ヒミズの恋 第九話 キューピッドは報われない(1)

  • 2015.03.31 Tuesday
  • 13:18
JUGEMテーマ:自作小説
ちょっと値段の張るホテルの一階に、個人で経営するカフェが入っていた。
人通りの多い繁華街ということもあり、平日の昼間でも多くの客が入って来る。
ここへバイトで入って早や三年。学生時代に小遣い稼ぎで始めただけなのに、卒業した後でも続けていた。
客の去ったテーブルを周り、トレーにコーヒーカップを乗せていく。
清潔な布巾でサッとテーブルを拭き、また隣のテーブルに移動した。
すると二人組の女性客から声を掛けられ、特製チーズケーキを注文された。
俺は笑顔で応対しながら、心の中では悪態をついていた。
《くそッ・・・・この忙しい時に面倒な注文しやがって・・・・。》
特製チーズケーキとは、マスターご自慢の当店人気スイーツだ。
どこぞの関西の山の牧場から牛乳を仕入れ、かつてパティシエだった腕を振るって作るのだ。
味は抜群、値段はほどほど、だから注文の絶えない目玉商品である。
しかし作るのには少し時間がかかる為、忙しい時間帯に注文が入ると作業が遅れる。
マスターは喜んで作るけど、待たされる客の嫌味は俺が引き受けることになる。
オバハンにはネチネチと愚痴を言われ、オッサンにはややキレ気味で怒鳴られる。
あれはいつだったか、あまりに酷い言われ方をしたので、思わずオッサン客の胸倉を掴んでしまったことがある。
もちろん・・・その後はマスターにこっ酷く叱られたけど・・・。
《そんなにウチの目玉商品っていうなら、いくらか作り置きしとけばいいんだよ。多少は味が落ちるかもしれないけど、どうせ素人が食うんだから気づきゃしないのに。》
しかしマスターの性格からすると、絶対にその提案は受け入れないだろう。
見た目は若いくクセに、昭和の職人みたいな性格をしてるもんだから、一切の妥協が許せないのだ。
まあその甲斐あって、この店は繁盛してるんだけどさ・・・・。
厨房に戻って特製チーズケーキの注文を伝えると、マスターは嬉々として作り始めた。
先に注文が入っていたサンドイッチは、あっさりと奥さんの仕事へとシフトしていく。
こういう事がたびたび続くと、店が終わってから喧嘩が始まるのだ。そしてその仲裁役も俺が引き受けることになる。
そう思うとなんだかげんなりしてきて、厨房の二人に背を向けた。
《もうここも辞め時かなあ・・・・。カフェの割には時給は悪くないけど、ずっとここでバイトってのもなあ・・・。》
大学の三回生からここへ来ているので、今年で24になる。まだまだ若さを謳歌出来る年齢だけど、さすがにずっとカフェの店員というわけにもいかない。
でもだからといって、特にやりたい仕事だの、夢だのがあるわけじゃないんだけど・・・・。
《やっぱもう少し真面目に就活しとけばよかったなあ・・・。ちょっといい大学だからって、ナメてたのがいけなかったか?》
俺の通っていた大学は、全国でもそこそこ名の知れた所だ。
だから真面目に出席して、真面目に就活すれば、それなりの企業に就職出来るはずだった。
はずだったのが・・・・俺は怠けた。生来が自由気ままな性格なものだから、授業は必要最低限しか出なかった。
それに就活だって、きっとどこかへ入れるさとタカを括り、四回生になっても合コンばかりしていた。
後輩の合コンに無理矢理参加して、一回生の垢抜けない女の子をアパートに連れ込みまくっていた。
《ほとんどが処女だったなあ・・・。高卒で童貞は多いってのは知ってるけど、女の子だってけっこう経験が無いってのは知らなかったなあ。まあでも、その分オイシイ思いはさせてもらったけど。》
これから綺麗になり、そして多くの男とセックスするだろう女の子を抱くのは、なんとも言えない興奮があった。
だって・・・これから先どんなにイイ男と付き合ったって、初めに抱いたのはこの俺なんだから。
《うん、まあ・・・女に関しては俺は勝ち組だよなあ。世の中にはモテないが為に婚活する奴だっているんだし、そう思うと敗者ではないよな。》
そう思いながら髪をいじり、大きな鏡に映る自分を見つめた。
《顔は悪くない。スタイルだってそこそこいいはずだ。それに女の子の扱いだって上手いし、セックスだって自信がある。けど・・・そんなもんが通用するのは、やっぱ若いウチだけだよな。大人になれば、やっぱ金とか地位の方が重要になるし。それに若い女はもう飽きたな。ちょっと年上の、エロイ感じのお姉さんとかと寝れたら、けっこう楽しいかも。・・・・・じゃあやっぱり、ここの店員じゃダメだ。せっかくイイ大学を出たんだから、もっとイイ場所で働かないと。》
鏡に映る自分を飽きることなく眺め、色んな角度からチェックしてみる。外見に関してはどこにも非の打ちどころがなく、マジで俳優とかアイドル並だと思った。
《・・・芸能界・・・・か?このルックスなら、別に難しくないかも。いや、でも待てよ。今は下手にテレビの方に行くより、ネットから発信していった方がいいかも。俺ってけっこう笑いのセンスがあるから、ようつべとかで動画を流せば、それなりにファンが付くかも・・・。実際にメグウィンとかヒカキンとか、ようつべの動画で食ってる人だっているんだし、上手くいく可能性はあるよな。》
何となく思いついただけなのに、考えれば考えるほど上手くいきそうな気がしてきた。
うむ、このポジティブな思考だって、俺の立派な武器だよな。
あれやこれやと夢を膨らませ、ひたすら鏡を眺めていると、「ケーキ上がり」と奥さんに呼ばれた。
それをトレーに乗せ、さっきの女二人組の所へ運ぶ。
別にこんなショボイ女どもに興味はないけど、いつものクセで思わずチェックを入れてしまった。
《一人は家庭持ちだな。けっこう若く見えるけど、主婦特有のオーラが出てる。あんまり美人じゃないし。それと・・・もう一人もイマイチだな。胸は大きいけど、全体的にパッとしない。美人の部類に入れてもいいけど、俺の好みではないな。それに雰囲気や喋り方からして、絶対に処女だ。きっと二十代後半くらいだろうけど、それで処女ってのはちょっとナシだな。下手にやったら結婚とか迫られそうだし。》
自分で言うのもなんだけど、俺の女チェックの目はかなり正確だ。今までに外したことはほとんどない。
この素晴らしい眼力のおかげで、いったいどれだけのカップルを成立させたことか。
モテない友達に女を紹介してくれと頼まれ、そいつにピッタリ合いそうな女を紹介してやったことは何度もある。
そうやって成立させたカップルは全部で十五組。そのうちの半数は破局したけど、残りの七組は今でも続いている。
しかも二組のカップルに至っては、結婚まで辿り着いたのだ。
我ながらいい仕事をしたと実感はあるし、友達が幸せになるのは嬉しいことだ。
俺のことを表面的にしか知らない奴は、よく女たらしと馬鹿にしてくるけど、実際はそんなことはない。
これでも友達や家族はけっこう大事にしてるんだから。
しかしいくら友達が幸せになったところで、俺が幸せにならないんじゃ意味がない。
ショボイ女たちのテーブルにケーキを置き、モヤモヤした気持ちで厨房へ戻っていった。


