稲松文具店〜ボンクラ社員と小さな社長〜 第四十話 俺のスピーチを聴け!(3)

  • 2016.05.31 Tuesday
  • 13:56
JUGEMテーマ:自作小説
祐希さんに電話を掛けたはずなのに、なぜか怪人が出た。
しかも祐希さんを誘拐して、酷い目に遭わそうとしている。
俺は今にもキレそうになり、「今どこにいやがんだ!?そっちに行ってやる!」と怒鳴った。
『あら?ずっと目の前にいるじゃない。』
「はあ!?目の前って・・・・、」
『だからすぐ目の前よ。ほらここ。』
そう言った後、喫茶店の窓からコンコンと音がした。
「・・・・・・・・・・。」
『ね?』
「糸川百合・・・・・。」
『素顔を見せるのは二度目ね。地味な顔だけど、記憶力の良いあんたなら覚えてるでしょ?』
「忘れるわけねえだろ!すぐ行ってやるから待ってろ!」
喫茶店の窓の向こうにいる、憎き怪人。そいつの元に走り出そうとすると、「待って!」と課長が止めた。
「言っちゃダメ!」
「なんで!?加藤社長と祐希さんが捕まってるんですよ!」
「何を言われたか知らないけど、挑発に乗っちゃダメ!あいつは私たちを誘い込もうとしてるんだから。」
「え?」
素っ頓狂な声で固まると、「貸して」とスマホを取られた。
「もしもし?」
課長は怪人を睨みながら話しかける。俺は耳を寄せ、電話から漏れる声を聞いた。
『ああ、あんた・・・・兄貴が誘拐犯の妹じゃない。』
「そうよ。でもそれはもう終わった事件。今はあなたを捕まえに来たの。」
『じゃあ入って来なさいよ。ここには加藤も祐希もいるわよ。早くしないとどんな目に遭わせるか分からない。』
「いいえ、お断り。」
『仲間を見捨てるの?』
「そんなに入って来てほしいなら、そっちから来れば?目と鼻の先にいるんだから。」
課長はそう言って怪人を睨みつける。いつになく怖い顔をして、怒りのこもった目だった。
「ほら、こっちへ来なさいよ。」
『・・・・・・・・・・。』
「どうしたの?じっと見てないで出てくれば?」
『・・・・狡賢い小娘。』
怪人は憎らしそうに言う。そしてプツッと電話が切れた。
「課長・・・これは・・・・、」
「冴木君・・・・私たちは大きな勘違いをしてたみたい。」
「勘違い?」
「加藤社長・・・・怪人にさらわれたんじゃないのかもしれない。」
「はい?」
「だってそうでしょ?あいつは君を挑発して、中に誘い込もうとしてた。でもそれをするには、さらった加藤社長を見せつけるのが一番じゃない。」
「いや、そうかもしれないけど・・・・、」
「それにこっちに出て来ようとしなかった。」
「だってわざわざ向こうから出てきたら、逆に自分が捕まるじゃないですか。そりゃ出て来ないでしょ。」
「そんな事ないわ。もし加藤社長を連れ去ってるんなら、こっちは安易に手が出せない。人質を取られてるようなものなんだから。」
「まあ・・・そうですけど・・・・、」
俺は口元に手を当てながら、「なら祐希さんも・・・」と呟いた。
「無事のはずよ。」
「でもさっき掛けた番号って、祐希さんの電話ですよね?なんで怪人に繋がったんでしょうか?」
「分からない。でもあの人がそう簡単に捕まるはずがないわ。きっと何か理由があるのよ。」
「理由・・・?」
「例えば電話を盗まれたとか。」
「いやあ・・・それはどうかなあ。」
そう言って首を傾げると、「何か思い当たることがあるの?」と課長も首を傾げた。
「俺、てっきり祐希さんが捕まったもんだと思ってたんですよ。あいつの声を聞いた途端にカッとなっちゃったから。
でもよくよく考えれば、確かにあの人が捕まるなんてあり得ないなあって思って。」
「だからそう言ったじゃない。」
「でもそうなると、電話を盗まれたっていうのもあり得なくないですか?あの人が自分のケータイを盗られるようなヘマをしますかね?」
そう尋ねると、今度は課長が口を噤んだ。
「そんなヘマをする人じゃないと思うんですよ。」
「なら・・・・君はどう考えるの?どうして祐希さんに電話がつながったわけ?」
「・・・・・・番号・・・・とか?」
「番号?」
「番号に細工をしたのかなあって。」
そう答えると、「そんなの簡単に出来るわけないでしょ」と言われた。
「SNSのアカウントじゃないのよ。それに祐希さんの電話に細工なんて・・・・・、」
「いや、そうじゃなくて・・・・課長のスマホの方に・・・。」
そう言って指をさすと、「私の電話に?」と首を傾げた。
「ええ。だって俺たち候補者は別々の個室に入れられたでしょ?あの時にスマホだって取り上げられたでしょ。」
「・・・・・・ああ!」
「課長だって係員に渡したんですよね?」
「ええ・・・・・。」
「そのスマホを、怪人の仲間の係員が預かってたら・・・・・中をいじることも出来たんじゃないですか?」
「でもちゃんとロックが掛かってるわ。勝手に操作なんて・・・・、」
課長は険しい目でスマホを見つめる。すると「あ・・・」と固まった。
「どうしました?」
「私・・・・バカだ。」
「何が?」
「これ見て。パスコードの四桁のところに・・・・べったり指紋が・・・・。」
そう言われて、俺は液晶を覗き込んだ。するとクッキリと指紋が付いている場所があった。それも四か所・・・・・・。
「これ・・・・めちゃくちゃハッキリ残ってますね。」
「今日の朝・・・急いでたから近所のハンバーガーショップで済ませたのよ。あの時確か・・・・ポテトを触った手でパスコードを押したんだった。」
「でも指紋が付いてるのは四か所だけですね?他には付いてない。」
「ロックを解除した時にべったり付いたから、すぐに指を拭ったのよ。でも液晶の方はそのままだった・・・・・。」
「これ、指紋認証じゃないんですか?」
「うん・・・・。もうじき変えようとは思ってたんだけど・・・・、」
「とにかく祐希さんの番号を確認してください。もしかしたら細工されてるかも。」
課長は慌てて祐希さんの番号をチェックする。そして眉を寄せて唇を噛んだ。
「冴木君の言う通りだった・・・・番号が変わってる。」
「やっぱり。」
「私・・・・本当にバカだ。係員の中にも怪人の仲間がいたのに、どうしてそこまで考えが及ばないかなあ・・・・。」
悔しそうに言って、怪人のいる喫茶店を振り返る。
「ここに加藤社長はいないわ。」
「でもそうなるとどこにいるんでしょうね?」
「・・・・・・・・・・。」
「怪人が加藤社長を連れ去ろうとしたのは間違いないと思うんですよ。だって加藤社長の係員に知らない番号から電話が掛かってきて、その後にいなくなったんでしょ?
それってきっと怪人の仕業だと思うんです。」
「そうね・・・・。となると、加藤社長は危険を察知してどこかへ身を隠したってことになるわ。」
「怪人は加藤社長の持ってる武器を怖がってる。でも連れ去るのに失敗した。そう考えると、今頃めちゃくちゃ焦ってると思うんです。
だから課長の番号に細工をしておいたんじゃないですかね?」
「どういうこと?」
「万が一の保険ですよ。怪人がいなくなったら、きっと俺たちが捜すに決まってる。その時に祐希さんを頼ると思ったはずですよ。」
「ああ、なるほど・・・。風間は祐希さんの弟子だったもんね。彼から祐希さんのことを聞いて、それを警戒していた。」
「ええ。もし何かあったら、俺たちは祐希さんを頼るから。」
「だから私の番号をいじっておいた。おそらく君のスマホも・・・・、」
「はい。まだ返してもらってないんですけどね。」
「私たちが祐希さんに掛けても、それは怪人の番号にすり替えられてる。そして祐希さんを誘拐したと言って、私たちをおびき出すつもりだった・・・・。」
「加藤社長を誘拐出来なかったから、代わりに俺たちを狙ったんだと思います。そしてここへおびき出して、捕まえるつもりだった。」
「私たちを人質に取って、加藤社長をおびき出す為に・・・・・。」
「でもそれは失敗した。俺たちがこの喫茶店へ入らなければ、あいつの目論見は崩れます。」
「そうね・・・・。だけどその代わり、怪人を逃がすことになるわ。あいつはまた顔を変えて、どこか別の場所で悪さをするだろうから。」
「いいえ、逃がしはしませんよ。ここであいつを捕まえます。そして選挙の会場まで引きずっていってやる。」
俺は拳を握ってそう言った。すると課長は眉を寄せ、不安そうな表情をした。
「捕まえるって・・・・どうやって?」
「中に入ります。」
「ダメよ!また前みたいに酷い目に遭わされる。そんなの絶対にさせないからね!」
課長はガシっと俺の腕を掴む。「君は放っておくと危険なことに突っ走るから」と言って。
「もう前の事件みたいなことは嫌・・・・。あの時みたいに、また死ぬような目に遭うかもしれないのは・・・・、」
「でもここで逃がしたら終わりなんです。稲松文具からは離れてくれるだろうけど、他の場所で悪さをするから。それは加藤社長の望む所じゃないんです。」
「でも・・・・、」
「俺はあの人の信頼を受けて、ここに立ってるんです。だったらそれに応えなきゃいけない。」
「それは分かるけど、でもどうしてそこまでするの?君は加藤社長とそう長い付き合いじゃないじゃない。ごく最近知り合ったばかりで、どうしてそこまで・・・・、」
「そんなの関係ないですよ。だって俺、あの人に憧れてますから。」
「憧れる?」
「あそこまで周りや社員のことを考える社長はいませんよ。だから俺・・・・あの人みたいになりたいんです。その為には、あんな怪人から逃げてちゃいけないんですよ。」
課長の腕をそっと離し、ニコリと笑いかける。
「課長は本社へ戻って下さい。」
「なんでよ!?君一人になっちゃうじゃない。」
「いいんです。課長まで危険な目に遭わせるわけにはいかないから。」
「だったら本社に連絡すればいいわ。ウチの会社にだって、ちゃんと腕の立つボディガードが・・・・、」
「無理です。応援が来る前に逃げられる。」
「でも君一人にするなんて出来ない!どうしても捕まえに行くっていうなら、私も一緒に行くわ!」
そう言ってまた腕を掴み、「絶対に一人で行かせないからね」と睨んだ。
「課長・・・・、」
「どうしても帰れって言うなら、君も一緒に連れて帰る。」
「だけど・・・・、」
「加藤社長に対する君の気持は分かる。でも申し訳ないけど、私は彼より君の方が大事なの。」
「・・・・・・・・。」
「いくら彼に憧れてるからって、その為に一人で危ない目に遭わせるわけにはいかない。だって私はずっと君の傍にいたのよ。
なのに最近現れた人のせいで、君が危険な目に遭うなんて・・・・そんなことさせない。」
課長は強い口調で言い、でもすぐに目を伏せた。
「多分私・・・妬いてるんだと思う。」
「妬いてる?」
「君はいつだって「課長、課長」って傍にいて、それは・・・・嫌なことじゃなかった。君のことを男性として意識はしてなかったけど、でもいつでも傍にいる大切な人だから。
自分でも気づかないうちに、君に慕われるのが当然になってて・・・・だから私も、君の為なら何でも力になろうと思った。」
「・・・・・・・・・。」
「恋愛とか男女の関係とか・・・・そういうのじゃなくて、言葉じゃ上手く言えない何かで、君と繋がってるような気がしてる。
だからもし会社を辞めたって、君とはこの先もどこかで繋がってるんだろうなって・・・・。」
そう言って顔を上げ、俺の腕を離す。そしてそっと手を握ってきた。
「捕まえに行くなら一緒に行く。でも帰る時も一緒。それが嫌だって言うなら、このまま手を引っ張ってでも本社に戻るわ。例えあの怪人を逃がしても。」
課長の声は真剣そのもので、握った手に力を込める。
《課長・・・・やっぱ細いわりに力が強いよな。》
学生時代は陸上に打ち込んだらしいけど、その体力は今でも健在らしい。
この手を振りほどくとなると、相当強い力で払わなくちゃいけない。
でも課長にそんなことは出来ないし、それに何よりこの手は振りほどいちゃいけない気がした。
今、自分の思いだけでこの手を振りほどいたら、もう二度と元には戻れないような気がする・・・・・・。
俺と課長を繋ぐ何かが、この場で断ち切れてしまう・・・・そんな予感がした。
《でもだからって、課長まで危険な目に遭わせたくない。だけどここで帰ったら加藤社長は無念のまま消えてしまうかもしれないし・・・・。》
眉間に皺を寄せながら、どうしたものかと悩む。
課長は俺以上に眉間に皺を寄せ、さらに力を込めて握った。
「・・・・・・・・・・・。」
繋いだ手を見つめながら、俺は喫茶店を振り返る。そして・・・課長の手を引っ張って歩き出した。
さっきまで窓の傍にいた怪人はもういない。きっと奥に潜んでるんだろうけど、でも声は届くはずだ。
俺はドアの近くで立ち止まり、すうっと息を吸い込んだ。
「おい怪人!てめえのせいで選挙が台無しだ。せっかくスピーチを用意していたのに、それが無駄になっちまった!どう責任取ってくれるんだ!」
大きな声で叫ぶと、課長は髪を揺らして見つめた。
「冴木君・・・・、」
「俺はな・・・・絶対に社長になるって決めたんだ!てめえごときにそれを邪魔されてたまるか!」
店の中に怪人の姿は見えない。でも声は届いているはずだと信じて続けた。
「だから俺はここで喋る!俺のスピーチを聴け!」
腹の底から響くほどの声で怒鳴る。課長は驚いて目を丸くしていたけど、でもすぐに頷いてくれた。
「私も聞きたい。君の一番傍で、君の言葉を。」
そう言ってドアに目を向け、今までで一番強く手を握った。
こんな所でスピーチを披露して、いったい何になるのか?
自分でも分からないけど、でもそうせずにはいられなかった。
あのどうしようもない自己中の身勝手な怪人に、加藤社長の怒りと、俺の怒りをぶつけたかったから。
ドアに映った自分は、すごく険しい顔をしていた。
こんな顔出来るんだって思うくらいに、すごく獰猛な顔だった。
でもそれでいい。優しいだけじゃ手の届かないことだってあるし、覚悟だけじゃ叶わない願いだってある。
敵を引き裂いてやろうって思うくらいに、獰猛な心が必要な時だってあるんだ。
課長の手を握り返し、すうっと息を吸い込む。
獣が雄叫びを上げるように、「よく聴け怪人!!」と吠えた。

結界

  • 2016.05.31 Tuesday
  • 13:52
JUGEMテーマ:神社仏閣


蛍が飛ぶ川の近くにある神社です。










小さな木立に囲まれた神社。
田んぼの中にポツンと立っているんですが、よく目立ちます。











境内の中と外の境界線。
それが鳥居です。
鳥居を見ると、いつだって不思議な感じがします。








奥に見える山の麓に川が流れているんです。
毎年蛍を見に行く川です。
山、田んぼ、川、蛍、神社。
夏はまだ先だけど、もう夏の匂いがします。
夏は不思議な季節です。
夏の神社も不思議な空気があります。
まるで結界のように、あの世とこの世の狭間に浮かんでいるような気がします。

稲松文具店〜ボンクラ社員と小さな社長〜 第三十九話 俺のスピーチを聴け!(2)

  • 2016.05.30 Monday
  • 13:07
JUGEMテーマ:自作小説
「俺・・・・一つだけ心当たりがあるんですよね。」
そう答えると、「ほんとに!?」と顔を上げた。
「どこにあるの!?」
「ここです。」
俺は自分の頭を指さした。
「ここって・・・・冴木君の頭?」
不思議そうな顔をしながら、首を傾げる課長。
でもすぐに、「ああ!」と叫んだ。
「もしかして・・・・君の記憶の中に、何かヒントになる物があるってこと?」
「本当にそこにいるかどうかは分からないけど、でも行ってみる価値はありますよ。」
「君の記憶力は本物・・・・期待してみる価値はあるかも・・・・。」
課長は少し迷っていたけど、「行こう」と立ち上がった。
「君を信じる。」
「いいんですか?空振りに終わったら、後で草刈さんに怒られるかも。」
「だから君を信じるって言ったじゃない。」
「課長・・・・・。」
「草刈さんの言う通り、私は君の将来に期待してる。でも将来だけじゃなくて、今の君にも大きな期待をしてるの。この子なら、絶対にあの怪人を倒してくれるんじゃないかって。」
そう言ってニコリと笑い、「早く」と俺の腕を引っ張った。
「もたもたしてると逃げられるかもしれないから。」
「もしそこにいたらですけどね。」
「何度でも言うわ。君を信じる。」
課長は俺の腕を引っ張って走り出す。その足はとても速くて、途中で転げそうになった。
《課長って細いわりに、けっこう力が強いんだよな・・・・・。》
ギュっと俺の腕を握りしめた感触が、なんだか胸に突き刺さる。
勝手な妄想だけど、この先も課長と一緒にいられるような気がした。
例えこの会社を辞めたとしても、決して離れることはないだろうなって・・・・・。
運命の赤い糸なんて言うつもりはないけど、でもどこかで俺とこの人は繋がってる。
強く握られた腕から、そう思える何かを感じた。
でも今はそんなことを考えてる場合じゃない。怪人と加藤社長のことを考えないと。
余計な煩悩を振り払い、昇ってくるエレベーターの表示を見上げる。
チンと鳴ってドアが開き、課長が入っていく。
ぼうっとそれを見ていると、「何してるの?早く」と言われた。
「多分俺・・・・社長になります。」
「?」
「分かんないけど、でも確信っていうか・・・そんな気がするんです。だから絶対に加藤社長を助けないと。それで俺が社長になる瞬間を見てもらうんです。」
エレベーターの中の鏡を見つめながら、そこに映った自分に語り掛ける。
課長は小さく微笑みながら、「うん」と頷いた。
根拠はないけど確信はある。
そう感じる時は、誰にでもあるのかもしれない。
今の俺は、社長になるという確信、そして・・・これから向かう先に、あの怪人がいるという確信があった。
鏡の中の自分を睨みながら、少しだけふと思う。
課長が言うように、前よりちょっとだけ大人っぽい顔になったかもしれないと。

            *

本社から車を走らせ、目的の場所に着く。
砂利が敷き詰められた駐車場に降りると、課長は「ここは・・・」と見上げた。
「ここは・・・・喫茶店?」
「そうです。美樹ちゃんの家の近くの。」
俺たちの目の前には、レンガ造りのオシャレな喫茶店が建っていた。
ドアには準備中の札が掛かっていて、店の電気は点いていない。
課長はゆっくりと喫茶店に近づき、「ここって確か・・・」と呟いた。
「そうです。白川常務と美樹ちゃんが会っていた場所です。」
「彼女から聞いたわ。ここで待ち合わせをしていたって。」
「美樹ちゃんはあれ以来ここへ来てないみたいですけどね。」
「そりゃ来たくないわよ。でもここがどうしたっていうの?まさかこんな場所に怪人が?」
「俺の記憶が正しければ、あいつもこの店に来たことがあるはずなんですよ。」
「そうなの!?」
「俺、前に一度だけここへ来たんです。その時に気になる奴がいて。」
「ここに・・・あの怪人が・・・・・。」
「その時に箕輪さんにシバかれそうになったけど。」
「?」
「あ、いや・・・全然関係ない話です。」
苦笑いして誤魔化し、「それに・・・ここにはちょっと気になる奴もいるんですよ」と言った。
「前に怪人がでっち上げの記事を載せようとしてたこと・・・話しましたよね?」
「うん。私のことを書いた記事でしょ?その記事で君に脅しをかけて、大人しくさせるつもりだった。」
「それを書いたのは風間守って奴なんですよ。」
「それも聞いたわ。祐希さんのお弟子さんだったのよね?」
「あいつはフリーライターで、金さえ貰えばどんな記事でも書くような奴なんです。だけど祐希さんが言うには、今はほとんど喫茶店に専念してるって。」
そう言いながら、一歩喫茶店に近づいた。
「前にここへ時、何人かお客さんがいたんですよ。ザッと見ただけだけど、でも全部記憶に焼き付いているんです。」
課長の横に並び、あの時の光景を思い浮かべる。
頭の中に鮮明な映像が浮かび上がってきて、まるで一枚の写真のように蘇る。
「あの時・・・そんなにたくさんの客がいたわけじゃありませんでした。俺、箕輪さん、美樹ちゃんの他に、五人だけでした。
若いカップルが一組、おばさんが二人、そして・・・若い男が一人。」
「ならそのお客さんの中に、怪人がいたってこと?」
「一人で座ってた若い男・・・・あれがすごく気になるんです。だってあいつの顔、別の場所でも見たから。」
「別の場所・・・・いったいどこ?」
課長は首を傾げる。
俺は記憶の中から、その場所の光景を蘇らせた。
「あいつの顔をもう一度見た場所・・・・それは課長の部屋です。」
「私の!?」
課長は大きな声を上げて驚く。
俺は頷き、「あの時、祐希さんから写真を見せられたでしょう?」と尋ねた。
「写真・・・・?」
「怪人の詐欺に遭った人たちの写真ですよ。」
「・・・ああ!あの結婚詐欺の?」
「そうです。その被害者の男性の方・・・・・あいつの顔が引っかかるんです。」
記憶の中から、男の被害者の顔を蘇らせる。それと同時に、喫茶店で見た若い男の顔も思い浮かべた。
頭に浮かんだ二つの顔を、ゆっくりと近づけていく。そして・・・・モンタージュのように、ピタリと重ね合わせた。
「・・・・・・・・・・。」
「冴木君?」
「・・・・ピッタリだ。ほとんど一緒の顔だ。」
「何が?」
「あいつ・・・・化けてたんです。自分が騙した男の顔に。」
俺は「課長・・・」と振り向き、二つの顔が同じであることを説明した。
「・・・そんな・・・まさか・・・・、」
「あいつちょくちょくこの店に来てたんだと思います。風間って奴は怪人と繋がってて、きっと今でもお互いを利用し合ってるんですよ。」
「利用?」
「怪人は風間にネタを提供し、風間は怪人の敵となる奴を潰す。でっち上げの記事を書いたりして。」
「なるほど・・・・共生関係ってことね。」
「あの時、怪人がこの店にいたのは、きっと白川常務が理由だと思うんです。ここで美樹ちゃんと会ってたから、それをネタに脅してやろうと。」
「風間って人が、怪人に白川常務の情報を売ったってこと?」
「おそらく美樹ちゃんと白川常務の会話を盗み聞きしてて、これは使えると思ったんじゃないですかね。
だって怪人は、加藤社長を本社の社長にするつもりだったから。」
「白川さんは女性関係で問題を抱えている。それを暴露して蹴落とそうとしたってことね。」
「白川常務って、けっこう野心家じゃないですか。だから選挙となれば絶対に出て来ると思ったはずですよ。
だから強力な対抗馬を潰す為に、この店に来て女性関係の問題の証拠を掴もうとしてたのかも。」
「もしそうだとすると、その風間って人と怪人は仲間ってことよね?なら・・・・、」
課長は喫茶店を睨み、緊張を抑えるように息を飲んだ。
「ここに隠れてる可能性が高いね。」
「そうです。しかももっと厄介な事が・・・・、」
「何?」
「風間は祐希さんの弟子なんです。だから絶対に油断の出来ない相手ってことです。だってあの人に鍛えられたんだから、無能なわけがないでしょう?」
「そうね・・・・。だったら二人で乗り込むのは危険かな・・・。」
課長はさらに緊張した顔になって、「祐希さんに知らせよう」と言った。
「私たちだけで乗り込んでも、逆に捕まるだけかも。」
「そうですね。もしそうなったら加藤社長を助けられないし、選挙は確実に流れるだろうし。」
そう答えると、課長はスマホを取り出した。そして「もしもし?」と祐希さんに電話を掛けた。
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・どうしたんです?」
「電話・・・・繋がったんだけど、返事がないの・・・・。」
「返事がない?」
「無言なのよ・・・・・。でも微かに音がしてる。何の音か分からないけど・・・・、」
「俺にも聞かせて下さい。」
スマホを受け取り、じっと耳を澄ます。
「・・・・ああ、なんか音が鳴ってますね。チッチッチッチって・・・・小さな音が・・・・。これ何だろう?」
「チッチッチって小さな音・・・しかも正確にリズムを刻んでるよね。もしかして時計の音かな?」
「ああ・・・言われてみれば。祐希さん、もしかして寝坊してるとかかな?」
「寝坊?」
「まだベッドの中にいて、傍の時計が鳴ってる音とか。」
「あのね・・・・冴木君じゃないんだから。祐希さんが寝坊してるわけないでしょ。今日は箕輪さんたちを守らないといけないんだから。」
「ですよね・・・。俺がそう頼んだんだから、寝坊なんかしてるわけが・・・・。ていうか・・・チッチッチって音が止まっ・・・・・、」
そう言いかけた時、突然『もしもし?』と声がした。
「・・・・・・・ッ!」
『おはよう冴木君。私が誰だか分かるわね?』
脳の中に電気が走る。口の中が乾き、下で湿らせた。
「・・・・・・ああ。」
グッとスマホを握りしめ、ゴクリと唾を飲む。
課長が「どうしたの?」と尋ねて来て、俺は小さく首を振った。
『今シャモールの近くにいるわね?』
そう言われて「シャモール?」と聞き返した。
『レンガ造りの喫茶店よ。紅茶の美味しい。』
「ああ・・・・いるよ。」
『せっかく閉じ込めといたのに、案外早く出て来たわね。』
「不幸中の幸いってやつだ。給料は天引きだけどな。」
『何をわけの分からないこと言ってるの?』
「こっちの話だ。それよりお前・・・・なんで祐希さんの電話に出てるんだ?あの人に何かしたんじゃないだろうな?」
眉間に皺を寄せながら、不安を押し殺して尋ねる。すると『殺したわ』と答えた。
「なッ!ころ・・・・、」
『冗談よ、まだ生きてる。』
「てめえ・・・・、」
『今のところは無事よ。あくまで今のところはだけど・・・・。』
そう言って可笑しそうに笑い、『今は屈強な男どもと戦ってるわ』と言った。
「何?」
『ほら、私のボディガードがいたでしょう?あいつらと戦わせてるの。四対一でね。』
「てめえ!何ふざけたことを・・・・、」
『勝ったら無事に解放してあげる。でも負けたら男たちの慰みもの。面白い戦いでしょ?』
「ふ・・・ふざけんな!今どこにいやがんだ!?そっちに行ってやる!」
『あら?ずっと目の前にいるじゃない。』
「はあ!?目の前って・・・・、」
『だからすぐ目の前よ。ほらここ。』
そう言った次の瞬間、喫茶店の窓からコンコンと音がした。
「・・・・・・・・・・。」
『ね?』
「糸川百合・・・・・。」

漫画のキャラクターであっても死には理由が必要

  • 2016.05.30 Monday
  • 13:04
JUGEMテーマ:漫画/アニメ
バトル漫画の場合、味方のキャラクターが死ぬことってありますよね。
あれってけっこうショックなもんですが、ストーリー上どうしても死ななきゃいけない場合は納得できます。
例えばガンツの場合だと、主要なキャラクターであってもバンバン死んでいきます。
普通なら絶対に死なないはずのキャラクター(例えば主人公)ですら死んでしまいます。
でもそのおかげで緊張感を保つことが出来ます。
ガンツの魅力はあの理不尽さにあるから、いつどのキャラが死ぬか分からないというのは、必要な要素です。
逆に味方はほとんど死なない作品もあります。
こういう作品は安心して読めるからいいですね。
キャラを生かし続けて話を進めるのは、けっこう難しいと思います。
途中で脱落するキャラがないから、下手に新しいキャラを増やせないんですよね。
それに仲間の死というインパクトを封印して、ハラハラするような展開にしないといけません。
だから味方を生かし続けるのは難しいはずです。
一番中途半端なのは、主要キャラは生かすけど、ぽっと出の仲間はあっさり殺してしまうような作品です。
主要キャラは生かし続ける。
でもインパクトが欲しいから、ぽっと出の仲間は殺してしまう。
これってけっこう残酷な展開です。
主要キャラまで殺すんなら、それ相応の覚悟があるんだなと分かりますが、ぽっと出の仲間ならいいやって殺すなら、ただ胸が痛みます。
ストーリーの都合上そうせざるを得ない場合は納得できるんですが、別に殺さなくても問題ないんじゃ?と思う場合は、納得がいきません。
どうしてわざわざ殺すような展開にもっていくのか?
物語を読んでいて、そのキャラを殺すことに必要性が見い出せないからです。
理不尽さや残酷さが売りの作品なら納得できます。
そういう作品は主要キャラでさえバンバン死んでいくからです。
逆に滅多に味方が死なない作品の場合なら、どうしても必要な展開だったんだろうなと納得できます。
でもそのどちらにも当てはまらない作品の場合だと、キャラクターの死を安易な刺激剤に使っているようにしか思えないんです。
仲間がバンバン死んでいく作品よりも、主要キャラ以外の味方は躊躇いなく殺す作品の方が、よっぽど残酷でしょう。
主人公と深い繋がりを持たないキャラは、味方であっても命が保証されないなんて・・・・・。
主要メンバーさえ無事ならいい。絆の深い味方さえ生きていればいい。
私はこういう展開はあまり好きではなくて、中途半端だなと思ってしまいます。
キャラを殺すなら、主要な奴だろうがモブだろうがバンバン殺す。
もしくは誰も殺さずに物語を進めてみせる。
下手に仲間を殺すより、この二つの方がよっぽど技量を問われると思います。
大した理由もなくモブの味方を殺す。
そういう展開になった場合、主要なキャラも殺してみせろよ思ってしまいます。
そして主要キャラを守るなら、モブも守ってやれよと感じてしまいます。
漫画だからといって、安易にモブを殺すような作品は、とても胸が痛みます。
作り物のキャラクターであっても、死には理由が必要でしょう。
緊張感を保つ為とか、作品の世界観を維持する為とか、ストーリーの展開上どうしても必要とか。
いくら作り物のキャラクターであっても、キャラクターの死を刺激剤として使う作品は、命を軽んじているようで、なんだかなあと思います。

稲松文具店〜ボンクラ社員と小さな社長〜 第三十八話 俺のスピーチを聴け!(1)

  • 2016.05.29 Sunday
  • 12:50
JUGEMテーマ:自作小説
怪人と加藤社長がいなくなった。
これから選挙だってのに、忽然と姿を消してしまった。
課長が言うには、加藤社長は怪人に連れ去られた可能性が高いらしい。
誰かがその場面を目撃したわけじゃないけど、でもそう考えるのが自然だと思う。
だって加藤社長は、怪人を再起不能なまでに叩きのめす武器を持っていたから。
それがどういう武器か知らないけど、手紙には確かにそう書いてあった。
もし怪人がどこかであの手紙を見たとしたら、その武器とやらのことを警戒したはずだ。
だから連れ去った。
みんなが注目する選挙で、その武器を使われたら堪らないと思って。
「・・・・と、俺は考えてるんですけど、どう思いますか?」
加藤社長の部屋を漁りながら、課長を振り返る。
「私も伊礼さんの手紙を読ませてもらったの。だから君の考えは当たってると思うわ。」
「あの怪人・・・実は見捨てたように見せかけて、加藤社長を泳がせていただけなんじゃないですかね?自分が傍にいたら尻尾を掴ませないだろうから。」
「そうかもしれない。でも今はとにかく二人を捜さないと。」
課長はくまなく部屋の中を捜す。
テーブルの上に散らかったオモチャやお菓子。
備え付けのテレビの棚。それに小さなロッカーやテーブルの下など、思いつく限りの所を調べていた。
俺も隅々まで部屋を調べ、何か手がかりになるような物はないか探す。
するとソファに寝かせていた草刈が「うう・・・・」と目を覚ました。
「草刈さん!」
課長が駆け寄り、「大丈夫ですか?」と心配そうに尋ねた。
「大丈夫じゃない・・・・まだ背中が痛いぞ・・・・。」
「すみません・・・・いきなりあんな事を・・・・、」
「どうして北川課長が謝る?悪いのはあのアホだろうが。」
そう言って身体を起こし、「ここは?」と尋ねた。
「加藤社長の部屋です。何か手がかりになる物はないかと思って。」
「無駄だ。伊礼がすでに調べてるはずだからな。」
草刈は背中を押さえながら、「あのガキめ・・・」と立ち上がる。
そしてすぐに俺に気づいて、「お前!」と怒った。
「なんだお前は!いきなり人を投げやがって!」
鬼の形相で掴みかかってきて、「せっかく助けてやったのに!」と怒鳴る。
「恩を仇で返すとはこの事だ!いますぐ首にしてやる!」
そう言って首を締めてきたので、もう一回投げてやった。
「げふッ!」
「冴木君!」
課長が俺たちの間に割って入り、「なんで乱暴なことするのよ!」と睨んだ。
「草刈さんが君を見つけてくれたのよ!それを・・・・、」
「そこが分からないんですよ。」
「え?」
「俺・・・・てっきりそいつに閉じ込められたんだって思ってました。でも違うんですか?」
「なんで草刈さんが君を閉じ込めるのよ?」
「だって俺だけ物置みたいな部屋にされたんです。そいつ俺のこと嫌ってるみたいだから。」
「分からない・・・・どういうこと?」
課長は不思議そうに首を傾げる。すると草刈は「やっぱりそういうことか・・・」と立ち上がった。
「おい冴木・・・・、」
「なんだよ?」
「お前は誤解してるぞ。」
「誤解?何を?」
「お前をあの部屋に入れるように指示したのは俺じゃない。」
「・・・・は?」
「だからお前を閉じ込めてもいない。」
「いや、だって係の人が・・・・、」
「その係の奴も行方不明なんだよ。」
「・・・・・ん?」
「お前は嵌められたんだ。あの怪人にな。」
そう言って痛そうに背中を押さえ、ソファに腰を下ろした。
「順を追って話してやる。そこに座れ。」
草刈は向かいのソファに手を向ける。
でも俺は「加藤社長を捜す方が先だ」と言った。
「あの人は怪人にさらわれたんだ。早く見つけないとどんな目に遭わされるか・・・・、」
「いいから座れ。」
「嫌だね。俺は加藤社長を捜しに行く。お前みたいに嫌がらせばっかりする奴の言うことなんか聞くか。」
「ガキかお前は。」
「何とでも言え。俺はあの人の信頼を裏切るわけにはいかないんだ。早く見つけ出して、予定通り選挙をやる。そんで俺が社長になる瞬間を見てもらうんだ。
それがあの人の信頼に応える一番の方法だからな。」
一瞥をくれ、部屋を出て行こうとする。
すると「冴木君」と課長が腕を掴んだ。
「ちょっと落ち着いて。」
「落ち着いてられませんよ!」
「捜すって言ったって、闇雲に捜したって見つかるわけないじゃない。だから今は話を聴こう。」
「じゃあ課長だけで聴いて下さい。俺は行かなきゃいけないんです。」
「君だけで捜したって意味がないって言ってるの。一人で突っ走ったってしょうがないのよ。」
課長はギュッと俺の腕を握りしめる。
これが他の誰かなら振り払っただろうけど、課長にそんな事をするわけにはいかない。
だから俯いたままこう答えた。
「俺・・・・腹が立ってるんですよ。」
そう言って顔を上げ、課長の目を見つめた。
「自分勝手なことする奴に・・・腹が立ってるんです。あの怪人にも、風間って記者にも、それに・・・・そこの草刈にも。」
ソファに座った草刈を睨み、「なんでもっと協力し合えないんですかね?」と頭を掻いた。
「どいつも自分のことだけ考えて、好き勝手なことしやがる・・・・・。」
「何言ってるの。草刈さんはそんな人じゃ・・・・、」
「でも課長だって言ってたじゃないですか。そいつはあんまり信用出来ないって。」
「そんなこと言ってないわよ。草刈さんは監査役だから、悪いことしないように注意しないといけないよって言っただけじゃない。」
「・・・そうでしたっけ?」
「そうよ。彼は社内で不正を行う者を監視するのが仕事なの。だから冴木君も悪いことしちゃ駄目よって言っただけじゃない。」
そう言われて、「そう言えばそうだったかな・・・」と頭を掻いた。
「君は草刈さんが自分のことを嫌ってるって言ったけど、それは逆よ。君が彼のことを嫌ってるの。だから都合の良いように私の言葉を受け取ったんでしょ?」
「ええっと・・・・、」
「私は草刈さんが信用出来ない人なんて、一言も言ってないわ。」
「・・・・・・・・・・。」
「よく知りもしないのに、勝手にそうやって決めつけて・・・・・。今勝手なことをしてるのは君の方よ。」
課長はキツイ口調で言い、俺の腕を離した。
「草刈さんはただの監査役じゃなくて、素行の悪い社員を監視する役目も持ってるの。」
「・・・そうなんですか?」
「白川常務・・・・最後は怪人の手で追い込まれたけど、でもあのままじゃ近いうちに常務の椅子から降ろされてたわ。
だってあまりに女性関係が酷すぎるから。草刈さんはその証拠を掴んでて、もしこれ以上女子社員を利用するようなことがあれば、処分を与えるつもりだったのよ。」
「・・・・・・・・・。」
課長はソファに座り、「ほら」と隣を叩いた。
「こっちへ来て話を聞いて。」
「・・・・・・・・・・。」
「君は男になったんでしょ?でもそのまま拗ねてたらただの男の子よ。」
「・・・・・・・・・・・。」
「冴木君。」
「・・・・・・・・・・・。」
「あ、そう。ならもういいわ。勝手に好きなようにすればいい。でもその代わり、みんなには迷惑を掛けないでね。
突っ走るのは勝手だけど、君のせいで加藤社長を見つけるのが遅れるかもしれないから。」
今日の課長はいつもより厳しい。
キッと目を吊り上げ、「さっさと行けば?」と言った。
「捜しに行くんでしょ?早く行きなさい。」
「いや・・・・、」
「何?草刈さんの話を聴く気はないんでしょ?だったらここにいてもしょうがないじゃない。」
「それは・・・・、」
「君は成長したと思ってた。でもそうやって拗ねてるだけじゃ、前と同じね。悪いけど、もし君が社長になってもデートは無しよ。」
「えええ!?」
「当然でしょ。「男の子」とデートしたってしょうがないじゃない。それはデートじゃなくて、ただ遊びに連れて行ってるだけだから。」
「ぐほあ!」
「私は君のお母さんじゃないのよ。いつまでも勝手なことやって、それを許してもらえると思ったら大間違い。ちょっと甘いんじゃない?」
「げほッ!」
「ほら、さっさと行きなさい。邪魔だから。」
そう言ってシッシと手を振る課長。その表情はとても厳しく、心が折れそうになった。
「あ、あの・・・・・、」
俺はフラフラと歩き、課長の傍に立った。
「その・・・・ちょっと調子に乗ってたかなあって・・・・、」
「何を?」
「いえ・・・その・・・・最近俺のことを褒めてくれる人が多かったから・・・・調子に乗ってたのかなあって・・・・、」
「だから?」
「それに・・・課長にも褒めてもらって・・・・デートの約束もしてもらって・・・・ちょっと浮かれてたっていうか・・・・、」
指をもじもじさせながら、飼い主に叱られる犬のように俯いた。
「だからその・・・・ごめんなさい!」
そう言って頭を下げると、「私に謝ってどうするの」と言われた。
「謝るのは私にじゃないでしょ。」
「ええっと・・・・じゃあ誰に・・・・?」
「言われなきゃ分からないの。そんな簡単なこと。」
課長の目は増々厳しくなる。
俺は「すいません・・・」と項垂れるしかなかった。
「その・・・どなたに謝ればいいのか・・・・、」
「草刈さんに決まってるでしょ!」
「え?その人に・・・・?」
「せっかく君を助けに来てくれたのに、それをいきなり投げるなんて・・・どうしてそんな乱暴なことするの!」
「はあ・・・・、」
「しかも子供みたいに拗ねて、話も聞こうとしない。こんな失礼なことがある?」
「いや、でもですね・・・・俺はてっきりその人に閉じ込められたと思って・・・・、」
そう言い返すと、課長の目はさらに険しくなった。
「す・・・すいません!俺が悪かったです。」
草刈の傍に行き、「申し訳ありませんでした!」と頭を下げた。
「その・・・とんだ勘違いで酷いことをしてしまって・・・・。」
「まったくだ。」
「全て俺の早とちりのせいです。本当に・・・ごめんなさい!」
肩を竦めながら、小さく丸まって謝る。
草刈は「ふん」と鼻を鳴らし、「北川課長も大変だな」と言った。
「こいつの面倒を見るのは、さぞかし骨が折れるでしょう?」
「ええ、まったく。」
「この手のタイプはすぐに調子に乗る。でも褒めてやらないと伸びない部分もある。まさに飴と鞭だ。」
「使い分けがすごく難しくて・・・・・最近はちょっと甘やかしすぎてたかなって反省してます。」
「男ってのは、下手に育てるとガキのままなんですよ。なんなら私が預かって、一から鍛え直しましょうか?」
「あ、お願い出来ますか?」
課長は嬉しそうな顔で言う。俺は「ちょっと!」と割って入った。
「何なんですかいきなり!二人でそんな話を進めないで下さい。」
そう言うと、草刈がパチンと俺のおでこを叩いた。
「痛ッ!」
「馬鹿かお前は。」
「な・・・何が?」
「いいか?北川課長はな、お前の将来に期待してるんだよ。」
「期待?」
「お前はまだまだケツの青いガキだ。でも中身はいいもん持ってんだよ。だからお前に期待してるんだ。」
「そ・・・・そうなんですか?」
「こうやって厳しくするのも、全部お前の将来を期待してのことだ。今までみたいに甘やかしてたんじゃ、この先伸びないだろうからな。」
「・・・・・・・・・。」
「それともお前は何か?ずっと甘やかしてほしいのか?」
「そ・・・そんなことは・・・・、」
「ケツの青いガキのままじゃ、いつまで経っても彼女と対等になれない。仕事でも恋愛でもだ。」
「なッ・・・・、」
顔が真っ赤になるのを感じて、「なんでそのことを!」と叫んだ。
「んなもん見てりゃ分かる。彼女に惚れてんだろう?」
「う・・・・、」
「でもな、ガキみたいに甘やかされてるだけじゃ、絶対に男として見てもらえないぞ。お前それでもいいのか?」
「い・・・・嫌です・・・・。」
「だったらこれ以上彼女に迷惑を掛けるな。お前のボンクラさ加減のせいで、いったいどれだけ尻拭いをさせられてるか・・・・お前知ってるのか?」
「尻拭い・・・・?」
「お前の普段のしょうもないミスのせいで、始末書180枚、取引先に謝りに行くこと75回、残業だって数えきれないほどやってる。」
「ま・・・・マジすか?」
「誰かがミスをすれば、それをフォローする人間が必要になる。身近なとこだと箕輪がそうだろう?」
「うぐッ・・・・、」
「お前が今までクビにならずに済んだのはな、全部北川課長のおかげなんだよ。それもこれも、お前の将来に期待してのことだ。
なぜなら彼女こそが、お前の秘めてる可能性に一番に気づいたんだからな。」
そう言ってまた俺のおでこを叩いた。
「課長が・・・・俺の可能性に・・・・?」
「だからいつだってお前のミスをフォローしてきた。そしてお前がクビにならないように、上司や取引先にどれだけ頭を下げてきたことか・・・・。」
草刈はソファに腰を下ろし、タバコを吹かした。
「厄介な奴だよお前は・・・・・。優秀な人間は、なぜかお前のことを評価したがる。会長だってお前の覚えはいい。
いくら前の事件があったにしても、あの会長が人を気に入るなんて滅多にないんだ。」
「・・・・・・・・・・・。」
「忌々しい奴だよまったく。しかし・・・・会社の将来を考えると、俺だって優秀な奴はクビにしたくない。今は使い物にならなくても、いつか化ける可能性があるならな。」
そう言って灰皿にタバコを押し付け、グリグリと揉み消した。
「どうでもいいような奴なら、誰も目を掛けたりしない。北川課長のことを大事に想うんなら、今は落ち着いて話を聴け。」
草刈の表情は険しく、この人も焦ってるんだなと分かる。
怪人と加藤社長がいなくなって、それをどうにかしないとと思ってる・・・。
俺は課長の隣に座り、「熱くなってすみませんでした」と謝った。
「その・・・・話を聴かせて下さい。」
真っ直ぐに見つめながら、膝の上で拳を握る。
課長と草刈は目を合わせ、小さく頷いた。
「加藤は間違いなく怪人に連れ去られてる。あいつは伊礼と一緒にこの部屋にいたんだが、ほんの一瞬の隙をついて誘拐された。」
「一瞬の隙?」
「加藤がジュースを飲みたいというから、伊礼が買いに行ったんだ。その時、傍にいた係員に加藤のことを頼んだ。
しかしそいつが少し目を離した隙にいなくなってたらしい。」
「それ・・・どれくらいの時間ですか?」
「30秒もなかったって言ってたな。ケータイに知らない番号から掛かってきて、出てみれば無言電話だと言っていた。」
「なら・・・それも怪人の仕業じゃ・・・・。」
「だろうな。伊礼が戻って来た時、係員は加藤がいないことを告げた。すぐに辺りを捜したが見つからなかった。
まさかとは思って怪人の部屋を覗いてみると、奴もいなくなってたというわけだ。」
「でも怪人の部屋の前にも係員はいたんですよね?だったらいつ抜け出したんでしょう?」
「言い忘れたが、奴の傍にいた係員も行方不明だ。」
「・・・・共犯?」
「その可能性が高いな。どうやら本社の中にも、怪人の手の者がいたらしい。もっと俺が目を光らせとけば・・・・なんて思っても、後の祭りか。」
そう言ってタバコを咥え、「それからは全ての部屋を調べたよ」と言った。
「候補者全員の部屋を確認した。するとお前までいなくなってた。」
「だって俺・・・物置みたいな部屋にいましたからね。」
「怪人の奴がわざとそこへ入れたんだ。」
「なら俺を案内した係員も・・・・、」
「奴の手駒だろう。」
「・・・・・・・・・・。」
「北川課長から聞いたよ。あの怪人、ずいぶんとお前のことを警戒してたみたいだな。奴のマンションへ連れて行かれて、散々に殴られたんだって?」
「ええ・・・しかも俺だけじゃなくて、美樹ちゃんまで怖い目に遭わせて・・・・、」
「可哀想にな、なんの関係もないってのに。白川のこともあるし、特別手当でも出してやるか。」
「お願いします。あのままじゃ可哀想だから。」
俺はグッと拳を握り、「それで?」と先を促した。
「それからはみんなで大捜索だ。とりあえず選挙は保留にして、手の空いた者は全て捜索に回した。
北川課長、伊礼、選挙にやって来た大勢の社員・・・・・。ちなみにカグラの連中は引き揚げて行った。面倒には関わりくないから、ここで棄権すると言ってな。」
「冷たい奴らですね。」
「元々そういう連中だ。しかし優秀な奴が多い会社だから、会長も好きにさせてる。ウチのグループの売り上げの三割を占めてるしな。」
「三割・・・・ってすごいんですか?」
「年間のグループ全体の売り上げが二兆二千億・・・・どれだけ貢献してるかくらい分かるだろ。」
「ちなみに靴キング!は・・・・、」
「900億、全体の約4パーセントだ。本社とカグラには遠く及ばない。」
「なんか悔しいな・・・・。」
「お前は靴キング!の人間じゃないだろう。それに今は関係のない話だ。」
「そうですね。で・・・・その後は?」
草刈はトントンと灰を落とし、短く煙りを吐いた。
「いくら捜しても見つからなかった。怪人と加藤とお前・・・・三人も一気に消えたんだ。それがどこにいるか分からないっていうんだから焦ったよ。
でもその時、五階から一枚の窓ガラスが落ちてきた。」
「ああ!」
俺は思わず叫ぶ。そして恐る恐る「あれはわざとじゃなくて・・・」と肩を丸くした。
「立てつけが悪かったもんだから、つい強引に開けようとして・・・・、」
「幸い誰も怪我しなかった。給料からの天引きだけで許してやる。」
「ほげえッ!」
恐れていたことを言われて、がっくり項垂れた。
「怪人はよほどお前のことを恐れていたみたいだな。だからあんな部屋に閉じ込めたておいたんだろう。もし窓ガラスが落ちてなきゃ、きっと今でも閉じ込められたままだ。」
「なんか複雑だな・・・・良かったような悪かったような・・・・。」
「もしやと思って物置部屋を見上げると、お前が隠れるのが見えた。だから急いで五階まで向かってると、北川課長と出くわしたってわけだ。」
「課長は元陸上部ですからね。足速いんですよ。」
そう言って「ね?」と笑いかけると、真剣な顔で「話の腰を折らない」と注意されてしまった。
「すいません・・・・。」
「その後はお前も知っての通りだ。俺は二回も投げられ、背骨がイカれそうになった。」
「すいません・・・。」
「せっかく助けに来たのに酷い仕打ちだ。」
「すいません・・・。」
「後で病院に行かなきゃな。治療費はお前の給料から天引きだ。」
「そんなあ〜・・・・・・、」
泣きそうになりながら、「しばらく米と漬物だけの生活になる・・・」と嘆いた。
「悔しかったら稼いでみろ。」
「うう・・・・・。」
「とにかく今は二人の行方を捜索中だ。目ぼしい所はすでに捜してるし、伊礼も動いている。あいつは腕利きの探偵だったそうだから、何か掴んできてくれるだろ。」
そう言ってタバコを揉み消し、「だから今は下手に動かない方がいい」と煙を吐いた。
「あの怪人が何を企んでるか分からない以上、勝手に動かれちゃ困るんだよ。」
「だから・・・・さっき課長が怒ったんですね。」
「とにかく今は待つしかないんだ。もし昼までに見つからなければ、選挙は中止だ。」
「・・・・・・・・・。」
「お前は北川課長と一緒にここにいろ。何か分かったら知らせてやるから。」
草刈は立ち上がり「おお・・・背中が痛てえ」と呻いた。
「これが中止になったら、次があるか分からない。」
「ですよね・・・・選挙で社長を決めるなんて、普通はしないから・・・。」
「まあせいぜい祈っとけ。加藤の無事と、選挙が流れないことをな。」
そう言って、俺たちを残して部屋から出て行った。
足音が遠ざかり、部屋がしんと静まり返る。
俺はすぐに立ち上がり、「やっぱり捜しに行きましょう」と言った。
「冴木君・・・・草刈さんの話を聞いてた?」
課長が険しい顔で言う。でも俺はこう言い返した。
「もちろん聞いてましたよ。でもあの人・・・・加藤社長の手紙のことは知らないんでしょ?」
「そのことは教えてないわ。だって加藤社長の秘密に触れちゃうから。」
「ならやっぱりじっとしてられませんよ。あの手紙の内容を知らないんじゃ、加藤社長が連れ去られた本当の理由を分かってないってことだから。」
「例の武器のことね?怪人を倒せるっていう・・・・。」
「きっとそのことを恐れて誘拐したんですよ。だから早く見つけないと危険なんです。今頃顔を変えてどっかに隠れてるはずですよ。」
「その隠れ家か分からないから問題なのよ。下手に動くと余計に混乱するだけだし・・・・。」
課長は口元に手を当て、不安そうな顔をする。
眉間に深い皺が寄って、「いったいどこにいるのか・・・」と呟いた。
「俺・・・・一つだけ心当たりがあるんですよね。」
そう答えると、「ほんとに!?」と顔を上げた。
俺は頷き、「ここです」と自分の頭を指さした。

厳しい人 優しい人

  • 2016.05.29 Sunday
  • 12:46
JUGEMテーマ:日常
先日演出家の蜷川幸雄さんが亡くなられました。
とても厳しい指導で有名な方ですが、でも慕う役者さんは多いようです。
それに大島渚監督も厳しいことで有名な方でした。
キツイ言葉、手が出たり物が飛んできたり。
それでも慕う人が多いということは、根はとても優しい人なんだと思います。
逆に優しいのに、あまり慕われない人もいますよね。
そういう人はもしかしたら、根が厳しいのかもしれません。
表向きは優しいんだけど、実はそうじゃない。
傍にいると、実は優しい人ではないんだなということもあります。
人は第一印象で決まるというけど、それは嘘です。
見た目と中身はまったく別物だったりするからです。
厳しい人って、下の人間を育てるのが上手いです。
特に若い人を育てるのは得意なんじゃないでしょうか。
天狗になっている鼻っ柱をへし折り、お前なんか大したことないんだぞと教える。
その上で必要な技術や仕事のやり方を叩きこむ。
最初に否定を持って来ることで、思い上がった心を押さえつけ、白紙の状態に戻しているんだと思います。
酷いやり方のように思えるけど、根っこに優しさがあるなら、人はついていくはずです。
表面上だけ優しい人より、厳しくても愛情のある人の方が信頼があります。
でも厳しいだけじゃ人はついて来なくて、いかに根が優しかろうが、どうしても厳しいやり方に耐えられない人もいます。
いくら指導の為でも、暴言に近い言葉や、物を投げられたり手をあげらたりが我慢ならない人もいるでしょう。
人に対して厳しく指導する人間って、自分自身にも厳しい人が多いと思います。
だけど自分で自分に厳しくするのと、他人から厳しくされるのとではまったく違います。
他人に厳しい人って、自分が同じような指導方法をされると、おそらくついていけないんじゃないかと。
蜷川幸雄さんは元々役者志望だったそうです。
でも演出家にダメだしを喰らい、それで演出家に転向したのだとか。
蜷川さんは一流の演出家ですが、その能力は誰かに厳しく指導されて身に着けたものではないと思います。
あくまで我を貫くことで磨き上げてきたのでしょう。
もし暴言を浴びせられたり、殴られたり物を投げられたりしたら、キレるかへこむかのどちらで、長くは続けられなかったんじゃないかと思います。
人によっては、優しく指導した方が伸びる場合もあります。
というより、自由にやらせてあげた方が伸びると言った方が正しいです。
厳しいということは、相手を否定するということです。
慢心を取り除き、真摯な態度で物事に臨むように指導するということです。
対して優しいということは肯定です。
相手を認め、受け入れ、持っている力を伸ばそうとする指導です。
どちらの指導方法が優れているか?
それを比べることは出来ません。
なぜなら指導を受ける側の人間によって、どちらがいいかは変わってくるからです。
体罰はあった方がいいという意見と、体罰なんて必要ないという意見があります。
きっとどっちも正解じゃなくて、指導する相手によって、どちらが有効か変わるっていうのが正解だと思います。
厳しいのが好きな人、苦手な人。
優しいとムズムズしてやりにくくなる人、逆に伸びる人。
厳しいと優しいはそれぞれにメリットとデメリットがあるけど、指導を受け取る側の人間の性格によって、メリットとデメリットの比重が変わってくるのでしょう。
あまりに厳しくし過ぎると、人によっては歪んだ性格になってしまうでしょう。
しかしあまりに優しすぎると、その優しさに甘えてダメになってしまう人もいるでしょう。
だからやっぱり、厳しいと優しいのどちらがいいかなんて言えません。
これが正しいという指導法はないと思います。

稲松文具店〜ボンクラ社員と小さな社長〜 第三十七話 いざ選挙!(3)

  • 2016.05.28 Saturday
  • 13:33
JUGEMテーマ:自作小説
選挙のスピーチは8時から。
しかも俺がトップバッターである。
緊張と共に控室で過ごし、ドアの前で名前が呼ばれるのを待っていた。
だけど時間が近づいても全然呼んでくれなくて、とうとう8時になってしまった。
本当なら係員が呼んでくれるはずなんだけど、時間が来ても呼ばれる様子がない。
ルールでは勝手に部屋を出てはいけないことになってるけど、もう我慢出来ない。
ドアを開けて出ようとすると、なんと外から鍵が掛かっていた。
しかも内側から開けることが出来ないようになっている。
俺はノブを回し、「開けてくれ!」と叫んだ。
「早くしないと時間が無くなる!」
ノブをガチャガチャ回しても、係員は来ない。
「おい!そこにいんだろ?早く開けてくれ!」
そう叫んでも、うんともすんとも返事がなかった。
「なんだ?いないのかよ?」
バンバンとドアを叩き、「開けろって!」と叫ぶ。
「便所でも行ってんのか!?俺がトップバッターなんだよ!さっさと開けろ!」
叫んでも喚いても、ドアを叩いても返事がない。
こうなりゃヤケだと思って、思い切りドアを蹴飛ばした。
でも全然ビクともしなくて、「痛ってえ・・・」と足を押さえた。
「んだよ・・・ドアってけっこう頑丈なんだな・・・・。」
蹴った足がジンジンする・・・・。ドラマとか漫画なら簡単に蹴破ってるのに、実際はけっこう固いもんだった。
「クソ!開けこの野郎!」
今度は体当たりをかますが、やっぱりビクともしない。
「おのれ〜・・・・こうなったら必殺の回し蹴りで・・・・・。」
カンフー映画みたいに、クルっと回ってキックを放つ。
でも埃だらけの床のせいで、ズルっと足元が滑った。
「ふぎゃッ!」
一回転しながら派手に倒れる。思い切り背中を打って「ぬおおお・・・・」と悶えた。
「い・・・息が・・・・呼吸がああ・・・・・。」
ゲホゲホと咳をしながら、「ふざけんなよ・・・」と立ち上がる。
「なんだってんだよ・・・・なんで誰も呼びに来ないんだよ・・・・。」
背中を押さえながら、「ぐふッ!」と咳き込む。
時計を見ると8時3分になっていて、「ぬああ!」と叫んだ。
「もう始まってんじゃん!」
一気に焦りが出て来て、「ここを開けろ〜!」と叩きまくった。
「俺の時間なんだよ!俺がトップバッターなんだ!」
いくら叫んでも誰も来ない・・・・・。これはいよいよヤバイことになった。
「・・・確か草刈が言ってたな・・・・。8時になったら、候補者は全員会場へ移動するって・・・・・。てことは・・・もしかしてこの階には誰もいないんじゃ・・・・。」
この部屋のある五階は、普段は誰も使わない。
緊急の会議とか、他の部屋が開いていない時にしか使用しないのだ。
だからこんな物置みたいな部屋があるわけで・・・・。
「なんてこった・・・・俺だけ忘れられてる・・・・。」
がっくりと項垂れ、埃まみれの床に座り込んだ。
「・・・・・そうだ!スマホで・・・・、」
そう言いながらポケットに手を入れて、「あ!」と固まった。
「ダメだ・・・・取り上げられてるんだった。」
またガックリと項垂れ、「ああ・・・もう!」と床を叩いた。
「ドアは開かない!係員はどっか行っちまう!スマホも無けりゃ、この階自体に人がいない!もうお手上げじゃないか!!」
ガリガリと頭を掻きむしり、「どうすりゃいいのさ!」と叫んだ。
でもそこで「そうだ!」と思いついた。窓に駆け寄り、庭を見渡す。
「・・・・・・いなくなってる。」
さっきまで箕輪さんたちがいたのに、ベンチには誰もいなかった。
「中に入っちゃったのか・・・・クソ!」
せっかく直したパイプ椅子を蹴飛ばし、また倒れて来る。
「ぎゃうッ!」
ガラガラと音を立てながら、幾つものパイプ椅子に組み敷かれた。
「なんってこった・・・・今日は厄日だ。」
もうどうにでもなれと思い、本気でこのまま寝てしまおうかと考える。
《ああ、もう!一番決めなきゃいけない日なのに・・・なんでこんな事になるかね?ていうかそもそも草刈の野郎が悪いんだ。
あいつがこんな部屋さえ用意しなきゃ・・・・・、》
そう思った時、「まさか・・・」と顔を上げた。
「これ・・・・わざとか?わざと俺を閉じ込めたのか?スピーチをさせない為に・・・・・。」
ふつふつと湧き上がった疑惑は、炎のように燃え上がる。
「絶対にそうだ・・・・俺だけ呼び忘れるわけがない・・・・。これも草刈の野郎が企んだことなんだ・・・・・。」
今日は厄日だ・・・・・そう思ったことを撤回する。
これは厄日なんかじゃない。全部草刈の野郎が悪いんだ・・・・。
「あの野郎・・・・・・屋上から巴投げかましてやる!」
椅子を押しのけ、「オラあ!」とドアに突っ込む。でも全然ビクともしなくて、「こっちはダメか・・・」と諦めた。
「自力で出るのは無理だな。なら・・・・誰かに気づいてもらうしかない!」
また窓に駆け寄り、外に人はいないか探してみる。
するとたくさんの人が集まっていて、入り口の前で固まっていた。
「おお、たくさんいるじゃん!」
これだけいれば、大声で叫べば誰かが気づいてくれる。
俺は窓に手をかけ、「ふぎ〜・・・・」と引っ張った。
「ほんっと立てつけ悪いなこれ・・・・・・。」
ほとんどハメ殺し状態の窓を思い切り引く。
するとガコ!っと音がして、サッシから外れてしまった。
「あ、ヤバッ・・・・・、」
そう呟くのと同時に、窓が落ちて行く。
そして数秒後にはバリーン!と大きな音が響いた。
「・・・・・・・やっちまった。」
背中に冷や汗が流れ、すぐに窓から身を乗り出す。
下を見ると、窓は盛大に割れていた。
五階からでも分かるくらいに、辺り一面にガラスが飛び散っている。
でも幸いなことに、周りに人はいなかった。
俺は「よかったあ〜・・・」と息をつき、サッシにもたれかかった。
もし誰かが怪我をしていたら、それこそ給料の天引き程度じゃすまなくなる。
ていうか選挙どころじゃなくなるだろう。
「やっぱ今日は厄日かもしれんね・・・・・。」
ガックリと項垂れ、もうどうにでもなれと運命を呪う。
すると「誰かいるのか!?」と下から声がした。
「ヤベッ・・・・、」
咄嗟にしゃがんで隠れる。また「上に誰かいるのか!」と声がして、俺はじっと固まった。
「ああ・・・・見つかったら弁償させられる・・・・。頼むからこれ以上の天引きは勘弁してくれ。」
貯金は祐希さんを雇う為に使い果たし、給料は元々安月給。
もし社長に当選しなかったら、生活そのものが危うくなる。
「どうにかここから抜け出さないとな。」
事情を説明したら、今からでもスピーチをさせてもられるはずだ。
落ちた窓ガラスのことは・・・・まあ風が強かったとか、ポルターガイストのせいとか、どうにか言い逃れしよう。
一番の問題はどうやって抜け出すかで、ドアの前に立って考えた。
「壊す以外に方法が思いつかない・・・・。でもそんな事したら、やっぱ給料から引かれるのかな?・・・いやいや、これは全部草刈が悪いんだから、あいつのせいにしとけばいいんだ。
課長に事情を話せば、きっと分かってもらえるさ。」
そう自分に言い聞かせ、床に転がったパイプ椅子を掴んだ。
「助走つけてこいつで殴れば、多分壊せるだろ。」
ゆっくりと壁際まで下がり、「うおおおお!」と駆け出す。
そして椅子を振りかぶって、思い切り叩きつけようとした。
しかしその時、ガチャリとドアが開いた。
「うおッ・・・・・、」
慌ててブレーキを掛け、椅子を振り下ろすのを止める。
でも勢いは止まらず、前のめりに転んでしまった。
「ぎゅうッ!」
「きゃあッ!」
誰かとぶつかって、そのまま押し倒してしまう。
部屋の外に倒れ込んで、「なんなんだよ・・・」と立ち上がろうとした。
その時、床に手を着いたつもりが、何か柔らかいものに当たった。
いや、当たったというより、握ったという方が正しいかもしれない。
なぜならその柔らかいものは、ちょうど手の平に収まるくらいの大きさだったからだ。
しかも妙に肉感的で、触っているとこう・・・・ある種の本能が目覚めて来るような・・・・・、
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・手・・・・・どけてくれる?」
そう言われて、俺はゆっくりと手を離した。
それと同時に、床に頭をついて謝った。
「すすすすすす・・・・すみません!!」
「・・・・・・・・・・。」
「わざとじゃないんですよ!いや、ほんとに!絶対にわざとじゃないんです!!」
「・・・大丈夫、分かってるから。」
「だ・・・だってですね!まさか課長が急に現れるなんて思わなくて・・・・・、」
床に穴を空ける勢いで頭を下げる。
何度も何度も「ごめんなさい!」と謝っていると、「もういいから」と肩を叩かれた。
「い・・・いやいや!一発くらい殴って下さい、ええ!」
「だから気にしてないってば。」
「俺が気にするんです!だって・・・この・・・・この汚れた手が・・・・課長のお胸を鷲掴みに・・・・・、」
「言葉に出さなくていいから!」
まだ感触が残る手を見つめていると、ペチンと叩かれた。
《お・・・おお・・・・おっぱ・・・・おっぱいを・・・・・課長の・・・・課長のおおおおおお・・・・。》
喜び?興奮?・・・・いやいや、それより申し訳なさを先に感じないといけない。
いけないんだけど・・・・・やっぱ喜び?
震えながらその手を見つめていると、「目がイヤらしい・・・」と言われた。
「え?・・・・ああ!いやいや・・・そんな・・・・、」
「もしかしてわざとだった?」
「め・・・・滅相もない!この冴木晴香、天地天命に誓ってそのような事は・・・・、」
「もしわざとだったら、ちょっと嫌いになったかも・・・・・。」
課長はジトっとした目で睨む。胸を隠し、怒るような視線で・・・・。
俺はすぐに謝ろうとしたけど、でもすぐに違和感を覚えた。
《あれ?いつもなら「別に怒ってないよ」とか「気にしてないから」って許してくれるのに・・・・。こうやって怒ってるってことは、やっぱ弟君から卒業したってことなのかな?
俺のことを男として意識してるから、こうやって怒ってるのかも。》
じっと考えていると、「いつまでイヤらしい目してるの」と怒られた。
「え?いやいや・・・・別にそんな・・・・、」
「今はそんな事考えてる場合じゃないのよ。」
課長は立ち上がり、「もしかしたら選挙どころじゃなくなるかもしれないんだから」と言った。
「はい?」
「いなくなっちゃったのよ。」
「いなくなった・・・・・って誰が?」
「怪人よ。」
「・・・・・・・ええええ!?」
思いがけないことを聞かされて、「どうして!?」と立ち上がる。
「なんでいなくなっちゃったんですか!?」
「分からない・・・・。でも逃げたのかもしれない。」
「逃げるって・・・・だって選挙に出る気満々だったじゃないですか!」
「理由は分からない。でも突然いなくなっちゃったの。」
「そんな・・・・、」
「だけどそれ以上に深刻な事がある。」
そう言って表情を引き締め、「落ち着いて聞いてね」と眉間に皺を寄せた。
「いなくなったのは怪人だけじゃないの。加藤社長も・・・・。」
「加藤社長も?」
「というより、連れ去られた可能性が高いわ。」
「連れ去られたって・・・・・誘拐ってことですか?」
ゴクリと息を飲み、恐る恐る尋ねる。
課長は無言で頷き、「だから選挙どころじゃなくなるかもしれない」と答えた。
「・・・・・・・・・・・。」
「驚くよね・・・・・・。」
「なんで・・・・?どうして加藤社長を誘拐して・・・・・。」
「今は伊礼さんが捜してくれてる。」
「もし本当に誘拐だとしたら、選挙なんてやってる場合じゃないですよ!早く警察に・・・・、」
そう言いかけると、課長は首を振った。
「無理よ。だって加藤社長は怪人の養子だもの。」
「いや、でも見捨てたんじゃ・・・・、」
「確かに見捨てたけど、法律上はまだ養子のはず。だから・・・・警察に頼んでも意味はないわ。自分の子供なんだから。」
「・・・・・・・・・・・。」
「どうして怪人が加藤社長を連れ去ったのかは分からない。だけど君の言う通り、今は選挙をやってる場合じゃないわ。早く加藤社長を見つけないと。」
課長は深刻そうな顔で言う。でも俺は、もっと深刻な顔になっていた。自分では見れないけど、きっとそんな顔になってるに違いない。
《加藤社長・・・・・。》
もし怪人が狙ってくるなら、それは課長だと思っていた。
なのになぜ見捨てたはずの加藤社長を連れ去ったのか?
《・・・・一つだけ心当たりがある。もしそれが理由だとすると、最悪は加藤社長は・・・・・。》
嫌な予感がこみ上げ、「捜しましょう!」と言った。
「早く見つけないと加藤社長が危ない!」
「分かってる。でもどこを捜せばいいのか・・・・・。」
「とにかく捜すんです!加藤社長が最後にいたのはどこですか?」
「多分自分の部屋だと思うわ。候補者は別々に隔離されてたから、私も直接見たわけじゃないけど・・・・・。」
「なら加藤社長のいた部屋に行きましょう!」
「でもそこはもう調べて・・・・、」
「もう一度調べるんです!何か見つかるかも!」
そう言って駆け出した時、また誰かとぶつかった。
「痛ッ!」
「うお!」
お互いに頭を押さえ、「どこ見てんだ!」と罵り合う。
「・・・・ああ!」
「・・・・またお前か・・・・。」
ぶつかったのは、憎きあの男だった。
俺は胸倉を掴み、ガクガクと揺さぶった。
「てめえこの野郎!よくも閉じ込めやがって!」
「はあ?何を言って・・・・、」
「問答無用!」
腕を掴み、「どうりゃあ!」と一本背負いを決める。
草刈の身体は綺麗に宙を舞い、背中から落ちていった。
「げふッ・・・・!」
「思い知ったかこの野郎!」
ガッツポーズをして勝ち誇ると、「何やってるの!」と課長が怒った。
「何って・・・・こいつが俺を閉じ込めたから・・・・、」
「大丈夫ですか!草刈さん!」
課長は慌てて草刈を抱き起す。背中をさすりながら、「なんてことするの!」と睨まれた。
「え?いや・・・・だってそいつが・・・・・、」
「怪人と加藤社長がいなくなって、みんなパニックだったのよ!でも草刈さんだけが君のこと思い出して助けに来てくれたのに。」
「・・・・・へ?」
わけが分からず、首を傾げながら唇をすぼめる。
草刈はゲホゲホと言いながら、「やっぱりお前はクビだ・・・・」と気絶した。
「・・・・わかが分からない。いったい何なの?」
まったく状況が理解できず、肩を竦める。
課長は目を吊り上げて怒り、草刈は泡を吹いていた。

娯楽作品はドキドキワクワクが一番大事

  • 2016.05.28 Saturday
  • 13:30
JUGEMテーマ:漫画/アニメ
JUGEMテーマ:音楽
JUGEMテーマ:小説/詩
ずっと好きだった作家さんがいるんですが、最近はあまり読んでいません。
ずっと好きだったミュージシャンの曲も、新しいのはほとんど聴いていません。
長年ファンだった作家さんやミュージシャンの作品。
好きなのは昔の作品です。
長く続けていると、小説でも音楽でも上手くなるのは分かります。
だけどファンが求めているものって、決して上手さじゃないんですよね。
読んでてワクワクするとか、聴いてて胸が熱くなるとか、そういうのが一番大事です。
昔に比べて上手くなったなあと思う作家さんはたくさんいます。
だけど昔に比べて面白くなったなあと思う作家さんは少ないです。
上手くなった分、形が出来上がりすぎて、面白味に欠けるからです。
例えば漫画の場合だと、次の週が楽しみになるような内容が一番面白いです。
早く次の回を読みたい。
娯楽作品はドキドキワクワクがあるかどうかが大事です。
それがなくなると、いかに上手い文章だろうが絵だろうが、いかに上手い演奏だろうが興味がなくなってしまいます。
純文学やクラシック音楽になると別なんでしょうけど、娯楽作品には必ずしも上手さは必要ないと思います。
それよりもドキドキワクワクの方が遥かに大事です。
ページを捲りたくなるほどドキドキするとか、アルバムで次の曲に行くのがワクワクするとか。
そういうのがなくなってしまうのは、とても寂しいです。
奇抜だろうが斬新だろうが、王道だろうが定番だろうが、はっきり言って作品のカラーなんて、そこまで重要じゃないんです。
それよりも胸を弾ませる何かがあるかどうかが大切です。
それがない娯楽作品は、どんどんファンが離れていってしまうでしょうね。
上手さよりも面白さ、完成度よりもドキドキやワクワク感。
ファンが求めているのは、いつだって同じはずです。
ドキドキワクワクするような作品、昔に比べて少なくなったなあと思います。

稲松文具店〜ボンクラ社員と小さな社長〜 第三十六話 いざ選挙!(2)

  • 2016.05.27 Friday
  • 12:42
JUGEMテーマ:自作小説
五階にある狭い会議室に、候補者が顔を揃えている。
俺、課長、伊礼さん、加藤社長、カグラの社長と副社長。そして・・・・怪人。
テーブルを囲うようにしてみんなが座っていて、難しい顔で腕を組んでいる。
「選挙は九時からです。あと一時半ほどですね。」
そう言って草刈取締役が腕時計を見つめた。
本来なら課長が進行役だが、候補者になってしまったので代わりを務めている。
差し棒をバンバンと叩きながら、「何か質問は?」と見渡した。
誰も手を挙げず、草刈取締役は小さく頷く。
「確認の為にもう一度繰り返しますが、選挙前のスピーチは、それぞれ二分です。順番は今からクジで決めます。」
そう言って小さな箱を取り出し、「じゃあ右側の方から」と俺に渡した。
俺は箱を受け取り、中からクジを引く。次に課長が引き、そして伊礼さんと加藤社長。
その次に怪人が引いて、カグラの二人も引いた。
それぞれの手にクジが渡り、「では番号を確認してください」と言われた。
「・・・・・・・・・。」
折りたたまれたクジを開くと、「3」と書いてあった。
「先ほども言いましたが、お互いに順番を教えるのは厳禁です。いいですね?」
そう言ってバシバシと差し棒を叩きつける。
《前の演説であんなことがあったから、順番にも気をつけてるんだろうな。誰がいつ喋るか分かったら、怪人が何か仕掛けてくるから。》
俺はクジを折りたたみ、手の中に握りしめた。
「ではクジを回収します。箱の中に戻して。」
みんな順々にクジを戻し、また難しい顔で腕を組んだ。
《いったいどういう順番なんだろうな・・・。もし怪人が一番手なら、また何か仕掛けてくるんじゃ・・・・、》
怪人の方を睨むと、澄ました顔で扇子を仰いでいた。
誰とも目を合せようとせず、勝ち誇った笑みを浮かべている。
《余裕の表情だな。白川常務を潰して、俺を脅して、もう敵はいないって安心してんのか?》
怪人は加藤社長を手駒にして本社を乗っ取るつもりだった。
でもその加藤社長はもう使えないと切り捨てた。だから加藤社長のことは敵とは思っていない。それに人数合わせで出馬した伊礼さんも眼中にはないだろう。
カグラの二人は最初からやる気がないから、相手にする必要はない。
となると・・・・・課長だ。
ギリギリになって出馬してきた、最も強力な対抗馬。
会長の一人娘で、その美貌ゆえにファンも多い。
それに誰にでも丁寧に接するから、男女問わず人気がある。
だから何か仕掛けてくるとしたら、それは課長以外に考えらない。
《怪人の順番は問題じゃない。課長の順番を知らないといけないんだ。じゃないと何かあった時に対処できない。》
俺は課長に目配せをした。すると課長もこちらを見て、小さく頷いた。
《きっと課長も同じことを考えてるはずだ。後でこっそり順番を教えてもらわないと・・・・、》
そう思っていると、「では各自別々の部屋へ移動してください」と言われた。
「先ほども説明した通り、スピーチまでは自分の部屋にいてもらいます。用がある時は係の者に言いつけて下さい。」
そう言われて《そうだったあ〜!》と唇を噛んだ。
《スピーチが終わるまでは、候補者は隔離されるんだった。結託して不正を働かないようにする為に・・・・・。》
「ちなみにケータイやスマホ、それにパソコンなどの通信機器はこちらで預からせて頂きます。」
《くっそ〜・・・・スマホまで奪われるのかよ・・・・。これじゃ課長の順番が分からないじゃないか!》
いったいどうしたらいいのか困っていると、伊礼さんが手を挙げた。
「何ですか?」
「あの・・・実は加藤社長のことなんですが・・・、」
そう言って隣に座る加藤社長を見つめる伊礼さん。草刈取締役も目を向け、わずかに眉を寄せた。
なぜなら加藤社長は、車のオモチャで遊んでいたからだ。
「ぶ〜ん!」と言いながら楽しそうに笑っている。
「・・・・話は聞いています。病院に運ばれてから幼児退行してしまったとか?」
「ええ。ですから一人でスピーチをさせるのは不安かと。ここは私が付き添っても構わないでしょうか?」
伊礼さんはいかにも不安そうな表情で訴える。すると草刈取締役は「駄目です」と答えた。
「スピーチが終わるまでは、候補者同士の接触は厳禁です。」
「しかし・・・、」
「係の者を付き添わせます。」
「・・・加藤はまだ子供です。見知った人間でないと落ち着かない。」
「なら棄権なさっては?」
「棄権・・・?」
「こうして様子を見ている限りじゃ、とてもスピーチなど出来ないでしょう?」
「棄権・・・・出来るんですか?」
「してはいけないという決まりはありません。それに加藤さんが抜けても、最低枠の六名は保てますから。」
「そうですか・・・棄権は可能・・・・。」
伊礼さんは小さく頷き、「なら私が棄権します」と言った。
「あなたが?」
「加藤は我が社の社長です。それを差し置いて私が立候補するわけにはいきません。」
「社長といっても、今は幼児退行してるんでしょう?ならあなたが出た方が・・・・、」
「しかし社長は社長です。ここは私が・・・・、」
「いや、別に誰か棄権しようと構いませんよ。ただその様子じゃどうかと思ってね・・・・。」
加藤社長は車に飽きて、今度は戦隊ヒーローの人形で遊んでいる。
「でゅくし!」とか「ぴしゅん!」とか叫びながら。
「というより、あなたが棄権しなくてもまだ一人いるじゃないですか。靴キング!の人間が・・・・。」
草刈取締役は憎らしそうな目で怪人を睨む。
「香川部長、あなたが棄権なさっては?」
そう促すと、笑顔のまま首を振った。
「わたくしは棄権など致しません。加藤社長がこのようなことになってしまった以上、わたくしが責任をもって立候補させて頂きます。」
「あなたに何の責任が?」
「だってわたくし、靴キング!の総務部長ですから。社長、専務、常務に次ぐ、四番目のポストですのよ。責任を持つのは当然じゃありませんの。」
「伊礼本部長が出るんだから、あなたは棄権しても問題ないと思いますが?」
「それはそれ、これはこれ。わたくし、選挙には出させて頂きますわ。誰がなんと言おうと・・・・ねえ?」
怪人はみんなを見渡し、「おほほほほ!」と扇子を仰いだ。
草刈取締役は小さく舌打ちをして、殺気のこもった目を向けた。
《この人も怪人をどうにかしたいんだろうけど、白川常務があんな目に遭った後じゃあなあ・・・・。
課長が言うには、草刈さんもあんまり信用出来る人じゃないらしいし。きっと裏では色々悪いことやってんだろ。
後ろめたいことがあるから、怪人に逆らえないんだ。もし弱みを握られてたら終わりだから。》
悔しそうな顔をする草刈取締役だが、これ以上は何も反論しなかった。
《もしかしたらすでに脅されてる可能性もあるよな。近いうちにこの人も消えるかも・・・・・。》
そんな風に思っていると、伊礼さんが「私が棄権します」と言った。
「棄権はルールに違反しないのであれば、問題ありませんよね?」
「ええ・・・・まあ・・・・。」
「なら私はこの場で棄権します。そして加藤の付き添いをさせて頂きたい。」
「どうぞご自由に。」
草刈取締役は面倒くさそうに言い、「ではもう一度クジを」と言った。
「一人抜けたんでやり直しです。ちなみにもう棄権したいという方はいませんよね?」
そう言いながらみんなを見渡して、なぜか俺の所で目を止めた。
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・なんすか?」
「・・・いや・・・・本当に出るんだなと思って・・・・。」
「はい?」
「馬鹿というか、恥知らずというか・・・・・。」
「あんたに言われたくねえ。」
「まあいいさ。選挙が終わったら首を飛ばしてやる。どうせお前なんかが当選するわけないからな。」
「てめえ・・・・、」
カチンと来て、思わず腰が浮く。すると課長が俺の肩を押さえた。
「落ち着いて。」
小声でそう言われて、「すいません・・・」と座る。
《いかんいかん・・・・。こんな所で怒ったって意味ないんだ。冷静に冷静に・・・・。》
草刈はニヤニヤした顔で挑発してくる。俺は目を逸らし、《今に見てやがれ!》と罵った。
「では棄権者はいないようですので、クジを引いて下さい。」
再びクジ箱を回され、順番に引いていく。今度はさっきとは逆の左回りで、俺は一番最後に引いた。
「・・・・・マジかよ。」
番号を見て思わず唸る。
「1」
なんとトップバッターだ。
当然のことだけど緊張する。それに何より、誰かが俺より良いスピーチをしてしまうと、俺のスピーチは霞んでしまう。
《こういうのはトリがいいのに・・・クソ!でも順番は順番だ、仕方ないか。》
クジを戻し、むっつりした顔で腕を組む。
草刈が「では皆さん別室へ移動して下さい」と言い、係員が候補者を案内していった。
加藤社長だけは伊礼さんが付き添い、二人して部屋から出ていく。
カグラの二人もさっさと出て行って、怪人も扇子を仰ぎながら去って行った。
課長も立ち上がり、引き締まった表情で歩いて行く。
俺は最後に立ち上がり、緊張を胸に部屋を後にした。
それぞれの候補者が別室へ案内されていく。
ちゃんと候補者用に用意した部屋で、中には食べ物や飲み物が置かれていた。
「へえ、気が利くな。」
ちょっと小腹が空いていたのでありがたい。
スピーチの前に腹ごしらえをと思っていると、「あ、冴木さんはこっちです」と係員に言われた。
「え?」
「それは他の候補者の部屋ですから。あなたはこっちです。」
そう言われて案内されたのは、パイプ椅子が積み上がった小さな部屋だった。
足の欠けた机や、古いパソコンも転がっている。
しかも全体的に埃っぽく、積み上がったパイプ椅子のせいで、窓の光もちょっとしか入らない。
「・・・・・・・・・・。」
「どうぞ。」
「あの・・・・どうして俺だけこんな部屋に?」
「草刈取締役の指示です。」
「・・・・・・・・・・。」
「急に候補者が増えてしまったので、人数分の部屋を用意出来なかったんですよ。埃っぽい場所だけど我慢して下さい。」
中に押し込まれ、「外にいるので、用がある時は声を掛けて下さい」と言われた。
「あの・・・・もう少しマシな部屋は・・・・、」
「ああ、それと通信機器はお預かりします。」
「いや、あの・・・・もう少しマシな部屋を・・・・、」
「出して下さい。」
「・・・・・・・・。」
「早く。」
「・・・・・・・・。」
「従わないのなら、ルール違反で失格にしますよ?」
「・・・・・分かったよ。」
ポケットからスマホを取り出し、「ほら」と突き出す。
相手はそれを受け取ると、何も言わずにバタンとドアを閉めた。
「・・・・・・・・・・。」
閉じられたドアを睨み、積み上がったパイプ椅子を振り返る。
「あんの野郎〜・・・・・・。」
腹が立ってきて、積み上がったパイプ椅子を蹴った。
するとグラグラと揺れて、俺の方に向かって倒れてきた。
「ぎゃうッ!」
大きな音を立てながら崩れるパイプ椅子。俺は下敷きになって、「クソッタレ!」と叫んだ。
「草刈の野郎〜・・・・しょうもない嫌がらせしやがってえええ・・・・。」
パイプ椅子をどけながら、埃まみれになったスーツを払う。
「俺が社長になったら絶対に首にしてやっかんな!」
バシ!っと拳を打ち付け、パイプ椅子を立てる。
ドスン!と腰を下ろすと、メキっと鳴って壊れた。
「ぎゃうッ!」
ドアが開き、「静かにして下さい」と怒られる。
「他の候補者に迷惑です。」
「だったらもちっとマシな部屋用意しろよ!」
「急に候補者が増えたんだから仕方ないでしょう。」
「あのな・・・俺が先に立候補してたんだ。だったら後から出馬した奴をここにすればいいだろ。」
「なら北川課長に替わってもらいますか?」
「なんで課長なんだよ!あの婆さんでいいだろ!」
「それはこちらが決めることです。それと壊した椅子・・・・給料から天引きになりますよ。」
そう言ってバタンとドアを閉める。
俺は「ぐううう〜・・・・・・」と拳を握り、「だったら椅子くらいまともなもん用意しとけ!」と怒鳴った。
「なんなんだよいきなり・・・・。ああ、出だしから腹立つ!」
また椅子を蹴り飛ばそうとしたが、これ以上天引きされるのは嫌なので我慢した。
「ふん!まあいいさ・・・・俺がトップバッターなんだ。しばらく我慢してりゃ出られる。」
腕を組み、どうにか気持ちを落ち着かせる。
椅子が崩れたおかげで、窓から光が入って来た。
部屋は照らされ、さっきよりも明るくなる。
「暗い雰囲気って嫌いなんだよな。窓開けよ。」
鍵を外し、窓に手を掛ける。
「んん〜・・・・立てつけ悪いなこの窓・・・・。」
どうにか全開まで開き、外の空気を吸い込んだ。
「ああ・・・ちょっと雲が出てきたな。」
さっきまでは澄み渡るような青空だったのに、今は雲が流れている。
それも遠くの空からたくさんの雲が。
まだ陽は照っているけど、そのうち陰ってしまいそうだ。
「曇りって嫌いなんだよな。まだ雨の方がマシっていうか。」
晴れるでもない、雨が降るでもない、どんよりとグレーに染まった空が一番嫌いだ。
それならまだ夕立の方がいい。ピシャっと雷が鳴って、痛いほどの雨が降る方が気持ちいい。
「せっかく気持ちの良い空だったのに。気分も天気も最悪だよ。」
窓を閉め、「はあ〜・・・」とため息をつく。
腕時計を見ると7時40分。
スピーチは8時から始まるから、あと少しでみんなの前に立たないといけない。
「やっぱ緊張するな。」
そわそわと動き回り、どうにか気を誤魔化す。
倒れた椅子を戻したり、腕立てやスクワットをしてみたり。
こういう時、全然時間が進んでくれない。
緊張とイライラの中で過ごしていると、窓の外によく知った顔を見つけた。
「箕輪さんたちだ!」
窓を開け、「お〜い!」と手を振る。でも全然気づいてくれなくて、庭のベンチでお喋りをしていた。
「お〜い!箕輪さ〜ん!美樹ちゃ〜ん!店長〜!」
大きく手を振って叫ぶと、ふとこっちを見上げた。
「お〜い!」
身を乗り出して手を振ると、向こうも手を振り返してきた。
「バシっと決めてやりますからね〜!ちゃんと聞いてて下さいよ〜!」
そう叫ぶと、「途中で噛むなよ〜!」と箕輪さんが笑った。
「大丈夫ですって!何度も練習しましたから!」
そう答えると、みんなはまた手を振った。俺は窓を閉め、グッと拳を握る。
ちょっとだけ元気が戻ってきて、「よう〜し!」とやる気に燃えた。
時計を見ると7時50分。もうそろそろ呼ばれる頃だ。
ドアの前に立ち、髪型を整え、ネクタイを締め直す。
「よっしゃ!いつでも来んかい。」
バシバシ頬を叩いて喝を入れる。ドアの前で拳を握り、戦いの準備は万全だった。
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・まだ?」
時計を見ると7時55分。スピーチまであと5分しかない。
「早くしろよ。遅れちゃうだろ。」
ドアの外には係員がいるはずで、時間が迫れば呼んでくれるはずだ。
だけどいつまで待っても呼んでくれなくて、時計は7時58分を指した。
「おかしいな・・・・。もしかして時計が狂ってんのか?」
そう思って窓の傍に行き、庭の時計を見つめた。
「・・・7時58分・・・・合ってるな。」
再びドアの前に戻り、名前を呼ばれるのを待つ。
だけど全然呼んでくれない。そしてとうとう8時になってしまった。
「どうなってんだよ・・・・。」
ルールでは勝手に部屋から出てはいけないことになっている。
でもこれ以上過ぎたらスピーチの時間がなくなってしまう。
「たったの二分しかないんだぞ。何してんだよ。」
我慢の限界に達して、もういいやとドアを開ける。
だけど外から鍵がかかっていて、全然開かなかった。
「クソ!なんで鍵なんか掛けてんだよ!」
愚痴りながらドアノブを見ると、中からは開かないようになっていた。
「なんだよこれ!ふざけんなよ!」
思い切りノブを回し、「ここ開けてくれ!」と叫んだ。

寝ている時の夢

  • 2016.05.27 Friday
  • 12:40
JUGEMテーマ:日常
歳を取るごとに夢を見なくなります。
ちなみに寝る時の夢ですよ。
夢って記憶の整理をしているらしいけど、詳しいことはまだ分かっていないんだそうです。
だけど子供の頃の方がよく夢を見ていたのは事実です。
子供ってなんでも新鮮に感じるから、記憶の整理が大変なんだそうです。
でも大人になると、少々のことで新鮮さを感じたりしません。
だから大人になると夢を見ないようになるんだとか。
私はあまり夢を見るのは好きではありません。
良い夢にしろ悪い夢にしろ、目覚めた後に妙な気分になるからです。
たま〜にすごく目覚めの良い夢を見ることがあるけど、それはごく稀です。
良い夢だと、何とも言えない悲しい気持ちが残ります。
悪い夢だと、不快な気分で目覚めます。
夢を見ない時の方がスッキリ起きられるんです。
夢を見ている時、人は浅い眠りについていると言われています。
逆に夢を見ない時は、深い眠りについているそうです。
夢をたくさん見るってことは、熟睡していない証拠かもしれません。
目を閉じ、眠りに落ち、次に目を開けた時には朝になっている。
こういう睡眠が一番です。
まるで夜から朝へワープしたかのような気分になります。
ドラクエで昼夜を逆転させる魔法があったけど、まさにあんな感じです。
寝たっていう実感がないのが寂しいけど、夢を見るより快適な睡眠かなと思います。
夢を見るのが好きな人もいるようです。
鍛えれば見たい夢をコントロール出来るそうですが、本当に上手くいくものなのか・・・・。
もし夢をコントロール出来るなら、夢を見ずに深い眠りにつく方がいいかなと思います。
寝ることの最大の意味って、寝ている時だけは意識が現実から離れていることです。
ある意味この世にいないっていうか、寝ている時は死の疑似体験のような気がします。
私はあの世って無い方がいいと思ってるので、寝ている時に夢を見たくありません。
死んだらそこでお終い。だから寝ている時だって何も見ないって方が、すごく楽です。
寝ることの一番の楽しみは、長い時間を一瞬で過ごせることです。しかも現実から離れて。
夢を見るのが楽しい人もいるでしょう。
夢を見ない方が楽な人もいるでしょう。
どちらにしろ、寝るってことは死の疑似体験です。
夢を見る人は、あの世の存在を望んでいるのかもしれません。
夢を見ない人は、現世だけで充分と思っているのかもしれません。
夢は心の奥底を映す鏡かもしれませんね。

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