稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第三部 第三十四話 決断(1)

  • 2019.05.14 Tuesday
  • 11:15

JUGEMテーマ:自作小説

あの事件の終わりから一ヶ月。
季節は初夏を迎え、ふわりとカーテンを揺らしながら清々しい風が吹き込む。
事件が終わってからしばらくはバタバタしていたけど、ここ最近はいつものごとく平和・・・・というより、仕事がなくて暇な状態だ。
下手をすればまたバイト生活に逆戻りかもしれない。
そんな俺の心配とは裏腹に動物たちは元気である。
人間になった時のことがよほど楽しかったんだろう。
一ヶ月たった今でも毎日のように話題にしている。
「でも意外よねえ。猫又のタンク君、てっきりカレンに惚れてると思ったのに。」
鼻息荒く喋るのはモンブラン。
マリナが「そうよねえ」と頷いていた。
「兄妹に憧れてたから、妹が出来たみたいで嬉しかっただけなんてねえ。」
「カレンはカレンでお兄ちゃんが出来たみたいで喜んでるし。」
「私たちが期待してたのは、惚れた腫れたのそういう関係なのにね。」
「拍子抜けもいいところだわ。」
「ほんとよねえ。」
「あ、それで思い出したんだけどさ。」
「なあに?」
「これカレンから聞いたんだけど、あの時に伊礼さんっていうちょっといい男がいたじゃない。」
「いかにも仕事が出来そうな渋いオジサマね。あの人がどうかしたの?」
「あの日にみんなで街へ遊びに行ったじゃない?」
「とっても楽しかったわねえ。また人間になってみんなで遊びに行きたいわあ。」
「その時に人間の猛君って男の子がいたでしょ?」
「覚えてるわ。照れ屋さんで可愛い男子だったわね。」
「その猛君繋がりでさ、伊礼さんと結子さんっていう未亡人がいい感じになってたらしいのよ。」
「あらまあ。」
「タンク君が言うには、あの二人はぜったいにくっ付くと思ってたらしいのよ。だってどっちも猛君の親みたいなもんだし。」
「お似合いだと思うわあの二人。まあよくは知らないけど。」
「でね、あの日私たちと遊んだあと、猛君は伊礼さんと結子さんと三人でご飯を食べに行ったんだって。」
「うんうん。」
「その理由がさ、猛君がテニスの試合で優勝したからっていうのよ。」
「あらまあ。それじゃ本物の家族みたいじゃない。」
「でしょ!そう思うでしょ!これは独身貴族と未亡人の再婚かと思うじゃない?」
「え?まさか違うの?」
「それが違うのよ!実は結子さんには婚約者がいて、しかももう妊娠してるんだって!」
「ええ!なによそれ?だったらなんで三人でご飯なんか食べに行ったの?」
「これが最後になるからって。」
「最後?」
「結子さんの婚約者が貿易関係の仕事をしててね、しばらく海外へ行くことになったらしいのよ。」
「ということは結子さんも・・・・、」
「うん、一緒に行くってわけ。」
「ちなみにどこ?」
「アイルランドだって。」
「へえ、すごいじゃない!で・・・・アイルランドってどこ?」
「さあ?」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「でもなんかすごいわよねえ!」
「うん、すごいわ!だってアイルランドだもの。」
「そうよ!なんたってアイルランドだもの。」
「まあとにかく、もう日本にはいられないわけよ。今までは猛君の面倒を見る為にちょくちょく伊礼さんの家に行ってたらしいんだけど、それももう無理になるってわけ。」
「ああ、だから最後なのね。」
「伊礼さんって人、今までは猛君にあんまり向き合わなかったんだけど、あの事件をキッカケに変わったってさ。
もっと猛と向き合うように努力しますって、結子さんに約束したんだって。」
「ということは・・・・、」
「うん、結子さんは安心して結婚できるってわけ。」
「いい話じゃない。他人の世話をするのもいいけど、やっぱり自分の幸せを掴まないと。」
「でもさ、ちょっと切ない結末でもあるのよね。」
「どうして?」
「猛君は結子さんの結婚のこと知ってたんだって。その日のうちに本人から聞いてたから。」
「結婚して日本からいなくなること?」
