稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜のイラスト(ペン入れ)6

  • 2018.11.30 Friday
  • 10:40

JUGEMテーマ:イラスト

 

     謎の男と狼の霊獣

 

 

 

     偶然の再会

 

 

 

     小高い丘から

 

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第二部 最終話 道しるべ(3)

  • 2018.11.30 Friday
  • 10:28

JUGEMテーマ:自作小説

長く眠っていると身体が言うことを聞かなくなるものだ。
カグラの本社に行き、女の霊獣に追いかけられたあの時から、俺は一週間近くも眠ったままだった。
理由はおそらく例の薬だろう。
子犬に変わることはなかったけど、その代わり強い目眩に襲われて意識を失ってしまった。
しかも寝ている間、ずっと同じ夢を見ていたのだ。
謎の男が現れ、次々に霊獣を撃ち殺していく夢を。
逃げ惑う霊獣たちもいれば、戦いを挑む霊獣もいた。
でも男の凶弾によって次々に倒れていった。
紫の弾丸はとても強力で、屈強な霊獣でさえ歯が立たない。
大きな龍も、大きな稲荷も、見るからに強そうな霊獣たちでさえ、男の凶弾の前には成す術がなかった。
血塗られた紫の弾丸。
無表情でそいつを撃ち続ける男の後ろには、真っ白に輝く狼がいた。
まるで男の守護霊であるかのように、ピタリと傍を離れない。
でも表情が対照的だった。
男が無表情であるのに対し、狼は笑っていたのだ。
いったい何が可笑しいのか?
最初は分からなかったけど、なんとなくその理由が見えてくるような気がした。
男が霊獣を撃ち殺す度、狼は大きくなっていたのだ。
代わりに男はやせ細り、立っていることすら出来なくなる。
そうなると狼は自分の血を飲ませるのだ。
自分の牙で自分を傷つけ、紫色の血を滴らせる。
男はその血を聖水のようにありがたがった。
やせ細った身体は力を取り戻し、また霊獣を撃ち殺していく。
・・・・これは夢だと分かっていた。
でも妙にリアルで恐ろしかった。
もしもこれが正夢だとしたら、俺は正気を保てないだろう。
だって俺には霊獣の仲間がたくさんいるのだ。
ウズメさん、アカリさん、チェリー君、そしてたまき。
なにより一番大切な婚約者、化けたぬきのマイちゃん。
このままでは凶弾の餌食になってしまう。
いくらたまきやウズメさんが強くても、あの弾丸の前では手も足も出ないだろう。
それに男を守っている光り輝く狼。
こいつも強そうだ。
どんどんどんどん大きくなっていって、恐竜と変わらないんじゃないかってくらいに巨大になっている。
このまま大きくなり続けたら、それこそ怪獣のようになってしまうだろう。
もしこの夢が現実になれば、この世から霊獣は消えてしまう。
それはつまり、大事な仲間も、尊敬する師匠も、愛する婚約者も失ってしまうということだ。
これはただの夢だ・・・・そのはずなのに、こうも不安になるのは、夢に出てくるこの男の存在感が生々しすぎるせいだろう。
あの晩、街灯の下で会った時、男は何も答えてくれなかった。
でもこうしてまた夢に現れた。
だから俺は問いかけたのだ。
何が理由で俺に会いに来る?
どうしてそんなに霊獣を憎んでいる?
なにか伝えたいことがあるから現れるんだろう?
だったら教えてほしい。
アンタはいったいどこの誰で、何を望んでいるのか。
男は口を開きかけた。
・・・・そこで目が覚めたのだ。
金色の眩い光が差し込んで、思わず目を細めた。
とても暖かい光だった。
さっきの悪夢を全て消し去ってしまいそうなほど・・・・。
それから一時間、俺は大きなお稲荷さんの尻尾の上で横になっていた。
ウズメさんだ。
「体調はどう?」
「おかげさまで・・・・。」
「まだ目がトロンとしてるわね。もうちょっと横になってなさい。」
八本ある尻尾のうちの一本に寝かせてもらっている。
一つ一つが出雲大社のしめ縄よりも太く、そして長い。
ウズメさんが立派な稲荷だってことは知ってるけど、この前よりもさらに巨大になっていた。
しかも金色に輝いているし・・・・。
「浮かない顔してるわね。」
「意識を失ってから変な夢を見ていたんです・・・・。ただの夢のはずなのにそうは思えなくて・・・・、」
「悪い夢だったの?」
「謎の男が霊獣を撃ち殺していくんです。そいつの背後には光り輝く狼がいて、霊獣を撃ち殺す度に笑っていました。」
「それは怖い夢ね。でも夢はしょせん夢よ。ただし正夢になるんじゃないかと思っていると、本当にそうなることがあるから気をつけてね。」
「そういうものなんですか?夢って・・・・・。」
「無自覚のうちに本人が夢に近い行動を取ってしまうことがあるのよ。もちろん予知能力のように未来の出来事を察知する夢もあるけどね。
でも君にそういう能力は備わっていないわ。だから心配しなくても大丈夫。」
大きな尻尾をふわふわと揺らしながら、いつもより威厳のある声で語りかけてくる。
俺は身体を起こし、じっくりと辺りを見渡した。
ここは金光稲荷神社の本殿の中だ。
天井には煌びやかな金色の装飾が施されていて、奥には立派な祭壇がある。
丸い鏡があるけど、あれが御神体のようだ。
その手前には小さな壺というか、おちょこみたいな入れ物があって、両脇には真っ白な狐の像が鎮座していた。
「ここ・・・ウズメさんの神社だったんですね。」
そう尋ねると、気恥ずかしそうに笑った。
「ずっとこがねの湯の近くの神社だったんだけど、稲荷の長なんだからもっといい所の祭神になれって、白髭ゴンゲン様がね。」
「白髭ゴンゲンか・・・・懐かしいな。一昨年にダキニと揉めた時に手を貸してくれた爺さんですよね?」
「そうよ。ダキニ様の前の稲荷の長。今は引退してただのエロじじ・・・・じゃなくて、気のいいおじいさんになってるけどね。」
「あいつ本当にエロかったからなあ・・・・。マイちゃんも口説こうとしてたし。今は何してるんですか?」
「隠居して好き勝手やってるわ。」
「どうせまた女の人ばっかり口説いてるんでしょ。」
「ふふ、そんなとこね。ここも以前はゴンゲン様の分霊が祭られていたんだけど、私に譲って下さったのよ。」
「そうなんですか?あのエロじじいがこんな立派な神社を持ってたなんて。」
「今は私が長なんだから代わりに住めってさ。けっこう気に入ってたはずなのに、気前よくポンとね。」
「そっかあ・・・・あのじいさん、やっぱりただのエロじじいじゃなかったんですね。」
ボーっとする頭で本殿の中を見つめる。
そしてふと大事なことを思い出した。
「そういえばみんなは?モンブランやアカリさんは?御神さんもいないみたいだし・・・・。」
「あれから一週間近く経ってるからね。みんなそれぞれのやることをやってるわ。」
「それぞれの・・・・?」
「君、カグラの本社に乗り込んだんでしょ?」
「俺はイヤだったんですけどね・・・・御神さんが強引に。」
「危険な行為だけど、そのおかげで事が動き始めたわ。」
「どういうことですか・・・?」
「自分たちの知らない所で薬が出回ってたわけだからね。回収しようと躍起になってるのよ。」
「遠藤さんがばら撒いてたから・・・・。」
「この前の岡山の件だって、とんでもない大事件なのに大したニュースになっていないわ。きっとカグラが手を回したのよ。
SNSなんかで拡散はしてるみたいだけど、オカルト話の域は出てないわ。」
「てことは俺たちを見つけようと必死になってるわけか・・・・。」
「奴らが動けば動くほどこっちにとっては好都合よ。追ってきた連中を生け捕りにして、色んな情報を引き出せるからね。君の無謀な突撃は功を奏したってわけ。」
「ならアカリさんたちは今・・・・、」
「戦ってるわ。狼男も。それに御神さんってジャーナリストもね。ちなみにモンブランちゃんたちも。」
「アイツらも!?また面倒を起こさなきゃいいけど・・・・、」
「あの子達の行動力には恐れ入るわ。すすんでオトリを買ってでてるんだから。マリナちゃんなんて一匹霊獣をやっつけたのよ、ドカンとバズーカを撃って。」
「マジで撃ったのかアイツ・・・・。ていうかどこでそんなモンを手に入れたんだ・・・・。」
「カグラの追っ手が持ってたのを奪ったみたいよ。君のところの動物、その辺の霊獣よりずっと逞しいかもね。」
「こういう時は頼りになるかもしれません。普段は手が付けられないけど。」
「ちなみにたまきも動いてるわ。」
「アイツも?」
「生け捕りにした相手から情報を引き出して、翔子ちゃんたちが監禁されていた場所を突き止めたのよ。」
「すごいな、さすがはたまきだ。」
こういうことをあっさりとやってのけるなんて、弟子として鼻が高いと同時に、アイツに手が届くのはまだまだ先だろうなと、多難な道を覚悟する。
「たまきが向かったってことは、翔子さんは無事に助け出されたんですよね?」
期待して尋ねると、「残念ながら・・・」と声を落とした。
「他に捕まってた子たちは救出されたんだけど、翔子ちゃんだけは無理だったみたい。カグラが必死に抵抗してせいで取り逃がしちゃったのよ。」
「たまきから逃げ切るなんて・・・やっぱりヤバい連中だな。」
「一筋縄ではいかないわ。私も直接カグラに乗り込もうとしたんだけど、いちおう白髭様にだけはお伺いを立てておこうと思ってね。
私を稲荷の長に推薦してくれた方でもあるから、勝手に喧嘩しに行っちゃ面子を潰しちゃうし。」
「ウズメさんらしいですね。でも俺たちがカグラに行った時、ウズメさんはいませんでしたよね?」
「白髭様に止められたのよ。私の立場で勝手なことをすると、稲荷の世界全体を巻き込む大争いになるからって。
その代わりに私の位を上げて下さったわ。だからほら、尻尾の数も増えてるでしょ?」
そう言って八本の尻尾を揺らす。
しかも一本一本が前よりも立派だ。
ものすごくフサフサしてるし、金色に光ってるし。
「前は七本でしたもんね。ということはもっと偉くなったってことですか?」
「白髭様の計らいでね。霊獣としての格は前よりもずっと上よ。だからこそこの神社の祭神に命じられたわけだし。」
「すごい立派な神社ですよここは。稲荷の長に相応しいです。」
「ここまで偉くなれば、神道系の稲荷のお偉いさんたちも話を聞いてくれるかもしれないわ。前は門前払いだったけど、次こそはチャンスがあるかも。」
「なるほど。喧嘩じゃなくて話し合いでケリを着ける為に、前より偉くなったってことですか。」
「そういうこと。君が目覚めるまで付き添ってたけど、もうそろそろ出かけなきゃ。立てる?」
「もちろんです!この尻尾のおかげで元気出ました。」
金色の尻尾は暖かい光で包まれている。
もしこれがなかったら、一週間近く続いた悪夢のせいで精神がおかしくなっていたかもしれない。
「ウズメさん、俺のことは気にせずに行ってきて下さい。」
「そうするわ。君もあまり無茶をしないようにね。相手は犯罪組織であり、しかも霊獣の集団よ。くれぐれも気をつけて。」
そう言って大きな尻尾を振ると、一瞬で周りの景色が変わっていた。
ウズメさんはいなくなり、俺は本殿の外に立っていた。
大きな社は背中を反って見上げるほど立派で、金光稲荷神社という名に相応しいほど、たくさんの金色の装飾が施されている。
屋根は赤く、それを支える柱も赤い。
壁は真っ白で、両脇にも真っ白な狐の像が建っていた。
砂利引きの広い境内は高い木立に囲われ、そのうちの二本は天を突くほど巨大だった。御神木だろう。
ここなら稲荷の長にとって不足のない神社だ。
鐘を鳴らし、手を合わせ、無事に翔子さんを救い出せますようにとお祈りする。
そして踵を返し、まっすぐ伸びる参道を歩いて行くと、鳥居の下で一人の女性が佇んでいた。
俺に気づくなり手を振って、「ようやくお目覚めね」と言った。御神さんだ。
「気分はどう?」
「悪夢を見てましたよ。正夢になるんじゃないかってくらいリアルなやつを。」
そう答えると眉を潜めていた。
「そういう夢はすぐに忘れた方がいいわよ。ずっと覚えてるとほんとに正夢になっちゃったりするから。」
「ウズメさんにも言われました。気にするなって。」
「一週間眠ったままなんて・・・・おそらく薬の副作用だと思うけど、ほんとに体調は平気なの?」
「まあまあってとこですかね。俺が寝てる間のこともウズメさんから聞きました。みんな頑張ってるって。だったら高熱があっても寝てられませんよ。」
「それだけガッツがあれば大丈夫ね。」
クスっと肩を竦め、「じゃ、行きましょ」と歩き出した。
「あの・・・、」
小走りにあとを追いかけながら、「アカリさんやモンブランたちはどこに?」と尋ねる。
「カグラの追っ手と戦ってるって聞いたけど。」
「みんな大活躍よ。狼男二人に、君の仲間のお稲荷さんたち。みんな霊獣だけあってかなりの腕っ節ね。あ、でも一人そうでもないお稲荷さんがいるけど。」
「誰ですか?」
「たしかツムギ君ってお稲荷さん。なんで俺が有川の為にってブツブツ言ってたわ。」
「口は悪いけど根は良い男なんですよ。」
「マリナちゃんに鼻の下伸ばしっぱなしだけどね。狼男たちはモンブランちゃんにゾッコンだし。」
「霊獣も女に弱いんだなあ・・・。」
「ていうかあなたの家の動物たち、動物にしとくには惜しいほどの逸材だわ。みんな霊獣顔負けなほど頑張ってるもの。」
「こういう時はある意味頼りになる奴らですから。」
「モンブランちゃんは狼男を従えて女王様みたいに振舞ってるし、マサカリ君は戦いそっちのけで犬缶を頬張ってるし。
チュウベエ君は追っ手にミミズを売りつけようとするし、マリナちゃんはバズーカ2丁持ちでカグラの本社に突撃しようとするし。」
「無茶苦茶だな・・・・。ていうか戦ってるのマリナだけじゃないですか。」
「でもみんなとにかく目立つから、良い意味でオトリになってくれてるわ。そして追っ手が迫ってきたところを霊獣たちが仕留めるってわけ。」
「まさかまた暴動みたいになってませんよね?」
「その心配は無用よ。カグラだってなるべく事を大きくしたくないんだもの。人目に付かない場所を選んで攻撃を仕掛けてきてるわ。」
「でもマリナの奴、バズーカをぶっ放したんでしょ?どう考えても大事になるんじゃ・・・・、」
「無人の廃工場におびき出して撃ったから安心して。」
「安心していいのかそれ・・・・。」
なんか色々不安になってくる。
二人ならんで神社の敷地を抜け、駐車場まで歩いていく。
そこには鮮やかな黄色をした値の張りそうなスポーツカーが。
「これ御神さんのですか?」
「カッコイイでしょ。」
「あの・・・ちなみに俺の車は?」
「残念ながら敵の襲撃でお亡くなりになったわ。」
「そんな!自家用車に続いて業務用までも・・・・、」
この前のカーチェイスで愛車が破壊され、そして次は仕事用までとは・・・。
まあ7万の中古で買ったいつ壊れてもおかしくない車だったけど。
「有川さんが襲われた時にひっくり返されちゃったでしょ?あれからウンともスンとも動かなかったわ。」
「まあいいですけど・・・・。」
「ちなみにあのあとしばらくしてからアカリさんが来てくれてね。遅いからって様子を見にきてくれたみたい。
