・・・。命捨ててまで喧嘩に買ってどうしようってのよ?」
「お前には分かるまい。私にとって喧嘩に負けることは最大の屈辱なのだ。それもいいようにあしらわれるなど・・・・、」
ギリっと歯を食いしばり、鋭い牙を見せつける。
「ん?あの牙なんか妙な形をしてるな。なんかノコギリみたいな・・・・、」
「プラズマカッター。」
たまきが言う。
「プラズマカッター?それってたしか・・・・、」
「カグラが開発した特殊なカッターよ。でもほんとはプラズマなんかじゃない。霊力を刃に変える特殊な機械。
おそらくだけど機械を小型化して体内にでも埋め込んでるんでしょう。」
「ええ!埋め込むってそんな・・・・、」
「そうまでして勝ちたいのよコイツは。」
「なんちゅう執念だよ・・・・。」
「ちなみに伊藤も持ってるはず。」
「アイツも!?」
「気をつけなさい。まともに喰らえば一刀両断よ。」
「・・・・・ごめん、ちょっとお腹が痛いっていうか・・・・、」
「悪いけどこっちは鬼神川で手一杯になると思うわ。いつものように助けてはあげられない。」
「うう・・・・。」
そんな怖い武器を持ってるなんて聞かされたら余計に戦う気がなくなってしまう。
尻込みしていると、たまきに「見せてよ」と言われた。
「少しは成長したんでしょ?だったら師匠である私に見せてみなさい。どれだけ逞しくなったかを。」
「たまき・・・・。」
小さく笑ってから背中を向け、自分もその正体を現した。
全身から真っ白な毛が生えてきて、どんどん巨大化していく。
そして鬼神川に負けないほど大きな猫に変わった。
実際は猫っていうより虎に近いほど厳つい姿だけど。
首には大きな鈴をぶら下げていて、神社の鐘のようにガランゴロン鳴っている。
この姿を見るのは一昨年の夏にダキニと揉めた時以来だ。
『本気になったか。』
鬼神川は牙を剥き出して唸る。
表面がガリガリと回転している様は、さながらチェーンーソーのようだ。
『悠一!戦いは長引かせられないわよ!』
「へ?」
『ウズメは瀕死の怪我を負ってる。早く霊獣の世界に連れてって治さないと。』
そうだ!ウズメさんがマズい状態なのだ。
「つまりまだ生きてるってことだよな?」
『位の高い稲荷だからね。そう簡単に死にはしないわ。でもさすがにあれだけの傷を負うのはマズい。早いとこケリつけないと。』
「ああ!ぜったいに死なせたりするもんか。」
ウズメさんには数え切れないほどの恩がある。
それを抜きにしたって俺にとっては大事な人なのだ。
《伊藤なんぞにビビってる場合じゃない。》
今の俺は霊獣だ。戦う力がある。
覚悟を決めてやるだけだ!
『社長、そっちは任せますよ?』
鬼神川が言うと、伊藤は小さく笑みを返した。
「相手はあのたまきだ。いくらプラズマカッターがあるとはいえ、まともにやり合うのは分が悪いぞ。」
『心配無用。』
「力は増してもお前はアホだからな。翻弄されてまた負けるかもしれん。」
『以前のような不覚は取らない!』
「念には念をだ。人質を取り返せ。」
『そんな必要はな・・・・、』
「また負けてもいいのか?」
殺気のこもった声で言う。
そしてたまきに向けて銃を撃った。
『だから無駄だって。』
巨体に見合わない俊敏さでサっとかわす。
しかしその隙を見て鬼神川は尻尾を伸ばした。
「ひえ!」
「こっち来たああああ!」
慌てて逃げ出すマサカリたち。
しかし狙いはコイツらじゃない。
鬼神川が狙っているのは・・・・、
「きゃあ!」
「翔子さん!」
なんてこった!
せっかくたまきが助けてくれたのに・・・・。
《クソ!油断した。》
翔子さんは尻尾に巻かれ、鬼神川の下へとさらわれていく。
「待ってて下さい!」と駆け出すと、後ろから銃声が響いた。
振り向くと伊藤が銃を向けていた。
しかし弾丸が俺を貫くことはなかった。
なぜならチェリー君が庇ってくれたからだ。
「チェリー君!」
「アンタがボケっとしてっから・・・・余計な怪我負ったじゃねえか。」
そう言って肩を押さえながら崩れ落ちる。
「チェリー君!」
「もう限界だ・・・・あと頼むぜ・・・・、」
ガクっと項垂れ、そのまま意識を失ってしまった。
「チェリー君・・・・。」
何度も何度も助けてもらって申し訳ないと思っていると、また銃声が響いた。
また撃ちやがった!・・・・と思ったのだが、撃ったのは社長の方じゃない。
もう一人の伊藤の銃が火を吹いたのだ。
狙いは自分、向こうに立つ伊藤。
しかしその弾丸は防がれた。
なぜなら巨大な狼がいつの間に社長の方に移動していたからだ。
前足に当たったようだけど、かすり傷でも負った程度に舐めている。
《そうか、自分の血で作ったやつだから効かないんだ。》
あの狼まで向こうの味方をするとなると・・・・これはかなりキツい。
たまきはすでに鬼神川とやり合っていて、翔子さんを助けようと必死だ。
『人質が気になって仕方ないだようだな。』
これみよがしに翔子さんを振る鬼神川。
たまきは『アンタいい加減にしときなさいよ』と唸り声を上げた。
『ウズメをボロボロにされたってだけでも腹わた煮えくり返ってんのよ。そのうえ私の弟子まで傷つけて、今度は翔子ちゃんまで・・・・、』
『怒ってくれた方がありがたい。復讐の甲斐があるのでな。』
翔子さんを盾にしつつ、牙を向いて飛びかかる。
たまきは太い前足で正面から受け止めた。
『馬鹿が。』
ほくそえむ鬼神川。
チェーンソーのような牙がたまきの手を切り裂いていく。
青白く光るその牙は、SFに出てきそうなレーザー兵器そのもので、さすがのたまきも痛そうに顔を歪めていた。
しかしまったく後ろへ引かない。
それどころか自分から手を突っ込み、牙に喰い込ませた。
「なにやってんだよ!そんなことしたら大怪我するだけ・・・・、」
『いいのよこれで!』
そう叫んでもう一方の前足を振り上げる。鋭い爪がギラリと光った。
鬼神川は慌ててかわそうとしたけど、たまきの腕が牙に食い込んで下がれない。
『ふん!ならばこうするまでだ。』
尻尾を動かし、翔子さんを盾にする。
するとたまきはニヤリと笑って『あんたやっぱりバカね』と言った。
『こうなるのを狙ったのよ!』
鋭い爪を引っ込め、肉球で鬼神川の尻尾を叩きつけた。
『しまった!』
慌てる鬼神川。
尻尾に巻かれていた翔子さんが弾き飛ばされた。
『アカリ!』
叫ぶたまき。
するとさっきまで倒れていたアカリさんが立ち上がり、稲荷に変身して飛び上がった。
四本の尻尾をクッションのように翔子さんを受け止めた。
「アカリさん!目え覚めてたんですか!?」
「ちょっと前にね。もうちょっと休んどこうと思ったのに。たまきの奴・・・・人使いが荒いわ。」
不機嫌そうに言う。
けど傍で倒れるウズメさんを見て、辛そうに顔を歪めていた。
「ウズメさん・・・・。」
翔子さんを下ろし、代わりにウズメさんを包み込む。
「ごめんなさい、ウズメさん一人に任せたからこんなことに・・・・。私も一緒に残っておけばよかった。」
大きな尻尾で包み、その姿を隠してしまう。
「有川君。」
「は・・・はい!」
「ウズメさんと翔子ちゃんを連れてここから逃げるわ。この二人のことは気にしないで戦って。」
「アカリさん・・・ありがとうございます。」
「別に礼を言われるようなことじゃないわよ。」
そう言ってエレベーターに向かおうとすると、巨大な狼が立ちふさがった。
「また邪魔する気か!?」
身構えると『決着がつくまで誰も出さない』と言った。
「なんだって?」
『伊藤と伊藤の勝負が終わるまでは誰も出さない。』
狼は顎をしゃくる。
その先では伊藤同士が銃を突きつけ合っていた。
マシロー君が「もうやめにしましょう!」と社長の伊藤に言うけど、二人の殺気は膨らむばかりだ。
『伊藤同士の長い因縁が終わる。二人の戦いに水を差すことは許さない。』
「水を差すって・・・・そんなことしないよ!やりたきゃ勝手にやればいい。ただ俺たちは仲間をここから逃がしたいだけで・・・・、」
『逃がしたら誰か呼んでくるかもしれない。』
「だからしないって!お願いだからそこを通してくれ。」
『イヤだ。』
「この野郎・・・・、」
助走をつけて思いっきり前足を蹴っ飛ばす。
でも全然ビクともしなかった。
『やめとけ。』
そう言われてコツンと腕を叩かれる。
「ぎゃあッ・・・・、」
飛び上がるほど痛い。
だってまだ折れたままなんだから・・・・って思ってると、肘の関節が動いだ。
「あれ?」
「もう治りかけてんのよ。」
アカリさんが言う。
「これが霊獣の回復力ですか?」
「そういうこと。でもその狼を相手にするのはやめた方がいいわ。腕を折られる程度じゃすまないだろうから。」
そう言って「こうなれば伊藤を仕留めるしかないわね」と振り返った。
「あいつはただの人間。私たちが本気を出せばすぐに倒せ・・・・、」
『邪魔はさせない。』
狼の尻尾が目の前に振り下ろされる。
「ちょっと!危ないわね!!」
『言ったはず。伊藤同士の戦いは誰にも邪魔させない。』
「なんでそんなにタイマンに拘るのよ?」
『面白いから。』
「は?」
『夢を持っていた人間が歪んで壊れる。最期は自分同士で殺し合い。こんな面白いのない。』
「あんた・・・・、」
アカリさんの表情が曇る。
鼻面に皺を寄せて「腐ってるわね」と罵った。
「そんなことさせて何が面白いのよ。」
『こういうのが大好き。笑い転げそうになる。』
ニヤっと笑ったあと、翔子さんを振り返って『俺と契約しないか?』と尋ねた。
「え?私・・・・?」
「お、お前なに言ってんだ!なんで翔子さんがお前なんかと・・・・、」
『お前には聞いてない。』
「ふぎゃ!」
前足で押さえつけられる。
もがいたけど全然逃げられない。
『この戦いが終わったら伊藤はおしまい。だから次の契約者が欲しい。お前どう?強い力が欲しくないか?夢を叶えたくないか?』
「夢・・・・。」
『お前には夢がある。でもそれを邪魔する壁もたくさんある。俺と契約すれば楽々乗り越えられる。どうだ?』
「私は・・・・、」
迷いを見せる翔子さん。
普段ならこんな誘いなんて絶対に断るはずなのに・・・・。
《きっと薬の副作用かなんかで正常な判断ができないんだ。この狼、それを見越して声をかけてやがるな。》
アカリさんは「ダメよ翔子ちゃん!」と止めるけど、「私は・・・・」と狼を見上げた。
「あなたの言う通り夢がある。でも思い通りにいかないことも多い。色んなものが邪魔をしてくるの。
私を思い通りにしたい父、私に嫉妬する会社の人たち、それに・・・・冴木君。
何かある度に彼のことを心配してる。でも・・・・もうそういうの疲れてきた。
いっそのこと夢なんて諦めて、無駄な意地張らないで楽に生きていこうかなって・・・・、」
「翔子さん・・・・・。」
芯の強くてしっかりした人だけど、それと同じくらいに繊細で傷つきやすい面もある。
でもだからって・・・・、
「ダメですよ!そんな誘いに乗ったら!」
「分かってる・・・・でも諦めたくないの。ここまで頑張ってきたのに無駄になっちゃう。
なっちゃうけど、今のままじゃいつかパンクしちゃいそうで怖い。私はただやりたいことがあるだけなのに・・・・、」
「そうですよ!今まで頑張ってきたじゃないですか!辛いことがあっても諦めずに。
だったら悪い奴の誘いに乗っちゃダメです。そんなことしたら翔子さんの周りだって悲しみますよ!」
「それがイヤなの!いつでも周りのことばっかり気にして・・・・。有川さんだってそうよ。
友達として何度も助けてあげたのに、私のことフってタヌキと結婚するなんて・・・・。」
「でもそれは認めてくれたはずじゃ・・・・、」
「だってそうするしかなかったから!好きで認めたわけじゃない!父も冴木君も有川さんもみんな勝手よ!誰も私のことなんて考えてくれない!
頑張れば頑張るほど息が詰まっていく!こんな気持ち有川さんには分からないでしょ!?いつだって周りに支えてくれる仲間がいて・・・・、」
そう言ってマサカリたちやアカリさんを見る。
「ピンチの時は助けてくれる人がいて・・・・、」
今度はたまきを見る。
パワーアップした鬼神川に手こずりながらも戦っているけど、ほんとは俺がやらなきゃいけないことだった。
「冴木君だって良い仲間に恵まれてる。箕輪さんはなんだかんだ言って彼を認めてるし、栗川さんだって同じ。
伊礼さんだってそう。彼の周りには彼を信じて支えようとする人たちがいる。
なのにどうして私だけいないの!?私だって誰かに支えてほしい・・・・もう疲れてきた。」
「翔子さん・・・・。」
俺は仕事をしている時の翔子さんを知らない。
翔子さんは仕事が大好きだけど、それと同じくらいに辛いことを隠していたんだろう。
だからこういう悩みを抱えていたとしても驚かない。
完璧な人間なんていないんだ。
誰だって痛みを抱えて生きているんだから。
狼はまた『契約しよう』と笑いかける。
翔子さんの迷いはどんどん強くなっていき、自分で自分を抱きしめている。
気持ちは分かるのにどう声を掛けていいのか分からない。
友達としてなら力になれても、仕事仲間としては力になれない。
翔子さんの夢は間違いなく仕事に関することだ。
だったら俺にどんなアドバイスが出来る?どう声を掛けたらいい?
情けないことに俺まで迷っていると、「翔子ちゃん」と誰かが呼んだ。
振り返るとそこには・・・・、
「ウズメ・・・・さん?」
いつの間にかアカリさんの尻尾から出てきていた。
痛々しい姿はそのままで、立っていることさえ辛いんだろう。
アカリさんに寄りかかっていた。
「ウズメさん!」
パンパンに腫れ上がった顔を見てショックなんだろう。翔子さんは口元を押さえる。
「翔子ちゃん。」
ウズメさんはまた名前を呼ぶ。
そして微笑んだ。
痛みを堪えながらしっかりと笑っている。
「自分だけが一人だなんて思わないで。みんな痛みを抱えながら生きている。だから一人だけど孤独じゃないのよ。」
そう言ってふっと倒れていく。
「ウズメさん!」
翔子さんは駆け寄り、床に落ちる前に受け止めた。
もう意識は失っているようで、半目を開けたまま動かない。
アカリさんは再び尻尾で包んだ。
「一人だけど孤独じゃない・・・・・。」
ウズメさんの言葉を呪文のように繰り返している。
狼はまた『契約しよう』と持ちかけてくる。
翔子さんは振り返り、「私は・・・・」と目を閉じていた。

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