竜人戦記 番外編 クロスワールド(2)

  • 2012.10.31 Wednesday
  • 20:54
 木々の間から漏れる光が目の前の波打つ空間を映している。
一晩泊まった村からしばらく歩き、途中でモンスターと遭遇したがウェインが難なく倒してしまった。
今ケイトの目の前には大きな岩があり、長い年月そこにあったことを思わせるようにびっしりと苔が張りついている。
「これがトリスが言っていた異界との境界線、空間のひずみだな。」
ウェインは腰に携えていた剣の先を空間のひずみに当てている。
背中にはケイトよりも大きな剣を背負っているが、モンスターとの戦闘以外でその剣を使用することはほとんどなく、今抜いているのは対人間用の剣だった。
相手を殺さぬように刃は潰してあるが、この剣もかなり大きなもので、ケイトでは持ち上げることも困難である。
いくら刃を潰してあってもあんなに大きな剣で叩かれたら致命傷になるのではないかとケイトは思っているが、彼女の知る限りウェインが人を殺めたことはない。
魔人に取り付かれて悪魔のようになった人間なら別だが。
「不思議な現象ですね。
この先が全く別の世界と繋がっているなんて。」
ケイトは恐る恐る近づいてじっと空間のひずみを眺めた。
水面に石を投げ入れた時のように空間が波打っている。
手を伸ばして触れてみよかと思ったが、ウェインはそれをとめた。
「何が起こるかわからん。
むやみに触れるな。」
ウェインだってさっきまで剣の先を当てていたじゃないかとケイトは口を尖らせたが、確かに何かあっては困るので彼の言うとおり手を引っ込めた。
「さて、トリスから貰ったこいつは効果があるかな?」
ウェインは懐から一枚の紙を取り出した。
「封印の護符ですね。
邪悪なものや災いを退けてくれる魔法具ですが、このひずみに対して効果はあるんでしょうか?」
「一応はトリス特製の物だからな、並の護符よりは強力だろう。
しかし実際に効果があるかどうかは・・・・・、まあ、可能性は低いだろうな。」
ウェインは護符を右手でつまみ、魔力を込めて空間のひずみに押し当てた。
その瞬間眩い光がはじけ、何かが破裂するような音がした。
「きゃあ!」
ケイトは耳をふさいで目を閉じ、顔を逸らした。
反射的にウェインの後ろに隠れた彼女は、恐る恐る顔だけをのぞかせた。
「ど、どうですか・・・?」
ウェインはふんと短く息を吐き捨てると言った。
「駄目だな。何の効果もない。
まあこんな物でどうにかなるならトリスも竜人の里まで来なかったわけだが・・・。
物は試しとこいつを使ってみろと言われたが、予想通りの結果だった。」
「ああ・・・、やっぱり駄目ですか。」
ケイトもあまり期待はしていなかったが、やはり何の効果も無かったとなると少し落胆せざるをえない。
ウェインは燃えカスのようになった護符を放り投げ、しばらく考えるような仕草をしてからおもむろにひずみに手を伸ばした。
「ウェインさん!」
思わず叫んだケイトにかまわず、ウェインは空間のひずみの奥まで手を押し入れた。
彼の腕は肩の辺りまでひずみに入っていっている。
「だ、大丈夫ですか?」
不安そうに問いかけるケイトに対し、ウェインは何も答えずに腕を抜くと、少し後ろまで下がって行った。
「どうしたんです?」
ケイトが問うと「俺の後ろにいろ。」とウェインは短く顎をしゃくった。
何かするつもりだと思ったケイトは、そそくさとウェインの後ろに隠れた。
ウェインは右手を前に突き出し、手の平に気を集中させた。
彼の手の中に光が集まり、やがて鞠つきの玉の大きさくらいになっていた。
ケイトは確実に来るであろう衝撃音に備えて耳をふさぎ、ウェインの背後で身を硬くした。
そしてウェインが「フンッ!」と掛け声をかけるのと同時に、右手の光の玉は空間のひずみを目がけて飛んでいった。
そしてそれがひずみ当たるたいなや、あたりは強烈な閃光に包まれた。
耳をふさいでいても、ケイトには「バシュウ!!」という炸裂音がはっきりと聞こえた。
そして発生した衝撃が起こした風が、二人の髪と衣服を激しく揺らしていた。
ケイトは恐る恐るウェインの背中から顔を出して空間のひずみの方を見た。
もうもうと立ちこめていた煙が風に払われ、その中からさきほど変わらないそれがあらわれた。
まるで何事もなかったかのように、空間のひずみはそこに存在しているままだった。
「なるほど、やはりな。」
そう言いながらウェインは空間のひずみの方に近づいて行く。
「何がなるほどなんですか?」
わけのわからないケイトはウェインに歩み寄って尋ねるが、彼はそれを無視して背中の大剣に手を伸ばした。
「ウェインさん・・・?」
ウェインは大剣を右手に持つと、その切っ先を空間のひずみに押し当てた。
すると大剣は「バチッ!」という音と閃光とともに弾かれた。
「これは・・・・・。」
ケイトが大きく目を見開いて驚いていると、ウェインは大剣を背中に戻しながら一人頷いた。
勝手に一人で納得しているウェインに少しを頬を膨らませながらケイトはもう一度尋ねた。
