稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第三部 第三十三話 収束(2)

  • 2019.05.13 Monday
  • 11:10

JUGEMテーマ:自作小説

どんな事件であれ、過ぎてしまえば静けさが戻る。
まあみんな無事で何事もなかったから言えることなんだけど。
早いもので、あの事件の終結から一ヶ月が過ぎていた。
あれからの出来事を整理すると、まずカグラの悪事の証拠は全て刑事さんが押収した。
USBメモリの中には薬に関するデータがぎっしり詰まっていて、違法な薬物を使用していた情報が残っていたのだ。
これなら霊獣とか関係なしにカグラを追求できる。
できるんだけど、本社はそれを見送った。
だってグループ企業がそんな悪さをしていたとなると、本社の評判にまで影響が出る。
重役たちは散々議論を重ね、最終的には会長が『隠蔽せよ!』との命令を出したので、この件が公になることはなかった。
また刑事さんの方もこの件を公にするつもりはないと言った。
『内容が内容ですからな。あらぬ波風を立てるよりも、内々で処理した方が無難でしょう。
主犯の伊藤と鬼神川はもういないわけですし、この件はこれで終わりということに。
しかしカグラはこれからが大変ですな。経営を立て直さないとならんのですから。』
そう、カグラという企業はまだ残っていて、本社から出向してきた幹部たちが指揮を取ることになった。
まあその方がいいかもしれない。
カグラには大勢の社員がいて、潰してしまったらたくさんの人たちが路頭に迷ってしまう。
霊獣の社員は全て自分たちの世界へ引き上げさせたし、人間の社員には深い事情は伏せてある。
しつこく尋ねてくる社員もいたけど、そこは草刈さんが適当にあしらっていた。
ちなみにカマクラ家具の方だけど、こっちはちょっと面白いことになっている。
まず霊獣の社員が全て引き上げたのはカグラと一緒だ。
社長であったトヨウケヒメも自分の世界へ帰ってしまったし、ダキニはカマクラ家具を捨てた。
瀞川と安志ももういないし、豊川もいつの間にか消えていた。
有川によれば、アイツも稲荷の世界へ引き上げたらしく、ダキニに媚びを売るのに必死らしい。
今では下っ端の稲荷としてヘコヘコしている毎日だという。
周りから相当な恨みを買っていたらしく、かなりイビられてるらしい。
ざまあみろって感じだ。
カマクラ家具には人間の社員だけが残され、当然この人たちにも深い事情は伏せてある。
しかし社長を含めたトップの連中がいなくなってしまったことで、経営者不在という事態になってしまった。
カグラと違って親会社から誰かが出向してくるわけでもなく、かといって潰してしまえばこれまた路頭に迷う人たちが溢れてしまう。
早急に経営陣を揃えなければというわけで、なんと遠藤さんと紺野ちゃん、そして進藤君がこれに当たることになった。
とりあえず遠藤さんが社長、紺野ちゃんが専務、進藤君が常務である。
まあ遠藤さんは分かる。
カマクラ家具の社員だし、かなり優秀だし。
紺野ちゃんも分かる。鬼神川の一番の部下だったんだから優秀に違いない。
ほんとなら稲荷の世界へ帰らなきゃいけないんだけど、カマクラ家具を立て直すという条件付きで在留が認められることになった。
もちろん悪さをしたらすぐに逮捕するって刑事さんから釘を刺されてるけど。
でも進藤君が納得いかない。
そりゃ優秀なのはよく知ってる。
あの若さで店長だったし、赤字をすぐに黒字に変えてしまったし、本社への栄転も決まっていたし。
でもだからって・・・・だからってそりゃないだろう伊礼さん!
