緑が謳うとき 第五話

  • 2019.05.30 Thursday
  • 11:56

JUGEMテーマ:自作小説

初夏も終わりに近づいてきた。
梅雨にはまだ遠いけど、緑の趣が変わってきたのだ。
初夏特有の透き通るような、それでいて若々しい緑は消え去り、代わりに生命力あふれる逞しい緑になった。
夏が近いのだと、そこらじゅうの草木が教えてくれている。
今日は仕事は休み。
犬の散歩をすませたあと、ここ数日の疲労を相殺する為に、布団に潜り込んで二度寝を決めていた。
目を開けた時にはすでに昼前。
友人から飯でも行かないかと連絡が入っていて、返信が遅れたことを謝りつつ、今日は疲れているので難しいと断った。
目は覚めているけど、布団をかぶり直して目を閉じた。
外から大きな音が聴こえる。
機械音のようだけど、これはエンジンだろうか。
バイクかもしれないし、チェーンソーの音にも聴こえる。
そういえば実家にいた頃、微睡みの中で、雷の音を間違えたことがあった。
冬だった。季節外れの雷だなと、布団にくるまって目を閉じていたのだ。
でもやたらと規則的に響くので、おかしいと思って顔を上げたら、すぐ近くの柱で猫が爪を研いでいるだけだった。
目を開けていたら、ちゃんと覚醒していたら、絶対に聞き間違えない音だった。
布団の中で微睡んでいると、普段は間違えないような音まで聞き間違えてしまうのだ。
しかし目を開けて真実を知ったからといって、何かが変わるわけじゃない。
ああ、雷じゃなくて猫だったんだなあと、また布団にこもってしまっただけだった。
今聴こえているこの音の正体は何なのか?
バイクか?チェーンソーか?それとも重機か?
知ったところで何も変わらない。
だったら確認なんてする必要はなくて、布団にもぐり続けた。
・・・・その日の夕方、犬の散歩へ行く直前に空が光った。
バリバリと空気を引き裂く音、カメラのフラッシュのような閃光。
窓越しに飛び込んでくる鮮烈な光と音は、部屋の中に緊張をもたらす。
昔から雷が怖かった。
同時に好きでもあった。
言いようのない興奮が湧いてくるし、恐怖と喜びが混じったようなおかしな気分になる。
窓から顔を出し、薄暗い空を窺う。
もうすぐ夕立が来るだろう。
風が湿り気を帯びて、そこら辺の草木に吹き付けていた。
雷は何度も閃光を放ち、腹に響く重低音がどこか心地いい。
たまに鳴る鋭い雷鳴には身を竦めたけど、ゴロゴロと唸る声は言いようのない魅力があった。
ポツポツと雨音が鳴ったかと思うと、間髪入れずに豪雨がやってきた。
窓を閉め、バケツをひっくり返したかのような水の嵐に見入る。
全てが雨で塗りつぶされていく。
光も音も、そして匂いさえも。
激しく窓を叩きながら、これでもかと水を浴びせかける中、また閃光が走った。
空気を切り裂く音はどこかに落ちた証拠。
それを最後に雷は鳴りを潜め、やがて雨も駆け抜けていった。
窓から光が差し、窓に叩きつけられた水滴が反射する。
外に出てみるとそこらじゅう水浸しで、土手の草にたまった水滴が輝いていた。
家に戻り、インスタントのスープで一息つき、靴下を放り投げてサンダルを履く。
少し早いが犬の散歩に出かけた。
川は少しだけ水かさを増していて、いつもは浮き出ている堤防の岩が見えなくなっている。
そういえば何年か前、連続で襲いかかってきた台風のせいで、氾濫寸前までいったことがある。
水は橋桁いっぱいまでせり上がり、いつ土手を越えてもおかしくない状態だった。
あの頃はこのアパートには住んでいなかったけど、興味本位で見に行ったのだ。
水底の泥を巻き上げながら猛スピードで突進する濁流は、雷鳴に匹敵するほどの轟音を響かせながら、いつ土手を越えてやろうかと殺気満々だった。
避難勧告の出ていた土手近くの家には誰もおらず、傍で眺めているのは僕一人だけ。
もしこの瞬間に氾濫したら命はない。
そう思いながらも、どうしてかずっと眺めていたかったので、橋の上まで歩いた。
手すりの下を見るとほんのすぐそこまで水がきていた。
座って足を伸ばせば届く距離だったが、さすがにそれをやる勇気はなかった。
・・・・今になって青くなる、よくあんなことをしたものだと。
なぜ命の危険があるのに近くまで行ったのか、自分でもよく分からない。
荒れ狂う自然の力を見てみたかったのか?
とにかく正体の分からない何かに好奇心を刺激され、興味に抗えなかった。
今なら絶対に同じことはしない。
あの日、近くで荒れ狂う川を見て興奮し、それから時間が経つにつれて馬鹿なことをしたと実感するようになったのは、好奇心に負けない大人になったせいだろうか。
そもそも好奇心そものが衰えている可能性もあるけど、それが大人になるということなら、成長と感受性は反比例の関係にあるんだろう。
些細なことでも感動できるのは素晴らしい能力だけど、ある程度の鈍さが無ければ人生は辛い。
鋭敏な感性は感動だけでなく、日々起こりうる些細な痛みやストレスまで増幅してしまう。
あと10年もしたら、僕は何に対しても美しいと思ったり、胸を躍らせたりしない人間になってしまうのかもしれない。
それはとても寂しいことだろうけど、今考えても仕方がない。
・・・犬が身を丸め、ボトっと糞を落とす。
ナイロンで拾い、袋に突っ込んだ。
犬はさっきまで糞のあった場所をクンクン嗅ぎながら、まったく別の場所の草を蹴り散らかして臭いを広げようとしていた。
帰り際、土手を降りて土の上を歩いた。
ぬかるんだ土にめりこむサンダル、湿っていく足の裏。
泥が指の間に入り込み、爪の先が汚れていく。
湿った草地へ向かい、水たまりに足を突っ込む。
バシャバシャとはしゃぐ水に犬が興奮し、獲物を狙うかのようにお尻を振り、水たまりに突っ込んだ。
跳ねた水滴がズボンを濡らし、小さな染みを作っていく。
足元から顔を上げると、対岸の山も輝いていた。
鮮烈な緑、麓に広がる建物。
ガソリンスタンド、コンビニ、木々の間から見える神社の屋根、古くなった遊具が並ぶ公園、小学校の屋上にある大きな時計。
どうして分からないけど、一瞬ここがどこだか分からなくなった。
同じ漢字をじっと見続けていると、ゲシュタルト崩壊を起こして、本当にこんな漢字だったかなと不思議に思うらしいけど、それは景色に対しても起こることなのかもしれない。
じっとずっと見続けていると、自分の足元さえ危うくなってくる。
でもここが間違いなくいつもの土手であるとすぐに思い直したのは、ぬかるんだ足元のせいだ。
さっき雷が鳴った、夕立が来た、草木が濡れた、地面には水たまりができた。
だから僕の足は濡れている。
指に挟まった泥、汚れた爪、そしてリードを引っ張る犬。
光景が、感触が、そして雨と緑の匂いが、自分の立っている場所を思い出させてくれる。
歩き出し、家に帰り、犬の餌をやり、さっきまでの出来事を忘れたくてラジオをつけた。
でも物足りない。
テレビが欲しい。
DVDプレイーヤーも欲しいし、ゲーム機だって。
ネットなら出来るけど、どうしようか?
ここ最近は仕事以外でパソコンもネットも使うことはなかった。
スマホにしたってそうだ。
無駄なお金を使いたくないから、月に2GBまでの契約にしてある。
・・・・飽きた?
今の生活に飽きてきたのか?
波風のない穏やかなこの生活、日常の情景や景色に感性を躍らせるこの生活。
ある意味仙人みたいなこの生活に飽きてきたんだろうか?
こういう生活をするようになったことに、特別な理由はない。
だったらこういう生活に飽きてしまうことにも、特別な理由はいらないはずだ。
飽きたから、充分に堪能したから。
だからまた刺激のある生活に戻りたい。
街の中に、便利な中に、娯楽があふれる中に、恋愛の中に、大勢の人間がいる社会の中に。
窓から差し込む光を見て、水滴のついたシンクを見て、部屋の中をウロウロしながら、唇を指で弾きながら、自分はどうしたいんだろうと考えてこんでしまった。
・・・・翌日、いつもと同じように犬の散歩へ向かった。
すると普段とは違って景色が見えることに驚いた。
あれだけ美しいと思っていた何気ない土手道の風景。
自然の移り変わり、営み、そういうものに情緒や風情を感じなくなってしまったのだ。
やはりこういう生活に飽きてしまったんだろうか。
仕事中も悶々としながら、翌日にも同じ感覚に襲われた。
そして次の休日、いっそのこともっと田舎へ行ってみようかと思って、遠出をしてみることにした。
自宅から二時間ほど車を走らせる。
蛇行する国道は広く、左手には山、右手には川が流れている。
山の麓はコンクリートの斜面になっていて、反対側にある川辺も同様にコンクリートで補強されていた。
それでも植物は根付く。
ほんの小さな隙間からでも顔を出し、川からガードレールにまで伸びているモノもあった。
田舎の国道は交通量も少なく、すれ違う車はほとんどいない。
少し離れたところにワンマン列車の駅が佇んでいて、小さなホームには誰もいなかった。
一時間に一本くらい・・・いや、もっと少ないかもしれない。
ホームの周りは古い民家と畑ばかりで、耕された土と、畦の緑に覆われている。
夏になればノスタルジックな光景になるだろう。
一枚絵の景色としては綺麗だろうけど、実際にここに住むとなればどうだろう?
おそらく住民は高齢者が多く、生活もかなり不便だろう。
近くには大きな病院もなさそうだし、大怪我や大病でもすれば、否応なしにここを離れなければいけない。
ルームミラーに流れていく駅を目で追いながら、もっと田舎を目指していった。
やがて山は低くなり、代わりに川の幅が増していく。
車がギリギリすれ違うことが出来そうな細い橋を渡って、間違いなく過疎化が進んでいるであろう集落を抜け、本物のヘビのようにうねる蛇行道路を走っていった。
途中、草の茂路に肩に車を止めて、窓をあけて一服ついた。
・・・・特に思うことはない。感じることも。
目を閉じ、胸いっぱいに緑の空気を吸い込みながら、強い刺激を欲しがっている自分がいることに気づく。
自然は美しい、田舎の長閑な雰囲気も好きだ。
しかしそういうものに胸が躍る感度は明らかに低下している。
・・・・なぜか疲れを感じた。
背もたれを倒し、しばらく眠りについた。

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