それでも明日はやってくる 第一話 わがまま

  • 2010.10.09 Saturday
  • 09:09
 誰にも束縛されない。
そのかわり、誰も束縛しない。
それが俺の信条だった。
仕事を終えて、帰り仕度をする。
コートを羽織り、カバンを持って会社を出ようとした時、同僚から声がかかった。
「なあ、西沢。
今日飲み会があるんだけど、お前も行かないか?」
「いや、俺は遠慮しとくよ。」
柔らかい笑みと口調で、同僚の誘いを断った。
俺はそのまま会社を出て行こうとする。
「あいつを誘ったって無駄だよ。
付き合い悪いんだから。」
「そうなのか。」
後ろから同僚の話し声が聞こえる。
そんな言葉を背中に受けながら、駐車場まで行って自分の車に乗り込む。
エンジンをふかし、車を発進させた。
付き合いが悪い。
そう、俺は他人とほとんど交流を持たない。
理由は誰にも束縛されたくないから。
行きたくない誘いには行かない。
俺は会社の中で付き合いの悪い奴だと言われていた。
しかし評判が悪いかといえばそうでもない。
基本的に俺は怒らないのだ。
例え誰かが大きなミスをしようと、笑って許している。
そういう意味では、会社での俺の印象は悪くなかった。
家に帰り、コートを脱いでソファに座ってテレビをつける。
画面ではお笑い芸人が馬鹿騒ぎをやっていた。
俺は見るでもなくテレビの画面を眺めていた。
そろそろ腹が減ったなと思い、何か作ろうかと思った。
いや、今日は外食にしようか。
そう思った時だった。
ケータイの着信音が鳴った。
相手は冬実からだった。
「ねえ、今近くのファミレスにいるの。
これから出て来れない?」
冬実はいつもの抑揚のない声で言った。
「ああ、いいよ。
俺もちょうど夕飯を食べようと思ってた所なんだ。」
「じゃあ待ってるわ。
早く来てね。」
そう言って電話は切れた。
俺は仕事着のままコートを羽織り、家を出た。
冬実のいるファミレスは近いので、歩いて行く。
季節は冬。
寒い風から身を守る為、コートの前を強く閉じ合わせた。
道を行き交う人は少なかった。
もうすぐクリスマスということもあって、夜の街には鮮やかなイルミネーションが輝いていた。
そして冬実のいるファミレスまでやって来た。
中に入ると、冬実がこちらを見て手をあげた。
「外は寒いよ。」
俺はコートを脱ぎ、メニューを手にしながらそう言った。
冬実の前にはスパゲティの食べあとがあった。
俺はボタンを押して店員を呼び、冬実と同じスパゲティを頼んだ。
ついでにドリンクバーも頼み、熱いコーヒーを淹れて自分の席に戻った。
「最近仕事はどう?」
冬実も自分のコーヒーを飲みながら尋ねてくる。
「まあ普通かな。」
俺は熱いコーヒーを胃の中に流し込んだ。
「普通って何?
