勇気のボタン〜空っぽの賽銭箱〜のイラスト(6)

  • 2018.03.31 Saturday
  • 10:26

JUGEMテーマ:イラスト

 

     マリナとの出会い

勇気のボタン〜空っぽの賽銭箱〜 第九話 天井のイグアナ(3)

  • 2018.03.31 Saturday
  • 10:24

JUGEMテーマ:自作小説

チュウベエが我が家にやって来た半年後のこと、俺はとあるボロ家でマリナを見つけた。
あの日は取引先の会社に用があって、日帰りの出張に行っていたのだ。
仕事そのものはすぐに済んだので、そのままさっさと帰ってもよかった。
よかったのだが、俺は街をブラブラした。
早く会社に戻ったところでやる事もない。
あてもなく散歩を続けたり、喫茶店でコーヒーを啜ったりしていた。
その街は田舎から地方都市へと変わりつつある最中だった。
田んぼの隣にビルが建ち、平屋の隣にマンションが建ち、建設中の建物の上からは大きなクレーンがぶら下がっていた。
こういった変わりゆく街並みを見るのは好きだった。
古いものから新しいものへと変わっていく瞬間というのは、なかなか感慨深いものがある。
しばらく歩き続けると、ほぼ一面田んぼや畑の景色に変わった。
民家や古いアパートがポツポツと立っているくらいで、コンビニすら見当たらない。
ここもいずれビルに覆われるのだろうかと、しみじみしながら眺めた。
するとその時、背後から誰かの声が聴こえた。
振り返ると二階建ての民家があった。
庭は荒れ、塀は汚れ、全ての窓に雨戸が閉まっている。
そう大きくない家だが、元は綺麗だったのだろうと思うほど、デザインはオシャレだった。
その家から微かに声が聴こえた。
「助けて・・・」と。
動物の声だとすぐに分かった。
人の声と動物の声は微妙に違って聴こえるのだ。
何が違うのかと聞かれると困るけど、一瞬でピンとくる何かがあるのだ。
「助けて・・・・。」
「・・・・・・・。」
気がつけば塀を乗り越えていた。
声は家の中から響いている。
どこかから入れないか探っていると、突然「誰かいる!」と声がした。
「怒られるぞ!」
「逃げろ!」
三人の少年がトタン屋根から飛び降りてくる。
家の裏側へと走り、塀をよじ登って逃げていった。
いったいなんなんだ?と思いながら、少年たちが飛び降りてきたトタンを見上げる。
その向こうに瓦屋根があり、近くの窓が開いていた。
「あそこから出てきたのか。」
塀の上に登り、トタンに足をかける。
かなり錆びていて、注意して歩かないと抜け落ちそうだった。
ゆっくりと足を運び、瓦屋根に登る。
そして窓の中を覗くと、四畳ほどの部屋が広がっていた。
畳にはお菓子やジュースが散乱していて、幾つかBB弾が落ちている。
「さっきのガキどもの仕業か?」
きっと面白半分に忍び込んだんだろう。
こういう場所は子供にとって最高の遊び場だ。
窓を越え、部屋に入る。
開けっ放しのドアの向こうには廊下があって、階段の手すりが見えた。
「・・・・・・・・。」
耳を澄ましてみるが、動物の声は聴こえない。
「誰かいるのか!?」
ちょっと大きめの声で叫ぶと、また「助けて・・・・」と囁きが。
「俺は動物と話せるんだ!どこにいるのか教えてくれ!」
そう尋ねると、「天井の裏・・・」と返ってきた。
「天井裏・・・・?」
「階段のすぐ傍の部屋・・・・・。」
俺は階段まで向かう。
するとさっきの部屋とは斜向かいに、もう一つ部屋があった。
こちらは襖になっていて、米粒ほどの小さな穴がたくさん空いていた。
「さっきのガキどもが撃ったのかな。」
襖を引き、中を覗く。
こちらの部屋には何もない。
薄汚れた畳が敷かれているだけだ。
しかし天井は違った。
一部に穴が空いているのだ。
おそらく誰かが壊したのだろう。
「助けて・・・・。」
穴の向こうから声が聴こえる。
幸い穴は壁側に近い。
窓のサッシに足を掛け、中を覗いてみた。
「真っ暗だな。」
どこにいるのか分からない。
「お〜い!」と呼びかけると、「こっち」と返ってきた。
「そこから左奥の方にいる・・・・。」
「ここまで来れるか?」
「無理・・・・・、」
「なんで?どっか痛めてるのか?」
「怖い・・・・、」
「怖い?」
「エアガンを撃たれて・・・・、」
「なんだって?」
「人間の子供に・・・・、」
「もしかしてさっきのガキどもか!?」
「それに寒くて動けない・・・・。」
この時は11月の中頃、冬の手前だった。
陽射しの当たる場所は暖かいが、陰りは寒い。
天井裏はひんやりとした空気が漂っていた。
「寒いのは寒いけど、動けないほどじゃないだろ。」
「私は変温動物なの!体温が下がると動けない・・・・、」
「変温動物って・・・まさか爬虫類か?」
「イグアナ・・・・・マリナっていうの。」
「そうか。なら・・・・・こっちから行くよ。」
俺は天井へと潜り込む。
しかし思いのほかギシギシと軋んだ。
「これ・・・・壊れたりしないよな・・・・。」
ちょっと不安になる。
だがこのまま放っておけば、いずれ凍死してしまうだろう。
怖いのを我慢しながら、匍匐前進のように這い進んでいった。
すると手の先に冷たい何かが触れた。
真っ暗でよく見えないが、おそらく間違いない。
「マリナちゃんか?」
そう尋ねると、「助けて・・・・」と呟いた。
「よしよし、もう大丈夫だ。」
腕に抱き寄せ、天井から下りる。
明るい部屋で見たマリナは、立派なグリーンイグアナだった。
「エアガンで撃たれたって言ってたけど・・・・大丈夫か?」
「平気・・・・鱗があるし。でも怖かった。」
「あのガキども・・・・よくもこんな可哀想なことを。」
マリナを抱いて部屋を出る。
さっきのトタン屋根を伝い、えっちらおっちらと庭に下りた。
「君はこの辺りの子?どっかから逃げてきたのかな?」
「違う・・・・飼い主が亡くなったの。」
「亡くなった?」
「私の飼い主は獣医さんだった。でも先月に病気で・・・・、」
「そうか・・・・悪いこと聞いちゃったな。」
「気にしないで。こうして助けてもらったんだから。」
そう言って初めて笑顔を見せた。
「けどそのあと飼い主の家族に捨てられたの。」
「酷いなそりゃ。身内のペットを捨てるなんて。」
「もし私が犬や猫から飼ってもらえたかもね。けどこんな大きなトカゲ、嫌う人間もいるから。」
「じゃあ今までどうやって暮らしてたんだ?」
「林の中に身を隠してたわ。イグアナはそんなに食べなくても平気だから、餌には困らなかった。
けど人間の子供に見つかっちゃって、面白半分に撃たれたのよ。そしてここへ連れてこられた。」
さっきまで閉じ込められていた家を見上げる。
「あの子たち、ここを秘密基地にしてたみたい。私はここへ連れてこられてエアガンで撃たれたわ。
でもそれにも飽きてきたみたいで、最後は天井の裏に放り込まれたの。」
「むちゃくちゃするなあのガキども・・・・。」
怒りが湧いてくる。
子供ってのは純粋であるがゆえに、時に悪魔みたいなことをする。
「寒い・・・・。」
マリナはまた震える。
俺はスーツの上着を開けて、中に抱いてやった。
「どう?ちょっとは温ったかくなったか?」
「だいぶマシ。ありがとう。」
とりあえず空き家を後にして、田んぼの広がる道を歩いていく。
するとマリナが「こっちに林があるのよ」と尻尾を向けた。
「林?」
「私がいた林。そこへ連れてって。」
「いやいや、またガキどもに見つかったらまずい。それにこれからもっと寒くなるし。」
「でもあそこ以外に行く場所がないんだもの。」
「・・・・もうちょっといい所探してやるさ。」
「いいわよそんなの。これ以上助けられちゃ悪いし。」
「そんなの気にするな。今までにも動物を助けたことがあるんだ。」
「もしかして動物愛護のボランティアの人?」
「違う違う。色々と事情があってさ、成り行きでそうなっただけ。
そのせいで俺ん家には丸々太ったブルドッグに、お嬢様みたいな高飛車な猫、それに賢いんだか馬鹿なんだか分からない能天気なインコがいるんだ。」
「なにそれ、変なの。」
マリナは可笑しそうに笑う。
「俺が新しい飼い主を探してやるよ。」
「そんなのいいわよ!ほんとこれ以上お世話になっちゃ悪いし・・・、」
「遠慮しないでいいって。こうして出会ったのも何かの縁だし。」
「でも・・・・邪魔にならない、私?」
「さすがにこれ以上動物を飼うのは無理だけど、責任を持って里親を探す。だから心配しないで。」
戸惑うマリナだったが、最後は折れた。
「じゃあ・・・お願いできる?」
「任せとけ。」
その日、マリナは我が家へとやって来た。
最初はマサカリもモンブランも戸惑っていたけど(チュウベエはお近づきの印にとミミズをすすめていた)、三日もする頃には打ち解けていた。
俺は仕事の合間を縫って、新しい飼い主を探した。
しかし犬や猫と違って、イグアナを引き取ってくれる人なんて滅多にいない。
それでも諦めずに探し続け、マリナが来てから二ヶ月が経とうとしていた。
「もういいわ悠一。」
これ以上迷惑をかけられないと、「捨ててちょうだい」と言った。
「私の為に頑張ってくれて・・・今までありがとう。」
嬉しそうな、そして切なさそうな顔をしながら、「どこかに捨てて」と言った。
冗談ではなく、本気の目でそう言っていた。
だから俺はこう返した。
「ずっとここに住めばいい。」
「そんなの悪いわよ!家計だって大変なんでしょ?もうこれ以上は・・・・、」
「責任を持つって言っただろ。」
「でも・・・・、」
「それに今捨てたりしたらそいつらが黙ってない。」
マリナの後ろにはマサカリたちがいた。
みんなジトっとした目で睨んでいる。
「お前を捨てたらあのブルドッグは噛みついてくるだろうし、猫は引っかいてくるだろう。」
「・・・・・・・。」
「そして能天気なインコは頭に糞を落としてくるに違いない。俺はそんな酷い目に遭いたくないから、どうかこの家にいてくれ。」
マリナを抱き上げ、「な?」と頷きかけた。
しばらく黙っていたが、やがてこう呟いた。
「ありがとう・・・・。」
この日からマリナは我が家の一員となったのだ。


        *****


「悠一!悠一!」
マリナの声がして、ハッと顔を上げた。
「なにボーっとしてんのよ?」
「え?ああ・・・ちょっと昔を思い出して。」
「もう、しっかりしてよ。こんな時に。」
マリナはプリプリ怒っている。
長い尻尾が忙しなく揺れていた。
「で、どうだった?チェリー君はいたか?」
「逃げられた。」
「なに!?」
「見つけるのは見つけたんだけどね。捕まえる前にどこか行っちゃったわ。」
「そうか・・・なら仕方ない。」
マリナを首に巻き、脚立を降りていく。
職員さんが「どうですか?」と尋ねてきた。
「どこかへ行ったようです。」
「ということは・・・もういないんですね?」
「ええ。」
「よかったあ〜・・・。」
ホッとしている。
老人たちを振り返り、「安心してください」と言った。
「もういないみたいですから。」
「なんじゃつまらん。」
車椅子のお婆ちゃんは舌打ちする。
「もっと大きなトラブルにでもなりゃ面白かったのに。」
周りに出来ていた人だかりが散っていく。
俺は「それじゃ」と婆さんに手を振った。
「いつかイケメンと入れ替われたらいいですね。」
「そうじゃな。そんときゃ「儂の名は」とかで映画を作ってくれんかのう。主題歌は吉幾三で。」
もしそんな映画が出来たら、電気の通ってない村から出てきた若者が、銀座で牛を飼う話になるだろう。
それはそれで見てみたいけど。
「帰るかマリナ。」
「そうね。」
もりもりセンターを出ると、カラスたちはいなくなっていた。
「ありゃ?どこ行ったんだ?」
「多分追いかけて行ったんじゃない?」
「チェリー君をか?」
「だってそれしか考えられないじゃない。」
「う〜ん・・・奴らの戦いはまだ続いているわけか。これ以上人に迷惑を掛けなきゃいいけど。」
ちょっと不安になってくる。
「そういえばチェリー君はなんで暴れてたんだ?」
「知らない。」
「知らない?だって中に入ったじゃないか。」
「そう言われても知らないものは知らないわ。私はあの子を捕まえようと必死だったから。」
「じゃあ・・・なんで暴れてたんだろう?」
「さあ?」
謎である・・・・。
その謎の答えは数日後にやってくるんだけど、今は謎のままだった。
とにかく捕獲は失敗。
いったん家へ帰ることにした。
「今日はよく頑張ってくれたな。お前のおかげで一度は捕まえたんだから。」
そう労うと、なぜか黙ってしまった。
「どうした?」
「寒い・・・・、」
「え?」
「天井裏にいたから・・・、」
眠そうに目を閉じている。
手を触れると確かに冷たくなっていた。
鞄からカイロを取り出し、シャカシャカっと振った。
「ほれ。」
「温っかい・・・。」
頬に抱いてウットリしている。
しかし「これじゃ足りないわ」と言って、俺の腕に降りてきた。
上着を開けて中に入れてやる。
「これよこれ。こっちの方が温もる。」
そう言ってさっきよりウットリした。
「ねえ悠一。」
「なんだ?」
「私、天井裏は寒いから嫌いだけど、あれがなきゃ悠一の家に来ることもなかったわ。」
「なんだよいきなり。」
「ちょっと昔を思い出しちゃって。それだけ。」
頭を引っ込めて、完全に上着の中に隠れてしまう。
どうやら寝てしまったようだ。
「お疲れさん。」
ポンと背中を撫でる。
家までの帰り道、こいつを拾ってきた時の思い出に浸った。
それと同時に、チェリー君を逃がしてしまったという悔しさもこみ上げた。
もちろんマリナのせいじゃない。完全に俺の責任だ。
これ・・・・ツクネちゃんにどう報告しよう。

春の夢

  • 2018.03.31 Saturday
  • 10:22

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春は眠くなります。

冬は布団から出るのが辛い冬と違う意味で布団から出たくなくなります。

 

 

 

