父なる音楽 母なる絵 光への文章

  • 2014.01.31 Friday
  • 01:23
音楽は 俺を叱り 励まし 力を与えてくれる

絵は 俺に微笑みかけ 優しく抱いてくる

そして文章 これこそが 俺の光への道

音楽は父であり 絵は母である

文章は 苦痛に満ちた天への光だ

 

置いてきたもの

  • 2014.01.31 Friday
  • 01:07
かつて自分が持っていたもの
生きる為に 死を乗り越える為に置いてきた
囲まれた死神の群れから逃げ出すには
命以外の全てを差し出す必要があった
今は何も持っていない
ただ空白の中に 手の届かない光があるだけだ
捨てたものは取り戻せない
例えそれがどんなに重要なものであってもだ
俺は俺でなくなった
かつて描いた夢は 死神に差し出てしまった
許してほしい
お前の人生から 夢から外れてしまった
お前の夢を叶えることは出来なかった
申し訳ない
俺は俺でなくなってしまった
ほんとうに 申し訳ない
俺は俺であって 俺でない
今はただ 抜け出せない光への道にいるのだ
後ろ向きに歩くことは許されず ただ突き進んで行くしかないのだ
この光への道を




 

竜人戦記 番外編 クロス・ワールド(最終話)

  • 2014.01.23 Thursday
  • 19:51
竜人の里の空に、悪魔のような黒い風が渦巻いている。
恐ろしい細菌と、禍々しい呪術を孕んだ魔人の最後の足掻きは、美しい里を死の世界へ変えようとしていた。
それを食い止める為に、ケイトは腕輪に祈りを捧げる。
神に使えるシスターとして、この命に変えても皆を守ろうとしていた。
「ケイト・・・。」
ウェインは傷ついた両腕を押さえ、ケイトの傍に立つ。
「お前は本当に強くなったし、成長した。
今、この里と世界の危機を救えるのは、お前だけだ。」
いつも守られてばかりいたケイトが、今は誰かを守ろうとしている。
腕輪を通して自分の心を見つめ、神に使える意思、そして神の御心に耳を澄ませている。
ケイトは感じていた。今、自分は試されていると。
シスターとして、そして一人の人間として、強く、大きくならなければいけないと。
一切の雑念を捨て、精神を統一し、腕輪の中に全ての心を委ねていく。
すると、腕輪に填められた青い宝石から、涼やかな声が聞こえてきた。
ケイトはそっと耳を澄ます。小川の流れを聞くように、鳥のさえずりを聞くように、ただ無心で耳を傾ける。
《・・・・・お前の心・・・お前の愛・・・全てを・・・この腕輪と一つに・・・・。》
その声が聞こえた時、ケイトは目を開けた。
そして長い金色の神をなびかせ、空を覆う黒い風を見つめた。
「私は・・・この命に換えてもみんなを守りたい・・・。
里の人達も、この世界の人達も、そしてクレアや、彼女の世界の人達も・・・。
この身を捧げて慈愛を貫く・・・それこそが私の意思。それこそが、シスターの務め。
聖者の腕輪よ、私の祈りと願いに応え、悪魔の風を消し去る力を!皆を救う奇跡を!」
ケイトは腕輪を高く掲げる。
すると青い宝石から眩い光が放たれ、疾風のように広がっていった。
「これは・・・なんという力だ・・・。」
ウェインは息を飲んで空を見上げる。腕輪から放たれる光は、破壊の力ではなく、癒しの力であった。
魔を取り除き、光を降らせる神の雨であった。
降り注ぐ光の雨は、瞬く間に黒い風を消し去った。
そして細菌に倒れた者を復活させ、力を与えていった。
「これは・・・まさに奇跡だ・・・。
信じられないが・・・・これをケイトが・・・・。」
ふと見ると、ウェインの両腕も治っていた。
魔人と戦ったダメージや疲れも消え去り、どんどん力が漲ってくる。
「すごいものだ、これがケイトの本当の力か・・・。」
ウェインは感心して光の雨を受け止める。
そしてこの奇跡を起こしたケイトを見つめた。
「ケイト・・・お前はほんとうに凄いやつだ。見直したよ。」
そう言って肩を叩くと、ケイトはフラリト倒れそうになった。
「おい、しっかりしろ。」
腕を伸ばして抱きかかえ、心配そうに顔を見つめる。
するとケイトは薄っすらと目を開け、小さく笑ってみせた。
「ウェインさん・・・私・・・やりました・・・。
みんなを・・・助けることが・・・。」
「ああ、お前はよくやった。もう半人前などとは呼べないな。
ケイトは・・・本物のシスターだ。
ウェインは彼女の手を握って頷きかける。
「まさかウェインさんが、そんなに褒めてくれる日が来るなんて・・・。
ちょっと感動かも・・・。」
長い髪を揺らしながら、ケイトはウェインの肩を掴んで身を起こした。
光り輝く聖者の腕輪は、全ての魔を打ち払うと輝きを失くし、光の雨も消えていった。
倒れていたクレア達は目を開けて身を起こし、晴れ渡る空を見て声を上げた。
「ああ!あの黒い風が消えてるわ!」
「・・・これは・・・いったいどういうことだ?」
トリスは首を捻り、自分の身体を見て不思議そうにする。
「私は確かに細菌に感染したはずなのに、どうしてこんなに力が漲っているんだ?」
「それはケイトのおかげさ。」
ウェインはケイトの背中を押してトリスの前に立つ。
彼女は少し恥ずかしそうに、そして誇らしそうに笑った。
「おお・・・ケイトが我々を救ってくれたのか?」
「ええっと・・・そうみたいです・・・あんまりよく覚えてないんですけど・・。
でも腕輪の声に耳を澄まして、奇跡が起きたところまでは覚えています。
その後は・・・まるで夢を見ているようでした。」
「そうか・・・ケイトはそこまで成長していたか・・・。
これはいよいよ、ケイトを神官と認めて、教会の全てを任せなければいかんかな?」
「い、いえいえ!滅相もない!まだまだ私は未熟者ですから、神官だなんてそんな!」
ケイトは慌てて首を振る。確かに奇跡を起こして皆を救ったが、まだまだ自分は未熟であると自覚していた。
さっきと同じことをもう一度やれと言われても、まったく出来る自信もなかった。
「きっと・・・そんなに甘いことじゃないと思うんです、神に仕えるというのは。
シスターである前に、人間を磨かなきゃいけないし、いつだって落ち着いた心でいないといけないし。
でも・・・私はまだまだオッチョコチョイだし、すぐ怒るし、すぐ拗ねるし・・・。」
胸で手を組み、モジモジと動かして謙遜するケイト。
しかしクレアは首を振り、その手を握って微笑んだ。
「そんなことないわ。あなたがいたから、みんなは助けられた。
それに・・・ロビンだって助けてくれたわ。彼を天国に届けてくれたのはあなたでしょ?
恋人としてお礼を言うわ、ありがとう。」
クレアは真剣な目でじっと見つめ、小さく笑う。
ケイトは初めて彼女に会った時、とてもマリーンに似ていると思った。
顔立ち、綺麗な青い瞳、そして身に纏う雰囲気。
しかし、こうして真っすぐに向き合うと、やはりマリーンとは別人だと分かる。
マリーンはもっと柔和で、優しい表情をしていた。
そしてその奥に、タカの爪のような鋭い闘気を隠し持っていた。
クレアはその逆で、勇ましい軍人の気迫を備えているが、その奥には女性らしい優しさを感じられる。
「クローンじゃないんだから、同じ人間なんかいないよね。
いくら異界の人間でも・・・同じ人なんか二人もいない・・・。
形は似ていても・・・中身は人それぞれだもの・・・。」
ケイトは俯いて一人呟く。
「どうしたの?具合でも悪い?」
心配そうにクレアが顔を覗き、ケイトは「ううん、大丈夫」と手を振る。
そしてウェインの方を振り返り、長い髪を揺らして笑った。
「これで竜人と魔人の戦いは・・・本当に終わったんですよね?」
するとウェインは目を瞑り、腕を組んで遠くの山々を見つめた。
「・・・そう思いたいが、奴の本体はまだ地獄で生きているはずだ。
いつかまた・・・予想もつかない形で復活してくるかもしれない。」
「そんな・・・せっかく勝ったのに、不安になるようなことを言わないで下さいよ・・・。」
「可能性の話をしているだけだ。いくら平和が訪れようとも、気を抜けば一瞬でそれは崩壊する。
魔人だけがこの世に災いをもたらすわけじゃない。
人間でもエルフでも、そして異界の者でも、邪悪に魅入られれば途端に悪魔に変わる。
真に平和な時こそ、決して油断をしてはならないということさ。」
ウェインはケイトの肩を叩き、祠をあとにして里へ帰って行く。
ケイトはその背中を見つめ、嬉しいような、そして寂しいような気持ちでいた。
「心を開いてくれたんだか、それともまだまだ無愛想なんだか分からないな・・・。
でもまあ、ウェインさんらしいといえばウェインさんらしいけど。」
大剣を背中に掛け、堂々と歩いて行くウェインは、一年前と変わらずに逞しい。
しかし、その背中は少しだけ優しく見える。
ケイトはクレアと目を合わせ、「帰ろう」と呟いた。
「私は竜人の里に、クレアは自分の世界に。」
「・・・そうね。早く自分の世界に帰って、モンスターの大将を討ち取ったことを知らせなきゃ。」
クレアは強い目で前を見据え、一瞬祠を振り返ってから歩いて行った。
トリスと老剣士もそのあとを追い、山道へと消えていく。
「どうしたケイト?早く行くぞ。」
トリスに呼びかけられ、ケイトは小さく頷く。
そして遠くにそびえる山々を眺め、奇跡を起こしてくれた神に感謝の祈りを捧げた。

            *

あれから二ヶ月、ケイトはウェインと一緒に古き神を祭った神殿に来ていた。
いち早く異界からの異変を感じ取った神殿は、今ではただ静かに佇んでいるだけだった。
「これが元通りになったということは、異界の騒ぎも治まったということですよね?」
ケイトは、隣で難しい顔で腕を組んでいるウェインに尋ねた。
「そういうことだろうな。トリスに言われて見に来てみたが、あいつの予想通り元の状態に戻っている。
魔人がいなくなったおかげで、異界に現れた魔物たちも力を失い、クレア達が駆逐したんだろう。」
ウェインはいつもと変わらぬ口調で言い、踵を返して帰って行く。
ケイトはじっと神殿を見つめ、忘れ去られた古き神に祈りを捧げ、でこぼことした荒い道を歩いてウェインを追いかける。
「クレアが次元の歪を通って帰る時、私達にこう言っていましたよね?
『この世界と、私の世界は、きっと兄弟みたいなもの。
二度と会えなくても、私達は繋がっている。
だから、あなた達のことは忘れないわ』って。」
「ああ、そんなことを言っていたな。」
「あれって、どういう意味で言ったんだと思いますか?
もしかしたら、またこの世界と異界が繋がるかもしれないってことなんですかね?」
ケイトは若干不安そうに眉を寄せる。もいもう一度クレアと会えるのなら嬉しいことだが、今回のような騒動はごめんだった。
するとウェインは小さく笑い、「分からん」と言った。
「現にこの世界と異界は繋がったんだ。だからもしまた異界と繋がることがあったとしても、まったく不思議ではない。」
「・・・可能性の話ってやつですね?」
「そうだ。あんたも随分物分かりがよくなったじゃないか。
以前ならチンプンカンプンの顔で首を捻っていたくせに。」
「私は成長したんです。もう以前の私とは一足違いますよ。」
ケイトは誇らしげに鼻を持ち上げて言う。しかし足元の石につまずき、思わず転びそうになった。
ウェインはサッと手を伸ばして支え、皮肉めいた口調で笑った。
「まだまだ隙だらけだな。神官になる日は遠そうだ。」
「・・・・・ちぇ。ちょっとカッコつけようと思っただけなのに。」
不満そうに唇を尖らせ、ケイトはスタスタと先を歩いていく。
ウェインはそんな彼女の後姿を見つめ、微笑ましく思いながら神殿を振り返った。
「古の神よ・・・。どうか、異界の騒動はこれっきりにしてほしいものだ。
まああんたに言っても仕方のないことだがな。」
ケイトと過ごした一年は、ウェインという男を少しずつ変えていた。
決して自分の本心を見せる男ではなかったが、今は少しだけ砕けた態度をみせ、本音を語ることがある。
それがいいことなのかどうかは分からないが、少なくとも彼自身は嫌だと感じることはなかった。
「ウェインさ〜ん、行きますよ。」
「ああ。」
あの日、ケイトが降らせた光の雨は、奇跡を起こした。
魔を打ち払い、仲間を癒し、ほんの微かに息のあったコルトとベインも復活を遂げていた。
この世界と異界も本来あるべき状態に戻り、とりあえずは全ての不安は取り除かれた。
しかしウェインは油断しない。
未だに自分の中から消えない戦いの鐘の音は、いつか来たるべき災いへの予兆だと感じていた。
しかし・・・今は束の間の平穏に身を委ね、この里でしばしの安息を楽しみたかった。
変わっていく自分。成長するケイト。
そして・・・かつて共に戦った仲間達が住むこの世界。
ウェインは決意する。
この身に流れる竜の血、この胸に宿る人の心、そして背中に背負う竜牙刀に誓って、己の大切なものを守ってみせると。
その想いはケイトも一緒で、シスターの名に誓って、必ず大切なものを守ってみせると決めていた。
僅かに成長した自分に誇りを持ち、これからも精進を続けて、もっと人の役に立てるシスターになろうと誓っていた。
そして・・・出来ることなら、ウェインが今よりもっと笑ってくれるようになったらと思っていた。
ウェインの笑顔、ウェインがたまにみせる自分の素顔、それらを見る度にケイトの心は弾む。
だがいまのところ、彼を男として意識しているのかどうかは、自分でも分からなかった。
しかしそれでいい。今は、この関係が幸せだった。
「ウェインさん!早くしないと置いて行きますよ。」
ケイトは後ろで手を組み、鼻歌まじりに軽快に歩いて行く。
それは嬉しいことがあった子供のようにも見え、ウェインは思わず苦笑する。
「大人なのか子供なのか、成長したのかしてないのか分からない奴だ。」
二人は並んで歩き、他愛無い会話を楽しみながら獣道を抜けていく。
竜人の里の教会から鐘の音が聴こえ、しばしの平穏を告げるように心地良く鳴り響いていた。

                                          (完)


                                                             

竜人戦記 番外編 クロス・ワールド(11)

  • 2014.01.22 Wednesday
  • 19:47
竜と悪魔、光と闇、そして科学と魔術。
相反する力は衝突を繰り返し、それでもなお力が尽きることはない。
ウェインの剣は魔人を切り裂き、魔人の爪はウェインを抉る。
しかし超絶の再生力と防御力により、いずれの攻撃も致命傷になることはなかった。
「ふふふ、どうしたウェイン。俺に引導を渡すんじゃなかったのか?」
「言われなくてもやってやるさ。しかしこの場所では・・・・。」
ウェインはチラリと竜王の石像を見る。
偉大なる竜族の長は、ウェインを見守るように赤い瞳を輝かせていた。
「お前も俺と一緒で、あの石像が気になるようだな。
それゆえに本気が出せない。」
「・・・・・・・・・・・・。」
魔人は竜王の石像に宿る力を欲している。
だからこそ、祠の中で本気を出すことは出来なかった。
下手をして竜王の石像を破壊してしまえば、お目当ての力は手に入らなくなる。
そして、ウェインもまた竜王の石像を守りたかった。
自分の祖先であり、かつて悪魔の軍勢を退けた誇り高き戦士に、傷を負わせたくなった。
しかし二人の持つ力は凄まじく、手加減をして戦っている以上は決め手に欠ける。
お互いが隙を窺い、最小限の力で敵を仕留めるタイミングを窺っていた。
「竜王の力は欲しい。しかしこのままではジリ貧だ。
ウェインよ、ここは一つ、戦う場所を変えてみないか?
お前とてあの石像は守りたいのだろう?」
「その提案に依存はないが、どうせまた何かを企んでいるんだろう?
・・・・だが、ここで戦えば決め手に欠けるのも事実。
お前の悪だくみに乗ってやろう!」
「ふふふ、それでいい。では俺について来い!」
魔人は翼を広げ、穴のあいた天井に飛び上がって行く。
ウェインもそれを追うように天井に舞い上がった。
「ウェインさん!私も行きます!」
「駄目だ!ケイトはここにいろ!これ以上は命に関わる。」
ウェインは剣を向けて険しい目で睨む。
しかしケイトは首を振り、聖者の腕輪を振りかざした。
「大丈夫・・・。今の私ならきっと役に立てる。
だって、この腕輪の真意を知ることが出来たから・・・。」
「聖者の腕輪の真意だと・・・・?」
「そうです!あの時、悪魔になったロビンを浄化したように、魔人だって浄化出来るかもしれない。
この腕輪は・・・神の御心に身を委ねる者に、真の光を与えてくれる神器なんです!
その時こそ・・・また奇跡が起こせる!」
ウェインは宙に浮きあがったまま、思慮深い目でケイトを見つめる。
ケイトの言葉は本気であり、魔人と戦う覚悟も決めている。
そのことは知っていたが、やはり迷いがあった。
大幅にパワーアップした魔人を相手に、ケイトを守りながら戦えるのか?
一抹の不安が胸をよぎり、素直に頷けないでいた。
するとケイトは、その心を見透かしたように叫んだ。
「私は誰にも守ってもらおうなんて思ってません!
いいえ・・・、それどころか、私が守りたいんです!
この里を、この世界を、クレアや仲間を。そして・・・・ウェインさんを!」
「ケイト・・・・。」
二人はじっと見つめ合う。しばらく沈黙が流れ、初めて出会った時のような、静かな時間が耳に響く。
「ウェインさん。」
ケイトはスッと手の伸ばす。ウェインは目を伏せ、天井の穴を見上げた。
「ふふふ、ウェインよ。こんな時に女と痴話喧嘩か?ずいぶん余裕があるのだな。
もし俺のことが邪魔なら、このまま忘れてもらってもけっこうだぞ。
お前達が恋人ごっこをしている間に、俺は竜王の力を頂くだけだ。」
「・・・・ぬかせ、お前にトドメを刺すまでは、忘れることなど出来ん。」
ウェインはケイトの傍に降りて、そっとその手を握った。
「あんたが俺を守るなんて言う日が来るとは、一年前には思いもしなかった。
しかし、あんたは強くなった。だから・・・また一緒に戦おう。
マルスやマリーン、フェイやリンがいた時のように。」
「・・・はい。今度こそ魔人を倒しましょう!」
ウェインはケイトの手を握って飛び上がり、魔人の待つ地上へと踊り出た。
「待たせて悪かったな。いま叩き潰してやる。」
「ふん、待ちぼうけをさせた奴の態度とは思えんな。
まあいい、今度こそケリを着けてやる。行くぞウェイン!」
魔人は翼のブレードを伸ばし、超高速で飛びかかって来る。
「むうんっ!」
ウェインは大剣を構えて正面から受け止め、すぐさま斬り返した。
魔人はスウェインバックでかわし、手の平の穴からレーザーを放ってくる。
「そんなものは効かんッ!」
片手でレーザーを弾き飛ばし、光の砲弾を撃って反撃する。
しかし光の砲弾は魔人の身体をスルリと抜け、後ろの岩場にぶつかって炸裂した。
「幻術か!」
足元に殺気を感じ、大剣を突き刺す。
すると地面が割れて魔人の爪が伸びてきて、しなる鞭のように襲いかかってきた。
「鈍い!遅い!」
竜巻のように剣を回転させ、一気に爪を斬り払う。
そして高く舞い上がり、離れた所に立つ小屋に向かって光の刃を放った。
「ぐうう・・・。見つかったか・・・。」
幻術で身を隠していた魔人は、ザックリと左の手足を斬りおとされた。
しかしすぐに再生させ、腕から剣を伸ばして飛びかかってくる。
「この程度で俺は倒せないッ!見よ、これぞ科学と魔術の融合だッ!」
両腕から伸びた二本の剣が、プラズマを纏って青く輝く。
そして陽炎のように揺らぎ、無数の刃に枝分かれして斬りかかってきた。
「この程度か?」
ウェインは剣を振り、余裕で捌いていく。
しかし剣のプラズマが放電し、一瞬だけ身体が痺れる。
「くッ・・・・・。」
「ははは、これで終わりだ。死ね!」
揺らめくプラズマブレードはウェインを囲むように六芒星を作りだし、グルグルと回転して高熱の火球を生み出した。
「ぐああああああああ!」
「ははははは!いくら竜人といえど、六万度の灼熱には耐えられまい?
そのまま蒸発するがいい!」
プラズマが生み出す火球は、さらに温度を上げていく。
あまりの高熱に回りの景色が歪んで見え、灼熱の熱風が辺り一面に吹き荒れる。
「きゃああああああ!」
ケイトは聖者の腕輪をかざして身を守る。
淡い光が膜のように身体を包み、灼熱の風を遮断してくれる。
「ウェインさん・・・・今助けます!」
火球に焼かれるウェインを見つめ、祈るように手を組む。
一切の雑念を捨て、ただ神の意志に心を委ねていく。
すると腕輪に填められた青い宝石から光の柱が立ち昇り、ウェインを優しく包んでいった。
「むう・・これはあの女の仕業か。小賢しい!」
魔人はケイトに向けてレーザーを放つ。
高熱のレーザーは光の膜を貫通し、ケイトの肩を撃ち抜いた。
「あああッ!」
「それ、もう一発。」
今度は左の太ももを撃ち抜かれる。
「きゃああああッ!」
激痛に耐えかねて膝をつき、祈りが消えて光の柱が消滅していく。
「はははは!大した力も無いくせに、出しゃばるからこういうことになる。
あの世でウェインが来るのを待っているがいい!」
魔人はケイトの頭に狙いを定め、レーザーを撃とうとする。
しかし銀色の龍が襲いかかり、その腕を喰いちぎっていった。
「ぐああああああ!おのれ、これはウェインの龍・・・・。」
後ろを振り向くと、プラズマの火球は跡かたもなく消し飛ばされていた。
「バースよ。科学という力を得たおかげで、確かにお前のパワーは格段に上がっている。
しかし、それこそが弱点となっているのだ!」
「な、なんだと・・・。今の俺に弱点だと・・・・。」
ウェインは剣を構え、金と銀の龍を刃に纏わせる。
そして最大級の竜気を放って魔人を睨みつけた。
「お前の本来の恐ろしさは、巧みな魔術と戦術だ。
パワーでは俺に劣るが、魔術と呪術を巧みに使うことで、幾度となく俺を苦しめてきた。
しかし、なまじ科学という力を手に入れたが為に、パワーに偏った戦い方をしている。
力と力でぶつかり合うなら、俺の方が上だッ!」
金と銀の龍が混ざり合い、竜牙刀に吸い込まれていく。
そして七色の竜が現れ、ウェインを包み込んで雄叫びを上げた。
「これが最後だバース!肉片一つ残さず粒子に砕かれるがいいッ!」
七色の竜は牙を剥き出して咆哮する。
そしてウェインは剣を突き出し、魔人に向かって突撃していった。
「おのれ、負けるかあッ!」
魔人はプラズマブレードをクロスさせ、黒い稲妻を纏って迎え撃った。
「うおおおおおおおおおおおッ!」
「ぬうううううううううううッ!」
ウェインの大剣と、魔人のブレードがせめぎ合う。
しかし圧倒的にウェインの力が勝り、七色の竜を纏った刃が魔人を貫いた。
「ぐおおおおおおおおおおお!馬鹿なあああああああッ!」
「このまま消え去れええええええええいッ!」
魔人を突き刺したまま、ウェインは空高く飛び上がって行く。
そして剣に力を込めて、七色の竜を解き放った。
「グオオオオオオオオオオオオンッ!」
魔人は七色の竜の牙に貫かれ、雲を突き抜けて舞い上がっていく。
「ぐあああああああああああ!おのれウェイイイイイィィン!」
七色の竜はトドメとばかりに魔人を噛み砕き、宇宙に達するほどの上空で炸裂した。
綺麗な虹色の光が飛び散り、まるで流星群のように降り注ぐ。
魔人は粒子のレベルに砕かれ、塵となって消えていった。
「やった!ついに魔人を倒した!」
ケイトは手を叩いて喜ぶ。
しかし何者かに首を掴まれ、ギリギリと締め上げられた。
「ああああああああ!」
「ケイト!」
ウェインは慌ててケイトの前に降り立つ。
そして彼女を締め上げる男に向かって剣を構えた。
「・・・ロビン・・・。またクローンで復活させられたのか・・・。」
「・・・・・・・・・・・。」
ロビンは虚ろな目でケイトの首を絞める。そしてニヤリと笑って目を光らせた。
「チッチッチ。なってないぞウェイン。俺を甘く見過ぎだ。」
「その声はバース・・・。貴様、どこまでしぶといんだ・・・。」
「ふふふ、さっきお前が言ったじゃないか。
俺の強さは、魔術と戦術の巧みさだと。だからほら、こうしてクローンを使って復活し、人質まで取ってやったぞ。」
「・・・貴様・・・。相も変わらず狡猾な奴だ。」
「おっと動くな。この女がどうなってもいいのか?」
ロビンの姿をした魔人は、ギリギリとケイトの首を締め上げる。
「ああああああああああ!」
「やめろ!そいつを放せ!」
「断る。もしこの女が大事なら、剣を引っ込めてもらおうか。
そして俺が竜王の力を頂くまで、そこで大人しく見ていろ。」
「くッ・・・・。俺としたことが迂闊だった。」
悔しそうに顔を歪め、ウェインはゆっくりと剣を下ろす。
するとケイトは首を振り、「ダメ・・・」と呟いた。
「竜王の・・・力を奪われたら・・・・地獄の門が・・・・開かれちゃう・・・。
それだけは・・・・絶対に・・・・、あああああああ!」
「やめろバース!」
「ふふふ、なかなか気の強い女だが、しょせんは人間。俺に抗う力などない。
さあ、ウェインよ。そこでじっとしていろ。下手な動きをみせたら、この女が死ぬぞ。」
「・・・くッ・・・。おのれバース、許さんぞ・・・・。」
何とか隙をみてケイトを助けようとするが、魔人はしっかりと彼女の首を掴んでいる。
下手に動けば一瞬でケイトは殺される。
ウェインは歯軋りをしながら、ただ黙って見ているしかなかった。
しかし、そこでふと考えた。
なぜ魔人は、ロビンの姿で復活したのかと。
竜王の力を得る為か?
いや、もしそうなら、まず自分の身体を復活させて、それからロビンのクローンを作るはず。
ならなぜロビンの姿で・・・・?そう考えた時、ふと閃いた。
「そうか・・・。クローンの力は完璧ではないんだな。
分割すればするほど、バースの魔力は弱くなっていく・・・。
本来ならば、ケイトを人質に取るなど姑息なことはしないはずだ。
あいつも相当追い詰められているということか・・・。」
ウェインは呟き、魔人を睨む。
しかしいくら力が弱まっているとはいえ、放っておけば何をしでかすか分からない。
今ここで確実にトドメを刺さなければ、いつか必ず力を取り戻し、災いを振りまく。
だがクローンの力がある限り、トドメを刺してもキリがない。
追い詰められているのは、魔人だけではなくウェインも一緒だった。
「さあ、それでは祠に戻ろうか。女よ、無駄な抵抗はするなよ。」
魔人はケイトの首に腕輪を回し、祠の入り口へ向かって行く。
しかしその時、「止まりなさい!」と高い声が響いた。
「お前は異界の女・・・。」
「ケイトを離すのよロビン!あなたはそんなことをする人じゃないでしょう?」
クレアは銃を構えて狙いを定める。
「待てクレア!あれはロビンではなく魔人なんだ!」
「分かってるわ。あれはロビンの気配じゃない。ロビンの皮を被った悪魔よ。
だからこそ、ここで仕留めないといけない。
ロビンの為にも、私達の世界の為にも!」
クレアは軍人の顔に戻っていた。
凛々しい表情は微塵の迷いもなく、戦いの覚悟を決めた戦士の目をしていた。
「ふふふ、異界の女よ。愛しい恋人を撃てるのか?
これはお前を愛した男だぞ。撃ってもいいのか?」
「ええ、撃てるわ。」
クレアは平然と答えた。
「ここへ来てからショックなことばかりで混乱していたけど、今は違う。
私はラーズの星を守る軍人!悪魔の戯言にはもう惑わされない!」
クレアは銃のスコープを覗き、魔人の額に狙いを定める。
すると彼女の後ろからトリスと老剣士が走って来た。
「ウェインよ!クレアが銃を撃ったら、灼熱の竜巻を放ってくれ!」
トリスは鬼気迫る声で叫ぶ。
「なぜだ?そんなことをしたらここにいる者達は・・・。」
「それでも構わん!クレアの銃に込められた銃弾は、細胞の分裂を無力化する細菌兵器なのだ!」
「細菌・・・兵器・・・?」
「もしその細菌がばら撒かれれば、この辺り一帯は死の世界になる!下手をすれば他の場所にまで被害が及ぶ。」
「なんだと!そんな危険な物を使わせる気か!」
「仕方がないのだ。これ以上魔人を分裂させるわけにはいかん・・・。
だから・・・・、クレアが銃を撃ったら炎の竜巻で細菌を焼き払ってくれ。」
ウェインは眉を寄せて険しい顔をする。そしてケイトの方を振り向き、大きく頷いた。
「確かに・・・それしか方法が無さそうだ。
ケイト、お前は絶対に助けてやる!だから・・・安心していろ。」
そう言って小さく笑いかけると、ケイトはコクリと頷いた。
「待て!この女がどうなってもいいのか!
そんな兵器を使えば、この女まで一緒に・・・・、」
「いいや、その前に俺が助ける。死ぬのはお前だけだ。」
ウェインは剣を構え、いつでも飛びかかれるように足を踏ん張る。
そしてクレアを見つめて言った。
「やれクレア!お前の手で、奴にトドメを刺してやれッ!」
「当然よ!あなたが犯した罪の報い、この銃弾で受けるがいいわッ!」
「やめろ!」
魔人はケイトを盾に身を隠す。
しかしクレアは構わず銃を撃った。
それは魔人とはまったく違う方向に飛んでいき、硬い岩に当たって跳ね返った。
「がはッ!」
細菌兵器を内蔵した弾丸は、跳弾となって魔人のこめかみを貫いた。
弾丸は魔人の頭の中で炸裂し、細胞の分裂を阻止する細菌が一気に溢れ出す。
それは瞬く間に身体じゅうに行き渡り、分裂の阻止と共に、細胞の破壊も始まる。
「・・・ごご・・・がはあああああ・・・・。」
魔人はケイト首を押さえて苦しみ、天を仰いで血を吐いた。
ウェインはその隙に一瞬で距離を詰め、魔人の腕を斬り落としてケイトを救い出した。
「ケイト!大丈夫か!」
「・・あ・・あああ・・・・・・。」
弾丸から放たれた恐ろしい細菌は、魔人の近くにいたケイトにも感染していた。
ガクガクと肩を震わせ、苦しそうに顔を歪めている。
「大丈夫だ!すぐに助けてやる!」
ウェインは右手に黄金の竜気を纏わせ、一点に収束させてケイトの胸に打ち込んだ。
「むうん!」
「ああ!」
ビクンとケイトの身体が跳ね、暖かい竜気が体内を駆け巡っていく。
竜の持つ強い生命力が身体を満たし、瞬く間に細菌を駆逐していった。
「ああ・・・・ウェインさん・・・。」
「よかった。無事でよかった・・・。」
「私・・・また守られちゃいましたね・・・。私が守るなんて、偉そうなこと言ったのに・・・。」
「いいさ、魔人さえ倒せれば問題ない。そして、お前が無事ならそれでいい。」
「ウェインさん・・・。」
ウェインの言葉に、ケイトは小さく微笑んで目を閉じた。
「さあ、お前はここにいろ。俺には最後の仕上げが残っている。」
ウェインは剣を振りかざし、大地を蹴って回転した。
「むうううんッ!」
灼熱の炎を纏う竜巻が立ち昇り、凄まじい熱風で細菌を吸い上げていく。
「これで終わりだ・・・・。」
ウェインはゆっくりと剣を下ろしながら呟く。
しかし魔人の黒い爪が伸びてきて、両腕を斬られてしまった。
「がはあッ!馬鹿な・・・。」
「ウェイイイイイン・・・・・。
このままでは終わらんぞ・・・。せめて・・・せめてお前らも道連れだ・・・・。」
魔人は最後の力を振り絞り、ゾンビのような姿で黒い息を吐き出した。
「ああ・・・なんてこと・・・・。」
魔人の放った黒い息は、炎の竜巻を飲み込んでいく。
そして辺りに漂う細菌を活性化させ、風に乗せてばら撒いていく。
「ダメ!そんなことしたらみんな死んじゃう!」
ケイトは手を伸ばして叫ぶ。
黒い風を吸い込んでしまったトリスや老剣士、そしてクレアは苦しそうに胸を押さえて倒れていく。
その風はさらに広がり、里じゅうの人間が細菌に侵されて倒れていった。
「ふははははは!ウェインよ、くやしかったらこの風を止めてみろ!
その傷ついた腕では無理だろうがな、ははははは!」
「バース・・・。おのれえええええッ・・・・。」
「ふふふ、これにて竜人と魔人の戦いは終わりだ。
ウェインよ、俺の最後のプレゼントを有難く受け取れ!
はははははは!」
魔人は再び黒い息を吐き出し、乾いた砂となって消えていった。
「バースめ・・・。最後の最後でこんな足掻きをみせるとは・・・。」
ウェインは立ち上がり、剣を握ろうとするが、手に力が入らなかった。
「くそッ・・・。あの爪には細菌と呪術がかかっていたか・・・・。
しばらく傷は治りそうにないな・・・。」
ウェインは悔しそうに黒い風を見つめる。細菌と呪術が混ざり合った風は、里を死の世界に変えようとしている。
このまま放っておけば、風は気流に乗って広がり、さらに大きな被害で出る。
しかし今の自分にはどうすることも出来ず、歯を食いしばって見ているしかなかった。
「・・・大丈夫です、ウェインさん。私が・・・私がみんなを助けてみせます。」
「ケイト・・・・。」
ケイトは長い髪を揺らし、二コリと笑いかけた。
「ウェインさんは竜人だからともかく、私も細菌には感染していません。
それはきっと、この腕輪のおかげ・・・・。」
聖者の腕輪は淡い光を放ち、ケイトを細菌から守っていた。
「だから、この力をもっともっと引き出せば、みんなは助かるはず。
私はもう一度この腕輪で奇跡を起こして、みんなを守ってみせる!」
ケイトは目を閉じ、聖者の腕輪を握って祈りを捧げる。
魔人の残した黒い風は、里の空で悪魔のように渦巻いていた。

竜人戦記 番外編 クロス・ワールド(10)

  • 2014.01.21 Tuesday
  • 19:47
竜王が祭られる静寂な祠に、空気を切り裂く轟音が響き渡る。
竜人と魔人、大きな二つの力がぶつかり合い、巨大な竜王の石像が揺れている。
「むうう・・・なんと凄まじい戦いだ。
これがウェインと魔人の力か。とても人間が太刀打ち出来るものではないな。」
トリスは傷ついた身体を起こし、竜王の石像へ向かった。
「ふむ・・・まだ力は奪われていないな。今のうちになんとか魔封じの儀式を・・・。」
そう呟いた時、誰かがトリスの腕を掴んだ。
「誰だッ!」
慌てて飛び退き、剣を構える。
「お前は・・・魔人が呼び出した男・・・。」
「・・・・・・・・・。」
ロビンのクローンは虚ろな目でトリスを見つめる。
まるで死人のような顔でフラフラと立ち、小さく口を動かして呟いた。
「・・・オレハ・・・ダレダ・・・?
オレノ・・・ナマエヲ・・・オシエテ・・・クレ・・・。」
「お前は・・・・魂が入っていないのか?」
トリスは剣を下ろし、ゆっくりとロビンに近づいた。
「人でありながら、人成らざる雰囲気・・・。
しかしゾンビのようなアンデッドとは違うな・・・。
これは魔人が言っていた、異界のクローンという技術か。」
トリスはそっとロビンの胸に手を触れる。心臓の鼓動が手の平に伝わり、確かに生きていることを感じる。
しかしその鼓動は、機械的で、そして切ないほど悲しい音に聞こえた。
「・・・お前は、本当は天に召された人間なのだな。
無理矢理肉体を復活させられ、行き場を失くして嘆いている。
何とかしてやりたいが、私だけの力ではどうすることも出来ない。
・・・・・すまんな。」
「・・・・・・・・・・・・。」
ロビンの瞳が僅かに揺れ、トリスの横を通り過ぎて竜王の石像の前に立った。
そしてそっと手を触れ、目を閉じて天を見上げる。
「・・・オオキナ・・・チカラヲ・・・カンジル・・・・。
コノチカラヲ・・・・オレノ・・・タマシイ二・・・シタイ・・・・。」
切ない呟きは竜王の石像に宿る力を引き出し、ロビンの手に吸い込まれていく。
「よせ!その力を吸収してはならん!」
トリスは慌てて止めに入るが、ロビンに突き飛ばされて床に倒れ、頭を打って気を失ってしまった。
「・・・モット・・・チカラヲ・・・・。
オレニ・・・・タマシイヲ・・・・・・。」
竜王の石像から流れ込む力が、ロビンの胸に集まって行く。
神聖な竜王の力が、新たな魂を生み出して命を与えようとしている。
人の姿を持つ生き物から、本当の人間へと変えようとしている。
「・・・アア・・・・アタタカイ・・・・モット・・・ヒカリヲクレ・・・。
オレヲ・・・イノチアルモノ二・・・・ニンゲン二シテクレ・・・。」
ロビンの目から涙がこぼれ、分厚い胸板を伝っていく。
彼の肉体は熱を持ち、全身が鼓動を始めて魂の形成を促していく。
しかしその時、祠の扉が開いてケイト達が現れた。
「ウェインさんッ!」
部屋に入るや否や、ウェインと魔人の激しい戦いを見て叫び、聖者の腕輪をかざして駆け寄った。
「待てケイト!近づいていかん!」
「離して下さい!私も一緒に戦うんでうす!一年前みたいに、命を懸けて戦わなきゃ魔人は倒せない!」
老剣士の腕を振り払い、ケイトはウェインの元へと駆けて行った。
「まったく・・・無茶なことを・・・。」
老剣士は顔をしかめ、祠を見渡して仲間に指示を出した。
「おい、倒れている者を介抱してやれ!」
魔人の稲妻にやられた学者に駆け寄り、傷を癒していく魔術師たち。
老剣士は竜王の石像の方へ走り、トリスを抱き起こした。
「トリス殿!しっかしなされいッ!」
「う・・・うう・・・・。」
頭を振って顔を押さえ、トリスはゆくりと身体を起こした。
「おお、皆来てくれたのか!」
「ええ、ウェインが魔人を倒した後に、慌ててこちらに走って行ったものですから・・・。」
そう呟いて祠の中央を見つめ、「魔人、まだ生きていたか・・・」と口元を歪めた。
「奴は異界のクローンという技術によって、肉体を分割出来るのだ・・・。」
「クローン?」
「ああ、そしてそこに立つ男も、おそらくクローンだ。
早く竜王の力を吸収させるのを止めないと。」
老剣士の肩を掴んで立ち上がり、フラフラとロビンの元へ向かう。
すると誰かが肩を突き飛ばしてロビンの方へと走って行った。
「ロビンッ!生きてたのね!」
クレアが泣きながらロビンに抱きつき、逞しい胸板に頬を寄せる。
「よかった・・・。てっきり死んだと思ってた・・・・。
よかった・・・・・。」
指で涙を拭い、鼻をすすってロビンを見上げる。そして長い髪を揺らして二コリと微笑んだ。
ロビンはクレアの頬に手を触れ、そして顔を近づけて口を開いた。
「君は・・・・誰だ?」
「だ・・・誰って・・・クレアじゃない!あなたの恋人を忘れたの?」
「クレア・・・・?分からない。僕は・・・今さっき生を受けたばかりだ。
だから・・・誰も知らない。僕の名前すらも・・・。」
「そ、そんな・・・・。どういうこと!まさか記憶喪失に・・・・、」
そう言いかけた時、トリスが彼女の肩を叩いた。
「クレア、残念だが、彼は君の知る男ではない。」
「どういうことよ・・・。どう見たって、彼はロビンじゃない!」
「確かに外見はそうかもしれん。しかし、魂は違う。」
「魂が・・・違う・・・?」
「今の彼は、おそらくクローンとよばれるものだ。魔人が異界の技術を取り込み、その力を使って生み出したのだ。
そして竜王の石像から力を得ることで、新たな魂を得た。
だから・・・彼はロビンであってロビンではない。姿形の似た、まったくの別人だ。」
「そ、そんな・・・・クローンだなんて・・・・そんなこと・・・。」
クレアはよろめき、ロビンがサッと支える。
そして顔を近づけ、もう一度語りかけた。
「なあ、教えてくれないか?ロビンって誰だ?僕の名前か?そして君は誰だ?」
ロビンは真剣な目で真っすぐに見つめる。
クレアはその視線に耐えかねて顔を逸らし、口元を覆って泣き始めた。
「・・・ひどいわ・・・こんなの・・・・。
こんな、こんなことって・・・・。」
「君はどうして泣いているんだい?僕の恋人だって言ってたけど、それは本当なのかい?
なあ、教えてくれよ。僕は誰なんだ?君とはどういう関係なんだ?」
ロビンはクレアの肩をつかみ、小さく揺さぶる。
その目は恐ろしいほど真剣で、自分が誰なのかを本当に知りたがっていた。
「頼む、僕のことを知っているなら教えてくれ!」
「やめて!ロビンの顔で・・・ロビンの声で・・・私に語りかけないで!」
クレアはロビンを突き飛ばし、祠の出口へ走った。
すると魔人の放った黒い炎弾が、ウェインの剣に弾かれてこちらに飛んで来た。
「危ないッ!」
ロビンは咄嗟に駆け出し、クレアを突き飛ばした。
そして黒い炎弾の爆風に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「ロビンッ!」
クレアは身体を起こして駆け寄り、ロビンの肩を抱き起こした。
「ロビン!しっかりして!」
「・・・・ああ・・・力が・・・入らない・・・・。」
ロビンは重傷を負っていた。身体の半分が焼かれ、爆風によって右の手足が吹き飛んでいた。
大きな傷からダラダラと血を流し、そっと手を持ち上げてクレアに触れる。
「ロビン・・・・。」
クレアはその手を掴み、濡れる瞳でロビンの顔を抱き寄せた。
「・・・不思議だな・・・・僕は・・・・どうして君を・・・助けたんだろう・・・。
初めて会った女性なのに・・・・なぜか・・・勝手に身体が動いて・・・君を守っていた・・・。」
ロビンは虚ろな目で宙を見つめる。クレアは彼の手を握りしめ、首を振って答えた。
「ごめんなさい・・・ひどいことを言って・・・。私は・・・・あなたの恋人だったクレアよ・・・。
そして・・・あなたの名前はロビン・・・。誰よりも勇ましくて、堂々とした誇り高い軍人・・・。
私は・・・そんなあたなに惹かれて・・・恋人になった・・・。
あなたは・・・ラーズという星の、ロビンという男・・・。私の愛した男よ・・・。」
クレアの涙はロビンの頬に落ちる。そして、ゆっくりと伝って床に流れていった。
「そうか・・・僕の名前は・・・ロビンか・・・。
ラーズという星の軍人で・・・クレアの恋人・・・・。
・・・よかった・・・自分が誰なのか・・・知ることが・・・でき・・・・て・・・・・。」
そう呟いたきり、ロビンは動かなくなった。薄っすらと目を開け、小さく笑ってい天を見つめていた。
「ロビン!ねえロビン!嫌よ!もう私を置いていかないでよ!ねえロビン、ロビイイイイイイインッ!」
クレアは強くロビンを抱きしめる。死した彼は魔人の魔術が解けて、灰色の煙へと変わっていった。
その中から小さな白い骨が現れ、クレアはそっとその骨を拾い上げた。
「これは・・・ロビンの骨だわ・・・。
魔人は、これを使ってロビンのクローンを・・・・・。
許さない、絶対に許さないわッ!」
ロビンの骨を握りしめ、そっと胸のポケットにしまって魔人を見上げた。
「私・・・あなたの仇を討ちたい・・・。だから、絶対にやっちゃいけないことをやるわ!
あの魔人を滅ぼす為に、あの武器を使う!」
クレアは拳を握って立ち上がり、トリスに駆け寄った。
「ねえ、私から取り上げた武器を返して!あの中に魔人を倒せるかもしれない武器があるの!」
「それは本当か!」
クレアは頷き、そして躊躇いがちに目を伏せた。
「ほんとうは・・・・絶対に使ってはいけない武器なの・・・。
この世界へ来る時、万が一の為に渡された恐ろしい武器、それを使うわ!」
トリスと老剣士は顔を見合わせ、険しい顔で眉を寄せた。
「とりあえず話を聞こう、私の家に向かいながらな。
そして、その武器の使用を認めるかどうかは、それから判断させてもらう。いいな?」
「分かったわ・・・。」
トリスは小さく頷き、老剣士に指示を出した。
「ウェイン以外の者はここから避難させろ!我々がいては足手まといになるだけだ。」
「分かりました。しかし・・・ケイトはどうしますか?ウェインと一緒に戦うと言ってききませんが・・・。」
ウェインと魔人の繰り出す激しい戦いの傍で、ケイトは祈るように手を組んでいる。
いつ流れ弾が飛んで来て死ぬかも分からないのに、微塵の恐れも見せずにウェインを見守っている。
「・・・構わん。ケイトは一年前に、ウェインと共に魔人と戦ったのだ。
そして今回も、きっと彼の力なってくれるだろう。」
「・・・・そうですな。では我々はすぐにここを出ましょう!」
老剣士は大声で退避を呼び掛け、皆を先導して祠から出て行く。
「ウェイン、ケイト・・・頼むぞ。お前達なら、きっと魔人を倒してくれると信じている。」
トリスは入り口で振り向き、激しいを見つめて呟いた。
 

竜人戦記 番外編 クロス・ワールド(9)

  • 2014.01.20 Monday
  • 16:47
竜王の祠に続く山道の前で、魔人と里の者達との戦いが繰り広げられていた。
老獪な剣士は巧みな技で敵を翻弄し、熟練の魔術師は多彩な魔術で攻め立てる。
「さすがはウェインを育てた者達・・・人間といえど一筋縄ではいかんか。」
「当然だ。これより先は偉大なる竜王が眠る神聖な場所。一歩たりとも進ませんぞ!」
老獪な剣士の刃が魔人を斬りつける。
「ぬうう・・・見事な技だが、しょせんは人間。
ウェインの足元には及ばんな。もうお前達に構っている暇はない。
まとめて消え去れ!」
魔人は地面に手を着き、呪いの吐息を吹きかける。
すると大地に東洋の呪殺文字が浮かび上がり、悪霊の手が伸びてきた。
「面妖な技をッ・・・・。」
老獪な剣士は悪霊を斬りつけるが、次から次へと湧いて来る亡者に身体を掴まれた。
「ぬおおおおおお!」
「はははは!そのまま地獄へ引きずり込まれるがいい!」
悪霊に続いて鬼や悪魔の手も伸びて来て、皆を地獄へ引きずり込もうとする。
「うおおおおおお!」
「この!離れろ!」
達人であるはずの剣士や魔術師は、成す術なく翻弄され、追い詰められていく。
そこへ魔人の爪が、しなる鞭のように襲いかかった。
「ぐはあッ!」
「ぐおおッ!」
鋭い爪が身体を抉り、赤い鮮血が飛び散る。
「ははははは!雑魚の分際で私に挑もうなどと、思い上がりも甚だしい。
地獄で永遠に苦しむがいいッ!」
魔人の手から黒い稲妻が放たれ、里の戦士達を苦しめていく。
「ぬあああああああああッ!」
「ぐおおおおおおおおッ!」
圧倒的な力の差と、限界を越える苦痛が襲い、老獪な剣士は堪らず膝をついた。
「すまん、トリス殿・・・。我々はここまでのようだ・・・・。
どうか・・・・竜王の石像を・・・守って・・・・・、」
諦めの入った声で呟こうとした時、一筋の銀色の光が大地に突き刺さった。
「これは・・・・。」
大地に刺さったのは、銀色に輝くウェインの大剣だった。
刀身から放たれる強力な竜気が、地面に広がる呪いを打ち消していく。
そして灼熱の業火を纏う竜巻が駆け抜け、魔人を飲み込んでいった。
「うおおおおおおお!おのれウェインッ!」
魔人は爪を伸ばして炎の竜巻を切り裂く。
すると次の瞬間、ウェインの拳が腹を貫いていた。
「がはッ・・・。貴様ッ・・・・!」
「これで終わりだバースよ。二度と復活出来ぬよう、塵に還れえッ!」
ウェインの拳から眩い竜気が放たれ、魔人の身体を吹き飛ばす。
「ぐおおおおおおおッ!まだだ!この程度でッ!」
魔人は黒い霧になって逃げようとする。
「逃がさんッ!」
ウェインは地面に手を向け、「戻れ!」と叫ぶ。
すると大地に刺さっていた大剣が宙に浮き、ウェインの手に飛んできた。
「バース!これで最後だッ!おおおおおおおうッ!」
大剣から黄金の光と銀の光が立ち昇り、龍に姿を変えていく。
「龍の牙と爪に貫かれ、永遠に消え去れいッ!」
頭上に構えた剣を振り下ろすと、二匹の龍が魔人に喰らい付いた。
そして螺旋状にうねって遥か上空まで舞い上がり、四方八方に光の筋を放ちながら炸裂した。
「うううおおおおおおおお!終わらん!俺はまだ終わらな・・・・・・・・、」
魔人は二匹の龍の光に焼かれ、砂塵となって消滅していく。
太陽が二個あるかと思うほど空は眩く光り、凄まじい爆音を響かせて大地を揺らした。
「・・・・・・終わったか。」
ウェインは大剣を背中に戻し、里の戦士達に駆け寄った。
「大丈夫か!しっかりしろ!」
倒れる老剣士を抱き起こし、身体を揺さぶる。
「・・・まったく・・・年寄りには堪える戦だ・・・・。」
老獪な剣士はニコリと笑い、ふらつきながらも自分で立ち上がった。
「儂らは大丈夫だ。お前が間一髪で助けてくれたからな。
しかしそこのお嬢さんがたは、ずいぶんグッタリしておられるようだが?」
老剣士が指差した先には、木の根音に寝かされたケイトとクレアがいた。
「あの二人なら大丈夫だ。しかしかなり疲弊しているから、トリスの家で休ませてやってほしい。」
「うむ、それは構わんが、お前はどうするつもりだ?
魔人を倒したというのに、ずいぶん浮かない顔をしているが?」
老剣士の言う通り、ウェインは眉間に皺を寄せて険しい表情をしていた。
「なんだか胸騒ぎがするんだ。なあ、トリスは竜王の祠を向かったのか?」
「ああ、山道の奥を通って祠に向かったぞ。封印を強化すると言ってな。」
「そうか・・・・・。」
ウェインは立ち上がって山道の奥を睨み、そちらに向かって走って行く。
「ケイトとクレアを頼む!俺は竜王の祠へ行く。」
「おいウェイン!どうしたんだ、そんなに慌てて?」
老剣士は手を伸ばして呼びかけるが、ウェインは振り向くことなく山道へ消えて行った。
「あいつめ・・・何かを感じているのか?」
ウェインの勘はよく当たる。しかも、悪い勘ほどよく当たっていた。
そのことをよく知っている老剣士は、表情を引き締めて皆に呼びかけた。
「お前達、いつまで寝ている!まだ終わっていないぞ。不測の事態に備え、準備を整えて祠へ向かうぞ!」
そう叫んで激を飛ばし、ケイトとクレアを担ぎ上げてトリスの家に入る。
二人をベッドに寝かせ、窓のから山道の奥を見つめた。
「このまま何事もなく終わってくれればいいが・・・・。」
不安な呟きは自分の耳にこだまし、さらに不安を掻き立てる。
老剣士のこめかみに一筋の汗が落ちていった。

              *

静寂に包まれた荘厳な祠の中に、見上げるほど巨大な竜の石像が鎮座している。
周りには、山から湧く透き通った水が流れていて、祠の中の空気を清めていた。
「ここへ来るのは久しぶりだ。いつ見ても石像の迫力に圧倒される・・・。」
竜王の石像は、高い天井に届くほど首を伸ばし、鋭い目を向けて宙を睨んでいる。
遥か昔に起きた竜と悪魔の大戦で、竜側の総大将を務めた誇り高き竜は、いまでも石像に力を残していた。
世界を見守るように、そして悪魔を威圧するように、猛々しい表情で牙を剥き、大きな翼を広げている。
身体に刻まれた無数の傷は、多くの悪魔をなぎ倒した勲章であった。
そして大戦の最後には悪魔の総大将である魔王と一騎打ちになり、相討ちとなってこの世から消え去った。
トリスは竜王の石像を見上げ、そっと目を閉じて祈りを捧げる。
「偉大なる竜族の王、ウルガムルよ。今あなたに魔人の手が迫っている。
その神聖なる力を我が物とし、地獄への扉を開こうと企んでいる。
我々は、断じてそれを見過ごすわけにはいかない!
あなたにの石像に宿った力を奪われぬ為、さらに強力な封印をかけさせて頂きます。」
そう言ってトリスはもう一度祈りを捧げ、後ろを振り返った。
「では皆の者、これより魔封じの儀式を執り行う。
精神を統一し、一切の雑念を抱くことなく、魔法陣の制作に取りかかってくれ。」
皆は頷き、竜王の石像の周りに散らばっていく。
しかしそのうちの一人が石像に駆け寄り、ニヤリと笑って手を触れた。
「おい、何をしている!」
学者の一人が肩を掴んで止めさせる。
すると次の瞬間、鈍い音が響いて、その学者の腹を剣が貫いていた。
「ぐはあッ・・・・。」
「貴様!何をする!」
トリスは剣を抜いて駆け寄る。
「ふふふ・・・、これが竜王の石像か。凄まじい力を感じる。」
「お前は・・・・。」
仲間を刺した学者は、トリスを突き飛ばして笑った。
そして血の滴る剣を投げ捨て、服を破いて禍々しい気を放つ。
「何ということだ・・・・。」
トリスは傷ついた仲間を抱えて後ずさり、床に寝かせて剣を構えた。
「ふふふ、ありがたいものだな、異界の科学技術というものは。
細胞から別の自分を生み出すことが出来るのだから・・・。」
そう言って顔を歪め、さらに禍々しい気を発して魔人に姿を変えた。
「なんと・・・私達の仲間に化けていたのか!」
トリスは青ざめた顔で剣を向ける。
すると魔人は指を立てて「チッチッチ」と首を振った。
「化けていたのではない。肉体を分割していたのだ。」
「分割・・・・だと?」
「異界にはクローンという科学技術があってな。我が身の一部から、もう一人の自分を創り出すことが出来るのだ。
私はその力をこの身に宿し、お前の仲間に自分の細胞を植え付けておいた。」
「そんな・・・・そんなことが・・・・。」
「貴様らの仲間が必死に俺と戦っている間、肉体の一部を飛ばしてさっきの学者に植え付けたのさ。
元の俺はウェインに倒されたが、ほれ、こうしてここに新たな俺が生まれた。
まったく・・・・異界の技術さまさまだよ、はははははは!」
「くッ・・・・私としたことが不覚だった。まさか異界にそのような技術があるとは・・・・。」
トリスは悔しそうに顔を歪め、仲間に指示を出した。
「皆の者よ!ここから逃げよ!そしてすぐにウェインを呼んで来るのだ!」
「し、しかしトリス殿は?」
「・・・私はここで戦う。いくら学者といえど、私は竜人の里の長なのだ。
いざという時に命を懸けて戦わなくてどうする!さあ、早く行け!」
「わ、分かりました!」
トリスに命令された学者達が、慌てて祠の外へ逃げていく。
しかし魔人の放った黒い稲妻に焼かれ、バタバタと倒れていった。
「くッ・・・。我々をここから出さないつもりか・・・。」
額に冷や汗を流し、トリスは剣を向ける。
そして意を決して魔人に斬りかかった。
「私もかつては軍人!一矢報いるぐらいのことはしてみせる!」
「馬鹿め・・・・。そんな鈍間な剣が当たるか。」
魔人はあっさりと剣をかわし、爪を伸ばしてトリスの肩を貫いた。
「ぬぐああああッ!」
「ほう、心臓を狙ったのにとっさにかわしたか。老体にしてはやるじゃないか。」
可笑しそうに笑ってトリスの顔を掴み、爪を喰い込ませて持ち上げる。
「ぐおおおおおおおおッ!」
「ふふふ、痛いか?」
「な、なんのこれしき!」
トリスは力を振り絞り、魔人の胸に剣を突き刺した。
しかし硬い音が響いて剣はヒビ割れ、パキリと折れてしまった。
「そんなナマクラで俺の身体を貫けるものか。」
魔人はさらに爪を喰い込ませ、ギリギリと締め上げていく。
「うぐああああああああッ!」
「ふふふ、このまま殺してもいいが、観客がいないのはちと寂しい。
竜王の力が奪われる瞬間を、そこで見ているがいい!」
魔人はトリスを持ち上げ、壁に向かって投げ飛ばした。
「がはあッ!」
「そこで大人しく見ていろ。お前達の崇める竜王の力が奪われる瞬間を。
そして、地獄の門が開かれる瞬間をな!」
「ぬぐッ・・・。くそ・・・・。」
魔人は大きく口を開け、濃い灰色の煙を吐き出す。
そして呪文を唱えて指を伸ばし、その煙に突き刺した。
すると灰色の煙はモクモクと人の形に変わっていき、やがて一人の男が現れた。
「ふふふ、ロビンよ。いや、ロビンのクローンか。
まあどっちでもいい。お前に竜王の力を宿し、地獄の門を開く為の鍵としよう。」
ロビンは虚ろな目で立っている。その顔に表情はなく、だらりと腕を下げていた。
「今のお前には魂が入っていない。天に召されたお前の魂を一時的に呼び戻し、再びその肉体に宿らせてやる。」
魔人は大きな魔力を蓄え、天に向かって両手を掲げた。
「さあ、天に召されしロビンの魂よ。
禍々しき呪術により、ほんのひと時ここへ戻り給えッ!」
魔人の手から黒い稲妻が放たれ、祠の天井に穴をあけていく。
その向こうから日の光が射し込み、何かが迫って来た。
「来い!ロビンの魂!ここへ降臨せよッ!」
天井の穴から眩い光が差し込み、轟音を響かせて何かが地面に突き刺さった。
そして次の瞬間、魔人の身体に亀裂が走り、灼熱の炎が立ち昇った。
「ぬッ・・・・・、ぬあああああああああ!」
「ロビンじゃなくて残念だったな、バースよ。」
「ウェイイイイイイイイインッ!どこまでも・・・・どこまでも俺の邪魔をしおってえええええええッ!」
極限まで高まった怒りで魔人の顔が歪む。
そして凄まじい邪気を放って炎を消し飛ばし、瞬く間に傷を再生させた。
「バースよ、お前との付き合いは長いからな。こういう展開になることは予想していた。
さあ、今度こそ消えてもらおうか!」
ギラリと竜牙刀を光らせ、刃を立てて魔人に向ける。
「・・・ふふ・・・・ふふふふふ・・・・・。」
怒りに歪んでいた魔人の顔が、馬鹿にしたような笑顔に変わっていく。
「やはり・・・やはり貴様をどうにかせん限りは、俺の目的は達成出来んか。
いいだろう、これが本当に本当の最後だ。
俺の持てる全ての力をもって、お前を叩きのめし、切り刻み、あの世へ送ってくれるッ!」
魔人の身体がブルブルと震え、黒い金属の肉体へと変わっていく。
頭の角は鋭く伸び、背中にブレードの翼が生えてくる。
瞳は怪しい紫に輝き、艶やかに光る黒いボディがウェインの姿を映した。
「これぞ科学と悪魔の融合。さて、お前の力が通用するか・・・・試してみるがいいッ!」
高らかに叫び、宙に浮き上がって両手を広げる。
ウェインは剣を目の前に立て、目を閉じて気を集中させた。
「バースよ、なにも力が増したのはお前だけではない。
俺もこの一年、竜人の里にて技と力に磨きをかけてきた。
今こそその奥義を解放し、お前を完全に消し飛ばしてやるッ!」
大剣から黄金と銀の光が立ち昇り、ウェインを包んでいく。
竜と人、そして磨かれた竜気が体内で混ざり合い、ウェインの姿を変えていった。
「ぬうああああああああああッ!」
ウェインの首から下は煌めく銀の鱗に覆われ、やがて鎧のように融合して硬質化した。
顔は竜の形に変化し、再び人の顔に戻ってゆく。
その目は燃えるような赤い瞳を宿し、目元から首筋に赤い線が走っていた。
「・・・・バースよ。竜王の石像が見守るこの祠で、今度こそ引導を渡してやる。」
「ふふふ、やってみろ。出来るものならな。」
二人は睨み合い、剣と拳を構えて突撃した。
「うおおおおおおおおおおッ!」
「ぬうううううううううううんッ!」
大きな力が激突して、祠の中が揺れる。
竜王の石像はその目を輝かせ、竜と悪魔の戦いを見守っていた。

竜人戦記 番外編 クロス・ワールド(8)

  • 2014.01.18 Saturday
  • 19:35
トリスは家の窓から外を眺めていた。
「魔人・・・この世界へやってきたか・・・。」
ウェインと魔人の激しい戦いは、遠く離れたトリスの家からも見えていた。
里の重要な人物はいち早くトリスの家に集まり、魔人に対する策を練っているところだった。
「トリス殿、魔人の狙いはやはり竜王の石像でしょうか?」
白い髭を生やした学者が、椅子から立ち上がって尋ねる。
「だろうな。それ以外にこんな場所には用はないだろう。」
トリスは後ろで手を組んで振り向き、大きなテーブルに置かれたヒスイを見つめた。
それは竜人の里を全て映し出すことが出来る特殊なヒスイで、そこにはこちらに迫って来る魔人が映っていた。
「ウェインめ・・・取り逃がしたのか・・・。」
顔に傷を刻んだ老兵が口元を歪めて呟く。
「仕方あるまい。ウェインとて万能の超人というわけではないのだ。
あやつにばかり頼っていると、本当に竜王の石像を奪われてしまうぞ。」
「・・・そうですな。ここにいる者は皆、それぞれの分野の達人であります。
いくら相手が魔人といえど、指を咥えて見ているいるわけにはいかない。」
「その通りだ。だからなんとしても魔人を撃退し、竜王の石像を守らねばならない。
剣士や魔術師はこの場所にて魔人を迎撃、私と他の学者諸君は竜王の祠へ向かおう。
万が一魔人がやって来たとしても、竜王の石像に宿る力を奪われないように、封印を強化するのだ。」
トリスの言葉に皆が頷き、ドアを開けて外へ出て行く。
「いよいよとなれば、私も戦わねばならないかもしれないな。
大昔の相棒を持って行くか。」
トリスは二階の部屋に上がり、かつて軍人だったころの剣を腰に差した。
「では皆の者!それぞれの務めをよろしく果たすように!」
「おおうッ!」
トリスの掛け声に皆が拳を振り上げる。そして剣士と魔術師は家の前に陣を張り、トリスと学者たちは奥の山道へと向かった。
「魔人め・・・お前の好きなようにはさせんぞ。」
剣を腰に差したせいか、軍人だった頃の闘志が燃え上がってくる。
普段は温厚なトリスの顔が険しくゆがみ、土を踏みしめて竜王の祠へと向かった。

                   *

竜人の里に流れる小川が、赤い血で染まっていた。
「ケイト・・・絶対に傍を離れるなよ・・・。」
「ウェインさん・・・。」
ウェインは大剣を構えて、ケイトを守るように立ちはだかる。
彼の目の前には、完全に悪魔と化したロビンが牙を剥きだしてこちらを睨んでいた。
「・・・・おお・・・いい・・・おお・・・。」
ウェインの剣は、確かにロビンを真っ二つにしたはずだった。
悪魔になりたくないという彼の頼みに応え、大剣を振り下ろして一刀両断したはずだった。
しかしその瞬間、クレアがロビンに抱きついた。
「いや・・・一人にしないで!」
死にかけていたロビンは、クレアを体内に吸収することで復活した。
そこにはもはや人の心は無く、魔人の邪気に飲み込まれて完全な悪魔と化していた。
それはウェインの想像を上回るほど強力で、単純な力だけなら魔人よりも上に感じられた。
ウェインはロビンの猛攻を受けて胸から血を流し、小川の傍まで追い詰められていた。
ケイトは彼の背中に守られながら、強く腕を握りしめた。
「ウェインさん・・・私・・・間違ってますか?」
ケイトがそう尋ねるには理由があった。完全な悪魔と化したロビンは確かに強かったが、ウェインの敵となるほどではなかった。
パワー、スピード、魔力、頭脳、全てにおいてウェインが上回っている。
しかし今のウェインは追い詰められている。ケイトの頼みのせいで、ロビンを攻撃できないでいた。
「あの中にはクレアがいる・・・だから・・・傷つけないでって頼んだけど・・・。
でもそのせいでウェインさんが・・・・。」
自分のわがままのせいで、ウェインが傷つき、血を流している。
それなのに自分はこうして、ウェインの背中に守られている。
それを考えると、クレアを傷つけたくないという思いが揺らぎ始めた。
「ごめんなさい・・・。また私のわがままのせいで、ウェインが危ない目に・・・・。
もう・・・いいです・・・。これ以上ウェインさんが傷つくのは見たくないから・・・。
ロビンを・・・あの悪魔を倒して下さい!」
気持ちが焦り、思わず声が裏返ってしまう。
するとウェインはケイトの頭をポンと叩き、小さく笑いかけた。
「あんたがわがままなのは、今に始まったことじゃない。
一年前からずっとそうだったろう?」
「ウィンさん・・・。」
「いいさ、お前の頼み通り、クレアは絶対に傷つけない。
そして、何とかあの悪魔だを倒してみせる。」
「で、でも・・・そんなことが出来るんですか?ただでさえ相手は強いのに・・・。」
ウェインは「そうだな」と頷き、ケイトの右腕に嵌っている腕輪に触れた。
「確かに俺一人じゃ難しいが、あんたがこれを使って協力してくれればいけるかもしれない。」
「これって・・・聖者の腕輪ですか?」
「そうだ。それは聖職者の力で奇跡を起こす法具だから、うまくいけばクレアを助けられるかもしれない。」
「で、でも・・・上手くってどういう具合にですか?」
「それは俺より聖職者のあんたの方がよく知っているんじゃないか?
どうして自分が神に仕えているのか?どうして神の名の元に人を助けようとするのか?
きっと、答えはそこにあるはずだ。」
「どうして・・・神を・・・・?」
ケイトは腕輪を見つめて考える。どうして自分が神を信じ、人の役に立とうとしているのか。
捨て子だった自分を拾ってくれたのが、たまたま神父だったから?
それとも、他に理由が・・・・?
じっと考え込んでいると、突然ウェインに抱えられた。
「ボケっとしてるな!」
悪魔となったロビンが巨大な拳を振り下ろしてくる。
ウェインはケイトを抱えて飛び上がり、すれ違いざまに腕を斬りつけた。
「ぐおおおおおおおお!」
「ケイト!しっかりと自分を見つめろ!きっと答えは出る!
その時こそ、その腕輪は真の力を発揮するはずだ!」
「自分を・・・見つめる・・・。」
腕を斬られたロビンは、怒り狂って突っ込んで来る。
ウェインは足を踏ん張って大剣を構え、正面から受け止めた。
「ぬうううんッ!」
「ぐおおおおおおおお!」
「ウェインさん!」
ケイトは助太刀しようと腕輪を振りかざす。
「俺のことはいい!あんたはその腕輪の力を引き出すことに集中しろ!」
ロビンの尻尾がウェインを締め付け、ハンマーのように地面に叩きつける。
「ぐッ・・・。この程度!」
ウェインは身体を捻って剣を振り、太い尻尾を斬り落とす。
「ぐいええええええええ!」
「ロビンよ・・・・。人間のうちに死なせてやることが出来ずにすまなかった。
せめて、お前の恋人だけは助けてみせよう!」
大剣を地面に突き刺し、両手を前に突き出して竜気を溜める。
「喰らえいッ!」
二つの気弾が螺旋状に渦巻きながら飛んでいく。
「ぐうえええええええええ!」
それはロビンの胸を抉り、遥か遠くまで吹き飛ばした。
「まだまだ!極限まで弱らせてやる!」
ウェインは足を開いて大地を踏ん張り、弓矢のように剣を引いた。
すると黄金の大剣が槍のように伸びていき、刃の先端に大きな力が集まった。
「竜の牙よ、敵を穿てッ!竜牙の一閃!」
大地を蹴り、腰を回して剣を突く。
刃の先端に溜まった竜気がレーザーのように放たれ、ロビンの腹を貫いた。
「があああああああ!」
「この程度ではくたばらんだろう?さっさと立ってこい!」
ウェインは大剣を居合いに構えて突撃する。
ロビンは身体を起こし、背中から翼を生やして空に舞い上がった。
「逃がさんッ!」
大地を蹴って弾丸のように飛び上がり、居合いに構えた剣を一閃する。
ロビンの翼は一瞬にして斬り落とされ、叫び声を上げて地面に落下していった。
「まだまだこれからよ!」
黄金の大剣を振り、光の刃が放たれる。
ロビンは両手でそれを受け止め、凄まじい怪力で握りつぶした。
「おおおおおおおおう!クレアあああああああああ!」
「まだ人の意識が残っているのか・・・?」
ロビンは頭を抱え、激しい葛藤を起こしていた。
僅かに残った人の意識が、クレアを助けようともがいている。
「俺は・・・・俺はクレアを・・・・クレアを愛している・・・・。
だから・・・せめて・・・クレアだけは・・・クレアだけはあああああ!」
ウェインは剣を構えてロビンの前に立つ。そして僅かの憐れみを感じて剣を向けた。
「分かっている。クレアは傷つけない。俺の頼りになる相棒が、きっとクレアを助けてくれる。」
「おおお・・・・おお・・・もう・・・時間がない・・・・。
このままでは・・・クレアも・・・・悪魔の一部に・・・・。」
「もう少し、、もう少しの辛抱だ!きっとケイトはクレアを助けてくれる。
それまで俺と戦え!闘志を燃やし、拳を振って自我を保つんだ!」
「・・・ううううおおおおおおおおおお!」
ロビンは発狂したように暴れ回り、自分の顔を掻きむしった。
「戦い・・・・そう・・・俺は軍人だ・・・・。
戦って・・・・戦って・・・・守らなければ!」
「そうだ!さあ、俺に挑んで来い!お前の闘志を存分に引き出してやる!」
「うおおおおおおおおおおおッ!」
ロビンの咆哮が空気を揺らし、木々が揺れて葉っぱが落ちる。
小川の水面は波打ち、遠くの山に反射した声がやまびことなって返ってくる。
「行くぞロビンッ!」
「ううおおおおおお!来いッ!」
ウェインの大剣とロビンの拳がぶつかる。力と力がせめぎ合い、互いの肉体がミシミシと音を立てる。
「ぬうううううんッ!」
「おおおおおおおおうッ!」
両者の踏ん張る大地は、その力に耐えかねてビキビキとヒビ割れていく。
「こんなものか!お前の力はこんなものか!軍人が聞いて呆れるぞッ!」
「まだだ!もっと・・・・もっと戦える!」
ロビンのパワーが増し、じりじりとウェインの剣を押し返していく。
「ぬうううう・・・・。中々のパワーだ。ならこれはどうだ!」
ウェインの竜気が高まり、身を包む黄金の光が銀色に変わっていく。
パワーは何倍にも膨れ上がり、激しい竜気がロビンを吹き飛ばした。
「うおおおおおおおお!」
「手加減は無しだッ!俺の攻撃を防いでみろ!」
ウェインの剣がVの字を描き、燕返しが一閃する。
「ぐううあああああ!負けるかあああああ!」
ロビンは膝をつきながらもウェインを睨み、赤く目を光らせた。
すると灼熱の光線が放たれ、ウェインの身を焼いていく。
「ぐううう・・・・。」
「喰らえええええええいッ!」
ロビンは口を開け、怨霊の蠢く吐息を放つ。
憎悪に歪む悪霊達が、醜い手を伸ばしてウェインに纏わりついた。
「ぬうう・・・・。」
そこへロビンの体当たりが炸裂し、鋭い角がウェインを吹き飛ばした。
「うおおおお!」
岩を砕いて地面に叩きつけられ、巻き上がった瓦礫が落ちてくる。
「まだだ!まだ戦えるぞおッ!」
ロビンの硬い拳がウェインにめり込み、大地が割れていく。
「ぐうッ・・・。やるじゃないか・・・。」
ウェインは大剣を盾にして受け止め、ロビンの顎を蹴り飛ばした。
鈍い音が響いてロビンの身体が宙を舞い、背中から地面へ落ちていく。
「さあ立ち上がれ!まだ終わりではないぞッ!」
「ぐううう・・・・。」
ロビンは膝に手をついて立ち上がろうとする。
その目は闘志に燃えていて、真っ赤な輝きを放っていた。
「俺は・・・まだ戦える・・・まだ・・・終わりじゃな・・・・・、」
そう言いかけた時、地面に手をついて紫の血を吐いた。
「ぐぼあッ・・・・。」
「ロビンッ!」
「ああ・・・ああああ・・・まだ・・まだだ・・・。
もう少し・・・もう少し待ってくれ・・・。
ここで終わったら・・・クレアが・・・・。」
ロビンはもう限界に近づいていた。魔人の邪気が意識を覆い、激しい闘志を飲み込もうとしていた。
「立て!クレアが死んでもいいのか!」
「ぐうう・・・クレア・・・・死なせない・・・。
この身が砕けても・・・お前だけは・・・・、ごふうッ!」
またしても大量の血を吐き、たまらず倒れ込む。
そしてウェインに手を伸ばし、最後の力を振り絞って呟いた。
「たの・・・む・・・。もう・・・このまま・・・トドメを・・・・。
このままでは・・・・クレアまで悪魔に・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
ロビンの鬼気迫る表情がウェインの胸に刺さる。
もうこれ以上時間を稼げないことを悟り、大きく頷いて剣を構えた。
「分かった。今楽にしてやろう。」
「・・・すまない・・・・。早く・・・やってくれ・・・・。」
ガチャリと大剣を鳴らし、ウェインは刃を向けて飛びかかる。
しかしその瞬間に青いレーザーが飛び抜けていき、ロビンの身体を貫いた。
「誰だッ!」
剣を構えて後ろを振り向くと、聖者の腕輪を掲げたケイトが立っていた。
「ケイト!」
ウェインは傍に走って呼びかける。
「やったな!間一髪で間にあったぞ!」
「・・・・・・・・・・・・。」
ケイトの肩を揺さぶるウェインだったが、彼女の雰囲気に違和感を覚えて顔を覗き込んだ。
「ケイト・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・。」
ケイトの目は虚ろで、まったくウェインの声に反応しない。
それは眠ったまま立っているような状態で、ゆらりと倒れそうになる。
「どうした!しっかりしろ!」
彼女の身を抱きかかえ、小さく揺さぶって必死に呼びかける。
「これはまさか・・・・魂が抜けているのか?」
ケイトの身体からは、まったく生気が感じられなかった。
ウェインはゴクリと息を飲み、そっとケイトの頬に触れた。
すると背後で光の柱が立ち昇り、雲を突き破って天に届いた。
「あれは・・・・ケイトの気?」
光の柱はロビンを包み、悪魔の肉体を砂に変えていく。
そしてその中からクレアが現れ、ぐったりと地面に倒れ込んだ。
「クレア!」
ウェインはケイトを抱えて駆け寄る。
するとクレアの傍に、一人の男が立っているのに気づいた。
「お前は・・・・ロビンか?」
ロビンはウェインと目を見合わせてコクリと頷き、膝をついてクレアの頬を撫でた。
「・・・・・クレア・・・。よかった、間にあって・・・・。
もう俺はいかなきゃならないが、君のことは決して忘れない。
だから・・・無事に自分の世界へ戻って、幸せに暮らしてくれ・・・・。
・・・・さよなら・・・・。」
ロビンは唇を重ね、そして目を瞑って天を仰いだ。
光の柱はドクンと脈打ち、稲妻のように炸裂して消え去っていった。
「・・・・ケイト、これがお前の力か。大したものだ・・・。」
光が消え去った後には、意識を失ったクレアだけが残されていた。
ウェインは彼女の傍に膝をつき、優しく肩をゆすって呼びかける。
「クレア・・・。大丈夫か?」
「・・・・・・・・。」
ウェインの声に反応するように、クレアの唇が微かに動いた。
そして閉じた目から涙を流し、「ロビン・・・」と囁く。
「・・・・よく戦った。お前も、ロビンも。
そして・・・・ケイトもだ。」
ケイトの身体には魂が戻っていて、顔に生気が漲っていく。
「・・ううん・・・・ウェイン・・・・さん・・・?」
「ケイト、クレアは無事だぞ。お前のおかげだ、よくやった。」
ウェインが手を握って笑いかけると、ケイトは嬉しそうに微笑み返した。
「・・・よかった・・・上手く・・・いって・・・・。」
「今は無理をせずに寝ていろ。後は・・・俺に任せておけ!」
ケイトとクレアを抱え、急いでトリスの家に向かう。
しかし遠く離れたトリスの家から不吉な気を感じ、慌てて走って行った。
「バースめ!これ以上好き勝手はさせん!今度こそお前との戦いを終わらせるッ!」
激しい竜気が身体を熱くして、心まで燃え盛っていく。
ウェインは大地を蹴りつけ、土埃を上げてトリスの家に向かって行った。

マーシャル・アクター 最終話 約束は守れない

  • 2014.01.17 Friday
  • 18:47

〜『約束は守れない』〜

「小僧の妹め、余計なことをしおって・・・。」
フレイがブーツを履きながら不満そうに愚痴っている。
「まあまあ、これはレインが僕達を大切に想ってくれていた証ですよ。
こうしてまたこの世界で生きられるのはありがたいことです。
弟子の命と引き換えにというのはなんとも心が痛いですが・・・。」
「ふん、そんなことは分かっておるわ。
俺が言いたかったのは、なぜこの役目が俺ではないのかということだ。
どうして若い命が先に散って、俺のような剣一筋の老兵が生き返るのか・・・。」
フレイはベッドから降りて背を伸ばした。
ククリは窓から射し込む光に目を細めながら、命を散らした最愛の弟子に想いを馳せていた。
すると突然ドアがノックされ、若い女の声が響いた。
「あの・・・ジョシュ君の出発の準備が出来たみたいなので、そろそろ・・・。」
ククリはガチャリとドアを開け、彼女の頭に手を置いた。
「ああ、すまないシーナ。剣聖はどうも低血圧らしくてね。
昔はこんなことなかったんだけど、どうも最近歳のせいか・・・・痛いッ!」
頭を押さえるククリの後ろで、フレイが拳骨を作って立っていた。
「余計なことを言うでない。まだそこまで年老いておらんわ。」
「剣聖さん、おはようございます。」
「ああ、おはよう。」
フレイもシーナの頭に手を置き、グシャグシャと髪の毛を掻き回した。
「きゃあ!やめて下さい!」
シーナは頭を押さえながら慌てて離れた。
そしてグシャグシャになった自分の髪を見て、泣きそう声で呟く。
「ひ、ひどいです・・・。せっかく可愛く結ってあったのに・・・。
こんなグシャグシャじゃジョシュ君に笑われちゃう・・・。」
グスンと鼻を鳴らして自分の髪を触るシーナ。
そんな彼女を見て、フレイは声を上げて笑った。
「あの小僧がそんな繊細なことを気にするものか。
綺麗に結ってあろうが乱れていようが気づくまいて。ははははは!」
「そ、そんなあ〜・・・。」
うるうると目に涙を溜めるシーナの横に立ち、ククリは呆れた顔で肩を竦めた。
「やだね〜、デリカシーの無い人は。乙女心を分かってないんだから。
女の子はこういうことを凄く気にするもんですよ。
どれ、僕が結い直してあげよう。」
手際良くシーナの髪を結いあげるククリを見て、フレイはつまらなさそうに鼻を鳴らした。
「ふん、随分慣れた手つきだな。
どうせ今まで遊んできた女にやり方でも教わったのだろう。
間違って自分の弟子に手を出すでないぞ。」
あっという間に元の髪型に戻し、ククリはシーナの頭を撫でた。
「出すわけないでしょう。この子は僕にとって娘みたいなものですからね。
まあ間違って下らない男が手を出してきたら、その時はどういう目に遭わすか分かりませんけど。」
「うむ、それは同感だ。シーナよ、悪い虫が寄って来たらまず俺に言え。
次の日にはこの剣の錆びになっておるわ、ははははは!」
「ふ、二人とも怖いです・・・。」
シーナは杖をギュッと握りしめ、豪快に笑う二人を見上げていた。

             *

三人がクラナドの街の館を出ると、門の前にジョシュが立っていた。
朝陽をじっと眺めていたが、フレイ達に気づくと笑いながら振り返った。
「師匠、おはようございます。相変わらず朝が遅いっすね。
とても武術家とは思えないですよ。やっぱりそれって歳のせい・・・・・痛ッ!」
「どいつもこいつも人を年寄り扱いしおって。」
フレイの拳骨に頭を押さえながら、ジョシュは苦笑いをして顔を上げた。
ククリは可笑しそうに二人の間に入り、手を空に向けた。
「ジョシュ君、旅立つにはいい朝だね。もしかして晴れ男かい?」
「まあね。レインは雨女でしたけど、ははは。」
頭で手を組んで笑うジョシュの元に、シーナが恥ずかしそうに駆け寄ってきた。
「ジョシュ君・・・。」
「おう、シーナ!あれ・・・さっきと髪型違うじゃん。なんか可愛くなってる。」
「え!ほ、ほんとに?か、可愛いですか・・・?」
「うん、すごい似合ってるよ。
そっちの方が可愛い・・・、いや元の髪型も捨てがたいかなあ・・・。
けど元々が可愛いから、どっちも似合ってるよ。」
「・・・そ、そう言ってもらえると嬉しいです・・・。」
頬を赤らめて顔を伏せるシーナに、ややキザっぽいセリフだったかなと恥ずかしそうに頭を掻くジョシュ。
「ふん、女垂らしめ。そんなことを覚えているとククリのようになってしまうぞ。
こいつがそれだけ女に泣かされたか・・・。俺の知る限り最低でも・・・・、」
「あー、あーッ!余計なことは言わないで下さいよ。
それ全部誤解だし、若い子に僕のイメージを壊すようなことを吹き込むのはやめて下さい。」
「どこが誤解か。確かマオが言っておったな。
サラに迫られて、まんざらでもなさそうな顔で夜の街に消えていったとかなんとか・・・。」
「してませんよそんなこと!まったく・・・どんどん僕のイメージが・・・。」
腕を組んで面白そうに見下ろすフレイの前で、ククリは額に手を当てて項垂れていた。
「シーナもククリさんと二人きりの時は気をつけた方がいいかもね。」
「・・・はい。一応先生を信じていますけど、万が一ということもありますから・・・。」
「だからあ〜、なんでみんな人を女垂らしみたいに言うのさ・・・。」
「ははは、人を年寄り扱いした罰だ!」
がっくりと肩を落として項垂れるククリ。
三人は可笑しそうに笑いながら街の方へと歩いていった。
館の門を出て街の通りを歩き、ジョシュは懐かしい顔を見つけた。
「あ!お前はあの時の!」
露天の長椅子に座り込んでいるのは、この街に来た時に喧嘩をした魔導士達だった。
「あ、あんたは・・・。」
黒い法衣の魔導士が立ち上がり、驚いた顔で見つめた。
そしてジョシュの横で怖い顔をして立っているフレイに気づき、慌てて顔を逸らした。
「久しぶりだな。どうだ小僧共、あの時の続きをやるか?」
そう言って拳を持ち上げるフレイを見て、魔導士達はぶるぶると首を振った。
「い、いや・・・滅相もないです・・・。
あの時はフレイ剣聖だとは知らずに調子に乗ってしまって・・・。」
フレイは二コリと笑うと、俯く魔導士に「顔を上げい!」と怒鳴った。
そして恐る恐る顔を上げた瞬間に、ゴツンと拳骨を落とした。
「・・・・・ッ!」
頭を押さえてうずくまる魔導士に、フレイは腕を組んで見下ろしながら言った。
「これで勘弁してやる。ただ次に調子に乗っていたら・・・。」
「は、はいッ!すいません!二度と調子に乗ったマネはしません!」
魔導士達は慌ててフレイの元から走り去っていった。
「まあいいお灸ですね。
これを機にしっかりした魔導士になってくれればいんだけど。」
「何を言っておるか。ああいう若い魔導士の教育はお前の役目であろうが。
今やこのグラナドが魔導協会の本部なのだぞ。
そしてお前は魔導協会の会長ではないか。」
バツが悪そうに頭を掻くククリだったが、負けじとフレイに言い返す。
「剣聖こそまた武術連盟の会長に納まったんでしょう?
それならもう少し行儀よくですね・・・・、」
そう言いかけるククリの裾を、シーナがクイクイと引っ張った。
「ジョシュ君はもう先に行っちゃいましたよ。」
「ああ、ほんとだ!」
「無愛想な奴め。師匠を無視して置いて行くとは。」
ジョシュは通りを眺めながら初めてこの街に来た時のことを思い出していた。
あの頃は一つの肉体に二人の魂が宿っていた。
その問題を解決する為だけにここへ来たのに、気がつけば思いもしない大きな戦いに巻き込まれていた。
傷つき、失い、しかし師との出会いや、戦いの中で生まれる絆もあった。
ほんの少し前のことなのに、随分の昔のことのように感じられた。
街の門まで来ると、衛兵がジョシュに気づいて駆け寄ってきた。
何日かこの街にいてすっかり顔馴染みになった衛兵と言葉を交わし、今日この街を出ることを告げた。
気を付けてと言葉をかける衛兵に対し、ジョシュは笑って手を振り、街の外へ出た。
「ジョシュ君!待って・・・!」
シーナがはあはあと息を切らしながら駆けて来る。
「一人でスタスタ行かないで下さい・・・。
このまま別れも告げずに行っちゃうかと心配しました・・・。」
杖を握りしめて息を切らすシーナ。
ジョシュは赤く火照ったその顔をじっと見つめた。
「なんかさ・・・一人で歩いてたら分かんなくなっちゃって・・・。
色んなことがあっという間に過ぎて、気がついたらずっと一緒にいた大切な人が傍にいなくなってて・・・。
たまにさ、これって現実なのかなって・・・。」
「ジョシュ君・・・。」
シーナは一歩前に踏み出してジョシュの手を握った。
「レインさんが・・・自分の魂と引き換えにマリオンを倒してくれました。
それだけじゃなくて、最後の最後で残った力を使って私達を生き返らせてくれて・・・。
きっと、レインさんはやろうと思えば出来たと思うんです、自分を復活させること。
魂に宿った根源の力を使えば、自分は助かったかもしれないのに・・・。
私達を生き返らせる為に・・・自分を犠牲にしたんです。」
「・・・・・・・。」
シーナはジョシュの手を強く握りしめ、真っすぐに目を向けた。
頬が赤くなり、グッと息を飲み込む。
そして意を決したように口を開いた。
「ねえジョシュ君・・・私達のこと恨んでますか?
私達が生き返らなければ、レインさんがここにいたかもしれない・・・。
だから、もしそのことを恨んでるなら・・・言って下さい。
私も魔導士のはしくれです。この命を使えば、もしかしたらレインさんを・・・、」
「そんなことないよ。」
シーナの言葉を遮り、ジョシュはその手を握り返した。
ジョシュは優しい目で笑ってシーナを見つめ、少し俯いて口を開いた。
「あいつは優しい奴でさ・・・。昔っから、他人が傷つくくらいなら自分が傷ついた方がマシだっていうような奴だから。
師匠も、ククリさんも、シーナが生き返ったのも全部レインが望んだことだ。
それを俺が恨むわけがないだろう。」
「・・・・グス・・・ジョシュ君・・・。」
涙ぐんで鼻を赤くするシーナ。
ジョシュは可笑しそうに笑って彼女の鼻をつまんだ。
「ほんとによく泣くよなシーナは。
そんなに泣いてると目とか鼻が痛くなったりしないか?」
「痛いです・・・ジョシュ君が鼻をつまんでるから・・・。」
二人は顔を見合わせて笑い、恥ずかしそうに顔を俯かせた。
「な〜にをイチャイチャしてるだい?」
門の向こうから現れたククリが、ニヤニヤした顔でジョシュの肩に手を回してくる。
そしてシーナに目を向けて「ああ!」とわざとらしく叫んだ。
「ダメじゃないかジョシュ君、女の子を泣かしちゃあ。
どうしたんだいシーナ?何か変なことでもされたんじゃ・・・・・、」
「してませんよそんなこと!・・・・痛ッ!」
ジョシュの後ろでフレイが拳骨を握り、怖い顔をして立っていた。
「言ったそばからこれだ。
小僧、お前はやはりククリに似てろくな男にならんかもしれん。」
「ちょっと、師匠までなんですか・・・。」
「ははは、いいじゃないか。僕と剣聖だってひどい言われようしたんだから、君だってね。」
「そうだぞ。この拳骨は師匠からの餞別だ。ありがたく受け取れ。」
そう言って拳を振り上げるフレイからサッと身をかわし、ジョシュはシーナの後ろに回り込んだ。
「そんな餞別いりませんよ。相変わらず荒っぽいんだから、ったく・・・。」
三人の取りを見ていたシーナは、口元に手を当てて可笑しそうに笑った。
「大丈夫ですよ、ジョシュ君。私が守ってあげます。」
そう言ってジョシュの頭を撫でるシーナ。
唇を尖らせ、ジョシュは苦笑いしながら彼女を見つめた。
「なんだ、シーナまで俺のこと子供扱いすんのか?
まるでレインみたいにさ?」
「だって子供っぽいから。戦ってる時は別ですけど、普段は・・・ね?」
シーナは首を傾げて二コリと微笑む。
バツが悪そうに拗ねた顔を見せ、ジョシュは腕を組んでそっぽを向いた。
「ははは、いいコンビじゃないか。
ずっと見ていたけど、冗談はこれくらいにして・・・。」
ククリは真剣な顔になり、腰に手を当ててジョシュを見つめた。
「ジョシュ君、本当に行くんだね。僕の言ったことはあくまで可能性の話だよ。
もしかしたら君の旅は無駄に終わり、ただ傷つくだけかもしれない。
それでも行くのかい?」
ジョシュは小さく俯き、無言のまま顔を上げて街から伸びる道に目をやった。
その道の先には良く晴れた空が広がり、大きな雲が低く雷鳴を響かせて流れていた。
「確かに、ククリさんの言う通り無駄な旅になるかもしれない。」
重い口調で言い、ジョシュは三人を見つめた。
その顔は希望に満ちているような、しかし後ろめたい何かをしに行くような表情だった。
「けどね、やっぱりこの気持ちは抑えられませんよ。
もしかしたらレインの魂が・・・その欠片がこの世界のどこかに存在しているかもしれないなんて聞かされたらね・・・。俺はあいつを放っておけない。」
そう言ってジョシュは右手にはめている手袋を取り、袖を捲り上げた。
その腕は肘から先が赤い金属の皮膚に変化していた。
「これはどう見てもレインのマーシャル・スーツですよ。
こいつがたまに、微かに振動することがある。
それはレインがこの世界のどこかで存在しているかもしれない証拠だって・・・。
ククリさんがそう言ったんですよ。」
ジョシュは自分の腕に触れ、そこにレインがいるかのように握りしめる。
小さくため息をつき、ククリは憂いを感じさせる顔でジョシュに語りかけた。
「ああ、確かに言ったよ。けどね、それはあくまで可能性の話さ。
それもとても小さな可能性だ。
仮にこの世界のどこかにいたとしても、それはどんな形で存在しているのかは分からない。
魂だけなのか、意識だけなのか、もしかしたら誰かの肉体に宿っているのか・・・。
それを見つけるのがどれほど大変なことか・・・。」
ジョシュは返事をせずに袖を戻し、手袋をはめた。
そして強く拳を握り、目を閉じて眉間に皺を寄せた。
それはこの世界のどこかにいるかもしれないレインを、じっと感じているようだった。
「ククリよ、何を言っても無駄だ。小僧の心はもう決まっておる。」
フレイは腕を組んでククリの前に立ち、厳しい中にも優しさを感じさせる口調で言った。
「人間・・・誰でも自分の想いを止められないことはある。
それが誰かの為というのならなおさらだろう。」
「師匠・・・。」
見上げるジョシュに笑いかけ、フレイは腰の剣を外して顔の前まで持ち上げた。
「これは俺と共に幾多の闘いを勝ち抜いてきた戦友だ。
最強の武術家が信頼を寄せる、最強の剣だ。持って行け。」
そう言ってジョシュに剣を差し出した。
「師匠・・・いんですか。剣士にとって剣は魂と同じなのに・・・。」
「かまわん。どうせもうこいつを必要とするほどの敵に出会うことはなかろう。
それにお前が言ったのだぞ、拳骨の餞別などいらんと。
だったら代わりにこいつをくれてやる、受け取れ。」
ジョシュは震える手で剣を受け取り、師に深く頭を下げた。
代わりに自分の剣を差し出すと、フレイは二コリと笑って受け取った。
師から授かった剣を腰に携え、遠く続く道を振り返って太陽を見上げた。
眩しいほどの光が目を細めさせ、この道の先を照らしている。
ジョシュは三人に顔を向け、二コリと笑って腰の剣に手を置いた。
「それじゃ行ってきます。この先どうなるか分からないけど、自分で決めた道ですから。
そんで・・・もしレインと出会えたら、二人でまたここに戻ってきます。」
ジョシュの言葉にフレイ達は頷き、笑顔を返した。
「ジョシュ君、ここには君とレインの仲間がいつでも待っている。
僕も、剣聖もシーナも、ずっと君達の仲間さ。
レインと二人で帰って来る日を楽しみにしているよ。」
「はい、必ずレインと一緒に帰ってきます。」
フレイは気恥ずかしそうに咳払いをし、受け取った剣を腰に差してジョシュを見据えた。
「小僧、はっきり言って貴様はまだまだ未熟だ。
我が奥義も一つしか伝授しておらんしな。
だから、その、なんだ・・・。
もし自分に限界を感じたらいつでも戻って来い。
俺が一から鍛え直してやる、いいな!」
「師匠・・・・・ありがとうございます。」
深く頭を下げて礼を言い、ジョシュは師から譲り受けた剣に手をかけた。
「けど次に戻ってきた時には俺の方が強かったりして・・・。」
「な、何おう!」
フレイは拳を握って顔を怒らせ、ジョシュに突っかかっていく。
「少し優しくすればいい気になりおって。
やはり貴様はひん曲がった根性を叩き直さねばならん!」
そう言っていつものくせで腰に手をかけるが、違和感を覚えて自分の手を見つめる。
「ぬうう・・・やはりしっくこんな、人の剣というのは・・・。」
「ははは、何やってんすか。さっき俺にくれたばっかりじゃないですか。
これ使ったら今の俺でも勝てるんじゃ・・・。」
「貴様!やはりそれを返せ!」
「べえ〜、一度もらったもんは返すなってのが家訓なんですよ。
これはもう俺のもんだから。」
「おのれ・・・。待たんか小僧!」
子供のように追いかけ合う二人を見て、ククリとシーナは声を上げて笑っていた。
「まったく・・・最近の若造ときたら・・・。」
怒りながら嬉しそうな顔をするフレイに、ジョシュもニコッと笑って舌を出した。
「あ、あの・・・ジョシュ君・・・。」
シーナが肩に力を入れてジョシュの元に駆け寄ってくる。
そしてもじもじとしながら頬を赤らめて俯き、何やら小さく呟いている。
「どうしたシーナ?」
首を傾げて尋ねてくるジョシュに、シーナはギュッと杖を握って彼を見上げた。
「あ、あの・・・私・・・ジョシュ君のことが好きです!
だから・・・またこの街に戻ってきて下さい!」
悲しそうに、そして恥ずかしそうに顔を赤くして、シーナは小さく笑った。
ジョシュは微笑みながら彼女の頭に手を置いた。
「うん・・・必ず戻って来る。そん時まだ俺のことが好きだったら・・・。
俺もちゃんと返事をするよ・・・。」
シーナの顔がパッと明るくなり、少しだけ濡れた目を拭って微笑んだ。
「はい・・・待ってます。必ずレインさんと会えるように毎日祈りながら。
だから無事に帰ってきて下さい、約束です・・・。」
シーナの差し出した小指に指切りをして、お互いに笑い合った。
「それじゃ、みんなしばらくの間さよならだけど・・・元気で。」
ジョシュは手を振って歩き出し、後ろを振り返ることなく前に進んで行った。
「もうレイドはいないんだから、マーシャル・スーツを発動させる時は気をつけるんだよ。」
背中に聞こえるククリの声に手を上げて応え、ジョシュは真っすぐと歩いて行く。
しばらく空を向いて歩き続けていると、雲が光って雷鳴が轟いた。
ジョシュは立ち止まって後ろを振り返り、街の方に目をやった。
米粒のように小さくなった街が見え、三人の姿はもうそこにはなかった。
ジョシュは小さく笑ってまた歩き出した。
そして心の中で呟く。
「レイン、ごめんな。お前との約束は守れないや。
お前がどこかにいるかもって聞いたら、やっぱりお前に縛られずに生きるなんて無理だ。
会いに行ったらお前は怒るかな?それとも喜ぶか?
まあ・・・どっちでもいいさ。
俺はもう一度お前と会う、そう決めたんだ。
俺だけ幸せにはなれねえ。
だからさ、また二人で手を繋いであの場所へ行こう。
今日みたいに晴れた日の空で、また一緒に花かんむりをつくろう。
あの日みたいに、喧嘩したり、笑い合ったりしながらさ・・・。」
晴れた空に浮かぶ雷雲が、雨を降らせて頬を濡らしていく。
低く唸る雷と、透き通る青い空に見守られながら、ジョシュは遠く地平線まで続く道を歩いていった。

マーシャル・アクター 第十八話 魂の槍

  • 2014.01.17 Friday
  • 18:42

〜『魂の槍』〜
 

魔導核施設の外では悪夢の光景が広がっていた。
魔導協会の首都、セイント・パラスの街は破壊され、そこらじゅうに死体が転がっていた。
そして遠くに屍の山に立つ者がいた。
「あれは・・・・・。」
黒い身体にグレーの線が肩から太ももにかけて走り、肩と肘が角のように突き出ている。
色の違い、そして多少の形の違いはあったが、ジョシュにはそれが何者なのかはっきりと分かった。
「レインのマーシャル・スーツ。あれが女神なのか?それとも・・・。」
屍の山に立つ者は逃げ惑う街の人々を無作為に殺していた。
指から光線を放ち、恐怖におびえる人々の身体を焼いていく。
「いや、やっぱあれはレインじゃねえ!あいつがあんなことするもんかッ!」
街の衛兵やジョシュ達の作戦で陽動を引き受けていた武術家達が、力の無い人々を守る為に闘いを挑んでいた。
しかし圧倒的な力の差は闘いというより虐殺だった。
「クソッ!好き勝手しやがって!これ以上やらせねえぞ!」
ブースターを噴射し、ジョシュは槍を構えて突撃していった。
レインとよく似た黒いマーシャル・スーツは、向かってくる者達を紙人形のように簡単に葬り、幼い二人の子供の前に降り立った。
姉弟と思われる二人の子供は、恐怖に慄いて固まっている。
しかし姉の方が涙を我慢して弟を抱きしめ、身を盾にして庇おうとしている。
黒いマーシャル・スーツはその少女の頭を掴んで持ち上げ、弟の目の前に突き出した。
そしてニヤリと笑い、少女の頭を握り潰そうとした。
「やめろおおおおおッ!」
ジョシュの矢がマーシャル・スーツの腕に突き刺さり、怯んだ隙に槍を伸ばして子供に巻きつけ、間一髪で救い出した。
子供を腕に抱え、弟の方も一緒に抱えて素早く飛び去っていく。
黒いマーシャル・スーツは冷酷な目でジョシュを見つめていた。
ジョシュは離れた場所に子供を降ろし、近くにいた武術家の腕を掴んだ。
「あんた、この子達を逃がしてやってくれ!」
マーシャル・スーツ姿のジョシュを見て驚く武術家だったが、すぐに表情を切り替えて言った。
「俺はあの化け物を殺すんだ!あいつは・・・あいつは・・・。
俺の仲間を虫ケラみたいに殺しやがったんだ!絶対に許せない!」
髪の短い細身の武術家は、怒りに肩を震わせて叫んだ。
ジョシュは彼の腕を引っ張り、顔を近づけて言った。
「気持ちは分かるけどあんたじゃ無理だ。あの化け物相手じゃ無駄死にするだけだぞ。」
「分かってるさ!けど俺だけ逃げるわけにはいかないッ!
俺の仲間は街の人達を守る為に闘って・・・、」
ジョシュは立ち上がって武術家の胸ぐらを掴んだ。
「グダグダ言ってる場合じゃねえんだ!
街の人を守る為ってんならこの子達を連れて逃げろ!
死んでいったあんたの仲間だって、あんたが無駄死にすることなんざ望んでねえだろ。
頼むから、この子達を逃がしてやってくれ!」
ジョシュの真剣な眼差しが武術家の激昂した心に突き刺さる。
武術家は力なく俯き、子供達に目をやった。
「・・・分かったよ・・・。」
子供達を抱え、武術家は走り出した。
そして途中で振り返ってジョシュに向かって叫ぶ。
「いいか!もうすぐ三大組織の応援がやって来る。
それまであんたも死ぬんじゃないぞ!」
そう言い残して去っていく武術家の背中を、ジョシュは複雑な気持ちで見送った。
「三大組織の応援か。そんなもんが来たら死体の山が増えるだけだな・・・。
その前になんとしてもケリをつけねえと。」
槍を構え直し、ジョシュは黒いマーシャル・スーツを振り返った。
「やっぱりあれはマリオンの生み出した女神だよな。
なんであんな格好になってんのか知らねえけど・・・。」
ジョシュは考え込み、ハッとしたように顔を上げた。
「確かマリオンはあの女神はマーシャル・スーツみたいなもんだって言ってたな。
じゃああれが真の姿ってことなのか・・・?」
大勢の魔導士や武術家が女神から逃げる人達を守ろうと奮闘していたが、それは結果的に死人を増やすだけとなっていた。
「レイド、これ以上誰も死なせねえぞ!あいつを消し去ってやる!」
《無論だ。しかし敵の力は強大だぞ、心してかかれ。》
ジョシュは陽炎の歩を使い、気配を消して一気に敵へと近づいていった。
そして相手の頭上に舞い上がり、鋭く槍を突き出した。
「なッ!」
ジョシュの槍はあっさりと穂先を掴まれていた。
身体を捻ってブレードで斬りかかるが、それもあっさりとかわされ、逆に敵の拳をくらってしまう。
「ぐはあッ!」
凄まじい威力の拳がジョシュを吹き飛ばし、死体の山へと埋もれさせた。
「この野郎ッ!」
飛び上がって出て来たジョシュは女神に槍を投げつけた。
いとも簡単に素手で掴まれてしまったが、それは予想の範囲内であり、ジョシュは背中の隠し武器に手をかけた。
炎を纏った魔法刀で女神に斬りかかるが、これももう片方の手で掴まれてしまう。
ジョシュは怯むことなく、もう一つの隠し武器である氷の魔法刀を抜いて斬りかかった。
相手はこの動きを読んでいたようで、炎の魔法刀でそれを受け止めると槍を突いてきた。
「うおッ!」
間一髪かわしてバックステップで距離を取り、ジョシュは魔法刀を構えたまま女神に話しかけた。
「よく防いだな、まるでこっちの動きが分かってるみたいに・・・。
俺の心でも読めるのか?」
質問には答えず、女神は槍と刀をジョシュの足元に投げ刺した。
そして腰に手を当ててじっとこちらを見つめている。
「・・・・・なんだ?」
ジョシュは目の前に立つ女神に妙な違和感を覚えた。
何かが心に引っ掛かり、違和感は既視感へと変わってジョシュの不安を掻きたてていく。
女神の背後にいた魔導士や武術家が、チャンスだと思ったのか背中を見せる相手に向かっていく。
「よせ!やめろッ!」
ジョシュの叫びも虚しく、女神は魔力を纏った手を振って衝撃波を放った。
爆音を響かせながら地面を抉り、挑んで来た者達を粉々の肉片に変えていく。
「やめろ!逃げるんだ!」
次々と死の覚悟をした者が挑んで来るが、女神は蟻でも潰すかのように蹂躙し、叩き潰し、葬っていった。
「やめろおおおおおッ!」
地面に刺さった炎の魔法刀を掴み取り、氷の魔法刀と柄の先端をはめ込んで双身刀にした。
そして回転させながら投げると、高速の車輪のように相手に襲いかかった。
女神は片手で結界を張って受け止める。
しかし双身刀は回転しながら結界を切り裂こうとしていた。
「ふんッ!」
ジョシュが腕を突き出してオーラを送ると、双身刀は回転を増して結界を破壊し、そのまま女神を切り裂いていった。
そして途中で軌道を変えて空に上がると、ブーメランのようにジョシュの手の中に戻ってきた。
「どうだよ、俺の刀の切れ味は?」
女神の身体は大きく切り裂かれ、右の腕が地面に落ちていた。
それを見ていた周りの武術家や魔導士から歓声が上がる。
「すげえぞあいつ!あの化け物の腕を切り落としやがった!」
「どんなに俺達が頑張っても一太刀も入れられなかったのに・・・。」
ジョシュは合わせた刀を解除し、プラズマブレードの左右に差し込んで三つ叉の剣にした。
そして足元に刺さっていた槍を構えて女神に向ける。
「あんたら!この化け物は普通の人間じゃ歯がたたねえ。
闘いを挑んでも無駄死にするだけだ。
あんたらの気持ちは分かるが、ここは俺に任せて街の人達を避難させてくれ!」
魔導士や武術家はお互いに顔を見合わせ、納得したように頷くと、逃げ惑う人々の元へと駆け出していった。
「街の人達は任せろ!」
「あんたも死ぬんじゃないぞ!」
周りに誰もいなくなったことを確認し、ジョシュは女神に顔を向けて尋ねた。
「あのよお、お前の中からよく知ってる気を感じるんだけど・・・。
まさかとは思うが、お前マリオンか?」
女神は何も言わずに落ちた腕を拾い上げた。
それを斬られた肩に当あてると、吸いつくように元に戻っていく。
そしてジョシュの前まで歩いて来て、手を広げて言った。
「さすがはフレイの弟子。大した勘をしている。」
「勘じゃねえよ。俺の隠し武器の攻撃をあっさりとかわしたじゃねえか。
まるで最初から分かってたように。
あれはお前にトドメを刺した武器だからな、お前がマリオンならあの武器を警戒してたのは当然だろ?」
「ふむ。洞察力も大したものだ。」
ジョシュは武器を構えたままさらに問いかけた。
「完全にくたばってなかったのか?レインが消し飛ばしたはずだけど・・・?」
「ふふふ、確かにあの時私の魂は消し飛んだ。しかしあらかじめ女神のほうに自分の精神の一部を宿していたとしたら?」
「精神の一部を宿す・・・?」
不思議そうな顔をするジョシュに、マリオンは胸に手を当てて言った。
「保険だ。私の魂が消滅した時の為に。
元々、女神が動き出せば私は死んでもいいと思っていた。
ただ私が死んだ後に余計なことをする輩がいたら困るのでな。
そして私の憂いは的中し、お前やフレイが無駄にあがいて女神を殺そうとした。
もちろんお前達程度に倒されるようなものなら次世代の神として不要なわけだが、レインは別だ。
あの子の力は計り知れないからな。
レインの力を知った時、私は迷わず保険をかけておいたわけだ。」
「てめえ・・・抜け目が無さ過ぎだろ。敵だけどちょっと尊敬するぜ。」
マリオンは可笑しそうに笑い、腰に手を当ててジョシュを見つめた。
「さっきも言ったが私の魂は消滅している。
要するに、私の本体はもうどこにも存在しないわけだ。
そういう意味では、私はマリオンであってマリオンではない。」
「ふん、小難しいこと言いやがって。マリオンはマリオンじゃねえか。」
そう言い切るジョシュに、マリオンは指を振って否定した。
「違う。魂が無ければ肉体を持って動くことは出来ない。
それならなぜ私はこうしてここに立っていられるのか?
お前には分かるかな?」
「分かるかなって・・・。いったい何が言いたいんだよ・・・?」
警戒するジョシュに一歩近づき、マリオンは両手を胸に当てて答えた。
「簡単なことだ。この中には私ではない魂が入っている。
お前の愛しい妹、レインの魂がな。」
「・・・・・・・ッ!」
言葉を失って驚愕するジョシュに、マリオンはさらに近づいて言った。
「言ったはずだぞ、これは保険だと。そしてレインの力は侮れないと。
女神を追い詰めることが出来るのはレインしかいない。
ならあの子が暴走し、理性を失った時こそ魂を取り込むチャンスではないか。
私の予想通り、レインは何度も女神を粉砕した。
そして女神が再生する度にレインも力を増していき、その分理性は力に飲み込まれていく。
暴走した人間というのは強力なようで脆弱だ。
力に心を支配されたレインは不用意に女神に近づき、あっさりと取り込まれたわけだ。
ここまで思い通りにいくとは・・・まったく素直な娘だよ。
お前は実に良い妹を持っているな。」
マリオンが言い終わるやいなや、ジョシュはブレードで斬りかかった。
マリオンは予想していたように後ろに飛びのき、腕を組んで笑った。
「悔しいか?最愛の妹をいいように利用され、憎き敵の魂となったことが。
ああ、ちなみにこの肉体も素晴らしい。
女神の力と相まって素晴らしい身体だ。お前の父親は中々良い物を造って・・・、」
「黙れよ・・・。」
マリオンの言葉を遮り、ジョシュは拳を震わせて俯いた。
手に持つ槍には赤いオーラが伝わっていき、その形状を変化させていった。
三叉の中心の刃が伸びていき、左右の刃はナックルガードへと形を変えていく。
それは槍というより柄の長い長剣のような形だった。
ジョシュは進化した槍に赤いオーラを纏わせ、顔の前まで持ち上げた。
「さっき言った言葉は訂正するぜ・・・。
敵ながら少し尊敬出来るなんて言ったけど、やっぱりお前はどうしようもないクズだ。
この世界にお前なんか必要ねえ。」
「ほう、ならばどうする?」
マリオンは挑発的に笑い、顎を引いて睨みつけた。
ジョシュは槍を握る手に力を入れ、目の色を赤く輝かせて答えた。
「決まってる。お前の人生に二つ目の黒星をつけてやるだけだ。
そして二度と蘇れないように完全に消滅させる。」
槍を纏う赤いオーラが全身に伝わっていき、ジョシュのオーラが何倍にも膨れ上がる。
「なるほど・・・確かにお前は私に勝っている。
だかな、一度勝てたからといって二度目も同じようにいくと考えるなら、それは子供の甘さというものだ・・・。
その甘ったれた考えを叩き直してやろう・・・お前の命を以ってな。」
マリオンは右手を出して挑発した。
「ほざけ!」
ジョシュは一瞬にしてマリオンの目の前から消えた。
「甘いぞ!」
背後にジョシュの気配を感じて手を伸ばすマリオン。
しかしそこには誰もおらず、マリオンは首筋に殺気を感じて身を屈めた。
マリオンの頭上を赤い閃光が駆け抜けていく。
「速いな・・・。」
一撃目をかわされたジョシュはブレードを突き出して構え、稲妻、炎、氷の力を融合させて光のブレードを造り出した。
そして刃から閃光が放たれ、眩い光で周囲の空間を満たしていく。
「煙幕のつもりか?くだらん。」
マリオンは両手で瘴気を放って光を相殺し、ジョシュに熱線を放った。
しかし熱線はジョシュの身体をすり抜けて屍の山を燃やしただけだった。
「これは・・・幻影か?」
次の瞬間、マリオンの身体に赤い光が蜘蛛の巣のように駆け巡った。
「ぬううう・・・。」
マリオンの身体が細切れになって崩れ落ちる。
ジョシュは槍を地面に突き立てると、両手を開いて細切れになったマリオンに向けた。
掌に開いた穴から波動を放ち、轟音を響かせて地面を抉った。
マリオンの身体は粉々に分解され、ジョシュは槍を握って構え直した。
「おい、この程度じゃくたばらねえだろ。さっさと起きてこいよ。」
ジョシュがそう言うと、抉れた地面の中から粒子が舞い上がり、一か所に集まってスライムのように動きだした。
そして瞬く間に再生していき、何事もなかったかのようにマリオンは元の姿に戻っていった。
「ふむ・・・強いな。一回目に私と闘った時とは大違いだ。」
顎に手を当てて考え込むマリオンは、何かに気づいたようにジョシュに指を向けた。
「お前のマーシャル・スーツ、何か秘められた力があると見た。
あのククリが造ったのだからな、一癖も二癖もある代物なのだろうが・・・。
これ以上力を発揮されると厄介だ。
少し遊んでやるつもりだったが、さっさと終わらせることにしよう。」
マリオンが魔力を放つと、その周囲に六つの宝玉が現れた。
禍々しいオーラを放ち、宝玉に刻まれた紋章が青色に光っていた。
「これはレインの・・・」
「そうだ。このマーシャル・スーツに搭載された最も強力な武器だ。
それぞれの宝玉に強大な力を持った神獣や精霊が宿っている。」
「く・・・。」
ジョシュはシールドを開いて出して後ろへ飛んだ。
「この魔法の威力は知っていような?女神の身体を何度も粉砕した魔法だ。
妹の最強の奥義をもって、お前に引導を渡してやろう。」
マリオンが両手を前に向け、六つの宝玉の魔力がその手の中に集まっていく。
空気と大地を振動させる大きなエネルギーが宿り、マリオンは高く舞い上がった。
「言っておくが女神の力も加わってレインのものより強力になっているぞ。
万に一つもお前が生き延びる可能性は無い。」
マリオンの手の中にある大きなエベルギーが、その言葉が嘘ではないことを物語っている。
防ぐのは無理だと判断したジョシュは、ブースターを噴射して距離を取ろうとした。
「おっと、逃げるのはよくないな。
もしこの魔法の届かぬ場所まで逃げるつもりなら・・・、」
マリオンは街の外を逃げていく人々に目をやった。
「あの連中に向けてこれを撃つとしよう。」
「てめえ・・・どこまで卑劣なんだよ。」
ジョシュは怒りの目で睨みつける。マリオンは口元を笑わせて睨み返した。
「相手の弱みを突く、これが兵法というものだ。フレイに教わらなかったか?」
「師匠はてめえみたいなセコい戦い方はしねえ!
いつだって堂々として、正面から戦いを挑むのがあの人の流儀だ!」
「そうだったかな?私は奴に奇襲を受けた覚えがあるが・・・まあいい。
お前もフレイと同じ場所へ行くがいい、さあ・・・受け取れ。」
マリオンが手の中の強大なエネルギーを放った。
次の瞬間、ジョシュの身体が光りだし、装甲を突き破って光の柱が飛び出してきた。
「うおおおおおおおッ!」
死を覚悟するジョシュだったが、レイドは冷静に話しかけてきた。
《大丈夫だ、私に任せろ》
ジョシュの目が赤から紫に変わる。
そして次の瞬間にマリオンの魔法が炸裂し、大爆発を起こした。
地震のように大地が揺れ、熱風が街の外まで押し寄せてきて、逃げていく人々が何事かとパニックを起こした。
「きゃあああ!」
「何が起こったんだッ?」
街の人々を守るように魔導士と武術家が立ちはだかり、街の方に目をやった。
「なんだあれは・・・。」
ジョシュから二人の子供を預けられた武術家は、息を飲んで街の空を見上げた。
そこには赤く立ち昇る巨大な炎の柱があがっていた。
まるで夕焼けのように空を染め、遠く離れた場所にいても顔を覆いたくなるほどの熱を感じた。
「この世の終わりか・・・。」
武術家の呟きは、その場にいた全員の心を代弁するものだった。
街の上を吹く風が徐々に炎の柱を消していき、その中にマリオンのシルエットが浮かんだ。
彼女の周りの宝玉は未だに輝きを失っておらず、あれだけ強力な魔法を使ってもなお余力を残していた。
「・・・・・妙だな。」
マリオンは腕を組んで爆心地を見下ろした。
「ジョシュの気が消えない。まさかの今の攻撃に耐えたというのか・・・?」
近くに行って確認したいと思うマリオンだったが、何かが心の中で警報を鳴らしていた。
すると溶岩のように沸騰する大地にの中に、強力な気が集まっていくのを感じた。
燃え盛る周りの炎を吸収し、辺りの熱はあっというまに消えていく。
しばらく静観していたマリオンだったが、突然大きな殺気が自分に向けられていること感じてその場から飛び退いた。
「こ、これは・・・。」
マリオンの目に映ったのは無傷のジョシュだった。
胸部の装甲を左右に開き、胸の中に描かれた魔法陣に大きな魔力が集中している。
「これは・・・私の魔法を吸収したのか・・・。
いや、いくらなんでもそれは・・・あれだけのエネルギーを吸収できるなど・・・。」
驚愕するマリオンは、一瞬ジョシュの胸が光るのを見た。
次の瞬間、マリオンの胸から下が消し飛んでいた。
「・・・・ッ!」
マリオンが後ろを振り向くと、一筋の閃光が流れ星のように遠い空を駆けていった。
「あれが私の身体を撃ち抜いたのか・・・。」
遠くに消えて行く光を眺めていると、マリオンの身体に赤い閃光が走り、真っ二つに斬り落とされた。
「よう、万に一つも生き残ったぜ。」
ジョシュは両断されたマリオンの身体を蹴り飛ばし、ブレードから熱線を放って焼き尽くす。
そして地面に着地するとレイドに話しかけた。
「すげえなレイド!よくあんな魔法吸収できたな。」
《マリオンの指摘したことは当たっている。
このマーシャル・スーツは目に見えない力が隠されているのだ。
但しそれを引き出すには、宿主の魂が真の戦士となる覚悟が必要不可欠である。》
「真の戦士となる覚悟?」
《そうだ。今お前が纏っている赤いオーラは真に闘う覚悟を決めた戦士の証だ。
お前も気づいているだろう。
マリオンを倒すということ、それは即ちレインを殺すことだと。》
「・・・・・・・。」
《お前は先の闘いでフレイが言った言葉の意味を、徐々に理解し始めたのだろう?
無差別に罪の無い人々が惨殺され、闘いを挑む者達も紙クズのように蹂躙される。
こんな凄惨なことが許されるはずがなく、ここで終わらせなければならないと。》
「・・・ああ・・・。あの時どうして師匠があんなに怒ったのか、今なら分かるよ。
けど、レインを殺すなんて・・・。」
そう言って押し黙るジョシュにレイドは言った。
《いくら言葉を取り繕おうとも、お前の纏う赤いオーラが全てを物語っている。
そしてこの闘いの後、もしマリオンを倒すことが出来たのなら、お前も死ぬつもりなのだろう?。》
ジョシュは雲が流れていく青い空を見上げた。
まるで、そこに愛しい者達がいるかのように。
「・・・ああ、お前の言う通りだよ。
俺はこの戦いが終わったら死ぬつもりだ。
俺の大切な人は誰一人いなくなっちまうし、そんな世界を生きててもな・・・。
それに何より、レインを殺して俺だけのうのうと生きているわけにはいかねえだろ。
一番愛する者を手にかけるんだ、こっちも同じように命を懸けないと・・・。
俺が死んだらこの身体はお前にやるよ、好きなように生きてくれ。」
悟りを開いたように穏やかな声で語るジョシュ。
しかしレイドはいつものように冷静な言葉を返した。
《それは無理だ。マリオンも言っていたが、魂が無ければ肉体を動かすことはできない。
お前が死ねば、意識だけの存在の私は消え去るだけだ。》
「・・・・・そうか。じゃあ、どうしようかな・・・。
俺の勝手でお前まで死なせるわけには・・・、」
《違う、死ぬのではない。完全に消え去るのだ。
魂を持つ者のように生まれ変わったりは出来ない。》
そこで初めてジョシュの心に躊躇いが出て来た。
申し訳無さそうに俯き、赤く光る槍に目を向けて言った。
「じゃあ、俺はどうすればいい?
生まれ変わることさえ出来ないのに、お前を巻き込むなんて・・・。
レイド、俺はどうすれば・・・。」
《どうもしなくていい。お前はお前の思うようにすればいい。
私はジョシュ・ハートを勝利に導くために生まれた存在だ。その為だけにここにいる。
この闘いで勝利を収めたのなら、お前がどう行動しようと自由だ。
私のことを気にする必要はない。》
ジョシュはもう一度空を見上げた。
流れる雲の景色を邪魔するように、無数の粒子が一か所に集まり始めていた。
「まったくよお、お前は相変わらず味気ないよなあ・・・。」
《余計な感情は闘いの障害となる。
私にユーモアやヒューマニズムを求めているのなら、それは間違いだ。》
「はいはい、分かってますよ。
やっぱり俺の周りには説教臭いというか、融通の効かない奴ばっかだよなあ。」
空に集まる粒子がくっつき合ってスライム状になっていく。
ジョシュは槍を構えて再生していくマリオンを睨みつけた。
「まあどっちにしろ、こいつを倒さなきゃどうにもならないんだ。
けどこう何度も再生されるとやる気を削がれるよなあ・・・。
この化け物はいったいどうやったら倒せるんだよ?」
うんざりする声でぼやくジョシュに、レイドが希望を持たせる言葉を言った。
《大丈夫だ。私の考えが正しければ、奴は完全に再生することは出来ない。》
「ほんとかよ!それってどういうことだッ?」
《まあ見ていれば分かる。》
スライム状の物質がもぞもぞと蠢き、徐々にマリオンの身体を形成していく。
顔が形成され、肩が形成され、胸が形成されていく。
しかし胸から下は中々再生されなかった。
ドロドロとスライム状の物質が落ちていくだけで、胸から下は再生不能というように形を成していかない。
「こ、これはいったい・・・?」
《やはりそうか。私の考えは正しかった。》
「どういうことだよ?」
マリオンは魔力とオーラを溜めて必死に再生を試みようとする。
少しずつではあるが身体は形成されていく。
しかし腐った水飴のように不完全な身体だった。
《なぜマリオンが再生出来ないのか?実に簡単な答えだ。
マリオンはマリオン自身の力によるダメージを回復させることが出来ないからだ。》
「マリオン自身の攻撃?もしかしてさっきお前が撃ち返した魔法が・・・?」
《そうだ。あの強力な再生能力は女神の力によるものだ。
女神の力は根源の世界から得た純粋なるエネルギーだ。
それはオーラや魔法、単純な物理的エネルギーとは大きく異なるもので、相手を殺傷するのに媒体を必要としない。》
「媒体?」
《媒体とはエネルギーを相手に伝える為の手段や条件のことだ。
物理的エネルギーで相手を殺傷するなら、必ず実体を持った物質が必要になる。
これは魔法も一緒で、魔力そのものでは相手を殺傷出来ない。
炎や稲妻、氷や風という媒体が必要となる。
光や闇の魔法も、光の持つ熱エネルギーや、悪魔や怨霊を媒体にして呪術の行使をさせているにすぎない。
オーラも自然そのものの力を体内で練り上げ、相手にぶつけたり自分の身体に纏わせているだけで、自然エネルギーそのものは純粋なエネルギーとは異なるのだ。
しかし根源の世界のエネルギーは違う。これは媒体を必要としない純然たるエネルギーだ。
女神はこの力を元に造られたものであり、これを死に至らしめるには媒体という不純物があってはならないのだ。
同じように純粋なエネルギーをぶつけなければならない。
要するに、マリオンの力そのものがマリオンを滅ぼす剣になるということだ。》
「ははあ・・・。分かったような分からないような・・・。」
《難しく考える必要はない。
先ほどと同じように自身の力を跳ね返してやれば奴を倒せるということだ。
しかし言うは易し、やるは難しだ。
向こうも自分の弱点を暴かれたことで警戒するだろう。
先ほどのように強大な魔法はもう使うまい。
こちらを殺傷するのに最低限の攻撃を、細かく連続的に行ってくるだろう。》
「それじゃあその細かい攻撃を返してやれば済む話だ。
希望を見えたんならやってやるだけだぜ!」
《いや、それは不可能に近い。》
「なんでだよ?あいつの弱点は分かったんだぜ。
今は再生出来ないことに焦ってるみたいだけど、速く仕留めねえとあのマリオンのことだ。何をしでかすか・・・。」
ジョシュは空に浮く不完全な身体のマリオンに槍を向けて言った。
《そう簡単にはいかない。
幸か不幸か、マリオンは根源の力そのものを攻撃に使うことはできない。
もしそれが可能なら我々はとうに葬られているからな。
マリオンは根源の力で攻撃を行うとき、我々と同様にオーラや魔法という媒体を必要とするようだ。
ならばその攻撃を吸収した後、そこから純粋なエネルギーのみを取り出して撃ち返なければならない。
先ほどの魔法を吸収して撃ち返すのに時間を要したのはその為だ。
だから小さな攻撃だけを返して奴を倒すのはかなり無理がある。》
「なるほど・・・時間がかかりすぎるんだな。
それまでこっちがもつかどうかってところだが・・・・・難しいな。
となると、やっぱりもう一度大技を使わせろってことか。」
《そういうことだ。
しかしそれもまたマリオンの慎重な性格から考えると現実的ではない。》
「ならどうすんだよ?
せっかく倒す方法が分かったってのに、このままやられろってのか?」
《・・・・・いや。もう一つだけ方法がある。それはマリオンから・・・・・、》
「危ねえッ!」
頭上から光線が降り注ぎ、ジョシュは後ろへ飛んでかわした。
マリオンが目を光らせてレーザーの雨を降らせてくる。
ジョシュはシールドでその攻撃を跳ね返し、マリオンを焼き払った。
しかしすぐさま再生してジョシュの前まで下りて来る。
「やってくれたなジョシュよ・・・。よもや私の弱点に気づくとは・・・。」
マリオンは胸から下の再生は諦めたようで、傷ついた身体のまま宙に浮いていた。
「気づいたのは俺じゃねえよ。レイドだ。」
「レイド?ああ、その肉体に宿っている人格か・・・。
まったく・・・やはりククリの生み出したものよな。
余計な力が宿っている・・・。」
憎たらしそうに言うマリオンだったが、その顔には余裕が感じられた。
そして無防備にジョシュの近くに寄って口を開いた。
「ふふふ、確かにお前達の考えている通り、私は私自身の力によるダメージは再生できない。
ならばどうするか?
答えは簡単だ、このまま何もしなければいい。」
「なんだとッ?」
「驚くことではあるまい。
私の力が私を傷つけるのなら、私はお前に攻撃を仕掛けない。
それだけのことだ。」
ジョシュは槍を向けたまま可笑しそうに笑った。
そして殺気のこもった目でマリオンを見据える。
「だったらお前も俺を倒せないぜ。それに反撃してこねえなら攻撃し放題じゃねえか!」
ジョシュが振った槍を、マリオンは軽々とかわす。
続けてブレードを突き刺そうとしたが、これも空気を切った。
マリオンは闘うそぶりを見せずにただ防戦に徹していた。
「この!ちょこまか逃げやがって!」
蠅のように機敏に飛ぶマリオンに、ジョシュは矢を放った。
光の矢は逃げるマリオンを追従し、その身体を貫いていく。
続けて放った矢も命中し、動きの止まったところへブレードを振って首を斬り落とした。
「ふふふ、無駄だ。そんな攻撃では私は殺すことは出来ない。」
斬られた首が瞬く間に再生し、マリオンは笑いながら街の外へと飛んでいく。
「待ちやがれッ!」
マリオンを追って飛んで行くジョシュは、眼下でこちらを見上げる人々に気づいた。
マリオンは動きを止め、ジョシュを振り返る。
「さっさと逃げればよいものを、馬鹿な者達よな・・・。」
「おい、何する気だ・・・?」
マリオンに不穏な空気を感じてジョシュは斬りかかった。
「遅い!」
上に飛んでそれをかわすと、マリオンは目から熱線を放って眼下にいる人間を焼き払った。
一瞬のうちに大勢の人達が蒸発していく。
傍観していた人々はパニックを起こして叫び、蜘蛛の子を散らしたように逃げ惑う。
マリオンは熱線を放ち続け、蟻を踏み潰すように無力な人々を蹂躙していく。
「やめろおおおおッ!」
槍を振って赤いオーラの刃を飛ばすジョシュ。
マリオンは嘲笑うかのようにそれをかわし、虐殺を繰り返した。
「ふふふ、どうした。私を止めてみろ。」
笑いながらジョシュの刃をかわし、マリオンは眼下で逃げ惑う人々のところへ下りていく。
「待てッ!」
マリオンは身体にオーラを纏わせ、弾丸のように群衆の中を飛んでいった。
逃げ惑う人達の身体が、砲弾でも浴びたように飛び散っていく。
応戦しようとする魔導士や武術家もいたが、何も出来ずに群衆ごと挽き肉へと変えられていった。
「やめろって言ってんだろ!俺と闘えッ!」
ブースターを噴射させてマリオンの前に回り込むジョシュ。
後ろにいる人々を守るようにシールドを構えて立ち塞がった。
「無駄だ。」
マリオンはまた高く上昇してレーザーの雨を降らす。
阿鼻叫喚の地獄が広がり、街の中と同じように次々と屍の山が積み上がっていった。
「チクショオ!ふざけんじゃねえぞてめえッ!
こんなことして何が楽しいんだ!」
ジョシュは陽炎の歩を使って素早くマリオンの背後に回り込み、槍とブレードを交叉させて斬り払った。
「消えろおッ!」
分断されたマリオンの身体に槍を向け、オーラを螺旋状に溜めていく。
「喰らえ!波動の槍閃!」
オーラの竜巻が轟音とともにマリオンの身体を粉々に砕き、風の力で空中へと吹き飛ばしていった。
「これなら再生するのにちっとは時間がかかるだろ。今のうちに・・・。」
ジョシュは眼下を逃げ惑う人々の元へと飛んでいき、先導するように前に立った。
「みんな!今のうちに逃げてくれ!
力のある者は他の人達を先導してやってくれ!」
ジョシュは群衆を導くように飛んで行く。
武術家や魔導士が人々を守るようにしてジョシュの後を追って行く。
途中で振り返って後ろを見ると、マリオンの粒子が集まりだして再生を始めようとしていた。
《ジョシュ、代わってくれ。》
レイドが表に出て来ると、立ち止まって後ろを振り返った。
《ここにいる全ての魔導士と武術家よ。今すぐ私に魔法とオーラを撃ち込むのだ。》
そう言って胸の装甲を開き、レイドは仁王立ちした。
顔を見合わせて困惑する魔導士や武術家であったが、レイドは声を荒げて一喝した。
《躊躇っている場合ではない。今すぐ私の言う通りにするのだ!》
鬼気迫るレイドの叫びに、魔導士達は戸惑いながらも杖を振りかざして魔法を放った。
胸の魔法陣が光り、レイドは撃ち込まれた魔法を吸収していく。
人々から驚きの声が上がり、武術家達も拳に溜めたオーラを撃ち出した。
レイドは魔法と同様にオーラも吸収し、体内でその力を増幅させていった。
そして踵を返して前を見据え、そのまま上昇していった。
《群衆よ、これより塹壕を作る。轟音と衝撃に備えよ。》
吸収されたエネルギーが胸の魔法陣に集まっていく。
魔法とオーラを混ぜ合わせた強力な力が眩く光り、特大の光線となって発射された。
そして大地に直撃して爆音と砂煙を上げ、群衆は耳を塞いで巻き起こる風から身を逸らした。
もうもうと砂煙が立ちこめる中に大きなが穴が姿を現し、噴火口のように高熱を放っていた。
《仕上げだ。》
ブレードに氷柱を纏わせて冷気の風を放ち、塹壕の中に充満する高熱を相殺していった。
《即席だが上出来だろう。群衆よ、早くこの中に逃げ込むのだ。》
魔導士や武術家がレイドの言葉に頷き、人々を塹壕の中へと避難させていく。
全員が塹壕の中に入ったことを確認すると、レイドはブレードを変化させてシールドと融合させた。
「何をするつもりだ?」
《このままでは上がガラ空きだ。この盾でバリアを張る。》
ブレードの力を融合させてより強力になったシールドを塹壕の上に投げるレイド。
回転しながら飛んで行くシールドに掌から魔力を送ると、塹壕を覆うように光のバリアが出現した。
《しばらくの間はこのバリアが攻撃を防いでくれるだろう》
塹壕の中の人々は不安そうに頭上のバリアを眺めていた。
「すまない。俺が弱いせいで大勢の人達を死なせてしまった・・・。
師匠が生きてたら『何をやっとるか馬鹿者!』って怒鳴られちまうな・・・。」
《仕方がない。我々だけで何の犠牲も出さずにマリオンを止めるのは無理がある。》
慰めの言葉をくれるレイドに、ジョシュは可笑しそうに言葉を返した。
「お前ヒューマニズムは不要だとか、私はそんなものは持ち合わせてないとか言ってなかったっけ?
しっかりあの人達を守ってるじゃねえか。」
《ヒューマニズムから起きた行動ではない。
宿主の意志を尊重し、それに応える行動をしただけだ。
それに群衆が危険に晒されていてはお前も満足に闘えまい?
それは大いに戦闘の妨げに・・・、》
「はいはい、分かりました。そういうことにしておきますよ。」
ジョシュは笑いながら言い、レイドは無言のままマリオンの方に目をやった。
《肉体が減った分再生が早い。あと一分もしないうちに再生するぞ。》
「だな・・・。それよりレイド、お前さっき何か言いかけてただろ。
あいつの攻撃を跳ね返す以外にも奴を倒す方法があるみたいなことを。」
スライム状の身体からだんだんとマリオンの顔が形成されていく。
レイドはそれを見つめながら、いつもと変わらない冷静な声で答えた。
《ああ、もう一つ方法がある。というより今となってはそれが一番確実な方法だろう。》
「それじゃさっさと言ってくれよ。いったいどうやったらあいつを倒せる?」
やや沈黙の後、レイドは胸に拳を当てて答えた。
《マリオンに確実なダメージを与えられるもう一つの方法。
それは魂の力を武器に変えることだ。》
「魂・・・?俺の魂か?それでいいなら早く言ってくれよ。
どうぜ負けたら死んじまうんだから。」
《違う、お前の魂ではない。必要なのはマリオンに宿っている魂。
即ちレインの魂だ。》
「レインの魂・・・?」
ジョシュは嫌な感情が湧き起こってくるのを感じた。
しかしそれは口に出さず、とりあえずレイドの言葉に耳を傾けた。
《マリオンの中からレインの魂を抜き取る。
それを純粋なエネルギーに変換し、槍に纏わせて炸裂させれば必ず致命傷となるはずだ。》
「お、おい、ちょっと待ってくれよ!」
胸の中に言いようの無い不安が広がり、ジョシュは思わず叫んでいた。
「レインの魂を抜き取るだって?
しかもそれをエネルギーに変えて炸裂させる?
そんなことしたらレインはどうなっちまうんだ?」
《消える。死ぬのではなく、魂そのものが消えてなくなり、彼女の存在は魂ごと世界から抹消される。
もちろん生まれ変わることも出来ない。ただ消え去るのだ。》
「ダメだッ!」
ジョシュはレイドの言葉を掻き消すように叫んだ。
「そんな・・・ただ消えるだけなんて・・・。生まれ変わることも出来ないなんて・・・。
しかも魂を武器に変えるなんて・・・。俺にはそんなこと出来ねえッ!」
激昂するジョシュだったが、レイドは諭すように言い返してくる。
《お前は覚悟を持ったのではなかったのか?レインの魂もろともマリオンを打ち砕くと。》
「ああ、そうだよ・・・。けどな、死ぬのと消え去るのじゃわけが違うだろ!
あいつは本当にいなくなっちまうんだぞ!この世にもあの世にも・・・。
それにレイン自身を武器に使うなんて酷過ぎるだろう!
こんなの・・・こんなんじゃあ・・・。」
心の中で項垂れるジョシュに、レイドは変わらずに冷静な言葉を返した。
《迷っている暇などない。すぐにマリオンの再生は終わる。
それに見るがいい、早々に決着をつけなければより犠牲が増えるだけだ。》
レイドは遠く広がる大地の地平線を指差した。
そこには武装した大勢の兵士が迫ってくる姿があった。
「あれは・・・三大組織の増援か?」
《そうだ。はっきりと言ってあれは増援ではなく、ただマリオンに殺されに来ているだけだ。
我々にとっては頭痛の種でしかない。
そして我々にはあの塹壕にいる者達を守るだけで手いっぱいだ。
あの増援が到着したら、お前はまたマリオンによる悲劇の惨殺を見ることになるだろう。
そうなる前にマリオンを倒さねばならない。迷っている暇などないのだ。》
「・・・・・・そんな・・・そんなこと言ったって・・・。」
ここへきて、ジョシュは初めて自分の運命を呪った。
愛する者をとるのか、顔も知らない大勢の人間をとるのか?
それはジョシュにとっては重すぎる決断だった。
「絶対にレインの魂じゃないとダメなのか?同じ魂なら俺のでもいいんじゃ・・・、」
《駄目だ。お前の魂がこの身体から抜けたら動かせなくなる。》
「じゃ、じゃあレインも魂を抜き取るだけでいいじゃねえか!
そうなりゃマリオンは動けないんだし、放っておいても問題ないだろ。
レインは今まで通り俺の肉体に入ればいいさ。」
《何を言っている。いくら動けないといってもマリオンはそのまま残るのだぞ。
奴のことだ、放っておけば必ず何かを企むに違いない。
それに一つの肉体に二つの魂は無理がある。いずれどちらかが消えてなくなるぞ。》
「そりゃそうだけど・・・・・。」
《マリオンの体内にいるレインなら、その魂も根源の力を得ている可能性が高い。
彼女の力ならマリオンを倒せるだろう。
何よりお前ならレインの魂に語りかけて、その力を得ることが可能かもしれない。
これはお前にしか出来ないことだ。》
「レインに直接言うわけかよ・・・。お前の力でマリオンを倒すけど、でもお前は消えてなくなるぞ。けど力を貸してくれって・・・。」
《そういうことだ。》
レイドは身体をジョシュに譲り渡した。
再びマーシャル・スーツの目が赤く光り出す。
《もうタイムリミットだ。マリオンが復活するぞ。》
形を成したマリオンはジョシュを睨み、そしてバリアで覆われた塹壕に目をやった。
しばららくそのまま宙に浮いているマリオンだったが、やがてこちらに向かってくる増援部隊に気づいた。
《ジョシュ、決断をしろ。もう時間がない。》
「・・・・・・・・・。」
マリオンは増援部隊にめがけて飛んでいく。
すぐに後を追おうとするジョシュだったが、何かにつっかえたように体が動かなかった。
飛んで行くマリオンがスローモーションに映る。
景色が色を失くしていく。
鼓動が恐ろしいほど速くなっていく。
マリオンが無抵抗な人々を惨殺していく姿がフラッシュバックする。
シーナのはにかむ顔が切なく思い出される。
フレイの怒る顔が懐かしく映し出される。
ククリの笑う顔が暖かく蘇る。
そしてレインの笑顔が、声が、温もりが鮮明に身体と心を満たしていった。
今までに起きた悲劇が、そして愛しい者達の姿が目まぐるしく交差していく。
最後に・・・レインが振り返って笑う姿がはっきりと見えて、ジョシュは持てる力の全てを解放した。
「うおおおおおおおおおッ!」
ジョシュの身体は赤く燃えだした。
オーラが炎のように立ち昇り、撃ち出された弾丸のようにマリオンに迫って行った。
「マリオオオオオオオォォーンッ!」
マリオンは迫り来る巨大なオーラに気づき、増援部隊の手前で動きを止めて振り返った。
次の瞬間、ジョシュの槍がマリオンの眉間を貫いていた。
ジョシュのオーラがマリオンの身体に伝わっていき、お互いの身体を赤く染めていく。
ただならぬ力を感じるマリオンであったが、余裕を持った笑みでジョシュに言った。
「すごい力を秘めているものだな。しかしこの攻撃では私は殺せんぞ。
何をどうしようとも、お前だけの力では私を葬ることは出来ない。」
「分かってるさ・・・。だから俺だけの力じゃねえ。
俺の一番大事なあいつの力を借りるのさ!」
ジョシュは槍に自分の意識を乗せ、オーラを伝ってマリオンの中に入っていく。
「レイド、しばらく頼んだぜ。」
《任せろ。何があってもマリオンをこの槍から逃さない。》
自分の中にジョシュの意識が入ってくるのを感じて、マリオンは精神防御の結界を張って防ごうとした。
《無駄だ。その程度の結界ではこのオーラは防げない。》
さらに深く槍を刺し込むレイド。マリオンは顔を歪めて問いかけた。
「お前達・・・いったい何を企んでいる・・・?」
レイドはジョシュに言われた言葉を思い出し、可笑しそうな声で返した。
《敵にこちらの考えを教えると思うか?
私はお前のことが大嫌いでな。
そんなことをするくらいなら、怨霊と生死について語り合っていた方がマシだ。》
「貴様・・・造られた人格の分際で・・・。」
口元を歪め、マリオンは初めて怒りを露わにした。
それを見たレイドは満足そうに笑う。
《怒るということは皮肉が通じたのだな。
私にもユーモアのセンスがあるということを、ジョシュが帰ってきたら教えてやらねばな。》
「・・・ふざけおって・・・。」
怒りに身を震わせながら、マリオンは目を光らせて魔法を放った。
しかしどんな魔法もオーラの前に弾かれ、マリオンは悔しそうに舌打ちをした。
「行け、ジョシュ!」
槍にオーラを込め、ジョシュの意識を完全にマリオンの中に押し込むレイド。
「やめろ・・・。」
今までにない危機感を感じてマリオンは顔を歪ませた。
《ほう。お前のような者でも恐怖を感じることがあるのか?
おそらくお前の直感は正しい。
ジョシュは必ずお前の野望を打ち砕く。
それまで我が槍に刺されたまま、恐怖に慄いているがいい。》
「ぐうう・・・おのれ・・・。」
もがいて逃げようとするマリオンを押さえつけ、レイドはただジョシュを信じて槍を握っていた。

            
              *

「なんだこりゃあ・・・何も見えねえ。」
マリオンの中に入ったジョシュは、星の無い夜空のような暗い空間を漂っていた。
意識だけの身体は霊体の時と違って力が出せず、ゆっくりと暗闇の中を進むことしか出来なかった。
遠くに微かにレインの気を感じるが、それ以外には何も見えず、何も聞こえなかった。
「とりあえずレインの気を頼りに進むしかねえな。」
のろのろとしか進めない意識だけの身体にもどかしさをおぼえながら、少しずつレインの気を感じる方へと進んでいった。
しかし途中で何かが追ってくるのを感じ、ジョシュはゆっくりと振り返った。
「来ると思ってたぜ。」
ジョシュの目に映ったのはマリオンだった。
マーシャル・スーツの姿ではなく、人間の姿をしたマリオンだった。
「若造め・・・好きにはさせんぞ。」
「ふん、何偉そうに言ってんだ。
人の魂と肉体を好き勝手に利用してる奴がよ。」
マリオンはジョシュの前まで来ると動きを止めた。
冷静な顔を装ってはいるが、その中には微かに焦りの表情があった。
「で、どうしようってんだ?お互い意識だけの状態なんだ。
闘おうったって力が出ないぜ。どうやって俺を止めるんだ?」
するとマリオンは可笑しそうに顔を歪ませた。
「ここは私の身体の中だぞ。お前と一緒にするな!」
マリオンの魔力が高まっていき、両手から黒いイバラの鞭を飛ばしてきた。
ジョシュに絡みついたイバラの鞭はその身体を締め上げ、意識体を分断しようとする。
「さあ、消えてもらおうか。」
マリオンが両手を交差させてイバラの鞭を引っ張る。
しかし真っ暗な空間に突然赤い光が降り注ぎ、イバラの鞭を焼いていった。
「これは・・・ッ?」
赤い光はマリオンにも降り注ぎ、その意識体を焼いていく。
「言っとくけど、お前の頭には俺の槍が刺さってんだぜ。
そこから中へオーラを送ることくらいわけねえよ、俺の意識を送ったみたいにな。」
「お、おのれえええ・・・・・ッ。」
赤いオーラはマリオンに絡みつき、光の球の中に封じ込めた。
自分の意識体が傷つくのも構わず、マリオンは魔法を放ってオーラの球を破壊しようとする。
「しばらくそうしてな。」
ジョシュはマリオンに背を向けて先を進んでいく。
「待てッ!許さんぞ!私の夢を、野望を打ち砕こうなどと・・・。
私は絶対に許さんぞおおおおおッ!」
背中にマリオンの叫びを聞きながら、ジョシュはレインの魂へと向かっていった。

          *

音もなく光もなく、ただ無限の闇が広がる。
レインは自分が女神に敗北し、その中に取り込まれた時から知っていた。
必ずジョシュが助けに来てくれることを。
フレイが死に、ククリも死に、自分も女神を倒せなかった時、一瞬であるが絶望を感じた。
しかしすぐに心の中を照らす光があることに気づいた。
それはジョシュだった。
ジョシュはまだ生きている。
ジョシュなら必ず女神を倒してくれる。
そして自分をここから救い出してくれる。
それはレインにとって絶対的な確信だった。
時間の流れすら分からず、自分がどれだけの間この闇の中にいるのかは分からない。
しかし今のレインには微塵の不安もなかった。
そして以前のように泣きたくなるような孤独を感じることもなかった。
それはジョシュがいるからだった。
女としてジョシュを愛することは終わりにしようと思ったが、こうして闇の中で自分の心と向かい合っていると、完全にその想いが消え去ったわけではないことに気づいた。
それが自分の正直な気持ちであり、誤魔化すことは出来なかった。
そして、そんなそぶりは二度と見せないと決めていた。
自分達は愛する双子であり、誰よりも強い絆で結ばれているのだから寂しがることなど何もなかった。
いずれ自分も誰かを好きになり、その人と結婚したり子供を持ったりするのだろうかと思うと、何とも言えない複雑な気持ちになった。
今までジョシュ以外の男性を好きになったことがなく、例え好きな人が出来てもうまくやれるのだろうかと不安になり、しかしそこには自分の知らない世界があるのだろうと考えるとわくわくする気持ちにもなった。
しかし、今のレインが決めていることはただ一つ、ジョシュが助けに来てくれても絶対に泣かないということだった。
自分は強くなったのだと、本当に成長したのだということを見せる為に。
そうでなければ、優しいジョシュの心をまた縛りつけてしまうだろうと思っていた。
そう決めたはずなのに、自分にジョシュの気が近づいてくるのを感じた時、もうすでに涙が流れていた。
泣かないと決めた自分への約束はあっさりと破られ、レインは自分からジョシュの方へと向かっていった。
その姿が見えた時には、ジョシュの名を叫びながら両手を広げ、勢いよく飛んで行って声を上げながら泣いていた。
抱きついたレインの背中にジョシュの腕が優しく回ってくる。
そっと背中を撫でるジョシュの手の温もりに、レインはわんわんと泣きじゃくった。
優しいジョシュの手、逞しい身体の温もり、しかしその瞳に悲しみが宿っていることを、彼の胸に顔を埋めて泣いているレインは気づかなかった。
ジョシュはレインの頭を撫で、頬を流れる涙を指で拭った。
顔を上げたレインの前には、今までに見たことのないくらい悲しい表情を見せるジョシュがいた。
そして目を閉じてレインの頬に両手を当て、静かに額をくっつけてきた。
辛そうな、そして泣きそうな顔でジョシュは口を開いた。
言いづらそうに、申し訳無さそうに、そして言葉に詰まりながらレインに語りかけた。
レインはただ黙ってジョシュの言葉を聞いていた。
そして全てを言い終えると、「ごめんな・・・・」と呟いて膝をついた。
レインは項垂れるジョシュの頭を抱え、そっと自分の胸に抱き寄せた。
「いいよ。それで全てが終わるなら、私は構わないから・・・泣かなくていいよ。」
ジョシュの口から短く嗚咽が漏れ、レインは彼の頭に頬を寄せて言った。
「その代わり、二つのことを約束して。
この闘いが終わったら、私の分まで生きて。
死ぬなんてダメ、そんなの許さないから。」
嗚咽しながら頷くジョシュを強く抱きしめて、レインは二つ目の約束事を伝える。
「それともう一つ、幸せになって。
好きな人と結婚して、子供を持って、ジョシュも・・・ジョシュの家族も幸せになって。
私のことに縛られて不幸になるのは、絶対にダメだからね・・・。」
ジョシュはレインの頭を抱き寄せ、肩を震わせながら言った。
「約束するよ・・・絶対に・・・。」
抱きしめるジョシュから少しだけ身体を離し、レインはその顔をじっと見つめた。
レインの澄んだ瞳にジョシュが映り、ジョシュの瞳にもレインが映っていた。
しばらく見つめ合ったあと、レインは目を閉じて顔を寄せた。
ジョシュもレインの肩を抱いて目を閉じ、そっと顔を寄せた。
少しの間、二人の唇が重なる。
レインはゆっくりと顔を離し、恥ずかしそうに微笑んだ。
「ジョシュ、愛してるよ。だから絶対に生き延びて・・・。
マリオンをやっつけて・・・この世界を生きて・・・お願い・・・。」
レインはぎゅっとジョシュの肩を握り、濡れる瞳で笑いかけた。
「うん・・・約束する。」
もう一度二人は抱きしめ合った。
レインの身体を大きな力が覆い、抱き合うジョシュを包んでいく。
二人の周りに力の波が渦巻き、一筋の光となって闇を切り裂いていった。

           *

レイドは握った槍に大きな力が伝わってくるのを感じた。
《ジョシュ、無事にレインの魂を連れてくることに成功したのだな。》
レイドの身体は近距離からマリオンの魔法を浴び続けてボロボロになっていた。
しかしこの槍だけは手放すまいと強く握りしめて耐えていた。
「なんということだ・・・。おのれ貴様ら・・・ッ。」
《言ったはずだ、ジョシュは必ずお前の野望を打ち砕くと。
彼は私が仕える主人なのだからな。》
槍を伝わってジョシュの意識とレインの魂がレイドの身体の中に入っていく。
「待たせたなレイド!」
《ああ、もう少しで完全に装甲を破られるところだった。
しかしお前ならレインの魂を連れて来ることが出来ると思っていた。》
「レイド・・・あなたもジョシュと一緒に闘ってくれていたのね・・・。
ありがとう。」
《闘うのが私の使命だ。それにまだ大仕事が残っている。》
そう言ってレイドが槍を抜こうとすると、マリオンは身体からイバラの鞭を放ってレイドを巻きつけた。
「逃がさん・・・逃がさんぞレイン・・・。お前の魂は私のものだ・・・。
お前は私の野望の為にあると知れ!」
槍を伝わってマリオンの意識もレイドの中に入って来ようとする。
オーラを溜めてそれを阻止しようとするレイドだったが、マリオンの力は凄まじかった。
赤いオーラを押し返して、槍を伝って侵攻してくる。
「ふふふ、このままお前達の身体を乗っ取ってやる・・・。
邪魔な奴らだけを潰してレインの魂を頂くぞ。」
「おい、まずいぞ!何なんだよこの力はッ?」
《瀬戸際の執念とでもいうのか、常識では考えられん・・・。
ただの精神体にこれだけの力があるとは・・・。》
「ふふふ、魔導はお前達が考えるよりも奥が深い。
精神だけの存在だからこそ発揮できる力もあるのだ!」
マリオンの力に赤いオーラが弾き飛ばされ、槍は根元から折れてしまった。
《むう!しまった!》
レイドの身体の中に入ったマリオンはすぐにレインの魂を見つけ出し、強力な力で縛り上げた。
「きゃあああああああッ!」
「レインッ!」
助けに入るジョシュであったが、マリオンの強大な力に阻まれて弾き飛ばされてしまった。
「ぐう・・・クソ・・・。」
《やめろジョシュ。無茶をすれば意識ごと吹き飛ぶぞ。》
「そんなこと言ったってレインが・・・。」
マリオンに締め上げられ、レインが身体の外へと連れ去られていく。
「ジョシュッ!」
レインは叫んで手を伸ばし、ジョシュはその手を掴もうと向かって行く。
「レインを離しやがれえええッ!」
《待てッ!》
レイドは強制的にジョシュと意識を入れ換え、中に戻っていく。
「おい、何すんだ!」
《さっきも言ったはずだ、無茶をすれば意識ごと消し飛ぶと。
お前には大事な役目があるだろう。ここは私に任せろ。》
「任せろって・・・お前まさか・・・。」
手を伸ばして叫ぶレインに向かって、レイドは弾丸のように飛んで行く。
「ふん、造り物の人格ごときに何が出来る!」
マリオンは魔法を放ち、向かってくるレイドを迎撃しようとする。
青黒い炎がレイドを焼いていくが、それでもその勢いは止まらなかった。
「こいつ・・・自滅する気か・・・」
《その通りだ。》
レイドの意識体から光が放たれ、輝く弾丸となってマリオンを撃ち抜いた。
「このお・・・たかが意識体ごときがッ!」
《レイン、今だ!抜け出せッ!》
怯んだマリオンの隙を見てレインが逃げていく。
それを確認したレイドは、マリオンを押し潰すように身体の外へ追いやろうとした。
「ふざけるなよ・・・。このまま押し切られてたまるか!」
大きな魔力がマリオンの精神体に集まり、レイドに向けて放たれる。
その魔法は光線となってレイドを押し返そうとするが、レイドは怯むことなく突き進んでいった。
「やめろレイド!それ以上無茶したらお前まで消えちまうぞッ!」
《構わない。》
レイドはいつもの冷静な口調で言葉を返してきた。
ジョシュはその言葉に強い覚悟が宿っていることを感じ、何も言えずに黙りこんでしまった。
《何度も言っているが、私は勝利をもたらす為にここにいる。
例え私が消えようとも、この闘いの後、お前が勝利を手にするならそれでいい。》
「レイド・・・。」
悲しそうに呟くジョシュに、レイドは軽快な声でおどけてみせた。
《ああ、そうだ。お前がマリオンの中に入っている間に、私はユーモアというものを覚えたのだぞ。
あれは中々に痛快なものだな。なにせマリオンが悔しそうに顔を歪ませていたのだから。
もし機会があるなら、次は是非お前にも聞かせてやろう。
その時は味気無いだの、冷たいだのとは言わせんぞ。》
ジョシュは泣きそうになるのを堪えながら、同じように軽快な声で言葉を返す。
「へ、馬鹿が・・・最後にカッコつけてんじゃねえよ。
今度会ったら、次はナンパの仕方を教えてやるよ。」
《そうか。ならばその時を楽しみにしている。》
レイドはマリオンの魔法を弾きながら突っ込んでいき、最後の力を放った。
《さらばだ、ジョシュ。》
レイドの意識体が炸裂し、マリオンを身体の外へと吹き飛ばしていく。
「おのれえええええッ!このまま終わらんぞおおおおッ!。」
ジョシュの身体の中から光が溢れ、マリオンの精神体は完全に外へと弾き出された。
「レイド・・・ありがとう・・・。」
精神体となったマリオンは素早く自分の身体に戻り、その身を魔力で包んだ。
ジョシュはボロボロになったマーシャル・スーツの身体を動かし、折れた槍をマリオンに向けた。
「魂の無くなったお前にその身体を動かすことは出来ないぜ。大人しく降参しな。」
「ふふふ、降参だと?馬鹿なことを・・・。」
口元を笑わせて不気味に笑うマリオン。
彼女の魔力はどんどん強くなっていき、周りに六つの宝玉を呼び出した。
「これは・・・またレインの魔法を使うつもりかッ?」
「私を他の奴らと一緒にするな。短い時間なら身体を動かすことも問題ない。
それに魔法なら肉体に関係なく使える。」
ジョシュは胸の装甲を開いて魔法陣を光らせた。
「へへへ、だったら好都合だぜ。その魔法を吸収して撃ち返すだけだ。
そうすりゃレインの魂を使う必要も・・・、」
「誰がお前に撃つと言った?」
「なんだと?」
マリオンは穏やかな顔で笑っていた。
先ほどの焦りと悔しさが混じった表情は完全に消え去り、まるで悟りを開いた僧侶のような顔でジョシュを見つめていた。
「確かに・・・魂を失った今となっては、私の野望を叶えることは無理だ。
この勝負、お前達の勝ちと言っていいだろう。」
「だったらなんで宝玉なんか出すんだよ?やり合ったって結果は見えてんだぜ。」
マリオンは無言のまま上昇していき、宝玉を光らせて魔力を溜めていった。
「待ちやがれッ!」
後を追うジョシュから逃げるでもなく、ある程度の高さまでくると動きを止めた。
「何をするつもりだ?」
穏やかな表情のマリオンに異様な不気味さを感じ、ジョシュは折れた槍にオーラを込めて刃を作り出した。
「どうせ私の野望は砕かれるのだ。
ならばこの身を犠牲にして一矢報いるしかあるまい。
私の持てる全ての魔力を使って、何もかも吹き飛ばしてやるまでよ。」
「そんなことさせるかよッ!」
ジョシュが槍を振りかざすと、マリオンはニヤリと笑った。
「その槍で私を殺せるのか?何の為にレインの魂を取り戻したのだ?」
「・・・・・・。」
「お前はまだレインの魂が消えて無くなることを怯えているのではないか?
覚悟を決めたようで、実はその覚悟は偽りのものではないのか?」
「・・・・・・・・・。」
マリオンは宝玉の魔力を自分の身体に吸収し、ジョシュの方へと近づいていった。
「私に協力するならレインの魂が入れる肉体を作ってやろう。
もちろん私はレイン以外の魂をこの身体に入れる必要があるが、もうお前達には手は出さない。
どうだ?新しい世界で愛するレインと一緒に・・・ッ!」
ジョシュの槍が一閃し、マリオンの言葉を遮って一刀両断した。。
「グダグダうるせえよ。悟りを開いたみたいな顔して、考えてることはそれかよ。
もうてめえの屁理屈は聞き飽きた、何も喋るんじゃねえよ。」
斬られた身体を再生させ、マリオンはジョシュから離れていった。
そして宝玉の紋章を光らせてさらに力を高めていく。
「そうか・・・残念だ。ならば私のこの身をもって全てを破壊しよう。
終わりだ、ジョシュよ・・・。」
宝玉がマリオンの周りを回転しはじめ、今までで最大の力を放っていく。
マリオンの身体は中から光の柱で貫かれ、下は大地に、上は天に突き刺さり、横に伸びた光の柱は水平線より長く伸びていった。
「ジョシュ!やって!私の力を使ってマリオンを倒してッ!」
「・・・・・・・・・。」
ジョシュは槍を握ったまま俯き、心の中で歯を食いしばっていた。
そんな彼を叱咤するように、レインは悲痛な声で叫ぶ。
「マリオンはここにいる人間全員を吹き飛ばして自滅する気なのよ!
私も、ジョシュも、下で見ている人達だって・・・。
けど、あいつはきっと再生してくる!
私達を吹き飛ばして、邪魔者がいなくなった世界でもう一度自分の野望を叶えようとするに決まってる・・・・・・だから迷わないで!私を使って!
マリオンを倒して・・・この世界も・・・ジョシュも生き延びて!
そう・・・・・約束したでしょ・・・・。」
レインの言葉が胸を打ち、ジョシュは迷いを振り払ってマリオンを睨んだ。
「・・・ああ、分かってるよ。」
構えた槍をマリオンに向け、レインの魂を宿らせる。
「・・・行くぞ・・・。」
「うん!最後の闘いだよ、決着をつけよう!」
レインの魂がオーラの槍に吸い込まれていき、赤い刃が青白いエネルギーへと変化していく。
ジョシュはシールドを再生させて魂の槍を差し込んだ。
槍とシールドが合体し、十字架のエネルギー体へと変化していく。
マリオンの身体はガラスのようにヒビ割れていき、体内に溜まった膨大なエネルギーを今にも爆発させようとしていた。
ジョシュは前屈みに槍を構え、ブースターからありったけのオーラを噴射させて飛んでいく。
槍の光がジョシュの身体を覆い、青く輝く十字架が一直線に飛んで行く。
「マリオオオオオオオオオンッ!」
ジョシュを迎撃するように光の柱が伸びて来るが、十字架の槍はガラスのようにそれを砕いていく。
ジョシュとレイン、二人の力が重なり合ってマリオンの身体を貫いた。
十字架の光とマリオンの魔力がぶつかり合い、太陽のように強烈な輝きが辺りを満たしていく。
「ジョシュ・・・レイン・・・。お前達も一緒に・・・私と消えるのだ・・・。」
マリオンの魔法が槍を押し返してくるが、ジョシュはブースターを噴射して耐える。
「どこまでも往生際が悪いぜ!さっさとくたばりやがれ!」
十字架の槍はさらに深くマリオンの身体を貫き、その身体に大きな穴を開けていく。
「・・・・・消えるのだ・・・。何もかも・・・消えてなくなれ・・・。」
光の柱が生き物のように鼓動し、マリオンの中から大きな力が溢れてくる。
大地が揺れ、空が震え、この世界そのものがマリオンに怯えているようだった。
この世の終わりのような光景に、眼下の増援部隊も、そして塹壕の中の人々も、恐怖の色を浮かべて見上げていた。
マリオンの身体が大きくヒビ割れ、中から強大なエネルギーが溢れてくる。
「ジョシュ!今よ、やってッ!」
「ああ・・・分かってる・・・分かってるよ・・・。」
しかしその言葉とは裏腹に、彼の手は震えていた。
ここへ来て迷いを見せる自分を情けなく思いながら、それでもレインの魂を炸裂させることに躊躇いを感じていた。
「ジョシュ・・・。」
レインは幻影のように槍の上に現れ、ジョシュに語りかける。
「迷う気持ちは分かる・・・。
もし立場が逆だったら、きっと私はジョシュと同じことは出来ないから・・・。」
「レイン・・・。」
悲しそうに顔を逸らすレインに、ジョシュは自分の心の弱さを恥じていた。
覚悟を決めて犠牲となるレインは、自分以上の悲しみを抱えているのだと痛感した。
「けど、マリオンを倒さないと・・・。じゃないとまた大勢の人達が死んでしまう。
だからやって。躊躇わず、私の魂を炸裂させて、お願い・・・。」
そう言ってジョシュを見つめ、レインは最後の抱擁をする。
そしてジョシュの耳元で静かに囁いた。
「愛してる・・・。この魂が消えても、ずっと愛してる。
だからジョシュも、私のこと忘れないでね。
縛られるのはダメだけど、たまにでいいから思い出して・・・。
普段は心の片隅でもいいから、たまに陽の当たる場所で思い出して・・・。
そうやって私のことを思い出してくれるなら、私は消えたことにならないから。
ずっと・・・ジョシュの心にいられるから・・・・・・。」
そう言い残してレインの幻影は消えていった。
気がつけば涙が流れていた。マーシャル・スーツの身体から熱い涙がこぼれ落ちていく。
ジョシュは槍を握る手に力を込め、覚悟を決めて叫んだ。
「うおおおおおおおおおッ!」
魂の槍が光りを増し、マリオンの体内で炸裂した。
眩い閃光が地平線まで飛んで行き、光の柱を飲み込んでいく。
マリオンの身体は粉々に砕かれて、放とうとしていた魔法とともに溶けていくように消え去っていく。
星が地上に降りて来たように何もかもが光りの中に飲み込まれ、ジョシュも、地上から見上げる人々も包まれていく。
精神も肉体も、マリオンは跡形残らず光の中で消滅していった。
それと同時に傷ついたジョシュの身体は癒されていき、中から言いようもない暖かい力が溢れてくるのがわかった。
それはまるでレインに抱かれているような暖かさだった。
広がる光はオーロラのように揺らめいて少しずつ弱くなっていく。
消えゆく光の中で、ジョシュは一瞬、レインの姿を見た。
小さく微笑み、囁きながら光の中へと消えていく。
「きっと・・・またどこかで会えるって信じてる・・・さよならじゃないよ・・・。
だから・・・お別れは言わない・・・またね・・・ジョシュ・・・。」
輝く光が消え去り、憎い敵も、愛しい者も、その中に消えていった。
残されたのは静寂を取り戻した世界と、最愛の者を失った一人の青年だけだった。
全ての戦いが終わった空で、ジョシュはただレインの名を叫んで泣いていた。

マーシャル・アクター 第十七話 闘いの決意

  • 2014.01.17 Friday
  • 18:30
〜『闘いの決意』〜

ジョシュは深い意識の底にいた。
女神に向かっていったところまでは覚えている。
しかしその後大きな衝撃を受けて意識が途切れてしまった。
深い意識の底で、自分は生きている、まだ死んだわけではないのだということは分かっていた。
ただ外の状況がまったく分からず、それがジョシュの心を焦らしていた。
「クソ・・・。闘わないきゃいけねえってのに、身体が動かないのは歯がゆいぜ。
レイドに話しかけても返事はないし、いったい外の状況はどうなってんだ?
もしかしてレイドが代わりに闘ってんのかな?」
悶々と考えを巡らせる。
何も出来ずに苛々だけが募る。
しかし突然誰かの叫びが頭の中に響いてきた。
「なんだ?」
注意深くそれを感じてみると、レインの泣き声だった。
「こりゃあレインが癇癪を起した時の泣き声じゃねえか。
こんな泣き方するなんてよっぽどのことがあったに違いないな・・・。
おい、レイド!何やってんだ?返事しろよッ!」
大声で呼びかけるジョシュ。すると誰かが自分の意識に近づいて来るのを感じた。
《待たせたな、修復は完了だ。これより戦闘に戻るぞ。》
「いや、戻るぞって急に言われても・・・それより外はどうなってんだよ?
お前は知ってるんだろ?説明してくれよ。」
レイドはやや間を置いて口を開いた。
《私も見ていたわけではないから細かい部分は分からない。
しかし外の音や気配を感じるに、あまり良くない状況であることは確かだ。》
「やっぱりか・・・。レインが泣いてるからそうだろうとは思ったけど。」
《・・・・・・とりあえず意識を交代させよう。肉体の修復で少々疲れた。》
「分かった、治してくれてありがとな。後は任せてくれよ。」
《ああ。しばらくの間一人で闘うことになるが、頼む。》
そう言い残して、レイドはさらに深い意識の中に潜っていった。
「さて・・・と。」
ジョシュは意識の表層に向かい、自分の精神を肉体に同調させた。
マーシャル・スーツの目が青く光り、身体に圧し掛かる瓦礫を吹き飛ばして床の中から飛び出した。
「おお、すげえ。完全に治ってらあ。
さすがはレイド、いい仕事するぜ。」
感心して呟くジョシュだったが、すぐに周りの異変に気づいた。
「・・・・・・。」
言葉を失って茫然と立ち尽くし、天井から射す光を見上げて呟いた。
「どうなってんだこりゃあ・・・。ここで戦争でも起きたってのかよ・・・。」
魔導核施設の広大な部屋は原型をとどめていなかった。
壁が崩壊し、この部屋に繋がる通路や様々なパイプが剥き出しになっていた。
至る所が砲撃にあったかのように抉られ、千切られていた。
女神に繋がっていた根源の世界への魔法陣の扉も消し飛ばされている
床も穴と瓦礫だらけになっていて、普通の人間では歩くことすら困難な状態だった。
そして天井から射す光は、地上から届く陽の光だった。
数キロ先の地上まで続く大きな穴は、再びジョシュに言葉を失わせた。
しばらく天井の穴を呆然と見上げるジョシュだったが、ハッと気が付いて辺りを見回した。
「おい、レイン!どこだ、どこにいるッ?」
ジョシュはボロボロになった部屋を駆けながら何度もレインの名を呼んだ。
必死になって彼女の気を探ってみるが、近くにレインの存在は感じられなかった。
「嘘だろ・・・。レイン!どこだ、返事をしてくれえええッ!」
しかしレインの声が返ってくることはなく、ただ虚しくジョシュの声が響くだけだった。
「レイン・・・。はッ!そうだ!師匠!どこですか師匠ッ!」
レインの時と同様に駆け回ってフレイの気を探るジョシュ。
しかしまったくフレイの気を感じることが出来ずに立ち尽くした。
「そんな・・・師匠・・・。そうだ!ククリさんはッ?ククリさん、どこですか?
近くにいるんなら返事をして下さい!ククリさんッ!
レインも、師匠も、返事をしてくれよおおおおおおッ!」
ジョシュは膝から崩れ落ち、両手をついて項垂れた。
最悪の状況が彼の頭の中を駆け巡っていく。
「嘘だろ・・・。俺が寝てる間に、みんな・・・。」
地面についていた手が瓦礫を握りつぶし、ジョシュはそのまま何度も自分の顔を殴りつけた。
「チクショオオオオッ!なんで俺がくたばってる間にこんな・・・。
なんで俺は呑気に気を失ってたんだ!みんなが・・・みんなが闘ってる時に俺は・・・。
チクショオオオオオオオオッ!」
咆哮のように泣き叫ぶジョシュ。頭を抱えて身体を反らし、悶えながら地面にうずくまった。
「アアアアアアアアアッ!」
駄々をこねた時のレインと同じように、ジョシュは地団駄を踏み、装甲にヒビが入るほど自分を殴りつけた。
何度も咆哮がこだまし、やがて力尽きたようにぐったりと倒れ込んだ。
「はあ・・・はあ・・・。へへ、ざまあねえぜ。
レインにお前を独りにしないなんて偉そうなこと言っておきながら、俺が一人ぼっちになっちまった・・・。
レインも、師匠も、ククリさんも、シーナも・・・もう誰もいねえ・・・。
きっと・・・残ってんのはあの化け物だけだ・・・。
こんなんじゃあ・・・こんなんじゃあ・・・。
俺も女神やられた時に死んどきゃよかったぜ・・・ははは・・・。」
仰向きに寝返ったジョシュは天井の穴から見える空を眺めていた。
陽の光が眩しく顔に当たり、場違いにジョシュを平和な心にさせる。
いつもと変わらない空、そしてその中を流れていく雲、暖かな陽の光。
それらがジョシュの心から闘う覚悟や闘志を奪っていき、マーシャル・スーツの戦闘形態は解除されてしまった。
ただ目を閉じ、力を抜いて穏やかな呼吸をする。
全てが夢のようで、今までの戦いは何もかも嘘だったのではないかと思い始めていた。
「はあ・・・良い天気だな今日は・・・。
こんな日はどっかに遊びに行きたいよなあ。
レインと自然が綺麗な場所をぶらぶら散歩するのもいいし、街にナンパしに行くのもいいかもな。
そうだ、シーナを誘って買い物に行くのもいいかもしれねえ。
・・・ははは、なんだ俺は。女のことばっか考えてらあ。
レインに聞かれたら目を吊り上げて怒られちまうな、ははははは。」
穏やかな顔で笑い、ジョシュはそっと目を閉じた。
天井の穴から地上の風が吹いてきて、心地よく頬を撫でていく。
ジョシュは胸いっぱいに風を吸い込んで深呼吸をした。
そして時間が経つのも忘れ、しばらく寝転んだまま陽の光と風の匂いを楽しんでいた。
「・・・・・・・・・。」
ジョシュは眠ったように動かなくなった。
五感と筋肉を弛緩させて、ただ穏やかな気持ちに身を委ねていた。
しかし吹き下りてくる風の中に嫌な臭いを感じて目を開けた。
じっと天井の穴を凝視していると、地上から何かが降ってくる。
豆粒のようなそれは落ちて近づいてくるにつれてはっきりと形が見てとれた。
人間だった。
法衣を纏った人間が血を撒き散らしながら落下し、大きな音を立ててジョシュの横に叩きつけられた。
ジョシュは顔を横に向けた。
目の前には落下の衝撃で半分潰れた人の顔があった。
カッと目を開き、苦悶の表情で死んでいた。
潰れた顔から広がる血がジョシュの頬を赤く染め、じわりと首の辺りまで広がっていく。
じっとその死に顔を見つめ、ジョシュはゆっくと上体を起こして空を見上げた。
青い空に一筋の閃光が走った。
続けざまに炎が飛び、それを掻き消すようにまた閃光が走る。
平和な空に不似合いなその光景を眺めながら、ジョシュはレイドに話しかけた。
「おいレイド。もう起きてるか?」
《ああ、しばらく前から目を覚ましていた。》
ジョシュは空を見上げたまま無表情でレイドに尋ねた。
「起きてんなら声くらいかけろよ。」
《私は闘う為の人格だ。そして宿主の闘いに勝利をもたらす為にここいる。
ならば闘う覚悟を放棄した者に、語りかける言葉はない。》
「なんだそれ、嫌味か?」
《違う、お前の質問に答えただけだ。》
「・・・ったく。相変わらず味気ないというか冷たいというか。」
ジョシュは頬の血を服で拭い、膝に手をついて立ち上がった。
先ほどの虚ろな目とは打って変わり、強い決意を宿した目をしていた。
「あるよ。」
ジョシュは小さく呟いた。
「闘う覚悟ならある。」
《・・・・・・・。》
閃光と炎が走る空を見上げ、ジョシュは拳を握った。
「気づいたんだ。しばらくボケっとして、陽の光や風を感じてさ・・・。」
さらに強く拳を握り、ジョシュは苦悶の表情で死んでいる法衣の男を振り返った。
「いくら幻に浸ってても、目の前の現実は動かせないってな。」
法衣の男を見つめるジョシュの顔は、闘う者の表情になっていた。
《その通りだ。》
レイドは満足そうにその言葉に頷き、ジョシュは少しだけ笑って服を破り取った。
そして骸になった法衣の男の顔にそっとかけてやる。
目を閉じて黙祷を捧げ、振り返って空を見上げた。
「闘うよ、俺。たとえこの身が砕け散っても、俺は闘う。
だからレイド、もう一度俺に力を貸してくれるか?」
しばらく沈黙が流れたあと、レイドは力強く答えた。
《もちろんだ。私はその為にここにいる。お前が望むのなら、いくらでも力になろう!》
ジョシュは笑って頷き、オーラをコアに送り込んだ。
ジョシュの身体が闘う為の衣装を纏い、マーシャル・アクターへと姿を変えていく。
腰についている短い棒を槍に変化させ、シールドを展開させて空を睨みつけた。
「あそこまで飛べるか?」
《無論だ。》
溜めたオーラをブースターからフルパワーで噴射し、一気に空へと駆け上がって行く。
青い空が近づくにつれ、ジョシュの中で闘志が燃え上がってきた。
「待ってろよ、化け物女神め。俺の槍がお前を地獄まで送ってやるぜ!」
槍を高く振りかざし、ジョシュは光が溢れる地上へと飛び出していった。

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