勇気の証 第七話 猫を迎えに(1)

  • 2019.08.22 Thursday
  • 10:19

JUGEMテーマ:自作小説

日本という国はよく出来てるなあと、海外から帰ってくると感心する。
他の国では首都に相当するほどの街がいくつもあるんだから。
しかも山林がほとんどの中、限られた平地に機能的に収まっている。
それでもって交通機関も発達しているから、都市から都市への移動も便利だ。
私がボランティアに行っている国では、予定していた電車が次の日に来ることさえある。
それでも苦痛に感じなかったのは、あの広大な大地と、雄大な時間のおかげかもしれない。
誰もがのんびりしているし、時間に急かされることもない。
友達の家へ行ってくると出かけて、到着するまで一週間なんて人もいた。
それが当たり前の世界では、待つということは苦痛にならない。
けど日本は違う。
何もかもが機能的すぎるあまり、ほんのちょっと電車やバスが遅れただけでもイライラする人が多い。
かく言う私もOL時代はそうだった。
電車が少し遅れただけでイライラと足踏みをしていた。
思えば会社勤めをしていたあの頃、精神的な余裕というのはほとんどなかったかもしれない。
もともとマイペースな方だし、ちょっとやとっそで不機嫌になることなんてなかったのに、社会人になってからはどこか変わってしまった。
日本と他国との優劣なんて付けられるものじゃないけど、今はもう会社勤めの頃に戻りたいとは思わない。
どんなに高い給料をもらったとしても。
私は海外へ行って変わった。
・・・・そう信じていたんだけど、そんなのはまやかしだった。
だって今、私はすごくイライラしているからだ。
「全然動かない・・・・。」
渋滞である。
ラジオによれば高速の出口で事故があったらしく、数キロにわたってこの状態が続いているとのことだった。
私はタクシーの後ろに座って、ノロノロと進んでいく隣の車を眺めていた。
「あの・・・大丈夫ですよね?夜までには東京へ着きますよね?」
「多分。」
壮年の運転手さんがルームミラーに映る私に向かって言う。
「多分じゃ困るんです。向こうで友人が待ってて大事な仕事があるんです。もうとっくに始まってるはず。」
「そう言われてもこれじゃあ。」
目の前には積み木のようにギッシリと車が詰まっている。
路肩をスイスイとバイクが走っていって、羨ましいなと思ってしまう。
だけど途中で白バイに止められていて、なんとも言えない気分になって目を逸らしたけど。
《こんなことなら新幹線で行けばよかったな・・・・。》
フク丸君が成仏したあと、私はすぐに東京へ向かおうとした。
次こそは寄り道せずに東京へ行く!
そう決めて駅へ入ろうとした時だった。
エル君がまたどこかへ走り出したのだ。
止めても聞かなくて、一台のタクシーへと向かっていく。
そして『ここにも猫の幽霊がいるぞ!』と叫んだのだった。
タクシーの下を覗くと子猫が一匹丸くなっていた。
『危ないよ』と手招きすると、車体とタイヤの隙間に隠れてしまった。
『そんな場所にいたら危ないってば!もし車が動き出したら・・・・、』
『あんた何してんの?』
白髪の運転手が窓から身を乗り出し、怪訝な目で睨んでいた。
私は『猫がいるんです』とタイヤの隙間を指さしたけど、『どこにもおらんぞ』としかめっ面をされた。
『そこですよそこ!白と茶色が混ざった子猫がいるでしょう?』
『だからどこ?』
『だからそこに・・・・、』
『見えるわけないじゃん。』
エル君が言った。
『その猫は幽霊なんだぜ。』
『・・・・・・あ。』
『だいたいもう死んでるんだから車が動き出しても平気だよ。』
『だよね・・・・・。』
『そろそろ霊感に慣れたら?』
『ごめん・・・・。』
言われて気づく。
恥ずかしくなって咳払いすると、運転手さんが『しょうもないイタズラならよしてくれよ』と怒った。
『俺の車になにかするつもりだったんじゃないだろうな?』
『いえいえそんな!』
『最近の若いヤツはイタズラのビデオをインターネットに載せたりするんだろ。油断も隙もあったもんじゃない。』
『違います!私はただ猫を助けようとしただけで・・・・、』
『だからどこに猫がいるんだ?』
『・・・・・見間違いだったようです。ごめんなさい。』
『ほれ見ろ。どうせ悪さするつもりだったんだろう。今日日の学生は常識がない。あんたどこの大学?』
『私は学生じゃないですけど・・・・、』
『ウソつけ。まだ二十歳そこそこだろう。成人しても中身は子供のまんまだ二十歳なんて。』