その時に川原に隠してたわ、道でひっくり返ってちゃ邪魔だからって。あとから取りに行けば。」
「気乗りしないなあ・・・・。」
ショボンと項垂れながら車に乗る。
御神さんの運転は信じられないほど荒っぽいもので、まったく生きた心地がしなかった。
これでよく事故らないなと感心する。
あっという間に金光稲荷神社から遠ざかり、姫道市の市街地を抜けて高速に乗った。
「ちょっと飛ばしすぎじゃないですか・・・・。」
「モタモタしてたら追っ手が来るじゃない。今襲われたらアウトよ。」
それはその通りだけど、このスピードじゃ別の意味でアウトになりそうな気がする。
まあ最近はとんでもない事ばかりありすぎて、これくらいじゃどうってこともないけど。
「どこに向かってるんですか?」
「ん?ちょっと合わせたい人がいてね。」
「合わせたい人?もしかして協力者ですか?」
「というより共闘者ね。」
そう言ってニコリと微笑む。なんか含みのある笑顔でちょっと怖い。
「前にも言ったけど、カグラを相手にするのは有川さんだけじゃ無理があるわ。」
「身をもって理解しました。」
「そして彼等だけでも無理だわ。」
「彼等?」
「カグラに立ち向かってるのはあなた達だけじゃない。他にも懸命に戦ってる人たちがいる。彼等は企業を相手に戦うのは慣れてるけど、霊獣や動物のことは専門外よ。
そして有川さんはその逆。お互いが手を組めば打倒カグラも夢じゃないわ。」
相変わらず意味深というか、含みのある言い方をする。
簡単に核心を語らないのはジャーナリストとしての職業病か?それとも個人的なクセなのか?
どっちか分からないけど、今の時点では聞いても答えてくれないだろう。
車は更にスピードを上げ、縫うように他の車を追い抜いていく。
そして高速を降りたその先は・・・・、
「龍名町?」
俺の街である。
市街地を縦断する国道を抜け、交通量の多い交差点をスルリと左に曲がり、大きな川を渡す橋に差し掛かった。
その下には川原が広がっている。いつもマサカリの散歩をしている場所だ。
そこをさらにまっすぐ走ると稲松文具の本社が見えてくる。
田舎には不釣り合いな巨大なビルだ。
《翔子さん・・・必ず助けますからね。それまでどうか無事で。》
ギュっと胸に誓い、遠ざかるビルを眺める。
それからまたしばらく走り、さっきとは別の高速に乗った。
比較的新しい道路で、利用者は少ないものの、龍名町から北へ向かう時には便利な道だ。
御神さんはこの道路のインターを二つ目で下りた。
その先に広がるのは恐ろしく殺風景な、そしてアンバランスな景色だった。
「ここって・・・・、」
「ええ、開発に失敗した夢の都市よ。三つの街がお金を出し合って作ったんだけど、そのうちの一つがお金が足りなくて続けられなくなってね。
道路は立派だし、スポーツや研究の為の施設も揃ってるし、ヘリポートまである。なのにほとんど住民がいない。ある種のゴーストタウンね。」
そう、ここは街の外観だけが立派で、ほんとど人の気配がしない奇妙な街なのだ。
言葉は悪いが、綺麗な廃墟とでも言おうか。
でも一応マンションは建っているし、大学や高校もあるから、まったくの無人というわけではない。
ないんだけど、それでも奇妙な街であると感じる。
「こんな場所で誰かが待ってるんですか?」
「街の外れにパスタの専門店があるのよ。小高い丘の上にね。」
「そこで誰かと待ち合わせ?」
「ええ、ちなみに君も知ってる人よ。」
意地悪な笑みで言う。教えてくれればいいのに。
やたらと立派な道路をまっすぐ走り、街の外れまでやってくる。
この先は山になっていて、麓には民家が並んでいるはずだ。
御神さんはその手前でハンドルを切った。
大通りから外れて、右へ急旋回する細い道へ入り、なだらかな斜面を登っていく。
少しうねったその道を駆け上がると、右奥の方に一軒の店が見えてきた。
「さ、着いたわよ。」
少し手前にある駐車場に降りると、奇妙な街の光景が一望できた。
右手には開発に失敗した街、左手には遠くまで連なる山々、その向こうには龍名町へと続く街が横たわっている。
なんともちぐはぐな景色だ。
思わず見入っていると、「面白いでしょ?」と御神さんが言った。
「クッキリ形が分かれてますよね。まるでボードゲームみたいだ。」
「こうして高いとこから見下ろすと、いかにも開発に失敗しましたっていうのが分かるわよね。」
カメラを構え、パシャっと一枚撮っている。
そして「あれ?」と呟いた。
「どうしたんですか?」
「何かがこっちに飛んできてる。」
ズームをいっぱいに伸ばし、「あれは・・・」と眉と寄せている。
「インコ・・・・?」
「ああ、たまに捨てられて野生化したやつがいるんですよ。」
「そうなの?でもあのインコはたしか・・・・。有川さん見てちょうだい。」
そう言ってプロ仕様のゴツいカメラを渡される。
けっこう重いなと思いながら、「どれどれ?」と覗いてみた。
「・・・・あれ?なんにも見えない。」
ズームを動かしてみるけど何も映らない。
「なんで?」
レンズを確認してみるけど、特に問題はなさそうだ。
「おかしいな?」
もう一度覗いてみるけどやっぱり何も映らなかった。
「御神さん、これ何も見えませんよ。」
困った顔でカメラを渡そうとすると、なぜかクスクスと笑われた。
「どうしたんですか?」
「もう一度カメラを覗いてみて。」
「こうですか?・・・・やっぱり何も見えませんよ。」
「そのままレンズの先に手をやって。」
「レンズの先に?・・・・・・って、痛!」
手にブスっと何かが刺さった。
ファインダーから目を離し、「なんなんだよ」と手をフーフーしていると、目の前に一羽の鳥が飛んできた。
「よ。」
「チュウベエ!」
なんでコイツがここに?
ていうより・・・・、
「お前インコに戻ってるじゃないか!」
「ウィイ。」
「ウィイじゃないだろ。解毒剤を飲んだのか?」
「いや、勝手に戻った。」
「勝手に・・・・?」
「モンブランたちも元に戻ってるぞ。」
「マジか・・・・。なんで急に・・・・、」
「不安定ね。」
御神さんが言う。
「例の薬、まだ試験段階なんでしょ?だから狼男たちにバラ撒くように指示して、多くのデータを取ろうとしていた。」
「ええ。」
「ということはまだ完成してないのよ。だから強い副作用も出るし、突然元に戻ったりもする。有川さんもたしか心臓が二つになっちゃったとか言ってたわよね?」
「そうなんです。その症状が出たのは俺だけなんですけど。」
「薬が未完成だから予想もしない効果が出るんだと思うわ。まあ動物を人間に変えたり、人間を動物に変えたりする薬だもの、元々が無理のある話よね。
でも・・・・危険ね。早くどうにかしないと、もっと恐ろしい副作用が出る可能性もあるわ。」
「た、例えば・・・・?」
「分からない。とにかくモタモタしてられないわ。」
カメラを担ぎ直し、店へ向かって行く。
俺はあとをついて行きながら、「なあチュウベエ?」と尋ねた。
「お前どうしてここが分かったんだ?」
「ん?まあ・・・アレだ。超能力だ。」
「当ててやろうか?」
肩にとまってきたチュウベエにビシっと指を向ける。
「どうせミミズ食ってたんだろ?穴場を探してるウチにたまたま俺たちを見つけた。違うか?」
「無きにしもあらずだ。」
「素直にそうですって言えよ。」
「だって動物に戻ったんだから何も出来ないし、だったらミミズでも食ってようと思って。」
「他のみんなは無事なんだろうな?」
「モンブランには狼男が付いてるし、マリナにはツムギ君が付いてる。」
「じゃあマサカリは?」
「こがねの湯の事務所で寝てる。」
「良い根性だ、しばらく飯を半分にしてやる。」
「あのメタボはビビりだからな。それに一緒にいても危ないからって、アカリが連れてったんだよ。」
「さすがはアカリさん、俺も姐さんって呼ぼうかな。」
「ちょっと何してるの、早く。」
「あ、すいません・・・・、」
御神さんのあとを追いかけ、店に向かう。
するとドアが開いて一人の女が出てきた。
邪魔にならないよう少し脇によける。
「悠一もそういう気遣いが出来るようになったか。」
「ん?なにが?」
「女に道を譲る、こういうのレディーファーストっていうんだろ?」
「邪魔にならないようにどいただけだ。ていうか人前で話しかけるな。怪しい奴だと思われるだろ。」
チラっとその女性を見ると、案の定不思議そうな顔で振り返っていた。
「ほら見ろ・・・・。」
「別にいいじゃないか。頭のおかしな奴だと思われても。」
「いいわけないだろ・・・・。」
「何してるの、早く。」
御神さんに呼ばれて店に駆け込む。
「予約してあるのよ。こっちの窓側の席。」
案内されて座った席はとても見晴らしのいい所だった。
さっきのチグハグな景色が一望できる。
でもテーブルには俺たちだけだ。
「あの・・・会わせたい人っていうのは?」
「まだ来てないみたいね。ちょっと待ちましょ。」
そう言ってメニューを広げ、店員さんを呼んでいる。
でも来ない。
なぜならドアの辺りで、家族連れの客と揉めているからだ。
チュウベエが「客商売ってのは大変だな」なんて呟く。
「あれきっとクレーマーだぞ。」
「だとしたら修羅場だな。ていうかここって動物の連れ込みOKなのかな?」
「大丈夫大丈夫、ぬいぐるみのフリしてるから。」
「俺はこの前それでバレたけどな。」
「悠一ほどバカじゃないから平気だ。」
「バカで悪かったな。」
まったく口の減らない奴だ。
店員とクレーマーの悶着はしばらく続き、御神さんも注文を諦めていた。
「こんなんじゃ別のお店にすればよかったわね。」
「なんでこんな辺鄙なお店を選んだんですか?」
「辺鄙な場所なら誰にも見つからないと思って。」
「ああ、なるほど。」
「にしても遅いわね、あの子。まあ遅刻はいつものことだけど。」
腕時計を確認し、チラチラとドアの方を覗っている。
そして・・・・・、
「あ!来た来た。」
立ち上がり、「こっちこっち」と手を振っている。
「すいません!遅れちゃって!」
スーツ姿の青年が駆け寄ってくる。
「道に迷っちゃって」と人当たりの良さそうな笑顔を見せた。
「ちょっと分かりづらい場所だったかしら?」
「通り過ぎちゃったんですよ、途中で細い道に入るの分かんなくて。」
「久しぶりだけど元気そうじゃない。」
「祐希さんこそ。相変わらずアラフォーとは思えないくらいお美しいっす。」
「ありがと。」
クスっと笑い、「紹介するわ」と俺に手を向けた。
「君に会わせたかった人。」
そう言ってから、「で、彼が有川さんに会わせたかった人」と青年に手を向けた。
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
無言で見つめ合ってしまう。
なぜならこの青年、以前に会ったことがあるからだ。
それは向こうも同じで、なんとも言えない顔で見つめて・・・・というより睨んでいた。
《なんだろう・・・・すごい敵意を感じる。》
睨んでくる、ものすごい睨んでくる。もはやメンチを切っている。
「ほら、お互いに挨拶して。」
「え?ああ・・・・、」
立ち上がり、「動物探偵の有川といいます」と手を差し出した。
青年はメンチを切りながら「冴木晴香っす」と手を握った。
「稲松文具で社長やってました、社長を!よろしく。」
「以前に一度会ってるよね?翔子さんが誘拐された時に・・・・、」
「翔子だとお!?」
なんか知らんがいきなりキレだした。
握られた手が痛い・・・・・。
「ええっと・・・・なんか機嫌が悪いみたいだね。」
ニコっと返すと、「機嫌、悪くないっす!」と斜め下から睨んできた。
《お前は昭和の不良か!》
「ま、まあ・・・とにかくよろしく。」
怒りの理由は分からないけど、とにかく俺に良い印象は持っていないみたいだ。
何かした覚えはないんだけど・・・・。
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・あのさ。」
「あん?」
「そろそろ離してくれないか、この手。」
どんどん握る力が強くなっている。
さっきよりも怒った顔でメンチ切ってるし・・・・・。
「まあまあお二人さん、喧嘩はよくありませんぞ。ここは不束者のインコに免じて、どうか溜飲を下げて頂きたい。」
チュウベエがパタパタと羽ばたいて、俺たちの手にフンを落とした。
「おい!」
「汚ね!」
慌てて手を離す。
「先が思いやられるわね」と御神さんが首を振った。
「これから一緒に戦うんだから、もうちょっと仲良くしてよ。」
「別に俺は喧嘩なんてしてませんよ。ただそっちの彼がいきなりメンチ切ってくるから。」
「アンタが翔子とか吐かすからだ!女神と敬え!もしくは天使!!」
「だって翔子さんは翔子さんだし。」
「だから名前で呼ぶなっての!」
「あ・・・・もしかして君は翔子さんの彼氏なの?ごめん、だったら名前で呼んじゃ気分悪いよな。」
「か、彼氏じゃないけどさ・・・・、」
「じゃあ何?」
「なんだっていいだろ!課長は俺の女神なんだ!もしくは天使!!」
「ああ、なるほど。翔子さんに惚れてるわけか。」
「わ、悪いかよ!」
「そんなこと言ってないだろ、いちいち突っかからないでくれよ。」
「お、俺はなあ・・・・ずっと前から課長に惚れてんだ!なのにアンタときたら・・・・アンタときたら・・・・。なんで課長の愛の一人占めできるのさ!?」
「愛を一人占め・・・・?なんのことだよ?」
「恍けるな!課長はアンタのこと・・・・アンタを・・・・・クソ!ちくしょおおおおお!!」
なんか分からんけど一人で叫んでいる。
チュウベエが「また変な奴が増えたな」と呟いた。
「悠一の周りにはこんなのばっかりだ。」
「お前に言われちゃ彼も可哀相だ。」
「ま、類は友を呼ぶってやつかな。とりあえず景気づけに乾杯でもしよう。へいマスター!ミミズのカクテルを四人分!」
「ねえよそんなもん!もしあってもお前だけで飲んでろ!」
「なんで課長はこんな男を・・・・。クソ!こんなの間違ってるぞ!ちくしょおおおお!!」
俺たちのテーブルだけやけに騒がしくて、周りから冷ややかな視線が突き刺さる。
「うんうん、中々いいコンビね。これなら翔子ちゃんを助けられるかも。」
「どこがですか?最初からこんなんじゃ先が思いやられる・・・・・。」
「反発するコンビほど後々に上手くいくものよ。」
「俺にはそう思えないけど・・・・。だってまだ叫んでますよ、彼。」
「いつものことだから気にしないで。」
「これが普段通り?彼と合わせる自信がないです。」
「正反対だからこそいいコンビになれるはずよ。だってお互いに持っていないものを持ってるわけだからね。
有川さんにとっても冴木君にとっても、互いの道を照らすいい道しるべになると思うわよ。」
「道しるべ・・・・。」
それこそは今俺が一番望んでるものだ。
最初の一歩をどこへ踏み出せばいいのか・・・・・果たしてこの青年は示してくれるのだろうか?
互いにってことは俺だって彼に道しるべを示さないといけないわけで・・・・やっぱり先が思いやられる。
俺は悩み、冴木君は叫び、チュウベエはしつこくミミズのカクテルを注文している。
周りの客から冷たい視線を向けられる中、御神さんだけが上機嫌に笑っていた。

