それでも明日はやってくる 第五話 どこでもない場所

  • 2010.10.13 Wednesday
  • 09:19
 車に乗って、いつもの場所に向かう。
国道沿いにある大きなスーパーマーケットを通り過ぎ、一つ目の信号を左に曲がる。
そしてしばらく真っすぐ進むと海が見えてくる。
俺は海の近くに車をとめた。
海は浜辺になっている。
そして浜辺には一つのベンチがある。
今日もいつもと同じようにそこに座る。
浜辺には何人かの人がいて、海は太陽の光を受けて輝いていた。
俺はそんな光景を見ながら、誰も座っていない隣を見た。
今は俺の隣には誰もいない。
しかし以前はそこに、俺の大切な人が座っていたのだ。
彼女と二人で、よくこうして海を見に来た。
しかしその彼女はもういない。
俺は誰もいない隣をしばらく見つめた。
そこに彼女が座っているような気がするからだ。
彼女は、ある日突然俺の前からいなくなった。
二人でデートをして、俺の家の前で別れたあとだった。
彼女は不幸な事故に巻き込まれた。
彼女がいなくなった日、俺は泣いた。
一生分の涙を流したような気がした。
彼女がいた時、いつもここに二人で座って、海を見ながら話していた。
「ねえ、明弘。
海って不思議よね。
見ているだけで心が落ち着く。」
「そうだな。
なんでだろうな。」
いつか彼女とした会話が思い出される。
「海はこの地球のどことでも繋がっているのよね。
そう考えると、とても不思議な気分。」
彼女はベンチに背を預けて言った。
「俺もそう思うよ。
海はどことでも繋がっている。
俺達が見ている海を、遠い異国の人達も見ているんだもんな。」
そう言うと、彼女は笑って頷いた。
そして海に目をやりながら言った。
「海って不思議。
でももっと不思議なものがある。」
彼女は目を細めて言った。
「何だい?
海より不思議なものって。」
俺は彼女の横顔を見て尋ねた。
「それは水平線。
ねえ、面白いと思わない?
水平線って、海でも空でもないのよ。」
そう言った彼女の目は輝いていた。
「確かにそうだな。」
「私、思うの。
水平線は、この世のどこでもない場所なんじゃないかって。
海と空が両方あるけど、そのどっちでもない。
なんて不思議な場所なんだろう。」
そう語る彼女の顔を、俺は今でも鮮明に覚えている。
あの時、俺は彼女に言った。
「水平線はどこでもない場所か。
その通りかもしれないな。
その水平線も、この世のあらゆる場所に繋がっている。
そう考えるともっと不思議だ。」
俺の言葉を聞いた彼女は笑って頷いた。
「そうね。
水平線も地球のあらゆる場所と繋がっているんだもんね。
遠い異国の人達は、水平線を見てどんなふうに感じているのかしら。」
そう言った時の彼女の顔は、とても真剣だった。
真剣な眼差しで、水平線を見ていた。
「私ね、海を見てたら思うの。
人は海から生まれた。
だから死んだら天国に行くんじゃなくて、海に戻るんじゃないかって。」
「そうかもしれないな。
母なる海って言うしな。」
「ねえ、明弘は死んだら空と海、どっちに行きたい?」
彼女は肩までの髪を風でゆらしながら尋ねてきた。
「そうだな。
俺は天国に行きたいから空かな。」
すると彼女は髪をかき上げ、海を見ながら言った。
「私は死んだら海に行きたいな。
そしてもう一度海で生まれかわるの。」
「でもそれじゃ生まれかわったら、魚とかイルカになっちゃうよ。」
「いいの、それでも。
私は一度海の中で生きてみたい。」
「そうか。
じゃあ生まれかわったら海の中で生きられるといいな。」
そう言うと彼女は微笑んで海を見つめていた。
彼女が生きていた時、俺の隣に座っていた時の会話。
今でも忘れない。
あの時はずっと彼女が俺の隣に座ってくれていると思っていた。
そして海を、水平線を見ながらずっと彼女と話していられると思っていた。
しかしもう彼女はいない。
俺の隣に、彼女は座っていない。
どうしてだろう?
なぜ彼女はいなくなってしまったのだろう?
ずっと彼女と一緒にいたかった。
喧嘩もした。
お互いに傷付いたこともあった。
そして雨の降りしきる中で抱きしめ合ったこともあった。
あの時、彼女が俺の隣からいなくなるなんて、思いもしなかった。
俺は今、誰も座っていない隣を見つめている。
そこに彼女がいるかのように。
そして海に目をやる。
涙が出てきた。
彼女と話したい。
もう一度俺の隣に座って欲しい。
涙はとまることなく溢れてきた。
涙で視界がぼやける。
俺は流れる涙を拭うことはしなかった。
泣きたいなら泣けばいい。
自分にそう言い聞かせた。
誰もいない隣に、そっと手を伸ばしてみる。
彼女の笑っている影が見えたような気がした。
俺は隣に伸ばした手をしばらくそのままにする。
彼女がこの手を握ってくれるんじゃないかと思って。
そんなことはないと分かっている。
しかしそれでもしばらく隣に手を伸ばしていた。
いつか彼女に聞かれたこと。
死んだから空と海、どっちに行きたい?
あの時俺は、天国に行きたいから空だと答えた。
しかし今は違う。
俺も死んだから海へ行きたい。
彼女が言っていたように、海の中で生まれかわりたい。
俺は隣に伸ばしていた手を引っ込めた。
記憶の中の彼女が、俺に微笑みかける。
俺は涙を拭いた。
そして記憶の中の彼女と向かい合う。
彼女は笑っている。
笑って俺の隣に座っている。
記憶は鮮やかに蘇る。
俺はいつもと同じように、一時間ほどベンチに座っていた。
ここに来る度に思い出す彼女の笑顔。
そして彼女との会話。
浜辺にいた何人かの人は、いつの間にかいなくなっていた。
海は相変わらず太陽の光を受けて輝いている。
俺はベンチから立ち上がった。
海は不思議だ。
でも、水平線はもっと不思議だ。
空でも海でもない。
俺はしばらく海を見つめていた。
彼女は死んだら海へ行きたいと言っていた。
しかし、俺は彼女が海にいるとは思っていなかった。
きっと彼女は水平線にいる。
そこで生まれ変わって、空と海の両方を見つめているに違いない。
水平線。
それはこの世のどこでもない場所。
彼女は、きっとそこにいる。

                                  第五話 完

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