 

 

 

 

布団の中だけでなく、外でも眠たくなるのは陽気のせいでしょうか。

起きているのに夢の中を歩いているような気分でした。

開花ラッシュ

  • 2018.03.30 Friday
  • 16:08

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一気に桜が満開になりました。

咲き出すと早いです。

でもその反面、散ってしまうのも早いので、桜を楽しめる期間は限られています。

短い時間の彩だからこそ、多くの人から愛されるのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

白い木蓮が咲いていました。

地面に落ちている花びらを手に取ってみると、他の花のものよりも厚みがありました。

花びらとしてはとても丈夫なんだろうと思う反面、重みがあるので散りやすいのかなとも思いました。

梅、桜、桃、木蓮。

春は開花ラッシュです。

冬の荒涼さが嘘のように景色を輝かせてくれますね。

勇気のボタン〜空っぽの賽銭箱〜 第八話 天井のイグアナ(2)

  • 2018.03.30 Friday
  • 15:51

JUGEMテーマ:自作小説

探し物というのは、えてして近い場所にあるものだ。
おでこの眼鏡、ソファの隙間に落ちたリモコン、洗い忘れて洗濯カゴの奥でクシャクシャになっているお気に入りのTシャツ。
『おお、こんな所にあったんだ。』
そういう事はザラにある。
しかし何度経験しても学ばないのが人間で、近くにあっても気づくことは少ない。
ついさっきの出来事・・・・俺は大事な探し物を見逃してしまった。
慌てて後を追いかけたが、もうどこにも姿はなかった。
確かここの公園へ向かっていたはずだけど・・・。
「あいつ・・・・どこ行った!?」
老人が二人ほど散歩をしているだけで、公園の中に入ってくるカラスに石を投げていた。
ゴミ箱を荒らしたりするので追い払ってるんだろう。
奴は間違いなく公園の方へと向かっていたはずだ。
しかし・・・・いない。
「クソ!まさか人間に化けてやがったなんて!」
チェリー君は霊獣である。
だからツクネちゃんと同じく、人間に化けることが出来る。
《盲点だったな・・・・あんな方法で逃げられるなんて。》
きっと俺が来たからに違いない。
姿を見失った以上、また一から捜し出さないといけなかった。
「せっかく傍にいたのに・・・・ツクネちゃんが知ったら怒るだろうな。」
『依頼はキャンセルします!』・・・またそう言われるかもしれない。
こうなったら何がなんでも見つけ出さないといけない。
呼吸を整え、「よし!」と気合を入れ直す。
するとマリナが「悠一!」と叫んだ。
「あれ見て!」
「ん?」
マリナは公園の隅にあるトイレを指さす。
その入り口からピンク色の何かが覗いていた。
「あれは・・・・。」
もしやと思いながら近づいていく。
「・・・・やっぱり。」
さっきチェリー君が乗ってった三輪車だ。
調べてみると、ハンドルを支えるバーの所に名前が書いてあった。
『はこわれあいり』
平仮名で書いてあるが、漢字だと箱我愛理となるはずだ。
「これ、やっぱり愛理ちゃんのやつだ。」
やっぱりさっきのリーゼント野郎はチェリー君で間違いない。
「ねえ悠一、ちょっと変じゃない。」
マリナが不思議そうに言う。
「どうして三輪車を乗り捨てていったのかしら?」
「そりゃ遅いからだろ。」
「でもチェリー君は悠一が来たから逃げたのよね?だったら普通は三輪車になんて乗らないはずよ。」
「まあ・・・確かに。」
「これ、きっと大事な物なのよ。」
「どういうことだ?」
「チェリー君にとって捨てることの出来ない物なんじゃないかしら。だからこれに乗って逃げたのよ。」
「でもこうして乗り捨てられてるじゃないか。」
「・・・・・・・。」
「マリナ?」
「もしこれが大事な物なら、またここへやって来るかも。」
三輪車を見つめながら、「待ち伏せしましょ」と言った。
「どこかの物陰に隠れて見張ってましょうよ。そうすれば捕まえられるかも。」
「う〜ん・・・いらないから捨てたようにしか思えないけど。」
腕を組み、どうしようかと空を仰いだ。
《マリナの言うことも一理あるけど、もしここに現れなかったら時間の無駄だしなあ。》
今は三月の中旬。
チェリー君を連れ戻す期限は刻一刻と迫っている。
できればアクティブに捜したい。
きっとツクネちゃんもそこらじゅう駆け回ってるだろうし。
《どうしよう・・・・ここで見張るか?それともこっちから捜しにいくべきか。》
じっと空を見上げながら考える。
広がる青空、陽射しが心地いい。
しかし家を出た時に比べて雲が多くなっていた。
空の三分の一を覆っている。
その空に重なるように、公園の木の枝が広がっていた。
あちこちに伸びる枝は、まるで蜘蛛の巣のよう。
三月の中旬ということもあって、少しずつ葉を付けていた。
風が吹く度、その葉っぱが揺れている。
枝もしなって、これでもかとグイングインと揺れて・・・・、
「・・・・・・・・。」
なんだろう・・・・おかしな揺れ方をしている枝がある。
風に吹かれて揺れるのではなく、自ら勝手に動いているような感じだ。
《・・・・ああ、俺はアホだな。探し物は近くにあるってさっき反省したばかりなのに。》
俺は枝から目を逸らす。
そしてボソボソとマリナに話しかけた。
「見つけたよ・・・・。」
「うそ!」
「し!声が大きい・・・・。」
「ごめん・・・。で、どこ?」
俺は目線だけ上に動かす。
マリナは「なるほど・・・」と頷いた。
「俺たちが気づいたってことに、向こうはまだ気づいてない・・・・。」
「なら絶好のチャンスじゃない・・・・。」
「そうなんだけど、あそこまで手が届かない・・・・。登っていったらバレるだろうし・・・・。」
「ふふふ・・・。」
「どうした?」
「私を投げて・・・・・。」
「はい?」
「あそこまで投げて・・・・。」
「投げるって・・・落ちたら怪我するぞ・・・・。」
「地面に落ちる前に受け止めて・・・・。」
「いや、でも危ないんじゃ・・・・、」
「絶対に捕まえてみせる・・・・。だから悠一も私を受け止めて・・・・。」
マリナは本気だ。
やる気満々の目になっている。
・・・・確かにこれはチャンスだ。だったらここはマリナを信じるしかない。
「分かった・・・じゃあ三つ数えたらいくぞ・・・・。」
「OK。」
首に巻いたマリナを腕に持つ。
そして・・・・・、
「いち・・・に・・・・さん!」
思いっきり真上に放り投げる。
すると不自然な動きをしていた枝は、「ぎゃッ!」と悲鳴を上げた。
慌てて逃げようとするが、時すでに遅し。
マリナは奴の尻尾を咥えていた。
「痛だだだだだ!」
必死に枝にしがみついて耐えている。
しかし重さに負けて、ズルズルっと落ちそうになっていた。
「ちょ、離せ!」
雲梯にぶら下がるみたいに、枝に掴まってぶらんぶらん揺れている。
するとマリナはトドメとばかりに、鋭い爪を突き立てた。
「ぎゃああああああ!」
鎌のように湾曲した爪が、奴のお尻をガッチリ掴む。
「ちょ、タンマタンマ!」
痛みに耐えかねたのか、遂に枝から手を離した。
俺は腕を広げ、落ちて来る二匹を受け止めた。
「よくやったマリナ!」
褒めてやると、ニコっと笑い返してきた。
「私もやる時はやるでしょ?」
「ああ、お見事だった。」
前足をこれでもかと突っ張って、自慢気に胸を張っている。
「クソ!捕まってたまっか!」
マリナの爪が離れた瞬間、奴は慌てて逃げ出そうとした。
「甘いわ!」
イグアナの長い尻尾がしなり、奴の首に巻き付く。
「ぐぇ・・・・、」
「またお尻を引っ掻かれたくなかったら大人しくしなさい。」
そう言って鋭い爪を向けると、「やめろ!」と怯えた。
「ケツに穴が空く!」
「元々空いてるじゃない。」
「これ以上増えたら困るって言ってんだ!」
そりゃ確かに困るだろう。
どこから糞が出てくるか分からない。
マリナはまだ爪を見せつけている。
俺は「どうどう」と宥めた。
「もう充分だ。」
これ以上脅してはさすがに可哀想である。
マリナを足元に降ろして、哀れなハクビシンを安心させてやった。
「悪いな、手荒な真似をして。」
「ほんとだぜまったく・・・・あんなもんで引っかきやがって。」
泣きそうな目でお尻をふーふーしている。
「さっきのリーゼント兄ちゃん、やっぱり君だったんだな。」
「よく見破ったな。」
「ツクネちゃんが心配してるぞ。彼女の所に戻ろう。」
「へ!姉貴が心配なんかするかよ。」
露骨に嫌な顔を見せる。
「君ん所は兄弟仲が悪いのか?」
「兄弟っつうか、あの家そのものが嫌なんだよ。」
「どうして?」
「しつこいからだよ!俺に跡を継げって!」
「君の実家って神社なんだよな?」
「ボロっちい所さ。お参りに来る奴なんざほとんどいねえ。」
「でも実際にピンチなんだろ?賽銭泥棒のせいで。」
「らしいな。」
「ツクネちゃんはそれを心配してるんだよ。このままじゃ借金のカタに土地ごと持っていかれるって。」
「いいじゃねえか、あんなボロい神社どうなっても。どうしてもっていうんなら姉貴が継げばいいんだしな。」
「それは君の家庭の事情だからどうこう言えないよ。」
「じゃあ見逃してくれよ。」
「それは出来ない。だって俺は依頼を受けた身だからな。ツクネちゃんに引き渡さないと。」
チェリー君を抱えたまま公園を出ていく。
すると「おい!」と叫んだ。
「三輪車を置いてくなよ!」
「あれって愛理ちゃんのだよな?どうして君が持ってるんだ?」
「くれたんだよ。」
「くれた?」
「深い絆ってやつさ。俺と愛理は兄妹みたいなもんだからな。『これあげる!』ってくれたわけさ。
大事な妹から貰ったもんだ、大事にしなきゃいけねえだろ?」
「なるほど・・・・それで三輪車を置いて逃げなかったわけか。」
意外と義理深い性格のようだ。
するとマリナが「あれも忘れてるわよ」と言った。
「悠一、返してあげれば?」
「そうだな。」
ポケットを漁り、純金のバッジを取り出す。
「これ、君のだろ?」
チェリー君は「返せ!」と奪い取った。
「テメエこの野郎!いつ盗みやがった!?」
「盗んでなんかないよ。マリナが拾ってくれたんだ。」
「拾う?」
「マリナを抱っこした時に落ちたみたいでな。」
「じゃあすぐに返せよ!」
「返す前に逃げたじゃないか・・・・。」
チェリー君は「よかったあ・・・」とホッとしている。
「こいつがなきゃえらい事になるとこだったぜ。」
「それも愛理ちゃんから貰ったのか?」
「いや、パクった。」
「ぱ、パクる・・・?」
「だって金で出来てんだぜ。売ればいい金になると思ってよ。」
「ヤクザから物を盗むなんて・・・・後でどうなっても知らないぞ。」
怖い物知らずとはこの事だ。
彼の身の安全の為に、このことは胸にしまっておこう。
「じゃあ今度こそツクネちゃんの所に行こう。」
マリナを首に巻き、三輪車を抱える。
とりあえずいったん家に帰って、それから彼女に連絡しよう。
マリナとチェリー君と三輪車を抱えたまま、公園を後にする。
するとその時、空から黒い何かが迫ってきた。
「うおッ・・・・、」
咄嗟にしゃがんだけど、黒い何かはまた襲いかかってきた。
「カラス!?」
なぜか分からないけど、公園を出た途端にカラスが飛びかかってくる。
「なんだよいったい!」
慌てて逃げようとすると、目の前にもカラスが・・・、
後ろへ引き返すが、なんとこっちからも襲いかかってきた。
間一髪、身を捻ってかわす。
「危な・・・・、」
冷や汗を掻いていると、マリナが「見て!」と叫んだ。
「私たち囲まれてるみたい。」
なんと公園の外には大勢のカラスがいた。
電柱に、空に、そして道路にまで・・・・、
「な、なんなんだいったい・・・・、」
おそらく三十羽はいる。
これだけの数に囲まれるとさすがに怖い・・・・。
「どうしてこんなにカラスが・・・・。」
もし一斉にかかって来られたら逃げ切れない。
じりじりと公園へ後ずさりしていると、チェリー君が「やいテメエら!」と叫んだ。
「ほんっとにしつこい奴らだな。」
そう言ってカラスたちを睨みつけた。
「これは俺のもんだ。いい加減諦めろ!」
牙を剥いて威嚇している。
すると一羽のカラスが目の前に飛んできた。
「それは俺たちが拾ったもんだ。返してもらおうか。」
「馬鹿言うない!これは俺のもんだっつてんだろ!」
「証拠は?証拠はどこにある?」
「俺はハコワレ組って所にお世話になってたんだ。こいつはそこの代紋なんだよ!」
そう言ってビシっとバッジを見せつけた。
その瞬間、カラスはパクっとそれを咥えた。
「あ・・・・、」
「獲物は取り返した。」
「おい返せ!」
カラスたちはバサバサと飛び立っていく。
チェリー君は「待てよこの野郎!」と追いかけた。
「おい!また逃げる気か!?」
「うるせえ!あれがなきゃ困るんだよ!」
「俺も君を連れて帰らないと困るんだよ!」
「テメエの事情なんざ知ったことか!」
飛び去るカラスを追いかけて、チェリー君は猛ダッシュしていく。
ここで逃がしてはツクネちゃんに合わせる顔がない。
なんとしても捕まえないと・・・・・・と思っていると、チェリー君は突然引き返してきた。
「おいイグアナ!」
「え?わたし?」
「ちょっと俺に付き合え。」
「付き合えって・・・・、」
「いいから!」
チェリー君は「とおりゃ!」とジャンプする。
そして空中で一回転すると・・・・、
「ほら行くぜ!」
「ちょ・・・待ってよ!」
リーゼント兄ちゃんがマリナを奪い去っていく。
「悠一いいいいいいい!」
マリナの悲鳴がこだまする。
いきなりのことで、俺はキョトンと固まっていた。
彼が人間に化けたことにじゃない。
俺が固まったのは・・・・、
「なんでマリナを連れ去るんだ?」
わけが分からずにポカンとする。
イグアナを連れ去って何の意味が・・・・、
「悠一いいいいいいいい!」
「・・・・とりあえず追いかけるか。」
ハクビシンのままなら逃げられるだろうが、人間に化けている今なら追いつける。
「待ってろマリナ!」
俺もダッシュで追いかける。
抱えた三輪車がすごい邪魔だった。