 

 

     第二部  -完-

 

アルコール虚弱体質

  • 2018.11.29 Thursday
  • 12:16

JUGEMテーマ:日常

風邪を引きました。
喉と鼻をやられています。
頭もボーっとします。
ちゃんと防寒していたのにどうして風邪を引いたのか?
理由は簡単。
私はお酒に弱いんですが、そのクセに度数の高いお酒を飲んでしまったからです。
去年の初めにインフルにかかったんですが、あの時もお酒を飲んでからでした。
今年も体調を崩したことが何度かありますが、だいたい前日にお酒を飲んでいます。
どうも私も体はアルコールに弱いみたいで、他の人みたいにちゃんと分解出来ていないのかもしれません。
少しでも飲めば二日酔いになり、多めに飲むと風邪を引く。
かなりの虚弱体質です。
ガバガバお酒を飲んでもまったく酔わない人とかいるけど、あれは超人的な肝臓の持ち主です。
朝まで飲んでケロっとしている人もいますからね。
お酒を楽しむことが出来る人が羨ましいです。
酔っ払う前に気持ち悪くなり、酔ってしまったら眠くなり、次の日には確実に体調を崩してしまう。
きっと体そのものがアルコールを拒絶しているんだと思います。
好き嫌いって誰にでもあるけど、体が拒絶するから食べられない物ってあります。
見ただけで吐き気がするとか、匂いを嗅いだだけで飲み込めなくなるとか。
そういうのが理由で、これだけは食べられないって人がいます。
別にアレルギーとかじゃないんですよ。
ただただ体が拒否するんです。
これって単なる好き嫌いじゃなくて、細胞レベルで受け付けないってことなんでしょう。
要するに、その人にとってはこの食べ物は毒だって体が判断しているんです。
私の場合はアルコールがこれに当たります。
普段はまったく飲まないんですが、たま〜に飲みたくなる時があるんですよ。
そして誘惑に負けて飲んでしまったら最後、「何しとんじゃ!」って体が怒ってくるんですよ。
でもって体調不良。
美味いとか不味いとか、そういうレベルの好き嫌いじゃありません。
体自身が拒否する物は、飲んだり食べたりしない方が無難ですね。

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第二部 第二十四話 道しるべ(2)