            *


それから四日後、俺はマスターにバイトを辞めることを伝えた。
いきなりそんなこと言われても困るよとか言ってたけど、ずっとあそこにいたら困るのは俺の方だ。
でも三年間お世話になったわけだし、後味悪くして辞めるのは嫌だった。
だから高卒でニートの弟を引っ張り出して来て、無理矢理面接を受けさせた。
まあ俺の弟ということもあって、ニート歴二年ながらも採用された。
最初は戸惑ってたみたいだけど、今はきちんと働いているようだ。
これでマスターもとりあえずは納得してくれたし、弟はめでたくニートを卒業出来たし、親はホッと一安心してくれた。
うん、またしても俺は、周りの人間を幸せにしてしまったようだ。
しかし他人の幸せは、しょせん他人のものでしかない。
これは俺の人生なんだから、やっぱり俺が幸せにならないと意味がないのだ。
というわけで、あのバイトを辞めてから一ヶ月後、しばらく自由を満喫してから行動を起こすことにした。
「この一カ月・・・たっぷり遊んだし、セックスもいっぱいした。これからは、マジで俺の人生を変える為に生きないと。」
とりあえず、ようつべに動画を上げることは決定した。しかしどんな動画を上げれば人気が出るのか?それを相談する為に、信頼出来る友達に集まってもらった。
呼んだのは二人、高校の時からの友達で、しかも俺の尽力によって彼女を獲得した非モテ男たちだ。
どちらも顔は悪くないクセに、女を前にすると異常に緊張してしまう。今はかなり改善されているけど、それでも俺から言わせればまだまだ甘ちゃんだった。
だが今日俺の部屋に集まってもらったのは、女とは別のことだ。
二人の非モテ男を前にして、ベッドに腰掛けながら尋ねた。
「俺さ・・・・これからビッグになろうと思う。だからネットに動画配信するんだけど、何がいいと思う?」
腕を組んで高みから二人を見下ろし、意見を拝借する。しかし非モテ男たちは、退屈そうな顔で「帰っていい?」とぬかしやがった。
「なんでだよ?俺はお前らに彼女を見つけてやったんだぜ?だから恩を返せよ。」
もっともな意見をぶつけてやると、ジャニーズ系の顔をした杉原が口を開いた。
「いや・・・いきなり呼ばれて、何を言ってるか分かんね。しかも今時ビッグになるとか、言い方が古くね?」
「そんなのはいいんだよ、ただの言葉なんだから。ほら、お前ら何かアイデア出せよ。もし俺が成功したら、ちょっとは分け前をくれてやるから。」
そう言うと、杉原は困った顔で隣の男を見つめた。
「なんか・・・面倒くさいこと言いだしやがった。どうする?」
そう尋ねると、もう一人の友人である高司が「どうもしなくていいだろ」と答えた。
「確かに彼女を見つけてもらった恩はあるけど、もう別れた後だしなあ。今さら恩返ししなくてもいいだろ?」
「だな。ごめん、俺ら明日仕事があるから帰るわ。」
そう言って二人は立ち上がり、「じゃあまた」と本当に帰ろうとしやがった。
「待て待て!せっかく来たんだからもうちょっといろよ。」
「でもお前の戯言に付き合わされるんだろ?じゃあヤだよ。」
「戯言じゃねえよ。いいからまず座れ、それとお茶飲め。」
渋る二人を無理矢理座らせ、オカンが持ってきた不味いこぶ茶をすすらせた。
「いいか、ちゃんと聞けよ。俺にはそなりのビジョンがある。」
「ビジョンて(笑)。」
「笑うな。別に俺は、夢物語を語るわけじゃない。今年で24なんだし、ビッグになるとか言ったって、石油王とか逆玉とか狙うわけじゃないんだ。」
「例えがおかしくね?」
「だからいいんだよ、だたの言葉なんだから。」
だんだんイライラとしてきて、語気が荒くなってしまう。
杉原と高司は、これ以上俺を怒らせたら面倒だと思ったらしく、とりあえずは大人しくなった。
「それでいい。これから話すことをよく聞けよ。そして驚け、讃えろ。あとはアイデア出せ、いいな?」
「分かったから早く言えよ。」
俺はニコリと頷き、机から一枚の紙を取り出した。
「昨日のうちにプランを纏めたんだ。ちゃんと読むから聞いとけよ。」
「前置きが長いんだよ、早く言え。」
高司に急かされ、俺はベッドの上に立って紙を読み上げた。
「まず一つ、俺はようつべに動画を投稿し、ファンを獲得する。」
「うん。」
「二つ目、動画に人気が出たら、自分のホームページを作る。そんで広告とかバンバン入れて、広告料を稼ぐ。」
「おう。意外と普通だな、お前にしてはだけど。」
杉原が退屈そうにこぶ茶をすすっている。
馬鹿め・・・ここまでは普通なんだよ。俺が一番力を入れたのは、最後の三つめのプランなんだから。
しばらく間を置き、たっぷり引っ張ってから三つ目のプランを読み上げた。
「では最後、前の二つのプランが成功したのち、新規事業としてカップル斡旋会社を立ち上げる。以上!」
全てのプランを読み終え、ベッドから降りてこぶ茶をすする。オカンは相変わらずお茶っ葉と湯の配分を間違えていて、このお茶を一杯飲めば塩分過剰で何らかの病気になりそうだった。
「しょっぱい・・・。で、どうだった?いい線行ってるだろ?」
非モテ男たちに視線を投げかけると、言葉を失って顔をしかめていた。
「お!いいねえ、その表情。それでこそプランを読み上げた甲斐がある。」
ニコニコしながら言うと、二人は唇を尖らせてなんとも言えない顔をしていた。
「ああ、いいよ、分かってる。コイツ何馬鹿なことを言ってんだと思ってるだろ?でもな、それでこそこのプランに意味があるんだよ。」
「・・・・どこが?」
杉原はマジで馬鹿にしたように尋ねる。その態度にちょっとムカついたけど、でもこれはいい反応なのだ。
「いいかお前ら。マイクロソフトを立ち上げた、かのビル・ゲイツはこう言った。本当に素晴らしいアイデアというのは、周りに笑われるくらいでないといけない・・・・と。」
「ふうん、で?」
「このプランの肝がどこにあるかっていうと、まず動画で人気を獲得しなきゃいけないんだ。それでもって金を集め、カップル斡旋会社を立ち上げる。だから最初の段階でつまづくと、後々のプランに支障をきたすんだよ。」
「最初から支障をきたしてると思うけど?」
「そんなことないよ。」
胸を張ってそう言うと、高司がこぶ茶の湯呑を弄びながらため息をついた。
「その自信はどこから来るんだよ?」
「自信ならある。それはお前らが証明してるだろ?」
「は?」
「は?じゃねえよ。いいか、お前ら非モテ男の彼女は、いったい誰が作ってやったと思ってるんだ?いや・・・お前らだけじゃない。合計で十五組のカップルが、俺の力で幸せを掴んだんだ。」
目に力を込めて力説すると、杉原が「でも半分はダメになっただろ」と反論した。
「半分はな。でももう半分は上手くいってる。しかも結婚までした奴らもいるんだ。これってさ、俺には人を見抜く目があって、さらには相性の良い者同士をくっつける能力があるってことだろ?だったらさ、それを商売に活かさない手はないと思う。でもそこに漕ぎ付ける為には、まず動画の配信からなんだよ。分かるだろ?」
「うんにゃ、全然。」
二人は同時に首を振り、呆れた顔で立ち上がろうとした。
「まあ待て待て。別にお前らを巻き込むつもりはないんだ。」
「もう巻き込んでるっての。」
「いいや、巻き込まない。これは俺が考えたことだから、俺が責任をもってやる。そんでもし儲かったら、ちゃんと報酬を払うからさ。」
二人の肩を叩きながら言うと、渋々という感じで座り込んだ。
「・・・まあ、お前が嘘をついた試しはないからな。」
「だな。口にした約束は守る男だ。」
「だろ?だからさ、どんな動画を上げれば人気が出るか考えてほしいんだよ。俺ってルックスはいいし、笑いのセンスもある。だからバラエティ方面で行こうと思うんだけど、お前らはどう思う?」
俺は真剣な目で、そして真剣なハートで二人を睨んだ。この二人なら、きっと俺のハートが本物だってことに気づいてくれるはずだ。
そして最初に気づくのは・・・・・・、
「なあ、それ本気で考えてんの?」
ビンゴ!やっぱり高司が喰いついた。こいつは鈍感なようでけっこう鋭いから、相手が本気ならきちんと反応を返してくれるのだ。
「ああ、本気だよ。じゃなきゃわざわざお前らを呼んだりしない。」
「ううん・・・そうか、本気なのか・・・。だったらちょっと俺にも意見が・・・・。」
よしよし、予想通りの反応だ。やっぱりお前は良い友達だ。
そして次は絶対に、杉原の奴が高司を思いとどまらせようとする。
「お前・・・本気にすんなよ。こいつの言ってることって滅茶苦茶だぜ?」
「いや、でも・・・こいつが嘘をついたことってねえじゃん?こうやって俺らを集める時って、たいがい本気で何かをやろうとしてる時だろ?ほら、高校の修学旅行の時だって、ムカツク音楽のセンコーを、上手いこと別の新幹線に乗せたじゃん。そのおかげで、あのババアは東京じゃなくて岡山に行っちゃったんだ。おかげで修学旅行は楽しかったじゃん。」
「そりゃそうだけど・・・・。」
「それにさ、大学ん時の夏休みだって、族につけ回されたことあったろ?」
「ああ、しょうもないことで因縁つけられてな。家まで追いかけて来てしつこかったな。」
「あの時だって、こいつの機転で解決したんだ。警察に嘘のタレこみ流して、海辺の公園に機動隊を呼び寄せただろ?」
「うん、族が遊具を破壊して、子供にも暴力振るってるとか言ってな。」
「そんでもって、こいつがオトリになって、族を海まで引っ張って行ったんだ。そしたら機動隊と族が衝突して、とんでもない騒ぎになったろ。」
「ああ、新聞にも載ったな。」
「でも俺らは助かった。それもこれも、全部こいつのおかげなんだよ。だからさ、こいつが本気になった時って、すげえ力を発揮するってことなんだよ。今回だって、本気で商売を始めようとしてるはずだ。ならダチの俺らが協力しないでどうするよ?」
「いや、理屈は分かるけどさ、それでも・・・・。」
杉原はまだ渋っている。しかし心は揺さぶられているようだ。そこへ高司が最後の追い込みをかける。
「それに何だかんだ言ったって、俺らに彼女が出来たのはこいつのおかげだぜ?もしあれがなかったら、俺たちは今でも童貞のままかもしれない・・・・。」
「24で童貞か・・・。それがいいのか悪いのか・・・・。」
「いや、ダメだろ。童貞で30超えたら魔法使いになれるとか言ってる連中と、同じ目で見られたいのか?」
「ああ、それは嫌だな。」
「だろ?俺たちは現実の女を手に入れて、紙に書かれたペラペラな女の子で我慢しなくてよくなったんだ。それだけでも恩の字じゃねえかなあ・・・。」
高司よ・・・お前には人を口説き落とす才能があるかもしれない。もし商売が上手くいったら、こいつを重役として雇ってやろうか?
杉原はずいぶんと悩んでいる様子だったけど、やがて腹を決めたように顔を上げた。
「確かに・・・お前の言うとおりだな。実を言うとさ、俺もちょっと最近退屈してたんだわ。だからまあ・・・ちょっとくらいなら手伝ってやってもいいかな。」
よしきた!それでこそお前らだ!さすがは俺の見込んだ友、そして同志だ。
もしかしたら落ちるまでに時間がかかるかもしれないと思っていたけど、案外すんなりといった。
きっとこいつらも、今の自分の人生に満足していないんだろう。ここはいっちょ、俺と一緒にその退屈から飛び出してもらおう。
「さて諸君。話はまとまったな?」
「いや、話はこれからだろ。」
「まあそうだな。で、高司君・・・君はさっき何かを言いかけていたね?いったいどんな意見か聞かせてもらおうじゃないの?」
「急にキャラ変えて喋ってんじゃねえよ。」
そう言って小さく笑い、病を誘発するこぶ茶を見つめながら、ゆっくりと口を開いた。
「そうだな・・・お前の考えは面白いと思うけど、やっぱ現実的じゃねえよなあ。」
「ほほう・・・ではどうすればいい?」
「まず動画の配信ってのはやめよう。今時そんなのやってる奴はごまんといるよ。それに成功したとしても、会社を立ち上げるほど儲かるとは思えない。」
「じゃあどうするんだ?金がなきゃカップルの会社を立ち上げられないぞ?」
眉を動かしながら尋ねると、高司は顎に手を当てて考え込んだ。
「まずさ・・・そこから考え直してみたらどうだ?」
「カップルの会社をか?悪いアイデアじゃないと思うんだけどなあ・・・。」
「いや、確かにお前は人を見抜く目を持ってるよ。女だけじゃなくて、人間そのものを見抜く目を持ってると思う。」
「おおう、偉く褒めてくれるねえ。」
「言っとくけどお世辞じゃないぜ。本当にそう思ってるんだ。でもカップルの斡旋ってのは、あんまり需要がないと思うな。」
そう呟くと、杉原もそれに同意した。
「俺もそう思う。結婚の斡旋っていうならともかく、カップルの斡旋ってのは無いわ。」
「どうして?俺なら上手くやれるぞ?」
「・・・・上手くやれるかどうかじゃなくて、きっと客が来ないと思う。結婚と違って、恋愛なんてそこまで重いもんじゃないだろ。それに恋人が出来なくて悩んでる奴がいたとしても、わざわざ斡旋所に行くかね?恋愛に情熱を燃やすなんて、若い奴がほとんどだぜ?そりゃ歳がいってもそういう人はいるかもしれないけど、でも斡旋所ってのはなあ・・・。恋愛って自由なもんだから、そんな堅苦しいことは敬遠されるだろ?それに下手すれば、ただの出会い系サイトと何にも変わらないと思うぞ?」
「そうそう、だいたい未成年なんかに来られた日にゃ、援交や売りを疑われて警察沙汰になるかも。お前の人を見抜く目は認めるけど、やっぱりカップルの斡旋所っていうのはやめた方がいいな。」
二人は真剣に意見を聞かせてくれる。何だかんだと言いながらも、こうやって協力してくれるあたりが泣かせるところだ。
「分かった。お前らがそこまで言うなら止めとくよ。動画の配信も・・・ちょっと安易だったかもしれない。でもさ、そこまで言うなら代案を聞かせてくれよ。これは俺の人生の転期になるかもしれないんだから、ちゃんと考えてやりたいんだよ。」
「その割にはプランが三つだけだったけどな。」
「それも誰でも思いつくような。」
「だからお前らに相談してんだろ?さあ、早く君たちの意見を聞かせてくれたまえ。」
「だから急にキャラ変えてんじゃねえよ。」
それから俺たちはトコトン話し合った。ああでもないこうでもないと意見をぶつけ合い、気が付けば日付が変わっていた。
そして・・・・高司の意見で一つの答えが出た。それは最初に考えていたプランとは駆け離れていたけど、なかなか上手く行きそうな気がした。
まあプランはプランであって、確定じゃないもんな。上手くいきそうな方法があったら、そっちの方がいいに決まってる。
進む道は決まったんだ。俺は必ず、この道でビッグになってやる。その為なら一生を捧げても構わない。
だんだんと夜が開け始めた頃、二人は寝むそうな目をして帰っていった。お前ら・・・・本当にいい友達だぜ。
俺はさっそく準備にとりかかり、まずはネットを開いて情報を集めた。
その頃には、地位だの金だのは頭の中から消えていた。俺の思い描くビッグは、そんなチンケなものじゃない。もちろんイイ女とどうこうとかでもない。
ただ・・・・歴史に名を残したかった。人に聞かれたら笑われるかもしれないけど、本気でそう思ったんだ。
俺が生きた証を、この世に刻みつけてやる。でもやっぱり・・・イイ女は欲しいかな。
だってキューピット役ばかりじゃ、俺が報われないもの。

