言い訳は無用さ
- 2013.06.28 Friday
- 18:46
照りつける太陽の陽射しを手で遮りながら、ブルーシートを手で持ち上げる。
その下には動かぬ体になった被害者がいた。
本日俺は休暇のはずであったが、例のごとくキャサリンの餌やりをしていると携帯が鳴った。
「モルダー、事件だ。
すまないが人手が足りない。来てくれないか?」
疑問形ではあるが俺に断る権利はなく、返事の代わりに一つ嫌味を言ってやった。
「なあスキナー。
休日出勤なんてのは慣れっこだが、FBIにだって休日を楽しむ権利はある。
君からの電話は、確かに俺から今日の予定を奪った。
帰ってラブプラスをしながらまどかマギカを見るという予定をね。」
そう言うとスキナーは笑いながら返してきた。
「そりゃすまない。
しかし今日の現場の捜査員は新人ばかりでね。
スカリーのイライラが頂点に達しているんだ。
新人刑事の何人かは彼女に蹴り飛ばされて便器に顔を叩きこまれたようだ。
私もとばっちりをうけたよ。
ズボンを引き裂かれて今はブリーフ姿で仕事をしているよ。ははは。
幸い今日のブリーフは新しくおろしたやつで黄ばみも臭いも・・・、」
俺はうんざりして携帯を切り、キャサリンの頭を一つ撫でてから表通りに出てタクシーを拾い、その中で休日出勤を憎み、まどかマギカを見れないことを憎み、昨日から痛み出したいぼ痔を憎み、そして
何よりスカリーに蹴り飛ばされて便器に顔を突っ込まれた新人刑事達を憎んだ。
シット!それは俺の役目なのに!!。
俺以外の誰かが彼女からそんなご褒美を受け取るなんて許せなかった。
スカリーは誰でもいいのか?
俺が!俺こそが彼女に蹴られ、罵られ、跪かされる。
それは俺が・・・、俺のはずなのに・・・・・。
「シット!」
思わず声に出して叫んだ俺に運転手が目を向け、俺は視線を逸らすように空を仰ぎ見た。
ちなみにキャサリンとはスカリーの飼っている犬の名前である。
どうでもいいが・・・。
*
「ほんと、来てくれて助かったわ。
今日は使えない新人ばかりでうんざりしてたのよ。」
スカリーが微笑みながら被害者の顔を覗き込む。
「君の力になれるならどこだって行くさ。
例え火星の裏側でもね。」
「頼もしい限りだわ。
でも冗談は終わりにして事件の捜査を進めましょ。」
そう言うと彼女は上着のポケットから手帳を取り出して開いた。
「被害者の名前はジャック・バウヤー、私達と同じ警察よ。」
「同業者か・・・。」
「ええ、但しFBIではなくてカリフォルニアの州警察ね。
出張でニューヨークまで来ていたみたい。」
「遠路はるばるやって来てこのざまか・・・。
報われないな。」
「そうね。でも今は感傷的になっている時じゃないわ。」
俺は頷き、手で先を促した。
「彼は昨日の午後十時まで同僚とお酒を飲んでいた。
でも用があるからと店を出て行って、翌日になっても出勤して来なかった。
不審に思った同僚が彼の家を尋ねてみるとこの有り様だったってわけよ。」
俺は彼女の言葉に頷き、手袋をはめて遺体を調べた。
胸の辺りに血が滲んでいる。
服をはだけてみると大きな切り傷があった。
その横にはホルダーに入ったままの拳銃。
そいつを取り出して調べてみると、弾丸は全て入ったままだった。
安全装置もかかったまま。
他にも被害者の体を調べてみたが、これといって不審な所はなかった。
「うーん・・・、こりゃ顔見知りの犯行かな。」
俺がそう言うとスカリーは手帳を閉じて頷いた。
「私もそう思うわ。
持っていた拳銃は発砲されるどころか、安全装置すら解除されずにホルダーに収まったまま。
仮にも警官である被害者が、襲いかかって来た相手に何の抵抗もせずにやられるなんて
考えにくいわ。
となると・・・。」
「知人か友人、もしくは身内の犯行か・・・。
彼は結婚は?」
スカリーは首を横に振る。
「なるほどね。
寂しい一人身だったか。
まあどっちにしろ油断している所をやられたんだろう。
となるとやはり顔見知りの犯行の可能性が高いな。」
そこへ新人刑事がスカリーの元へ駆け寄って来た。
「ハアハア、遅くなってすみませんスカリー捜査官。
言われた通り彼の友人を・・・、」
すると新人刑事が言い終わる前にスカリーはそいつのケツを蹴りあげていた。
「遅いのよこのボケ!
こんな簡単な仕事にどんだけ時間使ってんのよ!!
便器でクソでも喰らってろ!!」
そう言ってそいつの玉袋を捻りあげた。
「ひいいいいいいい!!
すいませんすいません!!
た、種無しになっちゃうからやめて!!」
「うっさい!!
お前みたいな無能のブ男は種があっても竿を使う機会なんてないでしょ!
せいぜいにティッシュに汚い種をぶちまけてろ!!
この一生右手が恋人男が!!!。」
玉袋を掴んでいた手を話して右アッパーを放つスカリー。
新人警刑事はもんどり打って倒れた。
そして小便をもらしながら股を抑え、立ち上がる時に「ブッ!」と屁をこきながら腰をがひけた状態で
去って行った。
「やべえ、この快感クセになりそう・・・。」
そう言い残して。
まただ・・・。
またあんな新人がスカリーからご褒美を・・・。
なあスカリー、なぜそれを俺にしてくれない?
考えれば考えるほど腹が立ってきて、俺はまたしても「シット!」と叫んでいた。
「ん?どうしたの?」
彼女が怪訝な目で見つめる。
「いや、何でもないさ。
彼も君の教育のおかげで立派な刑事になるだろう。」
スカリーは満足そうに頷き、玉袋を握っていた手をハンカチで拭いていた。
そしてあの新人刑事が去って行った代わりに、俺達の傍には一人の女性が立っていた。
「あなたがエミリアさんね。」
スカリーの問いにエミリアと呼ばれた女性は頷き、狼狽した顔をスカリーに向けた。
歳は30代の後半という所か。
少し皺が目立つが、それは歳のせいというよりも苦労を重ねて出来た皺であるように思われた。
髪は地味に後ろで一つに束ねてあり、服装もジーパンに黒のトレーナーというこれまた地味ないでたちであった。
しかし靴には少々違和感があった。
彼女が履いている靴はエロ―マックス2013ハイブリッドという最新式の人気スニーカーであり、
その名の通り電気モーターがハイブリッドされたハイテクシューズである。
一般人でもウサイン・ボルトの70倍の速度で走れるというから驚きだ。
しかも単三電池三本で。
開口一番、スカリーは言った。
「あなたが犯人ね。」
俺は驚いて彼女達の間に割って入った。
「おいおい、何を言うんだスカリー。
いくら何でもいきなりそんな・・・、」
するとスカリーは俺の玉袋を鷲掴みにして言った。
「あなたも種無しになりたい?
とりあえず黙って聞いてて。」
おうふッ!これを待っていた。
今俺に向けられるこの冷たい視線。
この理不尽な仕打ち。
これが!これこそが俺の!!
「おっ立ててるんじゃないわよ!」
大きくなった息子を捻じられ、俺は股間を抑えてうずくまった。
そして新人刑事と同じように小便を漏らし、立ち上がろうとした時に「ブッ!」と屁をこいてバランスを
崩し、また倒れ込んで顔を強打し、鼻血を出してうずくまった。
スカリーはそんな俺を尻目に先を続ける。
「あなたが犯人ね。
そのハイブリッドシューズには踵部分に野菜を切る為のナイフがし込まれてしるのは知っているわ。
あなたはそのナイフで被害者を切りつけて殺害し、シューズのハイブリッド昨日をオンにして
ウサイン・ボルトの70倍のスピードでダッシュして逃亡した。
そうでしょ?」
「はい、その通りです。」
マジかよ・・・。
俺は心の中で呟き、屁を我慢しながら立ち上がってエミリアに近寄った。
「本当にあなたが犯人なのか?」
「はい、そうです。」
「でもなぜ・・・、」
「疲れていたのよ。」
スカリーがそう言った。
「疲れる・・・?
一体何を?」
するとスカリーもエミリアに歩み寄って言った。
「彼女はね、友人とは言っているけど実は恋人なのよ。」
「なぜ分かる?」
「女の勘よ。」
なるほど、そう言われると何も言い返せない。
「被害者のジャック・バウヤーはね、いい歳こいたおっさんのクセに休日になるとアニメだの恋愛ゲームだのに没頭していたそうよ。
彼女そっちのけでね。
これはカリフォルニア警察からの情報で分かっていることなの。」
何だろう、肩身が狭い思いになってきた。
「そして事件前夜の夜、彼が用事があると言って帰ったのは家でDVDを見る為だったのよ。
まどかマギカというアニメをね。
それもラブプラスとかいう非モテ男御用達のゲームをしながらね。」
「!!!」
俺は絶句した。
それは今日休日出勤していなければ俺が行う予定だったことではないか・・・。
「刑事さんの言う通りです。
昨日の夜、彼は私と会う約束でした。
でもそれをすっぽかして・・・。」
エミリアの目に涙が溜まる。
「こんなことは今までに何十回もありました。
もう・・・、もううんざりでした・・・。
私は彼のことが好きなのに、彼は私より非モテ男御用達の恋愛シュミレーションゲームが大事なんだと思うと・・・、そう思うと私は・・・・・、耐えられなかった!!
ごめんなさい!!私がやったんです・・・。
私が彼を・・・。」
涙を流しながら顔を覆う彼女を。スカリーは優しく抱きしめた。
「さぞ辛かったでしょう。
あなたの気持ちはよく分かるわ。
彼女をほったらかしてまどかマギカを見ながらラブプラスをする男なんて許せないわね。」
「ううう、うわあああああああーーーーーー!!!」
スカリーの胸の中で泣くエミリアの声がこだました。
*
「一件落着ね。」
「ああ。」
死んだと思っていたジャックだが、微かに脈があることが判明し、すぐさま病院へ送られて一命を取り留めた。
「彼女は悪くない。
全ては俺の不甲斐なさだ。
これからは彼女を大事にするよ。
だからどうか彼女を許してやってほしい。
頼むよ。」
病院で話を聞いていたスキナーから、ジャックがそのように言っていると連絡があった。
「まあエミリアも自分の罪は反省しているし、ジャックのその証言があればそこまで重い罪には問われないだろう。」
「そうね。」
そう言ってスカリーは自分の車の方へと歩き出す。
「悪いが俺も乗せていってくれないか。
いきなりだったからタクシーで来たもんでさ。」
「構わないわよ。」
彼女の車が俺の家に向けて走りだし、その車内で俺は一つため息をついた。
「まったく、休日が台無しだよ。」
おどけてそう言うと、スカリーは微笑みながらこう返してきた。
「そうね。
せっかくの休日が台無しね。
まどかマギカを見ながらラブプラスをするという休日が。」
俺が驚いた目で見ると、スカリーはさらに微笑みながら続けた。
「スキナーから聞いたわよ。
ねえモルダー。
もし、もしもよ。
仮にだけど私があなたの彼女だったとして、そしてあなたが私をほったらかしてそんな休日を過ごしていたら・・・・・。」
スカリーの顔から微笑みが消え、凄まじい殺気と恐ろしい眼光が俺を捉えていた。
「あ、いや、その・・・、なんだ・・・。
もしそんなことが起こったら・・・、うん、まあ、俺は天国か地獄にいるはめになるんだろうな。」
スカリーは殺気を保ったまま微笑みを作り、俺のネクタイを引っ張ってこう言った。
「もしそうなったら天国なんかに行けると思う?
生き地獄を味あわせてから、あの世の地獄のフルコースよ。」
俺はヘビに睨まれたカエルのようになり、引きつった笑顔でこたえた。
「ああ、まあ・・・、その時はなんだ。
君の好きなようにしてくれたらいい。
ただ、もし君と付き合えるなら、俺は頭の先からつま先から、何ならケツの毛の先まで君に尽くすさ。
心配いらない。」
スカリーは殺気を引っ込めてネクタイを離し、「よく出来ました。」と呟いた。
俺は居心地が悪くなり、Yシャツの下に来ているまどかマギカのほむらがプリントされたTシャツ気付かれまいとそっと背を向けた。
「とりあえずその痛Tシャツからやめることね。」
俺は吹き出てくる冷や汗を拭きながらそそくさとTシャツを脱ぎ、丸めてポケットに突っ込んだ。
言い訳は無用さ。
男なら行動で示すべきだ。
スカリーはまた満足そうに微笑み、俺に言った。
「おなたはオタクをやめる。
けど私はBL同人誌を読むのはやめない。
つまりはそういうことよ。」
なるほど、ジャイアニズムか。
実に君らしい。
俺はなんだか笑いがこみあげてきて車の窓を開けて外を見た。
するとパンツ一丁の男がカフェのテラスでコーヒーを飲んでいた。
スキナーだった。
俺はそっと窓を閉め、何も見なかったことにしてポケットの手を入れた。
ほむらのTシャツが汗ばんでいた。
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