ここは光の壁。空想と現実を遮る壁は、日本海に下りていた。光の壁から放たれる力は、海を押しのけて特殊な空間を生み出している。
その空間の中に、地球の神々と悪魔が集結していた。
どちらも一進一退の攻防を繰り広げ、中には命を落としていく者もいた。
「アタバクううううう!」
「ぐうう・・・・。」
毘沙門天は手を伸ばして叫ぶ。アスラの剣が、アタバクの腹を貫いたのだ。
「しっかりせい!」
「毘沙門天殿・・・・どうやら私はここまでのようです・・・・御武運を・・・・。」
「アタバクうううううう!」
アタバクは毘沙門天の腕の中で息を引き取った。息を引き取ったといっても、時間が経てば復活するのだが、毘沙門天の怒りは頂点に達する。
「おのれアスラ!許さぬぞ!」
「むふふふ・・・・弱小な神が・・・・。」
アスラは六本の腕に、四つの顔を持っていた。肌は灰色で、腰にはヒョウ柄の布を巻いている。
その形相は恐ろしく、角ばった顔につり上がった目をしていた。
「たかが鬼神ごときが、俺様に勝てるつもりか?そおれい!」
「ぬぐあああああ!」
アスラの剣が毘沙門天を斬りつける。
「まだまだ。」
六本の腕から繰り出される攻撃は、毘沙門天をボロボロに切り裂いていく。
「ぐっはああ・・・・。」
堪らず倒れる毘沙門天。アスラは勝ち誇ったように剣を掲げ、彼の頭を踏みつけた。それを見た毘沙門天の配下の鬼神達が、彼を助けようと戦いを挑んだ。しかしアスラによって全て斬り伏せられ、次々に倒れていった。
「むはははは!大したことがないな、日本の神々は、ええ?」
「お、おのれえええ・・・・・。」
毘沙門天は悔しそうに顔をゆがめる。そこへ天津神と国津神が駆け付け、アスラに戦いを挑んだ。
「足をどかせ!この木偶の坊!」
タケミカヅチが稲妻を放ち、ヒノカグツチが炎を吐く。
「効かん、効かん。」
アスラはどんな攻撃も受け付けなかった。そして口から煙を吐き、配下の悪鬼どもを解き放つ。
ミニチュア版のアスラがたくさん現れて、天津神と国津神に襲いかかった。
「うおおおおおお!」
インドの悪神は、もはやアスラ一人だけとなっていた。しかしアスラの強さは凄まじく、スサノオとヤマタノオロチという主力を欠いた日本の神々では、到底太刀打ち出来なかった。
「皆の者!負けるでない!」
不動明王が激を飛ばし、アスラに斬りかかる。
「まだ元気なのがいたか。しかし・・・弱い弱い、弱過ぎるわあああああ!」
「ふべらああああああ!」
六本の剣が不動明王を貫き、一瞬にして絶命させられる。
「ぐうう・・・・なんという強さ・・・・。」
毘沙門天は諦めそうになっていた。しかし・・・まだ一人だけ、アスラに対抗出来る神が残っていた。
「私が相手をする!皆の者は下がっておれ!」
アマテラスが手を広げてアスラの前に立つ。
「アマテラス殿!お一人では危険です!下がって下さい!」
「そうはいかぬ。同胞が傷つけられておるのだ。私だけ守られているわけにはいかぬ。」
「し、しかし・・・・もしあなたに何かあったら・・・後で私がスサノオ殿にシバかれてしまいます。」
「それだけが理由か?」
「・・・・・?」
「そなた・・・・私に惚れておるのだろう?」
「・・・・・・ッ!」
「もしそうであるなら、ここは何とか立ち上がり、皆を守ってほしい。この悪神は、私が何とかしよう。」
毘沙門天は、顔を真っ赤にしてアマテラスを見つめる。
「・・・・分かりました。アマテラス殿の頼みとあらば、この毘沙門天、同胞を守ってみせましょうぞ!」
「・・・頼むぞ。」
毘沙門天は、槍を掲げてミニチュア版のアスラに挑む。アマテラスは前を向き、アスラと向かい合った。
「恐ろしき悪神よ・・・・私がお相手しよう。」
「むふふふ・・・・光り輝く太陽の女神か・・・。相手としては悪くはない。だがしか〜し!
それでも俺様には勝てん!」
アスラは剣を構え、アマテラスに斬りかかってきた。
「なんの!アマテラスフラッシャアアア!」
アマテラスは両手を前に出し、大きな鏡を呼び出す。その鏡にアスラの姿が映り、ピカリと光った。
「うあ!眩しい!」
アスラは思わず目を閉じる。強烈な光が広がり、次の瞬間には、鏡の中からもう一人のアスラが現れた。
「な、なんと!俺様がもう一人!」
「我が鏡は、敵を映す神器なり。さあ、自分と戦うがよい!」
鏡の中から現れたアスラは、アマテラスと同じように光り輝いていた。そして剣を振り上げ、敵のアスラに斬りかかっていく。
「妙な技を・・・・、自分に負けてたまるか!」
ブラックアスラとホワイトアスラの凄まじい戦いが始まる。その頃、日本の神々とは離れた場所で、コウの仲間が戦っていた。
「皆の者!陣形を崩すなよ!」
それはソロモンの魔人が一人、ダンタリオンだった。三つの顔を持っていて、正面は老人、右は少年、左は美しい女であった。黒いガウンに貴族の服の纏い、立派な顎髭をたくわえていた。
彼はラシルの星でコウ達と知り合い、共に戦うことを約束したのだった。
「アスモデウス!もっと右へ!そうそう・・・穴を開けるな!それとべリスはもっと勇敢に!
敵に背を向けてどうする!」
72人の魔人達は、各々の特殊能力を駆使して戦う。敵を幻術で惑わせたり、呪いの言葉を掛けたり・・・。しかし敵もなかなか強力だった。
「おのれ・・・厄介な魔法ばかり使いやがって・・・・。」
敵はメソポタミアの魔王、パズスであった。ライオンのような頭に、ゴリラのような逞しい身体。背中には四枚の黒い翼が生えていて、尻尾はサソリのようになっていた。
パズスは、どんな神にも屈しない凶悪な魔王であった。凶暴さと残忍さなら、この魔王の右に出るものはいないと言われるほどだ。
パズスは額の角を光らせ、口から疫病の息を吐いた。それは神でさえも殺してしまう恐ろしい疫病で、ソロモンの魔人達は次々に倒れていった。
「うぬう・・・・さすがは凶悪さが売りの魔王・・・。一筋縄ではいかんか。」
敵はパズスだけではなかった。ケルトの魔王バロールと、その仲間の悪神たちが襲いかかってくる。
「・・・・・・皆、石になれ・・・・・。」
バロールは大きな一つ目の顔をしていた。その身体はアスリートのように逞しく、獣のようにフサフサとした黒い毛が生えている。バロールの最大の武器は、その大きな一つ目だった。
彼の目を見た者はみんな石にされてしまう。
バロールは大きな目を向け、ダンタリオン達を石に変えようとした。
「いかん!皆の者!奴の目を見るな!」
ダンタリオンは慌てて指示を出す。仲間はみんな目を瞑るが、その隙に敵に攻撃されてしまった。パズスの爪がソロモンの魔人を切り裂き、ケルトの魔女、モリーアンが呪術を放つ。
「くッ・・・。このままでは・・・・。」
ソロモンの魔人は押されていた。するとそこへ、美しい女天使が助太刀に現れた。
「おお・・・あなたは・・・・。」
「ソロモンの方々、助太刀いたします!」
加勢に現れたのは、スプンタ・アールマティという美しい天使だった。彼女はアフラ・マスダという善の神に仕える天使で、アーリマン率いる闇の軍勢と対峙する存在だった。
ショートカットの髪は、サファイアのように美しい青色で、丸みのある顔に、優しそうなブラウンの瞳をしていた。
背中には真っ白な翼が生えていて、ラベンダー色の短い法衣に、朱色の鎧を身に着けていた。
「退け!悪しき者どもよ!」
アールマティは頭上に両手を掲げた。彼女の身体から光の粒子が放たれ、味方を守るように結界を張った。
「この中なら、バロールの魔眼は通用しません。目を開けても大丈夫ですわよ。」
「・・・・おお!ほんとうだ!」
アールマティの張った結界は、呪いを打ち消す光の空間だった。
「でも防げるのは呪いだけです。油断しているとやられてしまうますわよ。」
そう言ってサッとダンタリオンの前に立ち、手の平から弓矢を作り出した。
「そこ!」
「痛ッ!」
放った矢がパズスに命中する。
「おのれ女・・・・ズタズタに切り刻んでやる・・・・。」
「出来るものなら・・・・どうぞ。」
アールマティはニコリと微笑む。パズスは怒り、疫病の息を吐いて襲いかかった。
その少し離れた場所では、これまた大規模な戦いが起きていた。北欧神話の神々と、ギリシャ神話の神々がタッグを組んで戦っていたのだ。
敵は魔王ロキと、彼の子供の怪物たち。そしてティタン族と呼ばれる巨人と、その統領のクロノスであった。
ゼウスの雷霆が雷を降らし、オーディンの槍が巨人を貫く。アテナは的確な指示で陣形を整え、トールは怪力に任せて敵を砕いていく。
しかし相手も負けていない。ロキの仕掛けた狡猾な罠に嵌った神々は、彼の息子のフェンリルに食われていく。クロノスは時を操り、敵の動きを封じて大鎌を振っていく。さらには神の力では倒せないギガース族も参戦し、戦いは泥沼化していった。
地球を守りたい神々と、地球を奪いたい邪神の軍勢。光の壁では、かつてない規模の大戦争が起こっていた。
「むはははは!いくら足掻こうと無駄だ!この戦、我ら邪神の軍勢に分がある。」
ブラックアスラは、一瞬の隙をついてホワイトアスラを切り裂いた。やられたホワイトアスラは、幻のように消えていく。
「よいか、日本の女神よ!邪神は神殺しの神器を持っている。もし我らを倒したとしても、お主らに邪神を倒す術はない!」
「果たしてそうであろうか?」
「・・・・思わせぶりな言い方だな?何を企んでいる?」
「それを敵に教えると思うか?」
「・・・それはそうだな。ならば貴様を倒し、厳しい拷問にかけて聞き出してやろう!」
アスラは六本の剣を振り上げて襲いかかってくる。アマテラスは落ち着いた様子で目を閉じ、両手を広げた。
「観念したか?」
「・・・・・・・・・・・・・。」
「そういうわけではなさそうだな。ではこのまま斬り捨ててやろう!」
アスラの剣がアマテラスの頭上に迫る。しかしその瞬間、彼女の背後に巨大な勾玉が現れた。
「なんだこれは・・・・。」
勾玉はアスラの何倍も大きかった。濁った緑色をしていて、淡い光を放っている。
「異国の悪神よ・・・日本の神々を甘く見るでないぞ!」
アマテラスは天に向けて手を伸ばす。巨大な勾玉は彼女の頭上に浮かび、ブルブルと震えて日本の神々を吸い込んでいった。
「な・・・何をするつもりだ・・・・?」
「神々の融合、トランスフォーメーション!来たれ、大地を照らす如来よ!」
日本の神々を吸い込んだ勾玉は、ニュルニュルと溶けて形を変えていく。どこからともなく後光が射し、パッと光って巨大な仏像が現れた。
「な、なんだこれは!」
「これこそは大日如来!天を照らし、大地を慈しみ、生きとし生けるものを愛する仏の姿!」
アマテラスは宙に浮き上がり、大日如来の肩に立った。
「私もこの仏も、日の元の国を照らす善神なり。断じて異国の悪神に負けたりはせぬ!」
アマテラスは大日如来のこめかみにあるボタンを押した。するとパカっと口が開き、いそいそと中に入っていった。そして胸の辺りにある操縦室に下りて行き、起動スイッチを押してレバーを握った。
「さあ行くぞ、我が友よ!」
モニターに如来の顔が出て来て、「魂を同調させて下さい」とアナウンスが流れる。
「そうそう・・・忘れておった。」
コクピットの脇にある数珠を掴み、胸にかけている勾玉と一緒に、モニター横のトレイに入れた。大日如来とアマテラスの魂がシンクロして、意思の疎通が可能となった。
「では参るぞ!」
「御意。」
モニターの中の如来が頷く。アマテラスは左右のレバーを動かし、ぎこちない様子で操縦していった。
大仏の右手が拳を握る。そして高く振り上げ、ピタリと止まった。
「さっきから何なんだ・・・・・。」
アスラは茫然として大仏を見上げた。自分より遥かに巨大なので、迂闊に手は出せない。しかしじっとしていると、何をされるか分からなかった。
「こ・・ここは一旦距離を取って・・・・・。」
そう言いかけた時、いきなり如来が殴りかかってきた。振り上げた拳が、アスラの真横に叩きつけられる。
「・・・・・・・・ッ!」
驚いて固まっていると、如来は拳を開いて平手にした。
「如来ビンタ!オン!」
アマテラスがレバーを動かすと、バチコ〜ン!と如来のビンタが炸裂する。
「ふべらああああ!」
アスラは遠くまで弾き飛ばされ、一撃で瀕死の状態に陥った。
「な・・・なんだ、このデタラメなパワーは・・・。」
「これぞ神と仏のフュージョン、神仏の融合の力なり!」
「くそ・・・・。ふざけた戦い方をしやがって・・・・。」
アスラは立ち上がり、剣を掲げて雄叫びを上げた。
「ならば神も仏も粉砕してくれる!食らえ!カルマの業火!」
アスラの剣から紫の炎が立ち上り、髑髏の顔が浮かぶ。そしておぞましい叫びを上げながら飛んで来た。
しかし・・・・仏のボディには効かなかった。髑髏の炎はあっさりと跳ね返され、如来の後光によって消滅していった。
「・・・・・・・・・・・・。」
アスラは言葉を失くす。自分の最大の必殺技が、何のダメージも与えられずに跳ね返されてしまった。これ以上戦っても勝ち目はないと思い、一目散に逃げ出した。
「逃がすものか!」
アマテラスはレバーの横に付いているボタンを押した。如来は合掌してお経を唱え、口から文字が飛び出してきた。その文字はアスラの身体に張り付き、身動きを封じてしまった。
「まだまだ!」
今度はアマテラスが祝詞を捧げる。彼女の口から祝詞の文字が飛び出し、アスラに纏わりついて力を奪っていった。
「お・・・おのれ・・・・この俺様がこんな・・・・。」
「さあ、仕上げぞ!」
アマテラスは、左右のレバーを力いっぱい引く。如来のエネルギーが解放され、金色に輝いて宙に浮き上がった。
そして・・・・仏のポーズを取ったまま、猛スピードでアスラに向かって飛んでいった。
「むおおおおおお!来るなあああああ!」
座禅して仏のポーズを取ったまま迫りくる大仏。それは得も言われぬ恐怖だった。しかしお経の文字のせいで、まったく身動きが取れない。そこへ超高速で大仏が迫って来る。
「わあああああああ!やめろおおおおお!」
如来はそのまま突き進み、アスラを吹き飛ばしていった。
「ま・・・まさか・・・・この俺様がああああ・・・・・。」
仏の強烈な体当たりによって、アスラは光の粒子に砕かれた。
「よし!私たちの勝ちぞ!」
アマテラスはガッツポーズをして喜ぶ。しかしまだまだ敵は残っている。苦戦している仲間を助ける為、レバーを握って飛んでいった。
・・・・激しい戦いだった・・・。名のある神以外は、邪神の軍勢と相討ちになって死んでいく。それでもこの地球を守る為、命を懸けて必死に戦った。
アールマティの父であるアフラ・マスダと、彼の配下の光の軍勢も駆け付け、戦いは神々に有利になっていく。魔王や悪魔は次々に討ち取られ、中には逃げ出していく者もいた。
このままいけば神々が勝利する。それは誰の目にも明らかだった。しかし戦いとは常に予想外の事が起きるもので、邪神の軍勢の後ろに、突然スサノオが現れた。
「皆の者!攻撃を止めい!」
スサノオは剣を掲げて叫んだ。いきなりの出来事に、全員の動きが止まる。
「弟よ、いきなりどうしたのだ?そなたは邪神と戦っているはずでは?」
「その通り。しかし・・・・逃げられてしまったのです。」
「逃げられる?どういうことか?」
スサノオの衝撃的な一言に、神々の間に不安が走る。邪神の軍勢はその隙にそそくさと退却しようとするが、「動くでない!」とスサノオに殴り倒されてしまった。
「言うことを聞かぬ者は、ミンチになるまでシバき倒すぞ!分かったかコラ!」
ロキの胸ぐらを掴み、ガクガクと揺さぶって脅しをかける。
「わ・・・分かったから・・・・手を離せ・・・・。」
「いいか皆の者!我ら地球の者たちで争っている場合ではないのだ!あの邪神はな、身体だけ残して逃げて行きおった。」
「どこへ逃げたのだ?」
ヴィシュヌが慌てた様子で尋ねる。
「・・・おそらく、ラシルの星。それ以外に考えられぬ。」
「しかし邪神のいる場所から、ラシルの星へ逃れる術があるのか?」
そう尋ねられると、スサノオはバツの悪そうな顔で頭を掻いた。
「皆の者・・・怒らずに聞いてほしいのだが・・・これは儂のせいなのだ。」
「スサノオ殿の・・・・どういうことか説明してもらおうか?」
神々は怖い顔で睨みつける。アマテラスはハラハラしながら、如来の中で息を飲んでいた。
《我が弟・・・・やはりトラブルを起こしたか・・・。あれほど無茶をするなと言うたのに。》
姉の心配をよそに、スサノオはケロっとして答えた。
「実はな、邪神の馬鹿を空想の深海に閉じ込めようと考えたのだ。」
「空想の深海だと?」
今度はゼウスが顔をしかめる。スサノオは「うむ」と頷き、先を続けた。
「我ら日本の神は、邪神を討つべく出雲の地に集まっていた。しかしそこへ、突然クトゥルーが現れたのだ。」
「クトゥルーだと!あの化け物がか!」
トールは鼻息を荒くして詰め寄る。
「虚無の闇を通って、空想の深海から逃げ出して来たのだ。」
「虚無の闇って・・・・いったい誰がそんなものを・・・・。」
アテナが憂いのある顔で呟くと、アールマティが答えた。
「きっとアーリマンの仕業でしょう。奴めは我々の防衛網をすり抜け、現実の世界へ出て行ったのです。」
「左様、アーリマンのせいで日本の地に虚無の闇が広がった。それは現実の世界の深い部分にまで達し、やがて空想の世界にまで到達した。そこからさらに広がっていき、空想の深海の近くにまで達した。クトゥルーは特殊な力を使い、虚無の闇を通って抜け出して来たのだ。」
「ううん・・・なんとも予想外な話・・・・。」
北欧の女神のフレイヤが、眉をひそめて呟いた。
「儂はクトゥルーの力を利用して、邪神を空想の深海に閉じ込めようと考えた。そして・・・作戦は上手くいこうとしていた。共に連れていったヤマタノオロチが活躍してくれたおかげで、邪神を追い詰めることが出来たのだ。」
「ヤマタノオロチ・・・あんな化け物を・・・・。」
ダンタリオンが首を振りながらゾクリとしていた。
「邪神の神器は龍や魔獣には効かぬから、ヤマタノオロチはえらく活躍してくれたのだ。そして共に連れていった神々も、よく奮闘してくれた。特にあいつ・・・・ルーの息子の・・・何て言ったかな?」
名前が出て来なくて困っていると、バロールが助け舟を出した。
「ルーの息子なら・・・・・クー・フーリンのことか?」
「そうそう!それだ!・・・・・って、貴様はこっちを見るな!石になってしまうだろうが!」
スサノオは思い切りバロールを殴りつけた。
「ぐはあッ!・・・・・ひどい、名前を教えたのに・・・・。」
バロールはドクドクと出血し、ドシンと倒れてしまった。
「あのクー何とかいう奴は、先陣を切って戦いを挑んでいたな。そして皆の奮闘のおかげで邪神を追い詰め、クトゥルーの力を使って、空想の深海に閉じ込めようとした時だった。邪神は・・・・魂だけ抜け出して、虚無の闇に逃げていきおったのだ。」
「なんと!それはまずいではないか!」
オーディンが槍を向けて怒った。
「だから怒らずに聞けと言っただろう。本当はもっと上手くいくはずだったのだ。しかし・・・ちょっとした手違いが起きてしまってだな・・・・。」
「手違い?どんな?」
「確実に邪神を閉じ込めるために、ワダツミが呪術をかけようとしたのだ。しかし儂はまどろっこしいのは嫌いだから、余計なことはせんでいいと怒鳴った。そのせいで邪神は魂だけ抜け出し、虚無の闇へ逃れていった。いやあ・・・あの時はやっぱり、ワダツミの言うとおりにしておけばよかったなあ。がははははは!」
「・・・・・・・・・・・。」
「・・・・なんだその目は?逃げられたものは仕方なかろう。言っておくが、どんな非難も受けるつもりはないぞ。謝ることもせん!」
スサノオは喧嘩腰でふんぞり返った。
「・・・・・・・ダメだこりゃ・・・・。」
神々から諦めのため息が漏れる。アマテラスは皆に頭を下げて回り、弟の非礼を詫びた。
「我が弟よ、その後はどうなったのだ?」
「うむ、その後はですな・・・一応あとを追いかけたのです。こちらにはクトゥルーがいますから、奴の力を使って邪神を捕えようとしたのですが・・・・ここでも手違いが・・・。」
「またか!今度はどんな手違いだ!」
神々は一斉に詰め寄る。
「まあまあ・・・皆さん落ち着きなさい。ほんの些細なことです。」
「いいから早く言え!今度は何をやらかした!」
ブラフマーがプルプルと拳を握って睨みつける。
「大したことではない。ちょっとだけ・・・空想の牢獄に穴を開けてしまったのだ。」
「・・・・・・・・・・。」
「いや、ほんのちょっとだけだ!その後はすぐにクトゥルーに閉めさせた。儂も邪神を追いかけることに必死になっていたから、クトゥルーを急かしてしまったのだ。そして思わず拳骨を落とすと・・・・クトゥルーは空想の牢獄に向かって虚無の闇を広げてしまったのだ。」
「お主は・・・いったい何をしたか分かっているのか?空想の牢獄には、現実でも空想でも受け入れられない化け物を封じているのだぞ・・・・。」
神々は呆れてものも言えなかった。空想の牢獄とは、現実の世界ではおろか、空想の世界からも追い出された危険な存在を閉じ込める場所だった。その牢獄は空想の深海の少し上の方にあって、特殊な檻で囲まれていた。通常はその檻を開けるには、メタトロンか四大天使の持っている鍵が必要になる。しかし闇と空間を操るクトゥルーのせいで、その檻に穴が空いてしまったのだ。それは超が付くほど危険な、そして恐ろしい行為だった。
「空想の牢獄からは、誰か逃げ出したのか!」
ヴィシュヌが尋ねると、スサノオは「さあ?」と首を捻った。
「さあ?そんな曖昧な返事があるか!」
「さっきも言っただろう!邪神を追いかけるのに必死だったと。だから誰かが逃げ出したとしても、気づかなかったかもしれん。」
「・・・なんということだ・・・・・。」
神々はがっくりと項垂れる。空想の牢獄に閉じ込められている化け物は、かつて神々が総力を上げて戦った怪物だ。メタトロンや四大天使も手伝い、皆で力を合わせて閉じ込めたのだった。もしそんな化け物が表に出て来たら、邪神の他にも悩みの種が出来てしまう。
スサノオはちょっぴり反省したが、それでも「すまん」の一言で済ませてしまった。
「我が弟よ、そなたと共に行った者たちはどうしたのだ?ここにへは来ていないようだが。」
アマテラスがそう尋ねると、スサノオは「おお、それそれ!」と手を叩いた。
「実はですな、未だに邪神が暴れておるのです。奴めは魂が抜けた後でも動いておる。
執念というか怨念というか・・・魂が抜けても、そういうものは残っているのでしょう。
今はワダツミやクーが戦っているはずです。」
「なんと!それではすぐに応援へ向かわないと!」
「そうです。だからここへやって来たのです。ほれ、儂の後ろにクトゥルーの開けた穴がありますから、ここを通ればすぐに邪神の元ヘ。」
スサノオの後ろには、大きな穴がポッカリと空いていた。
「なるほど、では今すぐに邪神の元ヘ向かおう。他の方々、共に参りましょうぞ。」
アマテラスが呼びかけると、数人の神は頷いてくれた。しかし残りの神々は、あまり乗り気ではないようだった。
「どうされたのだ?早く行かねば邪神が・・・・・、」
「アマテラス殿、申し訳ないが、我々は行く気にはなれませんな。」
「オーディン殿・・・・なぜです?」
「元はといえば、あなたの弟君が犯した失態。それを我らが助ける必要はありますまい?」
「なんと!今はそのようなことを言っている場合では・・・・、」
すると、今度はギリシャの神々も首を振った。
「私も反対だな。」
「ゼウス殿まで・・・・。」
「申し訳ないが、お主の弟は少々やんちゃ過ぎるところがある。邪神は魂が抜けているのであろう?ならばあなた方だけでも充分に戦えると思うが?」
「しかし・・・戦力は多い方が・・・・・。」
「もし邪神を倒し損ねたら、我々が始末をつけます。とりあえずのところは、あなた方日本の神々だけでどうにかなさってはいかがか?なあ、皆の者?」
オーディンはこれみよがしに言って、周りに同調を求める。ほとんどの神々が、彼らの意見に賛成のようだった。
アマテラスはがっくりと項垂れ、「誰も手を貸してくれぬのか・・・」と落ち込んだ。
「あの・・・我々は共に戦いたいと考えているのですが。」
そう言って手を挙げたのは、アールマティだった。
「あなた方の国には、アーリマンが出現しているのでしょう?奴めは我らの宿敵。ならば、日本の神々に助力いたしましょう。」
「おお・・・なんと嬉しいお言葉・・・。」
ゾロアスターの神々は、アマテラスの申し出を引き受けてくれた。
「我々もお力添え致しますぞ。」
今度はダンタリオンが手を挙げた。
「私は、遠いラシルの星で戦う友と約束したのです。邪神を倒す為、共に戦うと。スサノオ殿の話を伺っているとい、そちらにはクー・フーリンが味方しているようですな?彼は私の友人の友人なのです。それならば私の友も同然。・・・・ご覧の通り、ソロモンの魔人は半分以下に減ってしまいましたが、それでもお力にはなれるでしょう。どうか共に行かせて頂きたい。」
「なんと・・・ソロモンの方々もお力を貸して下さるのか・・・・。」
ダンタリオンの紳士な態度に、思わず涙ぐんだ。
「聞いたか我が弟よ!そなたのせいで事態は悪化したというのに、力を貸して下さる方々がいるのだぞ。きちんとお礼を・・・・。」
そう言ってスサノオに目をやると、ゼウスとオーディンに喧嘩を吹っかけていた。
「ガタガタ言ってねえで一緒に来りゃいいんだ!ぶっ飛ばすぞコラ!」
「やれるものならやってみろ!」
「我らに喧嘩を売るとどうなるか・・・身を持って知らせてくれよう!」
三人の神は取っ組み合いを始める。見かねたインドの神々が仲裁に入り、必死に三人を引き離していた。
「・・・・・・・・・・・・・。」
ため息をついて、がっくりと項垂れるアマテラス。
「どうしていつもこう・・・我が弟は・・・・。」
昔から弟のやんちゃぶりに悩まされていた。いつまで経っても姉の苦労は絶えない。もう一度天の岩屋戸に閉じこもろうかと、本気で考えていた。
「その苦労・・・お察し致しますぞ。」
ダンタリオンに同情され、ますます弟のことが情けなくなってきた。
「落ち着け、いい歳した神がみっともないぞ。」
ヴィシュヌが諭すように言うと、ようやく三人の神は落ち着いた。
「喧嘩などしている場合ではなかろう。邪神の元ヘ行く者は行く。そうでない者はここに残り、光の壁の警護にあたる。それでよかろう。」
ブラフマーが冷静な意見を飛ばすと、ゼウスとオーディンは渋々という感じで頷いた。しかしスサノオの怒りは収まらないようで、まだ喧嘩を吹っかけようとしていた。
「やめよ!これ以上私に恥をかかすでない!」
アマテラスは如来パンチでスサノオの頭を殴りつけた。
「・・姉上・・・。」
「早く邪神の元ヘ向かうぞ。仲間が戦っているのだろう?」
「・・・・そうでしたな。分からんちんのアホ神どもと喧嘩をしている場合ではない。」
「貴様!まだ言うか!」
ゼウスはこめかみに血管を浮かばせて睨みつける。
「まあまあ・・・彼は血の気が多い神ゆえ、そう怒らずに。」
ヴィシュヌはニコニコとゼウスを宥め、アマテラスの方を振り返った。
「我らインドの神は、一度自分の国に戻ろうと思っております。なんでも、あの地では無数の魔物が暴れているとか。シヴァが向かったので心配はないと思いますが、それでも放っておくわけには参りませんので。」
「ヴィシュヌ殿、いつもいつも喧嘩の仲裁を申し訳ない。ほれ、そなたも礼を言え。」
「・・・・まあ・・・恩に着る・・・・。」
憮然とするスサノオを見て、ヴィシュヌは笑いを堪えた。
「さて、それでは行きましょう、姉上。」
「うむ。卑劣で野蛮なる邪神め・・・・必ず討ち取ってくれる!」
アマテラスは気合を入れて穴に向かった。すると穴の中から何かが迫って来て、思わず飛びのいた。
「何かが穴の向こうから出て来るぞ!」
神々に不安と戦慄が走る。身の毛もよだつ何者かが、穴の向こうから現れようとしていた・・・。