小豆島の景色(2)

  • 2015.03.31 Tuesday
  • 12:50
JUGEMテーマ:写真


昨日に続いて、小豆島の写真です。
ここは映画『二十四の瞳』を撮影した舞台です。
セットは今でも残っていて、多くの観光客が訪れています。








二十四の瞳は、教師と十二人の生徒の物語です。
校舎から海が見えるなんて最高ですね。
私なら、外ばかり見て勉強に身が入らないと思います。











映画のセットといえど、まるで本当に一つの村が存在しているかのようです。
タイムスリップしたような気分になります。





こんな風に花の咲く中で授業を受けられたら、学校も楽しいでしょうね。







校舎のセットの中です。
やっぱり窓からの眺めは最高です。
ああ・・・・こういう学校に通ってみたかった・・・。





大きな釜が並んでいます。
これで学校の給食を作っていたんでしょうか?
こんなに大きな釜で煮込んだら、さぞ美味しいでしょうね。





窓の外には海、そしてコスモス。
校舎は今みたい大きくなくて、木造なのが温かみを感じさせます。
これからは少子化になるから、今みたいな大きな校舎ではなくなるかもしれません。
またこんな風に、こぢんまりとした校舎に戻るのかも。
でもそれでいいですね。あんなに大きなマンションみたいな学校に詰め込まれたら、息も詰まるというもの。
そこそこの大きさで、美しい景色が見える学校がいいです。
小豆島はとてもいい島で、穏やかな空気と、深い緑に覆われていました。
それに至る所に情緒があって、いつだって海を眺められるのが最高です。
時間の流れが緩やかに感じる、とても素晴らしい島でした。


 

絵の為にファッションを知る

  • 2015.03.31 Tuesday
  • 12:36
JUGEMテーマ:
最近ファッションの勉強をしています。
勉強といってもただ雑誌を眺めているだけですが、これには理由があります。
絵を描くにはあたって、もっと服のことを知っておこうと思ったのです。
どうせキャラクターを描くなら、カッコよく描いたり、可愛く描いたりしたいです。
となると、服装というのはとても重要です。
どんなに人間の身体が上手く描けても、服装がダサいと台無しです。
だからカッコいい服装、そして可愛い服装を勉強中なのです。
今までは、男性を描く際はジーンズがほとんどでした。
上はシンプルなシャツ、靴はスニーカーです。
若い男ならそれでいいのですが、おじさんを描く際は困ります。
スーツ一辺倒だとおじさんの味が出ないし、かといってカジュアル過ぎると渋みが失われる。
だから中年の魅力を引き出すような服装を描かねばなりません。
とりあえずジャケットが基本です。それにスラックスかチノパン。
あとはそれに合うようなシャツか、もしくはセーターやベスト。
色は落ち着いたグレーか、鮮やか過ぎない藍色で。
・・・・・在り来たりすぎですかね?
でも品のあるおじさんなら、こんな感じでいいかなと思っています。
逆に、いかにも中年のおっさんというのを描く時、私はジャージを着せます。
それに上下の色を揃えて、全然色のコーディネートがなっていないのを強調します。
お洒落にすることだけが、絵のファッションにあらず!
あえてダサく描くことで、中年のおっさんの魅力を引き出します。
とにかくシャツはズボンにインさせる。時にはジャケットまでも。
なんでもかんでもズボンに入れたがるのがおっさんなので、あとは長方形の皮バックでも持たせておけば、町工場の社長って感じになります。
ミナミの帝王に出てきそうな、借金まみれの中年です。
でも狙ってそういう服装を描くのと、元々ファッションに無知でダサくなるのとでは、やっぱり違います。
ファッションを知ることで、あえてダサい恰好をさせることが出来るかもしれません。
絵だって、本当に下手な人が描いた絵と、上手いんだけどあえて下手に描いた絵では、全然印象が異なるでしょう?
「これって、下手に見せかけてるけど、実は上手いんだろうな」
そう思う絵は、きっと見たことがあるはずです。
あえて崩して描くことで、味を出しているんですよ。
だからファッションに詳しくなれば、あえて崩してダサいのが描けるんじゃないかと思っているわけです。
とにかく飴ちゃんをあげたがる大阪のおばちゃん。
なぜか手押し車を止めて、じっと見つめて来るおばあちゃん。
傘をゴルフ代わりにして、駅のホームで素振りをするおっちゃん。
じっと前を見つめているんだけど、いったいどこに向かっているのか分からないおじいちゃん。
そういう味のある中年や老人を描きたいわけです。
それに若くても変わった人はいるから、そういうのも描いてみたいです。
ファッションを意識し過ぎて、普段よりダサくなってしまうオタクとか。
それに合コンでは綺麗でも、家に帰ると高校の時のジャージでうまい棒を食べる女子大生とか。
色んな服装で、色んな人を描き分けることが出来るようになれば、美人やイケメンだって、今よりきっと上手くなるはず。
そう信じて、日々ファッションの勉強中です。

ヒミズの恋 第八話 冷めても夫婦(2)

