緑が謳うとき 第二話

  • 2019.05.27 Monday
  • 12:11

JUGEMテーマ:自作小説

夜、いつもとは違うコンビニへ向かうことにした。
近所には三つのコンビニがある。
ローソン、ファミリーマート、セブンイレブン。
一番近いのはファミリーマートだけど、そこへ至るまでの道はあまり心を擽られないものなので、セブンイレブンへ向かうことにした。
ここへ向かうには市役所の傍を通ることになる。
隣には公園とグラウンドがあって、ポツポツと点在する申し訳程度の街灯に照らされている。
僕はあえて市役所の敷地内を通ることにした。
少し前まで有料だった駐車場へ足を踏み入れ、入口のドアへ続く階段を上り、駐車場より少し高い場所から周りを見渡した。
敷地を囲う生垣には定間隔で木が植わっていて、街灯の光を受けて夜に浮かんでいる。
見ようによってはどこか不気味だけど、心安らぐ闇の風情もある。
木はモノを言わないが、どうしてか自己主張しているように思ってしまうのは、四方八方へ枝を伸ばしているせいかもしれない。
一台の車が生垣の向こうの道路を駆け抜けて、テールランプが闇の中に消えていく。
木々に背中を向け、コンビニへ歩き出す。
見上げた先に光はない。
昼間の曇り空は夜になっても続いていて、月どころか星さえも見えないでいた。
明日も雲行きは怪しかったはずだ。
でもいいさ。
曇ろうが雨が降ろうが、特に困ることはない。
明日の仕事は今日の続きなので、パソコンとにらめっこをしながら写真をいじるだけ。
目が疲れたなら、また一服がてら外へいき、ぼんやりするだけだ。
買い物をすませ、家に帰るなり新品の歯ブラシのパッケージを剥いた。
スト兇離イルの頭みたいになってしまった古い歯ブラシを捨て、新品をグラスに立てる。
冷蔵庫にペットボトルのお茶をしまい、ラジオ片手にFMがいいかAMがいいか迷いながらツマミを回す。
そういえばまだ風呂を洗っていなかった。
あいにく三日前から洗剤を切らしていて、ついでに買ってくればよかったなと後悔しながら、シャンプーを手に取る。
そいつをニュルニュルっとブラシに垂らし、ゴシゴシと浴槽を磨いた。
誰に聞いたか忘れたけど、シャンプーは浴槽洗剤としても使えるらしい。
皮脂汚れを落とすからだそうだ。
そういうわけで妙にいい香りのする泡を立てながら磨き続けた。
最後はシャワーで流し、ふうっと息をついて顔を上げると、網戸の向こうに光が走るのが見えた。
同時に自転車の音も。
誰かが土手道を走って、橋の方へと曲がっていったようだ。
別になんてことはない。
知り合いだったわけでもないし、そもそも暗いので顔は見えない。
なのに自転車が去っていった方をしばらく見つめていた。
外に出て橋の袂まで歩く。
対岸には寂れた町と山がそびえている。
山の上にはテレビの電波塔が建っていて、夜の今はこの目で見ることは出来ないけど、そこにあることは知っている。
この山はよく行くあのコンビニから見える山と同じ山で、こっちからでも鉄塔が見えるんだけど、まったく見え方が違う。
遠近感のせいなのか、それとも山の形のせいなのか分からないけど、大して距離は違わないのに、コンビニからだとものすごく近くに見えて、橋の袂からだとものすごく遠くに見える。
だけど山を登ってあの場所まで行くとなると、ここから橋を渡って登っていった方が早くたどり着けるのだ。
コンビニの側から山に登ると、すぐそこに見える頂上の鉄塔までかなり時間がかかる。
目で見える距離と、足で歩いてたどり着ける距離はまったく違うらしい。
遠いと思っていたモノが実は近くにあって、近くにあると思っていたモノが実は遠くにある。
あの山がそう教えてくれる。
もし今日、頭上に広がるこの空に月が出ていれば、ほんのりと山を照らし、鉄塔のシルエットくらいは見えたかもしれない。
あれはまだ桜が満開だった頃、流れる雲がかかって朧月になっていた。
夜道は薄い青に照らされ、時折雲の影に遮られては、また青い光を投げかけていた。
月は黄色く輝いているのに、月光は青白いのはなぜだろうと、ワンカップ大関をチビチビ舐めながら、コンビニから帰ったのを覚えている。
そういえばあの時、手持ちが少なくて、いつも買っているおつまみが買えずにうまい棒で代用したっけ。
