スポーツ界の底に根付く戦前の軍隊教育

  • 2018.08.31 Friday
  • 15:20

JUGEMテーマ:社会の出来事

次から次へと起こるスポーツ界の問題。
その全てに共通するのがパワハラです。
この前ネット番組で橋下徹さんが甲子園について言及していました。
真夏の暑い日、高校生に連日投手をさせるのは間違っていると。
テレビでも新聞でも熱中症に予防しましょうとやっているくせに、その新聞とテレビが高校生を熱中症の危険に晒す甲子園の現状を後押ししていると。
この問題はドームで試合をするとか、ナイターにするとか、一年かけて時間的にゆとりをもって試合を消化するなどで解決できると言っていました。
じゃあなぜ未だに熱中症の危険がある状況で甲子園をやっているのかというと、感動を見せたいからだそうです。
その方がドラマとして盛り上がるので、演出の一環というわけですね。
いくら高校生がやりたいと言っても、そこに危険があるなら止めるのが大人の役目。
なのにその大人が感動を演出したいが為に高校生たちを危険に晒している現状は批判されても仕方ないと思います。
じゃあなぜこのような現状が改善されないかというと、橋下さん曰く、戦前の軍隊教育が残っているからだそうです。
過酷で状況で頑張るからこそ輝く。
そういった価値観は戦争中に兵隊を育てる為のものだったそうです。
そういえば私が中学、高校生の頃、新学期の初めにはなぜか体育で集団行動をさせられました。
みんなで列を作って行進。
全体止まれ!右向け右!休め!
あの頃は何も考えずにやっていましたが、橋下さんの言うことが本当だとするならば、戦前の軍隊教育は現在の教育にも引き継がれていたということになります。
スポーツの世界は特にそれが顕著なので、内部は絶対的な上下関係で構成されていることでしょう。
部下が上官の命令に逆らえば処罰を受けるように、選手が監督に逆らうのは許されないとか、後輩は先輩の理不尽な行為にも耐えなければいけないとか。
もう21世紀で、もうすぐ人工知能やロボットが職の大半を奪うかもしれないと危惧されている現在。
なのにまだこんな古臭い風習が続いているのかと思うとゾっとします。
そういえば以前に生徒の髪の色で問題を起こした高校がありました。
生まれながらに茶色い髪の毛なのに、それを黒く染めるようにと強要され、海外でも話題となっていたようです。
政治的に右寄りだとか左寄りだとか個人の自由なので好きにすればいいけど、カビが生えたような古臭い風習を強要するのは如何なものか。
そういう行為こそが社会の反発を生んで、より自分たちの居場所が奪われていくってことを、化石のような価値観を引きずっている人たちには理解できないのでしょう。
スポーツの世界も同じです。
いったいいつまで古臭い風習の中でやっているのか。
日本人でもっとも有名で成功したスポーツ選手とえいばイチローです。
でもイチローはそういった日本の古臭い風習は嫌っていたそうです。
元サッカー選手の中田英寿さんもそうだし、日本の伝統とか品格を大事にするはずの相撲界は、元はそういうものとは無縁なはずの海外の力士がトップを席巻しています。
相撲界が大事にしているのは伝統や品格ではなく、子供じみた小さなプライドのようにしか思えません。
むしろ海外からやって来た力士の方が、よっぽど日本の伝統や品格を理解しているのではないかと思います。
言ってることとやってることが違う相撲界だから、海外勢の力士たちも不満を持つんでしょう。
あんたらが大事にしてるのは、自分の名誉と稼ぎだけだろうって。
だから俺たちに負けるんだって。
絶対に言葉に出しては言わないでしょうけどね。
相撲もアマチュアボクシングもレスリングも体操もラグビーもここまで問題になって、でもそれは氷山の一角なのかもしれません。
根っこに戦前の軍隊教育のようなものが根付いているなら、それを排除しない限りいつでもどこでも同じ問題が起こるでしょうね。
もう戦争が終わって70年以上。
いい加減に精神的な負の遺産は消え去ってほしいものです。

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜 第十九話 鬼の怒り(1)

  • 2018.08.31 Friday
  • 13:44

JUGEMテーマ:自作小説

「鬼神川さん、スーツが破けてますよ。」
部下が言う。
見ると脇の後ろに裂け目があった。
「またか。」
袖を掴み、ビっと引きちぎる。
今年に入ってこれで五着目。
仕立て屋には丈夫に作るように言ってあるのだが、毎度私の筋肉に力負けしてしまう。
この前などただしゃがんだだけで背中から裂けてしまった。
有名ブランドが聞いて呆れる。
片方だけ袖がないのはバランスが悪いので、もう片方も引きちぎる。
すると脇腹の辺りまで裂けてしまったので、全てゴミ箱に突っ込んだ。
「鬼神川さん、マッチョすぎます。」
部下が笑う。
「黙れ!」と怒鳴って、副社長室を出て行った。
廊下ですれ違う社員は、私を見る度に背筋を伸ばして挨拶をしてくる。
そんな風にしろと教育した覚えはないのだが、どうも私に怯えているらしい。
「鬼神川さん、顔が怖すぎます。」
「うるさい。」
「たまには笑ったらどうですか?」
「しょっちゅう笑っている。」
「え?あの般若みたいな顔で?」
「般若?お前には笑顔に見えないのか?」
「アレが笑顔に見える奴は目がおかしいと思いますよ。」
「ふん!どいつも見る目のない。」
エレベーターに乗り、一個上の社長室まで向かう。
秘書も私を見るなり立ち上がって背筋を伸ばした。
「鬼神川さん、顔が般若ですよ。」
「もう言うな。」
うるさい部下を受け流し、「入ります」と社長室のドアを開けた。
「お呼びでしょうか?」
こちらに背中を向けている社長に尋ねる。
すると椅子を回して、「うう・・・」と唸った。
「どうしました?」
「このアイテム・・・・課金すべきかどうか迷ってるんだ。」
カグラ社長、伊藤秀典は眉間に皺を寄せながら悩んでいた。
歳は50だが外見は30代にしか見えず、足が長いので160という実際の身長よりも高く見える。
インテリでありながらギャグ漫画を好み、社長でありながら課金をケチる守銭奴でもある。
何もかもちぐはぐな男ではあるが、経営者としての腕は超一流で、たった一代でカグラを興し、上場企業にまで育て上げた。
その辣腕ぶりは本社の会長でさえ舌を巻くほどだが、真面目に働くことは少ない。
「う〜ん・・・・やっぱガチャっとくか。」
どうやら課金するらしい。
このように常日頃遊びに興じ、仕事のほとんどは部下任せだ。
それでも皆が言うことを聞くのは、一度腰を上げれば他を寄せ付けないほどの力を発揮するからである。
実は一時間ほど前のこと、社長直々に電話が掛かってきた。
『ちょっと上まで来てチョンマゲ。』
向こうから呼び出すとは珍しい。
部下と顔を見合わせ、これは緊急事態だぞと気を引き締めている次第である。
「社長、ご用件は?」
「ちょっと待って!もっかいガチャるか考え中だから。」
しばらく待つ。
数分後、「クソゲーじゃねえか!」とスマホを叩きつけた。
どうやらお目当てのアイテムだかキャラクターが手に入らなかったらしい。
「社長、そのゲームって10万つぎ込んでもレアは出ないそうですよ。」
部下が助言を出す。
社長は「マジで?」と顔をしかめていた。
「マジです。ゲーム好きの友人が言ってましたから。」
「まだ1000円くらいしかつぎ込んでないや。200時間やってるけど。」
「レアが出ないと孤島のダンジョンは行けないそうですよ。」
「その友達はいくらつぎ込んだら出たの?」
「30万くらいと言っていました。」
「あ、そ。じゃあ他のやろ。」
引き出しから携帯ゲーム機を取り出し、再び遊びに熱中し始めた。
「社長、ご用件は?」
「え?」
「用があってお呼びになられたのでは?」
「・・・・ああ!あるよ、あるある。」
小用でも思い出したみたいに言うが、社長直々の呼び出しである。
急を要する事態が起きていることは間違いない。
「逃げちゃったんだって。」
「逃げる?」
「伊礼誠。」
「なんと!?」
「正確には仲間が助けに来たみたいよ。」
「仲間が・・・・いつですか?」
「今日の明け方。」
「まさか・・・たまきの仕業で?」
「アイツじゃないよ。」
「じゃあいったいどこの誰が・・・・、」
「冴木晴香。」
「冴木・・・・元社長?」
「そ。」
「あの男が一人で?」
「そう聞いてる。」
「馬鹿な・・・・あの無能が・・・・、」
「無能じゃない。超人的な記憶力を持ってる。」
「だからといってアイツ一人では・・・・、」
「可能だと思うよ。だってアイツあの店で接待受けてたんだろ?」
「・・・・間取りを覚えていたのか?防犯カメラの位置も。」
「拉致った奴はアホだよな。監禁するなら敵の知らない場所にすればいいのに。」
「・・・・・・。」
「指示したのはお前だろ?」
「ええ。」
「アホ。」
ゲーム機を投げつけてくる。
私の額に弾かれて床に転がっていった。
「面倒なことになるよこれ。」
「申し訳ありません。」
「司令塔の伊礼さえ確保しておけば問題ない。そう言ったのはお前だよ?」
「ええ。」
「逃げられちゃってんじゃん。一番大事な奴に。」
そう言って手を向けてくる。
私はゲーム機を拾い、恭しく差し出した。
「壊れてる。お前の石頭のせいで。」
「申し訳ありません。」
「今すぐゲームしたいなあ。」
「すぐに新しいものを。」
部下に目配せをすると、懐からまったく同じゲーム機を取り出した。
そいつにソフトを差し替え、「どうぞ」と差し出す。
「・・・・・・・。」
「社長?」
「お前さ・・・・、」
「はい。」
「3Dじゃないじゃんこれ。」
引き出しからリボルバー拳銃を取り出し、頭を目掛けて撃つ。
部下は「痛!」と額を押さえた。
「こんな骨董品いらねえよ。」
振りかぶって頭に投げつける。
「すぐ新しいの持ってこい。でないとこっちで撃つぞ?」
そう言って引き出しから紫色の弾丸を取り出した。
そいつを弾倉に込め、狙いを定める。
部下は青い顔をしながら固まるしかなかった。
「聞こえないの?早く持って来い。」
「は、はい!ただいま!」
いつもは軽い口調の奴が、軍人のように敬礼してから駆け出していった。
「ついでにお前。」
今度は私に銃口を向けてくる。
「なんでしょうか?」
「やること分かってるよな?」
「はい。」
「幸いまだ人質は残ってる。ボンボンの娘の方は。」
「北川翔子が?」
「伊礼を助け出すのが精一杯だったんだろうな。」
「彼女が残っているのであれば・・・・まだやり用が。」
「そうだよな。やり用がある。・・・・今度はよく考えて動けよ。」
引き金を引き、紫の弾丸を発射させる。
そいつは私の頬を掠め、皮膚と肉を抉っていった。
赤い血が足元に落ちていく。
「床が汚れる。さっさと出てけ。」
「・・・・・・・・。」
無言のまま頭を下げ、社長室を後にする。
入れ違いに部下がやってきて、ゲーム機片手に入っていった。
外で待っていると青い顔のまま出てきて、「ヤバかったですね」と肩を竦めた。
「危うく殺されるとこでした。」
「し!愚痴は私の部屋に戻ってからにしろ。」
エレベーターに乗り、一つ下の階へ下りていく。
副社長室に戻ると、とりあえずハンカチで頬を拭った。
「大丈夫ですか?」
「ああ。」
普通の弾丸ならなんてことないが、あの紫の弾丸は遠慮したい。
位の高い霊獣ですら殺せる力があるのだから。
鏡を見ると思っていたよりも抉れている。
完治するまでしばらく掛かりそうだ。
「社長がご立腹なのは当然だ。まさか伊礼が逃げ出すとは。」
「まさかまさかの展開ですね。しかも冴木のせいでって。」
「少し見くびっていたか。」
無能は無能でもただの無能ではないことは知っていたが、まさか一人で伊礼を助け出すとは。
馬鹿なのか勇敢なのか?
どちらにせよ恐れ入る。
「すぐにタカイデ・ココに行くぞ。状況を確認したい。」
「その前に社長の愚痴を・・・・、」
「あとにしろ。」
すぐに車を用意させ、隣街の姫道市へ向かった。
駅から伸びる一本道、その先にある商店街の奧にあるタカイデ・ココ。
ドアを開け、「鬼神川だ!」と叫ぶと、オーナーの管恒雄がすっ飛んできた。
「鬼神川さん!大変です!伊礼が逃げ出して・・・・、」
「社長から聞いた。いったいどういうことだ?」
「どうもこうも・・・・、」
うろたえながら店の中を振り返る。
「冴木晴香ですよ。奴が裏口の通気口から侵入してきたようなんです。そして地下まで降りて隠し階段へ・・・・、」
「しかしあの階段はキツネの像を置いて隠していたはずだろう?」
「そうなんです、ええ。しかしどういうわけか見破られてしまいまして。」
「見破る?あの能天気な男が?」
「・・・・おそらくですが、以前に少しだけズレていたことがあったんです。その時にバレたのかも・・・・、」
「バカモン!」
管は「ひい!」と竦み上がる。
「奴は超人的な記憶力の持ち主なんだぞ!一度見たことは決して忘れない。なのに階段を隠す像がズレていたなど・・・・どういう管理をしてるんだ!!」
「も、申し訳ありません!!」
「頭を下げてすむことか!貴様・・・・最悪は社長に殺されるぞ。」
「そんな!」
「貴様は口達者で人当たりがいい。この店のオーナーとしてはうってつけだと思って抜擢してやったのに・・・・、」
「鬼神川副社長の推薦があってこそです!感謝しています!」
「だったらなぜこんな失態を犯した!営業部長をやっていた頃の10倍の給料を払っているんだぞ!」
「ほんとうに申し訳ありません!」
ただただ平に頭を下げている。
もっと優秀な男かと思っていたが、しょせんは口が上手いだけの二流だったようだ。
使いものにならん兵隊は処分するに限るが、今はこんな男の失態を責めている場合ではない。
「伊礼は冴木の手引きによって逃げたわけだな?」
「は、はい!営業時間外に忍び込み、上手く防犯カメラの位置を避けながら・・・・。」
「何もできずに逃がしてしまったわけか。」
「いえいえ!すぐに異変に気づいて私が駆けつけました。仕事が溜まっていたもので事務所に残ってまして・・・、」
「なるほど。駆けつけておきながら何も出来なかったと?」
「もちろん捕まえようとしました、はい!しかし冴木が拳銃を持っていたもので・・・・、」
「拳銃だと?」
「二発も食らってしまいました。普通の弾丸だったので痛い程度で済みましたが。」
「貴様の無事などどうでもいい!要するに抵抗されて捕まえられなかったということだな?」
「一度は伊礼を確保したんです!あんまり暴れるものだから少々手荒に。しかしその時に銃弾を食らってしまって。」
「言い訳はいい。何も出来なかったということだろう?」
一歩詰め寄ると、管は怯えながら後ずさり、床に頭をこすりつけた。
「ほんっとおおおに申し訳ありません!!」
「今すぐ貴様を絞め殺してやりたい。」
「いや、あの・・・・もう一人の方は守りましたので!」
「もう一人・・・・あの女だな?」
「冴木は北川翔子も連れ出そうとしていました。しかしそちらはどうにか阻止しましたので!」
「今はどこに?」
「地下の隠し部屋です!」
「案内しろ。」
「は・・・はは!」
慌てて立ち上がり、手もみをしながら地下へ下りていく。
隠し階段を塞ぐキツネ像をどかして、「どうぞ!」と先導していった。
薄暗い階段を下りながら「カマクラの連中はこのことを?」と尋ねた。
「いえ、まだ何も。」
「それでいい。」
「葛之葉公子に出てこられると厄介ですからねえ。何しろあの女は・・・・、」
「余計なことは言わんでいい。」
「は・・・はは!」
地下二階へ続く階段を下りると、その先は監獄のようになっている。
狭い廊下が伸びていて、左右に鉄製の扉がある。
ここはカグラに楯突くならず者を閉じ込めておく場所だ。
我が社の本業は家具の製造販売などではなく、霊獣の密猟。
そして捕まえた霊獣を売買するのがカマクラ家具だ。
要するにこの二社は犯罪組織であり、利害一致の協力関係にある。
ゆえに敵対する霊獣も多く、その中でも最も厄介なのが「たまき」という猫神であった。
あろうことかこの女は我が社に潜入していたのである。
玉木千里という架空の人間に化けて。
より位の高い霊獣は、下の位の霊獣に変化を見破られることはない。
残念ながら我がカグラにはたまきよりも高位の霊獣はおらず、たまきのへ変化を見破ることは出来なかった。
しかしカマクラ家具にはいたのである。
現社長の葛之葉公子。
たまきに勝るとも劣らない高位の霊獣である。
もし彼女がその正体を見破っていなければ、たまきはまだ我が社に潜入したままになっていただろう。
《たまきめ・・・・必ず貴様をここへブチ込んでやる。》
怒りを宿しながら、北川翔子が監禁されている部屋へ案内された。
重いドアを開くと、手足を縛られた状態でソファに寝かされていた。
鋭い目でこちらを睨むが、明らかに怯えが混じっている。
「外にいろ。」
管を追い払い、重い扉を閉める。
「北川部長補佐。」
名前を呼びながら近づくと、身を起こして逃げようとする。
「来ないでよ!」
恐怖と怒りの混じった声はか弱く、それでも弱いところを見せまいと健気に睨みつけている。
「怖がらないで下さい。何もしやしません。」
「人をさらったクセに何言ってるのよ!」
「・・・・冴木が来たそうですね?おかげで伊礼を奪われてしまいました。」
「あの二人は必ず助けに来てくれる!その時どうなるか分かってるんでしょうね。」
「父上に言いつけますか?カグラの連中に酷い目に遭わされたと。」
「そうよ!言っとくけど父は恐ろしいわよ。本気で怒ったらどうなるか・・・・、」
「じゅうぶん承知しています。」
向かいのテーブルに腰を下ろす。
腕を組むとシャツの脇が裂けてしまった。
まったく・・・・ガタイが良すぎるのも考えものである。
「伊礼さえ捕らえればあなた方の動きを封じることが出来ると思った。しかしその伊礼に逃げられてしまっては・・・・。」
「賄賂の件を調べ直していたら、あなたたちが怪しい商売をしてるんじゃないかって疑いが出てきたわ。」
「玉木ですか?余計なことを吹き込まれたんでしょう。」
「彼女の言い分をどこまで信用していいのか分からなかった。でもあなたは実際に人をさらった。こんな場所に監禁までしてね!」
一流ホテルのスイートルームのような部屋を睨みつけている。
ここは一つの上の階にあるVIPルームとはわけが違う。
ここはただの監禁部屋ではない。
上の階は人間をもてなす場所、ここは高位の霊獣をもてなす場所だ。
人間社会で商売をする霊獣は意外に多く、そういう方々と秘密のやりとりをする為の部屋でもあるのだ。
「鬼神川副社長、あなた達のやってることは犯罪よ。となると玉木さんの言っていた動物の密猟だって・・・・、」
「ええ、やっていますよ。」
「やっぱり!」
「というよりそっちが本業です。」
「玉木さんは言ってたわ。珍しい動物を捕まえては売り飛ばしているって。・・・・一つ聞かせてほしいんだけど、あなた達ってもしかして・・・・、」
「それも想像通りです。」
「じゃあやっぱり・・・・お稲荷さんとか化けタヌキとか、そういった類の・・・・、」
「正体は明かせませんが、不思議な動物とだけ言っておきます。」
テーブルから立ち上がり、北川翔子に詰め寄る。
「来ないでよ!」
こちらに足を向け、いつでも蹴り飛ばせるように屈ませた。
しかし人間の女の蹴りなど蚊に刺されたようなもの。
気にせずに詰め寄って行くと、私の迫力に怯えたのか反撃はとまった。
「な、何する気よ・・・・。」
「そう怯えないでいただきたい。」
「怖いに決まってるでしょ!」
「怯え方が尋常じゃありませんね。もしや・・・・何かされましたか?」
「うるさい!近づかないでって言ってるでしょ!!」
甲高い声を上げ、引きつった顔をしながら呼吸を荒くしている。
よく彼女を観察すると、胸元のボタンが幾つか外れていた。
「それ・・・・誰にやられたのですか?」
指をさすと、身をよじって隠した。
「管ですか?」
「・・・・・・・・。」
「オーナーのことです。あの男が何か?」
「・・・・・・・・。」
「まさかとは思うが・・・・、」
「違う!そんなことされてない!」
「奴は少々手癖が悪いところがありましてね。実は他にもさらった女がいるのですが、そっちにも手を出そうとしていたので強く叱ったのですよ。」
「他にもさらった女の人がいるの・・・・?」
さらに怯えている。
私は首を振った。
「正確には女というよりメスです。」
「ちょっと!そんな酷い言い方・・・・、」
「誤解しないで下さい。女性をなじったわけではありません。奴は本当にメスなのですよ。」
そう言って見つめていると、「それってまさか・・・・」と呟いた。
「密猟したってこと?不思議な動物を・・・・。」
「猫又です。聞いたことくらいあるでしょう?」
「たしか尻尾が二つに分かれた妖怪のことよね・・・・。」
「ええ。ただし密猟の為にさらったわけではありません。」
「・・・・その猫又は無事なの?」
「もちろん。人質としてさらったので、下手に傷つけるわけにはいきません。管のうつけは手を出そうとしましたが・・・・、」
「最低!なんでそういう酷いことを・・・・、」
「もちろんやめさせました。しかしあなたにも手を出していたとは・・・・、」
「だから違う!私はそんなことされてない!」
「ええ、分かっています。最後まではいかなかったのでしょう。途中で冴木がやって来たから。」
管は言っていた。
仕事が溜まっていたから店に残っていたと。
しかし実はそうではないのだろう。
店が終わり、誰もいなくなるのを待っていたのだ。
この女を目当てに。
私が北川翔子をさらったのは、本社が本腰を入れて動き出した時の為の保険である。
あそこまでの大企業を敵に回すと色々やりづらい。
しかしこの女がいれば会長に脅しをかけられる。
今は警察が動いているようだが、まだここへはたどり着いていない。
やって来たところで返り討ちにするだけだが。
「冴木のおかげでピンチを脱したのでしょう?おそらくですが、あの男はまずあなたを助け出そうとしたんじゃありませんか?
冴木はあなたに惚れていると聞く。ならば鬼上司よりもあなたを連れ戻すことを優先したはずだ。」
「冴木君はそんな子じゃないわ!優先順位をつけて誰かを助たりしない!」
「では管に襲われそうになったことは認めるわけだ?」
「そ、それはッ・・・・、」
「いいんですよ、誰にも言いません。」
「私は何もされてない!本当に何も・・・・、」
「ご自分でシャツのボタンを外したので?」
「これは転んだ時にたまたま・・・・、」
「転んでもシャツのボタンは外れません。もしかして・・・・本当は最後まで襲われてしまったのでは?」
「違う!違うってば!」
必死に喚いて否定する。
しかしそれこそが何かあったという証だ。
この女は高いプライドを持っている。
だからこそ管のような下衆に何かされたなどと認めたくないのだろう。
《使えるな、この女。》
知られたくない秘密があるということは弱みである。
プライドが高いのなら尚更に。
「大人しくしていれば手荒な真似はしません。これ以上管にも手出しはさせない。」
「違う!私はほんとになにも・・・・、」
うっすらと涙を浮かべている。
これは・・・やはりそういうことなのだろう。
とにかくこの女一人では何も出来まい。
部屋をあとにし、重い扉を閉める。
管が手もみをしながら駆け寄ってきて、「生意気な奴だったでしょう?」と嫌味な笑みを浮かべた。
「大人しそうに見えて意外と凶暴でして。」
「だろうな。」
私は管に鼻を近づけた。
獣の鼻は人間よりも鋭い。
些細な臭いさえ嗅ぎ分ける。
「あ、あの・・・・副社長?」
うろたえる管、額に冷や汗が流れていた。
「貴様・・・・・やはりあの女に手を出したな?」
「あ、え・・・・、」
「べっとりとあの女の臭いが付いている。」
「そ、そりゃ付いてますよ!なにせ逃げようとしてたもんですから取り押さえて・・・・、」
「お前が取り押さえようとしたのは伊礼ではなかったか?」
「あ!や・・・その・・・あの女もです、ええ!」
「なあ管よ・・・・。」
ポンと肩を叩く。
管は「痛ッ・・・・」と飛び上がった。
「貴様を処分しようと思っていたが、気が変わった。」
「へ?」
「何かあったと証明するには、手を出した犯人の証言が必要だ。」
「いや、ですから・・・・私は何も・・・・、」
「どこまでやったのかは知らん。だが汚そうとしたのは事実だろう?」
「め、滅相もない!大事な人質に手を出すなんてそんな・・・・、」
「ムクゲには出そうとしていたはずだが?」
「あ、あれは人間ではありませんから・・・・、」
「しかし大事な人質だ。たまきを牽制する為のな。」
「あ・・・う・・・・、」
ますます狼狽えている。
その情けない顔を見ていると殴り飛ばしたくなったが、グっと拳を堪えた。
「いいか?次にくだらない真似をしたらどうなるか・・・・、」
「に、二度といたしません!」
背筋を伸ばし、直立不動で宣言する。
私は「それでいい」と肩を叩いた。
「ぎゃあ!骨が・・・・、」
「用が出来たので引き上げる。何かあったらすぐに報告しろ。」
「は、はいいいい!」
ここまで脅せばもうやるまい。
人質は傷つければつけるほど価値が下がる。
無傷のままチラつかせるからこそ効果的なのだ。
店を出ると、外で待っていた部下が「どうでした?」と尋ねてきた。
「社長の仰った通りだ。伊礼には逃げられた。」
「あちゃ〜!」
「しかしまだ北川翔子がいる。あの小娘を利用しない手はない。」
「まさか会長を脅しにかかるんで?」
「いや・・・・冴木に対して使う。」
「あの男に?」
「無能の能天気かと思っていたが、思わぬダークホースかもしれん。」
車に乗り、ハリマ販売所へ向かっていく。
もしそこにいなかったら自宅へ向かおう。
そこにもいなかったとしたら・・・・おそらく靴キングだろう。
冴木は思っていたよりも優秀な男のようで、ならば味方に引き込む方が得策である。
命懸けで仲間を助けに来た勇敢な男だ。
管よりよほど仕事が出来る。
北川翔子という人質がいる限り、いや・・・・あの女に惚れている限り、冴木は私たちの言うことを聞く羽目になるだろう。