  • 2018.11.29 Thursday
  • 10:03

JUGEMテーマ:自作小説

敵は本能寺にあり。
明智光秀は織田信長に反旗を翻す為、敵のいる城に乗り込んだ。
普通なら無謀なことだけど、本能寺の守りは手薄。
対して明智光秀は大勢の兵士を連れていた。
そのおかげで焼き討ちに成功したわけだけど、じゃあ果たして戦力が逆だったらどうか?
光秀はぜったいに本能寺を襲撃しようとはしなかっただろう。
大きな敵に挑む時は、必ず勝てる状況じゃないといけない。
それこそ敵の本丸に乗り込むなら。
「あの・・・御神さん。いきなりここへ来るっていうのはどうかと思うんですが・・・・。」
目の前には大きなビルがそびえている。
ここはカグラの本社、俺の街から二つ隣にある都市に建っている。
なんでいきなりこんなとこへ・・・・。
「俺たち明智光秀じゃありませんよ。こんなデカイ城にいる信長には勝てませんって。」
「勝つ?どうして?」
「どうしてって・・・・だってカグラは敵じゃないですか。」
「敵だからって倒す必要なんかないわ。大事なのは私たちの目的を果たすこと。」
「目的って・・・・翔子さんの救出ですよね。」
「そうよ。」
「だったら尚のこと正面から挑むのは無謀なんじゃ・・・・、」
「そうかしら?下手な奇策を用いるより全然いいと思うけどな私は。」
クスっと笑い、正面の大きな入口へ向かっていく。
「あ、ちょっと・・・・、」
追いかけようとすると、「お先」とモンブランが駆け出した。
続いてチェリー君も走り出し、マサカリたちもそれに続いた。
「おい待てって!」
アイツらを自由にさせたら何をしでかすか分からない。
仕方なしに後を追い、カグラのビルに入った。
中はホテルのロビーのように広くて、たくさんの社員が行き交っている。
かなり上の方まで吹き抜けになっていて、外から見た時よりも大きな建物に感じた。
正面には受付があり、男女一人ずつ座っている。
そこから少し離れた場所には屈強な警備員が10人も立っていた。
御神さんはそんなことも気にせずにずかずかと近づいていく。
こんなわけの分からない連中が入ってきたことで、警備員から鋭い眼光を向けられた。
「ちょっといいかしら?」
受付の男に話しかけている。
開口一番「取材を申し込みたいんだけど」と切り出した。
「フリーのジャーナリストをやってる者でね。ぜひここを取材させてほしいの。」
そう言って名刺を渡すと、男は怪訝そうにこう答えた。
「アポのない取材はお断りしています。」
「なら今からアポを取るわ。誰か偉い人に繋いでくれない?」
「申し訳ありませんが、そういうことは致しかねます。」
「どうして?」
「社内規則ですので。お引取り下さい。」
男は強気に突っぱねる。
横にいた女も警備員に目配せをし、こいつらを追い払えと合図していた。
屈強な警備員が近づいてくる。
しかし御神さんは怯まなかった。
「これ、ご存知かしら?」
なんと例の薬を取り出したのだ。
「おたくの会社が開発したものらしいんだけど、どうも強い副作用があるのよね。これを飲んだ人は胸の痛みを訴えて入院しているらしいから。」
薬の詳しいことはすでに話してある。
それと今までの大まかな経緯も。
御神さんはこの薬を武器に、カグラの偉いさんを引っ張り出すつもりなんだろう。
しかし男は「なんですかそれは?」と相手にしなかった。
「当社は家具の製造販売が仕事です。薬の開発など行っていませんが?」
「あらそう。じゃあそっちのあなたはどう?これに見覚えない?」
隣の女に尋ねると、急に表情を曇らせた。
そして「少しお待ちを」と呟き、どこかに電話を掛けていた。
何やら小声で話していて、電話を切るのと同時に「ロビーのソファでお待ち下さい」と言った。
「まもなく重役の一人が下りてきますので。」
「そう、手間を掛けさせて悪いわね。」
満足そうに頷く御神さん。
女はまた警備員に目配せをして、待機していろと伝えていた。
俺たちはロビーのソファに座り、重役とやらが下りてくるのを待った。
御神さんはその間ずっと社内を見渡し、「あれは違う」とか「あっちはそうね」とか呟いていた。
「さっきから何をブツブツ言ってるんですか?」
「ん?選別。」
「選別・・・・?」
「君の話によれば、この会社はお稲荷さんが仕切ってるんでしょ?」
「ええ、鬼神川というおっかない稲荷がいるそうですよ。」
「でも全てが霊獣というわけじゃない。人間の社員も混じっているはず。」
「そりゃこんだけの人数みんながお稲荷さんってことはないでしょうけど。」
「さっき例の薬を出した時、受付の男は不思議そうにしていたわ。ということは彼は何も事情を知らないただの人間。
逆に女はすぐに反応を示した。上にまで取り付いてくれたし。ならあの女は霊獣ってことよ。
この会社の中核で何が行われているのかを知っているってことだから。」
「ああ、なるほど・・・・。」
「ただの人間なら敵じゃない。でも霊獣が相手だと私じゃ勝目がないわ。だからとりあえず選別してるの。さっきの薬を見て反応を示した奴がいないかをね。」
御神さんの目はとても険しく、まるで冷酷なハンターのようだ。
そして「あそことあそこ、あと向こうで書類を持ってる男も霊獣っぽいわね」と教えてくれた。
「もし奴らが襲いかかってきたら頼むわよ。」
ポンポンとチェリー君の肩を叩く。
「任せとけ。その辺をウロウロしてるってことは下っ端だ。何かあっても返り討ちにしてやるぜ。」
「頼もしいわ。」
「私も!私だってぶっ飛ばしてやるんだから!」
モンブランが息巻くと「あなたも気が強いわね」と褒めていた。
「まあね、情けない飼い主を守ってあげなきゃいけないから。」
「良い子ね。ねえ有川さん、猫に気遣われるってどんな気持ち?」
「モンブランの大口はいつものことですから。気にしてません。」
「ふふ、いい飼い主さんね。」
その後は他愛ない話を続けながら、重役が下りてくるのを待った。
しかしまったく来ない。
腕時計を見ると20分が経とうとしていた。
「これちょっと遅すぎません?」
「・・・・・・・。」
「御神さん?」
サっと立ち上がり、「帰るわよ」と言った。
「え?なんで・・・・、」
「このままここにいたら無事じゃすまない。」
そう言って「見てよ」と周りを指さした。
「明らかにさっきよりも社員の数が減ってるわ。」
「そう言われれば・・・・、」
たしかにさっきよりも人が減っている。
それを見て御神さんはこう言った。
「いなくなってるのは人間ね。」
「はい?」
「さっき選別したでしょ。あの時に人間だと思った社員がいなくなっている。残ってるのは霊獣だけよ。」
「受付を見て」と指さす。
男の方がいなくなっていて、女だけがこちらを睨んでいた。
「そういえば男の方はただの人間だって言ってましたよね?」
「ええ。ちなみに警備員もさっきと変わってるわ。」
「ほんとだ・・・いつの間に。」
屈強な警備員が四人いたはずなのに、今は細身の男が二人いるだけだ。
でもその眼光は鋭く、チェリー君が「ありゃ霊獣だな」と呟いた。
「見た目はガリガリの弱っちい野郎だけど、さっきの警備員なんかよりよっぽど強え。」
「マジで?」
「こりゃとっととズラからねえとヤバいことになるぜ。」
チェリー君も立ち上がり、出口へ歩いて行く。
「さ、私たちも。」
御神さんがモンブランたちの背中を押し、ロビーを後にする。
俺はわけが分からずにあとをついて行った。
すると出口付近でいきなりスーツ姿の男が二人現れ、行く手を塞がれた。
さらに後ろからは警備員が・・・・。
《囲まれた!》
なるほど・・・・ここにいたらマズいってのはこういうことか。
重役が下りてくるなんてウソっぱちで、俺たちを拘束するのが目的なのだ。
だから人間の社員は引っ込めて、霊獣だけで周りを固めていたのだろう。
理由はチェリー君がいるからだ。
人間じゃ彼には太刀打ちできないから。
スーツを着た屈強な男が二人、目の前に近づいてくる。
「どこへ行くつもりですか?」
威圧するような声で尋ねてくる。
するとモンブランが「どいてよ」と詰め寄った。
「私たち帰るんだから。」
「もうすぐ重役が下りてきます。中へお戻り下さい。」
「はあ!?散々待たせといて何言ってんの!」
マサカリも「おうおう!」と威嚇する。
「礼儀のなってねえ奴らだなオウ!」
続いてマリナが「だったらさっさとお偉いさんを呼んできなさいよ」と睨みつける。
最後にチュウベエが「これでも食って落ち着け」とミミズを投げつけた。
上手いこと口に入り、「ごぼッ・・・・」と飲み込んでいた。
「き、貴様あ・・・・、」
顔が獰猛な獣に変わっていく。
後ろの警備員たちもお尻から尻尾を生やし、唸り声を上げていた。
《ヤバッ・・・・・。》
霊獣四人に襲われたらひとたまりもない。
背中に冷や汗を流していると、突然チェリー君が姿を消した。
《擬態か!》
次の瞬間、スーツの男二人が股間を押さえて倒れ込んだ。
「ぐおおお・・・・、」
「ひゅぐぅ・・・・、」
苦しそうに呻いている。
さらに警備員二人も股間を押さえて倒れた。
チェリー君が姿を現し、「今のうちだ!」と叫ぶ。
御神さんは弾かれたように駆け出した。
俺も「行くぞ!」とモンブランたちの背中を押す。
振り返ると受付にいた女が追いかけてきている。
物凄い怖い顔をしながら・・・・、
「乗って!」
御神さんが俺の車のエンジンを吹かす。
慌ててみんなで乗り込んだけど、チェリー君だけがその場に残った。
「おい!早く乗れ!」
「いや、俺は残るぜ。」
「何言ってんだ!捕まっちまうぞ!」
「へ!そんな間抜けじゃねえって。それより奴らのビルに潜入して色々調べてやる。」
また擬態を使い、姿を消してしまった。
そうこうしているうちにも女が追いかけてくる。
その顔はさっきより恐ろしく、口から牙がはみ出ていた。
「飛ばすわよ!」
御神さんがアクセルを踏み込む。
車は急発進して、すさまじい勢いでカグラから遠ざかっていった。
ルームミラーを見ると、女がどんどん小さくなっていく。
やがて追いかけるのをやめて、恨めしそうな目で睨んでいた。
俺たちはカグラのある都市を抜け、逃げるように高速へと駆け込んだ。
「ふう、間一髪だったわね。」
あっけらかんと笑う御神さんに、「笑いごとじゃないでしょ!」とツッコんだ。
「危うく捕まるとこだった・・・・。だから正面からなんて無謀だって言ったんだ。」
「いいのよこれで。」
「どこが。完全にこっちの顔を覚えられたし、薬まで持ってることがバレちゃったし。あいつら絶対に追いかけてきますよ。」
「それが狙いよ。成功成功。」
「強がってません?」
「まさか。」
クスっと笑い、グングン車を飛ばしていく。
「俺の車なんであんまり無茶しないでくださいよ。この前もコイツらのせいでカーチェイスになったんだから。」
後部座席のモンブランたちを振り返ると、窮屈そうにギュウギュウ詰めになっていた。
「狭いわ!ちょっとマサカリ、あんた太り過ぎなのよ!」
「仕方ねえだろが。後ろは三人乗りなんだから。」
「いいや、お前が二人分取ってる。これじゃ実質五人乗ってるのと同じだ。」
「あ、じゃあ私チュウベエの膝に座るわ。」
「やめろ、前が狭くなる。」
「しゃあねえなあ。ほれモンブラン、お前も俺の膝に座れ。」
「イヤよ!ていうかあんたの前って隙間がないじゃない。お腹が爆発してるから。」
「爆発だと!ぽっちゃりと言えぽっちゃりと。」
相変わらずうるさい奴らだ。
御神さんが「賑やかね」と笑った。
「騒がしいだけですよ。」
「まあとにかく、これで奴らは食いついたわ。」
「食いつく?」
「私たちを追いかけてくるってこと。」
「だからそれが怖いんじゃないですか!」
「でも相手の守りはきっと固いわ。だったら向こうから攻めてくるように仕向けるしかないじゃない。」
「なんか怒らせただけのような気が・・・・。」
「いいのよそれで。怒った相手には必ず隙が出来る。迎え撃つ時にこそチャンスがあるのよ。」
さらにスピードを上げてグングン飛ばしていく。
オービスがピカっと光ったような気がするけど・・・・今のは見なかったことにしよう。
「さて、次はあなたの番ね。」
「はい?」
「強い仲間がいるんでしょ?」
「ええ。お稲荷さんと狼男が。」
「だったらすぐに連絡を取ってちょうだい。追っ手が迫ってきた時、返り討ちにして生け捕りにする為にね。」
「生け捕りって・・・そんなことしてどうするんですか?」
「決まってるでしょ。翔子ちゃんの居場所を聞き出すの。それとカグラの内情をね。」
「そう簡単に喋るかな?」
「喋るように仕向ければいいじゃない。どんな手を使ってでも。」
顔は笑っているけど言ってることが怖い・・・・。
まさか拷問とかしたりしないだろうな。
「と、とりあえず知り合いのお稲荷さんに連絡を取ってみます。あと頼りになる刑事もいるんですよ。」
「そ、じゃあお願い。」
すぐにアカリさんと源ちゃんに電話を入れようとした。
けど・・・・、
「そういえばスマホは家で充電してるんだった。」
「もう!だったらこれ使って。」
「すいません・・・・。」
御神さんのケータイを借りる。
普段はメモリーの中から掛けているから、アカリさんの番号を覚えていない。
代わりにこがねの湯に掛けてみることにした。
数回のコール音のあと、『はいこがねの湯です』とアカリさんの声がした。
「もしもし?有川です。」
『声で分かるわよ。ウズメさんなら今いないわよ。急用が出来たとかいって休みなの。おかげで私が出勤よ。
もっと子供たちの傍にいたかったのに。悪いんだけど有川君代わってくれない?』
「俺はもうこがねの湯のスタッフじゃないですから・・・・。それよりお願いがあるんです。実は今・・・・、」
ついさっきの出来事を伝えると、『はあ?アンタ馬鹿じゃないの!』と呆れられた。
『なんで敵の城に正面から乗り込むのよ。下手すれば殺されるわよ。』
「自分でもそう思います・・・・。でもとにかく手を貸してほしいんです。」
『まったく・・・・なんで毎回毎回こうなるんだか。』
しばらく説教を食らう。
そして『少し待ってて』と言った。
『相手が相手だから、こっちも準備しないと。あの狼男たちも連れてくわ。』
「お願いします!」
『それとツムギ君にもお願いしてみる。アンタのこと嫌ってるから断られるかもしれないけど。』
「だったらマリナが会いたがってるって伝えて下さい。またデートしたいって。」
『OK、じゃあまたあとで連絡するわ。』
なんだかんだ言いながら協力してくれるアカリさんには感謝しかない。
そして数分後、折り返しの電話が掛かってきた。
『もしもし?』
「アカリさんですか?狼男やツムギ君はどうでしたか?手を貸してくれるって?」
『どっちもOKよ。ただ・・・・、』
「ただ・・・・?」
『会ってから話すわ。ちなみにアンタ今どこ?』
「ええっと・・・・姫道市の端っこ辺りです。サファリパークの近くの。」
『ならそこから北に向かって。しばらく走ると大きな稲荷神社が見えてくるから。金光稲荷神社ってところ。知ってる?』
「知ってます。初詣で混むあそこですよね?」
『そうそう。私はワープして先に待ってるわ。』
「はい!じゃあまたあとで。」
電話を切り、「金光稲荷神社に向かって下さい」と伝えた。
「あの初詣の時に混雑する神社?」
「ええ、俺の仲間がワープして先に待ってるそうなんで。」
「ワープ?まるでSF映画ね。」
可笑しそうに笑いながら、グルっとハンドルを切ってドリフトをかます。
後ろの席でモンブランたちが叫んだ。
「ちょっとデブ犬!重いんだから寄りかからないでよ!」
「てやんでい!デブって言うなっつってんだろ!」
「俺は助かったぞ、良いクッションになって。」
「ねえ悠一、私またデートしなきゃいけないの?もう飽きたからバズーカがいいわ。」
騒々しい動物たちを無視して、今度は警察署に電話を掛けた。
少し緊張しながら繋がるのを待っていると、『はい?』と野太いオジサンの声が返ってきた。
「あ、すいません。そちらに源ちゃんという刑事さんはいるでしょうか?」
『はい?』
「わたくし有川という者なんですが、刑事課の源ちゃんという方に繋いで頂きたいんですが・・・・、」
『名前は?』
「ですから有川と申しまして・・・・、」
『そうじゃなくてあなたが繋いでほしい人の名前。』
「源ちゃんです。」
『ゲンちゃんだけじゃ分からないよ。そう呼ばれてる奴は五人はいるから。』
「ええっと・・・・椎茸みたいな髪型にでっぷりしたお腹。でもって190センチくらいはありそうな大柄な人です。名前は源氏の源に次っていう字です。」
『ああ、はいはい。で・・・・あなたは彼とどういう関係?』
「知り合いです。」
『知り合い?どんな?』
「どんなって・・・・・、」
『知り合いならどんな知り合いかくらい言えるはずでしょう。』
「それはあ・・・・・、」
どうしよう・・・・いきなり刑事に繋いでくれなんて言ったものだから、怪しい奴だと思われているみたいだ。
今は急いでいるから早くしてほしいのに。
「あの・・・・、」
『なに?』
「猫又です。」
自分でも何を言っているんだろうと思う。
焦った時は突拍子もない言葉が出るものだ。
《ああミスった・・・・。こんなこと言ったら知り合いだって信じてもらえないよ。》
下手に疑われても困る。
いったん切ってしまおうかと思った時、『それを早く言ってよ』と言われた。
『猫又の源ちゃんね。ちょっと待ってて。』
「・・・・・・・・。」
いったいどうなっているんだろう?
なんで猫又って言葉をあっさり受け入れるのか?
答えは実に簡単だった。
すぐに源ちゃんが代わって、『彼も猫又なんですよ』と言ったのだ。
『ウチの署には三匹いましてね。』
「そういうの先に教えといてよ・・・・。」
『で、どうしました?何かありましたか?』
「けっこう大変なことになってるんだ。実はさっきカグラの本社に行って・・・・・、」
事の経緯を説明すると、『軽率ですな』と注意された。
『相手は犯罪集団ですぞ。下手すりゃ無事じゃすまない。』
「俺もそう思ったんだけど、今組んでる人が強引で。」
『とにかく事情は分かりました。金光稲荷神社へ向かえばいいんですな?』
「うん、お願いできる?」
『パトカーをかっ飛ばしていきます。』
「ありがとう」と電話を切ると、御神さんが「君ってさ・・・」と呟いた。
「お稲荷さんだの狼男だの猫又だの、いったいどんな連中とつるんでるのよ?」
「まあ色々縁があって。」
「明らかに普通じゃないわね。翔子ちゃんが興味を持つはずだわ。」
そういう意味で仲良くしてくれてるわけじゃないと思うが・・・もしそうだとしたらちょっと複雑な気分だ。
だからって大事な友達であることに変わりはないけど。
頬杖をつきながら外を眺め、翔子さんは無事だろうかと考える。
その時、ふと見たサイドミラーに恐ろしいものが映っていた。
「さっきの女!」
カグラの受付にいた女が猛ダッシュしてきている。
お尻からは四本も尻尾が生え、目は完全に獣に変わっている。
「御神さん!」
「分かってる!飛ばすわよ!!」
険しい顔をしながらハンドルを握り、一般道を100キロ以上で飛ばしていく。
もし・・・もしも追いつかれたらアウトだ。
チェリー君がいない今、霊獣に襲われたら太刀打ちできない。
けど女はめちゃくちゃ足が速くて、あっという間に追いつかれてしまった。
「うわああ!来たあああああ!」
「慌てないで!もっと飛ばすわよ!」
そう言ってアクセルをベタ踏みするけど、突然車は走らなくなってしまった。
「あ、あれ・・・?どうして?」
エンジンは鳴っている。
なのに全然前に進まないのは・・・・、
「逃がさない。」
女が車の下に潜り込み、車体を持ち上げていたのだ。
「脱出して!」
我先に逃げ出す御神さん。
けど俺にはそんなことは出来ない。
だって後ろの席にはモンブランたちが・・・・、
「いない!」
いつの間にか逃げ出していたようだ。
御神さんの隣で「早く!」と手招きしている。
「悠一のバカ!鈍臭いんだから!!」
「そんなこと言ったって・・・・。」
女は車をひっくり返し、窓を割って俺を引きずり出した。
「ひいッ・・・・。」
恐ろしい形相で睨みながら、「薬は?」と尋ねてくる。
「さっきの薬はどこやった?」
「え、ええっと・・・・俺は持ってないよ。」
「ならどこで手に入れた?」
「それは言えない・・・・。」
「あっそ。じゃあここでくたばれ。」
首を掴まれ、万力のようなパワーで締められる。
骨がミキミキっと鳴って、《あ、折れる・・・・》と死を覚悟した。
でもその時、チュウベエが「これでも喰らえ!」と何かを投げつけた。
女はチュウベエを振り向く。
そしてゴクンと飲み込んでしまった。
「あ・・・・、」
短く悲鳴を上げる。
そして突然苦しみだした。
「あ・・ああ・・・・、」
胸を押さえ、息苦しそうに悶えている。
「あ・・・あの薬は・・・・霊獣は・・・飲んじゃ・・・いけない・・・・の・・・に・・・・、」
そう呟きながら動かなくなってしまう。
《まさか死んだのか・・・・?》
恐る恐るつついてみると、ビクンと痙攣した。
そして白い煙が上がり、キツネの姿に変わってしまった。
「ああ・・・なんてこと・・・・、」
ワナワナと震えている。
この世の終わりみたいな顔をしながら「私はもう・・・・」と呟いた。
「私は・・・稲荷じゃなくなっちゃう・・・。ただのキツネに・・・・、」
「ケエエエ〜ン!」と甲高く鳴いてから、「解毒剤いいいいい!」と叫んだ。
「早く!早くしないと間に合わない!!」
猛スピードで走り去り、あっという間に見えなくなってしまった。
《なんなんだいったい・・・・。》
呆然と尻もちをついていると、チュウベエが「どうよ?」とカッコをつけた。
「な、なにが・・・・?」
「俺のおかげで助かった。まず言うことは?」
「ありがとう・・・・。」
「ウィイ。」
「さっき投げたのは例の薬か?」
「ああ。だって近づくのが怖かったから。投げられそうなモンがこれしかなかったし。」
薬を取り出し、「こういう具合にも役に立つんだな」と感心していた。
「これは対霊獣用の武器として使えるな。まだ5個くらいあるから、1個ミミズ10匹で買わないか?」
「買わない。でも寄越せ。」
「あ、ドロボー!」
この薬、本当に謎が多い。
さっきの女、稲荷じゃなくなるとか、間に合わなくなるとか言ってたけど。
《これ、もしかして霊獣を普通の動物に戻すことが出来るのか?》
だとしたらこれほど心強い武器はない。
「俺のだぞ!返せ!!」
チュウベエが飛びかかってくる。
ぶつかった拍子に手から薬が舞い上がり、口の中に入ってしまった。
そしてゴクンと・・・・、
「ぬああああああ!飲んじまった!また子犬になる!!」
この前みたいに白い煙が上がってボワっと・・・・、
そう思ったんだけど、特に何も起きなかった。
「あれ?なんで?」
この前は子犬に変わったのに。
二度目は効かないのかなと思ったけど、モンブランたちはまた人間に変わっている。
だったらどうして俺だけが・・・・。
「大丈夫?あの薬を飲み込んでたけど。」
御神さんが心配そうに尋ねてくる。
俺は「今のところは」と答えた。
でも次の瞬間、強い目眩が襲ってきて、気を失いそうになった。
そのまま倒れこみ、だんだんと視界がぼやけていく。
「有川さん!ちょっと!しっかり・・・・、」
御神さんの声が遠く聴こえる・・・・。
薄れゆく意識の中、またあの夢を見た。
謎の男が霊獣に銃を向けている夢を・・・・。