          *


「助けえええええええ!」
イグアナが悲鳴を上げている。
なぜかって?
リーゼントの兄ちゃんに抱えられて、電柱の上に連れていかれたからだ。
「おい!マリナをどうするつもりだ!?」
チェリー君は一瞬だけ振り向き、不敵に笑った。
「あいつ・・・何を考えてやがる。」
ここは先ほどの公園からかなり離れた所にある工場跡地だ。
オンボロの車が放置され、地面は砂利と草で荒れ放題。
傍を通る道路の向こうには田んぼがあり、高い電柱が並んでいる。
チェリー君はそのうちの一つによじ登っていた。
このままではマリナがピンチである。
「おいチェリー君!マリナを返してくれ!」
何度も叫ぶが無視される。
《こうなったら登って捕まえるしか・・・・。》
俺は高い所が苦手である。
ましてや電気が流れている所になんて登りたくない。
しかしここは飼い主として意地を見せないといけない場面だ。
「マリナ!今行くからな!」
ガシっと電柱にしがみつく。
しかし・・・・・、
「ダメだ・・・・。」
真っ直ぐ伸びる太い棒を登るには、けっこうなパワーがいる。
残念ながら俺の筋力では上まで行けない。
「悠一いいいいいい!」
泣きそうになるマリナ。
チェリー君は電柱のてっぺんに立って、じっとどこかを見つめていた。
《何してんだ?》
彼の視線の先を追ってみる。
すると・・・・、
「あれは・・・・ハンガー?」
電柱の上、電線を支える細い棒が二つ伸びている。
その先っぽの方にたくさんのハンガーが絡まっていた。
「あれってもしかして・・・・・、」
じっと睨んでいると、一羽のカラスが飛んできた。
「ここに近づくんじゃない!」
そう叫んでチェリー君の頭を蹴飛ばす。
「やっぱり・・・ありゃカラスの巣だ。」
カラスは電柱の上に巣を作ることがある。
通常は樹上に営巣するのだが、看板や電柱、それに送電線鉄塔など、高い場所なら人工物でも営巣地になることがある。
そのせいで電線がショートして、停電の原因になることもあるのだ。
巣の材料は木の枝がメインだが、たまにハンガーや針金などを使って作ることもある。
《あいつどうしてカラスの巣になんか来たんだ?》
不思議に思ったけど、すぐに謎が解けた。
「近づくなって言ってんでしょ!」
カラスは執拗に攻撃をしかける。
上昇しては急降下して、チェリー君の頭を蹴飛ばしていた。
カラスがここまで攻撃的になる理由は一つしかない。
《卵があるんだ。》
カラスの繁殖は春から夏にかけてである。
他の鳥よりも少し早めに繁殖を行うのだ。
そして繁殖期のカラスは気が立っている。
雛や卵を守ろうとする為、巣に近づく者には容赦なく攻撃を仕掛けるのだ。
《今は三月の中旬だから、雛が孵るには早い。きっと卵を守ってるんだろうな。》
何度も何度もチェリー君の頭を蹴飛ばしている。
しかし彼は退かない。
その代わりマリナを高く持ち上げた。
「おい!何する気だ!?」
まさか落とすつもりか?・・・・と思ったが、そうではなかった。
「バッジを返せ!」
マリナを掲げながら、カラスに向かって吠える。
「あれは俺のもんだ!今すぐここへ持ってこい!」
「何を言ってんだあいつ・・・・、」
バッジを奪ったカラスはどこかへ飛んでいったじゃないか。
なのにどうしてここのカラスに文句を言うんだろう?
「もし返さなかったらこいつを巣に投げ込むぞ!」
そう言ってマリナを投げるフリをする。
「いやああああああ!」
「マリナ!」
このままでは本当に投げ落とされる。
そう思った時、カラスは「待って!」と叫んだ。
「そこには卵があるのよ!」
「分かってる。だから投げ込むんだ。」
「あんた・・・・さてはこの前のハクビシンね?」
カラスは巣の上に舞い降りる。
「あんた霊獣なんでしょ?人間に化けてるんでしょ?」
「そうだ。お前の旦那が奪ったバッジを奪い返しにきた。」
「奪い返すって・・・この前奪っていったじゃない!」
「また奪われたんだよ!こいつを投げ込まれたくなかったら、さっさと旦那を呼んでこい!」
「この卑怯者!自分じゃ敵わないからって、イグアナを投げ込もうとするなんて!」
「仕方ないだろ。電柱の上じゃハクビシンよりカラスの方が有利だからな。
かといって人間に化けたままだとそこまで行けそうにない。」
そう言って電柱から伸びる細い線を睨む。
確かに人間のままだと先っぽまで行くのは危険だ。
カラスに攻撃されたら落っこちるだろう。
《なるほど・・・それでマリナをさらっていったのか。》
マリナはグリーンイグアナという種類である。
体長は40センチ強といったところだ。
あんなデカいトカゲを投げ込まれたら、カラスとしてはたまったもんじゃないだろう。
要するに卵を人質にして、バッジを返してもらおうとしているのだ。
「こいつは肉食だぞ!すごい獰猛だから卵は食われちまうぞ!」
「やめて!」
「見ろこの鋭い爪を!牙だって鋭いぞ!カラスなんかじゃ敵わないぞ!」
また投げるフリをすると、カラスは慌てて空に逃げた。
「卵を守りたいならバッジを返せ!でないとこいつが全部食っちまうぞ!!」
これでもかと脅している。
はっきり言おう・・・・チェリー君の言っていることは間違いである。
なぜならグリーンイグアナはほぼ植物食だ。卵は餌に入らない。
それにマリナは獰猛ではない。
戦えばカラスくらい追い払うだろうが、性格は温厚なのだ。
獰猛なのは繁殖期のオスであり、素手で持ったら血まみれになることもある。
マリナが大人しい奴だからこそ、ああして素手で持つことが出来るわけで・・・・、
「いい加減離してよ!」
「ぎゃあ!」
思いっきり噛みつくマリナ。ついでに鋭い爪を突き立てた。
「痛だだだだだ!」
「この指食い千切ってやるわ!」
「ぎゃあああああ!」
意外と獰猛だった・・・・いつもは大人しいのに。
まあ状況が状況だから、パニックになっているだけかもしれないけど。
チェリー君の手から赤い血が流れる。
見てるとこっちまで痛くなってきた。
「離せ!」
痛みに耐かねたのか、手を振ってマリナを落とす。
「危ない!」
慌てて駆け出し、間一髪受け止めた。
「大丈夫か!?」
「悠一いいいいい・・・・、」
ガバっと抱きついてくる。
「よしよし」と背中を撫でてやった。
「怖かったな。」
「怖いなんてもんじゃないわよ!あのイタチもどきめ!」
キっと睨んで、「降りて来なさい!」と叫んだ。
「マジでお尻の穴を増やしてやるわ!」
鋭い爪を見せつける。
するとカラスも戻ってきて、また攻撃を始めた。
「イグアナがいないんじゃ怖くないわ!」
「ぐおッ・・・・やめろ!」
バシバシと頭を蹴られている。
カラスの攻撃は容赦がなく、チェリー君は「ぬわ!」とバランスを崩した。
しかしどうにか電線にしがみつく。
「しぶといわね!」
卵を危険に晒されたカラスの怒りは止まらない。
電線にしがみつくチェリー君の手に、ブスブスっとクチバシを突き刺した。
「ぎゃあああああ!」
マリナにやられて血まみれになった手に、カラスのクチバシが襲いかかる。
このままでは落っこちるのも時間の問題だ。
「チェリー君!謝れ!カラスに謝るんだ!」
「だ、誰が謝るかボケえ・・・・、」
「落ちたら怪我するぞ!」
「うるせえ!カラスごときに頭を下げられるか!」
必死に電線にしがみつきながら、「腐っても霊獣だ!」と叫んだ。
「ただの獣に負けるかよおおお!」
グインと身体をしならせて、体操選手みたいに大車輪を決める。
すると次の瞬間、ハクビシンの姿に変わっていた。
「チャンス!」
カラスはトドメとばかりに襲いかかる。
チェリー君はサッと攻撃をかわして、電線を伝って逃げていった。
「俺は諦めねえ!また来るからな!」
「二度と来んな!」
カラスは羽を立ててファックする。
俺とマリナはポカンとそれを眺めていた。
《なんなんだいったい・・・・。》
いきなりわけの分からないことに巻き込まれ、気がつけばまた逃げられていた。
「・・・・・今日は帰るか。」
「そうね。」
チェリー君は遥か遠くへ去っていく。
しかし俺たちは慌てない。
なぜなら足元にはあの三輪車があるからだ。
《これ大事にしてたからな。また必ず取り戻しに来るだろう。》
彼をおびき寄せるにはいい餌になる。
マリナを首に巻き付け、三輪車を抱え、電柱を後にした。
すると先ほどのカラスが追いかけてきて、「あいつをどうにかして!」と叫んだ。
「あんた知り合いなんでしょ?」
「知り合いっていうか、知り合いの弟って感じだな。」
「どっちでもいいわ!また来られたらたまったもんじゃない。」
「チェリー君との会話を聴いてたけど、君の旦那さんがバッジを奪ったんだって?」
「拾ったのよ!道端に落ちてたの。」
「でもあれは元々チェリー君のもんだぞ。素直に返してやればいいじゃないか。」
「落とし物は拾った者のもんよ。」
「いやいや、落とし主のもんだろ。」
「野生の世界ではそうなの。」
「そう言われたら何も言い返せないよ。でもバッジを持ってる限りまたやって来ると思うぞ。」
「だからそれをどうにかしてって言ってるのよ!」
カーカー喚きながら怒る。
これ以上頭に血が上ると、俺たちまで攻撃してきそうだった。
「気にしなくても捕まえるよ。それが仕事なんでな。」
「いつ?」
「今月中には。」
「そんなの遅いわ。今すぐどうにかしてほしいの。でないといつまた卵が狙われるか・・・・。」
電柱を見上げ、「危うくそのイグアナに食べられるとこだったわ」と怯えた。
「ちょっと、私は卵なんて食べないわ。」
「嘘ばっかり。そんな恐竜みたいな見た目のクセに。」
「私はお淑やかなイグアナなの。恐竜なんかと一緒にしないでちょうだい。」
今度はマリナが怒っている。
確かにイグアナと恐竜は別の生き物だ。
ていうか鳥の方がよっぽど恐竜に近い。
だって恐竜が進化した姿が鳥なんだから。
「悠一。」
マリナがムスっとした顔で振り返る。
「今からあの子を捕まえに行きましょ。」
「捕まえるって・・・・どこ行ったか分からないんだぞ?」
「私たちだけならね。でも彼女にも協力してもらえば・・・・ね?」
カラスを振り向いて、「力を貸してよ」と言った。
「あなた達が空から捜してくれたら、私たちが捕まえてあげるわ。」
「ほんと!?」
「だって私たちは動物探偵だもの。困った動物を助けるのが仕事なのよ。ね、悠一。」
「まあな。手を貸してくれたらこっちも助かる。」
「OK!ならあいつが行きそうな場所まで案内してあげる。」
「案内って・・・・心当たりがあるのか?」
「もりもりセンターってところよ。」
「え!あそこに?」
カラスは空へ舞い上がり、「ついて来て!」と言った。
「ちょっと待った!」
「なに?」
「もりもりセンターなら知ってる。案内してもらわなくても平気だよ。」
「そう?」
「それに卵をほっとくのは良くないだろ。」
「ちょっとくらい平気よ。」
「また誰かに狙われるかもしれないぞ。」
「・・・・それもそうね。」
カラスは巣へ戻っていく。
「あいつは多分もりもりセンターにいるはず。もしいなかったらまたここへ来て。仲間のカラスに頼んで、あんた達に手を貸すように頼んであげるから。」
「ありがとう、助かるよ。」
踵を返し、もりもりセンターへ向かう。
ちょっと距離があるけど、走っていけばそう時間はかかるまい。
息を切らしながらマラソンと決め込んだ。
「はあ・・・・はあ・・・・今日は走ってばっかだ。」
息が上がる頃、もりもりセンターへと戻ってきた。
するとまたカラスの群れがいた。
まるで見張るように建物を囲んでいる。
「何してんだろう?」
じっと見上げていると、一羽のカラスが飛んできた。
「おい人間。」
「なんだ?」
「さっきのハクビシン、あんたのペットか?」
「まさか。」
「そうか・・・。」
「なんだよ、残念そうな顔して。」
「バッジを奪われた。」
「また!?」
「巣に帰る途中、電線を走って来るあいつとで出くわしたんだ。」
「実はチェリー君はさっきまでカラスの巣にいて・・・・、」
「知ってる。しかも卵を盗んだって言ってた。」
「盗む?いや、そんなことはしてないはずだけど・・・、」
「そいつを返してほしかったら、バッジを寄こせと脅されてな。」
「・・・・・それで?渡したのか?」
「ああ。けどバッジを渡したあとこう言いやがった。『嘘だよ〜ん!まんまと引っ掛かってやんの!』って。」
「・・・・・・・・。」
「俺はキレた。何度も何度も蹴っ飛ばしてやった。電線から落っことしてやろうと思って。」
「うん、まあ・・・・そりゃキレるよな。」
「あいつは慌てて逃げ出した。今は建物の中に隠れてる。」
カラスは悔しそうに言う。
イライラしているのか、カチカチとクチバシを鳴らした。
「もしあんたが飼い主なら、中へ入って捕まえてもらおうと思ったんだがな。違うなら仕方ない。」
そう言ってもりもりセンターの上へと飛んでいった。
おそらく待ち伏せするつもりなのだろう。
中から出てきたところへ襲いかかるに違いない。
「・・・・行くかマリナ。」
「ええ。」
再びもりもりセンターへ入る。
すると職員の人たちが慌ただしく駆け回っていた。
「あの・・・・何かあったんですか?」
「天井裏で動物が暴れてるのよ!」
「動物が・・・、」
「さっき窓から入ってきたの。みんなで捕まえようとしたんだけど見失っちゃって。
その後に天井から暴れてるようなが音が聴こえてきたのよ。」
「でも暴れるっていったいどうして?」
「分かんないわよ!けど暴れられたら困るの。だって天井裏には電線のコードとかが走ってるから。
もし齧られたりしたら漏電しちゃう。」
困った様子で言いながら、「保健所に連絡した方がいいかしら・・・」と去っていった。
さっき職員さんが言ったことは、あちこちでよく起きている問題である。
電柱のカラスの巣、イタチやハクビシンによる漏電。下手すれば火事になりかねない。
海外だとビーバーが庭の木を齧り倒したりと、動物と人間の軋轢は至るところで起きているのだ。
人間社会に降りてくる動物が悪いのか?
それとも環境破壊を繰り返してきた人間の自業自得なのか?
自然保護の重要なテーマではあるが、今はそれを考えている場合じゃない。
「俺も手伝います!」
さっきの職員さんを捕まえて、動物探偵の名刺を渡す。
「気持ちはありがたいけど、お金を取るんでしょ?上に相談しないとこういう事は決められないんだけど・・・・、」
「いえ、お金は別の人から貰っていますから。」
「別の人?」
「ええっと・・・天井で暴れてる奴の飼い主に。」
そう言って上を指さした。
「じゃあ無料ってこと?」
「ええ。」
「お願い!すぐ捕まえて!」
グイっと背中を押されて、奥の部屋へ連れて行かれる。
そこにはさっきのお婆ちゃんがいて、「瀧君・・・・」とウットリしていた。
《まだ妄想に浸ってるのか・・・・。》
本当に感性の豊かなお婆ちゃんだ。
「さ、さ!あそこの脚立から登って!」
囲碁や将棋を楽しむ老人の間を抜けて、脚立に足を掛ける。
天井の一部がポッカリと空いていて、その奥は真っ暗だ。
「あれ、壊したんですか?」
「だって他に入れそうな場所がないから。」
「今は誰も・・・・、」
「入ってない。」
「どうして?」
「怖いから。」
「ええっと・・・・、」
「だって動物が暴れてるのよ?噛まれたりしたらどんな病気に罹るか。」
「そうですけど・・・・、」
「それにけっこう狭いのよ。這いつくばってじゃないと進めないし。」
「とにかく中を見てみます。」
脚立を登り、天井裏を覗く。
「真っ暗だな。」
スマホのライトを点けて、辺りを探ってみた。
「う〜ん・・・・分からん。」
建物を支える柱があちこちに伸びている。
それに幾つも配管が伸びていて、くまなく見渡すことは無理だった。
「狭いけど入るしかないな。」
脚立の天板まで登って、天井裏に這い進む。
するとマリナが「私が行くわ」と言った。
「お前が?でも天井は苦手なんじゃ・・・・、」
「こういう時の為について来たんじゃない。」
「そういえばそうだったな。」
「だけどもし怖くて動けなくなったら助けに来て。」
「本当に大丈夫か?」
マリナは俺の頭を踏み台にして、天井裏へ登っていく。
「悠一を信じてるから。」
「ん?」
「私が天井裏に閉じ込められてた時、助けてくれたでしょ。」
そう言い残し、真っ暗な中に消えていった。
《そういえばあの時も似たような状況だったな・・・・。》

