素晴らしきゲームミュージック

  • 2014.06.30 Monday
  • 19:44
ゲームに流れる音楽、それはゲームをより面白く、そして楽しくさせる為のもの。
それでいて、音楽単体で聞いても、胸に突き刺さるほど良質な音楽。
なんでこんなことを書いているかというと、ここのところゲームミュージックにハマっているからです。
ゲームの音楽って、とても素晴らしいものが多いですよ。
普通の音楽と違って、ゲームにおける様々な場面を盛り上げないといけないから、本当によく考えて作られていると思います。
ファイナルファンタジー、ロマンシング・サガ(サガフロンティア含む)、聖剣伝説、それに女神転生シリーズ、デビルサマナーシリーズをよく聞いています。
あと女神転生から派生したアバタール・チューナーというゲームの音楽も素晴らしいです。
上記のどのゲーム音楽も、そのゲームの世界観をより引き立て、プレイヤーをゲームの世界へと誘ってくれます。
ゲームっていうのは、ただ単にポチポチとボタンを押して遊ぶ為のものじゃありません。
例えばRPGゲームならば、いかにしてプレイヤーがそのゲームの世界に気持ちを重ねるかが重要なんです。
頭の固い馬鹿な大人たちは、ことあるごとにゲームを敵視しているようですが、それは大きな間違いです。
未成年が犯罪に走るのは、決してゲームやアニメが原因じゃありません。
未成年による犯罪の最大の原因は、教育機関のレベルの低さにあると思います。
屁理屈で自分たちの身をかばい合い、今座っている椅子を守ることに必死になり、いつまでも教室なんていう箱に閉じ込めた古臭い教育を続けている。それに多くの教師が、教え子に淫らな行為をして捕まっていますよね。
そして何か事が起きると、すぐにゲームやアニメなどを叩くんです。
あんたらなあ・・・自分たちの都合の悪いところは棚上げして、教育機関のレベルの低さをゲームやアニメに押し付けて責任の転嫁をするんじゃないよ!
自分たちとは異なる世界を批判する前に、自分の襟を正せってんだ!
・・・・とまあ、ちょっと話が逸れてしまいましたが、この話題はまた後日に書きたいと思います。
今回私が言いたいのは、いかにゲーム音楽が素晴らしいかということなんです。
次からはお気に入りのゲーム音楽について、僕なりの考えを書きたいと思います。

 

ダナエの神話〜宇宙の海〜 第一話 神樹をめぐる旅(1)

  • 2014.06.30 Monday
  • 19:23
神樹をめぐる旅


青い草がうっそうと茂っている。空には雷雲が吠えていて、いつ雷を落としてやろうか窺っているようだった。
妖精の王女ダナエは、そんな雷雲を見上げて槍を握りしめた。
「いよいよね・・・みんな、準備はいい?」
「おうよ、しっかりダナエちゃんのサポートをするから任せとけ。」
「たかが雷獣だろ?獣なんか怖くねえぜ!」
ゾンビのトミーとジャムが拳を握る。その横では、画家のドリューが筆を持って紙を睨んでいた。
「僕もお手伝いしますよ。なんたってこの筆には死神が宿ってるんですから。」
そう言って筆を見つめると、その中から声がした。
《ダナエ殿、気をつけるのだぞ?たかが獣といえど、相手は雷獣。油断は禁物だ。》
筆に宿るペインという死神が、気を抜かないようにとアドバイスをした。
「うん、みんなで力を合わせれば、きっと退治出来るわ。それにいざとなったら、この首飾りに宿った神様だっているし。」
そう言ってダナエは、三つの赤い宝石が填まった銀色の胸飾りを見せた。
「海の力が宿るこのペンダントがあれば、どんな強敵にだって負けないわ。」
ダナエは銀色のペンダントを握りしめ、深い森を見つめて槍を構えた。
「さあ来い雷獣!妖精の王女ダナエが成敗してやるわ!」
そう叫んだ瞬間、雷雲が光って稲妻が落ちた。大木が折れて炎が燃え上がり、その中から巨大な獣が姿を現した。
「グウウ・・・・・。」
獣は猿の顔に蛇の尻尾、そしてトラの胴体を持っていた。そしてバチバチと電気を発生させ、牙を剥き出して怒っている。それを見た二人のゾンビは、「やっぱ怖ええ・・・」とダナエの後ろに隠れてしまった。
「二人とも、無理しなくていいからね。」
「い・・・いや・・・ちゃんと俺たちも戦うぜ、なあジャム?」
「いやあ・・・出来れば逃げたいなあ・・なんて・・・。」
「情けないことを言うんじゃねえ!」
「こらこら、喧嘩しないの。」
雷獣は鬱陶しそうにダナエたちを睨み、爪を振って襲いかかってきた。
「みんな下がって!」
ダナエは二人のゾンビを突き飛ばし、白銀の槍で受け止めた。
「私だって強くなったんだから・・・もう誰にも負けたりしないわ!」
ダナエは身を屈めて雷獣の懐に入り込み、下から槍を突いた。しかし蛇の尻尾がそれを受け止め、毒の液を飛ばしてきた。
「危ない!」
ドリューは咄嗟に筆を振り、中に宿る死神を飛ばした。
「きええええええい!」
赤い衣を纏った小さな死神が、寄声を上げて蛇の尻尾を切り落とす。
「グオオオオオオ!」
それに怒った雷獣が、雷雲に向かって雄叫びを上げた。すると巨大な稲妻が降り注ぎ、死神のペインに直撃した。
「・・・ぐふう・・・・。」
「ペイン!このおおおお!」
ダナエは胸のペンダントを握り、赤い宝石に宿る神様に呼びかけた。
《お願い・・・雷獣を倒す為に力を貸して・・・。》
すると右の宝石から、ユラユラと波動が放たれた。そして次の瞬間、空間が歪んで巨大な魚が現れた。
「ブブカ!あいつの雷からみんなを守って!」
「任せろ。」
ブブカと呼ばれた巨大な魚は、大きな胸ビレを動かして時空を歪めた。それは降り注ぐ雷から仲間を守り、そして雷獣を別の場所へ瞬間移動させた。
「グル?」
いきなり別の場所にワープした雷獣は、不思議そうに首を捻った。
「どこ見てんの!私はここよ!」
雷獣の上に時空の穴が空き、槍を構えたダナエが飛び降りてきた。
「グオオオオオオ!」
ダナエの槍と雷獣の牙が交差する。そして次の瞬間・・・雷獣の牙は切り落とされ、頭に槍が刺さっていた。
「グオオオオオオオン!」
「雷なら水に弱いでしょ?自分の電気で感電しなさい!」
ダナエは印を結んで魔法を唱え、槍の穂先から海水を放った。雷獣の放つ電気が海水にショートし、ビリビリと熱を上げて丸焦げになってしまった。
「やったぜ!ダナエちゃんの勝ちだ!」
ジャムが拳を握って嬉しそうに駆け寄る。そしてハグをしようとして、ガツンと蹴られた。
「喜ぶのはいいけど、そういうのはナシね。」
「ぐふう・・・・ダナエちゃんの蹴り・・・・効く・・・。」
ダナエは丸焦げになった雷獣を見つめ、そっと手を触れた。
「ごめんね・・・。」
いくら敵とはいえ、相手を傷つけることを好まないダナエは、悲しそうに俯いた。
しかし・・・雷獣はまだ死んでいなかった。残った力を振り絞って立ち上がり、牙を剥き出して電気を溜めていった。
「いかん!自爆する気だぞ!」
ペインは慌てて叫ぶ。
「やばい!逃げようダナエちゃん!」
トミーが言うと、ペインは首を振って「無理だ・・・」と呟いた。
「この雷獣が自爆すれば、この森は消し飛ぶ。そうなれば、我々は彼との約束を守れなくなる。」
「そんなこと言ったって・・・ここにいたらみんな吹き飛んじまうぜ!」
ジャムはブルブルと震えながらダナエの裾にしがみ付いた。するとトミーが「いいこと思いついた!」と叫んだ。
「ブブカに別の場所に飛ばしてもらえばいいんだ!」
そう言ってブブカを見上げると、彼は首を振った。
「雷獣の放つ力が大きすぎる。きっと私の時空の波を弾いてしまうだろう。」
「そんな・・・じゃあどうすれば・・・・。」
雷獣はどんどん電気を溜めて膨れ上がる。空には雷が鳴っていて、いつ雷獣に落ちてもおかしくない状況だった。しかしそんな状況でも、ダナエは慌てなかった。
「みんな落ち着いて。ミミズさんなら何とか出来るかもしれない。」
そう言ってブブカを元に戻し、別の神様を呼びだした。
「お願いミミズさん!あの雷獣を飲み込んじゃって!」
そう叫ぶと、今度は左の宝石が輝き出した。するとバキバキと地面が割れて、その中から巨大な龍が姿を現した。
「ミミズト言ウナトイッタダロウ!」
「ごめんなさいミミズさん・・・じゃなかった、ニーズホッグ。」
ニーズホッグと呼ばれた龍は、真っ白な鱗に、大きな顎と歯を持っていた。そしてカチカチと歯を鳴らし、今にも自爆しそうな雷獣を睨んだ。
「ヌエカ・・・。地球ノ雷獣ガ何故コノ星二現レタノカ分カラヌガ、取リ合エズ食ッテオクカ。」
ニーズホッグは大きな口を開け、一口で雷獣を飲みこんでしまった。そしてしばらくすると、彼の腹の中で雷獣が爆発した。
ドゴン!と大きな音が響き、ニーズホッグの口から煙が上がる。
「大丈夫・・・ミミズさん・・?」
ダナエが心配そうに問いかけると、ニーズホッグはカチカチと白い歯を鳴らした。
「次二ミミズト呼ンダラ、二度ト手ヲ貸サナイ。」
「ごめんなさい、悪気はないの。ほら、私って思ってることが口に出ちゃうタイプだから。」
「ソンナコトハ知ラン。マアトニカク、次カラハチャント名前デ呼ブヨウニ。」
ニーズホッグはそう言い残し、ペンダントの宝石の中に戻っていった。
「よかったあ・・・・助かったあ・・・・。」
ジャムはへたりと腰をつき、ダナエの足に抱きついた。
「だからあ・・・そういうのはナシって言ってるでしょ!」
「へぶしッ!」
思い切り拳骨を落とされ、ジャムは白目を剥いてノックアウトされた。
「あらら・・・せっかく雷獣を倒したのにノビちまった・・・。」
トミーは可笑しそうに笑い、ジャムの鼻をつついていた。
「でもよかったです、この森が守れて。もしこの森が吹き飛んでいたら、ユグドラシルへの道が完全に断たれるところだった・・・。」
ドリューは森を見渡して言い、いつの間にか描き上げていた絵を見せた。
「やっぱり上手ね。それ彼にあげるの?」
「ええ、この森が好きだって言ってましたからね。」
ドリューはニコリと笑って絵をしまい、遠くに停まる大きな箱舟を見つめた。
「さあ、戻りましょう。彼に雷獣を倒したことを報告しなきゃ。」
「そうね、お腹も減ったし何か食べなきゃ。」
ダナエとドリューは並んで歩き出し、箱舟の方へと戻っていく。目を覚ましたジャムは、そんな二人を見て舌打ちをした。
「くそ・・・ドリューの奴・・・。最近妙にダナエちゃんと仲良くなりやがって・・・。」
「ドリューと仲がいいんじゃなくて、お前が嫌われてるだけだろ。」
トミーは可笑しそうに言い、ペインと共にダナエの後を追いかけていった。
「待てよ!人のことを置いてくな!」
箱舟に戻ったみんなは、中で待つ男に雷獣を退治したことを告げた。
「ただいま、カプネ。雷獣は無事にやっつけたわよ。」
「ご苦労さん。じゃあ少し休んでくれ。今度は悪霊の群れを退治しなきゃならねえからよ。」
カプネはカエルの姿に、忍者の装束を着た盗賊だった。長い煙管から煙を吐き出し、子分のカエルがサッと火鉢を置いていた。
「みんな聞いた?次は悪霊の群れの退治だって。私は遠慮するから、みんなで行って来て。」
「何を言ってやがんでえ。あんたが行かないで勝てるかよ。しっかりと悪霊を退治して来てくれ。」
「ええ〜・・・・私、幽霊苦手なのに・・・・。」
ダナエはがっくりと肩を落とし、恨めしそうにカプネを睨んだ。
「そう言うな。ユグドラシルにたどり着くには、マクナールって街へ行かなきゃならねえ。でもあそこへ行くには、あんたにもっと強くなってもらわなきゃならねえんだ。」
「それは分かってるけど・・・・。」
「俺はジル・フィンから、あんたのお目付け役を任されてるんだ。あのコウって妖精がいない今は、あんたの傍にしっかりした奴がついてないと・・・・、」
そう言いかけて、カプネは口を噤んだ。
「わ・・・わりい・・・。今のは悪気はないんだ、許してくれ・・・。」
「別にいいよ、そんなに気を遣ってくれなくても。」
ダナエはニコリと笑い、カプネの肩を叩いて奥へと歩いて行った。
「戦いで汗を掻いちゃったからシャワー浴びるね。」
「シャ・・・シャワー・・・・。」
ジャムがゴクリと喉を鳴らす。
「あ、言っとくけど、今度覗いたら大変なことになるわよ。だってダレスが『次は殺す』って怒ってたから。」
「・・・の・・・覗かないよ・・・・誓って約束する。」
ダレスという言葉を聞いた途端、ジャムはブルリと震えあがって首を振った。
「それじゃまた後でね。」
ダナエはシャワーを浴び、部屋に戻って一枚の絵を取り出した。それはドリューが描いた、コウという妖精の絵だった。
「コウ・・・もう二度と会えないの・・・?もし生きてるなら、早く私に会いに来てよ。」
ダナエはコウの絵を抱きしめ、ベッドに顔を埋めて涙を流した。
仲間の前では決して泣かないと誓っている分、一人になった時はずっと泣いていたのだ。
「早く・・・早くユグドラシルに会わなきゃ。そして邪神を倒して、もう一度コウと宇宙の旅に出るんだから・・・・。」
戦いの疲れが出て、ダナエは眠りに落ちた。夢の中にコウが出て来て、一緒に箱舟に乗って宇宙を旅していた。
「コウ・・・・。」
コウは夢の中で笑っている。ダナエの手を取り、二人で空を舞っていた。夢の中でコウと過ごす時間が、ダナエにほんの少しの安らぎを与えてくれた。

新しい小説

  • 2014.06.30 Monday
  • 19:19
ダナエの神話の続きを載せます。タイトルは〜宇宙の海〜です。
よかったら読んで下さい。

ダナエの神話 イラスト 海にて

  • 2014.06.27 Friday
  • 12:49


ダナエ




アリアンロッド


カオスジャーニー 最終話 世界が始まる時

  • 2014.06.27 Friday
  • 11:01
世界が始まる時


よくここまで辿り着いた。
幾多の試練を乗り越え、幾多の屍を積み上げ、お前は私に手を伸ばした。
旅の果てに己の『意思』を知り、その身に宿したる『闘争』を知った。
お前はようやく触れたのだ。自分の意思、自分の心に。
それは幻の中に浮かぶ真なるもの。『闘争』こそがお前の真実である。
私はその手を掴もう。全ての資格者を退けたお前を迎えよう。
もう迷いはないはずだ。しかしそれは新たな迷いを呼び起こす。
お前はまだ知らないことがある。自らの『意思』を知りながら、それでもなお知らないことがある。
お前の内には世界がない。歴史創始の舞台に立ちながら、己の描く世界がない。
しかし案ずることは無い。
お前の意思は『闘争』である。戦いの中に真実を見出す過酷な『意思』である。
ならば戦いを用意しよう。歴史創始の旅を締めくくるに相応しい戦いを置こう。
お前はその戦いの中で、未だ見えぬものが見えるようになるだろう。
そして未だ知らぬものを知り、己の世界を描くようになるだろう。
『意思』と『世界』。この二つを知った時、どのように道を歩むかはお前の自由である。
新しき世はお前の『意思』、そしてお前の『世界』に委ねられる。
お前はまだ『世界』を持たない。知ることである。そして意志を貫くことである。
永き時を経て、今ふたたび世界は生まれ変わろうとしている。
我は石碑の主として世界を見つめ、我が力を宿す資格者と共に世界を創り上げてきた。
それは今壊される。お前の手によって、終わりを迎えるのだ。
これは喜びである。死は旅立ちの喜びであり、生は孤独の苦行である。
我は還ろう。本来在るべき場所へ。命の連鎖を見つめる、悠久の時の中へ。
そして最後の役目を果たそう。『闘争』を戴くお前に、我が力を以って応えよう。
我と、我が資格者との戦いの中で、お前に『世界』を描かせよう。
これは最後の試練である。お前は持てる全ての力で挑むのだ。
さあ、戦いの鐘を鳴らそう。
我は『黄龍』
悠久の時の中で、生きとし生けるもの全てを見つめる、光り輝く龍神である。
我が力、我が牙を以って、お前の拳に応えよう。
命を懸けて挑むがよい!


            *


龍二は大きな円形の床に立っていた。
石碑の中に入ると、眩い光に照らされた道がここへ続いていた。辺りを照らす光は薄くなり、代わりに石碑の中の壁が映し出される。円形の壁は龍二の立つ床をぐるりと囲い、周りには多くのかがり火が灯っていた。そしてかがり火の後ろには大きな穴が空いていて、その中に何かがぼんやりと浮かんでいた。
《龍二よ・・・。》
石碑の主の声が響き、龍二は光が降り注ぐ天井を見上げた。すると目を開けられないほどの眩い光の柱が下りてきて、石碑を揺るがして黄金の龍が現れた。
神々しい光を纏い、威厳と強さに満ちた顔で龍二を見下ろしている。
黄金の龍の巨体に圧倒され、龍二は息を飲んで見つめ返した。
《我が名は黄龍。石碑の主であり、百万年に及ぶ世界の創始者である。
まずは賛辞を送ろう。よくぞここまで辿り着いた。》
黄龍の声は力強さと優しさを備えていた。腹に響くほどの重い声なのに、なぜか心地良さを感じさせた。
《お前は見事石碑に辿り着き、次なる歴史創始の舞台に立った。
しかし『世界』を持たぬお前では、新たな世を生むことは出来ぬであろう。》
黄龍の言葉は龍二の胸を揺らした。
メリッサとの再会で『闘争』という自分の意思を知り、彼女との戦いの中で自分の『世界』が持てるようになると考えていた。
しかしまだ『世界』は無い。自分の胸には何も描けない。
その心を見透かしたように、誰かが声を掛けてきた。
《足りないのさ、戦いがね。だから黄龍と私がお相手をするのだ。
君に自分の『世界』を描かせる為に・・・・・。》
それは張りのある涼やかな男の声だった。龍二は辺りを見回して声の主を探した。
すると黄龍の巨体の下に黒い影が現れ、蛇のように伸びながら人の姿に変わっていった。
「ようこそ石碑へ。私の名はオベロン。妖精の王だ。」
「妖精王オベロン・・・。」
オベロンは精悍な顔つきをした迫力のある男だった。
美男子ではあるが強い戦士の目をしていて、それはあのクリムトにそっくりの目だった。
流れるような銀色の髪に、煌めく蒼い鎧を纏っている。
そして腰には細身の長剣を携えていた。
特徴的な長い耳を小さく動かし、透き通る美しい羽を羽ばたかせて会釈を寄こしてきた。
「ここまで来ればもう言葉はいらないだろう。私は妖精王オベロン。自然の民を束ねる者なり。さあ、君の全てをぶつけてくるがいい!」
オベロンは剣を抜いて構える。龍二は拳を見つめ、これが最後の戦いになると感じた。
そして、それは新たな戦いの始まりであると思った。
拳を構え、スサノオの力を解放してオベロンに向かい合う。
「俺は円龍二だ。迷いながら戦い、ここまでやって来た。
自分の『世界』を知る為、全力でお前に挑む!」
オベロンはニコリと頷き、黄龍に向けて剣をかざした。
「ゆくぞ黄龍ッ!」
石碑の中に黄龍の雄叫びが響き渡る。
周りのかがり火は猛々しく燃え上がり、その後ろにある大きな穴に神々の姿が現れた。
ヴィローシャナ、フェンリル、アフラ・マスダ、シヴァ、ゼウス、そして燭龍。
他にも見たことのない神々がいて、皆が最後の戦いを見守っていた。
龍二は拳を光らせ、持てる力の全てを解放した。
金属はより硬くなり、身体じゅうに大きな力が蠢きだす。
「これは終わりじゃない、始まりだ。いくぞオベロン!」
床を蹴って駆け出し、一気に間合いを詰めて行く。
疾風より速い動きでオベロンの前に迫り、両手を向けて『天叢雲剣』を放った。
強烈な振動がオベロンに襲いかかるが、彼はビクともしなかった。
「心地のいいそよ風だ。そんな力では私の鎧を貫けない。」
余裕の笑みで剣を構え、見えないほどの速さで突いてくる。
「ぐあッ・・・。」
オベロンの剣はあっさりと龍二の右の肩を貫き、風を放って彼を吹き飛ばした。
「まだまだ、こんなもので倒れてはいけないよ!」
オベロンの動きは龍二より遥かに速かった。
見えない突きが襲いかかり、龍二は両腕をクロスさせて身を守った。
「スサノオ!もっと力を!もっと身体を硬くッ!」
胸の紋章は強く輝き、金属の身体は黒い石に変化していく。
極限まで硬くなった龍二の身体は、オベロンの剣を弾いて身を守ってくれた。
「ふうむ、ずいぶん頑丈だな。しかしそのままでは戦えないだろう?」
オベロンの言葉は当たっていた。龍二は防御の体勢のまま動くことが出来ない。
黒い石の身体は頑丈だが、それは攻撃を捨てた守りの力だった。
「その目は何か考えているね。どんな策か楽しませてもらおう!」
オベロンは「炎!」と叫んで剣を振り上げる。
すると黄龍の口から炎が吹き出され、オベロンの剣に宿った。
「これは龍神の炎だ。どんなものでも焼き切る魔法の剣さ。
じっとしているとそのまま真っ二つだぞ!」
オベロンは剣を大上段に構える。それは灼熱の火柱となって石碑の上まで伸びていった。
《こんなものをまともに喰らったらおしまいだ。でも俺にだって武器はある。
強力な武器が二つ。それを合わせれば・・・・・。》
龍二は石化を解き、足を踏ん張って両手を広げた。
「私の剣を受け入れるつもりか?なら痕かたも無く焼き尽くしてくれよう!」
オベロンは龍二の頭にめがけて剣を振り下ろした。
灼熱の火柱がうねり、龍二に襲いかかって来る。
「パワー勝負なら負けない!お前こそスサノオの力に耐えてみろッ!」
左手には『七支刀』、右手には『天叢雲』、それぞれの力が胸の紋章に集まり、青く輝き出す。そして集まった二つの力が混ざり合って解放された。
青く光る紋章から凄まじい光が放たれ、一瞬にして火柱とオベロンを飲み込んでいく。
「このまま消え去れッ!」
龍二は力を込めて紋章の光をより強力に輝かせていく。
火柱は掻き消され、オベロンは黄龍の下に吹き飛ばされていった。
青い光を放ったあと、龍二はがっくりと膝をついた。
彼が放ったのは、スサノオの最後の武器『草薙の剣』であった。
それは『天叢雲剣』さえ上回る最強の神器であったが、その力を使った代償は大きかった。
彼の中の力はほとんど失われ、立ち上がるのさえ一苦労するほど疲弊していた。
それでもなんとか足を踏ん張り、拳を構えてオベロンを睨んだ。
《あいつはまだ死んでいない。何か大きな力を隠している・・・・・。》
オベロンは黄龍の下で倒れたまま笑っていた。煌めく蒼い鎧は粉々に砕かれ、自慢の剣にはヒビが入っていた。しかしそのことが逆に嬉しかった。百万年もの間石碑の中に閉じ込められ、これほどの刺激を感じることはなかった。
「いいねえ。私の鎧を砕くなんて最高じゃないか。前の歴史創始の時に君のような男がいれば、もっと楽しめただろうに・・・・・。」
そう呟いて身を起こし、握っていた剣をポイと捨てた。
そしてよっこらしょっという感じで立ち上がり、汚れを払ってにこやかに笑った。
「力で勝負しても分が悪いか。ならば・・・・、」
オベロンは黄龍を見上げた。
「黄龍よ、あれをやってくれ。」
黄龍は再び雄叫びを上げ、神々しい光を放ってオベロンを包んだ。
その光は黄龍の持つ『命の連鎖』を担う力だった。
オベロンは見る見るうちに幼く退化していき、やがて胎児となって消えてしまった。
「な、なんだ・・・。いなくなっちまったぞ・・・・・。」
龍二は困惑しながら黄龍の光を見ていた。
すると胎児となって消えたはずのオベロンが、まったく別の姿になって現れた。
それは花だった。全身にイバラを巻いた、薄く透き通る紫色の大きな花だった。
《この花はかつて私が戦った相手だ。そして勝利を収め、私の糧となった。
黄龍の光は、己の糧としたものに姿を変えることが出来る。さあ、いくぞ。》
オベロンは花粉をまき散らし、黄龍はそれに向かって息を吐いた。すると花粉はたちまち小さな妖精に変わり、龍二の頭上に舞い上がって歌を歌い始めた。
「なんだこいつらは・・・。なんで歌なんか・・・・・。」
歌は石碑の中に響き渡り、龍二は眠気を感じて膝をついた。
《これは子守唄さ。眠ったら最後、君は死ぬ。なぜなら・・・・・、》
無数の妖精達は龍二の身体に纏わりつき、クスクス笑いながら彼を食べていく。
「うおおお!離れろッ!」
『天叢雲剣』を放って纏わりつく妖精を消し飛ばしたが、頭上に舞う妖精達は次々に襲いかかってくる。龍二は何度も技を放って妖精を倒していくが、オベロンはまた花粉をまき散らし、それを黄龍が妖精に変えていく。
そして妖精の歌声が強烈な眠気を誘い、視界がぼやけて意識が薄れていく。
《だ、駄目だ・・・。このまま眠っては・・・・。》
妖精は龍二の姿が見えなくなるくらい群がり、飢えた犬のように彼の身体を貪っていく。
しかし龍二は痛みを感じない。妖精の歌声が神経を麻痺させ、眠気だけを感じさせていた。
《さあ、どうにかしないと妖精達に食べ尽くされてしまうよ。》
オベロンはまた花粉をばら撒き、黄龍が息を吹きかけて妖精に変えていく。
龍二は必死に応戦するが、いくら倒してもキリがなかった。
《黄龍よ、もう一度『命の連鎖』を。》
オベロンは神々しい光を受けて元の姿に戻る。そして指を鳴らして数匹の妖精を集めた。
「私は知っているよ。君はこういう逆境の中でこそ力を発揮する。
なぜなら戦いの中に真実を見出すのだからね。だからここらで幕を降ろそうと思う。
さあ、妖精達よ。私の武器になれ。彼を貫く弓矢となれ。」
集まった数匹の妖精は、小さく歌って灰色の弓と黒い矢に姿を変えた。
「これで撃たれた者は矢の中に吸い込まれ、私の糧となる。
さあ、君の魂を私のものとしよう。」
オベロンは矢を構え、妖精が群がる龍二に狙いを定めた。
「何も出来なければこれで終わりだ。さあいくぞ!」
オベロンは番えた矢を放った。
黒い矢は群がる妖精の隙間をぬい、硬い音を響かせて龍二の胸に当たった。
しかし当たった矢はポトリと床に落ち、矢の先端は潰れたようにへこんでいた。
「これは・・・・・。」
オベロンは指を鳴らして妖精達を退かせた。
龍二は腕をクロスさせ、再び黒い石の身体になって身を守っていた。
「ほう、上手い具合に防いだな。しかしそのままでは戦えまい。守りだけでは勝てないのだぞ。」
オベロンは弓を剣に変化させ、指を鳴らして全ての妖精を集めた。
「ちまちま戦っても仕方がない。これは最後の戦いだからね。
それを締めくくるに相応しい戦いにしよう。私は最大の奥義で君を討つ。
君が真の資格者なら、きっと生き残れるはずだ。もしそうでなければ・・・ここで死ぬ。」
集まった妖精達が剣に吸い込まれ、七色に輝く光の刃が現れる。
オベロンはその刃を握り、頭上に向かって高く振り上げた。
「黄龍よ、これが最後だ!この剣に君の力を!」
神々しい光がさらに輝きを増し、黄龍は大きく口を開けて咆哮した。
空気がビリビリと揺れ、床は地震のようにぐらつく。
黄龍は石碑の天井まで高く舞い上がり、オベロンの剣に向かって稲妻のように落ちていく。
七色の刃と黄龍は激しい雷鳴を轟かせてぶつかり、黄金に輝く長い剣に変わっていた。
「これは妖精の力と黄龍の力が合わさった、最強の魔法の剣さ。
これが私の切り札だ。君がどんなに丈夫でも、一瞬で塵に還すことが出来る。
君が生き残る方法はただ一つ。この剣で斬られる前に、私を倒すことだ。」
龍二は石化を解いて拳を構えた。
オベロンの言葉に嘘はない。あの剣は、今まで出会ったどの資格者の力よりも上だった。
フェンリルの牙より、クリムトの雷霆より、そしてスサノオの『草薙の剣』より・・・。
これまでのように力で押し切れる相手ではなかった。
《どうしてこれほどの力を?オベロンと俺の差は、いったいどこにある・・・・?》
パワーだけならスサノオの方が上のはずだと思った。並はずれた頑強さとパワー。これこそがスサノオの力だった。黄龍はとても不思議な技を使う分、力ではスサノオに引けを取るはずである。決して非力ではないが、スサノオと同等のパワーの持ち主とは思えない。
《俺には不思議な技は使えない。あくまで力で敵を破壊する技だけだ。
しかしあの剣とまともにぶつかったら、確実に負ける。
だからといってあの剣を防ぐ方法は・・・・思いつかない・・・。》
防ぐことは不可能。『草薙の剣』で迎撃しても、おそらくあの剣には勝てない。
もし仮に上手くかわしたとしても、スピードはオベロンの方が上。
すぐに追い詰められて斬られるだけだろう。ならばどうするか・・・・・・。
オベロンは剣を構えて龍二に向けた。もう考えている時間はない。
「さあ、これが最後の攻撃だ。生き残ってみせろ!」
背中の羽を羽ばたかせ、オベロンは一直線に向かってきた。
《速いッ!逃げられない!でも迎え撃つことも出来ない!どうしたら・・・。》
一気に間合いを詰められ、オベロンの剣が振り下ろされる。
黄金の刃が目の前に迫り、龍二は『死』を覚悟した。
その時、全ての色が消えて、剣の動きがスローモーションに見えた。
頭の中に光が弾け、走馬灯のように宿敵達の顔が浮かんだ。
ハルバティ、アンネ、鳴上、そして・・・・、
《生きろよ、龍二。死んだらダメだ。》
クリムトの顔が浮かび、彼が最後に言った言葉が蘇る。
《あなたは本当に強くなった。最後まで戦ってね。》
メリッサの笑う顔が浮かび、彼女の明るい声が蘇る。
しかしまだ走馬灯は続く。最後に浮かんだ顔は・・・・、自分だった。
《戦え。》
走馬灯の中に浮かぶ自分は、一言だけそう言った。
戦い。それは自分の『意思』。そして『闘争』こそが自分の真実。
しかしまだ足りない。走馬灯の中の自分は、まだ納得していない。
『意思』の他に必要なもの。それは・・・・、
その答えに気づいた時、龍二はオベロンの剣を素手で受け止めていた。
いや、正確には龍二とスサノオが受け止めていた。彼の後ろには、白い布服を纏った逞しい肉体の神が立っていた。
黄龍より一回り大きく、岩石のような拳で『天叢雲剣』を握っている。
その顔は猛獣のように猛々しく、鋭い眼光は見ただけで震えあがるほどの迫力があった。
長い黒髪を乱し、『天叢雲剣』で龍二と共にオベロンの剣を受け止めていた。
《儂の力を身に宿したわっぱよ。ようやく出て来られたわ。》
スサノオは満足そうに笑い、剣を振り上げてオベロンを弾き飛ばした。
あまりの勢いにオベロンは壁に叩きつけられ、黄金の剣を握ったまま床に倒れ込んだ。
「スサノオ・・・。俺の外に出て来たのか・・・。」
龍二は巨大なスサノオを見上げ、畏れを抱いて生唾を飲んだ。こんな神が自分の中に宿っていたのかと思うと、喜びとも恐れともつかない感情が湧き上がった。
《身に宿る神を怖がる馬鹿があるか。儂は待っていたぞ。
お前が『意思』と『世界』を持つ時を。それは今ようやく訪れた。
戦いの中で見出したお前の『世界』。その口で儂に言うてみよ。》
スサノオはおっかない目を向けて龍二を睨みつける。
しかし龍二は動じない。スサノオの問う自分の『世界』を、今ようやく知ったからだ。
龍二は胸を張ってスサノオを見上げた。そして何の迷いもない目で答えた。
「戦いの中で俺の描いた『世界』。それは『混沌』だ。」
《ではなぜ『混沌』を描いたか?》
その声は黄龍とは違った意味で重く、思わず背筋が伸びるほどの威厳があった。
龍二は軍にいた時のようにシャンと背を伸ばし、大きく息を吸って答えた。
「俺はここに来るまでの戦いで、多くの命を絶ち、多くの『意思』を潰してきた。
その中には俺を助けてくれた者や、俺を愛してくれた者もいた。
でも・・・俺は戦ってきた。そしてここに立っている。
今、俺の立つこの場所では何も決まってない。何も無いんだ。
オベロンの剣で『死』を覚悟したが、それは初めてのことじゃない。
今までに何度も『死』を突きつけられた。それを乗り越える為に、ひたすら戦った。
死にたくなかったからだ。生きたかったからじゃない。
だから『死』の向こう側には、何も無いんじゃないかと思った。
その何も無い先を決めるのは自分だ。善も悪も無い。光も闇も、幸も不幸もない。
未だに何も決まらないまま『混沌』があるだけだ。
俺は・・・・・創りたい。そういう『混沌』の中でこそ、自分の世界を・・・。
何も無いなら・・・何かを頼ることも出来ない。何かを成すのは自分だけだ。
だから、俺は『混沌』の世界を描いた。その中を生き、その中でこそ世界を創りたい。」
スサノオは黙って聞いていた。
龍二の言葉を吟味し、その言葉の向こうにある彼の『世界』を感じる為に。
そして、龍二の言葉はスサノオを満足させるものだった。
『何かを頼らない』『自分で成す』
勇ましい武神は、彼の見出した『世界』に大きく頷いた。
《それでこそ『闘争』の意思を宿す者よ。ならば最後の仕上げをせいッ!》
スサノオは剣を持ち上げ、倒れるオベロンを指した。
《ここより先、神は立ち入らず。お前とあの者との戦いだ。
見事その拳で討ち取り、お前の『世界』を拓いてみせい。》
オベロンは立ち上がった。黄金の剣は消えていて、黄龍は彼の上に浮かんでいる。
傷ついたオベロンはふらふらと歩いて、投げ捨てた自分の剣を握った。
そして龍二に向けて剣を構え、羽を動かして浮き上がる。
「見事だ・・・。君を真の資格者と認めよう。しかしここから先は、私と君の一騎打ちだ。神は頼れない、お互いの力だけで決着をつけよう。」
「望むところだ。」
龍二は拳を構え、オベロンに向かって駆け出した。
今の彼にスサノオの力は宿っていない。しかしそれはオベロンも同じだった。
スサノオと黄龍はただ見ているだけ。戦うのは龍二とオベロン。
世界を拓こうとする者と、世界を創ってきた者。
二人の拳と剣がぶつかろうとしていた。
龍二は素早く駆けてオベロンの懐に入り、右の拳を打ち出した。
しかしオベロンは高く舞い上がってそれをかわし、剣を向けて飛びかかってくる。
妖精王の剣が龍二の心臓を狙う。しかし龍二は逃げることなくその剣に向かっていった。
両者の拳と剣が交錯し、鮮血が飛び散って床に赤い点を作っていく。
オベロンの剣は龍二の拳を斬り落としていた。石碑の床に彼の右拳が転がっていく。
オベロンは刃を返して龍二の胸を斬りつける。皮膚を切り裂き、肉に食い込んで骨を断つ。
しかしオベロンの剣は止まった。
彼の剣が心臓を切り裂く前に、龍二の拳が顎にめり込んでいた。
硬い音を響かせ、オベロンの顎を砕いていた。
妖精王は剣を落とし、血を吐きながらゆっくりと後ろに倒れていく。
百万年の間世界を創ってきた者は、大の字で床に沈んだ。オベロンは立ち上がることが出来ず、薄く目を開けて、ぼやける視界で天井を見上げているだけだった。
龍二は勝った。かつて歴史創始の戦いを制した者を、この拳で沈めた。
胸は深く切り裂かれているが、心臓は無事だった。しかし血は溢れてくる。
手で押さえても濁流のように溢れ、意識が遠のいてその場に崩れた。
《勝った・・・。でも、このまま俺は死ぬのか・・・・・。》
身体から力が抜けていく。胸から暖かい血が溢れ、視界が黒く霞んでいく。
しかし誰かが自分の胸に触れるのを感じ、霞む視界を向けてみるとオベロンが笑っていた。
「お見事。人の身でよく私を倒したものだ。」
オベロンは手から暖かい力を発し、龍二の傷を塞いでいく。
そして二人の戦いを見守っていた黄龍も、小さく口を開いて輝く息を吹きかけた。
龍二はたちまち力を取り戻し、オベロンは手を引っ張って彼を立たせた。
「もう私の役目は終わった。次なる世界は君に任せよう。」
オベロンは黄龍を見上げ、戦いに満足して頷いた。
黄龍は長い髭を揺らして龍二を見つめ、神々しい光を消して高く舞い上がる。
石碑の中の光は失われ、かがり火だけが灯りをともしていた。
《龍二よ、お前はよく戦った。しかしこれで終わりではない。
ここより『混沌』の世は啓かれ、新たな戦いの道が始まるだろう。
自分の『意思』を見失わず、自分の描いた『世界』をその足で歩いていくがいい。
私は悠久の時の中で、その姿を見守ろう・・・・・。》
黄龍は再び神々しい光を放ち、咆哮を響かせて消えた。
そして石碑にはかがり火の灯りだけが残り、気がつけばオベロンの姿も消えていた。
《龍二、私は生まれ変わる。百万年の時を経て、新たな命に旅立つのだ。
もしまた会うことがあったら、その時は再び剣を交えよう。ではまた・・・・・。》
どこからともなくオベロンの声が響き、彼の気は完全に消え去った。
丸い穴から龍二の戦いを眺めていた神々の姿も消え去り、かがり火の光も失われて、石碑の中は完全な闇に包まれた。
《わっぱ、・・・いや、龍二よ。》
真っ暗な闇の中に、スサノオの姿だけがクッキリと浮かび上がる。
龍二は振り返り、我が身に宿っていた神を見上げた。
スサノオは剣を向け、強い口調で彼に問いかけた。
《ここより新たな世が始まる。しかしその前に褒美を授けねばならん。
お前はその心の内に、復活を望む魂がいるか?》
資格者にはご褒美がある。クリムトはそう言っていた。
それは自分にとって最も愛しい者を、一人だけ生き返らせることが出来るというもの。
家族でも恋人でも、なんなら飼い犬でもいい。
そして・・・自分自身でも・・・・。
龍二は迷うことなく答えた。
「俺を生き返らせてくれ。」
《そうか。お前は己の創り出した『混沌』の世に生きようというのだな。》
「ああ、まだまだ知りたいこと、そして分からないことは山ほどある。
しかし『混沌』の世界を生きることで、それを掴めるかもしれない・・・。」
スサノオは大きく頷き、『天叢雲剣』を振り上げた。
剣は赤く光り、石碑の中の闇を照らす。龍二はその光を受けて顔を上げた。
《よかろう。儂は石碑の主として、『混沌』の世を創ろう。
しかし儂は甘くない。お前の想像以上に過酷な世となるかもしれんぞ。》
スサノオの眼光は威圧的に光を増す。しかし龍二は躊躇うことなく頷いた。
「構わない。俺の意思は『闘争』だ。きっと生き抜いてみせる。」
《ならばゆくがいい!儂はここより、お前の生き様を見守ろう!存分に戦ってこい!》
スサノオは剣を振り下ろして龍二を斬りつけた。
赤い光が走り、龍二は二つに割れて光の粒子に変わっていく。
そして暗い石碑の中を昇っていき、一瞬輝いてから闇に消えていった。
《ここより新たな世が始まる。石碑の主として、儂はぞんぶんに働こう。
いつか終わり迎え、次なる資格者が現れるまで・・・・・》
スサノオは膝を立てて床に座り込み、剣を振り上げて赤い光を灯した。
石碑から眩い光が放たれ、まさに世界は生まれ変わりの時を迎えた。
古き世界は死に、新たな世界が産声を上げる。
全てのものは壊され、そして別のかたちとなって生まれていく。
それは龍二の描いた『混沌』の世界。
何も決まっておらず、全てのものが等しく同じ位置に立っている。
人も、精霊も、妖精や動物も。そして命を持たないものも。
ここから新たな世界が創られていく。煮えたぎる原始の世界から、いつか形を成す為に。
生まれ変わりの瞬間は、石碑の光が放たれると共に始まり、光が消えると共に終わった。
今まさに次の百万年後に向かい、終わりの始まりを迎えた。
役目を終えた石碑は黄色く霞む空の中に消えていく。
またいつか、新たな『意思』を持った資格者が集うその時まで・・・・。





旅のはじまり


見慣れたものは全て消えていた。知っている者も誰もいない。
吹きさらしの大地の上に立ち、一人空を見上げて拳を握った。
青い空が広がっている。そこにはもう石碑はない。
自分は戻ってきた。一人の人間、円龍二として。
もうこの身に神の力は宿っていない。頼れるのは己のみ。
それは自分で選んだ道、そして自分で選んだ世界。
一人だった。家族も仲間も、友や恋人もいない。
しかしまったく寂しさはなかった。なぜなら、戦いの中で真実に気づいたのだから。
この何も決まっていない『混沌』の世界を歩いていけば、いつか出会える。
クリムトのような強い者に。そしてメリッサのような愛しい者に。
その時、またその者達と戦うことになるのかもしれない。
しかし、それならそれでいい。それこそが自分の描いた『世界』。
戦いの為の戦いではない。知る為、進む為の戦いである。
何もない大地を歩き出していくと、遠くの方に大きな樹が立っているのが見えた。
吹く風に枝を揺らし、葉を散らしているのが分かる。根元には人影のようなものがあった。
《とりあえずあそこまで行ってみよう。誰かがいるかもしれない。》
黙々と歩いていると、戦いの記憶が蘇った。
どの相手にも苦戦した。しかしどの戦いも無駄には感じなかった。
戦いを通して知った全てのことが、自分の糧になっている。
生きていける。まだまだ戦える。そして、きっと未だに知らないものに出会える。
それは言いようの無い喜びだった。至福といっていいくらいの喜びだった。
立ち止まって後ろを振り返ると、点々と足跡が残っていた。
歩いた距離はとても短い。しかし、いつかあの歩き出した場所が見えなくなるくらい遠くまで歩かなければ。そうでなければ、この世界に生き返った意味がない。
何も決まっていないこの世界で、意味を持たせるのは自分。
戦うしかない。この拳で戦い、この手で新たなものを掴むまで。
もう一度あの大きな樹を見上げ、再び歩き出した。やはり樹の下には誰かが立っている。
足元に小さな影が動き、空を見上げると、鳥に乗った風の精霊がこちらを見下ろしていた。
どうやらむこうもあの樹に向かっているらしい。
風の精霊は二コリと笑みを向け、鳥の背中に乗って飛んでいく。
戦いの予感がした。あの樹に辿り着けば、また大きな戦いの道が始まる。
飛びゆく精霊を目で追いながら、生まれたばかりの世界を歩いていった。

カオスジャーニー 第十話 露の中の夢

  • 2014.06.26 Thursday
  • 16:33
露の中の夢


希望って残酷よね。
最初から絶望しかなければ、無駄に傷ついたりしないのに。
でもね、誰だって希望にすがりたがるの。
暗い闇の中に、寒い夜空の中に灯がともっていたら、みんなそこに群がるでしょ?
この石碑はね、絶望の中に灯る光なのよ。こんなものがあるから、みんな争って傷つくの。
無くなればいいんだわ。石碑も、生まれ変わりも、みんな無くなればいい。
憎しみや悲しみを否定するわけじゃないのよ。私は争いの種を消し去りたいだけ。
世界がどうあるかなんて、そこに生きる者達が決めるべきでしょう?
一人一人の『意思』がいちいち反映されていたら、世界はおかしくなっちゃう。
私はね、一人の『意思』なんてどうでもいい。大事なのは『全体』よ。
たった一人の魂が、その『全体』を塗り替えるなんて絶対にあっちゃいけない。
みんな自分の居るべき場所で暮らして、家族や仲間がいればそれでいいはずでしょ。
それってとても素敵なことなのに、目の前に『希望』をぶら下げられると豹変するの。
よく自分の胸を探ってみて。家族がいて、仲間がいて、夢があって、他に何が必要なの?
あなたにとって本当に望むものは、世界を創り変えることなの?
それとも誰かを生き返らせたい?それなら私が代わりにやってあげるわ。
あなたの大事な人を生き返らせてあげる。この石碑の主になってね・・・・・。
私はあなたのことが好きよ。人としても、男としても・・・・。
利用していたのは謝るけど、でも誰でもよかったわけじゃない。
あなただからこそ、私は選んだ。
天啓のように、運命のようにあなたが落ちて来たあの瞬間。
この人こそが私の求めていた人だって思ったわ。
ねえ、あなたの答えを聞かせて。
あなたは私の考えをどう思う?どう感じる?馬鹿だって思う?それとも賛同してくれる?
言葉じゃなくてもいいの。私が知りたいのはあなたの心。
精霊は外見も言葉も信用しない。相手の心だけを信じるの。
だからあなたの心を見せて。そしてあなたの心を聞かせて。
私はあなたを知りたい。あなたの中の、本当の『意思』を。
だから、あなたの答えを聞かせて・・・・・・。


            *


メリッサは石碑の前に立っていた。
その横には別の精霊の男が倒れていて、大きな樹の神が姿を現わして二人を見つめていた。
《精霊よ・・・。同志を手に掛けるとは、実に許し難し。だがこれもまた定めなり・・・。》
壮大な巨木の神は、幹に茂る葉を揺らして消えていった。
メリッサは男の骸を水で包み、元素に分解して宙に放った。
肉体から抜き出た魂は、悔しそうな顔を見せて石碑の中へと吸い込まれていった。
「ごめんね。仲間なのに・・・。」
寂しそうな顔を見せ、メリッサは龍二の方へ近づいて来る。
そして彼の一歩手前で止まり、真っすぐに目を向けて手を伸ばしてきた。
「あなたの心を聞かせて。私の問いに、あなたの『意思』が背くかどうかを。」
彼女は目を閉じて龍二の胸に触れた。そこはスサノオの紋章が光る場所で、メリッサの手に反応して熱く輝いていった。柔らかく、そして優しい手だった。
清らかな水が身体の中を駆け抜け、そして心地良く満たされていく。
龍二の頭の中に、女神のような美しい一人の女性が現れた。
どんな宝石よりも綺麗で、どんなガラスよりも透き通った身体。
サザナミのように揺れながら、穏やかな顔で微笑みかけてくる。女は水の身体を持っていた。そして、その胸の中には小さく光る彼女の『意思』が宿っていた。
《これが・・・メリッサの本当の姿。水の精霊、ウンディーネの姿か・・・。》
見惚れるほど美しく、龍二は思わず頭の中で手を伸ばした。メリッサはそっとその手を握り、自分の胸に持っていく。そして胸の中に輝く、彼女の『意思』に触れた。
それは優しい想いで溢れていた。万物を慈しむ心があった。
他者を傷つけることを嫌い、自分より他人のことを先に考える、穏やかな心だった。
しかしそれと同時激しい怒りもあった。
うねる波のように、荒れ狂う川のように、激しい怒りが渦巻いていた。
恩恵と破壊、優しさと畏れ、慈しみと憤怒。
それはまさに水が持つ二面性であった。美しく、そして恐ろしい・・・。
龍二は知った。彼女の心を、そして彼女の『意思』を。
それは『調和』であった。
善と悪、光と闇、陰と陽、幸と不幸、生と死。そして・・・人と自然の民。
全ては平等。全てのものが等しく世界に在るべきであり、『調和』こそが世界の根源。
それに気づいた時、彼女の姿は消えた。
美しい水の身体はパッと弾け、虹を輝かせて消え去ってしまった。
「龍二・・・・。」
メリッサは悲しい目で龍二を見つめていた。
彼女もまた、龍二の『意思』を知った。
そして、それはとうてい自分とは相容れないものだった。
龍二はメリッサの手に触れ、そっと自分の胸から離した。
メリッサの『意思』を知り、そして自分の『意思』もはっきりと知ることが出来た。
龍二は思い出していた。ここへ辿り着くまでに戦った数々の強敵を。
転生を繰り返す老婆、ハルバティ。死を恐れる彼女の意思は『永遠』
狼を駆る妖精の少女、アンネ。彼女は孤独を恐れていた。その意思は『絆』
光の神を宿した聡明な男、鳴上。光を戴く彼の意思は『善』
そして、ただ一人の女を愛した誇り高い戦士、クリムト。彼の意思は『愛』であった。
ならば自分の『意思』は・・・・。
龍二の中に宿る意思、それは『闘争』であった。
激しく燃え盛り、戦いの中にこそ真実を見出す、真っ赤な『闘争』であった。
それはメリッサの『調和』とは対を成すものであり、手を取り合って進むことは出来なかった。龍二は今はじめて気づいた。どうして彼女に惹かれていたのかを。
水の結晶が消えたあとでも、どうして彼女を忘れることが出来なかったのかを。
それは自分とは正反対の存在だったからである。
引き合う磁石のように、互いが互いに惹かれ合っていた。
龍二は彼女の『調和』に憧れ、メリッサは彼の『闘争』に希望を抱いた。
龍二の予想は正しかった。メリッサに会えば、きっと自分の『意思』を知ることが出来る。
しかし、それは戦いの鐘が鳴らされた瞬間でもあった。
もしかしたらという淡い期待を抱いていた。
もしかしたら、メリッサと手を取り合い、新しい世界で暮らせるのではないか。
失ったものは取り戻せないが、新たな宝物を手に入れることが出来るのではないか。
そんな幻想はあっさりと打ち砕かれた。
自分が最も欲していた『意思』を知ることで、淡い期待は露の中の夢と消えてしまった。
「残念だわ・・・あなたとなら、一緒に新しい世界を創れると信じていたのに・・・。」
「・・・・俺も残念だ。でも戦いは避けられない。この拳で砕いてきた奴らの為にも。」
二人は静かに見つめ合い、やがてメリッサは龍二から離れていった。
「仕方ないね。石碑の主になれるのは一人だけ。私は必ず自分の『意思』を・・・。」
メリッサは石碑の前に立って振り返る。
彼女の身体から大きな力が放たれ、水が溢れて石碑の周りを渦巻いていく。
「なんて凄い力だ・・・。飲み込まれそうなほどだ・・・。」
水は龍二の足元にも及んでいて、二人の立つ天空の橋を壊して樹が生えてくる。
そして水の中から土が生まれ、樹は養分をすってどんどん巨大化していく。
太い根を張り、石碑に絡みついてわさわさと伸びていき、やがて龍の姿に変わっていった。
「これは・・・なんて化け物だ・・・。」
天空の橋は崩れ落ち、代わりに大地が出来あがっていた。
樹で出来た龍はまだ養分を吸い上げて大きくなる。水と土が龍に力を与えていく。
メリッサは龍の頭の上に立ち、龍二を見下ろして言った。
「この神の名は燭龍。石碑の主、黄龍が自然の象徴なら、燭龍は自然そのもの。
万物を内包し、流転させる森羅万象の神よ。」
それはまさに自然の民、ウンディーネに相応しい神であった。
龍二は燭龍を見上げ、全身を金属化させて拳を構えた。
「メリッサ、俺は自分の『意思』を知った。しかしまだ見えないものがある。」
「それは何?」
「俺の中には『世界』が無い。こんな風に『世界』を創りたいという想いが無いんだ。
それに、誰かを生き返らせたいという想いもない。
でもお前との戦いに勝てば、それも掴めるような気がする。」
そう言うと、メリッサは可笑しそうに笑って首を傾げた。
「やっぱり龍二の意思は『闘争』なのね。戦いの中に真実を見出そうとする。
いいわよ、私だって負けられない。誰だって、一度は本気で戦わなくちゃいけないから。」
メリッサは両手を上げ、身体を水に変えていく。
彼女は燭龍の中に吸い込まれていき、自分の神と同化した。
すると燭龍の額に大きな目が現れ、身をよじって雄叫びを響かせた。
《あなたの『意思』が勝つか、私の『意思』が勝つか、戦って決めましょう。
いくわよ龍二ッ!》
「望むところだ!」
龍二は頷き、高く飛び上がって樹に駆け上った。
そして一気に燭龍の顔まで到達し、拳を握って思い切り殴りつけた。
硬いスサノオの拳は簡単に樹を砕き、燭龍のこめかみに突き刺さった。
しかし敵はあまりにも大きく、ビクともしない様子で龍二を振り落とした。
「うおおおお!」
咄嗟に身を翻して着地すると、燭龍は息を吸い込んで胸を膨らませた。
《あなたは炎。激しい戦いの炎よ。だったら芯まで凍らせてその炎を消してあげるわ。》
燭龍は吸い込んだ息を吐き出し、一瞬にして辺りを冬に変えてしまった。
激しい吹雪が龍二に吹きつけ、立っている場所が凍って転んでしまった。
「こんな程度でッ・・・・。」
起き上がろうとするが、吹雪の威力は増していく。
風は速くなり、雪は雹に変わって弾丸のように降り注ぐ。
「うおおおおおおッ!」
雹の弾丸は激しく襲いかかるが、硬質な金属の身体はそれを跳ね返していた。
《やっぱり頑丈ね。だったらもっと寒くしてあげる。》
燭龍はまた息を吐き出し、辺り一面が白銀の世界に覆われていく。
嵐はブリザードへと変わり、マイナス百二十度の風が龍二の身体を凍らせていく。
そして雹も巨大化して威力を増し、氷の砲弾となって機関銃のように襲いかかる。
「うおおおおおおおッ!」
メリッサの攻撃は激しかった。他の資格者ならこれで勝負はついていただろう。
しかし龍二は違った。彼の肉体は、雹の砲弾を受けても傷一つ付かなかった。
完全に引き出したスサノオの力は、並大抵の力では傷つけることが出来ないほど頑強だった。龍二は凍った身体で拳を構え、スサノオの力を解放していった。
身体は熱くなり、もうもうと湯気を立てて凍った身体を溶かしていく。
そして身体はまだまだ熱くなる。胸の紋章が輝き、右腕に力が溜まっていく。
「防戦一方でいられるか!今度はこっちの攻撃に耐えてみろッ!」
構えた右腕から七本の光の棒が突き出てくる。龍二は拳を握り、燭龍に向けて七支刀を放った。螺旋の赤い光がブリザードを切り裂いて燭龍を貫いていく。
「いくら巨大でも所詮は樹だ。壊すのは容易い!」
そう叫んで再び七支刀を撃とうとすると、メリッサの笑い声が響いた。
《それはどうかしら?樹はいくらでも伸びるのよ。ほら、こんな具合に。》
大地から水と養分を吸収し、わさわさと樹が伸びて傷が塞がっていく。
「なッ・・・。こんなんじゃいくら傷つけても・・・・、」
《そう、再生するわ。あなたは頑丈だけど、私はしぶといの。女の執念を甘く見ちゃダメよ。》
燭龍はまた養分を吸い上げて巨大化し、葉っぱを振って緑の風を起こした。
それはブリザードと混ざり合い、龍二の身体をじわじわと腐らせていった。
「なんだこりゃあ・・・・。金属が溶けていく・・・。」
《風は物を風化させる力がある。いくら硬くても、これは防げないでしょ。》
腐り始めた金属は脆くなり、ブリザードの低温と雹の砲弾でヒビが入っていく。
「ぐうッ・・・。こんなに何でも出来るなんて反則だぞ・・・・。」
《だから言ったでしょ。燭龍は森羅万象の神だって。
自然の理は全て私の力。なんだって出来るわよ、ほら。》
メリッサがそう言うと、燭龍は大きく息を吸い込んで咆哮を上げた。
すると途端にブリザードは消え、辺りは真夏のように熱くなって熱風が吹きつけた。
外からの急激な温度の変化に耐えきれず、金属の身体はさらにヒビ割れていく。
燭龍は再び息を吐き出し、辺りを冬に変えて雹の砲弾を撃ち込む。
急激な温度の変化と雹の砲弾が、確実に龍二の身体を破壊していく。
金属の身体を元に戻そうかとも思ったが、そんなことをしたら雹の砲弾にやられるだけだけだった。しかし金属のままでは温度の変化と緑の風にやられてしまう。
龍二は耐えきれなくなって膝をついた。
「ぐッ・・・・。何なんだよ・・・このでたらめな力はッ・・・。」
燭龍の強大な力の前に、龍二は成す術なく打ちのめされていく。
緑の風が金属を溶かし、冬と夏が機械のスイッチのように入れ替わって身体を砕いていく。
ついに龍二は力を失くして倒れ、立ち上がることさえ出来なくなってしまった。
「こ、ここまで・・・来たのに・・・終わるのか・・・。俺はもう・・・ここで・・・。」
悔しさで涙が出て来た。迷いながらも戦いをくぐり抜けて生き残り、クリムトさえ倒してここまで来たのに、何も出来ずに一方的にやられていくだけ。
悔しくて堪らず、思わず声を出して泣いていた。
それを見たメリッサは攻撃の手を止め、静かな口調で語りかけた。
《龍二・・・別にあなたが弱かったわけじゃないわ。ただ相性が悪かっただけ。
私は今でもあなたのことが好きよ。だから・・・これ以上苦しませないように終わりにする。・・・・・ごめんね・・・・・。》
メリッサの言葉は龍二の胸を締めつけた。
こんな時にまで優しさを見せる彼女が、逆に憎らしく感じられた。
《何が「あなたは弱くない」だ・・・。俺はまったくお前に歯が立たないのに・・・。
それに「相性が悪い」ってなんだ・・・・・。
どういう意味でそんな慰めの言葉を掛けて・・・・・・・、ん?相性?》
その言葉が引っ掛かり、傷ついた自分の身体を見て考えた。
並大抵の攻撃は効かないと思っていた頑丈な身体は、見るも無残に砕かれている。
ハルバティの光線も、フェンリルの胃液も、巨神のレーザーや死神の鎌にだって耐えた。
なのにこんなにもあっさりとやられるなんて・・・・。
そこまで考えた時、メリッサの言葉の意味が分かった。もしここに立っているのが自分ではなくクリムトだったら、とうに彼女は負けているだろう。
クリムトの持つ雷霆で一瞬にして焼かれ、樹で出来た身体は木炭に変わっていたはずだ。
《そうか、力だけじゃないんだよな。力と強さは別物なんだ。
それはあの亡者の道で学んだことなのに・・・・。》
思い上がっていた。自分の肉体を過信し、あまりに無防備だった。
戦いには相性がある。この頑丈な身体は、燭龍の前では役に立たない。
ならばどうするか?龍二はヒビの入った拳を見つめて考えた。
《龍二・・・。これが最後の攻撃よ。何か伝えたいことはある?》
しかし龍二は何も答えずに拳を見つめているだけだった。
メリッサは彼が覚悟を決めたのだと思い込み、ブリザードの冷気を集めて特大の氷塊を造った。今の龍二ならこれで充分に砕けるはずだと考え、優しい口調で最後の言葉をかけた。
《大丈夫、痛くないからじっとしてて。苦しませたりしなから。
もしあなたが生まれ変わったら、また会えるといいね・・・・。》
メリッサは激しい嵐を巻き起こし、突風に乗せて巨大な氷塊を撃ち出した。
凄まじい速さで氷塊は龍二にぶつかり、大地を揺らして砕け散った。
砕かれた地面から土が飛び散り、粉々になった氷塊がもうもうと白い煙を上げる。
メリッサはじっとその場を見つめ、悲しそうな声で呟いた。
《龍二・・・ごめんなさい・・・。あなたのことはずっと忘れないから・・・。》
メリッサの悲しみに呼応するように枝が揺れて葉がざわめく。
しかしいつまで経っても龍二の魂は出てこなかった。
《・・・・生きている?まだ死んでいないの?》
ブリザードが白い煙を消し去ると、その中から拳を構えた龍二が現れた。
熱い身体が氷を溶かし、目を赤く光らせて闘志を燃やしていた。
《あれを喰らってもまだ生きてるなんて・・・・。でも次は耐えられないでしょ!》
メリッサは再び巨大な氷塊を造り、風に乗せて撃ち出した。
ダンプカーよりも巨大な氷塊が凄まじい速さで飛んでくる。
しかしその氷塊は、龍二に当たる前に粉々に砕け散ってしまった。
《そんなッ・・・。あれだけの氷塊がどうして・・・・。》
砕かれた氷塊の中で、龍二は右腕を突き出して立っていた。
その腕からは赤い光が放たれていて、波のように揺らめいていた。
それは『天叢雲剣』だった。
二度の氷塊の攻撃は、強烈な振動によってガラス細工のように砕かれていた。
龍二は絶体絶命の中で考えていた。どうすれば生き残れるかを。
それは守ることではなく、攻めることにあると見出した。
何もしなければ確実に『死』を迎える。
自分の意思である『闘争』に従い、座して死ぬのだけはやめようと思った。
死ぬなら戦って死ぬ。生き残ることはその先にある。
龍二は右手を脇に構え、ヒビ割れた身体のまま駆け出した。
《・・・ほんとうにあなたって人の予想を裏切るわよね。もちろん良い意味でだけど。》
心なしかメリッサの声は弾んでいた。
それは彼が生きていたからではなく、どんな状態でも前に進もうとするその姿勢に心を打たれていたからだった。しかし自分も負けてはいられない。
『調和』の意思の元に、世界を創り上げなければならないのだから。
《もうあなたはボロボロよ。これに耐えられる?》
燭龍は葉を揺らして緑の風を巻き起こし、ブリザードは雹の砲弾を飛ばしてくる。
しかし龍二は止まらなかった。
《右腕でしか技を撃てないことはないはずだ。今の俺なら・・・。》
龍二は左手で七支刀を放った。螺旋の赤い光が雹を打ち砕いて一筋の道が出来る。
一瞬出来た道を全力で駆け抜け、緑の風の浸食にも怯まずに樹の根っこに飛びついた。
「うおおおおおおッ!」
掛け声と共に右手から『天叢雲剣』を放ち、樹の根を粉砕して大きな穴を開けた。
そしてその穴から中に入り込み、拳で樹を砕きながら燭龍の体内へ侵入していった。
《この中なら敵の攻撃を受けずに済むはずだ。そして俺だけが攻撃出来る!》
右手からは『天叢雲剣』、左手からは『七支刀』を放ち、燭龍の体内を滅茶苦茶に破壊していった。堪らず燭龍は雄叫びを上げ、身をよじらせて苦しんだ。
《やるわね龍二。でもその程度じゃ負けない!》
燭龍は大地から水と養分を吸い上げ、傷ついた身体を再生させていく。
そして伸びた枝が体内に入り込み、龍二に巻き付いて締め上げていった。
《このまま私の中で消化してあげるわ!》
巻き付いた枝から酸の樹液が放たれ、煙を上げて金属の身体を溶かしていく。
しかし龍二の攻撃は止まらない。締め上げられた状態からでも『天叢雲剣』と『七支刀』を放ち、僅かに出来た隙間から枝を抜け出していく。
そして渾身の力で赤い拳を乱れ撃ちし、迫りくる木の枝を叩き潰していった。
メリッサも負けじと養分を吸い上げて枝を再生させ、樹液を出して溶かそうとする。
破壊と再生が燭龍の体内で繰り返され、その攻防はずっと続くように思われた。
しかしメリッサには限界がきていた。
養分を吸い過ぎた大地は痩せてヒビ割れ、水分も失われて砂に変わっていく。
《まずい!このままじゃ・・・。》
メリッサは攻撃の手を止め、大気の水分を集めて大地を復活させようとした。
龍二はその隙にどんどん破壊していく。拳を振り、技を放って敵の体内を崩壊させていく。
《ダメだわ・・・。このままじゃ・・・・。》
龍二の攻撃は勢いを増していく。大地が復活するより速く、燭龍の体内を侵入してくる。
このままでは完全に樹が砕かれると思い、メリッサは燭龍の頭を切り離して飛び上がった。
メリッサと燭龍の頭を失った樹は、葉っぱを散らして大きな枯れ木に変わってしまった。
大地は完全に養分と水分を失って砂に変わり、根っこの間からぼろぼろと崩れ落ちていく。
龍二は枯れた木にしがみ付き、てっぺんまで昇ってメリッサを睨んだ。
彼女は水を纏う樹の龍と化していて、額の大きな目を向けながら言った。
《凄いわね、ここまでやるなんて。でもまだ終わりじゃない。私は負けられないの!》
そう叫ぶと、額の大きな目がゆっくりと閉じていった。
すると辺りの光は失われ、明るかった空が夜に変わり始めた。
「また妙な攻撃を・・・。しかしもう再生は出来まい。ここで一気に決める!」
龍二は両手に力を溜めて構え、宙に浮かぶメリッサを睨んだ。
「これで終わりだッ!」
構えた拳を打ち出すと、両腕から『七支刀』が放たれた。
二つの赤い螺旋がメリッサを襲う。
しかしその瞬間に燭龍の額の目は完全に閉じ、辺りは夜の暗闇に変わった。
突然訪れた闇は『七支刀』の光を消し去り、メリッサの姿は見えなくなってしまった。
《今は常闇の夜。全ての光は失われる。》
どこからともなく彼女の声が響き、龍二は耳を澄まして気配を探った。
右上の方から何かが動く気配を感じ、もう一度『七支刀』を放った。
しかし撃ち出された螺旋の光は闇に飲み込まれて消え去り、代わりに何かが龍二の左腕を斬り落とした。
「ぐあッ!」
《言ったでしょ。常闇では全ての光が失われるって。
そして水はどんな物でも断つ力を持っている。例え丈夫な金属でもね。》
闇の中から水の剣が放たれ、龍二の胸を貫いていく。
「がはッ・・・・。」
《この程度じゃあなたは死なないでしょ。もっと弱らせてから、燭龍の口で飲み込んであげるわ。》
常闇の中から、水の剣は容赦なく襲いかかる。
肩を貫かれ、腹を斬られ、両足も撃ち抜かれ、遂には右腕も斬り落とされてしまった。
そしてトドメとばかりに頭を撃ち抜かれ、龍二は力無く倒れていった。
《すごいね、頭を撃たれて生きてるなんて。でももう終わりよ。
すぐに飲み込んであげる。大人しくしててね。》
辛うじて生きているものの、龍二は大きなダメージを受けて気を失いそうになっていた。
「もう、ここまでか・・・・。でも・・・黙って死ぬわけには・・・・。」
クリムトは言った。『アテナイの軍人は伏して死なず』と。
ならば自分も、ヨスガの軍人、そして『闘争』の意思を持つ者として最後まで戦おうと決めた。もはや両腕はない。しかし戦う武器は無くても命はある。
せめて、戦う意志を持ったまま最後を迎えよう。
ボロボロの身体に鞭を打ち、龍二は足を踏ん張って立ち上がった。
「さあ来いッ!この命が尽きるまで、俺は戦ってみせるぞ!」
龍二の声は常闇に響き渡る。その力強い声は、闇の中に身を隠すメリッサに届いていた。
龍二は闘志の衰えない目で闇を睨みつける。赤い目で敵が迫って来るのを待つ。
しかし・・・・・・、来ない。
闇の中に静けさだけが広がり、敵の動く気配は無い。
《メリッサ。トドメを刺すことを躊躇っているのか?それとも・・・・。》
龍二は闇を見つめながらあることを思った。
この頑丈な身体をここまで簡単に傷つける水の剣。
そんな優れた武器があるなら、どうしてもっと早く使ってこなかったのかと。
《・・・・まさか。あの水の剣は・・・・。》
龍二は考えた。あれは水の結晶と同じで、メリッサの魂を削る技なのではないかと。
大地を失い、巨木を粉砕されて追い詰められた彼女は、自分の命を削る最後の攻撃を使った。そのせいで今は力を失っている状態なのかもしれない。
それならば条件は五分だ。お互いに決め手がない状態で膠着している。
しかし再生の力はお互いが持っている。メリッサは魂を抜かれない限り復活してくる。
ならば、勝負の鍵はどちらが先に強力な攻撃を仕掛けるか。
《『七支刀』は左手でも撃てた。ならば『天叢雲剣』も・・・・・、》
しかし今はその左手もない。再生を待つには時間がかかり過ぎる。
それにこの暗闇の中では、敵の位置も把握出来ない。
どうするか・・・・・。
時間は流れる。常闇の沈黙の中で、見えない死神の鎌が首元に当てられているようだった。
下手に動けば、自分からその鎌に突っ込んでいくことになる。
さっきは攻めることで生き延びた。ならば今度は・・・・。
龍二は力を溜めて静かに待つ。暗闇の中でも目を開け、全ての五感を研ぎ澄ましていた。
・・・・何かが動いた・・・・。
静かにゆっくりと動く気配がある。微かな空気の流れを感じる。
メリッサは力を取り戻していた。大気の水を集め、削った魂を復活させていた。
そして彼女には龍二の姿が手に取るように分かった。
燭龍の二つの目は、常闇の中でもはっきりと龍二の姿を捉えていた。
《今の彼に武器はない。傷も負って弱っているし、このまま一飲みにする!》
なるべく気配を悟られないように、ゆっくりと動きながら龍二の元へ近づいていく。
そして彼の近くまで来た時、口を開けて一気に飲み込もうとした。
しかし龍二を口に入れた瞬間、燭龍の身体は弾け飛んだ。
樹で出来た身体は細かい木片となって飛び散り、大きな頭は龍二を咥えたまま枯れ木の下へ落ちていった。
石碑に絡む枯れ枝にぶつかりながら落下し、大きな根っこにぶつかって止まった。
龍二はもぞもぞと燭龍の口から抜け出し、口の中から赤い光を漏らして立ち上がった。
燭龍の額の目は開き、辺りに光が戻って黄色く霞む空が浮かび上がる。
空を満たす光を背中に受けながら、龍二は頭だけとなった燭龍を見下ろしていた。
《なんで・・・。今のあなたに、両腕は無いはず・・・・・。》
メリッサは燭龍の目を動かして龍二を見上げた。
そして彼の口から微かに赤い光が漏れていることに気づき、呆れたように呟いた。
《口から力を放ったのね・・・。ほんとうに、あなたって人の期待を裏切るわよね。》
メリッサの言う通り、龍二は口から『天叢雲剣』を放った。
以前の龍二なら無理な芸当であったが、クリムトとの戦い、そして燭龍との戦いがさらに彼を成長させていた。
《やっぱりあなたに宿る意志は『闘争』なのね。戦いの中に真実を見出す・・・。
どうりでここまで生き残って来られたはずだわ。》
メリッサは笑い声を響かせ、燭龍の頭は枯れ木となって崩れ去った。
「メリッサ・・・。今まで助けてくれてありがとう。お前がいなきゃ、俺はとっくに・・・。」
メリッサの魂は燭龍から抜け出し、龍二の前に立って小さく笑った。
《私・・・負けちゃった。でも・・あんまり悲しくないのはなんでかな?
龍二、あなたは本当に強くなった・・・。最後まで戦ってね・・・。》
そう言って強く抱き付き、唇を重ねてニコリと微笑んだ。
そして龍二から離れ、水の身体に姿を変えて陽の光を透き通らせた。
それは湖面に光る朝陽のように輝き、思わず手を伸ばしたくなる美しさだった。
彼女は宙に浮き上がり、手を振りながら石碑に吸い込まれていく。
《・・・私・・・龍二のこと大好きよ・・・。
また・・・いつかどこかで・・・会えたらいいね・・・・・・・。》
そう言って微笑みを残し、朝露のようにパッと弾けて石碑に消えていった。
龍二は枯れた根っこの上で立ち尽くしていた。
メリッサは消え、それと共に彼女の『意思』も消えた。
『調和』の世界を望む彼女の意思は、龍二の手によって露の中の夢と消えた。
「メリッサ・・・。俺もお前のことが好きだよ・・・・。
自分の意思に気づかせてくれてありがとう・・・。またいつか、きっと会おう・・・。」
寂しさと悲しさが溢れ、気がつけば涙を流していた。
言いようの無いほどの切なさが胸を満たした時、彼女に宿っていた燭龍が現れた。
それはメリッサが生み出した樹の龍とは比べものにならない大きさで、まるで山そのものが龍に変わったほどの壮大さだった。
《全ては森羅万象の中にあり。我は汝、我は此の精霊、全ては一つである・・・・・。》
燭龍は巨大な身体を持ち上げて咆哮し、風に姿を変えて消えていった。
龍二は黄色く霞む空を見つめ、消えていった者達を思い浮かべていた。
《俺一人になってしまったな・・・・・。》
クリムトもメリッサももういない。死神も亡者も、他の資格者も・・・・。
しかし孤独は感じなかった。
戦いによって刻まれた強敵達の姿は、ありありと思い浮かべることが出来た。
龍二の身体は熱くなり、傷ついた肉体は再生を終えようとしていた。
それと同時に石碑に絡みついていた枯れ木は崩れていき、足場が崩壊して落下しそうになる。
その時石碑から一本の石道が伸び、威厳のある声で囁きかけた。
《資格を持つ者よ。中へ・・・・。》
それはあの奇妙な声だった。今までに何度も龍二に語りかけてきた、優しくて心地の良いあの声だった。
崩れる枯れ木から咄嗟に石道に飛び移ると、その先に一つの扉が現れた。
《この中に、石碑の主が・・・。》
龍二は堂々とした足取りで石道を歩いて行く。
そして扉の前で立ち止まり、再生した拳を握って睨みつけた。
『終わりじゃない』
そう感じた。まだ大きな試練が残っている。戦いの鐘は、まだ終わりを告げていない。
龍二はゆっくりと扉に触れてみた。すると大きな音を立てて扉は左右に開かれていき、中から光が溢れてきた。
《さあ、中へ・・・・。》
強い光が全身に降り注ぐ。身体はますます熱くなり、握った拳に力が入る。
龍二は『闘争』の意思を宿して、石碑に足を踏み入れた。

カオスジャーニー 第九話 愛だけを信じる男

  • 2014.06.25 Wednesday
  • 09:57
愛だけを信じる男


愛しい女がいたのさ。
出会ったのは十九の時だ。それから二十年、俺達は常に一緒にいた。
別れたことも浮気をしたこともあったさ。でもな、必ずその女のところに戻って来ちまうんだ。いい女だった。美人とはいえないが、腹の据わったいい女だった。
子供が産めない身体でな、そのことを気に病んでいたが、俺はそんなことはどうでもよかった。
でもそれを言うと怒るんだよ。私は子供が欲しいってな。あんたの子供が欲しいって。
方法が無いわけじゃなかったが、俺はそれを許さなかった。
子供が欲しい気持ちは分かるが、どうしてその為に自分の身体を傷つける必要があるんだ?俺は断固反対したが、あいつは譲らなかった。
人工の子宮を入れる手術ってのがあってな、かなりリスクを伴うが、それをやると言ってきかないんだよ。俺は折れたよ、あいつの本気は初めて見たからな。しかし神のご加護か、それとも持って生まれた強運のせいか、リスクの高い手術は無事成功。
それから一年後にあいつは身籠った。もちろん俺の子供だぜ。
嬉しいもんだな。子供なんていらないって思ってたのに、妊娠した途端に父親面するようになっちまった。
でもあいつはそのことを喜んでたな。これからは最愛の人がもう一人増えるって。
でもな、俺は違った。俺にとっての最愛は、子供じゃなくてあいつだけだ。
あいつさえいれば、それでよかった・・・・。
しかし事件は起こった。生まれてきた子供は死産だったのさ。出産前まで生きてたのに、取り上げた時には死んでいたよ・・・。
あいつは号泣したな。それで自分を責めていた。何度も俺に謝ってな。
死産の原因はあいつのせいじゃない。人工子宮の不具合のせいだったんだ。
それでもあいつは自分が許せなかった。そして、あまりに自分を責めるあまり、『死』を望んだんだ。その時鐘の音が響いてな、赤い死神があいつの命を狩りやがった。
俺の目の前で、呆気に取られるくらいあっさりやってくれやがった。
失ったよ、何もかも。あいつが・・・あいつとの愛が俺の全てだったんだ。
俺はあいつを生き返らせたいが、あいつはそんなことを望んでないだろう。
だからせめて、死産した子供を生き返らせたいのさ。
俺とあいつの愛を受け取った子供が生き返ってくれれば、俺はそれでいい。
ただ・・・願わくば、生まれ変わってからも・・・もう一度あいつと・・・・。


            *


遥か上まで続く階段の先には、大きな広間があった。
見渡すのほどの巨大な広間で、天井は無く、黄色い空から太陽の光が降り注いでいる
そして広間の奥には、荘厳さを漂わせる大きな扉があった。
クリムトはその扉の前に立ち、背中を向けたまま自分のことを語った。
大きくて逞しい背中だが、そこには一人の男の悲しみが宿っていた。
龍二は何も言わずに彼の話に耳を傾けていた。
本気で誰かを愛するということは、こういう男のことを言うのかもしれない。
そう感じながら、一歩前に出て拳を構えた。
クリムトはゆっくりと振り返る。彼は実に涼やかな顔をしていた。
そして顔の左半分には、大きな火傷の痕があった。
「やってくれたな青年。まさか不意打ちされるとは思ってなかったぜ。」
しかしその目に怒りはなく、火傷を触りながら笑っていた。
龍二は言葉に詰まったが、唾を飲んでから素直な気持ちを語った。
「すまない・・・。あんたには色々と助けてもらったのに・・・・・。」
「気にするな。ここは殺し合いの戦場だ。油断した俺が悪かっただけさ。」
クリムトは右手を前に出し、雷霆を造り出して龍二に向けた。
まだ彼の顔は笑っている。まるで自分の教え子を見つめるように。
「成長したな、青年。初めて会った時は、吹けば飛んでいきそうな顔をしてたくせによ。」
「ああ・・・。生き残れたのが自分でも不思議だよ。俺には何の『意思』もないのに・・・。」
「いいじゃねえか。正直なところ、『意思』だの『意志』だのって、俺にはどうでもいいクソったれな話さ。俺が必要としていたのはあいつだけ。ただそれだけだ。」
意外な言葉だった。クリムトほどの男なら、きっと他の資格者に負けない強い『意思』があると思っていた。
《俺だけじゃなかったのか・・・。何も無いのは・・・・。》
「あるさ。」
クリムトにそう言われ、龍二は心を読まれたのかと思って赤面した。
ゆっくりと顔を上げると、彼は雷霆を握りしめたままこちらへ歩いて来る。
まだ笑っている。殺気は纏っていない。そのことが逆に怖かった。
「ここまで来てそんな顔するんじゃねえよ。お前にだって『意思』はある。
ただそれに気づかないだけだ。そうでなけりゃ、お前に葬られた奴らも浮かばれんぜ。」
確かにその通りだった。今まで拳を交えた強敵達は、みんな何かを望んでいた。
それを、その『意思』を砕いて俺はここに立っている。
逃げることも、引き返すことも許されない。
龍二は殺気を纏った。腕に力を入れ、拳を赤く輝かせてクリムトを睨む。
「いい目だ。腹を括った戦士の目だ。今なら戦うに値する。」
クリムトも龍二と同じように殺気を纏い、鋭い眼光で睨みつける。
しかしまだ笑っている。そして雷霆を構えて龍二に尋ねた。
「亡者の道で一緒にいた精霊、あれはあんたの女か?」
「いいや、でも石碑でもう一度会うと約束した。今の俺にとっては・・・それが全てだ。」
「そうか。なら俺を越えて行かんとな。女との約束をすっぽかす男にはなりたくないだろ?」
龍二は笑って頷いた。そしてお互いの笑みは消え、激しい殺気がぶつかり合う。
龍二は驚愕していた。クリムトから放たれる殺気は、前よりずっと強力になっている。
《強くなったのは、俺だけじゃないってことか・・・。》
クリムトの気迫は凄まじい。圧倒的な迫力に、龍二は思わず息を飲んだ。
その瞬間、クリムトの足が動いた。一瞬で間合いを詰め、龍二の喉元に雷霆を突いてくる。
「くッ・・・・。」
身体を反らしてかわし、咄嗟に反撃に移る。
龍二の拳とクリムトの雷霆が激しくぶつかり合い、眩い閃光が飛び散る。
パワーは龍二が勝っていた。スサノオの腕力はクリムトの攻撃を押し返す。
しかしクリムトの動きは早く、そして洗練されていた。
まったく無駄がなく、まったく隙もなく、龍二の拳はあっさりとかわされる。
「雑だな青年!力に頼り過ぎだぞッ!」
クリムトは龍二の拳をかわしながら身体を回転させ、回し蹴りでカウンターを放った。
強烈な蹴りが龍二のこめかみにヒットし、続いて雷霆が右足を貫いた。
「ぐああああ!」
「どうした!格闘はお前の土俵だろう!俺に負けてどうするッ!」
クリムトのアッパーが龍二の顎にめり込む。よろめきながら後ろへ下がると、雷霆が腹を貫いて激痛が走った。
「がああああッ!」
思わず膝をつくと、首元に雷霆が当てられていた。
「どうした青年。女に会いに行くんじゃなかったのか?」
クリムトは冷淡な目で見下ろす。龍二は腹を押さえて血を吐きながら彼を睨んだ。
『甘えは許さない。戦え。』
彼の目はそう言っているような気がした。負けている場合じゃない。
痛がっている場合じゃない。戦わなければ・・・、メリッサには二度と会えない。
そうなれば、自分の『意思』には気づくことさえ出来ない。
激しい闘志は痛みを忘れさせた。
龍二はさらに身体を熱くして立ち上がり、拳を構えてクリムトを睨みつける。
「そうだ、まだまだこんなもんじゃないだろう。お前の目は死んでいない。」
雷霆は輝きを増し、電気を放って巨大化する。
龍二は拳を構えたままじりじりと下がり、足を開いて腰を低く落とした。
「迎え撃つつもりか?そんな逃げ腰じゃ俺には勝てんぞ!」
クリムトは雷霆を振りかざした。放電が強くなり、耳をつんざく雷鳴が響く。
「迎撃出来るものならしてみるがいい!特大の雷をくれてやるッ!」
雷霆は広間を満たすほど強く輝き、特大の雷が龍二に落とされる。
それはまさに神の雷で、ゼウスの力そのものであった。
広間が大きく揺れる。雷鳴は音が大きすぎて衝撃波に変わり、壁や床を破壊していく。
稲妻の高熱は空気さえ押しのけて爆発を起こし、広間に続く階段はヒビ割れて崩れていく。
そして数十億ボルトにも達する雷は、龍二の立っていた場所に穴を開けて下に広がる広間を粉砕していった。雷が消えたあとには、散乱する瓦礫と生温い空気だけが残っていた。
しかしクリムトは警戒を怠らなかった。まだ龍二の気配が生きていたからだ。
雷霆を構え、慎重に辺りを見回して行く。その時、背後で僅かに空気の揺れを感じた。
考えるより早く身体が動き、振り返って雷霆を放とうとした。だがそれは不可能だった。龍二の腕が雷霆を持つクリムトの腕を捻じり上げ、一瞬でへし折っていた。
「くッ・・・・・。」
クリムトは反対の腕で雷霆を造り出し、再び雷を落とした。
しかしそれは先ほどの雷ほど強力ではなかった。
龍二は雷を受けながらも突進し、クリムトにタックルを喰らわせて床に押し倒した。
「このッ・・・・。」
クリムトは雷霆を振り上げ、閃光弾のように輝かせて龍二の視界を奪い、その隙に彼を蹴り飛ばして立ち上がった。
折れた腕がズキリと痛むが、素早く体勢を立て直して龍二を睨む。
しかしその姿を見て唖然とした。
「お前・・・どれだけ頑丈なんだ・・・。あの雷でも致命傷にならなかったのか・・・?」
龍二の身体は黒く焼けただれ、筋肉と骨が剥き出しになっていた。
そして左腕を失い、その顔は半分以上が大きく焼かれて骨が丸見えになっていた。
「・・・・俺は・・・まだ生きている・・・・。拳も動くぞ・・・。」
あまりの気迫に、今度はクリムトが息を飲んだ。
しかしすぐに冷静さを取り戻し、折れた腕を雷霆で焼き落として構えを取った。
「信じられんな・・・。俺はてっきりかわしたもんだと思っていたのに・・・。
まともに喰らって生きてやがるとは。」
龍二はゾンビのような身体で構えを取り、床に落ちているある物を指差した。
それはクリムトからもらった短剣だった。
初めて彼と会った時、みすぼらしい龍二の格好を見かねてくれた物だった。
龍二はふらつく身体を必死に支えながら、それでも構えを崩さずに言った。
「雷が落ちる瞬間・・・あれを上に投げたんだ・・・。
雷が・・・高い所へ先に落ちるのは・・・当然だろう・・・・?」
「・・・その隙に逃げたっていうのか?」
龍二は答えない。しかしクリムトは呆れたように床の短剣を見て呟いた。
「あんなものをまだ持っていたなんて・・・。」
短剣は特別な物ではなかった。軍で支給される装備の一つで、ただの飾りのような物であった。こんな所では何の役にも立たない代物なのに、それをずっと持っていた龍二のことを考えると、途端に可笑しくなって声を上げて笑ってしまった。
「お前は本当に律義な奴だな!途中で誰かから服を奪えばいいものを、未だにあんなもんを持っているなんて・・・。しかもそれで俺の雷から逃れるなんて・・・。こりゃあコントだな!」
可笑しくて仕方なかった。戦いの最中だというのに、敵に隙を見せて笑っていた。
クリムトは目尻を濡らしながら龍二を見つめ、まだ笑いを堪え切れない様子で尋ねた。
「いいアイデアだと言いたいところだが、お前はとんでもない阿呆だな。
雷を落とす前に逃げる時間をくれてやっただろう?どうして同じ場所に立っていたんだ?」
そう尋ねると、龍二はクリムトの顔を指差して答えた。
「俺も・・・あんたに火傷を負わせたからな・・・。しかも不意打ちでだ・・・。
だから・・・ここは逃げるべきじゃない・・・そう思っただけだ。・・・これでお合いこさ。」
そう言って龍二は爛れた顔で笑う。するとクリムトは腹を抱えて盛大に吹き出した。
まるで極上の喜劇を見せられた子供のように、目に涙を溜めて笑いに笑っていた。
「ははははは!勘弁してくれ!これ以上俺を笑わせてどうするつもりだ!」
戦いのことなど頭から吹き飛んだように、ただひたすら笑っている。
そして腹を押さえながら笑いを堪え、指で目尻を拭って龍二に顔を向けた。
「お前は本物の馬鹿だな。どうしようもないクズな馬鹿共は何人も見てきたが、お前はそいつらとは違う。正真正銘、本物の馬鹿だ!」
クリムトは大きく息を吸って呼吸を整え、笑顔を消して雷霆を構えた。
「青年。お前の馬鹿さ加減に敬意を払って、本気でいかせてもらう。
小細工はしない。これが俺に宿る、最大最後の力だ。」
雷霆は輝きを増し、白銀に光る槍に変わった。それはゼウスの雷で練り上げた最強の神器であった。
「この白銀の槍を以って俺の最後の攻撃とする。これを放った後、この場に立っているのは俺かお前かのどちらかだ。さっきのように防ぐことは出来ない。
勝ちたければ、お前も最強の技で攻めて来いッ!」
クリムトは槍を逆手に持って足を開き、龍二に狙いを定めた。
その槍から発せられる力は、先ほどの巨大な雷をも遥かに凌ぐ力だった。
龍二の肉体は徐所に再生を始めている。失われた左腕も肘まで伸びていた。
しかしクリムトは完全に再生するまで待ってはくれないだろう。
ここで応戦しなければ、もう後はなかった。
龍二は自分の右腕を見つめる。その中には七支刀を越える力が宿っていた。
『天叢雲剣』
スサノオの持つ最強の武器が、龍二の腕の中でその力を解き放つ瞬間を待っていた。
《感じる・・・。この武器は、クリムトの槍に劣らない。しかし・・・。》
迷いがあった。クリムトの言う通り、おそらくこれが最後の攻撃になるだろう。
しかし自分の中に『意思』はなかった。
クリムトのように、誰かを生き返らせたいという想いもない。
そんな自分が彼を越えてまで先に進んでいいのか・・・?
たった一人の女に会う為に、そこまでするものなのか・・・・・?
「迷うな。」
クリムトに言われ、龍二は顔を上げた。
彼の目は真剣だった。恐ろしいほど澄んでいて、透き通る空のように濁りが無い。
それは何の迷いもなく、ただ戦うことだけを考えている戦士の目だった。
「ここは戦場だ。迷いは『死』を呼ぶ。それに・・・女と会う約束があるんだろ?」
彼はそう言って強く睨んだ。龍二は思い出したように頷き、拳を握って低く構えた。
クリムトは笑って頷き、両者から放たれる力がピリピリと空気を揺らした。
お互いが攻撃の隙を窺い、やがて二人の呼吸さえ同調して無音の緊張が高まる。
静かだった。力と闘志だけが渦巻いて、とても静かだった。
そして、その静寂を破ったのは龍二の方だった。
『危険な時ほど、相手の懐に飛び込め』
このまま立っていたら死ぬ。本能がそう告げていた。そして地面を蹴って駆け出した。
身を低くして、拳を脇に構えたまま疾風のように間合いを詰めていく。
その身体は極限まで熱くなって、うっすらと赤く光っていた。
クリムトは落ち着いていた。迫りくる龍二の動きを見据え、力を抜いて槍を握っている。
この槍を止められるのは、同等の威力を備えた強大な神器のみ。
充分に敵を引きつけ、至近距離から最大の威力で撃ち出すつもりだった。
龍二は近づく。風のように速く迫る。クリムトは槍を握りしめ、雷神が敵を迎え撃つ。
「来い青年ッ!」
白銀の槍は稲妻を放ち、龍二の腕は赤い光を纏って金属と化していた。
クリムトは歯を食いしばり、渾身の力で槍を撃ち出した。
そして龍二も持てる力の全てを注いで拳を撃ち出した。
二つの大きな二力が激突する。白銀の槍と赤い金属の拳、スサノオとゼウス、そして龍二とクリムト。両者の力は拮抗し、力と力のせめぎ合いが起こる。
しかし白銀の槍の威力は凄まじかった。神の雷で出来た槍はさらに力を増し、龍二の拳を溶かして穴を開けていく。そして拳は貫かれ、その腕を破壊して肩から突き抜けていった。
強力な力で撃ち抜かれた龍二は、力を失ってその場に崩れ落ちた。
クリムトは槍を投げた体勢のまま、倒れていく彼を見つめていた。
そして満足したように頷き、口から血を吐いて膝をついた。
「見事だ青年・・・。この勝負、お前の勝ちだ・・・。」
クリムトはゆっくりと仰向けに倒れていく。そして倒れた地面に血が滲んでいく。
彼の腹には大きな風穴が空いていた。
それは龍二の撃ち出した、『天叢雲剣』が空けた穴だった。
「・・・・まさか・・・こんな技だとは・・・思わなかったな・・・。」
クリムトは血を吐きながら呟き、穴の空いた腹に手を当てた。
白銀の槍を放った時、一瞬何かが身体を通り抜けていくのを感じた。
そして龍二が白銀の槍とせめぎ合っている時、身体の異変に気づいた。
腹に穴が空いている・・・。
龍二の持つ『天叢雲剣』、それは強力な『振動』であった。
大気を揺らす空震銃と同じく、拳から発する赤い力を振動させ、敵を貫く武器であった。
龍二が拳を撃ち出した時、すでに勝負は着いていた。
『天叢雲剣』は、白銀の槍より速くクリムトを貫いていた。
「俺に近づいて来たのは・・・この技の射程が短い為・・・そうだろ・・・?」
龍二は再生を終えた左手をついて身体を起こし、砕けた右腕の痛みに堪えながら答えた。
「あのまま睨み合っていたら、俺は間違いなく死ぬ。
そう思ったから駆け出しただけだ。こんな技だなんて、俺も知らなかった・・・。」
「お前・・・もしかして・・・あの技を初めて使ったのか・・・?」
「ああ・・・ここへ来る直前に使えるようになった。
だから、イチかバチかの一騎打ちだったな・・・。」
クリムトはまた笑った。腹の穴が痛むが、それでも笑わずにいられなかった。
「俺は・・・甘く見ていたな・・・。あれは、スサノオの神器なんだろ・・・?
てっきり・・・力押しのパワータイプの武器だとばかり思っていたから・・・。
相手が振動じゃあ、俺の槍とぶつかることもないわな・・・。俺の負けだよ、完全に。」
龍二は首を振って立ち上がり、クリムトの傍に膝をついた。
腹に空いた大きな穴は、どくどくと血を流して地面を赤く染めていく。
クリムトは龍二を見つめ、とても穏やかな顔で笑っていた。
傷の痛みで顔をしかめているが、それでも目は優しく笑っていた。
「お前はいいな、頑丈な身体で・・・。俺にとっちゃ、これは致命傷だ・・・。」
「クリムト・・・。すまない、何度も助けてもらったのに・・・すまない・・・。」
「いい男が泣くなよ馬鹿たれ・・・。それよりちょっと身体を起こしてくれないか?
『アテナイの軍人は伏して死なず』って教えがあってな・・・・。」
龍二は涙を拭いて頷き、彼の肩を抱えて抱き起こした。
逞しい身体だった。触れているだけで強さを感じる、鍛え抜かれた身体だった。
「そういやまだ名前を聞いてなかったな・・・。教えてくれよ・・・。」
「・・・龍二。円龍二だ・・・・。」
「そうか、龍二か。良い名前だな・・・。龍二か・・・・・。」
クリムトの身体から力が抜けていく。目は虚ろになり、呼吸は浅くなっていく。
彼は力を振り絞って手を持ち上げ、龍二の頬に触れて呟いた。
「・・・生き残れよ・・・龍二・・・。死んだら駄目だ・・・生きろよ・・・。」
その言葉は龍二の涙を溢れさせた。
クリムトを抱く手に力を入れ、強く目を閉じて泣いた。
その時だった。突然恐ろしい気配を感じて目を開けると、二人の傍にあの恐ろしい敵が立っていた。
赤い衣に身を包み、黒い骨の馬に乗った、あの死神が立っていた。
龍二は一瞬我を忘れて固まった。
赤い死神は大鎌を振り上げ、音も無く斬り下ろした。
それはクリムトの首を一閃し、彼の頭は身体から離れて龍二の腕の中に落ちた。
あまりに呆気ない出来事に、何が起きたのか分からなかった。
しかし自分の腕に落ちたクリムトの頭を見て、発狂したように泣き喚いた。
「クリムトオオォッ!ああああああッ!」
途端に体内でスサノオの力が暴走し、傷ついた身体が異常な速さで再生していく。
『その者は『死』を望んだ。故に我は来た。そして汝もまた『死』を望んだ者。
我が鎌により、安息の『死』を受け入れよ。』
赤い死神は龍二を睨み、再び鎌を振り上げる。
龍二は怒りで我を忘れそうになっていた。
しかしスサノオの力に飲み込まれる一歩手前で踏みとどまっていた。
心を御し、力だけを引き出して赤い死神を睨みつける。
「この骸骨野郎がッ・・・・。誰もてめえなんぞ呼んでねえッ!。」
白銀の槍で砕かれた右腕は再生し、雷に焼かれた身体も完全に復活していた。
そして右腕には大きな力が蠢き、『天叢雲剣』がその力を解放しようとしていた。
『我が『死』からは逃れられぬ。我は定め。『死』という抗えぬ定めなり。』
死神の鎌が龍二の首に目がけて振り下ろされる。
しかし龍二は逃げない。赤く輝く右腕を上げ、死神の鎌を受け止めた。
金属同士がぶつかる硬い音が響き、死神の鎌はヒビ割れて砕け散った。
「お呼びでないのに『死』を運んで、何が定めだ。お前の趣味に付き合ってられるかッ!」
『天叢雲剣』が宿った右腕は金属と化し、凄まじい力で赤い死神を殴り飛ばした。
重たい轟音が響き、死神は馬から吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。
主をやられた馬は立ち上がって大きく鳴き、黒い身体を風に変えて死神の中に吸い込まれていく。その力を吸収した死神は、鎌を復活させて龍二に襲いかかってきた。
禍々しい気を纏い、凄まじい速さで鎌を振ってくる。
しかし龍二はまったく動じることなくその場に立っていた。
死神の鎌が首に食い込むが、一ミリたりとも傷つけることは出来なかった。
いまや龍二の身体は、全身が死神の鎌より硬くなっていた。
スサノオの力は完全に引き出され、そして心はその力に飲み込まれることはなかった。
龍二は首元の鎌を掴み、右腕を脇に構えた。
死神は鎌を引き抜こうとするが、スサノオの力の前にビクともしない。
「死神のくせに何を慌てている?お前は『死』の象徴なんだろう?」
『我は恐れを抱かない。だが、我が『死』を避けることは許されぬ。
汝が真に力のある者ならば、その手で『死』を打ち砕いてみるがいい!』
死神は鎌を放し、赤い衣を翻して両手で呪いを放ってくる。
それはどんな相手でも魂を抜き取る恐ろしい呪いであったが、それでも龍二は慌てなかった。脇に構えた右腕が熱い。弾けそうなほど、そして溶けてしまいそうなほど・・・。
「お前も死神なら『振動』に弱いんだろう?望み通り砕いてやるッ!」
構えた拳を撃ち出し、龍二は『天叢雲剣』を放った。
拳から赤い光が撃ち出され、波状に振動して巨大な破壊力を生み出す。
赤い死神は一瞬で木端微塵に粉砕され、塵となって消えていった。
「疫病神め・・・。お前さえいなけりゃ、クリムトの奥さんも・・・・・。」
龍二は振り返り、骸となったクリムトを見つめた。
さっきまで勇ましく戦っていた戦士は、ピクリとも動かずに横たわっていた。
「・・・クリムト・・・・。」
すると広間に雷鳴が響き、彼に宿っていたゼウスが姿を現わした。
逞しい肉体に立派な顎髭をたくわえ、威厳のある目で龍二を見つめている。
《素晴らしい戦いであった。お前も、この男も・・・。》
そう言って小さく笑い、雷霆をふりかざして稲妻と共に消えていった。
倒れていたクリムトの身体は、ゼウスの稲妻に焼かれて姿を消していた。
《戦え、龍二・・・。最後まで・・・・・。》
彼の魂が龍二の前で微笑み、光となって黄色い空に吸い込まれていった。
そして途中で向きを変え、何処かへと飛んでいく。
《あの先に・・・石碑があるんだな・・・・。》
龍二は大きな扉を開き、遺跡の外に出てみた。
黄色く霞む空の中に、塔のような巨大な石碑が浮かんでいる。
目の前にはその石碑に続く道が伸びていて、空に架かる吊り橋のようだった。
「クリムト・・・俺は戦うよ。自分の『意思』の元に。」
龍二は空に架かる橋を歩いていく。
石で出来た足場を踏みしめながら、拳を握って歩いていく。
《少しだけ、ほんの少しだけ自分の『意思』が見えた。
あとは彼女に会うだけだ。その時にこそ、俺は本当の・・・・、》
龍二は全身から大きな力を発していた。
石碑に群がっていた死神の群れは、その力に引き寄せられるように龍二の元に集結した。
とんでもない数の死神が周りを埋め尽くし、鎌を振り上げて襲いかかってくる。
しかしもう死神は敵ではなかった。
赤く光るスサノオの拳は、紙人形のように死神を粉砕していく。
「疫病神どもめ!狩れるもんなら狩ってみろッ!」
群がる『死』を叩き潰し、龍二は石碑を目指して天空の橋を駆けていった。

カオスジャーニー 第八話 知る者と知らぬ者

  • 2014.06.24 Tuesday
  • 11:55
知る者と知らぬ者


ねえ龍二、私には必要なものがあろ。
それは家族や仲間でもなければ、愛や友情でもないわ。
私が必要としているのは同志。
今は戦いの鐘が鳴らされていて、それを勝ち抜く為には同志が必要なの。
あなたを利用するのは、自分の為じゃないわ。
ただ・・・強くなってほしいから。そして私と一緒に戦ってほしいから。
戦となると、誰もかれもが自分のことだけを考えるわ。
家族の為、恋人の為、国家の為、お金の為、理想の為。
理由は違えど、突きつめれば自分のことだけを考えて戦っている。
歴史創始なんて、私は何の興味も無い。
どうして百万年ごとに、世界は生まれ変わる必要があるの?
それはこの世の必然?それとも誰かの『意思』?
もう私は終わらせたい。せっかく新しいものがうまれても、また滅びを迎えるなんて・・・。
こんな決まりは終わらせたい。
でもね、石碑の主は言うのよ。それもまた自分の為なりって。
私は他の資格者と何も変わらない。
生まれ変わりのない世界を創るという『意志』の元に戦っているだけだって。
私はね、その言葉が嫌だった。だから身に宿るはずだった神の力を放棄した。
でも結局は龍二に宿った神の力をあてにしているの・・・。
さっきあなたが言った言葉、『資格者なら自分で戦え』って、まったくその通りよね。
ごめんなさい・・・ずっと利用していて・・・。
でも、これからは私も戦う。放棄した神の力を取り戻して、あの石碑を目指すわ。
そして・・・二度と生まれ変わりの無い世界を創るの。
次の百万年後が来ても、私は輪廻の掟に従わない。
そんなものはもういらない。世界そのものが生まれ変わる必要なんて無い。
その度に・・・たくさんの命や自然が失われていくのが、もう耐えられない・・・。
ねえ龍二、あなたならきっと、私の考えに賛成してくれると思ってる。
あなたが空から落ちてきたあの瞬間から、これは運命だと感じてたもの。
だから待ってる。私は誰よりも先に石碑に辿り着き、あなたを待ってるわ。
それまで死んだじゃダメよ。私と一緒に、生まれ変わりのない新しい世界を創って。
その時は、私でよかったら結婚してあげる。新しい世界で、あなたの子供を・・・・。


            *


亡者の道を抜けた龍二は、しばらくメリッサと共に歩いていた。
しかし彼女は龍二の元を去った。自分も一人の資格者として戦うことを選び、分岐する道を別れて姿を消してしまった。
「メリッサ・・・。もし石碑に辿り着いたら、俺は何を願ったらいい?
きっとみんな自分の『意思』があるんだろうな。しかし俺は・・・・。」
石碑に辿り着いた資格者は、最も愛する者を一人だけ生き返らせることが出来る。
しかし龍二の心の中に、復活を願う人間はいなかった。
父も母も、美春や姉や同僚達も、皆自分にとって愛しい者達だった。
その中から誰か一人を選ぶことなど出来ない。だったらいっそ、自分が生き返った方が・・・。
龍二は考えながら遺跡を進んでいく。亡者の道の先は今までと変わらない遺跡の道が続いていたが、緑の光はもう流れていなかった。
「あの光は・・・どこかを通って石碑に行ってしまったんだろうな。」
立ち止まって大きな遺跡の通路を見渡し、感傷に浸っているとあることに気づいた。
《なんだ・・・・。通路の奥から妙な風が吹いている・・・。》
その風は人を不安にさせる嫌な臭いを孕んでいた。
《これは・・・人が焼ける臭いか?もしかしたら資格者同士の戦いが起きているのかもしれない。》
スサノオの力を解放し、注意深く奥へ進んでみた。風が運ぶ嫌な臭いは強さを増し、手で鼻を押さえながらゆっくり歩いて行った。通路の奥には強い光が射す開けた空間があって、上に向かって長い階段が伸びていた。その周りが業火に覆われ、二人の資格者が睨み合っている。龍二は広間の入り口に身を隠し、じっと様子を窺ってみた。
一人は老人であった。威厳のある顔に立派な顎髭をたくわえ、スキンヘッドの額に赤い点が打ってあり、身に纏う山吹色の布は僧侶のものであった。
もう一人は高そうな紺色のスーツに身を包んだ痩せ形の男であった。
艶のある黒髪をオールバックに整え、細い目に尖った顎をしたクールな顔だちであった。
そして驚くべきは、老人の周りには幾つもの生首が置かれていたことだった。
まるで自分を囲う信者のように綺麗に並べ、どの顔も穏やかな顔で命を断たれていた。
《あの生首は資格者のものか?あの老人が全てあのやったとしたなら、相当な強者だぞ。》
息を飲んで二人を見守っていると、老人の方が動いた。
何かをぶつぶつと唱え、ヨガのように腹をへこまして大きく息を吐き出した。
すると彼の額にある赤い点が光り、瞼が現れて目を開いた。
その目はスーツの男に向かって強烈な光を放ち、瞬く間に広間を灼熱の炎で覆った。
「うおおおおッ!」
龍二は腕で顔を覆って炎から身を逸らし、吹き荒れる熱風に耐えながら二人の姿を捜した。
《なんてすごい攻撃だ・・・。あの二人はどうなった・・・。》
広間を覆う炎は、吸い上げられるように吹き抜けの天井へ消えていった。
どうやら上には風が巻き起こっているらしく、人の焼けた臭いはこの風のせいだった。
炎はほとんどが風に吸い上げられ、残った火の中でスーツの男が立っていた。
先ほどと変わらず涼しい顔をしていて、落ち着いた様子でネクタイを直している。
「何とも趣味が悪い。こんな場所にまで信者を求めるとは、どれほど心が弱いのか・・・。」
スーツの男は老人に向かって馬鹿にしたように言う。
そしてパチンと指を鳴らすと、彼の後ろに神々しい姿の巨神が現れた。
その身体は光り輝き、立派な王冠と法衣を身に着けていた。
《なんだありゃあ・・・。あれがあの男に宿る神なのか?》
老人は僅かにうろたえ、そしてもう一度額の目を開いて光を放つ。
再び強烈な光線が広間を火の海に変えるが、やはりスーツの男には効かなかった。
「言ったはずだぞ。私にはどんな力も通用しないと。
そして・・・毒や不意打ちなどという小細工も通用しない。」
男は生首の方に目を向けて笑い、背後に浮かぶ光の巨神に向けて腕を上げた。
「信者の命を犠牲にしてまで生き延びるとは・・・実に愚かな教祖だ。
『死』を説くなら、まずは自分が命を差し出してみてはどうかね?」
男は老人に向けて腕を振り下ろす。光の巨神は口を開けて老人を吸い込み、ガリガリと噛み砕いてプっと吐き出した。老人の砕かれた肉体は光の粒子に変わり、吹き抜けの天井へ吸い込まれていった。巨神は並べてあった生首も吸い込み、その口で噛み砕いて光の粒子に変え、上へと向かって吹き出した。
「恥晒しな年寄りめ。石碑で己の愚かさを悔いるがいい。」
光の巨神の前には、その巨神と変わらないくらいの巨大な神が姿を現し、男に向かってニコリと笑いかけた。
「青黒い肌に四本の腕、そして額の目。やはりシヴァ神であったか。」
圧倒的な迫力を備えるシヴァ神は、笑いながら男に賛辞を送った。
《よい暇つぶしとなった。次なる歴史創始の時は汝のような者に宿り、心ゆくまで遊戯に興じるべきかな・・・・。》
シヴァ神は光に包まれて消え去り、男は腰に手を当てて頭上を睨んでいた。
龍二は通路に身を隠して冷や汗を流していた。
《なんて奴だ・・・。あれとまともに戦うのは得策じゃないな・・・。》
しかし広間に伸びる階段は、確実に石碑へと繋がる道だろう。
そう考えると避けては通れない戦いだった。いずれ戦うのなら、今のうちに・・・・。
右手に力を溜め、赤く光る七つの棒を造り出す。
敵はこちらに気づいておらず、七支刀によって奇襲をかけるつもりだった。
《これで決まらなかったとしても、隙は出来るはず。その時にスサノオの拳で・・・。》
右手に集まった力が暴れ出し、七支刀の光が増す。
龍二は息を吐いて心を落ち着かせ、入口から顔を覗かせて七支刀を撃ち出した。
螺旋状の赤い光がスーツの男を襲う。しかしそれを見透かしていたように男は手を上げ、七支刀は巨神の口の中に吸い込まれてしまった。
「奇襲ならもっと気配を消した方がいい。さっきから覗いているのがバレバレだぞ。」
巨神はもごもごと口を動かし、七支刀の威力を倍増させて吐き出してきた。
「うおおおおッ!」
龍二は咄嗟に飛び退いた。彼の立っていた場所に七支刀が直撃し、床を抉って瓦礫を撒き散らした。
「くッ・・・視界が・・・。」
もうもうと立ち昇る瓦礫の煙で前が見えなくなり、何かに吸い寄せられるように前のめりに倒れ込んだ。顔を上げると、煙と瓦礫は巨神の口の中へと吸い込まれていて、龍二もその引力に引き寄せられていた。
限界までスサノオの力を解放して何とか持ちこたえると、男は指を鳴らして吸引を止めた。
「その身に宿る神はスサノオか。近づくのはやめた方がよさそうだ。」
奇襲はあっさりと破られ、男は虫でも見下ろすように龍二を睨む。
「ここまで勝ち抜いて来たのなら、相手の力量くらい見極められよう。
無駄な抵抗はせず、大人しく我が神に飲み込まれるがいい。」
龍二は何も答えなかった。しかしあることだけが気になって男に尋ねてみた。
「ここを精霊が通らなかったか?ウンディーネなんだが・・・。」
「知らんな。私がここへ来てからそう時間は経っていない。
それに上へ昇る道はもう一つある。全ての資格者がここを通るわけではない。」
その言葉を聞いて安心した。彼女とは絶対にもう一度会わなければならない。
その時にこそ、石碑を目指す者として何かしらの答えを見つけられるような気がしていた。
ならばここで死ぬわけにはいかない。龍二は男を睨んで拳を構えた。
「強い神だな。あんたに宿る神はなんだ?」
「光神アフラ・マスダ。善と光を司るゾロアスターの最高神だ。」
「・・・あんたの名は?」
龍二は時間を稼ごうとしていた。その間に何かしらの策を考えるつもりであった。
しかし男はそれを見透かしていて、小さく笑って腕を振り上げた。
「いくら考えても無駄だ。私に勝つ方法などない。
なぜなら私はこの日の為に準備をしてきた。他の無知な資格者どもとは違う。」
この男も知っている。クリムトと同じように、生まれ変わりの時が来ることを知っていて、だからこそ落ち着いた顔で立っている。
龍二は知りたかった。しかし普通に質問しても答えてくれる気は無さそうだった。
「なあ、一つ頼みがある・・・。」
「命乞いなら断るが・・・そういう目では無いな。言ってみたまえ。」
「もし俺があんたに勝ったら、どうして生まれ変わりの時が来ることを知っていたのか教えてくれないか?あと石碑のこともだ。誰が何を考えてあんなものを造り、どうして生まれ変わりの掟なんかがあるのか、俺は知りたい。」
男は呆れた顔で笑ったが、小さく頷いて答えた。
「いいだろう。もし君が勝ったら、何でも質問に答えよう。しかしそれは不可能に近いがね。たださっきの質問には答えよう。私の名前は鳴上。元ヨスガの諜報員だ。」
「なッ・・・。ヨスガの諜報員だと!俺と同じ国の・・・、」
「お喋りは終わりだ。詳しく知りたいなら私に勝ってみたまえ。」
鳴上は両手をふりかざし、それを合図に巨神が口を開く。
強力な引力が龍二を襲い、神の口の中へ誘おうとする。
「この程度ッ・・・・。」
龍二は再び右腕に力を集め、七支刀を放った。螺旋の光は鳴上にめがけて飛んで行くが、軌道を変えて巨神の口の中へ吸い込まれていった。
「無駄だ。私にはどんな力も通用しない。」
巨神は威力を倍増させて七支刀を吐き出した。しかし龍二はその攻撃を読んでいて、もう一度七支刀を放って自分の技を相殺した。広間を揺らす強烈な爆発が起き、眩い光が辺りを満たしていく。龍二は身を屈め、光の中を全力で駆け出した。
鳴上の立っている位置は覚えている。頭で距離を描きながら、拳を赤く光らせて敵に接近していった。そして消えかかる光の中に鳴上の姿が見え、思い切り拳を振り抜いた。
しかし拳は何の手ごたえもなく相手をすり抜け、バランスを崩して倒れそうになった。
何が起きたのかパニックになっていると、また巨神の吸引が始まって身体が宙に浮いた。
「うおおおおお!」
咄嗟に身体を捻り、巨神の顔に手足を踏ん張って吸い込まれるのを防いだが、吸引の力はどんどん強くなって龍二を飲み込もうとする。
「こんなに簡単な幻に惑わされるとは・・・よく今まで生き延びてこられたな。」
鳴上はさっきとは別の場所に立っていて、呆れた顔で龍二を見上げていた。
「ま、幻だとッ・・・。」
「私の神は光を司ると言っただろう。幻影を作り出すことなど造作もない。
そして私に牙を向く者は悪とみなし、善なる力で何でも吸引する。
スサノオの力がいかに強かろうが、私の前ではなす術など無いのだよ。」
《何でも吸収だとッ・・・。それで老人の攻撃も通じなかったのか。》
巨神の吸引はさらに力を増していく。
身体を支える力も限界に達し、右足が口の中へ吸い込まれてしまった。
《このままでは死ぬ!水の結晶はないが・・・イチかバチかで・・・。》
龍二は限界を超えてスサノオの力を解放した。胸の紋章が強く輝き、燃え盛るほど身体が熱くなる。それと比例して肉体の力も増し、片手で身体を支えて拳を振り上げた。
「もう一発喰らえッ!」
右手に力を集中させ、巨神の至近距離で七支刀を放った。
しかし案の定口の中に吸い込まれ、巨神はもごもごと七支刀を噛み砕く。
龍二はこれを狙っていた。吸引の力が止まり、その瞬間に渾身の力で拳を叩き込む。
大きく重たい音が響き、巨神の首は捻じれて口の中で七支刀が炸裂した。
龍二は空中で回転しながら着地して、再び拳を向けた。
「もう一発だ!今度は吸引出来まいッ!」
顔の吹き飛んだ巨神に七支刀が直撃し、赤い光を放って粉々に吹き飛ばした。
「よっしゃ!あいつさえ倒せば勝ったも同然だ!」
龍二は拳を構えて鳴上の姿を捜した。しかし彼の姿はどこにも見当たらず、不思議に思っていると何かが背中を貫いた。
「がはッ・・・・。」
それはレーザーだった。硬質化したスサノオの皮膚をあっさりと突き破り、龍二は血を吐いて膝をついた。
「馬鹿な・・・。巨神は倒して・・・あいつに力は残っていないはずなのに・・・。」
その時またレーザーが放たれ、龍二の胸を貫いていく。
「ごふッ・・・。」
辛うじて心臓は外れたが、肺を撃ち抜かれて大量の血が口に溢れてくる。
苦しむ龍二にレーザーの雨が降り注ぎ、身体に無数の穴を空けていく。
「ごあああああッ!」
まるで蜂の巣のように穴だらけの身体となり、龍二は虫の息となって倒れていった。
ぼやける視界の中で鳴上の姿が見え、何とか立ち上がろうとするが身体に力が入らない。
「さすがスサノオ。頑強さが取り柄のことはあるな。しかしもう立つ力は残っていまい?」
「ど、どうして・・・。俺はお前の神を倒したはずじゃ・・・・。」
「だから言っただろう。幻に惑わされていると。
あんなものは私の分身に過ぎん。ほら、このように・・・。」
鳴上が指を鳴らすと、彼の後ろに光の巨神が現れた。
それも一体ではない。三体の巨神が龍二を見下ろすようにそびえていた。
「そ、そんな・・・。神は一人に一体じゃないのか・・・。」
「ああ、その通りだ。我が身に宿る神はアフラ・マスダだけだ。
しかし私を他の資格者と一緒にしてもらっては困る。身に宿りし神の力を存分に引き出せば、この程度のことは造作もない。君はスサノオの力を半分も引き出せていないようだ。それでは絶対に私には勝てん。」
その言葉は龍二の胸を砕いた。『格が違う』、まさにそう感じた。
メリッサのくれた水の結晶に頼っていた自分では、この男には勝てない。
我が身の力が暴走することを恐れていた自分とでは、この鳴上という男は格が違う。
力の差は認めるしかなかった。しかしここで諦めるわけにはいかない。
メリッサに会いたいという想い。そして彼に勝って知るべきことを知りたいという想い。
その二つが『死』を受け入れることを許さなかった。
「ほう・・・まだ立つかね。しかしもう君に成す術はあるまい。
さっきの攻撃で死ななかったのは脅威だが、今度は確実に命を絶たせてもらう!」
鳴上は両腕を振り上げ、光の巨神に命じる。「我に牙剥く悪の命を絶て!」と。
巨神は口を開け、強烈な光を蓄えていく。レーザーの雨を降らせる為に力を溜めている。
《どうする!あの男の言う通り、俺には成す術がない・・・。どうすれば・・・。》
しかしそこでふと考えた。それはさっき鳴上が言っていた言葉だった。
『我に牙剥く悪の命を絶て』、『私の神は光を司る』
そして『我に牙剥く者は悪とみなし、善なる力で何でも吸引する』と。
どう考えてもこいつの力は強力すぎる。自分ならともかく、クリムトですら太刀打ち出来ないほどの力に思える。ならばきっと何かのカラクリが・・・・。
『悪』、『善』、『光』、『牙を剥く』、何かが繋がりそうだった。そしてその答えが見えた時、龍二にレーザーの雨が降り注いだ。三体の巨神の口から放たれる光は、龍二の姿が見えなくなるほど強烈に輝き、まるで光の柱のように降り注いだ。
しかし龍二は立っていた。強烈な光の中で何食わぬ顔をして立ち、鳴上が立つ場所とは真逆の方向に七支刀を放った。
螺旋の赤い光は何かに当たって炸裂し、途端に三体の巨神は姿を消した。
「がはッ・・・。おのれ・・・・。」
七支刀の炸裂した中から傷だらけの鳴上が出て来た。
スーツは焼け焦げ、身体じゅうから血を流して龍二を睨んでいる。
「いいヒントをありがとう。あんたの言葉が無ければ、俺は光に焼かれて死んでいたよ。」
スサノオの拳を赤く光らせ、龍二は鳴上の近くへゆっくりと歩いていく。
しかしそこに殺気はなく、そして鳴上に対して敵意も持っていなかった。
鳴上は後ずさる。光の巨神を背後に呼び出して、龍二を睨みながら後ずさっていく。
「もう無駄だ。あんたの力は、自分に敵意や悪意を持つ者にしか通用しないんだろう?」
「・・・・どうして気づいた・・・。」
「ある精霊が教えてくれたんだ。ここには『善』も『悪』もないと。
ならばあんたの言う善悪は、自分にとっての敵であるか、そうでないかが別れ目だろう?
あんたに敵意を持てば持つほど、あの光は力を増して敵を傷つけるんだ。違うか?」
「・・・ご明答だ・・・。」
「光は幻。あれは自分が生み出した殺意が自分に跳ね返ってきただけだ。
吸引だって敵意を持たない者には大した力を発揮出来ない。今のあんたに出来ることは、せいぜい分身を作って身を隠すことくらいだろう。・・・・まだ戦うか?」
鳴上は足を止め、光の巨神を消して自嘲気味に笑った。
「全て君の言う通りだ。ここに蠢く亡者も死神も、そして資格者も敵意を剥き出しの連中だ。誰もかれもが私の光に焼かれていった。カラクリを見抜かれたのは君が初めてだ。
だがッ・・・・・、」
鳴上はふらつく足で堂々と立ち、まったく怯えることのない顔で龍二を睨んだ。
「敵にトドメを刺すなら必ず殺意や敵意が必要になる。日常で刃物を振り回す馬鹿ならともかく、私達の立つここは戦場だ!ここに立つ者は皆、強い闘志を備えた戦士!
君は何の敵意も持たずに私にトドメを刺すことが出来るのかね?」
「ああ、出来るよ。」
即答だった。鳴上は不敵に笑って龍二を睨むが、彼の目が嘘を言っていないことを感じて焦りを覚えた。龍二は拳を見つめ、何の感情も無い目で淡々と言った。
「今の俺には何も無い。他の資格者達は、きっと自分なりの『意思』を持っているだろう。
だからこそ強い『意志』を持って戦っている。
しかし俺は違う。俺はただ・・・石碑で待つ女に会いに行くだけだ。
そこに何かが『在る』。彼女に会えば、きっと確かな手ごたえが掴めると信じている。」
「・・・たかが女の為に石碑を目指すと・・・?」
「悪いか?」
「・・・いいや。理由は人それぞれだ。好きな『意志』を持てばいい。」
鳴上は諦めたように力を抜き、その場に膝をついて座り込んだ。
「君は殺意を抱かぬように、頭にその女性を描きながら拳を振り下ろすつもりだろう?
なら私に防ぐ術はないな・・・・・。」
龍二は勝った。遥か格上の相手であったが、メリッサの言葉のおかげで敵の力を見抜くことが出来た。あとは鳴上の言う通りにトドメを刺すだけであったが、その前にやらねばならないことがあった。
「戦いの前に約束したな。俺が勝ったなら何でも質問に答えてくれると。」
「ああ、何でも聞きたまえ。私の知っていることなら全て答えよう。」
龍二は拳を降ろし、胸の中に渦巻く質問の数々を整理しながら尋ねた。
まず聞きたいこと。それはこの男の素性であった。
「あんたはヨスガの諜報員だと言っていたな。俺は道中でアテナイ国の軍人と会ったが、彼もあんたと同じように全てを知っているようだった。
どうしてそこまで詳しく知っているんだ?諜報員や軍人というのが関係しているのか?」
鳴上は俯き加減に笑い、傷ついた身体に手を当てながら答えた。
「知る者と知らぬ者の差。それはその国でどれだけ重要な位置にいたかということだ。
日常で平和に暮らす庶民や、階級の低い軍人には何も知らされていない。
しかし国家の機密に携わるほどの人間なら知っていることだ。
いつか来る『生まれ変わり』の兆候は世界じゅうに現れていた。異常な気候の観測、大きな力を持った謎の物体の存在、そして頻繁に現れるようになった死神。
力のある国は徹底的に調べ上げ、その謎を突きとめた。その答えが今回の歴史創始だ。
実を言うと昔からそのことについては囁かれていたが、何も確証たるものが掴めなくてね。しかし石碑を物理的に観測出来るようになってから、それは確信に変わった。」
「石碑を物理的に確認だと?それはいつのことだ?」
「二年ほど前からだ。もちろんさっき述べたことは全て内密にされていた。
それにこのことについて知る者は、本当にごく一部だ。私もそのごく一部の人間であり、自分も歴史創始を行う為に軍を離れた。追手はいたが、全員始末した。
そして我が身に宿すに相応しい神を探しあてた。それがアフラ・マスダだった。
本来この神を宿すはずだった資格者を殺し、自分の身に宿らせた。
つまり・・・歴史創始が始まる前から、私はこの力を持っていたということだ。」
「歴史創始が始まる前から神の力を・・・。しかしそんなことが可能なのか?」
そう尋ねると、鳴上は仰け反って大きく笑った。
「それこそが知る者と知らぬ者の差だ!知は力であり、行動は武器である。
最初から無理と決めつけるのは愚か者のすることだ。
あの石碑は物理的に観測出来るようになってから大きな力を発していた。
本来なら考えられない異常な出来事も、その力のせいで起こり始めていた。
死神どもが地獄の蓋から溢れたのもその為だ。奴らは封印の甘い蓋を開ける瞬間を虎視眈々と狙っていたからな。生まれ変わりは全ての常識を覆し、新しき世界へ導くための光だ。その理を知れば、誰よりも早く自分の『意思』を持つことが出来る。
そうすれば石碑の『意思』も読み取れる。選ばれる資格者が近くにいたら分かるし、アフラ・マスダが誰に目を付けているのかも分かる。私は資格者となるはずだった男を殺し、アフラ・マスダを説得した。そして神の力を得て、さらに詳しく石碑のことを調べていっただけだ。」
龍二は素直に感心していた。まさか戦いが起こる前から歴史創始の『意思』を持つ者がいるとは思わなかった。
《ならばクリムトも同じなのか・・・。彼もまた事が起こる前から全てを知っていたのか?》
だとしたらあの強さも頷ける。もし生きていたら戦うことになるはずだが、今のところ彼の生死は分からない。とりあえずそのことは頭から追い払い、別の質問をぶつけた。
「なあ、元諜報員なら円清明を知っているか?俺の父なんだが・・・。」
「・・・そうか、彼の息子か。何となく顔立ちが似ていると思っていたが・・・。
君の質問に先回りして言っておくと、彼は何も知らない。
国防隊の副司令官という高い地位に就いているが、あの手のタイプは真実を周りに知らせようとする。全てを知るごく一部の人間からは外されていたよ。」
「そうか・・・。」
それを聞いて安心した。もし清明が今回のことを知りながら何も教えてくれなかったのだとしたら、尊敬の念は疑念に変わるところだった。
龍二は鳴上の言葉を整理して頭に叩き込み、次の質問をぶつけた。
「じゃあ今度はあの石碑のことだ。ここまでの道中で石碑の役割は知ることが出来た。
しかしその成り立ちや目的はいっさい分からないままだった。
あんたなら何か知っているんじゃないのか?」
そう尋ねると、鳴上は傷ついた身体で立ち上がり、吹き抜けの天井を見上げた。
そこには強い風が渦巻いていて、遥か遠くの方に微かな光が見えていた。
「その答えはとても抽象的だが・・・構わんかね?」
「聞いてみないことには分からないな。」
鳴上は「それはそうだ」と笑い、遠くに輝く光を見つめながら言った。
「この世界とは・・・いや、存在とは何だと思うかね?」
あまりに抽象的なものの言い方に困惑する龍二だったが、鳴上はそれを予想していたように小さく笑いながら先を続けた。
「存在とは、まさしくそこに『在る』ということ。そしてそれは止まっているように見えても、絶えず動いている。もっと正確にいうなら、大きな流れを持っている。
そしてその流れが止まった時、存在は消えてなくなる。
それは無に還るのかもしれないし、どこか別の場所に行くのかもしれない。
しかし我々が、そして神やこの世界でさえも、存在の流れから逃れることは出来ない。
その流れを止めた時、それは『死』ではなく、『消失』を意味する。
私の言っている意味が分かるかね?」
龍二は黙って首を振った。あまりに抽象的すぎて、言っている意味が理解出来なかった。
「だから言っただろう。抽象的だと。」
「・・・もっと分かりやすくは説明出来ないのか?生憎こういう話は得意じゃなくて・・・。」
「・・・君は飯を食うだろう?もちろんその身体になる前の話だがね。」
「ああ、誰だって飯くらい食うだろう。それがどうした?」
「物を食べるということは、単に栄養を取るだけが目的ではない。身体を構成する細胞を、新しく入れ換えることが目的でもあるのだ。食べたものが肉体の一部となり、使い古した細胞は外へ排出される。この流れこそが命を保つものだ。もし食べるという行為を止めてその流れを絶ち切れば・・・、」
「・・・いつか死んでしまうな。」
「そう、その通りだ。そしてそれは他のあらゆることにも言えるのだ。
どんなものでも常に流れの中にあり、完全に静止することは出来ない。
今我々が立つこの世界も絶えず動いているのだ。その存在を『消失』させないように。
あの石碑は、その流れを保つ為のものだと考えればいい。」
龍二は腕を組んで考え込んだが、イマイチ要領を得ることが出来なかった。
言っている意味は分かる。しかしそれはメリッサやクリムトから聞いた話と大差ないような気がしてならなかった。
「私の答えに不服かね?」
「ああ、大いに不服だ。確かに生まれ変わりをさせる意味は分かった。
世界を『消失』させない為であると。」
そう言うと、鳴上は首を振って強く言い返した。
「違う。世界ではなく『存在』を消失させない為だ。分かりにくいかもしれないが、これは間違えてはいけない。」
「・・・・まあいいさ。今はもう一つの質問に答えてもらおう。
あの石碑は誰が用意したものだ?いったい誰が造り出したものなんだ?」
すると鳴上は肩を竦めて答えた。
「もうその質問には答えている。」
「何を言っているんだ?あんな言葉で質問を誤魔化す気か?」
「そうじゃない。私はさっき言ったはずだ。全ては流れの中に『在る』と。
これは宇宙が始まって以来の決まり事と思えばいい。ならばあの石碑は特別なものではない。そこらへんの石コロや、地を這う虫と変わらないこの世界の一部だ。
『存在』という言葉の前では、全てが等しいのだ。
あれは『存在』の始まりの時、他のものと等しく在ったものだ。」
「・・・分からない・・・。何を言っているのかさっぱり・・・。」
「ならば逆に質問しよう。君は道端に転がる石コロの『存在』を説明出来るかね?
言っておくが、石コロがそこに転がっている理由ではないぞ。
そこにある石コロが『存在』することそのものについてだ。どういう目的でこの星が出来て、どういう意味があってそこに石が転がり、存在しているのか?
そんなものは誰も説明出来ない。『存在』の『存在』を語ることなど誰も出来やしない。
ただ一つ言えることは、それぞれに役割があるということだ。
石ころも元を辿れば岩であり、その岩は山であった。山は緑を育み、生き物を育てる役割を備えている。石コロはそれが欠けたものに過ぎんから、元は山の一部として役割を持っていた。それと同様に、あの石碑も役割を持っている。
『生まれ変わりを行う』という役割をな。石碑そのものが重要なのではない。石碑の持つ役割こそが重要なのだ。だから資格者達は皆、あの石碑を目指しているわけだ。」
「・・・・・・・・・・。」
哲学的過ぎてさっぱり分からない。言葉で誤魔化されているようにも思えるが、心に引っ掛かる何かが口を噤ませていた。それにこれ以上同じ質問をしても、おそらくこの男の言うことは変わらないだろう。龍二は分からないながらも頷き、拳を光らせて鳴上を睨んだ。
「難しく考えないことだ。そこにあらかじめ意味があると思ってはいけない。
自分の立つ世界を創るのは自分自身であり、あの石碑は世界そのものを創り変えることが出来るというだけだ。ならば新しき世界の意味を決めるのは、他ならぬ自分ということだ。」
鳴上は『死』を受け入れるように龍二の前に立つ。その顔に恐れはなかった。
「世界を創るには『意思』が必要だ。意味の無いものに意味を与える。
その意味を決めるのは自分自身であり、『意思』無き者に歴史創始の資格はない。
あの石碑が君を選んだのは、ただの偶然で意味などない。そこに意味を見出すのもまた、君自身だ。」
「・・・今の俺に『意思』はない。ただ彼女に会いたいだけだ・・・。」
「ならば行きたまえ。『意思』はなくとも『意志』はあろう?
私の夢は潰えた。私の善による善なる世界を創るという夢は、『意思』無き君に潰された。
まったく無念であるが・・・・敗者は去るのが決まりだ。やりたまえ。」
龍二は頷き、メリッサのことだけを考えながら拳を振り下ろした。
鳴上は一撃で粉砕され、光の粒子となって吹き抜けの天井に吸い込まれていった。
彼に宿っていたアフラ・マスダが強い輝きを放ちながら現れ、両手を広げて叫んだ。
《我が光を宿した魂は、在るべきところへ還った。強き力を持つ資格者よ、お前はこの先どんな光を見る?》
そう問いを残し、光の柱を昇って消え去った。
龍二は拳を握って考えた。鳴上の言ったことはその半分も理解出来なかった。
しかし確かなことが一つある。
『意思を持たねばならない』
彼は言った。『決めるのは自分だ』と。
今、自分の中には何が在る?メリッサに会いたいという想い以外に、何か望むものがあるか?そして・・・もし彼女の考えに反対した場合はどうなる?
生まれ変わりの無い世界を創るのが望みだと言っていたが、彼女の『意思』に同意しなかった時、自分はメリッサと戦わなくてはいけないのか?
彼女と戦ってまで、自分が欲するものは何なのか?
全ての答えはメリッサに会うまで分からなかった。
今はただ、石碑で彼女が待つことを信じて進むしかない。
『意思』は無くとも『意志』はある。ここまで来て足を止めるわけにはいかない。
目の前には遥か上まで続く長い階段がそびえている。
途中で曲がりくねって螺旋状になっているようだが、それは頭上に輝く小さな光に続いているようだった。
「あそこが遺跡の出口なのかもしれないな。しかし難なく先へ進めるとは思えないが。」
資格者がどれだけいるのかは分からないが、残りは自分とメリッサだけということはないだろうと感じていた。まだ敵が待ち構えている。それは確信だった。
どの資格者よりも強い敵が、この階段の先に待ち受けている。
そして、それはおそらく・・・・。
「俺は強くなったぞ。もう弱者とは呼ばせない。あんたと戦う時が来たんだ。」
スサノオの力は増していた。今なら彼と戦うに値するはずだと思った。
今までのどの戦いよりも身体は熱くなり、肉体はダイアよりも硬く、鋼鉄よりも頑丈になっていた。そして右腕には七支刀を超える強い力が蠢き出していた。
「決着をつけよう、クリムト。」
龍二は拳を握り、遥か高くに続く階段を駆け上がっていった。

カオスジャーニー 第七話 亡者の道

  • 2014.06.23 Monday
  • 18:33
亡者の道


旅は順調のようである。
余計なものを削ぎ落し、自分の真実に気づくことは難儀であるが、お前は着実に私に近づいている。そして、戦いはあらゆる場所で行われている。
私を目指す者達も、ずいぶん数を減らしたようだ。
しかしまだ足りない。さらにふるいにかける必要がある。
私へと続く道は平坦ではない。力だけでは乗り越えられない道もある。
ここから先、お前はさらに自分を磨く必要がある。
自分の真なる声を聞き、それに触れねばならない。
しかし覚えておくといい。自分を知るということは、自分を否定することでもあると。
自分を殺さなければ、自分の真なる声には気づかないだろう。
迫りくる敵は力で砕けても、己の中の敵はそうはいくまい。
心が力に飲み込まれた時、お前は亡者の道に吸い込まれ、私の糧となるだけだろう。
助けが必要になるかもしれない。自分と向き合う時、それを支える魂がいる。
お前は未熟であり、己の中の敵に打ち負かされるだろう。
しかし、他者を糧としてそれを乗り越えることは可能である。
他者を喰らうことは罪ではない。命とは、命を支える究極の糧である。
だがお前が他者を喰らおうとする時、他者もお前を喰らおうとするだろう。
命は輪廻だけでは回らない。弱肉強食の連鎖を必要とする。
お前は捕食者とならなければ、あっさりと他者の糧となるだろう。
お前の近くに、お前を見る者がいるはずだ。
一人ではない。一方は力を持ち、一方は美しさを持つ。
どちらを取るかはお前しだいである。
そして、どちらを糧とするかもお前しだいである。
信じないことである。他者の声も、他者の想いも。
ここは全てが平等であり、それは善と悪にも言えることである。
善いことは無い。悪いことも無い。
決めるのは自分であり、迷いは『死』を呼ぶ鐘となる。
赤い衣を纏った『死』の狩人が、いつでもお前の首を狙っているのだから。
他者はお前の糧となり、お前も他者の糧となる。逃れられぬ連鎖である。
そのことを、ゆめゆめ忘れぬことだ・・・・。


            *


龍二は強くなっていた。いや、正確には力が増していた。
『死』を背負った戦いの中に身を置くことで、敵を葬る術を知るようになった。
遺跡に着いてからの旅は彼を鍛え上げ、力ある戦士へと成長させていた。
「もう死神程度は怖くないな。恐れるのは資格者だけか・・・。」
アンネを葬り、龍二はさらに遺跡の奥へと進んでいた。地図などなくても、遺跡を流れる光を辿れば先へ進めるはずと考え、ひたすら大きな通路を歩んでいた。
何度か襲ってきた死神も難なく倒し、最も警戒すべき敵は資格者だけであると思っていた。
《出来れば出会いたくないが、そうもいかないんだろうな。》
龍二の予感は的中し、通路の遥か先にある扉の前に、一人の男が佇んでいるのを見つけた。
「クリムト・・・・。」
遠くからでも分かるほど存在感のある雰囲気を纏い、腕を組んで扉を見上げていた。
龍二は足を止め、脇にそれる通路に身を隠した。
《とんでもない敵がいたもんだ。正直彼とは戦いたくないな・・・・。》
それは彼に恩義を感じているせいでもあったが、それ以上に恐れを抱いているからだった。
自分が成長するにつれ、彼の持つ力がどれほど強大か分かってきた。
クリムトに助けられた時、彼の身に宿る神の力、そして彼の持つ戦士の胆力を感じた。
あの時はただただ感心するばかりだったが、今ではその強さが充分理解出来るほど成長していた。だからこそ恐ろしい。今の自分では、いくら策を弄したところで勝てないことは分かっていた。
《どこか他の道を探したいが・・・・。》
しかし緑の光はクリムトの立つ扉の方に流れていた。
身を隠す脇道に逸れても、おそらくここに戻ってくるだろう。ならば・・・・。
龍二は顔だけ覗かせてクリムトの様子を窺い、大きく深呼吸して胸に手を当てた。
鼓動が恐ろしく速い。息も荒いし身体も震える。
《でも・・・行かなきゃ・・・。メリッサに会うには、この先へ進む必要がある。》
メリッサに会いたいという想いは、クリムトに対する恐怖に勝った。
龍二は意を決して先に進み、生唾を飲み込んで彼に近づいていった。
クリムトの背中が大きくなってくる。地に足をついている感覚が消えて、口の中が渇く。
しかしメリッサの顔を思い描いて恐怖を紛らわし、彼に声をかけようとして足を止めた。
「よう青年。何をコソコソ覗いてたんだ?」
《気づかれていたのか・・・。》
恐怖とともに恥ずかしさを感じて思わず顔を逸らしてしまった。
クリムトは腕を組んだまま小さく笑い、龍二の前に立って品定めするように睨んだ。
「・・・ちっとは鍛えたな。でもまだまだ青いな。」
クリムトは手を上げて龍二向ける。龍二は震える身体で拳を構えようとした。
「そう固くなんな。言ったはずだぞ、弱者を手に掛ける気はないと。」
クリムトは龍二の肩を叩いて笑った。途端に安堵が押し寄せ、力が抜けて膝をつきそうになった。
「まあそっちから挑んでくるなら話は別だが・・・・どうする?」
「いいや、やめとくよ。無駄死にはしたくないからな・・・。」
「ははは、それが賢明だ。生き抜くためには謙虚さも必要さ。」
そう言って腕組みをして扉を見つめるクリムト。龍二は彼の横に立って尋ねた。
「この扉は何なんだ?奥から禍々しい気を感じるけど・・・。」
「この先は今までとは違う。亡者が蠢く地獄への落とし穴さ。」
「地獄の落とし穴?なんでそんなものがここに?」
「ただの例えだ。自分に負ける奴は命を落とすって意味さ。しかし・・・・。」
クリムトは眉を寄せて扉を睨みつる。彼ほどの男が入ることを躊躇うとは、よほど恐ろしい何かが待ち受けているのかもしれないと思い、龍二も思わず眉間に皺を寄せた。
「ここを抜けなきゃ先へ行けないんだよな?」
「ああ、俺にとっちゃどうってことのない道だが、あんたにとっちゃ大きな試練になるだろう。」
「そりゃあ俺はクリムトに比べれば弱いかもしれないけど、それほどの試練なのか?」
「・・・分かってないな。力だけじゃ乗り越えられない道もあるんだよ。
今のあんたじゃ死ぬのがオチだろう。だからさ、ちょっとだけ手を組まないか?」
クリムトは肩に手を回してタバコ臭い息を吹きかけた。
「俺はありがたいけど、どうしてあんたが手を組む必要がある?さっき自分にとってはどうということのない道だと言ったじゃないか。」
「そうさ。しかし厄介な敵がいるかもしれん。一人で相手にするのは遠慮したいほどのな。」
「あんたが恐れるほどの敵か?」
「ああ、本来ならここにいるはずのない敵なんだが・・・・、まあごちゃごちゃ言っても仕方ない。今ここで俺と組むか決めろ。」
クリムトの目は真剣だった。詳しく話を聞きたいと思う龍二だったが、彼の眼は質問を許さなかった。イエスかノーで答えろと圧力をかけられ、少し迷ってから頷いた。
「分かったよ、俺もあんたと一緒なら心強い。」
「よし、いい答えだ。じゃあ亡者の蠢く道へピクニックと行こう。」
クリムトは扉を開け、龍二の背中を叩いて中へ突き飛ばした。
転げそうになるのを堪えて中を見渡すと、あまりに異様な光景に言葉を失くした。
「ここは・・・本物の地獄か?」
トンネルのように巨大な通路が遥か先まで続いている。
その中心には竜巻のように風が渦巻いていて、通路を流れる緑の光を吸い込んでいた。
光は竜巻と混じってコーヒーに垂らしたミルクのように揺らめき、死した魂達が叫びを上げて奥へと吸い込まれていた。
「おぞましい光景だろ?亡者の叫びを聞くだけでも気が滅入るってもんだ。
あんたもしっかり気を保ってないと、亡者に取り憑かれて殺されるぞ。さあ行こう。」
クリムトは雷霆を造り出し、それを握りしめて渦の中に飛び込んだ。
「ちょ、ちょっと!待ってくれ!」
龍二も慌てて彼の後を追い、渦の中に飛び込んでいった。
敵に備えてスサノオの力を解放し、拳を握って渦に吸い込まれていく。
その中は亡者の苦痛と嘆きがこだまする恐ろしい場所だった。
奥へと吸い込まれていく龍二に亡者が纏わりつき、身体を寄こせと爪を立ててくる。
「触るな!これは俺の身体だ!」
スサノオの拳で殴りかかるが、暖簾に腕押しという感じで亡者の魂をすり抜けてしまう。
それでも龍二は拳を振り回したが、亡者はさらに押し寄せて龍二にしがみ付く。
「おい、クリムト!どこにいるんだ!こいつらを追い払うにはどうしたらいいッ?」
すると亡者の叫びに混じって、どこからかクリムトの声が返ってきた。
「気をしっかり持て!恐れを見せるな!自分を見失ったらお終いだぞッ!」
「自分を見失ったら・・・・。」
意味が分からず、ひたすらに拳を振り回す龍二であったが、亡者は彼の耳に指を突っ込んで中に入って来ようとする。
「やめろつってんだろッ!俺に触るなッ!」
『カラダヲヨコセッ!オレハマダイキタインダッ!』
おそましい声が鼓膜に響き、龍二の頭を痛めつける。
反対側の耳にも亡者の指が押し込まれ、同じように苦痛の声を聞かされる。
『・・・コトミ・・・・、ドコダ、コトミ・・・・。』
「この声は・・・、それにコトミって・・・。お前もしかして早坂かッ?」
顔を向けると、そこには早坂の顔があった。血の涙を流し、必死に琴美の名を叫んでいる。
『コトミイイイイ!・・・ドコダ・・・ドコニイルウウウウウッ!』
「早坂!俺だ、龍二だ!」
『リュ・・・リュウジ・・・・。コトミハ・・・コトミハドコダ・・・?』
「琴美は・・・死んだよ・・・。死神にやられて・・・・。」
それを聞いた途端、早坂の顔は鬼神のように怒りで歪んだ。
『ナンデッ!ナンデシンダッ!ドウシテマモッテクレナカッタンダヨオオオオッ!』
爪を立てて顔に掴みかかり、水飴のように龍二の中に侵入してくる。
「がはッ・・・。やめ・・・ろッ・・・・。」
それをきっかけに周りの亡者も龍二の中に押し寄せて来る。
鍋の熱さから逃れて豆腐の中に顔を突っ込むドジョウのように、龍二の身体は亡者に侵されていった。
そして体内で暴れ回り、龍二の自我は乗っ取られようとしていた。
《い、いやだ・・・。この身体は・・・俺のものだ・・・。》
スサノオの力を解放して必死に抵抗するが、亡者相手には何の意味も無かった。
思考は食い散らかされ、魂は削られ、自我はヒビ割れたガラスのように失われていく。
《もう・・・自分を保てない・・・・。》
龍二の思考は、『死』を選ぼうとしていた。
亡者に乗っ取られて自分が消えるくらいなら、死んでしまった方が楽かもしれない。
自分という存在が消えていく・・・。それは『死』を上回る恐ろしさであった。
しかし龍二はあっさりと『死』を受け入れることは出来なかった。
いくら頭が死を選んでも、心がそれを拒否している。それはまさしく葛藤であった。
自分の中に自分が二人いて、片方は『死』を望み、片方は『死』を拒否している。
《分からない・・・俺はどうすれば・・・。》
迷いは亡者に隙を与え、どんどん龍二の身体に入ってくる。
その時、カランコロンと涼やかな鐘の音が聞こえた。
《な、なんだ・・・・?》
苦痛に耐えながら音のした方に目を向けると、赤い衣を纏った死神がこちらを見ていた。
真っ黒な骨の馬に跨り、鈍く光る大きな鎌を持って龍二を見つめている。
『恐ろしい』
龍二はそう思った。これは他の死神とは違う。外見は似ているが、身に纏う殺気が目も向けられないほど恐ろしい・・・・。赤い死神は鎌を振り上げて龍二に斬りかかった。
《ああ・・・・終わった・・・・。俺はここで・・・・。》
成す術はなかった。龍二は目を閉じて覚悟を決め、死神の鎌を受け入れた。
しかしその鎌が切り裂いたのは、龍二ではなく亡者の方だった。
「な、なんだ・・・?」
赤い死神は鎌を振り回し、次々に亡者を狩っていく。
『イヤダアアアアッ!コトミイイイィィッ!』
「早坂あああッ!」
鎌で斬られた亡者は、龍二から離れて渦の中に吸い込まれていった。
死神の鎌が亡者を追い払ってくれたおかげで、龍二の身体に力が戻ってきた。
スサノオの力を解放し、赤い死神に目を向けて叫んだ。
「おい、早坂はどうなった!消えちまったかのかッ?」
赤い死神は鎌をだらりと下げ、手綱を引いて龍二の上に舞い上がった。
恐ろしい気が頭上からビリビリと降り注ぎ、顔を逸らしたくなるのを我慢して睨んだ。
「答えろ!早坂はどうなったッ?」
『亡者に死はない。在るべき所へ還っていくのみ。』
「在るべき所・・?あの石碑か?」
『死は転生の儀式なり。何人もそれを汚すことは許されぬ・・・。
我は汝の『死』の願いに応え、その魂を狩りにきた・・・。』
「なに言ってんだ・・・。俺はお前なんか呼んだ覚えはないぞッ!」
『汝は強く願っていた。亡者の苦しみから逃れる為、強く『死』を欲していた。
亡者の欲望は汝の魂を消そうとしていた。それは禁忌なり。『死』は汚してはならぬもの。
汝の願いに応える為、そして『死』を守る為に我は来た。安らかに逝くがいい。』
赤い死神は馬を蹴って手綱を引き、鎌を振り上げて襲いかかってきた。
抗いようのない恐怖が龍二を襲い、戦うことも忘れて死神から顔を逸らしてしまった。
鎌は龍二の首に振り下ろされ、その命を狩り獲ろうとする。
しかし眩い閃光が走って雷鳴が響いた。
「しっかりしろ青年!あっさり死を受け入れるんじゃない!」
クリムトが雷霆を握って龍二の腕を引っ張った。赤い死神は雷の直撃を受けて煙を上げていたが、まったくダメージを負っていない様子で再び襲いかかってきた。
「化け物がッ!お前なんかお呼びでないぞ!」
クリムトは雷霆を振りかざして強烈な稲妻を撃ち出した。それは地震のように遺跡の道を揺らすほど強力な雷だったが、赤い死神は鎌を振って切り払った。
『その者は『死』を望んだのだ。生かすことは苦痛なり。』
「やかましい!誰でも『死』を思うことくらいある!その度にいちいち殺されてたまるか!」
雷霆を槍のように鋭く伸ばし、死神に怯える龍二に呼びかけた。
「青年!いつまでも目を逸らすんじゃない!コイツはお前が呼びよせた化け物だ!
俺も一緒に戦ってやるから正気を保てッ!」
「俺が呼びよせた・・・?」
「そうだ。お前が死を望んだからコイツはやって来た。ここで仕留めないとずっと付き纏われるぞ!」
「で、でも・・・この死神は他の奴とは比べ物にならないくらい・・・、」
「ああ、強い。だから手を組もうと言ったんじゃないか。」
クリムトは龍二に笑いかけ、雷霆を構えて赤い死神に向けた。
「こいつは石碑に辿り着く上で必ず障害となる。誰だって少しは死を考えたりするからな。
その時にこいつは現れ、必ず邪魔をしてくるはずだ。何としても今ここで仕留めないと・・・。」
クリムトの顔は本気だった。龍二はそんな彼の顔を見て、事の重大さに気づいた。
《この男がここまで警戒するほどの敵を、俺が呼びよせてしまったのか・・・。》
自責の念に駆られる龍二だったが、クリムトはその心を見透かしたように笑った。
「別にお前のせいじゃないぞ。どっちにしろコイツは叩き潰すつもりだった。
なぜなら・・・・俺の最も愛する人間を奪ったんだからな!」
そう叫ぶのと同時に、雷霆は光を放って雷を落とした。
赤い死神は鎌で斬り払い、二人に襲いかかって来る。
「あんたの愛しい人を奪われたってどういう・・・・、」
「話は後だ!お前も戦わないと死んじまうぞ!」
クリムトは雷霆で鎌を受け止め、赤い死神の顎を蹴り飛ばした。
そして馬に雷霆を突き刺し、特大の稲妻を放って粉々に吹き飛ばした。
「青年!考えていないで戦え!こいつが今狙っているのはお前の命なんだぞッ!」
クリムトの言葉通り、死神は赤い衣をマントのように翻して龍二に向かってきた。
『恐れることはない。我は汝の『死』そのものなり。受け入れよ。』
赤い死神の動きは速かった。龍二は咄嗟に拳を構えるが、その瞬間に両腕は肘から斬り落とされていた。
「うわああああ!」
一瞬の出来事に恐れを抱く龍二だったが、死神の鎌はもう首元まで迫っていた。
「させるかッ!」
雷霆が鎌を弾いて死神の体勢が崩れる。クリムトはすかさず二撃目を放って死神を吹き飛ばした。赤い衣の一部が焼け落ち、死神は渦に巻かれて姿が見えなくなってしまった。
「油断するなよ!また来るそ!」
油断するなと言われても、拳がない状態でどうすればいいのか分からなかった。斬られた傷口からは徐所に再生が始まっているが、完全に復活するには時間がかかりそうだった。
「青年!渦の傍から離れろ!床に降りて戦え!」
「で、でも・・・どうやって降りるんだ?」
「知るか!気合で何とかしろ!」
クリムトは上手く身体を翻し、渦の流れを利用して床に着地した。
龍二も見よう見真似でやってみたが、バランスを崩して顔から落ちてしまった。
「クソ・・・。失敗した・・・。」
頭を振りながら立ち上がると、首筋に冷たい殺気を感じて咄嗟にしゃがみこんだ。
さっきまで龍二の頭があった場所に鎌が駆け抜け、赤い死神が姿を現した。
『逃げることはない。安息の『死』を受け入れるのだ。』
「嫌だ・・・。俺はまだ死にたくない・・・・。」
龍二は死神に怯えながら後ずさり、壁にぶつかって肘から先の無い腕で構えた。
「青年!」
クリムトは雷霆を振りかざして雷を放とうとする。
赤い死神は鎌を振り上げて龍二の首に狙いを定める。
何もしなければ死ぬ。これは自分が呼びよせた『死』であり、そんなことを望んだ己の弱さを悔やんだ。
《亡者のせいで自分を見失うなんて・・・。俺は弱いままだったのか・・・。》
強くなったと思ったのは錯覚で、ただ力が増しただけということに気づかされた。
力に酔いしれた心の隙を、亡者とこの死神は見逃さなかった。
クリムトが言った『力だけじゃ乗り越えられない道もある』、その意味を今理解出来た。
もっと早く気づくべきだった。自分は弱かったのだと・・・。
瞳に死神の鎌が映る。それはスローモーションのようにゆっくりと自分に迫ってくる。
クリムトの助けは間に合わず、死神の鎌は音も無く龍二の首を斬り抜けた。
一瞬遅れて首から血が溢れ、自分の頭が身体から落ちていく様子を眺めていた。
《ああ・・・頭が落とされても・・・しばらく生きてるって本当だったんだな・・・。》
なぜか昔読んだ本の内容を思い出し、離れていく自分の身体を見つめていた。
しかし彼の首が床に落ちることはなかった。首から溢れた血が身体と繋がり、アメーバのようにウネウネと動いて頭を引き上げていく。雷霆を放とうとしていたクリムトは呆気に取られ、死神はもう一度鎌を振ってその血を断とうとした。
その時龍二の身体からパキンッと音が響き、大量の水が溢れて死神を押し流していった。
死神は渦の中に消え、龍二は水に包まれてあの精霊の声を聞いていた。
《水の結晶が・・・私の魂があなたを生かす・・・。まだ倒れる時じゃないわ・・。》
龍二は思い出していた。水の結晶はメリッサの魂を削ったものだと。
ならば彼女はずっと自分の中にいたことになる。
《もしかしたら・・・それこそがメリッサに惹かれる理由だったのか・・・?》
龍二の血は水の結晶の力を受け、斬られた首を繋いで元に戻していく。そして彼を包む水は弾けて飛び散り、朝陽を受ける湖面のように輝いて人の形を造っていく。
「こ、これは・・・・。」
それは水の精霊ウンディーネだった。さざ波のように揺らめきながら龍二を見つめている。
彼女は渦に吸い込まれる緑の光に目を向け、大きく両手を広げた。
そして何かを呟くと、流れる光の中から一つの魂が飛び出して彼女の身体に宿った。
水の身体は気泡が溢れて真っ白になり、一瞬光ってからメリッサの姿に変わった。
「ただいま。生きててくれてよかった。」
メリッサはニコリと微笑んで龍二に抱きついた。
嬉しかった。言いようの無いほどの喜びが溢れ、思わず涙を流してメリッサを抱きしめていた。しかしそこには異常なまでに彼女に惹かれる感情はなかった。
ただメリッサが復活した喜び、そして再会出来た喜びがあるだけだった。
メリッサは龍二の顔を見つめ、彼の頬を抱いて優しく微笑みかけた。
「よく一人で頑張ったわね。これはご褒美。」
そう言って顔を近づけ、唇を重ねようとする。
しかし龍二は彼女の口を手で塞ぎ、抱いていた腕をほどいて立ち上がった。
「そうやってまた俺に水の結晶を飲ませようとする気だろう?」
「・・・・・・・・・・。」
メリッサは何も言わずに龍二を見つめていた。答えがないのは認めている証拠だと思い、龍二は彼女から顔を逸らした。
「変だと思っていた・・・。あの惹かれ方は異常だった。
水の結晶は確かに何度も俺を助けてくれた。でも・・・呪いでもあったんだろう?」
龍二はメリッサを見ようとしなかったが、彼女は立ち上がって彼の目の前で笑った。
「バレちゃった?」
首を傾げて明るく言うメリッサ。龍二は黙ってその目を見返した。どうしてそんなことをしたのか尋ねたかったが、何となく理由が分かるような気がして黙っていた。
二人で向かい合って沈黙していると、渦の中から再び赤い死神が現れて鎌を振り上げた。
龍二の拳は復活していた。そして素早く構えを取ると、正面から死神を迎え撃った。
赤く光る拳と死神の鎌が硬い音を響かせてぶつかる。
スサノオの拳はビクともせず、死神の鎌は音を立てて砕け散った。
しかし赤い死神は怯まない。壊れた鎌を投げ捨て、右手を向けて死の呪いを放ってきた。
「がッ・・・。」
龍二の身体は途端に力を失い、肉体から魂が抜かれようとしていた。
「龍二ッ!」
メリッサは水の羽を広げて戦おうとしたが、その時突然イカヅチの槍が死神を貫いた。
「よそ見してんじゃねえよ。死神さんよお。」
クリムトは雷霆を槍に変えて死神に突き刺し、ニヤリと笑って雷を放った。
雷は凄まじい炸裂を起こして轟音と閃光が広がり、メリッサは耳を塞いで身を竦めた。
稲妻が消えると、そこに赤い死神の姿は無かった。
しかしクリムトは殺気を纏って辺りを警戒していた。
「・・・・やったのか?」
龍二は胸を押さえながら尋ねるが、クリムトは雷霆を構えたまま首を振った。
「いいや、まだいる。しかし傷は負わせた。あんたはここで休んでろ。」
クリムトは高く飛び上がり、再び渦の中に吸い込まれて行った。
そしてしばらくすると、遠くの方で稲妻が光り、赤い死神と戦っている姿が見えた。
「龍二、大丈夫?」
メリッサは彼の傍に膝をつき、心配そうに顔を覗き込む。
「ああ、何ともない・・・。でも、なんか右腕が変なんだ・・・。」
腕の中で何かが蠢いている。耐えられない程熱くなり、腕が弾けそうな衝撃が走ってうずくまった。そして右腕の中から、赤く光る七本の棒が突き出てきた。
「なんだ・・・これは・・・?」
恐怖に引きつって自分の腕を見ていると、メリッサは歓声を上げて手を叩いた。
「それ七支刀よ!スサノオの剣!すっごい強力な武器じゃない!」
メリッサは慌てて龍二を立たせ、強引に右腕を掴んで赤い死神の方に向けた。
「さ、さ!それを撃ってトドメを刺して!今ならあの男に気を取られてるから当たるわ!」
「撃つってどうやるんだよ・・・?それに今撃ったらクリムトにも当たるんじゃ・・・、」
「いいのよ当たっても!あいつも資格者なんだから、いずれ殺し合うことになるのよ!
だったら今のうちにサクッとやっちゃった方がいいんだから。さあ、撃って!」
メリッサの目は真剣だった。龍二は自分の腕に力を入れてクリムトを見つめた。
「よく聞いて龍二。ここには『善』も『悪』も無いわ。あるのは他者を『糧』とすることだけ。ここは強い『意志』を持つ者だけが生き残れる場所。私も一緒に撃つから早く!」
迷っている時間はなかった。なぜなら七支刀の力は大きく、放っておけば自分が吹き飛びかねないほど強力だった。
《このままだとメリッサまで一緒に・・・・。》
龍二は拳を握り、死神と戦うクリムトを睨んだ。
「クリムトオオオオオッ!」
彼は一瞬だけ龍二に振り返り、その瞬間に七支刀の赤い光が放たれた。
七つの棒は腕から抜けて飛び出し、螺旋を描いて飛んでいく。
クリムトは雷霆を構えて身を守り、赤い死神は衣を翻してかわそうとする。
七支刀は雷霆とぶつかって爆発を起こした。
そしてかわそうとする赤い死神を追いかけて、閃光を放って炸裂した。
「クリムトオオオッ!」
七支刀の光が消えた時、クリムトと死神の姿はなかった。
攻撃が当たって吹き飛んだのか、それとも渦の奥に飲み込まれていったのかは分からない。
しかしどちらにしろ、龍二の胸は激しい罪悪感に襲われていた。
「お、俺は・・・なんてことを・・・。クリムトは・・・ずっと俺を助けてくれたのに。」
床に突っ伏して頭を抱え、後悔と罪悪感で床を叩きつけていた。
メリッサはそっと彼の背中に手を当て、「ごめんね・・・」と呟いた。
どうして彼女が謝るのか、龍二は知っていた。
それは自分を利用している罪悪感からくるものだった。
メリッサもまた一人の資格者である。そして石碑に辿り着く為に俺を利用している。
水の結晶の呪いから解放された今、彼女は特別な存在ではなくなった。
この手に掛けて消すことも出来るが、それならどうしてクリムトを撃ってしまったのか?
自分がメリッサに惹かれる理由は、水の結晶のせいだけではなかったのか?
《どうして俺はクリムトを・・・・。どうして俺はメリッサを選んだんだッ・・・。》
「龍二・・・・。」
メリッサは優しく背中を撫でてくる。龍二はその腕を引き寄せ、強引に唇を重ねて押し倒した。
「お前は・・・なんで俺に纏わりつくんだ?お前も資格者なら、自分の力で戦えッ!」
龍二はメリッサの服に手をかけ、一気に引き裂いた。露わになった乳房に貪りつき、身体をまさぐって指と舌を這わせていく。
メリッサは抵抗しなかった。そっと龍二の頭を抱き寄せ、好きなようにさせていた。
《分からない・・・。なぜメリッサを選んだのか?なぜ彼女を犯そうとするのか?
自分が何をしたいのかも分からない・・・・・・。》
しかし何もせずにはいられなかった。目の前の女が憎く、しかし愛おしさも感じていた。
唇を重ね、手を握り合い、腰に手を回して何度も何度もメリッサの中で自分を解放した。
メリッサはいくらでも水の結晶を飲ませるチャンスがあったが、その必要はないと感じていた。こうして自分を求めてくれるなら、わざわざ魂を削って水の結晶を与える意味も無い。彼は私のことを愛し、逃れられなくなってしまったのだから・・・。
亡者の蠢く地獄の道で、龍二とメリッサはひたすら身体を重ね合っていた。

カオスジャーニー 第六話 密かな期待

  • 2014.06.22 Sunday
  • 16:46
密かな期待


願い事よ、届け!
あのお星様まで、私の願いを乗せて飛んで行け!
この世界は遊園地。みんな私の言うことを聞いて、何でも欲しい物を買ってくれる。
洋服だって、オモチャだって、立派な家だって、戦車やミサイルだって買ってくれる。
それに・・・人の命だって買ってくれるもん!欲しい物はみんなみんな買ってくれる!
お金もちのおじさんと、偉いおばさんが買ってくれる。
それに、最近は新しいお友達も出来てとっても楽しいわ!
みんなは悪魔だって言うけど、そんなのどうだっていいもん。
ピッピはとっても良い子で、いつも私の傍で寝てくれるの。
でもここには人間がいないから、ちょっとお腹減ってるみたいで可哀想。
死神ばっかりじゃお腹壊さないか心配だけど、でもピッピは強いからへっちゃらよね!
ねえピッピ、さっきのお兄さんとっても弱くて笑っちゃったね。
ええっと、なんだっけ?何とかの神様のご加護・・・だっけ?
よくわかんないから忘れちゃった!でも夢があってカッコイイお兄さんだったね。
私は楽しく遊びたいだけだし、生まれ変わりとかどうだっていいしね。
でもあのお兄さんはとっても必死だったね。
祖国の為だ〜!とかいって、弱っちい神様従えて一生懸命喚いてたもんね。
うふふ!思い出すと可笑しくなっちゃった。
どうして誰かの必死な顔ってこんなに笑えるのかしら?
ああ、そうだ!おじさんとおばさんまたちっちゃくなっちゃったのよ。
私のからだの中で、えんえん泣いてるけどどうしてだろ?
死なせて〜とか言ってるけど、どうして私の中が嫌なのかな?
ここでたくさん遊んだら、またお家に帰ってたくさんオモチャを買ってもらわないといけないのにさ。
私はね、自分の大事なものは絶対に捨てたりしないんだもん。
だって、そんなことしたら私を捨てたあいつらと一緒だから・・・・・。
あ!見てピッピ。さっきとは別のお兄さんがいるよ。
次はあのお兄さんに遊んでもらおうよ!
今度はじっくり・・・いっぱいいたぶってあそぼうね。
さっきみたいに一口で食べちゃ駄目だからね!・・・・・うふふ。


            *


龍二は立ち止まって壁を見つめていた。
「流れ方が・・・・変わってる?」
通路の壁を流れて行く緑の光は、気のせいか輝きを増しているように感じた。
緩やかな川のように流れていたのが、心電図のように蛇行しながら流れていっている。
「これは世界を構成していた物質と魂だってクリムトが言っていたけど、明らかにさっきと変わってるよな。いったい何があってこうなってるんだ?」
一人で呟いて見ていると、ふと人の顔のようなものが流れていった。
「今のはいったい・・・?」
注意深く見つめていると、やはり人の顔が流れていっている。
目を凝らさないと分からないくらいに薄くだが、確実に人の顔があった。
「これが魂ってやつなのか?なんか・・・見ていて気持ちのいいもんじゃないな。」
人の顔に混じって精霊や妖精の顔も流れていて、それを見ていると複雑な気持ちになった。
「・・・メリッサ・・・・。」
どうしても彼女のことが頭から離れないでいた。
これは恋なのかとも考えたが、少し違うような感じだった。
もっと別の何かが心に引っ掛かる。そう、例えるなら一種の洗脳のように感じる。
もやもやとした心を抱えながら光を眺めていると、一瞬見えた顔が龍二の視線を惹いた。
「メリッサッ!」
慌てて光を追いかけ、何度も彼女の名前を叫んで壁を叩いた。
「おい、メリッサ!聞こえるか!俺だ、龍二だ!」
必死に彼女の顔を捜して追いかけるが、流れは複雑に混じり合っていて、もうメリッサを見つけることは出来なかった。
「・・・メリッサ・・・。」
壁を叩きつけ、龍二はがっくりと項垂れた。一瞬彼女の顔が見えた時、飛び上がるほど嬉しかった。メリッサ以外のものは何も目に入らないほど興奮し、何とかこの光の中から引き出せないものかと思った。
「俺は・・・どうして彼女にここまで惹かれるんだ・・・。やっぱり俺はメリッサを・・・。」
強気な彼女の顔を思い浮かべて悲しみに浸っていると、突然子供の声が響いた。
「ねえお兄さん。私と遊んで。」
顔を上げて振り向くと、ピンクのドレスを着た女の子が立っていた。ブラウンの長い髪を揺らし、黄色い瞳に透き通るような白い肌をした可愛らしい女の子だった。
後ろで手を組み、首を傾げてニコニコと龍二を見つめている。
「子供・・・?どうしてこんな所に・・・。」
「ねえねえ!一緒に遊びましょうよ。」
少女は龍二の手を引っ張ってピョンピョン跳びはね、ふわふわと長い髪を揺らした。
そして髪の間からは、ある種族に特徴的な長い耳がのぞいていた。
「エルフ?・・・いや、妖精か?」
「うふふ、私は妖精のアンネ。ねえねえ遊ぼ!何して遊ぶ?どんな遊びがいい?」
「い、いや、ちょっと待ってくれ。なんで妖精がここに・・・・、」
そう言いかけた時、跳びはねるアンネを見つめて恐る恐る尋ねた。
「もしかして・・・・君も資格者なのか?」
アンネは跳びはねるのをやめ、首を傾げて宙を見つめた。
じっと何かを考えている様子だったが、やがてニコリと微笑んでわざとらしく言った。
「わかんない。」
「分からない?でもこの場所にいるってことは資格者じゃないのか?」
しかしアンネは龍二の質問には答えなかった。
かわりに満面の笑みを浮かべ、両手を広げて元気いっぱいに叫んだ。
「じゃあ鬼ごっこしよっか!私が鬼で、お兄さんが逃げる役ね!」
「いや、それより俺の質問に・・・・、」
「じゃあピッピを呼ぶからちょっと待っててね。」
「ピッピ?」
アンネはくるりと回ってドレスの裾を翻し、指を咥えて大きく口笛を鳴らした。
それは山びこのように遺跡に響き渡り、耳が痛むほど強烈な音だった。
「おい、やめてくれ!耳が痛い!」
するとアンネは龍二の後ろを指差してニコニコと微笑んだ。
「ピッピ!」
「・・・だからなんなんだよ、そのピッピっていうのは?」
呟きながら後ろを見ると、そこには大型トレーラーほどの巨大な狼がいた。
「な、なんだありゃあ・・・・。」
狼は口からはみ出るほどの巨大な牙を持ち、長い舌を出してヨダレを垂らしている。
そして死神以上の凶悪な殺気を放ち、ぐしゃぐしゃの黒い体毛を逆立てて尻尾を揺らしていた。
「ピッピ、こっちおいで!このお兄さんが遊んでくれるって!」
アンネが手招きをして呼ぶと、狼は耳をつんざく雄叫びを上げてこちらに走って来た。
龍二はその姿に恐怖をおぼえ、空震銃を構えて引き金に指をかけた。
「止まれ!止まらないと撃つぞ!」
しかし狼は止まらない。それどころかより勢いを増して迫ってくる。
「クソッ!」
舌打ちをしながら狼の額に狙いを定め、銃の引き金を引いた。
強烈な空気の振動が狼の眉間を直撃するが、まったく意に介さない様子で走ってくる。
龍二は二発、三発と銃を放つが、狼にはまったく効かなかった。
「なんて化け物だッ・・・。」
「グウオオオオオオンッ!」
狼は巨大な口を開けて、空震銃よりも強力な雄叫びを上げた。
それを喰らった龍二は遥か後方に吹き飛ばされ、ゴロゴロと床を転がって壁にぶつかった。
「がはッ・・・・。」
全身がバラバラになりそうな痛みに耐えながら立ち上がると、アンネが空震銃を持って笑っていた。
「お兄さん楽しいオモチャを持ってるのね。これも〜らい!」
まるで親にプレゼントを買ってもらったように喜び、ぴょんぴょん跳びはねて空震銃を構えた。
「じゃあピッピ、鬼ごっこ始めようか。」
アンネの背中からドレスを切り裂いて妖精の羽が現れ、小鳥のように飛び上がって狼の背中に飛び乗った。
「それじゃいくわよ、頑張って逃げてね!」
楽しそうに言いながら空震銃を撃ってくるアンネ。龍二はたまらずその場から逃げ出した。
「やめろ!誰も遊ぶなんて言っていなぞ!」
「私が遊ぶって言ったら遊ぶの。お兄さんの意見なんか聞いてないわ。」
アンネは狼の背中をペシペシと叩き、「行け!」と合図を飛ばした。
狼の顔がさらに凶悪に歪み、雄叫びを上げて襲いかかってきた。
「冗談じゃねえぞッ!」
全力で駆け出し、遺跡の通路を逃げていく。アンネは楽しそうに鼻歌を歌いながら、空震銃を構えて笑っている。
いきなりの危険な展開にパニックになり、なんとか狼を振り切ろうと通路の角を曲がった。
しかし狼は巨体に似合わない俊敏さで龍二を追いかけて来る。
「ほらほら!早く逃げないとピッピに追いつかれちゃわよ!」
狼の咆哮と空震銃の連射が襲いかかり、龍二の身体はミシミシと悲鳴を上げていく。
しかし立ち止まればあの狼と戦わねばならず、それは本能が拒否していた。
《こいつは俺だけじゃ勝てない。ハルバティよりよっぽど強い敵だ!》
しかしさすがに狼の足には勝てない。龍二のすぐ後ろには巨大な牙が迫っていた。
《このままじゃ喰われるだけだ!なら・・・・》
咄嗟に横に飛び退いて狼の牙をかわし、スサノオの力を解放して拳を構えた。
逃げることと生き延びることは違う。
ハルバティとの戦いで学んだことを今こそ活かす時だった。
「子供と遊んでいる暇はない!来るならこいッ!」
「わあ!カッコイイ!それじゃプロレスごっこに変更しましょう。」
アンネは狼に合図を飛ばし、空震銃を撃って楽しそうに笑った。
「凶器は反則だぞコラ!」
狼は龍二の身の丈を遥かに超える口を開けて飲み込もうとしてきた。
「なにくそッ!」
『危ない時は自ら敵の懐に飛び込むのも兵法である。』
剣の稽古の時に父から教わった言葉を思い出し、龍二は狼の口の中に飛び込んでいった。
狼は飛び込んできた獲物を噛み砕こうと口を閉じるが、龍二はスサノオの怪力でそれを防いでいた。
「たかが獣にやられてたまるか!」
狼の力と龍二の力は拮抗し、骨の軋む音を立ててせめぎ合う。
しかし空震銃の衝撃が身体を貫いて膝をついてしまった。
「あはは!それそれ頑張れ〜。」
アンネは空震銃を連射し、龍二の必死な姿に笑い転げそうになっていた。
強力な空気の振動は龍二の身体にダメージを与え、狼の顎は彼を噛み砕こうとする。
限界までスサノオの力を引き出そうとするが、身体の中で水の結晶が暴れ回っているのを感じて力をセーブした。
《これ以上スサノオの力を解放したら、また水の結晶が・・・。でもこのままだと・・・。》
絶体絶命とはこのことだと思い、なぜか笑いが込み上げて身体が震え出した。
「あれ、もしかしてお兄さん泣いてるの?大人のくせに恥ずかしい〜。」
アンネは狼の背中から飛び上がり、龍二の近くに舞い降りた。
そして狼の口の中で震える龍二の顔を覗き込むと、彼が笑っていることに気づいた。
「あらら、怖すぎて頭がおかしくなっちゃったのね。もういいわピッピ。やっちゃって。」
壊れたオモチャで遊んでもつまらない。アンネは龍二という人形を処分することにした。
狼は顎に力を入れ、唾液を分泌させて臭い息を吐いた。
それは酸の唾液と、毒の吐息であった。アンネも銃を構え、龍二に向かって引き金をひく。
「・・・・あら?何にも起こらない。これも壊れたみたいね。」
空震銃はエネルギーが尽きて振動を撃てず、アンネは羽でそれを細切れに切り裂いた。
「さて、新しい遊び友達を探しに行かなきゃ。ピッピ、早く食べちゃって。」
狼は酸と毒で弱らした龍二を舌で包み、ゴクリと一飲みにした。
彼は喉を通って食道に運ばれ、硫酸の溜まる胃袋に落ちていった。
「あ〜あ、つまんなかったわね。けっこう強い人かと思ったのに。」
アンネはつまらなさそうに言い、狼の背中に乗って次なる獲物を探しにいく。
鋭い狼の嗅覚で他の資格者を探し、ここへ来てから二人を葬っていた。
龍二はその三人目の犠牲者となる。いや、なる予定だった。しかし彼はまだ生きていた。硫酸をものともせず、硬質化した皮膚のおかげで生き延びていた。
『危ない時は敵の懐に飛び込め』
彼が本当に狙っていたのは口の中ではなく、胃袋の中だった。
狼の反応が素早いせいで危うく噛み砕かれそうになり、アンネに空震銃を撃たれた時は本当に死を覚悟した。しかし運は自分に味方してくれた。唾液の酸も、毒の吐息も彼には効いていなかった。そして空震銃のエネルギーも切れ、狼も舌でくるんで一飲みにしてくれた。もし噛み砕かれていたらその時点で勝負は決していた。
全ては偶然と運のおかげ。
しかしハルバティとの戦いがなければ、途中で諦めていただろうと思った。
『この戦いはきっと、これからの俺にとって糧となる』
あの言葉は嘘では無い。ましてや幻想でも思い上がりでも無い。
本当に『死』の瀬戸際に立って見えた、紛れも無い自分の声だった。
《諦めない・・・。あの緑の光の中にメリッサを見たとき、もう一度彼女に会うと決めた。
だから・・・ここでは死ねない・・・。俺は死なないッ!》
胃袋の中でスサノオの力が溢れる。
アンネはすぐに異常に気づいて狼から離れ、唇を噛みしめて様子を窺った。
重い音が胃袋の中から響き、狼は口を開けて唾液を撒き散らす。
それはアンネにも飛び散って彼女の羽を溶かした。
「ああ!私の大事な・・・・、」
泣きべそをかいて羽を見つめていると、また重い音が響いて狼はのたうち回った。
「ピッピ!しっかりして!」
アンネは狼に駆け寄り、涙をこぼしながら必死に頭を撫でた。
その時また重い音が響き、狼の口から大量の唾液と毒息が撒き散らされた。
苦痛の雄叫びはビリビリと空気を揺らし、アンネの肌を切り裂いていく。
彼女は痛みに苦しみながら、それでも狼の頭を撫でる。
「ピッピ!死んじゃダメ!私を一人にしないで!」
アンネの身体はボロボロだった。撒き散らされた酸と毒を受け、顔も腕も爛れていた。
雄叫びの振動は皮膚だけでなく骨も折り、もはや立つことさえ出来なかった。
しかしそれでも狼の名前を叫んで抱きついた。
「ダメ!やめて!お願いだからピッピを殺さないでッ!」
あの男は生きている。なぜだか分かららないけど、ピッピの中で生きている。
そして・・・私の友達を奪おうとしている。
あってはならない!自分のものを誰かに奪われるなど、絶対にあってはならない!
今よりもっと幼い頃に人間に捕らえられ、どうしようもない変態どもに売られた。
でも両親や仲間は助けに来てくれなかった。
『自然の民は心で繋がっている』
妖精の長老はそう言っていたのに、私を地獄の中から救い出す自然の民はいなかった。
《私は捨てられたんだ・・・。いらない子だったんだ・・・。》
そして地獄から救い出してくれたのは、自分が最も嫌っていた人間だった。
アンネは人間が憎かった。そして自然の民も憎かった。
優しい老夫婦は愛を注いでくれたが、やはり人間を憎む気持ちは変わらず、とことんわがままを言って困らせてやったのに、あの人達は笑顔を崩さなかった。それがまた逆に憎かったから、死神に殺されたあとも自分の中に閉じ込めてやった。決してあの石碑にいけないように、ずっとこの中で苦しめて、養分を吸うだけ捨って消してやるつもりだった。
でも・・・・ピッピが消えてこの人達までいなくなったら、私はほんとうに一人ぼっち・・・。
《憎しみよりも、孤独の辛さの方が嫌だ・・・。》
アンネの涙は止まらず、また重い音が響いて狼は悶えていた。
そしてピクピクと痙攣して動かなくなり、もぞもぞと喉の奥が動いて龍二が出て来た。
「・・・許さない・・・ピッピをいじめるなんて・・・許さない・・・。」
悲しみの涙は怒りの涙に変わり、爛れた皮膚の上に落ちていく。
美しかった容姿は見るかげもなくなり、龍二は胸を痛ませてアンネの傍に膝をついた。
「狼は殺していない。本当ならトドメを刺したいところだが、そうなったら君は・・・。」
この狼を失えば、アンネは死ぬ。他の資格者に命を狙われ、あっさりと葬られるだろう。
そのことが龍二を悩ませ、狼にトドメを刺せないでいた。
「ばっかみたい・・・。だったらピッピと一緒に私を殺せばいいのに・・・。」
アンネの言う通りだった。この狼はアンネに宿る神で、放っておいたらまた力を取り戻して襲ってくるかもしれない。
狼を倒すことには抵抗を感じないが、アンネを手に掛けることは躊躇っていた。
《これも甘さなのか・・・?相手が子供でも、容赦するのは甘さなのか?》
龍二は迷いながら拳を握り、倒れた狼の方を見つめた。
《やはりトドメを刺すべきか?なんならこの子は俺が守ってやれば・・・・。》
龍二はまたしても忘れていた。それこそが幻想や思い上がりであるということを。
せっかく気づいたはずの真実、『戦って他者を糧とする』。
そのことが彼の心から消えかかっていた。そしてアンネはその隙を見逃さなかった。
小さく息を吸い込み、魔法を唱えて息を吐きだした。
アンネの息は小さな針となって龍二の神経に突き刺さり、その動きを封じてしまった。
「あはは!油断してるからそうなるのよ!ピッピは死なない、ずっと私と一緒にいるんだから!」
狼は黒い粒子となってアンネの中に吸い込まれ、傷ついた彼女の身体は癒されていった。
「うふふ、これで形勢逆転ね。今のお兄さんならピッピがいなくても勝てるわ。」
アンネは羽を広げ、先端を刃のように鋭くした。
「じゃあねお兄さん。とっても楽しかったわ、バイバイ。」
アンネの羽が龍二の首に振り下ろされる。しかし砕けたのは彼女の羽の方だった。
「悪いな。あの狼ならともかく、君の力じゃ・・・・。」
龍二は刺さっていた魔法の針を抜いて立ち上がった。
「どうして・・・?魔法が効いてなかったの?」
「いいや、効いていたけど、そんなに深くは刺さってなかったから。
生憎俺の皮膚は頑丈でね。腕力とそれだけが取り柄なんだ。」
「・・・・・そう・・・。」
もう勝てない。ピッピは傷を負ってるし、自分の力は通用しない。
アンネは戦うことを放棄してその場に座り込んだ。
「もういいわ。サクッとやっちゃってよ。同情とか憐れみとかいらないからさ。」
明るい声でそう言われ、龍二は自分の拳を見つめて考えた。
やるべきか?それとも・・・・。
アンネは何も言わずに座り込み、ただ宙を睨んでいる。そこに死に対する恐れはなかった。
「なあ・・・どうしてそんなに平然としていられるんだ?『死』が目の前にぶら下がっているのに・・・。」
「別に死ぬのは怖くないわ。だって、それより怖いことを知ってるもの。」
「死より怖いもの?それはなんだ?」
アンネは両手を開いて見つめた。そこには人間の老夫婦が痩せた顔で映っていた。
苦痛に顔を歪め、何かを必死に叫んでいる。
「この人達なんて叫んでるか分かる?死なせてくれって言ってるのよ。」
「死なせて・・・。どうしてそんなことを?」
「だって、死ぬっていうのは楽になることだもん。一番怖いのは、どこにも行けずに『孤独』になることだから・・・・。」
アンネは二人の魂を解放し、緑の光に吸い込まれて行くのを眺めていた。
「これで・・・ピッピだけになっちゃった。」
「・・・・・あの狼は、いったい何の神なんだ?」
「フェンリル・・・。本当はオーディンていう神様が宿るはずだったんだけど、ピッピが食べちゃったから・・・。」
「そうか。でもピッピは友達なんだろ?」
「私はね、そう思ってる・・・。でもピッピは自由になりたいだけ。
石碑の主になって、何でも思い通りにしたいだけ。」
龍二はかける言葉が無くなり、アンネの後ろに立って拳を構えた。
この子を可哀想と思うのは、自分の思い上がりなのかもしれない。
少女は今、孤独という死より辛い痛みに耐えている。
龍二の中に迷いはなくなり、赤く光る拳に力を込めた。
「ここで終わらせるが・・・いいか?」
アンネは宙を見つめたまま頷き、龍二の拳が振り下ろされた。
痛みを感じることはなかった。
強力な打撃は一撃のもとにアンネを塵に還し、彼女の中に宿っていたフェンリルは憎らしそうに吠えてどこかへ消えていった。
「・・・子供まで手に掛けるとは・・・ますます人から離れていくな・・・。」
罪悪感はあったが、悲しみはなかった。
それに縛られるようでは先に進めないことを自覚していた。
龍二の前にはアンネの魂が立ち、二コリと手を振って緑の光へ吸い込まれていく。
「次は幸せに生まれ変われますように・・・。」
目を閉じてそっと願い、顔を上げて緑の光を見つめた。
するとまたしてもメリッサの顔が見えて、龍二は一目散に駆け出した。
「メリッサ!」
今度は彼女の顔は消えなかった。そして口を動かして何かを伝えようとしている。
「なんだッ?何を言っているんだッ?」
壁に耳を当てて目を閉じると、微かにメリッサの声が聞き取れた。
《もう・・・少し・・・。も・・・う・・・こし・・・で・・・。》
「もう少し?何がもう少しなんだッ?」
《私は・・・もう・・・ぐ・・・も・・・る・・・。》
「何だ?何を言っているか分からない!」
龍二は壁を叩きつけた。いったい何で出来ているのか知らないが、スサノオの力で殴ってもビクともしなかった。
これを壊せば何とかなるんじゃないかと思っていたが、そうもいかないらしい。
メリッサのことばかりに気を取られ、龍二はひたすら焦ってばかりいた。
《あわて・・・ない・・・で・・・。いま・・・は・・・じぶん・・・こ・・・を・・。》
「分からない・・・。俺だってどうしてこんなにお前が気になるのか・・・。」
恋人でもない、家族でも友人でもない。恋愛感情でも友情でもない。
そのどれでもないものが龍二の心を惹きつけていた。
感情を言葉に出来ないもどかしさをおぼえながら、光の中のメリッサに手を触れた。
《あなた・・・は・・・つよ・・・い・・・。わたし・・・の・・・のろい・・・も・・・、
うちか・・・って・・・つよく・・・・な・・・った・・・。》
「呪い?何のことだ?」
《こころ・・・の・・・そこに・・・みず・・・の・・かがみ・・・みえた・・・はず・・・。》
「水の鏡・・・?もしかしてハルバティの時に見えたやつかッ?」
《そう・・・あれ・・・は・・・、あなたの・・・こころを・・・ふうじ・・こめる・・・、
わたしの・・かけた・・・のろい・・・。かんじょうに・・・まけないよう・・・に・・・。》
「そうだったのか・・・。あれはお前が・・・・。」
もしあの鏡で自分の姿を見なければ、とっくに殺されていた。
またしてもメリッサのおかげで命拾いしたことを知り、何がなんでも彼女を助けたくなった。
「お前をそこから出すにはどうしたらいいッ?」
しかしメリッサは首を振った。そして諭すような静かな口調で言った。
《わたしの・・・ことは・・いい・・から・・・。
あかい・・しにがみに・・きを・・・・つけ・・・て・・・・。》
「・・・赤い死神?なんだそれは?」
壁に手を当てて尋ねる龍二だったが、メリッサの顔は薄くなって消えてしまった。
「おい、メリッサ!メリッサ!返事をしてくれッ!」
どこを捜しても彼女の顔は見つからず、龍二は途方に暮れて項垂れた。
再び彼女に会ったことで、さらにその心は惹かれていき、何も出来ない自分を呪った。
《・・・だいじょうぶ・・・わたし・・・は・・・すぐ・・・もど・・・る・・・。》
それだけ言い残し、メリッサの声は聞こえなくなった。
なぜか彼女に会いたい。どうしても会いたい。これも呪いなのか?
言いようの無いもどかしさを抱え、龍二は遺跡を流れていく光を見つめていた。

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