勇気の証 第九話 二人の子(1)

  • 2019.08.25 Sunday
  • 10:50

JUGEMテーマ:自作小説

温泉街の朝はよく晴れていた。
浴衣を着て朝風呂へ向かう人もいれば、大きなバッグを担いで帰り支度の人もいる。
そして帰り支度をしているのは季美枝ちゃんと運転手さんも同じだった。
「ここまで付き合ってくれてありがとうございました!」
ハチロー君を抱きながら嬉しそうに微笑んでいる。
運転手さんも「俺も長野まで来た甲斐があった」とほころんでいた。
「でも藤井さん、ほんとにいいんですか?私だけ家まで送ってもらっちゃって。」
「いいのいいの。」
肩を竦めながら手を振る。
季美枝ちゃんと運転手さんは今から帰るのだ。
季美枝ちゃんは岐阜へ、運転手さんは京都へ。
そして私は一人で東京へ向かう。
向かうんだけど、その前にやらなきゃいけないことがあるから、もう少しここに残ることに決めた。
でもそれがどんな用事かは二人には告げていない。
季美枝ちゃんは自分の猫が帰って来たと喜んでいるし、運転手さんは子猫を轢いたのは自分じゃなかったとホっとしている。
だから・・・・それでいいんだ。
二人の笑顔を壊すかもしれないことは言えない。
「じゃあ藤井さん、気をつけて東京まで行って下さいね。」
そう言ってタクシーに乗り込む季美枝ちゃん。
運転手さんも「世話になっちまったな」と帽子を上げた。
「いえ、私はなにも。」
「こうやって出会ったのもただの偶然じゃないと思ってるんだ。だからこれ、つまらないもんだけど。」
そう言いながらお土産のお菓子を渡される。
「いえいえ!ほんとにそんなのいいですから!」
「いいんだって、これくらい取っといてくれ。」
お菓子の入った紙袋を押し付け、車に乗り込んでいく。
季美枝ちゃんが窓から顔を出し、「いつでも連絡下さい」とスマホを振った。
「しばらく日本にいるんでしょ?藤井さんの仕事が終わったらご飯でも行こ。」
「ありがとう。季美枝ちゃんたちも気をつけてね。」
ププっとクラクションを鳴らし、タクシーは遠ざかっていく。
窓越しに手を振る季美枝ちゃんに手を振り返す。
そして「はあ・・・・」とため息をついた。
「いいなあ二人共、肩の荷が降りて。」
バッグを担ぎ、アタッシュケースを引いて温泉街を後にした。
『どこ行くの?』
エル君が後ろをついてくる。
『東京に行くんじゃないの?』
「もちろん行くよ。でもその前に確認したいことがあるの。」
エル君の隣には幽霊のハチロー君がいる。
子猫特有のテコテコした足取りが可愛いけど、私の視線は首輪に向いていた。
《死体はもう土に還ってるだろうなあ。でも首輪はまだ残ってるはず。》
今から向かうのは公園だ。
運転手さんが休憩中によく行っていた場所で、子猫と戯れていた公園。
その公園の植え込みを掘り起こせば首輪が出てくるかもしれない。
もしその首輪がハチロー君のモノと同じだったら、二年前に公園で亡くなったのはこの子ということになる。
場所は昨日のうちに運転手さんから聞き出しておいた。
それとなくさりげな〜く。
もし他の誰かが掘り返したりしていなければ、首輪はそこに残っているだろう。
今から緊張してくるけど、お茶を飲んで気を鎮めた。
歩くには少し遠い。
けど近くまでバスが出てるみたいなので、川沿いの道を散歩がてらに歩いていった。
久しぶりに眺める日本の景色は、まるで我が家に帰ってきたような安心感がある。
広大なアフリカの大地はもちろん素晴らしい。
日本にはない雄大な地平線と、夕陽に照らされる動物たちのシルエットは何物にも代え難い美しさがある。
けど日本の静かな風情や情緒はそれらに匹敵するほどの美しさがある。
温泉街や緑が豊かな場所は特にそう感じる。
なんてことを考えながら歩いていると、やがて見えてきたバス停には学生が集まっていて、友達とお喋りしたりスマホを見つめたりしている。
私は端っこに並び、尻目にまだ若い・・・・というより、子供の学生たちを眺めた。
運転手さんは私を二十歳と勘違いしてくれたけど、こうして高校生くらいの子たちと並んでみると、歳を取ったなと感じてしまう。
高校生の頃なんてずっと昔のような気もするし、つい最近のような気もするし、それってまだ大人に成りきれていないってことなんだろうか。
まだ学生服を着ていた頃、海外へボランティアに行くなんて考えもしなかった。
動物と話せる力はあっても、そこまでの行動を起こそうとは思わなかったからだ。
一番の転機はやっぱり有川君との出会いだ。
もし彼と動物を助ける活動をしていなければ、毎日をのほほんと過ごしていただろう。
それが悪いこととは思わない。
でもせっかく生まれ持ったこの力を無駄にはしたくない。
きっと何か意味があるはずなんだ。
その答えはまだ見つからないけど、少なくとも普通に生きていたら辿り着けないと思う。
バス停に屯する子供たちを見つめながら、しばらく人生を振り返り、この先どういう道へ転がっていくんだろうかと、楽しみでもあり不安でもあった。
「危ないッ!」
突然誰かが叫び、物思いからハっと我に返る。
次の瞬間、近づいてきたスクーターに荷物を奪われてしまった。
「あ・・・・、」
叫ぶ間もなく遠ざかるスクーター。
けど盗まれたのはお土産のお菓子なので、追いかけようかどうしようか迷ってしまう。
「待てコラ!」
私がオロオロしていると、一人の男の子が猛然とダッシュしていった。
制服を翻しながらスクーターを追いかける。
「あ、危ないよ!」
男の子に声をかけても止まらない。
とんでもない瞬足で駆け抜けていく。
けどいくらなんでもスクーターには敵わない・・・・と思っていたら、なんと追いついてしまった!