こうするしかカマクラ家具を立て直す方法はなかったのかもしれないけど、なんかすごい悔しい。
しかも『冴木さんも頑張って出世して下さい』なんて上から目線で言いやがるし。
アイツめ、会社に残ろうかどうしようか迷ってたはずなのに、カマクラ家具のトップにしてやるって言われたらすぐに頷きやがった。
げんきんな奴だ。
多少納得のいかない所はあるけど、これで一応カグラとカマクラ家具の件については一段落した。
で、問題はあのバクなんだけど・・・・、
「あ、こんにちわ冴木さん!」
麦わら帽子を被った美樹ちゃんが畑の野菜に水をあげている。
その隣には箕輪さんもいて、同じように麦わら帽子を被っていた。
首にはタオル、手には軍手、足には長靴。
めっちゃ似合ってる!どこからどう見ても農家のおばさ・・・・、
「誰がおばさんだ!」
「ふぎゃ!」
思いっきりシバかれる。
また顔に出てたみたいだ。
「あんた何しに来たのよ。今日は出勤のはずでしょ?」
「昼休みがてら様子見でもと思って。」
「ふん!あんたも相変わらずよね。どうにか戻してもられえたのはいいけど、また平社員からだもんね。しかも二週間前に入ったバイトの子たちの方がもう上達してるし。」
「いやあ、よかったっすよね。アルバイトが増えて。」
「進藤君のおかげよ。あちこち回って人を見つけてきてくれたんだから。
お世話になった店だから、恩返しもないまま去るのは悪いですからって。ほんとに素敵で最高な子だったわ。
それに比べてあんたは・・・・・、」
「まあまあ、俺がボンクラなのは今に始まったわけじゃないんで。」
「自分で言うんじゃないわよ、まったく。」
ブチブチ言いながら水をやっている。
でも箕輪さんが水を掛けているのは野菜じゃない。
ちょっと変わったヘンテコな植物だった。
ツンツンしたたくさんの草から、トゲのある茎が生えているのだ。
しかもトゲの先から紫の花を咲かせている。
しかもイバラのようにあちこちが絡まっているのでやっぱりヘンテコだ。
きっとどんな図鑑にもこんな植物は載ってないだろう。
なぜならこれ、バクの霊獣に頼んで、心臓を元に生み出した植物だからだ。
しかももう一人の伊藤の心臓まで混じっている。
なんでこんなことになったのかというと、一ヶ月前のあの日まで遡らないといけなかった。


     *****


バクに銃を向けるもう一人の伊藤。
その傍で言い争いを続けるムクゲさんとマシローちゃん。
俺はムクゲさんとマシローちゃんの方に、有川は伊藤とバクの方に向かって行った。
「ちょっといいですか?」
二人に声を掛けると同時に睨まれた。
「なに?」
「なんですか?」
「そんなおっかない目えしないで。ちょっと話を聞いてほしいんですよ。」
「まさか君も加わりたいって言うんじゃないでしょうね?」
「この役目は譲りませんよ!」
「金もらってもゴメンですよ!あのね、伊藤をお腹に宿して産むって話なんすけど、それ自体をやめにしませんか?」
「は!?」
「じゃあ伊藤さんはどうなっちゃうんですか!」
二人して詰め寄ってくる。
マシローちゃんのトゲが足に当たって痛い・・・・。
「いくら生きた心臓があるからって、死んだ人間を生き返らせるのはどうかと思うんだよ。それも霊獣やネズミのお腹に宿すなんて。」
「じゃあどうしろっていうのよ?」
「これしか手がないんですよ?それともあなたがもっといいアイデアでも出してくれるんですか?」
「いいアイデアかどうかは分からない。でも心臓を無駄にすることはないはずだ。」
箕輪さんを振り返るとコクリと頷いた。
「あんたの口から言ってあげてよ。」
俺も頷き返し、「別の命として復活させないか?」と言った。
「別の・・・・、」
「命・・・・?」
何言ってんだコイツ。
二人の目がそう言ってた。
「あの心臓、植物として復活させようと思うんだ。」
「は?」
「へ?」
同時に顔をしかめる。
俺は反論を受ける前にこう続けた。
「人を人として生き返らせるのは命の掟に反するんじゃないかと思うんだよ。かといってまだ生きてる心臓を捨てるわけにはいかない。だったら植物として復活させたらどうかな。」
「なんで植物?」
「他の命でいいなら僕と同じハリネズミでもいいじゃないですか。」
「あ、いや・・・それは・・・・、」
「人間がダメなら猫にしてよ。」
「いいえ、ハリネズミです!」
「猫!」
「ハリネズミ!」
「ちょっと落ち着いて・・・・、」
「君は黙ってて!」
「あなたは黙ってて下さい!」
「はい・・・・。」
大人しく引き下がってしまうと、箕輪さんが「なにやってんのよ」とため息をついた。