「うん。でも伊礼さんは晩御飯が終わった後に聞かされたらしいのよ。
だから今までお世話になったお礼にって、次は三人でどこかに遊びに行かないかって誘ったんだって。」
「え、ちょっと待って!それってつまり結子さんを好きだったってこと?」
「ねえ?そう思うでしょ?」
「でもただのお礼かもしれないし・・・・・、」
「それがけっこう落ち込んでたらしいのよ。」
「あらあ、じゃあやっぱりちょっと意識してたのねえ。可哀想に。」
「タンク君が猛君から根掘り葉掘り聞き出した情報よ。きっと間違いないわ。」
「ていうかモンブラン、あんたが聞けって言ったんでしょどうせ。」
「あ、バレた?」
「だって私でも同じことするもの。」
「ぶっちゃけタンク君は嫌がってたんだけどね。猛君は友達だからそういうのはちょっとって。
でも気になるじゃない。だからカレンも一緒に連れていって、どうにか説得して聞き出してもらったのよ。」
「ナイスだわカレン。」
「やっぱ持つべきものは親友よね!」
「いい友達に勝るものはないわねえ。」
キャッキャ言いながらものすごい盛り上がっている。
なんていうか・・・・ヒドイ奴らだ。
まあいつも通りではあるけど。
ちなみにオスたちは別の話題で盛り上がっている。
「おいおい、マジかよチュウベエ。」
「マジだって。パンダがそう言ってたから。」
「川向こうの公園の植え込みの裏に行けば、犬缶が好きなだけ食えるって・・・・そんなの信じられねえぜ。」
「もちろんタダってわけじゃない。だがパンダが言うには、これからは動物もビジネスをする時代なんだと。」
「ていうかお前は元々それっぽいことやってたじゃねえか。」
「まあな。でもパンダの方が上手だ。アイツに商売を教わればもっと色々手に入る。」
「要するにだ。パンダの持ってくる仕事をこなせば、いくらでも犬缶やカリカリが手に入るってわけだな?」
「うむ。そこでだマサカリ、俺とお前で商売を始めないか?」
「商売?」
「そうだ、自分たちでビジネスをやるんだ。パンダの言いなりになってるだけじゃ搾取されるだけだ。そういうのを人間の世界じゃ社畜っていうらしい。」
「なんだそれ?」
「現代の奴隷って意味だ。」
「おいおい、俺はそんなの嫌だぜ。いくら犬缶食い放題でもさすがにちょっと考える。」
「だろ?だったらさ、まずはパンダからビジネスのノウハウを学んでだな、それから俺たちで商売を始めるんだよ。そうすれば搾取される側からする側へ変わるわけだ。」
「おうおう!つまり社長ってことじゃねえか。」
「その通り。実は前々から目をつけてたビジネスがあるんだよ。」
「ほう?どんな?」
「ササゴイって鳥がいるんだけど、アイツら石とか小枝を使って釣りをするんだよ。」
「ほう、なかなか賢いじゃねえか。」
「いわゆる疑似餌ってやつだな。だったらさ、俺たちでもっといい疑似餌を作ってササゴイに売りつければいい。ぜったいに大ヒットするはずだ。
ただし見返りはもらう。疑似餌を提供する代わりに、美味いミミズの穴場を教えてもらうとか、なんなら獲ってきてもらうとか。」
「待て待て、俺はミミズなんていらねえぞ。だいたい疑似餌なんてもんどうやって作るんだよ?」
「まあそれは追々。」
「追々じゃダメだろ。一番大事なところじゃねえか。」
こっちはこっちで盛り上がっている。
人間の姿で寝そべっていたチェリー君が「アホな奴らだぜ」と吐き捨てた。
「他人の恋とか、出来もしねえ商売とか。んなもんで盛り上がってどうすんだよ。」
ボソっと言うのと同時に、全員から睨まれる。
「なによ?」
「恋の話で盛り上がっちゃ悪いの?」
「いや別に。」
「動物がビジネスしたっていいじゃねえか。」
「そうだそうだ。これからは多様性の時代だぞ。」
「多様すぎるだろ。」
四匹から冷たい視線が突き刺さる。
「おお怖・・・」と肩を竦めていた。
ガバっと起きて胡坐をかき、「なあよお」と俺を振り向いた。
「ん?」
「アンタがこの前言ってた話、マジなのかよ?」
「この前って・・・・ああ、もしかしてウズメさんたちのこと?」
「おう、ずっと気になってたんだよ。」
実は一週間前くらいにこんな話をしたのだ。
こがねの湯のお稲荷さんたちが自分の世界へ引き上げると。
