父なる音楽 母なる絵 光への文章
- 2014.01.31 Friday
- 01:23
絵は 俺に微笑みかけ 優しく抱いてくる
そして文章 これこそが 俺の光への道
音楽は父であり 絵は母である
文章は 苦痛に満ちた天への光だ
- 日常
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〜『約束は守れない』〜
「小僧の妹め、余計なことをしおって・・・。」
フレイがブーツを履きながら不満そうに愚痴っている。
「まあまあ、これはレインが僕達を大切に想ってくれていた証ですよ。
こうしてまたこの世界で生きられるのはありがたいことです。
弟子の命と引き換えにというのはなんとも心が痛いですが・・・。」
「ふん、そんなことは分かっておるわ。
俺が言いたかったのは、なぜこの役目が俺ではないのかということだ。
どうして若い命が先に散って、俺のような剣一筋の老兵が生き返るのか・・・。」
フレイはベッドから降りて背を伸ばした。
ククリは窓から射し込む光に目を細めながら、命を散らした最愛の弟子に想いを馳せていた。
すると突然ドアがノックされ、若い女の声が響いた。
「あの・・・ジョシュ君の出発の準備が出来たみたいなので、そろそろ・・・。」
ククリはガチャリとドアを開け、彼女の頭に手を置いた。
「ああ、すまないシーナ。剣聖はどうも低血圧らしくてね。
昔はこんなことなかったんだけど、どうも最近歳のせいか・・・・痛いッ!」
頭を押さえるククリの後ろで、フレイが拳骨を作って立っていた。
「余計なことを言うでない。まだそこまで年老いておらんわ。」
「剣聖さん、おはようございます。」
「ああ、おはよう。」
フレイもシーナの頭に手を置き、グシャグシャと髪の毛を掻き回した。
「きゃあ!やめて下さい!」
シーナは頭を押さえながら慌てて離れた。
そしてグシャグシャになった自分の髪を見て、泣きそう声で呟く。
「ひ、ひどいです・・・。せっかく可愛く結ってあったのに・・・。
こんなグシャグシャじゃジョシュ君に笑われちゃう・・・。」
グスンと鼻を鳴らして自分の髪を触るシーナ。
そんな彼女を見て、フレイは声を上げて笑った。
「あの小僧がそんな繊細なことを気にするものか。
綺麗に結ってあろうが乱れていようが気づくまいて。ははははは!」
「そ、そんなあ〜・・・。」
うるうると目に涙を溜めるシーナの横に立ち、ククリは呆れた顔で肩を竦めた。
「やだね〜、デリカシーの無い人は。乙女心を分かってないんだから。
女の子はこういうことを凄く気にするもんですよ。
どれ、僕が結い直してあげよう。」
手際良くシーナの髪を結いあげるククリを見て、フレイはつまらなさそうに鼻を鳴らした。
「ふん、随分慣れた手つきだな。
どうせ今まで遊んできた女にやり方でも教わったのだろう。
間違って自分の弟子に手を出すでないぞ。」
あっという間に元の髪型に戻し、ククリはシーナの頭を撫でた。
「出すわけないでしょう。この子は僕にとって娘みたいなものですからね。
まあ間違って下らない男が手を出してきたら、その時はどういう目に遭わすか分かりませんけど。」
「うむ、それは同感だ。シーナよ、悪い虫が寄って来たらまず俺に言え。
次の日にはこの剣の錆びになっておるわ、ははははは!」
「ふ、二人とも怖いです・・・。」
シーナは杖をギュッと握りしめ、豪快に笑う二人を見上げていた。
*
三人がクラナドの街の館を出ると、門の前にジョシュが立っていた。
朝陽をじっと眺めていたが、フレイ達に気づくと笑いながら振り返った。
「師匠、おはようございます。相変わらず朝が遅いっすね。
とても武術家とは思えないですよ。やっぱりそれって歳のせい・・・・・痛ッ!」
「どいつもこいつも人を年寄り扱いしおって。」
フレイの拳骨に頭を押さえながら、ジョシュは苦笑いをして顔を上げた。
ククリは可笑しそうに二人の間に入り、手を空に向けた。
「ジョシュ君、旅立つにはいい朝だね。もしかして晴れ男かい?」
「まあね。レインは雨女でしたけど、ははは。」
頭で手を組んで笑うジョシュの元に、シーナが恥ずかしそうに駆け寄ってきた。
「ジョシュ君・・・。」
「おう、シーナ!あれ・・・さっきと髪型違うじゃん。なんか可愛くなってる。」
「え!ほ、ほんとに?か、可愛いですか・・・?」
「うん、すごい似合ってるよ。
そっちの方が可愛い・・・、いや元の髪型も捨てがたいかなあ・・・。
けど元々が可愛いから、どっちも似合ってるよ。」
「・・・そ、そう言ってもらえると嬉しいです・・・。」
頬を赤らめて顔を伏せるシーナに、ややキザっぽいセリフだったかなと恥ずかしそうに頭を掻くジョシュ。
「ふん、女垂らしめ。そんなことを覚えているとククリのようになってしまうぞ。
こいつがそれだけ女に泣かされたか・・・。俺の知る限り最低でも・・・・、」
「あー、あーッ!余計なことは言わないで下さいよ。
それ全部誤解だし、若い子に僕のイメージを壊すようなことを吹き込むのはやめて下さい。」
「どこが誤解か。確かマオが言っておったな。
サラに迫られて、まんざらでもなさそうな顔で夜の街に消えていったとかなんとか・・・。」
「してませんよそんなこと!まったく・・・どんどん僕のイメージが・・・。」
腕を組んで面白そうに見下ろすフレイの前で、ククリは額に手を当てて項垂れていた。
「シーナもククリさんと二人きりの時は気をつけた方がいいかもね。」
「・・・はい。一応先生を信じていますけど、万が一ということもありますから・・・。」
「だからあ〜、なんでみんな人を女垂らしみたいに言うのさ・・・。」
「ははは、人を年寄り扱いした罰だ!」
がっくりと肩を落として項垂れるククリ。
三人は可笑しそうに笑いながら街の方へと歩いていった。
館の門を出て街の通りを歩き、ジョシュは懐かしい顔を見つけた。
「あ!お前はあの時の!」
露天の長椅子に座り込んでいるのは、この街に来た時に喧嘩をした魔導士達だった。
「あ、あんたは・・・。」
黒い法衣の魔導士が立ち上がり、驚いた顔で見つめた。
そしてジョシュの横で怖い顔をして立っているフレイに気づき、慌てて顔を逸らした。
「久しぶりだな。どうだ小僧共、あの時の続きをやるか?」
そう言って拳を持ち上げるフレイを見て、魔導士達はぶるぶると首を振った。
「い、いや・・・滅相もないです・・・。
あの時はフレイ剣聖だとは知らずに調子に乗ってしまって・・・。」
フレイは二コリと笑うと、俯く魔導士に「顔を上げい!」と怒鳴った。
そして恐る恐る顔を上げた瞬間に、ゴツンと拳骨を落とした。
「・・・・・ッ!」
頭を押さえてうずくまる魔導士に、フレイは腕を組んで見下ろしながら言った。
「これで勘弁してやる。ただ次に調子に乗っていたら・・・。」
「は、はいッ!すいません!二度と調子に乗ったマネはしません!」
魔導士達は慌ててフレイの元から走り去っていった。
「まあいいお灸ですね。
これを機にしっかりした魔導士になってくれればいんだけど。」
「何を言っておるか。ああいう若い魔導士の教育はお前の役目であろうが。
今やこのグラナドが魔導協会の本部なのだぞ。
そしてお前は魔導協会の会長ではないか。」
バツが悪そうに頭を掻くククリだったが、負けじとフレイに言い返す。
「剣聖こそまた武術連盟の会長に納まったんでしょう?
それならもう少し行儀よくですね・・・・、」
そう言いかけるククリの裾を、シーナがクイクイと引っ張った。
「ジョシュ君はもう先に行っちゃいましたよ。」
「ああ、ほんとだ!」
「無愛想な奴め。師匠を無視して置いて行くとは。」
ジョシュは通りを眺めながら初めてこの街に来た時のことを思い出していた。
あの頃は一つの肉体に二人の魂が宿っていた。
その問題を解決する為だけにここへ来たのに、気がつけば思いもしない大きな戦いに巻き込まれていた。
傷つき、失い、しかし師との出会いや、戦いの中で生まれる絆もあった。
ほんの少し前のことなのに、随分の昔のことのように感じられた。
街の門まで来ると、衛兵がジョシュに気づいて駆け寄ってきた。
何日かこの街にいてすっかり顔馴染みになった衛兵と言葉を交わし、今日この街を出ることを告げた。
気を付けてと言葉をかける衛兵に対し、ジョシュは笑って手を振り、街の外へ出た。
「ジョシュ君!待って・・・!」
シーナがはあはあと息を切らしながら駆けて来る。
「一人でスタスタ行かないで下さい・・・。
このまま別れも告げずに行っちゃうかと心配しました・・・。」
杖を握りしめて息を切らすシーナ。
ジョシュは赤く火照ったその顔をじっと見つめた。
「なんかさ・・・一人で歩いてたら分かんなくなっちゃって・・・。
色んなことがあっという間に過ぎて、気がついたらずっと一緒にいた大切な人が傍にいなくなってて・・・。
たまにさ、これって現実なのかなって・・・。」
「ジョシュ君・・・。」
シーナは一歩前に踏み出してジョシュの手を握った。
「レインさんが・・・自分の魂と引き換えにマリオンを倒してくれました。
それだけじゃなくて、最後の最後で残った力を使って私達を生き返らせてくれて・・・。
きっと、レインさんはやろうと思えば出来たと思うんです、自分を復活させること。
魂に宿った根源の力を使えば、自分は助かったかもしれないのに・・・。
私達を生き返らせる為に・・・自分を犠牲にしたんです。」
「・・・・・・・。」
シーナはジョシュの手を強く握りしめ、真っすぐに目を向けた。
頬が赤くなり、グッと息を飲み込む。
そして意を決したように口を開いた。
「ねえジョシュ君・・・私達のこと恨んでますか?