「だから、どういうことなんですか?
一人で納得していないで私にも教えてください。」
ウェインは若干面倒くさそうな表情をみせながらも質問に答えた。
「この空間のひずみは、大きな力は通さないようだ。」
「?」
ケイトの頭の中に疑問符が浮かんだ。
「どういうことですか?」
「今までの俺の行動を見ていただろう。
最初に俺達がここへ来た時、俺は腰の剣を抜いてその切っ先をこのひずみに押し当てただろう。」
そういえばそんなことをしていたなとケイトは思い出した。
「そしてこの俺の腕も、弾かれることなく中に入っていった。」
「ええ、見ていました。」
そこでケイトはようやくウェインの言おうとしていることがわかってきた。
「でもウェインさんの放った光の玉はこの空間のひずみに弾かれて炸裂したんですね。
もしひずみの中に入っていったなら炸裂するはずがないですから。」
ウェインはその通りだという風に頷く。
「そしてその背中の大剣。
それは竜の牙を素材にして作られた特別な剣です。
今までたくさんの魔物を倒してきたし、あの魔人との戦いでも大活躍しました。」
「そうだ。
この剣は他の剣と違い、大きな力を秘めた剣だ。
だから・・・。」
「このひずみに弾かれた。」
ウェインは満足したように頷き、ケイトをじっと見つめた。
「な、何ですか?」
まさか頬が赤くなったりしていないだろうなと心配になったケイトは、手で顔を包むようにして視線を逸らせた。
「あんたも以前に比べたら大分物分りがよくなった。
無駄な労力が省けて助かる。
以前はそれでもシスターかと疑うほどだったが。」
「な・・・・・ッ!!」
ウェインの無神経な言葉に、一瞬でもドキドキと胸が高鳴った自分に腹の立つケイトであったが、もう自分がウェインに惹かれていることは自分でも認めている。
しかし、当分はそれを表に出す予定はないが。
ウェインはそんなケイトをよそに、気を高めていき、精神を昂ぶらせた。
すると彼の体の回りをだんだんと黄金の光が包んでいった。
やがてそれはウェインの体を纏うように収縮していった。
「ウェインさん!?」
ケイトは思わず叫んだ。
それはウェインが人の姿として戦う場合に本気になった証だった。
本当はもう一段階この先があるのだが・・・。
彼は先ほどと同じように空間のひずみに手を伸ばした。
すると光の玉や大剣の時と同じようにウェインの腕は弾かれた。
「この状態では力が大きすぎるということか。」
ウェインは身を纏う黄金の光を消し、くるりと踵を返すと来た道を足早に戻り始めた。
「帰るぞ。
すぐにこのことをトリスに報告する。」
ケイトは小走りで彼を追いながら尋ねた。
「あれはこのまま放っておいてもいいんですか?」
「今の時点ではどうしようもない。」
ウェインは面白くなさそうに言い放った。
「まあトリスにこのことを報告してこれからの指示を仰ぐしかないわけだが、一ついいことがわかった。」
「いいこと?」
ウェインは少しだけ笑うような表情を見せた。
ああ、また笑顔が見れた。
ケイトはそう思って嬉しくなった。
魔人討伐の時のウェインはいつもどこか張り詰めた表情をしていた。
しかしその役目を終えてから、彼はごく稀にではあるが優しい顔を見せることがある。
自分の背負う大きな宿命から開放されての安堵感からくるものであるのだろうとケイトは思っている。
しかし、もしかしたら自分に対して少しずつではあるが心を開いてくれているのか?
いや、そうであったら嬉しいのだが彼女にはそこまでは彼の意思は計りかねていた。
いつかこの笑顔が自分のことを思って向けられる日が来るのだろうか?
そういう日がいつか来てほしいと思うケイトであったが、そんなことはおくびにも口にせず、表情にも出さなかった。
ウェインは立ち止まって空間のひずみを振り返ると、まっずぐそれを見据えて言った。
「少なくとも、あれを通って俺が手に負えないような者がこちらの世界には来ていないということだ。」
「え?・・・・・・・・・、ああ!そっか!!」
光の玉も、大剣も、そして黄金の光を纏った状態のウェインもあの空間のひずみは通さなかった。
なら、それ以上の力を持つ者がこちらへ来れる可能性はないということだ。
しかし、安堵するケイトにウェインは厳しく言い放った。
「これはあくまで現時点での話だ。
これから先あの空間のひずみが変化をみせれば・・・・・、どうらるかはわからん。」
確かにその通りだ。
あれがあのまま今の状態を維持する保証などどこにもないのだ。
ケイトは安堵の気持ちを払い、ウェインに言った。
「早くトリスさんのもとへ戻りましょう。」
顔を見合わせて歩き出した二人であったが、背後に不穏な気配を感じて振り返った。
「!!!」
ケイトは驚きのあまり身を硬くして立ちすくんだ。
ウェインは厳しい目で空間のひずみを見つめ、背中の大剣に手をかけた。
二人に視線の先に映るもの。
そこにある空間のひずみから、何かが現れようとしていた。