  • 2015.03.30 Monday
  • 13:18
JUGEMテーマ:自作小説
駅に着く頃には、少しだけ肩が濡れていた。
滲んだ水滴をハンカチで払い、一緒に切符を買ってホームまで歩いた。
「それじゃ・・・私は向こうの電車なんで。」
堀田さんは足を止め、私とは別のホームを指して頭を下げた。
「うん、気をつけて帰ってね。ああ、それと・・・あの店長のことは早く忘れないとダメよ。」
「はい。ああ、でも・・・同じ職場だから毎回顔を合わせるんですよね・・・。ちゃんと忘れられるかな?」
「大丈夫だって。他に好きな人が出来たら忘れられるわよ。もしどうしても辛かったら、あんなとこ辞めちゃえばいいのよ。まだ若いんだから、バイトくらいいくらでも見つかるでしょ?」
「そう・・・ですかね?」
「そうよ。可愛い顔してるんだから、どこかの受付嬢とか。それにコンビニとかだったら、よっぽどのことがない限り落とされないでしょ。」
「・・・・はい。どうしても辛かったらそうします。」
そう言ってまた頭を下げ、短い黒髪を揺らしてホームの階段を上って行った。途中で振り返ってニコリと会釈をしてきたので、小さく手を振って見送った。
「ほんとに良い子ね・・・。若い頃なら敬遠してたタイプだけど、子持ちのアラサーになるとああいう子の方がホッとするわ。」
私も自分の乗る電車のホームに向かい、ベンチに座ってぼんやり宙を眺めた。しばらくそのまま座っていると、スマホがブルブルと震えてバッグを振動させた。
誰かと思って画面を睨むと、さっき別れたばかりの堀田さんからだった。
《今日はありがとうございました。次は相談とかじゃなくて、一緒にどこかへお茶しに行きましょう。》
さっそく挨拶のメールを返すあたりが、律儀な堀田さんらしい。語尾には可愛らしい絵文字が付いていて、そこに女の子らしさを感じて小さく笑った。
「もっとこういう部分を表に出せばいいのに。後は自信さえ持てば、いくらでも男なんて出来るんだから。」
私も簡単な返事を送り、《またお茶しようね》と絵文字付きで送った。すると送信を終えたスマホが、またブルブルと震え始めた。
誰かと思って画面を睨みつけると、それは旦那からの着信だった。
「なんであいつから・・・・?」
今は仕事中のはずで、よほどの事がない限りは電話なんて掛けてこないはずだ。しかも喧嘩の真っただ中なので、やはり電話を掛けてくるなんてあり得ない。
これはかなりヤバイことがあったに違いないと思って、深呼吸をしてから電話に出た。
「もしもし・・・?」
いつもより低い声で呼びかけると、返事はなかった。
「もしもし?どうしたの?」
なんだか心配になってきて、思わず声が上ずってしまう。
この前雄介にあんなことがあったばかりだから、嫌な考えが浮かんでしまう。
もしまた子供たちに何かあったらと思うと、心臓が破裂しそうなほど動機が早くなった。
「ねえ?何かあったの?もしかして・・・また子供に何かあった?」
強く電話を握りしめて尋ねると、突然後ろから肩を叩かれた。
驚きのあまり、ヒュっと短い息を漏らして飛び上がりそうになる。そして恐る恐る後ろを振り向くと、そこにはケータイを耳に当てた旦那がいた。
「・・・・は?なんで?」
驚く私を見つめて、旦那はケータイをしまって照れくさそうに笑った。
《なに・・・?どういうこと・・・?》
まったく状況が飲み込めずにいると、旦那は私の隣に腰を下ろした。
「ちょっと外回りがあったから、サボりついでに喫茶店に入ってた。そしたらお前を見つけてさ。」
そう言って前を向いたまま話しかけ、向かいのホームに停まる電車を見つめていた。
安物のスーツは少しだけ皺が出来ていて、口元の辺りからツンとタバコの臭いがした。
それを見た私は、旦那と同じように向かいの電車を見つめて自分の手を握った。
《そういえば・・・喧嘩してからアイロンすら当ててなかったな・・・。もしかして、ずっと皺の付いたスーツで仕事してたの?》
安物のスーツに刻まれた皺が、妙に生々しく見えて目を逸らした。
アイロンくらい自分で掛ければいいものを、どうして何もせずに出勤するんだろう?
いつもなら馬鹿にしたように文句を言うけど、今日はそんな気分にはなれなかった。
前を見つめている旦那の顔は、どこか寂しく、そして疲れているように見えたからだ。
《この人も・・・一応は身体張って働いてんのよね・・・。それってやっぱり・・・家族の為・・・・?》
不意に浮かんだ言葉のせいで、やたらと感傷的になってしまう。この旦那と結婚して九年、まだたった一回しか昇進してなくて、お世辞にも仕事が出来るとは言えない。
それでも頑張って働いているのは・・・やっぱり家族の為なんだろうな・・・。
そう思うと、なぜかに急に泣きたい気分になってきた。
《家族の為に尽くしてたのは・・・私だけじゃない・・・。私は・・・いつからこの人のことを無能呼ばわりするようになったんだろう・・・。》
結婚当初は、周りから冷やかされるくらいに仲の良い夫婦だった。それがいつの間にかお互いの間に溝ができ、喧嘩の絶えない殺伐とした仲になってしまった。
ほんのちょっとした言葉遣いで、ほんのちょっとした感情の昂りのせいで、そして・・・ほんのちょっとしたわがままのせいで・・・。
そんなちょっとしたことばかりが降り積もり、私たちは喧嘩の絶えない夫婦になってしまった。
別にどっちが悪いとかじゃないし、何かこれといった大きな原因があるわけでもない。
それなのに・・・どうしてこここまで、お互いを憎むようになったんだろう?
胸に溢れた泣きたい気持ちは、堰を切ったように目元までせり上がってくる。しかし絶対に涙を見られるのは嫌なので、横を向いてハンカチを当てた。
「・・・ごめん。」
旦那は唐突に謝った。前を向いたまま、申し訳なさそうに唇を噛んで・・・・。
「ちょっとだけ嘘をついた。」
「え?何が・・・・?」
何のことか分からずに尋ね返すと、旦那はやっと私の方を見て口を開いた。
「・・・仕事で外回りをしていたのは本当だ。でも・・・喫茶店に入ったのはサボる為じゃない。お前の姿が・・・窓の外から見えたから・・・・。」
「え?・・・じゃあ・・・私を見つけたから店に入ったってこと?」
そう尋ねると、旦那は小さく笑って頷いた。
「ずっと声を掛けようと思ってたんだけど、誰かと喋ってたからさ。だから・・・気がついたら、お前を追ってここまで来てた。」
そう言ってまた顔を逸らし、動き出した向かいの電車を睨んだ。その横顔には、スーツと同じように皺が刻まれていた。
出会った頃は私より綺麗な肌をしていたのに、今じゃおじさんへまっしぐらの荒れた肌をしている。
それもこれも、全ては九年という時間が刻んだものだ。もちろん、私だって出会った頃よりは老けている。お互いに歳を取り、それでも世間ではまだ若いと言われる年齢だけど・・・。
だけど、二人で過ごした九年という時間は、確実にお互いに刻まれているのだ。
その間に長男が生まれ、次男が生まれ、慌ただしいながらも楽しい時間を過ごしてきた。
《ダメだ・・・。感傷的な気分が止まらない・・・。なんで・・・・・。》
目元に込み上げてくる熱いものは、とうとう旦那に見られてしまった。
向こうは一瞬ギョッとしてたけど、すぐに表情を崩してハンカチを差し出してきた。
「これ・・・アイロンも掛けてないし、三日間使い続けたやつだけど。」
「いらないわよ、馬鹿・・・。余計汚くなる・・・。」
旦那のハンカチから目を逸らし、また横を向いて目尻を拭った。するとまた目の前にハンカチを差し出されて、タバコの臭いが鼻をついた。
「じゃあ洗ってくれよ、これ。」
「はあ?」
赤い目で睨むと、くちゃくちゃになったハンカチを握りながら、皺のついたスーツを指差した。
「これも・・・アイロンを掛けてほしい。」
「・・・いきなり何言ってんの?馬鹿じゃないの、喧嘩中に・・・。」
唐突な言われ方に少しだけ腹が立ってくる。そのおかげで目尻の熱いものはなりを潜めてくれたけど、まだ胸の中は感傷的なままだった。
旦那はスーツの下のシャツを触り、「これもクシャクシャだよ」と笑った。
「あのさ・・・・もう喧嘩はやめないか?」
「なによ急に・・・。そっちが原因を作ったんでしょ?なんで私に文句言うのよ?」
違う!こんなことは言いたくないのに、いつものクセで辛辣な言葉が飛び出してくる。
いったいどんな反撃が来るのだろうと身構えていると、旦那はクチャクチャのハンカチを見つめて呟いた。
「・・・・俺さ、大して仕事も出来ないし、特に気遣いが出来る男でもないよ。それは自分でよく分かってる。でも・・・それでも、今持っている大切なものを失いたくないんだ。その大切なものを守る為なら、上司の靴でも舐めるし、机にかじりついてでも仕事を続けてやる。それに・・・出来る限りは、家族の為に時間を使いたいんだ。だから・・・・この前はついカッとなって余計なことを言っちゃったな・・・。別に家族で遊びに来ても、ケータイで誰かと話したっていいのに・・・・それが我慢できなくてつい文句を言ってしまった、ごめん・・・。」
旦那は私の方を向き、サッと頭を下げた。その時、またスーツの皺が目に飛び込んできて、グッと涙を堪える羽目になった。
「俺は・・・今でもお前のことが好きだよ。子供が生まれたからって、別にお前のことを女として見てないわけじゃない。昔に出会った頃のように、今でもちゃんと・・・お前のことを愛してる。それが上手く伝えられなくて、お前が怒ってるのなら・・・それは俺が悪い。だから・・・何も出来ない男だけど・・・これからもずっと傍にいてほしいんだ。お前と子供たちと・・・ずっと一緒に。」
私は・・・・とんでもない不意打ちを食らった気分だった。見えない所から頭を殴られたみたいに、耐えようのないショックを受けていた。
だって・・・こんな場所で、こんないきなり、こんなことを言われると思わなかったから・・・。
普段は絶対にこういうことを言う人じゃないだけに、余計に胸に突き刺さる。
もう目尻に溢れる熱いものは、とてもじゃないけど我慢出来なかった。周りに人がいるのもはばからず、顔を覆って泣いてしまった・・・。
旦那はそっと背中に手を置いてきて、慰めるように撫でてくれた。服越しに手の平の温かさが伝わり、胸の奥に堪えていた本音が飛び出してしまう。
「・・・・ごめん、私の方こそ・・・。無能だの、馬鹿だのって酷いことばかり言って・・・ほんとうにごめん・・・。」
「いいよそんなの、事実なんだし。でもそんな無能で馬鹿な男を選んだお前だって、けっこう馬鹿かもしれないぞ?」
「・・・・そうだね。私もじゅうぶん馬鹿だと思う・・・。」
私はしばらく俯いて泣いていた。きっと周りの人たちの視線が突き刺さっていると思うけど、そんなことはどうでもよかった。
旦那が・・・この人がずっと、私の手を握っていてくれたから・・・。
「・・・・ごめん、子供みたいに泣いちゃって・・・。」
赤く腫れた目を押さえ、まだ目尻を拭いながら旦那の顔を見つめた。
「いま仕事中でしょ・・・?もう大丈夫だから、仕事に戻って来て。」
「ああ、そうする。ただでさえ稼ぎが少ないから、減俸されたら一家飢え死にだ。」
「そんなことないよ。あんたは頑張ってる。いくら稼ぎが少なくても、ちゃんと家族を見ててくれるもん・・・。」
「ははは・・・稼ぎが少ないところは否定しないんだな。」
下らない冗談で私たちは笑い合った。こうして心の奥から笑うなんて、いったい何年ぶりだろう?
忘れていた昔の感情が蘇り、今までにないくらい胸のつかえが取れた気がした。
「それじゃ・・・気をつけて帰れよ。」
「うん、あんたもね。」
旦那は膝に手をついて立ち上がり、手を振ってホームの階段に向かう。
「あ!今日何か食べたいものある?」
そう尋ねると、「卵かけご飯」と返ってきた。
相変わらずの貧乏性だなと笑いを堪え、「もっといいもの作っとくよ」と手を振り返した。
旦那は背中を向けて手を挙げ、ホームを下りて仕事に戻っていった。
「カッコつけた去り方しちゃって、全然似合わないよ。」
笑顔で旦那の背中を見送り、まだ赤い目のままベンチに座り直した。じっとこちらを見ていた人たちは、私と目が合うとサッと顔を逸らした。
《見世物じゃないっての、まったく・・・。でももし立場が逆だったら、絶対に私も野次馬になってるな。》
そう思うとなんだか可笑しくて、旦那が去ったホームの階段を見つめていた。
やがて電車が到着し、空いた車内の椅子に腰を下ろす。天井には、テレビのCMで流れているカレールーの広告がぶら下がっていた。
《久しぶりに、あの人の好きなものでも作ってやるか。奮発してトンカツも入れてさ。》
動き出した電車にアナウンスが流れ、ゆっくりと走り出す。
これからも喧嘩はあるだろうけど、今日の気持ちを忘れなければ乗り越えられるはずだ。
とりあえず、今日帰って来たらスーツにアイロンをかけてやることにした。

小豆島の景色(1)

  • 2015.03.30 Monday
  • 13:09
JUGEMテーマ:写真


小豆島へ行った時の写真を載せます。
朝早くフェリーに乗り、海を渡って向かいました。
山が多く、とても緑が豊かな島です。








猿園があるんですよ。かなり大きな敷地で、たくさんの猿が寛いでいました。







ボスはめっちゃガタイがいいです。
睨まれると怖いです・・・・・。





これは寒霞渓という渓谷です。
下までロープウェイが通っているんですが、かなりの絶景です。
私は高い所が苦手なので、震えながらロープウェイに揺られていました。





オリーブ園です。
小豆島といえば醤油が名産だけど、オリーブにも力を入れているみたいです。
また次回へ続きます。

 

