不思議探偵誌 第一話 超能力を使える探偵
- 2010.06.30 Wednesday
- 10:41
机の上に置かれたコーヒーを飲みながら、開いたパソコンの画面に目を走らせる。
探偵の朝はゆっくりとコーヒーを飲みながら、こうやってパソコンなどから情報収集することから始まる。
俺はコーヒーカップを机の上に置き、タバコに火を点けた。
吐き出された煙が立ち上るのを見ながら、ふと人生の哲学を考えたりする。
人間とは、何の為に生きるのか?
人生の幸福とは何なのか?
頭に巡りゆくそれらの考えに、結論を出すのは野暮なことだなと自嘲気味に笑い、再びパソコンに目を落とした。
むむ!
俺は興奮してパソコンの画面をクリックする。
こ、これは!
大事件だ!
まさかあの女優が脱ぐとは!
「朝っぱらから何を見てるんですか?」
鋭い声と共に、勢いよくスリッパで頭を叩かれた。
「な、何をするんだ由香利君!?」
タバコを灰皿に押し付け、俺は叩かれた頭を押さえて後ろに立つ本条由香利を振り返った。
「何をするんだじゃないでしょう。
何を朝からアダルトサイトを見てるんですか。
ちゃんと仕事をして下さいよ。」
仁王立ちになって俺を睨みつける彼女はこの探偵事務所のアシスタントだ。
切れ長の目に、美しい鼻のライン、少し厚めだが健康的な色艶をした整った唇。
肌は白く、髪は耳にかかるくらいのショートヘア。
一見するとかなり可愛い女の子だと思う。
しかし侮るなかれ、彼女はかなり手強い女の子だ。
現在大学二年生だが、小学生の時から空手を習っており、高校生の時には学生チャンピオンにもなったという。
今の大学の空手部のエースとして期待されていて、その鍛え抜かれた技で引ったくりと痴漢を合わせて7人も撃退したことがある。
服を着ているととてもスレンダーな体だが、その下には鍛えられた筋肉が隠されていることを俺は知っている。
彼女をアシスタントとして雇った初日、「じゃあ、これからよろしくね」と軽いノリでお尻を叩いたら、頭蓋骨と脳みそがどうにかなるんじゃないかと思うような回し蹴りを顔面に食らった。
普通にしていれば可愛い女子大生にしか見えないのだが、人は見かけによらないものだとあの時は痛感させられた。
彼女を雇って半年、俺はことあるごとにお叱りを受けていた。
「そんなエッチな物は家で見て下さい。
ただでさえ依頼が少ないんだから、ちゃんと仕事しないと本当に事務所が潰れてしまいますよ。」
俺はしぶしぶアダルトサイトを閉じた。
こんなことで注意を受けるのは日常茶飯事だ。
最近では浮気調査を依頼され、その尾行中にエロ雑誌を読んでいたら脇腹にエルボーをくらい、また相談に来た依頼人の前で鼻クソをほじっていたら、みぞおちに正拳をくらった。
俺は立ちあがり、由香利君の持っていたいたスリッパを取り上げると、頭を掻きながら言った。
「あのなあ、由香利君。
注意するのはいいんだけど、もうちょっと優しくできないかな。
いつもいつもちょっと暴力的すぎやしないか?
これじゃ俺の体がもたんよ。」
彼女の空手の技をくらったことは数知れず、俺は思い出して顔をしかめていた。
「そんなの、久能さんがちゃんと仕事をしてくれればいいだけのことでしょう。
私はこの事務所のことを思ってやっているんです。」
由香利君は俺の手からスリッパを奪い返し、顔を怒らせたまま事務所の中央のテーブルに戻って行った。
やれやれ。
俺はため息をつきながらまたアダルトサイトを開いた。
「だから家で見ろって言ってんでしょ!」
スリッパが飛んできて、俺の顔面を直撃した。
彼女の位置からは俺がアダルトサイトを開いたのは見えていないはずなのに・・・。
「顔がニヤけてます。」
俺の心を読むかのように、由香利君は俺の疑問を解消した。
そんなこと言ってもなあ。
椅子に腰かけ、背もたれに倒れ込む。
ちゃんと仕事しろって言ったって、その仕事が来ないのだから仕方ないではないか。
要するに暇だからアダルトサイトを見ていたわけで、俺だって仕事があればバシっと決めて張り切るというものだ。
「はい、これ。
この前の依頼人の依頼内容です。
ちゃんと仕事はあるんですから、きちっとして下さい。」
そう言って、由香利君は俺の机の上に書類を置く。
内容は「逃げたザリガニを見つけて欲しい」だ。
こんなものが仕事と言えるか!
