稲松文具店〜ボンクラ社員と小さな社長〜 第四十話 俺のスピーチを聴け!(3)
- 2016.05.31 Tuesday
- 13:56
JUGEMテーマ:自作小説
祐希さんに電話を掛けたはずなのに、なぜか怪人が出た。しかも祐希さんを誘拐して、酷い目に遭わそうとしている。
俺は今にもキレそうになり、「今どこにいやがんだ!?そっちに行ってやる!」と怒鳴った。
『あら?ずっと目の前にいるじゃない。』
「はあ!?目の前って・・・・、」
『だからすぐ目の前よ。ほらここ。』
そう言った後、喫茶店の窓からコンコンと音がした。
「・・・・・・・・・・。」
『ね?』
「糸川百合・・・・・。」
『素顔を見せるのは二度目ね。地味な顔だけど、記憶力の良いあんたなら覚えてるでしょ?』
「忘れるわけねえだろ!すぐ行ってやるから待ってろ!」
喫茶店の窓の向こうにいる、憎き怪人。そいつの元に走り出そうとすると、「待って!」と課長が止めた。
「言っちゃダメ!」
「なんで!?加藤社長と祐希さんが捕まってるんですよ!」
「何を言われたか知らないけど、挑発に乗っちゃダメ!あいつは私たちを誘い込もうとしてるんだから。」
「え?」
素っ頓狂な声で固まると、「貸して」とスマホを取られた。
「もしもし?」
課長は怪人を睨みながら話しかける。俺は耳を寄せ、電話から漏れる声を聞いた。
『ああ、あんた・・・・兄貴が誘拐犯の妹じゃない。』
「そうよ。でもそれはもう終わった事件。今はあなたを捕まえに来たの。」
『じゃあ入って来なさいよ。ここには加藤も祐希もいるわよ。早くしないとどんな目に遭わせるか分からない。』
「いいえ、お断り。」
『仲間を見捨てるの?』
「そんなに入って来てほしいなら、そっちから来れば?目と鼻の先にいるんだから。」
課長はそう言って怪人を睨みつける。いつになく怖い顔をして、怒りのこもった目だった。
「ほら、こっちへ来なさいよ。」
『・・・・・・・・・・。』
「どうしたの?じっと見てないで出てくれば?」
『・・・・狡賢い小娘。』
怪人は憎らしそうに言う。そしてプツッと電話が切れた。
「課長・・・これは・・・・、」
「冴木君・・・・私たちは大きな勘違いをしてたみたい。」
「勘違い?」
「加藤社長・・・・怪人にさらわれたんじゃないのかもしれない。」
「はい?」
「だってそうでしょ?あいつは君を挑発して、中に誘い込もうとしてた。でもそれをするには、さらった加藤社長を見せつけるのが一番じゃない。」
「いや、そうかもしれないけど・・・・、」
「それにこっちに出て来ようとしなかった。」
「だってわざわざ向こうから出てきたら、逆に自分が捕まるじゃないですか。そりゃ出て来ないでしょ。」
「そんな事ないわ。もし加藤社長を連れ去ってるんなら、こっちは安易に手が出せない。人質を取られてるようなものなんだから。」
「まあ・・・そうですけど・・・・、」
俺は口元に手を当てながら、「なら祐希さんも・・・」と呟いた。
「無事のはずよ。」
「でもさっき掛けた番号って、祐希さんの電話ですよね?なんで怪人に繋がったんでしょうか?」
「分からない。でもあの人がそう簡単に捕まるはずがないわ。きっと何か理由があるのよ。」
「理由・・・?」
「例えば電話を盗まれたとか。」
「いやあ・・・それはどうかなあ。」
そう言って首を傾げると、「何か思い当たることがあるの?」と課長も首を傾げた。
「俺、てっきり祐希さんが捕まったもんだと思ってたんですよ。あいつの声を聞いた途端にカッとなっちゃったから。
でもよくよく考えれば、確かにあの人が捕まるなんてあり得ないなあって思って。」
「だからそう言ったじゃない。」
「でもそうなると、電話を盗まれたっていうのもあり得なくないですか?あの人が自分のケータイを盗られるようなヘマをしますかね?」
そう尋ねると、今度は課長が口を噤んだ。
「そんなヘマをする人じゃないと思うんですよ。」
「なら・・・・君はどう考えるの?どうして祐希さんに電話がつながったわけ?」
「・・・・・・番号・・・・とか?」
「番号?」
「番号に細工をしたのかなあって。」
そう答えると、「そんなの簡単に出来るわけないでしょ」と言われた。
「SNSのアカウントじゃないのよ。それに祐希さんの電話に細工なんて・・・・・、」
「いや、そうじゃなくて・・・・課長のスマホの方に・・・。」
そう言って指をさすと、「私の電話に?」と首を傾げた。
「ええ。だって俺たち候補者は別々の個室に入れられたでしょ?あの時にスマホだって取り上げられたでしょ。」
「・・・・・・ああ!」
「課長だって係員に渡したんですよね?」
「ええ・・・・・。」
「そのスマホを、怪人の仲間の係員が預かってたら・・・・・中をいじることも出来たんじゃないですか?」
「でもちゃんとロックが掛かってるわ。勝手に操作なんて・・・・、」
課長は険しい目でスマホを見つめる。すると「あ・・・」と固まった。
「どうしました?」
「私・・・・バカだ。」
「何が?」
「これ見て。パスコードの四桁のところに・・・・べったり指紋が・・・・。」
そう言われて、俺は液晶を覗き込んだ。するとクッキリと指紋が付いている場所があった。それも四か所・・・・・・。
「これ・・・・めちゃくちゃハッキリ残ってますね。」
「今日の朝・・・急いでたから近所のハンバーガーショップで済ませたのよ。あの時確か・・・・ポテトを触った手でパスコードを押したんだった。」
「でも指紋が付いてるのは四か所だけですね?他には付いてない。」
「ロックを解除した時にべったり付いたから、すぐに指を拭ったのよ。でも液晶の方はそのままだった・・・・・。」
「これ、指紋認証じゃないんですか?」
「うん・・・・。もうじき変えようとは思ってたんだけど・・・・、」
「とにかく祐希さんの番号を確認してください。もしかしたら細工されてるかも。」
課長は慌てて祐希さんの番号をチェックする。そして眉を寄せて唇を噛んだ。
「冴木君の言う通りだった・・・・番号が変わってる。」
「やっぱり。」
「私・・・・本当にバカだ。係員の中にも怪人の仲間がいたのに、どうしてそこまで考えが及ばないかなあ・・・・。」
悔しそうに言って、怪人のいる喫茶店を振り返る。
「ここに加藤社長はいないわ。」
「でもそうなるとどこにいるんでしょうね?」
「・・・・・・・・・・。」
「怪人が加藤社長を連れ去ろうとしたのは間違いないと思うんですよ。だって加藤社長の係員に知らない番号から電話が掛かってきて、その後にいなくなったんでしょ?
それってきっと怪人の仕業だと思うんです。」
「そうね・・・・。となると、加藤社長は危険を察知してどこかへ身を隠したってことになるわ。」
「怪人は加藤社長の持ってる武器を怖がってる。でも連れ去るのに失敗した。そう考えると、今頃めちゃくちゃ焦ってると思うんです。
だから課長の番号に細工をしておいたんじゃないですかね?」
「どういうこと?」
「万が一の保険ですよ。怪人がいなくなったら、きっと俺たちが捜すに決まってる。その時に祐希さんを頼ると思ったはずですよ。」
「ああ、なるほど・・・。風間は祐希さんの弟子だったもんね。彼から祐希さんのことを聞いて、それを警戒していた。」
「ええ。もし何かあったら、俺たちは祐希さんを頼るから。」
「だから私の番号をいじっておいた。おそらく君のスマホも・・・・、」
「はい。まだ返してもらってないんですけどね。」
「私たちが祐希さんに掛けても、それは怪人の番号にすり替えられてる。そして祐希さんを誘拐したと言って、私たちをおびき出すつもりだった・・・・。」
「加藤社長を誘拐出来なかったから、代わりに俺たちを狙ったんだと思います。そしてここへおびき出して、捕まえるつもりだった。」
「私たちを人質に取って、加藤社長をおびき出す為に・・・・・。」
「でもそれは失敗した。俺たちがこの喫茶店へ入らなければ、あいつの目論見は崩れます。」
「そうね・・・・。だけどその代わり、怪人を逃がすことになるわ。あいつはまた顔を変えて、どこか別の場所で悪さをするだろうから。」
「いいえ、逃がしはしませんよ。ここであいつを捕まえます。そして選挙の会場まで引きずっていってやる。」
俺は拳を握ってそう言った。すると課長は眉を寄せ、不安そうな表情をした。
「捕まえるって・・・・どうやって?」
「中に入ります。」
「ダメよ!また前みたいに酷い目に遭わされる。そんなの絶対にさせないからね!」
課長はガシっと俺の腕を掴む。「君は放っておくと危険なことに突っ走るから」と言って。
「もう前の事件みたいなことは嫌・・・・。あの時みたいに、また死ぬような目に遭うかもしれないのは・・・・、」
「でもここで逃がしたら終わりなんです。稲松文具からは離れてくれるだろうけど、他の場所で悪さをするから。それは加藤社長の望む所じゃないんです。」
「でも・・・・、」
「俺はあの人の信頼を受けて、ここに立ってるんです。だったらそれに応えなきゃいけない。」
「それは分かるけど、でもどうしてそこまでするの?君は加藤社長とそう長い付き合いじゃないじゃない。ごく最近知り合ったばかりで、どうしてそこまで・・・・、」
「そんなの関係ないですよ。だって俺、あの人に憧れてますから。」
「憧れる?」
「あそこまで周りや社員のことを考える社長はいませんよ。だから俺・・・・あの人みたいになりたいんです。その為には、あんな怪人から逃げてちゃいけないんですよ。」
課長の腕をそっと離し、ニコリと笑いかける。
「課長は本社へ戻って下さい。」
「なんでよ!?君一人になっちゃうじゃない。」
「いいんです。課長まで危険な目に遭わせるわけにはいかないから。」
「だったら本社に連絡すればいいわ。ウチの会社にだって、ちゃんと腕の立つボディガードが・・・・、」
「無理です。応援が来る前に逃げられる。」
「でも君一人にするなんて出来ない!どうしても捕まえに行くっていうなら、私も一緒に行くわ!」
そう言ってまた腕を掴み、「絶対に一人で行かせないからね」と睨んだ。
「課長・・・・、」
「どうしても帰れって言うなら、君も一緒に連れて帰る。」
「だけど・・・・、」
「加藤社長に対する君の気持は分かる。でも申し訳ないけど、私は彼より君の方が大事なの。」
「・・・・・・・・。」
「いくら彼に憧れてるからって、その為に一人で危ない目に遭わせるわけにはいかない。だって私はずっと君の傍にいたのよ。
なのに最近現れた人のせいで、君が危険な目に遭うなんて・・・・そんなことさせない。」
課長は強い口調で言い、でもすぐに目を伏せた。
「多分私・・・妬いてるんだと思う。」
「妬いてる?」
「君はいつだって「課長、課長」って傍にいて、それは・・・・嫌なことじゃなかった。君のことを男性として意識はしてなかったけど、でもいつでも傍にいる大切な人だから。
自分でも気づかないうちに、君に慕われるのが当然になってて・・・・だから私も、君の為なら何でも力になろうと思った。」
「・・・・・・・・・。」
「恋愛とか男女の関係とか・・・・そういうのじゃなくて、言葉じゃ上手く言えない何かで、君と繋がってるような気がしてる。
だからもし会社を辞めたって、君とはこの先もどこかで繋がってるんだろうなって・・・・。」
そう言って顔を上げ、俺の腕を離す。そしてそっと手を握ってきた。
「捕まえに行くなら一緒に行く。でも帰る時も一緒。それが嫌だって言うなら、このまま手を引っ張ってでも本社に戻るわ。例えあの怪人を逃がしても。」
課長の声は真剣そのもので、握った手に力を込める。
《課長・・・・やっぱ細いわりに力が強いよな。》
学生時代は陸上に打ち込んだらしいけど、その体力は今でも健在らしい。
この手を振りほどくとなると、相当強い力で払わなくちゃいけない。
でも課長にそんなことは出来ないし、それに何よりこの手は振りほどいちゃいけない気がした。
今、自分の思いだけでこの手を振りほどいたら、もう二度と元には戻れないような気がする・・・・・・。
俺と課長を繋ぐ何かが、この場で断ち切れてしまう・・・・そんな予感がした。
《でもだからって、課長まで危険な目に遭わせたくない。だけどここで帰ったら加藤社長は無念のまま消えてしまうかもしれないし・・・・。》
眉間に皺を寄せながら、どうしたものかと悩む。
課長は俺以上に眉間に皺を寄せ、さらに力を込めて握った。
「・・・・・・・・・・・。」
繋いだ手を見つめながら、俺は喫茶店を振り返る。そして・・・課長の手を引っ張って歩き出した。
さっきまで窓の傍にいた怪人はもういない。きっと奥に潜んでるんだろうけど、でも声は届くはずだ。
俺はドアの近くで立ち止まり、すうっと息を吸い込んだ。
「おい怪人!てめえのせいで選挙が台無しだ。せっかくスピーチを用意していたのに、それが無駄になっちまった!どう責任取ってくれるんだ!」
大きな声で叫ぶと、課長は髪を揺らして見つめた。
「冴木君・・・・、」
「俺はな・・・・絶対に社長になるって決めたんだ!てめえごときにそれを邪魔されてたまるか!」
店の中に怪人の姿は見えない。でも声は届いているはずだと信じて続けた。
「だから俺はここで喋る!俺のスピーチを聴け!」
腹の底から響くほどの声で怒鳴る。課長は驚いて目を丸くしていたけど、でもすぐに頷いてくれた。
「私も聞きたい。君の一番傍で、君の言葉を。」
そう言ってドアに目を向け、今までで一番強く手を握った。
こんな所でスピーチを披露して、いったい何になるのか?
自分でも分からないけど、でもそうせずにはいられなかった。
あのどうしようもない自己中の身勝手な怪人に、加藤社長の怒りと、俺の怒りをぶつけたかったから。
ドアに映った自分は、すごく険しい顔をしていた。
こんな顔出来るんだって思うくらいに、すごく獰猛な顔だった。
でもそれでいい。優しいだけじゃ手の届かないことだってあるし、覚悟だけじゃ叶わない願いだってある。
敵を引き裂いてやろうって思うくらいに、獰猛な心が必要な時だってあるんだ。
課長の手を握り返し、すうっと息を吸い込む。
獣が雄叫びを上げるように、「よく聴け怪人!!」と吠えた。