 

       

                             続く


竜人戦記 番外編 クロス・ワールド(1)

  • 2012.10.29 Monday
  • 18:46
    プロローグ


 「んー、やっぱりベッドで寝ると気持ちいいなあ。」
ケイトは窓を開けて朝の光を浴び、同時に山の清浄な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
彼女は朝の山の独特の匂いが好きだった。
背伸びをし、軽く屈伸運動をしてから修道服に着替え、ケイトは部屋を出た。
「ウェインさん、起きてますか?」
隣室のドアをノックするが返事はない。
再度呼びかけるがやはり返事はなく、ケイトはふうと息を吐き出して階下に向かう。
「おはようさん。よく眠れたかい?」
宿屋の主人が顔の皺を深くして挨拶をしてくる。
「はい。とても寝心地のいいベッドでよく眠れました。」
「はは、そりゃあよかった。
朝食を用意できるがどうするね?」
ケイトはしばらく思案した後、「ではお願いします。」と答えた。
少々懐具合が心配だが、まあ朝食一回分くらいなら大丈夫かと納得させる。
ウェインも誘おうかと思ったが、どうせ無愛想な顔で断られるとわかっているのでやめにした。
簡単な朝食であったが味は良く、ケイトは主人にお礼を言って代金を渡してから外に出た。
ここは竜人の里からかなり離れた場所にある簡素は村だった。
ここにあるのは教会と宿屋、そして酒場と数軒の民家だけだった。
そのどれもがとても規模が小さい。
ただこの村の北にある獣道をしばらく歩くと、異教の神を祭った神殿がある。
これもとても小さな建物だが、そこに祭られている奇妙な姿をした神の木像は大きな気を波動のように放出していた。
「せっかく魔人を地獄に封じ込めたのに・・・、またよくないことが起ころうとしているなんて・・・。」
ケイトは不安の宿る瞳で神殿へと続く道を見つめていた。


            

                     *
竜人という存在がいる。
文字通り、竜の力を宿した人のことだ。
竜を父に、人間を母に持ち、ある宿命を背負わされて誕生した存在。
その力は凄まじく、到底人間では太刀打ちできないほどのものである。
そしてその竜人と対になる存在がいる。
いや、正確にはいたのだ。
それは魔人。
悪魔を父に、人間を母に持つ、凶悪かつ恐ろしい存在であった。
今から約一年前、竜人と魔人は激闘を繰り広げ、どちらが勝ってもおかしくないほどの接戦の末に竜人が勝利した。
そしてシスターであるケイトはこの目でその戦いを見届けた。
いや、見届けただけではない。
彼女自身もこの世界の命運をわけるといっても過言ではない戦いに参加していたのだ。
竜人、ケイト、他にも頼もしい仲間達がいた。
皆死力を尽くして戦い、竜人のとどめの一撃で魔人を地獄に封じ込めたのだった。
「あれからもう一年も経つのね。
みんなは元気でやっているかしら。
またいつか、あの時の仲間達みんなで集まって語り合いたいな。」
少しばかり感傷的になっている自分に気づき、ケイトは軽く頬をたたいて踵を返した。
宿屋まで戻るとウェインが入り口に立っていた。
「じゃあ気をつけてな。
まああんたのことだから心配はいらないと思うが。」
ウェインは軽く頷き、主人に手を振って別れを告げるとケイトのもとまで歩いてきた。
「どこをほっつき歩いていた。
さっさと出発するぞ。」
それだけ言うとウェインは村の出口の方に向かっていく。
ケイトは主人に頭を下げ、小走りでウェインを追った。
「あの異教の神像は異変を告げるものなんですよね。
今日も神殿へ続く道から強力な波動を感じました。」
ウェインは頷くと指でくるりと宙に円を描いた。
異界の異変がこの世界にも何らかの影響を与えているんだ。
俺も詳しいことはわからんが、トリスがそう言っていただろう。」
「そうですね・・・。」
トリスとは以前にお世話になった人間の高名な学者である。
彼は長い間魔人について研究しており、魔人討伐の為に色々と力をかしてくれた。
「トリスさんって魔人のこと以外にも色々なことを知っているんですね。
私、異界の存在なんて初めてしりました。」
「俺も昔書物で軽く読んだことがある程度だから、あんたと大差はないさ。
当時は馬鹿な学者の戯言かと思っていたが、今となってはそうは言えない。
どうやらこの世というのは、・・・いや世界というのは、ひとつではないらしいな。」
今から一月ほど前、竜人の里にトリスがやって来た。
外部から人が尋ねてくること自体珍しいのだが、(というより普通の人間ではまず辿り着けない場所にあるからだが)彼が里に来て語った言葉が衝撃的だった。
「今、この世界に異変が起きている。
場合によっては魔人の時以上にやっかいなことになるかもしれない。」
そう前置きし、村の人間全員を集めるようにウェインに言ったのだった。
ちなみに竜人の里というのはその名の通り、竜人が生まれ育った場所である。
とてもとても小さな里だが、ここにいる人間は皆それぞれの分野で世に名前を知られる超一流の人達ばかりである。
そんな人間ばかりが集まったのにはわけがあるが、それは竜人と魔人の戦いに関してのことであり、今回の件については得に関係はない。
そしてそんな偉大な人物ばかりが集まるこの里でも、トリスの語った言葉には皆動揺を隠せなかった。
あのウェインでさえも、少なからず驚きをみせていた。
ケイトはその時トリスが語った言葉を一言一句漏らさず覚えている。
彼女は先を歩くウェインの背中を見ながらその時の言葉を思い出していた。

           
                     *


「皆、今から私の言うことをよく聞いてくれ。
今から一年近く前、そこに立っているウェインの活躍のおかげで魔人は地獄に封じ込められ、この世が地獄に変わるかもしれないという恐ろしい事態は避けられた。
しかし、今また新たな脅威が私たちの世界を脅かそうとしている。
それはこの世界と異なる、俗に異界と呼ばれる世界からの脅威である。
異界とは私たちが生きる世界とは全く別の世界であり、地獄や天国とも異なるものだ。
そしてこの異界というのは無数に存在し、その内の一つが大きな異変を見せている。
その影響が私たちのいるこの世界にも飛び火し、もしこのまま放置していればこの世界は異界の異変に飲み込まれて消滅してしまう可能性がある。
今、もう一度、私たちは世界の命運をかけて戦わなければならない。」
そこで言葉を区切り、トリスはウェインに真っ直ぐ視線を向けた。
「ウェインよ、今一度、竜人である君の力を借りたい。」


                    

                     *


トリスの言葉にざわめく村人達の中、ケイトは辺りの景色が真っ暗になっていく感じがした。
魔人を退け、せっかく世界に平和が訪れたと思っていたのに。
あんなにみんなで、必死に、そして命懸けで戦ったのに。
また戦えというのか。
ケイトはトリスの言葉に恐怖を覚え、また同時にどうしようもない怒りと悲しみにも覆われた。
この世界が未来永劫何の争いも無い世界にすることは無理であると、そんなことはケイトにもわかっている。
どんな時代だって争いごとは大小を問わずあるものだ。
しかし魔人の脅威を退けてからわずか一年である。
それなのにまたこの世界は崩壊の危機を迎えている。
それがどうしようもなく理不尽なことに感じられて、ケイトはやり場の無い後ろ向きな感情を抱えていた。
それに何より、ウェインのことを案じていた。
彼は魔人に対抗する為だけにこの世に産み落とされ、長きに渡ってその宿命を背負って生きてきた。
壮絶な戦いの末、魔人との戦いに勝利することによりやっと重たい宿命から開放されて自由になれたのに。
ウェインは自分の感情を表には出さない。
だからケイトはウェインがトリスから告げられた言葉をどう思っているのかという本心を見抜くことはできない。
しかし・・・・・。
「ウェインさん・・・・・。」
彼女の小さな呟きは木立の中に吸い込まれ、まだ見ぬ不安をかき立てるように、一瞬吹いた風が木々の葉を激しく揺らしていた。


                                    

                                  続く

目の前の道だけが全てじゃないさ

  • 2012.10.28 Sunday
  • 18:14
 さて、目の前に2つの道があったとしよう。
片方は地獄へ落ちる道。
もう片方はもっとひどい地獄へ落ちる道。
どちらも先へ進むのをためらうだろうが、後ろには戻れない。
映画「コマンドー」の主人公、アーノルド・シュワルツネッガー演じるメイトリックスならロケットランチャーをぶっ放して何もかも粉々にし、何食わぬ顔で先に進めるだろうが、残念ながら俺はメイトリックスではない。
どちらに進んでも辛い思いをするのならば、せめて普通の地獄の方がいい。
しかしながら、俺が進んだ道の先はもっともっとひどい地獄だった。
「オーマイゴッド!!」この言葉はこういう時の為にある。


                

