勇気のボタン 第十四話 新たな家族(2)

  • 2010.05.31 Monday
  • 11:22
 子犬や子猫を抱き上げながら、「可愛い」という多くの声が周りであがっている。
大半は見物人で、実際に里親になって動物達を引き取る人の割合というのはどのくらいのものだろう。
出来れば全ての動物に里親が見つかればいいが、それは難しいだろう。
ただ、今日確実に一匹の猫に里親が決まることは確実だ。
それは俺と一緒にここへ来ている藤井が一番最初に抱き上げた猫を気に入り、その子をもらうことに決めたからだ。
そしてその子猫の所に来てみると、俺の友達と言ってもいいのかどうか分からないが、とても美人で見ているだけでドキドキするような翔子さんが、藤井が飼いたいと思っていたその子猫を抱いていたのだった。
翔子さんはその子猫を抱きながら俺と藤井を見比べ、ニッコリと微笑んで問いかけた。
「あら、その横の人ってもしかして有川さんの彼女?」
そう言われて藤井はぶんぶんと首を振った。
少し照れ臭そうにしながら「ただの友達です」と俯き加減に言った。
そう、ただの友達である。
友達なのだが、こうやってはっきり「ただの友達です」と言われて何故か少し傷付いた。
翔子さんは子猫を係の人に返し、俺達の方に寄ってきてまた笑いかけた。
「さっき来た所なんです。これから他の動物達も見て回ろうと思って。
お二人はもう見て回ってこられたんですか?」
「ええ、一通りは。
あ、僕の横にいるのが友達の藤井さんて言うんですけど、彼女がさっき翔子さんが抱いていた猫を欲しがったものですから、一通り回ってからまたここに戻ってきたんです。」
美しい笑顔で問いかける翔子さんに、俺は頬を緩ませながら言った。
翔子さんは藤井の方に目をやり「さっきの子猫可愛いですもんね」と眩しい笑顔で喋りかけた。
それに対して藤井は少し笑顔を作って軽く会釈を返しただけだった。
さっきの子猫はゲージに戻され、藤井の「また戻ってくるからね」という言葉を信じていたのか、目を輝かせてこちらを見ている。
俺はその子猫に笑って見せ、藤井の肘をつついてそれを知らせてやった。
「あの子猫、お前のことずっと見てるぞ。早く行ってもらってやれよ。」
藤井が子猫の方に顔を向ける。
「そうだね。待たせたら悪いもんね。」
そう言って藤井は子猫の所の向かった。
係の人に言って、子猫を出してもらっている。
俺は翔子さんに向き直り、また頬を緩ませて聞いた。
「これから見て回るんですよね。他にも可愛い子犬や子猫がたくさんいましたよ。
いい子が見つかるといいですね。」
翔子さんは胸の前で手を組み、考えるそうな仕草で空を見ていた。
その姿も美しい。
俺は頬を緩ませッきりだった。
「そうねえ。でも可愛いだけじゃダメよね。
やっぱりその動物との相性って大事じゃないですか。
いくら可愛くても、何となくその動物と相性がよくないなって思うと、飼わない方がいいのかなと思って。
やっぱり動物を飼うなら、人も動物も幸せにならなきゃいけないですから。
だから私、じっくり選んで飼うつもりなんです。」
俺はその言葉に大きく頷いた。
確かに翔子さんの言う通りなのだ。
動物を飼う以上、人も動物も幸せにならなければならない。
その為にはお互いの相性というのはとても大事だ。
じゃあ具体的にどうやってその相性を見極めればいいのかと問われれば困ってしまうが、俺の場合は直接話しが出来るのでそこからある程度は自分と合うかどうかは分かる。
そういう意味では、今我が家にいる動物達と俺との相性はいいということになるのだろうと思う。
相性が悪ければ、動物との信頼関係も中々築きにくいだろう。
そのことを良く知っている翔子さんは、きっと実に良い飼い主で、動物との信頼関係も築けているのだろう。
「さっきの子猫も可愛かったけど、何だか私に心を開いてくれていないみたいだったんです。
何て言うのかな。
誰かを待っているというか。
ただの勘なんですけどね。」
その勘は正しいですよ。
俺は言葉に出す代わりに笑って頷いた。
さっきの子猫は藤井を待っていたのだ。
藤井の「また戻ってくるね」という言葉を信じて。
俺は藤井の方を見た。
子猫を抱いて嬉しそうにしている。
翔子さんはその眩しい笑顔でまた俺に微笑みかけ、くるっと踵を返してこう言った。
「これからじっくり新しいに家族になる子を選んできます。
有川さんも友達とのデートを楽しんで下さいね。」
そう言って翔子さんは動物達のゲージが並んでいる方へと去って行ってしまった。
翔子さんの目に、俺と藤井の関係はどう写ったのだろう。
藤井はただの友達だと言ったが、翔子さんは恋人同士だと思っていたりして。
「あなたの目に、俺と藤井の仲はどう写りましたか、翔子さんと」と聞きたかったが、もうとっくに翔子さんは人混みに紛れてしまっていた。
俺は頭を掻きながら翔子さんの去って行った方を見つめていた。
俺は翔子さんが好きなのかな?
ただ美人に憧れているだけじゃないのか?
自分でもよく分からなかった。
ただ、俺が藤井とのデートを楽しんで下さいと微笑みかけながら言うあたり、今の所俺は翔子さんにとって散歩中に出会う話しの合う人の以上のものではないということだろう。
俺がそんなことを考えていると、藤井が子猫を抱いて戻ってきた。
「えへへ、この子のこと引き取っちゃった。」
そう言いながら嬉しそうに頭を撫でていた。
「良かったな。きっと新しいいい家族になるよ。モモとも仲良くやるだろう。」
そう言いながら俺が藤井の肩をポンと叩こうとすると、藤井はそれを避けるように体をよじった。
今まで何気なくそうやって藤井の体にタッチしていたが、実は嫌がっていたのかな。
俺はバツが悪くなって手を引っ込めた。
「じゃ、じゃあ帰ろうか。」
どこか変な気持ちになって俺は先に歩き出していた。
何でだろう?
何でいつもは普通にしているのにさっきは避けられたのろう。
やっぱり今まで気軽に触られるのは嫌だったのか。
恋人でもないのに簡単に体にタッチするなんて、実はいやらしい行為なのか?
女性経験に乏しい俺には分からず、ただ急ぎ足で出口のあるバス停に向かった。
恥ずかしいような、傷付いたような妙な気分だった。
藤井が駆け足で俺を追いかけてくる。
俺はそれを無視して歩き続けた。
「ちょっと待ってよ、有川君。どうしたのよ。」
俺に追いついた藤井が息を切らしながら尋ねる。
「別に、どうもしてしてないよ。」
俺は藤井を見ずに言い、バスの停留所に立った。
「ごめん、私何か怒ることした?」
俺は黙ったまま前を見つめていた。
「さっき肩を叩こうとしたのを避けたのを怒ってるの?」
怒っているかどうかは自分でも分からない。
ただ、何となく変な気分なのだ。
藤井は俺の前に周り、子猫を抱えたまま真剣な眼差しで言った。
「有川君、さっきの翔子さんていう人のこと好きでしょ。」
何を唐突に言うのか。
俺は口を尖らして藤井から目を逸らした。
「美人だもんね、あの翔子さんていう人。」
子猫に目を落としながら藤井が言う。
子猫は「もらってくれてありがとう」と藤井に言っている。
ほっとしたような、それでいて満足気な笑顔だった。
俺はその子猫を見ながら藤井に言った。
「何が言いたいんだよ。」
藤井は顔をあげ、俺の目を見ながら言った。
「ごめんね。何となくそんな気がしたの。
そしたら有川君に肩を叩かれるのを何故か分からないけど自分でも避けてた。
有川君が誰を好きになろうと、私に関係ないのにね。」
そう言って藤井はまた子猫に目を落とした。
おれははあっとため息をつき、また避けられるかなと思いながら藤井の肩を叩こうとした。
藤井はその手を見つめながら動かなかった。
今度は避けられなかった。
なんだかとても安心した。
「翔子さんは確かに美人だし、最近仲良くなった人だよ。
でも好きかどうかは自分でも分からない。
それに向こうは俺に対してそんな気は全く無いと思う。
なんたって去り際に「友達とのおデートを楽しんで下さい」って言ったんだからな。」
「そうなの?」
藤井が目をぱちくりさせて聞き返す。
「そうだよ。あんなに美人がおれとどうこうなんてなるはずが無いだろう。
もっといくらでもいい男を見つけられるよ。」
そうなのだ。
翔子さんなら他の男が放っておかないだろう。
今はたまたま彼氏がいないだけで、本人が望めばすぐにでもできるのだろう。
「そっか。そうなんだ。」
子猫に頬ずりし、笑顔でそう言っている。
ごめんね、変なことを聞いて。」
藤井は心なしかほっとした様子だった。
藤井は俺に気がある?
まさかな。
同じ力を持つ者同士、友達になりたいって言ってただけじゃないか。
俺は咳払いをし、もうこの話しは終わりにしようと思った。
藤井もそういう感じだった。
俺は努めて明るい声で言った。
「よかったな、その子猫がもらえて。
これで新しい家族が増えるわけだが、世話は大変になるぞ。」
藤井は笑って子猫を持ち上げた。
「そんなの全然構わないわ。私はきっとこの子と仲良く出来る。
一目見た時からそう思ってたの。」
やっぱりこの子猫と縁があったということか。
停留所にバスがやって来て俺達の前で停まった。
ドアが空き、数人の人が降りてきて、そのうちの何人かが里親探しのホールの前へ向かう。
そういえば、俺はふと疑問に思ったことを聞いた。
「なあ、名前は何にするんだ?」
藤井は唇に指を当てながら考えている。
「うーん、そうだね。どんな名前がいいかな。
変な名前をつけたら可哀想だもんね。」
子猫をぎゅっと抱きながらそう言う。
「そうだな。マサカリみたいな名前になったら可哀想だもんな。」
俺はあの肉厚の顔を思い浮かべた。
「あら、私はマサカリって素敵な名前だと思うわ。」
「じゃあその子もノコギリなんて名前にするか。」
実際にそんな名前になったらギザギザした性格の子になってしまうだろう。
下らない俺の冗談で藤井は吹き出した。
「面白い名前だけど、それはやめとく。」
子猫はきょとんとした目で藤井の腕の中におさまっている。
俺達は笑いながらバスに乗り込んだ。

                              第 十四話 完



ジャンクフードが食べたくなる

  • 2010.05.31 Monday
  • 11:13
 食欲はあまり無いんですが、何故かジャンクフードだけ食べたくなります。
コンビニのお菓子とか、すごく欲しくなるんです。
何でだろう?
そんなものばかり食べてたら体に悪いし、実際にあまり食べていないんですが、なんか食べたくなるんです。
味が濃くて分かりやすいから?
依存性でもあるんでしょうか?
最近はほとんど食べてませんが、体に良くないのであまり食べないのにこしたことはありませんね。

一番風呂

  • 2010.05.31 Monday
  • 11:06
 一番最初に入るお風呂ってのは気持ちいいですね。
ここの所はいつも一番風呂です。
なんかお湯が清々しい。
体も心もとても綺麗になって癒されます。
やっぱり一番最初に入る風呂はいいなあ。
気分スッキリで、体も爽快です。

勇気のボタン 第十四話 新たな家族

  • 2010.05.30 Sunday
  • 11:10
 込み合うバスの中、俺は吊革に掴まりながら揺れる体を固定していた。
バスに乗るのなんて久しぶりで、少し物珍しく周りを見回していた。
買い物袋を持ったおばさんや、仲の良さそうなお年寄りの二人組、それに部活に行くのかジャージ姿の高校生くらいの男の子が数人乗っていた。
席は空いているのだが、俺は座らなかった。
何故ならバスに酔うからだ。
こうして吊革に掴まっている方がまだマシなのだ。
目の前の座先に座っている藤井は、動物の里親探しの紙をじっと見ている。
以前にも藤井と子犬の里親探しに行ったことがあるが、今回はそれとは別の団体で、場所もちょっと遠いのでバスでの移動となったわけだ。
今回里親探しに行くのは前回とは目的が違う。
以前は同盟の活動として見学をするという藤井の為に行ったのだが、今回は純粋に動物をもらう為に行くのだ。
こうなったのにはわけがあって、この前モンブランがマサカリと喧嘩をして家出をした。
そしてその家出先が藤井の家だったのだが、そこで飼っているモモという猫とモンブランがとても仲良くなり、藤井もモモに寂しい思いをさせない為ということでもう一匹猫を飼おうということなったわけだ。
動物が増えればその分世話も大変になるが、藤井は俺の家の賑やかな動物達を羨ましく思っているらしく、猫一匹くらい増えてもどうってこと無いと言って、今回の里親探しに誘われたのだった。
今日は日曜日。
また人が多いだろうなと俺は辟易とする。
里親探しが開催されるのは俺のアパートからバスで20分ほど離れた所にあるそれなりに大きなホールの広場の前だった。
どうせまた、親子連れだのカップルだのが多いのだろう。
それにまた動物達の「拾って下さい」という悲痛な声を聞くことにもなる。
あまり乗り気ではなかったが、最近は藤井と行動を共にするのが俺にとっての楽しみでもあるので付き合ったのだ。
今回は余計なことはぜず、大人しく藤井の後ろをついて回ろう。
時刻は午前10時過ぎ。
昨日は夜更かししたのでまだ眠い。
俺は欠伸をしながらホールの広場の前に到着するまで吊革に揺られていた。
やはり立っていても、少し酔ってきた。
俺が本格的に酔う前に、バスはちょうどホールの広場の前に到着した。
「うわあ、たくさん人が集まってるねえ。」
藤井が目を輝かせながら声をあげた。
規模自体は前回の里親探しより小さいが、今回は猫も里親を募集しているので人はたくさん集まってきていた。
まあ大半がただの見物人であろうけど。
「ねえ、さっそく見て回ろう!」
藤井が俺の袖を掴んで嬉しそうに走り出す。
傍から見れば、俺達もカップルに見えることだろう。
今の所、全くそういう関係ではないが。
周りを見れば可愛い子犬や子猫がゲージの入れられて、係の人が触りたいという人に抱っこさせたり、この子はこういう性格なんですよと説明していた。
いるのは子供だけではなく、大人の犬や猫もいて、やはりそちらの方は子供の方よりも人が少なかった。
貰われて行く率は当然子供の方が多いだろう。
もし貰い手が見つからず、残されてしまった大人達の行く末を考ようとして、俺はすぐさまそれを頭から振り払った。
「ねえねえ、この子とっても可愛いと思わない。」
そう言って藤井が抱き上げた子猫を見せてくれた。
白地に顔の真ん中だけに黒い模様があり、目がクリっとしたとても愛らしい子猫だった。
俺は顔を近くに寄せ、「こんにちは」と小さく挨拶した。
「僕と喋れるの?」
子猫はクリっとした目をさらに大きくして尋ねた。
「僕を抱っこしてるお姉さんも、僕とお喋り出来るんだね。
さっき同じようにこんにちわって挨拶されたよ。」
藤井はぎゅっと子猫を抱きしめ、「可愛いねえ」を連呼していた。
「僕のこと、もらってくれる?」
子猫が一層可愛らしく藤井に尋ねる。
「うん、あなたを飼うわ。」
早いな、おい!
もう決めるのかよ。
俺は藤井の肩を叩いて振り向かせ、「もうちょっと選んでからにした方がいいんじゃないか」と言った。
まだ来たばっかりである。
確かにこの子猫は可愛いが、もう少しじっくり選んでからでもいいだろうに。
「えー、だってこのすごく可愛いよ。
それにこんなに拾ってくれって訴えてるのに・・・。」
これが動物と話せるやっかいな所だ。
ここにいる動物達はみんな飼い主が決まることを望んでいる。
だからどの子に接しても同じように「拾ってよ」と言ってくるわけだ。
普通の人間なら、「クーン、クーン」とか「にゃあ、にゃあ」としか聞こえない鳴き声が、俺たちにはちゃんと言葉として伝わる。
だから可愛いと思って抱っこしたが最後、その子の切実な「拾ってよ」という言葉を正面から受け取ることになる。
この猫だってたまたま藤井が最初に抱いただけで、他のどの子猫を抱いても同じことを言うだろう。
だから抱っこするには慎重にしなければいけないのだが、藤井がそんなことを分からないはずも無かった。
俺はこの子を抱っこしたのには何か理由があるのかと思って藤井に尋ねた。
「なあ、なんで最初にその子を抱っこしたんだ。
俺達は動物の言葉が分かるんだから、その分情が移り易いだろう。
他にも子犬や子猫はいたのに、どうしてすぐにその子を抱っこしたんだ?」
藤井に抱かれた子猫は「拾ってくれないの」と寂しげに呟く。
俺はそれが耳に痛くて顔を逸らしてしまった。
藤井はしばらく俺の問いに答えず、ぎゅっとその子を抱きしめまま立ち尽くしていた。
俺は頭を掻き、なんだか余計なことを言ったのかなと思っていた。
「まあ、その何だ。結局飼うのは藤井なんだから、藤井が決めればいいことなんだけどな。」
フォローのつもりで言ったのだが、藤井はその子を係の人に返してしまった。
ああ、俺って余計なことを言ったのかな。
軽く自分の顔を叩き、藤井に「ごめん」と言った。
藤井はその子に「また戻ってくるからね」と言って先に歩き出してまった。
俺はその後を追い、藤井の前に回って謝った。
「ごめん。そういうつもりじゃなかったんだ。
お前があの子を気に入ったのならあの子を飼えばいい。
その、すまん。俺、余計なことを言ったな。」
俺は頭を下げた。
そして顔を上げて藤井の顔を見てびっくりした。
泣いていたのだ。
「お、おい。どうしたんだ?
そんなにさっきの子がよかったのか?
じゃあ今からでも・・・。」
そう言いかけて藤井はぶんぶんと首を振った。
「違うの、ごめんなさい。泣いたりして。」
いや、謝りたいのはこちらのほうだが、藤井は溢れ出て来る涙を袖で拭っていた。
俺、そんなにまずいこと言ったのかな。
慌てる俺に藤井は言った。
「麻呂のことを思い出しちゃったの。」
「麻呂のことを?」
藤井はグスンとしゃくりあげて俺を見た。
麻呂とは以前の里親探しで俺達が引き取った子犬だ。
引き取ったと言っても飼うつもりではなかった。
麻呂にはちゃんとした飼い主がいたのだが、迷い犬と間違われて里親探しのボランティア団体に引き取られ、里親探しに出されていたのを、元の飼い主に返す為に俺達が引き取ったのだった。
しかし元の飼い主は麻呂を引き取ることを拒否し、結果藤井が飼うことになった。
だが藤井が仕事から帰って来ると麻呂は家にはおらず、その後俺と藤井で一緒に捜しまわったのだが、ついに見つけることが出来なかったのだ。
麻呂は信じていた飼い主に裏切られ、人を信用出来なくなって藤井の家を飛び出したのだろうと俺は思っている。
藤井はその麻呂のことを思い出して泣いていたのだ。
「なんでかな?
さっきの子猫を見た途端いきなり麻呂のことを思い出しちゃって、気が付いたら抱き上げていたの。
全然麻呂と違うのにね。
うう、ごめん。泣いちゃって。」
きっと藤井は心の何処かでずっと麻呂のことを気にかけていたのだろう。
それが今回の里親探しに来て、心から溢れ出てしまった。
麻呂のことは俺も残念だと思っていた。
まだ泣いている藤井の頭を軽くなで、俺にしては珍しく持っていたハンカチを藤井に差し出した。
「ごめんね。ありがとう。」
「謝る必要なんかないよ。藤井は自分の飼いたいと思った動物を飼えばいい。
俺が余計なことを言ったんだ、悪かったな。」
俺のハンカチで顔を覆い、ひとしきり泣きやんでから藤井は顔を見せた。
目が真っ赤だ。
まだグスンとしゃくりあげているが、目は笑っていた。
「ありがとう。ハンカチ、洗って返すね。」
「いいよ、気にすんな。
それよりどうする。まだ見て回るか?」
俺の問いに藤井は「うん」と頷き、その後も色々と動物達を見て回ったが、藤井はもうどの動物も抱き上げようとしなかった。
俺は時折「この子可愛いなあ」と話しかけたが、藤井は「そうだね」と気の無い言葉を返すだけだ。
それから30分ほど二人で見て回ったが、藤井はどの動物とも深く接することは無かった。
麻呂のことを思い出して心を痛めているのかもしれない。
俺はポンと藤井の背中を叩き、「大丈夫か」と尋ねた。
「うん、大丈夫。心配かけてごめんね。
せっかく私から誘ったのに、ほんとにごめんね。」
「そんなに謝るなよ。藤井は何も悪くないんだから。」
そして俺はすっと思っていたことを言った。
「最初の子猫の所に戻るか?」
あの子を抱き上げたのも何かの縁だろう。
麻呂のことを思い出してあの子猫を抱き上げたのだとしたら、それは何か麻呂と通じるものがあったのかもしれない。
見た目も種族も、おそらく境遇も麻呂とは違うだろうが、藤井の心に触れる何かがあったのだろう。
あの子を飼いたいのならそうすればいい。
俺は笑顔で藤井の背中を押し、さっきの子猫の所へ行こうとした。
藤井は唇を噛み、「ありがとう」と小さな声で言った。
そして俺達は最初に藤井が抱いていた子猫の所に戻った。
あの子を飼えばいい。
それが藤井の望みなら、何を俺が文句を言うことがあろうか。
まだ目の赤い藤井とさっきの子猫の所へ行くと、そこには別の人がいて、その子猫を抱いていた。
「可愛い。目がクリっとしてとても愛らしいですね。」
係の人と話している。
藤井はその場で俯いて固まったが、俺はおそらく藤井とは別の意味で固まっていた。
翔子さんだった。
最初に藤井が抱いていた子猫を優しい目で見つめながら頭を撫でているのは翔子さんに間違いなかった。
「あら、こんにちわ。こんな所で会うなんて。」
翔子さんは相変わらず美しい笑顔で声をかけてくる。
「はは、どうも。」
横にいる藤井は不思議そうに俺と翔子さんを見比べている。
俺もまさかこんな所で会うとは思ってもいなかった。
「私ももう一匹猫が欲しくなっちゃって、ええとその・・・。」
翔子さんは俺を見ながら困った顔をしている。
そう言えばまだ名乗って無かったのだ。
「有川です。」
俺はいささか緊張して答えた。
翔子さんは「うふふ」と笑い、子猫を抱いている。
「有川さんていうのね。今さらお名前を聞くなんておかしな感じね。」
綺麗な横顔を見せながら、子猫の頭を撫でている。
「私有川さんの話しを聞いてると、なんだか羨ましくなっちゃって。
たくさん家に動物がいるのもいいなあって。
うちは犬と猫が一匹ずつしかいないから、もう一匹猫でも飼おうかと思ってここに来たの。
有川さんも、また何か動物を飼うつもりで?」
俺は美しい翔子さんの笑顔にみとれながら、「いえいえ」と手を振って答えた。
「あれ以上増えたら動物園になっちゃいますよ。
今も動物達で手一杯です。」
そう答えると翔子さんは「賑やかな家でいいわね」と答えて子猫をあやす。
ああ、美しい。
俺は子猫を優しく抱く翔子さんに見入っていた。
しばらくそのままぼーっと見つめていると、藤井が俺の裾を引っ張った。
「誰?有川君の知り合い?」
俺は「あはは」と曖昧に笑い、
「まあそんな所かな。犬の散歩コースが一緒なんだ。」と説明した。
もっとも時間帯が違うので、翔子さんに会う時は俺が翔子さんの散歩の時間に河原沿いの道をうろついているだけなのだが。
「ふーん、そうなんだ。」
藤井は素っ気なく答え、翔子さんの抱いている子猫を見つめている。
俺はなんだか居心地が悪くなり、一つ咳払いをして藤井とも翔子さんとも目を合わせないようにした。
別に二人とどういう関係でも無いのに、この居心地の悪さは何だろう。
俺は眠くもないのに欠伸をして、ただ周りの光景を眺めながら、これから二人と何を喋ろうかなんてことで頭をフル回転させていた。

                           第 十四話 つづく




お酒に強くなった

  • 2010.05.30 Sunday
  • 11:06
 あんまりお酒に強い方じゃなかったのに、最近は飲んでもあまり酔いません。
いつも飲んでるから体が慣れてきたのかな。
普段はふらふらして眠くなるんですけどね。
今はあまりそうならない。
だからって飲み過ぎには注意しないといけないですね。
でも、お酒が好きになりました。

人に頼ること

  • 2010.05.30 Sunday
  • 11:01
 正直どこまで人に頼って許されるのか。
親しい友人がいるけれど、その子にはその子の悩みなり人生があるので頼ってばかりじゃ悪いのではと思う。
自分の力で出来ることは自分でしなければ。
生きるってしんどいですね。
辛いことがたくさんある。
どれも乗り越えないと先へ進めないから、仕方ないのかな。
暗い夜中のうちは、慌てずじっとしてる方がいいのかもしれない。
自分の力で、果たして何が何処まで出来るのだろうと思います。

勇気のボタン 第十三話 喧嘩と仲直り(3)

  • 2010.05.29 Saturday
  • 11:44
 マサカリを連れながら、運動不足の体にはこたえる長旅をしていた。
駅で一つ分の距離を歩くのも、日々運動に縁が無い俺にとっては長旅と言って差し支えないだろう。
歩きながらゆっくりと眺める景色も悪くはないが、出来れば電車という文明の力を利用して楽に行ってしまいたかった。
そう出来ないのはマサカリを電車に乗せられないからで、こいつがもう一回り小さければカゴに入れて電車に乗れたかもしれない。
昨日は藤井のマンションに行き、モンブランを連れて帰ろうとしたがうまくいかなかった。
「マサカリが謝るまで絶対に帰らない。」
その為におれはもう一晩藤井の家にモンブランを預け、家に帰ってマサカリを説得するはめになった。
さて、どうやってマサカリをモンブランの所まで連れて行く為に説得しようかと考えていたのだが、マサカリは案外簡単に承知してくれた。
「モンブランが来いって言ってるんだろ。だったら行ってやるよ。」
そういうわけで、今、俺はマサカリを連れて長旅中というわけだ。
幸い今日は土曜日。
昼前に藤井に電話をかけ、今から行くと伝えてある。
これが平日なら藤井の仕事が終わるのを待たねばならず、夜の街を往復で二時間も歩かなければならない。
それよりかは、まだ陽の高いうちに行った方がマシというものだ。
俺はなんとか長旅を乗り越えて藤井のマンションまで到着し、部屋のインターフォンを押した。
「隣街からはるばる歩いてやって来た有川というものです。
どうか部屋に入れてお恵みを下さい。」
俺の冗談に藤井はインターフォン越しに笑い、ドアを開けると笑顔で「お疲れ様」といって部屋へ促した。
俺とマサカリは部屋に入り、小さなテーブルの前に腰を下ろした。
モンブランはモモと喋っていて、こちらを見ようともしない。
マサカリは何処に視線を合わせるでもなく、行儀良く座っていた。
お互いに何か意識しているものがあるのだろうか。
妙な雰囲気が二匹の間で漂っている。
とりあえずマサカリを連れてきたものの、果たしてこいつがちゃんと謝るかどうかは分からなかった。
藤井のマンションへ来ることはすぐに了承したものの、モンブランに謝ることについては何も答えなかったのだ。
紅茶とお茶菓子を運んできた藤井に、昨日俺が帰った後のモンブランの様子を尋ねた。
「相変わらず大人しくしてたわよ。モモとずっとお喋りしていたし。
特に変わった様子は無かったわ。」
モンブランは全くこちらを見ようとしない。
もうこれは、こっちからマサカリを謝らせに行かせるしかないだろう。
俺は肘でマサカリをせっつき、「さっさと謝ってこい」と促した。
マサカリは渋った顔をしながらも「しょうがねえなあ」と言ってモンブランの方に向かう。
モモはマサカリが近づいてきたのを見て会話を止め、それに気付いたモンブランがマサカリの方を見る。
「何よ。」
モンブランがつっけんどんに言う。
マサカリは偉そうに胸を張っていて、とても謝る態度には見えないが、とりあえずは様子を見ることにした。
「お前が来いって言うから謝りに来てやったぞ。
はい、ごめんなさい。
これで満足か。」
マサカリはふんぞり返っている。
悪気など微塵も感じられない。
俺はやることはやった。
だからもういいだろうとでもいうふうに。
俺は頭に手を当ててはあとため息をついた。
予想していた通り、モンブランの怒り狂う声が響いた。
「ふざけないで!何なのよ、その態度は!
ちゃんとここまで来たからきっちり謝るのかと思えば、そのふんぞり返った態度は何?
あんた私のことを馬鹿にしてるでしょう。」
目を吊り上げて毛を逆立てながらモンブランは雄叫びに近い声を発していた。
「モンブラン、怖い。」
横でモモが怯えている。
藤井の元に駆け寄り、膝の中にくるまってしまった。
「マサカリったら・・・。」
藤井も呆れたように呟く。
俺は止めるようとしたが、今仲介に入ればモンブランに引っ掻かれそうなのでやめておいた。
「なんでそうやって無神経で図々しいのよ!
あんたが私の餌を横取りするからこうやって喧嘩になってるんでしょ。
あの時だって素直にあんたが謝れば、私も家出なんかすることは無かったのよ。
このバカ犬!」
怒りが頂点に達しているモンブランは、今にも猫パンチを繰り出しそうだ。
しかしマサカリは相変わらずふんぞり返っていて、逆にモンブランの言葉に怒りだした。
「てめえ!黙って聞いてりゃ言いたい放題言いやがって。」
それはお前が言われても仕方のないことを言ったからだろうが。
モンブランの怒りはもっともで、マサカリが怒る理由の方が分からない。
「悠一がお前に謝りに来いって言ったからわざわざ来てやったのに、いつまでも怒ってんじゃねえよ。
そんなに餌が欲しいなら俺の分もくれてやる。
それで満足か?
それでも嫌だってんなら一生真奈子の家にいればいいんだ、このヒステリー猫!」
「なんですってえ!」
ついに猫パンチが炸裂した。
嵐のように凄まじい連打だ。
しかし今回はマサカリも負けておらず、隙をみて噛みつこうとする。
だが鈍いマサカリの攻撃が到底モンブランに当たるわけもなく、一方的に猫パンチを浴びせられている。
「痛たたた、この猫め。調子に乗るんじゃんえ。」
追い詰められたマサカリが体当たりをかますが、あっさりとよけられて頭から壁に激突した。
「クソ、ちょこまかと。」
いや、お前が鈍いだけだろ。
再三体当たりを繰り返すも、呆気なくかわされ、その度に猫パンチをくらっていた。
俺の藤井もモモも、しばらく二匹の闘いを見ていた。
闘いと言ってもマサカリが一方的にやられているだけだが。
「ふん、どんくさい犬。その程度?」
モンブランは笑いながら挑発している。
当てられるもんなら当ててみなさいと言わんばかりに顔をマサカリに近づけるが、マサカリが攻撃をする度に猫パンチのカウンターが炸裂する。
俺はなんだかそれが面白くなってしばらく眺めていた。
横に座っている藤井は目をぱちくりさせながらその様子を見ている。
「こ、こんなはずじゃ・・・。」
へばったマサカリがしゃがみ込む。
俺はタオルを持っていれば投げて入れてやりたい気分だった。
こいつも運動不足らしい。
最近太ってきたのがこたえたか。
モンブランはへばったマサカリを見降ろすように立っている。
「どう、謝る気になった?」
ここまでやられて、マサカリの有るのか無いのか分からないプライドは傷付いたのだろうか。
顔の周りの肉を震わせながら、
「いいや、俺は悪くない。絶対に謝らん。」
とへばりながらも強がっている。
倒れ込んだマサカリへさらに数発猫パンチをお見舞いすると、マサカリは「ぐふう」と言って黙りこんでしまった。
「ふん、情けない犬。あんたの言う通り、私はここの猫になるわ。
あんたは家で好きなだけ餌を貪っていたらいいのよ。」
そう言って、最後に一発猫パンチをかました。
マサカリは完全にノックアウトされてしまった。
試合は終了。
モンブラン選手の勝ちである。
ただそれは虚しい勝負で、何も解決したことにはなならないが。
結局二匹は仲直りせず、俺はどうしたものかと頭を悩ませていると、藤井が急に笑い出した。
「あはは、面白い。すごいねえ、モモ。」
藤井は抱いたモモに笑いながら話しかけていた。
「うん、面白かった。いいなあ。
たくさん動物を飼ってると、こんなに楽しくプロレスごっこも出来るんだね。
私、なんだか羨ましい。」
モモは目をランランと輝かせながら二匹を見ていた。
さっきまで怖いとか言っていなかったか?
「やっぱり有川君の家の動物って面白いね。いつもこんなに賑やかなら、一人で暮らしてても全然寂しくないね。
うちももう一匹動物を飼おうか、モモ。」
「本当?だったら私嬉しい。」
藤井もモモも、いつも我が家でこんな展開が行われていると誤解しているらしい。
まあ、ここまでじゃなくても、近いことはしょっちゅうあるが。
「うん、やっぱり有川君の所の動物はみんな仲良しだよ。
でなきゃあんなに楽しそうに喧嘩なんかしないもの。
マサカリもモンブランも、喧嘩してる時すごく楽しそうだったよ。」
そうだろうか。
飼い主としていつも見ている俺には分からないことが、藤井とモモには分かるのかもしれない。
俺は頭を掻きながら立ち上がり、モンブランの近くに座った。
モンブランは勝ち誇ったような顔でマサカリを見降ろしていた。
「なあ、モンブラン。もういいだろう。
マサカリの性格はお前もよく分かってるだろ。
こいつは不器用なんだよ。
今日ここまで来たのだって、本当はお前に悪いと思ってるからなんだ。
ただ、その何と言うか、素直にねれないだけでな。
もう許してやってくれないか。」
モンブランはふんと鼻をならしながらも、怒りと解いたような目でマサカリを見た。
俺は今度はマサカリに向き直り、へばった顔を見つめながら言った。
「お前だって本当は悪いと思ってるんだろう。いつまでも意地を張ってないで、素直に謝ったらどうだ。」
マサカリもぶるぶると顔の肉を震わせてモンブランを見た。
もうそろそろ仲直りしてもいいだろう。
俺は二匹を向かい合わせ、ポンと背中を叩いた。
目を合わせようとはしなかったが、雰囲気はもう怒っているものではなかった。
「マサカリ、モンブラン。仲良しが一番だよ。
自分の気持ちに素直になって、仲直りして一緒有川君の家に帰ろうよ。」
藤井が優しい目でそう言う。
「私もその方がいいと思う。
モンブランがいなくなっちゃうのは寂しいけど、でも真奈ちゃんの言う通りやっぱり仲良しが一番だよ。
ていうか元々仲良しだね。
だってあんなに楽しそうに喧嘩するんだもん。」
「そうね。見てて面白かったね。」
藤井とモモにも促され、マサカリはのっそりと立ち上がるとモンブランに言った。
「餌を横取りして悪かった。ごめん。」
恥ずかしいのか、そう言ったあと、すぐに顔を逸らしてしまった。
ようやく素直になれたという所だろうか。
モンブランは鼻を持ち上げてふうと息を吐きだした。
「ま、いいか。とりあえずちゃんと謝ってくれたことだし、許してあげるわ。」
そう言って俺の顔を見てニコっと笑った。
どうやらモンブランの怒りも治まったようだ。
俺は二匹の頭を撫で、「これで仲直り成立だな」と言って笑った。
どうなることかと思ったが、うまくいってよかった。
俺は藤井に礼を言った。
「藤井、迷惑をかけたな。モンブランのことありがとう。」
藤井は笑いながら手を振った。
「いいのよ、気にしないで。それより仲直り出来てよかったわね。
お互い素直になれないだけで、本当はもっと早く仲直りしたかったんじゃないかと思うわ。
今回のことで、より絆が深まるといいね。」
藤井らしいに言葉に俺は笑顔で頷き、もう一度お礼を言った。
「それとモモもありがとうな。」
まだ藤井の腕の中にいるモモの頭を撫でながら言うと、モモは嬉しそうに返した。
「よかったね、仲直り出来て。
私もモンブランといっぱいお話が出来て楽しかったよ。
なんか私も家にお友達が欲しくなっちゃった。」
モモが藤井にねだるように言う。
藤井は「そうねえ、考えとくわ」と口に指を当てながら答えていた。
「また機会があればモンブランを連れてくるよ。
その時は仲良くしてやってくれよ。」
そう言ってまたモモの頭を撫でると「うん、モンブランはもう友達だもん」と元気よく頷いた。
さて、これで一件落着。
あとは二匹を連れて帰るだけだが、またあの長旅をするのかと思うときが滅入ってくる。
俺はもう一度藤井の横に座り、一つ咳払いをして尋ねた。
「あのさ、藤井。ちょっとここで休憩していっていいか。
また家まで歩いて帰るのがちょっとしんどくてな。」
出来れば電車で帰りたい。
だがそうも出来ないので歩くほかないのだが、もう少し休んでからにさせて欲しかった。
「いいわよ、ゆっくりしていって。
そういえばお昼ご飯まだよね。
作るから一緒に食べていって。」
そう言って藤井は台所へ向かった。
俺はなんだか疲れてごろっと仰向受けに寝転んだ。
「真奈ちゃんのご飯美味しいんだよ。私もたまにもらうけど、きっと悠一さんも美味しいって言うと思うわ。」
モモが寝転がった俺の側にきて言う。
俺は頷き、目を閉じた。
藤井の手料理か、ちょっと楽しみだな。
そう思っていると何かが頭をせっついてくる。
見るとマサカリとモンブランがニヤニヤしていた。
「真奈子の手料理を頂くことになるなんてラッキーだな、ええ。」
マサカリがニヤついた顔でからかうように言う。
「そうよねえ。もしかしてこれが狙いでもう少し休ませてくれって言ったんだったりして。」
モンブランもふざけたように笑っている。
「うるさいな。そんなつもりじゃないよ。」
全く、お前らはさっきまで喧嘩していただろうが。
なんで二匹揃って俺をからかってくるんだ。
俺はもう一度目をとじようとしたが、ふと起き上がって台所の藤井を見た。
エプロンを着けて手慣れな感じで料理を作っている。
その光景は、なんだか俺の心和ませると同時にをドキドキさせた。
俺の横では二匹が相変わらずニヤニヤ顔で見つめていて、俺は何となく恥ずかしくなりがらも台所の藤井を見つめていた。
マサカリの言う通り、藤井の手料理をたべられることをラッキーだと感じていた。
しかしそんなことは顔には出さず、俺はまた仰向けに寝転んで藤井の手料理を楽しみにしていた。
マサカリとモンブランは仲直りをし、俺は藤井の手料理を頂く。
今日は中々良い日だった。

                            第 十三話 完



これから先

  • 2010.05.29 Saturday
  • 11:40
 この先、自分はどうなるんだろう。
そんな不安は誰にでもありますよね。
でも、今の私には先が見えない。
ただ、その日その日を何とか過ごして行くだけ。
先のことが分からないから、今も分からない。
日々という時間を、どうにか過ごして行くだけです。
夜明けは来るのだろうか。
今はまだ、分からないです。

勇気のボタン 第十三話 喧嘩と仲直り(2)

  • 2010.05.28 Friday
  • 11:13
 猫を入れるカゴを持って電車に揺られながら窓の外の景色を眺めていた。
電車は会社帰りのサラリーマンでそこそこ込んでいたが、座れないほどではなかった。
6時過ぎに藤井から電話を貰い、俺はモンブランを迎えに行く為に藤井のマンションに向かっていた。
まだ機嫌は直っていないだろうな。
昨日マサカリと餌の取り合いで喧嘩をし、俺の家を出て行って藤井の所にごやっかいになっているモンブランだが、果たして大人しく連れて帰ることが出来るだろうか。
もし渋ったとしても、いつまでも家出させておくわけにはいかないので何とか連れて帰るしかないのだが。
電車が駅に着き、俺はカゴを持って藤井のマンションまでやって来た。
インターフォンを押すと中から声がして、すぐにドアが開いた。
「いらっしゃい。中に入って。」
藤井に促されて俺は部屋に上がり、モモとお喋りをしているモンブランを見つけた。
俺の姿を見つけると、ぷいと顔を逸らしてしまった。
「こんばんわ、悠一さん。」
モモが挨拶をしてきたので俺も「こんばんわ」と返し、頭を撫でてやった。
「ずっとモモと仲良くしてくれてたのよ、モンブラン。
大人しくていい子にしてたしね。」
藤井が差し出してくれた紅茶をすすりながら、拗ねたように背を向けているモンブランを見つめた。
俺は何と声をかけようか迷い、顎に手を当てながら言葉を探していた。
何て言おう?
マサカリもちょっとは反省してるっぽいから帰ってこい。
いや違うな。
お前の餌も増やすから機嫌を直せよ。
これもなんか違う。
どう言えばいいのだろう。
俺が考えあぐねていると、藤井も自分の分の紅茶をすすりながら口を開いてきた。
「難しいね、喧嘩してるのを仲直りさせるのって。
でも仲が良いから喧嘩してるんだよね、きっと。
マサカリもモンブランも、本当は仲直りしたいと思ってるんじゃないかしら。」
そうなのだろうか?
だったらさっさと仲直りしてくれればいいのだが、お互い素直になれない所があるのだろう。
相変わらず背中を向けているモンブランのそばにモモが寄って行き、何やら話しかけている。
モモの言葉に相槌をうち、しばらく考え込むようにしてからこっちへやって来た。
俺の前に座り、ピンと胸をはってモンブランは言った。
「私、この家の猫になる。」
「はい?」
「だから、私藤井さんの家の猫になるって言ってるの。
もう悠一の家には帰らない。」
おいおい、何を言ってるんだお前は。
俺は頭を掻きながら顔をしかめた。
「モモちゃんがずっとこっこにいたらいいって言ってくれたんだもの。
だから私、今日から藤井モンブランになります。」
俺は飲みかけていた紅茶を口の中で転がし、藤井の顔を見た。
藤井も困惑しているようだった。
「ちょっとモモ、何を勝手なことを言ってるの。
モンブランは有川君の家の猫なのよ。」
そう言われてモモはシュンと落ち込んだ。
「だって、モンブランがずっとここにいれば私寂しくないと思ったんだもん。
真奈ちゃんが帰ってくるまで私いつも一人でお留守番だし。」
「モモ・・・。」
「ごめんね」と言って藤井はモモを抱きかかえる。
優しく頭を撫で、「いつもお留守番させてごめんね」と小さな子をあやすように言っている。
俺の所は大所帯だから分からないが、やはり一匹だけで留守番するというのは結構寂しいのかもしれない。
俺はモモが可哀想になったが、それでもモンブランを連れて帰らないわけにはいかない。
「ごめんな、モモ。」
俺もモモに謝った。
「ほらね。モモだって私がいれば寂しくないじゃない。
私はもうあの図々しいブルドッグのいる家には戻りたくないの。」
モンブランはモモに頬を寄せながら言う。
「そんなこと言ったって藤井が迷惑だろ。
勝手にお前がここに住むって言ったって通る話しじゃないんだから。」
しかしモンブランはつんとして俺の言うことなど聞いていないというふうだ。
「ちゃんと人の話しを聞けよ。」
俺がそう言うと、モンブランはとんでもないことを言いだした。
「じゃあ悠一も私と一緒にここに住めばいいじゃない。」
「な、何を言って・・・。」
俺は思わず固まった。
藤井を振り返ると目が合った。
しかし藤井はすぐに目を逸らし、少し顔を赤くしてモモに視線を落としてしまった。
「あ、あのね、モンブラン。動物と人間とじゃ一緒に住むっていうのは大分違うことなの。
だから、その、有川君と一緒に住むっていうのは、その・・・。」
モンブランめ。
気不味い雰囲気になってしまったじゃないか。
俺は話題を切り替える為にマサカリの話しをした。
「そう言えばマサカリもなんだか落ち込んだ様子だったぞ。
昨日も俺が散歩に行こうというまでおとなしく寝てたんだかたらな。」
モンブランは口を噛み、目を吊り上げて言った。
「そんなので反省してるって言えるの?
もしどうしても私に家に帰って欲しいのなら、マサカリをここに連れて来て謝らせて頂戴。
それまで絶対に帰らないんだから。」
やれやれ、困ったものだ。
そう簡単に連れて帰れると思ってたわけじゃないが、ここまで強情とは。
これは本当にマサカリを連れて来て謝らせるしかないかもしれない。
俺は立ち上がり、モンブランの頭をクシャっと撫でた。
「藤井、悪いがもう一晩モンブランを預かってもらえないか。」
モモを抱いたまま、藤井は目をぱちくりさせている。
「明日また来るよ。今日はモンブランを連れて帰るのは無理そうだからな。」
今度はマサカリを説得して藤井の家まで連れてこなくてはならない。
実に面倒なことだ。
「分かった。じゃあもう一晩預かるね。
よかったね、モモ。
もう少しだけモンブランと一緒にいられるわよ。」
そう言われてモモはとても嬉しそうだった。
藤井の腕の中で、喉を鳴らして喜んでいる。
「ふん、私は帰るって決めたわけじゃないからね。」
そう言ってモンブランはまた背中を向けた。
拗ねた後姿というのも中々愛嬌があって可愛らしいが、今頭を撫でたら怒るかもしれないからやめておこう。
俺はカゴを持って玄関に向かうと、藤井が見送りに来た。
「モンブラン、まだ機嫌が直ってなかったね。」
靴を穿きながら俺は答えた。
「まあ仕方ないさ。明日はなんとかマサカリを説得して連れてくるよ。
それまで悪いけど預かっといてくれ。」
藤井は「うん」と頷き、モンブランのいる部屋に目をやる。
「明日は機嫌を直してくれるといいね。
やっぱり仲良しが一番だもの。」
そう言って藤井は笑い、少し唇を噛んだ。
「私の方は全然迷惑じゃないから気にしないでね。
モモもモンブランと一緒に居れて楽しいみたいだし。」
俺は頷き、藤井に向き直って礼を言った。
「ほんとにありがとうな。
助かるよ。」
藤井は首を振り、俺の目を見て言った。
「大丈夫。猫一匹くらい増えたってどうってことないから。
それより有川君も気をつけて帰ってね。」
藤井にそう言われ、俺も笑顔で言った。
「ああ、そうするよ。じゃあまた明日。」
「うん、また明日。」
俺はドアを開けて外に出た。
少し寒さを感じて、手で体を覆い、マンションの階段を下りた。
さて、今夜はどうやってマサカリを説得しようか。
遠慮がちに出てきた月を見ながら俺は駅へと足を進める。
ちゃんとあの二匹は仲直りしてくれるかな。
マサカリさえ素直に謝れば、万事解決するような気もするが。
そう言えば、マサカリを連れてくるとなると電車に乗れないので、また歩いてここまで来ることになる。
明日は運動不足の俺にはこたえる長距離の散歩が待っている。
肌寒い夜風に吹かれながら、俺はマサカリへの説得の言葉を考えながら家路についた。

                         第 十三話 またつづく




面白い漫画

  • 2010.05.28 Friday
  • 11:08
 弟から「これ読んでみ」と漫画を借りました。
皆川亮二さんの「アダマス」という漫画です。
私はこの人の漫画は「スプリガン」と「ARMS」よ読みました。
どちらも面白かったですよ。
今回の「アダマス」もやはりSFが入ってますね。
この人の得意分野なのでしょう。
まだ一巻の最初の方しか読んでないけど、面白いです。
先が楽しみなので読んでみたいと思います。

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