緑が謳うとき 第九話

  • 2019.06.04 Tuesday
  • 13:03

JUGEMテーマ:自作小説

いつもどこかで緑がなびいている。
街でも田舎でも、朝でも夜でも、小さな風しかない時でも。
初夏にはあちこちで初々しい緑がなびき、道行く人を見守り、癒し、良い気分にさせてくれる。
夜勤を終えた帰り道、土手の傍に車を停めて、ずっと川の流れを眺めていた。
もうすぐ鮎を狙う釣り人たちが集まるだろう。
オーバーオールみたいな防水着をまとい、長い竿を垂らしながら、獲物を食いつくのを待っているのだ。
そういえば数年前、この川が氾濫寸前まで増水した翌々日のこと、土手を降りた先に幾つもの水たまりが出来ていた。
特に橋桁の周りには深い水たまりが出来ていて、ちょっとした池のようになっていた。
取り残された魚たちが跳ねていて、光を反射した鱗が輝き、犬が興奮して飛びかかろうとしていた。
たくさんの魚に混じってスッポンもいた。
生きたやつを見るのは初めてだったので、僕もちょっと興奮してしまい、手を伸ばして捕まえた。
スッポンは首を伸ばし、無礼にも自分を鷲掴みにする僕の手を狙っていた。
草地の上に置いてやると、川の方へと逃げ出した。
犬が追いかけようとしたけど、リードを掴んで引き止めた。
スッポンは遅いながらも全速力で駆け抜けて、コンクリートの護岸をスルスルっと滑って、川の中へと戻っていった。
僕はまた水たまりに手を伸ばし、何匹かの魚を川に戻した。
名前の分からない魚が大半だったけど、これは間違いなく鮎だなって形のやつもいた。
ナマズのようだけどナマズじゃない魚もいて、こいつは毒を持っている魚だ。
たしかギギとかいうやつで、刺されないように尾びれをつまんで引き揚げ、川に戻した。
そうやって取り残された魚を救出していると、いつの間にか僕と同じように魚を捕まえてる人たちがいた。
ただしその人たちは川へ戻したりはしない。
クーラーボックスの中に入れていたのだ。
そうやって魚を捕まえる人たちは次第に増えていき、僕は魚の救出をやめた。
まだ魚に飛びかかろうとする犬を引っ張り、早々にその場所から引き上げたのだ。
思えばああいった魚は自然の摂理で消えていく命だった。
台風が来て、川があふれて、水たまりに取り残される命は必ずでてくるわけで、本当ならば人の手で生かしてはいけなかったんだろう。
それならば捕獲して食べる方が正しい。
なんだか魚を助けている自分が滑稽に思えてきて、そそくさと逃げ出してしまったのだった。
今年の夏はどうだろう。
台風は来るだろうけど、氾濫しそうなほど雨は降らないでほしい。
川の流れは早いけど、水底では魚やスッポンが元気に暮らしていることだろう。
川辺には草が茂り、遠くまで青々と色づいている。
土手の並木の傍にはベンチがあり、老人が二人腰掛けて話をしている。
そのすぐ傍をジョギングしている人が走り抜けていき、向かいからは帽子を被った人がウォーキングがてらの散歩をしている。
毎日のように眺め、確実に見飽きているはずなのに、こうして眺め続けることが出来るのは、僕の感性が刺激よりも風情や情緒を求めているせいだ。
一時はこういう光景になんの心も動かされなかったのに、今では退屈せずに眺め続けることが出来るのは、人の感性なんていかにあやふやなものかって証拠だろう。
車を発進させ、家に帰り、しばらく眠った。
夢は覚えていない。だけど見たような気はする。
感情が覚えている。
今日は悪い夢だったらしい。
良い夢と悪い夢、どちらを見るかのトリガーがどこかにあるんだろうけど、分からないのでその時その時に任せるしかない。
時計を見ると午後二時半。
コーヒーを淹れ、椅子に座り、ズズっと口に運びながら、テレビから流れてくる音を聞き流す。
今日はよく晴れていて、窓からはいつものように光が差し込んでいた。
欠伸を放ちながら背伸びをして、常連のコンビニへと出かけた。
酒とツマミと歯磨き粉、そして缶コーヒーを手にレジに向かうと、スタッフ募集の張り紙が目に入った。
夕方から夜にかけて人が少ないらしい。
人手が少ないのはコンビニが増えすぎたせいか、それともコンビニでバイトをしたい人が減ってしまったからなのか。
どちらにせよオーナーにとっては大変なことだろう。
外の喫煙所で一服しながら、目の前に広がる田んぼと畑と古い民家を眺める。
車が忙しなく行き交い、駐車場へ出入りする車も多い。
短くなったタバコを灰皿に入れ、缶コーヒーで口を湿らせてから、道路の向かいへ渡った。
古い民家の庭は草が茂っていて、たくさんの花も咲いている。
手前の大きな岩の上にはタヌキやらカエルの置物があって、みんなでこっちを睨んでいた。
僕は腰をかがめ、彼らに視線を合わせた。
物言わぬ置物たちだけど、今にもしゃべりだしそうなほど、その目には力を感じた。
青い草と鮮やかな花に囲まれた置物たちは、言葉にならない言葉を語りかけるように、僕から視線を外さない。
じゃあなと手を振り、車に戻る。
そういえば子供の頃、妹が大事にしている人形があった。
可愛らしい服を着た赤ちゃん人形で、今は実家の棚で眠っている。
服は汚れ、片方の手が取れて、中の綿がむき出しになり、触れるとボロボロとこぼれていく。
かつて妹の宝物だったあの人形は、おそらくもう誰かに抱かれることはないだろう。
僕が宝物にしていた仮面ライダーの変身ベルト、もし残っていてもきっと巻かないのと同じく、あの人形が今後誰かの宝物にされることはない。
なのに今でも実家に眠っているのは、変身ベルトと違って人の形をしているからだろう。
人形にしろ置物にしろ、命を象った何かというのは、ひっそりと同じ場所に佇み続けていることがある。
無機物ではあるんだけど、その目にはなにかを訴えかけるような力があって、必要ないからといって捨てることは難しいのだ。
邪魔にならないのなら、同じ場所でずっと眠らせてあげればいい。
それが人形や置物にとって幸せなことなのかどうかは考えても仕方ない。
ただ安易に手が出せないので、そうするしかないのだ。
車を走らせ、家に戻ってからシャワーを浴びた。
出勤までにはまだ時間があるけど、どこかへ出かける気分でもなく、なにを血迷ったのかアパートの周りの草むしりなんてことをしてしまった。
軍手を填め、抜いてはゴミ袋に突っ込んでいく。
すぐにパンパンになったので、新しいのを持ってきた。
今度はさっきのよりも大きめのやつだ。
アパートの敷地内は荒れ放題で、あっちへこっちへと草が伸びている。
なかなか根強いからしっかりと握らないと引っこ抜けない。
最初はよかったけど一時間も経つ頃には手が痺れてしまった。
それでも負けじと草を抜く。
手ごわい場所はスコップを使った。
土を掘り起こせば少しは楽に引き抜ける。
そうやってせっせと励んでいると、草の根の間に何かの卵を見つけた。
小さくて白くて楕円形で、数えてみると六つある。
いったいなんの卵だろうと考えてみたけど、生き物に詳しいわけじゃないので分からない。
ヘビか?トカゲか?それともヤモリか?
何が出てくるかは生まれてからのお楽しみ。
僕はそっと草の中に隠した。
その後もしばらく草抜きを続けたけど、いい加減腰が痛くなってきたので切り上げることにした。
ゴミ袋の大がひとつ分、中が二つ分なので、かなり頑張った方だろう。
キツく袋をしばり、部屋に引き返そうとしたら、隣に住んでいるおじさんが声を掛けてきた。
これやるよと言いながらブラックの缶コーヒーを差し出してくる。
僕はどうもと会釈しながら受け取り、その場で飲み始めた。
けっこう喉が乾いていたのだ。
一息ついたあと、もう一度お礼を言うと、精が出るなと肩を叩かれた。
おじさんは自転車に乗り、そのままどこかへ去っていった。
僕は手にした缶コーヒーを見つめながら、とても申し訳ない気分になっていた。
あのおじさん、仕事がないのだ。
去年からこのアパートに住んでいるんだけど、足を悪くしてクビになったと言っていた。
今は生活保護をもらいながら、たまにある日雇いの仕事をこなしているという。
早く定職を見つけたいんだけど、この歳じゃなあとも嘆いていた。
足はもう治ったけど、その頃にはどこも雇ってくれなくて、ほとほと困っているんだと笑顔で言ったいたのが胸に刺さっている。
そんな状態なのに缶コーヒーを奢ってくれるなんて。
明日なにかお返ししよう。
ゴミ袋を下げながら部屋に戻り、空き缶をテーブルに置いてから、ドカっと寝転んだ。
部屋に草の匂いが広がっていく。
服も軍手もそのままだし、ちゃんと縛ってあるはずの袋の方からも匂ってくる。
植物の匂いはけっこう強力だ。そして草の匂いは嫌いじゃない。
軍手を鼻に当て、土の匂いと一緒に吸い込んだ。

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