引ったくりはカーブを曲がる時にミスをしてしまって、危うく民家の壁にぶつかりそうになっていた。
一瞬だけ動きを止めるスクーター、男の子はその隙を見逃さずに距離を詰めたのだ。
そして勇敢に飛びかかる。
「離せこのガキ!」
ひったくり犯の野太い声が響く。
いくら足が速くても相手は大人だ。
しかもそこそこ大柄なので、力ではまったく敵わない。
飛びかかったはいいものの、あっさりと振りほどかれて、お腹を蹴られて吹き飛ばされていた。
「ちょっと!なんてことすんのよ!」
慌てて駆け寄るとスクーターは走り出した。
私はしっかりとナンバーを目に焼き付ける。
そしてすぐに男の子に駆け寄った。
「大丈夫!?」
苦しそうにお腹を押さえている。
彼は「これ・・・・」と言って紙袋を差し出した。
「取り返しました・・・・。」
「・・・・ありがとう。」
紙袋を受け取り、「立てる?」と肩を貸した。
「あ、大丈夫っす。」
「足がフラついてるじゃない。ほんとに大丈夫?なんなら救急車を・・・・、」
「マジで大丈夫っす。」
そう言って立ち去ろうとするので、「待って待って」と引き止めた。
「君、名前は?」
「名乗る程のモンでもないっす。」
「私は知りたい。じゃないときちんとお礼が出来ないじゃない。今から学校だよね?一緒に行って先生に事情を話そう。」
「いや、マジで大丈夫っすから。」
「ダメだよ。怪我してまでこれを取り返してくれたのに。」
渋る彼だったけど、私は決して手を離さなかった。
これくらいの年頃だと、恥ずかしかったり妙なプライドが邪魔をするんだろうけど、はいさようならなんて帰すわけにはいかない。
彼は正しいことをしたし、私を助けてくれたのだから。
「児玉君、いったん帰った方がよくない?」
後ろから声がする。
振り返ると同級生らしき子たちが数人立っていた。
その中の一人の女の子が「電話する」と言い出した。
「これ警察に行った方がいいよ。ちょっとお母さんに電話かけるから。」
「おい、余計なことすんなよ!」
「だって犯罪じゃんこれ。」
周りの子供たちも頷く。
そのうちバスの運転手さんもやって来て「大丈夫ですか?」と心配そうにした。
「あ、こっちは平気なんでバス出してくれていいですよ。」
女の子は家に電話を掛けながら言う。
男の子も「ほんと大丈夫っすから」と気丈に振舞った。
「待ってる子とかいるんで出しちゃって下さい。」
バス停を振り返ると、不安そうにした学生たちが遠目に見ている。
私は「ここは任せて下さい」と言った。
「この子は私が責任を持って家に送りますから。」
「いやでも・・・・、」
「私を助けてくれたんです。ちゃんと無事に送りますから。」
「・・・・分かりました。それじゃあ。」
帽子をかぶり直し、小さく会釈してからバス停へ走っていく。
すると女の子が「みんなも行きなよ」と他の子たちの背中を押した。
「先生に事情話といて。」
「一緒にいるよ」と言う同級生だったけど、「いいから」と運転手さんの後を追わせていた。
バスが通り過ぎていく時、子供たちが不安と好奇の目でこっちを見ていた。
女の子は手を振り、バスが消えるのと同時に男の子の腕を叩いた。
「なにカッコつけてんの?」
笑いながらバシバシ叩いている。
「カッコつけてなんかないだろ。」
「ビックリなんだけど。あんたが引ったくり追いかけるとか。」
「だって目の前で起きたから。」
「部活ん時だってそれくらい頑張って走ればいいのに。」
「めんどくさい。」
「理由当ててやろっか?」
ニヤニヤしながら私を見て「あんたのタイプだからでしょ?」と言った。
「あんた年上好きだもんね。特にこういう優しそうなお姉さん系が。」
「はあ?」
「だってそうじゃん。教育実習で来てた優しそうな先生にも惚れてたよね?」
ニヤニヤしながらまた腕を叩いている。
図星だったのか、耳が赤く染まっていた。
「なのに名前も教えずに行こうとするとか。せっかく頑張ったのにさ。カッコつけすぎでしょ。」
女の子から散々言われて余計に赤くなる男の子。
私は笑いそうになるのを堪えながら「児玉君っていうの?」と尋ねた。
「あ、はい・・・・。」
「すごい勇気だね、引ったくりを追いかけるなんて。」
「ああ、いえ・・・・。」
「それに足が速くてビックリした。もしかして陸上部。」
「まあ・・・・。」
「じゃあ短距離の選手なんだ。」
「中距離っす。800メートル。たまに400も走るけど。」
「中距離かあ。あれってすごく大変なんだってね。短距離のスピードと長距離の持久力がいるんでしょ?