今いるグループが合わないなら三つの選択肢しかない

  • 2018.11.28 Wednesday
  • 11:45

JUGEMテーマ:日常

どんなグループに所属していても不満はあるもので、それは職場でも友達でも同じでしょう。
けど嫌なことがあっても我慢し続けてグループにいるのは、一人になるよりマシだからです。
人間がもっともストレスを感じるのは孤独だそうで、凄まじい精神的ストレスがあるそうですよ。
それに困った事があっても誰かに手を貸してもらえません。
だから少々の嫌なことがあっても、人が集まる場所にいた方が得ということです。
でもどうしても我慢できない場合は、三つの選択肢しかないでしょう。
一つ、グループを抜けて一人になる。
二つ、別のグループに入れてもらう。
三つ、自分がリーダーになってグループを変える。
この中で一番簡単なのは一つ目です。
ただグループを抜けるだけでいいんですから。
でも上にも書いたように一人は辛いものです。
もっとも無難なのは二つ目でしょう。
自分に合ったグループに入ることが出来れば万々歳です。
でも前より酷いグループに当たることもあれば、新入りってことで一番下っ端に置かれることもあります。
無難ではるけど相応のリスクがありそうです。
三つ目はハイリスクハイリターンって感じでしょう。
自分がリーダーになれば、誰に気遣うこともないし、思うようにグループを変えられます。
けどそれを成し遂げる為には、まずは今いるリーダーを倒さないといけません。
もし負けたらイジメやシカトの対象になったり、酷い報復を受けたりと、かなりのリスクがあります。
それに自分がリーダーになるってことは、グループをまとめる責任もあるわけだから、あまりに勝手なことをしていると自分に跳ね返ってきます。
今度は自分が他の誰かにリーダーの座を追われたり、誰からも嫌われて最後は一人ぼっちになってしまったり。
どの選択肢も良い事だけではありません。
でも本当に頭の良い人なら、上の三つの選択肢以外の道を選ぶでしょうね。
それは今いるリーダーを引きずり下ろし、別の誰かをリーダーに据える方法です。
この場合、新しいリーダーとなるのは自分にとって都合の良い人を推薦します。
そうすればグループを思い通りに操りつつも、リーダーとしての責任を回避することが可能です。
何かあっても石を投げられるのは、自分の操り人形となっているリーダーなんですから。
要するに裏番長みたいな存在になるのが一番強いってことです。
だけどこんなのよほど頭が良くて、よほど状況判断能力が高くて、人心を掌握する技術のある人じゃないと無理です。
誰でも選べる選択肢じゃありません。
多分だけど、本当に凄い人って表に出てこないでしょうね。
過去の歴史でも、よく名前が挙がる人よりも、一切名前の出てこない凄い人がいるはずで、そういった人が本当の意味で歴史を動かしていたんじゃないかと思います。
人付き合いは大変だし、面倒くさいことも多々あります。
でも一人じゃ生きられないのが人間だから、我慢しつつ人付き合いを続けていくしかありません。
完全に一人の道を選ぶのはオススメしません。
かといってリーダーになるのはなかなか大変です。
さらに裏番長になれるような人はほんのひと握りだけ。
どうしても今いるグループに我慢できないなら、どこか他のグループに入れてもらうのが一番良さそうですね。