『二十歳・・・・・に見えますか?』
『なんだ?もっと子供なのか?だったら親呼んで注意しなきゃならんな。』
運転手さんは『家の番号は?』と仁王立ちで見下ろしてくる。
私はサっと顔をそむけ、笑顔になるのを堪えていた。
《二十歳かあ・・・・二十歳ってことにしとこうかなあ。》
相手は年配の方だから、年下はみんな子供っぽく見えるのかもしれない。
そもそも童顔なので余計にそう見えるんだろう。
だとしても普通に嬉しい。
だって成人式をやったのなんて10年近く前なんだから。
エル君が『なんで笑ってんの?』と顔を覗き込んでくる。
『え?いやべつに。』
どうにか表情を戻し、運転手さんを振り返って言った。
『すみません、ほんとにただの勘違いだったみたいです。車の下に子猫がいるように見えたからつい。でもなにもいないから大丈夫です。』
立ち上がり、『失礼しました』と頭を下げた。
そして踵を返そうとした瞬間、『なあ』と呼び止められた。
『子猫って言ったな?』
『はい。』
『白と茶色の子猫だって?』
『ええ。でもただの見間違いでした。』
『・・・・ほんとにいたのか?』
『ええっと・・・・いたような気がしただけです。』
『首輪は?』
『はい?』
『首輪はしとらなんだか?』
『ええっと・・・・、』
エル君に目配せをしたら、『しょうがないなあ』と言って車の下に潜り込んだ。
『・・・・どう?』
『白い首輪をしてる。鈴も付いてる。』
『ありがとう。』
『何をブツブツ言っとるんだ。』
『ああ、いえ!たしか首輪はしていたと思います。白くて鈴のついたやつを。』
『おお、ほんとか!』
なぜか喜んでいる。
『知ってるんですかその猫?』と尋ねたら、『実はな・・・・、』と切り出した。
私は運転手さんの話を聞き、『そうだったんですか・・・・』と複雑な気分になった。
『でもそれは不幸な事故ですよね?運転手さんの責任ってわけじゃ・・・・、』
『分かっとる。でも気に病んどるんだ。』
切ない目をしながら『成仏させてやりたい』と呟いた。
『あんた幽霊が見えるのかね?』
『そうみたいです。』
『えらく曖昧だな。』
『今朝からなんですよ、見えるようになったのは。動物としゃべれるのは生まれつきなんですけど。』
『信じられん・・・・と言いたいところだが、実際にあんたの言うことは当たっとる。あいつは白と茶色の子猫で、白くて鈴のついた首輪をしとったんだ。』
険しい顔で考え込んでから、『聞いてくれんか?』と言われた。
『何をです?』
『弔ってやりたい。その為にはどうすればいいか。』
運転手さんも鬼頭さんと同じで優しい人だった。
私は『いいですよ』と頷いてから、車の下にいる子猫に話しかけたのだった。
・・・・・これが一時間前の出来事。
子猫を成仏させる代わりに、無料で東京まで乗せていってくれることになったのだ。
さすがにそれは悪いですよと断ったけど、成仏させるには長野まで行かなきゃならない。
そこまで行くならついでだと思えと言われて、お言葉に甘えたのだった。
だけど・・・・進まない。
長野に寄って子猫を成仏させて、それから東京へ向かうとなると、明るいうちには無理だろう。
友人には遅れると言ってあるけど、そこまで遅くなるとは思ってないはずだ。
《やっぱり今日じゅうには無理かもしれないって連絡しとこうかな。》
渡りに船だと思ったタクシー、けどここは日本だってことを忘れていた。
渋滞なんて当たり前だし、イライラだってしてしまう。
そんな私をよそに、隣ではエル君と子猫がじゃれ合っていた。
この子猫の名前はハチロー君。キュルンとした丸い目が愛らしい。
よほど気が合うのかニャアニャアと楽しそうだ。
「あんまり暴れちゃダメだよ。」
『幽霊だから平気だって。死んでるって便利だろ。』
「そういうこと言わないの。」
するとエル君、『じゃあいっぺん幽霊になってみればいいじゃん』と返してきた。
『お腹も空かないし怪我も病気もないし最高なんだぜ!』
「その代わりもうご飯食べられないじゃない。」
『そうなんだよな、こればっかりはどうもなあ。』
『僕も猫缶食べたい。』
ハチロー君が言う。
「そうよね、まだまだ楽しいこと経験したかっただろうに。」
そう言って膝に抱くと、運転手さんはバツが悪そうに咳払いをした。
「あ、すいません・・・別に嫌味ってわけじゃないんですよ。」
「いいさ、ほんとのことだから。しかしその子猫、ほんとに俺を恨んだりしてないのか?」
「ええ。」
「俺のせいで死んじまったってのに。」