                    *


「なあスカリー、宇宙人ってものはあまり人間と変わらないんだな。
俺はもっとイカかタコの化け物みたいなものだと想像していたよ。」
俺の言葉に目だけで笑い、彼女は視線を前に向ける。
「意外ね。宇宙人マニアの言葉とは思えないわ。」
俺はYシャツの下に着ているアニメ「氷菓」のヒロインである千反田えるがプリントされたTシャツを彼女に気づかれまいと、コートの前を閉じながら答えた。    
「僕だって全ての宇宙人を知っているわけじゃないさ。
彼はきっと、遠い銀河の果てから来たのさ。」
ニヒルに笑った俺に対し、彼女はツンと鼻を持ち上げた。
「火星の裏側から来たって言ってたわよ。」
「うん、まあ、・・・そんなことも言っていた・・・。」
「あなた、人の話はちゃんと聞くべきよ。
萌えアニメのTシャツにばかり気をとられてないで。」
「!!!」
なるほど、さすがはスカリーだ。
とっくにお見通しだったか。
開き直った俺はコートとYシャツを脱いで床に放り投げた。
スカリーの冷たい視線が俺の顔に注がれるが、それを快感に感じる俺はもうきているところまできているのだろう。
思えば今日の朝、便所に突っ込んだ手が抜けなくなった時から俺は運に見放されているのだ。
間違えて便所に飾ってあったフィギュアを落としてしまい、それを取ろうと手を伸ばした瞬間に水を大便モードで流してしまった。
フィギュアはトイレの先に繋がる下水へ吸い込まれ、俺の手はトイレの穴にはまって抜けなくなった。
遊戯王、ブラックマジシャンガールのフィギュアだった。
初版で買ったのに・・・。
悲しむ俺の涙はトイレの水を溢れさせた。
そこにふと後ろに気配を感じ、振り向くとスカリーが立っていた。
「キャサリンのエサがまだなんだけど、どうなっているのかしら?」
「ああ、その、なんだ。遊戯がブラックマジシャンガールを召還したみたいでね。
彼女はトイレの穴を通って、遊戯王の世界に行ってしまったみたいだ。
俺は墓地に送られたクリボーが間違ってこっちの世界に出てこないように、こうしてトイレの穴を手で塞いでいるわけさ。」
「意味がわからないわ。」
彼女は醜態をさらす俺に興味を示すわけでもなく、「キャサリンのエサお願いね。」とだけ言い残して戻っていった。
「はは、相変わらずの冷徹ぶりだ。
君の前じゃ、丸くなる前のピッコロ大魔王だってケツの毛が全部抜け落ちてしまうだろうさ。
まあピッコロにケツの毛が生えていたらの話だけど。」
トイレに落ちたフィギュアを拾う為に穴から手が抜けなくなり、その状態で一人しょうもないことを言っている俺。
悲しすぎて逆に笑えてくる。
ちなみにキャサリンとはスカリーの飼っている犬の名前である。
さて、この状態をどう脱却するか。
色々と試行錯誤をしていると、トイレの向こうから声が聞こえた。
「助けて!助けて!」
「!!」
耳を澄ましていると、また声が聞こえた。
「お願い!助けて!」
どうやらトイレの穴の中から声がしているようだ。
「君は誰だ!?」
問いかけると返事があった。
「私はこの部屋に飾ってあった人形。
あなたの強い思いが私に魂を宿らせたの。」
「な、なんだと・・・・。」
この便所に飾ってあった人形といえば、すわ、それはブラックマジシャンガールしかいないではないか。
「お願い!助けて!」
驚きとパニックとが入り混じる感情の中で、俺は「もちろんだ!すぐに助けに行くさ!」と答えようとした。
しかし待て。
このままキャサリンのエサやりをほったらかしたら俺はどうなる?
スカリーは間違いなく激怒し、俺を全裸にしてから亀甲縛りにしてグランドキャニオンの赤き大地に放置するだろう。
そしてそれを携帯で撮影し、ツイッターで「バカなうwww」とUPすることだろう。
どうする?
マジシャンガールを助けに行って、スカリーから放置プレイの刑にあうか。
それともこのまま大人しくキャサリンのエサやりに行って、マジシャンガールを見捨てるか。
どっちも地獄。
しかしながら、俺には若干ではあるが後者の方が嫌だという思いがある。
仕方ない、キャサリンは放置しておいて、マジシャンガールを助けに行こうか。
「今から君を助けに行く。
でもどうやってそこまでいけばいい?」
「大丈夫。
あなたのお尻を誰かに思い切り蹴ってもらって。
それでこっちに来れるわ。」
「う、うむ、そうか。
適任者が一人いる。ちょっと待っていてくれ。」
俺は便所の外に向かって大声で叫んだ。
「スカリー!!すまない。昨日間違えて君のお気に入りのボーイズラブの同人誌を全部捨ててしまった!!!」
そう叫ぶやいなや、彼女は鬼の形相で便所に飛び込んで来た。
「ファーーーーーック!!!ファック!ファック!ファック!ファーーーーーーーーック!!
このくされチ○ポ野郎!!全裸にして亀甲縛りにしてツイッターにUPしてテメエの痛車のボンネットに括り付けてニューヨークのド真ん中に放置してやるうううううう!!」
スカリーは思いっきり俺の顔面を蹴飛ばした。
蹴るのは尻でいいのに・・・・・。
勢い余ってもんどりうったスカリーは俺に激突し、そのまま二人ともトイレの穴に吸い込まれていったのだった。
そしてその先に待っていたのは伊藤四郎とエスパー伊藤を足して2をかけたような顔をした宇宙人だった。
なぜそいつが宇宙人だと分かったか?
それは常にそいつが宙に浮いた状態で立っており、とても人間の声とは思えない声で意味不明な言葉を喋っていたからだ。
ちなみに喋りかけていたのは手に持っていたマジシャンガールのフィギュアに向かってだ。
痛い、痛すぎる・・・・・。
周りを見渡すと、どうやらここはどこかのボロアパートの一室らしい。
俺たちに気づいた宇宙人は、人間の言葉で話しかけてきた。
「ムホ!この部屋にお客様がいらっしゃるとは。ドエフッドエフッ!
火星から来て二年。初めてのことです。ムホ!」
どうしようもない殺意が俺の中に沸き起こる。
なんだろう、何かむかつくなコイツ。
スカリーはボウフラを見るような目で火星人を見ていた。
俺達を無視し、フィギュアに向かってひたすら意味不明なオタク言葉と火星語を喋りかける火星人。
スカリーはジャケットの裏ポケットからメリケンサックを取り出して拳にはめ、助走をつけた右ストレートを火星人の顔面にめり込ませた。
もんどりうって倒れる火星人。
宙に投げ出されたマジシャンガールのフィギュアを間一髪でキャッチする俺。
見事な連携プレーだった。
「さっさと火星に帰れ!!
このイカレチ○ポ野郎!!!」
倒れた火星人に罵声を浴びせながら蹴りを連発するスカリー。
「ファック!ファック!ファーーーーーーーーーーック!!!」
スカリーの勢いは止まらない。
同人誌を捨てられた怒りが爆発しているのか。
「ひいいいいいいいいいいいいい!!!
地球怖ス!地球の女テラ怖ス!!!三次元の女ギザ怖スううううう!!!」
立ち上がった火星人は押入れの奥からオマルを取り出すとまたがった。
「ひいいいいいい!!!」
オマルに乗った火星人はアパートの天井を突き破って、遥か空の上まで飛び去ってしまった。
オマルのUFOって・・・。
しかも今時「テラ」とか「ギザ」って・・・・・。
呆れている俺の手の中で、ブラックマジシャンガールのフィギュアが語りかけてきた。
「ありがとう。
あなたのおかげで助かりました。
私も本来自分がいるべき世界へ帰りたいと思います。
このご恩は一生忘れません。
それじゃあ、さようなら。」
「な、おい!ちょっと待ってくれ!俺には今回のことが何が何やらさっぱり・・・。」
言い終わる前に、マジシャンガールのフィギュアから眩い光が放たれ、俺とスカリーはオフィスの便所に戻っていた。
