稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第三部 第三十一話 自分の居場所へ(3)

  • 2019.05.10 Friday
  • 12:05

JUGEMテーマ:自作小説

力に取り憑かれた奴というのは恐ろしい。
このままではたまきに敵わないと見た鬼神川は、更なる力を求めた。
狼から大量の血をもらい、今までにないほど尻尾を燃え上がらせたのだ。
離れていても熱風が飛んでくるほどで、俺たちは狼の後ろに隠れるしかなかった。
『たまき・・・・許さん・・・許さんぞ・・・・。』
もはや鬼神川の顔に理性はない。
見るのも凶悪なほど殺意に歪んでいる。
しかし激しく燃える尻尾とは反対に、身体はどんどん痩せ細っていた。
まるで何日も食べてないみたいにガリガリになって、アバラが浮かんでいる。
ガッシリしていた四肢も細くなり、体毛もボロボロだ。
しかしそれでも殺意は衰えない。
それどころかどんどん強くなっている気がする。
狼の後ろに隠れていても、背筋がゾっとするような気配が伝わってくるほどだ。
『鬼神川、もう勝負はついたわ。終わりにしましょう。』
そう説得するたまきだったが、『許さん・・・・』としか答えない。
そして激しく輝く尻尾を振りかざした。
『もう終わりだって言ってるのよ!』
たまきは俊敏に飛びかかる。
前足一本であっさりと組み伏せてしまった。
『許さん・・・・許さんぞ・・・・、』
それでも怒りを吐き出す鬼神川。
すると狼が『もっといるか?』と尋ねた。
『どの道長くない。だったら死に花を咲かせみないか。』
『はあ・・・はあ・・・血を・・・・もっと力を・・・・、』
喋る度に口から泡を吹いている。
ていうかさっきまで輝いていた尻尾がもう萎み始めていた。
《本当に限界なんだ。あれだけ力をもらってもすぐに使い切ってる。》
いくら力をもらっても、弱りきった鬼神川を強くすることは出来ないようだ。
なぜなら消えかかっている命を維持するだけで精一杯だから。
こんなんじゃいくら力をもらっても意味がない。
死に花もクソもあったもんじゃないだろう。
しかしそれでも鬼神川は力を欲しがる。
『もっと血を寄こせ』と。
狼は『それでいい』と嬉しそうだ。
コイツにとっては鬼神川がどうなろうと知ったこっちゃないのだ。
ただ面白ければそれでいい。
自分の尻尾にガブリと噛み付き、鬼神川の上に血の雨を降らせた。
『戦える・・・・まだ・・・戦えるぞ・・・・、』
夕立のような血を浴びて紫に染まっていく。
しかしそれでも立ち上がることはなかった。
命は限界を迎えているようで、ボロボロと体毛が抜け落ち、ゾンビのように痩せていく。
ほとんど骨と皮だけの状態だが、それでも尻尾だけは激しく輝いていた。
いや、輝くっていうより膨らんでいく。
まるで風船のようにパンパンに。
『じゃ、俺はこれで。』
狼は紫色の風となってどこかへ消えていく。
悪い伊藤と一緒に。
「逃がすか!」
良い伊藤があとを追いかける。
マシロー君が「僕も行きます!」と肩に飛び乗り、エレベーターの中へ駆け込んでいった。
「悠一・・・・暑い・・・・、」
モンブランが背中を向けてしゃがむ。
狼がいなくなったせいで熱風が直撃してくる。
マサカリも「焼け犬になっちまう!」と叫んだ。
アカリさんが「私の後ろへ!」と前に出ようとした瞬間、大きな何かが目の前に降ってきた。
『隠れて!』
たまきだった。
巨大な身体を盾にして熱風を防いでくれる。
「お、俺たちも早く逃げねえと!」
マサカリがエレベーターへ走る。
するとたまきが『後ろにいて!』と尻尾で押し返した。
「グエッ・・・・何すんだ!」
『動いたら死ぬわよ。』
「なに言ってんでい!ここにいた方が死ぬじゃねえか!」
『爆発するのよ!』
「ば、爆発・・・・・?」
『鬼神川はもう限界なのよ。ああいうタイプはタダでは死なない。最期は自分の命を武器にしてでも一矢報いようとするわ。』
「それってつまり・・・・、」
『そう、自爆よ。』
「・・・・い、イヤだ!俺はまだ死にたくねえ!せめてたらふく食ってから・・・・、」
『だから動くんじゃない!』
「ぐへッ・・・・、」
自爆・・・・それを聞いてなるほどと思った。
戦いの最中、たまきは鬼神川の様子を窺う素振りを見せていた。
あれはきっと自爆を警戒していたんだろう。