勇気のボタン〜空っぽの賽銭箱〜のイラスト(5)

  • 2018.03.29 Thursday
  • 14:25

JUGEMテーマ:イラスト

 

 

 

     チェリー君

勇気のボタン〜空っぽの賽銭箱〜 第七話 天井のイグアナ(1)

  • 2018.03.29 Thursday
  • 14:22

JUGEMテーマ:自作小説

午前四時、安眠を切り裂くようにノックの音がした。
「誰だよ・・・・。」
何度も何度もコンコンコンコンとうるさい。
そのうちドンドンドンドン!と大きな音に変わった。
「はいはい・・・出ますよ・・・・。」
こんな時間に何考えてんだ。
もし何かの勧誘だったら怒鳴りつけてやろうと思った。
「なに?」
不機嫌度MAXでドアを開ける。
するとそこには・・・・、
「おはようございます。」
「ツクネちゃん!?」
俺より不機嫌な顔をしながら立っていた。
これでもかと眉間に皺が寄っている。
「どうしたの?こんな時間に・・・・、」
「逃げられました。」
「へ?」
「チェリーに。」
「逃げられたって・・・・どういうこと?」
「そのまんまの意味です。」
「・・・・・・・・。」
俺も眉間に皺が寄る。
《こんな時間に来るなよ》っていう苛立ちと、吹き抜ける冷たい風のせいで。
季節は三月の中頃、だんだんと暖かくなってきたけど、早朝はまだまだ冷気が残っている。
「あの・・・長引きそうなら中に入る?」
「いえ、すぐすみますから。」
そう言ってビシっと背筋を伸ばした。
「もう一度依頼をお願いしたいんです。」
「え?」
「私だけじゃ無理です。お願いします。」
ペコっと頭を下げる。
そしてリュックから封筒を取り出した。
「これ、依頼料です。」
「いや、ええっと・・・・、」
「他にも色々当たってみたんですが、動物と話せる人なんて有川さんくらいで。」
「そうだろうね・・・・。」
「超能力が使えるって探偵さんもいたんですけど、あまりにショボすぎる能力だったんで断りました。」
「へえ・・・。ほんとにいるんだね、そういう人。」
「頼れるのは有川さんだけです。引き受けてくれませんか?」
「・・・・・・・。」
差し出された封筒を睨む。
《これ、この前俺が渡した封筒そのままじゃないか。》
どうやら使わずに持っていたらしい。
彼女の顔を見ると、さっきより怖い表情になっていた。
《なんでそんなに怒ってんだろう・・・・。》
チェリー君に逃げられたことが悔しいのか?
それとも恥じを偲んで頼むのが嫌なのか?
どっちか分からないけど、俺はその封筒を受け取った。
「分かった、もう一度手伝うよ。」
そう言った瞬間、急に表情が変わった。
ていうか・・・・、
「あ、あの・・・なんで泣くの?」
「だって・・・・断れたらどうしようって思って・・・・、」
俯きながら、腕でゴシゴシと涙を拭っている。
「このままじゃ家が潰れるから・・・・、」
「実家が神社なんだよね?」
「そうです・・・・。」
「賽銭泥棒のせいで収入が激減してるって言ってたけど、そんなにヤバい状態なの?」
「今月中に借金を返さないと、土地ごと持っていかれるんです・・・・。」
「そりゃあ・・・辛いね。」
「私も両親も頑張ってるんだけど、全然泥棒を捕まえられなくて・・・・。」
「可哀想に。」
「でもチェリーなら・・・・あの子なら捕まえられるかもしれない・・・・。」
「彼、ちょっと変わった霊獣なんだろ?確か・・・・、」
「ええ、秘獣です。」
世の中には変わった獣がいて、ツクネちゃんのように人間に化けられる奴がいる。
他にもキツネとかタヌキとか猫とか、人に化ける獣は多い。
俺が少し前までバイトをしていた銭湯はお稲荷さんが経営しているし、弱々しいガキだった俺を鍛え上げてくれたのは猫神という霊獣だ。
そして俺の婚約者であるマイちゃんも化けタヌキである。
今は理由あって里帰りをしているが、来年の今頃には戻って来てくれるはずだ。
そんな変わり者たちに縁があるせいで、霊獣という生き物にちょっとばかし詳しい。
霊獣には三つのランクがあって、神獣、聖獣、霊獣と分かれている。
最も力が強くて霊格が高いのが神獣、その次に力を持っているのが聖獣、そして一番下が霊獣という具合である。
ちなみに霊獣という言葉は、不思議な力を持った獣の総称でもある。
そして今挙げた三つのランクの他にも分け方があるのだ。
その霊獣の在り方である。
俺の婚約者は幻獣という珍しい種類である。
大きな力を持つ反面、穢れに弱い。
他にも残忍な性格の魔獣や、根は良い奴なんだけどイタズラ好きの妖獣、年中エロいことばっか考えている淫獣など、色んな奴がいる。
そして色んな獣がいる中に、秘獣という種類がいるのだ。
こいつは他の霊獣にはない特殊な力を秘めている。
いわば超レアな霊獣ということだ。
「彼は特殊な力があるんだよね。それを使えば賽銭泥棒を捕まえられると?」
「そうです・・・・。」
ズビビっと鼻をすすり上げ、袖でゴシゴシと拭いた。
「手伝うよ、一緒に捜そう。」
そう言って手を差し出すと、「ありがとう・・・」と握りった。
「これ、私の連絡先です・・・・。」
電話番号とアドレスが書かれたメモを渡してくる。
「私は今から捜しに行きます・・・・。」
「まだ朝の四時だよ?もうちょっと陽が昇るまで待ったら・・・、」
「御心配なく。これでも霊獣ですから。」
思いっきり鼻水を啜り上げて、いつもの表情に戻る。
「また後で会いに来ます。それじゃ。」
「う、うん・・・気をつけて。」
さっきまで泣いていたのが嘘のように勇ましい足取りだ。
未だにキャラの掴めない子だけど、きっと芯は強いのだろう。
「寒い・・・・。」
ブルっと震えながらドアを閉める。
時刻はまだ午前四時。
もうひと眠りしようとした時、足元に何かが当たった。
「うおッ・・・・、」
慌てて飛び退くと、そこには眠そうな顔をしたイグアナがいた。
「マリナ、起きてたのか?」
「だってドアを開けっぱなしにするんだもん。寒くて寒くて。」
「おお、すまんすまん。」
抱っこして温めてやる。
「いつも言ってるでしょ、私は変温動物なんだから寒さは苦手だって。」
「悪いな、エアコン点けてやるから。」
ピっとリモコンを押して、温風が出てくるのを待つ。
「・・・ああ、生き返るわあ。」
ウットリと目を閉じている。
「じゃあ俺はもうちょっと寝るから。」
温風の当たりやすい棚の上に置いて、布団へと潜り込む。
「ねえ悠一。」
「ん?」
「またチェリー君を捜すんでしょ?」
「ああ、脱走したみたいでな。」
「私も手伝いましょうか?」
「う〜ん・・・気持ちはありがたいけど・・・・、」
「分かってるわ、私は足手まといだって言いたいんでしょ。」
「そんなことは・・・・、」
「いいのよ、変温動物の私は寒いとロクに動けないから。」
「ていうか寒いと堪えるだろ。病気になっても困るし。」
「寒いのは苦手よ。でも寒くないなら大丈夫。」
「そりゃ日中は暖っかいかもしれないけどさ、もし曇ってきたら・・・・、」
「今日は一日中晴れよ。」
「いや、でもなあ・・・・、」
「どうせ私は足手まといよ。動きそのものが鈍いから。」
「だからそうとは言ってないけど・・・・、」
「でもね、今回は私が役に立つかもしれないわよ?」
そう言ってなぜか流し目を寄こしてくる。
イグアナの中では美人(自称)らしいので、容姿に自信があるのだ。
「なんでそう言えるんだ?」
「だってチェリー君、屋根裏が好きだったでしょ?」
「ああ、転々としてたらしいな。」
「だったらきっとどこかの屋根裏に隠れてるはずよ。」
「可能性は高いな。」
「そういう場所なら私が活躍できるわ。だってマサカリは太り過ぎて狭い場所は無理だし、モンブランはすぐに喧嘩しちゃうし。
それにチュウベエは逆に食べられちゃうかも。」
「冷静な分析だな。」
「けど私なら大丈夫。狭い屋根裏でも自由に動けるし、モンブランと違ってお淑やかだし。
それにハクビシンに食べられるほどヤワでもないしね。」
「一理あるけど・・・・、」
「体温さえ下がらなきゃ平気よ。だから今回のお供は私で決まり。」
自信満々な目で見下ろしてくる。
どうやら何がなんでもついて来るつもりらしい。
《どうしよう・・・寒い場所だとコイツは本当に動けなくなるからな。》
もし屋根裏で身動きが取れなくなったら大変だ。
大変なんだけど・・・・、
「いいぞ。」
「ほんとに?」
「もし屋根裏に潜んでたらマリナが一番活躍してくれるだろうから。」
「さすがは悠一!話が分かるわ。」
「でも無理はするなよ。」
「分かってるわ。」
「それと万が一に備えてこれを装着してもらう。」
タンスの中からカイロを取り出す。
「モンブラン用のセーターにこいつを取りつける。それなら寒い場所でも平気だろ?」
「イヤよそんなブサイクなの付けるなんて。」
プイっとそっぽを向きやがる。
俺はシャカシャカっと振ってから、「ほれ」と当ててやった。
「あら温っかい。」
「だろ?」
「こんなに良い物があるのに、どうして今まで教えてくれなかったの?」
「イグアナにカイロを使うって思いつかなくて。」
「ダメよお常識に囚われてちゃ。常識を打ち破ってこそ成功者になれるんだから。」
偉そうなことをホザきながら、「これいいわあ」とウットリしている。
「仕事に行く時は起こして。」
目を閉じ、すやすやと眠りについてしまった。
「大丈夫かな・・・・。」
寒がりなクセにどうして出掛けたがるのか?
もし俺がマリナの立場なら、一日中コタツの中で寝ているだろう。
「ああ、極楽・・・・・。」
なんと嬉しそうな顔をしているんだろう。
宝物のようにカイロを抱えていた。


          *


ドアを開けると空は快晴だった。
ポツポツと雲が流れているが、雨が来そうな気配はない。
「ね、今日は晴れだって言ったでしょ。」
俺の首の巻き付いたマリナがニコッと笑う。
腕に抱いたカイロを見つめながら、「これ必要ないわね」と言った。
「返すわ悠一。」
そいつを受け取った俺は、肩掛け鞄の中にしまった。
「天気が崩れるかもしれないからな。いちおう持って行こう。」
部屋の中を振り返り、「留守番頼むぞ」と言った。
動物たちは気の抜けた声で返事をした。
「今日お供をするのは私だけなのね。」
「マサカリは腹の調子が悪いんだとさ。」
「食べ過ぎるからよ。」
「モンブランは午後からデートだって。」
「新しい彼氏できたの?ほんと恋の多いこと。」
「チュウベエはダンスの練習をするって。」
「ダンス?」
「発表会があるんだと。ムクドリと競うらしい。」
「相変わらず変わってるわ。」
「というわけで、今日はお前と俺だけだ。しっかり働こうな。」
アパートの階段を降り、近所の公園へ歩いていく。
ここにはよく野良猫がいるのだ。
野良猫は独自のネットワークを持っていて、地域の色んな情報を共有している。
その子たちに話を聞けば何か分かるかもしれない。
五分ほど歩き続け、目的の公園までやってくる。
「今日は人が多いな。」
子供や親子連れで賑わっている。
「今日は土曜だもの。」
「ああ、そっか・・・・。」
こういう仕事をしていると曜日の感覚が薄れていく。
用事があって銀行に行くと閉まっているなんてよくある話だ。
「ダメよお悠一、ボケっとしてちゃ。曜日くらい覚えておかないと。」
「だな。」
こうも人が多いと野良猫は姿を見せないだろう。
《仕方ない。他を当たるか。》
背中を向け、公園から離れていく。
するとその途中、電動式の車椅子に乗ったお婆ちゃんがいた。
俺たちの前をゆっくり進んでいく。
そして左手にある大きな建物へと入っていった。
学校の校舎ほどもある建物で、中央の入り口を挟んで二つに分かれている。
「ねえ悠一、ここってなんなの?」
「ああ、これ?確かもりもりセンターってやつだよ。」
「なにそれ?」
「お年寄りとか障害を抱えている人とかさ、そういう人達の憩いの場。」
「なんでもりもりって名前なの?」
「銭湯とか将棋倶楽部とか、それに子供用の遊び場とかあるんだよ。
ここへ来る人達に元気もりもりになってもらおうって意味でそういう名前なんだって。」
建物の周りには植え込みがあって、その向こうには窓がある。
中では何人かの老人がダンスをしていた。
「ほら、ああやって身体を動かしたりして、みんなで楽しむんだよ。」
「なるほどねえ・・・。」
なぜか感慨深い目をしている。
「なんでそんなしんみりしてるんだ?」
「だって・・・・、」
「うん。」
「こういうの独居老人っていうんでしょ。」
「ん?」
「身寄りのないお年寄りたちなんでしょ?」
「いや、そうとは限らないんじゃ・・・・、」
「可哀想に・・・・今まで何十年も生きてきて、最後は一人だなんて・・・・、」
「だから独居老人とは限らな・・・・、」
「きっと誰にも看取られずに棺桶に入るんだわ。」
「なんてこと言うんだ!」
何か勘違いしているらしい。
ここへ来る人達は家族がいないわけではないというのに。
「ねえ悠一!」
「なんだ?」
「私たちも力になってあげましょ!」
「え?」
「ここの人たちを笑顔にしてあげるの!」
「笑顔って・・・俺たちは芸人じゃないぞ。」
「芸の一つや二つくらいできるでしょ!モノマネとか腹話術とか。」
「無理に決まってるだろ。」
「私は出来るわよ。ほら見て。」
そう言って白目を剥いて口をパクパクさせた。
「なにやってんだ?」
「佐藤さん家のイグアナの真似。」
「分かるかそんなもん!」
「じゃあこれは?」
目を閉じて口をパクパクさせる。
「今度はどこのイグアナの真似だ?」
「寝てる時のお年寄り。」
「失礼だぞ!」
こいつはチュウベエと違って、悪意がないぶん性質が悪い。
俺は「さっさと行くぞ」と歩き出した。
「ええ!ここの人たちを笑顔にしてあげましょうよ。」
「お前の芸を見せたら怒られるだけだ。」
「そうかしら?けっこう自信あるけど。」
不満そうなマリナを無視して、もりもりセンターを後にする。
するとどこからかたくさんのカラスが飛んできて、グルグルと旋回し始めた。
「見て悠一!カラスがあんなにたくさん。」
「だな。」
「もりもりセンターを囲うように飛んでるわ。」
「きっと縄張りを主張してるんだよ。この辺はトンビが多いから。」
「きっと誰か亡くなったのよ。」
「だから失礼だぞ。」
マリナは切ない目をする。
そして俺の首から飛び降りて、センターの方へ走り出した。
「コラ!勝手に行くな!」
「待っててみんな!私が笑顔にしてあげるから!」
イグアナがシュタシュタと駆けていく。
もし誰かが見たら悲鳴を上げるだろう。
「おい待てって!」
やけに足が速くてビックリする。
きっと陽射しが暖かいせいだろう。
寒いと動けなくなるが、暖かい時はけっこうアクティブになるのだ。
マリナはセンターの入り口へ走る。
ウィーンと自動ドアが開いて、中に入ってしまった。
その数秒後、「きゃああああ!」と悲鳴が響いた。
「言わんこっちゃない!」
俺も慌てて追いかける。
自動ドアを潜ろうとした時、すぐ傍にピンク色の三輪車があるのに気づいた。
《ん?これどっかで見たような・・・・、》
「きゃああああああ!」
《やばい!早く捕まえないと!》
急いで中に駆け込む。
すると・・・・、
「いやああああああ!」
女性が悲鳴を上げている。
傍には白目を剥いて口をパクパクさせるマリナがいた。
「佐藤さん家のイグアナ、似てるでしょ?」
《分かるか!》
ヒョイっと抱き上げて、「すいません!」と頭を下げた。
「散歩させてたら脱走しちゃって。」
女性はまだ悲鳴を上げている。
すると奥の部屋から「なんじゃい?」と人が出てきた。
「人が音楽聴いてる時に騒々しい。」
そう言って出てきたのは、さっきの電動車椅子のお婆ちゃんだった。
不機嫌そうにヘッドホンを外しながら、「うるさいのう」と言った。
「ラッドウィンプスの曲が聴こえんだろが。」
《若いな・・・。》
なかなか感性の豊かなお婆ちゃんだ。
「だ、だって大きなトカゲが・・・・、」
女性は引きつった顔で俺を指さす。
「トカゲ?・・・・ほう、イグアナかいな。」
お婆ちゃんはこっちへやって来て、ツンツンとマリナの鼻をつついた。
「イグアナは大人しいんじゃ、怖がることない。」
「でもそんなに大きいんですよ!下手に触らない方が・・・・、」
「よう人に慣れとる。ゆき子さんもどうじゃ?」
「遠慮しときます!」
女性は慌てて逃げていく。
お婆ちゃんは「こんなに可愛いのに」と肩を竦めた。
「これ、お兄さんのかい?」
「ええ・・・ちょっと逃げ出しちゃって。」
「ちゃんと見とかんと。どっかに連れて行かれちまうぞ。」
「すいません・・・・。」
「ちょっと抱かせてもらってもええか?」
「え?でもけっこう爪が鋭いですよ。」
「いいから。」
ほれほれと手を動かすので、そっと抱かせてあげた。
マリナはまだモノマネをしている。
「ほう、佐藤さん家のイグアナにそっくりじゃ。」
《分かるのかよ!》
なぜかイグアナに詳しいお婆ちゃん。
よしよしとあやしていると、他の人たちも集まってきた。
杖をついたお爺ちゃんや、アフロみたいに髪が爆発したお婆ちゃん。
それに目の見えない人や、ダウン症の子供までやってきて、一気に人気者になってしまった。
「見て見て悠一!みんな喜んでるわ!」
そう言って「寝てる時のお年寄り」とモノマネをした。
《失礼だからやめろ!》
さっさと逃げようと思ったのに、こうも人だかりができては奪い返せない。
マリナはマリナではしゃいでいるし・・・・。
「ほれ、気をつけて持てよ。」
お婆ちゃんはダウン症の子に抱かせている。
《大丈夫かな・・・・。》
マリナは大人しい奴だが、いかんせん爪が鋭い。
それに雑に扱われるのを嫌うので、怪我をさせなければいいが・・・・、
「痛ッ!」
案の定、子供は手の甲から血を流してしまった。
「ごめん僕!大丈夫か?」
慌ててマリナを取り上げる。
子供は「もういっかい」と手を出してきた。
「いや、でも血が出て・・・・、」
「それくらいなんてことないじゃろ。」
お婆ちゃんは「抱かせてやれ」と言う。
「でもまた怪我させたら・・・・、」
「こういうのも勉強じゃ。」
「じゃあ・・・・、」
ゆっくりと子供の腕に乗せる。「大人しくな・・・」とマリナに耳打ちしながら。
「・・・・かわいい。」
子供は後ろを振り向き、ここの職員らしき人に微笑んでいる。
「悠一、私子供は好きじゃないの。」
「分かってる・・・・ちょっと我慢してくれ。」
「もう。」
その後もあちこちに抱かれていくマリナ。
こりゃみんなが一通り楽しむまで終わらないだろう。
少々ウンザリした顔をしているが、自分から言い出したことだ。耐えてもらうしかない。
「悪いのう。」
お婆ちゃんが俺を見て言う。
「散歩かなにかの途中だったんじゃろ?」
「ええ、まあ・・・、」
「もうちょっとしたら返してやるから、辛抱してくれ。」
深い皺が刻まれた手で、ポンと叩く。
「昔イグアナを飼っててな。」
「お婆ちゃんも?」
「天井裏からゴソゴソ音がしてな。こりゃイタチでも棲みついとるんじゃないかと、爺さんが調べたんじゃ。
そしたらなんとデカいトカゲがいやがると言うてな。捕まえてみたらイグアナじゃった。」
「天井裏にイグアナですか。」
「最初は可愛いとは思わんかったが、そのうち愛着が湧いてきてな。爺さんと一緒に面倒みてた。」
「今はそのイグアナは・・・・、」
「ずいぶん昔に死んでもうだ。でも爺さんより長生きしたな。」
懐かしそうに言いながらマリナを見つめている。
「実は俺も天井裏であいつを見つけたんですよ。」
「アンタもかいな?」
「子供のイタズラで閉じ込められてたんです。そのせいで今でも子供が苦手なんですよ。」
「子供っちゅうのはなかなか残酷なことしよるからな。天使と悪魔の両方が住んどるんじゃ。」
「同感です。」
在り来たりなセリフでも、年寄りが言うと含蓄がある。
あちこち回されるマリナだったが、やはり子供の時だけ嫌そうな顔をしていた。
しかしそれもすぐに終わるだろう。
さっきより人が少なくなっているからだ。おそらく飽きたんだろう。
お婆ちゃんもヘッドフォンを装着し、ラッドウィンプスを聴き入っていた。
「瀧君と三葉ちゃんみたいな恋がしたいのう。」
ウットリした目で呟く。
「三葉ちゃんくらいの年頃に戻って、あんなイケメンと入れ替わってみたいわい。
そこから甘酸っぱい恋が始まって・・・・。」
《若いな・・・・。》
もし学生時代のお婆ちゃんと瀧君が入れ替わったら、嫌でも時間がズレていることに気づくだろう。
主題歌はラッドウィンプスではなく、三橋美智也になっているかもしれない。
なんてことを考えていると、お婆ちゃんは急に「そうそう」とヘッドフォンを外した。
「そういえば一昨日あたりから、ここの建物にも動物が棲みついとるんじゃ。」
「まさかまたイグアナですか?」
「いやいや、なんちゅうたかな・・・。」
険しい顔をしながら思い出そうとしている。
「イタチみたいな動物なんじゃ。顔の真ん中に白い線があって・・・・、」
「え?」
「ええっと・・・確か・・・ハク・・・ハク・・・・、」
「ハクビシン。」
「おお!それそれ!」
ポンと手を叩く。
「部屋の天井からトタトタと音がしてな。職員が調べたらそいつがおったんじゃ。」
「ほう・・・・。」
「捕まえようとしたんじゃが、あちこち逃げ回ってな。最後は見失っちまったみたいで。」
「へえ・・・・。」
「でも今日もトタトタ音がしとったから、まだおるはずじゃ。」
そう言い残し、「君の名は」の主題歌を口ずさみながら部屋へ戻っていった。
「ハクビシン・・・・ハクビシンねえ。」
今まさに俺が捜している動物じゃないか。
しかしチェリー君とは限らない。
ハクビシンは日本に定着してしまった外来種で、至る所に棲んでいるからだ。
《けどまあ・・・調べてみる価値はあるよな。》
もしここにいるのなら捜す手間が省ける。
とりあえず職員の人に話を通して、ここを調べさせてもらおう。
「マリナ、もう行こう。」
すでに人だかりは散って、残った一人だけがマリナを抱いている。
だが・・・・、
《なんだアイツ?》
マリナを抱いているのは年寄りでも子供でもない。
リーゼントの若い兄ちゃんだった。
ライダースーツに身を包み、仮面ライダーみたいに真っ赤なマフラーを巻いている。
「んだよ、みんな集まってるから何かと思ったら、ただのイグアナじゃねえか。」
興味もなさそうにマリナを抱いている。
そして「これアンタのだろ?」と返してきた。
「あ、ああ・・・・。」
「そんじゃ。」
リーゼントの兄ちゃんは外へ出ていく。
そしてピンクの三輪車に跨った。
キコキコと漕ぎながら、公園の方へと去っていった。
《それお前のだったのか・・・。》
なぜいい年して三輪車のか?
その乗り物にライダースーツを着る必要があるのか?
疑問だ。
《変な奴だな。》
不思議に思いながら、彼が去った方を見つめていた。
するとマリナが「ねえ」と言った。
「さっきの人、落とし物していったわ。」
「なに?」
マリナは口に何かを咥えていた。
「これは・・・バッジか?」
弁護士や議員が着けるような、金色の小さなバッジだった。
じっと睨んでいると、ふとこれと似た物を思い出した。
「・・・・なあマリナ、これほんとにさっきの兄ちゃんが落としたのか?」
「そうよ。胸元に着いてたんだけど、私の爪が引っかかって取れちゃったみたい。」
「ほう・・・・。」
「今追いかければ間に合うから返してあげれば?」
目を凝らしながら小さなバッジを見つめる。
大きさの割に重い・・・おそらく本物の金で出来ているのだろう。
真ん中には「愛」という字が彫られていた。
《間違いない。これはあの人が持ってた物と同じだ。》
つい最近、これとまったく同じ物を見た。
その人はヤクザの親分をやっていて、指輪代わりにこいつを填めていた。
《こいつを持ってるってことは、さっきの人は組の人か?》
そう思ったが、どうしてヤクザがこんな場所へ来たのだろうか?
まさか取り立てでもあるまいし・・・・。
「ねえ悠一、追いかけて返してあげましょうよ。」
「・・・・・・。」
「ねえってば。」
「三輪車・・・・。」
「え?」
「さっきあいつが乗ってった三輪車、どっかで見たことがあるんだよ。」
「それがどうしたのよ?」
「さっきまで思い出せなかったんだけど・・・このバッジのおかげで思い出した。」
あのピンク色の三輪車、あれはヤクザの家の庭にあった物と似ているのだ。
「愛理ちゃんのにそっくりの三輪車に、愛の文字が彫られたバッジ・・・・じゃあやっぱり親分さんの組の人か?」
何かが引っかかる・・・・。
さっきのリーゼント兄ちゃん、なんとなく誰かに似ているような気がする。
「・・・・誰だろう?誰に似てるんだ?」
顔をしかめながら天井を向く。
するとマリナが「天井って嫌いだわあ」と言った。
「むかし人間の子供に捕まって、天井裏に閉じ込められてたのよ。だからこの二つは今でも苦手。」
「そういえばさっきのお婆ちゃんも天井裏でイグアナを拾ったらしいぞ。」
「あらそうなの?すごい偶然。」
「それにこの建物の天井裏にも動物が棲みついてるらしい。」
「まさかまたイグアナ!」
「いや、ハクビシ・・・・・、」
そう言いかけて「ああああああ!」と叫んだ。
「ど、どうしたの!?」
「そうだよ・・・・彼女に似てるんだ・・・・。」
「な、なにが?」
「ツクネちゃん、あの子もハクビシンだった。」
さっきのリーゼント兄ちゃん、表情や雰囲気がどことなくツクネちゃんに似ていた。
《組のバッジに、愛理ちゃんのやつにそっくりの三輪車。そしてどこかツクネちゃんに似たあの感じ・・・・・間違いない!》
ギュッとバッジを握りしめる。
捜していた動物はすぐ目の前にいた。
あの野郎、人間に化けていやがったのだ!