手に持っていたブラックマジシャンガールのフィギュアは消えていた。
その後の俺はというと、スカリーにしばき倒され、キャサリンにエサをやらされ、君の同人誌を捨てたのは嘘であって、その嘘をついたのには理由があると説明し、それならパンツ一丁でガムテープでビルの屋上の電波等に貼り付ける刑で許してあげると言われ、彼女の仕事が終わるまでずっとそのままのパンツ一丁で貼り付けられていた。
そして先ほど家に戻り、シャワーを浴びてビールをあおっているところだった。
「やれやれ、今日はわけのわからない一日だったな。
なんか疲れたし、そろそろ寝るか。」
そしてベッドに入ってしばらくすると、頭の中に声が響いてきた。
「この声は・・・。」
俺は起き上がって目を開けようとした。
「待って。そのままでいてください。」
そう言われ、俺はベッドの中で目を閉じたまま」尋ねた。
「君はあの火星人にさらわれた・・・・・。」
「はい、そうです。
もう一度きちんとお礼が言いたくてやってきました。」
「そうか。律儀なんだな。」
やや沈黙があったあと、彼女は言った。
「あのままだと、私は危うく火星に連れて行かれるところでした。
あなたが助けてくれたから、私は本来いるべき世界に帰ることができました。
ほんとに、なんとお礼を言ったらいいのか・・・・・。」
かすかに涙声になっている。
「いや、大したことじゃないさ。
それに無事で何よりだ。
これからは自分の世界で仲間たちと一緒に幸せに暮らすといい。」
「はい、そうします。
ほんとうにありがとう。
それじゃあ。」
そう言って彼女は去ろうとする一瞬、俺は目を開けて彼女を見てしまった。
「!!!」
そこにいたのは、ブラックマジシャンガールのコスプレをしたトメさんだった。
「な・・・、あのフィギュアに宿っていた魂ってあんただったのか・・・・・。」
知らない人の為に言っておくが、トメさんとは遊戯王GXに出てくる購買部の小太りのおばちゃんである。
彼女は毎年やってくるイベントの度にこのコスプレをする。
俺に姿を見られたトメさんは、頬を赤らめ、「いやんっ!」鳴いた。
この時の俺の精神的ダメージは、クリリンを殺された時の悟空よりもひどかったと思う。
「それじゃ、また機会があったら会いましょ」
頼んでもいないのに、小太りの体を見せ付けるようにくるりと回るトメさん。
そして投げキッスを残し、去って行った。
俺は気分が悪くなり、悲しいやら虚しいやらで枕を噛み締めてベッドにもぐった。
用意されたどちらの道も地獄なら、そのどちらにも進むべきではなかった。
目の前にある道だけが全てじゃないさ。
あの時、便所に落としたフィギュアさえ拾わなければこんな不毛な一日を過ごすこともなく、こんな悲しくも虚しい気持ちになることもなかった。
さっさと寝てしまおうと目をかたく閉じると、ケータイが短く鳴った。
スカリーからのメールだった。
「夜遅くにメールしてごめんなさい。
私は明日から一ヶ月間海外へ旅行に行って来るから、その間のキャサリンの世話をお願いね。
日本にも寄るつもりだから、ブラックマジシャンガールのコスプレをしたトメさんのフィギュアをお土産に買ってきてあげるわ。
楽しみね。それじゃあ、おやすみなさい。」
俺は返信をせずにケータイを閉じ、「そんなフィギュアねえよ」と悲しい声で呟いた。



久しぶりの小説

  • 2012.10.28 Sunday
  • 18:06
 お久しぶりです。 
ヤカーです。
久しぶりにXファイルネタの読みきり小説を書きたいと思います。
機会があれば勇気のボタンや不思議探偵誌の読みきりも書きたいと思っています。
よろしくお願いします。

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