探偵の仕事っていうのはもっとこう華やかで、それでいて波乱に満ちていて・・・。
「派手なだけが探偵の仕事じゃないです。
地道にやっていきましょう。」
また心を読まれてしまった。
「由香利君、君は超能力者か?」
俺の問いに由香利君はクスッと笑い、切れ長の目を細めて投げかける。
「それは久能さんでしょう。
私に超能力なんてありません。」
「うん、まあ、そうだな。」
そう、俺には超能力がある。
人には無い、特別な力があるのだ。
そもそもこの探偵事務所を開いたのだって、この力を活かせば、きっとドラマのような探偵になって、カッコイイ日々を送れるからだと思ったからだ。
一年前に宝くじで3億円を当て、脱サラして探偵になろうと決めた。
俺の力はきっと探偵として役に立つ。
そう思っていたのに・・・。
俺は由香利君が置いていったザリガニの捜索の依頼書を睨みつけた。
眉間に力を集中する。
すると依頼書は手も触れていないのに少しだけ俺から離れるように動いていった。
その動いた距離は3cm。
俺はふっと格好をつけて笑い、また新しいタバコに火を点けようとした。
「何やってんですか!」
由香利が寄って来て目の前で怒鳴る。
白い肌が紅潮していた。
「何だ?そんなに怒って?」
由香利君はテーブルをバン!と叩き、俺は瞬間的にビクっと身をすくめた。
「こんな下らないことで超能力を遣わないで下さい!」
真っ赤になった顔からは湯気が立ち上りそうな勢いだった。
俺はタバコに火を点け、「まあまあ」と由香利君をなだめる。
「何がまあまあですか!
1日に一回しか使えないんでしょう。
こんな下らない能力でも、何かの役に立つかもしれないのに。
いつもいつもしょうもない所で力を使わないで下さい。」
そう、俺の力は1日に一回しか使えない。
しかしこんな下らない能力なんて言わなくてもいいだろう。
反論しようとしたが、由香利君が怖いので黙っておく。
「まったく。
それしか取り柄がないんだから、もっと考えて力を使って下さい。」
ぷりぷり怒りながらまた中央のテーブルへ戻り、その上に置かれた書類に目を通していた。
俺は深くタバコの煙を吸い、ふうっと上に向かって吐き出した。
「タバコを吸う時は、窓を開けて下さいって何度も言っているでしょう。」
「はい、すいません。」
俺は親に怒られた子供のように窓を開ける。
全く、顔は可愛いのに性格はきつい。
おまけに空手の達人ときている。
もっと素直で優しい子を雇えばよかったなあと思いつつ、タバコをふかしていると、事務所の呼び鈴が鳴った。
「はいはーい。」
由香利君がドアへ向かい、営業スマイルを作っている。
俺が椅子を回転させ、窓の外に向かって煙を吐き出していると、「あ、茂美さん」という声が聞こえた。
「げえ。」
俺はとっさに声に出してしまった。
椅子を戻し、ドアを見ると、ブラウンのスーツに身を包んだ椿茂美が書類のような物を片手に立っていた。
「げえとはご挨拶ね。」
言いながら俺の方へと歩み寄って来る。
俺はさっと目を逸らした。
久能司探偵事務所は3階建のテナントビルに入っている。
一階が文房具屋、二階が久能探偵事務所、三階がオカルトを扱う雑誌社が入っていた。
茂美は三階にある雑誌社の編集者で、俺が超能力を持っていることを知っている。
その為、オカルト雑誌のネタとして、度々この事務所を訪れる。
「茂美さん、今日も格好よくきまってますね。」
「うふふ、ありがと。」
由香利君と茂美が親しげに会話し、由香利君は給湯室へ茂美のコーヒーを淹れに行った。
「相変わらず暇そうね。」
俺の前まで来た茂美が、威圧的に俺を見下ろしてそう言う。
俺はこの女が苦手なので、また椅子を回転させて背を向けた。
タバコの煙を長く吐いた後、灰皿に押し付けて腕を組んだ。
「こんなに暇じゃこの事務所も潰れちゃうでしょ。
いい仕事を持ってきたわよ。」
そら来た。
そう言っていつもろくでも無い仕事を持ってくるのだ。
俺は無視することに決めて、腕を組んだまま目を閉じた。
由香利君がコーヒーを持って来て、「ここに置いておきますね」と何故か俺の机に上に置いていった。
「ありがとう。
由香利ちゃんもよくこんな所の仕事が続くわねえ。
もっとキャンパスライフをエンジョイした方が有意義じゃなくって?」
俺の前に回ってきて茂美が言う。
俺は椅子を回転させてまた背を向けた。
「まあそうなんですけどね。
でも、私がいなくなったらこの事務所潰れちゃいますから。」
由香利君が笑いながらそう言うが、事実なので反論出来ない。
「ふふ、若いのに偉いわね。」
そう言いながらまた俺の前に回ってきて、手に持っていた書類を机の上に置いた。
俺は目閉じていた目を開けてそれを見た。
「今ね、UFOの特集をやっているのよ。
それでね、超能力を持つあなたにも協力してもらいたいわけ。
もちろん報酬は出すわ。
力になってくれるわよね。」
俺はため息をついた。
ほら、またこういう下らない依頼を持ってくる。
俺は残りかけのコーヒーを飲み、その書類から目を逸らした。
「わあ、なんだか面白そうですね。
この仕事受けましょうよ。」
由香利君が声を弾ませて駆け寄ってくる。
俺は窓から入る光を背中に浴び、どうやって断ろうかと考えていた。
「ねえ、久能さん。
この依頼引き受けましょう。
ザリガニを捜すより面白いと思いません?」
確かにそうだが、俺は気が乗らない。
「由香利ちゃんもこう言ってくれていることだし、協力してくれるわよね。」
茂美が俺の肩に手を置く。
色っぽい茂美のボディラインに目を惹かれたが、俺は頭を振ってそれを追い払う。
誰がUFOの特集に協力などするものか。
俺はまたアダルトサイトを開いた。
脳天を突き抜けるような由香利君の拳骨が頭に落ち、俺は口に含んでいたコーヒーを吹き出した。
「じゃあ協力決定ということで。」
茂美が不敵に笑う。
「はい。
いつも仕事を持ってきてくれてありがとうございます。」
由香利君が笑顔で茂美にそう言っている。
俺はアダルトサイトの画像を拡大した。
今度は顔面に、由香利君の拳が飛んできた。
第一話 完
探偵の朝はゆっくりとコーヒーを飲みながら、こうやってパソコンなどから情報収集することから始まる。
俺はコーヒーカップを机の上に置き、タバコに火を点けた。
吐き出された煙が立ち上るのを見ながら、ふと人生の哲学を考えたりする。
人間とは、何の為に生きるのか?
人生の幸福とは何なのか?
頭に巡りゆくそれらの考えに、結論を出すのは野暮なことだなと自嘲気味に笑い、再びパソコンに目を落とした。
むむ!
俺は興奮してパソコンの画面をクリックする。
こ、これは!
大事件だ!
まさかあの女優が脱ぐとは!
「朝っぱらから何を見てるんですか?」
鋭い声と共に、勢いよくスリッパで頭を叩かれた。
「な、何をするんだ由香利君!?」
タバコを灰皿に押し付け、俺は叩かれた頭を押さえて後ろに立つ本条由香利を振り返った。
「何をするんだじゃないでしょう。
何を朝からアダルトサイトを見てるんですか。
ちゃんと仕事をして下さいよ。」
仁王立ちになって俺を睨みつける彼女はこの探偵事務所のアシスタントだ。
切れ長の目に、美しい鼻のライン、少し厚めだが健康的な色艶をした整った唇。
肌は白く、髪は耳にかかるくらいのショートヘア。
一見するとかなり可愛い女の子だと思う。
しかし侮るなかれ、彼女はかなり手強い女の子だ。
現在大学二年生だが、小学生の時から空手を習っており、高校生の時には学生チャンピオンにもなったという。
今の大学の空手部のエースとして期待されていて、その鍛え抜かれた技で引ったくりと痴漢を合わせて7人も撃退したことがある。
服を着ているととてもスレンダーな体だが、その下には鍛えられた筋肉が隠されていることを俺は知っている。
彼女をアシスタントとして雇った初日、「じゃあ、これからよろしくね」と軽いノリでお尻を叩いたら、頭蓋骨と脳みそがどうにかなるんじゃないかと思うような回し蹴りを顔面に食らった。
普通にしていれば可愛い女子大生にしか見えないのだが、人は見かけによらないものだとあの時は痛感させられた。
彼女を雇って半年、俺はことあるごとにお叱りを受けていた。
「そんなエッチな物は家で見て下さい。
ただでさえ依頼が少ないんだから、ちゃんと仕事しないと本当に事務所が潰れてしまいますよ。」
俺はしぶしぶアダルトサイトを閉じた。
こんなことで注意を受けるのは日常茶飯事だ。
最近では浮気調査を依頼され、その尾行中にエロ雑誌を読んでいたら脇腹にエルボーをくらい、また相談に来た依頼人の前で鼻クソをほじっていたら、みぞおちに正拳をくらった。
俺は立ちあがり、由香利君の持っていたいたスリッパを取り上げると、頭を掻きながら言った。
「あのなあ、由香利君。
注意するのはいいんだけど、もうちょっと優しくできないかな。
いつもいつもちょっと暴力的すぎやしないか?
これじゃ俺の体がもたんよ。」
彼女の空手の技をくらったことは数知れず、俺は思い出して顔をしかめていた。
「そんなの、久能さんがちゃんと仕事をしてくれればいいだけのことでしょう。
私はこの事務所のことを思ってやっているんです。」
由香利君は俺の手からスリッパを奪い返し、顔を怒らせたまま事務所の中央のテーブルに戻って行った。
やれやれ。
俺はため息をつきながらまたアダルトサイトを開いた。
「だから家で見ろって言ってんでしょ!」
スリッパが飛んできて、俺の顔面を直撃した。
彼女の位置からは俺がアダルトサイトを開いたのは見えていないはずなのに・・・。
「顔がニヤけてます。」
俺の心を読むかのように、由香利君は俺の疑問を解消した。
そんなこと言ってもなあ。
椅子に腰かけ、背もたれに倒れ込む。
ちゃんと仕事しろって言ったって、その仕事が来ないのだから仕方ないではないか。
要するに暇だからアダルトサイトを見ていたわけで、俺だって仕事があればバシっと決めて張り切るというものだ。
「はい、これ。
この前の依頼人の依頼内容です。
ちゃんと仕事はあるんですから、きちっとして下さい。」
そう言って、由香利君は俺の机の上に書類を置く。
内容は「逃げたザリガニを見つけて欲しい」だ。
こんなものが仕事と言えるか!
探偵の仕事っていうのはもっとこう華やかで、それでいて波乱に満ちていて・・・。
「派手なだけが探偵の仕事じゃないです。
地道にやっていきましょう。」
また心を読まれてしまった。
「由香利君、君は超能力者か?」
俺の問いに由香利君はクスッと笑い、切れ長の目を細めて投げかける。
「それは久能さんでしょう。
私に超能力なんてありません。」
「うん、まあ、そうだな。」
そう、俺には超能力がある。
人には無い、特別な力があるのだ。
そもそもこの探偵事務所を開いたのだって、この力を活かせば、きっとドラマのような探偵になって、カッコイイ日々を送れるからだと思ったからだ。
一年前に宝くじで3億円を当て、脱サラして探偵になろうと決めた。
俺の力はきっと探偵として役に立つ。
そう思っていたのに・・・。
俺は由香利君が置いていったザリガニの捜索の依頼書を睨みつけた。
眉間に力を集中する。
すると依頼書は手も触れていないのに少しだけ俺から離れるように動いていった。
その動いた距離は3cm。
俺はふっと格好をつけて笑い、また新しいタバコに火を点けようとした。
「何やってんですか!」
由香利が寄って来て目の前で怒鳴る。
白い肌が紅潮していた。
「何だ?そんなに怒って?」
由香利君はテーブルをバン!と叩き、俺は瞬間的にビクっと身をすくめた。
「こんな下らないことで超能力を遣わないで下さい!」
真っ赤になった顔からは湯気が立ち上りそうな勢いだった。
俺はタバコに火を点け、「まあまあ」と由香利君をなだめる。
「何がまあまあですか!
1日に一回しか使えないんでしょう。
こんな下らない能力でも、何かの役に立つかもしれないのに。
いつもいつもしょうもない所で力を使わないで下さい。」
そう、俺の力は1日に一回しか使えない。
しかしこんな下らない能力なんて言わなくてもいいだろう。
反論しようとしたが、由香利君が怖いので黙っておく。
「まったく。
それしか取り柄がないんだから、もっと考えて力を使って下さい。」
ぷりぷり怒りながらまた中央のテーブルへ戻り、その上に置かれた書類に目を通していた。
俺は深くタバコの煙を吸い、ふうっと上に向かって吐き出した。
「タバコを吸う時は、窓を開けて下さいって何度も言っているでしょう。」
「はい、すいません。」
俺は親に怒られた子供のように窓を開ける。
全く、顔は可愛いのに性格はきつい。
おまけに空手の達人ときている。
もっと素直で優しい子を雇えばよかったなあと思いつつ、タバコをふかしていると、事務所の呼び鈴が鳴った。
「はいはーい。」
由香利君がドアへ向かい、営業スマイルを作っている。
俺が椅子を回転させ、窓の外に向かって煙を吐き出していると、「あ、茂美さん」という声が聞こえた。
「げえ。」
俺はとっさに声に出してしまった。
椅子を戻し、ドアを見ると、ブラウンのスーツに身を包んだ椿茂美が書類のような物を片手に立っていた。
「げえとはご挨拶ね。」
言いながら俺の方へと歩み寄って来る。
俺はさっと目を逸らした。
久能司探偵事務所は3階建のテナントビルに入っている。
一階が文房具屋、二階が久能探偵事務所、三階がオカルトを扱う雑誌社が入っていた。
茂美は三階にある雑誌社の編集者で、俺が超能力を持っていることを知っている。
その為、オカルト雑誌のネタとして、度々この事務所を訪れる。
「茂美さん、今日も格好よくきまってますね。」
「うふふ、ありがと。」
由香利君と茂美が親しげに会話し、由香利君は給湯室へ茂美のコーヒーを淹れに行った。
「相変わらず暇そうね。」
俺の前まで来た茂美が、威圧的に俺を見下ろしてそう言う。
俺はこの女が苦手なので、また椅子を回転させて背を向けた。
タバコの煙を長く吐いた後、灰皿に押し付けて腕を組んだ。
「こんなに暇じゃこの事務所も潰れちゃうでしょ。
いい仕事を持ってきたわよ。」
そら来た。
そう言っていつもろくでも無い仕事を持ってくるのだ。
俺は無視することに決めて、腕を組んだまま目を閉じた。
由香利君がコーヒーを持って来て、「ここに置いておきますね」と何故か俺の机に上に置いていった。
「ありがとう。
由香利ちゃんもよくこんな所の仕事が続くわねえ。
もっとキャンパスライフをエンジョイした方が有意義じゃなくって?」
俺の前に回ってきて茂美が言う。
俺は椅子を回転させてまた背を向けた。
「まあそうなんですけどね。
でも、私がいなくなったらこの事務所潰れちゃいますから。」
由香利君が笑いながらそう言うが、事実なので反論出来ない。
「ふふ、若いのに偉いわね。」
そう言いながらまた俺の前に回ってきて、手に持っていた書類を机の上に置いた。
俺は目閉じていた目を開けてそれを見た。
「今ね、UFOの特集をやっているのよ。
それでね、超能力を持つあなたにも協力してもらいたいわけ。
もちろん報酬は出すわ。
力になってくれるわよね。」
俺はため息をついた。
ほら、またこういう下らない依頼を持ってくる。
俺は残りかけのコーヒーを飲み、その書類から目を逸らした。
「わあ、なんだか面白そうですね。
この仕事受けましょうよ。」
由香利君が声を弾ませて駆け寄ってくる。
俺は窓から入る光を背中に浴び、どうやって断ろうかと考えていた。
「ねえ、久能さん。
この依頼引き受けましょう。
ザリガニを捜すより面白いと思いません?」
確かにそうだが、俺は気が乗らない。
「由香利ちゃんもこう言ってくれていることだし、協力してくれるわよね。」
茂美が俺の肩に手を置く。
色っぽい茂美のボディラインに目を惹かれたが、俺は頭を振ってそれを追い払う。
誰がUFOの特集に協力などするものか。
俺はまたアダルトサイトを開いた。
脳天を突き抜けるような由香利君の拳骨が頭に落ち、俺は口に含んでいたコーヒーを吹き出した。
「じゃあ協力決定ということで。」
茂美が不敵に笑う。
「はい。
いつも仕事を持ってきてくれてありがとうございます。」
由香利君が笑顔で茂美にそう言っている。
俺はアダルトサイトの画像を拡大した。
今度は顔面に、由香利君の拳が飛んできた。
第一話 完