忙しいとか、暇とかあるでしょう。」
「どっちでもないさ。
だから普通と答えたんだ。」
俺はもう一口コーヒーを飲む。
「あなたって本当に淡泊な答えしか返さないわよね。」
冬実が不機嫌そうに言った。
「そうかな。
俺としては手短に要領よく答えているつもりだけど。」
冬実は自分の化粧が気になるのか、鏡を出して顔をチェックしたあと、真剣な眼差しで俺を見て言った。
「ねえ、何か私に言うことはないの?」
「何かって?」
俺は運ばれてきたスパゲティをフォークでつつきながら答えた。
「自分の彼女が、仕事で遠くに行くのよ。
もうこれからは簡単に会えなくなる。
それについて何か私に言うことはないかって聞いてるの。」
俺はスパゲティを一口食べてから答えた。
「だって仕事だろう。
仕方ないさ。」
その答えに不満だったのか、冬実は顔を怒らせた。
「ねえ、普通こういう場合何か声をかけてくれるものでしょ。
遠くに行ってもちゃんと連絡を取り合おうとか、俺を残して遠くに行くなとか。」
冬実は苛立った様子で俺を見ている。
「普通はそういうもんなのか。
俺には分からないな。」
「どうして?」
「どうしてって言われても・・・。」
しばらく沈黙がおちる。
そして冬実が言った。
「理由は分かっているわ。
あなたはいつか言っていた。
自分は誰にも束縛されない。
そのかわり、誰も束縛しない。
それが自分の信条だって。」
俺の信条を冬実が覚えていたことに少し驚いた。
「そうだよ。
それが俺の信条だ。」
そう言ってもう一口スパゲティを食べた。
「あなたは遠くに行く私に何も言ってくれないのは、その信条のせいね。
私に何か言ったら、それは私を束縛することになるって思っているんでしょう。」
俺は冬実から視線をそらし、フォークを置いて窓の外を見た。
相変わらずクリスマス用のイルミネーションが輝いている。
「俺は誰にも束縛されない。
そのかわり、誰も束縛しない。
正直、君には遠くに行ってほしくないと思ってる。
でもそれを言うと君を束縛することになってしまう。」
俺は窓からテーブルの上のコーヒーに視線をやった。
「あなたは結局自分のことしか考えていないのね。」
冬実が真っすぐ俺を見ながら言った。
「どういうことだ。」
「あなたは他人を束縛しないと言っている。
それは他人の自由を尊重しているようにも聞こえるけど、そうじゃないわ。
あなたは、他人を束縛すれば、自分も束縛されると思ってる。
あなたは自分の自由を失うのが怖いのよ。」
「そんなことはない。
俺は冬実のことが好きだし・・・。」
「だったら何か言ってよ。
遠くに行ってほくないのなら、行かないでって言えばいいじゃない。
私はあなたの言葉を待ってる。
でもあなたは何も言ってくれない。
それはあなたが自分の信条を何よりも大事にしているから。
自分の自由を一番大事にしているから。
私はあなたに言ってもらいたかった。
遠くに行かないで欲しい。
近くにいて欲しいって。
でも結局あなたは何も言ってくれないわ。
だって、あなたにとって一番大事なのは、自分の自由だもの。
他人を束縛しないっていうのは、自分が束縛されない為の言い訳よ。」
俺はコーヒーを一口飲み、また窓の外に視線をやった。
「自分でも気付いているんでしょう。
はっきり言ってあげるわ。
あなたはわがままなのよ。
自分のことが一番大事。
いくら私のことが好きだって言っても、自分の信条を捨ててまで私を引き止めることはしない。
そうやって、自分以外の大事なものをどんどん失っていくのよ。」
俺は返す言葉がなく、ただ窓の外を見ていた。
「もう行くわね。」
そう言って冬実は立ち上がった。
「きっとあなたと会うことは二度とないわ。
私はあなたのことが好きだった。
一番大事に思ってたわ。
でもあなたは違った。
あなたは自分が一番大事。
もう、終わりにしましょう。
さようなら。」
そう言い残し、冬実は店を出て行った。
俺は残りのスパゲティを食べる気にもなれず、しばらく窓の外のイルミネーションを眺めていた。
また大切なものを失ってしまった。
冬実は言った。
俺は自分が一番大事だと。
他人を束縛しないのは、自分が束縛されたくないからだと。
その通りだった。
俺は残りのコーヒーを飲み干し、店を出た。
こうやって、今までどれだけのものを失くしてきたのだろう。
そして、これからどれだけのものを失くしていくのだろう。
理想はある。
本当は冬実と一緒にいたかった。
結婚も考えていた。
しかしそれは到底無理だと分かっていた。
自分の信条があるかぎり、俺は俺の思う幸せにはなれないのだ。
それでも自分の信条を捨てられない。
それは自分の自由を失くすのが一番怖いから。
「わがままか・・・。」
冬実に言われたことを呟いた。
その通りだなと思って、自嘲気味に笑った。
冬の冷たい風が頬を撫でる。
「俺はわがままか・・・。」
冬の夜道を歩きながら、もう一度冬実に言われたことを呟いた。

                                   第一話 完
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