浦島太郎とオトヒメのモデルになった神様 山幸彦とトヨタマヒメ

  • 2018.03.29 Thursday
  • 14:18

JUGEMテーマ:神話・伝承全般

童話、浦島太郎に登場するオトヒメ様。
実は日本神話に登場する女神が元になっています。
まず海にはオオワダツミという神様がいて、その娘にトヨタマヒメという女神がいました。
あるとき、トヨタマヒメのところへとある神様がやってきます。
それは山幸彦(ヤマサチヒコ)という神様です。
この神様には海幸彦(ウミサチヒコ)というお兄ちゃんがいて、ひょんなことから釣り針をなくしてしまいました。
「これじゃあ魚が釣られへん!」と嘆くお兄ちゃんに代わり、弟が海まで探しにやって来ました。
その時、偶然にトヨタマヒメと出会います。
一目惚れした山幸彦は「結婚してくれ!」とプロポーズしました。
二人はめでたく結ばれ、海の宮殿で幸せな時間を過ごします。
しかし山幸彦は思い出しました。
どうして自分がここへ来たのかを。
「あかん!釣り針を見つけて兄ちゃんのところに戻らな!」
目的を思い出した山幸彦は、釣り針を持ってお兄ちゃんの待つ地上へ戻りました。
「おう!遅かったやないかい!」
「堪忍や、ほらこれ。」
無事に釣り針を返し、これで一件落着かと思われました。
しかし事態は急転します。
釣り針を取り戻し、ようやく魚を釣って飯にありついたお兄ちゃんでしたが、その後はなぜか不安に見舞われたのです。
自分の治める国がどんどん貧しくなり、「どないなっとんねん!」と激怒しました。
「思えば弟がこっちへ帰って来てからおかしいなった。あいつなんかやりよったな。」
怒りに燃えるお兄ちゃんは弟の国を攻めます。
しかし逆にフルボッコにされて、「すんまへん・・・」と軍門に下りました。
さて、この話は上にも書いたように、浦島太郎の元となっています。
どうしてお兄ちゃんは不幸に見舞われたのか?
理由は弟にありました。
実は弟が持って帰ってきた釣り針には呪いが掛けられていたのです。
トヨタマヒメの父であるオオワダツミは、たいそう娘婿のことを気に入っていました。
そこで針に呪いを掛け、兄を不幸にして弟が覇権を握れるように仕掛けをしておいたわけです。
しかしオオワダツミに夫の悩みを相談したのは、実はトヨタマヒメでした。
それは夫を助ける為でもありましたが、それと同時に地上へ戻ってしまられたらどうしようという不安もあったはずです。
会った瞬間に一目惚れされて、「君の作った味噌汁を毎日飲みたい」などとプロポーズされたのに、いまさら捨てられたたまったもんじゃありません。
そこで父に相談し、最後はまた海へ戻って来てもらう為に、針に呪いをかけるよう頼んだのではないか・・・・とも考えられます。
なぜなら兄の軍門に下ることがあれば、夫は自由を奪われ、二度と戻って来ないからです。
針の呪いはトヨタマヒメの策略ではないか・・・・と、ちょっとひねた見方もできます。
そのほかにこんな話が残っています。
山幸彦と結ばれたトヨタマヒメは子宝を授かります。
お腹は日に日に大きくなり、いよいよ出産の日を迎えました。
その時、夫にこんな忠告をしました。
「あーた、子供を産む瞬間はなにがあっても覗かないで下さいまし。」
固く釘を刺してから分娩室へと向かう妻。
なるほど、そういう瞬間は夫でも見られたくないものかと納得した山幸彦は「おk」と頷きます。
しかし「普通はあそこまで拒否するもんやろか?」と疑問に思い、その疑問はやがて好奇心へと変わりました。
「ちょっとくらいやったら覗いてもええやろ。」
安易な気持ちでドアの隙間から覗き込むと、「ほげええええ!」と腰を抜かすような光景が。
なんとそこにいたのは大きなサメだったのです。
「なんであんなでかいサメが分娩室におんねん!ワイの嫁さんはどこ行ったんや・・・・。」
まさかあのサメに食われてしまったのか?
不安になる山幸彦でしたが、ふとある事に気づきます。
「あのサメ子供を産んどるな。は!まさか・・・、」
うろたえる山幸彦・・・次の瞬間、「見たな・・・」とサメが振り返りました。
「あれほど覗くなと言ったのに・・・・。」
「ひえ!」
そう、トヨタマヒメの正体は八尋鰐(やひろのわに)という巨大なサメだったのです。
出産時は元の姿に戻ってしまうのでしょう。
だから決して覗くなと忠告したわけです。
妻の正体を知った山幸彦は慌てて地上へと逃げ出しました。
トヨタマヒメと山幸彦。
これはオトヒメと浦島太郎のモデルです。
竜宮城を去る時、玉手箱をもらった浦島太郎はオトヒメの忠告を無視して開けてしまいます。
そのせいでお爺さんになってしまうわけですが、これには諸説あります。
実は竜宮城は時間の流れが遅く、地上は何十年も経っていた。
玉手箱はその時間の流れを元に戻す物であり、だから浦島太郎は地上の時間の流れに則って、お爺さんになってしまった。
けどもう一つ考えられるのはオトヒメからの復讐です。
自分を捨てて地上へ戻ろうというのなら、タダでというわけにはいかない。
それ相応のリスクを背負ってもらうわという、一種の警告だったのではないかと思います。
山幸彦も浦島太郎も、愛した女性を残して去ってしまうという点は同じです。
自分はそれで良かったとしても、トヨタマヒメやオトヒメからしたら怒りが沸くでしょう。
どうしても戻りたいのなら戻してあげるけど、共に過ごした時間がチャラになると思うのは大間違い。
呪いの釣り針も玉手箱も、地上へ戻る為に背負わなければいけない業だったのでしょう。
実はこういう話は海外の神話にもあります。
愛した男には献身的に尽くそうとする美しい水の精霊ウンディーネ。
しかし浮気をしたならばその男を殺してしまいます。
またギリシャ神話の女神ヘラは、夫であるゼウスの浮気癖に悩まされていました。
ゼウスは神々の長であり、最強の神様でもあるので、「ちょっとアンタあああ!」と怒ることはあっても、さすがに手を下すことは出来ません。
その代わり怒りは別の相手に向います。
夫と浮気をした女に。
それが人間だろうが精霊だろうが天罰を食らわせるおっかない女神です。
今は子供向けの童話になっている物語も、元を辿れば男女の愛憎という話は珍しくありません。
童話とは古くから伝わる神話や民話を子供向けに改良したものなので、元ネタはけっこうドロドロしていたりするんですよ。
その昔、浮気は男の甲斐性を言われていました。(今はそんなこと絶対に言えませんが)
しかし同時にウンディーネやヘラやトヨタマヒメのような女性がいて、浮気に対してはそれ相応の報復を行うのも常だったのかもしれません。
なぜなら神話や民話は、その当時の出来事や世界観を物語にしたものなので、神話に登場する神様たちの性格は当時の人たちの性格を反映しているとも言えるからです。
もしかしたらですけど、玉手箱のせいでお爺さんになってしまった浦島太郎を見て、オトヒメはニヤリと笑っているかもしれませんね。
私を捨てたんだから、自分だけ幸せになるのは許さないわよ・・・・と。

勇気のボタン〜空っぽの賽銭箱〜のイラスト(4)

  • 2018.03.28 Wednesday
  • 13:28

JUGEMテーマ:イラスト

 

     チュウベエとの出会い

勇気のボタン〜空っぽの賽銭箱〜 第六話 名無しのインコ(2)

  • 2018.03.28 Wednesday
  • 13:26

JUGEMテーマ:自作小説

話は五年前に遡る。
あの頃、俺はスーツを着て電車に揺られるサラリーマンだった。
毎朝7時半の快速に乗り、寿司詰めのギュウギュウ状態に耐えながら、今日という日が早く過ぎてくれないかと思っていた。
気性がラサリーマンに向かないので、あの頃は仕事は嫌で嫌で仕方なかった。
ていうかやる気そのものが起きなくて、会社に行っても心ここにあらずといった感じだ。
周りは熱心に仕事をしているのに、俺だけどこか上の空。
入社してしばらくは部長にどやされていた。
『やる気あんのかお前!』と。
しかし『コイツに何言っても無駄だ』と諦めたのか、そのうち何も言ってこなくなった。
辞表を出した時も、『お疲れさん』とアッサリしたものだった。
・・・今になって思えば酷い社会人だったと思う。
こうしてやりたい仕事を見つけ、日々真剣に生きていると、真面目に仕事をしていた人たちに対して申し訳ないと・・・・。
しかしそれも今だから言えること。
当時の俺は幽霊のような顔で生きていた。
仕事を終えて家に帰るまでは、自分が自分ではないような感覚だった。
そんなもんだから、休憩中には会社にいたくなかった。
必ずといっていいほど近くの喫茶店へ出かけていた。
こじんまりした店で、常連さんしか来ないような場所だ。
周りにオシャレなお店が増えていく中、ここだけ昭和のまま時間が止まったみたいな、そんなところだった。
そのおかげか会社の人間でここへ来るのは俺だけ。
だからうんと羽を伸ばすことが出来た。
・・・あの日も同じだった。
店に入り、奥まった窓際の席に座り、『マスター、いつものお願い』と手を挙げた。
40半ばの渋い顔をしたマスターは、『ごゆっくり』と言って注文を置いていく。
俺がいつも食っていたのは、鶏肉の入ったペペロンチーノ。
そしてSサイズの野菜ピザ。飲み物はホットコーヒーと決まっていた。
『いただきます。』
手を合わせ、ガツガツとかきこむ。
早飯なもので10分と経たずに平らげてしまう。
そしてサービスで出て来る食後のゼリーを楽しんでいると、レジの方からこんな声が聴こえてきた。
『ピーちゃんなんて嫌です。』
『どれほど同じ名前の鳥がいると思ってんの。』
『でも分かりやすいだろ?』
何かと思って首を伸ばすと、マスターが二人の女に挟まれていた。
一人は奥さん、もう一人はバイトの女の子だ。
そしてマスターの手には鳥カゴがあった。
中にはセキセイインコがいる。
『もっと可愛い名前にしましょうよ。』
『マルゲリータとかどう?』
『なんでピザなんですか?』
『可愛いじゃない、ねえ?』
『食べ物の名前ってのはなあ・・・、』
『どうせ食べ物にするならカルボナーラにしません?』
『それもどうかと思うけど・・・・、』
『でもウチの名前、その二つから取ってるんですよね?』
『まあね。』
そう、この喫茶店の名前はマルボナーラという。
ピザとパスタが売りで、その中でもマルゲリータとカルボナーラが特に美味しいからだ。
『お店で飼うんだから、お店にちなんだ名前の方がいいじゃないですか。』
『じゃあマルボナーラにする?』
『それはちょっとダサいかなって。』
『麻美ちゃん、お店の名前にダサいってなによ?』
『でも実際そうじゃないですか。』
『じゃあどんな名前ならいいのよ?』
『・・・カルゲリータとか?』
『組み合わせを逆にしただけじゃない。』
『まあまあ、今はインコの名前のことだろ?』
『マスターはどんな名前がいいと思います?ピーちゃん以外で。』
『分かりやすいならなんでも。』
『自分で拾ってきたんだから真剣に考えて下さいよ。』
『マルゲリータにすればいいじゃない。』
『カルボナーラの方がいいです。そっちのが美味しいし。』
『なに言ってんの?ウチはマルゲリータの方が美味しいのよ。』
『カルボナーラの方が人気ですって。』
『じゃあ間をとってマルボナーラで・・・、』
『それはダサいから嫌です。』
『ちょっとアンタ!またダサいって言ったわね!』
奥さんがムっとして、バイトの子も『なんですか?』と睨み返す。
『だいたいアンタは口の利き方がなってないのよ。』
『ちゃんと敬語を使ってるじゃないですか。』
『敬語を使えばいいってもんじゃないの。もっと目上の人を敬う態度で・・・・、』
『だから敬ってますって。』
『それが出来てないからたまにお客さんが怒るんでしょうが。』
『どっちかっていうと気に入られてると思いますよ?だってここオジサンが多いし。』
『だからそういう態度が・・・・、』
『今はインコの名前のことですよね?』
『その言い方がダメって言ってるの!』
喧嘩はヒートアップしていく。
マスターはオロオロとするばかりで、なぜか俺の方に目を向けた。
『・・・・・・・。』
どうやら助けを求めているらしい。
俺は頷き、伝票を持って立ち上がった。
『さ、帰るか。』
人様の喧嘩になんて関わりたくない。
代金に置き、『ごちそうさま』と言った。
マスターは切なさそうな顔をしているが、俺はただの客である。
喧嘩を仲裁する義務などない。
しかし外に出ようとした時、『どっちも嫌だ!』と悲鳴がした。
『ん?』
振り返るとインコが鳴いている。
『マルゲリータもカルボナーラも嫌だ!マルボナーラはもっと嫌だ!』
『・・・・・・・・。』
このセキセイインコ、どうやら名前に不満があるらしい。
他人の喧嘩になんて興味はない。
しかし困っている動物がいると後ろ髪を引かれてしまう。
気がつけば『あの・・・・』と話しかけていた。
『インコの名前なんですけど・・・・、』
そう切り出すと、奥さんとバイトは『?』とこっちを見た。
マスターは『助けてくれるのか!』と嬉しそうな顔だ。
『そのインコ、どっちの名前も喜んでないんじゃないかなあと思って・・・・、』
『喜んでないって・・・・、』
『なんで分かるんですか?』
二人して睨んでくる。
俺は『動物に詳しいもので』と答えた。
『表情や態度でだいたい分かるんですよ。』
『ほんとに?』
『ムツゴロウさんみたい!』
二人はインコの入ったカゴを持ち、同時に同じことを尋ねた。
『マルゲリータよね?』
『カルボナーラですよね?』
『いや、だからどっちも・・・・、』
『僕はマルボナーラも悪くないんじゃないかと・・・・、』
『それはもっと嫌がると思います。』
『そ、そうか・・・・。』
マスターはシュンと項垂れた。
『やっぱりマルゲリータよ。』
『いやいや、カルボナーラですって。』
『いっそのことピーちゃんに決めたら・・・・、』
三人の議論は終わらない。
客のおっちゃんが『コーヒーお代わり』とカップを揺らすが、奥さんが『いま忙しいの』と睨み返した。
『おいおい、俺は客だぞ。』
『店の前に自販機があるから。』
『どんな店だよここは・・・。』
ブチブチ言いながらも買いに行っている。
なかなか人のいいおっちゃんだ。
いや、そんなことはどうでもいい。
問題はこのインコだ。
三人は議論に忙しく、まったくこっちを見ちゃいない。
インコのカゴをレジに置き、『奥で決着を着けよう』と引っ込んでしまった。
《どんな店だよここは・・・・。》
俺は『なあ?』とインコに話しかけた。
『君はどんな名前がいいんだ?』
『チュウベエ。』
『チュウベエか、またずいぶん古風だな。』
『それが僕の名前。』
『ん?元々名前が付いてるのか?』
『うん。』
『君・・・もしかしてどこかの家で飼われてたのか?』
『向かいのマンションの三階。』
そう言って羽を向ける。
窓の向こうにはベージュ色のマンションがあった。
『ええっと・・・君はどういう経緯でここに来たの?』
『窓から羽ばたいて、道路に落っこちたの。』
『それいつのこと?』
『今朝。』
『拾ったのは誰?』
『さっきいた男の人。』
『マスターか。』
奥を覗くとまだ議論している。
インコの名前でよくここまで白熱できるものだ。
『じゃあ君はチュウベエって名前で、向いのマンションの三階に住んでるんだな?』
『うん。』
『家に帰りたいか?』
『もちろん。』
ピーピー鳴きながら、ここから出せと羽ばたく。
『羽は切ってあるの?』
『うん。』
『なのにどうして窓から飛び出したんだ?』
『そそのかされたから。』
『そそのかす?誰に?』
『インコに。』
『インコ?』
『オカメインコ。』
『オカメインコって・・・ほっぺに赤い模様があるあの?』
『うん。僕が窓にいたら、どっかから飛んできたんだ。』
『そのインコもどこかのペットなのかな?』
『分かんない。』
『よく知らない奴だったんだな?』
『初めて会ったインコ。その子は羽を切ってないから空を飛べるみたい。』
『最近はインコが野生化してるらしいからな。元々は誰かが捨てたもんだろう。』
『その子がね、一緒にミミズを採りに行こうって。』
『なるほど、餌を探しに行こうってことだな。』
『でも僕飛べないじゃん?』
『羽を切ってあるからな。』
『でもその子は言うの。いけるいけるって。』
『なんて適当な・・・・。』
『そう言われたら、もしかしたら飛べるんじゃないかと思って。』
『無理だろ。』
『窓から飛び出してみた。んで落っこちた。』
『なんて無謀な・・・・よく無事だったな。』
『落ちていく途中でその子が助けてくれたから。』
『ほう、意外と良い奴じゃないか。』
『でも失敗して結局落っこちたけど。』
『役に立たん奴だな・・・・。』
『でもまた助けてくれた。』
『おお!えらいじゃないか。』
『僕が落ちていく途中に思いっきり蹴飛ばしたんだ。』
『蹴飛ばす?』
『横から力を加えれば、落ちるスピードは弱くなるからって。』
『へえ、インコのくせに賢いじゃないか。』
『そのせいで硬い道路の上に落ちたんだけど。』
『ありがた迷惑じゃないか・・・・。』
『真っ直ぐ落ちれば柔らかい草の上だったのに。』
『最悪だな・・・・。』
『でもとにかく僕は無事だった。けど今度は目の前から車が来たんだ。』
『車って・・・・大丈夫だったのか?』
『その子が咄嗟に引っ張ってくれたから。』
『三度目はちゃんと助けてくれたわけだ。』
『まあね。でもその後こう言ったんだ。』
『なんて?』
『今からミミズを採るから、お前は見張ってろって。』
『見張る?』
『その子ね、マンションの敷地でミミズを採るつもりだったみたい。
人間が来たら危ないから知らせろって。』
『なんだそりゃ?要するに見張りの為だけに君を利用したのか?』
『手柄を分けてやるからって。僕もそれならいいかなって思って。』
『それで・・・その後はどうなったんだ?』
『その子はミミズを食べてたよ。それで僕はさっきの人に拾われてここに来た。』
『なるほど・・・・とりあえず話は分かった。』
俺はまた奥を覗き込む。
まだ議論をしているようで、さっきのおっちゃんのお勘定をなぜか俺がする羽目になってしまった。
《この子を家に帰してやんないとな。》
上手く言い訳を考えて、この子を連れ出さないといけない。
するとその時、チュウベエ君が『あ!』と叫んだ。
『どうした?』
『さっきのオカメインコ。』
『なに!?』
チュウベエ君が羽を向ける。
そこには一羽のオカメインコがいた。
ドアの前にちょこんと立っている。
『おいっす。』
陽気な声で手を挙げる。
なんかすごいアホっぽい顔をしている・・・・・。
『おいっす。』
『おいっす・・・・。』
『・・・・・・・。』
『・・・・・・・。』
『・・・・・・・。』
『おいっす。』
『おいっす・・・。』
『・・・・・・・。』
『・・・・・・・。』
『・・・・・・・。』
『おいっす。』
『もういいよ!』
アホっぽいのは顔だけじゃなかったようだ。
『お前どっから入って来たんだ?』
『さっき缶コーヒーを持ったおっさんが出て行く時に入れ違いで。』
そう言ってパタパタっと羽ばたいて、カゴの上に乗った。
『ようチュウベエ。』
『ミミズ美味しかった?』
『まあな。お前にも食わせてやりたかったよ。』
『いいなあ、僕も食べたかった。』
『ここにあるぞ。』
『ほんと!どこに?』
『ここ。』
そう言って『ヴォエッ!』とえづいた。
『ちょ、ちょっと待て!』
俺は慌てて止める。
『こんなとこでゲロを吐くなよ。』
『でも食べたいっていうから。』
『じゃあ生きた奴を採ってきてやれよ。』
『いいぞ、ここから出してくれたらな。』
『じゃあなんで入って来たんだよ・・・・。』
『窓から見てたら面白そうだったから。』
あっけらかんと答えて、『外へ出してくれ』と言う。
するとチュウベエ君も『僕も!』と言った。
カゴの中でバタバタと羽ばたき、『家に帰して!』と叫んだ。
『分かってる。けど勝手に持ってくのはまずいからな。それっぽい言い訳を考えて・・・・、』
言いかけた時、三人が戻ってきた。
『名前・・・決まりましたか?』
そう尋ねると揃って頷いた。
『・・・・で?どんな名前で?』
『ピーちゃんで行こうと思う。』
『いいと思いますよ・・・・。』
犬のコロ、猫のタマ、そして鳥のピーちゃん。
ベタな名前こそが最も分かりやすい。
しかし当然ながらチュウベエ君は反対だ。
『そんな名前嫌だ!』
抵抗の証としてバタバタ羽ばたく。
『また嫌がってるようです。』
『じゃあやっぱりマルゲリータ。』
『カルボナーラでしょ。』
『いやいや、間をとってマルボナーラで・・・・、』
『だからどれも嫌なんですってば!ていうかこの鳥、外に出たがってるみたいなんですよ。だからカゴから出してあげて・・・・、』
そう言いかけた時、オカメインコが『ヴォエッ!』とえづいた。
クチバシから未消化のミミズが出て来る。
『ほれ、食え。』
『ありがとう。』
『やめろ!』
慌てて止めるが間に合わない。
チュウベエ君は『おいしい!』と平らげてしまった。
『・・・・・・・・。』
マスターたちの目が点になる。
俺は『こ、これは鳥の習性ですから!』とフォローした。
『ほら、親鳥は口移しで餌を与えるでしょ。こいつはきっと親心の強い鳥で・・・・、』
『もっとちょうだい!』
『待ってろ、今リバースするから。』
『だからよせって!』
オカメインコは何度もえづく。
そのうち『ゴポッ・・・・』と変な音がして、モザイクを掛けたくなるような光景が・・・・、
『いやあああああ!』
『ちょ・・・・キモい!』
『店の中でなんてことを!』
『・・・・・おいしい!』
『食うな!』
『まだ出そうだ・・・・、』
『もういらん!』
『ていうか止まらない・・・・、』
『NOおおおおおおお!』
次々に吐き出されるミミズたち・・・・。
未消化の物もあれば、ほぼ原形をとどめていないものも・・・・、
『ちょっと有川君!』
マスターが怒る。
『なんなのこの鳥は!?』
『あ、いや・・・・コイツは・・・・、』
どう説明していいか困っていると、オカメインコはこんなことを言った。
『もんじゃ。』
『え?』
『こいつの名前、もんじゃにしよう。』
見るも無残な姿になったチュウベエ君に羽を向ける。
《とんでもないことになってるな・・・・。》
もはや悪夢である。
マスターも奥さんもバイトの子も顔をしかめて、『汚い!』と叫んだ。
『ちょっとアンタ!こんな子飼えないわよ!』
『洗えば平気だと思うけど・・・・、』
『じゃあマスターお願いします。』
『え?僕が?』
『だってアンタが拾って来たんでしょ。』
『あ、私もうじき上がりなんて。これで失礼します。』
『私も買い出しに行かないと。』
二人は『あとはよろしく』と店を出ていく。
残されたマスターはなんとも言えない顔で立ち尽くしていた。
『なあ有川君。』
神妙な顔で振り返る。
『物は相談なんだが・・・・、』
『・・・・・・。』
『その子引き取ってくれないか?』
『やっぱり!』
『その代わり今日は奢るから。』
そう言って『ね?』と肩を叩いた。
『よくよく考えたら僕は飲食店の経営者だから。動物は衛生上よくない。』
『じゃあなんで拾って来たんですか・・・・。』
『だって道端に落ちてたんだよ。可哀想だなと思って。』
『あなたは動物を飼っちゃダメな人ですよ・・・・。』
なんて身勝手なと思いながらも、これはラッキーである。
『まあお代がタダならいいですよ。』
『ほんとに!?捨てるのも可哀想だし、かといってそれに触りたくないし・・・ほんと助かったよ。』
ホッしたように笑って、『はい』とカゴを渡してくる。
『じゃああとお願い。』
『・・・・・・・・。』
カゴを抱えたまま外に出る。
するとオカメインコもついて来た。
『よかったなもんじゃ。』
『うん!』
《名前それでいいのか・・・・。》
さっきまで頑なに新しい名前を拒否していたのはなんだったのか?
まあとにかく、これでもんじゃ君を家を帰してやれそうだ。
道路を渡り、向いのマンションに向かう。
管理人に用件を伝えると、飼い主に連絡を取ってくれた。
すぐに降りて来てくれるという。
『よかったなもんじゃ君。』
見るも無残な姿だが、あとは飼い主さんに任せよう。
カゴを抱えたまま待っていると、もんじゃ君はこんなことを言った。
『ありがとう。』
『いや、お礼を言われるほどのことじゃ・・・・、』
『そっちのインコに。』
『なんで!こんな姿にされたのに。』
『だってそのインコのおかげで家に帰れるんだもん。』
そう言って『名前は?』と尋ねた。
『君もどこかで飼われてたんでしょ?それとも今も誰かのペット?』
『うんにゃ、捨てられた。というより放鳥されたんだ。』
『どうして?』
『旅に出るからって。だからお前も好きな所へ飛んでいけってさ。』
『そっかあ・・・・じゃあ野良インコなんだ。』
『まあな。ちなみに名前もない。』
『じゃあなんて呼ばれてたの?』
『インコって。』
《そのまんまじゃないか。》
インコをインコと呼ぶのは、人間を人間と呼ぶのに等しい。
俺なら嫌だな。
『じゃあ名前欲しい?』
もんじゃ君が尋ねる。
オカメインコは『そうだなあ・・・』と考え込んだ。
『別に不便はしてないんだけど、もし誰かに飼われるならあった方がいいよな。』
『なら僕の名前をあげるよ!』
そう言ってバタバタと羽ばたいた。
色々飛び散るからやめてくれ・・・・。
『チュウベエって名前使っていいよ。』
『ほんとか?』
『助けてくれたお礼。』
『お前・・・律儀な奴だな。人間でさえ礼儀を欠く奴がいるというのに。』
人間でさえって・・・・他にどの生き物を指して言ってるんだろう。
『チュウベエって名前はあげる!受け取ってよ。』
『じゃあお言葉に甘えて。』
名前をもらったオカメインコは嬉しそうだ。
俺の頭の上でパタパタと飛び回る。
それから数分後、マンションから飼い主さんが出てきて『チュウベエ!』と叫んだ。
『ん?呼んだか?』
《お前じゃないよ!》
『部屋からいなくなってるから心配してたのよ!』
涙ぐむおばさんに鳥カゴを渡す。
戻ってきたことに喜び、どうしてこんな姿になっているのかと嘆き、『この子に何があったんです?』と尋ねられた。
『そこの道路に落ちていました。どうして汚れているかは・・・分かりません。』
『誰かにイタズラでもされたのかしら?可哀想に・・・・。』
おばさんは『とにかく見つかってよかった』と頷いた。
『どうもありがとうね。』
鳥カゴを抱え、会釈をしながら帰っていく。
『あの!』
『はい?』
『もしよかったらなんですけど・・・・、』
『ええ。』
『この子、これからもんじゃ君って名前はどうですか?』
『はい?』
『ええっと・・・何度も口にするんですよ、もんじゃもんじゃって。』
そう言って『な?』と見つめると、『モンジャ!』と鳴いて見せた。
『モンジャ!ボクのナマエ!』
おばさんは怪訝そうな顔をした。
しかし何度も『モンジャ!』と鳴くのを見て、『チュウベエが気に入ってるなら』と頷いてくれた。
『どこで覚えたのか知らないけど、なかなか可愛い名前じゃない。』
そう言って『おうちに戻って綺麗にしましょうね』と帰っていった。
去って行くもんじゃ君に手を振る。
オカメインコも羽を振った。
『達者でな!』
『チュウベエもね!』
これで一件落着、ホッと息をついた。
『さ、仕事に戻るか。』
ポケットに手を入れながら歩いていく。
『・・・・・・・。』
『・・・・・・・。』
『・・・・・おい。』
『ん?』
『いつまで人の頭に乗ってるんだ?』
『このままお世話になろうかと思って。』
『お世話って・・・・お前なあ・・・・、』
『チュウベエだ。』
『チュウベエ、残念だけどそれは無理だ。』
『俺のこと飼ってもいいぞ。』
『いま俺の家には犬と猫がいてだな・・・・、』
『餌はミルワームでいい。』
『そいつらのせいで金が掛かってる。だからこれ以上は・・・・、』
『出来れば軽く炒めてからにしてほしい。』
『聞けよ!』
こいつと話していると調子が狂う・・・・。
『あのな、俺の家には犬と猫がいるの。お金も掛かるしスペースもないし、これ以上動物を飼うことは出来ないんだ。』
『じゃあミルワームは生のままでも・・・・、』
『そういう問題じゃない。』
真面目な声で言い返すと、『そっか』と頷いた。
『そこまで拒否するなら仕方ない。』
『悪いな。』
『他をあたるよ。』
パタパタと羽ばたき、大空へ舞い上がっていった。
『達者でな。』
見えなくなるまで見送ってから、『変な日だな今日は』とボヤく。
そして頭の後ろで手を組むと・・・・、
『ん?なんだこれ・・・、』
ベチョっとした感触がある。
まさかと思って見てみると・・・・・、
『あの野郎!』
人の頭に糞を落としていきやがった。
それから仕事が終わるまでの間、俺はとにかくブルーだった。
あんな汚い光景を見せられるわ、頭に糞を落とされるわ・・・・。
こんなことは一刻も早く忘れてしまおうと決めた。
仕事を終え、電車に乗り、コンビニで晩飯を買って、自宅のアパートへ戻ってくる。
すると・・・・、
『おっす。』
ドアの前にあのインコがいた。
『・・・・何してんだ?』
『その辺を飛んでたらお前が見えた。このアパートに向かってるみたいだから先回りしてやろうと思って。』
『せっかく嫌なことを忘れようとしてたのに・・・・。』
ブルーな気持ちが蘇り、それと同時に嫌な光景も蘇ってくる。
インコは宙に舞い、俺の頭にとまった。
『おいコラ!また糞をする気じゃないだろうな?』
『これも何かの縁だ。』
『はい?』
『今日からここでお世話になる。』
『あのな、これ以上動物を飼うのは無理だって言っただろ?悪いけど誰か他の人に・・・・、』
『これからよろしくな。』
『・・・聞けよ人の話を。』
やはりこいつと話していると調子が狂う。
しかし家にまでついて来るということは、ほんとに行くあてがないのだろう。
《このまま突き放すっていうのもなあ・・・・。》
こいつの言う通り、これは何かの縁なのかもしれない・・・・そう思うことにした。
『いいぞ。』
『おお、なら飼うってことだな?』
『お前の言う通り、何かの縁かもしれないしな。』
『そうそう、何事も縁が大事だ。というわけで、これからよろしく。』
嬉しそうに羽ばたくチュウベエ。
この日から我が家の一員となったのだった。
・・・ちなみに家に来てから数日の間、モンブランがヨダレを垂らしながら見ていたのは言うまでもない。


          *


「マルゲリータとカルボナーラになります。」
マスターが二つの皿を置いていく。
俺とチュウベエにとって思い出深い品だ。
「懐かしいな。」
「ああ。」
「なのにお前ときたら今まで忘れてやがった。酷い飼い主だ。」
「すまんすまん、思い出したくない光景だったから。」
マルゲリータを切り分けて、一口かじる。
なかなか美味い。
お次はカルボナーラをフォークをからませる。
するとチュウベエは「ヴゥエッ!」と鳴いた。
「なんだいきなり?」
「いやあ、あの時は盛大にリバースしたなあと思って。」
「ん?」
「ゲロゲロっとミミズをさ。」
「・・・・・・・。」
「あんなにリバースしたのは生まれて初めてだ。」
懐かしそうに語るチュウベエ。
俺はそっとスプーンを置いた。
「お前な・・・・、」
「ん?」
「飯食ってる時にそういう話をするなよ!」
「悪い悪い。」
あっけらかんと言いやがる。
絶対にわざとに違いない。
「そうだよ・・・だから今まで忘れてたんだ。思い出したくもない光景だったから。」
なんだか食欲が失せてくる。
せっかく美味しそうな料理なのに、もう手を付ける気になれなかった。
「金の無駄だよまったく・・・・。」
「今日は災難だな。」
「お前のせいだよ!」
こいつは昔っから変わらない。
呑気なところも、あっけらかんとしたところも、そしてアホっぽいイタズラも。
これからもきっとこのままなのだろう。
伝票を持ち、席を立つ。
するとマスターがやって来て、「あの・・・」と言った。
「ちょうどよかった、お勘定を・・・・、」
「この子、引き取ってもらえません?」
そう言って小さなカゴを差し出す。そこには手乗り文鳥がいた。
「この鳥は・・・・?」
「バイトの子が拾ってきたんです。」
「ほう・・・・。」
「道端に落ちてたみたいなんですよ。でも家じゃ飼えないからマスター無理ですかと言われて。」
「へえ・・・・。」
「けどウチは妻が動物苦手なんです。だからさっき喧嘩になっちゃって。」
「はいはい・・・・。」
「見たところ、お客さん鳥の扱いに慣れてらっしゃるようだから。どうです?」
マスターは満面の笑みを向けてくる。
そして次に言うこともなんとなく想像できた。
「もし引き取ってくれるならお代はけっこうです。」
「・・・・・・。」
「どうですか?」
ズイっとカゴを突き出す。
気がつけばそいつを受け取っていた。
「ありがとうございます!」
ペコペコと頭を下げて、「よかったあ」とホッとしている。
「ウチじゃ飼えないし、かといって捨てるのも可哀想だし。」
「・・・・・・。」
「助かりましたよ。お礼にドリンクもサービスします。」
マスターはメニューを開いて「お好きな物を」と言った。
俺は鳥カゴを抱えたまま、何も言わずに店を後にした。
「あ、お客様!」
後ろから声が追いかけてくるが、振り向き気になれない。
無言のまま歩き続けた。
《俺・・・・なんで受け取ったんだろう?》
自分でも分からないけど、たぶんチュウベエのせいだ。
こいつが昔を思い出させるから、あの時のことがフラッシュバックして・・・・。
『おい文鳥、お前なんて名前だ?』
チュウベエが尋ねる。
文鳥は『名前はない』と答えた。
『俺の飼い主は自由気ままな奴でな。俺を放ってどこかに行っちまった。』
『どこかってどこだ?』
『さあ?旅に出るとか言ってたけど。』
『ほう、お前もか。』
『なに、そっちもか?』
チュウベエと文鳥はなぜか盛り上がっている。
俺はその間も無言で歩き続け、こいつをどうしようかと悩んでいた。
するとその時、前からツクネちゃんが歩いてきた。
「有川さん。」
小走りにやってくる。
そして「やりましたよ!」と喜んだ。
「ついに奪い返しました。」
彼女は腕に抱いた毛むくじゃらの生き物を見せつける。
「チッ・・・。」
チェリー君は不満そうに舌打ちした。
「よく取り戻せたね。」
「親分さんが持っていけって。」
「愛理ちゃん泣いたでしょ?」
「かなりね。でも親分さんが宥めてくれました。その子は元々他所様の動物なんだって。」
「約束を守ってくれたんだ。義理固くて真面目な人だから。」
「これで心置きなく家に帰れます。」
嬉しそうにはにかんで、「それじゃ」と去って行く。
「おい!俺は帰る気はねえぞ!」
暴れるチェリー君。
ツクネちゃんは「実家がピンチなんだから仕方ないでしょ」と言った。
「しばらくは家にいてもらうから。」
「クソ・・・・せっかく自由な暮らしを満喫してたのに。」
ブチブチ言うチェリー君。
俺は「ちょっといいかな?」と呼び止めた。
「なんですか?」
「愛理ちゃん、今どこ?」
「家に帰ったと思いますよ。」
「そっか・・・・いや、ありがとう。」
「さようなら」と去っていくツクネちゃんに手を振ってから、「さて」と歩き出す。
それから10分後、俺は親分さんの家へとやって来た。
大きな門を潜り、これまた立派な玄関の前に立つ。
旅館みたいな日本庭園風の庭には、ピンクの色の三輪車が停まっていた。
これは愛理ちゃんの物だ。
《きっと悲しんでるだろうな。》
あの子のことを考えながらピンポンを押すと、組の人が出てきた。
愛理ちゃんに用事があると伝えると、「どうぞ」と中へ通された。
庭がよく見える居間に案内されて、「少々お待ちを」とソファで待たされる。
「おい悠一、なんでこんな所に来たんだ?」
「ちょっとな。」
両手に抱えた鳥カゴを見つめる。
しばらく待たされたあと、親分さんが愛理ちゃんを連れてきた。
「お待たせしましたな。」
腕に抱かれた愛理ちゃんは、目を真っ赤にしていた。
相当泣いたのだろう、腫れぼったくなっている。
ていうか今もグズっている。
「辛かったね、愛理ちゃん。」
そう慰めても、こっちを見ようともしない。
「チェリー・・・」と呟き、ただ悲しそうにしている。
《傷ついてるだろうな。》
いくら事情があるとはいえ、大好きだった動物と引き離されたのだ。
悲しいだろうし、悔しいだろう。
「チェリー・・・・。」
そう呟いて、「おじさん・・・」と言った。
「チェリーとられちゃった・・・・・。」
「辛いよね。でもチェリー君には帰る場所があるから。」
「チェリーのおうちはここだもん!」
「うん、大事に飼ってたもんね。」
「おじさんの意地悪!なんで愛理の味方してくれなかったの?」
ぽろぽろと大粒の涙がこぼれる。
俺は背中を向けて、カゴから文鳥を取り出した。
「君、行くとこないんだよな・・・?」
小声で話しかける。
文鳥は「まあな」と答えた。
「じゃあこのままだと生きていくの大変だよな。」
「でもアンタが飼ってくれるんだろ?」
「いや、俺より君を必要としている子がいるんだ。」
そう言って愛理ちゃんに目を向けた。
「君さ、あの子と仲良くしてやってくれないか・・・・?」
「この家で飼われろってことか?」
「ああ・・・いきなりで申し訳ないけど・・・・、」
「別にいいぜ。ちゃんと世話さえしてくれるんなら。」
「ほんとに?」
「ほんとに。」
俺は「ありがとう」と頷き、愛理ちゃんを振り返った。
「可愛いだろ?」と文鳥を見せる。
「実はさ、おじさんからお願いがあるんだ。」
愛理ちゃんは文鳥に見入っている。
まだ泣いているが目は釘付けだ。
「この子さ、道端に捨てられてたんだ。」
「・・・・・・・。」
「もう帰る家がない。誰も世話をしてくれる人がいないんだ。」
じっと見つめる愛理ちゃん。しかしプイっとそっぽを向いてしまった。
「そんなのいらない・・・・。」
そう言って親分さんに抱きつく。
「チェリーがいい・・・・。」
寂し気な声で言って、小さな肩を震わせる。
「おい君・・・・飼ってもらえるようにアピールするんだ。」
文鳥は俺の手から舞い上がる。
どうやら羽を切っていないようで、縦横無尽に部屋の中を飛び回った。
小さな子供のというのは、こういう光景に目がない。
愛理ちゃんは顔を上げ、文鳥が飛び回るのを眺めた。
クリっとした大きな目が、忙しなく動きを追っている。
そして・・・・、
「ピピ!」
文鳥は愛理ちゃんの手に乗った。
まだ悲しみを引きずっているが、好奇心には勝てない。
ランランとした目で文鳥を見つめている。
「・・・・・・。」
小さな指でツンツンとつつく。
文鳥は首を傾げ、目をぱちくりさせた。
「可愛い。」
パッと笑顔がはじける。
文鳥は愛理ちゃんの頭にとまった。
ピョンピョンと飛び跳ねて、「ピピ」とさえずる。
再び舞い上がり、また愛理ちゃんの手の上に乗る。
ランランと輝くその目には、もはや文鳥以外のものは映っていない。
「その子、愛理ちゃんのこと好きみたいだね。」
「・・・・・・・・。」
「もしよかったら仲良くしてあげてくれないかな?愛理ちゃんが大事にしてくれたら、きっと喜ぶと思う。」
文鳥がさえずる度、愛理ちゃんの笑顔が増していく。
もう答えを聞く必要もないだろう。
あとは親分さんに許可さえ取ればいい。
「あの、この文鳥なんですけど・・・・、」
親分さんは首を振る。みなまで言うなという風に。
「愛理が微笑むなら大歓迎ですわい。」
厳つい顔がほころぶ。
俺は「ありがとうございます」と頭を下げた。
「じゃあ愛理ちゃん、おじさんもう帰るから。その子と仲良くしてあげてね。」
手を振っても見ちゃいない。
完全に心を奪われていた。
「それじゃ失礼します。」
会釈を残し、部屋を出ていく。
するとチュウベエが「悠一」と言った。
「どうした?」
「ちょっと耳かせ。」
ゴニョゴニョと語りかけてくる。
「・・・・な?」
「な?って言われても・・・・。」
「俺は面白いと思うぞ、あれ。」
「じゃあ・・・・、」
部屋に引き返し、「愛理ちゃん」と呼ぶ。
「その子の名前なんだけど・・・・、」
「ピーちゃん。」
間髪入れずの即答だった。
「可愛いね、でもこんなのはどうかな?」
俺の頭でチュウベエが叫ぶ。
「マルボナーラ!」

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