俺は事前にアカリさんから聞いていたけど、チェリー君にとっては寝耳に水だった。
霊獣がいると人間に迷惑を掛けてしまう。
ならいったん自分の世界へ帰った方がいいかもしれないというアカリさんの意見は、ほんとのことになりそうなのだ。
大怪我を負っていたウズメさんが、完全に傷を癒して帰ってきたのが二週間ほど前。
その時にこがねの湯に呼ばれて話をされた。
『まずお礼を言っとくわね。君たちのおかげで助かった。ありがとう。』
すっかり元気になったウズメさんに会えたのが嬉しくて、お礼なんてと謙遜することしか出来なかった。
いったいどれほどこっちがお世話になってるか分からないのに。
『あれから色々考えたんだけど、やっぱり一度稲荷の世界へ引き上げることにするわ。
人間の世界は楽しいけど、深く関わりすぎるのは良くないかもって、今回の事件で思ってね。
それになによりダキニ様が戻って来られたから。
長の座はダキニ様に返上しちゃったけど、だからこそ常に稲荷の世界にいなきゃいけないわ。
あの御方のことだもの、ずっと大人しくしているはずがないからね。
傍で動向を窺っていないと心配で。ねえアカリちゃん?』
『私たちもけっこう悩んだんだけど、そうするのがいいんじゃないかって思ってさ。
ちなみに特例で私の子供たちも稲荷の世界へ連れていってOKってことになったわ。
ほんとは普通の動物はダメなんだけど、ウズメさんが白髭ゴンゲン様に掛け合ってくれて。
でもこれで安心して過ごせる。もう私の目を盗んで人里へ行くことも出来ないから。』
そう言う二人の隣では、ツムギ君がムスっとした顔で腕を組んでいた。
彼はこがねの湯のメンバーじゃないので、今後も人間の世界に留まる。
なのにどうしてこんなに不機嫌かというと・・・・、
『クソ!あの恩知らずどもめ。せっかく僕の神社に住まわせてやっていたのに、礼も言わずに出ていくとは・・・・。』
残念ながらロッキー君とヒッキー君は新しい神社をもらえなかった。
居候させてやる分にはともかく、どこの馬の骨とも分からない者に専用の神社を与える許可は降りなかったらしい。
ウズメさんが偉い神様たちに掛け合ってくれたらしいけど、結局は無理だったのだ。
『おい有川!元はと言えば貴様のせいだぞ!専用の神社をやるなんていい加減な約束をするからだな・・・・、』
しばらくブツブツと説教をくらってしまった。
もちろん俺にも責任はあるけど、あの時はああでも言わないと狼男たちが協力してくれなかったのだ。
だからとりあえず『ごめん』と謝っておいた。
『ほんっとに毎度毎度貴様という奴は・・・・。いいか有川!もう二度と俺の前に現れるなよ!次に会ったら呪ってやる・・・・、』
『ツムギ君、これマリナから。』
『ん?マリナさんからだと。どれ・・・・・はうあ!こ、これは・・・・、』
渡した封筒の中にはマリナのプロマイドが入っている。
イグアナが飯を食ってるところ、イグアナが窓際で日向ぼっこをしているところ、そして最後は人間になった時のマリナがモデルガンを構えているところだ。
最後の写真はあの事件のあと、みんなで街へ繰り出した時に、タンク君が撮影したものだ。
ツムギ君はプルプル震えながら感動していた。
『ツムギ君にも色々助けられたからね。それで許してくれるかな?』
『ま、マリナさん・・・・僕はもっと立派な稲荷になれるように精進します!あなたと結ばれる為に!!』
嬉し涙を流していたので、怒りを収めてくれたってことなんだろう。
ウズメさんはクスクスと笑いながら、『引き上げる準備もあるから、あと一ヶ月くらいはこっちにいるわ』と言った。
『悠一君とはほんとに色んなことがあったからね、最後にみんなでご飯でも行きましょ。』
『はい!喜んで。』
・・・・という出来事があったのだ。
この話をした時、チェリー君はずいぶん驚いていた。
彼が言うには、自分の世界へ引き上げる霊獣は他にもいるけど、人間に迷惑を掛けるからって理由は初めて聞いたらしい。
ほとんどの場合は身の危険があるからとか、こっちで住みづらくなったからとか、そういう理由だという。
お稲荷さんは神様だから、やっぱ俺みたいな下っ端の霊獣とは違う考え方してんだなあとも呟いていた。
と同時にこんなことも漏らしていた。
『俺もそろそろ身の振り方考えた方がいいのかもしんねえなあ。』
もしかして君も霊獣の世界へ帰っちゃうの?と尋ねようとしたけど、あえて聞かないでおいた。
彼は迷っているのだ。
下手に尋ねてしまえば、意地を張って『俺も帰るぜ!』なんて言い出しかねない。
チェリー君は我が家の一員、出来ればもう少しここにいてほしかった。
しかし・・・・、
「なあよお?」
思案気な顔で宙を見上げている。
こういう時、先を聞かずともピンときてしまうものだ。
思わず「君も帰るの?」と口にしそうになったけど、グっとこらえた。
「ウズメの姐さんたちが引き上げたあと、こがねの湯はどうなるんだ?」
「ああ、そのことまだ話してなかったっけ?」
「なんも聞いてねえよ。」
「ごめんごめん。実はウズメさんたちが引き上げたあとは、管とその部下たちが引き継ぐことになったんだ。」
「あ、アイツらが!なんで?」
「そう約束してたんだ。アナグマ病院で預かってもらってる動物たちの里親を見つけてくれたら、こがねの湯で雇ってあげるように計らってあげるって。」
「・・・ああ、そういやそうだったな。で、結局どうなったんだ?ウズメの姐さんはOKだって?」
「ああ。彼らはちゃんと里親を見つけてくれた。ぜんぶは無理だったけど、引き取り手のなかった動物は自分たちで飼うってさ。」
「そりゃよかった。あの野郎もなかなかやるじゃねえか。」
「だけど一つ条件があってね。それは完全な人間に変わることなんだ。」
「人間に?」
「だってウズメさんたちが引き上げるのに、そのあとを霊獣の管たちが引き継ぐのはおかしいだろ?だから薬で完全に人間に変わったらお店を任せてもいいとさ。」
「なるほどねえ。厄介だと思ってたあの薬も、そういう使い方があったか。」
「すでに管とその部下たちは人間に変わってる。今はアカリさんの下でビシバシしごかれてるはずだよ。」
「アカリの姐さんの指導か。考えただけでもおっかねえなあ。」
顔をしかめて苦笑いしている。
「どうしたのチェリー君?」
「ん?」
「この前からずっと悩んでるような顔してるからさ。なにかあったのかと思って。」
心配になってつい口にしてしまう。
チェリー君は「ちょっとなあ」と頭を掻いた。
「あの事件のあとから考えてたことなんだけど、なんか迷いが出てきたっていうか。」
「てことはやっぱり君も・・・・・、」
「俺、放浪してみようかなあって。」
「へ?放浪?」
思ってたのと違う答えに変な声が出てしまった。
「あの狼男たちを見てたらよ、自由で羨ましいなあって思ったわけさ。」
「まあ元々自由な気質だよね、チェリー君は。」
「そうなんだよ。それがいつの間にか誰かの為に戦うような感じになっちまってよお。
別に悪い気はしねえんだけど、なんかちょっと違うなあって・・・・んな大層に気にするもんでもねえのかもしんねえけど。」
そう言って「ちょっと出かけてくるわ」と立ち上がった。
「どっか行くの?」
「こがねの湯。姐さんたちがいる間に顔出しとこうと思ってよ。」
「うん、きっと喜ぶよ。」
ガチャガチャと音を鳴らしながらブーツを履き、「そんじゃな」と手を振って出て行く。
彼は彼で自分の生き方を考えているわけか。
冴木君や翔子さんのように誰かの為にって人もいれば、チェリー君や狼男たちのように自由を一番に考える人もいる。
どちらにせよ、自分の生き方が見えているというのはいいことだと思う。
一番辛いのは迷路を彷徨うがごとく、足を踏み出す場所さえ分からないことだろう。
今、我が家には一ヶ月たっても心を開いてくれない仲間がいる。
トゲトゲの背中を向けたまま、部屋の端っこで丸くなっていた。
「マシローちゃん。」
呼んでも返事をしない。
餌だけは辛うじて食べてくれるけど、マサカリたちがからかってもリアクション一つないのは心配だった。
《大事な飼い主を失ったんだ。一ヶ月やそこらで傷が癒えるわけないよな。》
伊藤の命は栗川さんの畑に息づいている。
でもそれはマシローちゃんが望んだ結果ではない。
以前、この家にはカモンというハムスターがいて、それはもうインパクトのある凄い奴だった。
だからこそカモンが亡くなってからというもの、俺もマサカリたちもどこか気の抜けた感じがしていた。
正直なところ、今でもよく思い出してしまうのだ。
もしカモンがいたらって。
《まだまだ時間が必要だよな。》
小さく丸まったトゲトゲの背中を見つめながら、どうにか心を開いてくれたらと思う。
だけど無理は禁物で、やっぱりここは時間に任せるしかない。
頑なになった心ほどデリケートで、強引に開くのは一番やってはいけないことだ。
時計を見ると昼前、特にやることもなく、今日はどうするかなと寝転んだ・・・・・時だった。
ピンポ〜ンとチャイムが鳴って、《もしかしてお客さんか!》と飛び起きた。
極上の営業スマイルを作りながら「有川動物探偵事務所に御用でしょうか?」とドアを開けた。
「こんにちわ。」
「翔子さん!」
ビシっとスーツに身を包んだ彼女が立っていた。
そしてニコっと微笑みながら「今大丈夫ですか?」と言った。
「ええ、今日は暇なもんで。ていうか最近ずっと暇なんですけど。」
「ダメですよ営業活動しないと。仕事は待っててもやって来ないんです。自分から取りにいかないと。」
「それは分かってるんですけど、どうも営業ってのが苦手で。」
この会話、以前にもしたような気がするけど・・・まあ気のせいだろう。
「いきなりお邪魔しちゃってすみません。」
「いえいえ、ぜんぜん平気ですよ。もしかして動物のことでまた依頼でも?」
「ううん、依頼ではないんです。ちょっと昼休みがてら抜け出してきただけで。もしお仕事中なら帰ろうと思ったんですけど・・・・、」
「さっきも言った通りとんと暇です。これじゃいつ潰れるか分かりません。」
冗談で言ったつもりだけど、ぜんぜん冗談になってないので自分でも笑えなかった。
「まあまあ、どうぞ上がって下さい。マサカリたちも喜びますから。」
「すいません、それじゃお言葉に甘えて。」
翔子さんと一緒に部屋に戻ると、マサカリたちが嬉しそうに駆け寄ってきた。
「おうおう!翔子が来るなんて久しぶりじゃねえか!」
「ほんとねえ。ほら悠一、お茶淹れてあげて。」
「ちょうど昼飯時だな。よかったらミルワーム食うか?」
「ちょっとチュウベエ、人間はそんなの食べないわ。私のバナナを出してあげて。」
みんなの言葉を訳してあげると、可笑しそうに笑っていた。
「相変わらずですね。」
「ほんとですよ。こいつらだけはいつまで経っても変わりません。」
ニコニコと動物たちを見渡す翔子さんだったけど、ふと表情を変えた。
「なんだか不思議。」
「はい?」
お茶を淹れて戻ってくると、「変わってないようで変わっていくんですね」と呟いた。
「ええっと・・・どうかしたんですか?なにか悩みがあるなら、俺でよければ聴きますけど・・・・、」
「そうじゃないんです。カモンがいなくなって、今はマシローちゃんがここにいる。昔と同じ光景に見えてもそうじゃないんだなって。」
「俺もそう思うことがありますよ。あの頃はこことは別のアパートで、カモンがいたし藤井もいたし。」
「藤井さん、最近はもう・・・、」
「連絡を取っていません。」
「すいません、余計なことを・・・・、」
「いいんですよ。お互いに嫌って別れたわけじゃないから。ただそれぞれの道を歩くって決めただけです。」
「後悔とかは・・・・してないですか?」
「してません。そんな軽い考えで決断したわけじゃないし。きっと向こうも同じだと思いますよ。」
「そっか・・・。」
「どうかしたんですか?やっぱりなにか悩み事でもあるんじゃ・・・・、」
「・・・・・・・。」
「翔子さん?」
「あの・・・・、」
「はい。」
「情けないお願いなんですけど・・・・、」
「言って下さい。友達なんですから。」
「・・・・これから冴木君に会いに行こうと思うんです。それで・・・・有川さんも一緒に来て頂けませんか?」
「俺が?別にいいですけど。」
「彼に大事な話をしようと思ってるんです。ただあの事件以来、なぜか冴木君の前だと感情的になることが多くて・・・・。」
自分の手をさすりながら、明後日の方に目を逸らす。
モンブランとマリナがニヤニヤしていたので、足でシッシと追い払った。
「ちゃんと話さなきゃって分かってるんですけど、上手くいかないんです。
彼を見てると、まるで自分を見ているような気になって、なぜか焦ってイライラして・・・・・。」
「似た者同士だとそうなる気持ちは分かりますよ。俺も藤井とそういう感じになってたことがあるから。」
「そうなんですか?」
驚いたように目を開く。
俺は「大事な人だからこそ・・・・、」と続けた。
「モヤモヤしたり感情的になったりするんだと思います。
どうでもいい相手ならどう思われても気にならないけど、大事だからこそ相手の目に映る自分が気になるんですよね。」
「今の私がまさにそんな感じです。冴木君の目に私はどう映ってるんだろうって。
だからその・・・・子供っぽいお願いなんですけど、一緒に来てくれたら助かると思ってですね・・・、」
「そんな遠慮しないで下さい。俺でよければ付き合いますよ。」
「ありがとう。」
「ちなみに冴木君はどこに?」
「彼もお昼休みだろうから、もしかしたら栗川さんの畑かも。仕事の合間にちょくちょく行ってるみたいで。」
「よし、じゃあ行きますか。」
「た、助かります!」
上着を羽織り、「留守番頼むな」と動物たちを振り返る。
するとなぜかみんなで整列してこっちを見ていた。
「ん?どうした?」
マサカリが鼻を鳴らしながら「あの畑に行くんだろ?」と言った。
「じゃあアイツも連れてってやったらどうだよ?」
そう言ってマシローちゃんに顎をしゃくる。
モンブランも「賛成」と頷いた。
「ここに来て一ヶ月、ずっとあのままっていうのはちょっとねえ。」
「まだ悲しみが癒えてないんだよ。今はそっとしといてやろう。」
「私は逆だと思うわ。こういう時こそちゃんと構ってあげないと。」
「いや、無理に連れて行かない方が・・・・、」
「俺もモンブランに賛成だな。」
チュウベエが羽を上げながら言う。
「こういうのはタイミングを逃すとよくない。ズルズルこのままってこともあり得る。そうなったら半年たとうが一年たとうがずっとあのままだぞ。」
「う〜ん・・・・一理あるっちゃあるけど・・・・、」
迷っているとマリナもこう言った。
「ちょうどいいじゃない。一緒に連れてってあげれば。」
動物たちの意見が一致することは珍しい。
こういう時はだいたいこいつらの方が正しいのだ。
「そうだな、そこまで言うならそうするか。」
背中を向けているマシローちゃんに近づくと、サっと逃げ出した。
「逃がすか!」
マサカリが飛びかかるけど、あっさりかわされてちゃぶ台をひっくり返していた。
「ごほおッ・・・・、」
「なにやってんのよもう!」
今度はモンブランが飛びかかる。
先回りして逃げ道を塞ぎ、チュウベエと一緒に挟み撃ちにする。
「大人しくお縄をちょうだいするんだな。」
「う・・・・、」
狼狽えるマシローちゃんだったが、ボールみたいに丸まって強行突破していった。
「きゃあ!」
「うお!」
さすがにトゲトゲのボールは怖いらしい。
しかしその先には最後の砦であるマリナが待ち構えていた。
鱗で覆われたマリナはハリネズミのトゲなんて怖くない。
マシローちゃんもそのことは分かっているようで、ぶつかる寸前で「とうりゃ!!」とジャンプした。
「はいおかえり。」
「あ・・・・、」
飛び上がった瞬間にキャッチする。
そのまま腕に抱いて「それじゃ行ってくる」と部屋を後にした。
「私の車で行きましょう。」
「僕は行きたくない!」と暴れていたけど、翔子さんの車に乗ると観念したのか、シュンと大人しくなった。
「いいんですか?すごく嫌がってるみたいだけど。」
「マサカリたちがそうした方がいいって言ってたから、多分これでいいんです。人間より動物の気持ちを分かってると思うから。」
そう答えるとクスっと笑って車を発進させた。
今日は少し雲が多い。
マシローちゃんはわずかに顔を上げ、「雨が降らなきゃいいな・・・・」と呟いた。

calendar

S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
<< November 2019 >>

GA

にほんブログ村

selected entries

categories

archives

recent comment

recommend

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM