緑が謳うとき 第六話

  • 2019.05.31 Friday
  • 11:56

JUGEMテーマ:自作小説

雨が続いている。
今は梅雨のど真ん中で、蒸すような不快感と、薄い陽光しか降り注がないことに我慢しないといけない日々が続いていた。
そういえばこの前、部屋の隅にヤモリがいた。
夜になるとよく窓に張り付いているけど、部屋の中に出てくるのは珍しい。
捕まえて逃がそうとしたんだけど、かなりすばしっこくてどこかに消えてしまった。
まあ自分で入ってきたなら自分で出ていけるだろう。
・・・・外での一服を終え、仕事に戻る。
昨日もブライダルの撮影が入っていた。
パソコンの画面を睨みながら、疲れた目と格闘しつつ、補正をかけていく。
シトシトと降る雨の音は部屋にも響いていて、ずっと耳にこびりついて離れない。
無性に寂しくなり、リモコンを手に取った。
数日前にテレビを買った。
小さな画面の安物だけど充分だ。
ついでにDVDレコーダーも。
昨日録画しておいた深夜番組を見る。
そいつをBGM代わりにするだけで、部屋の中はずいぶんと空気が変わった。
馬鹿なことをして叫ぶ芸人、それを見て笑うアイドル。
無味無臭なCM、そしてまた始まるバカ騒ぎ。
部屋に広がるテレビの音は寂しさを打ち消してくれた。
以前ならこんな日々を寂しいと思うことはなかった。
それどころか胸が安らぎ、雨の音に風情を感じながら、イメージの世界に没頭していた。
今はそれが出来なくなりつつある。
降り続ける雨を鬱陶しいと思うし、ジメジメした空気は不快だ。
そしてこんな憂鬱な季節を乗り切るには刺激が必要だ。
そのうちテレビとDVDだけでは済まなくなるだろう。
もっと快適にネットが使える環境にするだろうし、出かける頻度も、人に合う回数も増えると思う。
恋愛もしたくなるし、贅沢もしたくなるだろう。
自然や景色の風情を楽しむよりも、もっと分かりやすくて刺激の強い快楽を欲しがっている今、波風のない穏やかな生活は苦痛に変わり始めていた。
時計はお昼の12時を回ったところ。
いつもは自炊だけど、今日は外へ行くことにした。
最近はファーストフードを避けていたけど、久しぶりにと思ってハンバーガーショップに入る。
梅雨時は客が少ないようで、並ばずに注文が出来たし、ほとんど待つことなく商品が運ばれてきた。
ポテトをかじり、ハンバーガーをかじり、コーラで流し込む。
一口目は味のキツさに顔をしかめたけど、一個食べ終える頃には慣れてしまった。
昔、腹の周りには掴めるだけの肉がついていたけど、今はない。
質素な食事のおかげで勝手に痩せていったのだ。
でもまた太りだすだろう。
美味いモノを食うのが大事か。
それとも体型の維持が大事か。
どちらが正解ってことはない。
極端に健康を害しないなら、自分が好きだと思う方を選べばいい。
僕は太ってもいいから、もっと美味しいモノを食べたい。
食べたくなってきた。
食事だって刺激が必要だ。
たぶん明日も外へ食べに行くだろう。
今夜はラーメンなんてことも。
友人と出かける時くらいしか外食なんてしなかったここ数年。
仕事の時だって弁当を持って行ったのだ。
おにぎり二つと、漬物や小魚だけの弁当を。
飲み物はお茶、パンの日はコーヒー。
けどそれも終わりにしよう。
明日からは・・・いや、今日からはうんと美味いモノを食べるのだ。
もちろん財布に負担が掛からない程度で。
久々のファーストフードはとにかく美味かった。
腹も膨れ、大きな満足感に満たされる。
家に帰り、いつもより早めに仕事を切り上げて、友人と街まで繰り出した。
久しぶりに飲みに行き、カラオケに行き、また飲み屋を梯子した。
次の休日には釣りへ出かけた。
堤防釣りはよくしていたけど、久々に船を借りて沖まで出たのだ。
数時間ねばったけど坊主のままで、帰り際にサービスで一匹だけ魚をもらった。
坊主の人にだけもらえる特典だった。
港にある魚屋さんで捌いてもらい、数人で鍋をした。
友人の一人が女の子を呼べるというので、ちょっとした合コンみたいになってしまい、そのうちの一人の子と仲良くなって、二週間後くらいに付き合うことになった。
しかし長続きせず、梅雨が明けて暑くなる頃には別れていた。
けどどうしても彼女が欲しかったので、友人に紹介してもらい、その子とは冬が明けても付き合っていて、一年の間一緒に暮らした。
波風のない穏やかな生活を送る前はこんな生活をしていた。
今の僕は自然の美しさや風情に心を躍らせることはなくなっていた。
草木が輝いていても、空がこれでもかと青くても、水たまりにアメンボがいても、だからどうしたと言わんばかりに、その辺の石ころ同様の扱いになっていた。
刺激のある生活は楽しい。
その分散財もしたけど後悔はない。
ずっとずっとあんな穏やかすぎる生活には耐えられなかったし、今思えばどうしてあんな生活を望んでいたのか不思議に思うほどだ。
けど特別な理由なんてないんだ。
人は過去を振り返った時、もっともらしい理屈を付けたがる。
あれがこうだった、だからこうなった。
そんな検証のしようのないことに理屈をつけ、納得し、勝手に人生訓をこしらえて、成長したような錯覚に陥る。
でもそれは違う。大きな変化に理由はない。
だからまた波風のない穏やかな暮らしを求めることがあったとしても、特別におかしなことではないのだ。
そしてそういう日はまたやって来た。
刺激のある毎日が普通になってしまい、刺激を刺激と感じなくなるのに、そう時間は必要なかったのだ。
穏やかな日々に退屈を覚えたあの梅雨の日から二年と経たずに、また同じような暮らしに戻ってしまった。
退屈な男になってしまった僕に、彼女は不満を募らせ、そして我慢の限界がきた。
あんたは悟りを開いた坊さんかと呆れられるほど、何に対しても欲がなくなってしまっていたのだ。
自分の荷物をまとめながら、仙人と一緒に暮らす気はないと別れを言い、さっさと出て行ってしまった。
決して派手なことが好きな女の子ではなかったけど、度を超えた無欲ぶりというか、あまりの退屈な男っぷりの僕に対し、自分の時間を無駄にしたくなかったんだと思う。
可哀想なことをしてしまった。
あそこまで我慢させる前に、どうにか出来たかもしれない。
別れた翌日、昨日まで彼女が寝ていた布団を干しながら、少しだけ二人の思い出に浸った。

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