稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第三部 第二十九話 自分の居場所へ(1)

  • 2019.05.08 Wednesday
  • 11:31

JUGEMテーマ:自作小説

霊獣同士の戦いは激しい。
特に神獣クラスになると怪獣が戦っているような迫力だ。
たまきは巨大な猫・・・というより虎、鬼神川はそれより若干大きいくらいの稲荷。
二人の戦いは拮抗していた。
本当ならたまきの圧勝なんだけど、今の鬼神川はパワーアップしている。
なにせ自分の命を差し出してまであの狼と契約したのだ。
強くなるのは当然かもしれない。
それに加えてチェンーソーのような牙まで持っている。
あれは霊力を武器に変える道具だという。
つまり強い霊獣が使えばそれだけ威力が増すというわけだ。
さながらSFに登場するライトセーバーとかビームサーベルとか、そんな近未来の武器にさえ思えた。
力も武器も鬼神川の方が上。
さらには紫に燃え盛る巨大な尻尾まである。
ほんのひと振りするだけで辺りが灰塵と化すんだから、俺なんか近寄ることさえ出来なかった。
《こりゃいくらウズメさんでも勝てないわけだ。あまりに強すぎる。でもたまきなら・・・・、》
一見すると鬼神川が圧倒しているけど、実はそうではないように思う。
というのも鬼神川の攻撃はあまりに力任せで、戦術というか戦略というか、そういったものが微塵も感じられない。
ただただ怒りを爆発させている感じだった。
対してたまきの戦い方は老獪だ。
翔子さんを助ける時は正面からぶつかっていたけど、それ以降は決して正面に立たない。
猫の俊敏性を活かし、左右にステップを踏みながら直撃を避けている。
全てを灰塵にしてしまう尻尾の一撃も華麗なバックステップでかわし、マタドールのように鬼神川を翻弄している。
そして隙を見ては強烈な猫パンチをお見舞いしていた。
最初は圧倒的な勢いを誇っていた鬼神川も、やがて焦りを見せ始める。
パワーは衰えないが、思うように攻めきれないことにイラ立ちを感じているようだった。
『おのれ・・・。』
攻撃はどんどん雑になり、余計に当たりづらくなっている。
たまきは表情を変えずに淡々と翻弄し続けていた。
そして・・・・・、
『ぐおおおおおッ!』
鬼神川の悲鳴が響く。
なんとたまきは燃え盛る炎の尻尾に噛み付いたのだ。
「なッ・・・・、」
そんなことをしたら自分が燃えてしまうんじゃないか?
ていうかすでに燃えている。
口の周りに炎が移り、熱そうに顔を歪めていた。
『離せ!』
鬼神川はたまきの首に噛み付こうとする。
しかし間一髪でかわした。
尻尾を離し、サっと距離を取る。
口の周りがひどく焼けただれているが、見る見るうちに再生していく。
たまきは回復力も半端ではないらしい。
そしてなぜか不思議なことに、鬼神川の方がダメージを受けていた。
燃える尻尾を噛まれたところでダメージにはならないはずなのに・・・・、
『弱点を見抜かれた。』
狼が言う。
「弱点?」
『一番強い武器が一番の弱点。あそこに力が集中してるから傷を負うと良くない。』
「一番強い武器が弱点・・・・・?」
そういえば前にたまきが言っていた。
あれは古民家のカフェで会った時のこと、人間に化けていたたまきが、別れ際にこんなアドバイスをくれたのだ。
『どんな強敵でも急所を射抜けば倒れるもの。そして急所は必ずしも弱い部分とは限りません。』
あの時は意味が分からなかった。
だって強い部分が弱いわけないんだから。
だけど・・・・、
《長所と短所は紙一重ってことなのかも・・・・・。》
俺は動物とはすぐ打ち解けるが、人間はちょっと苦手だ。
それってつまり、動物と話せるがゆえに動物に対してのコミュニケーションに特化して、人間相手だと空回りするってことなのかもしれない。
