胸躍る色鉛筆

  • 2014.09.30 Tuesday
  • 15:23
絵を趣味にしている私ですが、絵を始めたばかりの頃は、よく色鉛筆を使っていました。
「え?色鉛筆なんて子供の使うものじゃないの?」
そう思う人もいるかもしれませんが、色鉛筆はプロでも使う立派な画材です。
まず色鉛筆にはたくさんのメーカーがあって、種類だって豊富です。
日本で有名なメーカーなら、三菱鉛筆やトンボじゃないでしょうか?
どちらも子供の頃は一度は使った思い出があるかと思います。
三菱鉛筆もトンボも、子供用のリーズナブルなものから、プロやハイアマチュア用の高価なものまで作っています。
例えば三菱鉛筆なら一本50円の安価なものから、ペリシアという高級色鉛筆まで作っているし、トンボでも安価なものから、色辞典というプロでも使えるものまであります。
それにホルベインという優れた画材メーカーもあって、ここの色鉛筆はプロでも評価が高いようです。
このように国内だけでも色々な種類の色鉛筆があるのだから、海外のメーカーまで含めればそれはもうたくさんの色鉛筆があるのです。
中には一本300円近くするものまであり、ここまでくると中々安易に手を出せなくなります。
しかし色鉛筆というのは、箱を開いて見ているだけでも楽しいもの。そしてそれを手に取って絵を描きだせば、その優しい色合いの虜にされてしまうことでしょう。
決して他の画材では出せない、落ち着きながらも確かな色合い。重ねれば重ねるほど色の幅が広がり、絵の世界に深味が増していく喜び。
何より絵具のように面倒な準備や後片付けがいらないから、誰でも手軽に使えます。
失敗したって消しゴムで消せるものまでありますからね。
ただもし欠点があるとすれば、他の画材に比べて色のインパクトは薄いということです。
だからプロの場合はメインで使う人は少ないようです。
それは印刷した時に色鉛筆の繊細で柔らかい色合いが、多少なりとも失われるからです。
だからプロは補助の画材として使う人が多いそうですよ。
それでも色鉛筆の魅力は、決して他の画材では代えは利きません。
あの独特で暖かみのある描写は、鉛筆だからこそ出来る表現だと思います。
今までに私が使った色鉛筆の種類を書きますと、三菱のユニカラー、アーテレーズカラー、それに一本50円の一番安いやつです。
トンボの色辞典も使いましたし、海外メーカーのダーウェントもメインで使っていました。
今はヴァン・ゴッホの水彩色鉛筆を使っています。
ちなみに水彩色鉛筆というのは、水で溶かすと絵具のようになる色鉛筆のことです。
紙に描いたあとに溶かしてもいいし、芯を削って絵具のように使うことも出来ます。
ここから先は、上記の色鉛筆に関して、私が使ってみて感じた印象を書きたいと思います。
まず三菱色鉛筆ですが、このメーカーは本当に使いやすい。
どの種類も色が安定していて、どんな紙にでも色が乗りやすいように思いました。
それに芯の硬さも適度に柔らかく、描きやすさと折れにくさを両立させていると思います。
それに重ね塗りでも綺麗に色が出るし、単色でも良い色を表現出来ます。
およそ全てにおいて欠点らしい欠点はなく、ある種万能の色鉛筆といえるのではないでしょうか?
もし欠点があるとしたら、やや個性に乏しいということです。
欠点がないゆえに、どんな描き方をしても安定して色が乗る。だから面白味には今一つ欠けているように思いました。
しかし同じメーカーのアーテレーズカラーという色鉛筆は、他の色鉛筆には無い特徴を持っています。
それは消しゴムで簡単に消せるということです。
どんな色鉛筆でも消しゴムで消すことは可能ですが、種類によっては汚く色が残ってしまうことがあります。
それにある程度力を入れないと、普通の鉛筆のようには消えてくれません。
だから使っている紙が薄いと、紙を傷つけてしまう可能性もあるのです。
しかしアーテレーズカラーはほんの少しの力で綺麗に消せます。
だから失敗だって簡単に修正出来るし、何よりハイライトを表現しやすいのです。
通常色鉛筆のように色の薄い画材というのは、ハイライト(明るい部分)は最初から計算に入れて色を塗らなくてはなりません。
なぜなら色の薄い画材というのは、上から別の色を重ねても、下の色が出てしまうからです。
もし間違ってハイライト部分を濃く塗ってしまったとしましょう。
するとその上に薄い色を重ねても、下の濃い色が勝つから何の意味もないのです。それどころか、重ねれば重ねるほど濃くなっていきます。
だからハイライト部分は最初から計算に入れて描くのです。明るい部分は色を塗らず、そのまま紙の白を活かします。
しかしアーテレーズカラーは全ての色を塗ってからでも、ハイライト部分を表現することが可能です。
それは消しゴムで簡単に消せるから。空から射す光、帽子に当たる光、それに電球や太陽だって、色を消すことで明るく見せることが可能なのです。
だからどちらかというと、色鉛筆というよりはパステルに近いかもしれません。
他の色鉛筆に比べて若干の粉っぽさがあり、指で擦っても色が落ちるほどですから。
注意していないと、下手に擦って色が消えてしまうこともあり得ます。
でもとても使いやすいし、色も綺麗なので良い色鉛筆ですよ。
私は写真も趣味にしていますから、もし三菱鉛筆をカメラに例えるならキヤノンという感じです。
キヤノンはとても良いカメラを作るメーカーで、このメーカーのカメラにはおよそ欠点らしい欠点はありません。
それゆえに面白味に欠けるのも事実で、三菱の色鉛筆に似ていると感ました。
でも欠点がないということは、それだけ信頼出来るとメーカーということです。
これから色鉛筆を使ってみようかと人には、かなりオススメできます。
しかし三菱の最高級色鉛筆であるペリシアだけは、かなり個性が強いのそうなので、万人向けかどうかは分かりません。
値段も高価だし、いきなり手を出すには少々躊躇う色鉛筆かなと思います。
次にトンボですが、このメーカーでは色辞典という色鉛筆を使いました。
これはまるで本のパッケージのような箱に収まっていて、全部で三集に分かれています。
辞典という名前が付くくらいだから、きっと本を意識したパッケージなのでしょう。三集という単位も本を感じさせます。
この色鉛筆の特徴は、他のメーカーにはない珍しい色が揃っていることです。
どれも繊細で細やかな色合いで、重ねて塗ればきっと素晴らしい色が表現出来るでしょう。
他のメーカーでは出すことが出来ない、言葉に出来ない色合いが生まれます。
しかし一つ一つの色はとても薄く、この色鉛筆を使いこなすにはそれなりの根気がいるように感じました。
時間を掛けて丁寧に塗るのが好きな方にはオススメですが、勢いよく塗りたいという方には使いづらいかもしれません。
でも他のメーカーには無い色が豊富に揃っているというのは、やはり大きな魅力です。
一つ一つの色が薄いからこそ、他の色鉛筆や画材との併用でも力を発揮してくれますよ。
これ以上は長くなるので、続きはまた今度書きたいと思います。

神道と仏教 奇跡の融合

  • 2014.09.30 Tuesday
  • 12:29
異なる二つの宗教が同じ国に存在したらどうなるでしょうか?
文明や倫理観が発達した現代なら、互いに距離を取って共存することも可能でしょう。
しかしもっともっと昔の時代なら、異なる神を持つ宗教が出会ってしまったら、対立するか、どちらかが下に付く可能性が高いと思います。
実際に歴史の中では宗教戦争と呼ばれるものがあり、異なる神や教義を掲げてぶつかったこともあります。
しかしながら、この国ではそういう争いは起きませんでした。
元々この国には神道という宗教がありましたが、そこへ1400年前に仏教が入ってきたのです。
当時は多少の小競り合いはあったみたいですが、それを乗り越えて仲良く共存してきたのです。
神道は八百万の神様ですから、いわゆる多神教ですね。それに対して仏教も絶対神というのはいません。
仏教の頂点には如来がいますが、如来は何人かいますから、やっぱり多神教の扱いになるのでしょう。
それに神道は教義という教義は持っておらず、仏教は和合の精神を大事にします。
だから両者が出会った時、少しの小競り合いはあっても、結局は仲良くやっていこうと決めたわけです。
神道は尊ぶもの、仏法は信ずるもの。昔の天皇が言った言葉です。
これって神道と仏教は上手く役割分担しているってことです。
神道は言葉によって成り立たないから、とても感覚的な部分が強いんです。
だから言葉によって語れないもの、例えばお祝い事は神道の担当になることが多いです。
祝い事は言葉によって語れば白けるもの。だから感覚的に喜びを感じる方が向いていると思います。
お宮参り、七五三、お祭り、それに結婚式は神道が多いですね。
逆に仏教は綿密な言葉によって教義が成り立っています。
そのおかげで、心に悩みや苦しみを持つ人に対し、それを和らげるような言葉を掛けてあげることが出来ます。
特に死に関することは仏教の担当が多いですね。
お葬式や法事は死に関することだから、教義を持つ仏教の方が担当しやすいのでしょう。
自分が死ぬ恐怖、大切な人が亡くなった苦しみ。そういう辛さや苦しみは、仏教の方が上手く取り除いてくれるのかもしれません。
長い歴史の中で、神道と仏教は混ざり合う部分は混ざり合い、助け合う部分は助け合ってきました。
神仏習合の歴史を見ても、それは分かると思います。
家に仏壇があって、居間に神棚があって、そんないい加減ながらも大らかな宗教観は、私は大好きです。
別に神様を拝んだっていいし、仏様を信じたっていいし、あるいはその両方でもいいし。
海外の方から見たらとても曖昧に見えるかもしれないけど、でもこれってすごく良いことだと思うんです。
もちろん宗教による対立はそれぞれに言い分があるだろうから、私みたいな素人が安易に口を出せることじゃありません。
けど異なる宗教が上手く共存できる仕組みは、いくら褒めたっていいと思います。
心が苦しい時は、線香の香りを嗅いでいるだけで心が落ち着きます。お寺や仏間の独特の雰囲気は、確かに精神を安定させる効果があると思います。
それに対し、特に悩みがあるわけでもないんだけど、なんだか気持ちが落ち込むことってありますよね。
私はそういう時は神社に行くようにしています。
神社って何もなくて、ただ木立と社があるだけなんです。
そういう静かな場所だと、自分と向き合うのにピッタリなんです。
特に悩みなんてないのに、どうして気持ちが落ち込むのか?静かな場所で自分と向き合えば、けっこう心が晴れるものです。
私にとって神社というのは、友達の家みたいな感覚です。
なんだか気落ちしている時、仲の良い友達の家に行くとしましょう。
そして「おう」とか、「よう」とか軽い挨拶だけ交わし、後はお互いが好きなことをしているのです。
私はぼんやり漫画を読んで、友達はテレビやパソコンを見たりしている。
お互い言葉を交わすわけじゃないけど、でも傍に友達がいてくれるというだけで、どれほど心が楽になるか。
でもずっと友達の家にはいられないから、「また来るよ」と言って帰るわけです。
私にとって、神社はこれと似た感覚です。
本殿の中は神様の家だから決して入ってはいけないけど、マナーとルールを守るなら、庭は好きに出入りしてくれていいよみたいな。
だからお寺は本当に苦しい時に行く場所。ある種の救いを求めたり、苦痛を和らげる為に存在している場所。
そして神社の方は、言葉に出来ないけどなんとなくモヤモヤしたり、気分が晴れない時に行く場所。
私はそういう風に捉えています。
もちろん人によって考え方に差はあるだろうけど、私は神社もお寺も好きだから、この考え方でいいと思っています。
長い歴史の中で手を取り合ってきた神道と仏教。これからも仲良く共存できる国であってほしいです。

水面の白影 第一話 水面の影

  • 2014.09.30 Tuesday
  • 12:21
〜前章〜


夏の終わりの温い風が吹く頃、俺は家から数キロ離れた溜池に来ていた。
破れたフェンスから中に入り、コンクリートで舗装された池の際に立つ。ここへ来るのは今日が四度目で、今回こそはこの池に身を投げようと思っていた。
「人工の池いうても、けっこう深いからな。充分死ねるはずやけど・・・。」
時刻は午前一時過ぎ。薄い雲が流れる夜空から、月の光が遠慮がちに射し込んでいる。それは仄暗い池を青く照らし、神秘的ともおぞましいともいえる雰囲気を醸し出していた。
底は・・・・・見えない。水が濁っているせいもあるが、それ以上に底が深いのだ。
あれはいつだったか、ここで遊んでいた中学生が、足を滑らせて溺死した事故があった。上がった水死体はパンパンに膨らみ、不出来な風船のようになっていたと聞いた。
「俺も・・・もうじきあんなんになるんやな・・・。でもええか、生きとっても何にもええことないし・・・。生きてる方が苦痛やわ。」
今年の秋が来れば、俺は三十三になる。生まれてこの方彼女はなし。友達もどうしようもない自分勝手な奴ばかりで、バイトさえ上手くにいかずに首になった。
両親や姉はこんな俺に優しくしてくれるが、それがかえって苦痛だった。三十三にもなろうかという男が、一度も女と付き合ったことがなく、しかも就職さえしたことがない。
ずっと家に引きこもり、夜な夜な散歩に出かけては「人生とは何のか?」などと青臭いことばかり考えていた。
俺の心は、両親や姉に可愛がられていた子供時代でずっと止まったままだった。あの頃はこんな幸せが永遠に続くのだと思っていた。
俺はずっと子供のままで、学校から帰れば母が笑顔で出迎えてくれる。あの頃は友達だってたくさんいたから、暗くなるまで遊んでいた。
そして家に帰って飯を食い、風呂に入るまでは姉と一緒にテレビゲームをしていた。学校に行けばワイワイと楽しくはしゃいでいたし、休日には家族そろってよく出かけていた。
それがいつからか、その幸せが崩れ始めた。あれは・・・そうだな、中学を出た辺りからだ。頭の悪い俺は、自転車で一時間もかかる高校に通う羽目になった。
そこにはヤンキー崩れの馬鹿がたくさんいて、どいつもこいつも粗暴で野蛮な奴ばかりだった。中にはまともな奴もいたが、根が暗くてあまり人と話したがらない奴だった。
それに・・・特に女子は酷かったな。やれサッカーが出来るだの、顔がアイドル風だの、そんな男ばかり追いかける女どもばかりで、目を合わせるのさえ嫌だった。
俺は誰とも話さず、ただ学校と家を往復するだけの日々を送っていた。
しかしそんな単純な日々でさえ、長続きはしなかった。ヤンキー崩れの馬鹿どもと、男を追いかけることしか頭にない尻軽女どもが、俺をイジメの的にしたのだ。
便所に連れて行かれては股間に落書きをされ、弁当を持って行けばゴミ箱に捨てられ、酷い時には家のガラスまで割られたりした。
イジメはどんどんエスカレートしていったが、俺はなんとか頑張って学校に通った。親にはイジメのことは話さず、姉にだけ相談していた。
姉はいつでも優しくしてくれて、まるで自分のことのように泣いてくれていた。そんな姉を見るのが辛かったから、やがては姉にも相談しなくなってしまったけど・・・。
高校を出る頃には、俺はすっかり人間不信になっていた。大学にも行かず、かといって就職もせず、家に引きこもってゲームばかりしていた。
両親や姉は相変わらず俺のことを心配してくれて、さり気なく心の内を聞き出そうとしていた。
しかし身内に心の傷を見られることほど恥ずかしいものはなく、家族に優しくされる度に、ますます自分の殻に閉じこもってしまった。
そんなニート生活が二年も続き、俺は二十歳を超えて成人した。中学の時に仲の良かった奴から成人式の誘いがあったけど、迷わず断った。
いったいどんな顔をして、昔の友人たちに会えばいいのか?それにこの頃には外に出るのさえ億劫になっていたから、誰とも会いたくなかったのだ。
しかし・・・ほんの少しだけ転機が訪れた。それも悪い意味で・・・・・。
ニート生活も三年目になろうかという時、姉が結婚するかもしれないと言い出したのだ。
五つ年上の姉は、弟の俺から見てもかなりの美人だった。昔から整った顔立ちをしていて、性格も抜群に良い。
だからよく男にモテていたし、大学の時には雑誌のモデルをやらないかと誘われたほどだった。
俺はそんな姉が好きだった。もちろん両親も好きだが、姉は俺の中で特別な存在だった。
だからこれからもずっと、俺の傍にいてくれるものだと思っていた。
いつかは結婚してこの家を出て行くことは分かっていたけど、それでも俺の傍から離れることはないだろうと思い込んでいたのだ。
それがいきなり結婚の話なんてするものだから、俺は焦った。頭では理解していても、いざ姉の口からそんなことを聞かされると、いてもたってもいられなくなった。
その話を聞かされた次の日、俺は初めて姉でオナニーをした。正直なところいうと、以前から姉を想像してオナニーをしたいと思っていた。
しかし道徳心と罪悪感が勝り、これだけはやるまいと決めていたのだ。
しかし・・・・やってしまった。電気を消した暗い部屋で、姉の裸体を妄想しながらペニスをこすった。そして射精を終えた時、妙に大胆な気持ちになった。
皆が寝静まった夜、俺は姉の部屋のドアを開けた。時刻は午前二時で、姉はベッドに横たわって寝息を立てていた。季節は夏ということもあって、姉は大胆な恰好で寝ていた。
上にタンクトップだけを着て、下はパンツが見えるんじゃないかというような短パンを穿いていた。
俺はそっと姉に近寄り、しっかりと寝ていることを確認してから、その短パンに手を掛けた。慎重に慎重に短パンを下ろし、下着が露わになったところで、自分のペニスを擦り始めた。
そのうち見ているだけでは我慢出来なくなって、唇を重ねてから胸を揉んだ。
初めて感じる女性の唇、初めて触る女性の胸、気がつけば、姉の太ももに射精をしていた。
その瞬間に耐えがたい罪悪感と嫌悪感に襲われ、慌てて短パンを戻して部屋を逃げ出した。その時、俺は悟った。自分はもうどうしようもないクズなんだなと。
あれほど優しくしてくれた姉に、とんでもないことをしてしまった。一時の感情に任せて、やってはいけないことをやってしまった。
しかし一番悔しかったのは、自分の部屋に戻ってからまた興奮してしまったことだ。悪いことだとは知りながらも、何度も何度も姉の唇と胸の感触を思い出してオナニーをした。
そして次の日の朝、洗面所で姉と顔を合わせた時に、やんわりと言われた。
『女の子の身体に興味があるのは分かるけど、もう二度とあんなことしたらあかんよ。それが約束出来るなら、昨日のは無かったことにしてあげるから。』
そう言われた瞬間、俺はこの世から消えてしまいたいと思った。自分で自分を叩き潰して、粉々にしてしまいたかった。
全て・・・全てバレていたんだ!あの変態そのものの行為が、何もかもお見通しだったんだ!
その日から俺は、姉の顔をまともに見ることが出来なくなった。向こうは今まで通りに接してくれるけど、俺は次第に姉を避けるようになっていた。
そして翌年の春、姉は結婚して家を出て行った。俺は式には参加せず、姉がウェイでングドレスを着ている頃に、また妄想をしてオナニーをしていた。
そんな自分が嫌で、どうにかして変えたいと思った。だからせめてバイトだけでもしようと思い、近くの国民宿舎に面接に行った。
ありがたく採用となり、めでたくニートからは脱却出来た。しかしそこでもまた人間不信に陥ることになった。
仕事そのものは何とか慣れたのだが、人間関係が上手くいかなかったのだ。
周りは大人な人ばかりだったので、目だった嫌がらせなどはなかったけど、それでも陰口を叩かれていることは知っていた。
それは日に日に耳に入るようになり、せっかく始めたバイトなのに辞めたいと思い始めていた。しかしそんな中、一人だけ優しくしてくれる女性がいた。
彼女は俺と同い年の二十二で、一年前にアルバイトから正社員になった人だった。とにかく優しい人で、決して人の悪口を言うようなタイプではなかった。
俺は仕事のほとんどを彼女から教えてもらい、時には仕事終わりに一緒に帰るほど仲良くなっていた。家族以外の異性と一緒に歩くなんて、俺にとっては初めての経験だった。
それはとても嬉しいことだったし、新鮮なことでもあった。そしていつしか彼女に想いを寄せるようになり、悶々と苦しむ日々を送っていた。
この気持ちをどうにかして伝えたいが、上手く言葉に出来ない。かといって、このままでは永遠に悶々とし続けるままだ。
だから思い切って彼女にアプローチしてみようと思った。仕事が終わって一緒に帰っている時に、勇気を振り絞ってデートに誘ってみたのだ。
それはもう、心臓が破裂するんじゃないかというほど緊張しながら・・・・・。
俺の誘いを受けた彼女は、しばらく固まっていた。何も言わず、目を見開いて俺を見つめていた。そして急によそよそしくなり、まったく関係のない話題に変えられてしまった。
《これは・・・流されたんかな・・・?》
せっかく勇気を振り絞ってデートに誘ったのに、何の返事ももらえなかった。俺は落胆しながら家に帰り、なんだか妙に恥ずかしい気分になってしまった。
そして次の日、いつものようにバイトに行くと、彼女は俺を避けるようになっていた。話しかけても適当に相槌を打たれるだけで、俺の傍にはほとんど近づかなくなってしまった。
《やっぱり昨日のはあかんかったんやな。いきなりデートに誘うのは間違いやったんや。》
恋愛経験がまったくない俺にとって、女心は未知の世界だった。でもこれはこれで良い勉強になったかなと、前向きに考えるようにしていた矢先だった。
想いを寄せていたその女性が、俺の陰口を言っているのを聞いてしまったのだ。
彼女にはすでに彼氏がいて、俺からのデートの誘いを不快に思っていたらしい。
そして『怖い』だの『勘違いさせたしまった』だのと、同僚の女性にグチグチと語っていた。それを聞いた日に、俺はバイトを辞めることを決めた。
あれ以来十年、俺は短期のバイトや日雇いの仕事を続け、ただただ生きているだけの無意味な生を送っていた。
結婚した姉はすでに二人の子供が出来ていて、幸せな家庭を築いていた。そして両親は還暦を超えてしまい、父はあと二年ほどで定年を迎える。
そうなれば両親の年金と蓄えだけが頼りになるわけで、俺は今まで以上に家族の厄介者となる。優しい両親は何も口に出さないが、本音では俺のことを疎ましく思っているはすだ。
だからここらで幕を下ろそうと思った。つまらないこの人生に、潔く終止符を打つのだ。
そう覚悟を決めてこの池に来ているのだが、どうにも踏ん切りがつかなかった。家を出る時は本気で自殺するつもりでいるのに、いざ池に飛び込もうとすると二の足を踏んでしまう。
「・・・やっぱ別の方法にするか?首吊りと、飛び下りとか・・・。でもここが一番迷惑を掛けなさそうなんやけどなあ・・・・。」
この溜め池は山の麓の十字路にあった。昔は貯水の意味があったらしいけど、今はただ濁った水を湛えているだけだ。
それにけっこうな深さもあるから、石でも抱いて飛び込めば浮かんでくる心配もない。近くに海があればそこへ飛びこめるが、あいにく海まではかなり遠い。
だからどう考えても、やはりここがベストなのだ。
「・・・あかんあかん、もう考えるのはやめや。パッと飛び込んで、さっさと死の。」
近くに転がる石をポケットに突っ込み、間違っても浮かんでこないようにする。そして深く息を吸い込み、この目で見る最後の景色を焼きつけた。
「この町に生まれて三十二年、楽しかったのは子供の頃だけや。でもそれはオトンやオカン、姉ちゃんが与えてくれてた幸せなんやな。
俺は・・・・自分の力だけでは幸せになれそうにないわ。彼女も出来へんし、仕事も続かへん。これ以上生きても、飯食ってウンコするだけや。」
もう迷ってはいけない。これ以上生きたところで、何の希望もないのだから。
「ごめんな、姉ちゃん。ごめんな、オトンとオカン。俺はもうあかんわ。いっぱい大事にしてくれたのに、何にも出来へんかった。ほんまごめん・・・・・。」
ポケットに入れた石を握り、強く目を閉じる。深呼吸を二、三回繰り返し、ゆっくりと目を開けてから池に進んでいった。
そしていざ水の中に入ろうとした時、池の水面を何かが横切った。