「だって別の生き物でもいいなら、必ずしも植物じゃなくていいかなあって・・・・、」
「植物じゃなきゃダメなのよ。動物にしたら自分が産むって喧嘩するじゃない。」
「ああ、そっか!」
「それに植物なら悪さも出来ないでしょ?」
「悪さ?」
「動物だと自分の意志を持って動くでしょ?もしまた悪さをしたらって考えるとね。」
「なるほど、植物ならその危険はないわけか。」
「そう。ほら、そうやって説得してよ。」
「了解っす!」
自分でやればいいのにと思いつつ、逆らえばどんな反撃を受けるか分からないので従っておこう。
美樹ちゃんが「冴木さん頑張って!」と応援してくれた。
「あの・・・お取り込み中悪いんですけど・・・・、」
「なによ?」
「なんですか?」
「だからそんな睨まないで。」
どうにか宥め、植物じゃないといけないことを説明する。
また怒るかなと思ったけど、意外にもムクゲさんは「じゃあしょうがないか」と納得してくれた。
あんなに意地張ってたのにえらくアッサリしてるなと思ったら、「だって霊獣のせいでまた誰かに迷惑を掛けるのはねえ」と腕を組んでいた。
「人間の赤ちゃんが産めるかもって舞い上がってたけど、よくよく考えたらリスクの方が大きいかも。」
「おお、さすがは霊獣っすね。話が分かる。」
「でもさ、私はいいけどそっちは納得しないんじゃない?」
そう言ってマシローちゃんに顎をしゃくった。
案の定というか、ぜんぜん納得してない様子だった。
「僕はイヤです。」
「マシローちゃん・・・・。飼い主のことなら有川に頼むからさ。あいつならきっと新しい飼い主を見つけてくれるって。
それに遠藤さんに飼ってもらう手もある。しばらくあの人に飼われてたんだろ?だったら・・・・、」
「冴木君。」
課長が俺の言葉を遮る。
「そんな簡単なものじゃないわ。」
「へ?」
「飼い主ってね、ただ餌をあげたり世話をしてくれる人のことじゃない。お互いに信頼し合ってないとダメなのよ。」
「信頼?でも人と動物なんだから信頼なんて・・・・、」
「動物に興味のない人には分からないかもしれない。でもちゃんとあるのよ。
マシローちゃんは伊藤さんのことを信頼してる。だからこそ簡単に諦められないのよ。」
課長は膝をつき、マシローちゃんを手に乗せた。
「あなたの気持ちはよく分かるわ。私だってカレンがいなくなって、じゃあ代わりの猫を用意しますって言われたら納得できないもの。」
「だったら伊藤さんを生き返らせて下さい!そうじゃないと僕は・・・・、」
「分かってる。もう一人の伊藤さんは霊獣の血がないと長生きできないから、近い将来に君は飼い主を失うわ。」
「そうですよ!僕はそんなのイヤなんです!彼が僕を助けてくれた。処分されかかっていた僕を・・・・・。」
マシローちゃんの目は悲しく、課長は切ない様子で俯いていた。
「ごめんね・・・私じゃどうにもしてあげられない。新しい飼い主を見つけるからって、はいそうですかなんて頷けないよね。
だったら・・・・たった一つだけ方法が・・・・、」
「ダメですよ翔子さん。」
有川が傍へやってくる。
隣には伊藤とバクの霊獣が立っていた。
「マシローちゃんは霊獣じゃないんです。種族を変えるわけにはいきません。」
「有川さん・・・でもそれしかこの子が納得する方法は・・・・、」
「あの薬は使っちゃいけないものです。」
「じゃあどうすればいいんですか?このままじゃこの子は納得しないし、なにより可哀想ですよ!」
「俺が引き取りますよ。」
「あ、有川さんが!」
「伊藤も納得済みです。」
そう言って伊藤に目を向けると、「分かってくれ」とマシローちゃんを撫でた。
「俺はずっとお前を飼ってやれない。」
「だから生き返ればいいじゃないですか!僕は待ちます、赤ちゃんになった伊藤さんが大きくなって、また僕を飼ってくれるのを。」
「お前はネズミだろう。そんなに長く生きられない。」
「それは・・・・、」
「お前を引き取ったのはもうずっと昔の話だ。本当ならとうに寿命を迎えているはずなのに、こうして生きているのはお前も霊獣の血を飲んでいたからだ。
しかしもう契約は終わったんだ。俺だけじゃなくてお前も長生きは出来ない。赤ん坊となった俺が大きくなる頃には、お前はこの世にはいないんだ。」
「そんなの分かってる!でもこのままだったら悲しいじゃないですか!だって僕たちにはなんにも残ってない・・・・。
ダキニへの復讐は失敗だし、カグラだってどうなるか分からないし。
そのうえ僕もあなたも死んじゃうっていうなら、今までの時間はなんだったんですか!
