JUGEMテーマ:自作小説
暑い夏の日、亀を取り戻してくれという依頼を受けた。
それも大きなゾウガメを。
今までにない類の依頼だが、困っている動物を助けるのが俺の仕事だ。
自信はないけど、引き受けないわけにはいかない。
しかしそれと同時に、色んな事が起きた。
一ケ月前に消えたはずのマイちゃんが戻ってきたり、たまきが約束を果たせと迫ってきたり。
きっと今日は普通に終わらない。
波乱万丈の一日となるだろう。
《ああ、エアコンの効いた部屋に帰りたいなあ・・・。》
窓から流れる景色を見つめ、現実逃避に浸る。
なぜなら狭い車の中で、マイちゃん、たまき、そして今回の依頼者である小町さんに囲まれているからだ。
重く、妙な空気が漂う。
たまきは怖い顔で外を睨んでいるし、マイちゃんは暗い顔で俯いている。
そして依頼者の小町さんは、なんとも言えない顔で後ろの二人をチラ見していた。
「あの・・・すいませんね。なんか増えちゃって。」
「いえ、別にいいんですけど・・・・。」
小型の軽自動車を駆りながら、小町さんも困った顔をする。
《そりゃそうなるよな・・・・。いきなり二人もメンバーが増えたんだから。》
俺たちは小町さんの車で、彼女の家に向かっている。
場所は和歌山の南紀白浜。
俺のマンションからだと片道三時間は掛かる。
昔に一度だけ行ったことがあるけど、とても良い場所だった。
だけど遠いので、泊り仕事になるのは確実だ。
残してきた動物たちが不安なので、時任さんにメールを打っておいた。
『仕事で2、3日ほど家を空けます。すいませんけど動物たちの面倒を看てやってくれませんか?』
すると『構わないよ』と返ってきた。
『インコのおかげで動物に慣れたからね。ていうか今では好きになりかけてる。』
『それはよかった。鍵は管理人さんに借りて下さい。話は通してありますから。』
『分かった。仕事頑張っておいで。』
時任さんは快く引き受けてくれた。
俺は餌の場所や、マサカリの散歩時間などを伝え、『よろしくお願いします』とスマホに頭を下げた。
やっぱり持つべきものは友である。
翔子さん以外にも人間の友達が出来て、俺は嬉しかった。
時任さんのおかげで、マサカリたちのことを心配する必要はない。
だけど・・・・今のこの状況は心配だ。
依頼者の小町さん、いきなり戻ってきたマイちゃん、そしてたまき。
う〜ん・・・・どう考えても無事で終わるはずがない。
不安に苛まれながら、狭い助手席で丸まった。
*
「ここです、私の家。」
家を出てから三時間、ようやく目的地についた。
ここは綺麗な砂浜が広がる南紀白浜。
たくさんの海水浴客で賑わっていた。
青い空、青い海、白い砂浜。
夏の風物詩が広がって、これを目にしてテンションが上がらないわけがない。
「おい悠一!後で泳ごうぜ!」
カモンがウキウキしている。
マリナも「それいいわね」と頷いた。
「でも私は海には入らないわ。代わりに小麦色の鱗に焼くの。」
「鱗って焼けるのか?」
「さあ?焼けるんじゃない?人間でいう肌みたいなもんだし。」
「じゃあ俺も焼く!目指せ、小麦色のハムスターだ!」
二匹はキャッキャとはしゃいでいる。
俺は「大人しくしろ」と言った。
「遊びにに来たんじゃないんだからな。」
「でも悠一だって嬉しそうな顔してんじゃねえか。」
「こんな良い景色を見たら、誰だって嬉しくなるだろ。」
「ふふふ、悠一が嬉しいのは景色じゃなくて、水着の美女なんじゃないの?」
「ええっと・・・・それもあるかな、うん。」
砂浜には眩しいほどの美女たちが彩っている。
これを見て興奮しない男は、そうはいないだろう。
《・・・・いや、イカンイカン!今は浮かれてる場合じゃないんだから。》
俺は小町さんを振り向き、「この海で散歩してたんですか?」と尋ねた。
「いえ、もうちょっと向こうの方です。」
そう言って海岸の東の方を指さした。
「ここからけっこう離れてますね。」
「じっくり時間をかけて散歩するんです。」
「なるほど。ちなみに一日に何回?」
「夕方だけです。他の時間は庭をウロウロしてるんです。」
そう言って「とりあえず私の家に」と歩き出した。
海を後にして、小町さんについて行く。
すると「待ちなさい」とたまきが言った。
「私の用事が先よ。」
「ええ・・・・今は仕事中なんだ。後にしてくれないか?」
「ダメよ。」
「どうしても?」
「どうしても。」
たまきの目が赤く光る。
《うわ、怒ってる・・・・。》
逆らったら何をされるか分からない。
俺は「ならちょっとここで待っててくれ」と言った。
「すぐ戻ってくるから。」
「五分だけね。」
たまきは腕を組み、じっと海を見つめる。
《まったく・・・なんでこんな時に来るんだか。》
今日という日を呪いつつ、俺は小町さんに駆け寄った。
「あの、すいません・・・。」
「はい?」
「ちょっと野暮用が出来てしまって、先に行っててもらえますか?」
「えええ!なんで!?だって時間がないんですよ?三日以内に取り戻さないと・・・・、」
「もちろん分かってます。だけどほら・・・・あそこに着物を着た女性がいるでしょ?」
「たまきさん・・・・でしたっけ?」
「ええ、ウチの第二助手です。ちょっと体調が悪いらしくて、しばらくここで休みたいって言ってるんです。
だから先に行っててもらますか?」
「体調が・・・だったら私の家で横になって下さい。布団を貸しますから。」
小町さんは心配そうに言う。だけど俺は首を振った。
「いえ、ちょっと休めば平気ですから。」
「でも・・・・。」
「アイツすごい神経質で、人様の家だと落ち着いて寝られないんです。ここで海でも眺めてれば、マシになると思いますから。」
「ほんとに大丈夫ですか?近くに病院もありますけど・・・・、」
「いや、ほんとにお気遣いなく。」
「・・・・分かりました。私の家はそこのホテルの横ですから、体調が戻ったら来て下さい。」
そう言って大きなホテルの横を指さした。
「近くまで来てくれれば、三階建ての家が見えますから。」
「分かりました。じゃあまた後で。」
小町さんは家の方へ去って行く。
「あ、ちょっと待って!」
「はい?」
「ちょっとここにいて下さい。すぐ戻ってきますから。」
俺は慌てて海の方へ引き返した。
「マイちゃん、君も小町さんの家に行っといで。」
ノズチ君を抱え、海を見つめているマイちゃん。
その表情はまだ暗い。
こんな状態でたまきに付き合ったら、また危険な目に遭うかもしれない。
「後で俺も行くから、先に行っといで。」
「平気だよ、私なら・・・、」
「全然平気に見えないよ。もし何かあったら大変だから。」
「でもたまきさんとどこかへ行くんでしょ?だったら私も・・・・、」
「いや、これは俺の問題だから、マイちゃんを巻き込みたくないんだ。だから先に行っといてくれ。」
そう言って背中を押した。
「悠一君だけじゃ危ないよ。」
「かもしれないね。だけど・・・・多分大丈夫だよ。」
「全然大丈夫そうじゃないけど・・・・。」
たまきはイライラしたように目を細めている。
《怖ッ・・・・・・。》
サッと顔を逸らして、「まあ・・・・平気だよ、うん」と苦笑いした。
「だけど・・・・、」
「ついでにコイツらも連れて行って。」
胸ポケットのカモンと、首に巻いたマリナを渡す。
「おいコラ!俺らはお荷物だってのか?」
「そうよ!私たちだって役に立つのよ。」
「分かってるさ。けどアイツは危険だ。ここは俺一人で行くよ。」
「へ!カッコつけちゃって。どうなっても知らねえぜ。」
「後悔先に立たず。死んでからじゃ遅いのよ?」
「そうならないように努力するよ。」
二匹をマイちゃんに預け、「じゃあ頼んだよ」と手を振る。
するとノズチ君が「俺を連れてけ!」と叫んだ。
「あんな化け猫、幻の魔球でブッ飛ばしてやる!」
「完封されてるくせによく言うよ。」
「まだツーアウトだ!あと一回残ってるぜ。」
「確実にスリーアウトになるよ。ていうかマイちゃんが心配だから、傍にいてあげてほしいんだ。
もし何かあっても、ノズチ君なら守ってあげられるだろ?」
「まあな。コマチは一番のダチだから。その為にパワーアップしたんだぜ!」
グルグルと周り、魔球を放とうとする。
「OKOK、分かったからここで魔球を投げるのはやめてくれ。海水浴客が混乱する。」
興奮するノズチ君を宥めて、「それじゃ」とマイちゃんに手を振る。
「悠一君!」
「すぐ戻るから。」
「もし何かあったら、すぐに呼んでよ!」
「了解。」
ビシっと親指を立て、たまきの元へ走って行った。
「悪い、待たせたな。」
「五分まであと二秒。ギリギリね。」
そう言って「一秒でも遅れたら海に捨ててたわ」と笑った。
「怖いよ・・・・そうカリカリするなって。」
「まあいいわ。行きましょう。」
たまきは砂浜を歩いて行く。
すると海水浴客がジロジロと見てきた。
「おい・・・それどうにかなんないのか?」
「何が?」
「だから着物だよ。海でその恰好は浮くだろ。」
たまきはいつだって黒い着物だ。
似合うのは似合うけど、さすがに夏の海には合わない。
着物姿の自分を見つめながら、「それもそうね」と頷く。
そしてダンスでも踊るように、クルっと一回転した。
「これでどう?」
「・・・・すごくいいと思うよ。」
黒い着物が、真っ黒なビキニに変わっていた。
その抜群のスタイルは、海にいる男たちの目を釘付けにする。
ていうか俺も釘付けだ。
「ふふふ、見惚れちゃって。」
「え?・・・・いやいや!これはその・・・・うん、やっぱり俺も男だから・・・うん。その・・・見ちゃうよそりゃ、うん。」
「婚約者にフラれても知らないわよ。」
クスクスと笑いながら、砂浜を歩いていく。
俺の目は釘付けのままで、トコトコと後をついて行った。
「でもビックリだよ、まさかお前もこの海に用があったなんて。」
「この海岸の先に祠があるのよ。そこに行くの。」
「祠?」
「ほら、砂浜の向こうに岩場が見えるでしょ?」
「ああ、ゴツゴツしてるな。」
「あの下の方に祠があるの。」
「すごい場所にあるんだな。で、どうしてそこへ?」
「それは行くまでの秘密。」
たまきはニコリと笑う。
《怪しい・・・・絶対に何かあるな。》
これはかなりの危険を覚悟しないといけないだろう。
心臓をバクバクさせながら、その祠を目指した。
途中で何人かナンパしてきたけど、たまきは軽くあしらった。
ガッカリする男たちは、俺を見てこう呟く。
「俺らの方が勝ってるよな?」
「だからダメなんじゃね?」
「なんで?」
「良い女って、意外とダメな男と付き合ったりするじゃん。」
「ああ、あるな。」
「多分ペットみたいな感覚なんだろ。」
「そっか・・・・じゃあ俺らじゃ無理だな。」
《おのれ!言いたい放題いいやがって。》
誰がペットなものか!
たまきは俺を振り向き、クスクスと笑った。
「散々な言われようね。」
「まったくだ。」
ムスっとしながら歩いて、ゴツゴツした岩場までやって来る。
近くで見ると、かなり荒々しい岩場だ。
《二時間サスペンスで出て来そうな場所だな。》
波が打ちつけ、白く泡立っている。
この岩場の上では、船越英一郎が犯人を追い詰めていたりして。
しょうもない妄想をしながら、よっこらしょっと登る。
手を掛けると、コソコソとフナムシが逃げて行った。
「こっちよ。」
たまきはどんどん危険な方へ歩いて行く。
途中で立ち入り禁止のロープが張ってあって、ピョンとそれを飛び越えた。
「おい、ここって入っていいのか?」
「ダメなんじゃない?」
「じゃあやめた方が・・・・、」
「私には関係ないわ。だって猫だもの。」
「どういう理屈だよ。」
危険な岩場を登り、危うく足を滑らしそうになる。
でもどうにか登りきると、今度は急な下りが出てきた。
「船越英一郎はいないみたいだな。いやそれよりも・・・なんだよこの絶壁は。俺は自殺願望なんてないぞ。」
切り立った岩壁、そこに波が打ち付けて、白く泡立っている。
「この下に祠があるのよ。」
「そんな危険な場所にあったって、誰もお参りに来ないだろ。」
「干潮になると、砂浜から歩いて来られるのよ。」
そう言ってピョンと下まで飛び降りた。
「さすが化け猫、身が軽いことで。」
あんなアクロバットなこと俺には出来ない。
慎重に手を掛けながら、えっちらおっちらと降りていった。
「遅い、陽が暮れるわ。」
「化け猫と一緒にするな。こっちは生身の人間なんだから。」
たまきは腕を組んで立っている。
その傍には、人が一人通れそうなくらいの穴があった。
「祠はこの中にある。ついて来て。」
たまきは穴倉の中に入っていく。
中は真っ暗で、まったく先が見えなかった。
「こんな目も見えない暗い場所・・・・遠慮したいな。」
スマホの電灯機能をオンにして、ゆっくりと中に入る。
周りはゴツゴツした岩壁で、ひんやりと冷気が漂っていた。
足元は濡れていて、大きな波が来ると海水が流れ込んでくるようだ。
「クソ・・・・靴がべちゃべちゃだ。」
ジーンズまでびっしょり濡れて、歩く度に音が鳴る。
そして10メートルほど歩くと、小さな祠が建っていた。
重たそうな石で出来ていて、観音開きの扉が付いている。
手前には小さな注連縄があって、左右には神社でよく見る葉っぱが立てられていた。
「これがお前の言ってた祠か?」
たまきにライトを向けると、眩しそうに目を細めた。
「そうよ。」
「でもなんでこんな場所に?」
「これは禍神(マガツカミ)を祀る祠なの。」
「禍神?それどっかで聞いたことがあるな・・・・。確か去年の夏に・・・・・。」
「災いをもたらす神のことね。元々は妖怪だったり、悪霊だったりしたものよ。
それを神として祀ることで、災いから守ってもらおうという意味があるの。」
「・・・・ああ!思い出した!去年の夏にそういう稲荷がいたんだ。ていうか俺が動物探偵をやってるのも、それが理由の一つなんだけど。」
「稲荷の中には禍神もいるわ。例えば去年あんたを狙ってたダキニ、アイツもそうよ。」
「あいつは九尾のキツネって妖怪だったんだろ?確か中国から渡ってきたって聞いたけど。」
「インド、中国と暴れ回り、この日本で退治されたの。大きな石に封じ込められてね。
けどあまりに霊力が大きすぎて、封印した後でも災いは治まらなかった。
だから神として祭ることにしたのよ。」
「そうか・・・アイツも禍神だったのか。どうりで恐ろしいと思ったんだよ。」
以前の稲荷の長、ダキニ。
たまきのライバルで、その力は絶大だった。
我ながらよく生き延びたもんだと思う。
「で、この祠にもその禍神がいるってわけか。いったいどんな禍神なんだ?」
そう尋ねると、ニコっと肩を竦めた。
「私よ。」
「え?」
「ここに祀ってあるのは、この私。」
「お、お前が・・・・・?」
「驚くことじゃないでしょ?私は影のたまき、いわばアイツの黒い部分よ。
大きな霊力を持ち、なおかつ災いをもたらす。・・・私も禍神なのよ。」
たまきは目を光らせる。
そして背筋が冷たくなるような殺気を振り撒いた。
「お、おい・・・・落ち着け。」
「有川悠一・・・・ここでお前を殺す。」
「は・・・・はいいいいいい!?」
「ノコノコとこんな所について来るなんて・・・・ほんと馬鹿な奴。自分の愚かさを呪いなさい。」
そう言ってナイフのように爪を伸ばす。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!なんでいきなりそんな・・・・、」
「問答無用!喉笛を引き裂いてやるわ!」
「うわああああああ!助けてくれえええええ!」
踵を返して、大急ぎで逃げ出した。
しかし・・・・・、
「あ、あれ・・・?なんで出口が塞がってるんだ?」
「私がやったのよ・・・・。」
「お、お前が・・・・・?」
振り向くと、すぐそこにたまきが迫っていた。
暗闇の中、真っ赤に目を光らせながら・・・・。
「さあ・・・・覚悟しなさい・・・・。」
「い、嫌だ!俺はまだ死にたくない!」
必死に出口を押すが、ビクともしない。
どうやら大きな岩で塞がれているようだ。
「おい!誰かいないか!ここから出してくれ!」
めいいっぱい岩を叩くが、やはりビクともしない。
その時、後ろからガシ!っと首を掴まれた。
「もう逃げられないわ・・・・・。」
「ひいいいいい!勘弁してくれ!」
「さあ・・・・目を閉じなさい。ひと思いに殺ってあげるから。」
「嫌だ!助けてくれ!」
いくら暴れても、たまきの怪力は振りほどけない。
ナイフのような爪が首に当てられて、ゆっくりとなぞられた。
「うわああああああ!また死にたくなああああああああああい!!」
ああ・・・・なんてこった・・・・。
今日ここで人生が終わるなんて・・・・。
マサカリ、モンブラン、カモン、チュウベエ、マリナ・・・・俺はもう戻れそうにない。誰か良い人に飼ってもらってくれ。
翔子さん、時任さん、こがねの湯のみんな・・・・・もう会えないけど元気で。
そしてマイちゃん・・・・・せっかく戻って来てくれたのに、もうお別れのようだ。
俺のことは忘れて、化けタヌキの世界で幸せになってくれ。
それと本物のたまき・・・・残念ながら、もう一度お前に会うことは出来なかった。
でも出会えたことは感謝してる。
もしお前と会っていなかったら、きっと今の俺はいなかっただろうから。
死ぬ瞬間っていうのは、大事な者達の顔が浮かんでる。
色々あったけど、今となっては感謝しかない。
もう俺は死ぬ・・・・・だからみんな元気で・・・・。
そして・・・・そして・・・・・藤井!
俺はここで終わるけど、お前は頑張ってくれ!
この世でたった二人の、動物と話せる人間。
俺が死んだら、お前だけになる。
同じ力を持ち、同じような性格で、同じような考え方で、同じように不器用で、でも同じ道を見ている。
お前は俺のたった一人の理解者だし、俺だってお前のたった一人の理解者だと思ってる。
恋人とか友達とか、そんな在り来たりな関係じゃなくて、まるで魂そのものが繋がっているような、不思議な関係だ。
最後にもう一度だけお前に会いたかった。
あの頃みたいに、二人で動物を助けたかった。
そして動物たちと一緒に、また二人であの川原を歩きたかった・・・・・。
遠い国いるお前を、俺はいつまでも忘れない・・・・・。
・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・。
強く・・・・・強く藤井の顔が浮かんでくる。
はにかんだ笑顔で俺を呼ぶ顔が。
今から三年前、俺は会社を辞めた。
お前は同期で、会社にいる時はそれだけの関係だった。
でも・・・・夜の公園で再会した。
お前の方から会いに来てくれたんだ。
あの時、俺はビックリした。
だって俺と同じ力を持ってたから。
動物と話せるって力を。
まさか身近にそんな人間がいるなんて思いもしなかった。
そしてお前はこう言った。この力を使って、一緒に動物を助けないかって。
あの時から、少しずつ俺の人生が動き始めたんだ。
夜の公園でお前と再会して、動物を助ける同盟を組んだあの日から・・・・・。
『・・・悠ちゃん・・・・。』
俺を呼ぶ声が聴こえる。
海を越えて、時間を超えて、確かに俺を呼ぶ声が・・・・・。
「嫌だ!こんな所で死ねるかああああああ!」
藤井の声が聴こえた瞬間、何がなんでも死んでたまるかと思った。
《こんなわけの分からない場所で、化け猫なんかに殺されてたまるか!》
俺はめちゃくちゃに暴れて、拳を振り回した。
「ふざけんな!なんでお前なんかに殺されなきゃいけないんだ!
俺にはまだやる事があるんだ!まだ会いたい人がいるんだよおおお!」
振り回した拳が、岩にぶつかる。
鈍い痛みが走るけど、でも構うことなく振り回した。
するとふっと首が楽になった。
「あはははははは!」
たまきは可笑しそうに笑って、俺を見つめる。
「冗談よ冗談!何を本気になってるのよ!」
腹を抱えて、目に涙を浮かべている。
「じょ、冗談・・・・・?」
「ちょっとからかっただけよ!なのにアンタったら本気でビビっちゃって・・・・あははははは!!」
「・・・・・・・・・。」
怒り?安堵?
よく分からない感情が湧いてきて、その場にへたりこんだ。
「なんだよ・・・・ふざけんなよ・・・・・。」
笑うたまきを見て、怒りの方が勝ってくる。
「ああ、おかしい!死んでたまるかああああ!って・・・・誰も殺したりしないって!あははははは!」
《コイツ・・・・やっぱり妖獣だ。悪魔みたいに冷酷じゃないけど、笑えない悪戯をしやがる。》
たまきはまだ笑い続ける。俺は「クソ!」と舌打ちした。
《やっぱりこんな奴に付き合うんじゃなかった!こうなったらもうウズメさんに相談して、コイツを追い払ってもらおう。》
これ以上悪ふざけをされたら、いつか本当に死ぬ日がやって来るかもしれない。
俺は立ち上がり、どうにか外へ出られないものかと振り返った。
するとさっきまで出口を塞いでいた岩は、いつの間にか消えていた。
「あれ?なんで・・・・、」
「ふふふ、あれはただの幻覚よ。」
「幻覚?」
「ちょっと妖術をね。」
「・・・・・・・・・・。」
「冷静な目で見れば、岩なんてないって分かったはずよ。でもアンタったら本気で怖がるから、簡単に騙された。
・・・・ぶふッ!あははははははは!!」
「なんて奴だ・・・・・。」
もうやっぱり、絶対に金輪際、こんな奴とは関わりたくない。
今すぐここを出て、ウズメさんに連絡しよう。
たまきはまだ笑い続けていて、俺はその隙に外へ出ようとした。
するとその時、誰かが穴の中へ入って来た。
「おい、何してる!?ここは立ち入り禁止だぞ。」
日に焼けた逞しい男が、ジロっと俺を睨む。
そしてその横には、大きな亀がいた。
ぽっこりと丸いドーム状の甲羅。
棍棒みたいに太い足。
「ゾウガメ・・・・。」
ここは動物園でもなく、サファリパークでもない。
海の傍にある祠である。
そしてこんな場所に、そうそうゾウガメがいるわけがない。
ということは・・・・・、
「あの・・・・つかぬ事をお伺いしますが・・・・、」
そう言いかけた時、男は突然叫んだ。
「おいお前!」
「は、はい!」
「違う、お前じゃない!その後ろの女だ!」
「え?後ろの・・・・?」
振り返れば奴がいる・・・・そう、たまきだ。
「また現れやがったな!今日という今日はとっちめてやる!」
男は猛獣みたいに唸って、たまきに飛びかかる。
そして次の瞬間、巨大なヘビに変わった。
「な、なんだああああああ!?」
驚き、腰を抜かす。
するとたまきも「マーオウ!」と唸って、虎よりも大きな猫に変わった。
刀のように鋭い牙に、鉈のような爪、首には大きな鈴をぶら下げている。
「この祠は私の物よ!」
そう言って巨大なヘビに飛びかかる。
「シャアアアアアア!」
「オウロギョロラオキャギャア!」
二匹の化け物は壮絶な喧嘩を始める。
俺は「なんなんだいったい!」と逃げ出した。
しかし何かにぶつかって転んでしまった。
「痛った・・・・なんだよチクショウ!」
足を押さえていると、「大丈夫かアンタ?」と言われた。
「早く立て、そして逃げろ。」
「君は・・・・、」
「こっちへ来い!」
「あ、あの・・・・ちょっと聞きたいことがあるんだけど・・・・、」
「なんだ?」
「君の名前、ピーチって言うんじゃ?」
「なんで知ってる?」
「やっぱりか・・・・。」
まさかのゾウガメと遭遇。
これは会いに行く手間が省けたと考えるべきか?
それとも・・・・・・、
「キシャアアアアアアア!」
「マギョロモニギャオルゴブニャオ!」
「ひいいいいい!やっぱり災難だろこんなの!」
慌てて逃げ出すと、またゾウガメにつまづいた。
「ふべッ!」
「・・・・あんたドジだな。」
呆れるゾウガメ。
岩場にこけて擦り傷だらけになる俺。
そして穴の奥から響く怪物の雄叫び。
ヤバイ一日になりそうな予感はしてたけど、まさかここまでとは・・・・。
「エアコンの効いた部屋に帰りたい・・・・。」
青い海を眺めながら、現実逃避に浸った。