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜 第十八話 心を開けない少年(2)

  • 2018.08.30 Thursday
  • 11:25

JUGEMテーマ:自作小説

夜の公園でブランコに揺られる。
僕と、若い男の人と二人で。
隣のブランコに座るこの人は冴木晴香さん、半年前まで稲松文具の社長だったらしい。
とてもそうは見えないけど・・・・。
でも前にお父さんが言ってたっけ。
晩酌をしながら『冴木社長がもっとしっかりしてくれないと会社がままならん・・・・』とかなんとか愚痴ってたような気がする。
僕はお茶を、冴木さんは缶コーヒーを飲みながら、さっきまで色んなことを話していた。
やっぱりお父さんは誘拐されていたこと、それを助ける為に冴木さんが頑張ってくれていること。
そして・・・・僕が眠っていた二年間のこと。
『絶対に俺から聞いたって言うんじゃないぞ。』
そう釘を刺してから、誰も教えてくれなかった僕の過去を教えてくれた。
・・・・信じられないことだけど、小四から小六までの二年間、僕の身体は他人の魂に乗っ取られていたらしい。
その人はお父さんの大親友だったそうだ。
でも悪い奴の罠にハマって、交通事故に見せかけて殺されてしまった。
その人は生前にドナー登録をしていたそうで、ある少年に腎臓が提供された。
・・・そう、僕だ。
僕はその人のおかげで病気から解放された。
だけどもらったのは腎臓だけじゃなかった。
なぜか魂まで乗り移ってしまって、そのせいで二年間の眠りにつくことになった。
僕が眠っている間、その人は靴キングの社長として活躍していた。
当時は小学生社長誕生って話題になったらしい。
その人は自分を罠にハメた相手に復讐する為と、靴キングという会社を守る為に、僕の身体を借りて悪い奴と戦っていた。
そしてお父さんと冴木さんもその人と一緒に戦っていたそうだ。
とにかく大変な戦いだったけど、悪い奴を倒すことが出来た。
その瞬間、その人の魂は成仏して、僕が目を覚ましたってことらしい。
・・・・こんなの全然信じられない。
冴木さんはたぶん僕をからかっているんだろう。
でも何度聞いても同じ答えだから、ほんとのことを言うつもりはないんだって諦めた。
僕の眠っていた二年間のことは謎のままで、きっとこれからも謎のままなんだろう。
いつかは真実を知りたいけど、いつになったら分かるのか・・・・。
でもそれはとりあえず置いておこう。
いま一番気になっていることはお父さんの事だ。
冴木さんが言うには、月曜の朝にお父さんと会って、仕事の話をしていたそうだ。
お父さんは先に切り上げて、靴キングの配送センターから出て行った。
そしてそこから行方が分からなくなってしまったらしい。
『ある犯罪組織に誘拐されちゃったんだ。』
冴木さんはそう言った。
ちなみに行方が分からないのはお父さんだけじゃない。
その時一緒にいた北川さんって人も行方不明になっているらしい。
北川さんは稲松文具の会長の娘だから、警察は営利誘拐じゃないかって疑っているそうだけど、冴木さんが言うにはそうじゃないらしい。
お金が目的でさらったんじゃなくて、脅しが目的でさらったんだろうって。
稲松文具がその犯罪組織のことを調べ始めたから、これ以上首を突っ込むなって意味でさらったんだろうって。
『これ、俺じゃなくて草刈さんの考えなんだけどね。』
最後にそう付け加えていた。
僕は『草刈さんってこの人ですか?』と、この前もらった名刺を見せた。
すると『おお、これこれ!』と驚いていた。
『なんで君がこんなモン持ってるの?』
『草刈さんって人が学校まで来て渡していったんです。』
『あの人学校にまで乗り込んだのか!?』
『なんかすごい先生がヘコヘコしてました。』
『マジかよ!学校の先生まで脅すなんて・・・・最低な奴だな。』
『別に脅してはなかったけど・・・・。』
『いいや、アイツはそういうことする奴なんだ。俺だって社長時代に何度ケツを蹴っ飛ばされたか。』
『社長なのに蹴っ飛ばされるんですか?』
『普通はありえないだろ?でもあのオッサンはそういうことするんだよ。ありゃパワハラの塊だ。いつか訴えてやる。』
なんか知らないけどすごく怒っていた。
でもこの人が社長だったら、お尻を蹴っ飛ばしたくなるのも分かる気がする。
だって頼りなさそうだもん。
適当なことして平気で会社を潰してしまいそうだ。
まあ初対面の人にそんなこと言えないけど。
とにかく僕たちは色々話をして、今はギシギシとブランコに揺られている。
冴木さんは言った。
お父さんはきっと無事だろうって。
相手も馬鹿じゃないので、無駄な暴力は振るわないはずだって。
でも僕は心配だった。
だって犯罪組織なんて何をしでかすか分からない。
「あの、ひとつお願いがあるんですけど・・・・、」
「電話鳴ってない?」
冴木さんが僕のポケットを見る。
言われるまで気づかなくて、慌てて電話に出た。
結子さんからで『今どこにいるの?』と心配そうに言った。
『ちょっとコンビニに。ていうか今日は帰りが遅いんじゃなかったの?』
『早めに帰らせてもらったのよ。猛君がいるから。』
『僕もうそこまで子供じゃないけど・・・・、』
『なに言ってんの。中学生の子を夜遅くまでほっとけないわよ。もうご飯も出来てるからすぐ帰って来なさい。』
まるで母親みたいに言う。
でもちょっとそれを嬉しいと感じている自分がいた。
お父さんも結子さんも、もしかしたら僕にとって大切な人なのかもしれない。
いなくなっても構わないなんてウソで、ほんとは傍にいてくれることが嬉しいのかも。
「すぐ帰るから」と電話を切ってブランコから飛び降りた。
「あ、帰る?」
僕は「はい」と頷いてから、冴木さんにあるお願いをした。
「僕も仲間に入れて下さい。」
なんのことか分からなかったみたいでキョトンとしている。
だからもう一度言った。「仲間に入れて下さい」って。
ちょっと間が空いてから、「ええ!」と驚いていた。
「仲間って・・・・君もスパイになりたいってか?」
「僕はお父さんに無事に帰って来てほしいだけです。その犯罪組織とかはどうでもいい。」
「でも伊礼さんを助け出すってことは、その犯罪組織とも戦うってことになるよ?」
「分かってます。」
「分かってますって・・・・。あのね、さっきも説明したけどすごく怖い組織なんだよ。警察でさえ手こずってるんだから。」
「それも分かってます。会長さんがコネを使って警察を動かしてるんでしょ?」
「腕利きの刑事に来てもらってね。でも全然上手くいかないんだ。
だってその犯罪組織は普通じゃないからさ。なんていうかな・・・・とにかく普通じゃないんだよ、うん。」
そんな一人で頷かれても困ってしまうけど、僕の決意は変わらない。
「このままだとモヤモヤして気持ち悪くて嫌なんです。僕はお父さんに帰って来てほしい。」
これはお父さんの為っていうより自分の為かもしれない。
今のままだとずっとお腹が痛いままで、どんな事さえ楽しいと思えない。
すると冴木さんは「それ伊礼さんに聞かせてやりたいよ」と言った。
「あの人って仕事の時は鬼だけど、それ以外の時はけっこうナイーブなんだよな。
多分だけど、猛君とお父さんって上手くいってないだろ?」
「分かるんですか・・・・?」
「なんとなくな。」
冴木さんもブランコから飛び降り、ポンと僕の肩を叩いた。
「大丈夫、絶対にお父さんは助けるから。」
「はい!だから僕も手伝って・・・・、」
「それはNG。」
「なんでですか!」
「子供に犯罪組織と戦わせるわけにはいかないよ。伊礼さんが戻って来たとき俺が殺される。」
「でもじっとしてられないんです!どうでもいいと思ってた人なのに、今は心配で仕方なくて・・・・、」
「わかるよ、俺だっておんなじ気持ちだから。」
「冴木さんも?」
「だって俺の大事な人もさらわれてるから。北川課長・・・・あの人の為なら死んだって構わない。」
「もしかして北川さんって人のこと好きなんですか?」
「人じゃない、女神だ。」
「女神?」
「もしくは天使。」
「はあ・・・・。」
なんかよく分からないけど、それだけ好きってことなんだろう。
「課長も伊礼さんも必ず助ける。だから気持ちだけ受け取っとくよ。」
「どうしてもダメですか?僕も一緒に・・・・、」
「だって俺が伊礼さんに殺されるから。」
「そんなことさせませんから!」
「庇ってくれるのは嬉しいけど、でもやっぱり子供を関わらせるわけにはいかないよ。
猛君がいつもと変わらずに元気でいること。それが伊礼さんが一番望んでることだと思う。
心配で怖いのは分かるけど、ここはお父さんの気持ちを考えてあげてよ。」
「お父さんの気持ち?」
「どうして伊礼さんが君を引き取ったのか?それは自分の手で守りたいって思ったからさ。
だからいつでも君が元気でいることが一番嬉しいに決まってる。」
「・・・・・・・・。」
「納得いかないかもしれないけど、こればっかりは無理だから。もう遅いし家に帰ろう。」
そう言って「家どっち?」と公園から出て行く。
僕はしばらく立ち尽くしたままで、冴木さんは急かすように「お〜い!」と呼んだ。
その時また電話が掛かってきた。結子さんからだ。
『ちょっと猛君!いつまで出歩いてるの?』
「・・・・ごめん、すぐ帰る。」
『まさか変な人に絡まれたりしてないでしょうね?』
「平気だよ、たぶん良い人だから。」
『良い人って・・・・まさかほんとに変な人に絡まれて・・・・、」
「すぐ帰るから。心配しないで。』
『ちょっと猛君!たけ・・・・、』
電話を切り、「こっちです」と公園を出て行く。
冴木さんはマンションの前まで送ってくれて、「じゃあ俺はこれで」と手を振った。
「お父さんは絶対に助ける。それじゃまた。」
ちょっとカッコつけた感じで去って行く。
そこへマンションから結子さんが出て来て、「どこ行ってたの!」と怒った。
「もう七時半よ!こんな遅くまでほっつき歩いて!」
「ごめん、ちょっと外の空気を吸いたくて。」
「無理してるとまたお腹が痛くなるわよ。」
「平気だって。良い人と話して色々楽になったから。」
「やっぱり変な人に絡まれてたのね!大丈夫?何もされてない?」
「だから平気だって。子供だけじゃ危ないからってここまで送ってくれたし。」
「送る!?てことはここにいたの?」
「さっきまで。」
「どこ!?」
「そこ。」
去りゆく冴木さんを指さす。
すると結子さんは「待ちなさい!」と追いかけていった。
「あんた猛君に何したの!?」
「ぐぎょッ・・・・、」
思いっきり襟を引っ張っている。
冴木さんは「ちょ、ギブッ・・・」とタップするけど、結子さんは離そうとしなかった。
「子供を狙うなんて許せない!警察に突き出してやるわ!」
「く、首・・・・苦し・・・・、」
本気で苦しがっている。
僕は慌てて止めに入った。
「結子さん違うから!」
「猛君は隠れてなさい!」
「だから違うって!その人は良い人だから!」
「こんな夜に子供に絡む人が良い人なわけないでしょ!」
「その人は僕から声を掛けたんだって!稲松文具の人なんだよ!」
「へ?稲松文具・・・・?」
結子さんの力が緩む。
冴木さんはその隙に逃げ出した。
「なんなんだよいったい・・・・。」
ゴホゴホと咳をしながら結子さんを睨む。
「こっちは親切で送ってやったのに・・・・乱暴なオバハンだな。」
「オバハンですって!」
「ちょ、タンマ!」
「私はまだ29よ!オバハンじゃない!」
「ほんとだ。よく見れば若いな。雰囲気はオバハンっぽいけど・・・・、」
「まだ言うか!」
「冗談冗談!首締めないで!」
結子さんの攻撃をサッとかわし、慌てて逃げて行く。
「猛君!お父さんは絶対に助けるから!男の約束だ!」
そう言い残し、ものすごい速さで遠くに消えていった。
「あ、待て!」
悔しそうにする結子さんに、「帰ろうよ」と手を引っ張った。
「あの人はほんとに良い人だから。心配しなくて平気だよ。」
「20代に向かってオバハンなんて言う奴が良い人なもんか!」
「だっていきなり首を絞めるから。」
「今度会ったらタダじゃおかないわ!」
まるで猪みたいに鼻息を荒くしている。
「とにかく落ち着いて」と宥めて、マンションの中へ引っ張っていった。
部屋に戻ると「猛君!」と怒られた。
「今まで何してたの!?」
「だからコンビニに・・・・、」
「ウソ言わない!コンビニ行ってたならなんであんな人に送ってもらうの?」
「それは・・・・、」
「稲松文具の人とか言ってたけど、まさかまた草刈って人が会いに来たんじゃ・・・・、」
「違うよ、スーパーに買い物に行ったらさっきの人とぶつかったんだ。
胸に社員バッジをつけてたから、稲松文具の人だと思って話しかけただけ。ほんとだから。」
「ほんとに?」
「ほんとのほんと。」
「だったらどうしてこんなに帰りが遅いの?今まであの人と何してたの?」
「何って・・・・ちょっと話をしてただけだよ。」
「なにを話してたの?」
「ええっと・・・忘れた。」
「そんなわけないでしょ。ついさっきのことなのに。」
「でも忘れちゃったんだって。ほんとだから。」
なにを話してたかなんて言えない。
そんなこと言ったら余計に心配させるだけだから。
結子さんは何度もしつこかったけど、僕は適当に誤魔化した。
「・・・まあいいわ。とにかくご飯食べなさい。」
ちょっとだけ怒りが収まったみたいだ。
僕は黙々とご飯を食べながら、結子さんの顔色を窺った。
「美味しい?」
「うん。」
「育ち盛りなんだから遠慮せずにどんどん食べて。」
「うん。」
そう言って自分の唐揚げを二つ分けてくれた。
それは嬉しいんだけど、その後に嬉しくないことを言われた。
「ここにいる間は夜の外出は禁止ね。六時以降は家にいること。」
「え?」
「当たり前でしょ。いつまたあんな変な人に絡まれるか分からないんだから。」
「でも僕もう中二だよ?夜でも一人で大丈夫・・・・、」
「大丈夫なわけないでしょ。最近は子供が狙われる事件も多いんだから。もし何かあったらって思うと・・・・、」
そう言いかけて急に黙る。
俯いて悲しそうな顔をしながら。
結子さんがこういう顔をする時は、決まって亡くなった家族のことを思い出しているんだ。
結子さんは大学生の時に結婚して子供を産んだ。
できちゃった婚ってやつだ。
親には反対されたけど、絶対に産むって言って、同級生の大学の彼氏と結婚した。
でもそれから二年後、事故で旦那さんと子供を亡くした。
三人で車に乗っていて、自分だけが助かった。しかも運転していたのは結子さんだった。
もちろん結子さんが悪いわけじゃない。
酔っ払った車が突っ込んできたんだ。
結子さんは悪くない。悪くないんだけどすごく責任を感じている。
もっと気をつけていれば、相手の車をかわすことが出来たんじゃないかって。
それは今から六年前のことだから、そんなに昔じゃない。
だから結子さんは今でも悲しいままなんだと思う。
僕はお父さんがさらわれて不安で堪らないけど、結子さんは六年間も不安で悲しいままなんだ。
そう思ったら・・・・、
「守るよ門限。」
「・・・・・・・・。」
「もう一人で夜に出歩かないから。」
「・・・・・・・・。」
「部活とかで遅くなる時は電話するし。」
「・・・・・・・・。」
「もう心配かけるようなことしないから。」
「・・・・ごめん。」
席を立って洗面所に消えていく。
きっと泣いている顔を見られたくないんだ。
いつもならすぐに戻ってくるのに、今日はやけに長くて、ちょっと心配になった。
「結子さん?」
洗面所に行くと、結子さんはサッと顔を逸らした。
「大丈夫だよ、ちゃんと約束守るから。」
そう言ってもこっちを向かない。
「結子さん」って呼んでも黙ったまんまで、僕まで不安になってきた。
気がつけば手を伸ばして、服の袖を掴んでいた。
「ほんとだよ。約束するから。」
結子さんにこっちを向いてほしかった。
もしこのままお父さんが帰ってこなくて、結子さんまでずっと振り向いてくれなかったら・・・・。
そんなわけないのに、そんな風に怖くなってしまう。
・・・もしかしたら自分で気づかないだけで、親がいないことを悲しんでいたのかもしれない。
まだ小さかったからピンと来なかったなんてウソで、思い出すと悲しいから記憶の底に封じ込めようとしていただけなのかも。
・・・・分からない。
でもとにかく結子さんにこっちを見てほしかった。
僕が悪いならいくらでも謝るし、結子さんが言うならどんなルールでも守る。
だからずっと背中を向けるのはやめてほしい。
いったいどう言えば振り向いてくれるんだろう?
手を引っ張ってもダメで、名前を呼んでもダメで、約束を守ると言ってもダメで・・・・、
「お母さん。」
考える前に呟いていた。
自分でもビックリして、でもそれ以上に結子さんがビックリしていた。
「僕どこにも行かないよ。だからお母さんもどこにも行かないで。」
なんでそんなこと言ってるのか自分でも分からないけど、ただとにかく傍にいてほしかった。
僕を見てほしいし、背中を向けたまま泣くのもやめてほしい。
結子さんはビックリしたまま固まっていて、僕は少し怖くなってきた。
変なこと言ったから嫌われたんじゃないかって。
「ごめんなさい。お母さんって言って。」
そう謝るのと同時に、結子さんは僕の手を握ってきた。
そのままギュっと抱きしめられて、「こっちこそごめんね」と逆に謝ってきた。
ちょっと苦しいくらに抱きしめられて、僕はどうしていいのか分からない。
結子さんが謝ることなんてないのに。
「・・・・もう大丈夫、ご飯食べよ。」
背中を押されてテーブルに戻る。
そのあと他愛ない話を色々したけど、何を喋ったのか覚えてない。
ご飯が終わってお風呂に入って、布団に寝転ぶ頃になって急に恥ずかしくなってきた。
《お母さんって・・・。いきなりお母さんって・・・・もう中二なのに。》
これじゃ明日顔を合わせるのが恥ずかしくなる。
でも言ったことは消せないから、明日「おはよう」って言ったあとにどんな顔をしようか悩んでしまった。
お父さんのこと、結子さんのこと、モヤモヤすることばかりが続いて、夜遅くになっても眠たくならなかった。
仕方ないからスマホをいじってやり過ごす。
気がつけば空は明るくなっていて、隣の部屋からゴソゴソと音が聞こえた。
《結子さん起きたんだ。》
時計は朝の六時半を指している。
今日から学校だ。
朝練は休むにしても、そろそろ起きないと授業まで遅刻してしまうかもしれない。
《どうしよう・・・どんな顔したらいいんだろう。》
答えの出ないまま布団から起き上がる。
とりあえずおはようって言って、あとは・・・・その場で考えよう。
ちょっと重い気分で襖を開けようとすると、いきなり結子さんの悲鳴が聞こえた。
短い悲鳴だったけど、耳に残るほどの声だ。
「どうしたの!?」
慌てて部屋を出ると、結子さんは口元を押さえて固まっていた。
足元には卵焼きが散らばっている。
まん丸に目を見開いて、まっすぐに廊下の方を見つめていた。
僕もそっちに目を向ける。
そして結子さんと同じように叫びそうになった。
「よ。」
お父さんだった。
軽く手を上げながら笑っている。
服はボロボロで、顔には痣が出来ていて、ちょっと痛そうに口元を曲げていた。
「悪かったな、心配かけちまって。」
ニコっと笑う。
僕は俯いて黙り込む。
昨日の結子さんみたいに、洗面所へ走って背中を向けた。

人の個性とカメラの個性がピッタリ合うことがカメラ選びで重要なこと

  • 2018.08.30 Thursday
  • 11:22

JUGEMテーマ:カメラ

良いカメラを持てば良い写真が撮れるのか?
写真をやる者にとってカメラは大事です。
けどこの問題って難しくて、良い機材が大事という人もいれば、カメラなんて関係ないという人もいます。
果たしてどちらが正しいのか?
ちなみに私は以前は高い機材を使っていました。
たしかに写りは綺麗だし、頑丈だし、高性能だから色んな状況でも対応してくれました。
けどそれで良い写真が撮れたかというと、答えはNOです。
なぜなら何を撮りたいかを考えずに、「このカメラいい!」と思って選んでしまったからです。
そんな理由で良い機材を買っても持て余すんですよね。
高級なカメラになればなるほど、使用目的がハッキリとしていないといけません。
車と同じです。
見た目だけに惹かれてスポーツカーを選んでしまったなら、燃費の悪さに愕然としたり、「こんなにスピード出なくてもいいのに」って性能を持て余してしまったり。
機械だって個性があります。
街乗りメインなら軽やコンパクトカーで充分といったように、街角スナップメインなら小型のコンデジでも充分です。
スナップで大事なのは携帯性と取り回しの良さ。
あとはそこそこのレスポンスくらいです。
逆にバイクレースを撮りたいとかいうのであれば、コンデジではどうにもなりません。
まったく撮れないことはないだろうけど、そこを頑張るくらいなら、連射性と高速AFが利く一眼を持った方が効率的です。
風景を撮る場合でも、単に画質だけ求めればいいってわけじゃありません。
とにかく精密に、緻密に写したい。
絵画でいうなら写実画のような写真が撮りたいというのであれば、フルサイズの高画素機が必要です。
今なら手持ち撮影可能な中判一眼レフもありますし。
けど風情や情緒といったイメージを強調したいのあれば、高画素は絶対に必要なわけじゃありません。
APS-Cサイズやフォーサーズといった小さめのセンサーで、1000万以上の画素数があれば充分です。
絵画でいうなら印象派のような感じです。
モネやルノワールの絵はとても美しいけど、近くで見ると細部の一つ一つは潰れていたり、大雑把な形だったりするものです。
別に下手に描いているわけじゃなくて、あえてそうやって描くことで、精密さよりも人が見た時の「綺麗!」と感じる印象を強調しているわけです。
カメラの数だけ個性があります。
レンズも同様です。
綺麗に撮りたいだけなら、最新の高価なレンズじゃなくてもいいんです。
昔のマニュアルレンズはとても綺麗な写りをします。
立体感や質感の描写に優れ、まるで写真の中に空間が存在しているかのようなリアリティのある写りをします。
ただしAFは利かないのでピントは手動、露出もマニュアルか、よくて絞り優先になったりするので、完全にカメラ任せで撮りたい人には向きません。
カメラもレンズも個性があって、そしてカメラとレンズの組み合わせの数だけ個性も増えます。
オールラウンドに無難に撮りたいのであれば、各メーカーが出しているエントリーモデルか、その一つ上のクラスで充分です。
これから写真を始めようと思って迷うなら、そういったカメラを買っておけば間違いないでしょう。
人も個性、カメラも個性。
良い写真を撮るには、お互いの個性がピッタリ合うことが重要だと思います。