私達が生き返らなければ、レインさんがここにいたかもしれない・・・。
だから、もしそのことを恨んでるなら・・・言って下さい。
私も魔導士のはしくれです。この命を使えば、もしかしたらレインさんを・・・、」
「そんなことないよ。」
シーナの言葉を遮り、ジョシュはその手を握り返した。
ジョシュは優しい目で笑ってシーナを見つめ、少し俯いて口を開いた。
「あいつは優しい奴でさ・・・。昔っから、他人が傷つくくらいなら自分が傷ついた方がマシだっていうような奴だから。
師匠も、ククリさんも、シーナが生き返ったのも全部レインが望んだことだ。
それを俺が恨むわけがないだろう。」
「・・・・グス・・・ジョシュ君・・・。」
涙ぐんで鼻を赤くするシーナ。
ジョシュは可笑しそうに笑って彼女の鼻をつまんだ。
「ほんとによく泣くよなシーナは。
そんなに泣いてると目とか鼻が痛くなったりしないか?」
「痛いです・・・ジョシュ君が鼻をつまんでるから・・・。」
二人は顔を見合わせて笑い、恥ずかしそうに顔を俯かせた。
「な〜にをイチャイチャしてるだい?」
門の向こうから現れたククリが、ニヤニヤした顔でジョシュの肩に手を回してくる。
そしてシーナに目を向けて「ああ!」とわざとらしく叫んだ。
「ダメじゃないかジョシュ君、女の子を泣かしちゃあ。
どうしたんだいシーナ?何か変なことでもされたんじゃ・・・・・、」
「してませんよそんなこと!・・・・痛ッ!」
ジョシュの後ろでフレイが拳骨を握り、怖い顔をして立っていた。
「言ったそばからこれだ。
小僧、お前はやはりククリに似てろくな男にならんかもしれん。」
「ちょっと、師匠までなんですか・・・。」
「ははは、いいじゃないか。僕と剣聖だってひどい言われようしたんだから、君だってね。」
「そうだぞ。この拳骨は師匠からの餞別だ。ありがたく受け取れ。」
そう言って拳を振り上げるフレイからサッと身をかわし、ジョシュはシーナの後ろに回り込んだ。
「そんな餞別いりませんよ。相変わらず荒っぽいんだから、ったく・・・。」
三人の取りを見ていたシーナは、口元に手を当てて可笑しそうに笑った。
「大丈夫ですよ、ジョシュ君。私が守ってあげます。」
そう言ってジョシュの頭を撫でるシーナ。
唇を尖らせ、ジョシュは苦笑いしながら彼女を見つめた。
「なんだ、シーナまで俺のこと子供扱いすんのか?
まるでレインみたいにさ?」
「だって子供っぽいから。戦ってる時は別ですけど、普段は・・・ね?」
シーナは首を傾げて二コリと微笑む。
バツが悪そうに拗ねた顔を見せ、ジョシュは腕を組んでそっぽを向いた。
「ははは、いいコンビじゃないか。
ずっと見ていたけど、冗談はこれくらいにして・・・。」
ククリは真剣な顔になり、腰に手を当ててジョシュを見つめた。
「ジョシュ君、本当に行くんだね。僕の言ったことはあくまで可能性の話だよ。
もしかしたら君の旅は無駄に終わり、ただ傷つくだけかもしれない。
それでも行くのかい?」
ジョシュは小さく俯き、無言のまま顔を上げて街から伸びる道に目をやった。
その道の先には良く晴れた空が広がり、大きな雲が低く雷鳴を響かせて流れていた。
「確かに、ククリさんの言う通り無駄な旅になるかもしれない。」
重い口調で言い、ジョシュは三人を見つめた。
その顔は希望に満ちているような、しかし後ろめたい何かをしに行くような表情だった。
「けどね、やっぱりこの気持ちは抑えられませんよ。
もしかしたらレインの魂が・・・その欠片がこの世界のどこかに存在しているかもしれないなんて聞かされたらね・・・。俺はあいつを放っておけない。」
そう言ってジョシュは右手にはめている手袋を取り、袖を捲り上げた。
その腕は肘から先が赤い金属の皮膚に変化していた。
「これはどう見てもレインのマーシャル・スーツですよ。
こいつがたまに、微かに振動することがある。
それはレインがこの世界のどこかで存在しているかもしれない証拠だって・・・。
ククリさんがそう言ったんですよ。」
ジョシュは自分の腕に触れ、そこにレインがいるかのように握りしめる。
小さくため息をつき、ククリは憂いを感じさせる顔でジョシュに語りかけた。
「ああ、確かに言ったよ。けどね、それはあくまで可能性の話さ。
それもとても小さな可能性だ。
仮にこの世界のどこかにいたとしても、それはどんな形で存在しているのかは分からない。
魂だけなのか、意識だけなのか、もしかしたら誰かの肉体に宿っているのか・・・。
それを見つけるのがどれほど大変なことか・・・。」
ジョシュは返事をせずに袖を戻し、手袋をはめた。
そして強く拳を握り、目を閉じて眉間に皺を寄せた。
それはこの世界のどこかにいるかもしれないレインを、じっと感じているようだった。
「ククリよ、何を言っても無駄だ。小僧の心はもう決まっておる。」
フレイは腕を組んでククリの前に立ち、厳しい中にも優しさを感じさせる口調で言った。
「人間・・・誰でも自分の想いを止められないことはある。
それが誰かの為というのならなおさらだろう。」
「師匠・・・。」
見上げるジョシュに笑いかけ、フレイは腰の剣を外して顔の前まで持ち上げた。
「これは俺と共に幾多の闘いを勝ち抜いてきた戦友だ。
最強の武術家が信頼を寄せる、最強の剣だ。持って行け。」
そう言ってジョシュに剣を差し出した。
「師匠・・・いんですか。剣士にとって剣は魂と同じなのに・・・。」
「かまわん。どうせもうこいつを必要とするほどの敵に出会うことはなかろう。
それにお前が言ったのだぞ、拳骨の餞別などいらんと。
だったら代わりにこいつをくれてやる、受け取れ。」
ジョシュは震える手で剣を受け取り、師に深く頭を下げた。
代わりに自分の剣を差し出すと、フレイは二コリと笑って受け取った。
師から授かった剣を腰に携え、遠く続く道を振り返って太陽を見上げた。
眩しいほどの光が目を細めさせ、この道の先を照らしている。
ジョシュは三人に顔を向け、二コリと笑って腰の剣に手を置いた。
「それじゃ行ってきます。この先どうなるか分からないけど、自分で決めた道ですから。
そんで・・・もしレインと出会えたら、二人でまたここに戻ってきます。」
ジョシュの言葉にフレイ達は頷き、笑顔を返した。
「ジョシュ君、ここには君とレインの仲間がいつでも待っている。
僕も、剣聖もシーナも、ずっと君達の仲間さ。
レインと二人で帰って来る日を楽しみにしているよ。」
「はい、必ずレインと一緒に帰ってきます。」
フレイは気恥ずかしそうに咳払いをし、受け取った剣を腰に差してジョシュを見据えた。
「小僧、はっきり言って貴様はまだまだ未熟だ。
我が奥義も一つしか伝授しておらんしな。
だから、その、なんだ・・・。
もし自分に限界を感じたらいつでも戻って来い。
俺が一から鍛え直してやる、いいな!」
「師匠・・・・・ありがとうございます。」
深く頭を下げて礼を言い、ジョシュは師から譲り受けた剣に手をかけた。
「けど次に戻ってきた時には俺の方が強かったりして・・・。」
「な、何おう!」
フレイは拳を握って顔を怒らせ、ジョシュに突っかかっていく。
「少し優しくすればいい気になりおって。
やはり貴様はひん曲がった根性を叩き直さねばならん!」
そう言っていつものくせで腰に手をかけるが、違和感を覚えて自分の手を見つめる。
「ぬうう・・・やはりしっくこんな、人の剣というのは・・・。」
「ははは、何やってんすか。さっき俺にくれたばっかりじゃないですか。
これ使ったら今の俺でも勝てるんじゃ・・・。」
「貴様!やはりそれを返せ!」
「べえ〜、一度もらったもんは返すなってのが家訓なんですよ。
これはもう俺のもんだから。」
「おのれ・・・。待たんか小僧!」
子供のように追いかけ合う二人を見て、ククリとシーナは声を上げて笑っていた。
「まったく・・・最近の若造ときたら・・・。」
怒りながら嬉しそうな顔をするフレイに、ジョシュもニコッと笑って舌を出した。
「あ、あの・・・ジョシュ君・・・。」
シーナが肩に力を入れてジョシュの元に駆け寄ってくる。
そしてもじもじとしながら頬を赤らめて俯き、何やら小さく呟いている。
「どうしたシーナ?」
首を傾げて尋ねてくるジョシュに、シーナはギュッと杖を握って彼を見上げた。
「あ、あの・・・私・・・ジョシュ君のことが好きです!
だから・・・またこの街に戻ってきて下さい!」
悲しそうに、そして恥ずかしそうに顔を赤くして、シーナは小さく笑った。
ジョシュは微笑みながら彼女の頭に手を置いた。
「うん・・・必ず戻って来る。そん時まだ俺のことが好きだったら・・・。
俺もちゃんと返事をするよ・・・。」
シーナの顔がパッと明るくなり、少しだけ濡れた目を拭って微笑んだ。
「はい・・・待ってます。必ずレインさんと会えるように毎日祈りながら。
だから無事に帰ってきて下さい、約束です・・・。」
シーナの差し出した小指に指切りをして、お互いに笑い合った。
「それじゃ、みんなしばらくの間さよならだけど・・・元気で。」
ジョシュは手を振って歩き出し、後ろを振り返ることなく前に進んで行った。
「もうレイドはいないんだから、マーシャル・スーツを発動させる時は気をつけるんだよ。」
背中に聞こえるククリの声に手を上げて応え、ジョシュは真っすぐと歩いて行く。
しばらく空を向いて歩き続けていると、雲が光って雷鳴が轟いた。
ジョシュは立ち止まって後ろを振り返り、街の方に目をやった。
米粒のように小さくなった街が見え、三人の姿はもうそこにはなかった。
ジョシュは小さく笑ってまた歩き出した。
そして心の中で呟く。
「レイン、ごめんな。お前との約束は守れないや。
お前がどこかにいるかもって聞いたら、やっぱりお前に縛られずに生きるなんて無理だ。
会いに行ったらお前は怒るかな?それとも喜ぶか?
まあ・・・どっちでもいいさ。
俺はもう一度お前と会う、そう決めたんだ。
俺だけ幸せにはなれねえ。
だからさ、また二人で手を繋いであの場所へ行こう。
今日みたいに晴れた日の空で、また一緒に花かんむりをつくろう。
あの日みたいに、喧嘩したり、笑い合ったりしながらさ・・・。」
晴れた空に浮かぶ雷雲が、雨を降らせて頬を濡らしていく。
低く唸る雷と、透き通る青い空に見守られながら、ジョシュは遠く地平線まで続く道を歩いていった。
〜『魂の槍』〜
魔導核施設の外では悪夢の光景が広がっていた。
魔導協会の首都、セイント・パラスの街は破壊され、そこらじゅうに死体が転がっていた。
そして遠くに屍の山に立つ者がいた。
「あれは・・・・・。」
黒い身体にグレーの線が肩から太ももにかけて走り、肩と肘が角のように突き出ている。
色の違い、そして多少の形の違いはあったが、ジョシュにはそれが何者なのかはっきりと分かった。
「レインのマーシャル・スーツ。あれが女神なのか?それとも・・・。」
屍の山に立つ者は逃げ惑う街の人々を無作為に殺していた。
指から光線を放ち、恐怖におびえる人々の身体を焼いていく。
「いや、やっぱあれはレインじゃねえ!あいつがあんなことするもんかッ!」
街の衛兵やジョシュ達の作戦で陽動を引き受けていた武術家達が、力の無い人々を守る為に闘いを挑んでいた。
しかし圧倒的な力の差は闘いというより虐殺だった。
「クソッ!好き勝手しやがって!これ以上やらせねえぞ!」
ブースターを噴射し、ジョシュは槍を構えて突撃していった。
レインとよく似た黒いマーシャル・スーツは、向かってくる者達を紙人形のように簡単に葬り、幼い二人の子供の前に降り立った。
姉弟と思われる二人の子供は、恐怖に慄いて固まっている。
しかし姉の方が涙を我慢して弟を抱きしめ、身を盾にして庇おうとしている。
黒いマーシャル・スーツはその少女の頭を掴んで持ち上げ、弟の目の前に突き出した。
そしてニヤリと笑い、少女の頭を握り潰そうとした。
「やめろおおおおおッ!」
ジョシュの矢がマーシャル・スーツの腕に突き刺さり、怯んだ隙に槍を伸ばして子供に巻きつけ、間一髪で救い出した。
子供を腕に抱え、弟の方も一緒に抱えて素早く飛び去っていく。
黒いマーシャル・スーツは冷酷な目でジョシュを見つめていた。
ジョシュは離れた場所に子供を降ろし、近くにいた武術家の腕を掴んだ。
「あんた、この子達を逃がしてやってくれ!」
マーシャル・スーツ姿のジョシュを見て驚く武術家だったが、すぐに表情を切り替えて言った。
「俺はあの化け物を殺すんだ!あいつは・・・あいつは・・・。
俺の仲間を虫ケラみたいに殺しやがったんだ!絶対に許せない!」
髪の短い細身の武術家は、怒りに肩を震わせて叫んだ。
ジョシュは彼の腕を引っ張り、顔を近づけて言った。
「気持ちは分かるけどあんたじゃ無理だ。あの化け物相手じゃ無駄死にするだけだぞ。」
「分かってるさ!けど俺だけ逃げるわけにはいかないッ!