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第二部 第二十三話 道しるべ

  • 2018.11.28 Wednesday
  • 10:32

JUGEMテーマ:自作小説

古民家を再利用した喫茶店は風情があっていいものだ。
ここは朧という店。
古いものをただ古いものとして切り捨てるんじゃなくて、人が手を入れることで新しい形になって復活したレトロなお店だ。
昨今は空家が増えているから、こういった古い家屋を利用したお店が流行っているらしい。
いま俺がいるお店も歴史を感じさせる佇まいだった。
照明はわざと裸電球を使い、テーブルや椅子もあえて古びた物を揃えている。
外から新しい物を持ち込むんじゃなくて、なるべくそこにあった物を利用しているようだ。
でもお店としての体裁もちゃんと整っていて、落ち着いてお茶やお菓子を楽しめる。
それが口に合えばの話だけど・・・・。
《なんだよこのマタタビパウダーのクッキーって・・・。もさもさしてて美味しくない。
それにねこじゃらし風味のコーヒー、なんか喉がイガイガするんだけど・・・・。》
俺はちっとも美味しいと思わないけど、隣に座っているタンク君は「これウマ!」と絶賛していた。
そして向かいに座る女性も。
「ここはちょっと変わったメニューを出すんです。なかなか他では味わえないでしょう?」
「うん!マジでウマいよ!」
そう言って「これいらないならもらうよ」と俺のマタタビクッキーを頬張っていた。
好きなだけ食べればいい。もう食う気になれないから。
ちなみにカレンも「美味しいこれ!」と絶賛している。
猫の持ち込みOKの喫茶店とは珍しいが、カレンが喜んでくれるならそれでいい。
ちなみにチュウベエは「おえ!」と吐いていた。
「不味いぞこれ。」
「人の頭の上で吐くな!」
「へいマスター!ミミズの羊羹プリーズ!!」
「置いてねえよそんなもん!」
「どうぞ。」
白髪まじりの渋いマスターが置いていく。
心の中で《あるのかよ!》とツッコんでしまった。
ていうかチュウベエの言葉が分かるなら、このマスターも霊獣なんだろう。
世の中霊獣のバーゲンセールをやっているらしい。
「う〜ん・・・・これは美味!ほら悠一、お前も食え。」
「いるか!」
「ミミズの粒つぶ入りだぞ。」
「余計に食いくないっての・・・・。」
アホなインコはほっといて、そろそろ本題に入ろう。
目の前に座るこの女性は玉木千里さんという霊獣だ。
どう考えてもたまきなんだけど、今はそのことは忘れよう。
「お話があるとのことですが、いったいどんなお話なのか・・・・そろそろ聞かせて頂けませんか?」
妖艶な微笑みを向けてくる。
けどその目は厳しい。まるで面接の試験官のように。
《とりあえず話は聞いてもらえることになったけど、ここからが本番だな。》
店先で出会って、『力を貸してほしいことがあるんです』と頼むと、『お話を伺ってから』と言われたのだ。
とりあえず門前払いを食らうことはなかったけど、この先の受け答えによっては、力を貸してもらえない可能性もある。
要するにこれはたまきから俺への試験なのだ。
動物探偵としてちゃんと腕を磨いているか?
成長はしているか?実力を付けているか?
妖艶な笑みの向こうに厳しい眼差しが浮かんでいる。
「申し訳ないけどそう時間がありません。なにもお話にならないのであればこれで。」
そう言って立ち上がろうとするので、「ちょっと待って!」と止めた。
「今から話します!」
「では手短に。」
「手短に言うのは難しい内容なんですけど・・・・、」
「要点を簡潔に伝えられないのなら、人を引き止めてお願い事をするものじゃありません。ましてや初対面の人に向かって。」
「そ、そうですよね・・・すいません。」
必死に考える。
翔子さんを助ける為、力を貸してもらうにはどうすればいいのか。
すると俺がお願いする前に、カレンがテーブルに飛び乗り、「助けてほしいの!」」と叫んだ。
「私の飼い主が誘拐されちゃったの!あなたは正義の味方の霊獣なんでしょ?だったら翔子ちゃんを助けてあげて!」
カレンの叫びは魂がこもっていて、玉木さんは少しだけ表情を変えた。
「誘拐・・・・あなたの飼い主が?」
「だってぜんぜん帰ってこないんだもん!翔子ちゃんが勝手にどっか行っちゃうなんてありえない!きっと誰かに誘拐されたのよ。」
そう言って「ほら、タンクもお願いして!」と促した。
「アンタだってお母さんを誘拐されてるんだから。それにこの霊獣はアンタの知り合いでしょ?」
「え?ああ・・・・うん。」
なんだか歯切れが悪い。どうしたんだろう?
タンク君はチラチラと玉木さんを見ながら、何かを言いたそうに口ごもっていた。
しかし何も言わない。
俺は「どうしたんだよ?」と尋ねた。
「なんでそわそわしてるんだ?」
「いや、ちょっと・・・・、」
「ていうかこの霊獣、君の知り合いなのか?」
「まあ・・・・。」
オドオドと頷く。
別に俺は驚かない。
だって玉木さんはたまきなのだ。
俺も彼もたまきのことは知っているわけで、だったら人間に化けた時のたまきだってタンク君は知っているんだろう。
「有川さんさ、この女の人、実は・・・・、」
そう言いかけた時、玉木さんの目が一瞬だけ光った。
タンク君はビクっとして、俯いたまま黙り込んでしまう。
《なるほど・・・・目で圧力をかけてたのか。》
この人はたまきですなんて言ってしまったら、俺に正体を隠している意味がなくなってしまう。
余計なことは口走るなとプレッシャーを掛けていたようだ。
でもそんな事情を知らないカレンは「お願い!」と頼み続ける。
「翔子ちゃんが心配で仕方ないの!だってきっと怖がってるもん。誘拐するなんて悪い奴に決まってるから、何されるか分からないし。」
「そうね、たしかに怖いことだわ。」
「でしょ!だから力を貸して。ほら、悠一さんからもお願いしてよ!」
「あ、ああ・・・・。」
そうしたいのは山々なんだけど、要点を簡潔にって釘を刺されている。
どう切り出すべきか悩んでいると、チュウベエが「俺たちだけでいいだろ」と言った。
「こんな今日あったばかりの霊獣に頼らなくたって、俺たちだけでどうにか出来るはずだ。」
「簡単に言うなよ。あんな薬をバラ撒く連中だぞ、俺たちだけじゃ太刀打ちできない。」
「でも霊獣の味方ならこっちにもいるじゃないか。ウズメにアカリにチェリー。あと狼男たちも。」
「あ、あいつらもか・・・・?」
「それにツムギだっている。」
「彼は手を貸したりはしてくれないよ。俺のこと嫌ってるし。」
「でもマリナに惚れてる。アイツから頼んでもらえば動いてくれると思うぞ?」
「そ、そうかな・・・・?」
「見知らぬ霊獣を頼るより、よく知った霊獣に頼んだ方がいいって。」
「・・・・・・・・。」
そう言われてハっとする。
たしかにその通りかもしれない。
「玉木さん。」
「なにかしら?」
「その・・・・こっちから呼び止めておいてアレなんですけど、俺たちだけでどうにかしてみせます。」
「どうにかって?」
「翔子さんやムクゲさんを誘拐した犯人は分かっています。ただあまりに敵が強大だから尻込みしちゃってたみたいで。
でもそんなのダメなんですよね。俺の友達なんだから俺が助けに行かないと。
それにチュウベエの言う通り、こっちにだって霊獣の仲間がいます。まずは彼らに相談してみようかなって。」
玉木さんは笑みを消し、険しい表情で頬杖をつく。
この顔、この仕草、たまきそのものである。
アイツはいつだって俺が何か言い出すたびにこんな感じになるのだ。
《ほんとにアンタに出来るの?》
そう尋ねている目だ。
チュウベエが頭から飛び上がり、「よく言ったぞ悠一!」と叫んだ。
「信頼できる仲間こそ頼りになる。遠くの仏より近くの鬼ってやつだ。」
「別にみんな鬼じゃないけど・・・・。」
「細かいことはいい。お前の友達の為なんだ、みんな手を貸してくれるはずだ。」
そう言って「行くぞ!」と外に飛んでいってしまった。
けどすぐに戻ってきてミミズの羊羹を平らげていた。
「げふう・・・おかわり!」
「言ってることとやってることが違うだろ!」
チュウベエの言うことにちょっと感心してしまった自分が情けない。
でも・・・・、
《たしかにコイツの言う通りだ。ここでたまきの手を借りようとすること自体が間違いだったのかもしれない。》
厳しい目で見つめていたのは、俺の受け答えを試す為なんかじゃなくて、また自分を頼ろうとする俺の根性に怒っていたんだろう。
大事な友達の為ならまずは自分で動いてみろ。
そう言いたかったのかもしれない。
立ち上がり、一礼する。そして店を出ようとした。
タンク君が「待ってよ!」と引き止めにくる。
「相手はあのカグラだぞ!ほんとに自分たちだけで挑むつもりかよ?」
「ああ。」
「あのさ、今まで黙ってたけどこの人は・・・・、」
言いかけるタンク君を遮って、玉木さんが「分かりました」と頷いた。
「特に用もないようですし、帰らせていただきます。」
そう言って伝票を摘んでいく。
そして一度だけ振り返り、こう言った。
「自分よりも強い敵と戦うコツ、ご存知かしら?」
「いえ。」
「なら一つアドバイスを。」
射抜くような視線で語りかけてくる。
思わず背筋が伸びた。
「どんな強敵でも急所を射抜けば倒れるもの。そして急所は必ずしも弱い部分とは限りません。」
ニコっと微笑み「ではこれで」と去って行った。
タンク君が「ちょっと待ってよ!」と慌てて追いかけて行く。
カレンはわけが分からずにキョトンとしていた。
「ねえ、なにがどうなってるの?なんであの霊獣に手を貸してもらわなかったの?」
不満そうに言うけど、俺はこう返した。
「もしここで手を借りようとしたら、それこそアドバイスすら貰えなかったと思う。だからこれでいいんだ。」
俺も店を出て行く。
カレンが後ろからついて来て「私も行く!」と叫んだ。
「翔子ちゃんを助けに行くんでしょ?だったら私も行く!」
「ありがとう。でもカレンを危険に巻き込むわけにはいかないよ。そんなことしたらきっと翔子さんが心配する。」
「私だって翔子ちゃんが心配よ!大事な飼い主なんだから。」
「分かってるさ。でもカレンに何かあったらモンブランだって黙ってない。きっと猫パンチでボコボコにされちゃうよ。」
「モンブランはそんなことしないわ。」
「冗談だよ。でもカレンはモンブランの親友だ。だったらやっぱり危険には巻き込めない。」
「でも・・・・、」
「大丈夫、必ず翔子さんを連れて帰る。俺たちを信じて待っててくれ。」
カレンを抱き上げ、ポンと頭を撫でる。
チュウベエもカレンの頭にとまって「心配するな」と言った。
「こういう時の悠一はなかなか頼りになる。いつもはどうしようもないほど情けないけどな。」
「そりゃ余計だ。」
シッシと追い払うと、「先帰ってるぞ」と飛んでいった。
「なあカレン、約束するよ。ぜったいに君の飼い主を傷つけさせたりしない。」
「ほんと?」
「ほんとだ。」
カレンの尻尾を小指で掴む。
指切りげんまんならぬ尻尾切りげんまんをすると、「分かった・・・・」と呟いた。
「でもほんとに約束よ。ぜったいに助け出してね。」
「ああ、約束する。」
カレンは「なら信じる」と言って、ピョンと俺の腕から飛び降りた。
「助けたらすぐに知らせにきてね!」
「もちろん。」
力強く頷いてみせると、少しだけ安心したように尻尾を振った。
そこへタンク君がやって来て「クソ!」と舌打ちをした。
「逃げられたよ。」
「玉木さん?」
「そうだよ!アンタに教えてあげるよ。実はさっきの女の人って・・・・・、」
「知ってるよ。」
「え?気づいてたの?」
「まあね。」
「だったらなんで手を貸してもらわなかったんだよ?」
「これでいいから。」
「意味分かんねえ・・・・。でもまあ別にいいけどさ。アイツは元々ムクゲを助けようとしてくれてるんだ。アンタなんかアテにしなくても平気さ。」
「強いし頼りになるからな、あの猫神は。それよりカレンを追いかけてあげなよ。」
ポンとタンク君の背中を押す。
「女の子が帰るんだ。送ってあげなよ。」
「なんだよ、カッコつけたこと言って。」
ツンと拗ねているけど満更でもなさそうだ。
「まあアンタなんかに何か出来ると思わないけど、あんまり無茶するなよ。」
そう言い残し、カレンのあとを追いかけて行った。
「さて・・・・、」
偉そうに見栄を切ったものの、ぶっちゃけ不安の方が大きい。
しかしやると決めたからにはやるしかない。
車まで戻り、エンジンを掛ける。
すると「よう」とチェリー君がドアを叩いた。
「アンタもこっちに来てたのか?」
「そりゃこっちのセリフだよ。散髪に行ってたんじゃないのか?」
「おう、さっき行ってきたぜ。そこの床屋によ。」
そう言っていかにも床屋って感じの店を指さした。
「あそこっておっちゃんとかが利用する店じゃないか。」
「悪いかよ。」
「ていうかぜんぜん変わってないじゃんか。」
「バカいえ。いつもより尖ってんだろがよ。」
両手でシュっとリーゼントを撫でている。
でもまったくいつもと同じだった。
「それどこが変わったの?」
「全部変わってんだろうが。」
「ごめん、前と同じにしか見えない。」
「かあ〜!これだから素人は。」
リーゼントに素人とかプロとかあるんだろうか?
まあどうでもいいけど。
「アンタ今から帰るのか?」
「ああ、乗ってくか?」
「もちろん。」
ドカっと助手席に乗って、「俺もついに全国デビューか」なんて呟く。
「ん?なんの話?」
「だって雑誌に載るんだぜ?これでいよいよメジャーだぜ。」
「でも超マイナーなオカルト雑誌だぞ。チュパカブラとかネッシーと同じ扱いにされてもいいのか?」
「実はどっちも見たことがあるんだ。」
「ウソ!マジで?」
「UFOもあるしな。いよいよ俺もその仲間入りってわけだ。そうすりゃアンタ、テレビとかにバンバン出て大金持ちだぜ。」
「そうなったら俺のことも養ってくれ。」
「おう!まとめて面倒見てやるぜ!」
これは期待しよう。
マイちゃん、君が帰って来る頃には豪邸に住んでるかもしれないよ。
結婚指輪も給料三年分くらいのやつが買えるかも。
なんて妄想を膨らませながら家に帰る。
そしてドアを開けた瞬間、モンブランが飛び出してきた。
「悠一!翔子ちゃんが大変なんだって?」
「チュウベエから聞いたのか?」
「誘拐されちゃったんでしょ?」
「カレンが言うには。」
「カレンはウソをついたりしないわ。あの子が言うならきっと間違いない!」
「もちろん疑ってなんかないよ。これからみんなで翔子さんを助けに行くつもりだ。」
そう答えると「それでこそ悠一よ!」と尻尾を振った。
「聞いたみんな?全員出動で翔子ちゃんを助けに行くわよ!」
マサカリが「がってんでい!」と気合を入れ、マリナが「さらった奴らをボッコボコにしてやりましょ!」と息巻く。
そしてチュウベエが「またこいつの出番だな」と何かを咥えてきた。
「ん?お前・・・・それはまさか・・・・、」
「例の薬。」
「なんで持ってんだ!」
「パンダがくれたんだよ。街をウロウロしてる時に拾ったって。」
「アイツが?」
「マサカリの犬缶をやるっていったらくれたんだ。」
「そういうことは早く言えよ!」
おそらく以前に遠藤さんが落としたものだろう。
まさかパンダに回収されていたとは。
「まあいい。そんなモンはとっとと処分しないとな。」
そう言って手を出すと、「てい!」とつつかれてしまった。
「痛!何すんだよ・・・、」
「これは俺のモンだ。」
「はあ!?」
「パンダから犬缶10個で買ったんだからな。」
「アホか。それはお前が持ってていいモンじゃないんだ。とっとと寄越せ・・・・、」
手を伸ばして奪おうとした瞬間、マサカリが「おうおう!」と割って入ってきた。
「この野郎!勝手に俺様の犬缶を売るとはどういうつもりでい!」
「こういうつもり。」
ポイっと薬を投げる。
マサカリはゴクンと飲み込んでしまい、ボワっと白い煙が上がった。
「あ、また人間になっちまった。」
「ほらマリナも。」
「あ〜ん。」
チュウベエが薬を放り込む。
マリナまで人間に変わってしまい、「今度こそバズーカを撃ってやるわ!」と息巻いた。
「こらチュウベエ!お前なんてことを・・・、」
「どいて!」
「ぐはあ!」
モンブランに体当たりされてよろける。
「チュウベエ!私にも!」
「ほい。」
「・・・・いよっしゃあああ!これなら翔子ちゃんを助けられるわ!」
銃を撃つ真似をしながら「待っててねカレン」と言った。
「大親友の飼い主、ぜったいに助け出してみせるわ!」
「じゃあ俺も。」
チュウベエもゴクンと飲み込み、みんな人間に変わってしまった。
「お、お前らあああああ!せっかく元に戻ったのになんてことを・・・・、」
「悠一も飲むか?」
「いるか!」
「じゃあアンタは?」
チュウベエは御神さんにも薬を差し出す。
すると険しい顔をしながら受け取った。
「あ、ダメですよ!それを飲んだら・・・・、」
「これ・・・いったいなんなの?」
「はい?」
「動物たちがみんな人間に・・・・。」
信じられないといった様子で睨んでいる。
そして「チェリー君、ごめんなさい」と言った。
「悪いけど雑誌のネタはこれでいくわ。」
「な、なんでだよ!?」
「だってこっちの方が面白そうじゃない。」
「そんな・・・・。散髪までしてきたんだぜ!」
「前と変わってないわ。」
「んなことねえって。リーゼントが尖ってんだろうがよ。」
両手でシュっと撫で付けている。
でも御神さんは見向きもしなかった。
「どう考えてもこっちの方が面白そうじゃない。」
「いやいや!考え直してくれよ。」
「姉に電話するわ。ネタを変更しないかって。」
「そ、そんなあ・・・・・俺の全国デビューが・・・・。」
すごい落ち込んでいる。
ていうかオカルト雑誌で全国デビューは無理があるだろう。
御神さんはお姉さんに電話を掛けようとして、けどピタリと手を止めた。
「どうしたんですか?」
「お、やっぱ俺でいく気になったか?」
「この薬・・・・オカルト雑誌のネタにするのはもったいないかも。」
薬を摘み、仕事人の表情に変わる。
「これ、私がネタにするわ。」
「ええ!だって御神さんって社会派のカメラマンでしょ?なんでそんな物を・・・・、」
「てことはオカルト雑誌の方は俺で決まりか?」
「すごく興味があるわ。いったいどこの誰が作ったの?」
「それはちょっと・・・・、」
「カグラって会社だ。稲松文具グループのな。」
「おいチェリー君!勝手にベラベラ・・・・、」
「さっき翔子ちゃんの誘拐がどうとか言ってたけど、ほんとに誘拐されたの?」
「みたいです。」
「彼女も稲松文具の人間よ。ということは・・・まさかこの薬絡み?」
「まだなんとも言えません。ただ誘拐された可能性は高いと思います。」
「なあ?俺の全国デビューはどうなんだ?」
「翔子ちゃんから依頼されてたのよ。半年前に起きた稲松文具社長の不正事件を調べてくれないかって。これは私の勘だけど、この薬が関わってるんじゃないかと思う。」
マジマジと薬を見つめがら「決めたわ!」と立ち上がった。
「この薬の件を追いかける。カグラって会社の内情を暴いてやるわ。」
「ま、マジですか・・・・?」
「おい!俺は雑誌に載れるのか?」
「それに翔子ちゃんの誘拐、犯人はカグラなんでしょ?社長不正の件を追いかけているうちに、カグラの内情を知ってしまい、それで連れ去られてしまった。」
「ええっと・・・やっぱ鋭いですね。さすがジャーナリスト。」
「おい答えてくれ!俺は雑誌に載れるんだよな?」
「だったらやることは決まりね。私たちで翔子ちゃんを助け出す。そしてカグラを叩きのめす!」
パソコンを閉じ、カメラバッグを持って立ち上がる。
「有川さん。」
「なんですか?」
「あなたも多少の事情は知っているんでしょ?カグラがどういう組織なのか。」
「まあ少しは・・・。でも無闇に他言はできません。それにその薬の話は広めたくないんですよ。ぜったいに欲しがる連中が出てくるだろうから。」
「悪いけどこういう出来事を暴くのが私の仕事なの。あなたの知ってること、詳しく教えてくれないかしら?」
そう言って「これは前金で」とお金を渡してきた。
「事が終わればもっと払うわ。」
「いやいや、こんなお金渡されても・・・・、」
「これは正式な依頼よ。あなたも探偵なら引き受けてくれるわよね。」
「俺は動物専門の探偵ですから・・・・・、」
「大事な友達が懸かってるのに?」
「もちろん翔子さんは助け出します。仕事とか関係なしに。」
「無理ね。」
「なんでですか?」
「動物専門のあなたが企業を相手に戦えるはずがないわ。私のような人間の協力がなければね。」
そう言ってニヤリとほくそえむ。
「悪いけど俺にも心強い味方がいるんですよ。わざわざあなたの手を借りる必要は・・・・、」
「お稲荷さんのこと?」
「そうです。みんな強いし頼りになるんです。チェリー君だって霊獣だし。」
「な?」と肩を叩くと「俺は雑誌に載れないのか!?」とまだ言っている。
「だったら協力しねえ!」
「ええ!なんでだよ?」
「翔子とかいう奴なんて俺にとっちゃ関係ねえからな。どうなろうと知ったこっちゃねえ。」
「冷たいこと言うなよ。仲間だろ?」
「いつからそうなったんだよ。」
「この家に来た時から。」
「今月の頭だからつい最近じゃねえか。」
「時間は関係ない。大事なのは絆だよ、うん。」
「臭せこと言いやがって。悪いが俺はゴメンだぜ。雑誌にも載れないってんじゃ、見ず知らずの他人の為に手を貸す気にゃなれねえ。」
腕を組みながらツンとそっぽを向いてしまう。
すると御神さんが「あなたでいいわ」と言った。
「え?マジで!」
「薬の件は私で扱う。姉のオカルト雑誌にはあなたが出ればいい。」
「約束だぜアンタ!」
ひゃっほうと飛び上がり、リーゼントを揺らしまくっていた。
「チェリー君、じゃあ手伝ってくれるよね?」
「いいぜ。さらわれたお姫さんを颯爽と助け出す霊獣。・・・・雑誌に載れば一躍人気者だぜ!!」
ぴょんぴょん飛び跳ねながら外へ駆け出していく。
「俺の擬態があればカグラへの潜入なんざ簡単だ!さっさと行こうぜ。」
カッコつけて顎をしゃくっている。
するとモンブランたちもそれに続いた。
「グダグダ言ってないで行きましょ!カレンを安心させてあげないと。」
「そうだぜ悠一。翔子だって助けを待ってるはずだ。」
「数少ない人間の友達、しかも女ときてる。悠一、ここは男を見せる時だぞ。」
「私もそう思うわ。なんならこれを機に翔子さんに乗り換えて逆玉を狙いましょ。そうすればお金持ちになってバズーカ撃ち放題よ。」
みんなが俺を急かす。
理由はともあれじっとしていられないみたいだ。
ていうか不安だな・・・・また人間になっちゃったんだから。
「ねえ有川さん。」
「なんですか・・・・?」
「長年ジャーナリストをやってる経験から言わせてもらうと、こういう不可解な出来事は早急に対処するに限るわ。」
「どういう意味ですか?」
「誰だって中身の分からない箱には怖がって手を出さない。だから慎重になって事を長引かせてしまうものよ。
けどそれは良くない選択だわ。真っ暗な中に手を突っ込む時は、思い切ってズバっとやっちゃった方がいいのよ。」
「つまり・・・・どういうことで?」
「決断が必要ってこと。有川さんは私のような人間と組むのは初めてでしょ?」
「ジャーナリストなんて普段は関わり合いがないですから。」
「けど今回の相手は動物じゃなくて企業よ。それもこんな不可解な薬を作ってる。」
そう言って例の薬を睨んだ。
「ハッキリ言って有川さんとその仲間だけじゃ対処のしようがないと思うわ。返り討ちに遭うのがオチでしょうね。」
「お言葉ですけど、俺の仲間はめちゃくちゃ強いですよ。警察でも簡単に蹴散らしちゃうくらいには。」
「力だけで物事は解決しないわ。だから・・・・今回は私と組まない?
ほぼ初対面の人間と組むのは不安でしょうけど、私はあなたの力を信じてみるわ。」
「上手いこと言って。この件に一枚噛もうとしてません?」
「もちろん自分の利益は考えてるわ。プロなんだから当然でしょ。
でもそれだけじゃない。翔子ちゃんは私にとっても大事な友達だし、それに彼女が信頼するあなたにも興味がある。」
「翔子さんが俺を信頼だなんて。友達でいさせてもらってるだけですよ。こんなうだつの上がらない男なのに・・・・。」
「いいえ、彼女は本当に有川さんを信頼しているわ。あの子、仲間は大事に想うけど、誰かを頼りにするってことがほとんどないのよ。
いつも一人で背負い込もうとして、いつも一人で気を張ってるわ。まあ似たような男の子がもう一人傍にいるんだけどね。
あまりに似すぎてるせいでぜんぜん距離が縮まらないのが難点だけど。老婆心でつい背中を押したくなるわ。」
「?」
「こっちの話よ」とクスっと笑う。
「だからこそあなたに興味がある。あの翔子ちゃんが精神的支柱にしているほどの人物、いったいどれほどの器なのか。この目で見極めさせてもらうわ。」
なんだか分からないけど、一つハッキリしていることがある。
この人、確実に俺を買いかぶってる。
眉間に皺を寄せていると、「行きましょ」と歩き出した。
「翔子ちゃんが待ってるわ、二人のうちどちらかのナイトが迎えに来てくれるのを。」
「二人のうちのナイト?なんですかそれ?」
「それもこっちの話。」
またクスっと笑う。
御神祐希さん・・・・なんだか掴みどころのない人だけど、翔子さんの友達なら悪い人じゃないだろう。
でも一つだけ問題が。
「それ、俺のジーパンのままですよね?」
「ええ。」
「じゃあもっとベルトを締めて下さい。」
さっきからずり落ちそうになっていて、目のやり場に困っていたのだ。
「あらやだ」と言って俺のを脱ぎ、干してあった自分のジーパンを取り入れている。
「だから目の前で着替えないでください!」

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜のイラスト(ペン入れ)5

  • 2018.11.27 Tuesday
  • 11:53

JUGEMテーマ:イラスト

 

     暴走

 

 

 

   稲荷(アカリ)VS狼男(ヒッキー)

 

 

 

     銃撃戦

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第二部 第二十二話 困った依頼者(2)

  • 2018.11.27 Tuesday
  • 09:59

JUGEMテーマ:自作小説

車で一晩過ごすというのは久しぶりだ。
自家用車はこの前のカーチェイスでお亡くなりになったけど、業務用の安物(いつ壊れてもおかしくないほどの)の自動車だ。
朝陽が瞼を刺激して、目を開けた時にはスズメがさえずっていた。
サラリーマン時代、こうして車で夜を明かすことは珍しくなかった。
終業とともにドっと疲れが出て、座席を倒して横になったが最後、そのまま朝を迎えてしまうのだ。
家に帰らずにそのまま出社して、油断しているとまた車で一晩・・・・なんて日々を過ごした時代が懐かしい。
とりあえず外に出て背伸びをする。
「う〜ん・・・背中が痛いな。」
ググイっと背筋を伸ばしながら二階の部屋を見上げる。
なにも望んで車で一晩明かしたわけじゃない。
こうなったのは御神さんのせいなのだ。
勝手に人の部屋に泊まっていくもんだから、同じ部屋で過ごすのはまずいと思い、こうして車に避難した次第である。
別にやましい気持ちなんてない。
ただマイちゃんが帰って来たとき、モンブランやマリナが何を吹き込むか分かったもんじゃない。
あることないこと吹き込んで、俺が困るのを楽しむに違いないんだから。
近くの自販機でコーヒーを買い、ズズっとすすりながら腕時計を見る。
午前6時50分。
寝過ごした・・・・。
きっとマサカリは怒っているだろう。
いつもは5時半に散歩に連れていき、帰ってくるのと同時に餌をねだるので、『悠一の野郎は何してんでい!』なんて息巻いているに違いない。
申し訳ないなと思いつつ、コーヒーをすすりながら昨日の晩のことを思い出した。
御神さんに頼まれてビールを買いに行った夜道でのこと、またあの男と出くわした。
無言で俺を睨み、しかもいきなり銃を撃ってきたのだ。
狙ったのは俺じゃない。
俺を探しにやって来たチェリー君だ。
幸い掠っただけですんだけど、男はいつの間にか消えていた。
俺は薬莢を拾い、家に帰ってから源ちゃんに電話を掛けるつもりだった。
あの紫の薬莢、そして霊獣を傷つけることが可能な弾丸。
普通じゃありえない代物だけど、これとよく似た話を源ちゃんから聞いた。
伊藤秀典・・・・カグラの社長にして、狼の霊獣と契約を結んだ男。
その男もまた、霊獣を殺傷できる銃を持っているという。
しかもその弾丸は紫色。
昨日のあの男の銃と一緒ではないか。
これは偶然?
それとも何かの繋がりがあるのか?
ここは源ちゃんに相談するしかないと思った。
けど家に帰ってくるなり御神さんが寝ていたもんだから(おそらく裸で)、とりあえず車に避難をと思って、夜を明かしてしまったけど。
まあいい。もう夜は明けたんだから。
部屋に戻ってスマホを充電して、すぐに電話を掛けよう。
ポケットに手をつっこみながら、アパートの階段を上っていく。
残念ながらあの薬莢はもうない。
ポケットに入れていたはずなのに、いつの間にか消えてしまったのだから。
代わりに紫色の液体が滲んで、ポケットとスマホを汚していた。
その液体を舐めてみると、鉄臭い血の味が広がった。
つまりあの薬莢は血で出来ていたということになる。
ということは弾丸だって同じだろう。
俺はポケットをひっくり返し、紫の滲みを確認してみた。
薬莢はなくても、これがあれば何か分かるかもしれない。
アナグマ医師のところに持っていて、詳しい成分を調べてもらえば・・・・・って、
「ありゃ?なんで・・・・、」
消えている。
ベットリとポケットを汚していたはずなのに・・・・。
スマホに付いていた血も消えているみたいで、舐めても味がしなかった。
一晩で乾くことはあっても、綺麗さっぱり蒸発してしまうなんて考えられない。
つまりあの血は普通の血じゃないってことだ。
人間やただの動物ではなく、特別な生き物の血。
考えられるとしたら霊獣しかない。
「分からないな。とにかく源ちゃんに電話だ。」
ガチャリとドアを開け、部屋に入る。
「あらおはよう。」
御神さんが出迎えてくれる。
それはいいんだけど・・・・、
「なんて格好してんですか!」
「ん?なにか変?」
「ズボン穿いて下さい!」
「だってまだ乾いてないんだもの。あ、ちなみに犬の散歩はもう連れてったわよ。」
「え?御神さんが・・・?」
「陽が昇る前からギャンギャンうるさいんだもの。有川さんはいないし仕方ないわねと思って。ついでに餌もあげておいたから。」
「あ、ありがとうございます・・・・。」
「散歩の時だけあなたのジーパンを借りたけど、いいわよね?」
「それは構いませんよ。ていうか部屋でも穿いてて下さい。」
隅っこにたたんで置かれていたジーパンを渡す。
御神さんは「照れちゃって」っと笑っていた。
「そんなウブな年頃じゃないでしょうに。」
「ぜんぜん話が違うでしょ・・・・。」
こんなに目のやり場に困っては話も出来ない。
御神さんがズボンの穿くまでの間、シャワーでもしていよう。
熱いお湯で疲れを癒し、サッパリした気分で風呂場を出る。
するとモンブランとマリナが駆け寄ってきた。
「はいはい、また俺をからかうんだろ。好きなだけどうぞ。」
まともに相手をしてちゃ損をする。
適当にあしらうと「もういいって」とモンブランが言った。
「なにが?」
「だから悠一をネタをするのは諦めるって。」
「そうなの!よかったあ。」
「その代わりチェリー君でいくみたいよ。」
「へ?チェリー君・・・・?」
「あの子ね、御神さんの前で動物に化けちゃったのよ。そしたら『もうアナタで決まり!』って喜んでたわ。」
「そ、そうなのか・・・・。で。チェリー君はなんて?」
「別にいいぜって。」
「軽いな・・・・。」
「お金も貰えるみたいだし即OKしてたわ。」
「なるほど、まあ彼がいいって言うならそれでいいんじゃないか。」
ホっと一安心だ。
これでようやく帰ってくれるんだから。
ドライヤーで頭を乾かしながら、「御神さん」と呼ぶ。
「チェリー君のこと、よろしくお願いしますね。」
「え?なに?」
「だからチェリー君のこと・・・・って、さっさとズボン穿いて下さい!」
「だってサイズが合わないんだもの。」
「でもそれ穿いてマサカリの散歩に行ったんでしょ?」
「ずり落ちて大変だったわ。」
「ベルトすればいいじゃないですか。」
棚から取り出し、「どうぞ」と渡す。
「ありがと。」
ガチャガチャとベルトを巻いて、ようやくズボンを穿いてくれた。
そしてすぐにパソコンに向かい、昨日と同じようにキーボードを叩いていた。
《仕事熱心な人だな。》
ちょっと強引なところはあるけど、悪い人ではないだろう。
マサカリの散歩も連れて行ってくれたし。
俺はコーヒーを淹れ、「どうぞ」と置いた。
「あら、ありがとう。」
ニコっと笑ってからまた仕事に取り掛かる。
用は済んだんだしもうじき帰ってくれるだろう。
あまり刺激せずに放っておくことにした。
部屋を見渡すとチェリー君がいない。
「どこ行った?」と尋ねると、マリナが「散髪」と答えた。
「雑誌に載るんだからカッコよくしなきゃって。」
「ノリノリだな。チュウベエもいないようだけど?」
「昨日から帰って来ないのよ。」
「なんだって!」
「ずっと窓を開けておいたんだけど戻って来なかったわ。きっとトンビにでも食べられたんじゃないかしら。」
「サラっと酷いことを言うな。ていうかマサカリもいないじゃないか!」
「いるわよそこに。」
「どこ?」
「そこ。」
マリナは尻尾で指す。
そこには御神さんの膝の上で丸くなっているマサカリが。
「何してんだアイツ・・・・。」
「散歩に連れてってもらってからすっかり懐いちゃってるのよ。出来れば飼ってほしいって。」
「薄情な・・・・俺はいつも散歩に連れてってるのに。」
ほんとに我が家の動物たちはどうなっているのか。
元に戻って大人しくなるかと思いきや、いきなりこれである。
まあとにかくチュウベエを探しに行かないと。
近所でミミズを食べてくるって言っていたから、探せばすぐに見つかるだろう。
「すいません御神さん、ちょっと家を空けます。」
「どこか出かけるの?」
「インコが帰ってこないんですよ。探してきます。」
「いいわよ、お留守番しててあげるわ。」
パソコンの画面を見つめながらヒラヒラと手を振る。
俺は玄関に向かい、「おっとその前に・・・・」とスマホの充電をした。
「帰ってきたら源ちゃんに電話しないとな。」
昨晩のことが気になって仕方ない。
あの男はまた必ず現れるだろうから、それまでに相談しておきたかった。
「じゃあお前ら、大人しくしてろよ。御神さんに迷惑掛けるんじゃないぞ。」
「は〜い。」
モンブランとマリナが尻尾を振る。
御神さんが「ほんとに動物としゃべれるのね」と驚いていた。
「翔子ちゃんが気に入るはずだわ。彼女も動物好きだもの。」
クスっと笑い、またパソコンに目を戻している。
俺はペコっと会釈してから部屋を駆け出した。
「たしかアパートの植込みにいるって言ってたな。」
駐車場を回り込み、ツツジの植込みを探していく。
しかしどこにもいなかった。
念の為アパートの周辺をくまなく探したけど見つからない。
「どこ行ったんだアイツ?」
もし調子に乗って遠くへ行っていたとしたらマズい。
なんたってチュウベエは鳥だ。夜になると何も見えない。
どこかで迷子になっているんじゃないかと不安になる。
「アイツの行きそうな場所っていったら・・・・たくさんありすぎるな。」
鳥だから行動範囲は広い。
しかも友達も多いので、見当を付けるだけでも大変だった。
だったらどうするか?
「他の鳥に聞いてみるか。」
友達が多いということは、誰かがアイツの居場所を知っているかもしれない。
とりあえず近くの電柱にとまっていたスズメに話しかけた。
「おはよう、ちょっといいかな?」
「ん?あんたはチュウベエの飼い主の変態。」
「誰が変態だ!」
「動物としゃべれるんだろ?この辺りの動物はみんな知ってるぞ。アイツは変わり者の変態だって。」
「嫌な評価をしないでくれ。いや、そんなことよりチュウベエを見てないか?昨日の夜から帰ってこないんだ。」
「さあ?」
「行きそうな場所に心当たりは?」
「ありすぎて分からない。」
「だよな・・・・。」
「でも仲の良い友達なら知ってるぞ。」
「おお、教えてくれ!」
「川を渡ったところにあるカマド公園に変わり者の犬がいるんだ。全身真っ白で、目の周りだけ黒い模様をしてる。まるでパンダみたいな犬だ。」
「それは飼い犬?」
「野良っぽいけど首輪はしてるんだ。とにかくいつもカマド公園をウロウロしてる。チュウベエと大の仲良しだから聞いてみれば?」
そう言ってどこかへ飛び去ってしまった。
「ありがとう、助かったよ」と手を振り、急いでカマド公園まで向かった。
いったんアパートへ戻り、車に乗って行く。
川の向こうは城下町の風情を残していて、景観保護地区に指定されている。
だから今でも細い道が網の目のように行き交っているのだ。
橋を渡り、信号を右に曲がり、少し進んだところでまた交差点が出てくるので、左に曲がる。
そのまままっすぐ行くと市民図書館が出てきて、さらに進むと三叉路の突き当たりに出る。
このすぐ近くに公民館の駐車場があるので、こっち側へ来る時はいつもここに停めるのだ。
そして徒歩で少し道を引き返し、寂れた商店街へ入ると、カマド公園が見えてくる。
そこへ向かう途中、一匹の野良猫がダダっと駆け抜けていった。
続けて綺麗な毛並みをした洋猫があとを追いかけていく。
「あ!あれは・・・・、」
サっと駆け抜けて別の路地へ消えてしまった。
チラっと見えただけだけど、さっきのはカレンに間違いない。
翔子さんの飼い猫で、モンブランの大親友でもある。
声を掛けようとしたけど、すでに姿は見えなかった。
「まあいいか、今は忙しいし。」
商店街を駆け、目的地のカマド公園までやってくる。
入口は屋敷の門構えのようになっていて、右にはトイレ、左にはちょっとした地元の資料室がある。
そこをまっすぐ抜けると広場が見えてくる。
公園といっても遊具はなく、地元の祭りの時にお店が並んだり、フリーマーケットの時に使われるような場所だ。
あのスズメはここに変わった犬がいるって言っていたけど・・・・、
「・・・・ん?あれっぽいな。」
全身真っ白で、目の周りだけが黒模様の犬がいた。
まんまパンダである。
真っ赤な首輪をしているけどリードは付けていない。
公園の傍には民家もないので、おそらく野良犬だろう。
パンダみたいな犬は公園の端っこで何かを見つめていた。
その先には草の茂った植込みがある。
《何を見つめてるんだ?》
じっと観察しているとすぐに答えが分かった。
植込みの陰から一羽のインコが出てきて、犬に何かを渡していたのだ。
《あれはチュウベエ!》
どうやら食べ残しのチキンを渡しているようだ。
誰かが植込みに捨てたのだろう。
犬は美味そうにチキンを平らげ、ゲフ!とゲップを放っていた。
そして植込みの近くの土を掘り返し、その場所をトントンと叩いた。
チュウベエは犬の掘り返した土をつつき、「うます!」と叫んだ。
どうやらミミズを食っているらしい。
《ははあ・・・チキンを取ってきたお返しに、土の中のミミズを掘り返してもらったのか。》
相変わらず知恵の回る奴である。
《たぶんここへ来るのが目当てだったんだろうな。》
アパートの植込みに行くなんてウソもいいところである。
夜に遠くへ行くと言ったら絶対に外へ出してもらえないから、あんなしょうもないウソをついたんだろう。
《チュウベエめ、年々ずる賢さが増してやがる。》
小鳥にとって夜の遠出は危険である。
このままでは他の動物の餌食になりかねない。
ここは飼い主として一発かましておくべきだろう。
《いつだって甘い顔してるわけじゃないってこと、教えてやらないとな。》
スウっと息を吸い込み、こらチュウベエ!と怒鳴ってやろうとした。
しかしその時、公園の反対側から二匹の猫がやってきた。
《あ!あれはさっきの・・・・、》
カレンともう一匹の猫が犬の所へ近づいて行く。
そしてカレンが・・・、
「チュウベエじゃない!アンタ何してんの?」
「よ。」
翼をあげて返事している。
「なんでアンタがここにいるのよ!」
「なんでって見れば分かるだろ。ミミズを食ってる。」
「そうじゃないわよ!今までどこ行ってたのか聞いてるの。」
怒るカレン、チュウベエは首を傾げていた。
「何をそんなにムキになってんだ?」
「一昨日アンタの家に行ったのよ。悠一さんに用があるから。」
「おお、そうだったのか。悪いけどこっちも色々忙しくてな。」
「また動物探偵の依頼?」
「依頼っちゃあ依頼だけど、いつもの依頼とは違うな。口で言っても信じてもらえないような話だから。」
「そんなに大変な依頼だったの?」
「まあな。ちょっと岡山まで行って銃をぶっ放してたから。」
「銃!?そんなに危ない依頼なの?それじゃあ家にいなくても仕方ないか。」
納得したように頷くカレン、そして「今はもう帰って来たの?」と尋ねた。
「おお、もう終わったからな。」
「てことは悠一さんもいるわよね?」
「いるぞ。出かけてなければな。」
「実は相談したいことがあるのよ。」
「カレンも依頼か?だったら俺から悠一に伝えといてやるぞ。」
「ほんとに?じゃあ今すぐ呼んできて。翔子ちゃんがピンチなの!」
聞き捨てならないことを言う。
チュウベエが返事をする前に「どういうことだ!」と駆け出していた。
「ああ!悠一さん!!」
「カレン、今の話は本当なのか?」
「ほんとよ、誘拐されちゃったの。」
「誘拐!誰に?」
「分からない。でもこの子が言うには・・・・、」
そう言ってもう一匹の猫を振り返る。
目つきの鋭いキジトラ模様の猫だった。
「カグラって会社が怪しいんじゃないかって。」
「カグラだって!?」
「悠一さん知ってるの?」
「ええっと・・・まあ。名前くらいは。」
危ない危ない・・・・下手に話をすれば薬の噂が広まってしまう。
そうなれば欲しがる動物も出てくるだろうから気をつけないと。
「カグラは翔子ちゃんの会社のグループなの。タンクが言うにはそのカグラが怪しいんじゃないかって。ね?」
「うん。ていうか・・・・この人ほんとに動物と話せるんだな。霊獣でもないのにビックリだよ。」
「君も知ってるのか?霊獣のこと。」
「知ってるもなにも・・・・ほら。」
タンクから白い煙が上がる。次の瞬間には人間に変わっていた。
高校生か中学生くらいの男の子に。
「まさか・・・君は猫又?」
「まあね。ちなみにアンタのことはカレンから聞いた。部長補佐のお友達なんだって?」
「部長補佐って・・・・翔子さんのことか?」
「そうだよ。あの人、何日か前から行方が分からなくなってるんだ。警察が必死に捜してるけど全然見つからなくて。だから俺たちで捜そうってことになったんだ。」
そう言ってカレンを見つめる。
「ちなみにタンクのお母さんも誘拐されちゃったの。」
「君もか!」
「血の繋がりはないんだけど母親だと思ってる。間違いなくカグラに誘拐されたはずだ。なんたって奴らは犯罪組織だからな。表向きは家具屋だけど、裏じゃ酷いことやってるんだ。」
少し考える。
このタンクって猫又、カグラの事情を知っていそうな口ぶりだ。
だったらこっちのことも話しておいた方がいいかもしれない。
しれないが・・・・もう少し様子を見てからにしよう。
でないとどこからどう漏れて薬の噂が広まるか分からない。
「あの・・・・、」
いきなりパンダみたいな犬が話しかけてくる。
「さっきから何話してんですか?」と不思議そうだ。
「ああ、ええっと・・・・、」
「カグラがどうとか言ってましたけど、もしかして例の薬の件ですか?」
「なんで知ってるの!?」
「チュウベエから聞いたもんで。」
「なにい・・・・。」
ギロっとチュウベエを睨む。
「ウィイ。」
「ウィイじゃないだろ!」
「イェイ。」
「しばくぞ!」
「それは困る。」
「困るのはこっちだ!なんでベラベラ喋るんだよ!」
「でもこの街の動物はほとんど知ってるぞ。」
「なんで!?」
「だって遠藤のオッサンがバラ撒いてたから。」
「そういえば・・・・、」
「まあ俺が言いふらしたせいでもあるんだけどな。」
「やっぱりお前のせいじゃないか!」
「ウィイ。」
「ほんとにしばきたい・・・・。」
いったいこいつの思考回路はどうなっているのか。
脳ミソが詰まっているのかどうかも怪しい。
「まあまあ、チュウベエはおしゃべりなんで。大目に見てやって下さい。」
犬がフォローする。
チュウベエも「そうだぞ」と頷いた。
もはや相手にするまい。こいつはアホなのだ。
「ねえ悠一さん、力を貸してくれるよね?」
カレンが懇願するような目で見つめてくる。
そしてタンクも「俺からも頼む」と言った。
「アイツから言われたんだ。カレンと一緒にアンタのところへ行けって。」
「アイツ?アイツって誰?」
「たまき。」
「たまきだって!君もたまきのこと知ってるのか?」
「知ってるもなにも、猫又でアイツのことを知らない奴の方が少ないんじゃないか?なんたって猫の神様なんだから。」
「まあたしかに。猫の霊獣の元締めみたいな感じなんだろうな。」
「たまきが言ってたんだ。アンタは私の弟子だって。」
「その通りだよ。俺はたまきの弟子だ。まだまだ師匠には及ばないけどな。」
「でもたまきが認めるほどの人間ならきっと力になってくれるはずだ。お願いだから手を貸してくれ!俺だってムクゲを助けたいんだ!!」
「それは君のお母さんの名前?」
「そうだよ。ムクゲも猫又なんだ。」
「もはや猫又のオンパレードだな。」
「カグラは危険な連中だから何をするか分からない。特に鬼神川って奴は・・・・。」
「その名前は知ってるよ、カグラの副社長なんだろ?」
「鬼の狐火って異名をとる稲荷なんだ。めちゃくちゃ喧嘩が強くて、たまきレベルじゃないと勝てない。」
「相当なだそりゃ。」
「でもたまきが認めた人間ならどうにかなるかもしれない。手を貸してくれるよな?」
タンクも懇願するような目で見つめる。
もちろん異論はない。でも相手がカグラとなると・・・・、
《敵が大きすぎるよ。でもこのまま翔子さんをほっとくなんて絶対に出来ない。どうにかして助けないと。》
腕を組み、険しい顔で明後日の空を見上げる。
翔子さんは大事な友達だ。
一昨年の夏だって誘拐されて、今年もまただなんて・・・・。
《翔子さんはあんなに頑張ってるのに、どうしてこんな目にばっかり遭うんだ。俺に・・・俺にもっと力があれば・・・・。》
大事な友達がピンチなのに何も出来ないなんて・・・なんて情けない。
「パンダ帰るってよ。」
いきなりチュウベエが言う。
見るとパンダみたいな犬がどこかへ去っていくところだった。
「アイツ飼い犬なのか?」
「飼い犬っていうか居候だな。一人暮らしの婆ちゃんの家に住み着いてるんだ。」
「なるほど。それで首輪付けてもらってるのか。」
「いいや、あれは元々だ。」
「なら捨てられたのか?」
「らしいぞ。あんまり昔のことは話したがらないけどな。」
「犬も色々あるもんだ。気安く詮索は出来ないな。」
「あいつは色んなとこウロウロしてるから情報通なんだ。」
「へえ、なら仲良くしておいた方がいいかな。動物探偵として情報屋は貴重だから。」
「見返りに餌でもあげれば喜ぶと思うぞ。なんなら声掛けてみたらどうだ?」
「そうしたいけど、今はどれどころじゃ・・・・、」
「遠慮すんな、俺から話してやる。」
「あ、おい・・・・、」
チュウベエが飛んでいき、何やら話しかけている。
パンダという名の犬は「喜んで!」と駆け寄ってきた。
「けっこうげんきんな奴だな。」
「好きなだけ餌を食わしてくれるんですって?なんでも協力しますぜ旦那。悪い奴をお縄にする為なら。」
「俺は岡っ引きか。まあいいや、せっかく協力してくれるっていうなら何か聞いてみようかな。」
何を尋ねるべきか迷う。
するとカレンが「翔子ちゃんを助けたいの」と言った。
「パンダは情報通でしょ。だったら何か知ってるかと思って相談しに来たのよ。」
「俺もお願いしたい!ムクゲを助けたいんだ!!」
「たしか誘拐がどうとか言ってましたね。実はちょっとばかし気になる噂を耳に挟んだんですが・・・・聞きますかい?」
「お願い!」
「教えてくれ!」
「じゃあ犬缶10個で手を打ちましょう。」
「いいわよ。ねえ悠一さん?」
「それくらい余裕だよな。」
「まあいいけど・・・・。後払いでもいいか?」
「ほんとは前払いがいいんですが、チュウベエの飼い主さんですからね。信用しましょ。」
「助かる。ならその噂とやらを教えてくれ。」
「いいですぜ、耳を貸しておくんない。」
俺たちはパンダに耳を近づける。
周りには誰もいないのにこれをやる必要があるのか?・・・・というのはツッコまないでおこう。
「実はですね、ちょくちょく動物が消えるって噂があるんでさあ。」
「消える?」
「どっかの連中が密猟してるらしくてね。動物をさらっていくそうなんですよ。しかも狙いは霊獣だと。」
「霊獣・・・・。ていうかパンダ君も霊獣を知ってるんだな。」
「知ってなきゃタンクさんが化けるのを見て腰を抜かしてまさあ。旦那が思ってるより霊獣の存在を知ってる動物は多いんですぜ。」
「そうなの?俺が無知なだけなのか・・・・。」
「話を戻しますが、その密猟集団を追いかけている霊獣がいるそうなんでさあ。そいつに会うことが出来れば手がかりが掴めるかもしれません。」
「なるほど。で・・・・その霊獣の居場所は?」
「氷ノ山ってご存知ですかい?」
「もちろん。兵庫県と鳥取県にまたがる大きな山だろ?この県の北にあるはずだ。」
「その通りでさあ。でもってそこに正義の味方の霊獣が集まる場所があるらしいんですが、そのうちの一人が密猟集団を追っかけてるって噂でね。
ちょくちょくこの街にも来てるみたいですぜ。」
「どこだ!どこに行けば会える?」
「知り合いの猫又の話じゃ、古民家の喫茶店によく来てるみたいで。こっから一キロほど西に行ったところに朧って名前の店があります。」
「朧か。ネットで検索すれば出るかな?」
「そんなことしなくても、この商店街を抜けて西に向かえば看板が見えてくるはずですぜ。
妖艶な気配を放つ超美人の霊獣だそうです。ただいつもいるとは限らないそうですが。」
「ならとりあえず行ってみるよ。有益な情報をありがとう。」
「あくまで噂ですから信用されすぎても困りますけどね。」
そう言って「犬缶は忘れないで下さいよ」と舌なめずりをした。
「この公園の植込みにでも隠しといて下さい。」
「分かった、必ず置いておくよ。」
「約束ですぜ。それじゃあっしはこれで。」
軽快な足取りでひょこひょこ去って行く。
俺たちは顔を見合わせ、「行くか」と頷いた。
パンダ君の言った通り、商店街を抜けて西に歩いていく。
城下町の風情を残す細い道には、古い家がたくさん並んでいた。
最近は古民家を利用したお店が増えているそうで、朧もその一つなんだろう。
注意深く看板を探していると、チュウベエが「あれじゃないか?」と見つけた。
「ええっと・・・・おお!あれだあれ。」
年季の入った民家の軒先に、切り株みたいなデザインの看板が立っている。
そこには達筆な字で「朧」と書かれていた。
「チュウベエ、お前また読める字が増えたな。」
「賢いだろ。」
「賢すぎて困ることもあるけどな。」
こいつは以前にも店の看板を読み当てたことがある。インコのクセに恐ろしい奴だ。
「じゃあちょっと中に入ってくるから。みんなはその辺で待っててくれ。」
動物たちを残し、暖簾を潜る。
石畳の通路に、苔と砂利引きの庭。
古民家というより小さな料亭という感じだ。
玄関も立派なもので、和の風情を感じさせる洒落た造りだった。
入口の近くには木の板にメニューが書かれていて、本日オススメが貼り出されていた。
「どれどれ・・・。マタタビパウダーのクッキーに煮干の羊羹。ねこじゃらし風味のコーヒーにマタタビ入りの紅茶か。・・・・どんなメニューなんだこれは。」
味の想像がつかないけど・・・・まあいい。
お茶を飲みに来たわけじゃないんだから。
「ここに正義に味方の霊獣がいるのか。」
一つ深呼吸をする。
たしか妖艶な気配を放つ超美人の霊獣と言っていた。
もしいたらすぐに分かるだろう。
ちょっと緊張しながら引き戸に手を伸ばす。
するとその瞬間、ガラっと戸が開いて誰かが出てきた。
「今日のお茶も美味しかったわマスター。また近いうちに来るから。」
スーツに白衣をまとった女が出てくる。
ぶつかりそうになって脇によけると、「あらごめんなさい」と言った。
「いえいえ」と言って店に入ろうとした瞬間、ピンときてその女を振り返った。
するとなぜか向こうも俺のことを見ていて、思わず目が会ってしまった。
《ぜったいにこの人だ!》
一瞬で分かる。
だって妖艶な気配を放っているし、ものすごく美人だし。
パンダ君が言っていた霊獣で間違いないだろう。
いきなり会えるとはラッキーだ。だからまずは喜ぶべきなんだろうけど・・・・、
《なんだろう・・・・この感じどこかで・・・・、》
「何かご用かしら?」
「へ?」
「じっと見てらっしゃるから。」
「いやその・・・ちょっと知り合いに似た雰囲気を感じたから。」
この女、俺の知ってるアイツにそっくりだ。
そう、猫神たまきに。
たまきは色んなものに化けられるから、人間に化けて街をウロウロしていたとしてもおかしくはない。
けど・・・・・、
《もし正体を明かすつもりなら自分から言うよな。》
俺は確信していた。
この女はぜったいにたまきだって。
根拠はない。ただの勘なんだけど・・・・・うん、でもこの気配、雰囲気、間違いなくたまきだ。俺には分かる。なんたって弟子なんだから。
けど今はまだたまきとして会う時じゃないんだ。
だって自分自身の力で見つけないといけないから。
こんな偶然みたいな出会いじゃ絶対に認めてもらえないだろう。
だったら・・・今は忘れるしかない。
この女はたまきじゃなくて、正義の霊獣っていうだけなのだと。
「あの・・・・ぶしつけなお願いで申し訳ないんですが。」
「なんでしょう?」
ニコっと微笑むその顔は、まるで俺を試しているかのようだ。
下手な受け答えをしたら力は貸さない。そう言っているかのような目だった。
「実はですね・・・・、」
背中に冷や汗が流れる。
だって翔子さんの無事が懸かっているのだ。
もし俺が情けない受け答えをしたら・・・・。
そう思うと喉が乾いてくる。
たまきはもう一度「なんでしょうか?」と笑みを向けてくる。顔は笑っているけど目は厳しい。
俺は覚悟を決め、「力を貸して頂きたいことがあるんです」と切り出した。