それにお互いガンガン肘をぶつけ合ったりして、まるで格闘技みたいだってやってる子が言ってた。」
「そうなんすよ。しんどいし痛いし、ぶっちゃけあんまやりたくないっていうか。」
「でも君のおかげでこれが戻ってきた。ほんとにありがとう。」
紙袋を掲げてみせると「そんな大したことじゃないっすけど」とはにかんでいた。
「児玉君のことあんまり褒めない方がいいですよ。」
女の子が言う。
「すぐに好きになるんですよ。教育実習の先生の時だって・・・・、」
「余計なこと言うなよ!」
また照れている。
微笑ましいなと笑っていると、後ろからクラクションが鳴った。
「陽菜!」
車から慌てて女性が駆け下りてくる。
「あ、お母さん!」
「引ったくりってなに!大丈夫なの!?」
心配そうに女の子に駆け寄る。
陽菜ちゃんと呼ばれた子は「私じゃなくてこっち」と児玉君を指さした。
「そこの女の人が引ったくりにあって、児玉君が捕まえようとしたんだけど返り討ちにあっちゃって。」
「あってねえよ!ちゃんと取り返しただろ。」
「でも逃げられたじゃん。」
「しょうがないだろ、大人だしガタイのいい奴だったし。」
プンプン怒る児玉君に、陽菜ちゃんのお母さんが「へえ」と感心した目を向ける。
「すごいじゃない。盗られたもの取り返すなんて。」
「まあそんな大したことじゃないけど。」
「怪我は?なにかされたりとはしてない?」
「ちょっと蹴られたけど大丈夫だから。」
「蹴られるってどこ?」
「腹。」
「思いっきり靴の跡が付いてるじゃない!こんなの事件だわ、警察に言わないと。」
「いいっていいって。」
「いいわけないでしょ!そっちの人だって被害者なんでしょ?ねえ?」
目を向けられたので紙袋を見せた。
「児玉君のおかげで戻ってきたんです。ほんとになんてお礼を言っていいか。」
「今から警察に電話するから。それと児玉君のお母さんにも。」
「あ!私スクーターのナンバー覚えてるんです。」
「ほんと!すぐ教えて。」
眉間に皺を寄せながらスマホを耳に当てている。
それから五分もしないうちにパトカーがやって来た。
とりあえず事情を説明し、スクーターのナンバーも伝えた。
そして「とりあえずまた連絡します」と言って引き上げていった。
パトカーが帰る頃には児玉君のお母さんもやって来て、遅れて学校の先生も駆けつけてきた。
気づけば周りに何人か野次馬も集まっていて、ちょっとした騒ぎになってしまった。
大人たちは不安そうにしているけど、陽菜ちゃんは「これ新聞に載るかな」と嬉しそうだ。
児玉君は「そういうのヤなんだよなあ」と満更でもなさそうだけど。
『なあ、公園行かないの?』
エル君がポンポンと靴を叩いてくる。
私は「もうちょっと待って」と言った。
『でもハチローが退屈してるぜ。』
エル君が顎をしゃくる。
その先には勝手にどこかへ走っていくハチロー君が。
「また!」
ほんとにじっとしていない。まあ子猫なんだからしょうがないけど。
「児玉君!連絡先教えて!」
「え?・・・・いいっすよ!」
サっと取り出して番号を交換する。
陽菜ちゃんが「やったじゃん!」と背中を叩いていた。
「ごめん、ちょっと急用ができちゃって。あとで必ずお礼に行くからね!」
周りの人たちにも頭を下げ、「それじゃ失礼します!」と走り出した。
「あ、ちょっと・・・・藤井さんこれ!」
陽菜ちゃんがなにか叫んでいるけど、振り返る余裕はない。
そしてしばらく走ってから気づいた。
児玉君がせっかく取り返してくれたお土産、さっきの場所に忘れてきてしまった。

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