俺の仲間は街の人達を守る為に闘って・・・、」
ジョシュは立ち上がって武術家の胸ぐらを掴んだ。
「グダグダ言ってる場合じゃねえんだ!
街の人を守る為ってんならこの子達を連れて逃げろ!
死んでいったあんたの仲間だって、あんたが無駄死にすることなんざ望んでねえだろ。
頼むから、この子達を逃がしてやってくれ!」
ジョシュの真剣な眼差しが武術家の激昂した心に突き刺さる。
武術家は力なく俯き、子供達に目をやった。
「・・・分かったよ・・・。」
子供達を抱え、武術家は走り出した。
そして途中で振り返ってジョシュに向かって叫ぶ。
「いいか!もうすぐ三大組織の応援がやって来る。
それまであんたも死ぬんじゃないぞ!」
そう言い残して去っていく武術家の背中を、ジョシュは複雑な気持ちで見送った。
「三大組織の応援か。そんなもんが来たら死体の山が増えるだけだな・・・。
その前になんとしてもケリをつけねえと。」
槍を構え直し、ジョシュは黒いマーシャル・スーツを振り返った。
「やっぱりあれはマリオンの生み出した女神だよな。
なんであんな格好になってんのか知らねえけど・・・。」
ジョシュは考え込み、ハッとしたように顔を上げた。
「確かマリオンはあの女神はマーシャル・スーツみたいなもんだって言ってたな。
じゃああれが真の姿ってことなのか・・・?」
大勢の魔導士や武術家が女神から逃げる人達を守ろうと奮闘していたが、それは結果的に死人を増やすだけとなっていた。
「レイド、これ以上誰も死なせねえぞ!あいつを消し去ってやる!」
《無論だ。しかし敵の力は強大だぞ、心してかかれ。》
ジョシュは陽炎の歩を使い、気配を消して一気に敵へと近づいていった。
そして相手の頭上に舞い上がり、鋭く槍を突き出した。
「なッ!」
ジョシュの槍はあっさりと穂先を掴まれていた。
身体を捻ってブレードで斬りかかるが、それもあっさりとかわされ、逆に敵の拳をくらってしまう。
「ぐはあッ!」
凄まじい威力の拳がジョシュを吹き飛ばし、死体の山へと埋もれさせた。
「この野郎ッ!」
飛び上がって出て来たジョシュは女神に槍を投げつけた。
いとも簡単に素手で掴まれてしまったが、それは予想の範囲内であり、ジョシュは背中の隠し武器に手をかけた。
炎を纏った魔法刀で女神に斬りかかるが、これももう片方の手で掴まれてしまう。
ジョシュは怯むことなく、もう一つの隠し武器である氷の魔法刀を抜いて斬りかかった。
相手はこの動きを読んでいたようで、炎の魔法刀でそれを受け止めると槍を突いてきた。
「うおッ!」
間一髪かわしてバックステップで距離を取り、ジョシュは魔法刀を構えたまま女神に話しかけた。
「よく防いだな、まるでこっちの動きが分かってるみたいに・・・。
俺の心でも読めるのか?」
質問には答えず、女神は槍と刀をジョシュの足元に投げ刺した。
そして腰に手を当ててじっとこちらを見つめている。
「・・・・・なんだ?」
ジョシュは目の前に立つ女神に妙な違和感を覚えた。
何かが心に引っ掛かり、違和感は既視感へと変わってジョシュの不安を掻きたてていく。
女神の背後にいた魔導士や武術家が、チャンスだと思ったのか背中を見せる相手に向かっていく。
「よせ!やめろッ!」
ジョシュの叫びも虚しく、女神は魔力を纏った手を振って衝撃波を放った。
爆音を響かせながら地面を抉り、挑んで来た者達を粉々の肉片に変えていく。
「やめろ!逃げるんだ!」
次々と死の覚悟をした者が挑んで来るが、女神は蟻でも潰すかのように蹂躙し、叩き潰し、葬っていった。
「やめろおおおおおッ!」
地面に刺さった炎の魔法刀を掴み取り、氷の魔法刀と柄の先端をはめ込んで双身刀にした。
そして回転させながら投げると、高速の車輪のように相手に襲いかかった。
女神は片手で結界を張って受け止める。
しかし双身刀は回転しながら結界を切り裂こうとしていた。
「ふんッ!」
ジョシュが腕を突き出してオーラを送ると、双身刀は回転を増して結界を破壊し、そのまま女神を切り裂いていった。
そして途中で軌道を変えて空に上がると、ブーメランのようにジョシュの手の中に戻ってきた。
「どうだよ、俺の刀の切れ味は?」
女神の身体は大きく切り裂かれ、右の腕が地面に落ちていた。
それを見ていた周りの武術家や魔導士から歓声が上がる。
「すげえぞあいつ!あの化け物の腕を切り落としやがった!」
「どんなに俺達が頑張っても一太刀も入れられなかったのに・・・。」
ジョシュは合わせた刀を解除し、プラズマブレードの左右に差し込んで三つ叉の剣にした。
そして足元に刺さっていた槍を構えて女神に向ける。
「あんたら!この化け物は普通の人間じゃ歯がたたねえ。
闘いを挑んでも無駄死にするだけだ。
あんたらの気持ちは分かるが、ここは俺に任せて街の人達を避難させてくれ!」
魔導士や武術家はお互いに顔を見合わせ、納得したように頷くと、逃げ惑う人々の元へと駆け出していった。
「街の人達は任せろ!」
「あんたも死ぬんじゃないぞ!」
周りに誰もいなくなったことを確認し、ジョシュは女神に顔を向けて尋ねた。
「あのよお、お前の中からよく知ってる気を感じるんだけど・・・。
まさかとは思うが、お前マリオンか?」
女神は何も言わずに落ちた腕を拾い上げた。
それを斬られた肩に当あてると、吸いつくように元に戻っていく。
そしてジョシュの前まで歩いて来て、手を広げて言った。
「さすがはフレイの弟子。大した勘をしている。」
「勘じゃねえよ。俺の隠し武器の攻撃をあっさりとかわしたじゃねえか。
まるで最初から分かってたように。
あれはお前にトドメを刺した武器だからな、お前がマリオンならあの武器を警戒してたのは当然だろ?」
「ふむ。洞察力も大したものだ。」
ジョシュは武器を構えたままさらに問いかけた。
「完全にくたばってなかったのか?レインが消し飛ばしたはずだけど・・・?」
「ふふふ、確かにあの時私の魂は消し飛んだ。しかしあらかじめ女神のほうに自分の精神の一部を宿していたとしたら?」
「精神の一部を宿す・・・?」
不思議そうな顔をするジョシュに、マリオンは胸に手を当てて言った。
「保険だ。私の魂が消滅した時の為に。
元々、女神が動き出せば私は死んでもいいと思っていた。
ただ私が死んだ後に余計なことをする輩がいたら困るのでな。
そして私の憂いは的中し、お前やフレイが無駄にあがいて女神を殺そうとした。
もちろんお前達程度に倒されるようなものなら次世代の神として不要なわけだが、レインは別だ。
あの子の力は計り知れないからな。
レインの力を知った時、私は迷わず保険をかけておいたわけだ。」
「てめえ・・・抜け目が無さ過ぎだろ。敵だけどちょっと尊敬するぜ。」
マリオンは可笑しそうに笑い、腰に手を当ててジョシュを見つめた。
「さっきも言ったが私の魂は消滅している。
要するに、私の本体はもうどこにも存在しないわけだ。
そういう意味では、私はマリオンであってマリオンではない。」
「ふん、小難しいこと言いやがって。マリオンはマリオンじゃねえか。」
そう言い切るジョシュに、マリオンは指を振って否定した。
「違う。魂が無ければ肉体を持って動くことは出来ない。
それならなぜ私はこうしてここに立っていられるのか?