今と昔の自分の作品

  • 2015.03.30 Monday
  • 13:01
JUGEMテーマ:創作活動
自分の創った作品を、自分で読み返すと、なかなか面白かったりします。
絵でも写真でも、それに小説でも、時間が経ってから見返すと、以前には気づかなかった発見があります。
例えば写真。
私は風景や自然をメインに撮っていますが、昔の写真を見てあることに気づきました。
やたらとアップが多い。
別にそれ自体は以前から分かっていたんですが、問題は中途半端なアップが多いということです。
アップで撮るなら、グンと大きくして撮ればいいものを、若干引いて隙間を持たせているんです。
その結果、何を見せたいのか分からない写真に・・・・。
絵の場合でも、気づくことがあります。
どの絵もやたらと平面的で、キャラクターがあまり動いていないんです。
似たようなポーズ、似たような表情、似たような背景・・・・。
まあ絵は始めて日が浅いので、今でも似たようなところはありますが、昔の方がそういう事が多いです。
それに小説に関しては、もう句読点がしっちゃめっちゃかです。
やたらと長い一行を書いたかと思ったら、どうでもいい所で句点を打っている。
しかも意味が重複した言葉や、書かなくてもいい単語が多いこと多いこと。
文章も写真と一緒で、最初のうちは何でも詰め込もうとしてしまうんですよね。
プロの作品を見ていると、いかにスッキリ読みやすいかが分かります。
無駄はなるべく排除して、見せるべき部分を大きく見せている。
だから読みやすいし、見やすいし、伝わりやすい。
シンプルなように見えて、実はかなりテクニックを使っているんです。
難しい言葉を使えばいいってもんじゃないし、かといってスカスカの文章になってもいけない。
文章を書くのも、絵や写真と同じくらいに難しいです。
だけど昔の自分の作品には、今の自分にはない良さがあります。
初々しい感じとか、勢いとか。それに何でも挑戦してみようというエネルギーとか。
今、自分がやっていることで煮詰まったら、ちょっと足を止めて、過去の作品を振り返るのもいいかもしれません。
そこには今だからこそ気づける発見があるし、何より楽しい
何年も前に創った作品て、まるで別の人間が創ったかのように思えるんです。
だからすごく新鮮な気持ちになりますよ。
創作はそういう楽しさもあるからやめられないです。
今書いてるこの文章だって、数年後に読んだら「なんじゃこりゃ!」って思うくらい、下手に見えるかもしれません。
だけどそう思えたなら、未来の自分は成長しているって証です。
昔の作品と、今の作品。
得るモノがあったり、逆に失くしてしまったモノがあったり。
そういうのを感じられるから、時間を忘れて楽しめますよ。

ヒミズの恋 第七話 冷めても夫婦(1)

  • 2015.03.29 Sunday
  • 13:12
JUGEMテーマ:自作小説
結婚して九年にもなれば、夫婦の間には色々とわだかまりが出来るものだ。
一つ一つは小さな事でも、それが降り積もれば雪崩のように圧し掛かることだってある。
愛し合って結婚したはずなのに、気がつけばお互いの顔色を窺い、なるべく不機嫌にならないように言葉を選び合っている。
それでも定期的に喧嘩をしてしまうのは、やはりもう夫婦として限界が来ているのだろうか?
今から二ヶ月ほど前、近所のスーパー銭湯で息子が倒れた。
旦那と一緒にサウナに入っていたのだが、暑さに耐えきれずに一人で抜け出したのだ。
そして身体を冷やそうと水風呂に飛び込み、急性の心臓麻痺を起してしまった。
幸い一命は取り留めたものの、あと少し救助が遅ければ、後遺症が残っていたかもしれないと医者に言われた。
息子が入院したその夜、病院にいることも忘れて旦那と大喧嘩をしてしまった。
「あんたがちゃんと見てればこんなことにはならなかった!だいたい小学生に上がる前の子供をサウナに入れるなんて馬鹿じゃないの!」
自分でも耳がキンキンするほどの声で怒鳴ってしまい、旦那は一瞬だけたじろいでいた。
しかしすぐに表情を引き締め、屁理屈にもならない言い訳をしてきた。
「元はといえば、お前が風呂の湯を張ってなかったのが悪いんだろ!そうじゃなきゃ銭湯なんかに行かなかったんだ!」
「はあ?何それ?銭湯に行こうって言い出したのはそっちでしょ!だいたい結婚当初は、風呂掃除は交代でやるって約束したじゃない!それを何年か前から急にサボり出して・・・・そのクセに一人で酒飲んでくつろいでんじゃないわよ!」
旦那の見苦しい言い訳のせいで、私はまた金切り声をあげる羽目になってしまった。
「それにさ、あんた雄介が死にかけてる時に、何もしてあげなかったんでしょ?店長さんがしっかり対応してくれたからよかったけど、あんた一人じゃあの子は死んでたんだよ?その辺分かってる?」
そう責めると、旦那は言葉を失くして黙り込んでしまった。
私はここぞとばかりに罵り、いかにお前が無能かと淡々と説明してやった。
黙って聞いていた旦那は、やがて業を煮やして「やかましい!」と叫び、私に平手打ちを食わして去ろうとした。
「待てコラ!逃げてんじゃないわよ!」
ぶたれた頬の痛みも忘れ、気がつけば旦那に殴りかかっていた。見かねた看護師さんたちが止めに入り、あとで医者にこっぴどく叱られてしまった・・・。
あの日以来、私たち夫婦の亀裂は修復不可能なほど大きくなってしまった。顔を見るだけで胸がムカムカしてくるし、それはきっと向こうも一緒だろう。
しかし死ぬような目に遭った息子にいらぬ不安を抱かせたくないから、表面上は仲の良い夫婦を演じてきた。
しかしそれもとうとう限界に達したので、一度しっかりと話し合うことにしたのだ。
「このままじゃお互いにラチが明かないと思う。雄介も元気になったことだし、今度の休みにどこか行かないか?」
あの無能な旦那にしては、なかなか良い提案だと思った。
どこか景色が綺麗な場所にでも行けば、多少は気持ちが柔らかくなるかもしれない。
それを期待して樽山高原に行ったんだけど・・・・案の定喧嘩をしてしまった。
途中までは和やかな雰囲気で楽しんでいたのに、私のケータイに電話がかかって来たのが癪に障ったらしい。
「家族で遊びに来てるんだから、そんなもん切っとけよ。」
何気なしに言ったであろう旦那の言葉に引っ掛かり、よせばいいのに言い返してしまった。
「パート先の同僚から相談があるって言われたの。前からちょくちょくい相談に乗ってたし、今回もお願い出来ないかって頼まれたのよ。」
やや荒い口調でそう返すと、旦那は明らかに不機嫌になって私を睨んできた。
「その同僚って・・・男じゃないだろうな?」
「はあ?」
何言ってんだコイツ・・・。
二人も子供を抱えて、しかもパートまでしてる専業主婦のどこに浮気なんかする余裕があると思ってんだ?
だいたいお前の稼ぎが少ないから、こうしてパートをしてんだろう?
あんたと一緒にいたら、いくら不満が溜まったって浮気すら出来ないのよ!
・・・・という言葉を飲みこみ、口も利かずにその日は終わってしまった。
あの日以来、旦那とはほとんど口を利いていない。一応は毎日作ってやっていた弁当も、次の日からキッパリと止めてやった。
子供たちはそんな私たちの不穏な空気を感じているらしく、旦那と一緒にいる時にはあまり近づいて来なくなってしまった。
子供たちに余計な心配を掛けていることは心苦しいけど、私にだって意地がある。
これでも一生懸命家族に尽くしてきたのに、こともあろうにあの馬鹿男は浮気を疑いやがった。
もうこうなれば・・・本気で浮気をしてやろうかとまで考えていた。
《そういえば・・・飯田さん昔に比べてカッコよくなってたなあ。元々好みのタイプだったし、しかもまだ独身らしいし・・・。それに雄介の命まで助けてもらったんだから、ますます高感度が上がっちゃったなあ・・・。》
飯田さんの顔を思い浮かべ、もし出来るなら彼と不倫できないかと本気で考えてしまう。
《でも飯田さん、あの店辞めちゃったんだよね。ずいぶん仕事の出来る人だったらしいけど、どうして急に・・・・。もしかして、雄介のことで責任を追及されたとか?スタッフの人たちはその事と辞めたことは関係ないって言ってたけど、ほんとにそうなのかな?》
心に芽生えたわずかな疑惑は、やがて飯田さんに対する罪悪感へと変わっていった。
《もし雄介のせいで会社を追われたのなら・・・それって完全にあの馬鹿のせいじゃない。
だったらいっそ、あの馬鹿と別れて飯田さんと・・・・・って、ここまで考えるのはさすがに馬鹿らしいか。》
頭の中からあり得ない妄想を振り払い、平日の繁華街を歩いて行く。
今日は火曜日の、しかも昼飯時の終わった緩やかな時間帯だった。
平日のこの時間、地方都市の繁華街はずいぶんと閑散としていた。
《ああ・・・この方がいいわ。若い頃は賑やかな方が好きだったけど、今は絶対に静かな方がいい。》
一週間ほど前に、パートの同僚から電話をもらった。それこそが旦那と喧嘩をする原因になったんだけど、今はそのことはどうでもいい。
あの日、同僚の若い女の子はすぐにでも相談に乗ってほしいことがあると言ってきた。だから翌日の月曜に会えないかと聞かれたんだけど、私は断った。
《誰が祝日の人の多い時に、こんな繁華街に来るかっての。相談には乗ってあげるけど、ちょっとは気を遣ってほしいもんだわ。こっちはもう子持ちの三十二で、独身の二十代と同じ感覚にされちゃ困るのよ。》
私は適当な理由をつけて断り、今日のこの時間を指定した。案の定、平日の昼時は人が少なく、落ち着いて街を歩くことが出来た。
《自慢じゃないけど、この歳でもまだナンパされるのよね。だから若い男がうろついてないこの時間はホッと出来るわ。でもまあ・・・どんな男が寄ってきたって、二人の子持ちだって言うと逃げていくけどさ。》
人通りの少ない繁華街を尻目に、通りの奥にあるホテルを目指した。
そこは一階に美味しいコーヒーを出すお店が入っていて、ここで同僚の子と待ち合わせをすることが多かった。
ホテルに着いて窓から中を窺うと、向こうはもう先に来ていて、いつものテーブルに座っていた。
自動ドアをくぐって中に入り、手を振りながら近づいて行く。
「お待たせ、ちょっと遅れてごめんね。」
「いえ、そんなに待ってないですから。」
彼女の名前は堀田恵子。少し前まで飯田さんのいた銭湯で、ボディケアとかいうマッサージのような仕事をしていた。
今は私と同じディスカウントショップでパートをしていて、最近はそれなりに仕事に慣れてきたようだった。
人付き合いは少しぎこちない所はあるけど、礼儀と愛想はいいので職場での評判はいい。
私自身も、彼女とはすごく仲が良い。まあそのおかげで、ちょくちょく面倒くさい相談を受けることになるんだけど・・・。
「今日は平日だから人が少ないね。おかげで真っ直ぐここまで歩いて来られたわ。」
当たり障りのない会話で笑いかけ、店員さんを呼んでコーヒーを注文した。
堀田さんはニコリと笑って短い黒髪を揺らし、手にしたカップをテーブルに置いた。
「すいません・・・いつもいつも相談に乗ってもらって。」
「いいのよ。ずっと家にいたって息が詰まるし、こういう事でもでもなきゃ若い子と喋る機会なんてないし。」
「住原さんだってじゅうぶん若いですよ。」
「でももう三十二よ?」
「三十二は全然若いと思いますよ。それに住原さんってすごく若く見えるから、学生だって言っても通ると思いますよ。」
「それは言い過ぎ。」
鋭くツッコミを入れたものの、実はかなり嬉しかったりする。
もちろんお世辞だって分かってるけど、若いと言われて喜ばない女はいないだろう。
細身のイケメンな店員さんがコーヒーを運んで来て、「ごゆっくりどうぞ」と頭を下げていく。
その背中を見送りながら、私は堀田さんに尋ねた。
「堀田さんみたいな若い子だったら、ああいう店員さんみたいな子がタイプじゃないの?細くてイケメンで、なんか優しそうだし。」
そう問いかけると、堀田さんはブルブルと首を振ってコーヒーをかき混ぜた。
「ああいうナヨッとしたのは苦手なんです。私はもっと男らしいというか、真っ直ぐで寡黙なタイプが好きなので・・・。」
「ふう〜ん・・・若い子だったらああいうのが好みだと思ったけど・・・。けっこう古いタイプの男がいいのね?」
「ええ。だから・・・その・・・今のバイトの店長を・・・・・。」
堀田さんは恥ずかしそうに言って苦笑いし、見る見るうちに顔が赤くなっていった。
その反応がとても素直で可愛くて、思わず頭を撫でてしまいそうになった。
「堀田さん、けっこう純粋ね。」
「・・・よく垢抜けてないって言われます・・・。」
「いいじゃない。今時の何考えてんだか分かんない子より、堀田さんみたいな素直な子の方が好きだな。」
「・・・あ、ありがとうございます。」
そう言ってまた顔を赤くして、リスのようにはぐはぐとコーヒーを啜っていた。
《良い子・・・。でも今の恋は叶わないだろうな。》
堀田さんは恋をしていた。相手は今パートで勤めているディスカウントショップの店長で、今年で四十になるおじさんだ。
今のご時世に四十でおじさんと言ったら怒られるかもしれないけど、二十七の堀田さんからすればじゅうぶんにおじさんだと思う。
そのおじさんはとても寡黙な人で、常に淡々と仕事をこなす人だ。
仕事の技量は可もなく不可もなくだが、客に対しての愛想は抜群にいい。
どうやらそれが、堀田さんの目には真面目で男らしい人に映ったようだ。
でも私から言わせれば、あのおじさんはただただ日々の業務を忠実にこなしているに過ぎず、やはり可もなく不可もなくの男だった。
特別に顔がいいわけでもなく、しかも田舎のチェーン店のディスカウントショップの店長なんて、将来稼ぐ見込みもない。
悲しいかな、まだ若い堀田さんにはそれが分からないようだけど、あまり説教臭いうんちくを述べるのも大人げない。
ここは黙って彼女の話を聞いてやって、気のすむまでお茶に付き合ってやるべきだろう。
かく言う私だって、今の無能な旦那と結婚してしまったのだから・・・。
「それで、今日の相談もやっぱり店長のことよね?あれから何か進展はあった?」
そう尋ねると、堀田さんは小さく首を振った。
「住原さんのアドバイス通り、こっちから食事に誘ってみたんです。ああいうタイプは、自分からは動かないっていうから。」
「うんうん、いいじゃない。それで食事の誘いはOKしてくれたんでしょ?」
「はい。それも住原さんの言った通り、向こうはアッサリOKしてくれました。」
「そりゃそうでしょうよ。四十になる独身男が、二十七の若い女の子に誘われて嫌なわけがないもん。しかも堀田さんってけっこう可愛いから。」
「あ・・ああ!恐縮です・・・。」
堀田さんはまんざらでもない様子で喜びを隠した。
こいつ・・・自分の顔が悪くないことを、しっかり分かってやがるな・・・。
でも自分に自信を持つのはいいことだ。堀田さんの容姿なら、たいていの男は誘いを断らないだろう。
それにこう言っっちゃアレだけど、すごく胸も大きいし・・・。
要するに、外見に関しては充分にボーダーラインを越えているということだ。
後は内面の方なんだけど・・・・こっちはかなりの問題がある。
この子はとにかく自分の殻に閉じこもることが多い。
いや、閉じこもるっていうか、自分の世界で自己完結するといった方が正しいかもしれない。
何事も行動を起こしてみなければ分からないのに、ちょっとしたことで結論を急ぎ、自分から幕を下ろそうとするのだ。
初めて相談を受けた時も、とにかくネガティブな意見が多かった。
店長はもう立派な大人だし、きっとまだまだ垢抜けない私なんか相手にするはずがないとか、私は喋るのが苦手だから、寡黙な店長と付き合ったら、会話がなくて長続きしないんじゃないかとか。
聞いているだけでイライラするような、かなり後ろ向きな発言ばかりしていたのだ。
だから私は言ってやった。
『相手が大人だから好きになったんじゃないの?それに寡黙だから好きになったんじゃないの?だいたい付き合う前から、長続きするかどうか考えてどうするのよ?今までにもそうやって自分で勝手に線を引いて、何もせずに逃げてきたんじゃないの?』
遠慮もせずにそう言うと、堀田さんは目を見開いて驚いていた。
『どうして分かるんですか?』
真剣な顔でそう聞かれて、私は爆笑した。『誰が見ても分かることよ』と。
それ以来、色々と相談を受けては指南をしてきた。その甲斐あってか、堀田さんはじょじょに前向きになりつつあった。
以前はロクに声すら掛けられなかったのに、今では普通に店長と会話をしている。
その会話の内容だって、日に日にのお互いのプライベートな部分にまで及んでいるようだ。
そして遂に、愛しい彼を食事に誘うという大仕事をやってのけた。普通なら別に大したことじゃないんだけど、堀田さんにとっては勇気の要る行動だったに違いない。
私は心の中で素直に賛辞を送り、話の続きを促した。
「で?食事に誘ったまではいいけど、その後はどうなったの?うまくいかなかった?」
「いえ・・・食事自体は楽しかったんですけど・・・・その後が・・・。」
「その後?食事の後に何かあった?」
少し興味が湧いて身を乗り出すと、堀田さんは言いにくそうに困った笑いを見せた。
「私は食事だけのつもりだったんですけど、向こうはそうじゃなかったみたいで・・・。店を出てからしばらく一緒に歩いて、急に真顔で言われたんです。よかったら・・・今日はずっと一緒にいないかって・・・。」
それを聞いて、私はさもありなんと納得した。
「要するに、家に誘われそうになったってことね?」
「はい。しかも今日はずっと一緒ってことは、まあ・・・そういうことをするつもりってことですよね?」
「そりゃそうでしょうね。家に行って一晩泊まったら、やることなんて限られてるくるし。」
「そうなんです。はっきり言って、いきなりそこまでのことはしたくなかったから・・・丁重にお断りして帰って来たんです。それ以来、なんだか店長の態度が冷たくなっちゃって・・・・・。」
私はわずかに冷めたコーヒーをすすり、胸の中でそれ見たことかと悪態をついた。
あの店長は寡黙で男らしいわけではなくて、ただ単にコミニケーションが下手で、しかも淡々と仕事をこなしているだけに過ぎないのだ。
しかし異性に対して経験の浅いであろう堀田さんは、それを見抜くことが出来なかった。
だいたいからして、四十を超えて独身の男なんて、ほとんどの場合はどこかに大きな欠点があるのだ。
中にはそうでもない人もいるかもしれないけど、少なくともあの店長はダメだ。
下手をすれば、一度も女性と付き合ったことさえ無いかもしれない。
しかしそんな男に惚れるということは、もしかしたら堀田さんも・・・・・。
「ごめん、ちょっといい?」
「はい?」
「あの・・・答えたくなかったら全然いいんだけど・・・・。」
「ええ。」
「・・・堀田さんて・・・・今までに一度も男性とお付き合いしたことはないのかな?」
「・・・・・それは、どういう意味ですか?」
堀田さんの顔がわずかに強張る。
どうやら私の質問の意味は理解しているようだが、あえて分からないフリをするつもりらしい。
彼女には悪いと思ったが、ここまで聞いておいて「いや、やっぱりいいわ」というわけにもかないだろう。
私はわざとらしく咳払いをして、もう一度尋ねた。
「だから・・・その・・・・処女じゃないよね?ってこと。」
そう聞いてしまってから、これはさすがに失礼かなと思った。
いくら何でも、そこまで垢抜けていないわけはないだろうと思ったからだ。
しかし予想に反して、堀田さんは赤い顔で俯いてしまった。
何かを答えようとブツブツと口を動かしているが、あまりに声が小さすぎて聞き取れなかった。
「ごめん・・・別に馬鹿にして聞いたわけじゃないのよ。ただちょっと・・・どうなのかなって思ってさ。」
堀田さんの顔は、耳まで赤く染まっている。これではまるで、「私は処女です」と答えているようなものだった。
「ごめん、聞かない方がよかったみたいね。気を悪くしないで。」
明るい笑顔で笑いかけ、この重苦しい空気をなんとか変えようとした。
しかし堀田さんはまだ顔を赤くしていて、まったく顔を上げようとしなかった。
《こりゃまずいこと聞いちゃったかな・・・・・。ちょっと詮索しすぎたか?》
誰にだって人に知られたくないことはあるわけで、私はそれを尋ねてしまったようだ。
我ながら何と無神経だったことかと反省し、頭を下げて素直に謝った。
「ごめん。今のは忘れて。・・・・ああ!今日はここ奢るわ。この前はごちそうしてもらったし。」
「い、いえ・・・そんな・・・。」
「いいからいいから。」
遠慮する堀田さんを手で制し、店員さんを呼んで特製チーズケーキとやらを二つ頼んだ。
「まあまあ、失恋した時は食うに限るわよ。なんか食べたいものがあったら、なんでも注文して。」
「ああ・・・すいません・・・。」
人に気を遣う堀田さんは、私の好意を無碍にするのを躊躇ったようだ。
安い値段のパンケーキを一つだけ注文し、またリスのようにはぐはぐと食べていた。
《可愛い子・・・。でも今のままじゃ、この先苦労しそうね。》
純粋で素直なのはいいことだけど、さすがに二十七にもなればそれなりのしたたかさや図太さも必要になる。特に女の場合は。
そういうちょっと汚れた大人な部分を持たなければ、仕事に関しても恋に関しても苦労は絶えないだろう。
この先堀田さんにどういう恋が訪れるか分からないけど、まあ相談に乗るくらいならいつでも受けてやるつもりだった。
それから私たちは、他愛の無いお喋りに花を咲かせた。やっぱり・・・若い子と話すのは楽しい。
会計を済ませて店の外に出ると、小雨がパラついていた。
「ああ・・・そういえば昼過ぎから雨だって言ってたっけ・・・。傘持って来てないわ。」
「私もです。でも駅までそう遠くないから、商店街のアーケードを通ればそんなに濡れませんよ。」
「そうね。それじゃ駅まで一緒に行こうか。」
「はい。」
来た時よりも若干人が多くなった道を抜け、商店街の中を通って駅に直進する。
堀田さんはずいぶん私に懐いたようで、ペラペラと饒舌に喋っていた。
そして話せば話すほど、とにかく純粋で素直な子だと分かった。
なんだか私は、歳の離れた妹が出来たような気分だった。

書写山の景色

  • 2015.03.29 Sunday
  • 13:05
JUGEMテーマ:写真


ここは姫路市にある書写山です。
大きなお寺があって、道中にはたくさんの仏像が並んでいます。





仏像って、みんな優しそうな顔をしていますよね。
ほとんどの場合に目を閉じていますが、どうしてなんでしょうか?





風情があっていいですね。
山を歩くのも楽しくなります。





ロープウェイがあるんですよ。
これに乗って上まで行けるんですが、私は高い所が苦手です。
なるべく下を見ないようにしていました。





それでもちょっと窓の外を覗いて、シャッターを切りました。
・・・・・・怖い。





鐘が吊ってありました。
左右にある手足の模型が面白いですね。
何かの意味があるんでしょうか。





大きなお寺の縁の下です。
立派な骨組ですね。
こうやって改めて見ると、人間の建築技術ってすごいです。
これはもう芸術品ですね。








たくさんの観光客がいて、おみくじを結び付けていました。
それにぼんぼりも綺麗ですね。
夜になってあれに灯が燈ったら、さぞ美しいでしょう。





龍が鉄の棒に巻き付いています。
龍は水を司る神様で、神社やお寺の水場には、よく祭られています。
凛々しくカッコいい表情で、強い印象を受けますね。
書写山を歩くのは、仏像や自然を堪能出来て、心身ともに洗われた気分になりました。




 

続編映画

  • 2015.03.29 Sunday
  • 12:51
JUGEMテーマ:映画
人気が出た映画は、よく続編が創られます。
主にSF、ホラー、ミステリー、アクションなどの、エンターテイメント要素が強いジャンルが多いです。
続編って難しいですよね。
以前と同じような内容だと、ただの焼き直しだと叩かれる。
だけどあまりに内容を変えてしまうと、元の世界観が失われる。
だから元々の世界観を維持しつつ、新しい事に挑戦しなければなりません。
例えばターミネーターは2は、続編として大成功です。
ターミネーターといえば、ほとんどの人が2を思い浮かべるでしょう。
あの液体人間のインパクトは凄まじいですからね。
だけどあんなに新しいキャラクターを登場させつつも、元の世界観は維持しています。
世界の終末、人類の滅亡、そういった暗くて息苦しい雰囲気が、画面の向こうからヒシヒシと伝わってきます。
だけど続編で成功する例は、とても稀でしょう。
昨日ロボコップ2を見たのですが、やっぱり1の方が面白いです。
それにロッキーだって、一番面白いのは1です。
ただしロボコップもロッキーも、続編が失敗したわけじゃありません。
ただ初代の作品を超えられなかっただけで、シリーズものの映画としては大成功でしょう。
スターシップトゥルーパーズという映画があるのですが、これは1は滅茶苦茶面白いです。
だけど続編の2は、あまり面白くありませんでした。
予算が少なかったのか、なぜか暗い所での戦闘シーンばかりで、何をやっているのかよく分からない状態でした。
続編が失敗した映画はたくさんあるけど、話題にはなりません。
だって失敗したんだから、「あれつまらなかったよね」とすぐに会話が終わってしまうからです。
そんなことよりも、面白い映画について話す方が、よっぽど楽しいですよ。
続編というのは、儲かるからやるものです。
だけどそれが悪いこととは言えません。
続編がなければ、ターミネーター2も、酔拳2もなかったからです。
続編が初代を超えることは確かにあって、ただし稀な例であるというだけです。
それに話題作の続編となると、やはり注目度が違うでしょう。
だから映画を作る側の人たちは、きっと気が気じゃないくらいに、プレッシャーを感じているのではないでしょうか。
続編で初代より面白いものを作るのは、至難の業です。
高い注目と、高い期待。それらを裏切らないように、何としても観客を楽しませないといけません。
だからターミネーター2や酔拳2は、本当に凄いですよ。
シュワちゃんもジャッキーも、やっぱり天才ですね。最高のエンターティナーです。
今、ナイトミュージアム3が公開されています。
あれも面白い映画で、1、2共に見ました。
果たして3はどうなっているのか?
あのワクワクドキドキのコミカルな世界観を保ったまま、新しいものを見せてくれるのか?
とても楽しみです。

ヒミズの恋 第六話 のび太君の恋(2)

  • 2015.03.28 Saturday
  • 13:27
JUGEMテーマ:自作小説
翌週の金曜日、僕は生まれて初めて女の人とデートをした。
先輩はずいぶんとオシャレをしていて、いつもより女の子らしく見えた。
それに髪も後ろに下ろしていて、それが丸い顔とよく似合っていた。
職場では美人と思わなかったけど、こうしてプライベートで会うと、けっこう可愛いかなと思えたりするから不思議だ。
僕は緊張しながらも、いつものようにヘラヘラと笑っていた。
先輩はそれを「やめなさい」と注意し、僕の手を取ってズンズンと繁華街を歩いて行った。
「パチンコ・・・やったことる?」
「いや・・・ないです?」
「じゃあ競馬は?」
「いや・・・あんまりギャンブルは・・・ちょっと・・・・。」
「釣りの方が好き?」
「ええ。」
「他に趣味とかあるの?」
「・・・車・・・とかですね。たまに峠を走りに行きます。」
そう答えると、先輩は意外そうな顔で口を開けていた。
「木塚君って、もしかして走り屋?」
「いやいや、違いますよ。ただ趣味なだけです。」
「ふう〜ん・・・・じゃあ今度連れて行ってよ。」
「え?ああ・・・・はい。」
引きつったヘラヘラ笑いで頷くと、先輩は満足そうに笑っていた。
その日は丸一日、先輩とデートをする羽目になった。でも・・・・結論から言うと楽しかった。
別に特別なことをしたわけじゃない。ただご飯を食べに行って、映画を見に行って、その後にショッピングモールや動物園をウロウロしたりと・・・まあ定番のデートコースだと思う。
デートをしたことがないから分からないけど・・・・。
でもとても楽しい一日だった。お金はけっこう使ってしまったけど、またあのきついバイトを乗り切ればすぐに溜まるだろう。
今日はきっと、僕にとって記念すべき日となるに違いない。
生まれて初めてのデートなんだから、この先一生忘れることはないだろう。
だんだんと日が暮れてきて、車を停めてあるコインパーキングに向かう。
僕はちょっと気を利かせて助手席のドアを開け、「どうぞ」と手を向けた。
そうすると先輩はかなり喜んで、「ありがとう」と満面の笑みを見せてくれた。
その時・・・僕は初めて、この先輩にドキっとした。あの屈託のない笑顔が、すごく胸に突き刺さったのだ。
だから先輩を家まで送って行く途中、やたらと緊張して上手く喋れなかった。デートの時はちゃんと言葉が出て来たのに、今はどんなに考えても話すことが浮かばないのだ。
《これが誰かを好きになるってことなのかな?でも・・・嫌な気分じゃないな。》
狭い軽四の中で、二人は何も喋らない。でもこうして二人で車に乗っているだけで、すごく幸せな気持ちになれた。
《これが・・・これが恋ってやつのかな。今までずっと女の人を怖がってたから、どこかで壁を作ってたけど・・・・。でも今は・・・すごく楽しい気分だ。》
もうすぐ先輩の住むマンションに到着する。高速を降り、広々とした幹線道路を直進し、三つ目の信号を曲がれば、このデートは終わってしまう。
それが嫌だったので、ほんの少しだけスピードを落とした。そうすれば、もう少しだけ先輩と一緒にいられるから・・・。
「ねえ木塚君。」
マンションに着く手前になって、先輩が小声で呼びかけてきた。
「はい・・・・。」
「このままバイバイするの・・・ちょっと寂しくない?」
「え?ああ・・・・・。」
「ヘラヘラしなくていいから、素直に答えて。」
いきなり思いがけない質問を飛ばされ、目が泳いでしまった。なんと答えようかと考えているうちに、車はマンションの前に到着した。
エンジンをかけたまま、ドアロックを解除する。プレーヤーからは小さな音量で音楽が流れていて、車内に妙な空気が漂い始めた。
僕は何も答えられないまま、じっと固まっていた。そしていつものようにヘラヘラ笑いが出て、なんとかこの空気を誤魔化そうと必死になった。
「木塚君?」
「・・・・ええ・・・あ・・・・。」
何も答えられずにヘラヘラ笑いを見せると、先輩は怒った顔で降りてしまった。
「何度も言うけど、それやめた方がいいよ。こっちが真剣に聞いてるのに、ヘラヘラ笑って誤魔化すだけなんて・・・。
今日一日デートして仲良くなれたと思ったのに、最後の最後でそうやって誤魔化すなら・・・・もう一緒に遊んだりしない方がいいね、じゃあ。」
「あ!いや・・・・。」
先輩はスタスタと歩いてマンションの中に入ってしまう。一度だけ足を止めてこちらを振り向いたが、興味のなさそうな顔で去ってしまった。
「い・・・今のは追いかけるべきだったのかな・・・・?」
僕は半分車から降りかけていて、追いかけようかどうしようか迷っていた。そしてしばらく悩んだ挙句、車に乗り込んでそのまま帰ることにした。
「分からない・・・。なんでいきなり怒ったんだろう?そんなにヘラヘラ笑いが気に障ったのかな?」
女性に疎い僕にとって、女心は謎だらけだった。そして後日このことを友達に話すと、「お前馬鹿じゃねえの?」と笑われた。
「せっかく童貞を捨てるチャンスだったのに、なにをミスミス帰って来てるんだよ。もう一生、お前に女は出来ないね。」
同じ童貞の友達に偉そうに言われ、腹が立ったのでやけ食いしてやった。
翌日、職場に行くと先輩から無視をされた。この前はあれだけ話しかけて来たのに、今はなんの興味もないという感じで目も合わせてくれない。
やっぱり女は謎だ・・・・・。僕は鎌を片手に仕事を始め、暑さに耐えながら草を刈った。
マムシに出くわさないことを祈り、小川の流れる深い茂みまで入っていく。
近くの遊歩道には賑やかな親子連れがいて、高原の景色をバックに写真を撮っていた。
「僕も・・・いつかあんな風に家族を持つのかな?・・・・全然想像出来ないけど。」
楽しむ親子連れを横目に、単純でキツイ仕事をこなしていく。そして休憩所でジュースを飲み、アイスを買って頬張った。
「また腹が出てきたな。身体を動かす仕事だから、痩せるはずなんだけど。」
腹には大量の肉がついていて、まるで中年のおじさんのようにたるんでいた。その肉をぶよぶよと掴んでいると、目の前を先輩が通り過ぎていった。
思わず目が合ってしまい、気まずい空気になる。僕はヘラヘラ顔で軽く会釈をし、すぐに俯いてアイスを頬張った。
「・・・・ガキね。いっつも甘ったるいもんばっか食べてんじゃないわよ。」
「え?ああ・・・・え・・・・。」
「ヘラヘラすんなよ。あんたさ、何のなのよ?いつでもヘラヘラヘラヘラしてさ。過去に何かあったんでしょ、きっと?イジメられるとか、親に虐待されたとか。違う?」
そんなに怖い顔で睨まれても、こっちとしてはどうしていいのか困ってしまう。それを誤魔化す為にまたヘラヘラ笑うと、先輩は僕の隣に腰を下ろして口を開いた。
「・・・・私はね、ずっと親に虐待されてた。おばあちゃんやおじいちゃんまで一緒になってね。」
「・・・ぎゃ・・・虐待ですか・・・?」
唐突な自分語りに、思わずたじろいでしまう。アイスがどんどん溶けていくが、この場面で食べるのも失礼なので、我慢するしかなった。
「幼稚園に上がったころから、ずっと虐待を受けてた。意味もなく殴られたり、柱に縛り付けられたり・・・。
ご飯だって食べさせてもらえないこともあったし、いっつも罵しられてたわ。
だから高校を卒業してすぐに、家を出て働き出したの。あの頃の私は、誰に対しても敵意を剥きだしだった。
まるであんたがヘラヘラ笑うみたいに、私はいっつも目を細めて睨みつけてた。
でもそれは・・・相手が嫌いだからじゃなくて、自分が傷つくのが怖かったから・・・。だからこっちからガンを飛ばして、人を遠ざけてたわ。」
「・・・・それは・・・辛かったですね。」
「下手に同情しなくていいわよ。」
先輩はタバコを取り出し、中々火の点かないライターに苛立たしそうに舌打ちをした。
「辛い過去を持つ人って、どうにかしてそれを誤魔化そうとするでしょ?だから・・・木塚君も、何かを抱えてるんじゃないかと思ったの。だってそうじゃなきゃ、そんなにヘラヘラ笑ったりしないでしょ?」
「・・・・・・・・・・・・・。」
僕は・・・・正直驚いていた。まさかここまで自分のことを見透かされるなんて、なんとも言えない恥ずかしさを感じていた。
溶けかけていたアイスが指に垂れ、そのまま足元へ落ちていく。今の僕は、いつものようにヘラヘラと笑うことが出来なかった。
先輩はそんな僕を見て「ごめん」と謝り、タバコを灰皿に投げ入れた。
「聞かれたくないよね、こんなこと。でも・・・すごく気になって仕方なかったんだ。」
そう言って立ち上がり、背伸びをして首を回した。
「私ね、木塚君みたいなタイプは嫌いじゃないよ。ベラベラ喋るチャラい男より、君みたいな大人しいタイプの方が好きなんだ。
だから・・・デート出来て楽しかったよ。」
先輩は僕の肩を叩き、「早くアイス食べな、溶けちゃうよ」と言い残して去っていった。
アイスはもう根元まで溶けていて、食べようと思う状態じゃなかった。僕はさっさとゴミ箱に投げ入れ、先輩を追いかけて呼び止めた。
「あの・・・。」
「ん?」
「・・・僕をデートに誘ったのは・・・・僕のことが好きだったからですか・・・?それとも、単なる同情ですか?」
そう尋ねると、先輩は小さく笑って「どっちも」と答えた。
「でも恋愛に同情を持ちこむなんて・・・ほんとはやっちゃダメだよね。木塚君に失礼だもん。」
「いや・・・そんなことは・・・・、」
もう・・・ヘラヘラ笑いは見せられなかった。ここでまた誤魔化しの笑顔を見せれば、先輩は二度と口を利いてくれないような気がしたから。
しばらく沈黙が流れ、先輩は俺に近づいて真剣な顔を見せた。
「恋愛に同情はよくないよ。それに・・・君って思ってたより子供だった。年下の男は嫌いじゃないけど、さすがに付き合うにはちょっと子供過ぎるかなって・・・。だってせっかくこっちから部屋に誘ってるのに、さすがにそこは誤魔化しちゃダメでしょ?」
ああ・・・やっぱりアレがダメだったのか・・・。
女の人からのああいう誘いを誤魔化すなんて、きっと恋愛においてタブーだったんだ。
僕はそんなことも分からずに、ヘラヘラヘラヘラと誤魔化して・・・・。
そう思うと、なんだか胸の中がカッと熱くなってきた。そして気がつけば、自分でも信じられないようなことを言っていた。
「あの・・・また、チャンスをもらえますか?」
僕は真剣だった。今まで生きてきた中で、多分今が一番真剣だと思う。だって・・・もうそろそろ、のび太君を卒業したかったから。
いや、違うな。のび太君だって、最後はジャイアンと戦ったんだ。なら・・・僕にだって・・・・。
「・・・もう一回だけ・・・デートしてもらえませんか?」
先輩は僕の言葉を聞いて、少しだけ表情を動かした。でもすぐに真顔に戻り、「ごめん」と呟いた。
「こっちから誘っといて悪いけど・・・でももうちょっと大人な人がいいから・・・。」
「じゃ、じゃあ・・・大人になりますよ、僕。」
「それが子供だて言ってるの。気持ちは嬉しいけど・・・ちょっと無理かな。あ!でも友達として遊ぶなら全然いいけどね。それでいい?」
すごく気を遣って喋っているのが、ヒシヒシと伝わる。これはもう・・・僕を男として見ていない証拠だ。
だけどせっかく仲良くなれたんだから、こんな所で終わらせるわけにはいかない。
僕は「はい」と頷き、ヘラヘラではなくニコリと笑って、その場を後にした。
その日はモヤモヤとした気持ちのまま仕事を続けた。これはフラれたのかな?でも友達ならいいって言ってくれたし、完全に嫌われたわけじゃないみたいだ。
だったら、またチャンスはある。辞めようと思っていたバイトだけど、もう少し続けて先輩と仲良くなってみせる。
そうしたらもう一度デートをして、その時は・・・・もう誤魔化し笑いは絶対にやめよう。
仕事を終えて家に帰ると、ご飯も食べずに布団に横になった。
疲れた身体はすぐに眠くなり、風呂にも入らずに寝てしまった。本気で恋をすることで、自分の中の何かが変わりそうだった・・・。


            *


あの日から二週間、僕は頑張って先輩に話しかけた。下手な喋りだったと思うけど、先輩は笑顔で応じてくれた。
だから思い切って、もう一度デートに誘ってみた。するとあっさりとOKをもらい、ウキウキした気分で日々を過ごしていた。
今度は失敗できないので、入念に下調べをした。どこの店がいいか?どんな服を来ていけばいいか?
生憎友達はほとんどが童貞なので、相談相手にはならない。だから恥を忍んで兄に相談すると、色々とアドバイスを授けてくれた。
すると兄の奥さんもノリノリで会話に加わってきて、一緒に色々と考えてくれた。
これで準備はOK。あとは三日後のデートに向けて、とにかく冷静になるように自分に言い聞かせるだけだった。
そして次の日、バイトに行く前に新聞を見て腰を抜かしそうになった。
いつもはテレビ欄しか見ないのだが、何となく他の紙面を覗いてみると、なんと先輩が載っていたのだ。
それも良い意味ではなく、悪い意味で・・・・。
先輩は男を騙してお金を盗っていたそうで、その額は二千万円にもなるという。しかも一人だけではなく、複数の男から騙し取っていたらしい・・・。
僕はショックを受けた。まさか好きな人が犯罪を起こして捕まるなんて・・・自分の中でどう受け入れていいのか分からなかった。
兄には「デートする前に気づいてよかったな」と言われ、兄の嫁には「また新しい人が見つかるよ」と当たり障りのないフォローを入れられた。
その日は鎌を片手に草を刈りながら、ずっと先輩のことを考えていた。
先輩は真剣な顔で自分の過去を語っていた。あれは嘘をついている言い方ではなく、本気で自分のことを語る喋り方だった。
けど・・・それは演技だったのか?僕が一回目のデートで振られたのは、この男は金にならないと思われたからなのか?
今となっては真実は分からず、僕はただただ悩むしかなかった。
そして・・・以前にも増して女性恐怖症になってしまった。お客さんに声を掛けられた時でも、相手が女の人だと、色々と勘繰るようになってしまった。
綺麗な顔して、心の中ではいったい何を企んでいるんだろうと。仲の良い家族連れを見ても、もしかして浮気をしているんじゃないかと疑ってみたり・・・。
そのうち兄の嫁にも不信感を抱き始め、顔を合わす度に目を逸らすようになっていた。
本格的に暑い季節に突入する頃、僕は完全な女性恐怖症となり、女なんて信じられないと見るのさえ嫌になってしまった。
どうやら・・・また意気地無しののび太君に逆戻りしてしまったらしい。こういう時、もしドラえもんがいてくれたら、きっと一発で解決してくれるのに・・・。
そんなあり得ない妄想を抱きながら草を刈っていると、賑やかな家族連れの声が聞こえた。
腰を上げて目を向けてみると、そこには見覚えのある顔があった。
「あれは・・・確か銭湯で倒れた子供じゃ・・・・。」
仲の良い家族連れの中に、青い帽子を被った少年がいる。それは間違いなく、あの銭湯で倒れた子供だった。
それに傍に立つ両親にも見覚えがあった。パニックを起こして何も出来なかった父親と、なりふり構わず男風呂に入って来た母親だ。
少年は弟と一緒にキャッキャと騒いでいて、お父さんに写真を撮ってもらっている。
すると母親の方がケータイを取り出し、「パート先からだ。ちょっとゴメン」と言ってこちらに歩いて来た。
僕は咄嗟に顔を逸らし、草刈りに戻る。母親は僕のすぐ近くに立って、家族の様子をチラチラを窺いながら電話に出ていた。
「・・・もしもし・・・ごめん。今家族で遊びに来てるの・・・。え?明日?いや・・・明日は無理だよ、だって旦那が連休だもん・・・。ええっと・・・じゃあ来週の火曜は・・・?うん、そうそう・・・いつものホテルで・・・。うん・・はい・・・それじゃ・・・・。」
母親は素早く会話を終え、ケータイを閉じて家族の元へ走っていった。そして先ほどと何一つ変わらない様子で、家族にニコニコと笑いかけていた。
「・・・・浮気・・・・だよな?それしか考えられないよな?」
チラリと母親の様子を窺うと、子供と手を繋いで歩いていた。そして夫の方を向き、とても幸せそうな笑顔を見せていた。
夫も妻の笑顔を受けてニコニコと笑い、とても幸せそうにしていた。来週の火曜に、妻が浮気相手と会うなんて知らずに・・・・。
「・・・なんか切ないな・・・。結婚してあんなんになるんじゃ、僕は嫌だな・・・・。いや、彼女さえも・・・ほしいとは思わないかも・・・。」
もう女のことを考えるのはやめようと思った。色々と疲れるし、何より面倒くさい。
そんな気持ちを誤魔化す為に、ひたすら仕事をしていった。腰の痛みは日に日に増すが、そんなものは気にせずに草を刈っていった。
僕はこの日、初めてマムシを狩ることが出来た。足で首ねっこを踏みつけ、鎌を振って絶命させた。
細い首を切り落とした感触は、いつまでもこの手にこびりついていた。

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