緑が謳うとき 第七話

  • 2019.06.02 Sunday
  • 11:12

JUGEMテーマ:自作小説

ガラス張りのビルに雲が映っている。
ゆっくりと流れる動きもそのまま映し、しばらくその光景に見入っていた。
僕のすぐ隣を初老の男が歩いていき、自動ドアを潜って中に消えていく。
ここは近所にある福祉センターで、施設の一角に銭湯がある。
300円で入浴できるのでちょくちょく来ているのだ。
開店は朝九時、ドアが開くのと同時に入って、一時間ほどゆったり浸かっていた。
朝食がまだだったので、向かいのスーパーへ向かう。
特にこれが食べたいといったモノはないけど、腹は満たしておきたい。
パン二つとコーヒー牛乳を手にレジへ向かい、フードコートで袋を開けた。
窓側のカウンター席、外から光が差し、植え込みの緑がよく見える。
また初夏がやって来た。
煌く緑に目を細めながら、歩道を歩いていく飼い犬に気を取られる。
今年の春、大家さんの犬がこの世を去った。
享年12歳だった。
長い付き合いだったので寂しさはある。
朝晩ずっと散歩に行っていたのだ。
今でも時々、散歩へ行かなければと支度してしまいそうになることがある。
犬ってのは長いと15歳くらいまで生きるらしいので、12歳で他界というのは、そう早死ってわけじゃないんだろう。
ただあの犬が満足した生を送ったのかどうかは分からない。
亡くなる一週間前は大家さんの家にいたので、最期の瞬間は看取ってないけど、病気だったので楽にってわけにはいかなかったはずだ。
病院で過ごしていたらもう少し生きられたらしいけど、大家さんはそれを拒否し、自宅で最期を迎えさせた。
それもあの犬にとって幸せだったのかどうかは分からない。
ただやはり寂しい。
長く付き合った仲だ、どうか天国で幸せに暮らしていてほしい。
そんなことを考えながらパンを食べ終え、夜勤の仕事に備えて、家で身体を休めることにした。
今年の春に仕事を変えたのだ。犬が亡くなる少し前のことである。
というのもカメラマンの友人の仕事が減ってしまい、人を雇う余裕がなくなったとリストラを告げられた為だ。
そのうち自分自身が廃業するかもしれないと嘆いていた。
あの業界もなかなか厳しい。
大きな欠伸をしながら背伸びをして、家に帰ってからすぐに布団に潜り込んだ。
次に目を開けた時は夕方になっていて、布団の上でストレッチをこなし、顔を洗いながら、頭の中で流れる少し前に流行った歌を聴いていた。
ほんとに寝起きってのは、どうしてこうスラスラと歌詞が出てくるんだろう。
メロディだってそうだ。
きっと人間の頭には、睡眠後にだけ作動するメディアプレイヤーが付いているに違いない。
頭が活発になる頃には、他の雑音が大きくなって聞き取れなくなってしまうけど。
時計は午後五時を指している。
少し前なら犬の散歩に行っていた時間だ。
もう犬ないないけど、寝起きの頭を覚ます為に散歩へ出かけることにした。
近所のスーパーで酒と惣菜を買い、店の裏手へ回って、細い路地を歩いていく。
右手には学校終わりの子供を預かる学童保育があり、その向かいには散髪屋がある。
どちらも年季の入った家屋で、何年か前までは普通の民家だった。
しかし家主が亡くなったり引っ越したりと、ここら辺でも空家が目立つようになった。
無人の家屋はそのまま放置されることが多いけど、こうして別の形で役に立つ場合もある。
時間的に学校終わりの子供たちがいるんだろう、壁の向こうからボールを蹴る音や、はしゃぐ声が聴こえる。
サッカーでもしているんだろう。
キーパーがどうとか、パスがどうとか言いながらずいぶん盛り上がっているようだ。
子供たちの声を背中に聴きながら、さらに路地を進んでいく。
用水路を渡す短い橋を越えると、田植えの時期には水を調節する堰があって、手前にプカプカとゴミが浮かんでいた。
空き缶にペットボトル、こういう光景はなんだか嫌になるものだけど、僕が子供の頃はもっと酷かった。
川に近づくだけで異臭がしていたし、油だかなんだか分からないけど、うっすらと七色に淀んでいることもあった。
今でもゴミはゼロにならないものの、ずいぶんとマシになったと思う。
水に揺られるゴミを尻目に、さらに路地を進んでいくと、最近できたばかりの寿司チェーン店の駐車場が見えてくる。
ずっと砂利敷きの空き地のままだったのに、綺麗に舗装されて、何台も車が並んでいた。
これは第二駐車場で、ここを越えると大きな道に差し掛かり、休日には満員になる寿司屋が見えてくる。
ここにはかつて車のディーラー店があった。どこかへ移転してからずっと更地のままだったんだけど、今では大勢の客で賑わう場所に変わった。
寿司屋の反対側には交差点があって、まっすぐ渡った先には花屋がある。
二階建てになっていて、1階の庭には花壇のように綺麗に花が並んでいる。
この花屋は昔から変わらないけど、変わってしまった建物も多い。
空家になる民家、更地になる土地、かと思えばいつの間にか新しいお店が建っていたりと、町が変わってきているように思う。
パっと見て分かる急激な変化ではない。
ボディブローのようにじわじわと小さな変化が押し寄せ、注意深く観察してようやく、以前とはまったく違っていることに気づかされるのだ。
交差点を曲がった先には大型のスーパーもある。
まるでホテルのラウンジのように綺麗な銀行も。
どちらも昔からあるスーパーと銀行だけど、佇まいは変わった。
スーパーは以前より小さく、銀行は以前より大きくなり、どちらも綺麗に生まれ変わった。
外見は変わらず、中身が変わる建物もあれば、外見だけ変わって、中身はそのままって場合もある。
景色の変化は四季のうつろいだけでなく、あらゆる場所に存在していて、なぜだか急に自分だけが取り残されているような気になってしまった。
そういえば交通量も増えた。
昔はここまで交差点に車が溜まることもなかったのに、今ではちょくちょく渋滞のようになっている。
特に帰宅ラッシュの夕方は酷いもので、なのに町そのものの人口は減っている。
いったい何がどうなっているのか僕には分からない。
たた一つハッキリしているのは、考えすぎると気が滅入るってことだ。
もしこれがもっと大きな街ならば、下手に感傷的になって、落ち込んだ気分になることもなかっただろう。
そこかしこに高いビルが並び、素早い変化が当たり前の大都市ならば、変わっていく街並みは日常的な光景になる。
それは四季のうつろいとよく似ているから、そう違和感を覚えることもないだろう。
だけどこんな中途半端な田舎町では、中途半端な変化しか起きない。
四季のうつろいのような、大都市の流動のような、目に見えて分かりやすい動きなんてなくて、アメーバのようにウネウネと蠢いているような、奇妙な心地悪ささえ感じてしまう。
どうせ変わるなら、もっとスバっと変わればいいのに。
どうせ古いモノを残すなら、徹底的に守り抜けばいいのに。
行き先の分からない鈍行列車に乗っているような不安感があって、途中下車したくなっても、あいにく住処はここにある。
引っ越せばすむ話だけど、引っ越すほどの話でもないので、踵を返して家に戻った。
食事を済ませ、シャワーを浴び、歯を磨き、出勤時間までダラダラとテレビを見る。
刺激のない生活に戻った今でも、せっかく買ったテレビとDVDレコーダーだけは置いてある。
ネットは依存が怖いので、また不便な環境に戻してしまった。
スマホの月間通信料は一番下のプランだし、Wi-Fiも解約した。
でも後悔はしていない。
どうしてもネットが必要になればネカフェへ行けばいいだけだし、音楽を聴きたいならラジカセがある。ラジオだって現役だ。
今の僕にはこれで充分、いつかまた刺激のある生活に戻りたくなるかもしれないけど、その時はまたそういう環境に作り変えるだけだ。
そろそろ出ようかと立ち上がり、仕事用の作業着に着替える。
少し汚れているけど、まだ洗濯には早いだろう。
つま先を防護する為に固くなっている安全靴を履き、トントンと足を入れる。
家を出る頃、日は沈みかけていて、土手の向こうから淡いオレンジの光が透けていた。
景色の陰影は濃くなり、草木も陽光の色に染まっていく。
目を閉じ、背筋を伸ばし、今日が終わっていく匂いを吸い込んだ。

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