お前には分かるかな?」
「分かるかなって・・・。いったい何が言いたいんだよ・・・?」
警戒するジョシュに一歩近づき、マリオンは両手を胸に当てて答えた。
「簡単なことだ。この中には私ではない魂が入っている。
お前の愛しい妹、レインの魂がな。」
「・・・・・・・ッ!」
言葉を失って驚愕するジョシュに、マリオンはさらに近づいて言った。
「言ったはずだぞ、これは保険だと。そしてレインの力は侮れないと。
女神を追い詰めることが出来るのはレインしかいない。
ならあの子が暴走し、理性を失った時こそ魂を取り込むチャンスではないか。
私の予想通り、レインは何度も女神を粉砕した。
そして女神が再生する度にレインも力を増していき、その分理性は力に飲み込まれていく。
暴走した人間というのは強力なようで脆弱だ。
力に心を支配されたレインは不用意に女神に近づき、あっさりと取り込まれたわけだ。
ここまで思い通りにいくとは・・・まったく素直な娘だよ。
お前は実に良い妹を持っているな。」
マリオンが言い終わるやいなや、ジョシュはブレードで斬りかかった。
マリオンは予想していたように後ろに飛びのき、腕を組んで笑った。
「悔しいか?最愛の妹をいいように利用され、憎き敵の魂となったことが。
ああ、ちなみにこの肉体も素晴らしい。
女神の力と相まって素晴らしい身体だ。お前の父親は中々良い物を造って・・・、」
「黙れよ・・・。」
マリオンの言葉を遮り、ジョシュは拳を震わせて俯いた。
手に持つ槍には赤いオーラが伝わっていき、その形状を変化させていった。
三叉の中心の刃が伸びていき、左右の刃はナックルガードへと形を変えていく。
それは槍というより柄の長い長剣のような形だった。
ジョシュは進化した槍に赤いオーラを纏わせ、顔の前まで持ち上げた。
「さっき言った言葉は訂正するぜ・・・。
敵ながら少し尊敬出来るなんて言ったけど、やっぱりお前はどうしようもないクズだ。
この世界にお前なんか必要ねえ。」
「ほう、ならばどうする?」
マリオンは挑発的に笑い、顎を引いて睨みつけた。
ジョシュは槍を握る手に力を入れ、目の色を赤く輝かせて答えた。
「決まってる。お前の人生に二つ目の黒星をつけてやるだけだ。
そして二度と蘇れないように完全に消滅させる。」
槍を纏う赤いオーラが全身に伝わっていき、ジョシュのオーラが何倍にも膨れ上がる。
「なるほど・・・確かにお前は私に勝っている。
だかな、一度勝てたからといって二度目も同じようにいくと考えるなら、それは子供の甘さというものだ・・・。
その甘ったれた考えを叩き直してやろう・・・お前の命を以ってな。」
マリオンは右手を出して挑発した。
「ほざけ!」
ジョシュは一瞬にしてマリオンの目の前から消えた。
「甘いぞ!」
背後にジョシュの気配を感じて手を伸ばすマリオン。
しかしそこには誰もおらず、マリオンは首筋に殺気を感じて身を屈めた。
マリオンの頭上を赤い閃光が駆け抜けていく。
「速いな・・・。」
一撃目をかわされたジョシュはブレードを突き出して構え、稲妻、炎、氷の力を融合させて光のブレードを造り出した。
そして刃から閃光が放たれ、眩い光で周囲の空間を満たしていく。
「煙幕のつもりか?くだらん。」
マリオンは両手で瘴気を放って光を相殺し、ジョシュに熱線を放った。
しかし熱線はジョシュの身体をすり抜けて屍の山を燃やしただけだった。
「これは・・・幻影か?」
次の瞬間、マリオンの身体に赤い光が蜘蛛の巣のように駆け巡った。
「ぬううう・・・。」
マリオンの身体が細切れになって崩れ落ちる。
ジョシュは槍を地面に突き立てると、両手を開いて細切れになったマリオンに向けた。
掌に開いた穴から波動を放ち、轟音を響かせて地面を抉った。
マリオンの身体は粉々に分解され、ジョシュは槍を握って構え直した。
「おい、この程度じゃくたばらねえだろ。さっさと起きてこいよ。」
ジョシュがそう言うと、抉れた地面の中から粒子が舞い上がり、一か所に集まってスライムのように動きだした。
そして瞬く間に再生していき、何事もなかったかのようにマリオンは元の姿に戻っていった。
「ふむ・・・強いな。一回目に私と闘った時とは大違いだ。」
顎に手を当てて考え込むマリオンは、何かに気づいたようにジョシュに指を向けた。
「お前のマーシャル・スーツ、何か秘められた力があると見た。
あのククリが造ったのだからな、一癖も二癖もある代物なのだろうが・・・。
これ以上力を発揮されると厄介だ。
少し遊んでやるつもりだったが、さっさと終わらせることにしよう。」
マリオンが魔力を放つと、その周囲に六つの宝玉が現れた。
禍々しいオーラを放ち、宝玉に刻まれた紋章が青色に光っていた。
「これはレインの・・・」
「そうだ。このマーシャル・スーツに搭載された最も強力な武器だ。
それぞれの宝玉に強大な力を持った神獣や精霊が宿っている。」
「く・・・。」
ジョシュはシールドを開いて出して後ろへ飛んだ。
「この魔法の威力は知っていような?女神の身体を何度も粉砕した魔法だ。
妹の最強の奥義をもって、お前に引導を渡してやろう。」
マリオンが両手を前に向け、六つの宝玉の魔力がその手の中に集まっていく。
空気と大地を振動させる大きなエネルギーが宿り、マリオンは高く舞い上がった。
「言っておくが女神の力も加わってレインのものより強力になっているぞ。
万に一つもお前が生き延びる可能性は無い。」
マリオンの手の中にある大きなエベルギーが、その言葉が嘘ではないことを物語っている。
防ぐのは無理だと判断したジョシュは、ブースターを噴射して距離を取ろうとした。
「おっと、逃げるのはよくないな。
もしこの魔法の届かぬ場所まで逃げるつもりなら・・・、」
マリオンは街の外を逃げていく人々に目をやった。
「あの連中に向けてこれを撃つとしよう。」
「てめえ・・・どこまで卑劣なんだよ。」
ジョシュは怒りの目で睨みつける。マリオンは口元を笑わせて睨み返した。
「相手の弱みを突く、これが兵法というものだ。フレイに教わらなかったか?」
「師匠はてめえみたいなセコい戦い方はしねえ!
いつだって堂々として、正面から戦いを挑むのがあの人の流儀だ!」
「そうだったかな?私は奴に奇襲を受けた覚えがあるが・・・まあいい。
お前もフレイと同じ場所へ行くがいい、さあ・・・受け取れ。」
マリオンが手の中の強大なエネルギーを放った。
次の瞬間、ジョシュの身体が光りだし、装甲を突き破って光の柱が飛び出してきた。
「うおおおおおおおッ!」
死を覚悟するジョシュだったが、レイドは冷静に話しかけてきた。
《大丈夫だ、私に任せろ》
ジョシュの目が赤から紫に変わる。
そして次の瞬間にマリオンの魔法が炸裂し、大爆発を起こした。
地震のように大地が揺れ、熱風が街の外まで押し寄せてきて、逃げていく人々が何事かとパニックを起こした。
「きゃあああ!」
「何が起こったんだッ?」
街の人々を守るように魔導士と武術家が立ちはだかり、街の方に目をやった。
「なんだあれは・・・。」
ジョシュから二人の子供を預けられた武術家は、息を飲んで街の空を見上げた。
そこには赤く立ち昇る巨大な炎の柱があがっていた。
まるで夕焼けのように空を染め、遠く離れた場所にいても顔を覆いたくなるほどの熱を感じた。
「この世の終わりか・・・。」
武術家の呟きは、その場にいた全員の心を代弁するものだった。
街の上を吹く風が徐々に炎の柱を消していき、その中にマリオンのシルエットが浮かんだ。
彼女の周りの宝玉は未だに輝きを失っておらず、あれだけ強力な魔法を使ってもなお余力を残していた。
「・・・・・妙だな。」
マリオンは腕を組んで爆心地を見下ろした。
「ジョシュの気が消えない。まさかの今の攻撃に耐えたというのか・・・?」
近くに行って確認したいと思うマリオンだったが、何かが心の中で警報を鳴らしていた。
すると溶岩のように沸騰する大地にの中に、強力な気が集まっていくのを感じた。
燃え盛る周りの炎を吸収し、辺りの熱はあっというまに消えていく。
しばらく静観していたマリオンだったが、突然大きな殺気が自分に向けられていること感じてその場から飛び退いた。
「こ、これは・・・。」
マリオンの目に映ったのは無傷のジョシュだった。
胸部の装甲を左右に開き、胸の中に描かれた魔法陣に大きな魔力が集中している。
「これは・・・私の魔法を吸収したのか・・・。
いや、いくらなんでもそれは・・・あれだけのエネルギーを吸収できるなど・・・。」
驚愕するマリオンは、一瞬ジョシュの胸が光るのを見た。
次の瞬間、マリオンの胸から下が消し飛んでいた。
「・・・・ッ!」
マリオンが後ろを振り向くと、一筋の閃光が流れ星のように遠い空を駆けていった。
「あれが私の身体を撃ち抜いたのか・・・。」
遠くに消えて行く光を眺めていると、マリオンの身体に赤い閃光が走り、真っ二つに斬り落とされた。
「よう、万に一つも生き残ったぜ。」
ジョシュは両断されたマリオンの身体を蹴り飛ばし、ブレードから熱線を放って焼き尽くす。
そして地面に着地するとレイドに話しかけた。
「すげえなレイド!よくあんな魔法吸収できたな。」
《マリオンの指摘したことは当たっている。
このマーシャル・スーツは目に見えない力が隠されているのだ。
但しそれを引き出すには、宿主の魂が真の戦士となる覚悟が必要不可欠である。》
「真の戦士となる覚悟?」
《そうだ。今お前が纏っている赤いオーラは真に闘う覚悟を決めた戦士の証だ。
お前も気づいているだろう。
マリオンを倒すということ、それは即ちレインを殺すことだと。》
「・・・・・・・。」
《お前は先の闘いでフレイが言った言葉の意味を、徐々に理解し始めたのだろう?
無差別に罪の無い人々が惨殺され、闘いを挑む者達も紙クズのように蹂躙される。
こんな凄惨なことが許されるはずがなく、ここで終わらせなければならないと。》
「・・・ああ・・・。あの時どうして師匠があんなに怒ったのか、今なら分かるよ。
けど、レインを殺すなんて・・・。」
そう言って押し黙るジョシュにレイドは言った。
《いくら言葉を取り繕おうとも、お前の纏う赤いオーラが全てを物語っている。
そしてこの闘いの後、もしマリオンを倒すことが出来たのなら、お前も死ぬつもりなのだろう?。》
ジョシュは雲が流れていく青い空を見上げた。
まるで、そこに愛しい者達がいるかのように。
「・・・ああ、お前の言う通りだよ。
俺はこの戦いが終わったら死ぬつもりだ。
俺の大切な人は誰一人いなくなっちまうし、そんな世界を生きててもな・・・。
それに何より、レインを殺して俺だけのうのうと生きているわけにはいかねえだろ。
一番愛する者を手にかけるんだ、こっちも同じように命を懸けないと・・・。
俺が死んだらこの身体はお前にやるよ、好きなように生きてくれ。」
悟りを開いたように穏やかな声で語るジョシュ。
しかしレイドはいつものように冷静な言葉を返した。
《それは無理だ。マリオンも言っていたが、魂が無ければ肉体を動かすことはできない。
お前が死ねば、意識だけの存在の私は消え去るだけだ。》
「・・・・・そうか。じゃあ、どうしようかな・・・。
俺の勝手でお前まで死なせるわけには・・・、」
《違う、死ぬのではない。完全に消え去るのだ。
魂を持つ者のように生まれ変わったりは出来ない。》
そこで初めてジョシュの心に躊躇いが出て来た。
申し訳無さそうに俯き、赤く光る槍に目を向けて言った。
「じゃあ、俺はどうすればいい?
