緑が謳うとき 第八話

  • 2019.06.03 Monday
  • 14:18

JUGEMテーマ:自作小説

仕事を終え、事務所で一服しながら、同僚と談笑する。
一人がお疲れと出ていったのを皮切りに、みんなそれぞれ散り散りになっていった。
僕も主任に頭を下げてから外へ出る。
時刻は朝の六時半、もう陽は登っていて、うんと背伸びをした。
振り返れば工場にも朝陽が降り注ぎ、近くに停まっているフォークリフトのボディが艶やかに輝いていた。
24時間制の工場はいつでも機械の動く音がしているし、忙しなく作業着姿の人たちが行き交っている。
今日の夜、またここへ来るわけだけど、少し前と違って、夜通し働くダサるさはなくなっていた。
夜勤の仕事は初めてだったもので、最初のうちは眠くて仕方なかった。
何度かミスをしてしまい、作業の流れを止めてしまって主任からどやされた。
ライン作業ではないんだけど、こういう場所の仕事ってのは流れが大事だ。
機械も人も効率よく流動しないといけない場所っていうのは、ある意味で心地よかった。
今までやってきた仕事と違って、コツさえ掴んでしまえば、考え事をしながらでも勝手に身体が動く。
夜、ずっと人工の光の中で作業をするっていうのは、僕みたいなタイプには向いているようだった。
車に乗り、一服吹かしてから仕事場をあとにした。
家に帰る途中、少し眠くなってきたので、コンビニの駐車場に車を停め、座席を倒して寝転んだ。
強い眠気が襲ってきて、少し眠るはずが、目を開けた時には昼を回っていた。
せっかく今の生活に慣れてきたと思ったのに、まだまだそうはいかないようだ。
コンビニで眠気覚ましのドリンクを買い、まだ睡眠を欲しがる頭をシャキっとさせた。
ついでにサンドイッチで朝飯と昼飯を一緒に済ませ、とにかく安全運転で家を目指した。
道はまっすぐ伸びていて、交差点は幾つもあるけど、しばらくはどこを曲がる必要もない。
このまま直進して、橋を渡って、そのあと左に曲がって、土手のすぐ近くにある細い道を走れば家につく。
だけどなんとなく寄り道をしたくなってしまった。
何時間も寝てしまったのだ。
急いで帰って、これまた何時間も眠る必要はあるまいと、ガソリンスタンドの向こうにある交差点を左折して、山の方へと続く道へ入った。
このあたりは古い団地になっていて、一人暮らしの老人が多い。
以前に大きな火災があって、隣街からも応援の消防車が駆けつけていた。
新聞にも載ったほどの大火事で、対岸にある僕の家からも煙が立ち上るのが見えていた。
記事によれば一人暮らしの老人の部屋から出火したらしく、それが隣、また隣と燃え移って、消防車が集結しないといけないほどの火災になってしまったらしい。
古びた団地は今もそのまま残っていて、建て替えられることなく佇んでいる。
焼けた場所だけ綺麗に作り直されているけど、あの時の火事の記憶を刻んでいるみたいで、長く見ていたい光景ではなかった。
ここを抜けると溜池がある。
ずっと昔はフェンスなんてなかったけど、一度事故があってからは中に入れないように囲いがなされていた。
冬になれば渡り鳥がよく羽を休めている。
その向こうには竹林があり、細い道を抜けると野球場がある。
この近くにも溜池があって、川辺には藤の花が群生し、クマバチが重い羽音を響かせながら蜜を求めるのだ。
蛇行する山道をさらに登っていくと、見晴らしのいい駐車場へたどり着く。
ここの脇にある道から山道へと歩いていける。
途中から勾配のきつい獣道になっていて、夜になれば鹿や猪がウロウロし、町の近くまで下りてくることもある。
僕は駐車場に車を停め、植え込みの傍にあるベンチに腰掛けた。
何年か前まではたくさんの野良猫がいた。
あれはいつだったか、植え込みのツツジが綺麗な花を咲かせている時期に、毛の長い猫がいるのを見つけた。
汚れていたけど、野良という風情ではなく、かといってこんな場所に飼い猫がいるわけもない。
おそらくだけど、捨てられてそう間もない猫だったんだろう。
ツツジの植え込みに身を寄せながら、恨めしそうな目でこっちを睨んでいた。
あの目に宿った感情は人間への恨みだったと思う。
どうしていきなりこんな境遇になってしまったのか、その原因は自分を捨てた人間であると、怒りと悲しみに光る目が語っていた。
辛い状況に置かれた猫、そのすぐ傍で鮮やかに彩る赤や白のツツジ。
空はよく晴れていて、猫だけが暗く冷たい空気をまとっていた。
あの頃は猫好きの人がここへ餌をやりに来ていた。
けどそのせいか野良猫が増えるようになってしまって、餌やり禁止の看板が立つようになった。
そして半年もしないうちに猫たちは姿を消してしまった。
餌がないからどこかへ行ってしまったのか、それとも捕獲されて保健所か愛護センターへ送られたのか。
僕には分からない。
分からないけど、ここへ来るとあの猫の恨めしそうな目を思い出してしまうのだ。
今は初夏、ツツジが綺麗に咲いている。
蜜を求めてミツバチやハナバチがブンブン飛び回り、空もよく晴れているし、とても気持ちいい光景だ。
同時にあの猫の目が鮮烈に思い出されて、深く沈んだ気分にもなる。
人間の保護をアテにできなくなったあの猫にとって、ここは最後の砦だったはずだ。
大人の猫だったから、餌さえ確保できれば生き延びることはできたはずだし、幸いにも餌を与えてくれる猫好きな人がいた。
しかしその砦はもうない。
餌だけでなく居場所も奪われ、ツツジだけがあの頃と変わらずに花を咲かせている。
美しいはずの色鮮やかな花々だけど、切ない記憶が重なった途端に、その美しさが残酷な光景のようにも見える。
辛い出来事があった時、誰かにおめでとうと花を贈られたら、怒りと同時に悲しみが沸くはずだ。
綺麗だからこそ、美しいからこそ、それに見合うだけの残酷さを内包している花々は、自分たち以外のモノなどお構いなしに咲き誇り、癒しと同時に痛みも与えてくる。
ここで花を眺めていると辛くなってくる。
もちろん花に責任はないけど、憂鬱な気分になることは避けられないので、空に目を移した。
雲は多いけど立派に晴れている。
植え込みの後ろには木々が並び、今日もまた緑を輝かせていた。

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