なんにも残らない戦いの為に僕らは生きてたんですか?そんなの悲しすぎるじゃないですか!!」
なるほど、マシローちゃんがここまで頑なになる理由はこれだったのか。
つまりは伊藤と自分が過ごした時間を無駄なものにしたくないんだ。
もっと言うなら、自分はどうなってもいい。
その代わりにせめて伊藤だけは生き残ってほしいと願ってるんだ。
《この子、俺と似てるかもしれない。自分のことよりも大切な人のことを一番に考えてるんだ。》
こういうタイプはそう簡単に自分の信念を曲げたりしない。
力で押せば余計に反発するだけだ。
俺は有川に目配せをする。
動物のことに関しては奴に任せるしかない。
「マシローちゃん。大事な人の気持ちを汲んであげてくれないか。」
課長の手からマシローちゃんを奪い、伊藤の手に預けた。
「君が伊藤さんのことを考えてるように、彼も君のことを心配してるんだ。
あの心臓を植物として生まれ変わらせることを提案したらこう言ったよ。出来るなら俺の心臓も使ってくれって。」
「俺もって・・・彼まで植物になっちゃうってことですか?そんなのぜったいにイヤ・・・・、」
「会えるよ。」
「え?」
「消えるわけじゃないんだ。また会える。」
「・・・・・・・。」
「それにこの世に残るんだ。君は僕たちにはなんにも残らないって言ったけど、そんなことはない。伊藤さんは新しい命としてこの世に残る。そして君は俺の家に来る。
会いたい時はいつでも言ってくれればいい。だって伊藤さんはいつでも君の近くにいるから。」
「僕の近く?」
「うん、ずぐ近くだ。」
そう言って美樹ちゃんを振り向くと、「そうだよ!」と叫んだ。
「生まれ変わった伊藤さんは、私の畑に住んでもらおうかなって思ってるの。」
「あなたの畑?なんでそんな所に・・・・。」
「なんでって言われると困るけど・・・・。でもあの畑は私にとって大事な場所で、自分の物になったら毎日ちゃんとお世話しようって決めてるの。
そうすればおじいちゃんとおばあちゃんも喜ぶかなって。」
「・・・・?」
「ああ、ええっと・・・・要するに誰だって居場所がいるでしょってことよ。そして大事な居場所はちゃんと守らないといけない。
幸い私の畑と有川さんのお家はそんなに遠くないから、伊藤さんに会いたくなったらいつでも来てよ。
私だって毎日雑草を抜いたりお水をあげたりして、ちゃんと畑を守るから。だから・・・どうかな?」
「どうかなって・・・・そんなの急に言われても・・・・、」
「私もナイスアイデアだと思うわ。」
遠藤さんだった。
証拠品の押収が終わったんだろう、刑事さんはたくさんの荷物を抱えていた。
「遠藤さん・・・・話を聞いてたんですか?」
「ちょっと前からね。割って入るタイミングが難しくてさ、盗み聴きみたいになっちゃったけど。」
ウフ!っと笑ってから「あんたと過ごした時間は短いけど・・・」と続ける。
「でも一緒にいられて楽しかったわ。荒んだ私の心を癒してくれた。もしマシロー君がいなかったらもっと荒んでたかもしれない。
ほんとならさ、私が新しい飼い主になればいいんだろうけど、でもダメ。
たぶん私はあんたに甘えちゃうだけだから。どっちが飼い主か分からなくなる。
だったらさ、有川さんに飼ってもらうのも悪くないんじゃない?彼は信用できる。あんただって分かってるでしょ。」
「遠藤さんまで・・・・。」
誰も味方がいない。
当の伊藤までもが人間として復活することを望んでいない。
追い詰められたマシローちゃんはかなり可哀想に見えた。
「悪い霊獣がいるからこんなことに・・・・、」
そう言ってバクを睨む。
「お前なんかいなきゃこんな事にはならなかった!」
『今更そんなこと言われても。』
バクに悪びれる様子はない。