生まれ変わることさえ出来ないのに、お前を巻き込むなんて・・・。
レイド、俺はどうすれば・・・。」
《どうもしなくていい。お前はお前の思うようにすればいい。
私はジョシュ・ハートを勝利に導くために生まれた存在だ。その為だけにここにいる。
この闘いで勝利を収めたのなら、お前がどう行動しようと自由だ。
私のことを気にする必要はない。》
ジョシュはもう一度空を見上げた。
流れる雲の景色を邪魔するように、無数の粒子が一か所に集まり始めていた。
「まったくよお、お前は相変わらず味気ないよなあ・・・。」
《余計な感情は闘いの障害となる。
私にユーモアやヒューマニズムを求めているのなら、それは間違いだ。》
「はいはい、分かってますよ。
やっぱり俺の周りには説教臭いというか、融通の効かない奴ばっかだよなあ。」
空に集まる粒子がくっつき合ってスライム状になっていく。
ジョシュは槍を構えて再生していくマリオンを睨みつけた。
「まあどっちにしろ、こいつを倒さなきゃどうにもならないんだ。
けどこう何度も再生されるとやる気を削がれるよなあ・・・。
この化け物はいったいどうやったら倒せるんだよ?」
うんざりする声でぼやくジョシュに、レイドが希望を持たせる言葉を言った。
《大丈夫だ。私の考えが正しければ、奴は完全に再生することは出来ない。》
「ほんとかよ!それってどういうことだッ?」
《まあ見ていれば分かる。》
スライム状の物質がもぞもぞと蠢き、徐々にマリオンの身体を形成していく。
顔が形成され、肩が形成され、胸が形成されていく。
しかし胸から下は中々再生されなかった。
ドロドロとスライム状の物質が落ちていくだけで、胸から下は再生不能というように形を成していかない。
「こ、これはいったい・・・?」
《やはりそうか。私の考えは正しかった。》
「どういうことだよ?」
マリオンは魔力とオーラを溜めて必死に再生を試みようとする。
少しずつではあるが身体は形成されていく。
しかし腐った水飴のように不完全な身体だった。
《なぜマリオンが再生出来ないのか?実に簡単な答えだ。
マリオンはマリオン自身の力によるダメージを回復させることが出来ないからだ。》
「マリオン自身の攻撃?もしかしてさっきお前が撃ち返した魔法が・・・?」
《そうだ。あの強力な再生能力は女神の力によるものだ。
女神の力は根源の世界から得た純粋なるエネルギーだ。
それはオーラや魔法、単純な物理的エネルギーとは大きく異なるもので、相手を殺傷するのに媒体を必要としない。》
「媒体?」
《媒体とはエネルギーを相手に伝える為の手段や条件のことだ。
物理的エネルギーで相手を殺傷するなら、必ず実体を持った物質が必要になる。
これは魔法も一緒で、魔力そのものでは相手を殺傷出来ない。
炎や稲妻、氷や風という媒体が必要となる。
光や闇の魔法も、光の持つ熱エネルギーや、悪魔や怨霊を媒体にして呪術の行使をさせているにすぎない。
オーラも自然そのものの力を体内で練り上げ、相手にぶつけたり自分の身体に纏わせているだけで、自然エネルギーそのものは純粋なエネルギーとは異なるのだ。
しかし根源の世界のエネルギーは違う。これは媒体を必要としない純然たるエネルギーだ。
女神はこの力を元に造られたものであり、これを死に至らしめるには媒体という不純物があってはならないのだ。
同じように純粋なエネルギーをぶつけなければならない。
要するに、マリオンの力そのものがマリオンを滅ぼす剣になるということだ。》
「ははあ・・・。分かったような分からないような・・・。」
《難しく考える必要はない。
先ほどと同じように自身の力を跳ね返してやれば奴を倒せるということだ。
しかし言うは易し、やるは難しだ。
向こうも自分の弱点を暴かれたことで警戒するだろう。
先ほどのように強大な魔法はもう使うまい。
こちらを殺傷するのに最低限の攻撃を、細かく連続的に行ってくるだろう。》
「それじゃあその細かい攻撃を返してやれば済む話だ。
希望を見えたんならやってやるだけだぜ!」
《いや、それは不可能に近い。》
「なんでだよ?あいつの弱点は分かったんだぜ。
今は再生出来ないことに焦ってるみたいだけど、速く仕留めねえとあのマリオンのことだ。何をしでかすか・・・。」
ジョシュは空に浮く不完全な身体のマリオンに槍を向けて言った。
《そう簡単にはいかない。
幸か不幸か、マリオンは根源の力そのものを攻撃に使うことはできない。
もしそれが可能なら我々はとうに葬られているからな。
マリオンは根源の力で攻撃を行うとき、我々と同様にオーラや魔法という媒体を必要とするようだ。
ならばその攻撃を吸収した後、そこから純粋なエネルギーのみを取り出して撃ち返なければならない。
先ほどの魔法を吸収して撃ち返すのに時間を要したのはその為だ。
だから小さな攻撃だけを返して奴を倒すのはかなり無理がある。》
「なるほど・・・時間がかかりすぎるんだな。
それまでこっちがもつかどうかってところだが・・・・・難しいな。
となると、やっぱりもう一度大技を使わせろってことか。」
《そういうことだ。
しかしそれもまたマリオンの慎重な性格から考えると現実的ではない。》
「ならどうすんだよ?
せっかく倒す方法が分かったってのに、このままやられろってのか?」
《・・・・・いや。もう一つだけ方法がある。それはマリオンから・・・・・、》
「危ねえッ!」
頭上から光線が降り注ぎ、ジョシュは後ろへ飛んでかわした。
マリオンが目を光らせてレーザーの雨を降らせてくる。
ジョシュはシールドでその攻撃を跳ね返し、マリオンを焼き払った。
しかしすぐさま再生してジョシュの前まで下りて来る。
「やってくれたなジョシュよ・・・。よもや私の弱点に気づくとは・・・。」
マリオンは胸から下の再生は諦めたようで、傷ついた身体のまま宙に浮いていた。
「気づいたのは俺じゃねえよ。レイドだ。」
「レイド?ああ、その肉体に宿っている人格か・・・。
まったく・・・やはりククリの生み出したものよな。
余計な力が宿っている・・・。」
憎たらしそうに言うマリオンだったが、その顔には余裕が感じられた。
そして無防備にジョシュの近くに寄って口を開いた。
「ふふふ、確かにお前達の考えている通り、私は私自身の力によるダメージは再生できない。
ならばどうするか?
答えは簡単だ、このまま何もしなければいい。」
「なんだとッ?」
「驚くことではあるまい。
私の力が私を傷つけるのなら、私はお前に攻撃を仕掛けない。
それだけのことだ。」
ジョシュは槍を向けたまま可笑しそうに笑った。
そして殺気のこもった目でマリオンを見据える。
「だったらお前も俺を倒せないぜ。それに反撃してこねえなら攻撃し放題じゃねえか!」
ジョシュが振った槍を、マリオンは軽々とかわす。
続けてブレードを突き刺そうとしたが、これも空気を切った。
マリオンは闘うそぶりを見せずにただ防戦に徹していた。
「この!ちょこまか逃げやがって!」
蠅のように機敏に飛ぶマリオンに、ジョシュは矢を放った。
光の矢は逃げるマリオンを追従し、その身体を貫いていく。
続けて放った矢も命中し、動きの止まったところへブレードを振って首を斬り落とした。
「ふふふ、無駄だ。そんな攻撃では私は殺すことは出来ない。」
斬られた首が瞬く間に再生し、マリオンは笑いながら街の外へと飛んでいく。
「待ちやがれッ!」
マリオンを追って飛んで行くジョシュは、眼下でこちらを見上げる人々に気づいた。
マリオンは動きを止め、ジョシュを振り返る。
「さっさと逃げればよいものを、馬鹿な者達よな・・・。」
「おい、何する気だ・・・?」
マリオンに不穏な空気を感じてジョシュは斬りかかった。
「遅い!」
上に飛んでそれをかわすと、マリオンは目から熱線を放って眼下にいる人間を焼き払った。
一瞬のうちに大勢の人達が蒸発していく。
傍観していた人々はパニックを起こして叫び、蜘蛛の子を散らしたように逃げ惑う。
マリオンは熱線を放ち続け、蟻を踏み潰すように無力な人々を蹂躙していく。
「やめろおおおおッ!」
槍を振って赤いオーラの刃を飛ばすジョシュ。
マリオンは嘲笑うかのようにそれをかわし、虐殺を繰り返した。
「ふふふ、どうした。私を止めてみろ。」
笑いながらジョシュの刃をかわし、マリオンは眼下で逃げ惑う人々のところへ下りていく。
「待てッ!」
マリオンは身体にオーラを纏わせ、弾丸のように群衆の中を飛んでいった。
逃げ惑う人達の身体が、砲弾でも浴びたように飛び散っていく。
応戦しようとする魔導士や武術家もいたが、何も出来ずに群衆ごと挽き肉へと変えられていった。
「やめろって言ってんだろ!俺と闘えッ!」
ブースターを噴射させてマリオンの前に回り込むジョシュ。
後ろにいる人々を守るようにシールドを構えて立ち塞がった。
「無駄だ。」
マリオンはまた高く上昇してレーザーの雨を降らす。
阿鼻叫喚の地獄が広がり、街の中と同じように次々と屍の山が積み上がっていった。
「チクショオ!ふざけんじゃねえぞてめえッ!
こんなことして何が楽しいんだ!」
ジョシュは陽炎の歩を使って素早くマリオンの背後に回り込み、槍とブレードを交叉させて斬り払った。
「消えろおッ!」
分断されたマリオンの身体に槍を向け、オーラを螺旋状に溜めていく。
「喰らえ!波動の槍閃!」
オーラの竜巻が轟音とともにマリオンの身体を粉々に砕き、風の力で空中へと吹き飛ばしていった。
「これなら再生するのにちっとは時間がかかるだろ。今のうちに・・・。」
ジョシュは眼下を逃げ惑う人々の元へと飛んでいき、先導するように前に立った。
「みんな!今のうちに逃げてくれ!
力のある者は他の人達を先導してやってくれ!」
ジョシュは群衆を導くように飛んで行く。
武術家や魔導士が人々を守るようにしてジョシュの後を追って行く。
途中で振り返って後ろを見ると、マリオンの粒子が集まりだして再生を始めようとしていた。
《ジョシュ、代わってくれ。》
レイドが表に出て来ると、立ち止まって後ろを振り返った。
《ここにいる全ての魔導士と武術家よ。今すぐ私に魔法とオーラを撃ち込むのだ。》
そう言って胸の装甲を開き、レイドは仁王立ちした。
顔を見合わせて困惑する魔導士や武術家であったが、レイドは声を荒げて一喝した。
《躊躇っている場合ではない。今すぐ私の言う通りにするのだ!》
鬼気迫るレイドの叫びに、魔導士達は戸惑いながらも杖を振りかざして魔法を放った。
胸の魔法陣が光り、レイドは撃ち込まれた魔法を吸収していく。
人々から驚きの声が上がり、武術家達も拳に溜めたオーラを撃ち出した。
レイドは魔法と同様にオーラも吸収し、体内でその力を増幅させていった。
そして踵を返して前を見据え、そのまま上昇していった。
《群衆よ、これより塹壕を作る。轟音と衝撃に備えよ。》
吸収されたエネルギーが胸の魔法陣に集まっていく。
魔法とオーラを混ぜ合わせた強力な力が眩く光り、特大の光線となって発射された。
そして大地に直撃して爆音と砂煙を上げ、群衆は耳を塞いで巻き起こる風から身を逸らした。
もうもうと砂煙が立ちこめる中に大きなが穴が姿を現し、噴火口のように高熱を放っていた。
《仕上げだ。》
ブレードに氷柱を纏わせて冷気の風を放ち、塹壕の中に充満する高熱を相殺していった。
《即席だが上出来だろう。群衆よ、早くこの中に逃げ込むのだ。》
魔導士や武術家がレイドの言葉に頷き、人々を塹壕の中へと避難させていく。
全員が塹壕の中に入ったことを確認すると、レイドはブレードを変化させてシールドと融合させた。
「何をするつもりだ?」
《このままでは上がガラ空きだ。この盾でバリアを張る。》
ブレードの力を融合させてより強力になったシールドを塹壕の上に投げるレイド。
回転しながら飛んで行くシールドに掌から魔力を送ると、塹壕を覆うように光のバリアが出現した。
《しばらくの間はこのバリアが攻撃を防いでくれるだろう》
塹壕の中の人々は不安そうに頭上のバリアを眺めていた。
「すまない。俺が弱いせいで大勢の人達を死なせてしまった・・・。
師匠が生きてたら『何をやっとるか馬鹿者!』って怒鳴られちまうな・・・。」
《仕方がない。我々だけで何の犠牲も出さずにマリオンを止めるのは無理がある。》
慰めの言葉をくれるレイドに、ジョシュは可笑しそうに言葉を返した。
「お前ヒューマニズムは不要だとか、私はそんなものは持ち合わせてないとか言ってなかったっけ?
しっかりあの人達を守ってるじゃねえか。」
《ヒューマニズムから起きた行動ではない。
宿主の意志を尊重し、それに応える行動をしただけだ。
それに群衆が危険に晒されていてはお前も満足に闘えまい?
それは大いに戦闘の妨げに・・・、》
「はいはい、分かりました。そういうことにしておきますよ。」
ジョシュは笑いながら言い、レイドは無言のままマリオンの方に目をやった。
《肉体が減った分再生が早い。あと一分もしないうちに再生するぞ。》
「だな・・・。それよりレイド、お前さっき何か言いかけてただろ。
あいつの攻撃を跳ね返す以外にも奴を倒す方法があるみたいなことを。」
スライム状の身体からだんだんとマリオンの顔が形成されていく。
レイドはそれを見つめながら、いつもと変わらない冷静な声で答えた。
《ああ、もう一つ方法がある。というより今となってはそれが一番確実な方法だろう。》
「それじゃさっさと言ってくれよ。いったいどうやったらあいつを倒せる?」
やや沈黙の後、レイドは胸に拳を当てて答えた。
《マリオンに確実なダメージを与えられるもう一つの方法。
それは魂の力を武器に変えることだ。》
「魂・・・?俺の魂か?それでいいなら早く言ってくれよ。
どうぜ負けたら死んじまうんだから。」
《違う、お前の魂ではない。必要なのはマリオンに宿っている魂。
即ちレインの魂だ。》
「レインの魂・・・?」
ジョシュは嫌な感情が湧き起こってくるのを感じた。
しかしそれは口に出さず、とりあえずレイドの言葉に耳を傾けた。
《マリオンの中からレインの魂を抜き取る。
それを純粋なエネルギーに変換し、槍に纏わせて炸裂させれば必ず致命傷となるはずだ。》
「お、おい、ちょっと待ってくれよ!」
胸の中に言いようの無い不安が広がり、ジョシュは思わず叫んでいた。
「レインの魂を抜き取るだって?
しかもそれをエネルギーに変えて炸裂させる?
そんなことしたらレインはどうなっちまうんだ?」
《消える。死ぬのではなく、魂そのものが消えてなくなり、彼女の存在は魂ごと世界から抹消される。
もちろん生まれ変わることも出来ない。ただ消え去るのだ。》
「ダメだッ!」
ジョシュはレイドの言葉を掻き消すように叫んだ。
「そんな・・・ただ消えるだけなんて・・・。生まれ変わることも出来ないなんて・・・。
しかも魂を武器に変えるなんて・・・。俺にはそんなこと出来ねえッ!」
激昂するジョシュだったが、レイドは諭すように言い返してくる。
《お前は覚悟を持ったのではなかったのか?レインの魂もろともマリオンを打ち砕くと。》
「ああ、そうだよ・・・。けどな、死ぬのと消え去るのじゃわけが違うだろ!
あいつは本当にいなくなっちまうんだぞ!この世にもあの世にも・・・。
それにレイン自身を武器に使うなんて酷過ぎるだろう!
こんなの・・・こんなんじゃあ・・・。」
心の中で項垂れるジョシュに、レイドは変わらずに冷静な言葉を返した。
《迷っている暇などない。すぐにマリオンの再生は終わる。
それに見るがいい、早々に決着をつけなければより犠牲が増えるだけだ。》
レイドは遠く広がる大地の地平線を指差した。
そこには武装した大勢の兵士が迫ってくる姿があった。
「あれは・・・三大組織の増援か?」
《そうだ。はっきりと言ってあれは増援ではなく、ただマリオンに殺されに来ているだけだ。
我々にとっては頭痛の種でしかない。
そして我々にはあの塹壕にいる者達を守るだけで手いっぱいだ。
あの増援が到着したら、お前はまたマリオンによる悲劇の惨殺を見ることになるだろう。
そうなる前にマリオンを倒さねばならない。迷っている暇などないのだ。》
「・・・・・・そんな・・・そんなこと言ったって・・・。」
ここへきて、ジョシュは初めて自分の運命を呪った。
愛する者をとるのか、顔も知らない大勢の人間をとるのか?
それはジョシュにとっては重すぎる決断だった。
「絶対にレインの魂じゃないとダメなのか?同じ魂なら俺のでもいいんじゃ・・・、」
《駄目だ。お前の魂がこの身体から抜けたら動かせなくなる。》
「じゃ、じゃあレインも魂を抜き取るだけでいいじゃねえか!
そうなりゃマリオンは動けないんだし、放っておいても問題ないだろ。
レインは今まで通り俺の肉体に入ればいいさ。」
《何を言っている。いくら動けないといってもマリオンはそのまま残るのだぞ。
奴のことだ、放っておけば必ず何かを企むに違いない。
それに一つの肉体に二つの魂は無理がある。いずれどちらかが消えてなくなるぞ。》
「そりゃそうだけど・・・・・。」
《マリオンの体内にいるレインなら、その魂も根源の力を得ている可能性が高い。
彼女の力ならマリオンを倒せるだろう。
何よりお前ならレインの魂に語りかけて、その力を得ることが可能かもしれない。
これはお前にしか出来ないことだ。》
「レインに直接言うわけかよ・・・。お前の力でマリオンを倒すけど、でもお前は消えてなくなるぞ。けど力を貸してくれって・・・。」
《そういうことだ。》
レイドは身体をジョシュに譲り渡した。
再びマーシャル・スーツの目が赤く光り出す。
《もうタイムリミットだ。マリオンが復活するぞ。》
形を成したマリオンはジョシュを睨み、そしてバリアで覆われた塹壕に目をやった。
しばららくそのまま宙に浮いているマリオンだったが、やがてこちらに向かってくる増援部隊に気づいた。
《ジョシュ、決断をしろ。もう時間がない。》
「・・・・・・・・・。」
マリオンは増援部隊にめがけて飛んでいく。
すぐに後を追おうとするジョシュだったが、何かにつっかえたように体が動かなかった。
飛んで行くマリオンがスローモーションに映る。
景色が色を失くしていく。
鼓動が恐ろしいほど速くなっていく。
マリオンが無抵抗な人々を惨殺していく姿がフラッシュバックする。
シーナのはにかむ顔が切なく思い出される。
フレイの怒る顔が懐かしく映し出される。
ククリの笑う顔が暖かく蘇る。
そしてレインの笑顔が、声が、温もりが鮮明に身体と心を満たしていった。
今までに起きた悲劇が、そして愛しい者達の姿が目まぐるしく交差していく。
最後に・・・レインが振り返って笑う姿がはっきりと見えて、ジョシュは持てる力の全てを解放した。
「うおおおおおおおおおッ!」
ジョシュの身体は赤く燃えだした。
オーラが炎のように立ち昇り、撃ち出された弾丸のようにマリオンに迫って行った。
「マリオオオオオオオォォーンッ!」
マリオンは迫り来る巨大なオーラに気づき、増援部隊の手前で動きを止めて振り返った。
次の瞬間、ジョシュの槍がマリオンの眉間を貫いていた。
ジョシュのオーラがマリオンの身体に伝わっていき、お互いの身体を赤く染めていく。
ただならぬ力を感じるマリオンであったが、余裕を持った笑みでジョシュに言った。
「すごい力を秘めているものだな。しかしこの攻撃では私は殺せんぞ。
何をどうしようとも、お前だけの力では私を葬ることは出来ない。」
「分かってるさ・・・。だから俺だけの力じゃねえ。
俺の一番大事なあいつの力を借りるのさ!」
ジョシュは槍に自分の意識を乗せ、オーラを伝ってマリオンの中に入っていく。
「レイド、しばらく頼んだぜ。」
《任せろ。何があってもマリオンをこの槍から逃さない。》
自分の中にジョシュの意識が入ってくるのを感じて、マリオンは精神防御の結界を張って防ごうとした。
《無駄だ。その程度の結界ではこのオーラは防げない。》
さらに深く槍を刺し込むレイド。マリオンは顔を歪めて問いかけた。
「お前達・・・いったい何を企んでいる・・・?」
レイドはジョシュに言われた言葉を思い出し、可笑しそうな声で返した。
《敵にこちらの考えを教えると思うか?
私はお前のことが大嫌いでな。
そんなことをするくらいなら、怨霊と生死について語り合っていた方がマシだ。》
「貴様・・・造られた人格の分際で・・・。」
口元を歪め、マリオンは初めて怒りを露わにした。
それを見たレイドは満足そうに笑う。
《怒るということは皮肉が通じたのだな。
私にもユーモアのセンスがあるということを、ジョシュが帰ってきたら教えてやらねばな。》
「・・・ふざけおって・・・。」
怒りに身を震わせながら、マリオンは目を光らせて魔法を放った。
しかしどんな魔法もオーラの前に弾かれ、マリオンは悔しそうに舌打ちをした。
「行け、ジョシュ!」
槍にオーラを込め、ジョシュの意識を完全にマリオンの中に押し込むレイド。
「やめろ・・・。」
今までにない危機感を感じてマリオンは顔を歪ませた。
《ほう。お前のような者でも恐怖を感じることがあるのか?
おそらくお前の直感は正しい。
ジョシュは必ずお前の野望を打ち砕く。
それまで我が槍に刺されたまま、恐怖に慄いているがいい。》
「ぐうう・・・おのれ・・・。」
もがいて逃げようとするマリオンを押さえつけ、レイドはただジョシュを信じて槍を握っていた。
*
「なんだこりゃあ・・・何も見えねえ。」
マリオンの中に入ったジョシュは、星の無い夜空のような暗い空間を漂っていた。
意識だけの身体は霊体の時と違って力が出せず、ゆっくりと暗闇の中を進むことしか出来なかった。
遠くに微かにレインの気を感じるが、それ以外には何も見えず、何も聞こえなかった。
「とりあえずレインの気を頼りに進むしかねえな。」
のろのろとしか進めない意識だけの身体にもどかしさをおぼえながら、少しずつレインの気を感じる方へと進んでいった。
しかし途中で何かが追ってくるのを感じ、ジョシュはゆっくりと振り返った。
「来ると思ってたぜ。」
ジョシュの目に映ったのはマリオンだった。
マーシャル・スーツの姿ではなく、人間の姿をしたマリオンだった。
「若造め・・・好きにはさせんぞ。」
「ふん、何偉そうに言ってんだ。
人の魂と肉体を好き勝手に利用してる奴がよ。」
マリオンはジョシュの前まで来ると動きを止めた。
冷静な顔を装ってはいるが、その中には微かに焦りの表情があった。
「で、どうしようってんだ?お互い意識だけの状態なんだ。
闘おうったって力が出ないぜ。どうやって俺を止めるんだ?」
するとマリオンは可笑しそうに顔を歪ませた。
「ここは私の身体の中だぞ。お前と一緒にするな!」
マリオンの魔力が高まっていき、両手から黒いイバラの鞭を飛ばしてきた。
ジョシュに絡みついたイバラの鞭はその身体を締め上げ、意識体を分断しようとする。
「さあ、消えてもらおうか。」
マリオンが両手を交差させてイバラの鞭を引っ張る。
しかし真っ暗な空間に突然赤い光が降り注ぎ、イバラの鞭を焼いていった。
「これは・・・ッ?」
赤い光はマリオンにも降り注ぎ、その意識体を焼いていく。
「言っとくけど、お前の頭には俺の槍が刺さってんだぜ。
そこから中へオーラを送ることくらいわけねえよ、俺の意識を送ったみたいにな。」
「お、おのれえええ・・・・・ッ。」
赤いオーラはマリオンに絡みつき、光の球の中に封じ込めた。
自分の意識体が傷つくのも構わず、マリオンは魔法を放ってオーラの球を破壊しようとする。
「しばらくそうしてな。」
ジョシュはマリオンに背を向けて先を進んでいく。
「待てッ!許さんぞ!私の夢を、野望を打ち砕こうなどと・・・。
私は絶対に許さんぞおおおおおッ!」
背中にマリオンの叫びを聞きながら、ジョシュはレインの魂へと向かっていった。
*
音もなく光もなく、ただ無限の闇が広がる。
レインは自分が女神に敗北し、その中に取り込まれた時から知っていた。
必ずジョシュが助けに来てくれることを。
フレイが死に、ククリも死に、自分も女神を倒せなかった時、一瞬であるが絶望を感じた。
しかしすぐに心の中を照らす光があることに気づいた。
それはジョシュだった。
ジョシュはまだ生きている。
ジョシュなら必ず女神を倒してくれる。
そして自分をここから救い出してくれる。
それはレインにとって絶対的な確信だった。
時間の流れすら分からず、自分がどれだけの間この闇の中にいるのかは分からない。
しかし今のレインには微塵の不安もなかった。
そして以前のように泣きたくなるような孤独を感じることもなかった。
それはジョシュがいるからだった。
女としてジョシュを愛することは終わりにしようと思ったが、こうして闇の中で自分の心と向かい合っていると、完全にその想いが消え去ったわけではないことに気づいた。
それが自分の正直な気持ちであり、誤魔化すことは出来なかった。
そして、そんなそぶりは二度と見せないと決めていた。
自分達は愛する双子であり、誰よりも強い絆で結ばれているのだから寂しがることなど何もなかった。
いずれ自分も誰かを好きになり、その人と結婚したり子供を持ったりするのだろうかと思うと、何とも言えない複雑な気持ちになった。
今までジョシュ以外の男性を好きになったことがなく、例え好きな人が出来てもうまくやれるのだろうかと不安になり、しかしそこには自分の知らない世界があるのだろうと考えるとわくわくする気持ちにもなった。
しかし、今のレインが決めていることはただ一つ、ジョシュが助けに来てくれても絶対に泣かないということだった。
自分は強くなったのだと、本当に成長したのだということを見せる為に。
そうでなければ、優しいジョシュの心をまた縛りつけてしまうだろうと思っていた。
そう決めたはずなのに、自分にジョシュの気が近づいてくるのを感じた時、もうすでに涙が流れていた。
泣かないと決めた自分への約束はあっさりと破られ、レインは自分からジョシュの方へと向かっていった。
その姿が見えた時には、ジョシュの名を叫びながら両手を広げ、勢いよく飛んで行って声を上げながら泣いていた。
抱きついたレインの背中にジョシュの腕が優しく回ってくる。
そっと背中を撫でるジョシュの手の温もりに、レインはわんわんと泣きじゃくった。
優しいジョシュの手、逞しい身体の温もり、しかしその瞳に悲しみが宿っていることを、彼の胸に顔を埋めて泣いているレインは気づかなかった。
ジョシュはレインの頭を撫で、頬を流れる涙を指で拭った。
顔を上げたレインの前には、今までに見たことのないくらい悲しい表情を見せるジョシュがいた。
そして目を閉じてレインの頬に両手を当て、静かに額をくっつけてきた。
辛そうな、そして泣きそうな顔でジョシュは口を開いた。
言いづらそうに、申し訳無さそうに、そして言葉に詰まりながらレインに語りかけた。
レインはただ黙ってジョシュの言葉を聞いていた。
そして全てを言い終えると、「ごめんな・・・・」と呟いて膝をついた。
レインは項垂れるジョシュの頭を抱え、そっと自分の胸に抱き寄せた。
「いいよ。それで全てが終わるなら、私は構わないから・・・泣かなくていいよ。」
ジョシュの口から短く嗚咽が漏れ、レインは彼の頭に頬を寄せて言った。
「その代わり、二つのことを約束して。
この闘いが終わったら、私の分まで生きて。
死ぬなんてダメ、そんなの許さないから。」
嗚咽しながら頷くジョシュを強く抱きしめて、レインは二つ目の約束事を伝える。
「それともう一つ、幸せになって。
好きな人と結婚して、子供を持って、ジョシュも・・・ジョシュの家族も幸せになって。
私のことに縛られて不幸になるのは、絶対にダメだからね・・・。」
ジョシュはレインの頭を抱き寄せ、肩を震わせながら言った。
「約束するよ・・・絶対に・・・。」
抱きしめるジョシュから少しだけ身体を離し、レインはその顔をじっと見つめた。
レインの澄んだ瞳にジョシュが映り、ジョシュの瞳にもレインが映っていた。
しばらく見つめ合ったあと、レインは目を閉じて顔を寄せた。
ジョシュもレインの肩を抱いて目を閉じ、そっと顔を寄せた。
少しの間、二人の唇が重なる。
レインはゆっくりと顔を離し、恥ずかしそうに微笑んだ。
「ジョシュ、愛してるよ。だから絶対に生き延びて・・・。
マリオンをやっつけて・・・この世界を生きて・・・お願い・・・。」
レインはぎゅっとジョシュの肩を握り、濡れる瞳で笑いかけた。
「うん・・・約束する。」
もう一度二人は抱きしめ合った。
レインの身体を大きな力が覆い、抱き合うジョシュを包んでいく。
二人の周りに力の波が渦巻き、一筋の光となって闇を切り裂いていった。
*
レイドは握った槍に大きな力が伝わってくるのを感じた。
《ジョシュ、無事にレインの魂を連れてくることに成功したのだな。》
レイドの身体は近距離からマリオンの魔法を浴び続けてボロボロになっていた。
しかしこの槍だけは手放すまいと強く握りしめて耐えていた。
「なんということだ・・・。おのれ貴様ら・・・ッ。」
《言ったはずだ、ジョシュは必ずお前の野望を打ち砕くと。
彼は私が仕える主人なのだからな。》
槍を伝わってジョシュの意識とレインの魂がレイドの身体の中に入っていく。
「待たせたなレイド!」
《ああ、もう少しで完全に装甲を破られるところだった。
しかしお前ならレインの魂を連れて来ることが出来ると思っていた。》
「レイド・・・あなたもジョシュと一緒に闘ってくれていたのね・・・。
ありがとう。」
《闘うのが私の使命だ。それにまだ大仕事が残っている。》
そう言ってレイドが槍を抜こうとすると、マリオンは身体からイバラの鞭を放ってレイドを巻きつけた。
「逃がさん・・・逃がさんぞレイン・・・。お前の魂は私のものだ・・・。
お前は私の野望の為にあると知れ!」
槍を伝わってマリオンの意識もレイドの中に入って来ようとする。
オーラを溜めてそれを阻止しようとするレイドだったが、マリオンの力は凄まじかった。
赤いオーラを押し返して、槍を伝って侵攻してくる。
「ふふふ、このままお前達の身体を乗っ取ってやる・・・。
邪魔な奴らだけを潰してレインの魂を頂くぞ。」
「おい、まずいぞ!何なんだよこの力はッ?」
《瀬戸際の執念とでもいうのか、常識では考えられん・・・。
ただの精神体にこれだけの力があるとは・・・。》
「ふふふ、魔導はお前達が考えるよりも奥が深い。
精神だけの存在だからこそ発揮できる力もあるのだ!」
マリオンの力に赤いオーラが弾き飛ばされ、槍は根元から折れてしまった。
《むう!しまった!》
レイドの身体の中に入ったマリオンはすぐにレインの魂を見つけ出し、強力な力で縛り上げた。
「きゃあああああああッ!」
「レインッ!」
助けに入るジョシュであったが、マリオンの強大な力に阻まれて弾き飛ばされてしまった。
「ぐう・・・クソ・・・。」
《やめろジョシュ。無茶をすれば意識ごと吹き飛ぶぞ。》
「そんなこと言ったってレインが・・・。」
マリオンに締め上げられ、レインが身体の外へと連れ去られていく。
「ジョシュッ!」
レインは叫んで手を伸ばし、ジョシュはその手を掴もうと向かって行く。
「レインを離しやがれえええッ!」
《待てッ!》
レイドは強制的にジョシュと意識を入れ換え、中に戻っていく。
「おい、何すんだ!」
《さっきも言ったはずだ、無茶をすれば意識ごと消し飛ぶと。
お前には大事な役目があるだろう。ここは私に任せろ。》
「任せろって・・・お前まさか・・・。」
手を伸ばして叫ぶレインに向かって、レイドは弾丸のように飛んで行く。
「ふん、造り物の人格ごときに何が出来る!」
マリオンは魔法を放ち、向かってくるレイドを迎撃しようとする。
青黒い炎がレイドを焼いていくが、それでもその勢いは止まらなかった。
「こいつ・・・自滅する気か・・・」
《その通りだ。》
レイドの意識体から光が放たれ、輝く弾丸となってマリオンを撃ち抜いた。
「このお・・・たかが意識体ごときがッ!」
《レイン、今だ!抜け出せッ!》
怯んだマリオンの隙を見てレインが逃げていく。
それを確認したレイドは、マリオンを押し潰すように身体の外へ追いやろうとした。
「ふざけるなよ・・・。このまま押し切られてたまるか!」
大きな魔力がマリオンの精神体に集まり、レイドに向けて放たれる。
その魔法は光線となってレイドを押し返そうとするが、レイドは怯むことなく突き進んでいった。
「やめろレイド!それ以上無茶したらお前まで消えちまうぞッ!」
《構わない。》
レイドはいつもの冷静な口調で言葉を返してきた。
ジョシュはその言葉に強い覚悟が宿っていることを感じ、何も言えずに黙りこんでしまった。
《何度も言っているが、私は勝利をもたらす為にここにいる。
例え私が消えようとも、この闘いの後、お前が勝利を手にするならそれでいい。》
「レイド・・・。」
悲しそうに呟くジョシュに、レイドは軽快な声でおどけてみせた。
《ああ、そうだ。お前がマリオンの中に入っている間に、私はユーモアというものを覚えたのだぞ。
あれは中々に痛快なものだな。なにせマリオンが悔しそうに顔を歪ませていたのだから。
もし機会があるなら、次は是非お前にも聞かせてやろう。
その時は味気無いだの、冷たいだのとは言わせんぞ。》
ジョシュは泣きそうになるのを堪えながら、同じように軽快な声で言葉を返す。
「へ、馬鹿が・・・最後にカッコつけてんじゃねえよ。
今度会ったら、次はナンパの仕方を教えてやるよ。」
《そうか。ならばその時を楽しみにしている。》
レイドはマリオンの魔法を弾きながら突っ込んでいき、最後の力を放った。
《さらばだ、ジョシュ。》
レイドの意識体が炸裂し、マリオンを身体の外へと吹き飛ばしていく。
「おのれえええええッ!このまま終わらんぞおおおおッ!。」
ジョシュの身体の中から光が溢れ、マリオンの精神体は完全に外へと弾き出された。
「レイド・・・ありがとう・・・。」
精神体となったマリオンは素早く自分の身体に戻り、その身を魔力で包んだ。
ジョシュはボロボロになったマーシャル・スーツの身体を動かし、折れた槍をマリオンに向けた。
「魂の無くなったお前にその身体を動かすことは出来ないぜ。大人しく降参しな。」
「ふふふ、降参だと?馬鹿なことを・・・。」
口元を笑わせて不気味に笑うマリオン。
彼女の魔力はどんどん強くなっていき、周りに六つの宝玉を呼び出した。
「これは・・・またレインの魔法を使うつもりかッ?」
「私を他の奴らと一緒にするな。短い時間なら身体を動かすことも問題ない。
それに魔法なら肉体に関係なく使える。」
ジョシュは胸の装甲を開いて魔法陣を光らせた。
「へへへ、だったら好都合だぜ。その魔法を吸収して撃ち返すだけだ。
そうすりゃレインの魂を使う必要も・・・、」
「誰がお前に撃つと言った?」
「なんだと?」
マリオンは穏やかな顔で笑っていた。
先ほどの焦りと悔しさが混じった表情は完全に消え去り、まるで悟りを開いた僧侶のような顔でジョシュを見つめていた。
「確かに・・・魂を失った今となっては、私の野望を叶えることは無理だ。
この勝負、お前達の勝ちと言っていいだろう。」
「だったらなんで宝玉なんか出すんだよ?やり合ったって結果は見えてんだぜ。」
マリオンは無言のまま上昇していき、宝玉を光らせて魔力を溜めていった。
「待ちやがれッ!」
後を追うジョシュから逃げるでもなく、ある程度の高さまでくると動きを止めた。
「何をするつもりだ?」
穏やかな表情のマリオンに異様な不気味さを感じ、ジョシュは折れた槍にオーラを込めて刃を作り出した。
「どうせ私の野望は砕かれるのだ。
ならばこの身を犠牲にして一矢報いるしかあるまい。
私の持てる全ての魔力を使って、何もかも吹き飛ばしてやるまでよ。」
「そんなことさせるかよッ!」
ジョシュが槍を振りかざすと、マリオンはニヤリと笑った。
「その槍で私を殺せるのか?何の為にレインの魂を取り戻したのだ?」
「・・・・・・。」
「お前はまだレインの魂が消えて無くなることを怯えているのではないか?
覚悟を決めたようで、実はその覚悟は偽りのものではないのか?」
「・・・・・・・・・。」
マリオンは宝玉の魔力を自分の身体に吸収し、ジョシュの方へと近づいていった。
「私に協力するならレインの魂が入れる肉体を作ってやろう。
もちろん私はレイン以外の魂をこの身体に入れる必要があるが、もうお前達には手は出さない。
どうだ?新しい世界で愛するレインと一緒に・・・ッ!」
ジョシュの槍が一閃し、マリオンの言葉を遮って一刀両断した。。
「グダグダうるせえよ。悟りを開いたみたいな顔して、考えてることはそれかよ。
もうてめえの屁理屈は聞き飽きた、何も喋るんじゃねえよ。」
斬られた身体を再生させ、マリオンはジョシュから離れていった。
そして宝玉の紋章を光らせてさらに力を高めていく。
「そうか・・・残念だ。ならば私のこの身をもって全てを破壊しよう。
終わりだ、ジョシュよ・・・。」
宝玉がマリオンの周りを回転しはじめ、今までで最大の力を放っていく。
マリオンの身体は中から光の柱で貫かれ、下は大地に、上は天に突き刺さり、横に伸びた光の柱は水平線より長く伸びていった。
「ジョシュ!やって!私の力を使ってマリオンを倒してッ!」
「・・・・・・・・・。」
ジョシュは槍を握ったまま俯き、心の中で歯を食いしばっていた。
そんな彼を叱咤するように、レインは悲痛な声で叫ぶ。
「マリオンはここにいる人間全員を吹き飛ばして自滅する気なのよ!
私も、ジョシュも、下で見ている人達だって・・・。
けど、あいつはきっと再生してくる!
私達を吹き飛ばして、邪魔者がいなくなった世界でもう一度自分の野望を叶えようとするに決まってる・・・・・・だから迷わないで!私を使って!
マリオンを倒して・・・この世界も・・・ジョシュも生き延びて!
そう・・・・・約束したでしょ・・・・。」
レインの言葉が胸を打ち、ジョシュは迷いを振り払ってマリオンを睨んだ。
「・・・ああ、分かってるよ。」
構えた槍をマリオンに向け、レインの魂を宿らせる。
「・・・行くぞ・・・。」
「うん!最後の闘いだよ、決着をつけよう!」
レインの魂がオーラの槍に吸い込まれていき、赤い刃が青白いエネルギーへと変化していく。
ジョシュはシールドを再生させて魂の槍を差し込んだ。
槍とシールドが合体し、十字架のエネルギー体へと変化していく。
マリオンの身体はガラスのようにヒビ割れていき、体内に溜まった膨大なエネルギーを今にも爆発させようとしていた。
ジョシュは前屈みに槍を構え、ブースターからありったけのオーラを噴射させて飛んでいく。
槍の光がジョシュの身体を覆い、青く輝く十字架が一直線に飛んで行く。
「マリオオオオオオオオオンッ!」
ジョシュを迎撃するように光の柱が伸びて来るが、十字架の槍はガラスのようにそれを砕いていく。
ジョシュとレイン、二人の力が重なり合ってマリオンの身体を貫いた。
十字架の光とマリオンの魔力がぶつかり合い、太陽のように強烈な輝きが辺りを満たしていく。
「ジョシュ・・・レイン・・・。お前達も一緒に・・・私と消えるのだ・・・。」
マリオンの魔法が槍を押し返してくるが、ジョシュはブースターを噴射して耐える。
「どこまでも往生際が悪いぜ!さっさとくたばりやがれ!」
十字架の槍はさらに深くマリオンの身体を貫き、その身体に大きな穴を開けていく。
「・・・・・消えるのだ・・・。何もかも・・・消えてなくなれ・・・。」
光の柱が生き物のように鼓動し、マリオンの中から大きな力が溢れてくる。
大地が揺れ、空が震え、この世界そのものがマリオンに怯えているようだった。
この世の終わりのような光景に、眼下の増援部隊も、そして塹壕の中の人々も、恐怖の色を浮かべて見上げていた。
マリオンの身体が大きくヒビ割れ、中から強大なエネルギーが溢れてくる。
「ジョシュ!今よ、やってッ!」
「ああ・・・分かってる・・・分かってるよ・・・。」
しかしその言葉とは裏腹に、彼の手は震えていた。
ここへ来て迷いを見せる自分を情けなく思いながら、それでもレインの魂を炸裂させることに躊躇いを感じていた。
「ジョシュ・・・。」
レインは幻影のように槍の上に現れ、ジョシュに語りかける。
「迷う気持ちは分かる・・・。
もし立場が逆だったら、きっと私はジョシュと同じことは出来ないから・・・。」
「レイン・・・。」
悲しそうに顔を逸らすレインに、ジョシュは自分の心の弱さを恥じていた。
覚悟を決めて犠牲となるレインは、自分以上の悲しみを抱えているのだと痛感した。
「けど、マリオンを倒さないと・・・。じゃないとまた大勢の人達が死んでしまう。
だからやって。躊躇わず、私の魂を炸裂させて、お願い・・・。」
そう言ってジョシュを見つめ、レインは最後の抱擁をする。
そしてジョシュの耳元で静かに囁いた。
「愛してる・・・。この魂が消えても、ずっと愛してる。
だからジョシュも、私のこと忘れないでね。
縛られるのはダメだけど、たまにでいいから思い出して・・・。
普段は心の片隅でもいいから、たまに陽の当たる場所で思い出して・・・。
そうやって私のことを思い出してくれるなら、私は消えたことにならないから。
ずっと・・・ジョシュの心にいられるから・・・・・・。」
そう言い残してレインの幻影は消えていった。
気がつけば涙が流れていた。マーシャル・スーツの身体から熱い涙がこぼれ落ちていく。
ジョシュは槍を握る手に力を込め、覚悟を決めて叫んだ。
「うおおおおおおおおおッ!」
魂の槍が光りを増し、マリオンの体内で炸裂した。
眩い閃光が地平線まで飛んで行き、光の柱を飲み込んでいく。
マリオンの身体は粉々に砕かれて、放とうとしていた魔法とともに溶けていくように消え去っていく。
星が地上に降りて来たように何もかもが光りの中に飲み込まれ、ジョシュも、地上から見上げる人々も包まれていく。
精神も肉体も、マリオンは跡形残らず光の中で消滅していった。
それと同時に傷ついたジョシュの身体は癒されていき、中から言いようもない暖かい力が溢れてくるのがわかった。
それはまるでレインに抱かれているような暖かさだった。
広がる光はオーロラのように揺らめいて少しずつ弱くなっていく。
消えゆく光の中で、ジョシュは一瞬、レインの姿を見た。
小さく微笑み、囁きながら光の中へと消えていく。
「きっと・・・またどこかで会えるって信じてる・・・さよならじゃないよ・・・。
だから・・・お別れは言わない・・・またね・・・ジョシュ・・・。」
輝く光が消え去り、憎い敵も、愛しい者も、その中に消えていった。
残されたのは静寂を取り戻した世界と、最愛の者を失った一人の青年だけだった。
全ての戦いが終わった空で、ジョシュはただレインの名を叫んで泣いていた。