「多分ですけど、子猫だからよく事情が飲み込めてないんだと思います。」
「でも俺が車を動かしたせいで死んだことくらい分かるだろ?」
「死ぬってことがよく分かってなみたいで。こうして幽霊になっちゃったせいで、死んだ実感がないのかも。」
「自分がどうなったかも理解できないとは・・・・可哀想だな。尚更きちっと弔ってやらんと。」
そうは言ってもノロノロ渋滞じゃいつになったら着くか分からない。
やがてじゃれ合いにも飽きたのか、ハチロー君は『つまんない』と言って、スルリとドアをすり抜けてしまった。
「あ、ちょっと・・・・、」
『俺が追いかける!』
エル君が飛び出して行くけど、二匹ともなかなか戻ってこなかった。
《このままじゃ・・・・、》
私と運転手さんだけで長野へ行っても仕方ない。
本当はダメだけど、「ちょっとすいません」とドアを開けた。
「ダメだよ!ここ高速なんだから!」
「すぐ戻ります!」
「危ないって!」
ノロノロ進む車の隙間を駆け抜けて行く。
クラクションを鳴らされたり、「危ねえぞ!」と怒鳴られたりしたけど、「ごめんなさい!」と頭を下げながら路肩へ走った。
「どこ行ったんだろう?」
大声で二匹の名前を呼ぶ。
すると白バイが近づいてきて、「なにしてるんですか!」と怒られてしまった。
「ここ高速ですよ。」
「ごめんなさい!猫が逃げ出しちゃって・・・・、」
「猫?」
「スルっとドアをすり抜けて・・・・、」
「すり抜ける?」
「あ。いえ・・・・窓から逃げ出して行ったんです。見つけたらすぐに戻りますから。」
「ダメだって、事故が起きたらどうすんの。だいたいここ歩くのは違反なんだから。」
「ですよね・・・すみません。」
マズいことになったと身を丸めていると、『ねえねえ!』と声がした。
『これ面白いよ。すごい速いんだ。』
「ハチロー君!」
白バイの陰から現れる。
エル君も出てきて『これに乗っていけばすぐ着くんじゃない?』と言った。
「乗っていけばって・・・そんなの乗れるわけないでしょ。」
『これ運転できないの?』
「バイクの免許は持ってないのよ。それに白バイはお巡りさんしか乗っちゃいけないの。」
『じゃあお巡りさんに連れてってもらえばいいじゃん。』
「無理に決まってるでしょ。」
『なんで?』
「お巡りさんはタクシーの運転手さんとは違うの。悪い人を捕まえるのが仕事なんだから。」
『じゃあ藤井ちゃんは悪い人なんだ?』
「え?」
『だって捕まってるから。』
「それはエル君たちを捜す為に外へ出たから・・・・、」
「何を一人でブツブツ言ってるんですか?」
怪訝な目を向けられて、「ちょ、ちょっと独り言を・・・」と誤魔化そうとした時だった。
背後から物凄い音が響く。
雷が落ちたのかと思うほどの轟音で、ビクっと身を竦めた。
「なに!?」と振り返ると、後ろの方で事故が起きていた。
車同士の衝突だろうか。
一台は中央分離帯に乗り上げ、もう一台は横転している。
白バイの隊員さんはバイクに跨り、慌てて向かった。
「大丈夫ですか!」
お巡りさんに手を引かれながら、横転した車から若いカップルが出てきた。
もう一台の車の運転手も、オロオロと落ち着かない様子で立ち尽くしている。
幸い大きな怪我をした人はいないようだけど・・・。
「あんた今のうちに!」
タクシーの運転手さんが連れ戻しにやって来た。
私は「待って!」と猫たちを抱えた。
けどまた逃げられてしまう。
『行ってみようせ!』
『うん!』
二匹とも事故のあった方へ走っていく。
「ごめんなさい!先に長野へ向かってて下さい!」
「おい!」
引き止める手を振り払い、二匹の所へ駆け寄る。
「何してんの!」
二匹は横転した車に乗り込もうとしていた。
連れ戻そうとしたら、「近づいちゃダメだよ!」とお巡りさんに押し戻された。
「だって猫が・・・・、」
「猫?さっき言ってたやつ?」
「そうなんです!車の中に・・・・・、」
言いかけてやめる。
《見えるわけない・・・・。》
さっきエル君に注意されたばかりだ。
いい加減霊感に慣れろって。
お巡りさんは車の中を確認してくれるけど、もちろん答えは決まってる。
《どうせ何もいないって言われるんだろうなあ。余計に変な人だって疑われて・・・・、》
「この子?」
「へ?」
「猫ってこの子?」
そう言って茶トラの猫を抱えてきた。
「・・・・違います。」
「じゃあこの猫は誰の・・・・・、」
「シュウちゃん!」
若いカップルの女の子が猫を奪い取る。
「よかったあ・・・無事だった。ねえお兄ちゃん!」
「ああ・・・・。」
お兄ちゃん?