「何や?鳥か?」
月明かりを頼りに目を凝らしてみると、水面の上に何かが揺らいでいた。
「鳥・・・・ちゃうな。なんやろ、木でも生えてんのか?」
水面に揺れるその何かは、煙のように不安定な形をしていた。温い風に煽られて左右に揺れ、時折不規則な動きを見せている。
それはとても気持ちの悪い動きで、出来の悪いクレイアニメのようだった。
「・・・・・・・・・・・・。」
俺はじっとその白い何かに見入った。自殺することも忘れ、水面を這うように揺れる謎の物体に、恐怖と好奇心を覚えていた。
「見れば見るほど気持ち悪いな。ていうかマジであれなんやねん?生き物か?」
興味をそそられ、池の方へとさらに足を進める。くるぶしまで水に浸かり、靴の中がじんわりと濡れていった。
「鳥でもない、木でもない・・・・何かの煙か?」
そう考えた時、ふと閃くものがあった。
「ああ、これ知ってるわ。池から昇るガスとか水蒸気とかが、月明かりに照らされて幽霊みたいに見える奴や。」
謎がとけてホッとすると、急に自殺する気力が失せてきた。
「・・・・・あかんな、今日も失敗や。」
池から離れ、破れたフェンスを潜って外に出る。濡れた靴から水を落とし、仄暗い池を振り返った。
「次・・・・・やな。次こそは死ななあかん。明日か明後日か、またここに来よう。」
そう決意して、家路に向かって歩き出す。しかしその瞬間、突然誰かに首を掴まれ、後ろに引きずられた。
「ああああああ!」
思わず叫び声が出て、全身の筋肉が硬直した。反射的に首を掴む手を払い、全力で逃げ出した。
「な、なんやねん!誰かおるんか!」
いきなりの出来事に、手の平は冷や汗で濡れていた。自殺をする覚悟はあっても、誰かに襲われる覚悟などない。自分の意志で死ぬのと、誰かに殺されるのとではわけが違う。
濡れた靴をペタペタ言わせながら、家までの道のりを駆け抜ける。こんなに本気で走ったのは、高校の時のマラソン以来だろう。
家に着く頃には顎を上げて息をしていて、膝がブルブルと震えていた。それに全身に嫌な汗を掻いているし、何より恐怖でいっぱいだった。
《とりあえず家に入って落ち着こう・・・・・。》
ポケットから鍵を取り出し、玄関のドアを開ける。家族が寝静まった家は、とても暗くて不気味だった。
靴を玄関に脱ぎ捨て、自分の部屋に上がって倒れ込む。小さな冷蔵庫からお茶を取り出し、一気に呷って息をついた。
「何や・・・あれは何やったんやろ・・・・・。いきなり後ろから掴みかかってきたけど・・・・・。」
そう呟いて首元を触ると、おかしなことに気づいた。
「あれ?なんか・・・・・首が固まってる・・・・。」
まるで石膏で固められたみたいに、首がガチガチに固まっていた。頭を上げ下げすることも出来ず、左右に振ることも出来ない。
「なんやこれ・・・・どうなってんの・・・・・。」
恐ろしさを覚えて首を触っていると、いつの間にか背中までが固まり始めていた。
「ちょっと・・・・なんやねん!どうなってんねん!」
慌てて立ち上がり、意味もなく部屋をウロウロとする。すると何もない所でつまづき、床に倒れて鼻を打ちつけた。
「痛・・・・・・。」
赤くなった鼻を押えていると、足にも違和感を覚えた。まさかとは思って触ってみると、首や背中と同様に固まり始めていた。
「嫌や・・・・ちょっとオトン!来てんか!身体が変やねん!助けて!」
大声で叫ぶと、一階で寝ていた両親が駆け込んできた。
「どうしたん?」
母が心配そうに近づき、顔を覗き込んでくる。そして俺の顔を見た途端、小さく悲鳴を上げた。
「あんたどうしたん!顔が真っ白やで!」
「なんか身体がおかしいねん。首とか足とか固まってもて、動かへんようになってもた・・・・・・。」
「首と足?」
母は怪訝そうに眉を寄せ、俺の首と足に触れてきた。
「・・・・確かにちょっと強張ってるけど、固まってるなんてことはないで。」
「そんなことあるかい!石膏みたいに固まってるやん!全然動かへんねんて!」
そう言って首を動かしてみると、さっきまでの異変が嘘のように動いた。
「あれ?今は動くわ・・・・。」
「ほな足は?」
「足も・・・・・動くな。いや、でもさっきはほんまに動かへんかってん。」
真剣な目で訴えるも、母は困った顔で腕をさすっているだけだった。すると黙って見ていた父が、俺の前に膝をついた。
「お前ここんところよう夜中に出かけてるけど、何をしてんねや?」
「何って・・・・別に・・・・・。」
「あのな、これはお母さんともよう話してたんやけど、お前・・・・・もしかして死のうとしてるんと違うか?」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
見抜かれているとは思わなかった。鈍い両親のことだから、絶対にバレていないと思っていた。何も答えられずに黙っていると、思い切り頬を叩かれた。
「ええ加減なことすんなよ!散々迷惑かけとるクセに、勝手に死ぬ奴があるかい!」
父は本気で怒っていた。普段は見せない厳しい表情をして、目を見開いて睨んでいた。
「ええか広明、お父さんもお母さんも、どれだけお前のことを心配してると思ってんねん。
お姉ちゃんだってそうや。家に帰って来る度に、ずっとお前のことを気に掛けとる。
それやのに勝手に死のうとする奴があるかい!そんなことするんやったら、この家出て行って二度と顔を見せるな!」
父の怒鳴り声がキンキンと耳に響く。それは今までに聞いたことのないくらい大きな声で、思わず恐怖を感じてしまった。
「お父さん、夜やから大きな声だしなや・・・・・。」
母が険しい表情で取りなし、心配そうに俺の肩を撫でた。
「あのな広明、これも前からお父さんと相談しとったんやけど、いっぺん病院に行ってみいへんか?」
「病院?なんで?」
「なんでって、最近のあんた明らかにおかしいやんか。そら小さい頃から変わったところはあったけど、最近はちょっと変やで。
だからいっぺん病院に行って、きちんと診てもろた方がええと思うわ。」
「・・・嫌や、なんで病院なんか行かなあかんねん・・・・・。」
「でもこのままやったら、あんたほんまに何しでかすか分からへんで?お父さんもさっき言うたけど、みんな広明のことが心配なんや。
だからいっぺんだけでも病院に行ってみよ。別に入院せえとかそういうわけじゃないから。」
母の目は本気だった。小さく瞳を揺らしながら、グッと唇を噛んでいる。それを見た時、これはどんなに拒否しても無理だなと悟った。
一度こういう表情になると、何を言い返そうが意地でも後ろに引かないからだ。
「・・・・・いっぺんだけでええんやな?」
「そや、いっぺんだけや。でもそれでもし病気やとか診断されたら、ちゃんと通わなあかんよ?」
「だから嫌や言うてるやん!俺はどっこもおかしいない!何にも病気とかなってへんわ!」
近くにあった雑誌を投げつけ、言葉になっていない言葉を喚き散らした。そして何を思ったのか、二階の窓から飛び降りようとしてしまった。
父と母は慌てて止めに入り、俺はわけの分からない言葉を喚いている。隣の家の窓に電気が点き、何事かと顔を覗かせていた。
やがて俺は力尽き、倒れるように床にへたりこんだ。両親は窓を閉めてカーテンを引き、夜中だというのに姉に電話を掛けていた。そんな両親の姿を見ながら、俺は心の中で呟いた。
《病院なんか行くくらいやったら死んだ方がマシや。俺はどっこもおかしいない。おかしいのは周りの方なんや。》
そう、俺はおかしくない。悪いのは俺のことを理解しない周りの人間なんだ。そう思った時、また身体が固まっていた。首、背中、足ときて、最後は胸の辺りまで苦しくなった。
「おい広明、また顔色悪いぞ。大丈夫か?」
父がケータイを片手に、不安そうに俺の肩を揺さぶる。その隣では母が泣きそうな顔をしていた。
「おかしいない・・・俺は何にもおかしいないねん・・・。でも、もう生きてるのが嫌やから・・・迷惑かけたくないから、死のうと思っただけやねん・・・。
ええ加減自由にさせてえや・・・・・。」
親の前では絶対に口に出すまいと思っていたのに、感情が昂ったせいで口にしてしまった。
もうこれで完全に病院に連れて行かれるだろう。それも入院のおまけ付きで。
いらぬことを口走って両親を不安にさせた時、ついに全身が固まってしまった。そして呼吸まで苦しくなり、胸を押えてもがき回った。
「おい広明!お母さん、救急車や!早よ呼んで!」
父はケータイを握っていることも忘れ、母に一階の電話まで走らせた。その間にもどんどん呼吸は苦しくなり、遂には死を覚悟した。
《ここで死ぬんか・・・。こんなんやったら、池に行った時に死んどいた方がよかった。それなら誰にも迷惑かけへんかったのに・・・・・。》
呼吸が出来ないせいで意識が遠のいていく。このまま気を失えば、きっと二度と目を覚ますことはないだろう。
今・・・目の前に死がぶら下げられている。現実に死に直面した時、俺は心の底から謝った。
《ごめんなさい!ほんまごめんなさい!まだ死にたあない!死にたあないんや!死んでもええなんて嘘やから、許して下さい!》
いったい誰に謝っているのか分からないが、とにかくひたすら謝った。神でも仏でもいいから、俺を救い出してほしかった。
そうやって心の底から生を願った時、ふと誰かの声が聞こえた。
『ねえ、どうして生きたいの?生きて何をするの?』
それは子供の声だった。少年か少女か、どちらかは分からないが、確かに子供の声が聞こえた。
『生きて何をするの?どうせいつか死ぬんだよ。五十年後に死ぬのと、今死ぬのと何が変わらないの?死んだら全部無くなっちゃうのに、どうして生きようとするの?』
死の際にありながら、随分と哲学的なことを問う子供だなと冷静に考えていた。
『お兄さんもおいでよ。あの池に来て一緒に沈もう。どうせ生きていたって、人生に意味なんて無いんだから。死んで楽になっちゃおうよ。』
その言葉を聞いた時、このまま死んでもいいかなと思った。この子供の言うとおり、確かに俺の人生に意味なんてない。それどころか、周りにとっては厄介者でしかない。
だからこのまま死に身を委ねようとした。このまま楽になって、何もかも無かったことにしようと思った。でも・・・それはやはり無理だった。
《・・・・怖い・・・・。やっぱり死ぬのは怖いねん・・・・。例えやることがなくても、俺は生きていたい。
だから・・・・許してくれ。まだ生きたいねん、お願いやから・・・・・。》
意識が遠のく中で、頬に熱いものが伝っていった。それはまさに生きたいと願う心の叫びだった。するとその子供は、冷めた口調で語りかけてきた。
『あのね、僕は親に殺されたんだ。この先ずっと生きるはずだったのに、無理矢理人生を終わらせられたんだ。
だから僕は認めないよ。生きてることに意味があるなんて絶対に認めない。だってそうじゃなきゃ僕は納得できないもの。
生きていることが無意味じゃなかったら、僕はどうやって自分が死んだことを納得すればいいのさ?』
僕・・・・と言った。ということはこの子供は少年なのだろう。
声の感じからして小学生くらいだと思うが、その歳で死んでしまうとは同情を覚えずにいられなかった。何も答えられずに黙っていると、少年はまた語りかけてきた。
『いいよ、今は見逃してあげる。でもまた来るからね。』
恐ろしいことを言って、少年はクスクスと笑う。そして去り際にとんでもないことを言い残していった。
『お兄さんが僕から逃れる方法が一つだけあるよ。それはね・・・・お兄さんのお姉さんを殺すことさ。』
《俺の姉ちゃんを・・・殺す・・・・?》
『うん、だって僕を殺したのは、お兄さんのお姉さんなんだから。だから僕の代わりに仇を討ってくれたら、もう二度とお兄さんに関わらない。それじゃね。』
少年の気配が遠ざかり、それと同時に俺の意識も失われていく。完全に闇に落ちる前、身体の硬直が解けて息が出来るようになっていた。
しかし気を失うことは止められず、意識がブラックアウトした。無音の海底を漂うように、言いようのない絶望の中を泳がされているようだった。
《・・・・・・・・・。》
《・・・・・・・・・・・・・。》
《・・・・・・・・・・・・・・・・・。》
どれくらい時間が経っただろう。微かに光を感じて、薄っすらと目を開けた。周りの視界はぼんやりと歪んでいるが、誰かが手を握っている感触があった。
なんとか首を動かして目を向けると、そこには泣きそうな顔をした姉がいた。

新しい小説

  • 2014.09.30 Tuesday
  • 12:16
新しい小説を書きます。『水面の白影』という小説です。
前回に引き続きホラーになりますが、よければ読んで下さい。

 

熱血バトルアニメ 機動武闘伝Gガンダム!

  • 2014.09.29 Monday
  • 11:18
ガンダムでありながら殴り合い、ガンダムでありながら天下一武道会をしたガンダムがあります。
その名は機動武闘伝Gガンダム!
ガンダムに乗るのは軍人のパイロットではなく、鍛え抜かれた格闘家!
しかもパイロットではなく、ガンダムファイターと呼ばれる人種です。
それにガンダムもモビルスーツではなく、モビルファイターと呼ばれます。
度重なる戦争の結果、地球は荒れ果てました。
戦いという戦いが環境を破壊し、人々の心まで冷え荒んでしました。
しかしそれでも争いをやめない人類。ならばもっと環境と人間に配慮した戦いにしようということになり、ガンダムファイトが開催されることになりました。
ガンダムファイトというのは、それぞれの代表がモビルファイターに乗り込み、鍛え抜かれた格闘の技で戦うというものです。
そして基本的には戦いは一対一。ガチンコの殴り合いです。
日本からは空手のような武道の達人が。中国からは拳法の達人が。そしてアメリカからはボクシングの世界チャンプが。
あとフランスからは貴族の剣術の達人が。それにロシアからはプロレスラーのようないかつい男が。
それぞれの国が最強と選んだファイターたちが集い、世界の覇権を懸けて戦いに挑むのです。
なんだかこの説明を聞いただけで、ガンダムの世界からは逸脱しているように思えますね。
ていうか実際に逸脱しているのです。
というのも主人公のドモン・カッシュは、アメリカ代表のチボデー・クロケットのマシンガンパンチに対応するべく、分身を身に付けます。
『マシンガンのようなパンチがくるなら、こっちもたくさんに分身して全てのパンチを受け止めればいいんだ!』
そんな意味不明な謎理論により、ドモンはチボデーのパンチを全て受け止めます。
せっかく分身したのに、パンチをかわそうとしないあたりが最高です。全部受け止めるなんて男らしい!
さらにドイツの代表はなぜか忍者です。
しかも変態が愛用しそうなトレンチコートを着ていて、忍者の存在意義を疑わせるほど目立つ格好をしています。
その男の名はシュバルツ・ブルーダー!
対戦を前にしたドモンの前に、水柱と共に現れます。
そしてその水柱の上に立ちながら、『ふはははは!甘いぞドモン!』などと叫びます。
どこからどう見ても変態なのに、その強さは折り紙付きです。
彼の必殺技はシュツルム・ウント・ドランク!
顔だけ正面を向いたまま、身体が竜巻のように回転しながら迫りくる技です。
もう必殺技からして変態度マックスですが、なぜかカッコよく見えてしまうのです。
ドモンは自分の必殺技であるゴッドフィンガーで迎え撃ちます。そしてその技から連携して、師匠から譲り受けた『石破天驚拳』なる気功ビームを放ちます。
いいですか。武器ではなくて、手の平からエネルギー波を放つのです。
こんなガンダムは前代未聞!武器など必要ない!必要なのは明鏡止水の心と、鍛え抜かれた格闘の技だけなのです。
もういっそのことガンダムから降りて戦えばいいのに・・・・。そう思わせるくらいに熱いバトルです。
しかもこの二人、格闘の腕はかなりのもので、素手で銃弾を掴みます。
ガンダム史上最強のパイロットなのです。
しかし上には上がいるもの。一番強いのはドモンの師匠である東方不敗こと、マスターアジアです。
この御方はなんと、素手でモビルスーツを破壊してしまいます。
敵のモビルスーツが放った砲弾を素手で受け止め、そのまま投げ返して破壊してしまいます。
さらには腰の布を振りかざすと、まるでビームサーベルのように敵を切り裂くのです。
これは全て気の力です。マスターアジアにしかできない、まさにガンダム史上の神業です。
ドモンは師匠を乗り越える為、物語の終盤で戦いを挑みます。
二人は死闘を尽くし、遂には最終奥義の激突に突入しました。
結果はどうなったか・・・・・それはここでは書きません。
興味のある方は是非DVDをレンタルして観て下さい。
ハッキリ言って、私はここまで熱いアニメを知りません。
ガンダム史上だけでなく、全てのアニメの中で最も熱い作品の一つだと思います。
『俺のこの手が真っ赤に燃える!勝利を掴めと轟叫ぶ!ばああああああくねつ!ゴッド・・・・・フィンガアアアアアアアアアアアア!』
熱き闘志に燃えるドモンの手が、ライバル達を打ち砕きます。
明鏡止水のBGMが、視聴者の心までもを熱く燃えたぎらせます。
きっとこの世で一番熱いアニメ、機動武闘伝Gガンダム!燃える闘志が欲しいなら、このアニメを見るべし!