有川が「彼を責めてもムダだよ」と言った。
「自分が面白ければなんでもいい奴なんだ。だったら責めるよりも利用した方がいい。」
『植物としてこの心臓を復活させる。けっこう面白そうじゃん。やってあげないこともない。』
「あ!返せそれ!!」
『おっと・・・これは僕がもらったんだよ。』
「そんなの認めない!その心臓は伊藤さんの・・・・、」
「俺から渡したんだ。」
「自分で!?なんで!どうして!!」
「植物として生まれ変わる為だ。有川に説得されて、そうすることに決めた。」
「僕は反対です!僕はそんなの・・・・、」
「お前の気持ちを考えれば、いきなりは納得出来ないだろう。しかしもう決めたんだ。
俺は植物に生まれ変わり、お前は有川のペットになる。それが一番いい方法なんだ。」
「イヤだ!僕はそんなのぜったいに・・・・、」
マシローちゃんはわんわんと泣き出す。
しかし伊藤は非情で、「すぐにやってくれ」とバクに頼んだ。
そして「有川」と向き直る。
「マシローのこと、よろしく頼む。」
「責任をもって面倒を見ます。」
「そんな!僕は納得しませんよ!!」
食い下がるマシローちゃんだったけど、彼の願いは通らなかった。
会社を出る時、マシローちゃんは伊藤の手ではなく、有川の手に抱かれていた。
背中を向けて去っていく伊藤に、悲鳴に近い声で泣き喚いていた。


     *****


運命ってのは残酷で、一人一人の意志なんて尊重してくれない。
大きな川の流れのように、傍にあるものをなんでも飲み込んでいく。
それが嫌なら川へ近づかなければいいだけ。
でもそうなると大海へ出ることは難しい。
夢や希望を抱くなら、危険を覚悟で激流に飲み込まれないといけないのだ。
あれから何度か有川に会ったけど、マシローちゃんは今でも心を開いてくれないらしい。
伊藤に会いに行こうと誘っても、決してうんとは言わないらしく、家にこもりっきりだという。
俺はマシローちゃんのことが他人事だとは思えないでいた。
とりあえず事件は解決し、不正の件も俺一人だけに責任があるわけじゃないと、本社のお偉いさんたちにも分かってもらえた。
だからこうして稲松文具に戻ることが出来たんだけど・・・・、
「なにボケっとしてんのよ。」
箕輪さんに肘をつつかれる。
「ちょっと考え事を。」
「へえ、あんたでも考えることがあるんだ。」
「失敬な。こう見えても俺は隠れた哲学者っすよ。」
「は?」
固まる箕輪さん。
一瞬遅れてから美樹ちゃんと大爆笑していた。
「あんたが哲学者!」
「あははははは!冴木さん面白い!」
「ぐッ・・・・。」
ほんとこの二人だけは・・・・。
けどまあこうして会えるのもあと数日なのだ。
なぜなら・・・・、
「あら?冴木君も来てたの?」
後ろから声がする。
振り返ると祐希さんが手を振っていた。
「久しぶりっす。」
ペコっとお辞儀すると、箕輪さんが「ちょっと冴木」とつついてきた。
「あの人追い払って。」
「なんでっすか?」
「この前からしつこいのよ。その植物を譲ってくれってさ。」
「このヘンテコなのを?なんで?」
「記事のネタにするつもりなのよ。」
「ああ、なるほど。」
カグラで撮影した写真はぜんぶ紺野ちゃんに破壊されんだけど、そこはさすがに祐希さん。
すでにネット上のストレージに保存していたのだ。
しかし残念ながら特ダネにはならなかった。
あまりに現実離れした内容に、世間はまともに相手をしてくれなかったからだ。
一部ネットで騒がれただけで、要するにB級のゴシップ記事にしかならなかったのだ。
このままではオカルト記者になってしまう。
それは祐希さんが一番嫌がることだった。
なにせ腹違いのお姉さんが「月間ケダモノ」とかいうF級くらいのオカルト雑誌を作っていて、ぜったいにそんなのと同じに扱われたくないからだ。
この汚名を返上するには、あの事件は本物だったという確たる証拠が必要だ。
だからこの植物を欲しがってるんだろうけど・・・・、
「祐希さん、もうやめた方がいいですよ。」
「あら?なによえらそうに。」
「だってあんな事件誰も信じないですって。この植物があっても無理です。」
「そうかしら?専門家の所へ持ち込んで徹底的に解剖してもらえば、普通の植物じゃないってことくらい分かるはずよ。あとはそれをネタにすれば・・・・、」
「一流のオカルト記者になるでしょうね。」
「・・・・ッ!」
すっごいビクっとした。
手にしたカメラを落としそうな勢いで。
「そんなことしたってオカルト信者を増やすだけですよ。祐希さんそういうの一番嫌うでしょ。」
まるで氷像みたいに固まってる。
けっこう面白いから写真に撮ろうかな。
「私・・・・ヤキが回っていたみたい・・・・。まさか冴木君に言われるまで気付かなかったなんて・・・・、」
プルプル震えながら悲しそうな顔をしている。
そしてクルっと背中を向けて、黄色いスポーツカーへと歩いていった。
「祐希さん?」
「あれだけ時間と労力をかけたんだから、何がなんでもネタにしてやるって決めてたけど・・・・君に言われて目が覚めたわ。」
そう言って険しい目で振り返る。
「そもそもがこんな事件に首を突っ込んだのが間違いだったのかも。冴木君、私がこの件に絡んでたのは忘れて。」
スポーツカーに乗り込み、「それじゃ」と手を振る。
「そこまでショックを受けなくても・・・・、」
「いいえ、これは私のジャーナリスト生命に関わるわ。世間を斬る社会派がモットーなのに・・・・最近いいネタがないからってオカルトに走るなんて。
これじゃいけない。ちょっと海外に行って鍛え直してくるわ。」
「海外・・・・?」
「友人がマフィアの経営してるカジノに潜入取材してるのよ。ちょっと私も手伝ってくる。」
「ええ!マフィアって・・・、」
「しばらく帰らないから。翔子ちゃんにもよろしく言っといて。」
「あ、ちょっと・・・・祐希さん!」
轟音と共に去っていくスポーツカーは、あっという間にに見えなくなってしまった。
いつも突然やって来て突然去っていく。
まんま嵐みたいな人だ。
《マフィアのカジノに潜入って・・・・。でもあの人なら大丈夫かもな。それどころかとんでもない特ダネを持って帰ってきたりして。》
ある意味霊獣よりタフな人だ。俺が心配するに及ばないだろう。
「ナイス冴木!」
ポンと肩を叩かれる。
箕輪さんと美樹ちゃんはホッとしたように胸をなで下ろしていた。
二人はまた畑の世話に戻っていく。
水をやったり雑草を抜いたり、土をいじったり。
平和な日常、平穏な毎日。
それを絵に描いたような光景がここにある。
箕輪さんは恐怖から解放されたせいか、いつもより穏やかな表情をしている。
美樹ちゃんも念願の畑が手に入ったせいか、活き活きと輝いて見えた。
二人は俺にとって大切な人だ。
こうやってずっと笑顔でいてほしい。
だから・・・・やはりここにはいられない。
稲松文具を去る気はないけど、ハリマ販売所にはもう俺の居場所はないのだ。
俺がここにいればまたいつか・・・・。
せっせと土の世話をする二人に背中を向け、畑を後にする。
ホームセンターで買った安物のママチャリに跨り、ペダルを漕ごうとした時だった。
「冴木君。」
この声は・・・・、
「課長。」
道路の向こうから小走りにやって来る。
その隣には、肩にマシローちゃんを乗せた有川がいた。

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