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜のイラスト(ペン入れ)4

  • 2018.11.26 Monday
  • 11:44

JUGEMテーマ:イラスト

 

右から 遠藤 源ちゃん ツムギ

 

 

 

   悠一と動物たち

 

 

 

   人間ライフ

 

 

 

   ウズメとアカリ

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第二部 第二十一話 困った依頼者(1)

  • 2018.11.26 Monday
  • 11:28

JUGEMテーマ:自作小説

仕事の依頼はいつでも緊張するものだ。
これは何度やっても慣れない。
でもそれでいいんだろうと思っている。
やりたいことを実現させた時、一番怖いのは慣れだ。
そうなったら刺激も興奮もあったもんじゃないし、やりがいも充実感もなくなってしまう。
いい仕事には緊張感が必要なのだ。
けどその緊張がいつもと違うものだとしたら、不安の度合いは大きくなり、仕事を楽しめなくなる。
いま目の前に座っている依頼者は、いつもとは違う緊張を感じる人だった。
正確にはその依頼内容である。
まず言っておかなければならないのは、俺は動物探偵であって、オカルト探偵ではないということだ。
世の中には超能力を使える探偵がいて、オカルトまがいの仕事ばかりこなしているという。
本日の依頼者、フリーカメラマンの御神祐希さん曰く、お姉さんはいつもそんな人とばかり仕事をしているのだという。
そしてそのお姉さんからオカルトチックな仕事を依頼され、ほとほと困り果てているというのだ。
「ツチノコだのチュパカブラだの、そんなモノの特集ばかりやっている雑誌なのよ。」
「はあ・・・・。」
「姉はその雑誌の編集長でね。月間ケダモノっていうんだけど知ってる?」
「いえ・・・・、」
「それでいいわ。あんなの読んだら確実にIQが下がるから。」
「たぶん今後もぜったいに読まないと思います。」
「賢明ね。」
ニコっと微笑み、ズズっと昆布茶をすすっている。
「問題なのは、そんなオカルトチックな依頼を受けてしまったということなのよ。
これでも社会派のカメラマン兼ジャーナリストのつもりなんだけど、ツチノコだのチュパカブラだのなんて仕事・・・・どうして引き受けちゃったのか今でも謎なのよ。」
「でも自分でOKしたんですよね?」
「腹違いとはいえ血の繋がった姉だからね。断りきれなくて。でもどう頑張っても私には無理よ。」
「ツチノコとかチュパカブラの写真を撮るって、普通なら無理ですよ。」
「そう、普通ならね。でも有川さんはツチノコを飼ってたはずでしょ?だからあなたに頼めば万事解決かと思ったんだけど・・・・。」
そう言って「はあ・・・」とため息をついている。
「期待してやって来たのに、ツチノコはもういないなんて・・・・。」
「山に帰っちゃったんですよ。」
「他に飼ってる動物はいないの?猫とか犬とか普通の動物じゃなくて、例えばチュパカブラとか・・・・、」
「ぜったいに飼いませんよそんなの。」
「生息してる場所とかは・・・・、」
「知りません。」
「困ったわね、どうしようかな?」
「お稲荷さんなら何人も知ってるんですけどね。」
「お稲荷さんねえ・・・・。」
またため息をつき、遠い目をしながら窓の外を見ている。
ついさっきのこと、お稲荷さんなら紹介できると言ったら、『ちょっと姉に聞いてみるわ』と電話を掛けていた。
しかし結果はNOとのこと。
理由はウチの雑誌とは方向性が違うからだそうだ。
「姉が言うにはそういう方面のネタは扱ってないんだって。」
「そういう方面って・・・・どういう方面ならOKなんですか?」
「宇宙人とか未確認生物とか。」
「要するに矢追純一とか藤岡弘の探検隊みたいな感じのやつですか?」
「みたいね。お稲荷さんだと神様になっちゃうわけでしょ?そういう高尚なものを扱う雑誌じゃないからって。
もっとウソ臭くてバカっぽくて真面目に読む気にならないようなネタがいいそうなのよ。」
「普通逆でしょ。」
「それが姉のポリシーなのよ。」
「どんな編集長なんですか・・・・。」
「ほんとにねえ、困ったものだわ・・・・。」
本日三度目のため息が出る。
ズズっとお茶をすすりながら、チラチラと俺を見ていた。
《うわあ・・・・やだなあ。》
思わず目を逸らす。
さっきから感じているいつもとは違う緊張感の理由・・・・それは御神さんのこの視線のせいなのである。
「ねえ有川さん・・・・、」
「イヤです。」
「そんな即答しなくても。」
「そりゃたしかに俺は動物と話せますけどね、なんでそんな怪しげな雑誌で特集を組まれなくちゃいけないんですか?」
「だって姉にあなたのことを話したらOkだって。」
「お稲荷さんがダメで俺がOKって・・・・判断基準がおかしくないですか?」
「私に言われても。」
「それはこっちだって同じですよ。俺は動物探偵であって、奇妙な雑誌のネタじゃないんですよ。」
「けどもし引き受けてくれたらギャラは弾むって言ってたわよ。」
「お金の問題じゃないです。」
「いつも一緒に仕事をしている超能力探偵とのコラボ企画とか言ってたけど・・・・どう?」
「ぜったいお断りです!」
まったく・・・・こんな依頼は初めてだ。
なんで俺が怪しげなオカルト雑誌でネタにされないといけないのか。
そんなもんに載ったら最後、まともな依頼は来なくなるだろう。
だけど御神さんは諦めない。
チラチラ俺を見てばかりで、ぜんぜん帰ってくれないのだ。
時計を見ると午後11時。
あと一時間で明日になってしまう。
「すいませんけどもう帰ってくれませんか?」
「・・・・チラ。」
「チラチラ見たってダメです。」
「引き受けてくれないと私が困るのよ。」
「それ御神さんの都合じゃないですか。」
「そうよ。」
「そうよって・・・・、」
「じゃあ分かった。他になにか面白いネタない?」
「はい?」
「有川さんの特集は諦めるから、代わりになりそうなネタをちょうだいよ。」
「例えばどんな?」
「ウソ臭くてバカっぽくて真面目に読む気にならないようなネタ。」
「帰って下さい。」
「そう言わないで。」
「動物に関する依頼なら引き受けます。でもそれ以外のことはお断りです。」
「どうしても無理?」
「無理です。」
「・・・・・チラ。」
「だから無理ですって!」
「ケチ。」
ツンと拗ねている。
《なんてしつこい人なんだ・・・・・。》
いい加減うんざりしてくる。
そしてこともあろうに・・・・、
「引き受けてくれるまで帰らないわ。」
「はあ!?」
「今晩は泊まっていくから。」
「困りますよ!」
「私だって困ってるのよ。さっさとこんな下らない仕事からオサラバして、社会派の仕事に戻りたいんだから。」
「要するに面倒事を押し付けたいだけじゃないですか!」
「そうよ。」
「そうよって・・・・・、」
「翔子ちゃんから聞いてるのよ。有川さんはとっても良い人で、困った時はいつも助けてくれるって。」
「そりゃ翔子さんは友達ですから。ていうか最近はどうしてるんですか?まだシンガポールに?」
「つい最近帰ってきたわ、出世してね。」
「さすがだな、どんどん遠い世界へ行っちゃう。」
「彼女は優秀だしやる気もあるからね。有川さんもモタモタしてると会うことすら出来なくなるかもよ?」
そう言ってクスクス笑っている。
「とにかく今日は泊まるから。」
「だから困りますって。」
「とりあえずシャワー借りるわね。」
「あ、ちょっと!勝手に・・・・、」
有無を言わさず風呂場に向かっていく。
バタンとドアが閉じられて、シャワーの音が聴こえてきた。
《本気だよあの人・・・・参ったな。》
強引にも程がある。
どうしたもんかと頭を掻いていると、モンブランがニヤニヤしていた。
「ねえ悠一・・・・、」
「はいはい分かってる。どうせまた下らない妄想してるんだろ?」
「なによ下らない妄想って。」
「女の人が来た時はいつも言うじゃないか。三角関係がどうとか、浮気がどうとか。」
「まあね。」
「こっちにその気はないっての。俺にはマイちゃんという婚約者がいるんだから。」
「だからこそ面白いんじゃない、ねえマリナ?」
「ほんとにねえ。このことをコマチさんが知ったらどう思うのかしら?」
「頼むからそういうのはやめてくれ。」
「でも泊まっていくのよあの人。」
「男女が一晩屋根の下、何もない方がおかしいわ。」
「お前らの思考はエロオヤジと一緒だ。」
「そんなことないわ。もしあの人と何かあったって、私は悠一を責めたりしないもん。」
「いくら婚約者とはいえ、一年も待ちぼうけは辛いものね。一つくらい間違いを犯しても目を瞑っててあげるわ。」
「お前らから煽ってるクセに何言ってんだ。」
二匹は下らない妄想で盛り上がっている。
こうなったらもう何を言っても無駄で、好きなようにさせておくしかない。
オスたちはグーグー寝ているし、俺もこのまま寝てしまいたい気分だ。
ゴロンと畳に寝転ぶと、「シャワーありがと」と御神さんが出てきた。
「ありがとも何も勝手に使ったんじゃないですか。」
そう言って振り向くと、バスタオルだけを巻いて立っていた。
「ちょ、ちょっと!何してるんですか!」
「何って?」
「服を着て下さい!」
「だって洗濯機に入れちゃったし。」
「はあ!?」
「泊まることになるなんて思ってなかったから、着替えを持ってきてないのよ。乾くまでこれ借りておくわね。」
「いや、あの・・・・、」
「ごめん、ちょっと電気も借りるわね。」
パソコンを取り出し、勝手にコンセントを挿している。
そしてカタカタとキーボードを叩き始めた。
「・・・・帰ってくれませんか?」
「依頼を引き受けてくれたらね。」
「だからそれは無理ですって。」
「じゃあ帰らない。」
「子供みたいなこと言わないで下さい・・・・。」
「あ・・・・、」
「なんですか?」
「ビールある?」
「ないです。酒は飲まないんで。」
「なら買ってきてくれない?」
「自分で行けばいいでしょ。」
「バスタオル一枚なのよ?こんな格好で夜道を歩いたら確実に襲われるわ。」
「だからってなんで俺が・・・・・、」
「500のやつお願いね。メーカーはなんでもいいから。」
財布から1000円取り出し、強引に押し付けてくる。
「お釣りはあげるから。」
「誰も行くなんて言ってないんですけど・・・・、」
「・・・・・・・・。」
「御神さん?」
「・・・・・・・・。」
「・・・・無視かよ。」
ずっとキーボードを叩いている。
モンブランとマリナはニヤニヤ見つめているし、オスたちはグーグー寝ているし。
この状況、俺一人で耐えなきゃいけないらしい。
せめてチェリー君が起きていてくれたらな。
今は人間の姿で寝ているけど、彼が化けるのを見たら、御神さんは腰を抜かすだろう。
ていうか・・・・チェリー君を紹介してみようかな?
彼なら御神さんもOKしてくれるかもしれない。
人間に化けられるし、擬態で姿を消せるし。それにただの霊獣だから神様でもないし。
《・・・・いや、ダメだダメだ。仲間を売るようなことしちゃイカン。》
千円を握り締めたまま黙って立ち上がる。
アパートを出て近所のコンビニに向かうことにした。
田舎の道は夜になると寂しい。
街灯の光に虫が集まるくらいだ。
細い路地を抜け、大通りを右に曲がればすぐなんだけど、気晴らしに散歩でもと思って、いつもとは違うコンビニへ行くことにした。
ちょっと距離はあるけど、考え事をするにはちょうどいい。
《こうして無事に人間に戻れたけど、まだ全てが終わったわけじゃないんだよな。》
カグラという会社をどうにかしない限り、あの薬は増え続けるだろう。
そしてダキニが帰ってくる以上、ウズメさんだけではどうにも出来ない。
《こんな時にアイツがいてくれたら・・・・、》
見上げた夜空は雲に覆われ、月も星も見えない。
そこに重ねたのはたまきの顔だ。
あの猫神がいてくれればダキニが相手でも負けないのに。
今どこで何をしているんだろう?
俺はいつかアイツに手が届くんだろうか?
なあたまき、教えてくれ。
俺はちゃんと成長しているか?
正しい道を歩んでいるか?
もしかしたらどこかで俺のことを見ているのか?
それとも遠いどこかへ行ってしまったのか?
・・・・いや、案外近くにいるような気がするな。
神出鬼没ではあるけど、いつだって近くにいる気がするんだ。
そう思うのは、まだお前に頼ろうとしているせいかな?
一人立ちできない子供のように、お前を母親のように思って、ただ甘えているだけなんだろうか?
もしそんなマザコン野郎だとしたら、マイちゃんを幸せにすることなんて出来るのかな。
自分のことさえままらない男が、好きになった女を幸せに出来るかな。
俺は色んな人や動物にお世話になりっぱなしで、まともに恩返しすらしたことがないよ。
もう子供じゃない、いい大人だ。
なのに一人前だと自信が持てないのは、誰かに頼りっぱなしのせいなんだろうか?
教えてくれ、たまき。
今の俺にはなにが出来るんだろう?
俺はカグラのやっていることをやめさせたい。
ウズメさんの力になりたい。
でもそう出来るだけの力も自信もないんだ。
ダキニが戻ってくるって聞いて、正直ビビりまくってるよ。
もしかしたらアイツの方から関わってくるんじゃないかって。
なにせアイツを地獄へ落としたのは俺だ。
もし復讐なんてされたら、俺だけじゃなくてマサカリたちまで巻き込んでしまう。
下手をすればマイちゃんだって。
それが一番怖いよ・・・・・。
自分の大事なものが傷ついていくのが一番怖い。
その時、何もできない自分を直視するのも同じくらいに怖い。
なあたまき、手を貸してくれとは言わないよ。
代わりに神託を授けてほしい。
一昨年の夏、お前は猫神のご神託を授けてくれたよな。
藤井と別れるか?
それともどちらかが動物と話せる力を消すか?
そうでなければ不幸になるって。
あの時はそんな馬鹿なって思ったけど、今は正しかったと思ってる。
藤井は藤井で強烈な信念があって、それは俺とは比べ物にならないほど激しく燃え上がってたよ。
なにせ日本を飛び出してアフリカまで行っちゃうんだから。
自分の全てを懸けてでもやりたい道に邁進してる。
文字通り動物たちの為に命を懸けてるよ。
俺にはそこまでの覚悟は・・・・胸を張ってあるとは言えないかも。
もし藤井と一緒にいたままだったら、俺の方がアイツの信念に焼かれていたと思う。
でもって確実に足を引っ張っていたはずだ。
だからアイツと別れた選択は正しいと思ってるんだ。
もちろん藤井を嫌いになったわけじゃなくて、別れた今でも戦友のように思ってる。
遠く離れていても、お互いに動物に関わる道を歩いているから。
それにアイツとの出会いがなかったら、こうして動物を助ける道に進むこともなかっただろうから。
でもやっぱりずっと一緒ににはいられなかった。
だからお前の神託は正しかったんだ。
・・・・お願いだたまき、もう一度だけでいいから神託を授けてくれ。
ほんの少しでもいいから、道しるべを照らしてほしい。
力のない俺が、巨大な敵を相手にするにはどうすればいいのか?
大事な仲間を助けるにはどうしたらいいのか?
些細なキッカケでいいから教えてほしいんだ。
そうすれば俺も覚悟を決める。
最初の一歩はここだって分かれば、そのあとは藤井にも負けないほどの信念で最後まで貫き通してみせる。
・・・・・なんて考えてる時点で、やっぱり俺は甘ちゃんなんだろうな。
だってさ、結局お前を頼ろうとしているんだから。
最初の一歩なんて自分で見つけるものなのに。
少しでいいから頼ろうなんてしてる時点で、まだお前に甘えてるんなんだろうな。
でもさ、俺はこのまま逃げ出したくないんだ。
どんなに大変な道でも、踏ん張って戦わなきゃいけない時は誰にでもあるはずだろ?
もしここで放り投げてしまったら、俺は周りの全てから置いて行かれるような気がするよ。
そしてもちろん、永遠にお前に手が届かないままだろう。
いつか自分の力で見つけ出すなんて言っておきながら、そんな日はぜったいにやってこない。
だからいいさ、例え最初の一歩が分からなくても、とりあえず踏み出してみるよ。
行き先は天国か地獄か知らないけど、同じ場所で悩んでるよりかはずっとマシだ。
ていうか一人で夜道を歩いてると、ほんとに色んなことを考えちゃうな。
・・・・立ち止まり、曇った夜空を見上げていると、ふと誰かの気配を感じて振り向いた。
「あ・・・・・・、」
路地の街灯の下、またあの男が立っていた。
真っ白に照らされて・・・・というより、自ら輝いている感じだ。
しかもその手には小さな心臓を持っていた。
ドクンドクンと鼓動を刻みながら、紫色の血を滴らせている。
「・・・・・・・。」
男の目は鋭い。
まるで野生の狼のようだ。
でも不思議と恐怖は感じなかった。
「・・・・・・・・・。」
どうしようか迷った・・・・。
このまま立ち去ろうか?
それとも近づいてみようか?
敵なのか味方なのかも分からないし、そもそもどこの誰かすら分からない。
でも一つ感じることがあった。
《アイツ、わざと俺の前に現れてる。》
その目的はなんなのか・・・・直接アイツの口から聞きたかった。
少し怖いけど足を進めてみる。
男は微動だにせずに睨んでいて、以前と同じように、普通の人間とは思えない気配を放っている。
幽霊か?それとも霊獣か?
正体不明の男の思惑を知るべく、「やあ」と声を掛けた。
「ちょくちょく俺の前に現れるけど、なにか用かな?」
声が上ずっていたと思う。
冷静を装ってもやっぱり緊張する。
「この前病院の前で会ったよな?それに今日は俺の心臓を持ち去っていったし。その・・・・用があるなら話を聞くよ。」
男は答えない。
一ミリも表情を変えずに睨んでいるだけだ。
「実はさ、夢の中にまでアンタが出てきたんだ。とても奇妙な夢だった。だって銃で霊獣を撃ち殺していく夢だったんだ。
あの時のアンタの目、霊獣を憎んでいるような気がした。いや、もちろんただの夢なんだけど・・・・。」
俺がどんな夢を見たかなんて、この男には関係ない。
だけどあれはただの夢ではないような気がしてきたのだ。
こうして何度も目の前に現れるってことは、伝えたい何かがあるってことなんだろう。
ということは不思議な力を使って、夢の中にまで現れたってこともありうる。
「俺はアンタのことは何も知らない。名前も歳も。見た感じ若そうだけど、俺より年上な感じもする。
それになんていうのかな・・・・不思議な気配を感じるんだ。アンタ、ぜったいに普通の人間じゃないんだろ?」
どう聞いても何も答えてくれない。
それならどうして目の前に現れるのか?
怖いけどもう一歩近づいてみる。
すると初めてアクションを起こした。
懐から銃を取り出し、俺に向けたのだ。
「ちょッ・・・・、」
逃げる暇もなく撃たれる。
乾いた音が弾け、頭を抱えてしゃがみこんだ。
「・・・・・・ッ!」
当たったのか・・・・?
どこも痛くないけど、痛すぎると何も感じないっていうし・・・・。
「大丈夫か!?」
誰かが駆け寄ってくる。
恐る恐る顔を上げると、そこにはチェリー君がいた。なぜか霊獣の姿で。
「大丈夫か?」
「・・・・・・・・・。」
「心配すんな、もうアイツはいねえ。」
言われて街灯を振り返ると、男は消えていた。
「どこ行ったんだ・・・・?」
「さあな。俺を見るなりいきなり撃ってきやがった。しかも・・・・、」
痛そうに肩を押さえている。
「血・・・・弾が当たったのか!?」
「いや、掠っただけだ。」
「でもけっこう出てるじゃないか!すぐ病院に・・・・、」
「んな大したモンじゃねえよ、舐めときゃ治る。それよりこんなの初めてだぜ。銃で傷つくなんてよ。」
驚いた顔で傷口を睨んでいる。
「俺たち霊獣にあんなモン効きゃしねえはずなのに。どうなってんだいったい。」
「ほんとに平気なのか?」
「ああ。しっかしなんなんださっきの野郎は。いきなり撃ってくるなんてよ。通り魔か何かか?」
そう言って人間の姿に戻る。
「さっきの知り合いか?」
「いや・・・・。」
「アンタの帰りが遅いんで様子見て来いって言われてよ。」
「御神さんに?」
「叩き起されたんだ。人間に化けたままだったからよ。あなたちょっと様子見てきてよって。」
「ごめん、ちょっと考え事してたから。」
「近所のコンビニに行ってもいねえし、電話かけても出ねえし。どこ行きやがったんだって探してたら、この近くで嫌な気配を感じてよ。」
「嫌な気配?」
「さっきの野郎さ。血に飢えた猛獣みたいな気配がしてたぜ。こりゃナンかとんでもねえモンがいると思ってよ、ゆっくり近づいてみたんだ。
そしたらアンタがいたから慌てて助けに入ってってわけさ。」
「それで霊獣の姿になってたのか。」
「しかし迂闊だったぜ。もし頭でも撃たれてたらオシャカだったな。」
あっけらかんと笑っている。なんて神経が太いんだか。
「ま、とりあえず帰ろうぜ。またあんな野郎に襲われちゃたまんねえからよ。」
ポケットに手を突っ込み、ブラブラと歩いて行く。
撃たれた肩の血はもう止まっていて、さすがは霊獣だと感心した。
「・・・・あ、ちょっと待って。」
「なんだ?」
「チェリー君を撃った弾丸、どこに行ったか分かる?」
「さあな。貫通したから後ろにでも落ちてるんじゃねえか?」
「ちょっと探してみるよ。」
「ほっとけよそんなもん。」
「ちょっと気になることがあるんだ。」
チェリー君の立っていた後ろを探してみるけど、曇った夜空の下ではよく分からなかった。
「お〜い、さっさと帰ろうぜ。」
「・・・・・薬莢。」
「あん?」
「薬莢なら落ちてるかも。」
さっきの男が持っていた銃、あれはリボルバーではなかった。
たしかマガジン式?の銃というか、とにかく薬莢が落ちるタイプのやつだ。
街灯の下に駆け寄り、地面を探してみる。
「・・・・・あった!」
少し離れた場所に薬莢らしき物が転がっていた。
そいつを摘み、街灯に照らしてみる。
「なんだそりゃ?」
チェリー君が顔を近づけてくる。
俺は「銃を撃ったあとだよ」と答えた。
「これが?」
「どう見ても薬莢だろ。」
「でもこれ、紫色だぜ。こういうのって銀色とか鉛色とか、そんなんじゃねえの?」
「普通はね。」
「普通はねって・・・・これ特殊な弾丸なのか?」
「だと思う。なんたって霊獣を撃ち抜くくらいだから。」
「物騒なモンだな。」
険しい顔をするチェリー君を尻目に、スマホを取り出す。
「なんだ?110番でもすんのか。」
「ああ。」
「やめとけよ。面倒くせえことになるだけだ。」
「でも立派な事件じゃないか。君だって撃たれてるわけだし。」
「それが面倒くせえって言ってんの。だいたいもう傷は治りかけてるしよ。薬莢だってオモチャみてえな色してるし。呼んだって相手にされねえよ。」
「大丈夫、源ちゃんなら話を聞いてくれるよ。」
「さいですか。まあ好きにしろよ。」
そう言って「ふあ〜あ」とあくびをしながら帰って行く。
俺は薬莢を見つめながら電話を掛けようとした。
けど・・・・、
「あら、電源が切れてる。」
ボタンを押しても起動しない。どうやらバッテリー切れのようだ。
「しばらくほったらかしだったからな。家に帰ってからにするか。」
スマホと一緒に薬莢もポケットにねじ込む。
アパートに帰ると御神さんはもう寝ていた。
勝手に俺の布団に潜り込み、しかもその隣には巻いていたバスタオルが・・・・。
《まさか裸で寝てるわけじゃないだろうな。》
チェリー君は「んだよ、人のこと起こしたクセに」とブツブツ言いながら、横になってすぐ寝てしまった。
モンブランとマリナも妄想に飽きたのか寄り添って寝ている。
せっかく人間に戻ったってのに落ち着かない夜だ。
今夜も安眠できそうにない。
まあとにかく源ちゃんに電話しないと。
そう思ってポケットに手を入れると、いつの間にか薬莢が消えていた。
「ありゃ?」
ちゃんとポケットに入れたはずだ。
穴でも空いているのかと裏返してみたけど、そういうわけでもない。
スマホはあるのに薬莢だけが消えている。
でもその代わり・・・・、
「濡れてる・・・・紫色に。」
ポケットとスマホに紫の液体が滲んでいた。
・・・・まさかとは思いつつ、臭いを嗅いでみる。
けどよく分からないので、思い切って舐めてみた。
指で拭い、舌の先で軽く。
「やっぱり・・・・。」
ゾワっと背筋が波打つ。
口の中に鉄臭い血の味が広がった。

calendar

S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930 
<< November 2018 >>

GA

にほんブログ村

selected entries

categories

archives

recent comment

recommend

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM