蝶の咲く木 第二十六話 星を覆う羽(2)

  • 2018.01.31 Wednesday
  • 11:50

JUGEMテーマ:自作小説

我が子を・・・・いや、我が子の姿をした子供を抱きながら、私はただ怯えていた。
ワンルームマンションのような狭い部屋の中、見知らぬ家族と一緒に、ただ身を寄せ合っていた。
ここは核シェルター・・・・らしい。
いきなり自衛隊の人が家に来て、在日米軍の基地へ避難させられたのだ。
私だけじゃない。
普段着のお爺ちゃん、OL、土建屋さんっぽいツナギの人。たくさんの人がここへ連れてこられた。
私たちは地下へ続く階段へ案内されて、『あなたはここへ』とか『子供のいる人はこっちへ』と、それぞれに部屋を割り当てられた。
私と優馬が案内されたのは、ワンルームマンションのような部屋。
トイレもシャワーもテレビもあるし、椅子にテーブル、ベッドもあった。
備え付けの小さな棚には、着替えや歯ブラシなど生活用品が入っていた。生理用品や子供用のオムツまである。
いったいここはどこ・・・?と思っていると、後から入ってきた母娘に『ここ核シェルターらしいですよ』と言われたのだ。
『じゃあ本当に核ミサイルが飛んできたの?』
『それがよく分からないんだそうです・・・・。とにかく避難してくれってここへ連れて来られて。』
彼女もまた不安がっていた。
優馬よりちょっと年上の、4歳か5歳くらいの女の子を抱きながら、焦点の合わない虚ろな目をしていた。
・・・それから一時間ほど、私たちはここで身を寄せ合っている。
外の情報を知りたくてテレビを点けるが、どのチャンネルも砂嵐だった。
スマホも繋がらないし、パソコンもラジオもないし、焦りと不安は増すばかり。
優馬がトイレに行きたいというので、一度だけ席を立ったきりで、あとはぼうっと座りっぱなしだ。
《お父さん・・・大丈夫かな?》
もし核ミサイルが飛んで来たなら、あの街はいったいどうなってしまったんだろう?
《核ミサイルってどれくらい爆発するんだろう?やっぱり街くらい吹き飛ばしちゃうのかな・・・・。》
早く逃げろと電話をかけたが、なぜか急に電波が悪くなってしまった。
そういえば核爆弾が爆発したら、電波障害が起きるとニュースでやっていた。
それとも爆発そのものに巻き込まれて、お父さんはもう・・・・、
《怖い・・・・何がどうなってんのよ!》
家族の安否も分からない。
外の状況さえも分からない。
ていうか何が起きているのかさえ分からない。
叫びたい気持ちを抑えながら、「あの・・・」と隣に座る女性に尋ねた。
「娘さん・・・可愛いですね。」
いったい何を言ってるんだろう私は・・・・。
こんな時に他人の子供を褒めてどうする?
だけど沈黙していると不安で堪らないので、何か話しかけなければと思った。
「えらいですね、怯えずにじっとして。」
そう言ってニコっと笑いかけると、サっと目を逸らしてしまった。
「すいません・・・人見知りなんです。」
「そうなんだ。いま幾つですか?」
「来年保育園を卒業で・・・・。」
「じゃあ春には小学校に上がるんですね。」
「・・・今日はランドセルを見に行ってたんです。学校が斡旋してる業者のやつが可愛くなかったから・・・。」
「最近は可愛いやつとか増えてますもんね。私の頃は有無を言わさずコレ!って感じでしたけど。」
笑顔で言うと、「私の時もです」と少しだけ表情が緩んだ。
「ピンクの可愛いやつがあったんですけど、この子が青いのがいいって言って。」
「最近は女の子でも青いのとか背負ってる子いますよね。」
「そうなんです。でも私は女の子らしい方がいいからピンクにしようって言ったんですけど、青がいいって聞かないんです。
そのうち駄々こねちゃって、一緒に行ってた母がもう青でいいじゃないって。」
そう言う彼女の顔はちょっと不機嫌そうで、「分かります」と頷いた。
「ウチの親もそういうとこあるんですよ。この子の靴買う時に母がついて来て、全然私の好みじゃないやつ選んで。
だから結局二足買っちゃったんですよ。」
「ていうか親ってそんなもんですよね。すごい助かる存在だけど、鬱陶しいなって思う方がけっこうあったり。」
「うんうん。」
「でも今は絶対に父と母が必要なんです。私だけじゃなかなか子育ては辛くて・・・・。」
笑顔が消え、暗い顔になる。
「あの・・・失礼ですけどご主人は?」
「別れました。」
「ああ・・・ごめんなさい。」
「普段は優しいんですけど、ちょっとしたことで感情的になる人だったんです。子供が出来てからは特に・・・・。」
「・・・あの、答えたくなかったらいいんですけど、その・・・子供が好きじゃなかったんですか?ご主人。」
「はい。自分自身がちょっと子供っぽい所があって。ちょっとした喧嘩でも癇癪を起こすんです。そういう時は決まって手を挙げられました。」
「ええっと・・・・DVを・・・・ってことですか?」
「・・・・私だけなら我慢できたんです。良い所だってたくさんあるし、普段は優しいし。
それにストレスの溜まる仕事だったから、私が我慢して上手くいくならって。
だけどこの子に手を挙げるのだけは許せなくて・・・・。」
「まさか虐待してたんですか?」
「けっこう酷かったんです。庇う私を押しのけて、グーで殴る時も・・・、」
「はあ!?そんな小さな子に?」
「すごく物音に敏感な人で、この子がコップを落としたり、スプーンをガチャンって音立てただけでもう・・・・、」
「なにそれ!そんなんで小さな子を殴ってたの?」
俄然怒りが湧いてくる。
こんな状況の不安さえも押しのけて、心の隅々まで燃え上がるような感じがした。
「出来る限りこの子を守ろうとしてたんですけど、私だけじゃ限界があって・・・・。」
「そんなの当たり前よ。だって・・・失礼だけど、そんなにその・・・ねえ、喧嘩とか強そうに見えないし。あ、いや、貶してるとかじゃないわよ。」
「大丈夫です。唯一の救いは夫も華奢だったから、そこまで力は強くなかったっていうか・・・、」
「そういう問題じゃないわよ、虐待してる時点で問題なの。警察には?児童相談所とかには行った?」
「いえ・・・・なんかあの時、そういうことが思い浮かばなくて。私がどうにかしなきゃって。」
「きっと追い詰められて冷静に考えられなかったのね。でも自分を責めちゃダメよ。悪いのは全部その男なんだから。
ていうかあなたはえらいわ。身を挺して娘さんを守ろうとしたんだから。」
ポンポンと肩を撫でながら、「まあ私ならぶっ飛ばしてるけど」と目を釣り上げた。
「そういう男はあえて大人しそうな女を選ぶのよ。気の強い女だったら逆にやられちゃうから。」
「でもいい所もあったんです。この子にさえ手を挙げなきゃ・・・・、」
「暴力振るってる時点でNGよ。他のいい所なんて全部チャラ。だから別れたんでしょ?」
そう尋ねると、「虐待も理由の一つですけど・・・」と言いづらそうにした。
「どうしたの?・・・他にも辛いことが?」
「・・・・夫の嫌な所は暴力だけでした。でもそれ以上に我慢のできない所があって・・・・、」
「それ・・・聞いてもいいのかな?言いたくなかったら別に・・・、」
私が言い終える前に、「義父が・・・」と語りだした。
「旦那のお父さん?」
「はい・・・。最初はすごく真面目で良い人だなと思ったんですけど、ある日すごい嫌なものを見ちゃって・・・・。」
「嫌な物?」
「お義父さんは仕事であんまり家にいないから、掃除なんかもちゃんと出来てなくて。
それで近いうちに夫の祖母の法事があるから、家を掃除してほしいって頼まれたんです。」
「お義父さんから?」
「いえ、夫です。」
「なによそんなもん、自分でさせりゃいいのに。」
また苛立ちが湧いてくる。
相手方の実家の掃除なんて、私ならまっぴらごめんだ。
ていうか一緒に住んでないなら、向こうだって敬遠するのが普通だと思う。
「家を掃除する時、夫に言われてたんです。お義父さんの部屋だけはそのままでいいって。法事では使わないからって。」
「まあプライベートな空間だもんね、息子の嫁でも入れたくなかったのかも。」
「だから部屋に入る気はなかったんです。でも掃除機のパックが一杯になっちゃって、夫に替えはないのか聞いたんです。
そしたら父の部屋の横にあるって・・・・。
だから二階へ上がったんですけど、その時にお義父さんの部屋が開いてたんです。」
「じゃあ・・・部屋に入ったの?」
「閉めようと思ってドアに近づいただけだったんですけど・・・その時に中が見えちゃって。その瞬間にもう・・・すごい気持ちの悪いものが・・・、」
心底おぞましそうに言って、自分の腕をさすっている。
「いったい何があったの?まさか死体とかじゃないよね?」
冗談っぽく尋ねたつもりが、彼女は顔色を変えた。
「え?まさかほんとに死体が・・・、」
「さすがに死体はなかったけど、でも犯罪になるような物が・・・・、」
「なに?まさか麻薬とか?」
「違います・・・・。」
「じゃあ何?」
申し訳ないと思いながらも、好奇心が湧いてくる。
死体でもない、麻薬でもない、それでいて犯罪になるような物っていったい・・・。
「もしかして銃とか?」
「いえ・・・、」
「じゃあ・・・・刃物とか?刀とかナイフとか。」
「刀は仏間に飾ってあります。ちゃんと許可は取ってるって言ってました。」
「んん〜・・・・他に持ってて犯罪になるようなもんってあったっけ?」
死体でもない、麻薬でもない、武器でもない。
じゃあいったい・・・・、
「写真が・・・・、」
彼女がポツリと呟く。
「ドアの近くに落ちてたんです・・・・。」
「写真?なんの?」
「子供の・・・・。」
「子供?旦那が子供の頃の?」
「いえ・・・・違う子供です。小学生くらいの男の子の。」
「え?どういうこと・・・?」
「分かりません・・・・分かりませんけど・・・でも多分・・・そういう趣味なんじゃないかなって・・・・、」
彼女はとても言いづらそうにする。
私は少し考えて、「あのさ・・・」と尋ねた。
「それ、どういう写真だったの?」
「どういうって・・・・、」
「だから持ってて犯罪になるような写真ってことでしょ?じゃあつまり・・・・、」
「そうです。その写真には裸の子供が写ってました・・・・。」
「やっぱり・・・・。あ、でもさ、親戚の子供ってことはないのかな?どっかに海水浴とかに行って、たまたま着替えてるみたいな・・・、」
「そういう感じじゃないです。だって裸なのにランドセルを背負って、帽子を被ってるんです。
まっすぐにこっちを向いて、なんだか虚ろな表情の感じで・・・・。」
「・・・・もうアウトね、それ。」
「後ろはどっかの林みたいな感じで、バチっとフラッシュを炊いて撮ったような感じで・・・・、」
顔を歪めながら説明している・・・よほど思い出したくないのだろう。
私は「ごめんね・・・」と腕を撫でた。
「辛いこと聞いちゃって・・・・。」
「私・・・その写真が目に入った瞬間、石みたいに固まっちゃって・・・・。なんか言いようのない気持ち悪さでいっぱいになって・・・、」
「きっと誰だってそうなる。」
「これ、どうしたらいんだろうって考えてると、夫が二階へ上がって来たんです。
何してるんだ?って近づいて来たから、慌てて逃げ出して・・・・、」
「それからどうなったの?まさかまた暴力を・・・?」
「すぐに一階へ降りてきました。それで何事もなかったみたいにテレビを見てて・・・・、」
「なら旦那も動揺してたのかな?まさか自分の父親がそんな写真を持ってるなんて・・・、」
「いえ、知ってたと思います。」
彼女は強く言い切る。
ふうっとひと呼吸置いてから、「帰る時に・・・」と続けた。
「掃除を終えて帰る時に、車の中でこう言ってきたんです。誰にも言うなよって。」
「そりゃそう言うんじゃないの?もちろん悪いことだけど、息子としてはバラされたくないだろうから・・・、」
「私はそうは思いません。あれは絶対に昔から知ってる感じでした。」
「一緒にいてそう感じたの?」
「上手く言えないけど、なんかそう感じたんです。だって初めて知ったんだったら、あんな冷静じゃいられないと思うから。
もうこの事には触れるなって感じのオーラを出してて、それ以来一切話題にしてません。」
「そっか・・・・。旦那の父親がそんな趣味とはね・・・・。」
これは気持ち悪いとかそういうレベルじゃない。
私が彼女の立場なら、間違いなく夫を問い詰める。
もし真実なら「離婚するか?親と縁を切るか?」と迫るだろう。
だってそんなの当たり前だ。
自分自身が幼い子供を抱えているんだから。
身内にそんな奴がいると知ったら、とてもじゃないけど安心出来ない。
いつかこの子もターゲットになるんじゃないかと、気が気じゃなくなるだろう。
《可哀想に・・・・。》
怒りよりも同情の念が湧いてくる。
夫からはDVを受け、その父親は変態ときている。
いったい彼女の抱えていた苦しみはどれほどのものか。
「ちゃんと別れられた?嫌がらせとか受けてない?」
なんだか心配になってきて、「今は大丈夫なのよね?」と、どうか大丈夫と言ってくれと自分に言い聞かせる口調になってしまった。
「そういう男ってさ、相手を自分の所有物みたいに考えてるっていうじゃない。別れたあとも付きまとわれたりとかしてない?」
「一度復縁を迫られました・・・・。でももう一緒になる気なんてなくて・・・・。
あの時は父が代わりに追い返してくれました・・・・。それからは一切連絡はないです。」
「そう、よかった・・・。」
ホッと胸を撫で下ろす。
自分のことでもないのに、自分のことのように嬉しいのは、同じように幼い子供を持つ親だからかもしれない。
しかし安心したらまた不安が戻ってきた。
いったい外の様子はどうなっているのか?
お父さんは無事なのか?
優馬を抱き寄せて、今度は私の方が俯いてしまった。
「あの・・・大丈夫ですか?」
「ごめん・・・実はウチの旦那の安否が分からないの。」
「え?」
「ミサイルが飛んでくるかもしれない街にいたから・・・・、」
「うそ!大丈夫なんですか?」
「だからそれが分からないのよ・・・・。電話は急に切れちゃうし、いきなりこんな所に連れて来られるし・・・・。」
「すいません、なんか私だけ自分のこと話しちゃって・・・・。」
「そういえばあなたのご両親は?」
「分かりません・・・・。」
「ウチも。旦那だけじゃなくて、親がどうなったのかも分からない。」
「ほんとに核ミサイルが飛んできたんですかね・・・?」
「そうじゃないの・・・。じゃなきゃ核シェルターなんかに避難させられないでしょ。」
まさか自分が生きているうちにこんな事が起きるなんて思わなかった。
そりゃ祖父母から戦争の話は聞かされていたけど、どこか他人事のようで、いつも「はいはい」ってな感じで聞き流していた。
それが今・・・・こうして戦争になるかもしれない状況に置かれている。
「もし本当に核ミサイルなら、きっとアメリカが反撃するわよね。そうなったら自衛隊も戦うから、日本も戦争に・・・・・、」
「まだわかりませんよ!」
「でもそれしか考えられないじゃない!」
「だって戦争なんて嫌です!この子だっているのに・・・。」
「それは私も一緒よ!」
さっきまで話していたことが、もう頭から消えかかっていた。
そいつがどんなに酷い男であれ、私はそいつとは関係がない。
いつどうなるか分からない今の状況の方が、よっぽど不安だ。
「怖いね、何かに怯えなきゃいけないって。」
「そうですよ、ほんとに怖いんです。今でもたまに思い出す時があるし・・・・。」
「私の言葉なんて安っぽく聴こえたでしょ?」
「そんなこと・・・・、」
「大した経験もしてないのに、辛い思いをしてきたあなたに何が言えるのって話よ。」
「そんなことないです。こうして話を聞いてもらえてちょっと楽になったっていうか・・・。」
「ほんとに?」
「ほんとです。じゃないとすごく不安なままでした。いきなりこんな所に連れて来られて、これからどうなるんだろうって・・・・。
だから話を聞いてもらえただけで、すごく気が紛れたっていうか。」
「私も一緒。不安だから話しかけたの。私一人ならともかく、子供がいるから余計に不安で・・・、」
「子供がいるから冷静でいられるんだと思います。私は一人の方が怖いです。」
「・・・・確かにそうかも。」
そう・・・一人じゃないんだ。
この子は私の支えであり、そして私が支えてあげなきゃいけない。
例え今は他人に身体を乗っ取られてるとしても。
・・・また沈黙が降りてくる。
何か話したところで、もう不安を紛らわすことは出来ないだろう。
よくよく考えれば、いや・・・よくよく考えなくても、ここは戦争時に避難する場所なのだ。
こんな所へ閉じ込められるってことは、外はやっぱりそういう状況になってるんだろう。
「日本は・・・負けたりしないですよね?」
彼女は希望とも不安ともつかない声で言う。
きっと両方の感情が入り混じっているんだろう。
私は「負けることはないんじゃない」と返した。
「ほんとですか?」
「ていうかどこの国と戦うかによるでしょ。中国とかロシアが相手だったらマズいだろうけど。」
「やっぱりそうですよね・・・・。」
「でも日本が攻撃されたらアメリカだって戦うだろうし、侵略されるとかはないんじゃない。」
「でも戦争って、一対一でやる時代じゃないってテレビで専門家が言ってました。
だからアメリカが戦ったら、ロシアとか中国とかも出てくるんじゃ・・・・。」
「かもね。」
「そうなったら日本はどうなるんだろう・・・・。」
「大丈夫よ、アメリカは強いもん。」
「けど日本が戦場になるかもしれないじゃないですか!」
「・・・・・・・。」
「そうなったら戦争に勝ったって、日本はボロボロですよね?」
「・・・・・・・・。」
「そんなの嫌だ・・・。だって今日ランドセル見に行ってきたばっかりなのに・・・。
せっかく離婚して、ちゃんとこの子のこと育ててあげられると思ったのに・・・。」
ギュっと我が子を抱きしめて、必死に泣くのをこらえている。
彼女の言う通り、子供が支えになっているのだ。
そうでなきゃとうに泣いているんだろう。
「あっちゃん?」
とつぜん優馬が口を開く。
彼女の娘を見つめながら、「そっかあ・・・」と目を伏せていた。
「どうしたの?」
「・・・・・・・。」
優馬は無言のまま顔を近づけてくる。
そしてヒソヒソっと私に耳打ちをした。
「・・・・それほんと?」
「うん。」
「じゃあ・・・この子も・・・・、」
彼女の横顔をじっと睨む。
これは尋ねるべきか?
それとも・・・・、
「あのさ・・・・、」
気がつけば口が動いていた。
どう切り出せばいいのか分からないけど、流れに身を任せるしかない。
「実はウチの子が、その子のこと知ってるみたいなの。」
そう言うと「どこかで会いましたっけ・・・?」と、涙ぐんだ声で聞き返してきた。
「私は初対面なんだけど、この子は知ってるみたいで。」
「・・・・同じ幼稚園とかじゃないですよね。お子さんまだ小さいし。」
「幼稚園じゃない。」
「・・・じゃあどっかの公園で?」
「それも違う。」
「・・・買い物の時にお店でとか?」
「ううん、どれも違ってて・・・・ええっとね・・・・。」
どう尋ねるべきか、言葉に詰まってしまう。
ええい!ここまできたら本当のことを喋るしかなかろう。
「あのね、子供の国って知ってる?」
そう尋ねると、彼女は幽霊にでも出くわしたみたいに、これでもかと目を見開いた。
「いや、あの・・・・実はね、ウチの子・・・・ていうかウチの子であってウチの子じゃないんだけど・・・。
そのね・・・・この子、別人の魂が宿ってるのよ。」
優馬を膝に乗せて、彼女の方へ向けた。
「同じ名前の子供がね、ウチの子に宿っちゃって。それでその子が言うのよ。あなたの娘さんを知ってるって。」
「・・・・・・・・。」
また目を見開く。
それ以上開くと眼球が落ちるんじゃないかと不安になるほどに。
「・・・・子供の国にいたんでしょ?あなたの子。」
思い切ってズバっと尋ねた。
「この子が言うのよ、向こうであっちゃんって子と一緒にいたって。
けどそう長い間一緒にいたわけじゃないから、本人かどうかさっきまで分からなかったって。
その子人見知りだし、いっつも隅の方で一人遊びしてたから、あんまり話したこともないしって・・・。
・・・・あの、ごめんなさい。変なこと聞いちゃって。」
なんだかバツが悪くなって、優馬の頭に目を落とした。
でもこの子は目を逸らさない。
あっちゃんに「そうでしょ?」と尋ねる。
「こっちに戻って来たんでしょ?」
屈託のない子供らしい声だった。
彼女はまだ固まっていたが、あっちゃんは「うん・・・」と頷いた。
「やっぱそうだった。僕のこと覚えてる?」
「うん・・・。」
「一回だけ一緒に遊んだよね?なつちゃんと徳永君とこの兄弟と。」
「カラモネラの優馬君。」
「カラモネロね。」
優太は笑いながらポケモンの名前を訂正する。
「いつ戻って来たの?」
「優馬君がいなくなったあと。」
「そっかあ・・・俺、色々あって別人の身体になっちゃったんだ。ほらこれ。」
そう言って手を広げてみせる。
「いまはあっちゃんより年下だよ。」
可笑しそうにはにかむと、あっちゃんは少しだけ笑みを返した。
「よかったよね、復讐を選ばなくて。」
「お母さんがね、また亜子にもどってきてほしいから、ふくしゅうしないって。」
「それがいいよ。俺のお父さんとお母さんもそうしなかったんだ。あの時あっちゃんいたよね?」
「うん。優馬君ケーキ食べてた。」
「お母さんが作ってくれたやつなんだ。でも俺、もうお父さんもお母さんもいないんだよね。」
ニコっと笑うその顔は、明らかに無理をしている。
「お父さんとお母さんさ、あのあと色々あって喧嘩しちゃって、それで色々あって死んじゃった。」
軽い口調で言っているけど、やはり無理していると伝わってくる。
するとあっちゃんは私を見上げた。
「この人はもう一人の優馬君のお母さん。」
そう説明すると、あっちゃんは小さく頷いた。
「あのね、優馬君の後ろにね、優馬君がいる。」
「なにそれ?」
「小さい優馬君の後ろに、大きい優馬君がいる。」
優馬は後ろを振り返る。
私も後ろを振り返る。
しかしそこには誰もいなかった。
「どこ?」
「そこ。」
あっちゃんはじっと私を見る。・・・いや、正確には私の後ろを見ている。
彼女が見つめていたのは私ではなく、彼女しか見えない誰かを見つめていたようだった。
「俺の後ろに俺がいるの?」
「うん。」
「・・・ああ、それで俺って分かったんだ。」
優馬は恥ずかしそうにはにかむ。
「覚えてる?って言ったって、今の身体じゃ分かるはずないのに。」
「大きい優馬君死にかけてる。」
「え?」
「風邪のときみたいにしんどそう。」
「ほんとに?」
「亜子が死んだ時みたいにそっくり。」
「自分が死んだ時見たの?」
「ヴェヴェにつれて行かれるときに。」
「ああ、そっか・・・。幽体離脱みたいになるもんね、あの時。」
いったいこの二人は何を話しているのか?
私にはついていけない。
しかし子供たちはそんなことお構いなしに話を続ける。
「あっちゃんってなんで子供の国に来たんだっけ?」
「ヴェヴェにつれて行かれたから。」
「でも死ななきゃヴェヴェは来ないじゃん。」
「あのね、お父さんのお母さんが来てね、それでね・・・、」
「亜子!」
彼女が慌てて口を塞ぐ。
顔を真っ赤にしながら優馬を睨んで、「それ以上話しかけないで!」と怒鳴った。
優馬はビクっと怯える。
彼女は立ち上がり、トイレへ駆け込んでいった。
ガチャっと音がしたので、内側から鍵を掛けたようだ。
「なに?いきなり・・・・。」
大人しそうな人が怒るとドキっとする。
優馬が余計なことを聞いてしまったのだろうか?
彼女はそれからずっとトイレに篭りっぱなしで、「ねえ?」とノックしても返事がなかった。
「ごめん・・・ウチの子がいらないこと聞いちゃった?」
「・・・・・・。」
「もしそうなら私が謝る。ごめん・・・。」
「・・・・・・。」
「まだ子供だからさ、許してあげてくれないかな?もう余計なことは喋らせないようにするから。」
「・・・・・・・。」
「ねえ?出て来てくれない?その・・・こっちも不安なのよ。謝るからさ、一緒にいようよ。」
誰だって触れられたくない部分はあって、優馬はそこに触れてしまったのだろう。
だけどこんな非常事態、トイレに篭りっぱなしにならなくてもいいだろう。
「ねえってば。出てきて、一緒にいようよ。」
何度もノックして、何度も呼びかける。
しかし返事はない。
《意地っ張り!》
思わずドアを叩きそうになるけど、グっとこらえる。
《ダメダメ・・・私まで感情的になっちゃ。一番不安なのは子供たちなのに。》
椅子に戻り、はあっとため息をつく。
「あ・・・・、」
また優馬がいきなり口を開く。
今度は何かとドキっとしてしまう。
「どうしたの?」
「蝶。」
「蝶?」
「トイレから。」
そう言ってトイレのドアを指差す。
するとそこには一匹の蝶が舞っていた。
「・・・・・・。」
私は言葉を失くす。
だって・・・あの蝶は・・・・、
「宇宙人モドキ・・・・。」
子供の国にいるはずの蝶が、なぜかこの部屋を飛んでいた。
《優馬君。》
蝶の方から声が響く。
エコーがかかったとても不気味な声だ。
《一緒にいこ。》
ふわふわと舞いながら、優馬の近くへ飛んでくる。
《みんなで子供の国にいこ。》
蝶は踊るように飛んで、優馬の後ろへと手を伸ばした。
そして・・・・、
「え?ちょ・・・・、」
また言葉を失う。
なんと優馬の身体から、見たこともない子供が出てきたのだ。
蝶に誘われれ、幽体離脱でもするかのように・・・。
《これ・・・まさかもう一人の優馬・・・?》
小学校高学年くらいの男の子が、蝶と共に舞い上がる。
彼は幽霊のように薄く透き通っていて、《おばさん》と私を振り返った。
《僕行かなきゃ。》
「ど、どこに・・・・?」
《ヴェヴェのとこ。》
彼の声にもエコーがかかっている。
耳を塞ぎたいほど不気味な声だ・・・・。
蝶は羽から糸を伸ばして、彼を包み込む。
小さな身体が玉繭のように白く染まっていき、そして・・・・、
「あ・・・・、」
彼も光る蝶へと変わってしまった。
二匹の蝶は漂うように部屋を舞う。
そして螺旋のように舞い上がって、天井をすり抜けて消えてしまった。
「ちょ、ちょっと!」
慌てて立ち上がっても、もうそこには誰もいない。
代わりにガチャリとトイレのドアが開いて、彼女が出てきた。
「・・・・・・。」
外に出てくるなり、フラフラと倒れこむ。
顔は真っ青で、恐ろしい何かに出くわしたかのように、表情に精気がなかった。
「大丈夫!?」
肩を抱きかかえると、「あの子が・・・・、」と呟いた。
「いきなり・・・・チョウチョに変わって・・・、」
「蝶に変わるって・・・。じゃあさっきのってもしかして・・・、」
「亜子が・・・・いなくなっちゃった・・・。せっかく戻って来てくれたのに・・・。また子供の国へ行くって・・・、」
彼女はうずくまり、鼓膜が痛くなるほどの悲鳴を響かせる。
狭い部屋の中に何重にもこだまして、私の頭まで痛くなってくるほどに。
「亜子おおおおおお!!」
「・・・・・・・。」
いったい何がどうなってるのか分からない・・・・。
突然二人の子供が消え、残ったのは・・・、
腕の中で、優馬が「おかあさん」と呟く。
あの子が出ていったことで、ようやく長い眠りから覚めてくれたようだ。
《よかった・・・・死なずにすんだ・・・・。》
心の底からホッとする・・・安堵で泣きそうになる。
それと同時に、わけの分からないことばかりが続いて、別の意味で泣きそうだった。
《分からない・・・分からないよ・・・・何がどうなってるの?誰でもいいから教えて!!》
怯える優馬を抱き、泣き喚く彼女の肩も抱く。
だけど私を抱き寄せてくれる人はいない。
何がなんだか分からない中、せめて私だけは冷静でいないとと、潰れるほど感情を押し殺した。