金銀宝石の価値を決めるもの

  • 2018.08.29 Wednesday
  • 13:51

JUGEMテーマ:日常

金銀宝石。
高級でお金持ちってイメージを連想させる言葉です。
漫画ミナミの帝王で金の価値について萬田銀次郎が話しているシーンがありました。
「なんで紙幣なんて紙切れが価値を持つのか?
それは昔は日本銀行へ紙幣を持っていくと金と交換してくれたから。
金を担保とすることで紙幣に価値があった。
でも今は日銀へ行っても金とは交換してくれない。
なぜなら日銀が保有している金の量よりも遥かに多くの紙幣を刷ってしまったから。
じゃあ今の紙幣は何が担保になっているのか?
それは日銀の信用。」
こんな意味のセリフを言っていました。
お金の価値はその通貨を発行している国の信用であるそうです。
日本という国は信用度が高いから、円は大きな価値を持つということです。
じゃあ金と交換してくれた昔はどうなのか?
金が紙幣の価値を担保していたとしても、その金の価値はなにを担保としているのか?
銀や宝石も同じです。
どうして価値を持つのか?
工業製品を作る際に使われるからという理由もあるでしょうけど、それなら他の金属や鉱物が金銀宝石ほど高級なイメージが付かないのはどうしてか?
例えばダイヤモンドの価値って昔に比べると下がっているそうです。
なぜなら人工ダイアモンドが誕生したから。
人の手で作れるようになってから、宝石の王様と呼ばれたダイアモンドは、だんだんと価値が下がっていっているそうです。
逆に工業の分野では研磨剤として使ったり、カッターとして使ったりと、実用的な価値があります。
金銀は工業で使われることがありますが、昔ほど必要がなくなていると聞いたことがあります。
技術の発達に伴って、昔は必要としていた素材や部品が必要なくなったからだそうです。
レアアースやレアメタルも同じ理由で価値が下がりつつあるのだとか。
金も銀も天然ダイアモンドも、実用面においては昔ほど必要とされていないならば、残された価値は資産としてでしょう。
でもよくよく考えると分からないものです。
どうして黄金色に輝くだけで価値を持つのか?
どうして綺麗な石というだけで価値を持つのか?
昔の人がありがたがるのは分かります。
「なんかよく分からない物体だけど、綺麗だからとりあえず大事にしちゃおう!」
水銀がキラキラしてて綺麗だから、不老不死の薬に違いないと思って飲んだ人もいるくらいです。
ただ美しいというだけで価値があったのでしょう。
でも現代は違います。
黄金色や銀色に輝く綺麗な物なんていくらでも作れるし、ダイアモンドだって人工で生み出せます。
その他の宝石にしたって、光が当たったら綺麗という意味だけなら、ガラス細工のオモチャでも同じことです。
金銀宝石に価値があるのは、今でも昔と変わらずに、そういう物には価値があると信じる人が多いからこそなんじゃないかと思います。
紙幣の価値を担保する信用は目に見えないけど、金銀宝石に価値があると信じる心も目には見えません。
土地や油田のように実用的な価値が無いにも関わらず、そこに価値を見出す人の心。
物が全てという人もいるけど、物の価値を決めているのは人の心です。
世の中は手触りもない、見ることもできない価値や信用によって動かされているということなんでしょうね。
人の心って頼もしくもあり、恐ろしくもありますね。

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜 第十七話 心を開けない少年(1)

  • 2018.08.29 Wednesday
  • 13:15

JUGEMテーマ:自作小説

家族に関する記憶はほとんどない。
幼稚園の頃に事故で両親を失い、児童養護施設で育ってきた。
親の記憶がほとんどないので、親がいないことを気にしたこともほとんどない。
別にそのことでイジメに遭うとかもなかったし、友達の親がヒソヒソ言っているのを聞いたこともあるけど、「だから何?」って感じだった。
アンタの子供じゃないんだからほっときゃいいじゃん。
暇なオバチャンだなあってくらいにしか思わなかった。
親がいないことを除けば、可もなく不可もなくって感じの普通の子供だった。
だけど急に人生が変わる日がやってきた。
あれは小四になったばかりの頃、僕は大きな病気にかかってしまった。
そのせいで腎臓を悪くしてしまって、移植しないと完全に治らないって先生から言われた。
いつ自分に合うドナーが現れるか分からないから、それまでは人工透析ってやつを続けることになった。
身体にチューブを繋いだまま、何時間もベッドでじっとしてなきゃけいないのだ。
食べ物だって制限されるし、飲みたいものだって飲めない。
親がいないことよりもこっちの方が辛かった。
だけど僕の場合、奇跡的にすぐにドナーが見つかった。
そして手術も上手くいって、辛い透析や食事制限から解放されたんだ。
あの時は人生で一番嬉しかった。
まだ小四だったけど、これが人生の喜びだなんて、ずっと食べたかったカツカレーを頬張ったんだ。
いったいどんな人が腎臓を提供してくれたのか分からないけど(ドナーのことは絶対に秘密らしいから)、その人にはこれからもずっと感謝しないといけない。
そう、僕は病気から解放されて自由になったのだ。
だけどそれも束の間、僕の自由はいきなり奪われた。
・・・・今でも詳しいことは分からない。
ある日いきなり意識を失ってしまって、二年近くも眠ったままだったのだ。
目が覚めた時、周りには知らない大人ばかりで、その中の一人が今のお父さんだった。
いくら聞いても僕が眠っていた間のことは教えてくれない。
『いまはまだ言えない。でもいつか必ず話す。』
そう答えるばかりだった。
お父さんと一緒に暮らすようになって二年くらいになるけど、僕はまだ心を開けないままでいる。
だっていきなり知らないオジサンに引き取られて、『俺が新しいお父さんだ』って言われても困ってしまう。
何を話せばいいのか分からないし、一緒にいても気まずい感じがするし。
だからなるべく顔を合わせないようにしている。
お父さんは一緒にいる時間が少ないことを悩んでるみたいだけど、僕としては助かっているのだ。
このままあと何年かすれば、大人になって自分の力で生きていける。
そうなればもう会うこともない。
あの人は僕が生きていくお金を稼いでくれるだけの人で、それ以上の特別な人じゃない。
どちらかというと、孤児院の時の先生だった結子さんの方が好きだ。
たまたまスーパーでばったり会って、それ以来ちょくちょく家に来てご飯を作ったりしてくれる。
僕は学校も部活もあるので、結子さんが来てくれて助かっている。
だけどそれだって特別に大事ってわけじゃなくて、ある日いきなり来なくなったとしても、困ったり悲しんだりなんてしない。
結子さんも僕と同じで家族を亡くしている。
旦那さんと二人の子供を。
だからきっと僕とお父さんの世話をすることで、自分の悲しみを埋めているんだと思う。
別にそれは結子さんの自由なんだけど、だからって僕は結子さんの子供じゃないし、やっぱり今日から会いに来なくなっても何も思わない。
そんなに自分の家族が欲しいなら、新しい男の人でも見つけて再婚すればいいのだ。
お父さんも結子さんも、僕にとっては可もなく不可もなくって感じの人で、二人とも特別なんかじゃない。
そう・・・・特別なんかじゃないんだ。
だからお父さんがどうなろうと知ったことじゃないはずなのに、今はとても焦っていた。
三日前の月曜から、お父さんと連絡が取れなくなってしまったのだ。
家には帰って来ないし、会社にも行っていない。
とにかく緊急事態ってことで、今は結子さんのマンションでお世話になっている。
時計を見上げると午後四時、いつもならあと一時間もすれば結子さんが仕事から帰って来る。
でも今日は遅くなるって言ってたから、晩ご飯は作っておいた方がいいかもしれない。
戸棚から鍵を取り出し、ポケットに財布を突っ込み、トントンと靴を履く。
部屋を出て鍵を閉めて、エレベーターに乗ろうかと思ったけど、階段で下りていった。
空は少し曇っていて、洗濯物を入れておいた方がよかったかなと、五階の部屋を見上げる。
でも今さら戻るのも面倒くさいから、このまま行くことにした。
少し歩くと「スーパー玉入」が見えてきた。
自動ドアを潜り、カゴを片手にウロウロしながら、三日前から帰って来ないお父さんのことを考える。
とにかく真面目な人で、何も言わずに帰って来ないなんてことはありえない。
出張とかで泊まる時は必ずそう言うし、あんまり遅くなりそうな時も連絡を入れてくる。
最後に顔を合わせたのは月曜の朝で、いつもより早く起きてきたから学校へ行く前に出くわしてしまった。
気まずいから逃げるように家を出た。
あの時、お父さんは『気をつけてな』って言った。
僕は小さな声で『行ってきます』と答えた。
珍しい朝だった。
でもそれ以外に変わったことはなかった。
僕はいつものように部活の朝練に行って、退屈なのを我慢しながら授業を受けて、それが終わったらまた部活に行った。
家に帰ったのは午後六時くらい。
お父さんの帰りはもっと遅いから、学校から帰って来て一人なのはいつものことだ。
だけど夜中の12時を過ぎても帰って来なくて、ちょっと不思議に思った。
こんな時、いつもなら連絡してくるのにって。
でもたまにはこういうこともあるのかなって、その日は気にせずに寝た。
次の朝、帰って来てるか気になって玄関の靴を確認してみた。
けど・・・ない。
だからこっそり部屋を開けて見たんだけど、ベッドも空だった。
スマホにも連絡は入ってないし、出張で泊まるとかも言ってなかった。
そこで初めて不安になった。
僕があんまり心を開かないもんだから、いい加減見捨てられたのかもしれないって。
《会社にいるのかも。》
ちょっと緊張したけど、思い切って掛けてみた。
受付みたいなところに繋がって、事情を伝えると確認してみますって言ってくれた。
だけど今日は会社に来ていないし、出張の予定も入っていないらしい。
出社してきたら連絡するように伝えましょうか?って言われて、お願いしますと電話を切った。
その日は朝練は休んで、いつもより遅めに学校へ行った。
部活の先生からは休むなんて珍しいなと言われ、ちょっと体調が悪かったのでと言い訳をした。
どうしてお父さんは帰って来ないのか?
なんで連絡もないのか?
どうでもいいと思っていた人なのに、こんなに不安になるなんて自分でもビックリだった。
でもそれはあの人が大事だからじゃなくて、この先の生活のこととか、お金のこととか、そういう意味で不安を感じているんだろうと思っていた。
また施設に戻るのか?
それとも別の誰かに引き取られたりするんだろうか?
落ち着かないまま一時間目の授業を終え、休憩時間はボケっとしたまま、話しかけてくる友達の声を聞き流していた。
そして二時間目の授業が始まってすぐに、職員室に来るようにって担任から呼び出された。
直感的にピンときた。
お父さんのことだって。
会社に来たら電話してもらうように言っていたので、てっきりそのことだと思っていた。
だけど職員室に入るとスーツを着た知らない男の人がいて、ギロっと僕を睨んだ。
まるで蛇みたいなねちっこくて鋭い目で、ちょっと怖くなって先生の後ろに下がった。
『伊礼猛君?』
男の人のわりには高い声だった。
僕は『そうです』と頷いた。
『実はお父さんのことで聞きたいことがあるんだ。』
そう言ってポケットから名刺を取り出して、押し付けるように渡してきた。
《稲松文具本社取締役 草刈狩生》
お父さんの会社の人だ。
取締役って・・・たしか偉い人のことだ。
『朝に電話くれたね?』
『はい。』
『お父さん家に帰って来てないんだって?』
『はい。』
『実はこっちからも連絡が取れなくなってるんだ。昨日の朝に靴キングの配送センターへ行ったはずなんだが、その後から行方が分からなくなっている。』
『昨日の朝・・・・。』
『なにか変わったことはあったか?いつもと違う事とか、気になる事を言ってたとか?』
『・・・・特に。普段通りでした。』
『そうか。ちなみに君はお父さんに連絡は取ってみたのか?』
『まだです。』
『どうして?会社には掛けてきたのに。』
『・・・・・・・。』
『どうした?』
『あの・・・・あんまり仲がよくないんで・・・・、』
『喧嘩でもしたのか?』
『そういうわけじゃないけど・・・・、』
『君の事情は知ってるよ。義理とはいえ親子のことだもんな。そこに首を突っ込む気はない。』
『はい・・・・。』
『ただこっちとしてもお父さんと連絡が取れなくて困っている。彼は本社の課長という重要な立場だ。
それが何の連絡もなしに行方をくらますってのはなあ・・・・バイトがバックレるのとはわけが違う。なにかあったのかと心配でね。』
そう言いながら鋭い目で睨みつけてきた。
『悪いんだが今ここでお父さんに電話を掛けてみてくれないか?』
『僕がですか?』
『会社から掛けても繋がらないんだ。電源を切っているのか、それとも着信拒否にでもしているのか。』
『お父さんは真面目だから、仕事の着信拒否なんてしないと思うけど・・・・。』
『もちろん分かってる。ただ息子からの電話なら出るかもしれないだろ?一応でいいから掛けてみてくれないか?』
疑問形ではあるけど、何がなんでもすぐ掛けろってすごい圧力を感じた。
でもここでは掛けたくない。だって・・・・、
『心配しなくても先生は怒ったりしない。』
振り向きながら『ねえ先生?』と言うと、担任は『そりゃもう』と見たこともないような愛想笑いを浮かべていた。
そういえばこの学校は稲松文具からお金をもらってるって聞いたことがある。
別に悪いお金じゃなくて、寄付金みたいなやつを。
大きな会社の寄付だから、金額だってすごいんだろう。
先生がヘコヘコしてるのはきっとそのせいだ。
まあ怒られることがないならいいやと思って、ポケットからスマホを取り出す。
こっちから電話を掛けることなんてほとんどないから、けっこう緊張する。
だけど草刈って人はすごく怖い目で睨んでくるので、迷いながらもお父さんに掛けた。
・・・・・・・。
・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
出ない。
この電話は電源が入っていないか、電波の届かない場所にありますってアナウンスが流れるだけだった。
着信拒否にはこういうアナウンスもあるから、本当に電源が切れているのかどうかは分からない。
だけど会社からの電話も僕からの電話も拒否するなんてありえないので、間違いなくアナウンス通りなんだと思う。
僕の表情を見て、草刈さんは『ダメか』と呟いた。
『息子にすら何も言わずに消えるとはな・・・・。やっぱり誘拐の線で考えた方がいいか。』
そう言って『手間を取らせて悪かったな』と肩を叩いた。
『学校が終わったらそこに電話をくれ。』
名刺を指差しながら言う。
先生に『お邪魔してすいませんね』と軽く会釈してから、職員室を出ていった。
遠ざかっていく背中を見つめていると、『教室に戻れ』と先生が言った。
『あの、さっきの人が言ってたことって・・・・、』
『いいから教室に戻れ。』
背中を押され、職員室を追い出される。
窓から覗いてみると、先生は校長や教頭と一緒に奧の部屋へと消えていった。
《なんなんだ?》
しばらく待っても先生は出て来なかった。
教室に戻る途中、さっき草刈さんが言っていたことを考えた。
《誘拐がどうとかって言ってたよな。まさかお父さんが誰かに誘拐されたってこと?》
そんな馬鹿なって思いながら、渡された名刺をイジる。
学校が終わればここに連絡しろって言われたけど、またこの人が話を聞きに来るんだろうか?
あの人・・・・なんか苦手だからもう会いたくないんだけど。
心がモヤモヤしたまま教室に戻り、モヤモヤが晴れないまま一日の授業を終えた。
ていうか時間が経つにつれてモヤモヤが強くなっていく。
スポーツバッグを担ぎ、教室を出てテニスコートに向かう。
部活が終わったら草刈って人に電話をしてみよう。
そう思いながらコートに来ると、テニス部の先生から今日は帰るように言われた。
どうしてですか?って尋ねても、とにかく帰れの一点張りで、何も分からないままコートを追い出されてしまった。
ここまで来たらもう分かる。
なにかに普通じゃないってことくらい。
校門まで歩いてから、草刈さんの名刺を取り出した。
ここに掛けるのが不安になってくる・・・・・。
だってもし本当にお父さんが誘拐されてたらって思うと・・・・・。
不思議だった。
どうでもいいと思っていた人なのに。
お金の為だけだと思っていた人なのに。
今は心配で堪らなくなっていて、何があったのかを知るのが怖かった。
『・・・・・・・。』
しばらく悩んだあと、草刈さんにじゃなくて、結子さんに電話を掛けていた。
仕事中だから出ないかなと思ったけど、『もしもし?』と声が返ってきてホッとした。
『ごめん、いま仕事中?』
『いいっていいって。それより猛君から掛けてくるなんて珍しいじゃない。なにかあった?』
『その・・・・お父さんが帰って来ない。』
『へ?どういうこと?』
声が裏返っている。
僕は昨日の夜からのことを説明した。
お父さんが家にも会社にもいないことや、会社の人が学校までやって来たこと。
未だになんの連絡もなくて、どうしていいのか分からないこと。
結子さんは『すぐ行くから待ってて!』と電話を切り、その30分後くらいに校門の近くまでやって来た。
丸っこい感じの軽自動車から降りてきて、『猛君!』と駆け寄ってくる。
『どういうこと!何があったの?』
『ええっと・・・・電話で話した通りだけど・・・・、』
『帰って来ないってどういうこと!自分の子供をほったらかして!』
なんかすごい怒ってる。
多分だけど、お父さんが育児放棄したみたいに思ってるんだろう。
『ちょっと落ち着いて・・・・、』
そうじゃないってことを知ってもらうまでに、ちょっと時間がかかった。
結子さんは児童養護施設の先生だったから、身勝手な親のせいで辛い目に遭った子供もたくさん知っている。
だから反射的にカッとなってしまったんだろう。
とりあえず誤解は解いたけど、どうして帰って来ないのか分からない以上は、なんでいなくなったのかも分からない。
まだちょっと納得していない様子だったので、例の事を話すことにした。
『実は草刈さんって人が呟いてたんだけど・・・・、』
もしかしたらお父さんは誘拐されたかもしれない。
そう伝えると目を丸くしていた。
『誘拐って・・・なんで!?』
『分かんないよ。草刈って人がそう言ってただけだから。』
『その人の名刺もらってるって言ったわよね?』
『うん、学校が終わったら電話してくれって。』
名刺を見せると『貸して!』と奪われた。
結子さんは怒った顔で電話を掛ける。
『もしもし?稲松文具の方ですか?・・・・私?私は猛君の保護者です。
あなた今日学校まで来られたそうですが、いったいどういうことなんですか?
普通は会社の人が学校まで来たりしませんよね?・・・・だから私は保護者です!
ていうか私のことなんてどうでもいいんです!どうして伊礼さんが帰って来ないんですか!?
わざわざ学校まで来たってことは、なにか心当たりがあるんじゃないんですか?
・・・・ええ、はいはい。お迎えなんてけっこうです!こちらからお伺いしますから!
今から稲松文具に伺わせて頂きます。・・・・そうです、今からです!
あなた草刈さんとおっしゃるんですか?今から伺いますから待っていて下さい。』
ものすごい剣幕だった。
プチっと電話を切り、『行きましょ!』と車に乗り込む。
『結子さん・・・・なんでそんなに怒ってるの?』
『怒って当たり前でしょ!お父さんは帰って来ないわ、会社の人はいきなり学校へ来て猛君を問い詰めるわ!学校の先生だってどうして守ってあげないんだか。』
『なんか追い出されちゃったんだ。とにかく今日は帰れって。』
『は!?追い出す?』
『ウチの学校って稲松文具からたくさん寄付をもらってるみたいだから。先生もヘコヘコしてたし。だから面倒事に関わりたくないのかなって・・・・、』
『なにそれ!?ちょっと文句言ってやるわ!』
急ハンドルを切って学校に引き返していく。
僕は『いいっていいって!』と止めるのに必死だった。
『今から稲松文具に行くんでしょ?学校なんかどうでもいいよ。』
『でも・・・・・、』
『とにかくお父さんが心配なんだ。もし本当に誘拐されてたらって・・・・。』
さっきよりもモヤモヤが強くなって、気持ち悪くなってくる。
結子さんが『大丈夫?』と顔を覗き込んできた。
『体調でも悪い?』
『・・・・僕、どうでもいいと思ってた・・・・。』
『なにを?』
『お父さんのこと。別にいなくなったって構わないって。大人になって一人立ちしたら、もう会うこともないし、それまで面倒さえ見てくれたらいいって。
だけど本当に誘拐されてたらって思ったら怖い・・・・。もし殺されたりとかだったら・・・・。』
身近に犯罪が起きるなんて思ってもいなかったから、どう受け止めていいのか分からない。
両親が事故で亡くなった時、僕はまだ小さかった。
だから多少は悲しいって気持ちはあったんだろうけど、どこかピンとこなかった。
でも今は違う。
自分の傍にいる人が誘拐されたり殺されたりしたらって思うと、吐き気がするほど気分が悪くなってきた。
だってこんなのおかしい!
誘拐なんて身の回りで起きるなんて、一ミリも想像していなかったのに。
そんなのは自分には関係のない世界だと思っていたのに。
なのになんでお父さんが・・・・・、
泣きたいとか悲しいとかそういうことじゃなくて、なんか不気味で怖くて気持ちが悪いのだ。
そのうち本当に吐きそうになって、『止めて!』と叫んだ。
車から駆け下り、近くの側溝にゲロを吐いた。
結子さんが『大丈夫!?』と背中を撫でてくれるけど、胃の中が空っぽになっても吐き気が止まらなくて、酢っぽい胃酸がヨダレみたいに垂れていく。
結局僕は家に帰って、結子さんだけ稲松文具へ行った。
家に帰っても落ち着かなくて、外で素振りをしたり、スマホをいじったりしながら時間を潰した。
窓の外は暗くなり始めていて、いつになったら結子さんは戻って来るんだろうと、そわそわと部屋の中を歩きっぱなしだった。
夜になってもまだ帰ってこなくて、こっちから連絡しようかなと思ったけど、また気分が悪くなってきたのでやめた。
もう夕飯の時間だけど食欲は湧かない。
でもじっとしてるよりはマシだと思って、冷蔵庫の中をあさって適当に料理した。
シチューと焼き魚と肉炒め。
ボケっとしながらやっていたら変な組み合わせになってしまった。
でもどうせ食欲はないからいいやと、テーブルに並べたおかずを睨んでいた。
そういえばこの家に来たばかりの頃は料理なんて出来なかった。
ほとんど出前とか買ってきた惣菜ばかりだったんだけど、なんとなく自分でやってみたいなと始めてみて、二年後の今は普通に作れるようになっていた。
これなら大人になって一人暮らしをしても困らないだろうけど、たまにこれでいいのかなと思う時がある。
僕のやっていることって、息子というよりは奥さんみたいだからだ。
別に嫌じゃないんだけど、料理をしたりお父さんのシャツにアイロンを掛けたり、どうしてここまでやるんだろうって考える。
・・・・多分だけど、心のどこかでお父さんを大事に思っていたのかもしれない。
もし本当にどうでもいい人なら、誘拐されたってどうでもいいはずだから。
昼間から続くモヤモヤは今でも続いていて、時間と共に強くなっていく。
なんだか胃が痛くなってきて、せっかく作ったご飯も食べずにソファに寝転んだ。
・・・・でも眠れなかった。
それどころかどんどんお腹が痛くなってきて、そのうち立ち上がることさえ出来なくなった。
このままだとヤバイ・・・・。
スマホを掴み、結子さんに電話しようとした。
でもちょうどその時、『ただいま』と帰って来た。
『遅くなってごめんね!お腹減ってるでしょ?今ご飯作るから・・・・、』
そう言いかけて買い物袋を落とした。
『どうしたの!?』
ソファで苦しむ僕に慌てて駆け寄る。
『猛君!大丈夫?猛君!』
僕は何も答えられない。
だって胃がキリキリして、今にもねじ切れてしまいそうだったから。
結子さんは救急車を呼び、僕は一晩だけ病院で過ごすことになった。
ストレス性の胃炎だった。
次の日には家に帰ることが出来たけど、無理してるともっと酷くなるからと言われて、三日ほど学校を休むことになった。
・・・・そして今日がその三日目、お父さんはまだ帰って来ない。
僕はいま結子さんの所でお世話になっている。
お父さんがどこへ消えたのか?
本当に誘拐されたのか?
あの日、稲松文具から帰ってきた結子さんは何も教えてくれなかった。
病院のベッドの上でお腹を押さえる僕に向かって『心配しなくてもきっと戻って来るから』と答えただけだった。
でも僕はこう思っている。
絶対にお父さんは誘拐されたんだって。
考える度に気分が悪くなるので、あまり考えないようにしようと思っているんだけど、勝手に色々想像して落ち込んでしまう。
あの日から心のモヤモヤが晴れたことはない。
憂鬱な気分のまま買い物を続けていると、誰かと肩がぶつかった。
「あ、すいません・・・・。」
ボソっと謝ると、相手も「ごめんごめん」とチョップみたいに手を立てて謝ってきた。
若い男の人だった。
スーツを着ているので、仕事帰りに買い物に来ているのかもしれない。
だからどうだってことないんだけど、その人はしきりに独り言を呟いていた。
「まさか誘拐してくるとは・・・・。ほんっと稲松文具って次から次に事件が起こるよなあ・・・・。」
そう呟きながら、パンとコーヒーを持ってレジに並んでいる。
僕は「あの!」と叫んでいた。
若い男の人は振り向きながら「ん?」と言った。
「あの・・・すいません・・・。もしかして稲松文具の人ですか?」
「そうだけど・・・・君だれ?」
「僕は伊礼猛っていいます。伊礼誠の息子なんですけど・・・・、」
「・・・・・・えええ!?」
オーバーなほど目を見開き、「そういえば・・・」と言った。
「そうだよ!社長!・・・・加藤社長じゃん!」
「社長・・・・?」
「・・・・あ。」
なぜか固まっている。
そして「これ言ったらダメだったんだ!」と口を押さえていた。
「ごめん、今の聞かなかったことにして。じゃ。」
「・・・いやいや!ちょっと待ってよ!」
慌てて追いかけると、その人も慌てて逃げ出した。
「待ってよ!」
「ごめん!いま忙しいんだ!」
店の外まで逃げるので、僕も店の外まで追いかける。
店長さんが「金払え!」と追いかけて来た。

武器と防具のバランスが取れていればもう少し平和になるかも

  • 2018.08.28 Tuesday
  • 14:49

JUGEMテーマ:社会の出来事

JUGEMテーマ:国防・軍事

武器は時代とともに凄まじい進化を遂げています。
最初は動物の骨を武器として使い、その後に石器、青銅、鉄と変わっていきます。
より硬く、そして加工のしやすい物が武器の性能を決めるからです。
また種類も増えました。
強力な武器同士で戦うということは、自分も大きな怪我を負うことになります。
そうならないようにするには離れた所からの攻撃が一番です。
投げ槍、投石器、弓矢が生まれました。
そして武器の進歩に対応するように防具も発達していきました。
盾、兜、鎧。
武器を防いでくれる防具の存在は戦場では欠かせないものです。
しかし火薬の発明によって、武器と防具のバランスは大きく崩れることになりました。
鉄砲、爆弾。
火薬を使用した強烈な武器の前には、盾も鎧兜も無意味です。
それどころか動きが鈍くなってしまうので、かえって身を危険に晒すだけでしょう。
武器には武器で対抗する。
防具がほとんど役に立たなくなってから、武器の進歩はさらに加速しました。
より確実に、より大量に殺戮できる爆撃機。
そこからにさらに発展してミサイル、核兵器・・・・。
強い武器の登場は留まるところを知りません。
嘘か本当か、人工衛星から巨大な鉄の塊を音速で落として攻撃しようとするアメリカの兵器の構想もありました。
威力は核と同等、しかも放射線が出ないから、核よりも使用に躊躇いを持つことがありません。
恐ろしい兵器です。
レーザーや超電磁砲の開発も進んでいるようで、レーザー兵器に関しては実戦配備がすんでいたと思います。
今のところは偵察機を撃ち落とすくらいだけど、もっと研究が進めばミサイルや戦闘機でも迎撃できるようになるでしょう。
ガンダムやゾイドなどのSFアニメには、強力な武器と共に強力な防具も登場します。
ビームを弾くIフィールド。
荷電粒子砲を打ち消す反荷電粒子シールド。
ビーム、実弾、レーザーなど、あらゆる攻撃を防御するEシールド。
エヴァンゲリオンのATフィールドも強力です。
強い武器があるなら、それを防ぐ防具も必要になる。
ゾイドに至っては、超頑丈な装甲のおかげで、荷電粒子砲の直撃を食らっても耐える機体があります。
要するに武器と防具のバランスが取れているわけです。
だけど現実では武器ばかりが強くなり、それに対抗する為にまた強い武器を作りと、キリがない状態です。
その研究が一歩一歩進むたびに、人類が破滅の危機に晒されていると思うのは私だけでしょうか?
強い武器を持ちたがるのが人間なら、それを防ぐほど強い防具だって欲しくなります。
けど実際はSFのようなバリアは簡単には出来ません。
映画インデペンデンスデイでも、宇宙人のUFOは核すら防ぐほどのバリアを張っていました。
正直なところ、あれっていったいどういう構造なんだろうと思います。
物体ではないシールドなわけだから、何かの力場なのかもしれません。
そして残念ながら、今の人類にはそんなバリアを張れるだけの技術はありません。
もしもSF映画に出てくるような強いバリアやシールドが実現出来たなら、戦争が起きても被害は軽減されるでしょう。
もっというならどちらが先にバリアを破るのかの戦いになると思います。
なぜならバリアが破られてしまったら勝負アリだからです。
インデペンデンスデイであれだけやられていた人間の軍隊も、UFOのバリアが消えた途端に逆転しましたから。
バリアが破られたらそこで戦争も終わり。
そして破られるまでの間は被害はほとんど出ません。
武器に伴って防具が発達すれば、例え戦争は避けられないものだとしても、被害は小さくて済みます。
いつかアインシュタインを超えるほどの天才が現れるとか、人工知能がもっと発達するとかすれば、強力なシールドやバリアも夢物語じゃないのではないかと思います。

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜 第十六話 苦悩する猫又(2)

  • 2018.08.28 Tuesday
  • 13:30

JUGEMテーマ:自作小説

猫は孤独な生き物であると思われがちだが、実はそうでもなかったりする。
野良猫であれば、まず朝晩に猫の集会がある。
猫にとって重要な会議をすることもあれば、ただなんとなく集まることもあるのだが、圧倒的に後者の方が多い。
だってずっと一匹ってのは寂しいもんだ。
束縛されるのは嫌だけど、完全にほっとかれるのも嫌なのが猫という生き物なのだ。
家猫の場合でも、飼い主に与えたい時は甘え、気が乗らない時は撫でられるのも嫌だったりする。
要するにワガママなのだが、本当に一匹でいいと思うのであれば、そんなワガママも出てこないだろう。
つまりはワガママのさみしがり屋なのである。
今、俺は寂しかった。
緑深い山の麓にある猫神神社。
ここにポツンと一匹だけなのだから。
ここへ来て今日で三日目。
猫の姿で境内に寝そべっていた。
誰もお参りに来ないし、野良猫もうろついていない。
山から猪とか鹿でも下りてこないかなと期待するが、まったくそんな気配はなかった。
早くたまきに戻って来てほしい。
そして無事にムクゲを救い出したという報告を聞かせてほしい。
もし万が一二匹とも戻って来なかったら、俺は風来坊の野良猫に戻ってしまうだろう。
無断欠勤しているから仕事もクビだろうし、そうなれば行く宛てもやる事もなくなってしまう。
カグラへの復讐にしたって、俺だけじゃどう頑張っても無理だ。
もしムクゲもたまきも帰って来なかったら、俺はどうしたらいいんだろう?
この先ずっと一匹のままなんだろうか?
・・・・そう考えると怖くなって、この場所に身を隠していることが嫌になる。
たまきからは『神社の外へは出ないこと』と釘を刺されているけど、ちょっとくらいなら大丈夫なんじゃないだろうか。
これでも一応猫又なんだから、鈍感な人間と違って簡単に見つかったりはしない。
もしもカグラの連中が襲って来たら、ここへ逃げ込めばいいわけだし。
《ちょっくら出てみるかな。》
ピョンと境内から飛び降りて、長い階段を下りていく。
古びた石造りの鳥居の前で立ち止まり、ちょっとばかり緊張しながら外へと踏み出した。
誰もいないとは思うけど、念の為に辺りを確認してみる。
目の前には細い道路が伸びていて、向かいには平屋の民家が並んでいた。
ここはかつて城下町だったそうで、当時の風情を活かして観光客を呼び込もうと頑張っているらしい。
町並みは古く、風景の一部だけ切り取れば、時代劇に使えないこともなさそうなほどだ。
何度も左右を確認してみるが、今のところ怪しい奴はいなかった。
自転車に乗ったおばちゃんが通り過ぎていっただけで、あとは物静かなもんだ。
さて、外に出たはいいもののどうするか。
たまきの居場所は分からないし、ムクゲがどこに連れ去られたのかも分からない。
家に帰っても仕方ないし、だったら・・・・、
《ハリマ販売所に行ってみるか。》
箕輪さんや栗川さんがどうしているのかちょっと気になる。
俺が来ないからあたふたしているかもしれない。
ただでさえカツカツの人数で回しているから、かなり忙しいだろう。
トコトコ歩いて古い町並みを抜けていく。
しばらく行くと図書館が見えた。
今日は火曜日、時間は朝の10時くらいだろう。
図書館の前には暇そうな爺さん婆さんがいて、ベンチに座って談笑していた。
そこを通り過ぎると高級住宅地だ。
金のかかってそうな家がズラリと並んでいて、その中でも一番大きな家の前で足を止めた。
《すごいなこれ。》
屋敷と呼ぶのにふさわしい佇まいで、入口の門は自動になっているようだ。
庭も広く、綺麗に手入れされた花壇があった。
門のすぐ傍には車庫があって、高そうな車が二台も停まっていた。
そう車に詳しくないけど、これは分かる。ベンツってやつだ。
その隣にはバイクが二台、そしてバギーが一台あった。
《なんちゅう金持ちだよ。》
ここまで大きな家じゃなくても充分暮らしていけると思うのだが、必要以上に金や物を持ちたがるのが人間らしい。
死ぬまでに使いきれるわけじゃないし、死んであの世に持っていけるわけでもないのに、どうしてこんなにたくさん持ちたがるのか?
人間に化けられるようになった今でも、人間の心理は分からない。
不思議な生き物だなと改めて実感した。
するとその時、前からパトカーが走ってきた。
一台や二台じゃない。五台もである。
そのうちの一台は覆面パトカーで、中から刑事らしき男が降りてきた。
大きな家の前に立ち、門の横にあるインターホンを押してから、何やら話しかけている。
やけに神妙な顔をしているが・・・・事件でもあったのだろうか。
興味をそそられ、電柱の陰から様子を伺う。
刑事を筆頭に何人もの警官が家の前に並んでいる。
しばらくすると門が開いて、年老いた女が現れた。
ずいぶん疲れきった・・・というより、何かに怯えているような顔をしている。
刑事はその女に招かれ、家の中に入っていった。
残った警官は要人でも守るかのように家の周りを警護していた。
《物々しいな。こりゃ何か事件があったんだ。》
ますます興味を惹かれて、大きな家を見上げる。
その時だった。
窓から毛の長い猫が出てきて、塀を飛び越えてこっちに走ってきた。
この猫もさっきの女と同じように、引きつったような怯えたような、血の気が引いたような、そんな顔をしている。
慌ててダッシュしてきて、俺の横を通り過ぎていく時、「あのちょっと!」と呼び止めた。
毛の長い猫は鬱陶しそうな顔で振り返る。
「呼び止めてごめん。ちょっと聞きたいんだけど・・・・、」
「今忙しいの、ナンパならお断りよ。」
取り付く島もなくピュッと走り去ってしまう。
俺は「待ってくれって!」と追いかけた。
「君はあの家の猫か?」
「しつこいわね!ナンパはお断りって言ったでしょ!」
「だからナンパじゃないってば。あの家で何があったのか聞きたいだけ。」
大きな家を振り返ると、警官たちが鋭い目で周りを睨みつけている。
よほどのことがないとあんな状態にはならないだろう。
「君はあの家の猫なんだろ?じゃあ何があったか知ってるかなと思ってさ。」
「それ聞いてどうすんのよ。」
「そんな怖い顔しないでくれよ。」
「こっちは今大変なのよ!冷やかしならあっち行っててくれる!?」
シャーっと唸るので、「まあまあ」と宥めた。
「なんか困ってるみたいだけど、話によっちゃ手を貸すからさ。」
「あんたみたいな野良に何が出来るっていうのよ?」
「それは話を聞いてみないことには。」
「お断り!どっか行ってよしつこいわね!」
相手にしてられないとばかりにビュンビュン尻尾を振る。
《こんなに焦ってるってことは、よっぽど大きな事件なんだな。でも普通に聞いても答えてくれないだろうし、だったら・・・・、》
俺は猫又だ。
普通の猫にはない不思議な技が使える。
人間に化ける「変化の術」もそうだし、他にも特殊な技を持っているのだ。
《ほんとはやっちゃいけないことだけど、心の声を聞いてみるか。》
頭の中に細い針をイメージする。
そいつをピュっと相手に飛ばして、胸の辺りに突き刺した。
しかし彼女は無反応だ。
なぜならこの針が刺さっても痛くはない。
こいつは肉体じゃなくて心の壁に刺さる針だからだ。
こいつで穴を空けると心の声が漏れてくる。
俺はピンと耳を立て、穴から漏れる心の声を聴いた。
《なんなのよこの野良は!こっちは翔子ちゃんが行方不明で大変だっていうのに!》
・・・ほう、誰かがいなくなったらしい。
女の名前だから、あの家の奥さんとか娘さんだろうか。
《翔子ちゃんが黙っていなくなるなんて絶対におかしい!きっと誰かに誘拐されたんだ。飼い主のピンチなんだから私が助けなきゃ!》
なるほど、翔子って名前の飼い主が誘拐されたのか。
そりゃ飼い猫としては一大事だ。
彼女の声はまだ漏れてくる。
《あの人ならきっと力を貸してくれる》とか、《たしか公園の向こうのアパートに住んでるはず》とか。
盗み聞きはこの辺にしておこう。
もしたまきにバレたらどれほど怒られるか分からない。
猫又には猫又のルールがあって、特殊能力の悪用は厳禁なのである。
そんなことを続けていれば心が悪に染まり、化け猫という恐ろしい妖怪に変わってしまうからだ。
彼女の心の壁に空けた穴は小さい。
数時間ほどで消えるはずだから、ここでやめておけばバレる心配はないだろう。
「なんなのよアンタ、さっきからボーっとして。」
怪訝な目を向けてくるので、「なんでもないよ」と誤魔化した。
「あっそ。じゃあさっさとどっか行って。あんまりしつこいと本気で怒るわよ。」
そう言ってシュシュと猫パンチのシャドーボクシングをした。
「君を困らせる気はないよ。ただ俺は普通の猫じゃないんだ。こう見えても猫又ってやつでね。」
「猫又?それって化け猫のこと?」
「化け猫じゃない。猫又は良い霊獣だからな。」
「?」
「言葉じゃ伝わらないよな。ちょっと見てて。」
ササっと曲がり角まで走ってから、「こっち来て」と尻尾を振る。
「なによ?そんなとこ連れ込んで何しようっての?」
「そういう意味じゃないよ。俺が普通の猫じゃないってとこを見せたいだけ。いいからほら。」
彼女は鬱陶しそうにため息をつく。
俺は「見てくれたらすぐに終わるから」と言った。
「大丈夫だって、何もしないから。」
「・・・・分かったわよ。でもアレよ、もし変なことしたらタダじゃおかないからね。」
ニョキニョキっと鋭い爪を見せつける。
アレで引っかかれたら何日かはブルーになりそうだ。
彼女は曲がり角までやって来て、「さっさとしてよ」とうんざりした顔で言った。
俺は「よく見ててくれよ」と、頭の中に人間の姿をイメージした。
化けるのはハリマ販売所で働いている時の姿。
ご主人の高一の時の姿である。
気合を入れ、モコモコっと尻尾を膨らませた・・・・その時だった。
「なにやってんのバカタレ。」
ギュっと首根っこ持ち上げられる。
そのままクルっと後ろを振り向かされると、目の前にスーツを着た人間の女がいた。
「あ・・・・、」
「あ、じゃないわよ。神社に隠れてなさいって言ったでしょ。」
ものすごい怖い顔で睨んでくる。
思わず目を逸らしてしまった。
「ちょっと寂しかったもんでつい・・・・、」
「しかも猫又のルールを破ったわね。」
そう言って毛の長い猫を振り向く。
「読心の術で勝手に心を覗くなんて・・・盗聴と一緒よ?」
「はい・・・・。」
「やっちゃいけないって教えたでしょ。」
「・・・・・・。」
「分かった!?」
「はい!」
やっぱりバレてしまった。
こんな事なら神社で大人しくしておけばよかった。
たまきは俺を下ろすと、毛の長い猫に話しかけた。
「ごめんなさいね、ウチの子が邪魔しちゃって。」
微笑みながら謝ると、その猫はキョトンとした顔で固まった。
「言葉が分かる・・・・なんで?」
不思議そうに首を傾げる。
当然だろう。
普通の猫は親しい人間の言葉はなんとなく分かっても、赤の他人の言葉は理解できない。
なのに一言一句理解できることに驚いているのだ。
「ねえ、この人アンタの飼い主?」
俺に話しかけてくる。
するとたまきは「飼い主じゃないわ」と言った。
「なんていうか・・・・保護者みたいな感じかしら。」
そう答えた瞬間、さっきよりも驚いた顔で後ずさった。
「え?え?なんで?」
事態が飲み込めないようである。
たまきはクスっと笑った。
「この人・・・・動物の言葉が分かるの?」
「ええっと・・・分かると思うよ、うん。」
「ウソ!ほんとに!?」
「だってさっき話してたじゃん。」
「信じられない・・・・。そんな人が他にもいたなんて!」
全身の毛が逆立つほどビックリしているが、俺も彼女の言ったことにビックリしていた。
「他にもって・・・あんたも猫又に知り合いがいるのか?」
「いないわよそんなの。人間だけど動物としゃべれる人がいるの。」
「そんな馬鹿な。人間が俺たちと喋れるわけがないだろ。」
そう言って「なあ」とたまきを見上げると、「さあねえ」と意味深な笑みを浮かべていた。
「世の中は広いから。そういう人間がいても不思議じゃないかも。」
「もったいぶった言い方だな。でも俺は信じないぞ、人間が動物と喋れるなんて・・・・、」
「今はそんな話はどうでもいいの。とにかくアンタは神社に帰ってなさい。」
「なあ、ムクゲはどうなったんだ?無事なんだよな?それとももう助けたのか?」
「まだよ。」
「じゃあこんな所で油売ってないで、早く助けてやってくれよ。ムクゲは俺の母親みたいなもんなんだ。もし何かあったら・・・・、」
「分かってるわ。アンタのお母さんは必ず助ける。でも事件はそれだけじゃないのよ。奴らは人間までさらってるわ。」
「マジかよ!じゃあアレだ・・・・警察に通報しないと!」
「そうね、もう来てるみたいだけど。」
そう言って大きな家を振り返る。
門の前には警官が立っていて、怪しい奴がいないか見張っていた。
「たまき、もしかしてあの家の人も・・・・・、」
ヒソヒソ尋ねると「ええ」と頷いた。
「でもあの家の人は関係ないだろ。どうしてさらったりするんだよ。」
「関係ないわけないじゃない。あの家に誰が住んでるのか知らないの?」
「まったく。」
「はあ・・・・。」
大きなため息をつく。
そんなこと知らないからって何だっていうんだろう。
「アンタは仮にも稲松文具の社員でしょ?」
「そうだよ、それがどうかしたのか?」
「あの屋敷みたいな大きな家、あれは会長の家よ。」
「え?」
「稲松グループの総帥、北川六郎。」
「・・・・ごめん、全然知らなかった。」
「なんでこんな田舎町に大企業の本社があるのか?それは北川一族の故郷だからよ。
会長の家が本社の近くにあるのはほとんどの社員が知ってること。」
「んなこと言われても知らないモンは知らないんだからしょうがないだろ。」
ツンと開き直ってから、「てことはさ?」と尋ねた。
「もしかして会長がさらわれたのか?」
「いいえ、さらわれたのか娘さん。」
「娘さん?」
何か引っかかる・・・・。
会長の娘っていえば・・・・あの人しかいないじゃないか!
《そうか!それでこの猫は翔子ちゃんがさらわれたって言ってたんだ。》
毛の長い猫は不安そうな顔でこっちを見ている。
俺たちが何を話しているのか気になっているんだろう。
「なあ、君の飼い主って北川翔子って名前だよな?」
「そうよ。」
「稲松文具の部長補佐をやってる?」
「なんでアンタがそんなこと知ってるのよ?」
ギロっと睨んでくる。
「まさかアンタが翔子ちゃんをさらったんじゃないでしょうね?」
「え?なんで俺が・・・・、」
「だって化け猫なんでしょ!」
「違う!化け猫じゃなくて猫又・・・・、」
「どっちも同じよ!アンタ何か知ってるんでしょ?翔子ちゃんの誘拐に関わってるんじゃないの!?」
ものすごい剣幕で詰め寄ってくる。
するとたまきがヒョイっと彼女を抱き上げた。
「ちょっと!なにすんのよ!」
「この子は被害者よ。」
「はあ!?」
「悪い奴にお母さんを誘拐されたの。」
「え・・・お母さんを・・・・?」
急にトーンが落ちる。「大丈夫なの?」と心配そうな顔に変わった。
「たぶん無事だと思うけど、でもどこにいるか分からないんだ。」
「そうだったんだ。ごめん、疑って・・・・。」
「いいさ。それより君だって飼い主を誘拐されたんだろ?」
「そうなのよ!一昨日から連絡が取れないの。会社にも行ってないし、実家にもマンションにもいないし。」
「そりゃ心配だね。でも君の飼い主はもう大人なんだろ?ちょっとくらい帰って来ないからってそこまで心配しなくても・・・・、」
「なに言ってんの!翔子ちゃんは大企業の娘なのよ!それにとびきりの美人だし!だったら誘拐されたかもしれないじゃない!
翔子ちゃんのお父さんが心配して心配して大変なのよ!」
「それで警察を呼んだのか?」
「警察の偉い人とコネがあるから、腕利きの刑事さんに来てもらったのよ。」
「さすがは会長、色々人脈があるんだな。」
家の前には数人の警官、家には刑事。
大人がたった一日か二日帰って来ないだけでこの騒ぎとは・・・・とんだ親バカだ。
ひょっこり帰って来たら赤っ恥だろうに。
会長は娘を溺愛してるってハリマ販売所の人たちが言ってたけど、どうやら本当らしい。
「翔子ちゃんは絶対に誘拐されたに決まってる!私だってじっとしてられないわ!」
ピョンとたまきの腕から飛び降りて、どこかへ走って行く。
「おい!どこ行くんだ!?」
「動物と話せる人のところ!」
「それさっきも言ってたな。本当にそんな奴いるのか?」
「いるわよ!ていうかアンタになんか構ってられないの!これ以上邪魔しないでちょうだい!」
振り向いて「シャー!」っと唸る。
これ以上引き止めたら鋭い爪で猫パンチをお見舞いされそうだ。
《・・・・まあいいか。部長補佐が誘拐されようと知ったこっちゃないし。》
とりあえず無事に帰って来ることだけ祈ってやろう。
「さて、ハリマ販売所に行くかな。」
グイっと背伸びをしてから、トコトコ歩き出す。
「待ちなさい。」
また首根っこを持ち上げられる。
俺は「はいはい、分かってますよ」と首を振った。
「神社に帰ればいいんでしょ。」
「あの子を追って。」
「へ?」
「あの子、たぶん私の弟子のところに行く気だわ。」
「弟子?たまきに弟子なんかいたのか!」
「ちょっと変わった子でね、ずいぶん前から知ってるのよ。」
「すいぶん前ってどれくらい?」
「そうねえ・・・前世くらいから。」
「なんだそれ?」
たまきはクスっと笑う。
「いいからあの子を追いかけて。」
「それはいいけど・・・・神社に隠れてなくていいのか?」
「どうせ戻る気なんてないでしょ?」
「まあな。」
「じゃあいいじゃない。」
そう言って「ほら」と手を向ける。
なんだか分からないが、あそこでじっとしているよりかはよっぽど良い。
「たまき、ムクゲのことは必ず助けてくれるよな?」
「もちろん。」
「なら・・・・信じる。良い知らせを待ってるからな!」
尻尾を振ってから、さっきの猫を追いかける。
振り返るともうたまきはいなくなっていた。
「相変わらず神出鬼没だな。」
普段はどこにいるのか分からないくせに、ピンチになるとなぜか現れてくれる。
さすがは動物を守る神様だけある。
とにかくムクゲのことは任せて、俺はさっきの猫を追いかけよう。
金持ちの住宅地を抜け、その先にある商店街を通り過ぎ、坂道を上って大きな橋に出る。
「・・・いたいた。」
橋の中程を走っている。
俺は全速力で追いかけて「やあ」と隣に並んだ。
「あ!また邪魔しに来たの?」
「フー!」っと唸りながら毛を逆立てている。
「違う違う、君に手を貸そうと思ってさ。」
「いいいわよそんなの!アンタなんか役に立たないだろうし。」
「そんなことないって。俺は猫又なんだ、君が会いに行こうとしている人間より役に立つから。」
「どうだか。」
「ほんとだって、約束する。」
毛の長い猫は疑わしそうな目で見る。
しかしいつまでも俺が諦めないので、「分かったわよ」と頷いた。
「ついて来たいなら勝手にすれば。でも邪魔したら思いっきり引っ掻くからね。」
ニョキニョキっと鋭い爪を向ける。
本気で引っ掻かれたらかなり痛そうだ。
「俺は猫又のタンク。君は?」
「私はカレン。」
「君の模様、アメリカンショートヘアだよね?なのに毛が長い。」
「多分どこかで長毛の猫が混ざってるんだと思うわ。でも私は気に入ってるの。友達も綺麗な毛並みだって言ってくれるし。」
「うん、俺も綺麗だと思う。よく似合ってるよ。」
「ホント!?」
「初めて会った猫にウソ言わないよ。」
半分本気、半分お世辞で言ったのだが、カレンはとても喜んでいた。
「あなた意外と良い猫ね。よかったら友達にならない?」
「いいよ。」
互いに尻尾を絡ませて握手をする。
カレンが言うには、これから会いに行く人は動物探偵なる仕事をしているらしい。
自分もたくさん動物を飼っていて、そのうちの一匹の猫はカレンの親友なのだという。
《ほんとに動物と喋れる人間なんかいるのかな?》
そう思いつつも、猫又なんて不思議な生き物がいるんだから、人間にそういった変わり者がいてもおかしくないのかもしれない。
カレンと二匹、その人間へ会いに橋を渡っていった。

人間は特異な動物 男女における人間の進化論

  • 2018.08.27 Monday
  • 12:40

JUGEMテーマ:生き物

生物のことや進化のことを学ぶととても面白いです。
だけど難しい本だと理解しづらいので、ネットやテレビから知識を仕入れています。
嘘があったり脚色されていたりと、どこまで真実が分かりません。
鵜呑みにするのは危険です。
けどそれなりに理屈が通っていることもあるので、娯楽感覚で見るなら楽しいです。
男女の違いや進化についての生物史を見たんですが、けっこう面白かったです。
例えば女性の胸が膨らんでいるのは赤ちゃんの為だと思われているけど、それは違うんだそうです。
たしかにおっぱいと母乳は赤ちゃんの為にあるけど、胸が膨らむのは違う理由からだそうです。
まだ人間が猿だった時代、発情したメスのお尻は赤く染まっていました。
だけど人間に進化して直立二足歩行するようになると、猿の時よりもお尻が見えにくくなりました。
その代わりとして胸が膨らんだんだそうです。
女性が大人になると胸が膨らむのは、異性に対して生殖が可能であるとアピールする為なんだそうです。
そして男性が女性の胸を見て性的興奮を覚えるのは、それをセックスシンボルとして認識するように遺伝子に書き込まれているからだそうです。
逆に男性のペニスの長さも異性へのアピールなんだそうです。
実は人間って体の大きさの割にペニスが長いんだそうです。
人間よりも大きなゴリラでさえ3センチくらいしかないそうですから。
生殖さえできればいいんだから、そこまで長い必要がないんだそうです。
けど男性のペニスが長いのは、女性の胸が膨らむのと同じく、異性へのアピールなんだそうです。
男性は本能的に女性の膨らんだ胸に性欲を刺激され、逆に女性も男性の長いペニスを見ると性欲を刺激される本能を持っているそうです。
それに猿は発情期にしか交尾しないのに対し、人間は一年を通して発情しています。
理由は人間の赤ちゃんは他の動物に比べるととても未成熟な状態で生まれてくるからだそうです。
多くの動物は生まれて数分から数時間で歩くことが出来ます。
そうしないと他の動物に食べられてしまうからです。
だけど人間の場合は歩くまでに一年ほどの時間を必要とします。
人間の場合、知能が発達した代償として、とても大きな頭を持つようになりました。
となると歩けるほど成長してから子供を生もうとすると、頭が大きすぎて産道を通れなくなるんだそうです。
本当ならあと一年はお腹の中にいた方がいいんですが、それだと出産は難しいし、母体への負担も半端じゃなくなるので、あえて未成熟な状態で生むんだそうです。
その間、母親は赤ちゃんを守らないといけません。
しかし発情しなくなった女性に男性は興味を示さなくなってしまいます。
そうなると自分も赤ちゃんも困るから、常に発情することで男性を惹きつけておく必要があるんだそうです。
これは女性と赤ちゃんが生き抜くための戦略だそうです。
また男性は狩りが主な仕事だったので、女性よりも筋肉質な体をしています。
対して女性は男性が獲物を持って帰ってくるまで、村で赤ちゃんと一緒に待っていないといけません。
となると満足に食べられない危険性がある為、栄養を貯めておけるように脂肪のつきやすい体になっているそうです。
それに他の動物が一度に何匹も出産できるのに対し、人間は基本的に一人、多くて二人でしょう。
希に三つ子やそれ以上ということもあるけど、やはり珍しい例です。
となるとたくさん生んで生き残った子供を育てればいいといった野生動物のような戦略は使えません。
獅子は我が子を谷突き落とし、這い上がってきた子を育てるというけれど、あれは人間には向かないわけです。
人間の場合、とにかく一人一人の赤ちゃんを大事に育てる必要があります。
そこから夫婦という関係が生まれたそうですよ。
動物の場合はあくまでも繁殖の為の「つがい」です。
動物の子供は身を守る為に成長が早いので、大人になるまで人間ほどの時間を必要としません。
繁殖と短期間の子育て、これが終わると「つがい」という関係は解消され、新たなパートナーを探しに出かけます。
けど人間の子供は成長が遅く、しかも弱い存在なので、長時間大事に育てないといけません。
その為には長期間のパートナーが必要になります。
これが夫婦の始まりだそうですよ。
不倫をすると男女ともにめちゃくちゃ叩かれるけど、あれも本能的なものなのかもしれません。
不倫を自由に認めてしまうと、子供が大人になるまで育てるのに支障をきたしてしまいます。
つまりそれは人類の繁殖が阻害されるという危険がある為に、それにストップをかける本能が宿っているのかもしれません。
人間は特異な生き物です。
他の動物とは大きく異なるところがたくさんあります。
例えば老後という時間は人間だけが持つそうです。(人の飼育下にいる動物は別)
生き物の中には繁殖をすませると死んでしまう者までいます。
けど人間の場合はそうではありません。
子供が成人したあとでも何十年と寿命が残っています。
老いてこそ人生という言葉があるけれど、あれは生物的な役割から開放されて、ようやく自分の時間が持てるようになったという意味なのかもしれません。
そんな動物はやはり人間くらいなので、非常に変わった生き物です。
よく他の動物を例えに出して話をする人がいるけど(私もそうです)、人間が特異な動物である以上、それは注意が必要なんだなと自覚しました。
ただしここで書いた知識はあくまでテレビやネットから仕入れたものなので、鵜呑みにすることは出来ません。
私自身科学者でもないただの素人ですし。
こういう説もあるんだなってくらいの感覚で、面白く受け取ってもらえれば嬉しいです。

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜 第十五話 苦悩する猫又(1)

  • 2018.08.27 Monday
  • 11:42

JUGEMテーマ:自作小説

この世に生まれて34年。
楽しいこともあれば嫌なこともあった。
まだ俺が子供だった頃、親とはぐれて街をさまよっていた。
フラフラとたどり着いた先は民家の庭だった。
そう広くはないけど、端っこの方に家庭菜園なんかもあって、綺麗に手入れされていた。
玄関の傍には犬小屋があって、隣でゴールデンレトリバーが寝ていた。
そのすぐ近くには銀色のエサ入れがあって、まだカリカリが残っている。
親とはぐれてから丸一日、とにかく腹が減っていた。
犬が危険だというのは知っていたけど、空腹の辛さには耐えられない。
爪を引っ込めて足音を殺し、こっそりと忍び寄ってから、前足を伸ばしてカリカリを奪い取った。
エサ入れから数粒のカリカリが転がり落ちて、そいつを餓鬼のように貪る。
また前足を伸ばし、カリカリを奪い、貪り、また前足を伸ばして・・・・。
なんて事をやっていたら、突然犬が目を開けた。
『なにやってんだ!』と怒鳴られ、慌てて飛び退いたけど、あっさりと咥えられてしまった。
殺される!
そう思った・・・・。
だけどそうなる前に俺は助けられていた。
人間の子供の手によって。
その少年は犬の口から俺を奪い取り、家に連れて入った。
そして親に俺を見せながら何かを話しかけていた。
やがて少年は笑顔になって、自分の部屋に連れていった。
どこからかダンボールを持ってきて、中にタオルを敷いて、その中に俺を置く。
何度か頭を撫でてから、駆け足で部屋を出ていった。
数分後に戻ってきた時には、その手に何かを持っていた。
どうぞとばかりにそいつをダンボールの中に置く。
犬用のカリカリを細かく砕いたやつを、小皿に入れて持って来てくれたのだ。
空腹に耐えかねていた俺は飛びつくようにして貪った。
・・・・この日から俺は少年の家で飼われることになった。
月日が流れ、この家に来てからもうじき20年が経とうとしていた頃、少年は大人へと成長し、この家から出ていって自分の家庭を築いていた。
俺もとうに子供の時間は終えて、大人どころかおじいちゃんになっていた。
昔のように外をうろつくこともなくなり、一階の窓の傍で日向ぼっこに明け暮れる毎日だった。
あの日もいつもと同じように日向ぼっこをしていた。
歳を取ると微睡んでばかりで、暖かい日差しに晒されながら夢と現の間をさまよっていた。
誰にも邪魔されたくない、ある意味麻薬のような快楽の中、ふと誰かの気配を感じた。
こういうとき猫ってのはいけない。
鈍感な人間と違って、微睡みの中でさえ常に五感が研ぎ澄まされているからだ。
誰かが近づいてくれば無意識に反応してしまう。
パチっと目を開け、いったいどのどいつが眠りをさまたげやがったのかと、恨み節たっぷりに睨んでやった。
「初めまして。」
窓を一枚隔てた向こうに真っ白な猫がいた。
ふわりと毛が長いが、洋猫という感じではなく、まるで髭をたくわえている仙人のような威厳を感じさせる毛並みだった。
コイツがタダ者じゃないってことは一目で分かった。
猫ってのはよく生きても24、5くらいが限界なのに、もっともっと長い時間を生きてきたかのような、俺なんか遠く及ばないほど含蓄のある目をしている。
気が付けば恨み節は消え去り、代わりに敬礼する兵隊のようにビシっと背筋を伸ばしていた。
猫なもんで人間のようにまっすぐにはならないけど。
・・・・こちらから話しかけてはいけない。
そう思った。
相手が何か喋るまでは沈黙を貫かないと失礼に当たる。
俺って猫なのに、なんで犬みたいに上下関係を気にしているんだろうって、ちょっと悔しさを堪えながら。
「あんたもうすぐ猫又になるわよ。」
涼しい声で不思議なことを言った。
俺は首を傾げ、次の言葉を待つしかなかった。
「あと一ヶ月も経たないうちに二十歳でしょ?その時が来れば猫又になる。」
先ほどと変わらない涼しい声だけど、こっちは涼しい気持ちではいられなかった。
尻尾で敬礼していたのをやめて、「どういうこと?」と尋ねていた。
「猫又って化け猫のこと?」
「化け猫とは違うわ。不思議な力を宿しているって意味では同じだけど。」
「どう違うんだ?」
「猫又は良い霊獣、化け猫は悪い霊獣。いわば妖怪みたいなものね。」
「はあ・・・・。」
「私はアンタに用があって来たの。アンタには猫又の素質があるわ。そういう猫が二十歳を超えると霊力を宿すようになる。普通の猫じゃいられなくなるわ。」
「普通じゃなくなる・・・・。てことは怪物みたいになるかもってことか?」
「下手をすればね。不思議な力を使って人間や他の動物を傷つけることなんて容易いわ。
その大きな力のせいで勘違いして、悪さに走る猫もいる。そういうのを化け猫っていうわけね。
私はアンタがそうならないように指導しに来たってわけ。」
「指導?」
「もうすぐ猫又になりそうな猫を見つけては声を掛けてるのよ。間違った道に走らせない為に。
あともう少しで身体に変化が出てくるわ。そうしたら近所の公園の植え込みまで来て。」
それだけ言い残し、「じゃあまた」と去っていった。
俺にはなんのことかサッパリだった。
しかしあの猫の纏う不思議なオーラ・・・・きっと嘘じゃないのだろう。
それを証明するように、二十歳を迎えたその日、身体にある変化が起きた。
いつものように日向ぼっこをしていると、尻尾に違和感が走ったのだ。
振り向くと根元から二つに分かれていた。
驚きのあまり「ミギャ!」と飛び上がってしまった。
なんでいきなりこんな事に・・・・と思ったが、あの猫が言っていたことを思い出した。
『アンタもうすぐ猫又になるわよ。』
猫又というのは、尻尾が二つに分かれるから猫又なのだ、というのを近所の野良猫から聞いたことがある。
ということは、つまりそういうことなのだろう。
不思議なのは、人間にはもう一本の尻尾が見えてないということだ。
俺を拾ってくれたご主人は大人になって家を出ていったので、今は代わりにご主人の母親が世話をしてくれている。
いつものようにエサをくれる時間、これみよがしに二つの尻尾を振って見せたのだが、まるで反応がなかった。
気づいていないだけかと思い、もう一つの尻尾を足に絡ませてみたのだが、これも無反応。
野良猫の友達には見えていたのに。
『お前どうしたんだよそれ!』なんて驚いていた。
どうやらこれは猫にしか見えないモノらしい。
・・・変化は他にもあった。
人間の言葉がハッキリと理解出来るようになったのだ。
今までは親しい人間の言葉しか理解できなかったのに(ハッキリとじゃなくてなんとなくの雰囲気として)、今は言葉として理解できる。
テレビで喋っている人間の言葉まで。
それに身体の中から突き上げるような衝動がこみ上げて、全身が波打つ感覚があった。
もしかしたら人間に化けられるんじゃないか?
本能的にそう感じるような衝動だった。
しかし家の中で化けたらみんな腰を抜かすだろう。
だから我慢した。夜まで待った。
みんなが寝静まった頃、あの猫が言っていた近所の公園に向かう為に。
やがて夜が来て、みんなが寝たのを確認してから窓の傍に立った。
こみ上げる衝動は限界に達していて、早くこれを解放したかった。
窓の外を見上げながら、自分を抑える理性を解除する。
すると突然二つの尻尾が大きくなって、グルグルと巻きついてきた。
《間違いない!絶対に人間に化けられる!》
根拠はないが、何かが本能にそう告げていた。
その本能を外に向かって解放するのと同時に、身体の中から何かが弾けるような衝撃が走った。
・・・モワっと白い煙が上がる・・・かんしゃく玉みたいに。
その煙が消えていくと、俺は人間に変わっていた。
自由に動く指、直立できる長い足、猫とは違うむき出しの肌。
鏡で見てみると、俺を拾ってくれたご主人の姿に変わっていた。
それも時の少年の姿に。
《なんでこんな姿に!・・・・いや待て、そういえば・・・・・、》
体内から突き上げる大きな衝動を解放する瞬間、少年時代のご主人をイメージした。
人間に化けられると確信したその時、パッと頭に浮かんできたのだ。
《なるほど・・・化ける瞬間にイメージした人間に変わるんだな。》
面白いのでもう一度化けてみよう・・・・と思ったのだが、方法が分からない。
なぜなら人間に化けた状態では尻尾がないからだ。
これじゃ元に戻ることも出来ない。
いったいどうすればいいのかアタフタしていると、窓の外にこの前の白猫がやって来た。
前足で開けろとジェスチャーしてくる。
俺は素晴らしいほど器用に動く指を使い、猫のままなら至難の業である開錠を行なった。
クイっと鍵を下ろし、ゆっくりと開けていく。
白猫は中に入ってきて、「ふんふん」と一匹で頷いていた。
「初めてでここまで完璧に化けるなんて見事ね。アンタ才能あるわ。」
褒めてくれて嬉しいが、今の俺は困っている。
いったいどうすれば元に戻れるのか?
その悩みを見透かすかのように、白猫は「イメージよ」と言った。
「お尻の辺りから尻尾が生えてくるイメージをしてみなさい。」
なるほど、頭の中で二本の尻尾を思い描く。
するとニョロニョロっと生えてきた。
「あとは同じ。そいつを巻きつけて元に戻るイメージをするだけよ。」
言われた通りにやってみる。
さっきと同じようにボワっと煙が上がり、いつもの俺に戻っていた。
「そうそう、上手上手。」
子猫でもあやすみたいに褒めてくれる。
素直に喜んでいいのかどうか。
「やっぱりアンタには才能があるわね。だからこそ危険でもあるわ。もし間違った道に進んでしまったら取り返しのつかない事になる。
そうなる前に教えてあげるわ。猫又としての心得をね。」
クルっと踵を返し、窓の外へ走って行く。
「行きましょ、仲間が待ってるわ。」
「仲間?」
「アンタ一匹が特別じゃないってこと。ほら早く。」
ササっと庭を駆け抜け、ピョンと塀の上に飛び乗る。
俺は家の中を振り返りながら、「質問がある」と言った。
「俺は普通の猫じゃなくなったんだよな。ならもうここには帰って来れないのか?」
「そんなことないわ。どこで生きるかはアンタの自由。でも今まで通りこの家に住みたいのなら、尚のこと猫又について知ってもらわないと。」
「ほんとにほんとか?どこかに連れ去ったりしないだろうな?」
「心配しなくても大丈夫。怖がらないでほら。」
ついて来いと尻尾を振る。
最近会ったばかりの猫を信用してもいいものか?
少し迷ったが、それ以上に好奇心が勝った。
《俺は普通の猫じゃないんだ。これは誇るべきことだぞ。》
猫又ってやつについてもっと知りたい。
そうすれば色んなモノに化けたり、それ以上のことだって出来るかもしれない。いや、きっと出来るはずだ。
身体中にこみ上げる衝動は力強く、もっともっと大きな可能性を秘めているはずだ。
「腹を括った良い顔ね、それじゃ行きましょ。」
白猫は塀の向こうに消えていく。
俺はもう一度家の中を振り返ってから、白猫のあとを追いかけた。
塀を飛び越え、街灯と月明かりだけが照らす夜道を歩いていく。
トコトコと先を行く白猫の尻尾は一つだけで、「アンタは猫又じゃないのか?」と尋ねた。
「私?」
「尻尾が一つしかない。」
「そうね、昔は猫又だったわ。でも今は違う。」
「今は違うって・・・・もしかして化け猫になっちまったのか?」
「そうじゃないわ。猫又よりもちょっと偉い猫ってところかしら。」
「なんだいそりゃ?」
「例えるなら猫の神様ってところかしら。」
冗談で言っているのだろう・・・・そう思った。
タダ者じゃないからって、いくらなんでも神様ってのは信じられない。
「そういえばアンタの名前をまだ聞いてなかったわね。」
足を止めて振り返る。俺は胸を張って答えた。
「タンクっていうんだ。ご主人が付けてくれた。」
「良い名前じゃない。身体が大きいから似合ってるわ。」
「だろ!俺も気に入ってるんだ。そっちは?」
「私はたまきっていうの。よろしくね。ちなみにアンタのご主人様の名前は?」
「ご主人?進藤歩っていうんだ。ずっと昔に俺を拾ってくれた優しい人間だよ。今はもう一人立ちして家にいないけど。」
「そう。じゃあ・・・人間に化けてる時はそう名乗れば。」
「ご主人の名前を?」
「さっきアンタが化けてた人間、あれご主人様なんでしょ?」
「どうして分かるんだ?」
「最初は飼い主に化けることが多いのよ。きっとイメージしやすいからでしょうね。」
「なるほど・・・・それで無意識に化けてたのか。」
「最初のうちは何にでも化けられるわけじゃないわ。しばらくはご主人様の姿を借りることになるはず。だったら同じ名前の方がしっくりくるでしょ?」
「そう言われればそうかもしれない。」
妙に納得してしまう。
公園に着くと何匹も猫が集まっていて、植え込みの傍で雑談をしていた。
「猫の集会だな。」
「ええ。でもただの猫じゃない。みんなアンタと同じよ。」
「こんなにたくさん俺と同じような奴がいるのか。尻尾が一つしかないぞ?」
「慣れれば出したり消したり出来るからね。とにかくみんなに挨拶して来なさい。猫又の一年生としてね。」
尻尾でポンと背中を押される。
俺はトコトコと駆け寄っていって、「初めまして、猫又のタンクです!」と名乗った。
みんなが一斉にこっちを見る。
普通の猫とは違う魔性的な視線にちょっとだけ怯えてしまった。
しかしどの猫の優しく迎え入れてくれて、すぐに緊張はほぐれた。
俺が猫又としてデビューした忘れられない日だ。
・・・・あの日から20年、人間に化ける時は今でも進藤歩と名乗っている。
お店でポイントカードを作る時も、レストランで予約待ちの名前を書く時も、そして稲松文具で働く時も。
猫又になってから20年の間、本当に色んな事があった。
良い事も悪い事もたくさん。
あれは猫又になってから5年後のこと、ご主人の両親が事故で亡くなってしまった。
俺の世話をしてくれた人たちが亡くなってしまったことはとても悲しかった。
だから家を出た。
もうあそこに帰っても誰もいないし、一人立ちしたご主人の世話になるのも悪いから。
だけど同じ年に嬉しい事もあった。
あてもなく野良を続けていた俺に、声を掛けてくれた猫又がいたのだ。
ムクゲという100歳を超える大ベテランの猫又で、人間になることを夢見ている(変化ではなく完全に)変わった猫だった。
ムクゲは人間への憧れから、人間の擬似家族を作っていた。
自分は妻を演じ、恋猫には夫を演じさせ、他の猫にはおばあちゃんや娘を演じさせていた。
誰もが人間になりがたっている変わった猫又たちだった。
俺はそんな変わった猫又に声を掛けられ、よかったら一緒に暮らさないかと誘われた。
最初は断った。
だって人間に成りたいなんてちっとも思わなかったからだ。
だけどムクゲはそれでもいいから一緒に暮らそうとしつこかった。
後で分かったことだが、あてもなくフラフラしている俺を心配してのことだった。
しばらく悩んだ末、出て行きたくなったらいつでも出ていっていいという条件付きで、ムクゲの擬似家族に加わることになった。
最初の六年は人間として暮らす練習をして、その後は学校へ通い始めた。
小学校一年生から中学三年の間まで。
そして今年の春にめでたく卒業し、稲松文具に勤めることになったのだ。
それはムクゲの擬似家族を卒業した日でもあった。
今までありがとうとお礼を言い、いつでも会いに来てねと抱きしめられ、母親になってくれた彼女の元から旅立ったのだ。
本当に色んなことがあった20年で、良い事も悪い事も、今となっては過ぎた時間の中の事でしかない。
・・・・たった一つだけを除いて。
あれはムクゲに拾われてから10年後のことだった。
俺のいた街からどんどん猫又が消えていくという事件が起きたのだ。
やがて化けタヌキや人狼など、霊獣と呼ばれる不思議な動物たち全てが姿を消していった。
そんな物騒な事件が続いていたある日のこと、学校からの帰り道で一人の男が声を掛けてきた。
そいつはプロレスラーみたいな厳ついガタイをしていて、鬼みたいに怖い顔をしていた。
『私たちと一緒に来ないか?霊獣にとって理想の世の中を作る為に。』
そう言いながら手を差し出してきたので、ちょっと怖くなって後ずさった。
すると腕を掴まれて、強引に車の中に引きずり込まれそうになった。
抵抗はしたけどまったく歯が立たず、遂には車に押し込められてしまった。
暴れないようにと手足を縛られながら、ふとあることを考えていた。
街から霊獣が消えているのはコイツのせいなんじゃないかって。
だとしたら俺もどこかへ連れ去られてしまって、二度とこの街へ戻って来られないのかもしれない。
そう思うと怖くなって、大声で助けを呼んだ。
『ムクゲ!』
擬似家族のはずなのに、いつの間にやら本当の家族のようになっていた彼女に、無意識に助けを求めていた。
するとその願いが通じたのか、突然車のドアが開いた。
・・・・ムクゲだった。
俺を車から降ろし、手足を縛る鎖を引きちぎり(霊獣はとんでもなく腕力が強いので)、『間に合ってよかった!』と泣きそうな顔で言った。
『ムクゲ!ここにいたらマズい!またあの鬼みたいな奴に襲われて・・・・、』
『大丈夫よ、彼女が追い払ってくれたから。』
そう言って後ろを振り返ると、そこには綺麗な毛をした真っ白な猫がいた。
『たまき!』
『久しぶり。』
クスっと笑いながら、『危ないところだったわね』と尻尾を揺らした。
『もうアイツはいないから大丈夫よ。』
周りを見ると・・・・確かにいない。
車だけ残してどこかへ消えたらしい。
『たまきが追い払ったのか?』
『ええ。』
何でもないという風に頷く。
『ほんっとにカグラの連中は・・・・。』
イライラしながら言うたまきに、『カグラ?』と尋ねていた。
『霊獣を捕まえては密売する極悪組織よ。表向きは家具屋さんだけどね。』
『ちょ、ちょっと待って!じゃあこの街から霊獣が消えたのは・・・・、』
『奴らがさらったのよ。』
『やっぱり・・・・。』
『ちなみにさっきの男も霊獣。それもお稲荷さんよ。』
『お稲荷さんって・・・・あのキツネの神様の?』
『そう。』
『なんで神様がそんなことを・・・・。』
『神様は神様でもアイツは禍神(マガツカミ)っていう悪い奴。稲荷の世界でも鼻つまみ者よ。』
『じゃあ奴らにさらわれた霊獣たちは・・・・、』
『残念ながらどこかへ売り飛ばされたでしょうね。』
『・・・・・・・・・。』
『カグラはそうやってお金を稼いで、どんどん人間社会で力を増していってるわ。このまま放置しておけばさらに被害が出る。早くどうにかしないと。』
クルっと踵を返してどこかへ去って行く。
『たまき!ちょっと待って!もうちょっと話を聞かせて・・・・、』
追いかけようとした時、『ダメよ』とムクゲに止められた。
『もう帰りましょ。』
『でも・・・・、』
『街のみんなが消えてしまったことは悲しい。だけど下手に関わるとこっちまで危ないのよ。
いつ歩も連れ去られるか不安だったから、ここ最近はずっと見張ってたの。』
『だからすぐ助けに来てくれたのか。』
『うん。でもあの鬼みたいな男・・・・アイツ自身が位の高い霊獣だから、私だけじゃ勝てない。
どうしようって焦ってたら、偶然たまきが通りかかって・・・・。』
ムクゲは『今日のことはもう忘れようね』と言い、その日はおとなしく家に帰った。
だけどそれから一ヶ月後くらいに、今度はムクゲが襲われた。
どうにか逃げ切ったものの、とても大きな傷を負っていた。
最初は擬似家族だったけど、でも今は違う。
ムクゲは俺の母なのだ。
それを怪我させたことが許せなくて、どうにかしてカグラって連中に復讐できないか考えた。
放っておけばまた被害者が出るだろうし、同じ霊獣として怒りが湧いていたし。
だから俺は稲松文具へ就職した。
カグラの連中に一泡吹かせる為に。
この会社なら中卒でも正社員として雇ってくれるし、出世だってさせてくれる。
頑張って偉くなれば、グループの傘下であるカグラに復讐できると思ったから。
だけど中々上手くいくものじゃなかった。
せっかく出世が決まったというのに、ある出来事のせいで会社を離れなきゃいけなくなるかもしれないのだ。
ムクゲ・・・俺の母がまた襲われた。
鬼神川の奴に誘拐されてしまったのだ。
かつてムクゲをさらおうとした時、反撃されて傷を付けられたことを根に持っていたようだ。
その恨みを晴らそうと、ムクゲの家にまで襲撃してきた。
今は人質となって、たまきとの交渉材料に使われている。
コイツを無傷で返してほしいのなら、俺たちの邪魔をするのはやめろと。
たまきは激怒した。
霊獣を、いや動物を守る神様としてカグラをぶっ潰す!
そう息巻いていた。
だけどムクゲを人質に取られている以上、事は慎重に運ばないといけない。
多分カグラは俺の正体に気づいているだろう。
あの時さらおうとして失敗した霊獣だということ、そしてムクゲの家族だってことを。
だからしばらく表から身を隠すことにした。
たまきからそうしろと言われたのだ。
アンタまでさらわれたらややこしくなるからと。
悔しいけどたまきの言う通りだ。
今の俺にカグラと戦う力はない。
下手に動けばたまきの足を引っ張って、ムクゲを危険に晒してしまうだけだろう。
鬼神川たちに見つからないよう、今は猫神神社という所に身を隠している。
ここはセンリという猫の神様を祭った神社で、緑の深い山の麓にあるのだ。
ちなみに祭神のセンリとはたまきのことである。
ここにいる限りはカグラも手を出せないそうなので、今はおとなしく身を潜めているしかない。
賽銭箱の横に座りながら、ムクゲが無事に帰って来ることを祈っていた。

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