だってこれだけ霊獣や動物の仲間がいるのに、人間の仲間はほとんどいないのだ。
今のところ俺と仲良くしてくれる人は翔子さんだけだ。
知り合いは何人かいるけど友達ってわけじゃないし。
《鬼神川の力の源はあの尻尾なのかも。だからこそあれだけの強力な攻撃が繰り出せるんだろう。だったら尻尾をどうにかしてしまえば弱くなるってことか。》
たまきは瞬時に見抜いたんだろう。
だから危険を承知で噛み付いた。
ていうかまた噛み付いている。
鬼神川は『貴様あッ!』とブチ切れて、尻尾の炎を激しく燃やした。
たまきはサっと離れ、火傷が回復するまで待つ。
そしてまた噛み付き、鬼神川は怒り・・・・、
これを何度か繰り返していると、だんだんと鬼神川が弱ってきた。
『ダメージ受けすぎ。それに激しく燃やしすぎ。あれじゃすぐガス欠になる。』
狼の言う通り、鬼神川は息が上がり始めていた。
ぜえぜえと肩を揺らしている。
なのに殺気は衰えない。
なにがなんでもたまきに復讐するんだって感じで、爛々と目が輝いていた。
逆にたまきは相変わらず冷静だ。
自分が有利になっても表情を変えない。
というより・・・・あれは何かを窺っているようにも見える。
《なんだ?いったいなにを警戒して・・・・、》
その時、背後から数発の銃声が響いた。
伊藤同士が撃ち合いを始めたのだ。
こっちはこっちで本気でやり合っている。
マシロー君が「やめて下さいああああい!」と叫ぶけど、二人の耳には入っていない。
廊下の角に隠れたり、トイレの入口に隠れたりしながら銃を撃ちまくっている。
互いにクリーンヒットはない。
ないんだけど、この戦いは良い方の伊藤に有利な気がする。
なぜなら悪い伊藤の銃はリボルバーだからだ。
あのタイプは五発か六発までしか弾を込められないはず。
そのせいか何発か撃つと物陰に隠れていた。
そしてまた撃ち返している。
対して良い伊藤の銃は、下からガチャっとマガジンを差し込むタイプのやつなのでたくさん撃てるようだ。
銃には詳しくないけど、あっちの方が弾は多く込められるはずだ。
だから撃ち合いの中で一度しかマガジンの交換をしていなかった。
同じくらいの威力の武器で戦うなら、当然たくさん撃てる方が有利になるので、悪い伊藤はジリジリと追い詰められていた。
《あいつらよくあんなにバンバン撃ち合えるな。霊獣じゃないんだから当たったらおしまいなのに。》
そう思ったけど、よく考えたらマサカリたちもド派手な銃撃戦をやっていた。
てことは銃を持つと気が大きくなって、普段より恐怖を感じにくくなるのかもしれない。
その証拠に・・・・、
「俺たちも行こうぜ!」
マサカリが拳銃を構える。
すると他のみんなも拳銃を取り出した。
《そういえばこいつら銃を持ってるんだったな。また撃ち合うつもりか?》
やはり銃は気を大きくさせるらしい。
みんな「うおおおお!」と突進していった。
「おい!待てお前ら・・・・・、」
「心配しないで。霊獣じゃないならこれでも勝てる!」
モンブランが勇ましく吠える。
マリナも「出来ればバズーカがよかったけどこれで我慢する」とやる気満々だ。
チュウベエなんてすでに一発撃っていた。
パアン!と音が響き、マシロー君が「危なッ!」と仰け反った。
「僕を撃たないで下さい!」
「悪い悪い、ちょっと狙いが外れて。」
謝ってすむ問題じゃないだろ・・・・。
ちなみにマサカリは「みんな俺様についてこい!」なんて言いながら一番後ろに隠れている。
それぞれ性格が出ていて面白いけど、今は笑う時じゃない。
加勢を得た良い伊藤は勝ち誇ったように笑った。
「もういいだろう。終りにしよう。」
そう言って悪い伊藤が隠れているトイレへ向かう。
「撃ち合ってもお前に勝ち目はない。」
銃を向けながら警告する。
すると悪い伊藤は突然トイレから飛び出してきた。
片手に銃、もう片手にはナイフのような物を握り締めている。
青白く光るそのナイフは、おそらく鬼神川の牙と同じような武器だろう。
銃だけじゃ勝ち目がないと悟り、接近戦を挑むつもりなのだ。
「今よみんな!」
モンブランの合図で一斉に銃を向ける。
しかし良い伊藤が「待て」と止めた。
「なによ!せっかく仕留めるチャンスなのに・・・・、」
「殺されちゃ困るんだよ。動けなくするだけでいいんだ。」
そう言って向かって来るもう一人の自分に銃を撃った。
弾丸は太ももを貫く。
しかし悪い伊藤は倒れなかった。
それどころか血も出ない。
「なんだアイツ・・・・。」
良い伊藤はもう一発撃つ。
狙いは肩、これも見事命中した。
しかし倒れない。そして血も出ない。
悪い伊藤は気にせずに突っ込んで、青白く光るナイフを振りかざした。
「いやあ!ゾンビ!!」
さすがのモンブランも慌てて逃げ出す。
マサカリなんてすでにこっちへ避難していた。
青白いナイフが良い伊藤に迫る。
しかしそのナイフが当たることはなかった。
なぜならマシロー君が咄嗟に相手の顔に飛びついたからだ。
「ダメです!自分を殺しちゃいけません!」
そう言って必死にしがみついているけど、悪い伊藤は意に介さずナイフを振った。
その攻撃は恐ろしいほど正確で、マシロー君に視界を塞がれているのに、ちゃんと相手の首を狙っている。
サっとこれをかわした良い伊藤だったが、二発三発と追撃が飛んでくる。
まるで前が見えているかのような正確な攻撃だった。
良い伊藤はなぜか悲しそうな表情をして、「やはりか」とだけ呟いた。
《なんだ?やけに神妙な顔してるけど。》
悪い伊藤はマシロー君を引き剥がし、ポイっと投げ捨てる。
そして再び切りかかってきた。
銃を使わないところを見ると、もう弾切れなんだろう。
良い伊藤は後ろへ距離を取り、ナイフめがけて銃を撃った。
しかしその弾はあっさりと防がれる。
なぜなら青白い刃が大きくなったからだ。
もはやナイフというより剣といった方が正しい。
《おかしい?あれって霊力を武器に変えてるんだよな。だったらどうして人間の伊藤があそこまでのパワーを出せるんだろう?》
伊藤は頭は切れるが霊能力者ってわけじゃない。
それとも狼の血を飲んで霊力をアップさせてるんだろうか?
『クスクス・・・・。』
背後で狼が笑う。
伊藤同士が殺し合うのがそんなに面白いのか?
良い伊藤は表情を変えずに相手の攻撃をかわす。
そしてほんの一瞬の隙をついて、こめかみに銃弾を浴びせた。
「あ・・・・、」
殺さないと言っていたのにやっちまった!
頭を撃たれたらいくらなんでも・・・・、
「生きてる!?」
こめかみに風穴を開けられても剣を振っている。
これじゃ本物のゾンビじゃないか!
「殺してくれ。」
悪い伊藤がふと呟いた。
とても悲しそうな顔で、悲しそうな声を出しながら。
でもそれは一瞬の出来事で、また凶悪な面構えに戻る。
良い伊藤は「もういい」と言って銃を下ろした。
「まさかとは思っていたが・・・・悪い予想が当たった。マシロー、もうそいつはダメだ。」
「そ、そんなことないですよ!まだ彼は生きて・・・・、」
「生きてるなら頭を撃たれた時点で終わりだ。こいつはもうただの傀儡なんだ。」
「さっき殺してくれって言ったんですよ!もし死んでるならそんなこと言いませんよ!」
「人の脳は高性能なコンピューターだと聞いたことがある。削除しきれなかったデータのように、ほんの僅かに生前の記憶が残っていたのかもしれない。」
「けどまだ生きてる可能性だって・・・・、」
「ない。こめかみに風穴を空けられても動いてるんだ。こいつはもう狼の傀儡でしかないんだよ。」
そう言って悪い伊藤に背中を向け、こっちに歩いてくる。
「おい!危ないぞ!!」
そんなことをしたら後ろから切りかかってくる。
そう思って俺も加勢しようとしたんだけど、悪い伊藤は何もしてこなかった。
剣を振り上げたまま石膏みたいに固まっている。
「あれ?」
さっきまでやる気満々だったのにどうして?
『クスクス・・・・。』
また狼が笑う。
良い伊藤は狼の前に立ち、「もういいだろう」と言った。
「充分楽しんだはずだ。」
『気づかれたらしょうがない。』
「俺を殺したいなら好きにすればいい。」
『そういう奴を殺しても面白くない。お前との契約はこれで終り。』
立ち上がり、踵を返す。
そして翔子さんを見つめて『答えは出たか?』と尋ねた。
『いつまでも迷ってても時間の無駄。お前は力を欲しがってる。素直になればいいだけ。』
翔子さんはさっきから座り込んだまま動かないでいた。
ウズメさんに言葉を掛けられてから、心ここにあらずといった感じだ。
『誰でも欲はある。自分の願いに忠実になるのは悪いことじゃない。』
狼の声は優しい。
巨大な姿に見合わないほどに。
「私は・・・・私が望むものは・・・・、」
『力。強さと言い換えてもいい。』
「・・・・・・・・。」
『どんな壁も乗り越えられる強さ。一人でも戦い続けられる強さ。それを可能にするのは力だけ。俺ならその力を与えられる。』
「そうね・・・・きっとそうだわ。あなたの言葉はウソじゃない。こうして近くにいるだけですごく強い力を感じるもの・・・・。」
『なら契約しよう。』
「・・・・・うん。」
翔子さんも立ち上がり、「どうすればいいの?」と尋ねた。
『報酬をくれればいい。』
「報酬?お金のことを言ってるの?それなら多少は蓄えがあるけど・・・・、」
『そうじゃない。契約してよかったと俺に思わせる報酬。』
「例えば?」
『優しさ。』
「優しさ?」
『お前の中にある優しさを俺に預けてくれればそれでいい。』
「そんなもの預けてどうするの?なんの報酬にもならないと思うけど・・・、」
『なる。だってお前は強い野心と情熱があるから。あと高い能力も。そこから優しさを抜けばどうなるか?クスクス・・・・考えただけでも面白い。』
「分からない・・・・なんで面白いの。」
『それはお前が気にすることじゃない。』
狼は自分の前足を噛む。
傷口から紫の血が滴り、床を濡らしていった。
『その血を飲めば契約成立。』
嫌味な顔でニヤリと笑う。
翔子さんは少し迷いを見せながらも、そっと手を伸ばして血を掬った。
「何してるんですか!」
俺は慌てて血を振り落とした。
「ダメですよ!こんな奴の言うことに騙されたら!!」
「じゃあ有川さんが私の夢を叶えてくれるの?」
「へ?」
「私は自分の力で稲松文具のトップに立ちたい。そして自分の思い描く経営をしてみたいの。」
「しょ、翔子さんならいずれ社長になれますよ!実力だってあるし、才能だってあるし、なにより・・・・、」
そう言いかけて口を噤んだ。
「なにより?」
「あ、いや・・・・、」
「会長の娘だから。そう言いたいんでしょ?」
「・・・・そう言おうとしました。」
下手に誤魔化すまい。ウソはかえって傷つける。
「有川さんの言う通り、何もしなくてもいつかは社長・・・ううん、会長にまでなれると思う。
でもそれは全て父の力。そうやって上に立っても何も変わらない。私は父の言いなりになるだけ。
例え父が亡くなったあとでも、自分の意志は自由にはなれない気がする。」
「すいません・・・そんなつもりじゃなかったんですけど・・・・、」
「いいんです。みんな言うことは同じだから。アイツは会長の娘だから出世できる、会長の娘だから大きな仕事も任される。
そういう目で見られることは慣れてます。世間ってそういうものだと思ってるから。」
「で、でも翔子さんは違いますよ!親の力なんてアテにしてないんでしょう?」
「もし父と縁を切ってしまったら稲松文具にはいられないです。そもそも縁を切ること自体許されないと思う。
だから力が欲しいの。この血を飲むのがダメだっていうなら、有川さんが代わりに力を与えてくれる?」
今までにないくらい澄んだ目で見つめられる。
俺は情けなくも狼狽えてしまった。
「俺には翔子さんの仕事をサポート出来るような力はありません。」
「そんなの求めていません。ただ支えてくれる人が欲しいんです。私はいつもいつも誰かを支える役目ばかり。
だったらいっそのこと優しさを差し出すのも悪くないかなって思って・・・・、」
「なに言ってるんですか!それが翔子さんの一番いいところじゃないですか。」
正面から目を見つめながら、「考え直して下さい」と言った。
「誰かの為に力になろうとする。それが翔子さんの一番素敵なところですよ。」
「でも私にだって夢があります!他人の為に生きてるわけじゃない!!」
「もちろんです。でも今の時代、自分が目立とうとする人が多い中で、翔子さんは違うじゃないですか。
心の底から他人の力になるのが嫌だと思ってるなら、最初からそうしてるはずです。」
「有川さんには分からないんですよ!大きな会社で頑張る大変さが。人の為人の為って言ってるとどんどん自分が疲れていくだけなんです。
消耗して、擦り切れて、疲れきって、なのに自分の手元に何かが残るわけじゃない。そんな甘い世界じゃ・・・・、」
「仕事のことについてはどうこう言えません。ただ俺が言いたいのは・・・・、」
「じゃあ黙っててよ!私の友達なんでしょ!?だったら邪魔しないで!!」
ここまで感情的になっている翔子さんは初めてだった。
耳が痛いほどの叫び声は、今までずっと溜めていた辛さの表れだろう。
だからこそ本気で止めたかった。
だってこの狼と契約なんてしてしまったら、それこそ暗い未来しか待っていないのだ。
「私には私の夢がある。いくら友達でも邪魔するのは許さない。」
澄んだ瞳が怒りを宿す。
俺はその視線を受け止めながらこう返した。
「翔子さんの言う夢は、優しさがなくても叶うものなんですか?」
そう尋ねるとキョトンとしていた。
「さっきから夢が夢がって言ってるけど、その夢はどんな夢なんですか?」
「だから稲松文具のトップに立って、自分の描く経営をして・・・・、」
「どんな経営を?」
「どんなって・・・・みんなが働きやすい職場にすることです。
ウチの会社は完全な実力主義で、年齢や性別や出身は出世に関係ないんです。
純粋に実力のみを評価するのが売りです。でも実際はなかなかそうはいかない部分もあって、現場では辛い思いをしている人もいました。
背負わなくてもいい痛みや、経験しなくてもいい恐怖や、とにかく安心して働ける職場からは程遠い。
それに実力主義だからこその問題もあります。結果を出す為ならなんでもしていいと思ってる人もいました。
アルバイトまで利用して、用がなくなったら捨てるような人がいたり・・・・。
私はもうそういうのは見たくない!箕輪さんや栗川さんのように一生懸命な社員が安心して働ける。そういう会社にしたいんです。」
強い口調で言い切り、「ほんとなら冴木君が・・・・」と続けた。
「彼がやるはずだったんです。みんなが安心して働ける職場にしたいって選挙に出て、そして社長になった。
私も彼に期待していたから支えようと努力した。なのに賄賂だなんて・・・・、」
「でもそれは騙されてただけなんでしょ?冴木君にも落ち度はあっただろうけど、彼は決して悪者じゃ・・・・、」
「そんなの知ってる!だけどそれでもショックだった。彼が賄賂で失脚だなんて・・・・。
だったら私がやるしかないと思ったんです。だって彼の理想は私の理想と同じだったから。このまま終わらせたくない!!」
「それが翔子さんの夢ですか?」
「悪い?」
「そんなこと一言もいってませんよ。」
「どうせ冴木君の夢の後追いと思ってるんでしょ?そうですよ、最初から自分で抱いてた夢じゃない。
ほんとは稲松文具を辞めて、全然関係のないところで生きていたかった。でも彼はいつも向こう見ずで情熱だけで突っ走るから・・・・。
そうやって結局誰かを心配して支えてばかり。だったら私の人生はどこにあるんだろうって・・・・。
色々考えたら、やっぱり稲松文具しかないんです。もう誰かの為じゃなく、自分の為に生きていたい。」
翔子さんの思いはとても正しいと思う。
自分の人生は他の誰でもない、自分の為にあるんだから。
でも翔子さんの言ってることには一つ矛盾があった。
『いつまでゴタゴタやってる?さっさと血を飲め。』
そう言って新しい血を滴らせる。
翔子さんは手を伸ばす。両手いっぱいに紫の血を溜め、ゆっくりと口を近づけていった。
「ほんとに覚悟があるならもう止めません。翔子さんの人生ですから。でも一つだけ言わせて下さい。」
そう言うと手を止めて振り返った。
「必ず後悔しますよ。」
「後悔?」
「優しさを失えば、みんなが安心して働ける職場なんて作れるわけないじゃないですか。」
「そ・・・そんなことない!経営は感情じゃなくて理屈だから。優しさなんてなくても、合理的に考えれば社員の為の職場づくりはできます。」
「そうですかね?」
「何も知らないくせに偉そうに・・・・。有川さんなんて、私と同じ立場だったら三日ももたずに逃げ出してますよ!」
「だと思います。俺は翔子さんみたいに優秀じゃないから。」
「嫌味な言い方・・・・馬鹿にしてるんでしょ!友達だなんて言いながら、ほんとは何をやっても上手くいかない奴だって思ってるんでしょ!?」
「はい。」
「なッ・・・・、」
「思ってますよ。」
「・・・・やっぱりそうなんだ。結局みんなそう思ってる。私なんて誰かに振り回されてばっかりで、結局自分のことは何も出来ないバカな奴だって・・・、」
「そうじゃありません。」
「じゃあどういう意味よ!返答次第じゃ許さない・・・・。今の私は霊獣なんだから。」
鼻面に皺を寄せ、鋭い牙を剥く。
俺は「霊獣なのはこっちも一緒です」と言い返した。
「でも翔子さんと戦うつもりはありません。」
「じゃあ挑発しないでよ!これ以上怒らせるなら本当に許さな・・・・・、」
「いいですけど、その前に契約を済ませたらどうですか?力を手に入れたいんでしょう?」
「じゃあ止めないでよ!さっきから邪魔して・・・・。」
そう言って「もうアンタなんか友達じゃない!」と吠えた。
「そうですか。ならやればいいじゃないですか。力と引き換えに大事なモノを失って苦しめばいいんです。」
「だからやるって言ってるでしょ!ぐちゃぐちゃうるさいな!!」
手に溜めた血はほとんど零れ落ちている。
狼に向かって「新しいのを!」」と叫んだ。
『いいよ。その代わりさっさと飲んで。』
また血を滴らせる。
しかしその時、紫に燃える炎が伸びてきて、滴る血を奪い取った。
『もっとだ!もっと力を!!』
鬼神川だった。
尻尾はボロボロに傷つき、炎も小さくなっている。
代わりに目は血走って殺気だけが増していた。
さっきから横目でチラチラと窺っていたんだけど、思った通り狼の血を欲しがってきた。
なぜならあのままじゃたまきに勝てないから。
もっとたくさんの力が必要になるはずだ。
「ちょっと!それ私の・・・・、」
『黙れ!』
「きゃッ・・・・、」
血を吸い取った鬼神川は力を取り戻す。
傷は再生し、炎も猛々しくなるけど・・・・、
「ねえ悠一、あの人なんかおかしいわ。」
マリナが言う。
たしかに鬼神川はおかしくなっていた。
尻尾の炎は激しく燃えているけど、身体そのものが縮んでいるのだ。しかも痩せていきながら。
さらに顔からは理性が消え、激しい感情に取りつかれて歪んでいる。
俺は「限界が近いんだと思う」と答えた。
「鬼神川は命を差し出して力を得たと言っていた。そしてこの狼は契約者が苦しむのを見て楽しんでいる。てことはあの力は自分自身を焼く炎なんじゃないかと思うんだ。」
「どういうこと?」
「命を差し出すっていっても、復讐のあとに魂をあげますよって意味じゃない。そんなモノもらってもこの狼は喜ばないから。
じゃあ命を差し出すってのはどういう意味か?それは力と引き換えに寿命を削るってことなんだろう。
大きすぎる力を宿したせいで、肉体がもたずに崩壊していくんだと思う。じわじわと壊れていくその様子を見て、この狼は楽しんでるんだ。」
そう言って狼を振り返ると、また『クスクス・・・・』と笑っていた。
どうやらすでに楽しんでいるようだ。
力を得た鬼神川は猛攻を繰り出す。
けどすぐにガス欠を起こし、『もっと力を!』と叫んだ。
狼は喜んで血を分け与える。
その度に鬼神川の炎は激しくなり、肉体は衰えていく。
まるで消える直前のロウソクのように。
『はあ・・・はあ・・・許さん・・・たまき・・・許さんぞ・・・・。』
それでも闘志が衰えないのは感服するけど、戦いは非情だ。
たまきは常に冷静を保ったままで、鬼神川を翻弄し続けていた。
「攻めてんのは鬼神川の方なのに、なんか滑稽に見えるな。」
マサカリが言うとチュウベエも「だな」と頷いた。
「一生懸命なぶんちょっと可哀想にも見えるよな。」
「おいおい・・・また血をもらいやがった。もう勝ち目なんてないのによ。」
マサカリたちからも呆れられている。
俺は翔子さんを振り返り「ああなってもいいんですか?」と尋ねた。
「あれが契約の代償です。力を得る代わりに、他のモノはどんどん壊れていく。あんなのが翔子さんの望む未来なんですか?」
「私は・・・・私はあの人みたいにバカじゃない・・・・。もっと上手くやれるはず。」
「いいえ、バカですよ。」
「まだ言う気!?」
「バカでいいんですよ。」
「はあ?なによそれ!下手なこと言って誤魔化そうって魂胆?ふざけないで・・・・、」
「だってバカじゃなきゃ夢は追えません。俺だってバカじゃなきゃ会社を辞めて動物探偵なんてやってませんよ。」
「そんなの屁理屈・・・・、」
「屁理屈じゃない。冴木君だってバカじゃなきゃ情熱を持って突っ走れないし、マサカリたちだってバカじゃなきゃこんな場所に来ない。
あそこで戦ってるたまきだって一緒です。偉い神獣なんだから、人間の世界で起きてるイザコザなんてほっとけばいいのに、こうして命懸けで戦ってるんです。
アカリさんだって、チェリー君だって、ツムギ君だってバカじゃなきゃここまで付き合ってくれなかった。
それはきっと翔子さんの仲間も同じですよ。あなたを信頼してついて来ようとする人は必ずいる。そういう人はきっとあなたを支えてくれる。
バカは損得勘定だけで動かないんですよ。夢だったり情熱だったり信念だったり、理屈じゃ割り切れないものを抱えているからです。
自分は損をしながらも、周りを助けてきた翔子さんみたいに。それは悪いことですか?心の底から嫌なことでしたか?」
「違う・・・・そんなのただの屁理屈・・・・違う・・・・、」
「もし優しさを失ったら、あなたはバカじゃなくなる。そうなれば働きやすい職場を作るどころか、結果と効率だけを重視して、周りをロボットのように扱うはずだ。
そしていずれは鬼神川のように力に取り憑かれる。そうなったら夢もクソもない。最期は伊藤のようにゾンビになるか、鬼神川のように狂ってしまうだけだ!
本当にそれでいいんですか?そんな未来が翔子さんの夢ですか?
ここまで言っても狼と契約をするって言うなら、もう俺は止めません。でもきっと後悔する。そして後悔した時にはもう遅いんだ。」
翔子さんは震えながら血の染み付いた手を握る。
震えているのは怒りのせいか、それとも別の感情か。
「翔子さんは誰よりも頑張ってますよ。あなたの周りはみんな知ってる。特に冴木君は。」
「冴木君・・・・。」
「彼とちゃんと話したのは一度だけです。でもその一回だけで伝わってきた。どれほど自分の不甲斐なさを情けなく思ってるのか。
それって翔子さん、あなたがいるからなんですよ。彼はあなたの為なら冗談抜きで命を懸ける。
なぜなら一番あなたの気持ちを理解しているからです。彼が社長を目指したのは自分の理想の為だけじゃない。きっとあなたの為でもあるはずだ。」
「私の為・・・・?」
意味が分からないといった顔をしている。
俺は「だってそうでしょ?」と続けた。
「彼の言う働きやすい職場には、あなただって含まれてるはずです。もっと言うなら、あなたにこそ一番安心して働ける職場にしたがっているのかもしれない。
もし自分がダメになっても、あなたが自由に安心して働けるようにしておけば、会社そのもが良くなるはずだから。」
「冴木君が・・・・私の為に・・・・。」
「翔子さんを支えてくれる人はずっと傍にいるじゃないですか。彼がいるなら大丈夫、どんな壁にぶつかっても負けない。」
翔子さんは無言で血に濡れた手を見つめる。
するとそこへ鬼神川が吹っ飛んできた。
壁にぶつかり、ズルズルと崩れ落ちていく。
血の混じった涎を吐きながら『もっと力を・・・・』と呟いた。
『私に力を・・・・・、』
『欲しいならいくらでもくれてやる。その代わり死ぬまで踊れ。』
牙で前足を切り裂き、大量の血を浴びせかける。
するとたまきが『そこまで!』と叫んだ。
『それ以上はもう・・・・、』
『ぐう・・・おおおお・・・・、』
鬼神川の尻尾が今までで一番激しく燃え上がる。
「きゃあああ!」
「あちちちち!」
凄まじい熱風が押し寄せる。
アカリさんが「狼の後ろに!」とみんなを避難させた。
倒れているチェリー君とツムギ君も慌てて運ぶ。
「・・・・・・・。」
翔子さんはまだ自分の手を見つめている。
さっきとは打って変わって力のない目をしながら。
汚れた手を握り締めながら、「冴木君・・・・」と囁いていた。

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