『もうちょっと早くにやると思っだんだけど・・・・甘かった。めいっぱい力を蓄えてから、みんなまとめて吹き飛ばすつもりだったのね。』
「たまき・・・爆発に耐えられるのか?」
不安になって尋ねると『さあね』と答えた。
「怖いこと言うなよ・・・・。今からでも逃げた方がいいんじゃないか?」
『下手に逃げようとしたら、その瞬間に爆発させる気でいるわ。』
そう言って『あいつの目を見て』と尻尾を向けた。
『ずっとこっちの様子を窺ってる。』
「ほんとだ・・・・。」
骨と皮だけの状態なのに、殺意だけはまだまだ衰えていなかった。
目玉を動かして俺たちを睨んでいる。
かといってここままここにいても爆発に巻き込まれるだけだ。
いったいどうしたら・・・・、
『あいつは最大までパワーを溜めようとしてるわ。だったらこっちも同じことをするしかない。』
たまきは猫の鳴き声を響かせる。
そして全身の毛を逆立てながら目を光らせた。
「おお!すげえ・・・・。」
チュウベエがボソっと呟く。
たまきの体毛はどんどん伸びていって、わたあめのように膨らんでいく。
全身からすごい気迫を感じる・・・・・。
《もし・・・・もしそれでも防げなかったらどうする?・・・いや、ここはたまきを信じるしかない。
俺たちの為に命を張ってくれてるんだ。ぜったいに助かるって信じなきゃ。》
爆発の瞬間に備え、みんな目を閉じて耳を塞ぐ。
しかし翔子さんだけが虚ろな表情のままだった。
「翔子さん・・・・。」
彼女は断ったのだ。
狼からの誘いを。
血に濡れた手を見つめながら、『冴木君・・・・』と呟いて。
『私は・・・・彼に軽蔑されたくない・・・・。霊獣と契約なんかしたら・・・・、』
そう言って『いらない!』と叫んだのだ。
『優しさと引き換えにする力なんていらない!でも・・・・・、』
拳を握り締め、『このまま夢を追い続ける自信もない』と呟いた。
『もう潮時なのかも。』
狼を振り返り、『迷いはある。でもあなたと契約してしまったら、取り返しがつかないほど後悔しそうで・・・・。だから契約はしない。』
それを聞いた狼は『そうか』とだけ呟いたのだった。
狼の誘いを蹴ってくれたのは嬉しいけど、深く落ち込んだままなのは変わらない。
俺は翔子さんの友達だけど、このことに関しては力になれそうになかった。
唯一力になれるとしたら、それは冴木君だけだろう。
「翔子さん、今は無事に戻れることを祈りましょう。冴木君ならあなたに答えを与えてくれるかもしれない。」
「・・・・・・・・。」
励ましてもなにも答えない。
俺は無言のまま手を重ねた。
振り返れば、爆発に備えてたまきの体毛はどんどん膨らんでいた。
しかしそれ以上に鬼神川の尻尾の方が大きい。
紫に渦巻く灼熱の尻尾はもういつ破裂してもおかしくない。
ほんのちょっとの衝撃で限界を突破してしまうだろう。
『マズいかも・・・・。』
珍しく弱気なこと言うたまき。
アカリさんが「私も手伝う・・・・」と動いたけど、『じっとしてて!』と怒鳴った。
『私の後ろから一歩も出ないで。』
「だけど・・・・、」
『あんたはウズメを守ることだけ考えて。それと悠一!』
「え・・・あ、はい!」
『もし私が死んだらあとは頼むわよ。』
「縁起でもないこと言うなよ!」
『それほどまでに鬼神川のパワーが大きいのよ。狼の血をもらっただけじゃ説明がつかない。
おそらくだけどプラズマカッターを媒体にして、霊力を爆発のエネルギーに変えてるんだわ。』
「・・・・マジで無理そうなのか?」
『全身全霊で防いでみせる。あとは祈ってて。』
「たまき・・・・・。」
これは本気でマズいってことなんだろう。
マサカリたち、翔子さん、チェリー君、アカリさんにツムギ君、そしてウズメさん。
誰一人として死なせたくない。
もし俺が犠牲になることで守れるのならそれでもいい。
・・・・そう思った時だった。
ポケットから淡い光が漏れていることに気づいた。
「これは・・・・トヨウケヒメのイヤリング。」
なぜか勝手に輝いている。
そしてエレベーターに向かって強い光を放った。
「まさか・・・・、」
熱風で空気が歪む中、エレベーターの中から誰かが現れる。
たまきも気づいたようで、『なんで貴女がここに!』と驚いていた。
『トヨウケヒメ・・・・身を隠してたはずじゃないの?』
たまきの問いに、気だるそうな顔をしながらこう答えた。
「むさ苦しい狼男たちがやって来て助けを乞われたのよ。追い返そうかと思ったんだけど、稲荷の世界に帰る前に少しくらい良いことしといてあげようと思ってね。」
クスっと笑ったかと思うと、鬼神川を見て眉をひそめていた。
「自爆?」
熱風をものともせずに近づいていく。
「ほんとにオツムの弱いこと。たかが喧嘩の為に命まで捨てようなんて。」
自分の命を武器にしていること、その理由がたまきに負けた恨みであることを一瞬にして見抜いたようだ。
「あなたが死に花を咲かせるのは自由だけど、ほんとにそれでいいの?」
『・・・・・・・・。』
鬼神川はわずかに口を動かす。
声は掠れていて何を言ったのか聞き取れない。
トヨウケヒメは膝をつき、「哀れな男」とささやいた。
「稲荷の世界に居場所がないのは自業自得でしょ。あなたみたいな暴れん坊、誰からも好かれたりしないわよ。」
『・・・・・・・・。』
「生き様を貫くって?よく言うわ。自分の世界に居場所がないからって、人間の世界へ逃げてきたくせに。
挙句はこっちで霊獣の世界を築くだなんて・・・要するに自分に都合のいい世界がほしかっただけでしょう。」
怒っているでも呆れているでもなく、その声は本当に哀れんでいるように思えた。
そういえばトヨウケヒメは神道系の稲荷、鬼神川のことはよく知っているはずだ。
だからこそ彼の本音を見透かして哀れんでいるのかもしれない。
鬼神川はプライドの塊のような奴だ。
どんなに罵られるよりも、こういう風に言葉を掛けられた方が屈辱的だろう。
残った力を振り絞り、牙を剥き出して吠えた。
『貴女には分かるまい!そもそもが高貴な存在のあなたには・・・・・力だけで・・・這い上がってきた・・・下っ端の・・・誇りは・・・、』
途中で声が消え、ピクリとも動かなくなる。
そして・・・・、
『爆発するわよ!』
たまきが叫んだ。
いよいよ来る。ギュっと身が固くして、目を閉じて耳を塞いだ。
と同時に辺りに閃光が走る。
瞼を貫いて眩い光が飛び込んできた。
しかしなぜか爆発音はしなかった。
これだけの閃光、とんでもない爆発が起きたはずだから、耳を塞いでたって響くだろうに。
そもそも爆発したなら床だって揺れると思うんだけど、なんの振動も感じない。
「もう平気よ。」
たまきが言う。
目を開けると着物姿の人間に戻っていた。
「平気って・・・・爆発したんじゃないのか?」
「さあ?」
「さあって・・・・さっきすごい閃光が走って・・・・、」
「トヨウケヒメよ。」
「はい?」
「あの光はトヨウケヒメが放ったもの。」
「どういうこと?・・・・ていうか二人ともいないじゃんか!」
トヨウケヒメと鬼神川が消えている。いったいどこへ・・・・、
「連れて帰ったのよ、稲荷の世界へ。」
「帰るって・・・でも稲荷の世界へ帰るには鳥居を潜らないといけないんじゃないのか?」
「だから呼び出したのよ、鳥居を。さっきの光はその時のもの。」
「呼び出すって・・・・そんなこと出来るのか?」
「神道系稲荷の頂点の一人だからね。それくらいは。」
クスっと笑い「命があってよかったわね」と背伸びをしていた。
「鬼神川は・・・・どうなったんだ?爆発する寸前だったけど。」
「分からない。」
「もし爆発してたらトヨウケヒメは巻き添えを食らってるんじゃ・・・・・。」
「そんなドジしないわよ。鬼神川が生きてるかどうかは分からないけど、彼女は無事でしょう。とにかく何事もなくてよかったわ。」
「いやいや、何事もありすぎって感じだったけど・・・・。」
「悠一。」
「は・・・はい!」
いつになく厳しい目をするので背筋が伸びてしまった。
「あとはお願いね。」
「ええ!?」
「カグラ、カマクラ家具。両方の悪巧みはこれで潰えた。私の仕事はおしまい。」
クルっと背中を向け、エレベーターとは反対の廊下へ去っていく。
「あ・・・おい!」
「ウズメによろしく言っといて。」
「いやいやいや!そんな薄情な。親友なんだろ?助けてあげないのか?」
「すぐに稲荷の世界へ連れて帰れば大丈夫よ。アカリがもう連れてったみたいだし。」
後ろを振り返るとアカリさんはいなくなっていた。
いつの間に・・・・。
「あんたの仕事は翔子ちゃんを冴木君のとこまで送ってあげること。それが終わったらこの件からは手を引きなさい。」
「なんで!?こんな色々あったのにここで終わりにしろっていうのか?」
「ここから先は動物探偵の出番じゃないわ。後始末は稲松文具の面子に任せておけばいい。」
「でも・・・・、」
「助けを必要としている動物はまだまだいるわ。あんたじゃなきゃ出来ない仕事をしなさい。」
「分かってるよ。でもここまで関わったんだ。事の顛末くらい見届けたいじゃないか。」
「なら翔子ちゃんに聞けばいいじゃない。友達なんでしょ?」
振り返り、鋭い目で睨んでくる。
厳しい目を向けられたことはあっても、こんな目を向けられたことは初めてだ。
どこか敵意にも似た迫力を感じる。
「悠一。」
「なんだよ・・・・?」
「あまり他人のことに構ってる暇はないわよ。」
「どういうこと?」
「あんたもほんとに災難続きというか、穏やかな人生を送れないわよね。師匠として不憫に思うわ。」
「なんだよ急に。」
「しばらく先、あんたはまた大きな騒動に巻き込まれる。というよりあんたが鍵を握るわね。」
「なに言ってんだ?ぜんぜん話が見えないんだけど・・・・。」
「あんたとあの子、無事に結ばれるわけにはいかないかもしれない。」
「あの子って・・・・、」
「あんたの婚約者よ。」
「マイちゃん!?」
ここでマイちゃんの名前が出てくるとは思わなかった。
無事に結ばれるわけにはいかないなんて物騒なことを。
「もしかして種族の壁のことを言ってるのか?たしかに俺は人間で彼女は霊獣だ。だからすんなりってわけにはいかないかもしれない。
でも俺たちのことはマイちゃんの両親だって認めてくれてる。どうして不安になるようなこと言うんだよ?」
「あの子が普通の霊獣なら問題はなかった。でも知ってるでしょ?彼女は幻獣という珍しいタイプで、しかも神獣である私に匹敵するほどの力を秘めている。
修行を終え、聖獣になればさらに強くなるでしょう。だけどそれが問題になってくる。
事と次第によっては・・・・私はあんたと敵対することになるかもしれない。」
「はあ!?なんでたまきと俺が敵対するんだよ?仲間のはずだろ、師弟だろ俺たち!」
「仲間だからこそ、師弟だからこそよ。」
「ごめん・・・・ぜんっぜん意味が分からない。もっと詳しく話してくれよ。」
たまきには未来を予知する力がある。
一昨年の夏にも神託を授けてもらったのだ。
だからたまきが言うならウソじゃない。ウソじゃないから不安になる。
「なあたまき。俺とマイちゃんとの間に何が起こるっていうんだよ?なんでお前と敵対するかもしれないんだ?」
「その時が来れば分かるわ。」
踵を返し、背中を向けて去っていく。
「おい!思わせぶりなことだけってヒドイぞ!」
「焦らなくてもその時は来る。・・・・また会いましょ。」
そう言い残して遠ざかっていく。
ぼんやりと暗い地下の廊下、すぐに闇に紛れて見えなくなってしまった。
「おい待てって!」
追いかけようとすると「悠一!」とモンブランに腕を掴まれた。
「今はここから出よ。」
「いやでも・・・・、」
「チェリー君だって怪我してるし、ツムギ君だって気を失ったままよ。マサカリなんてオシッコちびってるし。」
マサカリを振り返ると「てやんでい!」と怒った。
「誰がチビるかってんだ!」
「だってオシッコ漏れたって言ってたじゃない。」
「それくらい怖かったって意味でい!」
「じゃあぜんぜん漏らしてないの?」
「そりゃまあちょっとは・・・・、」
「ぷふ!」
「わ、笑うな!」
喧嘩を始めるモンブランとマサカリ。
マリナは心配そうにツムギ君を見つめ「これ食べて」と口にバナナを突っ込もうとしている。
チュウベエは「平気か?」とチェリー君のリーゼントをつついていた。
そして翔子さんは・・・・、
「戻りましょう有川さん。」
「翔子さん・・・・大丈夫ですか?」
「私は平気です。それよりこんな事に巻き込んじゃってごめんなさい。」
「いえいえ!いいんですよ、これも仕事だし。」
「私はまだ自分がどうしたいのか分からない・・・・。でも冴木君なら・・・彼なら道しるべを示してくれるかもしれない。」
血に濡れていたはずの手が綺麗になっている。
弾丸の時もそうだったけど、あの狼の血は時間と共に消えるみたいだ。
もう血の痕すら残っていないのに、じっと手を見つめる翔子さん。
顔を上げ、空を臨むような遠い目をしていた。

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