不況の中でも強いホームセンターの魅力

  • 2018.01.31 Wednesday
  • 11:48

JUGEMテーマ:社会の出来事

JUGEMテーマ:日常

地元のスーパーやコンビニ、レンタルDVD店など、いろんなお店が潰れていっています。
何年後には撤退してるんじゃないかって思うお店もあります。
特に大型ショッピングモールみたいなお店ほどピンチなんじゃないかと感じています。
この不況だから撤退するお店が増えるのは仕方のないことです。
だけどたくさんあるのにほとんど撤退する気配がないお店があります。
それはホームセンターです。
近所のホームセンターで撤退した所は一つもありません。
少し離れた所に超大型のホームセンターもありますが、いつ行っても繁盛しています。
この前なんか新しいお店が建っていました。
スーパーもコンビニも書店もDVDレンタル店も弁当屋も色んなところがピンチなのに、どうしてホームセンターだけこんなに強いのか?
経済の専門家じゃないので、詳しいことは分かりません。
だけどお客さん目線で語るなら、ホームセンターって便利と楽しさを両立しているんじゃないかと思います。
特に用事がなくても行きたくなるほど楽しいんですよ。
そして行ってしまうと何か買ってしまうんです。
最近のホームセンターって本当に色んな物を置いています。
服、靴、飲食、冷房や暖房器具、布団、自転車、車用品、時計、電球、建築用の資材など・・・・数え上げたらキリがありません。
日用品は全て揃うほどです。
それに加えてけっこうマニアックな物まで置いていることがあるから、何度行っても飽きないんです。
品揃えも多いから、痒い所に手が届くっていうのも魅力です。
値段も安いから、これほど重宝するお店はないかもしれません。
対して大型のショッピングモールって、たくさん物を置いているかのように見えて、けっこう同じような店がテナントとして入っていたりします。
服や靴の場合だと、ユニクロやGUやABCマートが入っていると、他のテナントは一気にピンチになるでしょう。
それに大型ショッピングモールってけっこう疲れるんですよ。
だけどホームセンターはそうはならないんです。
超大型の店でもなぜか疲れない。
それって同じような商品がバラけて置いていないせいだと思います。
この商品はここ!って感じで置いてあるので分かりやすいです。
テナントがほとんと入ってないから、似た商品が違った場所で置かれているってことがないんですよ。
それに上にも書いたけど、見て回る楽しさがあります。
それに加えて便利とくれば、お客さんが集まるのは必然かもしれません。
また建築系や土木系の仕事をしている人にとって、ホームセンターは欠かせないお店です。
日本って建てたり潰したり、掘ったり埋めたりが多い土建国家です。
となるとそういう業者に愛用されるホームセンターは、常に一定の収入が見込めるってのもあるんじゃないかと思います。
あと地元に根付いている企業が多いように思います。
ホームセンターって地域密着型が多いです。
配送や内装工事などを請け負ってくれることも多いですし、地元民としてはありがたい限りです。
色んなお店が撤退していく中、ホームセンターは最後の砦です。
もしホームセンターがどんどん撤退する時代になったら、それこそ本当に冬の時代かもしれませんね。

蝶の咲く木 第二十五話 星を覆う羽(1)

  • 2018.01.30 Tuesday
  • 14:21

JUGEMテーマ:自作小説

どんな危機的な状況であれ、人の行動が一律であるとは限らない。
大災害の最中、避難する人もいれば、踏みとどまって誰かを助けようとする人もいる。
どの行動が正しいか?というわけではない。
人間には誰だって自分の意志があり、同じ状況を前にしても、取る行動は異なるということだ。
空にとてつもない巨木が現れ、大地を貫き、地球へ根付こうとしている。
それを迎え撃つために、人間は軍隊をもって対処した。・・・・いや、今もしている。
空は真っ赤に焼けて、あちこちに燃え盛る木炭が降ってくる。
それは瞬く間に街を炎で包んだ。
多くの人はすでに避難している。
燃え盛る建物の中に、すでに人はいないだろう。
しかし俺はまだこの街にいた。
それもボロい寺の中に。
本堂には阿弥陀如来が座して、大きな手の平をこちらに向けている。
その前には坊さんが座り、ビニールシートに包まれた骨を、丁寧に並べていた。
「あの・・・・本当にいいんですか?逃げなくて。」
そう尋ねると、「手伝ってもらえますか?」と、骨を並べるように手を向けてきた。
川底から掘り出した骨を、元の形になるように、丁寧に並べていく。
「すいません・・・・こんな時に葬式なんてお願いしちゃって。」
「あなたこそ逃げなくていいんですか?いつここも燃えるか分かりませんよ?」
「いいんです、俺には責任があるから。それにあの子に会わないと。」
「幽霊ですか?ほんとにいるんですか?そんなもの。」
「お坊さんなのに見たことないんですか?」
「私は霊能者ではありませんから。あの世のことなど存じませんな。」
ニコっと笑うその顔は、可愛いお爺ちゃんのようにも見えるし、獰猛な獣のようにも見えた。
だから言っていることが冗談なのか本気なのかも分からない。
これが徳ってやつなのか?・・・・なんて余計なことを考えていると、庭に木炭が降ってきた。
そいつは灯篭に当たり、地面へ落ちてパチっと弾ける。
「顔が青いですぞ。」
「だって怖いですから・・・、」
「なら逃げればいいものを。」
「いや、でも責任がですね・・・・、」
「何度も聞きました。さて・・・・状況が状況ですから、すぐに葬儀を始めましょうか。」
そう言って木魚を叩き、リズミカルにお経を唱え出す。
俺も手を合わせ、目を閉じて黙祷を捧げた。
《頼む!出て来てくれ!このままじゃ地球がやられちまう!》
あの巨木のデカさは桁が違う。
きっとここ以外にも被害が出ているだろう。
日本だけでなく、間違いなく他所の国でも。
《アメリカやロシアは核をぶっぱなすのかな?そうなったら巨木をやっつけても、放射能だらけになっちまうよな。》
一番いい方法は子供の国を消滅させることだ。
だがその手段として核兵器を使われてはたまらない。
・・・・ポクポクポクと木魚の音が響く。
また庭に木炭が落ちてきて、門の下で燃えていた。
《うわあ・・・・逃げたい!》
妻は大丈夫だろうか?優馬は無事だろうか?
親は?河井さんは?ついでに松永は?
こんな時、考えるまでもなく大事な人の顔が浮かんでくる。
もっと話しておけばよかったとか、遊んでおけばよかったとか。
チラリと目を開け、大きな阿弥陀如来を睨む。
本当に仏がいるなら、どうかあの巨木を遠くまで叩き飛ばしてくれと願った。
次々に頭に浮かぶ、家族や同僚や友人の顔。
するとその中に、ふとあの子の顔が浮かんだ。
それも写真のように鮮明に、生々しく・・・・。
恐怖で目を開けると、少年はすぐ目の前に立っていた。
「あ・・・・、」
・・・じっとこちらを見ている。
そしてポケットを漁り、クシャクシャになった紙を取り出した。
『あげる。』
「これは・・・・残りの絵か?」
『うん。』
広げてみると、間違いなくもう半分の絵だった。
空に巨木が浮かび、下の方では大人が焼かれている。
しかしこの前手に入れた絵とは一つだけ違う部分があった。
画面の上の方、巨木の辺りに二匹の虫が描かれている。
一つは蝶だ。
モルフォ蝶のような美しい羽をしている。
そしてもう一つは・・・・、
「これ、もしかして蛾か?」
『悪い奴。』
「え?」
『蝶を追いかけてきた悪い奴。悪い大人。』
「悪い大人・・・・・。」
『子供の国を滅ぼそうとしてる。死んだ後でも子供を追いかけてきて、暴力を振るう悪い大人。』
「・・・・・・・・。」
少年の言う通り、確かにそう見えなくもない。
蝶は背中を向け、蛾から逃げているような感じだ。
「・・・なあ?」
俺はある疑問を抱いていた。
ここに蝶と蛾が描かれているのは・・・まあいい。
きっと何か意味する所はあるんだろうけど、今はもっと気になることがあった。
「イモムシはどこにいるんだ?」
そう、この絵には根っこを齧る巨大なイモムシがいるはずなのだ。
この少年を殺した犯人が、イタズラで書き込んだものだ。
俺の持っている方の絵には描かれていなかったので、てっきりもう一枚の方かと思っていたけど・・・・、
「ここにはイモムシが描かれているはずだろ?もしかして自分で消したのか?」
『蛾になった。』
「なに?」
『繭を作って、サナギになって、大人になったの。それがコイツ。』
そう言って絵に描かれた蛾を指差す。
『大人になったから子供の国を襲ってる。』
「・・・・じゃあさ、こっちの逃げてる蝶はなんなんだ?もしかしてヴェヴェか?」
『うん。』
「それじゃヴェヴェは悪い大人に追いかけられてるってことか?」
『うん。』
「これ、全部君が描いたのか?この蝶も蛾も。」
『違うよ。勝手にそうなったの。』
「なんだって?だってこれは君が描いたものなんだろ?勝手にってどういうことだ?」
『もうその絵は僕のじゃないから。』
「は?」
『僕はもういい・・・・。子供の国はきっとなくなっちゃうし、こうやってお葬式してくれたし。』
少年は初めて笑顔を見せる。
自分の骨を見つめ、『もうなんにも痛くない・・・』と目を閉じた。
「おい・・・、」
『もっと早く・・・お葬式をしてもらってたら、もっと早く天国に行けてたのに・・・・。』
なんとも切なく、それでいて嬉しそうな声で言う。
少年は如来像の方へと歩いて、その大きな手のひらに乗った。
『大仏さんが連れてってくれるって。』
「・・・どこへ?」
『天国。』
「成仏するのか?」
『うん。』
「いや、ちょっと待ってくれ。」
俺も立ち上がり、如来像へと歩いた。
「今逝かれたら困るよ。」
『どうして?』
「だってあの空には巨木が来てるんだ。ほっといたら地球が危ない。君ならあれをどうにか出来るんじゃないのか?」
『無理だよ。もう僕の手の届かない所へ行っちゃったから。』
「それが分かんないんだよ。だってあれは君が描いた世界で・・・・、」
『大丈夫だよ。もう子供の国はなくなるから。』
「それは・・・蛾が滅ぼすからか?」
『うん。』
「・・・まさかとは思うけど、その蛾って地球を襲ったりしないよな?」
これは聞かずにはいられなかった。
俺は今まで二度、ある幻を見ている。
そのどちらにも蛾が出てきた。
あの幻はとても鮮明で、ただの幻覚とは思えない。
何か嫌なことが起こる予知夢のようなものではないのかと、ずっと不安だったのだ。
「あの蛾・・・・地球を砂漠に変えたりしないよな?襲って来たりしないよな?」
どうか違うと言ってほしい。
そうでなければ、子供の国がなくなっても意味がない。
答えを待っていると、少年はこう答えた。
『もし・・・・、』
「もし?」
『悪い方に未来が進んだら、きっとおじさんが見た通りの世界になると思う。』
「どういうことだ?」
『地球が砂漠になるのは、核兵器をたくさん使ったから。ほうっとけば子供の国はなくなるのに、焦って撃っちゃったらそうなる。』
「あれは人間の仕業だってのか?」
『でも蛾は死なない。それに蝶も死なない。』
「どうして?子供の国はなくなるんだろ?だったら蝶だっていなくなるんじゃないのか?」
『ヴェヴェを舐めたらダメだよ。アイツはとっても怖いんだ。悪い宇宙人じゃないけど、良い宇宙人でもないから。』
「怖い奴だってのはよく分かるよ。現に俺だってこんな身体になっちまったんだから。」
今の俺はクローンだ、もって10年の寿命しかない。
その元凶となったのはもちろんヴェヴェ。
奴は子供の味方かもしれないが、命を命とも思わない残酷な所がある。
「じゃあ人間が核兵器を使いまくったら、この星は砂漠に変わって、ヴェヴェと蛾だけが生き残るってのか?」
『うん。』
「そんな・・・・・、」
『大人も子供もいなくなる。でもそれって、ある意味一番いい世界なのかもね。』
「いいわけないだろ!人間が滅ぶってことじゃないか!!」
『それの何が悪いの?』
「なにが悪いのって・・・・、」
『大人も子供もいなかったら、虐待もないし、犯罪で死ぬ子供もいないよ。』
「そりゃ極端すぎだろう!だってみんながみんな不幸な子供じゃないんだぞ!」
俺とこの子では生きてきた道が違う。
親に虐げられ、最後は変態に殺されたこの少年にとっては、大人は悪の象徴なのだろう。
その境遇には同情するし、その気持ちも分かる。
でも大人も子供も消え去るなんてあってはならないことだ。
世の中、子供の天敵になる大人だけじゃない。
子供を護る大人だってたくさんいるのだ。
「なあ、どうにかできないか?どうやったら悪い未来を避けられる?」
どうか良い答えをくれと、返事を待つ。
すると・・・・・、
『あのことを解決すればいけるかも。』
「何か条件があるってのか?」
『僕を殺した犯人を捕まえること。』
「捕まえるって言われても・・・・あのオッサン、証拠となるものは全部燃やしたんだろ?」
『僕の分はね。』
「僕の分はって・・・・じゃあ他の子供の写真は・・・、」
『あるよ。』
「・・・・それを先に言えよ。」
ちょっとイラっとくる。
『ていうか自分が殺した子供の写真は燃やしたんだ。そうじゃない子供の写真は残ってる。』
「え?あのオッサンって君以外にも子供を殺してるのか?」
『うん。』
「・・・・・・・・・。」
『さすがに殺人はバレたらヤバいから、そういう写真だけは捨てたんだ。あのオジサンの子供が。』
「あのオジサンの子供・・・・って、あの子供っぽい青年のことか?」
『あの人はニートで、お父さんしか頼る人がいないんだ。だからお父さんが殺人で捕まらないようにする為に捨てたんだよ。』
「あの青年が・・・・。だってあんなに子供っぽいのに・・・・、」
『おじさんが記者だって名乗ったから、余計なことは言わなかったんだと思う。』
「でもそうだとしたら変だぞ。だってあいつは自分から取材してくれって追いかけてきたんだ。
最初は断ったのに・・・・。本当に隠すつもりならそんな事しないだろ。」
『また来られたら困るから、あえて自分から行ったのかもね。大人ってそういう所はズル賢いから。
あの人は子供っぽいけどもう大人だもん。知恵が回るっていうんでしょ?こういうの。』
「・・・・・・・・。」
『だけどあの人がUFOを見るっていうのは本当だよ。』
「あいつは蛾みたいなUFOだって言ってた。それって君が言っている蛾と関係あるのか?」
『それはきっとヴェヴェだよ。』
「ヴェヴェ?だってあいつは蝶だろ?蛾じゃないんじゃ・・・・、」
『蝶と蛾の区別って曖昧だから。人によっては蝶にも見えるし、蛾にも見えるし。実は決定的な違いってないんだよ。』
「そうなのか?いや、虫には疎くてだな・・・・、」
『とにかく犯人を捕まえれば、蝶も蛾も消えるかもしれない。』
「どうして?今さらそんなことしたって、どうにかなるとは思えないんだけど・・・・。」
『なるかもしれないし、ならないかもしれない。まあ捕まえてみれば分かるよ。』
「そんな曖昧な・・・・、」
『それともう一個教えてあげる。本当は大人に協力するの嫌なんだけど、おじさん良い人そうだから。』
少年は如来の手から飛び降りて、俺の前に立った。
『実はね、もう一人嘘ついてる人がいるんだ。』
「誰?」
『あのお爺さん。』
「お爺さん?それって屋敷の?」
『だっておかしいと思わない?子供の国って20年前にできたのに、あのお爺さんはもっと前に子供の国に行ったって言ってるんだよ。』
「ああ、それは俺も思った。なんでだろうって。」
『あの人はまだ生きてるよ。』
「え?だってヴェヴェに殺されたんじゃ・・・・、」
『ううん、生きてる。だって死んだりしないもん。あの人は人間じゃないから。』
「人間じゃない?・・・・まさかヴェヴェと同じ宇宙人とか?」
『違う。あの人の正体は・・・・・、』
少年はニッコリ笑い、『じゃあ』と如来の手に戻っていく。
『僕もう行くね。』
「おいコラ!どうして謎めいたことを言い残していくんだ?全部喋ってけよ。」
『だって大人は嫌いだもん。意地悪された分は仕返ししないと。』
「俺は何もやってってないだろ。」
『でも大人が嫌いだから。』
クスっと肩を竦め、『バイバイ』と手を振る。
『僕はもう天国に行くから関係ない。』
「こっちは関係あるぞ!」
『せいぜい頑張って。』
「お前なあ・・・・地球が危ないってのに・・・・、」
『全部大人が悪い。僕のせいじゃないよ。』
少年は取り付く島さえ与えてくれない。
やがて如来の手が光り、大きな蓮の花が咲いた。
その蓮は少年をすっぽりと包んでしまう。
そして花びらが開いた時には、もうどこにもいなかった。
「おい!待てよ!!」
俺も手の平に乗っかろうとすると、ベシっと如来に叩き飛ばされた。
「ぐおッ・・・・・、」
立ち上がり、「ちょっと!」と詰め寄る。
「あんた仏様だろう!だったら地球を救うのに手を貸し・・・・、」
・・・・言い終える前にまた叩かれる。
今度は寺の外まで弾き飛ばされ、思いっきりお尻を打ってしまった。
「痛った・・・・・、」
お尻を撫でながら、「ちょっと待てって!」と境内に駆け込む。
すると辺りは真っ赤に燃えていて、如来像にまで火が回っていた。
「な、なんだ・・・?どうしていきなり火が・・・・、」
「何してるんです!」
後ろから腕を引っ張られる。
見ると坊さんが慌てた様子で叫んでいた。
「逃げないと死にますぞ!」
「あの・・・・、」
「もうあの子の魂は逝きました!」
「・・・・見えてたんですか?」
「坊主ですからな。あんたさっきまでこの世とあの世の狭間におったんです。」
「なんですかそれ?」
「あんたが幽霊と会いたいっていうから、私がそうしたんです。でもここまで火が回っては・・・、」
寺のあちこちが赤く染まり、見渡す限り火の海だ。
境内の中を振り返ると、如来像がシッシと手を振っているように見えた。
「あの、いま大仏が・・・・、」
「逃げろと言っとるんです。さあ早く!」
坊さんに引っ張られ、寺の外へと連れ出される。
「待って!」
その手を振り払って、俺は境内へと駆け込んだ。
「危ないですぞ!」
「これ持って行かないと・・・・。」
燃え盛る大仏の前に行き、少年の骨をかき集める。
一部は燃えてしまったが、頭蓋骨や骨盤は残っていた。
そいつをブルーシートに包んで、急いで逃げ出した。
寺は少し山を登った所に立っていて、ここからだと街を一望できる。
俺も坊さんも変わり果てた街並みを前に、ただ言葉を失くすしかなかった。
「ひどいなこりゃ・・・・。」
火の海になっているのは寺だけじゃなかった。
街のあちこちで炎が蠢いている。
しかし一番異様なのは巨木の根っこだ。
スカイツリーよりも遥かに大きくて太い根が、大地を貫いていた。
それも一本や二本ではない。
街を串刺しの刑に処すかのごとく、至る所に根を下ろしている。
空ではまだ戦いが続いていて、続々とやって来る戦闘機が、これでもかとミサイルを撃ち込んでいた。
やがて攻撃ヘリまで飛んできて、根っこに機関砲を浴びせ始めた。
《まるでゴジラとでも戦ってるみたいだ・・・・。》
奮闘する軍隊ではあるが、いかんせん相手が大きすぎる。
空そのものを覆う巨木は、普通の兵器では倒せないだろう。
かといって核兵器を使えばそれこそ地球はおしまいなわけで・・・・。
「お兄さん、あれを。」
坊さんが川の向こうを指差す。
「何があるんです?」と尋ねようとしたが、すぐに「ああ・・・」と理解した。
どこもかしこも燃え盛っているのに、あの大木の周辺だけが燃えていないのだ。
バリアのように繭を張り巡らせ、炎を防いでいる。
「よく燃えないな、あれ・・・・。」
あれが不思議な木だってことは知っている。
なんかよく分からないけど、未知なるパワーかなんかで守っているんだろう。
「あそこまで逃げましょう。」
坊さんと一緒に階段を駆け下りる。
麓には乗り捨てられた車があったが、こんな状況では足の方が速いだろう。
ぜえぜえと息を切らしながら、炎に気をつけて川沿いを走っていく。
少し遠くには真っ赤な橋があって、橋桁の部分が燃えていた。
「どうにか渡れそうですね。」
炎はそう大きくない。
人が歩く部分にも押し寄せているが、走ればなんとかなるだろう。
俺と坊さんは覚悟を決めて、一気に橋を駆け抜けた。
そしてどうにか渡り終えた瞬間、撃墜されたヘリが落ちてきて、橋が崩れてしまった。
「・・・・・・・・。」
あと一瞬遅れていたらとゾッとする。
「ハリウッド映画みたいですな。」
こんな状況で笑う坊さんは、悟りでも開いているのだろうか?
まあいい・・・とにかくあの大木の近くまで逃げないと。
しかし周りは繭によってガードされていて、中に入れそうにない。
「クソ!俺たちも入れてくれよ。」
ふんぬ!と引きちぎろうとしたが、炎さえ防いでしまうほど頑丈な繭は、人の力ではこじ開けられなかった。
・・・このままじゃ死ぬ・・・・。
骨の入ったブルーシートを抱えながら、神でも仏でも悪魔でもいいから、この状況をどうにかしてくれと願った。
「お、またおかしな事が・・・・、」
坊さんが空を見上げる。
落ち着いたその態度にちょっとイラっとしたが、そんな気持ちはすぐに消え去った。
なぜなら・・・・、
「あれは・・・・蝶?」
炎に巻かれる街の中、至る所から小さな光が舞い上がっている。
いや、この街だけじゃない・・・・遠くの空からも無数に押し寄せてきた。
「・・・間違いない、あれは宇宙人モドキの蝶だ。どうして・・・、」
そう問いかけて、「ああ、なるほど・・・」とすぐに気づいた。
「大人は殺して、子供はあの国へ招待するってわけか。」
四方八方から押し寄せる蝶の群れは、オーロラを点描画で描いたかのような、えも言えぬ美しい光景だった。
坊さんは数珠を握りながら、「凄まじい子供の数ですな」と呟いた。
「分かるんですね、あれが子供だって。」
「伊達に坊主はやっておりませんでな。」
「なんの説明にもなってないですけど、今はすごいピンチですよ。あいつらは人を殺すほどの力を持ってるんです。
もしも襲いかかってきたら・・・・、」
そう言いかけた瞬間、蝶の群れの一部が、軍隊へと攻撃を仕掛けた。
稲妻のようにピカピカっと光り、青白い波のような物を放ったのだ。
それは波紋のごとく空に広がっていく。
すると戦闘機や攻撃ヘリは、糸が切れた人形のようにパタパタと墜落していった。
「あれって・・・・、」
何年か前に見たアメリカ版のゴジラ映画を思い出す。
あの時、敵の怪獣がこれと似たような技を使っていた。
「・・・あれ、確か強力な磁気を飛ばしてるんだったな。そのせいで電子機器とかコンピューターがダメになって・・・。」
そういえばあの蝶が傍にいると、スマホもデジカメも使えなくなることを思い出した。
元々強い磁気を放っているので、群れ全体でそれを放出すれば、今みたいに戦闘機やヘリを落とせるのだろう。
「これヤバイぞ・・・・。」
電子機器に頼る現代の兵器では、あの蝶の群れに対抗するのは分が悪い。
かといってアナログな大砲や銃ではもっと勝目がないだろう。
「あ・・・・、」
戦闘機から脱出したパイロットが、パラシュートを背負って降下している。
するとそこへ蝶が群がって、瞬く間に焼き殺してしまった。
「あれだ・・・あいつら人を燃やすんだ・・・・。」
兵器に乗っていれば磁気攻撃、降りれば炎が襲ってくる・・・・なんとも恐ろしい連携だ。
「お坊さん、もう俺たちヤバいかもです・・・。」
そう言って振り向くと、なんと一匹の蝶が坊さんに襲いかかっていた。
パタパタと羽ばたいて、光る鱗粉を飛ばしている。
その鱗粉は坊さんに触れた途端に炎を上げた。
「お坊さん!」
駆け寄ると、老人とは思えないほどの腕力で突き飛ばされた。
「なんで・・・・、」
「逃げなさい・・・どこか・・・安全なとこ・・・・へ・・・、」
蝶はなおも鱗粉を振りまく。
坊さんは藁人形のように燃え盛った。
真っ赤な炎の中、人のシルエットが浮かんでいる。
もうじき死ぬ・・・・彼はそんな中でも、坊主であり続けた。
膝をつき、合掌し、まるでお経でも唱えているかのように、苦しむ素振りを一つも見せない。
その姿を面白がったのか、蝶は必要以上に鱗粉を振りまく。
炎はさらに大きくなって、熱風が俺の頬を撫でた。
『逃げろ。』
ふと坊さんの声が聴こえた気がした。
《わざと蝶を引きつけてるのか・・・・?》
死に間際に合掌する坊さんを面白がって、蝶は俺の方を見ようともしない。
興味の惹かれる物にだけ執着するその姿は、まさに子供だ。
《・・・・・すいません!》
ここで逃げなきゃ坊さんの無駄死にだ。
背中を向け、一目散に駆け出した。
川原沿いの道を走り続け、どこかに安全な場所はないかと探す。
しかしその希望はすぐに打ち砕かれた。
見上げた空はどこまでも巨木に覆われている。
集まってくる蝶も増えている。
もうどこにも逃げ場なんかないし、助かる道なんてない・・・・。
また撃墜された戦闘機が落ちてくる。
爆風が押し寄せ、何メートルも吹き飛ばされる。
今日、この星は終わるのだなと確信した。

絵を描く時の顔と体のバランス

  • 2018.01.30 Tuesday
  • 14:18

JUGEMテーマ:漫画/アニメ

JUGEMテーマ:

人を描くときに難しいのが顔と体のバランスです。
最初の頃、だいたい顔が大きくなってしまいます。
そして足は短くなりがちです。
子供の描く絵がまさにそうです。
たまに顔から手足が生えていますからね。
あれって子供にはああ見えてるってことなんだそうですよ。
体ってあんまり目に入っていないんです。
人間=顔なんですよ。
けどそれは大人も同じ。
元々絵が上手い人は別にして、だいたいの人は顔を大きく描いてしまうものなんですよ。
体を小さくしているじゃありません。
顔が大きくなってしまうんです。
これって大人も人間=顔と認識してるってことです。
力士やボディビルダーみたいに特徴的な体をしているならともかく、そうじゃないなら人の体ってあんまり意識して見ません。
だから絵を始めた最初の頃って、どうしても顔と体のバランスが崩れがちです。
特にコミック風の絵の場合だと、顔のバランスって難しいです。
実際の人間の比率で描いてしまうと、逆に顔が小さく見えてしまいます。
それに肩幅もデカくなるんですよ。
写実画ならいいけど、コミック風の絵だとリアルな体形を描くと肩幅のすごいマッチョマンみたいになってしまうんです。
逆に足は長く描かないといけません。
これまたリアルに描くとものすごい短足に見えるんです。
漫画やアニメのキャラってやたらと足が長いけど、ああしないと短足みたいになってしまうからです。
実際の人間と漫画やアニメの人間では、バランスよく見える比率が違うんですね。
美人やイケメンキャラの場合は、スーパーモデル並みに体形を良くしないと見栄えがしないんです。
だから胴体もちょっと短めくらいでいいんですよ。
これまたリアルに描いてしまうと、かなりの胴長になってしまいます。
またクビレも必要です。
コルセットでも着けてるんじゃないかってくらいにクビレさせないと、寸胴っぽく見えるんですよ。
これは女キャラだけでなく男キャラも同じです。
真っ直ぐの胴体はけっこう不格好に見えるものなんです。
こうして考えてみると、漫画やアニメの絵は絶対にデフォルメが必要ということが分かります。
顔はともかくとして、体もそのまんま描いたら魅力的じゃなくなるんです。
もちろんこれは美人やイケメンキャラの場合の話であって、あえて短足や寸胴を描きたいならリアルな比率でも問題ありません。
絵って所詮は平面に描かれた記号のようなものです。
特に漫画やアニメはそうです。
手塚治虫も言っていました。
「漫画って特殊な記号を使って文字を書いている気がする」
てことは大いにデフォルメすればいいってことでもあります。
絵は現実の人間のインパクトには敵いません。
だから大袈裟に描く必要があるんです。
漫画を実写にした時って、なんだか嘘臭い演出や物語になってしまいますよね。
あれも同じことです。
絵で表現するならあれくらい大袈裟がいいんだと思います。
実写でやると不自然になってしまうのは、絵におけるリアリティと写実におけるリアリティが違うからです。
映画だと自然な演技が好まれるのに対し、舞台だとやや大げさに演技しないと伝わりにくいのと似ているかもしれません。
漫画やアニメの絵を描く際、顔は小さめにして足を長めにとると、それなりにバランス良く見えるものだと思います。

B'zのアルバム マイランキングベスト5

  • 2018.01.29 Monday
  • 11:58

JUGEMテーマ:音楽

個人的B'zアルバムランキングを書きます。
子供の頃、テレビから流れて来たB'zの曲に魅了されて以来、大人になった現在でもファンです。
「愛のままにわがままに 僕は君だけを傷つけない」
これが始まりでした。
最初に買ったアルバムは「LOOSE」です。
その次が「RUN」、そしてミニアルバムの「フレンズ」です。
車に乗る時、部屋にいる時、いつでも聴いていたのがB'zです。
だからどの曲も思い出深いものばかりです。
本当は順位なんて着けるべきなんじゃないんだろうけど、ランキングをつけたり見たりするのが楽しみなのも事実!
というわけでマイランキングを書きたいと思います。
ベスト5までです。
ちなみにベストアルバムは除きます。
まず5位から。
「7thブルース」
二枚組の豪華なアルバムです。
それ以前のB'zと違い、ブルース色の強い重厚なアルバムです。
松本さんも仰っていましたが、「これがB'zのターニングポイントだった」というほどのアルバムです。
確かにこのアルバムからガラっとスタイルが変わったように思います。
今のB'zへと続く源流がここにあるような気がします。
緩やかで、でも力強くて、大人っぽくて、でも若々しい。
相反するものなのに、それが上手く混ざり合っている。
そんな印象を抱くアルバムです。
4位は「ブラザーフッド」です。
ハードなサウンド、尖ったメロディ、抉るような痛烈な歌詞。
「銀の翼で翔べ」なんかまさにそうです。
「流れゆく日々」のように、哀愁漂うノスタルジーな曲も入っています。
若い時代の青い葛藤を描いたようなアルバムです。
続いて3位です。
「グリーン」
これは原点回帰を謳ったアルバムです。
ボーカルとギター以外はコンピューターによる打ち込みだそうです。
B'zのお二人以外の音は全て機械です。
これって初期のB'zもそうだったらしいです。
それに曲調も昔のB'zを彷彿とさせるものがあります。
ポップなメロディ、ダンスミュージック的なノリの良いサウンド。
そしてタイトルのグリーンにある通り、歌詞は良い意味で青臭いです。
青春を描いたアルバムです。
青空が浮かんできそうなほど爽快感があります。
2位は「LOOSE」です。
これはバラエティに富んだ楽しいアルバムです。
イントロの曲からインパクトがあります。
松本さんのアコギと稲葉さんのハイトーンな歌声。
続く「ザ・ルーズ」も面白い曲です。
卒業が近くなった大学生が、社会へ出ることへの戸惑いを歌っています。
ジャズバージョンのバッドコミュニケーションもカッコいいですし、「消えない虹」や「夢見が丘」のようなバラードも最高です。
そして1位です。
「インザライフ」
初期のB'zの最高傑作といえるんじゃないでしょうか。
「もう一度キスしたかった」や「ALONE」といったメジャーな曲も入っています。
一曲目の「ワンダフルオポチュニティ」はファンの間でも人気が高いです。
全体的に「情熱で突っ走る若い頃の青春」って感じがして大好きです。
理屈どうこうじゃなくて、気持ちが一番燃え上がっているみたいな。
曲調もポップスとロックが良い感じに融合していて、とても耳に馴染みやすいです。
今のところこれがマイベスト5です。
けどまた変わると思います。
B'zって好きな曲があり過ぎて、本当の意味でこれが一番って決められません。
上には書かなかったけど、ミニアルバムの「フレンズ」「フレンズ2」も好きですし、お二人のソロまで加わるとこれまたランキングは変わると思います。
良い曲がたくさんあって、その時その時によってマイランキングが変わるのもB'zの魅力だと思います。

蝶の咲く木 第二十四話 子供からの警告(2)

  • 2018.01.29 Monday
  • 11:52

JUGEMテーマ:自作小説

新幹線の窓から、外を駆ける景色を眺める。
最近電車に乗ることが多い気がするが、こういう時間の過ごし方は嫌いじゃないので、苦にはならない。
隣りではアイマスクをした河合さんが寝ていて、着いたら起こしてと言われていた。
《珍しいよなあ、この人が遠出の取材に行くなんて。》
河合さんはとにかく人を使うのが上手で、自分はそこまで動かない。
もちろん怠けているわけじゃなくて、なんというか・・・・指揮官タイプの人なのだ。
それがこうして遠くへ取材に行くってことは、これが最後の仕事だからなのだろう。
《・・・まあいい、河合さんがいてくれるなら頼もしいからな。それより家に電話しないと。》
立ち上がり、喫煙ルームへ向かう。
妻に電話を掛け、またあの大木へ向かっていることを伝えた。
「うん、そう。もう新幹線に乗ってる。多分だけど泊りになるかな。
・・・・え?一人で取材は危ないって?また前みたいなことになったらってヤバイって?
平気平気。今度は一人じゃないから。・・・・いやいや、違う。松永じゃない。河合さんと一緒。
ん?そうだよ、女の人。・・・・いやいやいや、無いから。うん、そう・・・部屋だって別々だし。
うんうん、いきなり取材に行くことになったの。・・・うん、また夜に掛けるから・・・・、」
あれこれと妻から疑いを掛けられていると、ふと人の気配を感じた。
見ると河合さんが隣にいた。
タバコを取り出し、白い煙を吹かしている。
「ごめん、もう切るな。うん、また電話する・・・はいはい、ごめんね。」
電話を切り「ふう・・・」と息をつくと、「奥さん?」と聞かれた。
「あ、はい・・・・。」
「まさか円香君が結婚するなんてね、そっちの方がよっぽど超常現象よ。」
「自分でもそう思います。」
「奥さん綺麗な人だったよね、式で会ったきりだけど。」
「ありがとうございます。」
なんと言っていいのか分からず、とりあえず頭を下げる。
「私は結婚はいいかなあ・・・。」
「そ、そうなんですか・・・。」
「でも子供は欲しかった。」
「子供は可愛いです。あの笑顔を見てるだけで、ほんっと仕事の疲れとか吹き飛びますから。」
「そっか、いいなあ。」
「・・・あ、じゃあお先に戻ります。」
今までに見たことのない河井さんの顔を見て、リアクションに困ってしまう。
ここは退散とばかりに逃げようとすると、「ねえ?」と呼び止められた。
「はい?」
「円香君の子供・・・優馬君だっけ?」
「はい。」
「君の妄想を信じるなら、その子には別の子の魂が宿ってるのよね?」
「そうなんです。このままだと本当の優馬が死んじゃうんですよ。」
今朝のことを思い出し、少し胸が締め付けられた。
「けどもう一人の優馬君に罪はありません。悪いのはヴェヴェなんです。けど妻に注意されました。これ以上同情するなって。」
「同情?」
「俺は甘ちゃんだから、情が湧いたら別れが辛くなるって。そうなったら本当の優馬を取り戻すのに支障が出るから。」
「なるほど・・・・えらいわね、奥さん。」
タバコを灰皿に投げ捨て、「ものは相談なんだけど・・・」と神妙な顔になる。
「本物の優馬君が目覚めたら、もう一人の優馬君は死んじゃうわけよね?」
「そう言ってました。だけど・・・・それしか方法がないんですよね。出来れば二人とも助けてあげたいんだけど・・・、」
「私が力になろっか?」
「え?」
「もう一人の優馬君、私が引き取ってもいいよ。」
「・・・・は?」
いったい何を言っているのか分からず、「河井さん?」と聞き返してしまった。
「引き取るも何も・・・その子は死んじゃうわけですけど・・・・、」
「分かってる。だけどさ、もしどうにかして生き延びる方法が見つかったら、私に引き取らせてくれない?」
「いやあ・・・それは・・・どうなんでしょう・・・、」
「だってその子の両親、もうこの世にいないんでしょ?」
「ええ・・・・。」
「じゃあどうにか生き延びたとしても、孤児になっちゃうじゃない。」
「ええ・・・・。」
「じゃあさ、私に面倒見させてよ。」
「いや、そんな簡単に・・・・・、」
「もちろん犬や猫を飼うんじゃないって分かってる。大変なことだってたくさんあるだろうってことも。」
「じゃあなんで・・・・?」
「引き取りたいから、それだけ。」
そう言い残し、ポンと肩を叩いて出ていった。
一瞬だけ振り返り、「まあ君の妄想が本当だったらの話だけど」と、おどけたように肩を竦めて。
それから目的地に着くまでの間、河井さんとの間に会話はなかった。
何を話していいのか分からないし、どう対応していいのかも分からない。
無言で過ぎていく時間が苦痛で、早く着いてくれと願うばかりだった。
・・・・それから三時間後、ようやくあの街の駅に到着し、「うわ田舎」と河井さんの呟きが聴こえた。
「こっちです。」
「歩いて行くの?」
「そう遠くないですから。」
すっかり道は覚えているので、初めて来た時よりもすんなりと到着した。
「ずいぶん細い道ね。」
歩いて来た道を振り返り、そして「立派な木」と大木を見上げた。
「これが蝶の咲く木ってやつ?」
「はい。夜になったら空から繭が降りてくるんですよ。」
「じゃあ夜までどっかで時間潰そ。」
時計を見ると午後一時半。
まだまだ時間はある。
《うわあ・・・どうしよう。この空気で河井さんと何時間も過ごすのか・・・・。》
気まずい・・・という以外の感想が出てこない。
しかし尊敬する上司を相手に、『別々に時間を潰しません?』などと言えない。
結局二人で行動することになり、夜が来るまでずっとファミレスで過ごす羽目になってしまった。
この数時間、他愛ない話で時間を潰してきたが、もう限界だ。
空はじょじょに暗くなり始めていたので、「そろそろ出ませんか?」と指を向けた。
「そうね。」
河井さんは伝票片手にレジに向かい、財布を出そうとした俺の手を退け、領収書ももらわずに外へと歩いていった。
「すいません、ご馳走になって。」
「ん?いいよ。」
また無言のまま二人で歩いていく。
そしてあの大木に着く頃、ちょうど夜が始まろうとしていた。
空は真っ暗に染まり、月と星が輝いている。
「あの空に分厚い雲が出てくるんですよ。そうしたら繭が降りてきます。」
「へえ。」
まったく信じていない様子で空を見上げる。
しかしながら、その冷淡な表情はすぐに一変した。
口を開け、目を見開き、「ちょっと・・・」と後ずさる。
「円香君!空から白い竜巻が・・・・、」
「ええ、あれが繭です。地球と子供の国を繋ぐ道なんですよ。」
「嘘でしょ・・・・円香君の妄想病じゃなかったんだ・・・・。」
やはり俺の話を信じていなかったらしい。
まあ当然だろう。
いい大人がこんな話を信じる方がどうかしている。
繭はグルグルと回りながら降りてきて、いつものごとく大木に絡みつく。
そしていつものごとくその繭が弾け、中から光る蝶の群れが現れた。
「見て見て!あれ!」
河井さんは興奮して俺の腕を叩く。
「ほんとに蝶が咲いているみたいに・・・・。」
枝にとまった蝶たちは、相変わらず言葉にできないほど神秘的だ。
初めてこの光景を見たら、誰だって河井さんと同じリアクションをするだろう。
しかしながら、俺は別の意味で驚いていた。
興奮する河井さんを無視して、「なんで?」と呟いた。
「前より全然少ない。」
この前は全ての枝を埋め尽くすほどいたのに、今日はその10分の1・・・いや、もっと少ない。
指で数えてみると、わずか30匹ほどだ。
《この前は何百匹といたよな・・・なんでだ?》
たんに地球へ来ていないだけなのかと思ったが、ふと嫌な予感が過ぎった。
「すいません、ちょっとここにいて下さい。」
河井さんを残し、大木の真下へ駆けていく。
すると群れの中から二匹の蝶が飛んできた。
『円香拓さん?』
少年の声で、一匹がそう尋ねてくる。
「そうだけど・・・なつちゃんは?」
『なつちゃんは今はこっちに来てません。』
「どうして?」
『ヴェヴェと戦ってるんです。』
「なんだって!?戦うってそんな・・・・殺されるだけだろ!」
『一人じゃありません。何匹かのイモムシと一緒に。』
「イモムシ・・・・それって根っこを齧ってたあの?」
『はい。ヴェヴェはイモムシを駆除しようとしたんですけど、ぜんぜん間に合わなかったんです。
知らない間に根っこのあちこちに涌いてたみたいで。』
「なるほど・・・・そういや一匹とは限らないってなつちゃんも言ってたな。」
『ヴェヴェは僕らやなつちゃんの裏切りに気づいて、僕たちを殺しにかかってきました。
だからなつちゃんがイモムシと一緒にヴェヴェと戦ってるんです。』
それを聞いた途端、「やっぱりか・・・」と頷いてしまった。
「今日は数が少ないから変だと思ったんだよ。」
『殺された仲間もいるし、向こうで戦ってる仲間もいます。けどヴェヴェはすごく強いから、どうなるか分かりません。』
とても悲痛は声色だった。
すると隣にいた蝶も『このままじゃ・・・・』と怯えた様子で口を開いた。
『子供の国がなくなる・・・・。』
そう言ってから『兄ちゃん』と見つめた。
『せっかく怖いお父さんから逃げられたのにね。』
『仕方ないよ・・・だってあれが地球に根を張ったら・・・・、』
まるでお通夜のような低い声で話し合っている。
「・・・・やっぱり君たちも悪い大人のせいで?」
『俺たち虐待を受けてたんです。』
『私も兄ちゃんも死んで、そこにヴェヴェが迎えに来てくれたんです。』
「そうか・・・そうだよな。その姿になるってことは、君たちも大人の暴力のせいで・・・、」
切ない気持ちは増すばかりで、言葉に詰まる。
すると「ちょっとちょっと」と河井さんが背中をつついてきた。
「何がどうなってるの?私にも説明してよ。」
「え?ああ・・・・その、けっこうヤバい状況ってことです。もしヴェヴェがイモムシを駆除してしまったら、それこそ終わりって感じで。」
「地球が侵略されるって話・・・・本当なのね?」
「はい。」
「・・・・・・・・。」
眉間に皺が寄っていき、目が釣り上がっていく。
「マジで地球が危ないわけか・・・・。」
河井さんは怖い顔をしたまま、「どうすんの?」と慌てた。
「これが最後の仕事だと思って、円香君の情熱に付き合ったけど・・・・これえらいことじゃない!」
「ええ、まあ・・・・。」
「そんな適当な返事してる場合じゃないでしょ!」
「俺だってどうにかしたいですよ!でも・・・・、」
でもどうしようもない。
そう・・・どうしようもないのだ。
ないのだが、本当にどうしようもないのなら、多分この蝶たちは俺たちの前に現れなかっただろう。
向こうが大変な状況なのに、わざわざこうして会いに来てくれたということは・・・、
『軍隊の準備をして下さい!』
お兄ちゃんの蝶が言う。
『もしヴェヴェが勝ったら、すぐにでもこっちに根を張りに来ると思います。』
「とうとう迎え撃たなきゃいけないのか・・・。」
『でないと本当に地球がダメになる。』
「みんなに知らせないとな・・・・。どうしよう、俺は今すぐ会社に戻って、記事を書いた方がいいのかな?」
『そうして下さい。それとあの子を捜してほしいんです。』
「あの子?」
『ほら、あの絵を描いた子。』
「・・・おお!あの幽霊の?」
『あの子が全部の鍵を握ってるんです。あの子が子供の世界を望まなかったらこんな事にはならなかったから。』
「いや、それがだな・・・全然現れてくれないんだよ。捜したくてもどこにいるのか・・・、」
『遺体があります。』
「遺体?」
『だって円香さんがなつちゃんに頼んだんでしょ?あの子の遺体を捜してくれって。』
「・・・そうだった!すっかり忘れてた・・・・見つかったのか?」
『この川の下流にあるんです。重機を使わないと掘り起こすのは難しいけど・・・・。
でもあれをちゃんと弔えば、まだどうにかなるかも。』
「そうか・・・じゃあすぐに行く!」
いよいよ地球がヤバイとなっては、じっとしていられない。
とにかく記事を拡散し、それからあの子に会わないと・・・、
『急いで下さい。ヴェヴェが勝とうがイモムシが勝とうが、地球にとって大変なことになるから。』
「え?だってイモムシが勝てば子供の世界は消えるんじゃないの?そうすりゃ地球が侵略されることは・・・・、」
『そうなったらイモムシがやって来るだけです。子供の国を滅ぼしたら、今度は地球が狙われる。』
「マジかよ・・・聞いてないぞ。」
いったいどういうことなのか?・・・と尋ねようとした時、妹の蝶が『兄ちゃん!』と叫んだ。
『もう戻らないと。なつちゃんがやられちゃうかも。』
『分かってる。早く戻って一緒に戦わないとな。』
また空から繭が降りてきて、蝶たちはその中へ飛び込んでいく。
「おい!そっちは大丈夫なんだろうな?全滅とかするなよ!」
そう声を飛ばすと、こんな言葉が返ってきた。
『子供の国とイモムシを同時に消すには、蝶と蛾の両方がいるんです。』
「なんだって?蝶と蛾?」
『蝶は子供からの警告です。悪い大人を滅ぼすぞって意味の。蛾は子供を殺そうとする大人の暴力なんです。
この二匹をどうにかしないと、地球の軍隊だけじゃ・・・・。それこそ核兵器とか撃ちまくらないと倒せない・・・・。』
「おい!コラ待て!なんだその意味ありげな言葉は!?詳しく説明を・・・・、」
空に向かって吠えるも、繭の道は雲の中へと吸い込まれてしまった。
夜空には月と星が戻り、蝶は遠い星へと去ってしまった。
「なんだよそれ?蝶は子供からの警告?蛾は大人の暴力だって?なんで最後にそんなナゾナゾみたいなこと言い残していくんだよ。」
大事なことは最初に言えと思ったが、よくよく考えればあの子たちは子供だ。
しかも向こうの星もヤバイ状況になっている中、上手く話を出来なかったのだろう。
「・・・わけが分からないけど、とにかくヤバイ状況だってことは分かった。」
俺がやるべきことは、この危険をみんなに知らせること。
そしてあの子の遺体を掘り起こすことだ。
「河井さん!」
振り返ると、「へ?」と素っ頓狂な声を出した。
「俺は今からあの子の遺体を掘り起こしてきます。」
「え?・・・あ、ああ!」
「河井さんは会社に戻って、石井さんに掛け合ってもらえませんか?」
「掛け合うって・・・何を?」
「石井のおっさん、人脈だけは持ってたでしょ?それを利用すればこの事を広められるかも・・・・、」
「無理よ。私はアイツに蹴落とされたんだもん。こんなこと掛け合っても、笑いものにされるだけよ。」
「じゃあ河井さんの人脈は?」
「へ?」
「だって会社で言ってたじゃないですか。経済誌にいる間にコネが出来て、だからフリーになるんだって。」
「ああ、あれ・・・。」
「どうしたんです?」
「あれは・・・・その・・・嘘だから。」
「嘘?」
「・・・・ごめん、私辞めるつもりなの。もう地元に引っ込もうかなって・・・、」
「え?なんでですか?フリーになるんじゃないんですか?」
「あれはカッコつけただけで・・・・。だって居場所がないから辞めるなんて・・・・それこそ負けたみたいで嫌だったから・・・・、」
「・・・・・・・・。」
「私・・・円香君が思ってるほど強くないし、優秀でもないわよ。あんな小さな出版社だから編集長なんて出来たけど、他所じゃ使い物にならない。」
「そんなこと・・・・、」
「それに円香君には分からないでしょ?女が一人で身を立てるのがどれだけ大変か・・・・・。
頑張るほど目の敵にされたりして、男だけじゃなくて同性からもさ・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
「石井の奴なんかその典型よ。気に食わなかったみたいよ、年下の女に抜かれるのが。」
「・・・・すいません・・・なんか・・・そういうのに疎くて・・・・。」
シュンと目を逸らす河井さんは、俺の知っている河井さんではなかった。
心底悔しそうな顔をしながら、「私が男だったら・・・」と漏らす。
「もっと大きな仕事が出来たかもしれない。女だからって目の仇にされずにさ。・・・でもこれ以上頑張る気になれない。
もう一人で戦うのは疲れたし・・・・田舎に帰ろうかなって・・・・。
でもなんにも無いまま終わるなんて言えないじゃない。だから・・・さっきはあんなことを・・・、」
「あんなこと?」
「子供が欲しいって・・・・、」
「優馬君のことですか?引き取らせてくれって。」
「そんな簡単に子供なんか引き取れないって分かってる。育てる自信もないし・・・・。
どうせ円香君の妄想話なんだから、つい冗談でああ言っただけなんだけど・・・・まさか本当だったなんて。」
シュンとしていた顔が、急に戦人のように鋭い目つきに変わった。
「・・・まだチャンスはあるかな?」
「はい?」
「だからさ、これとんでもないスクープじゃない。私が編集長としてこの記事を成功させたら、まだ大きな仕事への道があるかなって。」
「ありますよ!ありまくりですよ!」
グイっと顔を近づけ、「それに・・・」と続けた。
「俺、新幹線の中で考えてたんです。河井さんが本気なら、もう一人の優馬君を引き取ってもらうこともありかなって。」
「・・・・・・・。」
「あ、でも冗談で言ったなら気にしないで下さい。だって河井さんは仕事一筋の人だから・・・・、」
「引き取る!」
今度は河井さんが顔を近づけてくる。
「だってもう冗談じゃないもん」と鼻息荒くしながら。
「円香君の話は全部本当だった。だったら私だって冗談は言えない。」
「・・・・いいんですか?大きな仕事がしたいんじゃ・・・・、」
「子供が欲しいっていうのも本心だから。優馬君、もし生き延びても帰る家がないんでしょ?」
「・・・・最悪は俺が引き取ろうかなって思ってました。もちろん妻に相談してからですけど・・・、」
「じゃあ奥さんにも許可もらってよ。ね?」
河井さんの目は本気だ。
仕事と子供、両方を本気で欲しがっている。
俺は「分かりました」と頷き、「とにかく今はやるべきことをやりましょ」と言った。
「OK!石井は私のこと嫌ってるだろうけど、こうなったら土下座でもなんでもして、どうにか手を貸してもらうわ。そんで最後は見返してやる!」
「その意気です。それでこそ俺の知ってる河井さんですよ。」
善は急げ、俺と河井さんはすぐに仕事に取り掛かった。
俺はこの街の土建屋さんを回り、川を掘り起こしてくれないかと頼んだ。
ほとんどの所で「アホか」と突っぱねられたが、一か所だけ引き受けてくれる所があった。
ヤクザなのか堅気なのか分からない、いかにもグレーゾーンな人達がいる所ではあったが、俺の熱意が伝わって「いいよ」と頷いてくれた。
・・・・ちなみに熱意は形にして表した。お金という形で。
けっこうな額を下ろしてしまったが、地球を救う為だ、仕方あるまい。
幸いあの子が埋まっているという下流は、川幅が広いおかげでかなりの浅瀬だった。
ショベルカーが作業を始めてからものの数分。
人の骨らしき物が出てきた。
正直怖かった・・・・が、それ以上に「やった!」と興奮してしまった。
最初は細長い一本の骨、きっと腕か足だろう。
次に板のような幅広い骨、これは骨盤だろう。
他にも細かい骨が出てきたが、20年も経っているのでほとんどが崩れていた。
ていうかよくここまで形を保っていてくれたものだ。
川底は石が多く、土に還りにくかったせいかもしれない。
まあとにかく、残った分は全部掘り起こさないといけない。
土建屋のおっちゃんが用意してくれたブルーシートに、掘り出した骨を並べていく。
そして・・・・、
「出た・・・・。」
人の象徴ともいうべき骨、頭蓋骨が出てきた。
頭頂部の一部、そして顎の先が欠けているが、しっかりと形を保っている。
「こいつを弔えば、あの子はまた姿を見せてくれるかもしれない。」
川を掘り起こしてから数時間後、ようやくあの少年の遺体に会うことが出来た。
「もういいだろ」と帰っていく土建屋さんに礼を言う。
《これをどこかの寺に持って行こう。》
丁寧にブルーシートに包んで、肩に担ぐ。
するとその時、電話が鳴って『もしもし!』と河井さんの声がした。
『そっちはどう?骨は見つかった?』
「バッチリですよ!」
『マジで!よかったあ・・・、』
「河井さんの方はどうです?石井のおっさんは・・・・、」
『とっくに退社してたから家まで押し掛けたのよ。『いきなりなんだよ・・・?』ってすごいビックリしてたわ。」
「でしょうね。もう深夜だし。」
『でね・・・・手伝ってくれるって。』
「ほんとに!」
『この仕事が終わったらここを辞めますって伝えたの。その代わり力を貸して下さいって。
そうしたらそこまでしなくても・・・って、なんかカッコつけた表情で引き受けてくれたわよ。』
「さすが河井さん!これでたくさんの人に知ってもらうことが出来るかも。」
『ついでにプリントショップにも行ってきた。円香君が預けてたネガ、ばっちり撮れてたわよ。』
「おお!そいつがあれば記事に臨場感でますよ!」
『もう記事なんて言ってられないわ。今ね、こいつを持って警察に向かってるのよ。』
「警察?」
『石井さんの知り合いに署長やってる人がいるんだって。とりあえずその人に話だけでも聞いてもらえることになったから。
多分信じてもらえないだろうけど、円香君が見つけた子供の骨があれば、なんらかの形で動いてくれると思うわよ。』
「お願いします!俺はこの子の骨を弔ってくれる所を探しますから。」
そう言って通話を切った瞬間、急にスマホが震え出した。
ギュイギュイっと震えてから、警報音のようなものが鳴り響く。
「あれ?これって・・・・、」
確かこの警報は、天災以外の緊急事態に鳴り響くものだ。
例えば・・・ミサイルとかテロとか。
またあの国のミサイル実験か?・・・と思ったが、そうではないようだった。
警報が流れたあと、すぐ画面にこんな文字が。
《日本の領空に国籍不明の飛行物体を確認。屋内へ避難し、テレビかラジオを点けて、今後のニュースに注意して下さい。》
国籍不明・・・どうやらかの国のミサイルではないようだ。
まあいい、とにかくこの子を弔ってくれる所を探さないといけない。
・・・・と、その前に妻に電話を掛けることにした。
なんか色々と疑っていたし、それにけっこうヤバイ状況になってるし。
しばらくのコール音のあと、『もしもし?』と声が返ってきた。
「ごめん夜遅くに。実はさ、ついさっきあの少年の骨を掘り起こしたところで・・・・、」
『なに言ってんのお父さん!』
俺の声を遮り、針のような鋭い叫びが返ってくる。
『早くその街から逃げて!』
「え?なんで?」
『ミサイルが落ちるかもしんないのよ!』
「はあ!?さっきの警報、やっぱミサイルだったのか!?」
『今ニュースでやってんの!正体不明の何かが飛んできたって。ミサイルの可能性が高いって。
しかも落下してくるがその街の近くなのよ!』
「・・・・マジで?」
『いいから早く逃げて!もし核ミサイルだったら全部吹き飛んで・・・・し・・・れな・・・・、』
「おい!どうした?なんか電波悪いぞ?」
『・・・て・・・・し・・・じゃ・・・め・・・、』
「おい!おいってば!」
ザザっと雑音が鳴って、電話は切れてしまう。
「なんだ?電車にでも乗ってるのか?」
切れたスマホを見つめていると、急に電源が落ちてしまった。
というより・・・壊れたのかこれ?
画面が乱れ、うっすらと液晶が消えていった。
「どうなってんだ?」
訝しがっていると、突然空から地鳴りのような爆音が響いた。
「な、なに!?」
見上げると、赤い炎と煙が上がっている。
そして遠くの空からは、空気を揺らすジェット機の音が聴こえた。
「な、なに・・・・?まさかほんとにミサイルが・・・・、」
言いかけた瞬間、また爆音が響く。
真っ赤な炎が上がり、俺のいる所まで風が押し寄せた。
空の一部が黄金色に焼けて、何かの燃えカスのような物が降り注いでくる。
「危なッ・・・・、」
パラパラと降り注ぐ火の雨。
その一つが足元に落ちてきて、コツンと靴先に当たった。
「なんなんだよ・・・・。」
恐る恐る目を近づけると、何かが黒く焦げていた。
「・・・・木炭かこれ?木が燃えたのか?」
足で踏むとクシャっと割れた。
するとまた空から爆音が・・・・、
「なんなんだよいったい!?」
恐怖とパニックと、何がなんだか分からないことへの苛立ち。
「どうなってんだ!ミサイルなのか!!」
空に向かって吠えた時、初めてある状況が頭に浮かんだ。
「あれ?これってまさか・・・・・、」
嫌な予感が過るのと同時に、また爆炎。
ジェット機の音も増えてきて、空はまるで戦争状態だ。
「これ・・・ついに来たんじゃないのか?」
ゴクリと息を飲み、空を凝視する。
ヒュウっと何かが飛ぶ音がして、また空を焼く。
間違いない・・・これはミサイルだ。
おそらく遠くを飛んでいるジェット機が撃っているのだろう。
空を焼く炎はさっきよりも増えて、昼間よりも明るく照らす。
その時、ミサイルが何を焼き払おうとしているのか、ハッキリと見えた。
「巨木・・・・。」
あのとてつもなく大きな木が、この星の空へとやって来た。
爆音に気を取られて気づかなかったが、空一面に分厚い雲が広がっていた。
しかしその雲は、繭の道が降りてくる時のような雲とは少し違う。
大きな何かが大気圏を突き破り、空の状態を変えてしまったが為に、もうもうと雲のようなものが空を覆っている・・・・そんな感じだった。
「・・・・・・・。」
何も言葉が出てこない・・・・。
俺が・・・・もたもたと行動していたせいで、とうとう地球侵略を許してしまったのだ。
ミサイルは何度も巨木の根を焼く。
これでもかとミサイルを撃ち込んでいる。
しかし焼け石に水とはこのことだ。
山脈に匹敵する巨木を焼き払うには、あんな程度じゃダメだ。
それこそ本当に核兵器でも使わない限りは・・・・。
「ごめん・・・お母さん、優馬・・・間に合わなかった。」
ボソっと呟き、空を眺めることしか出来ない。
大きな大きな木は、自衛隊だか在日米軍だかのミサイルを受けても、ほとんどビクともしない。
まるで居直り強盗のように、瞬く間に空を覆っていく。
・・・・遠くで爆炎が上がる・・・・何かが燃えながら落ちていく・・・・。
《撃墜されたのか?》
もはや呼吸さえも忘れそうで、地面を踏んでいる感覚さえ消えていく。
ひたすらに空を侵略していく子供の国。
落とされていく戦闘機。
その時、一瞬だけ眩しく何かが輝いた。
・・・それは幻か?それとも・・・・、
光の中にあるシルエットが浮かんでいる。
それは大きな大きな、とても大きな蝶の羽だった。

雪降る街

  • 2018.01.28 Sunday
  • 15:22

JUGEMテーマ:写真

 

 

 

 

 

寒波のせいか雪がよく降ります。

関東や北国では雪による被害も出ていますね。

 

 

 

 

 

 

 

車も人も少ないです。

雪なんだから当たり前だけど、人のいない街は雰囲気が違って見えます。

 

 

 

 

 

空も街も白く染まっています。

大雪が降ると大変だけど、少しの雪なら風情があります。

一月ももう終わり。

二月もまだまだ寒いです。

けど桜の木にはもう蕾が付いています。

あと二ヶ月ちょっと経てば、ガラっと景色が変わるでしょう。

蝶の咲く木 第二十三話 子供からの警告(1)

  • 2018.01.28 Sunday
  • 14:46

JUGEMテーマ:自作小説

頭に巻いた包帯が崩れている。
激しく寝返りをうったせいだろう。
布団から抜け出すと、見慣れた自宅の天井が目に入った。
「ああ・・・・。」
頭を掻きむしりたい気分だけど、余計に包帯が崩れてしまう。
時計を見ると午前四時で、妻を起こして巻き直してもらうのは申し訳ない。
とりあえずキッチンへ向かい、水を一杯流し込む。
そして洗面所の鏡を見つめながら、慣れない手つきで包帯を巻き直した。
・・・ふと左を見ると、トイレの電気が点いている。
しばらくすると優馬が出てきて、「おはよう」と言った。
「おはよう、早いな。」
「手え洗っていい?」
「おう、すまん。」
蛇口を捻り、短い手を伸ばす。
しかし全然届かないので、よっこらしょっと抱っこしてやった。
濡れた手をタオルでよく拭ったあと、「おじさん」と呼ばれた。
「包帯めちゃくちゃになってるよ。」
「不器用でな。」
「手伝おうか?」
「・・・じゃあ。」
二歳の子供に包帯を巻き直してもらう。
なんとも情けない姿だが、優馬君はかなり器用で、俺より上手く巻いてくれた。
「はい。」
「上手だな。」
「僕ね、家庭科得意だったんだ。」
「ほう。」
「ミシンとか好きだったよ。」
「そうか、将来は仕立て屋だな。」
見慣れた俺の息子・・・・のはずだが、表情にはどこか他人の仕草が混じっている。
今、この子は我が子であって我が子ではない。
中身はまるっきり別人の子供だ。
「君、確か11歳だったよな?」
そう尋ねると、「正確には9歳だけど」と答えた。
「死んでからの年齢も足したら11歳。」
「二年間は向こうで過ごしてたんだよな?」
「何度も説明したじゃん。忘れちゃった?」
「物覚えがな・・・あんまりよくない気がする。これのせいかな?」
頭の包帯を指差すと、「痛かった?」と見上げた。
「いっぱい叩かれて可哀想。」
「いや、俺が悪いんだ。彼の気持ちも考えずに、あれこれ質問しちゃったから。」
怪我をした頭を撫でながら、四日前のことを振り返った。
あの日、俺は徳ちゃんに殺されそうになった。
幸いおばちゃんがたちが助けてくれたけど、その後が大変だった。
俺は救急車で運ばれ、徳ちゃんはパトカーで警察署へ。
俺の怪我は大したことなかったが、徳ちゃんは捕まってしまった。
ただ彼には発達障害があり、障害者手帳も持っていたことから、その日のうちに釈放となった。
俺が罪には問わないで欲しいとお願いしたせいでもあるけど。
《徳ちゃんは被害者だ。悪いのはあの子を育てた親の方だよ。》
包帯をいじりながら、くあっと欠伸をする。
「あ〜あ・・・なんか目が覚めちゃったな。」
ソファに座り、テレビを点ける。
すると優馬君も隣りに座って、能面のような表情で画面を睨んだ。
「なあ?」
「なに?」
「俺、やっぱり10年以内に死ぬの?」
「うん。」
「そうか・・・・。」
「怖い?」
「怖い。でもそれより怖いのは・・・・、」
そう言いかけて、やめた。
これはこの子の前で言うことじゃない。
しかし優馬君はとても敏感で、「ごめんなさい」と言った。
「勝手に優馬君の身体に入って。」
「気にするな。君のせいじゃない。ヴェヴェが悪いんだ。」
「でもこのままじゃ優馬君は死んじゃう。」
「なんとかする。」
「・・・・・・・。」
「どうした?」
「・・・・僕、普通に死んでた方がよかったね。」
「そんなこと言うもんじゃない。」
頭を撫で、肩を抱き寄せた。
「君はなあんにも悪くない。ほんとだぞ。」
こんな慰め、気休めにもならないだろう。
しかし何か言葉を掛けてやらねばと思った。
「君はなんにも気にすることはないんだ。悪いのはヴェヴェだ。」
「でもヴェヴェは子供を助けてるよ。大人からしたら怖い奴かもしれないけど・・・・、」
「そうかな?向こうにいる子供だって、ヴェヴェのことを怖がってるんじゃないか?」
「そうだけど、でも人間の大人よりマシだから。ルールさえ守ってれば、ヴェヴェは酷いことしたりしないから。」
奴のせいで中途半端に生まれ変わってしまったというのに、恨みはないようだ。
《あそこにいる子供たちにとっては、ヴェヴェより人間の大人の方が怖いわけか。》
これと似たような話を、この前テレビで見た。
史上稀に見る大事故を起こしたチェルノブイリ原発。
今、あの場所は野生の楽園に変わっているというのだ。
緑が根付き、多くの野生動物が生息しているという。
どうしてこんな事になっているのか?
チェルノブイリの環境を調査している学者がこう答えていた。
『もちろんまだ放射線の影響はある。それは動物たちにとっても害をもたらすだろう。
しかしここには人間がいない。
野生の生き物にとっては、放射線よりも人間の方が恐ろしいのだろう。』
あれを見た時、なるほどと思った。
あそこが有毒な場所であったとしても、より恐ろしい天敵がいる場所よりはマシなのだなと。
だったら子供の国にいる子供たちも同じかもしれない。
大人が蠢く地球より、ヴェヴェという独裁者に従っていた方が、まだ安心して暮らせるのだろう。
《大人ってのはいつから子供の敵になっちまったんだろうなあ。》
優馬の肩を抱きながら、小さなつむじを見つめる。
この子は人間だ。
そして俺も人間だ。
大人も子供も同じ人間で、その違いは大きさだけ・・・・ではないのだろう。
大人と子供では、世界の見え方が違う。
まだ俺が子供だった頃、確かに今とは違った感覚の中に生きていたはずだ。
それがどんな感覚だったのか、今となっては具体的に思い出すことは難しい。
しかし大人とは違う世界に生きていたような気がする。
いつかどこかで俺は大人になり、子供という殻を捨て去ったのだ。
・・・そう、まるで蝶が羽化し、成虫になるように。
イモムシがサナギになる時、殻の中でドロドロに溶けているという。
似ても似つかない蝶の姿へと変態するには、一度全部崩してしまった方が楽なのだろう。
スープ状に溶けたイモムシだった肉体は、なにもかもが完全に溶けてしまったわけではない。
次なる成長へ備える為、新たな形を成す遺伝子が残っているのだ。
しかし考えようによっては、これはある意味生まれ変わりじゃないのか?
イモムシは一度死に、成虫へと生まれ変わる。
一度の生の中で、二度の誕生を経験している・・・・と考えるのは、あまりに情緒的過ぎるか?
人間は虫のように変態しないから、当然サナギにもならない。
だけど目に見えないどこかで、同じような変化が起きていたとしても、俺は全然おかしいとは思わない。
大人も子供も人間だけど、どこか別の生き物であると感じる。
まだ子供だった俺、そして大人になった今の俺。
これは一本の線で繋がっているのだろうか?
どこがで断絶があって、知らない間に生まれ変わっているのではないか?
・・・俺の妄想癖は相変わらずで、気がつけば優馬君は寝ていた。
子供の寝顔というのはどうしてこんなに可愛いのだろう。
何がなんでも守ってやらなければという気持ちになってくる。
「こんな時間から何してるの?」
後ろから声がして、振り返ると妻がいた。
「いや、包帯が崩れちゃってさ。優馬君に巻き直してもらってたんだ。」
「何それ?」
訝しそうにこっちへやって来て、優馬君の寝顔を覗き込んだ。
「・・・・・・・。」
「どうした?」
「寝てる顔だけ見てると・・・・本物の優馬なんじゃないかって思える。」
「俺も。」
中身が別人でも、寝顔だけは変わらない。
次に目が覚めたとき、元の優馬に戻ってくれていたら・・・なんて願ってしまう。
「もし優馬が復活したら、この子はどうなるんだろうな?」
ボソっと呟くと、妻は「そんなこと考えてどうするの?」と言った。
「だってこの子は肉体を失うんだぞ。だったら死んじまうんじゃ・・・・、」
「そうかもね。」
「冷たいな。なんとも思わないのか?」
「・・・・可哀想とは思うけど、その子は私たちの子供じゃない。ずっとそのままだったら、それこそ私たちの優馬が死ぬんだよ?」
「そうだけど・・・・、」
「父親なら自分の子供の方を心配しないさいよ。」
「心配してるよ。だけど・・・・・、」
「気持ちは分かる。私だってその子が死んじゃうのは可哀想だって思うもん。
だけどその反対側には何が乗っかってるのか考えてよ。」
いつになく強い口調で言う。
優馬君に回した俺の腕を睨み、「あんまりそういう事は・・・・」と口ごもった。
「なんだよ?」
「・・・情が湧くからしない方がいいよ。」
「でも今はこうして生きてるんだぞ?邪険になんて出来ないだろ。」
「だから・・・・そういうことじゃなくてさ、必要以上に可愛がったら、別れる時が辛くなるって言ってるの。」
「そんなこと分かってるよ。でもこの子はまだ子供だ。可愛がって何が悪い?」
ちょっと強めに言い返すと、「その子の面倒をみてるのは私なの」と、優馬君の隣に座った。
「そりゃ口だけならカッコイイこと言えるよ。けどこの子になつかれたら、お父さんが一番辛い思いをするんじゃない?」
「・・・・・・・。」
「私は何がなんでも優馬を取り戻してみせる。例えその子がどうなっても。」
今まで一番強い口調で言う。
その目は本気で、言葉に偽りがないことが伝わってきた。
「代わるよ」と、手で寄こすように言う。
「なんだよ?可愛がるのは嫌なんだろ?」
「あのね、私はお父さんみたいに甘くないの。こんなことしたからって、覚悟が揺らぐわけじゃないから。」
そう言って「いいから」と、俺の腕から優馬君を奪った。
「今日会社に行くんでしょ?」
「ああ。」
「お父さんがお世話になった・・・ええっと・・・、」
「河井さんが戻って来てるんだ。大々的に特集を組んでくれるって。」
「ならチャンスじゃない。これまで取材したことを思いっきり記事にしてよ。
いま地球がヤバいってこと、みんなに知らせてほしい。」
ポンポンと優馬君の頭を撫でながら、「この子のことは私に任せていいから」と頷く。
「まだ怪我してるんだし、もうちょっと寝てなよ。」
「・・・・・・・。」
「気い遣わなくていいから。」
「じゃあ・・・お言葉に甘えて。」
ポンと優馬君を撫でてから、寝室へ戻って行く。
・・・妻は誰よりも俺のことを分かっている。
優馬君を任せろと言ったのは、まさに俺の甘い性格を見抜いているからだ。
もしあの子に情が湧いてしまったら(すでに湧きかけているが)、それこそ俺たちの優馬を取り戻すのに支障をきたす。
甘ちゃんなんだから、これ以上余計なことをするなと言いたかったのだろう。
妻の言うことは正論で、反論の余地もない。
下手に手を出せば余計に負担をかけてしまうだけだ。
だったら俺は俺のやるべきことをやるしかない。
布団に潜り込み、陽が昇るまで寝てから、いつもより早くに出社していった。
会社に着くと、ダッシュで編集部まで駆け込む。
バタンとドアを開けた瞬間、「おっす!」と小柄が女性が手を上げた。
「河井さん!」
仕事をしている彼女のもとへ「おはようございます!」と駆け寄った。
「すいません、色々ご心配かけちゃって。」
「ほんとにねえ、川で死にかけるわ、ニートに殺されかけるわ、とんでもない災難ばっかりね。」
画面から目をそらさずに、「コーヒー」と手を向けてくる。
「ええっと・・・じゃあこれ。」
さっき買った缶コーヒーを渡すと、「ええ〜ブラックじゃない」と愚痴られた。
「あ、じゃあ淹れてきます!」
「いいよこれで。それより・・・・、」
ここでようやく俺の方を向く。
「円香君の話を信じるなら、死ぬだの殺されるだのなんて、問題じゃないくらいの体験をしてきたわけよね?」
「ええ・・・・。」
昨日の夜、河井さんには今までの出来事を全て伝えた。
彼女は『ふんふん』と相槌を打ちながら、『相変わらず病気ねえ』と笑った。
そして『それ記事にしてよ』とOKを出してくれた。
『妄想もそこまでくると立派なもんだわ。とりあえず二週に分けてやって、評判がよかったら何週か続けよ。』
さすがは河井さん、石頭の石井さんだったら『入院して来い、頭の病院にな』と言われて終わりだっただろう。
「あの、写真もあるんです。昨日店に出したから、今日には仕上がってるはずですよ。」
「そ。なら・・・そうね。とりあえず任せるわ。仕上がったら見せて。」
「はい!」
ペコっと頭を下げて、自分のデスクへ向かう。
ギイっと椅子を鳴らしながら、「でも残念でしたね」と話しかけた。
「何が?」
「だって石井のおっさんのせいで、経済誌から戻されてきたんでしょ?」
「耳の早いこと。」
「松永が言ってました。」
「口の軽いこと。」
「でも嬉しいです。またこうして一緒に仕事が出来るなんて。」
「そう言ってくれて嬉しいけど、そう長くはここにいられないんだよね。」
「え?」
思わず固まってしまう。
しばらく口を開けたままでいると、「あ、その顔面白い」と笑われた。
「・・・また異動ですか?」
「ううん。」
「じゃあ・・・辞めるとか?」
「フリーになんの。」
「フリー・・・?」
「だってさあ、頑張って出生しても、こうしてまた古巣に戻されちゃうんだもん。」
「・・・やっぱりショックなんですね。」
「そりゃね。でもいい機会かも。一生宮仕えするより、ここらでフリーになってみよっかなって。
幸い経済誌にいる時、幾つか人脈も出来たし。」
「・・・・・・・。」
「あら、寂しそうな顔。」
そう言ってまた笑う。
俺は自分のパソコンを立ち上げながら、「河井さんも・・・」と呟いた。
「ん?」
「いや、フリーになるのはいいんです。河井さんの人生の事だから。」
「じゃあなんでそんな捨てられて犬みたいな目えしてんの?」
「・・・・つまらないですか?この仕事。」
胸に言いようのない悔しさがこみ上げる。
白紙の画面に文字を打ちながら、「俺は・・・・」と続けた。
「この仕事が好きです。誇りだって持ってるし。」
「ほう。」
「石井みたいなおっさんにどう思われようとなんとも思いません。
けど俺、河井さんのこと尊敬してるんです。だから・・・・もしこの仕事がつまらないって思ってるなら、それはちょっと寂しいかなって。」
この人は俺を育ててくれた人だ。
もしこの人が上司じゃなかったら、この仕事を続けていたかどうか分からない。
「俺、昔っから超常現象だとかUMAだとか、そんなのばっか好きで。よく周りにからかわれてました。
けどここで河井さんに出会って、初めて人に認めてもらえたような気がしたんです。
いつまでもガキっぽい妄想ばっかしてるけど、そんな俺でも頑張ればやっていけるんだって。」
白紙のボードがどんどん文字で埋まっていく。
書くのは元々早い方だけど、今日はいつにも増して早い。
きっと河井さんの言葉にショックを受けているせいだろう。
落書きしながら電話をすると、スラスラ言葉が出てくる感じに似ている。
「松永もこの仕事には真面目じゃないみたいで。ていうか・・・・なんでしょうね?なんか俺だけがこういう事に熱くなってんのかなって。」
子供の頃、周りからよく言われた事がある。
『早く大人になれ』
そう、俺だけが子供の時間が長かった。
周りが彼女だ合コンだとか言っている時でさえ、妄想の世界を追いかけていたのだから。
よくよく考えれば、結婚できたのだって奇跡に近い。
ある意味超常現象だろう。
「いや、いいんです。何が大事かなんて人それぞれですから。けど・・・・俺だけが熱くなって、それで記事書いて、そんなの誰かに伝わるのかなって思って。
・・・・すいません、ただの愚痴です。」
戻ってきたばかりの河井さんに、いったい何を言っているのか?
これこそが子供っぽいと言われる所以だろう。
意識を切り替え、目の前の仕事に集中することにした。
「円香君。」
編集長のデスクから声が飛んでくる
俺はパソコンを睨んだまま「はい」と答えた。
「やっぱブラック買ってきて。」
そう言ってさっきあげた缶コーヒーを揺らす。
「どうも甘いのは苦手だわ。」
「・・・・分かりました。」
立ち上がり、トボトボと廊下の自販機へ向かう。
真っ黒な缶のブラックコーヒーを持って帰ると、河井さんはコートを羽織っていた。
「どっか行くんですか?」
「ん、取材。」
「どこに?」
「円香君の死にかけた川。」
「へ?」
「の大木。」
「い、今からですか?」
「そ、今から。」
小柄なわりに大きな歩幅で歩いてきて、俺の手から缶コーヒーを奪った。
「ここでの最後の仕事になるかもしんないからね。やるからには本気じゃないと。」
「あの・・・・、」
俺の脇を通りすぎ、「早く用意して」と振り向く。
「お、俺も行くんですか?」
「あんたの記事でしょ?行かなくてどうすんの?」
「それはそうですけど・・・・、」
うろたえる俺に向かって、河井さんはクスっと肩を竦めた。
「正直なところ、私はオカルトなんて興味ない。」
「はい。」
「こんな小さな編集部で人生を終えたくない。もっと大きな仕事がしたい。」
「河井さんなら出来ますよ。きっとフリーでも活躍できます。」
「でもだからって、ここでの仕事を適当に考えたことはない。私はどんな仕事でも本気で打ち込んできたつもり。」
「分かってます。だから尊敬してるんですよ。」
「私がオカルト好きかどうか、円香君には関係ないわ。仕事は成果が全てだから。」
「はい・・・・。」
「でも君の持ってる情熱が、私の助けになったのは間違いない。ありがとね。」
そう言う河井さんの顔は、いつもより優しく見えた。
「どんな事でも人それぞれよ。人がどうであろうと、円香君がこの仕事を好きならそれでいいじゃない。」
「それは分かってるんですけど・・・でも一人ってのは辛くて。」
「人間なんて誰だって一人よ。まあとにかく、今度のネタは全力でやんなさい。責任は私が持つから。」
ポンと肩を叩かれて、ちょっと泣きそうになった。
「あんたの情熱がこの編集部を支えてるのよ。これからも頼むわよ。」
いつもの強気な顔に戻って、さっさと外へ歩いて行く。
これは慰めか?
それとも労いか?
どっちか分からないけど、俄然やる気がわいてきた。
「そうだよ・・・俺がやんなくて誰がやるんだ。この記事仕上げて、みんなに地球の危機を知ってもらわないと。」
前を行く上司の背中は小柄だが、大きく見えるのは人としての器のせいだろうか?
頼もしい上司と共に、再びあの大木を目指した。

人型ロボットVS獣型ロボット

  • 2018.01.27 Saturday
  • 15:08

JUGEMテーマ:科学

人型ロボットと獣型ロボット。
戦ったらどっちが強いのか?
どちらが実用性があるのか?
これからロボットの時代になるそうなので、かなり重要なテーマだと思います。
人型に代表されるロボット、ガンダム。
現実的に考えた場合、実用性はとても低いそうです。
理由は安定性に欠けるから。
的になりやすいから。
パイロットが酔うからなどです。
対して獣型はそこそこの実用性があります。
四速歩行なので安定している。
人型より背が低いので的になりにくい。
パイロットが酔いにくいです。
実際の獣でもそうだけど、四足歩行ってバランス感覚が半端じゃありません。
それに低く伏せると攻撃を受けにくいというメリットもあります。
また動物って走る場合でも頭はそんなに動かないんですよ。
例えばチーターは時速100キロ超で走りますが、頭はほとんど動きません。
頭が動くと重心がズレて、スピードを殺してしまうからです。
もし実用化が可能になったら、人型よりも獣型の方が有利でしょうね。
車輪では行けない場所も楽々登れますし。
泳ぎだって可能かもしれません。
じゃあ両者が戦った場合はどうなるか?
これは人型の方が有利になるんじゃないかと思います。
理由は簡単で、両腕が使えるからです。
人型には的になりやすいというデメリットがありますが、両腕が自由に使えるというのはそれを補えるほどのメリットがあると思います。
だって武器を持てますから。
獣型にも武器は装着できますが、それは人型も同じ。
それプラス二つ分武器を持つことが出来ます。
しかも持ち替えが楽チン。
獣型だといちいち取り外したりしないといけないけど、人型だとその必要がないんですよね。
しかも自由に動く手は土木作業や建築作業でも大活躍。
大きな鉄骨を持ち上げるのに重機は必要なくなります。
工事現場でも大活躍でしょう。
安定して使いやすいのは獣型だけど、自由度が高いのは人型だと思います。
そもそも人間がここまで文明を発展させることが出来たのは、脳が大きいからだけじゃありません。
直立二足歩行によって、二本の腕が自由に使えるようになったからです。
ロボット技術の初期段階では獣型が有利。
けど技術が進めば進むほど、人型の方が有利になる気がします。
SFに出て来るようなアンドロイドも夢じゃないですし。
最近中国が霊長類のクローン実験を成功させました。
けど将来的にはそういった生物学的なことよりも、機械工学や人工知能の方が有利になる気がします。
わざわざクローンを作らなくても、アンドロイドを量産して、人の意識をデータとしてインプットすればいくらでも複製できるわけですから。
病気には無縁だし、怪我にも強いです。
ただもしそんな日が来たら、自分が大量にコピーされて、ある種の地獄になるとは思いますが。

蝶の咲く木 第二十二話 暴力の連鎖(2)

  • 2018.01.27 Saturday
  • 13:27

JUGEMテーマ:自作小説

取材をするなら落ち着ける場所がいい。
喫茶店とかファミレスとか。
しかしながら、今俺たちがいる場所はガヤガヤとうるさかった。
ここは飲み屋の「羽布」
あの厳ついおばちゃんが切り盛りしている店だ。
俺がいた時よりも客は増えていて、中には立ち飲みしている者もいた。
《もうちょっと静かな場所の方がいいんだけどなあ。》
俺と青年は厨房の奥にある、こじんまりとした休憩所で向かい合っていた。
背もたれのないパイプ椅子に、端っこが掛けたガラスのテーブル。
俺は番茶を、青年はコーラを飲みながら、レバニラ炒めをつついていた。
厨房からおばちゃんが顔を出し、「徳ちゃん、ご飯は?」と尋ねた。
「あ、さっきカレー食べたからいいです。」
「そっちのあんちゃんは?」
「あ、じゃあおにぎりを。」
おばちゃんは頷き、ものの二分ほどでおにぎりを持ってきてくれた。
「どうも。」
「300円ね。」
「お金取るんですか?」
「当たり前だろ。あ、徳ちゃんはいいからね。」
むう・・・・油断した自分が情けない。
はむはむっとおにぎりを頬張り、番茶で流し込んだ。
「君・・・・名前は?」
「菱井徳久です。」
「ずいぶんあのおばちゃんに可愛がられてるね。親戚か何か?」
「いえ、父の知り合いなんです。僕が小さい頃から面倒みてもらって。育ての母っていっても過言じゃないです。」
「もしかして・・・お母さんいなかったの?」
「いましたけど、家を出て行きました。ていうかおばちゃんが追い出したって感じですけど。」
「ほう・・・なんかあったの?」
「すごい手をあげる母だったんです。」
「手をあげるって・・・叩かれてたったこと?」
「はい。父は泊まりの仕事が多くて、家にいないことが多かったんです。
それでお母さんはあんまり子供が好きじゃなかったみたいで、僕はしょっちゅう叩かれたり蹴られてりしてました。」
「そりゃ可哀想に。」
「お父さんがいる時は大人しいんですけど、二人だけになると・・・・、」
「う〜ん・・・なるほど。お父さんには言わなかったの?」
「言ったらもっと殴るって脅されて・・・・。」
「じゃあずっと我慢してたんだ。」
「小5くらいまでは我慢してました。でもとうとう我慢できなくなって・・・・、」
「誰かに助けを求めた?」
「叩かれるとか蹴られるとかは我慢できたんです。あの人はずる賢いから、あんまり強くやると痕が残るじゃないですか。
だから怪我しない程度に加減してたんです。だけどご飯を食べさせてもらえないのが辛くて・・・・。」
「空腹には勝てなかったわけだ。」
「それでここへ逃げてきたんです。お金はお父さんから借りて払うから、なんでもいいから食べさせてほしいって。
その時におばちゃんが色々心配してくれて。あの時はおっちゃんもいたから・・・、」
「おっちゃん?」
「おばちゃんの旦那さんです。」
「ああ、なるほど。今はじゃあ・・・、」
「四年くらい前に亡くなりました。病気で。」
「そっか。で・・・おばちゃんのおかげで虐待が発覚したってことかな?」
「お父さんに電話してくれたんです。アンタ子供にご飯も食べさせてないってどういうこと?って。
そうしたらお父さんもビックリしたみたいで。それでお父さんがあの人を問い詰めたんだけど、シラをきるばっかりでした。」
「認めなかったわけだ?虐待を。」
「お父さんとあの人とすごい喧嘩になりました。あの人はものすごい喚いて、悪いのはこのガキとアンタだって。」
「修羅場になったわけだ。」
「アンタが家空けてばっかりだから、私一人で面倒見なきゃいけないって。遊びにも行けないって怒って。
元々子供は欲しくなかったみたいだし、それに僕は変わった子供だったし。」
「変わった子供?」
「大人になってから分かったんだけど、上手く人と話せない障害があるんです。」
「発達障害ってやつか?」
「そうですそうです。あれも種類があって、僕はとにかく話すのが下手だったんです。
言いたいことも伝わらないし、相手が言ってることも上手く理解できなかったり。」
「でも今はちゃんと話してるじゃないか。」
「短い時間だったら平気なんです。あと喋るテーマとか内容が決まってれば。」
「ああ、そういうこと。」
「でも自由に話せって言われると無理です。なんか会話がズレてくるんですよ。
あの人はずっと僕と一緒にいたわけだから、きっとイライラが溜まってたんだと思います。」
さっきから母親をあの人呼ばわりしている。
かなりの恨みと憎しみがあるのだろう。
「僕だって好きでこんな風に生まれたわけじゃない。だいたい子供が嫌いならなんで産んだんだろうって・・・・。」
「それは考えても仕方ないよ。こうして生まれちゃったんだから。」
「アイツの血が流れてるってだけで嫌なんです。あのクズみたいな母親が・・・・どっかで死んでればいい。」
「でもオヤジさんだって家を空けることが多かったんだろ?言っとくけどさ、子育てって辛いもんだぞ。
ウチにも小さい息子がいるけど、育児は両方がちゃんとやらないと。」
「だからってイライラしてたら子供叩いてもいいのかよ!飯食わせなくてもいいのかよ!!」
青年は急に怒りだす。
「ちょっと落ち着け・・・・」と宥めようとしたが、噴出した怒りは止まらない。
「そんなん夫婦の問題だろうが!なんで子供に当たるんだよ!!」
「だから落ち着けって。何も君が悪いなんて言ってるわけじゃ・・・・、」
「散々暴力振るって、でも自分はバレたくないからって脅しまでかけて・・・・ふざけんなよあのババア!
出てく時だって自分が被害者みたいな顔しやがって!アイツが僕をイジメたんだ!アイツが僕を叩いてたんだよ!」
「分かった!わかったらちょっと冷静にだな・・・・、」
「ちょっとでも自分が辛いと被害者ぶるくせに、自分の子供は好きにしていいと思ってる!
あんや奴は子供産んじゃダメなんだよ!虐待してる親なんかみんな殺すべきなんだ!!」
「頼むから落ち着けって・・・・、」
「僕が何したんだよ!自分から発達障害になったわけじゃないのに!なんにも悪いことしてないのに、なんで叩くんだよ!」
「・・・・・ダメだなこりゃ。」
この怒りは止まらない。
さっきまでの淡々とした表情が嘘のように、人でも殺しそうな形相に変わっていた。
「一番の被害者は子供だろ!なのに夫婦がどうとかとかどうでもいいんだよ!!
なんで大人が子供を叩くんだよ!なんで親が自分の子供を虐めるんだよ!!」
「そうだな・・・・一番の被害者は君だよ。それは間違いない。」
この青年の言う通り、一番の被害者は子供だ。
彼の両親がどんな仲で、どんな力関係だったのかは、俺には分からない。
しかし例え夫婦仲が険悪だったとしても、そのはけ口として、子供を虐待する理由にはならないはずだ。
最悪は夫婦は縁を切ればすむ。
しかし親子はそうはいかない。
青年は拳でテーブルを叩きつけている。
やり場のない怒りを燃やすように・・・・・。
このテーブルの端っこが掛けているのは、このせいなのかもしれない。
やがて厨房からおばちゃんが出て来て、「徳ちゃん!」と止めた。
「また手え怪我するから!」
おばちゃんに羽交い絞めにされてもまったく止まらない。
叫び、暴れ、椅子を蹴り飛ばしている。
「ちょっとアンタも手伝って!」
「は、はい!」
そう言って立ち上がったはいいものの、徳ちゃんのパワーは凄かった。
俺より細身のはずなのに、おばちゃんと二人がかりでもなかなか押さえ込めない。
《人間ってキレるとここまで力が出るんだな・・・・。》
人は普段、自分の身体を傷つけないように、筋力をセーブしているという。
怒りはそのセーブを簡単に解いてしまうのだろう。
おばちゃんが「誰か!」と叫び、いいガタイをした土方のおっちゃんが「またか」とやってきた。
三人がかりで押さえつけ、ようやく落ち着きを取り戻した。
「・・・・・・・。」
徳ちゃんは泣いている。
うずくまり、まるで子供みたいな声で・・・・。
「あんた何か余計なこと言った?」
おばちゃんがギロリと睨む。
俺は「虐待のことに触れた瞬間に・・・・」と話した。
「ダメだよその話は。この子はすごく辛い思いしてんだから。」
「聞きました、かなり酷い母親だったみたいで。」
「ありゃ酷いなんてもんじゃないよ。徳ちゃん優しいから、あんな母親でもオブラートに包んで話すのさ。
ほんとはもっともっとね・・・・ほんとうにどうしようもない女だったよ。」
そう言って「もうちょっと早く気づいてあげてれば・・・」と徳ちゃんを見つめた。
「口じゃ言えないようなことだってされてるんだよ、この子は。そのせいか知らないけど、心が子供の頃で止まっちまってるんだ。」
「それで子供っぽいんですね。ちなみに今は幾つで?」
「26。」
《俺の三つ下か・・・・。ほとんど同い年じゃないか。》
若者若者と呼んでいたが、子供っぽさのせいで幼く見えていただけだった。
外見だけでは歳は分からないものだ。
徳ちゃんはグスグスと泣いて、頭を抱えて何やら呟き始めた。
「どうした?」
顔を近づけると、おばちゃんがこう言った。
「いつもこうなんだよ。ああやってパニックになったあとは、うずくまってブツブツ唱えるんだ。」
「唱える?何を?」
「子供の国、子供の国って。」
「子供の国!?」
「徳ちゃんは絵が好きでね。母親に虐待されてた時、絵を描くことだけが一番の楽しみだったんだよ。」
「へえ・・・・ちなみにどんな絵で?」
「色々さ。ウルトラマンとか車とか、子供が好きそうな絵だよ。」
「なるほど・・・絵を描くことで現実逃避してたんですかね?」
「きっとね。あんな辛い目に遭ってたんだ。ここじゃない遠い世界へ行きたかったのかもねえ。
その証拠に自分だけの夢の国を描いてたこともあるから。」
「夢の国ですか?」
「なんかね、大きな木がいっぱい生えてる絵だったよ。それが空に浮かんでるんだ。」
「それほんとですか!?」
思わず詰め寄ると、「なんだいいきなり?」と訝しがられた。
「いや、すいません・・・・。その絵のこと、もうちょっと詳しく教えてもらえますか?」
「下の方に地球みたいなのが描いてあったよ。そんで大きな木は雲に乗って、地球から離れていくような感じだったね。」
「なるほど・・・・。じゃあ地球よりさらに下の方に、炎に焼かれる人とか描かれていませんでしたか?」
「は?」
「真っ黒に塗りつぶされた人たちが、炎に焼かれているんです。そういう絵が描かれていませんでしたか?」
そう尋ねると、怖い目で睨まれた。
その顔は猛獣のようで、思わず後ずさってしまう。
「あんた・・・・、」
「は、はい・・・・。」
「徳ちゃんを馬鹿にしてるのかい?」
「え?」
「この子がそんな絵を描くわけないだろ。性根の優しい子なんだよ。そんな人が焼け死ぬだなんてもん描くわけない!」
思いっきり怒鳴られて、「すいません・・・」と頭を下げた。
「記者だかなんだか知らないけど、徳ちゃんを傷つけるようなこと書いたら許さないよ。」
「申し訳ない・・・・。」
やはりこのおばちゃんには逆らえない。
しかし・・・・引き下がるわけにもいかない!
ここへ来て急展開だ。
何がどうなっているのか分からないが、とても重要な何かを、この青年は握っているはずだ。
「その絵ってまだありますか?」
そう尋ねると、「いいや」と首を振った。
「あの母親が破いちまったんだよ、徳ちゃんの目の前で。あの絵を徳ちゃんが気に入ってるって知ってながらさ。」
「そりゃ酷い。」
「そういうことする奴だったんだよ、あの女は。旦那がどうとか関係ない。誰と結婚しても同じようなことしてたはずさ。
なんたって根っから腐ってたからね。大した女でもないクセに、どっかの王族か貴族みたいに勘違いしてるような態度だったし。
思い出すだけでもムカムカしてくるよ。ねえ徳ちゃん?」
おばちゃんが尋ねても、相変わらず頭を抱えているだけだ。
「子供の国、子供の国・・・・」と、ひたすら念仏のように唱えている。
《なんかここへ来てガラっと状況が変わってきたな。》
この徳ちゃんという青年、絶対に大きな秘密を隠しているに違いない。
彼の横に膝をつき、「なあ?」と背中に手を置いた。
「君・・・・20年ほど前からUFOみたいな光を見るって言ってたよな?」
そう尋ねても泣いているだけ。
しかし少しだけこちらに目を向けたので、声は届いているようだ。
「それ詳しく教えてくれないか?どんな感じの光で、どんな風に見えるんだ?」
徳ちゃんはヒックヒックと泣きながら、「ふわっと・・・・」と答えた。
「ふわっとした感じ・・・・・。」
「もうちょい具体的に。」
「ぼんやりして・・・・ふわふわした感じです・・・・。それでフラフラ動く・・・・。」
「なるほど。じゃあさ、もしも生き物に例えるとしたら、何が一番近いかな?」
「生き物?UFOなのに・・・・・?」
「例えばだよ例えば。なんでもいいんだ、君がこれだって思う生き物で。」
徳ちゃんは困った顔で考える。
眉間に皺が寄り、グスっと泣いてしゃっくりが出る。
それでも質問に答えようと、「強いて言うなら・・・」と呟いた。
「うん、強いて言うなら?」
「・・・・ガ、かな。」
「ガ?ガってあの虫の?」
「うん・・・。」
「蝶じゃなくて、蛾に近いと思ったの?」
「強いて言うなら・・・・。」
「蝶には似てないか?」
「蝶っていうより蛾の方が近い感じ・・・・・。上手く言えないけど・・・・、」
「そうか・・・いや、ありがとう。」
とりあえず徳ちゃんを立たせ、椅子に座らせる。
「ほら」とコーラを差し出すと、口いっぱいに頬張っていた。
「ちょっと落ち着いたか?」
「すいません・・・・カッとなって・・・・、」
「いいんだよ、誰だって触れられたくない部分はある。俺の聴き方が無神経だった、ごめんな。」
そう謝ると、「ほんとだよ」とおばちゃんに睨まれた。
「記者だかなんだか知らないけど、人のプライベートはずかずか踏み込むもんじゃないんだよ。
誰だって心に傷くらいあるんだから。」
「すいません。ええっと・・・じゃあもう君のお母さんの話は終わりにしよう。
代わりにUFOの話を聞かせてほしいんだ。ていうかその為の取材だからね。」
徳ちゃんは「はい・・・」と頷き、コーラのお代わりを要求していた。
「大丈夫かい徳ちゃん?なんならおばちゃんがこの記者を追い返そうか?」
「ううん、平気。」
「嫌なことは嫌って言えばいいんだからね。今度嫌なこと聞いてきたら蹴飛ばしてやんな。」
おばちゃんはコーラのお代わりを置き、俺に一瞥をくれてから去っていった。
「ふう・・・なんともいえない迫力のある人だな。」
「昔からああなんですよ。でもすごく優しい人なんです。」
「分かるよ。口は悪いけど悪い人じゃない。」
人の本性なんて見た目じゃ分からない。
言動が悪くても、根っこが優しい人はたくさんいるのだ。
というより、あまりに紳士ぶったり淑女ぶったりしている奴の方が、腹の中では何を考えているか分からない。
まあとにかく、本来聞くべきことを取材しないと。
「なあ徳ちゃん。そのUFOのことなんだけど、蛾みたいに見えるんだよな?」
「強いて言うならですけど・・・・。」
「いつもどの時間帯に見るの?」
「夜です。空が暗くなってから。」
「毎日見る?」
「毎日じゃないです。だいたい週に一回見るか見ないかだけど、たま〜に毎日見ることもあります。」
「色はどんな感じ?」
「んん〜っと・・・・青白い感じです。でもたまに赤くなったりもするし、真っ白に光ることもあります。」
「じゃあ形は?蛾みたいに見えるってことは、虫に近い形なのかな?」
「ちょっと似てるかもしれません。いかにもUFOって感じの形じゃないと思います。
なんかこう・・・羽に似たような物が二つあって、だけど完全に虫の形でもないし・・・・、」
「虫に近い形だけど、虫とは言えないような形ってことだな?」
「ええ。」
「どれくらいの距離で見える?かなり離れてるかな?それともけっこう近い?」
「けっこう遠いと思います。雲が浮かんでるくらいの高さかなって。」
「具体的だな。なにか根拠が?」
「だってそのUFOの光で、雲が光ってたから。月明かりを受けた時の雲みたいに。」
「なるほど・・・・。20年前くらいから見るようになったって言ってたけど、急に?」
「はい。窓から外を見てたら、ふわふわって飛ぶ不思議な光があって。」
「それ、他にも知ってる人はいる?」
そう尋ねると、「それが・・・」と神妙な顔になった。
「その・・・、」
「どうした?」
「お父さんは見えないって言うんです。」
「そうなの?じゃあその・・・お母さんは?」
「言ってません。どうぜ馬鹿にして叩かれたりするから。」
「そうか・・・・。じゃあ友達とかには教えなかったの?UFOが見えるって。」
「ほとんど友達いなかったんです。今もですけど・・・、」
「ああ、そうか・・・すまん。」
「でも学校の子に教えたことはあります。」
「ほう、クラスメートにってことだな?で、どうだった?他の子たちは見えるっていったか?」
「・・・・・・・・・。」
「どうした?なんで黙る?」
「・・・いや、あの・・・・、」
「もしかしてまた余計なこと聞いたか?それなら謝るけど・・・・、」
「いや、そうじゃないんです。そうじゃなくて・・・・、」
コーラの入ったコップを握りしめ、シュンと目を逸らす。
言いたくない言葉を飲み込むように、グっとコーラを流しんこんでいた。
「聞かれたくないことがある?」
また激高させてしまったら、多分おばちゃんにブッ飛ばされるだろう。
そうならないように、努めて柔らかい口調で尋ねた。
「いや、いいんだよ。どうしても言いたくないなら。そりゃこんなに遠慮してちゃ記者として失格だけど、俺は誰かを傷つけてまで何かを聞き出そうとは思わないから。
まあそのせいで万年平社員なんだけど。」
肩を竦めておどけると、徳ちゃんは「記事にしないなら」と顔を上げた。
「今から言うこと、秘密にしといてくれるなら・・・、」
「いいよ、約束する。」
「じゃあ、あの・・・・、」
コーラを置いて、切腹でもする武士のごとく背筋を伸ばした。
「クラスメートのほとんどは、何も見えないって言ったんです。お前ウソついただろってからかわれたりして。
だけど一人だけ見えるって子がいて・・・・、」
「ほう、君の他にもいたのか。」
「その子・・・男の子なんですけど、女の子みたいに可愛い顔してるんです。
それでですね・・・その子はちょっとだけ僕と仲が良くなって、UFOのこと色々話し合ったんですよ。
あの光はなんなんだろうって。」
「うん。」
「そうしたらその・・・・その子もですね、悪い大人から嫌なことをされたことがあるって・・・・、」
「まさかその子も虐待を受けてたのか?」
「いえ、違います。虐待じゃないんです。その・・・学校の帰り道で、嫌な目に遭ったことがあるみたいで・・・、」
「嫌な目?どんな?」
「・・・・さっきも言ったけど、すごく可愛い顔してる子なんですよ。だからですね、たぶんそのせいだと思うんだけど・・・・、」
そこまで言って、ごにょごにょと口籠る。
小さな声なのでハッキリと聴こえないが、一つけだけ聞き取れた言葉があった。
『脱がされた』
確かにそう聴こえた。
徳ちゃんは目を伏せ、またコーラを飲む。
「これ、その子には絶対に言わないでほしいって言われてたんですけど・・・・、」
「なるほどね、なんとなく言いたいことは分かった。要するにその子は、おかしな趣味を持った大人に目をつけられたってことだな?」
「はい・・・・。」
「ただ脱がされただけ?他に酷いことは?」
「写真を撮られたって言ってました。あと・・・・ここを触るようにって言われたって。」
そう言って自分の股間を指さす。
「すごい怖かったって言ってました。怖すぎて誰にも言えないから、なんにも無かったんだって自分に言い聞かせたって。」
「UFOのことを話してるうちに、お互いに大人のせいで嫌な目に遭ってるって分かったわけか。」
「それでその時に思ったんです。あのUFOって、辛い目に遭ってる子供にしか見えないのかなって。」
いったん間を置き、ふうと呼吸してから先を続けた。
「僕とその子だけがUFOを見てたんです。これって・・・・、」
「悪い大人のせいで苦しんでる子供にだけ見えるものだと?」
「だってそれしか共通点がないから。」
「まあ・・・・確かにそうだな。」
話を聞く限りでは、徳ちゃんの言うUFOが本当にUFOなのかどうなのか分からない。
しかし俺にはある一つの疑惑があった。
大人から傷つけられた子供にしか見えないUFO・・・・これはますます怪しい。
その光の正体、やっぱりアイツなのでは?
「なあ徳ちゃん?」
声色を変えて尋ねると、「はい」と怯えた表情をした。
「UFOを見たってその友達、紹介してくれるかな?」
「それは無理です。」
「どうして?俺に秘密を喋ったことがバレるから?」
「いや、そうじゃなくて・・・、」
「じゃあ何?」
「だってその子・・・・もうこの世にいないですから。」
「え?亡くなったってこと?」
「はい。事故に遭って。」
「そうか・・・いや、ごめん。辛いこと聞いて。」
「いいんです。けっこう昔の話だし。それにそこまで仲が良かったわけでもないし。」
そう言ってから、暗い顔で俯いた。
「どうした?」
「いえ・・・・、」
「まだ隠してることが?」
「・・・・・・・。」
「徳ちゃん?」
「あの・・・・、」
「うん。」
「その子のこと・・・・その・・・帰り道でイヤらしいことした大人って・・・・、」
「うん。」
「・・・・僕のお父さんです。」
「・・・え?」
素っ頓狂な声が出てしまった・・・・。
徳ちゃんのお父さんが?なぜ?
・・・と思ったが、ありえなくないか。
だってあの人は・・・・、
「僕のお父さん・・・・部屋に隠してる写真とかあって・・・・。」
「写真?」
「その・・・・僕が中学生くらいの時に、お父さんの部屋を漁ったんです。」
「漁る?どうして?」
「お小遣いが欲しくて・・・。あんまり貰えなかったから。」
「ああ、なるほど。いや、俺にも経験があるよ。ゲーゼン行くのに親の財布から千円抜いたことがある。
その日のうちにバレて親父にぶっ飛ばされたけど。」
冗談っぽく言って肩を竦めるが、徳ちゃんは笑わない。
じっと手元を見つめながら、「その時に・・・」と続けた。
「机の下に大きな引き出しがあるじゃないですか。一番下の段のやつ。」
「・・・ああ、はいはい。分かるよ。」
「そこにたくさん本が入ってて、その本の隙間に挟んであったんです。その・・・・裸の男の子の写真が。」
「マジで・・・?」
「それも一人や二人じゃなくて、けっこうな数の男の子の写真がありました。そのウチの一枚が・・・・・、」
「UFOを見た子だった?」
「はい・・・・。」
「てことは、その子を酷い目に遭わせていたのは・・・・・、」
「僕のお父さん・・・・だと思います。」
消え入りそうな声で言って、「ごめんなさい」と俯く。
「いやいや、君が謝ることじゃないよ。」
「こんなの誰にも言えなくて・・・・・、」
「辛かったんじゃない?一人でそんなの抱え込むなんて。」
「・・・・お母さんのことがあったから、お父さんだけは信用したかったんです。なのに・・・すごい裏切られた気分で・・・、」
「そりゃそうだよ。その・・・・ちなみにだけど、君はお父さんからはその・・・、」
「何もされていません。僕の前ではすごく良い父親なんです。
厳しいし怖いけど、でも大事に育ててくれましたから。僕、ニートだから今でも迷惑かけてるし・・・・、」
「そうか・・・なるほどなあ。」
残ったお茶をすすりながら、「う〜ん・・・」としかめっ面になってしまった。
《あのオヤジ、マジで変態だったわけか。となると・・・・、》
俺は身を乗り出し、「なあ?」と尋ねた。
「その写真、まだあるか?」
「分かりません。あれ見た瞬間にすごい気持ち悪くて・・・それから父の部屋には入ってないですから。」
「その・・・一つ頼みがあるんだけどさ。」
背筋を伸ばし、ううんと咳払いする。
彼にとっては辛いお願いだろうが、これは彼にしか出来ない事だ。
「その写真・・・見せてもらうことって出来ないかな?」
「え?」
「家から取って来てほしいんだ。」
「どうしてですか?だってこの話は記事にしないんでしょ?だったら・・・・、」
徳ちゃんの顔色が変わっていく。
またさっきのように暴れるつもりだろうか?
俺は慌てて「いやいや!」と手を振った。
「実はね、俺の知り合いにも辛い目に遭った子供がいるんだよ。」
「そうなんですか?」
「それで・・・・その子が言うには、犯人の特徴が君のお父さんそっくりなんだよ。」
「・・・それってつまり・・・・、」
「うん、その写真の中に、その子が写ってる物があるかもしれない。」
「・・・・・・・・。」
「俺はね、その子にこう言われたんだ。犯人に復讐してほしいって。」
「復讐?」
また徳ちゃんの顔色が変わる。
眉間に皺が寄り、拳を硬く握った。
「犯人はまだ捕まっていない。だからその子はとても悔しがってるんだ。だからね、その・・・・もしも君のお父さんが犯人なら、それを放っておくことは出来ない。
それを確認する為に、その写真を見せてほし・・・・・、」
そう言いかけた時、眉間にガツンと痛みが走った。
「お、お前ええええええ!」
目の前から大声が聴こえる。
俺は頭を押さえながら、何があったのかと顔を上げた。
その瞬間、今度は鼻面に衝撃が走った。
「ぐおッ・・・・、」
背もたれのない椅子なので、そのまま後ろに倒れる。
硬い床で思いっきり後頭部を打ってしまい、うずくまりながら悶絶した。
「なんだよお前!UFOの話って言っただろ!」
うずくまる俺に、徳ちゃんの蹴りが飛んでくる。
靴先がみぞおちに入って、声にならない悲鳴が出た。
《息がッ・・・・・、》
後頭部の痛みに、呼吸の出来ない苦しみ・・・・。
それでも徳ちゃんの罵声がやむことはない。
倒れる俺に向かって「この嘘つき!」とまた蹴りが・・・・、
「そんなの聞いてどうすんだよ!お前も俺を苦しめるのか!?」
雨あられと彼の足が飛んでくる。
もうどこを守っていいのか分からないくらいに・・・・。
《ちょッ・・・・殺す気かこいつ・・・・、》
やめろと叫ぼうとしても声が出ない。
俺は何も出来ずに、彼の暴力と罵声に晒されるだけだった。
「お前ふざけんなよ!ほんとは記者じゃないんだろ!警察なんだろ!!」
悲鳴に近い罵声が耳を貫く。
何がなんだか分からなくなって、俺はただ怯えることしか出来ない。
「なんで僕を辛い目に遭わそうとするんだよ!そんなのバレたらお父さんまでいなくなる!
そうなったら僕は死ぬ!全部失うんだああああ!!」
怒号というか雄叫びというか、まあとにかく凄まじい叫び声だ。
チラリと目を向けてみると、なんと彼はガラスのテーブルを持ち上げ、俺に向かって叩きつけようとしていた。
《まじかコイツ・・・・、》
あんなもんで殴られたら死んでしまう。
逃げようと必死にもがくが、痛みと呼吸困難のせいで上手く動けない。
《頼む!誰か助けて・・・・、》
怖い・・・・その感情しかなかった。
抵抗できない状態で、死ぬかもしれない暴力に晒されるというのは・・・ただただ恐怖しか生まれなかった。
《死にたくない!こんな奴に殺されたくない!》
・・・・その願いが通じたのか、「やめろ!」と複数の男の声が聴こえた。
「何してんだお前!」
ガヤガヤと騒がしくなり、「うううがああああああ!」と徳ちゃんの絶叫が聴こえる。
「手え押さえろ!」
「その箸取り上げろ!刺してくるぞ!」
徳ちゃんの悲鳴、男たちの罵声、色んな声が入り混じる中、「大丈夫かい!」とおばちゃんの声がした。
「しっかりしな!」
頭におばちゃんの手が触れている。
目を向けると、その手は赤く滲んでいた。
「ちょっと!誰か救急車!頭怪我してる!!」
・・・どうやらあの血は俺の物らしい。
徳ちゃんは男たちに取り押さえられ、ガッチリと床に踏み伏せられた。
一人がケータイを取り出し、救急車を呼んでいる。
その間も徳ちゃんは叫び続け、鬼の形相で俺を睨んでいた。
「お前が悪い!お前が悪い!お前が悪い!」
決して自分のせいではないと主張して、ただただ俺に憎悪をぶつけている。
その顔はさっきまでの彼とはまるで別人だった。
まるで悪魔にでも取り憑かれたかのように、心の根っこまで歪んでしまったかのように、目を合わせるのもおっかないほどの形相だった。
・・・そういえばいつか本だかテレビだかで見た気がする。
虐待は連鎖すると。
幼い頃に受けた暴力は、自分が大人になってから、別の者に向けられるというのだ。
俺は大人から虐待を受けた経験はない。
ないが・・・その気持ちは分かるような気がした。
イジメを受けた子供は、転校をキッカケにイジメっ子に転身することがあるという。
それはきっと、自分自身がイジメの対象になりたくないからだろう。
俺自身、子供時代に軽くイジメを受けていた。
あの時の惨めさと悔しさといったら、言葉で言い表せないものだ。
だったら虐待も同じではないだろうか?
大人になり、親に対抗できる腕力がついてからも、心に疼く傷が癒えるわけではないだろう。
その傷の痛みを鎮めるには、自分自身が暴力者となり、痛みと同化する以外にないのかもしれない。
徳ちゃんの母親がどういった人間なのか、詳しくは分からない。
しかし今の彼の形相を見ている限り、きっとこんな顔をしながら我が子を叩いていたんじゃないかと思う。
《大人でも怖いと思うんだ。これが子供なら・・・・・。》
想像しただけで背筋が寒くなった。
抵抗もできず、助けてくれる人もおらず、圧倒的な強者の腕力に屈する恐怖。
それは痛みであるし、屈辱であるし、何より心に暗い影を落とす刃である。
子は親を選べない。
生まれてみるまでどんな親か分からないというのは、実はけっこうな賭けなのではないだろうか。
・・・やがて救急車の音が聴こえてきた。
それと同時にパトカーのサイレンらしき音まで。
彼はまだ目の前で吠えている。
鬼のように、悪魔のように・・・・。
彼はついさっきまで俺を殺そうとしていた。
なのに彼を憎むことが出来ないのは、彼自身もまた被害者だからだ。
彼の内に宿る暴力は、親が与えたものだ。
今頃彼の母親は、虐待のことなんて忘れて、素知らぬ顔で過ごしているのだろうか?
小児性愛車の父親は、息子がショックを受けたことを知っているのだろうか?
・・・憎むべきは彼の親。
あれだけ暴行を受けても、徳ちゃんを憎いとは思えない。ただ可哀想で・・・・。
悪魔の形相をしている彼の方が、俺よりよっぽど痛がっているように見えた。

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