サラダ味とコーンポタージュ味だった。
家に着く前に食べきってしまったから、晩酌の友は冷蔵庫の沢庵になってしまったけど。
色々思い出していると、少し歩きたくなってきた。
けど夜も遅いしそろそろ眠たいし、明日もまたパソコンとにらめっこをしなきゃいけない。
月も星もない空に背中を向け、家に帰って寝た。
・・・・この日は久しぶりに夢を見た。
でもどんな夢だったかは覚えていない。
覚えていないんだけど、目覚めた時は気分がよかったので、悪い夢じゃなかったんだろう。
内容は記憶していなくても、感情は夢を記憶していることがある。
楽しい夢だったか、悪い夢だったか。
布団から這い出て、顔を洗いながらお気に入りの歌を頭の中で口ずさむ。
気分の良い寝起きは心だけでなく頭もクリアで、抜け落ちて思い出せない歌詞の一部さえスラスラ出てくる。
そして犬の散歩から戻ってくる頃にはまた忘れているのだ。
よっしゃ働くかと動き出した脳ミソのせいで、寝起きのクリアな思考が損なわれるせいだろう。
まあいい、いつかの寝起きにまた思い出すだろう。
この日は仕事を頑張り、夕方の犬の散歩を終える頃にはグッタリしていた。
横になったが最後、目を開けたら次の朝がやって来て、そして今日もまた昨日と同じようにグッタリする一日を過ごした。
おかげで納品日が早まり、一日休みが出来た。
友人と飯を食いに行き、適当に店をブラブラしてから家路につく。
陽は少しだけオレンジ色に傾いていて、渋滞で固まる国道を照らしていた。
前を詰める車の窓が反射し、ルームミラーには後続車の窓の反射も映っている。
あちこちが水面のように煌き、遠くに並ぶビルの群れはコントラストの強いシルエットに変わって、ハリボテのように見える。
ノロノロすすむ車、チープなパズルのようにそびえるビル群。
今、この目で見えている範囲の全てがジオラマであるかのようだった。
友人を家まで送り、犬の散歩へ向かう。
土手道を歩きながら感じる空気には、どことなく夏の装いが含まれている。
まだ梅雨さえ来てないけど、春とはまったく違った空気だ。
年々暑くなっていく夏は、もはや楽しい季節とは呼べない。
謳歌するどころか、命の危機を心配して、冷房のある場所に避難していないといけないほどだ。
セミの声は今でも響いているけど、子供たちがはしゃく声はめっきり聴こえなくなってしまった。
最高で40度を超す日もあるんだから当然だろう。
代わりにエアコンの室外機の音が増して、今の夏に風情と呼べるものは少ない。
だから初夏がいい。
暑くもなく寒くもない。
何より緑が綺麗だ。
土手を降り、堤防前の広場を歩く。
橋桁の周りは工事中で、掘り出した土が橋より高く積み上がっていた。
その向こうにはツツジの植え込みと、ボロボロになったテニスコートがある。
橋桁越しに見えるその光景は、よく出来た写実画のよう。
橋と橋桁が額縁となって、景色の一部を切り取っているからそう見えるんだろう。
犬に引かれながら橋を越えると、さっきまでとはまったく違った印象に変わり、どう見ても写実画のようには見えない。
どうやら人の目は曖昧らしい。
同じ景色であっても、立ち位置が変わるだけで、まったく印象が異なってしまうんだから。
サクサクと草を踏みつけながら歩いていくと、少し離れた場所にタンポポの綿毛が密集していた。
真っ白な綿毛が群れている光景を見て、妖怪ケセランパサランを思い出す。
たくさん集めれば願い事が叶うとか、幸せになれるとかいう、ちょっと変わった妖怪だ。
タンポポの綿毛のような、もしくは綿飴のようにふわふわした姿をしているらしく、もし本物がいるなら見てみたい。
ただし願い事を叶えたいとか、幸せになりたいとかは望まない。
波風のない生活の今、願うことも、求めることもないのだから。
夕陽は山の向こうに消えかかり、ほんのわずかな光だけ残しながら、今日はもう店じまいとばかりに去っていく。
ある意味太陽は気楽なものだ。
早出も残業もしないんだから。
なかなか良い働き方だと思う。
最後の抵抗とばかりに、山の稜線から残光が伸びている。
しかしもう足元に影は生まれない。
暗くなっていく空。
対岸にポツポツと明かりが灯り始めた。

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