どうやら兄妹のようだった。
お兄さんの方は事故のショックで顔が真っ青になっている。
妹さんは猫が無事だったことに喜び、エル君とハチロー君は『よかったよかった』と車から出てきた。
「もしかして車の中に猫がいることを知ってたの?」
『いいや偶然。』
「だよね。」
二匹はこっちへ戻ってきて、『もう飽きたから行こ』と言った。
『長野ってところに行くんだろ?』
『僕が生まれたとこだよ。』
私を通り抜けて『タクシーは?』なんて言っている。
「あのねえ!君たちが勝手なことしてる間に先へ行っちゃったのよ!」
「行ってないぞ。」
「え?」
振り向くと運転手さんが立っていた。
路肩に車を止めて待っていてくれたみたいだ。
「まだいてくれたんですか?」
「渋滞で全然進まんからな。いいから早く乗れ。いつ切符を切られるか分からん。」
タクシーへ顎をしゃくる。
私は二匹を抱え、「失礼しました!」とお巡りさんに頭を下げた。
「おいちょっと!」
すぐに呼び止められる。
今なら逃げ出せるかと思ったけど甘かったみたいだ。
「高速なのに車から降りたことは謝ります!でも決して悪ふざけとかじゃなくて・・・・、」
「もうしちゃダメだよ。」
「え?」
「今は状況が状況だから。」
「じゃあ・・・・・、」
「今回だけね。」
「あ、ありがとうございます!」
ペコっと頭を下げ、「じゃあ!」とその場をあとにする。
急いでタクシーに乗り込もうとすると、「待って!」とまた呼び止められた。
でも今度はお巡りさんじゃない。
さっきの妹さんだった。
「タクシーに乗せて下さい!」
「あなたも?でも事故したんだからお巡りさんに話をしないといけないんじゃないの?」
「運転してたのは兄です。それにこっちはぶつけられた方だし。」
「だけど同乗してたんでしょ?なら詳しい話とか・・・・、」
「急いでるって言って抜けてきました。」
そう言って「この子を急いで連れて行かないといけないから」と腕に抱いた猫を見せつけた。
「もしかしてどこか悪いの?」
「ていうウソをついて抜け出してきました。」
「じゃあほんとの理由は?」
「今すぐ長野へ行きたいんです。」
「長野・・・・。」
「あなたあのタクシーに乗ろうとしてましたよね?」
「そうだけど。」
「譲ってくれません?」
「はい?」
「だってお兄ちゃんの車はあんなことになっちゃったし、こんな場所で他にタクシー呼べないし。だからあなたのアレ譲ってほしいんです。」
譲ってなんて言われても、じゃあ私はどうしたら?って思ってしまう。
だったらいっそのこと・・・・、
「実は私も長野へ行くの。」
「ほんとに!?長野のどこ?」
「渋温泉ってところだけど。」
「私と一緒じゃん!ねえお願い!一緒に乗せてって!!」
「別に構わないけど・・・どうして長野に?」
「私の猫がいるかもしれないから。」
「あなたの猫?」
「実は今抱いてるこの猫、二週間くらい前に拾ったんだけど、迷い猫のサイトで捜索願が出てたんです。
すぐに連絡を送ったらこの子で間違いないって。だけどその人も迷い猫を保護してたんです。」
「ならその猫があなたの猫だったってこと?」
「多分。」
「ハッキリしないのね?」
「写真を送ってもらったんですけど、イマイチ分からないんです。だって行方不明になったのは子猫の時だから。」
「ならけっこう前の話ね。」
「二年くらい前です。その時は長野に住んでて、渋温泉ってところで子猫を拾ったんですよ。白と茶色の猫で、真っ白な首輪を付けてました。」
「長野で白と茶色の・・・・。ちなみに名前は?」
「ハチローです。」
「・・・・・・・・・。」
言葉を失ってしまう。
だって彼女の捜してる猫、もしかして私が抱いてるこの幽霊なんじゃ・・・・。
しかし当のハチロー君はまったく彼女に興味を示さない。
まるで知らない人間であるかのように。
《子猫だから覚えてないのかな。》
さて、どうしよう。
今すぐ事実を伝えるべきか?
それとも黙っておくべきか?
「お願いです!私も一緒に乗せてって!」
必死にお願いする彼女。
運転手さんが「いつまで待たせるんだ?」と窓から顔を覗かせていた。

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