木立の女霊 最終話 女霊は消えない(2)

  • 2014.09.29 Monday
  • 11:11
あの悪霊の事件から一年経つが、紗恵には会っていない。一度だけ連絡があったが、それも無視した。
誰も彼女を話題にしようとしなかったし、触れてはいけない空気になっていた。
このまま何年も経てば、紗恵のことどころか、去年の忌まわしい出来事さえ風化していくのかもしれない。全ては幻で、ただの悪夢だったと思うようになるかもしれない。
「俊一・・・。なんや切ない顔して・・・。」
克博に肩を叩かれ、草に止まった蛍から顔を上げた。
「ちょっと考え事しててな。」
「去年のことか?」
「ああ・・・。あの時は大変やったけど・・・いつかただの悪夢やったと思うようになるんかな・・・。」
そう言うと、克博はニコリと笑って肩を殴った。
「痛ッ!何すんねん・・・・。」
「ええやないか、それで。あれはただの悪夢やった。あの時しつくこく聞いてきた警察だって、結局はそう言いくるめたやないか。」
「そうやったな。紗恵のお父さんが顔の広い人やから、上手い具合に誤魔化してくれたっていうのもあるけど・・・。」
そう言ってから、しまったという風に口を噤んだ。
この一年間禁句にしていた名前がポロリと出てしまい、気不味い顔で木立の中を見つめた。
「なあカッちゃん。もうあのこと言うてもええんとちゃう?」
朱里が克博の腕を引いて上目遣いに見上げる。
「なんやねん、あのことって?」
興味を引かれて身を乗り出すと、克博は険しい顔で唸った。しばらく腕を組んで蛍を見つめ、真っ暗な木立の方を睨んで喋り出した。
「実は・・・紗恵のことなんやけどな・・・・。」
「なんやねん、お前が言い淀むなんて珍しいな。俺に気い遣ってんのか?」
「・・・ああ、遣ってるよ。パッと言える内容じゃないからな。」
克博は真剣な目で睨む。俊一は思わず顎を引いて息を飲んだ。
「あいつな・・・亡くなってんねん。今年の春に・・・・。」
「はあ?亡くなってる?どういうことや・・・・。」
思わず強い口調で聞き返すと、克博は足元の草をブチブチと引き千切りながら答えた。
「その・・・事故で亡くなったんや・・・。猛スピードでトンネルの壁に激突してな。」
「それほんまか?だってあいつ・・・車の運転は上手かったのに・・・。」
「酒を飲んでたんや。それもベロベロになるくらいに・・・。」
「酒を飲んで・・・でもあいつは見かけによらず慎重な性格やぞ。そんなことするはずが・・・・・。」
そう言いかけた時、朱里が言葉を遮って呟いた。
「あの子・・・ごっつう落ち込んでたらしいで。姉ちゃんの事故を黙ってたこと・・・。それと・・・俊一に愛想を尽かされたこと・・・。」
「俺に愛想を尽かされて・・・?どういうことや?」
「あんた覚えてるかな?奥田っていうあたしの同級生。お父さんが電車の事故で亡くなった子なんやけど・・・。」
「ああ、お前が入院してる時に話したな。俺が写真を見せてくれるように頼んでくれって言うた子やろ?」
「うん。実はな、その子と紗恵って従姉なんや。」
「・・・・マジで?」
「あたしも最近知ったんや。だからここまで紗恵の事故に詳しいわけなんやけど・・。
それでな、紗恵って、ほんまにあんたのことが好きやったみたいで、どうやったら許してもらえるかずっと考えてたんやって。
だからもう一回会って、きちんと謝って許してもらおうと思ってたみたい・・・・。でもあんた、それを無視したやろ?」
朱里は顔を上げて切ない目で見つめる。俊一は雷に打たれたように固まっていた。
確かに紗恵からメールが来たことがあった。
『もう一度会いたい』
その一行だけの、シンプルなメールが。
「あの子・・・物凄いショックを受けたみたい。俊一はもう二度と私のことを許してくれへんのやって・・・。
それから死人みたいに落ち込んで、姉ちゃんが死んだ時のあんたみたいになってらしいで。」
「・・・そ・・そんな・・・。そこまで思い詰めてたんか・・・。」
「ずっと家に引きこもってたらしいんやけど、ある日発狂したように喚き出して、ずっとお酒を飲むようになったんやって。
それでそのまま車に乗って・・・あんなことに・・・・・。」
俊一は身体から力が抜けていくのを感じた。それと反比例するように鼓動だけが早くなり、乾いた唇から荒い息が漏れる。
克博はそんな俊一を落ち着かせるように肩を叩いた。
「お前さ、あの時のこと覚えてるかな?紗恵のカメラにおかしなもんが写ってたことを。」
「おかしなもんって・・・。お前のアパートに集まった時の写真か・・・?」
「そうや。去年のあの夜、紗恵がおらんようになった時にあいつのカメラを確認したやろ?」
俊一は思い出していた。あの恐ろしい夜、突然紗恵がいなくなり、そのカメラの画像を確認して妙な写真を発見した。
写っているはずのない紗恵が、皆と楽しそうに談笑している写真だった。
「これは朱里ちゃんと話し合って考えたんやけど、あれって志士田が写したんとちゃうかな?」
「志士田が・・・?」
「だってそれしか考えられへんやろ?他に写真を撮れる奴はおらんかったんやから。
だからな、あれは紗恵が志士田に頼んで撮ってもらったんちゃうかと思って。」
「何でそんなことすんねん?わざわざ志士田に頼まんでもええやろ。」
すると克博は首を振り、千切った草を投げ捨てて言った。
「紗恵はな、あんまり人に好かれるタイプとちゃうねん。だから・・・ほとんど友達がおらんかった。俺の知る限り、希美ちゃんに匹敵するくらい交友関係は狭かったなあ。
でも希美ちゃんとの一番の違いは、お前がおらんへんかったってことや。いくら友達が少なかろうが、希美ちゃんとお前は親友以上の仲やろ?でも紗恵にはそんな相手はおらへん。
だから・・・きっと憧れてたんやと思うで。お前と一緒に、みんなで集まってワイワイ喋ったりすることに・・・。」
意外な言葉だった。性格の派手な紗恵には、たくさんの友達がいると思っていた。
紗恵と付き合っている時、俊一をなかなか友達に紹介しようとはしなかった。
しかしそれは紹介するのが嫌なのではなく、紹介するほどの友達がいないだけだった。
「今思えば、バシャバシャとみんなの写真を撮ってたのも、それが理由かもしれんな。紗恵は・・・どうしても四人で写ってる写真が欲しかったんやろ。」
克博はしみじみした声で言い、俊一と顔を見合わせた。
言いようの無いモヤモヤした感情が渦巻き、俊一は蛍に指を近づけて言った。
「あの時のカメラって・・・今はどこにあるんや?」
「分からん。警察が捜したらしいけど、どこにも見つからへんかったってさ。」
「そうか・・・。・・・どいつもこいつも、なんで生きてる時にハッキリ言わへんねん。」
宗方、立花、そして紗恵。誰もかれも相手の正面に立つ勇気のない者だと思ったが、それは自分にも言えることだった。
「俺も人のことは言えへんわなあ・・・。あんなことがなかったら、ずっと希美に気持ちを伝えられへんままやったから・・・・。」
希美に愛していると伝えた時、彼女は笑ってこう言った。
『それ、生きてる時に言うてほしかったわ』
あの言葉は紛れもない本心だったのだろう。きっと希美は、昔からあの言葉を待っていたはずだ。お互いの気持ちは知っているはずなのに、ずっと目を逸らしていた。
《ごめんな・・・勇気の無い男で・・・。これからは何回でも言うよ。毎年ここへ来て、お前に『愛してる』って伝えるから・・・許してや・・・・。》
そう思いながら飛び交う蛍を見つめる。美しい蛍は踊るように舞い、暗い木立の中を揺らいでいる。闇を遊泳するように、死者の宴が行われている。
その美しさは目を奪うほど幻想的で、思わず見惚れてしまった。
その時、ふっと木立の中で何かが動いた。
「なんや・・・・?」
月の青白い光を受けて、木立の中に四角い何かが浮かび上がる。そして月明かりを反射してギラリと光った。
克博と朱里もそれに気づいたようで、手を握り合って見つめていた。
四角い何かはスッと動いて木立の中から現れ、ゆらゆらと宙に浮いていた。
「あれは・・・・・。」
それはカメラだった。黒く、そして頑丈そうな造りをした高そうなカメラだった。
月明かりを受けて光ったのは、装着しているレンズのせいだった。
「おい・・・俊一・・・あのカメラって・・・・・。」
克博は朱里の手を引いて思わず立ち上がる。俊一もゆっくりと腰を上げ、唾を飲んでそのカメラを凝視した。
高級感のある頑丈そうなカメラ。それは紛れもなく紗恵のカメラだった。
よく見るとストラップが着いていて、真ん中からいびつに千切れている。
宙を浮くカメラはひとりでに動き、スッとレンズを持ち上げてこちらを向いた。
「い・・・嫌・・・・また・・・・またこんなことが・・・・。」
朱里は恐怖に瞳を揺らして克博にしがみつく。そして恐怖を感じているのは俊一と克博も一緒で、土手からじりじりと下がりながらそのカメラを睨みつけた。
宙に浮くカメラのレンズは確実に三人を捉えていて、気味悪く光っている。
そしてカメラの後ろに白い霧が現れ、ゆらりとスタイルの良い女が出て来た。
「さ・・・・紗恵・・・・。」
死んだはずの紗恵が木立の中でニコリと笑い、カメラを構えてレンズを向ける。
そしてシャッターに手を掛け、ゆっくりとこちらに迫って来た。
「お・・・おい・・・俊一・・・・。」
「分かってる・・・。」
俊一と克博は朱里の腕を掴み、木立の舞う土手から離れて行く。
しかし紗恵は小川の縁まで歩き、水に沈むことなく川面に立った。そしてファインダーを覗いたまま、またニコリと笑った。
「に・・・逃げよ・・・・。」
朱里の震える声と同時に、紗恵はシャッターを切った。
カシャリという機械的な音が響き、カメラを構えたままこちらに走って来る。
「いやああああああああ!」
「逃げるぞ俊一!」
「分かってる!朱里!手え離すなよ!」
二人は朱里の手を引っ張って駆け出した。月明かりが照らす青白い土手道を、全速力で逃げていく。
後ろからは紗恵の足音とシャッターを切る音が響き、物凄い速さで迫って来る。
三人は振り向くことなく走り続け、心臓が爆発しそうな勢いで足を動かした。
終わったと思った悪夢は、一年の時を経て再び始まった。
これが本物の夢なら、今すぐに覚めてほしい。誰もがそう思ったが、紗恵は確実に迫って来る。
シャッターを切りながら、笑顔を振りまいて・・・。
その顔は嬉しそうで、そして幸せを感じさせるほど楽しそうだった。
『みんな・・・・こっち向いて・・・。一緒に写ろう・・・。』
明るい声が背中に響き、ぞくりと悪寒が走る。
車まで百メートル足らずだが、そこに着くまでに紗恵に追いつかれそうだった。
《ほんまに・・・どいつもこいつも・・・・・・。》
ロクな女が寄ってこないと嘆きながら、俊一は朱里の手を引いて逃げて行く。
しかし紗恵の足音はすぐそこまで迫っていた。シャッターを切る音を聞く度に、恐怖で心臓が跳ね上がる。
『逃げきれない』
三人はそう思った。しかし足は止められない。またあの悪夢の中に足を踏み入れることだけはごめんだった。
絶望を感じながら走り、息が切れて顔が上がる。
そしてふと見上げた夜空には、月をバックにあのシルエットが浮かんでいた。
丸い目に鋭い爪、そして人の何倍もある大きな翼。
あの時恐悪霊を連れ去った恐ろしい猛禽が、翼を羽ばたいて冷たい風を起こした。
その風は三人の間を駆け抜け、思わず目を瞑った。
『みんな・・・もう一度・・・・一緒に・・・・・。』
紗恵の手が俊一の首元に迫る。冷たい指が彼を捕まえようとしていた。
しかしその瞬間に突風が吹き抜け、恐ろしいミミズクが弾丸のように飛び去った。
かつての恋人は鋭い爪で捕らえられ、月夜の空へと連れ去られて行く。
俊一達は呆気に取られてその光景を眺めていたが、すぐに我に返って車に駆け出して行く。
そして慌てて車に乗り込む途中、高い空から冷たい声が響いた。
『まだ・・・終わりじゃない・・・。私には・・・まだ時間がある・・・。終わりじゃない・・・・終わりじゃないよ・・・・俊一・・・・・。』
身も凍る恐怖を感じながらミミズクの舞う空を見上げ、克博に背中を押されて車に乗り込んだ。
「行くぞ!飛ばすからな!」
克博はエンジンを掛けてギアを入れ、思い切りアクセルを踏み込んだ。
誰もいない夜の道を高速で駆け抜け、あの恐ろしい場所から逃げていく。
「しゅ・・・俊一・・・・肩・・・・・。」
朱里が震えながら肩を指さす。するとそこには一匹の蛍が止まっていた。
「うわあああああああ!」
窓を開け、慌ててその蛍を追い払う。
淡い光はふわっと舞い上がり、死者の集うあの木立へ戻って行った。
俊一は頭を抱えて恐怖に項垂れた。もう何も見たくないし、何も聞きたくなかった。
それは克博と朱里も一緒で、限界を超えた恐怖が冷静さを奪っていった。
車は信号を駆け抜け、猛スピードで走って行く。その先には遮断機の下りた踏切があった。
しかし車は止まらない。それどころかさらにスピードを増していく。
目の前の赤い点滅に気づいた朱里が、必死に克博の腕を揺さぶった。
「ちょ・・・ちょっとカッちゃん!」
「え・・・・・ああッ!」
克博は慌ててブレーキを踏むが、勢いのついた車は止まらない。
朱里は助手席で身を屈めて顔を覆い、克博は引きつった顔でハンドルを握りしめた。
車は踏切に迫り、電車が警告音を鳴らす。目の前に眩いライトが走っていく。
「ハンドル切れ!」
俊一は弾かれたように身を乗り出し、サイドブレーキを力いっぱい引き上げた。
車は蛇行して歩道の段差に乗り上げ、大きな音を立てて踏切の横にある電柱にぶつかった。
電車は車のすぐ横を走り抜け、赤い点滅が消えて遮断機が上がっていく。
間一髪で危機を脱した車は、側面がへこんでタイヤが歪んでいた。
「みんな・・・大丈夫か・・・?」
前の席を見ると、克博と朱里は青ざめた顔で放心していた。
俊一は力が抜けて座席にもたれ、虚ろな目で宙を睨んだ。
事故を免れた安堵と、死にかけた恐怖で思考が止まっていく。乾いた唇を舐め、じっと前を見ていると、ルームミラーに丸い月が映っていた。
流れる雲が丸い月を覆い始め、青白い光が失われていく。
《もう・・・ごめんや・・・こんなことは・・・・・・・。》
事故の音を聞きつけた周りの住人がパラパラと現れ、不安そうな顔でこちらを見つめている。
その内の一人が車に駆け寄り、窓を叩いて尋ねた。
「大丈夫?救急車呼ぼうか?」
それはとても美しい女で、短い髪にクリーム色のワンピースを着ていた。
それは立花とは別人だったが、フラッシュバックのようにあの悪霊のことが蘇り、俊一は首を振って頭を抱えた。
克博も朱里も、これ以上はごめんだとばかりに呆然と俯く。
「ねえ、救急車呼ぼうか?」
俊一は項垂れたまま顔を覆い、もう二度とあの場所には行くまいと決めた。


              -了-

 

タバコがやめられない!

  • 2014.09.28 Sunday
  • 18:10
タバコを吸い始めて早や12年。
成人してから吸い始めたから、もうかなり長く吸っています。
ていうかこんな事を書いたら歳がバレますね・・・・。
まあそんな事はともかく、私はタバコがやめられないのです。
しかも年々吸う量が増えていて、始めは一日に三本だったのが、今では一日に一箱吸っています。
これは由々しき事態でえす。健康のこともさることながら、お金が掛かって仕方がない・・・・。
禁煙の風潮が強い昨今、もうそろそろタバコはやめるべきなのか?
いやいや、喫煙所の権利を主張してタバコを吸い続けるべきなのか?
・・・・・難しいけど、私は後者を選びます。
だってタバコが好きだし、これからも吸いたいし・・・・・。
でもマナーは守りますよ。基本的には職場か家でしか吸いません。
しかも決まった場所でしか吸わないように心掛けています。
歩きタバコはしませんし、ポイ捨てなんてもってのほかです。
マナーとルールを守る喫煙所も大勢いて、そういう喫煙者からすると、マナーを守らない喫煙者は最悪なのです。
車からポイッと吸殻を捨てる輩など、傍から見ていて正直腹が立ちます。
で逆に言うと、マナーとルールを守るのであれば、喫煙はきちんと認められていいじゃないかということです。
そりゃあ法律で禁止されたらやめますけど、今は法律で規制されているわけではありません。
そもそもタバコ税というのは良い儲けになるはずですから、国が禁止するとは考えにくいですしね。
だからやっぱり一番の問題になるのは、喫煙者のマナーです。
自慢じゃないけど、私はマナーとルールは守っているつもりです。
だから吸う権利はあると思っているのですが、問題はそこではありません。
先に書いたように、健康とお金の問題が重要なのです。
まずは健康に関してですが、ハッキリ言ってタバコは身体に悪いです。
ハッキリ言わなくても身体に悪いですが、まずタバコを吸うと身体が怠くなります。
それに口の中も気持ち悪いし、やたらと眠たくなることもあります。
これは絶対にタバコが原因です。タバコをやめれば身体も楽になるだろうし、食べ物も美味しく感じるでしょう。
それでもやめられないのは、私の頭が完全にニコチンに犯されているせいです。
一日でもタバコを断つと、吸いたくて吸いたくて我慢がならず、しかも体調まで悪くなってくるのです。
これはもう完全な禁断症状ですね。ニコチン患者の末期です。
どうやら私の身体は、ニコチンがなければ正常に作動しない仕組みになってしまったようです。
しかも一日一箱吸っているから、お金だって馬鹿になりません。
タバコの税金がどんどん値上がりするものだから、私の吸っているタバコは今では一箱420円もします。
これを一月吸い続けると、12600円の使っていることになります。
さらに一年吸い続けると、151200の消費です。
はあ・・・15万円もあれば、いったい他に何が出来るだろう・・・・?
リッチな旅行にも行けるだろうし、欲しいカメラや画材も買えるだろうし、デスクトップのパソコンだって新調できるだろうし・・・・。
こう考えると、ほんとうにもったいないことです。
健康にしろお金にしろ、タバコさえなければもっと良い生活が送れるはずです
そんなことは分かっていて、私自身もタバコのない生活の方がいいだろうと思っています。
それでも決して、自分からはタバコをやめようとは思いません。
それはただ単にニコチン中毒だからではなく、私自身がタバコを吸いたいと思っているからです。
だってタバコが好きだから。タバコを愛しているし、これがなきゃ人生に張りがないから。
私はお酒を飲みませんが、お酒を手放せない人の気持ちは分かります。
もしお酒をタバコに置き換えたら、私だってタバコを手放せませんからね。
これはタバコが嫌いな人からしたら理解できないだろうけど、でもタバコ好きからしたらとっても大事な問題なのです。
だってタバコの吸えない日々なんて、笹の葉を食べないパンダ、魚をつつかないサギ、ユーカリの葉を食べないコアラと一緒で、私が私でなくなってしまうのです。
だから私はタバコをやめられません。やめるつもりもありません。
どんなにタバコに対して風当りが強くなったって、タバコを手放すつもりは毛頭ないのです。
私はこれからもタバコを愛する自分を愛するでしょう。
だから決してタバコはやめない!法律で禁止されるまでは、思う存分吸いつくしてくれます!
色々と言ったけど、やっぱりただのニコチン中毒者の戯言ですかね?
誰にも理解されたなくても、私はタバコ道を突き進む所存です。
まああくまで今はですけど・・・・・。いつかはやめる日がくるかもしれないですね、今は分からないけど。

木立の女霊 第十五話 女霊は消えない

  • 2014.09.28 Sunday
  • 17:52
木立の中に、ちらほらと蛍が飛んでいる。
晴れた夜空の光を受け、青白くゆらめく小川の上にも舞っている。
初夏の温い風が茂る草を揺らし、土手の斜面がなびいていく。
「去年より・・・少ない気がするなあ。」
俊一は胡坐を掻いて土手の縁に腰を下ろしていた。
遠くの方から人の喋る声が聞こえ、賑やかしく笑っている。
時折ライトの明かりが見え、オレンジの光線が木立を走っていく。
「お前ら、もっと静かに見ろや。」
「ああ、ごめんごめん。」
土手の向こうから返事が聞こえ、砂利を踏む足音を響かせてこちらにやって来た。
「ちょっと綺麗やったもんやから、ロマンチックな雰囲気になってもてな。」
「まさかここでセックスするつもりやったんちゃうやろな?」
俊一は眉をしかめて克博を見上げた。その腕には朱里がくっついていて、頬を赤くして笑っていた。
「カッちゃんな、思い切りここでエッチなことするつもりやってん。だってあたしのズボンの中に手え入れて・・・・、」
「いらんこと言うな!」
「お前らは一年経ってもバカップルのままやな。来月結婚するんやったら、もうちょっと落ち着けよ。」
「いやいや、俺は変なことするつもりはなかったで。ただ子作りの予行演習を・・・・、」
「やかましい。同じことやないか。」
克博は照れ笑いを見せて朱里を抱き寄せ、隣に腰を下ろした。
「なんか去年より蛍が少なくなってへん?」
「ああ、こういうのは毎年変化すんねん。多い時もあれば少ない時もある。去年は多い方やったんやろなあ。」
「へえ・・・カッちゃん物知りやなあ。」
「まあ伊達にカメラ屋に勤めてるわけちゃうからな。ははは。」
「カメラ屋と物知りと何の関係があるねん。」
バカップルもここまで来ると立派なものだと思い、仲良く手を握り合う二人を見ていた。
一匹の蛍が群れから離れて土手の方に飛んで来て、近くの草に止まった。
淡い光を点滅させ、必死に自分の存在をアピールしている。
俊一はその光を見つめながら、去年のことを思い出していた。


            *


暗い意識の底から目を覚ますと、木立の中に倒れていた。
立ち上がろうとすると背中に激痛が走り、思わず膝をついてしまった。
《あかん・・・ここで倒れたら紗恵が・・・・・。》
希美はこの小川の先に紗恵がいると言っていた。
俊一は背中の激痛をこらえ、浅い小川の中を歩いて下流へと下った。
すると川べりに人が倒れていて、ぐったりとした様子で腕を投げ出していた。
「紗恵!」
痛みに我慢しながら駆け寄ると、彼女は真っ青な顔で気を失っていた。
身体の半分が水に浸かっているせいか、恐ろしく冷たかった。
「紗恵!しっかりせい!」
肩を掴んで抱き起こし、強く揺さぶっていると小さく唸った。
「まだ生きてるな・・・でも・・・・・。」
今の俊一には、彼女をおぶって運ぶ力はなかった。フルマラソンを走った後のように疲弊し、背骨の激痛が意識を奪いそうになる。
しかしこのまま放っておけば、紗恵は確実に死んでしまいそうだった。
どうしたらいいのか途方に暮れていると、遠くの方からサイレンの音が聞こえて来た。
「この音は・・・救急車じゃないな・・・。パトカーか?」
しばらく待っていると赤い光が見え、サイレンを鳴らしたまま土手道に入って来た。
車のライトが暗い夜道を照らし、俊一のいる所まで走ってくる。
「お〜い!ここや!早く来てくれ!」
二台のパトカーが土手の上に停車し、数人の警官が降りてくる。
そして警官に混じって克博が姿を現し、一目散に駆け寄って来た。
「俊一!大丈夫か!」
彼の顔を見た途端に安堵が押し寄せ、力が抜けてへたり込む。
警官は倒れた紗恵に話しかけ、瀕死の状態にあることを確認して顔色が変わった。
「ほら、立てるか?」
克博に引っ張られて立ち上がり、肩を支えてもらいながら歩いて行く。
紗恵は体格の良い警官に抱えられ、急いでパトカーまで運ばれていった。
「何があったんや?」
「・・・色々や。ここで全部を話してたら夜が明けるくらいにな。」
そう言って笑うと、克博は怪訝な顔で眉を寄せていた。
それから急いで病院に運ばれ、俊一と紗恵は治療を受けた。
同じ病院には朱里もいて、命に別条がないことを知ってホッとした。
その翌日、治療を終えた俊一は個室に寝かされていた。
背骨にヒビが入っていて、もう少しで脊椎が損傷を受けるところだったと言われた。
しばらくは絶対安静。移動するときは車椅子が義務付けられた。
見舞いに来た両親は泣きそうなほど心配し、朱里の両親も顔を見せに来てくれた。
そして皆が帰ったあと、面会時間がギリギリになって克博がやって来た。
「これトコブシヤのケーキな。まさか男に買う羽目になるとは思わんかったけど。」
「悪いな、高っかいケーキやのに。」
克博はテーブルにケーキを置いて、椅子に座ってから切り出した。
「どうや具合は?」
「背中が痛むな。治ってからも、ちょっとリハビリせなあかんらしい。」
「そうか・・・。でも無事でよかったわ、ほんまに。」
「朱里は大丈夫らいしな。オーナーが言うてたけど。」
「うん、もうけっこう元気になってるで。運ばれた時はヤバかったけどな。」
克博が神妙な顔で呟くと、病室のドアが開いて朱里が入って来た。
「おお、俊一!えらい大袈裟に寝かされてるなあ。」
「ああ、アカンて!大人しくしとけって言われてたやろ。」
「嫌や。暇なんやもん。」
克博の言うことも聞かず、朱里は小走りに駆け寄り、ベッドに腰掛けて俊一の手を握った。
「ずっと心配してたんや・・・。背骨が折れてたんやって?」
「折れてたら生きてないよ。折れかけてたんや。」
「そうなんや・・・痛い?」
「ちょっとだけな。お前はどうやねん?もう大丈夫なんか?」
「うん、めっちゃ元気!」
そう言ってニコリと笑い、足をブラブラさせて俯いた。
「どうした?暗い顔して。」
俊一が尋ねると、朱里は躊躇いながら上目遣いに切り出した。
「あのな・・・夢の中に姉ちゃんが出て来たんや・・・。」
「希美が・・・?」
「うん。ほんの一瞬やったけど・・・。『さよなら朱里、元気で』って・・・・。」
「そうか・・・。お前の所にも別れを言いに来たか・・・・。」
「お前も所にもって・・・俊一も姉ちゃんに会ったん?」
「会ったどころじゃない。希美が助けてくれへんかったら、俺はここにおらんかったかもしれんからな・・・・・。」
「なあ・・・それ詳しく聞かせて。あの後何がどうなったんか。」
朱里は身を乗り出して言い、克博も足を組みかえて頷いた。
「俺もそれを聞きたいわ。あの後あそこで何があったんか・・・ちゃんと説明してくれ。」
二人は真剣な目で見つめ、じっと俊一の言葉を待っている。
それは逃げることを許さない重い視線で、正面から受け止めるのが辛くなって頭を寝かせた。
「分かった。お前らが病院に行ったあと、あそこで何があったんか説明するわ。信じてもらえへんかもしれんけど・・・。」
俊一は宙を見つめ、そこにあの時の夜空を思い出しながら説明した。
あまりに現実離れした出来事だった為に、その説明はたどたどしいものになってしまった。
しかし朱里も克博も、一切茶化すことなく真剣に聞いていた。
俊一の言葉を一つ一つ噛み砕くように、そしてそれを自分の頭に叩き込むように、ただ黙ってじっくりと聞いていた。
全てを話し終えると、俊一は二人に笑ってみせた。
「な、信じられへんやろ?笑ってもええで。」
明るい声でそう言うと、朱里は首を振って俯いた。
「私は信じるで・・・。だって・・・私だって姉ちゃんに助けてもらったんやから・・・。それに最後のお別れだって言いに来たし・・・。」
低い声で呟き、グスっと鼻をすすって唇を噛む。
「そうやな・・・。確かに現実離れしてるけど・・・お前の言うことは信じるわ。希美ちゃんはほんまにお前のことが好きやったからな。それは死んでからも変わらんかったんやろ。」
克博は神妙な顔のまま笑い、そして厳しい表情になって尋ねた。
「でも紗恵のことは許せんな・・・。希美の事故の原因を知っておきながら、シレッとお前に近づいて来たんや。
自分勝手なところがある奴とは思ってたけど、まさかここまでとは・・・。」
その声には怒りが含まれていて、組んだ足が忙しなく揺れていた。
「なあ、紗恵はどうしてんねん?あいつも危なかったけど、今は大丈夫なんか?」
俊一が尋ねると、朱里は足をブラブラさせたまま答えた。
「もう目え覚ましてるで。私もカッちゃんも会いに行ったからな。でも・・・すごい思い詰めた顔してた。元気もないし、口数も少なかったし・・・。
あの子、きっと後悔してるんちゃうかな。俊一を誤魔化し続けてたことを。」
「そうか・・・。」
じっと天井を見つめながら、重い息を吐き出す。紗恵に対して許せない気持ちがあるのは俊一も同じだった。しかし最後に希美が言った言葉を思い出し、グッとその怒りを抑え込む。
「なあ、ちょっと車椅子押してくれへんか?紗恵に会いに行きたいから・・・。」
「やめとけよ。あんな奴に会わんでええ。どう考えても絶交しかないやろ。」
克博は不機嫌そうに言うが、俊一はベッドから身体を起こして車椅子を引き寄せた。
「おい・・・無理すんなや。絶対安静なんやから・・・。」
「いや、俺は紗恵に会いに行く。あいつの気持ちを知りたいし、それに俺の気持ちも伝えたい。」
克博と朱里は顔を見合わせ、諦めたように息を吐く。
「分かった・・・。連れて行ったるから車椅子を貸せ。」
克博は渋々という感じで立ち上がり、俊一の肩を支えて車椅子に座らせた。
「あたしも行く!」
朱里はベッドから跳ね下り、点滴の棒を掴んで歩きだす。
「待て待て!針が抜けるやろ。」
「早よ来いな。先行ってまうで。」
「点滴だけ運んで意味あるかい・・・。」
三人は病室から出てエレベータに乗り、紗恵の病室まで向かった。
そこは俊一の入っている個室よりもさらに立派な個室で、躊躇いがちにノックをしてドアを開けた。
「よう、元気になったか?」
「俊一・・・・・。」
紗恵はベッドに座って窓の外を見ていて、疲れた顔で振り向いた。
克博は紗恵の元まで俊一を運び、気を遣うように離れていく。
「外におった方がええか?」
「・・・悪いな。そうしてくれるか?」
「朱里ちゃんは・・・・、」
「あたしも外で待っとくわ。二人でじっくり話して。」
朱里は手を振り、克博と寄り添いながら病室を出て行く。
カタンとドアが閉じられ、立派な個室には俊一と紗恵だけになってしまった。
「凄い豪華な部屋やな。さすが金持ちのことだけある。」
「・・・それ嫌味?」
俊一の冗談で僅かに笑う紗恵だったが、また疲れた表情に戻って俯いた。
膝の上で組んだ手を不安そうに動かし、その目はここではないどこかを見ているようだった。
俊一は車椅子を動かして紗恵の前に行き、唾を飲んでから切り出した。
「あの夜・・・信じられへんことがあってな・・・。悪い霊から希美が助けてくれたんや。それで・・・・その時にお前のことを・・・・・。」
上手く言葉が出てこず、口ごもって唇を舐めた。
思い詰めた空気が二人の間に漂い、空調機の機械音がやけに大きく感じられた。
俊一は車椅子の車輪をさすりながら、鼻から息を吐いて顔を上げる。
「希美を撥ねた車は・・・お前の・・・・・、」
そう言いかけた時、紗恵の顔がくしゃりと歪んだ。ポロリと涙がこぼれ、呻くような声で呟く。
「・・・ごめんなさい・・・・・・。」
紗恵の目から決壊したダムのように涙が溢れ、ベッドのシーツを掴んで項垂れる。
長い髪が顔にかかり、むせるように肩を揺らしていた。
俊一は思った。多くを語る必要はないと。彼女の涙と、『ごめんなさい』という言葉が、全ての気持ちを表していた。
心の中で準備していた言葉は露のように消え、俊一は車椅子を引いて紗恵を見つめた。
「・・・希美は・・・お前のことを恨んだりしてなかった・・・。それで・・・俺にも・・・お前を恨んだり憎んだりしたらアカンって言うてた・・・。
だから・・・お前を責めるようなことはせえへん。後のことはどうするかは、お前が決めたらええ。」
そう言い残し、車椅子を反転させて背を向ける。
片手で車輪を動かし、片手で点滴の棒を握りながらゆっくりとドアへ向かう。
「俊一!・・・私・・・・ごめん・・・。黙ってて・・・ごめんなさい・・・。」
紗恵の本気の言葉が背中に突き刺さる。しかし俊一は振り向くことなくドアに向かい、一言だけ返した。
「・・・じゃあな・・・・・。」
ドアを開けると朱里と克博が待っていて、俊一は思わず顔を逸らした。
「終わったんか?」
「・・・うん。」
二人は頷き、車椅子を押して病室を出る。そして紗恵を見つめながらゆっくりとドアを閉めた。
去りゆく病室から、紗恵の低い泣き声が響く。
三人は淡々と廊下を歩き、無言のままエレベーターに乗った。
俊一はゆっくりと流れる点滴を見つめながら、もう二度と紗恵に会うことはないだろうと思った。

夜比良神社

  • 2014.09.27 Saturday
  • 18:52


ここは夜比良神社という所です。
かなり古くからある神社で、播磨風土記にも登場します。













境内までの参道です。
まっすぐな長い道の横には、稲穂の垂れる田んぼが広がっています。







神社の周りには長閑な景色が広がり、彼岸花があぜ道を彩っています。




本殿はとても綺麗で、尚且つ立派です。
御祭神はオオクニヌシノミコトです。







凛々しい狛犬たち。迫力があってカッコイイです。
まさに神社の番犬ですね。







立派な鐘に、鳥居の横の盛り砂。
どちらも風情があります。




赤い鳥居。お稲荷様ですね。
なんだか赤い鳥居って、すごく妖艶な魅力を感じます。







神社の木立から射す光は、どこか神秘的に感じます。




いくつも連なる赤い鳥居。
別世界へ至る道のようです。




奥には二つの社がありました。







こちらは右の社、お稲荷様です。
どこの神社へ行ってもそうなんですけど
お稲荷様の社ってとても色っぽいんです。
妖艶という言葉がピッタリです。魅力的ですね。




左の社、タケハヤノミコトが祭ってあります。
こういう地味でシンプルな社がいいんです。長閑な田舎に上手く馴染む姿です。




いつだって神社には光と影がある気がします。
特に大きな木立に囲まれた神社は、光と影のコントラストが強いです。
この国の神様は、優しくもあり、怖くもあります。
光と影のコントラストが、そういった神様の二面性を表しているような気がしました。

池田晶子さんを想う

  • 2014.09.27 Saturday
  • 18:30
池田晶子さんという哲学者がいます。
ご本人は文筆家と名乗っておられましたが、その生き様は間違いなく哲学者そのものです。
以前にもこのブログで書きましたが、もう一度キチンと書きたいと思い、ここに書くことにしました。
まず最初に言っておくのは、池田さんはもうお亡くなりになられているということです。
確かガンだったはずですが、死ぬその間際まで執筆をなさっていたそうです。
池田さんは数多くの著書をお持ちですが、どの著書にも共通して言えることがあります。
それは『考える』ということです。
では考えるとは何かというと、まさに考えるということなんです。
何をどう考えるとかではなくて、考えることを考える。もしくは考えることそのものが重要であるということです。
社会、政治、死、魂、宗教、果ては犬や日常のことまでたくさんの事を書かれていますが、やはりどれにも考えるという事の大切さを訴えおられました。
実を言うと、私は数年前まで強迫性障害という病気で苦しんでいました。
仕事もやめ、部屋に引きこもり、果てはうつ病まで併発して自殺を試みました。
しかし周りのサポートもあり、何とか生き延びることが出来ました。
自殺を試みて意識を失い、病院で目を覚ますと家族が傍にいました。
母も父も、そして兄や他の兄弟も、とても心配そうな顔で見つめていました。
それを見た時、決して自殺などしてはいけないと思いました。
私の命は私だけの力で成り立っているわけではないので、自殺など許されない行為だと知ったのです。
退院してからの私は、なんとかこの先も生き延びようと決めました。
そこで今まで通っていた病院をやめ、別の先生に診てもらうことにしました。
そして家族が色々と手を尽くし、とても良い先生を探してきてくれました。
その先生と話すこと20分くらいでしょうか。とても衝撃的なことを言われました。
『君は病気じゃないですよ。それは発達障害です。強迫性障害と似た症状が出ているみたいだけど、似て非なるものです。』
そしてその後にこうも言われました。
『発達障害は生まれながらにしてあるものだから、病気とはまた違うんですよ。だから治すとかは無理ですね。
大事なのはどうやってそれと付き合っていくかということです。病院も薬も意味がないからやめた方がいい。
これからの君のことは、君自身がどうにかするしかないんですよ。』
これを言われた時、私はショックを受けました。
『君自身でどういかするしかない』
普通医者はこんなことは言いませんよ。けどね、今ではそう言っていただいて感謝しています。
なぜなら先生の言う通り、まさに自分でどうにかするしかなかったからです。
病気なら病院で治せます。しかし病気じゃないなら治せません。
では病気でもないのに病気と似たようなこの症状をどうにかするには、やっぱり自分自身でどうにかするしかないのです。
でもその『どうにか』の方法が分からず、しばらくの間は苦しんでいました。
もう自殺などは考えなくなったけど、それでもやっぱり苦しかった。
だから現実から逃れる為に、ひたすら絵を描いていましたね。それと同時に本も読み漁りました。
ほとんどは小説や神話でしたが、ある時たまたま哲学書に手を出したのです。
それが池田晶子さんの本でした。
図書館へ行った時に、何を思ったのかなんとなく借りてみたんです。
はっきり言って、最初は何を言っているのかよく分からない本でした。
それどころかズバズバとものを書く人なので、腹立たしささえ覚えました。
でもずっと読んでいるうちに、スッと池田さんの言葉の意味が分かってきたんです。
それがまさに『考える』ということでした。
自慢じゃないですけれど、私は感じる力は強い方だと思っています。
別にオカルト的な意味じゃないですよ。五感や感性とか、そういう意味での感じる力です。
でも考えるってことがまったく出来ていなかったんですね。
だから外から感じたものを処理し切れなくなって、あんな病気みたいな症状になったんだと思います。
正直なところ、池田さんの書く政治や社会の記事はどうでもいいんです。
それよりも、もっと当たり前な日常のことや、自分とは何か?生きるって何?といった、普段は意識さえしないような事柄の方が遥かに厚みのある文章に思いました。
そしてそういう文章から私が学び取ったことは、考えるというものだったのです。
考えるとはまさに考えるということだから、どこまでいっても終わりがないんです。
感じることに終わりがないように、考えることにも終わりというものはありません。
だから池田さんの本に出合ってから、少しずつ変わりました。
それは良い意味でも悪い意味でもです・・・・・。
まず良い意味としては、感じる力に負けることは無くなりました。
いくら何かを感じたとしても、それを元に考えるようになったのです。
別に答えを出す為に考えるわけじゃありません。考えるということをやっているだけです。
でもそのおかげで、感じるという力に振り回されることはほとんど無くなりました。ゼロではないですけど、以前よりはマシですね。
では悪い意味で変わったところはと言うと、それは自分が自分でなくなってしまったことです。
常日頃から考えるということを怠らないということは、ともすれば素直さを失うことに成りかねないのです。
何にでも理屈をつけたがり、自分の内面に閉じこもり、他者から差し伸べられる手にも気づかなくなることもあります。
『考えない』というのも、人が生きていく上で大事なことだと思っています。
時には感じるままに身を委ね、風が吹くように漂うことだって必要なことがあるのです。
池田さんはとても筆力のある方ですから、安易にその言葉を受け取ると痛い目に遭います。
本人がそのことを意識していたかどうかはともかく、池田さんの書く文章は人を巻き込み、その中に引きずり込む力が確かにあります。
だから説教臭いと思うかもしれないけど、若い人が池田さんの本を読む時には、それなりの注意が必要ですよ。
下手すればニーチェみたいに退廃的な人格になってしまうかも・・・・・・。
もちろん池田さん本人は、読者を廃人にする為に文章を書いていたわけじゃありません。
私が言いたいのは、彼女の言葉を受け取る側の心構えの話です。
もし池田さんが大好きな若者がいたとしたら、一から十まで彼女の意見に同調していませんか?
池田さんの言うことが絶対と信じ込み、または自分と同じような考え方をしている人だからと、安易に言葉を受け取っていませんか?
もしそうだとしたら、その人は池田さんのことを何も理解していない人です。
なぜなら池田さんはどんな著書においても、『考える』ということを問いかけた人だからです。
だからそのメッセージを正しく受け取っているなら、一から十まで池田さんに同調するはずがないのです。
池田さんは池田さん。読者は池田さんじゃないですから、池田さんとは違った考え方をして当たり前なんです。
もし彼女のメッセージである『考える』ということを受け取った人ならば、まさに考えるということを考える人でしょう。
ならば自分なりに考え、そして池田さんの考えに否定的な部分が出て来たってちっともおかしくないのです。
いや、むしろそちらの方が正しいんじゃないでしょうか?
さっきも言ったけど、池田さんは本当に筆力のある人です。油断していると、アッサリと彼女の言葉に飲み込まれてしまいますよ。
私は池田さんのおかげで『考える』ということを知り、気づきました。
そうなればもう彼女の本など不要です。だって私には私の考えがありますから、それに気づけば池田さんの本などはただの説教本にしか映らないからです。
読み物として面白いから取って置くならいざ知らず、池田さんの本にどっぷりはまり込むのはそれなりの危険があるように思います。
彼女はプラトンが好きなようでしたが、私は嫌いです。
そして彼女はアリストテレスにはあまり良い印象は抱いていないようでしたが、私は好きです。
彼女はイデアを信じていたようだけど、私は信じていません。
私はプラトンよりも、その弟子であるアリストテレスの方を好みます。
師匠であるプラトンが提唱したイデアを真っ向から否定し、物は物であるという考え方を言い切ったその態度に好感が持てるからです。
それに徹底した現実主義者であり、そこには微塵の幻想も甘さもありません。
でもだからと言って、唯物論者でもないのです。きっとアリストテレスが言いたかったのは、現実は現実、空想は空想ということなのだと思います。
イデアを信じたければ信じればいいけど、そんなものはどこを探したってないよ。しょせんは空想の産物、現実とは程遠いものだと言っているように思えます。
私だって特撮が好きだし、未だにウルトラマンティガや仮面ライダーブラックRX、それにゴジラも大好きです。
でもそれは空想の世界のものだと認識しているし、だからこそ好きになれると思うのです。
こういう具合に好きな哲学者一つとっても、私は池田さんとは違います。
でも今こうして生きていられるのは、間違いなく池田さんの本に出会ったからです。
そして彼女の本から『考える』ということの大切さを気づかされたからです。
だから私は、池田さんにありがとうと言いたい。もしあなたの本に出会わなければ、最悪は二度目の自殺を図っていたかもしれないから・・・・。
今ここに私が生きていられるのは池田さんのおかげです。できればご存命中にあなたの本に出会い、お手紙をお送りしたかったです。
あなたの本のおかげで、死の淵から脱することが出来たと・・・・。
そして今はあなたの本などなくても、自分の考えで生きていけると。
現代において、池田さんは間違いなく最高の哲学者でした。
もし・・・・もし仮にあの世というのがあるのなら、きっと今頃過去の偉大な哲学者相手に、丁々発止と議論を戦わせていることでしょう。
お会いしたことはないけれど、彼女が闘争本能の塊であり、良い意味で熱い人だと知っていますからね。
例えソクラテスだろうがプラトンだろうが、一切怯むことなく「それは違うんじゃないですか?」と真っ向から喧嘩を売ってそうです(笑)
もしそうだとしたら、あの世でも本を書いていてほしいです。
ソクラテスと池田晶子、真っ向から激突対談とか絶対に読みたいですからね。
池田さんなら、死んでからでも読者を楽しませてくれそうです。

calendar

S M T W T F S
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
282930    
<< September 2014 >>

GA

にほんブログ村

selected entries

categories

archives

recent comment

recommend

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM