ミノリ
亀池山の麓の寺で、二人の男が睨み合っていた。
その二人の男には、ある共通点があった。それは人間とは思えない化け物のような顔をしているということだ。
身長も背格好もよく似ていて、その目に恐ろしい殺気を宿しているのもよく似ている。
しかしたった一つだけ違う点があった。
一人は蛾と人間を混ぜたような顔。そしてもう一人は、蝶と人間を混ぜたような顔をしていた。
その点だけが違っていて、手にした武器までまったく同じだった。
二人とも首狩り刀によく似た刀を持っていて、だらりと下げて構えている。
殺し合いをする剣豪のように、静かながらも殺気をぶつけ合っていた。
そしてそんな二人の頭上には、アチェとよくにたUMAがいた。
名前はミノリ。一見すると妖精のように可愛らしい姿をしているが、その目は二人の男よりも殺気に溢れ、冷酷だった。
顔は蝶と人間を混ぜたような形で、身体は妖精のように小さい。
しかし見ただけでも背筋が凍りつくような眼光をしていて、悪魔のように歪んだ気配を放っていた。
ミノリは寺の屋根に下り、足を組んで腰掛ける。
これから起こる殺し合いを、胸をときめかせながら眺めていた。
『氷山と緑川・・・・・・どっちが私のパートナーになるかしら?』
そう言ってクスクスと笑い、組んだ足をほどいた。
睨み合っている二人の男、その一人は緑川であった。
それに対するもう一人は、氷山宗という男だった。
すでに五人も殺した殺人者だが、その罪は誰にもバレていない。
緑川が暴れ回るせいで、彼の犯行は全て緑川の仕業だと思われていたのだ。
氷山は緑川と同じく、人を殺す事に抵抗がない。
また異常なまでに刃物に興味を持ち、それが度を越して殺人に手を染めていた。
そして両親がいないという境遇も同じだった。
ただし氷山は施設には預けられず、遠縁の親戚に引き取られた。
その家は代々剣道場を営んでおり、時代錯誤とも言える昔ながらの剣術を教えていた。
そんな家に引き取られた氷山は、やはり剣を仕込まれた。
そもそも彼を引き取った理由は、道場の跡取りにする為だった。
道場主の沢木には娘しかおらず、世継ぎが女であることを良く思っていなかった。
二人の娘は剣を愛し、腕も一流だが、それでも女に継がせるのは抵抗があった。
だから氷山を引き取った。
そしてまだ八歳の氷山に、徹底的に辛い稽古を課した。
一日のほとんどの時間に木刀を握り、稽古から解放されるのは寝る時と風呂、そして食事と学校の時だけだった。
また文武両道を重んじる義父の為、勉強もしっかりとさせられた。
氷山に剣の才能はなかったが、それでも稽古浸けの毎日は、彼を強く鍛え上げた。
本来無いはずの剣の才能を、稽古のみで補い、いつしか師範である義父に並ぶほどになっていた。
氷山は剣術が嫌いだったが、それでも稽古に励んだのには理由がある。
それは真剣が欲しかったからだ。
始めのうち、氷山は剣に興味を示さなかった。そして辛い稽古も嫌いだった。
しかし義父の部屋に置いある真剣を手に取った時、その魅力の虜になった。
刀を見て恍惚としていると、ふと誰かに肩を叩かれた。
『刀が好きか?』
義父が笑顔で立っていた。
勝手に忍びこんで、勝手に刀を抜いて、てっきり殴られると思っていたのに、氷山は意外な思いでいた。
『刀はいい・・・・・。見ているだけで惹き込まれそうだ。』
そう言って氷山の手から刀を奪い、そっと鞘に戻した。
『しかしこれを持つには、お前はまだ早い。稽古に励んで強くなったら、お前にも買ってやる。』
この言葉が、剣術に励む決意をさせた。
正直なところ、剣術そのものには興味が湧かなかった。
しかし真剣の魅力には取りつかれ、いつか自分の刀を買ってもらうのだと稽古に励んだ。
氷山が剣の道を歩いた理由、それは刀が欲しかったからだ。
家には何本もの刀が飾られ、その中でも特にお気に入りの一本があった。
それは値段こそ安いものの、初めて買ってもらった刀だった。
刃紋は直刃で、反りは小さい。しかし柄はしっかりと手に馴染み、鞘も美しく赤みがかっていた。
この時、氷山の歳は29。師範代として門弟に剣を教え、その実力は義父をも超えようとしていた。
さらに警察からも剣の指導を頼まれるほどで、自他共に認める剣の達人になっていた。
そんなある日、いつものように部屋で刀を眺めていると、奇妙な事が起きた。
後ろから物音が聞こえ、ふと振り返ってみたのだ。
すると畳の上に歪な形の刀が刺さっていた。
刃は鋭く、先へいくほど刀身が広くなっている。
峰はノコギリのように欠けていて、柄には荒縄が巻いてあった。
そして柄の先には丸い石がついていて、怪しげな気配を放っていた。
まず最初に思ったことは、いったいどこからこんな刀が現れたのかということだった。
しかしすぐにその刀の妖しさに魅せられ、気がつくと手に取っていた。
大きさの割に軽く、今までに握ったどんな刀よりも手に馴染んだ。
そしてその刀を握った瞬間、あることを直感した。
『この刀は生き物を殺す為だけにある』
美術品という側面を持つ日本刀と違って、純粋に相手の命を断つ為だけの刀であると確信した。
そしてそれに気づいたのと同時に、背筋に激しい悪寒が走った。
それはとても人の気配とは思えず、凍りつくように肝が震えた。
氷山は刀を構え、慌てて振り向く。
するとそこには妖精のような可愛らしい少女がいた。
大きさは人の手の平ほどしかなく、蝶のような羽をヒラヒラと動かしている。
氷山は言葉を失い、「妖精・・・・?」と口にした。
しかしすぐに「違う・・・」と後ずさった。
妖精のようなその少女の目は、底のない湖を覗いているような、おぞましい仄暗さがあったからだ。
肝が凍るほど冷酷で、逃げ出したくなるほど殺気を放っていて、妖精とは程遠い化け物に思えた。
それによく見ると蝶と人間を混ぜたような歪な顔をしていて、身体にもフワフワと虫の毛のようなものが生えていた。
『この世のものではない』
氷山はそう確信し、咄嗟に刀を振った。
しかしあっさりとかわされて、背後を取られた。
『殺される』
そう直感して、すぐに反撃しようとした。
しかし首筋に尖った物を当てられて、ピタリと動きを止めた。
「・・・・・・・・・・。」
『こんにちは。』
「・・・・・・・・・・。」
『私はミノリ。その刀・・・・気に入った?』
これがミノリとの出会いであった。
氷山は刀を下ろし、無駄な抵抗はすまいと手を挙げた。
相手は化け物であり、戦っても勝てないと諦めたのだ。
しかしミノリは殺気を引っ込め、親しく話しかけてきた。
『信じられないかもしれないけど・・・・・、』
ミノリはそう前置きして、「向こう」の世界のこと、UMAや妖怪のこと、そして墓場の主のことなど、あらゆる秘密を教えた。
氷山はとても信じることが出来なかったが、ミノリのこの一言で興味を惹かれた。
『もし私に協力してくれるなら、その刀を自由に使わせてあげる。』
骨切り刀・・・・・。
氷山が手にした、ミノリの持つ刀。
どんな硬いものでも豆腐のように切断し、妖怪やUMAでさえ葬ることが出来る。
そんな刀を自由に使ってもいいと言われて、大きく心が揺らいだ。
『あなた刀が好きなんでしょ?ならその刀がどれほど強いか試してみない?』
ミノリは口を開け、氷山を飲み込む。そして「向こう」へ連れて行って、化け物を狩らせた。
本物の刀を使い、初めて生き物を殺す感触。それは氷山の中に眠っていた、刀に対する執着心を倍増させた。
『化け物で飽き足らなかったら、人間を殺してもいいよ。私が逃がしてあげるから平気。』
ミノリにそう言われて、氷山は強く迷った。
こんな強力な刀で化け物を狩った感触は、快感となって刻まれている。
なら・・・・この刀で人を斬ったら・・・・・・?
この時、氷山は自分の中にも化け物が棲みついていることを知った。
今の今までひた隠してにしていたが、誤魔化せない衝動が胸を突き上げた。
氷山は骨切りを自由に使わせてもらうという条件で、ミノリと手を組んだ。
そして・・・・・人を殺した。
最初は義父。
骨切り刀を二本に分離させ、そのうちの一本を義父に使わせたのだ。
いきなり真剣での戦いを申し込んで来た氷山に、義父は驚きを隠せないでいた。
しかし氷山の目が本気であることを知り、戦わざるを得なかった。
その結果、氷山はアッサリと勝った。
稽古では三度も負け越していたのに、真剣での殺し合いだとものの数秒で勝利した。
義父の首は畳に転がり、命のないただの物に成り下がった。
それからも氷山は殺人を続けた。
これはと思う猛者に目をつけ、骨切り刀の一本を渡して戦わせたのだ。
居合の有段者、海外で傭兵部隊にいた者、ヤクザ、出所した殺人犯、そして・・・・・自分と同じく、時代錯誤に剣術を磨いた変わり者。
誰と戦ってもすぐに決着がついた。
この時、氷山は気づいた。殺し合いでモノをいうのは、剣の腕だけではない。殺人に躊躇いを見せないことだと。
それ以降、氷山は殺人を犯さなかった。
なぜなら自分と対等に渡り合える人間がいなかったからだ。
だから「向こう」での戦いに専念し、化け物を狩ることに長けていった。
しかししばらく前に、興味を抱く人物が現れた。
そいつは夜明けの死神と呼ばれ、何の躊躇いもなく人を殺していた。
人気の多い場所に現れ、時には何百人という人間の首を落としてしまう。
しかも手品のように現場から消え去り、また殺人を繰り返す。
氷山は夜明けの死神に興味を持ち、ミノリに尋ねてみた。
『アレも私たちと同じよ。いずれ戦うことになるわ。』
それを聞いた氷山は、いてもたってもいられなくなった。
「早く・・・・早くあいつと戦いたい!」
その想いが膨らんでいき、墓場の主など眼中にもなかった。
しかしいくら頼んでも、ミノリは死神と戦うことを許してくれなかった。
『今はやり合う時じゃない。強敵は最後の最後でいいの。』
そう言って戦うことを許してくれなかった。
氷山は悶々と戦いの欲望を抱え、化け物や他のライバルを狩ることに専念せざるを得なかった。
そしてとうとう墓場の主まであと一歩のところまできた時、期待を込めてミノリに頼んだ。
「夜明けの死神・・・・緑川鏡一と戦わせてくれ。」
ミノリは『そうね、彼と戦う時が迫ってる』と頷いてくれた。
氷山は飛び上がるほど喜び、戦いの前に一度だけ緑川に会いに行った。
顔に布を巻き、一人で街を歩いて。
氷山はすぐに緑川の持つ異常性を見抜き、今すぐにでも斬り合いたい衝動に駆られた。
しかしミノリに諌められ、その日は大人しく野暮用を済ませた。
警察署で骨切り刀を持って暴れる素人の後始末。
何てことのない野暮用をやり遂げ、悶々としながら家に帰った。
あれから一日が経ち、氷山はようやく願いを叶えることが出来た。
『緑川と戦いましょ。』
ミノリはそう言って、彼を亀池山の麓に誘い出してくれた。
古い寺の庭で、思う存分緑川と戦えと言ってくれたのだ。
そして今・・・・・こうして向かい合っている。
戦いたくて戦いたくて、ウズウズしていた相手が、目の前に立っている。
氷山は喜びに震え、恐怖など微塵も感じていなかった。
緑川は間違いなく強敵であり、今までのどんな相手とも違う雰囲気を纏っていた。
その雰囲気はミノリに通じるものがあり、油断すると心の奥まで飲みこまれそうな殺気を秘めている。
しかしそれもまた、氷山にとっては嬉しい事だった。
純粋に刀で斬り合えば、自分が勝つ自信があった。
しかし緑川には油断のならない殺気があり、しかもどんな手を使って来るか分からないほど狡賢い。
氷山は迂闊に飛び込むことが出来ず、刀を構えて隙を窺うしかなかった。
緑川が持っている刀は、自分と同じ骨切り刀である。
彼には首狩り刀という恐ろしい刀があるはずなのに、なぜかそれを手にしていなかった。
理由を聞いても答えないので、骨切り刀の一本を貸した。
「出来れば首狩り刀を持つお前と戦いたかった・・・・。」
小さな声でそう呟き、ひたすら隙を窺う。
二人の間に張り詰めた殺気が漂い、ゆっくりと時間が流れていく。
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
踏め込みたいが踏み込めない。氷山は緑川と睨み合い、お互いに隙を探っていた。
緑川は剣に関しては素人なので、接近すれば自分に分がある。
しかし殺し合いに関しては自分と同等か、それ以上であると思っていた。
だからどうにか距離を詰め、剣がものを言う間合いで戦いたかった。
「・・・・・・・・・。」
氷山は息を飲み、意を決して近づく。じりじりと足を動かし、一足で飛びこめる間合いまで詰めようとした。
それに対して緑川は動かない。
じっと佇み、だらりと刀を下げている。
構えは隙だらけで、しかし殺気だけは充分に漲らせていた。
氷山は最大限に警戒しながら、じりじりと足を動かす。
・・・・・あと二メートル・・・・それだけ距離を詰められれば、一気に氷山の間合いになる。
踏み込みの速さ、刀を振る速さ、どれもが氷山の方が上で、あと二メートルの距離さえ詰められれば、一気に飛び込んで両断する自信があった。
しかし緑川は相変わらず動かない。それどこか、右手を刀から離し、左手だけでぶらぶらと揺らし始めた。
《これは挑発か?それとも何かを誘っているのか?》
氷山は判断に困ったが、それでも距離を詰めていく。
・・・・・あと一メートル・・・・もう少し近づければ・・・・勝利は自分のものになる。
身を刺すような緊張が襲い、氷山は笑顔になる。
《こんな・・・・・こんなのを望んでたんだ・・・・・。なんて楽しい・・・・・。》
未だかつて味わったことのない、皮膚が焼けるような緊張感。
生と死が混ざり合う中で、刀を向け合う。
こんな瞬間を、今までどれほど夢見たか分からない。
緑川との距離はさらに近づく。しかし近づけば近づくほど、この戦いが終わりに近づくことを意味する。
それはとても寂しいことであり、勝利の後には無気力が残るだろうと思っていた。
しかしそれでも足を進める。そうしなければ、この幸せな時間が茶番になってしまうから。
「・・・・・・・・・・。」
一足で飛びこめる間合いまで、あと数十センチ。もし緑川が何のアクションも起こさなければ、それで勝負は終わる。
氷山はじっと目を見据えながら、勝利が確定するラインまで足を動かす。
そしてもうじきそのラインに到達しそうになった時、ようやく緑川が動いた。
刀の切っ先を向け、これ以上近づくなという風に威嚇したのだ。
それを見た時、氷山は一瞬だけ迷った。
これは何かの罠か?それともただの牽制か?
判断に迷ったが、答えを出す前に踏み込んだ。
一足飛びで間合いを詰め、下から逆袈裟に斬り上げる。
その速さは尋常ではなく、とてもではないが緑川がかわすことは不可能だった。
しかし刀は緑川に届かなかった。
いや、正確には彼の胴体には届かなかった。
斬り落としたのは腕だけで、氷川は《なぜ?》と疑問を抱いた。
しかしその疑問は一瞬にして解けた。
緑川は、氷山が踏み込むのと同時に刀を手放していた。
前に突き出した手から刀を離しながら、そのまま後ろへ下がっていたのだ。
刀は手から離れた瞬間、一瞬だけ宙に留まる。
そのせいで、氷山は目測を誤った。
緑川が刀を握っているものだと思い込み、ほんの少しだけ後ろに下がったことに気づかなかったのだ。
しかし・・・・まだチャンスはあった。
一撃目をかわされたからといって、決して焦ることはない。なぜならすでに刀の間合いに入っていたからだ。
一撃目はかわせても、二撃目は無理。
もう小細工の余地もなく、緑川に成す術などない。
仮に相手が先に刀を振っても、自分の方が先に当てる自信があった。
だから躊躇わずに二撃目を振ろうとした時、パン!と音が響いて、眉間に違和感が走った。
そしてすぐに生温かいものが流れてきて、鼻筋を伝っていった。
「・・・・・・・・・。」
氷山は何が起きたのか分からなかった。
分からなかったが、確かなことが一つあった。
それは緑川の手に、小さな黒い塊が握られていたことだ。
「・・・・銃・・・・・?」
そう呟くのと同時に、意識が切れた。その場に崩れ落ち、糸が切れた人形のように手足を投げ出す。
倒れた彼の眉間には、丸い穴が空いていた。後頭部はスイカのように弾け、赤緑の液体が流れ出ている。
「・・・・・・・・・・。」
緑川は氷山を見下ろし、手にした銃を向ける。
そして火花を吹かせて、心臓にも穴を空けた。
決して起きて来ないようにトドメを刺し、相手が死んだことを見届ける。
「・・・・・・うん。」
一人で頷き、満足そうに笑顔を見せる。
そして切り落とされた腕を拾い、ミノリに振って見せた。
「これ、くっ付くよな?」
屈託のない笑顔で、切られた腕を向ける。
ミノリは頷き、『これからよろしくね』と微笑んだ。
太陽ひまわり産機での惨劇から翌日。
まだ陽も昇りきらない夜明けの頃、沢尻は亀池山に来ていた。
周りには大勢の警官がいて、誰も山へ入れないように見張っている。
沢尻は封鎖のロープが張られた橋の手前まで来て、見張っている警官に手を挙げた。
「よう。」
軽く挨拶をしながら入ろうとすると、「あ、すいません・・・・」と中年の警官が止めた。
「ん?なんだ?」
「いえ・・・・沢尻さんが来ても入れないようにと言われていまして・・・・、」
「なんだよ、ちょっと入るくらいいいじゃないか。」
「いや、そういうわけにはいきません。本部からの通達なんで・・・・。」
「そんなもん無視しとけ。」
警官を押しのけ、強引に入ろうとする。しかし腕を掴まれ、「やめて下さい」と睨まれた。
「入れるわけにはいかないんですよ。」
「どうして?俺は刑事だぞ?」
「だから本部が・・・・、」
「そんな通達無視しとけ。なあに、お前が勝手に入れたなんて言わないからさ。」
そう言って肩を叩き、ニコリと笑いかける。しかし警官は首を振り、そこへ別の警官も駆け付けてきた。
「困りますよ沢尻さん。」
たっぷり肉のついた警官が、顔をしかめて追い返そうとする。
「あんた今謹慎中なんでしょ?」
「毎度のことだ。」
「いいえ、今回はいつもとは違いますよ。ねえ?」
でっぷりした警官が、中年の警官に頷きかける。すると遠くに備えていた機動隊も、こちらへと歩いてきた。
隊を率いる隊長が、沢尻を見るなり「またやらかしたんだって?」と目を細めた。
「こっちにも届いてるよ。昨日太陽ひまわり産機でえらい事があったって。」
「うん、まあ・・・・・、」
「三木さん亡くなったんだってね・・・・首を落とされて。」
「ああ。」
「死神の仕業か?」
「さあな。しかし俺も現場にいた。」
「知ってるよ。動画を撮ってたんだろ?」
「そうだ。残念ながら、あの課長の首を落とした奴は写ってなかったが・・・・・、」
悔しそうに言うと、隊長は「刀が一人でに動いて、三木さんの首を刎ねたんだってね?」と眉を潜めた。
「あんたの動画のせいで、本部はえらい混乱だって聞いたよ。」
「いつだって混乱してるよ、死神の事件が始まってから。」
「でも今回は特別に混乱してるはずだ。なんたって三木さんが死神だって可能性もあるんでしょ?こっちへ来てた本部の人間が言ってたよ。」
「お喋りな奴もいるもんだ。そんな奴は本部から外すべきだな。」
「まあねえ・・・誰だってこんなことは胸に溜めておけんでしょ。刑事課の課長が連続殺人犯かもしれないって示唆する動画があるんだ。
ただでさえ警察は参ってるってのに、これ以上の厄介事は頭痛でしかないよ。」
「安心しろ、あの課長はくたばった。」
「それもまた問題なんだよ。一人でに刀が浮いて、人の首を刎ねるなんて・・・・。」
隊長は苦い表情を浮かべ、「この事件はどうなってんだか」と吐き捨てた。
「もうわけの分からないことだらけだ。」
そう言って橋を眺め、「ここにも妙な化け物が出て来たし・・・・」と顔をしかめた。
「人間の顔に牛の身体・・・・・あんな化け物初めて見たよ。」
「ならおあんたもあの時ここに・・・・?」
「ええ、別部隊だったんで後方にいたけどね。でもよく見えたよ。バタバタ仲間が倒れていくのを・・・・。」
辛そうに目を細め、仲間の死を悼むように息をついた。
「しかもアイツ・・・・何発銃弾を受けても死にやしなかった・・・・。あれで生き物って呼べるのかね?俺には妖怪か何かにしか思えないよ。」
冗談混じりに言うと、沢尻は真顔で頷いた。
「妖怪なんだよ。もしくはUMAだ。俺はこの山でそいつらと戦ったんだ。」
「・・・・・それ、あんたが「向こう」とやらに行った時の話?」
「ああ、以前にいた上の連中は俺の話を信じてくれたんだがな。今の奴らは駄目だ。だからほら、こうして手帳も銃も取り上げられた。」
そう言って手を広げ、今の自分には何もないとアピールした。
「俺はひまわり産機で起きたことを正直に話した。動画だって提出したんだ。なのにあの連中ときたら、難しい顔のまま腰を上げようとしなかった。
きっと一人一人の胸の中では、俺の話を信用してるはずだ。しかしそれを認めるとなると、またここへ大勢の部隊を投入しなきゃならん。」
「以前の痛手があるからなあ。またあんな失態を犯したら、それこそ警察の威信は失墜だよ。」
「違うよ、何かあったら自分たちが責任を負わされる。それが嫌なだけだ。」
「とは言っても、あんたの話じゃ相手は化け物なんでしょう?誰だって尻ごみするよ、そりゃ。」
「だからな、俺は言ったんだ。ここは警察だけで意地張ってるんじゃなくて、いっそのこと自衛隊をだな・・・・、」
そう言いかけた時、数台のジープがこちらへ走って来た。
そして沢尻の傍で止まり、サブマシンガンで武装した警察の特殊部隊が降りてきた。
「SAT?なんでここに・・・・・、」
沢尻が呟くのと同時に、SATの隊長が駆け寄って来た。
「あんたが沢尻だな?」
切れ長の目をした、精悍な顔つきの男が声をかける。
沢尻は「ああ」と頷き、「前にここで会ったな?」と返した。
「ほら、人間の顔に牛の身体をした化け物の時に・・・・、」
「覚えている。誰よりも先に『撃て!』と叫んでたな。」
そう言って少しだけ笑い、「ちょっとこっちへ・・・・、」とジープの中へ招いた。
「どうした?あんた顔が強張ってるが・・・・?」
助手席に座りながら、SATの隊長を睨む。
「東山だ。」
「ん?」
「俺の名前。」
「ああ、自己紹介?律義だな。」
「今から言う事は内密にしてもらいたい。」
「秘密のコソコソ話か?」
「漏れるとマズい。」
「まあSATの隊長さんがそう言うなら、よっぽどの事なんだろうな。誰にも喋らんよ。」
そう答えて笑いかけ、すぐに表情を引き締めた。
「・・・・で?どんな内緒話なんだ?」
東山はジープのドアを閉め、さらにカーテンまで引いて窓の外を遮断した。
「聞かれたらそんなにマズい話か?」
「ああ。何せほんの一握りの人間しか知らないことだ。」
「上の連中だけってことか?」
「警察庁長官と警視総監、あとは公安だけだ。警察の人間ではな。」
「なんかえらくキナ臭い感じになってきたな・・・・・。なら警察以外の人間では誰が知ってる?」
「内閣総理大臣と官房長官。あとは一部の防衛省の官僚だ。」
それを聞いた沢尻は顔をしかめた。そして「どんな内緒話をするつもりなんだ?」と睨みつけた。
「そんなお偉いさんしか知らない話を、この俺に話してどうするつもりだ?」
「要点は簡単だ。あんたにもう一度「向こう」とやらに行ってもらいたい。これを使ってな。」
そう言ってジープの後ろから黒い箱を取り出し、仰々しく開けた。
「・・・・おい・・・これは・・・・、」
「首狩り刀。昨日あんたが持ってた武器だ。」
箱の中には首狩り刀が入っていて、グルグルと髑髏が巻きつけられていた。
「これはあんたがアチェという化け物から受け取ったものだろう?」
「ああ・・・・すぐに上の連中に取り上げられたが・・・・・、」
「あんたはアチェという化け物と手を組み、「向こう」へ行こうとしていた。そして・・・・墓場の主?だったか。それを目指して戦うつもりだったと?」
「その通りだ。まあ信じてもらえるような話ではないと思ってるが・・・・。」
「それと同時に、緑川を捕まえるのが目的でもある。」
「とういより、それが一番の目的だ。墓場の主を目指すのは、その条件を受け入れないとアチェが協力してくれないからだ。」
沢尻は真剣な顔で説明する。どうせ信じてもらえないだろうと思いながらも、熱をこめて今までの経緯を喋った。
東山は首狩り刀を取り出し、それを沢尻に差し出す。そして目を睨んだままこう言った。
「死神は・・・・今のままじゃ捕まえられない。これを放っておけば、もはや警察の威信どころではなくなる。」
「だろうな。この国自体がどうなってんだって疑われるだろう。」
「だからお偉い連中が腰を上げたわけだ。今回の件は政府主導になってる。」
「またえらく上まで行ったもんだ。これを情けないと見るかどうかは、人によるだろうな。」
「そんな事を言っていられる状況じゃないことは、あんたが一番よく知ってるはずだ。
緑川鏡一、そしてこの山を放っておけば・・・・・もはや殺人事件なんてものじゃ収まらなくなる。」
「もうすでにテロのレベルだよ。海外でもニュースになってるんだろ?」
「ああ。だからあんたに協力してもらいたい。アチェという化け物はあんたをパートナーに選んだんだろ?だったらあんたがいなければ、俺たちも「向こう」へ行くことは出来ない。」
それを聞いた沢尻は、「あんたらも協力してくれるのか?」と驚いた。
「当然だ。あんたの話を聞く限りじゃ、向こうにはウジャウジャと化け物がいるんだろう?それに加えて緑川なんて死神のような奴もいる。到底一人では手に負えないだろう。」
「・・・・・なるほどな。要するに俺は、SATを「向こう」へ送る水先案内人みたいなもんだ?」
肩を竦めて答えると、「それは違う」と返された。
「違う?何が違うんだ?あんたらは俺とアチェの関係を利用して「向こう」へ行きたいだけだろう?」
「それはもちろんだが、二つほど誤りがある。」
「ほう、どんな誤りか聞かせてもらおうか。」
「まず一つ、行くのは俺たちだけじゃない。自衛隊もだ。」
「自衛隊が!?」
「だから絶対に外に漏らすわけにはいかないんだ。化け物なんてオカルトじみたもんを倒す為に、警察と自衛隊が手を組みましたなんてバレた日には・・・・・、」
「まあ・・・そうだな。で、もう一つは?」
「あんただよ。」
「ん?俺?」
「この首狩り刀という武器・・・・化け物を狩るには最適なんだろ?」
「アチェはそう言ってたな。俺もこれを使って、ひまわり産機に現れた化け物を殺したから。」
「そしてそのアチェという化け物は、あんたにこれを委ねたわけだ。だったら使いこなせるのはあんたしかいないってことだ。」
「・・・要するに、俺が前線に立って戦えと?」
「そういうことになるな。しかしあんたが死ぬとこっちも困る。だから・・・・いざという時は俺たちや自衛隊が盾になる。
あんたはその刀を使って、バンバン化け物を殺してくれりゃいい。」
東山はそう言って刀を渡した。しかし沢尻は首を振り、刀を受け取るのを拒否した。
「ちょっと待て。」
「なんだ?」
「・・・・あんたらはこの刀の特性を知ってるのか?その・・・・・、」
「ああ、人の首を落とさないと強くならないってことか?」
「そうだ。こいつは使えば使うほど小さくなる。それをまた強くするには、緑川のように大量殺人を犯さないといけない。まさか俺にそれをやれっていうのか?」
怒りを含んだ声で尋ねると、東山は首を振った。
「その役目はこっちでやる。」
「おい・・・・それはどういう意味だ?まさか警察が殺人を犯すなんて言うんじゃないだろうな?」
「死刑囚を使う。」
「死刑囚を・・・・・・、」
「刑によって死が確定している人間だ。だからそいつらに犠牲になってもらう。」
「待て!そんなことが許されるのか!?」
「・・・・俺に言われても困る。文句があるならこの国のトップに言ってくれ。」
「・・・・なら死刑囚を全て殺したとして、それでも足りなかったらどうするつもりだ?」
「死刑に準ずるような罪の人間から殺していく。」
「ふざけるな!そんな事を許せるか!」
沢尻は怒号を上げる。狭い車内に声が響き、空気が震えた。
「そんな事をすれば、俺たちは緑川と同じになってしまう!この国の政治家や官僚は、本当にそれでいいと思ってるのか?」
「・・・・いいとは思っていないだろう。しかしこれ以外に方法がないんだ。」
「馬鹿な・・・・・。そんな事をするというのなら、俺は力を貸さない!」
「気持ちは分かるが、誰もそんなことを良しとは思っていない。政府だってこういう決断を下す前に、何度も議論を重ねたんだ。」
「だからどうした!?いくら何でもそんなやり方は・・・・・、」
「なら代案があるのか?」
「・・・・無い。無いが断る。そんなやり方は間違っている。俺は従わないぞ。」
沢尻は首狩り刀を突き返す。「俺は刑事だ・・・・自分の胸にそれなりの正義を持ってる」と息まいた。
「上の連中がどういう判断を下そうと、そんな殺人紛いの方法なんて間違っている!あんたはそう思わないのか!?」
「そういう質問には答えられない。答えられるような立場でもない。」
「だったら一人の人間として答えろ。これは正しい事だと思うかどうか、その口から聞かせてくれ。」
沢尻は射抜くように見つめる。その眼光は鋭く、弾丸のように相手を貫いた。
「・・・・・だからそういう質問は・・・・、」
「SATとしてじゃなく、一人の人間として答えてくれ。別にそれを聞いたからって、上に告げるような真似はしない。」
「・・・・・・・・・・・。」
「どうなんだ?正しいと思うのか?それとも間違ってると思うのか?」
じっと見つめ、相手の答えを促す。東山は真っ直ぐに前を睨み、手にした首狩り刀を握りしめた。
「・・・・・正しいとは思ってはいない。しかしさっきも答えた通りだ、これ以外に方法がない。」
そう言って再び首狩り刀を差し出した。
「誰もこれが正しいとは思っていない。警察も政治家も官僚も、こういう決断を下すまでにどれほど時間を要したか・・・・。」
「なら・・・・・以前からこういう考えがあったということだな?」
「ああ。だが実行出来るタイミングがなかった。しかしひまわり産機の事件で、あんたはアチェと手を組んだ。ならやるなら今しかないと決断をしたんだ。」
「しかしそれでもこんな方法は・・・・・、」
「しかしこうしなければ、さらに罪の無い大勢の人たちが犠牲になるだけだ。」
「・・・・・・・・・・・。」
「あんたの正義に反することは分かっているが、どうか協力してほしい。」
真っ直ぐな目で見つめ、懇願するように刀を差し出す。
「・・・・・それでも断ると言ったら?」
「・・・・その時は・・・・別の手を使う。」
「別の手?」
「・・・・これもトップシークレットだが、実は警察も化け物との接触には成功してるんだ。」
それを聞いた沢尻は、口を開けて固まった。
「な・・・・なんだって・・・・警察が・・・・・・。」
「ついさっきのことだがな。あんたが元々手を組もうとしていた化け物だ。ほら、高畑の拳銃を使って。」
そう言って東山は、拳銃を撃つ真似をした。
「あんたの意図してることは、三木を通してバレていた。」
「あの課長から・・・・・・?」
「三木にも監視が付いてたんだ。前から信用のならない男だったからな。」
「では俺にも・・・・、」
「いいや、あんたは勘がいいから無理だ。すぐにバレるだろう。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「あんたがあの拳銃を使い、化け物になった高畑の嫁さんと接触しようとしていることは分かっていた。」
「・・・・・ああ。麻耶さんがドッペルゲンガーになってしまった場所へ行くつもりだったんだ。あの銃を持っていれば、もしかしたら現れるんじゃないかと思ってな。」
そう言って手元を見つめ、「麻耶さんは最後にこう言ってたよ」と切り出した。
「あの人に、もう二度と戻ることはないと伝えてほしいって。遠い世界へ旅立ったとでも言っておいてくれと。
もし・・・・もし本当に高畑さんのことを嫌ってるなら、あんな言葉は残さなかっただろう。
きっと自分が化け物になる間際になって、「こっち」の世界に未練を抱いたんだ。だからあの銃を持っていけば、高畑さんのことを思い出して、現れるんじゃないかと踏んだんだ。」
そう答えると、東山は「その考えは当たっていた」と頷いた。
「今日の夜中、俺と数名の部下が高畑の拳銃を持って、この山に登った。あんたがドッペルゲンガーと戦ったというキャンプ場に向かったんだ。
しばらくその場に佇んでいると、奇妙な黒い影が現れたよ。」
ポツポツとそう語り、「あれを見た時は、正直ビビった・・・・」と声を落とした。
「しかしすぐに協力を持ちかけた。今「こっち」の世界は酷いことになっていて、どうしてもあんたの協力が必要だと。
まだ警察官の妻だった誇りが残ってるなら、どうか力を貸してほしいと。」
「それで・・・・・麻耶さんは何と?」
「黙って背中を向けたよ。そしてついて来いという風に促した。」
「・・・・・そうか。だったらその後、別のドッペルゲンガーの元へ連れて行ったんじゃないか?」
そう尋ねると、東山は「なぜ分かる?」と驚いた。
「麻耶さんは確かに化け物になっちまったが、武器は持っていないはずだ。」
「・・・・・・・・・。」
「俺がドッペルゲンガーと戦った時、麻耶さんは菱形の鏡を持っていた。あれはパートナーだったドッペルゲンガーから譲り受けた物だ。
だからもし彼女が俺たちに協力してくれるとしたら、その鏡を持つドッペルゲンガーと引き合わせるはずだ。
なぜなら彼女にはこれといった武器が無いんだからな。」
そう言って目を向けると、東山は「ああ・・・・」と頷いた。
「これは俺の勘だが、化け物になって間もない奴というのは、大した力は持ってないんじゃないかと思う。
麻耶さんは、言うなれば化け物の一年生だ。だから武器も持っていないし、おそらく俺たちを「向こう」へ運ぶ力もないと思う。
だから鏡を持つドッペルゲンガーを紹介するしかなかったんだろう。」
「・・・・ならお前は、そこまで読んで行動していたと?」
「ああ。そしてあんたはきっと、その菱形の鏡を持ってるはずだ。ポケットのどこかにでも入れてるんじゃないか?」
そう尋ねると、東山は「お手上げだな・・・」と苦笑いした。
そして懐のポケットを漁り、あの菱形の鏡を取り出した。
「あんたの言うとおり、ドッペルゲンガーからこれを渡されたよ。」
「ではもう「向こう」に行ってみたのか?」
「いいや、まだだ。目的は化け物との協力を取りつけることだったからな。これを渡してもらった時点で目的は達成してる。」
「ああ、それが賢明だ。「向こう」は化け物がウジャウジャしてるからな。行ったら皆殺しにされかねない。」
そう言うと、東山は「なあ?」と問いかけてきた。
「一度「向こう」へ行って戦ったあんたに聞きたい。その・・・・警察や自衛隊の力は、「向こう」で役に立つのか?」
不安そうに言って、じっと鏡を見つめる。
「あんたの話じゃ、化け物にも銃は通用するらしいが・・・・・しかし俺たちにとっては未知の世界だ。だから正直に答えてほしい。
SATや自衛隊は・・・・「向こう」でも通用するのか?」
「目的によるな。」
「目的?」
「緑川を捕まえるって事に限れば、通用するかもしれない。しかし化け物と戦争するってのは無理があるだろう。
だから「向こう」へ行くのなら、目的を絞った方がいい。」
「化け物の殲滅は無理ってことか?」
「アチェの話を聞く限りじゃ、あの山にはとんでもない文明のUFOが眠ってるんだと。」
「・・・・UFO・・・・。」
「笑ってもいいぞ。」
「いや・・・・続けてくれ。」
「もしそいつがこの山の真の主だとすれば、俺たちにはどうこう出来ないかもしれない。」
「・・・・なら・・・・・化け物どもは放っておくしかないと?」
「そういうことになるな。」
「・・・・緑川を捕まえる為だけに・・・・・警察と自衛隊が動くってのか・・・・・?」
「ああ。」
「・・・・たった一人の人間の為に・・・・そこまでの力を投入するのか・・・・。」
「だから死神なんだよ、あいつは。」
沢尻は短く言い捨て、首狩り刀を手に取った。
「なあ。」
「・・・・・なんだ?」
「条件によっては、あんたらに協力してやらないこともないぞ。」
「本当か?」
東山は嬉しそうに目を向ける。沢尻は笑みを返し、「これを使うのは一回切りだ」と振って見せた。
「そうすれば人の首を落とす必要はない。」
「いや・・・・それはそうだが、しかしそんな簡単には・・・・、」
「確かに厳しいだろうな。人間が「向こう」にいられるのは二時間だけで、それを超えると化け物になっちまう。」
「なら化け物のうごめく世界へ行って、二時間で緑川を捕まえると・・・・・?」
「それしかない。化け物の殲滅なんてまず無理だから、それは諦めるしかないさ。なら緑川を捕まえるって事に目的を絞るんだ。
そして二時間のうちに、奴を捕まえてみせる。」
「・・・・・・上に話をしないと・・・俺だけじゃ判断出来ない・・・・・。」
「今決めろ。じゃないと俺は降りる。」
「無茶を・・・・・・、」
「ならあんたらだけでやれ。俺がいなくても、ドッペルゲンガーと手を組んだんだ。「向こう」へ行くことは可能だろ?」
「それはそうだが・・・・・しかし・・・・・、」
「ああ、分かってる。正直なところ、ドッペルゲンガーは大して強くない。それにその鏡も大した殺傷力は持っていない。」
「・・・・そうだ。だからその刀が必要になる。」
「だったらやっぱり俺の協力が必要だな?」
「・・・・・・・・・・・・。」
東山は黙りこむ。独断でこんな条件を飲むことは出来ないが、今決断しなければ沢尻は協力しそうになかった。
「・・・・緑川は・・・・アチェと手を切ったんだろ?」
そう言っておもむろに顔を上げ、問い詰めるように睨む。
「なら・・・・奴は「向こう」にはいないんじゃ・・・・、」
「いいや、いる。」
「なぜそう言い切れる?」
「緑川は馬鹿じゃない。アチェと手を切るってことは、先の事を考えてそうしたに決まってる。だったらすでに新しいパートナーがいるはずだ。」
「・・・・・・・・・。」
「正直なところ、あんたらは緑川の捕獲が一番の目的ではないはずだ。もっとも興味があるのは、「向こう」の世界そのものだろう。
化け物を捕まえ、そいつを切り刻んで研究してみたり、もしくは首狩り刀のような恐ろしい武器を手に入れたがっている。」
「・・・・そんなことはない。誰もあんなわけの分からないものに関わろうとは思っていない。」
「だったら緑川を捕まえることに目的を絞ればいい。そして・・・・奴は間違いなく「向こう」にいる。ずっとあいつを追ってる俺が言うんだ、間違いない。」
沢尻の言葉に押され、東山は頭を抱える。ガリガリと掻き毟り、「・・・・・・条件はそれだけか?」と睨んだ。
「まだ何か言いたそうな顔をしてるが・・・・・他にもあるんだろう?」
「ああ、早苗を捜してほしい。」
「その話は聞いてるよ。あんたの娘だったな?まだ見つかっていないのか?」
「ああ・・・・。昨日上の連中から解放された後に、とにかく捜し回った。他の奴らも捜してくれているが、どうも「こっち」にはいないようだ。」
「なら「向こう」で娘の捜索を手伝えと。」
「ああ。早苗は一度こっちへ戻って来たそうだが、また「向こう」へ連れて行かれたんだろう。おそらく犯人はアチェだ。」
「またそいつか・・・・。」
「アチェは緑川と手を切った。だから俺をパートナーに選んだ。そして・・・・・緑川と手を切ったのは、アチェの方からじゃない。
アチェは緑川と手を切り、俺と組まざるをえない状況だったんだと思う。」
「そうなのか・・・・?」
「これも俺の勘だが、おそらくアチェは緑川に殺されそうになったんだろう。だからアイツを見限った。」
「緑川の方から・・・・?しかしそんなことをすれば、自分が不利になるだけじゃ・・・・、」
「だからさっきも言っただろう。アイツは先の事を考えてアチェと手を切ったんだ。ということは、彼女を殺そうとした時、すでに新しいパートナーがいたってことだ。」
「ああ、なるほど・・・・・、」
「だからアチェは俺を選んだ。しかし俺にまで裏切られては困るから・・・・・・、」
「娘を人質に取ってると?」
「そうだ。だから早苗はアチェの手の中にある。もし俺が裏切る素振りを見せたら、早苗を殺すと脅してくるだろう。」
「・・・・・複雑だな・・・・。化け物は化け物なりに、色々と考えるってことか。」
「そういうことだ。だから「向こう」へ行ったら、必ず早苗を助け出さないといけない。
アチェはとにかく頭が切れる。だから早く早苗を助けないと、どんな風に利用されるか・・・・。」
「今も無事でいる保証は?」
「父親である俺に、そういう質問をするのか?」
「無事だと願いたいのは分かる。しかしもしそうでなかった場合、お前の娘を捜すことは時間のロスになる。」
「確かにな。しかし今のところ、早苗は無事のはずだ。アチェも緑川と同様に馬鹿ではないから、大切な人質を安易に傷つけたりはしないだろう。
しかしこの先はどうなるか分からない。だから早く助けたいと言っているんだ。」
そう言って言葉を結び、「この二つの条件を飲んでくれるなら、俺も協力する」と刀を構えた。
「上に相談なんてまどろっこしい事言ってないで、ここで決めろ。」
これが最後の選択だとばかりに、刀を差し出す。もし断るのなら、いつでもこの刀を返すという風に。
東山は大きくため息をつき、苦渋の色を滲ませた。
「噂には聞いてたが・・・・・無茶ばかり言うんだな・・・・・。」
「そういう性分だ。」
「その無茶に周りを巻き込むってのも噂通りだ。あんたのせいで、始末書まみれだった奴もいるそうじゃないか。」
「そいつは昨日死んだ。しかしそれは俺のせいではなく、自業自得だったがな。」
「・・・・・なら俺も・・・・・自業自得で身を破滅させるのか・・・・・?」
諦めたように項垂れ、ゆっくりとジープから出て行く。
「おい。」
「ちょっと一人にさせろ。すぐに戻って来る。」
そう言って離れていき、ひたすら亀池山を睨んでいた。
そして別のジープの無線で、誰かと話をしていた。
沢尻は首狩り刀を握りしめ、狭い車内で返答を待った。
やがてジープのドアが開き、東山が顔を覗かせる。
「上に相談してたのか?」
そう尋ねると、「ああ」と答えた。
「それで答えは?」
「そんなもん今すぐ決められるかとさ。」
「だろうな。で、あんたの答えは?」
「・・・・・切った。」
「ん?」
「無線機の調子が悪いと言って切った。」
それを聞いた沢尻は「ははは!」と笑った。
「あんたもやるじゃないか。俺と同じで出世は出来ないな。」
「・・・・・・首になったら責任取れよ。俺にも家族がいるんだ。」
沢尻は笑って頷き、「感謝する」と刀を振った。
「今日ここでアチェと会う事ににってる。」
「知っている。」
「あんたらも来るか?」
「当然だ。でないと何の為に上に背いたんだか。」
そう言って「さっさと降りろ」と顔をしかめた。
沢尻はまた吹き出しそうになり、刀を持ってジープを降りた。
周りにいた警官は一人もいなくなっており、機動隊も遠くの持ち場へ戻っていた。
「人払いか。ずいぶん慎重なんだな。」
「当たり前だ、聞かれていい話じゃないからな。」
東山は五人の部下を現場に残し、残りの六名の部下を引き連れて橋を渡って行った。
「早く来い。」
苛立った様子で呼ばれ、沢尻は橋へ向かって歩き出す。
もう二度と使うことはないと思っていた首狩り刀。忌まわしい武器を握りながら、緑川と早苗の事を思い浮かべる。
亀池山の向こうから、太陽の光が射し始めていた。
- 2016.02.27 Saturday
- 11:00
「お前を逮捕する。」
三崎に近づきながら、沢尻はそう言った。
「きっと下されるのは極刑だろう。今ここで死なずとも、いずれ死刑台へ送られる。」
「・・・・・・・・・・。」
「でもな、何でもかんでも捨てて逃げることだけは許さない。
お前は多くの人を殺し、愛する人まで捨てようとしてるんだ。この世とおさらばするのは、そういうものを全部受け止めてからの話だ。」
「・・・・でも・・・・どうせ死ぬなら・・・・・、」
「自分のやったことを自覚せずに、このまま死なせてたまるか!自殺ってのは究極の自己逃避だ!一番卑怯な逃げ方だ!俺はそんなことは許さない!だからお前を逮捕する。」
そう言ってもう一歩近づいた時、刀が動いた。
三崎の首に触れ、刃が喰い込む。タラリと血が流れて、足元に赤い滲みを作った。
「いいか三崎!ちゃんと前を見ろ!項垂れて目を逸らすんじゃなくて、目の前を見るんだ!もしお前が本気で前に歩こうとするなら、もしかしたら生き延びる希望があるかもしれない。」
「・・・・希望って・・・・そんなもん・・・・・、」
「ある!俺が証言してやる!お前は化け物に操られて、人を殺しただけだと!もちろん徹底的に捜査はする。
しかしその結果、お前が自分の意志で殺人を犯したんじゃないと証明されたら、俺はお前に味方してやる!
でもその為には、お前は生きなければいけない。ここで死んだら何もかも終わりなんだぞ!」
諭すように、叱るように、そして促すように語りかけると、三崎は唇を噛んで泣き始めた。
「・・・・・生きたい・・・・・死ぬなんて・・・・怖い・・・・・・。」
「ああ、そうだ。誰だって死ぬのは怖い。だから自殺なんてやめろ。そしてすぐにそこから逃げるんだ。でないと化け物に首を落とされるぞ。」
「・・・・無理だ・・・・・。ミノリからは逃げられない・・・・・。」
「たかが化け物にビビるな!俺がそんなもん撃ち殺してやる!でもお前がそこにいちゃ邪魔なんだよ!いつ弾が逸れてお前に当たるか分からない。だからさっさと逃げ・・・・、」
そう言いかけた時、三崎の首に当てられた刀が動いた。
沢尻は咄嗟に狙いを定め、刀に向かって銃を撃つ。
弾丸が刀を弾き、三崎の首からズレる。その時に彼の顔の横を掠めて、左の頬と耳が切り落とされた。
「あああああ!」
激しい痛みが襲い、血が溢れる。しかしもう一本の刀が襲って来て、三崎の首に振り下ろされた。
「いい加減にしろこの野郎!」
沢尻は叫びと共に引き金を引き、また刀を弾く。そして気配で敵の位置を探り、二発の銃弾をお見舞いした。
すると何もない空中で、敵の気配が動いた。
弾はかわされたようだが、敵は警戒して下がっていった。
その隙に三崎の元へ走り、「立て!」と引っ張った。
「ここにいたら死ぬ。早く外へ・・・・・、」
そう言って走り出そうとした時、大きな気配が迫っているのに気づいた。
咄嗟に身を屈めると、一瞬だけ大きな蝶の化け物が見えた。
「さっさと失せろ化け物が!」
腰からもう一丁の拳銃を抜き、狙いを定める。その時、『左上!』とアチェが叫んだ。
沢尻はすぐに狙いを定め、三発続けて発射した。
すると敵の気配はその動きを止め、地面へと落下していった。
「仕留めたか!?」
『まだよ!羽を撃っただけ。』
「充分だ。動きを封じれば後はどうとでも・・・・、」
『待って!撃っちゃダメ!』
「なぜだ!仕留めるなら今しか・・・・、」
『そんな簡単な相手じゃないわ!だって骨切り刀は、首狩り刀と同じように呪いを放つことが出来るから。下手に殺そうとしたら、逆にあんたが呪い殺される。』
『ならどうすればいい!このまま見逃せっていうのか!?』
沢尻はじれったそうに叫ぶ。するとアチェは『本気で私のパートナーになる気はある?』と尋ねた。
「なに?」
『だから本気で私のパートナーになって、墓場の主を目指す気はあるか聞いてるの。』
「今はそんなことを答えてる場合じゃ・・・・、」
『もし本気なら首狩り刀を貸してあげるわ。あれならミノリを殺せる。なぜなら骨切り刀が呪いを放ってきても、首狩り刀が守ってくれるから。』
「守る・・・?あの刀にはそんな力もあるのか?」
『もし骨切り刀が呪いを放てば、あんたは死ぬ。だけど首狩り刀を持っていれば、所有者を守る為にこっちも呪いを放つわ。』
「なるほど・・・・相殺できるってわけか。」
『その通り。ミノリを殺したいのなら、首狩り刀を使うしかないわ。』
「しかし・・・・、」
『迷ってる暇はないわ。すぐに答えて。』
「あの刀を・・・・・使えってのか・・・・。」
『そう、たくさん人を殺した刀をね。』
「・・・・しかしそれを使うってことは、俺も緑川と同じに・・・・、」
『でも私のパートナーになるっていうのは、そういうことよ。大勢の人間の死の上に、墓場の主が待ってるんだもの。だから本気かどうか尋ねてるの。』
アチェは沢尻の覚悟を問いかける。もしここで「NO」と答えるなら、この男はそれまでだと愛想を尽かすつもりだった。
『早くしないとミノリが動き出すわ。羽の傷を治そうとしてる。』
「・・・・あの刀は・・・・殺された人たちによって成り立ってるんだろう?」
『もう問いかけはいらないわ。後はあなたに任せる。必要なら貸すし、断るなら私は去るわ。でもそうなったら、あなたは確実にミノリに殺されるでしょうけどね。』
アチェはクスクス笑いながら手を広げ、『さあ、どっち?』と尋ねた。
『もう時間はないわ。どうするか決めて。』
「・・・・・・・・・・・。」
『首狩り刀を使うか?それとも断ってミノリに殺されるか?好きな方を選んで。』
「・・・・・・・・・・。」
『沢尻。』
「・・・・・・・・・・。」
『もう時間がない。ミノリが飛び立つ。』
「・・・・・・・・・・。」
『・・・・あ、そ。もういいわ。こんな優柔不断な男はゴメンだもの。後はどうぞお好きに。』
そう言って『バイバイ』と手を振り、どこかへ飛び去ろうとした。
「・・・・・使う・・・・。」
『ん?』
「・・・・首狩り刀を貸してくれ・・・・。ミノリを仕留める。」
沢尻は苦渋の決断を下す。それを聞いたアチェは『あは!』と喜んだ。
『じゃあ手を出して。』
「・・・・こうか。」
アチェは沢尻に近づき、自分の手を掲げる。するとどこからともなく首狩り刀が現れて、『はい』と渡した。
『刃渡りが一メートルくらいしかないけど、今のミノリなら殺せるわ。』
「・・・・こいつを・・・・緑川の凶器を使うことになるなんて・・・・。」
手にした刀を見つめ、さらに苦渋の色を浮かばせる。
首狩り刀は大きさの割に軽く、今までに握ったどんな武器よりも手に馴染んだ。
柄の部分には数珠繋ぎの髑髏が付いていて、だらりと垂れてとぐろを巻いていた。
『いい使い方を教えてあげる。その髑髏の部分を持って、鎖鎌みたいに振り回すの。そうすれば近づかなくても敵を倒せるわ。』
「・・・・緑川がそうやって使ってたのか・・・・・。」
『そうよ。あの子は武器の使い方がとっても上手。でもあなただってきっと出来るはずよ。さあ、すぐに仕留めて。』
沢尻は髑髏の部分を掴み、それと同時に顔をしかめた。
この髑髏は緑川に殺された人たちそのものであり、無念の叫びが響いているように感じられた。
しかしもう迷っている暇はなく、「アチェ、ミノリの正確な位置を教えてくれ」と言った。
『5メートルほど先に倒れてるわ。頭を上げて飛び立とうとしてる。』
「分かった・・・・。なら一撃で仕留めてやる。」
そう言って鎖鎌のように刀を振り回し、頭の中にミノリの位置を描いた。
沢尻は絶対に一撃で仕留めるつもりだった。
なぜならこんな呪われた武器は、一刻も早く手放したかったからだ。
「化け物め・・・・とっととこの世から消え失せろ!」
振り回した刀を、正確にミノリの位置に向かって投げる。
沢尻の目にミノリの姿は映っていないが、それでも投げた刀から手ごたえを感じた。
「やったか?」
『お見事、胴体が真っ二つよ!』
アチェの目にはミノリが映っている。
ミノリは胴体を切断され、苦しそうにもがきながら緑色の液体を流していた。
じっとその様子を眺めていると、やがてミノリは動かなくなった。
そして乾いた砂のように崩れて、そのまま消えてしまった。
『おめでとう!あなたの勝ちよ!』
アチェは手を叩き、合格の証とばかりに頬にキスをした。
「死んだのか・・・・?」
『うん、砂になって消えちゃった。』
「・・・・そうか・・・・よかった・・・・。」
首狩り刀を落とし、その場にへたりむ。
背中に汗が流れ、ピタリとシャツを張りつかせる。
そして三崎を振り返って、「化け物はくたばったよ」と笑いかけた。
「よかったな。」
「え?・・・・ああ・・・・・・、」
「もっと嬉しそうな顔をしろ。こうして生き延びたんだから。」
「でも・・・・・俺は死刑に・・・・・、」
「それはこれからの捜査次第だな。しかしこの証拠があれば、死刑台へ行く可能性は低いだろう。」
そう言って早苗のスマホを取り出し、「俺の元上司の映像がある」と振ってみせた。
「ここにはあいつの喋ってたことが全て映ってる。捜査を進めていけば、お前がミノリとあの馬鹿野郎に利用されてたことは証明出来るだろう。」
「・・・・・・あ・・・ありがとう・・・・。」
三崎は泣き崩れ、沢尻の前に頭を下げた。
「・・・・すいません・・・・俺・・・・早苗をほったらかして・・・・・、」
「その点に関しては許すことは出来なんな。後で奥歯がガタガタになるほど殴ってやるから覚悟しとけ。」
「・・・・・・はい。」
「それといくらあいつらに利用されてたとはいえ、お前のやったことは重罪だ。もし死刑にならなかったとしても、その罪が消えることはない。」
「・・・・・分かってます・・・・。罪はちゃんと償うつもりです・・・・・。」
「ならいい。後は法の裁きに委ねるしかない。」
そう言って立ち上がり、ポンと肩を叩いた。
「いつまでも俯いてるな。自分の足で立て。」
「はい・・・・・。」
三崎はグスグスと泣きながら立ち上がる。沢尻はもう一度肩を叩き、「もうじき警察が来る」と言った。
「お前は連行され、自分の行いを徹底的に追及されるだろう。・・・・かなりキツイぞ、覚悟しておけ。」
そう言われて、三崎は無言で頷く。
それを見た沢尻も頷きを返し、足元の首狩り刀に目をやった。
「こんな恐ろしいものを使っちまうなんて・・・・・最悪の日だ。」
そう言って拾い上げようとした時、ふとあることに気づいた。
首狩り刀を拾い、鋭い目でじっと見つめる。
「アチェ。」
低い声で呼びかけると、『なあに?』と返事をした。
「お前・・・・・俺を騙したな。」
『騙すって何が?』
「惚けるな。お前はこう言ったじゃないか。ミノリを殺そうとしたら、骨切り刀が呪いを放って来ると。」
『うん、言ったわよ。』
「しかしミノリにトドメを刺そうとした時、骨切り刀は呪いなんて放って来なかった。これはどういうことだ?」
そう言って、アチェに首狩り刀を向けた。
「骨切り刀が呪いを放つなんて嘘だったんだろう!お前は俺にこの刀を使わせる為に、そんな嘘をついたんだ!違うか?」
『ええ、その通りよ。』
アチェはあっけらかんと答える。沢尻は首狩り刀を握りしめ、怒り手を震わせた。
「お前はどこまで人を試せば気がすむんだ!そんな嘘をついてまで、俺に刀を使わせて何がしたい!」
『もちろん決まってるわ。あなたが本当に私のパートナーに相応しいかどうか試す為よ。』
そう言って沢尻の目の前に舞い降り、嬉しそうに笑った。
『騙したことは謝るわ。でもそのおかげで、あなたの心を見抜くことが出来た。』
「俺の心だと?」
『私はね、ずっと前からあなたと緑川は似てると思ってた。でもあなたは正義感の強い刑事で、決して悪に手を染めようとしない。』
「当たり前だ。その悪を捕まえるのが俺の仕事だ。」
『だから騙したのよ。こういうどうしようもない状況に置かれた時、果たしてあなたは首狩り刀を使うのか?
以前「向こう」へ行った時は意地でも使わなかったけど、でも今回は使った。それはあなたの心が変わりつつあるってことよ。』
「俺が・・・・変わる?」
『緑川を追いかけていくうちに、あなたは変わり始めた。今までみたいに正義感を振りかざしてるだけじゃ、決して彼に手が届かないと気づき始めた。
だからもう一度私をパートナーに誘ったのよ。』
「なら・・・・俺と緑川が同類であるか見抜く為に騙したってのか?」
『そういうことね。あなたの正義感は揺らぎ、首狩り刀を使ってでもこの場を切り抜けようとした。
そして一旦崩れ始めた信念というのは、あっさりと崩壊していくわ。だから・・・・今のあなたなら私のパートナーに相応しい。』
そう言って首狩り刀をつつき、『これはもうあなたの物よ』と微笑んだ。
『もちろん本当の所有者は私だけど、二番目はあなた。緑川は・・・・・もうお払い箱よ。』
「ならあいつとは縁を切るってわけだな?」
『そういうことね。今のパートナーは・・・・あなたよ。』
それを聞いた沢尻は、嬉しそうに笑った。
「アチェとこの刀がないなら、充分に捕まえられる。今度は・・・・・アイツが追い詰められる番だ。」
そう言ってニヤリと笑う。その目には、今までの彼にはない殺気が宿っていた。
『そうそう、そうやってどんどん崩れていってちょうだい。そして墓場の主まで辿り着いて。』
「ああ、その事なんだけどな・・・・、」
沢尻は後ろを振り返り、ミノリがいた場所を睨んだ。
「あいつが最後の敵だったんだろ?その・・・・墓場の主になる為の。」
『そうよ。』
「だったらもう戦う必要はないんじゃないか?もう俺たちに敵はいないんだ。以前にお前が言っていたケントとやらに会いに行けば、それで目的は達成だと思うんだが?」
『ああ、なるほど。そこまで見越して首狩り刀を使ったと言いたいわけね?』
「当然だ。こんな恐ろしい物を使うのは、一度で充分だ。」
そう言って首狩り刀を下ろし、「別に俺の信念が崩れたわけじゃない」と睨んだ。
「俺があんな奴と同類だなんて有り得ない。緑川は確かに手強い敵だが、それでもあいつを追いかけるのは、俺の胸に正義があるからだ。
それが崩れてしまったら、そもそもあいつを追いかけようとはしない。」
『一理あるわね。でも残念ながら、あなたは気づいてないだけ。自分が変わりつつあることを。』
アチェは顔を近づけ、『その目には今までにない殺気が宿ってるわ』と笑った。
『それにね、まだ戦いは終わらない。』
「なぜだ?ミノリはもう倒したんだぞ。」
『ええ、でもまだ残ってる。』
「なに?」
『ミノリは分裂出来るのよ。今倒したのは分体のほうね。本体は別にいるわ。』
「・・・・・・・・。」
『相手は人間じゃないのよ?あなたの常識なんて通用しないわ。』
沢尻は愕然とした。首狩り刀を使うのは一回切りだと思っていたのに、まだこれを使って戦わなければいけないのかと思うと、胸の中が暗く沈んだ。
『さて、そろそろこの場所から離れましょうか。じゃないと本体が来ちゃうわ。』
「本物がここへ来るってのか?だったらちょうどいい。そいつも今ここで・・・・、」
『ダメ。本体はすんごく強いのよ。』
「ならあの刀だけでも回収を・・・・、」
そう言って骨切り刀を睨んだ時、『馬鹿ね』と言われた。
『ミノリの本体がここへ来るのは、骨切り刀を取り返す為よ。もしあんたがアレを持ってたら、それこそミノリに襲われることになるわ。』
「むしろ好都合じゃないか。どうせ戦う相手なんだろ?それがわざわざ向こうから来てくれるんだ。見逃す手はない。」
『それはミノリを知らないから言えることよ。近くに猛獣が迫ってるのに、逃げない人間がいたらどう思う?ただの無謀だって馬鹿にされるわ。』
「しかしこっちには首狩り刀が・・・・・、」
『まだ小さいわ。もっと首を落として大きくしないと。』
「おい!言っておくがな、俺は人の首を落とすなんてことは絶対に・・・・・、」
『いいから逃げるわよ。今あんたに死なれちゃ困るのよ。』
「なぜだ!?俺を切っても緑川がいるだろう?奴とヨリを戻せば済む話じゃないのか?」
『・・・・・詳しいことは後で話すわ。』
そう言って蛾の化け物に変身し、沢尻を抱え上げた。
「おい!」
『大人しくしてて。それとそこのあんた、死にたくないならすぐにここを出なさい。』
そう言われた三崎は、何がなんだか分からないという風に立ち尽くしていた。
『ああ、ごめん。・・・・ほら、これで姿が見えるでしょ?』
「あ・・・・うあわあああああ!またミノリが・・・・、」
『私はミノリじゃない。いいから逃げなさい。じゃないと本当にミノリに殺されるわよ。』
アチェは沢尻を抱えたまま飛んで行く。三崎はわけが分からずにうろたえていたが、とりあえず沢尻の後を追いかけた。
工場の入り口には偽の刑事を演じた青年が立っていて、彼も口を開けて固まっていた。
「おいお前!逃げろ!」
沢尻に促され、青年も外へ駆け出して行く。
そして全員が外へ逃げると、遠くからパトカーの音が響いてきた。
それと同時に工場の中から凄まじい殺気が溢れてきて、アチェ以外の全員が背筋を凍らせた。
「こ・・・・これが・・・・・ミノリの気配・・・・。」
地面に降ろされた沢尻は、思わず後ずさる。
凄まじい悪寒が襲い、全身を冷や汗で濡らした。
「これは・・・・あの時に感じた・・・・・、」
沢尻は警察署での出来事を思い出す。
あの時感じた凄まじい悪寒と、今感じているこの悪寒はまったく同じものだった。
「これは・・・・確かに緑川以上かもしれない・・・・・。」
何度も唾を飲み、「逃げるぞ!」と工場から駆け出していく。
そしてこちらに迫って来るパトカーに向かって、「引き返せ!」と手を振った。
「今来たら全員殺されて・・・・・、」
『大丈夫、もう去ったわ。』
「え?もう・・・・、」
工場を振り返ると、背筋を凍らせるような悪寒は消えていた。
『武器を回収しに来ただけだからね。さっさと帰ってくれたみたい。』
「なら・・・・もし追いかけられていたら・・・・・、」
『ヤバかったわね。まあ私はさっさと逃げるからいいけど、あんた達は死んでたでしょうね。』
「・・・・・・・・・・。」
冷や汗が流れ、このまま凍りついてしまんじゃないかと思うほど、肝が冷えていった。
それは三崎と青年も同様で、青い顔をしたまま固まっていた。
『ねえ沢尻。私はいったん「向こう」へ帰る。』
「あ・・・・ああ。」
『明日亀池山の麓に来て。そして橋を渡って右側に曲がるの。柵で囲まれた墓地があるから、そこで待ち合わせしましょ。』
そう言って宙へ羽ばたき、『くれぐれもお寺がある左側へ行っちゃダメよ』と忠告した。
「アチェ!この刀は・・・・、」
首狩り刀を掲げると、『預けとくわ』と答えた。
『その刀はあなたの物よ。好きに使って。』
そう言い残し、遥か遠くへと飛び去っていった。
「・・・・こんなもんを預かれって・・・・どうすりゃいいんだよ・・・・。」
手にした刀を睨み、戸惑いの色を浮かばせる。
遠くからやって来るパトカーが、赤いアンプを灯しながら工場を取り囲んでいった。
重機を組み立てる大きな工場の一角が、血に染まっていた。
辺りにはおびただしい数の死体が転がり、そのどれもが首がない。
胴体から切り離された首は、一人の人間によって一か所に集められていた。
大きなポンプの水の中に、全ての首を沈めていた。
透明な水は赤く染まり、プカプカと人の頭が浮いている。
そのポンプの前には一人の青年が立っていて、虚ろな目でそれを見つめていた。
そして彼の脇には一組の老夫婦がいて、手足をガムテープで縛られていた。
青年はその手に大きな刀を持っていて、それを老夫婦に向けた。
首狩り刀によく似た刀で、先端に向かって刀身が広くなっている。
刃は鋭いが、峰は歪に欠けている。
柄は荒縄が巻いてあり、その先には丸い石が付いていた。
青年はその石を回し、柄の部分から取り外す。
すると刀は左右に分かれていき、二本の刀に分離した。
二本に分かれた刀を左右の手に持ち、それを老夫婦の首に当てる。
そしてゆっくりと刃を食い込ませると、首からタラリと血が流れた。
「やめて・・・・・。」
妻の方が泣きながら懇願する。夫の方も、「信!」と息子の名を叫んだ。
「なんでこんな事をする!?不満があるなら言え!」
薄くなった頭に汗を滲ませながら、息子を睨む。
「お前おかしいぞ!何が不満なんだ?言ってみろ!」
そう叫ぶと、さらに刀が喰い込んだ。
「・・・・何がしたいんだお前は・・・・。ロクに働かず、跡を継ぐ気もなく、小遣いだけせびりやがって・・・・。」
恐怖に慄きながらも、息子に対する不満をぶちまける。
するとその息子の隣に、蝶と人を混ぜたような化け物が現れた。
まるで妖精のように小さいが、その目は悪魔のように冷酷だった。
「ま・・・・また出た・・・・・。」
夫は息を飲み、「お前が来てから!」と叫んだ。
「お前が信に付き纏うようになってから、コイツはさらにおかしくなった!昔っからどうしようもないバカ息子だったが、人を傷つけるような真似だけはしなかった。それが・・・・、」
そう言って首の無い死体を見つめ、悔しそうに歯を食いしばった。
「みんな・・・長くウチで働いてくれた奴だったのに・・・・。まるでボロクズみたいにしやがって・・・・。腕を解け!猟銃で頭をぶっ飛ばしてやる!」
激しい怒りを滲ませて、蝶の化け物を罵る。
するとその瞬間、首に食い込んでいた刀が動いた。
音もなく肉を切り裂き、頸椎を切断する。
そしてそのまま振り抜いて、豆腐でも切るように首を落としてしまった。
「嫌あああああああああ!!」
妻がこの世の終わりのような顔で叫ぶ。そして一瞬遅れてから、夫の後を追うことになった。
胴体から首が切り離され、夫の膝の上に落ちる。
そしてコロコロと転がって、青年の足元で止まった。
「・・・・・・・・・・・。」
しばらく両親の頭を見ていた青年は、おもむろに膝をついた。
そして二つの頭を抱え、ポンプの中に放り込んだ。
『上出来。』
蝶の化け物はニコリと笑い、『ん?』と手を差し出す。
青年は二つの刀を渡し、その場にへたりこんだ。
『何か言い残すことは?』
「・・・・・無い。」
『そう?死んでからじゃ何も言えないけどいいの?』
「・・・・・じゃあ・・・・一つだけ。」
『うん。』
「・・・・早苗に・・・・・愛してたって伝えてくれ・・・・。」
『ああ、君の婚約者ね。』
「・・・・逃げて悪かった・・・。でも本当は一緒になりたかった・・・・・。早苗と、生まれて来る子供と、三人で暮らしてみたかった・・・・。」
『分かった。もし会うことがあったら伝えておく。だから安らかに眠って。』
そう言ってニコリと微笑んだかと思うと、急にえづき出した。
そして大きく口を開け、中から人間ほどもある大きな繭を吐き出した。
繭はじっと佇んでいたが、やがて中から人が出て来る。
まず最初に手が突き出し、繭を毟る。そして次に頭が現れて、ズルズルと這い出してきた。
「いやはや・・・・何度やっても慣れんな。」
そう言って出て来たのは、白髪混じりの中年の男だった。
手をついて立ち上がり、身体についた繭を鬱陶しそうに払う。
そして後ろを振り返り、「おう」と手を挙げた。
「ミノリ、どうだ?上手くいったか?」
『まあね。たくさん首を落としたから、上手く力が弱まってくれたみたい。』
「そりゃよかった。放っておくとどこまでも伸びるからな。使いづらくて困る。」
『わざわざ人間の首を落とさなくても、UMAや妖怪のでもいいんだよ?どうしてリスクのある方を選ぶの?』
「いや、なに・・・・。だんだんと自分の職場に嫌気がさしてきてな。どうせもうじき首になるんだし、警察の仕事を増やして腹いせをだな。」
『相変わらず陰湿な性格。』
ミノリと呼ばれた化け物はクスクスと笑う。
『でもその服装はちょっとマズイんじゃない。警察の制服ってのはさ。』
「ああ、急いで飛び出してきたからな。ここで一仕事終えたら、この拳銃を沢尻に渡さないとイカン。」
そう言って腰の拳銃に触れ、「あいつがコレを欲しがってんだ」と顔をしかめた。
「どうやらまた「向こう」へ行くつもりらしい。どんな手を使うつもりか知らんが、身内なんで情報が筒抜けだよ。」
『その沢尻って人、まさか自分の上司がUMAと手を組んでるだなんて思わないでしょうね。』
「ああ。バレたら俺は殺されるよ。」
『そうかもね。アンタってクズみたいな男だから。百回くらい死んだ方がいいかも。』
「そんなクズを選んだのはお前だ。今さら文句を言うな。」
そう言って青年に向き直り、「おお、お前か」と笑った。
「大層暴れ回ってくれたな。」
周りに転がる死体を見渡し、「自分の親まで手にかけるなんてなあ」と笑った。
「・・・・・・・・・・。」
「顔を合わすのは初めてだが、お前のことはミノリから聞いてるよ。なんでも女を孕ませて、結婚を迫られたんだってな?」
「・・・・・・・・・・。」
「一人前の男になるって約束しときながら、いつまで経ってもガキのまんまなんだって?
ミノリに利用されてなかったとしても、いつか人を殺してたんじゃないのか?」
そう言って自分の首をトントンと叩き、「まだミノリの毒は効いてるんだろ?」と尋ねた。
『そのはずよ。私の毒で神経を侵されて、冷静な判断は出来なくなってる。いつだって催眠に掛ってるような状態よ。』
「そうか、それなら殺人でもなんでもするわな。」
課長はミノリに手を差し出し、刀を受け取る。
「こいつは骨切り刀と言ってな。どんなに硬いもんでもスパっと切っちまう。」
そう言って、近くにあったキャタピラを睨んだ。
そこへ目掛けて刀を振り下ろすと、まるで豆腐のように簡単に切断してしまった。
「金属でもこんな風に切断出来る。でもたった一つだけ弱点があってなあ・・・・。」
ポンポンと刀の峰を叩きながら、「放っとくとどこまでもデカくなっちまう。それも樹木みたいに枝分かれしてな」と言った。
「そうなると錆びたように腐っちまって、使い物にならん。だから定期的に化け物か人間の首を落とさないといけないんだが・・・・まあこんな事は説明しなくても知ってるか。」
可笑しそうに笑い、骨切り刀を突きつける。
「世間じゃ死神の話題で大騒ぎだ。でもそのおかげで、こっちは楽に動ける。みんなの目が向こうに向いてるんだ。どうせこの件も死神のせいにされるさ。」
嫌味な笑みを浮かべ、「まあどっちにしろ、やったのは俺じゃない。お前とお前の仲間だ」と言った
「俺の指示通り、仲間を警察署で暴れさせてくれたな。これで今のトップどもは大きな失態を犯したことになる。また近いうちに交代があるだろう。」
『・・・・・・・・・・。』
「まったく・・・・いつまで経っても俺を署長にせんからこんな事になる。あんなバカを署長に据えておくなんて、上の連中は頭が腐ってんだ。」
『・・・・・・・・・・。』
「それに沢尻なんて厄介な部下もいやがる。いったいアイツのせいでどれほど尻ぬぐいをさせられたか。しかしまあ・・・・優秀な奴であることに間違いはない。
その分俺の手柄にもさせてもらったが、やはりこれ以上は邪魔だ。あいつにも消えてもらわんとな。」
腰の拳銃に触れ、「撃てば暴発するようになってる」とほくそえんだ。
「おそらくコイツを使って、ドッペルゲンガーになった高畑の嫁を味方にするつもりなんだろう。
この銃なら、高畑の嫁は恐怖を覚えるはずだ。だから言う事を聞けと脅すつもりなんだろう。
しかし問題なのは、どうやってドッペルゲンガーに会うのかってことだ。その方法が分かれば邪魔出来るんだが、まあ・・・・銃が暴発してくれればどっちにしろ奴は死ぬ。」
『・・・・・・・・・・。』
「長々と講釈を垂れても仕方ないな。お前には関係のないことだし。」
そう言って三崎の首に刀を当て、「毒に神経を侵されたまま死ぬなんて・・・・哀れだな」と笑った。
「もしミノリに目を付けられていなければ、もう少しマシな人生を歩んでいたかもしれん。まあ残念だったと諦めてくれ。」
『・・・・・・・・・・・。』
「・・・・・・・・・・・。」
『・・・・・・・・・・・。』
「・・・・どうしたミノリ?さっきからずっと黙ってるが?」
『え?』
「え?じゃないだろう。なんでそんな神妙な顔で黙ってる?」
『ああ、気づかないのかなと思って。』
「気づかない?何をだ?」
『だから後ろ。さっきからずっとこっちに銃を向けてるんだけど。』
そう言われて、課長は慌てて振り返った。そしてそこにいる人物を見て、「なんで・・・・?」」と後ずさった。
「・・・・・沢尻・・・・どうしてここに?」
「さあね。ただ話は全て聞かせてもらった。証拠もあるぞ。」
沢尻は片手に拳銃を握り、片手に早苗のスマホを握っていた。
「これ、便利なもんだな。動画も撮れるなんて。」
「お・・・・お前・・・・・、」
「指紋式のロックが掛ってるんだが、カメラは起動出来るみたいだ。」
そう言って録画を終了させ、「さあ、投降してもらおうか?」と銃を向けた。
「お前は別の場所へ向かったはずじゃないのか!?」
「いや、元々ここへ来るつもりだった。コイツが偽の刑事だって分かってたからな。」
隣に立つ青年を見つめ、「な?」と笑いかける。
「あんたはビックリしただろうな。事件はここで起きてるはずなのに、コイツがいきなり現れて、別の場所を伝えたんだから。」
「ああ・・・いや・・・・、」
「しかしあんたは止めなかった。俺がいなくなるなら、それに越したことはないからな。」
「待て・・・・。これには事情が・・・・・、」
「事情?何の事情だ?」
「いや・・・・俺は何もしてない!全部この小僧がやったんだ!」
そう言って三崎に刀を向ける。
「ああ、そいつは随分とやってくれたようだな。工場の人間だけじゃなく、外で監視していた刑事まで殺されてる。この銃はそいつらのもんだよ。」
手にした拳銃を振ってみせ、一歩近づいた。
「う・・・撃つ気か?」
「抵抗するならな。」
「いや、抵抗はしない。それにお前は誤解してるんだ。俺は何もしていないんだから。」
「ほう、何もしてないか。」
「そうだ・・・。全部この小僧がやったことだ。俺は知らん!」
「しかし高畑さんの拳銃を暴発させて、俺を殺すつもりだったんだろう?」
「ち・・・・違う!」
「何が違うんだ?はっきりそう言ってたじゃないか。」
「あれはただの愚痴だ!俺だってお前のせいで色々溜まってるんだ!だから出来ることなら、殺してやりたいという意味でだな・・・・、」
「ならその拳銃を寄こせ。」
「こ・・・・断る!」
「どうして?」
「この銃は証拠として保管してあったもんだ。一刑事に渡すようなものではない!」
「ああ、そうかい。俺に渡すって約束したのにか?」
「気が変わった。俺たちのやろうとしていることは、あまりにルールからかけ離れてる。やはりこういうのは良くない。」
「はは!今さらルールを持ち出すのか?」
馬鹿にしたように笑い、さらに一歩近づく。
「よ・・・寄るな!」
「お前を逮捕する。」
「はあ?ふざけるな!俺はお前の上司だぞ!」
「上司だろうと何だろうと、犯罪者は犯罪者だ。」
そう言ってさらに近づき、「刀を捨てろ」と促した。
「両手に持ってる刀を置くんだ。」
「断る!お前が先に銃を下げろ!」
「どう足掻いたって言い逃れできない。ここに証拠があるんだからな。」
スマホが入ったポケットを叩き、「抵抗するなら本当に撃つぞ?」と目に殺気を宿らせた。
「いいか、今すぐ刀を置け。従わないのなら、抵抗する意志があると見なして撃つ。」
真上に拳銃を向けて威嚇射撃をする。銃口が火を吹き、乾いた音がこだました。
「待て!」
「さっさと刀を捨てろ!」
「わ・・・・分かった。」
慌てて足元に刀を置き、両手を挙げる。
「これでいいか?」
「いいや、まだだ。」
「もう武器は持ってないぞ。」
「武器より恐ろしいものを持ってるだろう。」
「な・・・何がだ?」
「その刀の本当の持ち主だよ。傍にいるんだろう?」
そう言われて、課長は途端に焦り始めた。
「な・・・何を言ってるんだ・・・・?これはこの小僧の刀で・・・・、」
「惚けるな!そいつは人間が作った武器じゃないだろう!どこの世界にキャタピラを切断できる刀があるってんだ!」
沢尻は真っ二つになったキャタピラを睨み、「ゴリラが名刀を使ったってそんな芸当は出来ない」と言った。
「そいつは化け物の刀だ。緑川の首狩り刀と同じような武器だ。」
「な・・・・なんだその言い方は!?俺があんな殺人鬼と同じだと・・・・、」
「一緒だ。お前は化け物からその刀を受け取り、そして「向こう」で戦っていたんだろう?」
「ち・・・・違う!妄言もいいところだ!」
「いいや、何も違わない。お前は化け物と手を組み、その刀を手に入れた。そして三崎をそそのかして、署内での殺人を指示したんだ。」
「違う!でまかせを言うな!」
「もし今捕まったら、お前は一連の連続殺人の犯人に仕立て上げられるかもしれないな。」
「な・・・・何を言ってる・・・・・?」
「警察は焦ってる。とにかく星を挙げて、この件に終止符を打ちたいんだ。だから・・・・お前をスケープゴートにするかもしれない。」
「馬鹿な・・・・。もし仮に・・・・仮にだが、俺が犯人だったとしても、そんなことは有り得ない。お前も警察の体質はよく知ってるだろう?
身内が犯人ともなれば、そんなものを公表するわけが・・・・、」
「だったらこの映像をばら撒く。」
そう言ってポケットのスマホを叩いた。
「今は便利な時代だ。あっという前にこの映像を拡散出来る。そうなりゃ警察も認めざるを得ないだろう。」
「・・・・ふざけるな・・・・誰がそんなことをさせるか・・・・。」
「顔が怒ってきたな?化け物に頼んで俺を殺させるか?」
「・・・・いい加減にしろよお前・・・・・あまり調子に乗るとタダじゃ済まさん・・・・・、」
「ミノリ。」
「は・・・・・?」
「お前に付いてる化け物、ミノリって蝶の化け物だろう?」
「・・・・・・・・・・。」
課長は口を開けて固まる。小刻みに唇が震え、ゴクリと唾を飲む音が聞こえた。
「・・・・お前・・・・どこまで知ってるんだ?」
「さあな。しかしもうくっちゃべるのはお終いだ。とっと化け物と手を切れ。墓場の主は放棄すると宣言するんだ。そうすれば化け物は離れていく。」
「・・・・・・・・・・・。」
「これ以上抵抗しても良い事はないぞ?」
「・・・・・けいだ・・・・・。」
「何?」
「・・・・ここで捕まったら、どうせ死刑だ・・・・。いや、そんなことになるものか・・・・。必ず逃げ切ってみせる。しかし今までの生活は戻って来ないだろう・・・・・。
この歳で・・・・・ゴミ箱でも漁りながら・・・・惨めに生きていくだけだ・・・・。そんなもん・・・・死刑となんら変わりない・・・・。」
課長はブツブツと呟き、「これはますます墓場の主になるしかなくなった」と顔を上げた。
「沢尻よ、悪いがお前にはここで死んでもらう。」
そう言って何もない空中を睨み、「ミノリ!」と叫んだ。
「沢尻を殺せ!」
「おい!もうこれ以上は・・・・、」
「さっさと殺すんだ!こいつさえいなくなれば、後は緑川だけだ!」
鬼のような形相で叫び、捨てた刀を拾う。
「こいつでバッサリとやってくれ!」
「お前はどこまで自分のことだけを・・・・、」
「うるさい黙れ!お前に俺の気持ちが分かってたまるか!」
怒号のように喚き、「早くしろ!」と急かした。
「緑川なんぞ、俺とお前がいれば楽勝だ!だから早く沢尻を・・・・、」
そう言いかけた時、手にした刀がふわりと宙に浮いた。
そして課長の頭上に舞い上がり、沢尻の方へ向いた。
「そうだ!あいつを殺せ!」
「・・・・・無駄だ。俺を殺そうとすれば撃つ!」
沢尻は刀に銃を向け、「そこにいるのは分かってるんだ!」と警告した。
「化け物にも銃が効くことは知っている!ドッペルゲンガーみたいな影の化け物じゃなければ、銃弾が通るはずだ!」
「やれ!殺せ!」
「動くな!撃つぞ!」
二人の声が重なり合い、それと同時に刀が動いた。
沢尻は五感を集中させ、相手の気配を探る。そして狙いを定めて発砲した。
しかし銃弾は刀に弾かれ、硬い音を響かせて火花を散らす。
「クソ!」
再び狙いを定め、引き金を引く。
すると刀はクルリと一回転して、先端を180度反転させた。
そしてそのまま刃を振り抜き、課長の首を切り落とした。
「なッ・・・・・・、」
課長は短く悲鳴を上げ、カッと目を見開く。
そしてゆっくりと頭が落ちていき、自分の身体から離れていく様子を眺めた。
「・・・・・・・・・・。」
沢尻は呆気に取られ、その光景に見入っていた。
落ちた頭がこちらを向き、数回まばたきを繰り返す。
そして陸に打ち上げられた魚のように、パクパクと口を動かした。
しかしそれもほんの数秒のことで、すぐに動かなくなってしまった。
沢尻は課長の頭に目を奪われたまま、しばらく動くことが出来なかった。
しかしまだ刀が動いているのに気づき、咄嗟に銃を向けた。
「出て来い!姿を見せろ!」
威勢良く言ったものの、その声はうわずっていた。
宙に浮く刀は地面へと下りていき、もう一つの刀もふわりと舞い上がった。
「おい!刀を捨てろ!」
そう警告するも、刀は止まらない。そして三崎の首元に当てられた。
「逃げろ!殺されるぞ!」
沢尻はまた銃を撃つ。しかし弾は後ろの壁に当たって、硬い音を響かせただけだった。
三崎はゆっくりと立ち上がり、ポンプの中に浮いた人の首を見つめる。
その目は虚ろで、ここではないどこかを見ているかのようだった。
「・・・・・俺が死ねばよかったんだ・・・・・。」
「何?」
「あの時・・・・・兄ちゃんが死んだ・・・・。でも俺が死んだ方が、みんな幸せだったんだろうな・・・・。」
ポンプの水に手を入れ、ゆっくりとかき混ぜる。
透明な水の中に赤い血が混ざり、コーヒーにミルクを垂らしたように渦を描いていく。
「子供の頃さ・・・・家の庭で兄ちゃんが死んだんだよ・・・・。ビニールのプールの中で溺れてさ・・・・・。
でもそれって・・・・俺のせいなんだよ・・・・。水に潜った兄ちゃんの上に、面白半分で乗っかったんだ・・・・。
兄ちゃんは本気で溺れてたのに・・・・俺は喜んでると思って降りようとはしなかった・・・・・。」
ポツポツと自分のことを語り始め、さらに水をかき混ぜる。
中に浮いた両親の頭が、クルクルと水風船のように回った。
「そのうち兄ちゃんは動かなくなって、その時に初めて溺れてるってことに気づいたんだ・・・・・。でも俺は怖くなって逃げた・・・・。
すぐにお父さんが見つけて、人工呼吸をしたよ・・・・。病院に運ばれたけど、そのまま死んじゃった・・・・。」
水をかき混ぜながら、そこにあの時のプールを思い浮かべるように目を細めた。
「お父さんは発狂してたよ・・・・。だって兄ちゃんのことを一番可愛がってたから。きちんと育てて、跡取りにするつもりだったんだ・・・・。
でも俺が台無しにしたから・・・・すごい怒ってた・・・・。このまま殺されるんじゃないかって思うくらいに、何度も殴られたよ。」
そう言って水をかき混ぜる手を止め、クルクルと回る頭を睨んだ。
「散々殴られた後に、お父さんはこう言ったよ・・・・。『お前が死ねばよかったんだ』って。・・・・あれは間違いなく本心だと思う。
いつもは優しいお母さんも、あの時は一緒に俺を罵った・・・・。だから・・・・俺は生きてちゃいけないんだろうなあって・・・・。
もし死んだのが俺で、生きてるのが兄ちゃんだったら、お父さんもお母さんも、あそこまで悲しまなかったと思う。だからやっぱり・・・・死ぬしかないんだよ・・・・。」
血が混じった水を睨み、そこへ首を伸ばす。そして水を睨んだまま、「ミノリ」と言った。
「もういいよ、やってくれ。」
全てを諦めたような力の無い声だった。すると宙に浮かぶ二つの刀が、ハサミのように三崎を挟んだ。
「やめろ!」
沢尻は銃を向けるが、三崎は「いいよ、もう・・・・」と呟いた。
「・・・・早苗に言っといてよ・・・・。結婚出来なくてごめん・・・・逃げてごめんて・・・・・。」
「ふざけるな!そんなもんを父親の口から言わせる気か!?テメエの口で伝えろ!」
「でも・・・・もう俺は死ぬから・・・・、」
「そんなことはさせない!お前は俺が逮捕する。死んで逃げるなんて絶対に許さない!」
沢尻は銃を構えたまま歩き出す。しかし刀がこちらを向いて、それ以上近づくなと威嚇した。
「・・・・三崎よ。お前の過去に何があり、どういうものを背負ってるのか、俺には分からん。いや・・・・誰だって、他人の深い部分までは理解出来ない。」
銃を向けたまま、諭すように語りかける。
三崎は水を見つめたまま、顔を上げようとはしなかった。
「しかしな、早苗から逃げることは許さんぞ!過去に何があろうと、お前は俺の娘を孕ませたんだ!そしてあいつは絶対に子供を産むと言っている!その事から目を逸らすことだけは許さない!」
そう言ってまた一歩近づき、三崎の横顔を見据えた。
「お前はこれから死のうってのに、早苗に対してだけは申し訳ないと思ってるんだろう?なら生まれて来る子供に対しても、申し訳ないと思え。法の裁きを受けて、自分の犯した罪を受け止めろ。」
「・・・・・無理だよ・・・・もう・・・・・、」
「貴様にそれを決める権利はない!何でもかんでも逃げ出すようなクズが・・・・・今度は命まで捨てて逃げ出そうってのか!いつまでガキんちょのままでいたいんだ!」
沢尻の怒号は稲妻のように響き渡る。三崎はほんの少しだけ首を動かし、沢尻を見つめた。
「いつまでもそうやって項垂れてるな!顔を上げろ!ちゃんとこっちを見ろ!」
突き刺すような言葉が貫き、三崎はゆっくりと背筋を伸ばす。
沢尻はもう一歩近づき、「お前を逮捕する」と言った。
- 2016.02.25 Thursday
- 11:53
「同一人物じゃない!?どういうことですか?」
沢尻は叫んでいた。課長のデスクの前に立ち、身を乗り出すようにして机を叩いた。
自宅のマンションでアチェに襲われ、早苗を連れ去られてからすぐに署へやって来た。
しかし署へやって来るなり、課長は「アテが外れたぞ」と言い放った。
「あの血痕は緑川のものじゃなかった。」
「いや、あれは緑川のもんじゃありませんよ。あの血は・・・・、」
「三崎信のものだと言いたいんだろう?しかし奴のものでもなかった。」
そう言って缶コーヒーのプルタブを開け、ズズッとすすった。
「お前に言われて太陽ひまわり産機という会社を調べたんだ。そしてそこの社長の息子である、三崎信についても調べてみた。そしたらまあ・・・・かなりやんちゃなガキみたいだな。」
「ええ、クズみたいな奴ですよ。闇金とも繋がりがあったみたいで。」
「まあ本来なら令状なしに捜索なんて出来んのだが、事が事だからな。もし三崎が警察署を襲った黒幕だったとしたら、見逃すわけにはいかん。
だからちょっと強引な方法で、奴の血を取らせてもらった。」
「血を取るって・・・・押さえつけて注射でも刺したんで?」
「いいや、強面の警官に頼んでな、チンピラの振りをして喧嘩を吹っ掛けてもらった。それでまあ・・・・鼻づらに一発だな・・・・、」
「殴ったんですか?」
「おかげで採血出来たよ。」
「あんたもかなり無茶しますね。バレたらエラいことですよ。」
「そんな事言いながら、顔がゆるんでるぞ。」
「まあ・・・あんなクズのせいで、早苗はえらく苦しんでるんだ。俺なら骨の一本は折ってますね。」
「それこそやり過ぎだ。」
そう言って指をさし、「あいつは早苗ちゃんの婚約者なんだってな?」と肩を竦めた。
「ええ、でもその婚約も破棄されましたがね。」
「そうなのか?」
「実は・・・・・・、」
沢尻はマンションに帰ってからの経緯を説明した。アチェが現れたこと、そして早苗が連れ去られたことも。
「早苗ちゃんが・・・・・・。」
課長は神妙な顔で呟く。沢尻は「俺のミスです」と項垂れた。
「あの子の気持ちも考えずに、強引に説得しようとしたもんでね。そのせいで外に走って行っちまって・・・・・、」
「いや、お前のせいではないだろう。おそらく緑川は、元々早苗ちゃんに目を付けていたはずだ。」
「やっぱりそう思いますか?」
「多分緑川は、お前のことを脅威に感じているんだろう。今までの奴の行動を考えれば、それは明らかだ。」
「路地裏での襲撃や、アパートでの襲撃のことですね?」
「お前を取るに足らない相手だと思ってるなら、こんな事はせんだろう。早苗ちゃんをさらったのは、どうにかしてお前を仕留める為だ。」
「人質ですか・・・・?」
「ただの人質ではなくて、お前を苦しめる為に最大限利用するだろう。早く見つけ出さないと、早苗ちゃんだけでなくお腹の子供も・・・・、」
「分かってますよ。だからここへ来たんです。」
沢尻は背筋を伸ばし、スッと手を差し出した。
「高畑さんの拳銃・・・・貸してもらえますか?」
「ああ、その件か。署であんな事があったから、まだこっちには届いてない。」
「ならなるべく早くお願いしますよ。アレがないと化け物と手が組めないんでね。」
「ああ、分かってる。もし緑川が「向こう」へ早苗ちゃんを連れ去ってたいたとしたら、「こっち」からは手が出せないからな。」
課長は立ち上がり、「取りに行って来るよ」と歩き出した。沢尻は頷き、「お願いします」と小さく頭を下げた。
「もし「あの化け物」と手を組むことが出来たら、俺はすぐに「向こう」へ行きます。しかし多分・・・・俺一人だけでは出来ることは限られてる。
だからどうにか「向こう」で仲間を増やせないかやってみますよ。」
そう伝えると、課長は「化け物の仲間を増やすってのか?」と振り返った。
「そうです。歯には歯を、化け物には化け物をってことですよ。」
「いや、しかしそれは危険・・・・・、」
「危険でもやらなきゃいけないんです。それに化け物の仲間を増やせば、その分だけ警察も「向こう」へ行けるかもしれない。」
「おいおい・・・・他の奴らも巻き込もうってのか?」
「化け物どもに銃が効くのは実証済みです。中には通用しなかった奴もいますが、それでも銃な有効な武器であることは確かです。
だからSATでもいいし、自衛隊でもいいから、可能な限りの人員を「向こう」へ運ぶべきです。」
「簡単に言ってくれるな。そうなると俺とお前の個人的な問題では済まされんぞ。」
「なら上に掛け合って下さい。俺が「向こう」へ行き、銃で化け物を仕留めてみせますよ。そうすりゃ上も重い腰を上げるでしょう。」
「まったく・・・・相変わらず無茶苦茶な・・・・。」
「なのでライフルとショットガンも用意して下さい。出来ればSATのサブマシンガンもあるとありがたい。」
「本気で言ってるのか?」
「あんた相手に冗談は言いませんよ。」
そう言って小さく笑いながら肩を竦める。
課長は何とも言えない顔で、ボリボリと頭を掻いた。
「こりゃ警備会社のおいしい椅子も無しだな・・・・・。」
吐き捨てるように言い、「何とかしてみるよ」と答えた。
そして刑事課を出て行く前に、振り返ってこう尋ねた。
「なあ、一つ疑問なんだが・・・・・、」
「はい。」
「あの血痕は三崎のものではなかった。もちろん緑川のものでもない。だったら・・・・いったい誰のものなんだ?」
「それはまだ分かりません。しかし署内での殺人を指示したのは、間違いなく三崎でしょう。
奴はクズですからね。叩けば埃が出るだろうから、別件で引っ張ればいいんじゃないですか?」
「そうだな。早苗ちゃんも奴とは縁を切った方がいい。その為にもすぐに引っ張るか。」
「もっと早く縁を切らせるべきでした。でも今は・・・・、」
「新しい親父がいるから、そこまで手を出せなかったか?」
「まあそんなとこです。どっちにしろ三崎はクズみたいな男です。さっさと引っ張った方がいいですよ。」
「分かった。とりあえず高畑の拳銃を取りに行って来る。三崎の件はその後で・・・・・、」
そう言いかけた時、一人の刑事が駆けこんで来た。
「またです!また死神が・・・・、」
若い刑事はうわずる声で言い、「S市のバイク工場で・・・・・、」と息を飲んだ。
課長と沢尻は顔を見合わせ、弾かれたように駆け出した。
「課長!あんたは高畑さんの銃を!」
沢尻は課長の肩を掴み、「現場には俺が」と言った。
「いや、しかし俺たちは捜査を外されて・・・・・、」
「でもあんただって行こうとしたじゃないですか。死神が出たってのに、じっとしてるわけにはいかんでしょう。」
「当たり前だ。奴の惨劇を見逃せるわけがない!」
「だったらあんたは高畑さんの銃を。でなけりゃこの事件は止められない。」
「・・・・お前は?また現場で無茶をするつもりか?」
「さあ、どうですかね?でも本部の中には、そういう無茶を期待してる奴もいるようですよ。」
そう言って若い刑事を振り返って、「こうしてわざわざ伝えに来てくれたんだ」と笑った。
「だったらその期待に応えないと。」
「・・・・・そうだな。お前の無茶っぷりが、死神を追い詰める唯一の武器かもしれない。」
「そうですよ、だから緑川は俺を恐れてるんだ。」
沢尻は課長の背中を押し、「早く銃を」と促した。
「分かった。しかし無茶をし過ぎて死ぬなよ。」
「さあね、約束は出来ません。」
課長は小さく笑い、すぐさま外へと駆け出した。
そして沢尻は若い刑事を引き連れ、「一緒に来い」とパトカーに乗り込んだ。
「現場はS市のバイク工場だったな?」
「ええ・・・・。でもいいんですか、勝手に行って。今は死神を押さえる為の部隊を編成中で・・・・・、」
「そんな悠長に待ってられるか!その間にどれだけ人が死ぬと思ってんだ・・・・・。」
100キロ以上で一般道を飛ばし、信号さえも無視して走った。
「ちょ、ちょっと危ないですよ・・・・。いくらサイレン鳴らしてるからって・・・・」
「もっと危ないことが起きてんだよ。いいから掴まってろ!」
そう言ってさらにスピードを上げ、高速道路に乗った。
メーターは180キロを超えていて、途中にあったオービスがピカリと光る。
「バカ野郎!俺が警察だ!」
オービスに愚痴を飛ばし、さらにアクセルを踏み込む。
若い刑事はシートベルトを握りしめ、青い顔で震えていた。
《緑川・・・・お前の魂胆はなんとなく分かるよ・・・・。早苗をさらったのは、きっと俺をおびきよせる為だ。
早苗に首狩り刀を使わせて、そいつを俺に逮捕、もしくは射殺させようとしてるんだろう?》
沢尻は緑川の魂胆を見抜いていた。
あの男が、ただ人質をダシに脅しをかけてくるだけとは思えない。
もっとえげつない方法で、こっちを苦しめようとしてくるに違いないと。
《しかし俺は動揺なんかしない。焦れば焦るほど、お前のツボだって分かってるからな。》
アクセルを踏みながら、沢尻は思う。
もしかしたら、自分と緑川は似ているかもしれないと。
以前にアチェにそう言われた時は怒ったが、今なら分かるような気がしていた。
ただしいくらに似ていたとしても、自分は警察官であり、悪人を捕まえるのが仕事である。
それに対して緑川は、本能の赴くままに人を殺している殺人鬼だった。
ならば俺たち二人の道を分けたのは、いったい何なのだろうと考えた。
もし育った環境が逆転していたら、自分も緑川のようになっていたのだろうかと、嫌な気分になる。
「あの・・・大丈夫ですか・・・?なんか思い詰めた顔してますけど。」
若い刑事に尋ねられて、「平気だ」と笑った。
「それよりお前・・・・前からウチにいたか?」
「いえ、この春こっちへ来たんです。」
「ああ、もしかして最近刑事になったのか?」
「そうです。三月までは交番勤務だったんですよ。」
「そうか。なら頑張れよ。」」
そう言って肩を叩いてから、すぐに真顔に戻った。
「お前さ、嘘言っちゃいけないよ。」
「へ?」
「ウチにいる仲間なら全員把握してるよ。本当はどこの人間なんだ?」
「ああ、イヤ・・・・・。」
「どうせ上から派遣されたんだろ?俺の監視役として。」
「・・・・・やっぱり見抜かれましたか?」
「ああ、でもそれも嘘だな?」
「はあ?」
「もし俺の監視役ってんなら、現場へ向かうのを止めるはずだ。そもそも事件が起きたことすら教えないだろう。」
「・・・・・・・・・・。」
若い刑事は黙りこみ、真っ直ぐに前を睨む。
沢尻は射抜くような視線を向け、「まあいい」と言った。
「お前が何者だろうと、俺には関係ない。今のウチには捜査本部が置かれてるんだ。それも死神を追いかける為の大きな本部だ。」
「ええ・・・・・。」
「だったらどこぞの署の応援だろう?」
「・・・・・・・・・。」
「どうして何も答えない?」
「いや・・・・・・、」
「お前・・・・・警察の人間じゃないだろう?」
そう言われて、若い刑事はギクリとした。
目を泳がせ、せわしなく指を動かす。
「その指・・・・タコが出来てるな。」
「え?ああ・・・・・、」
「実はウチの娘もタコが出来ててな。確か・・・・ベースだったか?バンドでそれを担当してるって言ってたな。」
「・・・はあ・・・・・。」
「ああいう楽器を弾いてると、指にタコが出来るんだってな。お前の指にも、ウチの娘と似たようなタコがある。」
「・・・いや、これは・・・・・・、」
「お前もバンドをやってるのか?」
「ええ・・・・まあ・・・・・、」
「ならお前のバンドのリーダーを当ててみせよう。三崎信だ。」
突きつけるように力強く言うと、若い刑事は目を見開いて言葉を失った。
「ついでに言うとだな、事件が起きたのはS市のバイク工場じゃない。N市の太陽ひまわり産機って会社だ。違うか?」
「・・あ・・・・・。」
「そこで三崎が暴れてるんだろう?恐ろしい刀を持って、工場の人間を殺してる。」
「・・・・・・・・・。」
「お前は三崎に脅されて、ウチの署へやって来た。そして俺に嘘を言い、別の場所におびき出そうとした。」
「・・・・・・・・・。」
「俺は捜査本部から外されてるから、情報がちくいち下りてくるわけじゃない。だから嘘を言ってもバレないと踏んだんだろう?」
「・・・・・・・・・。」
「でもそうなるとだな、大きな問題が二つ出て来る。一つは、どうして俺を本当の現場から引き離そうとしたのか?」
「・・・・・・・・・。」
「二つ目は、どうして俺が捜査から外されていたことを知っていたのかってことだ。」
「・・・・・・・・・。」
「俺が捜査から外されているなんて、内部の人間じゃないと知りえないことだ。となると、お前は署の内部の情報に詳しいということになる。
しかしどうもお前みたいなのがウチの情報を探れるとは思えない。」
「・・・・・・・・・・。」
「だけどこの二つの疑問を一気に解決する方法がある。それは・・・・・ウチの娘だ。」
そう言って笑いかけると、相手はさらに委縮した。
「実はウチの娘は殺人犯にさらわれてしまってな。それもここじゃない別の世界に連れて行かれている可能性が高い。」
「ああ・・・・あ・・・・・・。」
「さらったのは緑川って男だ。今世間をにぎわせてる死神だよ。」
そう教えると、相手は目を見開いて固まった。
「え?あの・・・・夜明けの死神・・・・・?」
「そうだ。緑川鏡一という男だ。」
「・・・・・・・・・・。」
「言っておくが、三崎信は死神じゃないぞ。あいつも緑川と同じような武器を持っているようだが、まったくの別人だ。」
「そ・・・・そうだったんだ・・・・。俺はてっきりアイツが死神だと・・・・、」
「ミノリのことか?」
そう答えると、「どうして・・・・?」と呟いた。
「ミノリを知ってるの?」
「この前署を襲った殺人犯から聞いたよ。それとウチの娘からも。」
「あ・・・・ああ・・・そうか。」
「話を続けるぞ。」
沢尻はタバコを咥え、火を点けないまま弄んだ。
「ここから先は俺の勝手な想像なんだが、でも的は射てると思う。もし間違ってたらツッコんでくれ。」
タバコに火を点け、相手に向かって飛ばしながら口を開いた。
「まずウチの娘が緑川にさらわれた。緑川の奴は、娘を利用して俺を苦しめようと企んでるはずだ。
しかし娘はどうにかして緑川の元を逃げ出したんだ。これは俺の推測だが、おそらくアイツが手を貸してくれたんだと思う。」
「アイツ・・・・・?」
「まあミノリみたいなもんだ。」
そう言ってハンドルを切り、高速を下りていった。
「N市とS市が同じ方角で良かった。あと十分も走ればひまわり産機に着くだろう。」
「・・・・・続きは?」
「ああ、娘はミノリによく似た化け物の手を借りて逃げ出した。そして「こっち」へ戻って来ると、真っ先に三崎の所へ行ったはずだ。
しかし三崎の家は警察に見張られてる。だから他のメンバーの所へ会いに行った。それがお前だ。」
またタバコの煙を飛ばすと、無言で小さく頷いた。
「娘は三崎がヤバイことになってるのを知ってる。だからどうにかして守ろうと思ったんだろう。
そこでお前に会いに行き、三崎をかくまってやってくれとでも頼んだんじゃないのか?」
「・・・・・・・ええ。」
「でもお前は断った。三崎のことを夜明けの死神じゃないかと疑ってたからだ。」
「・・・どうしてそう思うの?」
「実はウチの娘も疑ってた。だったら同じメンバーのお前もそうなんじゃないかと思ったんだ。」
「・・・・ああ、そうだよ。俺も御堂も三崎を疑ってた。でもあいつのバックにはミノリがいるから、そんなこと言えなかった。」
「だろうな。相手が化け物じゃ委縮するのは仕方ない。」
そう言って備え付けの灰皿に、トントンと灰を落とした。
「お前は早苗の頼みを断った。でも早苗は食い下がった。どうにか三崎を守るのに力を貸してくれと。
しかしそんなやり取りをしているうちに、事件が起きた。それが今起きてるひまわり産機の事件だ。」
「・・・・怖いな・・・・そこまで分かるなんて・・・・。」
「刑事の中でも特別勘が良い方でな、このおかげで首にならずに済んでる。」
自虐気味に言い、「続けるぞ」と煙を吐いた。
「太陽ひまわり産機で事件が起きた。それを知った早苗は、なんとしても三崎を守ろうと思ったはずだ。
だからお前を俺の元に寄こした。刑事の振りをして、別の場所が現場だと伝えてくれと。」
「ああ・・・・。もしあんたが三崎の犯行を見たら、その場で射殺しかねないからって・・・・。」
「早苗なら俺が捜査から外されたことも知ってる。それに大きな捜査本部が置かれた場合、人の出入りが激しくなることも知ってる。なんたって刑事の娘だからな。
だからお前に刑事の振りをさせて、俺を騙すなんて簡単だと踏んだんだろう。」
「・・・・・間違いないよ・・・。」
「これで先に言った二つの疑問は解決だ。」
そう言ってハンドルを切り、直進車を制して強引に右折した。
「でもここでも疑問が出て来る。どうして早苗は、警察が知る前に三崎が事件を起こしたことを知ったのかってことだ。
あいつはひまわり産機を離れて、お前の家に行っていたはずだ。」
「ああ・・・・まあ・・・・・。」
「そしてもう一つ。どうして俺がお前の正体を見抜き、こんなクドクドと推理まがいのことを言っているのかってことだ。」
そう言って目を向けると、相手は顔を逸らした。
車の左上に視線を逸らし、目を泳がせている。
「さっきもそうやって目を泳がせてな。しかも見ている方向が同じだ。」
「そ・・・・そんなことないよ・・・・。」
「まるでそこに誰かがいるみたいだ。」
「な・・・・何言ってんだよ・・・何もないよ・・・・。」
若い男は慌てだし、さらに目を逸らす。
「お前が刑事課へ駆けこんできた時、俺はすぐに感じたよ。こいつの傍には何かがいるって。」
「・・・・・・・・・。」
「それは今までに何度も感じたことのある気配だった。ちなみについ最近も感じた、娘をさらわれた時に。」
「・・・・・・・・・。」
「俺はそいつに直に会ったこともある。ここではない世界へ行き、化け物と戦ったんだ。その時にそいつのパートナーになる試験を受けたんだが、見事に落ちたよ。」
「いや・・・だから何を言ってるのか・・・・・、」
「ああ、これはお前には関係のない話だったな。忘れてくれ。」
笑いながらそう言って、「でもお前の傍にはアイツがいるはずなんだ」と続けた。
「アイツは早苗をさらい、緑川の元に届けたはずだ。しかしこうして俺の傍に来ている。いくら姿を消せるといっても、近くへ来たなら俺には分かる。
もしかしたら撃たれる危険もあるってのに、こうやってわざわざ来たんだ。ということは、考えられることは一つ、お前は緑川と決別した。そうだな?」
沢尻は車内の左上に視線をやる。何もない空中を、まるで誰かがいるように睨み続けた。
するとクスクスと笑い声が響いて、『バレた?』と彼女が現れた。
「アチェ・・・・やっぱりお前か。」
『さすが鋭いわね。やっぱり気づかれちゃった。』
ニコニコと笑いながら飛んできて、沢尻の肩にとまる。
『鋭いのは勘だけじゃないのね。あなたの推察、見事に当たってるわ。』
「ならお前が早苗に教えたんだな?三崎が自分の会社で事件を起こしていると。」
『そうよ。あの子えらく三崎って男にご執心でね。だから教えてあげたの。』
「それだけじゃないだろう。」
『ん?』
「お前は無類の試し好きだ。俺がお前の意図に気づくかどうか試していたんだろう?」
そう問いかけると、『ふふふ』と笑った。
『あんたは勘がいいし、頭も切れる。でも娘がさらわれてる時に、どこまで冷静に行動できるか観察してたの。』
「なるほどな。お前は早苗を逃がし、そして俺を試しにやって来た。ということは、俺を新しいパートナーに選ぼうとしてるってことか?」
『どうしてそう思うの?』
「どうしても何も、お前は緑川と決別したんだろう?」
『だから、どうしてそう思うの?』
「あの緑川が、さらった相手をすんなり逃がすとは思えない。それに早苗は普通の女の子だ。緑川から逃げ出すことも、「こっち」に戻って来ることも出来ない。
しかしこっちの若い男は、早苗に頼まれて俺の元へやって来た。ということは、早苗は「こっち」に逃げて来たってことだ。」
『そうね、どれも私の協力がなければ出来ないことだわ。』
「そうだ。だからお前は緑川と決別を・・・・、」
そう言いかけた時、アチェは沢尻の口に手を当てた。
『そう考えるのは早いんじゃないかしら?』
「どういうことだ?」
『もしかしたら、緑川はわざと早苗を逃がしたのかもしれない。そして私は、あの子を連れて「こっち」へ戻って来た。』
「馬鹿な、あの緑川がわざと逃がすわけが・・・・・、」
『罠だとしたら?』
「何?」
『緑川は何かを企んでいて、それでわざと早苗を逃がした。そうは考えないの?』
「・・・・だったら教えてくれ。緑川はわざと早苗を逃がしたのか?それとも・・・・、」
『ふふふ、教えるわけないじゃない。』
アチェは可笑しそうに言って、宙へ舞い上がった。
「さっきお前は言ったじゃないか、俺の推察は当たっていると。」
『そうね。』
「だったらやはり、お前が早苗を逃がしたんだ。そして俺を新しいパートナーに選ぼうとしてる。」
『さあね。』
「なあアチェ、お前が・・・・、」
『アチェ。』
「・・・・アチェが組んでくれれば、俺はすぐにでも「向こう」へ行ける。そして緑川を捕まえることが出来るんだ。」
『無理よ、彼は強いから。あんた一人じゃ殺されるのがオチ。』
「・・・・そうだとしても、手をこまねいて見ているわけにはいかない。」
『でもあんたは試験に落ちた。不合格なんだから組むつもりはないわ。』
「そうか。だったらもう一度・・・・、」
『もう一度試験を受けたいって?』
沢尻の言葉を奪い、顔の横に舞い降りる。
『もしあなたがそう望むなら、もう一度チャンスをあげてもいいわよ。』
「本当か?」
『今から三崎の所へ向かうんでしょ?だったら彼をあっさり捕まえるか、殺すかしてみてよ。そうすれば合格にしてあげる。緑川を捨てて、あんたと組むわ。』
「・・・・それは・・・・絶対だな?」
『ええ、もちろん。でも前みたいにちんたらしてたら不合格よ?』
「分かってる。すぐに解決してみせる。」
沢尻はアクセルを踏み、スピードを上げひまわり産機を目指した。
すぐに解決してみせるとは言ったものの、実際はかなり厳しいと分かっていた。
三崎は化け物と手を組んでいて、それを自分一人でどうこうするのは無理がある。
「・・・なあアチェ。早苗は無事なんだよな?」
『ええ、今のところはね。どこにいるかは教えないけど。』
「そうか・・・・ならもう一つ教えてくれ。三崎が組んでいる化け物について・・・・・、」
『ミノリのことね?』
「やはり知ってるんだな?」
『もちろん。だって彼女こそが、墓場の主になる最後の敵だもの。』
そう言ってルームミラーの上にとまり、『戦いはいよいよ佳境よ』と笑った。
『残りは緑川と私。そしてミノリとそのパートナーだけ。これを倒せば、緑川は墓場の主になれる。』
「とういことは、今から行く先には、お前にとっても最大の敵がいるってわけだな?」
『そういうことね。』
「出来ればミノリについての詳しい情報を・・・・・・、」
『・・・・・・・・・・・・。』
「・・・・教えてくれないか。」
『私はそこまでお人好しじゃないからね。』
そう言って、からかうように飛び回り、『でも一つだけ』と呟いた。
『ミノリはね、私や緑川以上に冷酷なのよ。』
「緑川よりも・・・・・。」
『一言で例えるなら、氷の女王。気をつけないと、知らないうちに死んでるなんてこともあり得るわ。』
ニコリと笑い、『まあせいぜい頑張って』と手を振った。
「・・・・緑川より・・・・冷酷・・・・。」
沢尻は呪文のように唱える。
警察署内で起きた殺人事件の時、芯まで凍りそうなほどの悪寒を感じだ。
あの時は、てっきり緑川が襲ってきたものだと思っていた。
しかしあの場所に緑川はいなかった。だとするならば、あの悪寒を感じさせたのはいったい誰なのかとずっと考えていた。
《ミノリ・・・・・緑川以上の冷酷な化け物・・・・・。》
凍りそうな悪寒の正体は、アチェでさえ警戒するほどの化け物。
沢尻は言葉に出来ないほどの恐怖を感じていた。
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