写真の目

  • 2019.04.30 Tuesday
  • 12:41

JUGEMテーマ:

写せるモノと写せないモノが分かったら

 

シャッターを切る度に良い写真が撮れるだろう

 

どんなに良いレンズを通った光でも

 

写せるモノと写せないモノは分けてくれない

 

肉眼で見て シャッターを切って

 

こんなはずじゃなかったと思うのはいつものこと

 

写真は人間の目よりも冷徹だ

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第三部 第二十二話 変貌(2)

  • 2019.04.30 Tuesday
  • 12:11

JUGEMテーマ:自作小説

カマクラ家具は大騒ぎだった。
理由は幾つかある。
一つは瀞川と安志が消えたからだ。
専務と取締役が自分の世界へ帰ってしまい、豊川は大激怒である。
二つ目はたまきさんが暴れたことだ。
課長は俺を助けようと戻って来てくれた。
たまきさんの制止を振り切り、ここまで駆けつけてくれたのだ。
なんでこんな危険なことをって心配した反面、すごい嬉しかった。
もちろんカマクラ家具の連中は邪魔をした。
もう人質でなくなった課長を大事な研究施設に入れるわけにはいかない。
力づくで排除しようとしたんだけど、それに怒ったムクゲさんが手を出してしまった。
猫又に変身してお稲荷さんを殴ってしまったのである。
カマクラ家具の社員たち(霊獣の)はブキギレて襲いかかったんだけど、そいつら全員玉木さんがシバき倒した。
何人がかりでも玉木さんには勝てなくて、これまた社内は大混乱。
そして三つ目、カマクラ家具が大事に大事に研究していた新薬を、俺が燃やしてしまったのだ。
この部屋に入ってきた豊川は、『なんてことをおおおおおお!』と頭を抱えて絶叫した。
絶叫しながら『キサマら殺してやる!!』と飛びかかってきたんだけど、その瞬間に玉木さんがやって来て、豊川の首根っこを掴んだ。
一気に大人しくなる豊川。
でもすぐに気を取り直してこう言った。
『ウチに喧嘩売るってことは、ダキニ様に喧嘩を売るってことだぞ。大事になってもいいのか?』
凄む豊川に対し、玉木さんは涼しい顔でこう答えた。
『ダキニはもうここには戻って来ないわ。』
『へ?』
『ついさっき会ったのよ。翔子ちゃんを連れて帰ろうとした時、いきなり目の前に現れてね。
今日は挨拶だけって言ってたわ。地獄に送ってくれた借りはそのうち必ず返すからって。』
『そ、そんなことはどうでもいい!ここへ戻って来ないというのは一体・・・・・、』
『さあね。多分だけど捨てたんじゃないかしら?』
『す、捨てる・・・・?』
『地獄にいる間に色々考えたんでしょう。これ以上この会社で出来ることはないって。
アイツは大きな野望を抱いている。その為に次のステップに行くことにしたんじゃない?』
『わ、我々を見捨てたというのか・・・・?』
『この会社だけ捨てたのか?それともアンタのことまで見捨てたのか?それは私には分からない。
ただハッキリしてるのは、ここでいくら暴れてもダキニと揉めることはないってこと。この意味分かるわよね?』
豊川は『そんな・・・・』と呆然としていた。
そして『瀞川と安志は!』と叫んだのだった。
俺は『自分の世界へ帰ってったぞ』と答えてやった。
『か、帰る・・・・・。』
『お前のことを信用できなくなったみたいだ。ここにいても鬼神川の下にいた時と変わらないからって。』
『アイツら・・・・・散々面倒見てやったのに・・・・なんという恩知らずな!!』
怒り狂う豊川だったけど、もうコイツには何も出来ない。
仲間を失い、頼りのダキニもアテには出来ず、玉木さんに首根っこを掴まれている。
・・・・一時はどうなるかと思ったけど、なんかアッサリと決着がついてしまった。
《これでもうカマクラ家具は終わりだ。でも大きな問題が残ってる。》
俺は恐る恐る後ろを振り返った。
ムクゲさんが「よしよし」とキツネだか人間だか分からない姿になってしまった課長の頭を撫でている。
「可哀想に。どうやったら元に戻るんだろ。」
課長は何も答えない。
頭からキツネの耳が生え、お尻からもフサフサした尻尾が生え、顔もキツネと人を混ぜたみたいになってしまったんだから、放心状態になって当然だ。
ムクゲさんが化ける術を教えてくれたんだけど、なぜか人間にだけ化けられないのだ。
犬とか猫はいけるんだけど、どう頑張っても人間にはならない。
「マジでどうなってるんだかねえ。霊獣なら人間に化けられるはずなのに。」
よしよしと慰めているけど、課長は心ここにあらずといった感じだ。
耳は垂れ、尻尾も垂れ、遠い宇宙を見ているような目をしている。
それもこれも誤って新薬を飲んでしまったせいだ。
原因は俺。バランスを崩して課長にぶつかってしまうなんて・・・・・。
課長の前に行き、「すいませんでした!!」と土下座する。
「必ず!必ず元に戻る方法を見つけます!この命に代えても!!」
俺はアホだ、マヌケだ、クソ野郎だ!
いったい何をしにここへ来たんだ?
課長を助ける為じゃないのか?
課長の為なら例え火の中水の中、そう誓ったはずなのに、課長自身を火の中水の中に落としてしまうなんて・・・・冴木晴香、一生の不覚である。
「オイ豊川このヤロウ!」
胸ぐらをつかむと、「なにをする!」と手を握られた。
「いあだだだだ!ギブギブ!」
万力で絞められてるみたいなパワーだった。
慌てて手を離すと向こうも離してくれた。
「人間ごときが胸ぐらを掴める相手じゃないぞ!」
目が妖しく光る。
悔しいけど力で訴えるのは無理だ。
俺は「お〜痛てえ」と手首を押さえながら、「どうやったら戻れるんだよ」と睨んだ。
「解毒剤とかねえのかよ?」
「ない。」
「ないって・・・・作っとけよこのヤロウ!間違って誰かが飲んだ時のこと考えなかったのかよ。」
「ああ。」
「なんちゅう奴だ・・・・。」
「あの薬はダキニ様に献上する品だったんだ。人間が誤飲した時のことなど考えていない。」
「じゃあ今すぐ解毒剤を作ってくれ。でなきゃ課長があのままだ。」
「無理だな。」
「なんで!?」
「作れる技術者がいない。」
「・・・・・・あ!」
そういえば薬の開発者はもうここにはいないんだった。
瀞川と安志、あの二人がこの会社の技術者だったから・・・・。
「おい!すぐにあの二人を呼び戻せ!!」
「それも無理だ。」
「なんで?お前だってお稲荷さんなんだろ!だったら・・・・、」
「無理だと思いますよ。」
豊川の代わりに玉木さんが答えた。
「彼らは神道系の稲荷です。豊川は仏教系ですから、無断で彼らのいる世界へ行くことは出来ません。」
「そんな!じゃあ課長はあのままなんですか!?」
「解毒剤を作れる者がいない以上、残念ながら・・・・、」
「どうにか!どうにかあの二人を連れ戻せないんですか!?」
カマクラ家具を潰すことに成功しても、こんな終わり方じゃ納得いかない。
《俺のせいで永遠にこのままなんてことになったら・・・・死んでも詫びきれない!》
課長はずっと放心状態のままで、ムクゲさんに肩を抱かれながらどうにか立っている状態だ。
《チクショウ!俺は・・・・俺はなんてことを・・・・!》
代われるものなら代わりたい!
ガックリ項垂れると、豊川がこう呟いた。
「鬼神川なら・・・・、」
「え?」
「アイツならあの二人を連れ戻せるかもしれない。」
「マジか!」
「アイツは神道系の稲荷だ。瀞川たちのいる世界へ行くことが出来る。ただ・・・・、」
「そっか・・・・まだ可能性があるんだな!だったらすぐにでも・・・・、」
「間抜けめ。」
「なに!?」
「鬼神川がそう簡単に頼みを聞くと思うか?」
そう言われて言葉に詰まる。
「だいたいお前たちは敵だぞ。会った瞬間に殺されるかもな。」
「いいや、こっちには玉木さんがいるから大丈夫だ。ねえ?」
前に鬼神川をボコボコにしてるんだ。なんかあっても玉木さんがいれば・・・・、
「難しいかもしれません。」
予想外のことを言われて、「へ?」と変な声が出てしまう。
「いやいや!だって玉木さんの方が断然強いんでしょ?だったら余裕じゃないっすか!」
「鬼神川はバリバリの武闘派です。頭はそこまで回りませんが、喧嘩にかけては命を張っている。
私に負けたことは大きな屈辱だったはず。だったら次に戦う時の為になんらかの手は講じているでしょう。」
「た、例えば・・・・?」
「そうですね・・・。」
しばらく考え、「他の霊獣の力を借りるとか」と答えた。
「霊獣の中には契約という形で力を与えることが出来る者がいます。」
「契約・・・・それって伊藤と組んでる狼みたいな?」
「ええ。もし鬼神川が狼の霊獣と契約を交わしていたら、今までにないパワーを手に入れているかもしれません。」
「霊獣が霊獣と契約・・・・そんなことがあるんですか?」
「普通では考えにくいことですが、鬼神川ならやるでしょう。例え大きなリスクが背負ってでも。」
「マジっすか・・・・。」
玉木さんがここまで言うなら、本当にあり得ることなんだろう。
だからって諦めるわけにはいかない。
「俺、鬼神川んとこに行ってきます!」
豊川が「無謀だな」と笑う。
「ノコノコ行っても殺されるだけだ。だいたいアイツが今どこにいるかも知らんのだろう?」
「どこってカグラだろ?」
「・・・・・・。」
「教えてくれよ。お前なら知ってるんだろ?」
「知らんな。」
「ウソつけ。お前みたいなタイプは出来るだけ情報収集しようとするんだ。ウチの会社にも似たような奴がいるからな。」
豊川の蛇みたいな陰湿な目つきは草刈さんに似ている。
彼は人の粗を探すのが仕事みたいなもんだから、暇さえあれば情報収集しているんだ。
そのせいで社長時代は何度ケツを蹴飛ばされたことか。
「言えよ、鬼神川はどこだ?」
「知らん。」
「別に教えてくれたっていいだろ。」
「知らんもんは知らん。」
「あっそ。」
俺はポケットを漁り、ビニールの小袋を取り出した。
「実はさ、あと一個だけ残ってんだよね。」
目の前で袋を振ると、「新薬!」と叫んだ。
「寄越せ!」
「おっと。」
「それは我社の物だ!」
追いかけようとしてくるけど、玉木さんに引っ張られて「ぐひ!」と悲鳴をあげていた。
「これはダキニに献上する品だって言ってたよな?」
「そうだ!そいつがないと俺はどうなるか・・・・、」
「なんだお前?何かやらかしたのか?」
「いや、そういうわけではないが・・・・、」
「ていうかダキニはこの会社を見捨てたんだ。てことはお前も見捨てられたわけだから、今さら焦ることもないだろ。」
「私まで見捨てられたとは限らない!その薬があれば・・・・、」
「ほう、てことはダキニは相当こいつを欲しがってるってことだな?もしかしてこの薬ってダキニに命令されて作ってたのか?」
「貴様に教える義理はない。」
「まあいいけどさ、こいつが必要なことに変わりはないんだろ?だったら取り引きしよう。」
「取り引きだと?」
「鬼神川の居場所を教えてくれたらこれやるよ。」
そう言って目の前に振って見せると、明らかに顔つきが変わった。
「本当に言ってるのか?」
「ウソは言わない。」
「なら薬が先だ。それと玉木をどかせ。」
「いいや、居場所を教えるのが先だ。」
「ダメだ。薬が先だ。」
「ふう〜ん・・・そういうこと言うんだ。」
俺はライターを取り出し、ビニール袋に近づけた。
「おいよせ!」
「だって教えてくれないんだろ?だったら持ってても仕方ないし。」
「早まるな!」
「じゃあ教えてくれる?」
「ぐッ・・・・、」
「はい燃やしま〜す。」
「待て待て待て!」
慌てて首を振りながら、「教える!」と叫んだ。
「奴はカグラにいるはずだ。」
「やっぱり。最初からそう言えよ。」
「いるにはいる。ただし地下にある鳥居の向こうだ。」
「鳥居の向こう・・・・?それってさ、グニャっと空間が歪んで、どっかに消えちゃうみたいな感じのやつか?」
「ああ。稲荷は鳥居を潜ることでワープできるんだ。瀞川と安志もそうやって稲荷の世界へ帰っていったはずだ。」
「この目で見たよ。」
「鬼神川も稲荷だから同じことが出来る。カグラの地下三階には大きな鳥居があってな、その先は別の場所へと繋がっているんだ。」
「てことは鬼神川も稲荷の世界へ帰っちゃったってことか?」
「いや、あそこの鳥居は稲荷の世界には通じていない。」
「じゃあどこ?」
「リングだ。」
「リング?」
「ああ、格闘技のな。」
「・・・意味分かんないぞ。」
格闘技のリングって・・・・なんでそんなモンが鳥居の先にあるんだ?
からかってるのかと思ったけど、玉木さんは「なるほどね」と頷いた。
「思う存分暴れられる場所を用意してるってわけね。」
「そういことだ。アイツはバリバリの武闘派だからな。獲物をそこへ誘い出して、タイマンで仕留めるのが趣味なんだ。
しかもあの場所は鬼神川に有利な仕掛けになっているらしい。」
「らしいって曖昧だな。行ったことないのか?」
「瀞川と安志から聞いただけだ。しかしあの二人が言うなら間違いないだろう。ずっと鬼神川に従ってたんだ、奴のことはよく知っているはずだ。」
「ううん・・・格闘技のリングねえ。」
そんな場所にいるってことは、誰かと戦ってるんだろうか?
ていうそこへ行ったら俺も戦わなきゃいけないんじゃ・・・・。
「迷うならやめておくことだ。鬼神川は甘くない、奴はすでに人間と同じくらい残酷に成り下がっている。話など聞いてもらえないだろう。」
「・・・行くよ。行かなきゃいけないんだ。」
俺の後ろでは課長が悲しんでいる。
今はまだ放心状態だけど、そのうち感情が戻ってきて、あんな姿になってしまったことに絶望するだろう。
《迷うことなんかあるか!冴木晴香、命を懸けて元に戻してみせる!!》
課長のところに走り、「待っていて下さい」と言った。
「不肖、冴木晴香!必ず人間に戻してみせますから!」
放心状態の課長の耳に届いているかどうかは分からない。
だけどこれは約束しなきゃいけないことなんだ。
「ムクゲさん、俺が戻るまで課長をお願いします。」
ペコリと頭を下げ、部屋を出て行こうとした。
「おい待て!」
豊川が腕を掴んでくる。
「薬を寄越せ!」
「え?ああ・・・そうだったそうだった。」
ビニール袋から取り出し、「ほい」と渡す。
豊川はマジマジと見つめながら、「貴様・・・・」と唸った。
「騙したな!」
「ん?」
「惚けるな!これは新薬とは違うじゃないか!」
カンカンになりながら薬を握りつぶす。
「そうだよ。」
「なッ・・・・、」
「それただの胃薬。社長時代はしょっちゅう胃が痛かったから、持ち歩くクセが付いちゃって。」
「ならやっぱり騙したんじゃないか!」
「だってそれが新薬だなんて一言も言ってないし。」
「何を言う!実はあと一個だけ残ってると言ったではないか!」
「うん、だから胃薬があと一個だけ残ってたんだ。」
「そんな屁理屈が通ってたまるか!」
「屁理屈もなにもお前が勝手に勘違いしたんだろ。新薬はこっちね。」
もう片方のポケットから薬を取り出す。
「寄越せ!」
「イヤだね。」
「この腕握りつぶすぞ。」
「別にいいけど・・・・やったら玉木さんに頭を潰されると思うぞ?」
彼女の手は豊川の頭を掴んでいる。
ミシミシっと握られて、「痛だだだだだああ!」と悲鳴をあげていた。
「こんな物騒な薬、一粒残らず処分してやるよ。」
そう言い残し、部屋を後にしようとした。
すると玉木さんが「いいんですか?」と尋ねてきた。
「一人で行くなんて自殺行為ですよ?」
「普通ならそうかもしれないですね。」
「なにか勝算でも?」
「ええっと・・・まあ一応。」
新薬をビニール袋に入れ、ポケットにしまう。
玉木さんは「なるほど」と頷いた。
「しかし霊獣になったからといって勝てる相手ではありませんよ。」
「分かってます。けど人間のまま挑むよりかはマシかなあって。それに・・・・、」
課長を振り返り、「大事な人を一人にさせたくないんです」と答えた。
「もし・・・もし仮にだけど、瀞川と安志が解毒剤を作れなかった時、課長はある意味一人になっちゃいます。俺、それだけは嫌なんすよね。」
「だから薬を飲んで自分も同じになると?」
「俺なんかがたった一人の仲間じゃ悲しみは埋まらないだろうけど、一人だけあんな姿のままにはさせられません。
元はといえば俺のせいだし。だからまあ・・・なんて言うんすかね、こうすることくらいでしか責任取れないかなあって。」
そう言ってから「もちろん万が一の話っすよ!」と補足した。
「ぜったいに課長を元に戻します!だから行ってきますよ、鬼神川んとこ!」
限りなく低い勝算だけど、やるっきゃないのだ。
しかし玉木さんは「100パーセント無理です」と言った。
「鬼神川はそんなに甘い相手じゃない。一人で行くなんて自殺と変わりません。」
「でも行かないわけには・・・・、」
「行くなと言ってるんじゃありません。私も一緒に行くと言ってるんです。」
「え?来てくれるんすか?」
「もちろんです。」
「でも豊川はどうするんすか?目え離したら何するか・・・・、」
「こうします。」
ガシっと豊川の顔を掴み、正面から睨む。
玉木さんの目が紫に輝き、豊川は「はえあ!」と悲鳴をあげて崩れ落ちた。
「金縛りをかけておきました。数時間は動けないでしょう。」
「・・・・・・・。」
ピクピクと痙攣する豊川。かろうじて呼吸はしてるけど、白目を向いて泡を吹いていた。
《金縛りっていうより呪いに近いような気が・・・・・。》
でもまあ・・・これなら大丈夫だろう。
こいつさえ役立たずにしておけば、カマクラ家具も悪さは出来ないだろうから。
《玉木さんが一緒なら心強い!鬼神川、ぜったいに言うこと聞かせてやるからな。》
そう気合を入れていると、「あの〜・・・」とムクゲさんがやって来た。
「こっちも一緒に行っていい?」
「ムクゲさんもですか?危ないからやめた方がいいですよ。ていうか課長のことをお願いしたいんですけど・・・・、」
「うん、だから彼女も行きたいって言ってるの。」
「へ?」
ムクゲさんの後ろから課長が出てきて、フサフサの尻尾を揺らした。
「私だけ置いてけぼりにするつもり?」
「いや・・・・置いてけぼりとかそういうことじゃなくて・・・・、」
「さっきも言ったよね。君だけ危険な目には遭わせないって。」
「課長・・・・気持ちは嬉しいですけど、一緒に行くのはやめた方が・・・・、」
「私も行く。行きたい。」
「でも危ないですから・・・・、」
「待ってるだけなんて嫌なの。我慢して、自分を押し殺して、そうやって今まで生きてきた。でもそういうのはもうウンザリ。」
ピンと耳を立て、唸るように牙を剥く。
「あ、あの・・・・課長?」
「みんな勝手よ。カグラも、カマクラ家具も、稲松文具だって。」
「なんか怒ってらっしゃいます・・・・?あ、でも怒って当然ですよね!だって俺のせいでそんな姿になっちゃったんだから・・・・、」
「気遣わなくていい!」
物凄い声で叫ぶ。ていうか雄叫びに近かった。
「父が絡んでるんでしょ?」
「はい・・・・?」
「冴木君がここへ来たこと、父がそうさせたんでしょ?」
「いや、決して会長はそのようなことは・・・・、」
「いいのよ、分かってるから。冴木君が社長を追われたのだって、裏ではきっと父が絡んでるはず。君に出会ってからどんどん変わっていく私が許せなかっただろうから。」
「課長・・・・・。」
「気遣わなくていいよ。きっとそうなんだろうって疑ってたから。問い詰めても白状はしないだろうけど、私はそう確信してる。」
眉間に皺を寄せ、さらに牙を剥く。
その顔は獰猛な獣そのものだった。
「ねえ冴木君。」
「は、はい!」
「この事件が終わったら、私は今までよりももっともっと本気で上を目指すわ。
そうしないといつまでも父に縛られたままだし、稲松文具グループだって変わらない。
いつかまた大きな事件が起きて、傷つく人が出てきて、その繰り返しになるはず。」
力強い目で言いながら、自分の姿を見てクスっと笑う。
「最近弱気になってたけど、なんかもう吹っ切れたわ。こんな姿になっちゃって、細かいこと気にするのが馬鹿らしくなってきた。」
「そ、そうですよ!細かいことなんてどうだっていいんです!その時その時やるべきことをやればいいんですよ。」
元気づけるつもりでそう言ったら、「冴木君にアドバイスされるほど落ちぶれてないわ」と返された。
「あ、いや!そういうつもりじゃなかったんですけど・・・・・、」
「仲間は大事にしたい。でも今までみたいに必要以上に気遣うのはやめにする。これからはそう優しくしないから覚悟しといてね。」
そう言って「まずはこんな姿になった責任を取ってもらわなきゃ」と睨まれた。
「も、もちろんですよ!ええ!」
「そうよね、もちろんよね。取って当然の責任。だからそれだけじゃ足りないわ。」
「・・・と、言いますと?」
「私の右腕になって。」
「はい?」
「いつも言ってるじゃない。私の為なら例え火の中水の中って。」
「冴木晴香、課長の為なら命を懸けますよ!」
「前は君が社長になった。だから今度は私が社長を目指す。父に与えられる日を待つんじゃなくて、自分の力で勝ち取るわ。
その為に私の力になって。でもって社長になったあかつきには秘書をやってほしい。」
「ひ、秘書・・・・?」
「イヤ?」
「いやいやいや!とんでもない!!課長の力になれるのなら喜んで!!」
「ほんとに?」
「ほんとです!」
課長はじっと俺の目を見つめてくる。
それは試すような眼差しだった。
「あの・・・・・、」
「迷いがある。」
「ええ!?そんなことないですよ!」
「いいのよ別に。すぐに答えを出さなくても。まずはこの事件を終わらせよう。答えはその時に聞かせて。」
課長は堂々と歩いて部屋を出ていく。
さっきまで放心してたのがウソみたいだ。
「あらあ、強くなっちゃったわねえ。」
ムクゲさんにポンと肩を叩かれる。
「君さ、あの子に惚れてるんでしょ?」
「ええっと・・・はい。」
「だったら前途多難ね。」
「な、なんでですか・・・・?」
「一皮むけて逞しくなった女ってね、そこいらの男じゃ相手になんないから。君も彼女に負けないように強くなんないとね。」
ニヤっと笑い、部屋を出ていく。
すると玉木さんまで「ムクゲの言う通りです」と頷いた。
「冴木さんと北川さん、今のままでは上手くいかないかもしれません。」
「そんな!俺は課長の為だったらどんなことだって力になって・・・・、」
「それがいけないんです。」
「え?」
「彼女は気づいているんでしょう。冴木さんの中には自分と同じか、それ以上に強い野心と情熱があることを。
なのに彼女の右腕になることを選んだら、一生仕事上のパートナーのままです。それは果たしてお互いに望む未来かどうか・・・。」
「望む未来・・・・。」
「彼女は以前の自分を捨てる決心をしました。自分の思い描く未来を実現させる為に。
きっと冴木さんにもあるはずですよ。何かを捨ててでも手に入れたい未来が。だったら本当に彼女の右腕でいいんですか?」
意味深なことを言い残し、部屋から出ていく。
なんか・・・・なんだろう?
俺だけ置いてけぼりにされたみたいでモヤモヤする。
「・・・・まあいいか。今はそんなこと悩んでる場合じゃない。」
取りあえずは目の前のこと。
鬼神川よ、この手でぶっ飛ばして言うこと聞かせてやるからな!

雨一色

  • 2019.04.29 Monday
  • 11:39

JUGEMテーマ:

降り出した雨から逃げるように

 

道の駅へ駆け込む

 

海は煙り 水鳥たちが滲んだ点に変わっていく

 

二階から漂っていた焼き魚の匂いさえ雨に奪われていく

 

夕立は激しさを増し

 

視界も音も雨一色に塗りつぶされて

 

日曜日は露のように消え去った

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第三部 第二十一話 変貌(1)

  • 2019.04.29 Monday
  • 11:02

JUGEMテーマ:自作小説

男、冴木晴香25歳。
今この瞬間、ある意味でもっとも男らしく輝いているかもしれない。
なぜならこの身をもって最愛の女神を助けることが出来たのだから。
「冴木君・・・・。」
課長が悲しそうな目でこっちを見ている。
普段の俺なら笑顔を返しただろう。
大丈夫、心配しないで下さいと。
でも今は違う、俺は切腹を待つ武士のごとく、凛々しい表情を崩さなかった。
ここはカマクラ家具の地下室、特別開発室という部署で、薬の研究を行っているのだ。
俺の周りには三人の幹部が立っている。
豊川、瀞川、安志。
俺を接待漬けにして、社長の座から引きずり下ろしてくれた憎き野郎たちだ。
課長はまた「冴木君」と呟く。
俺の方へ走って来ようとしたが、「おっと」と豊川に掴まれていた。
「貴女はもう実験材料ではないんですよ。関わらない方がいい。」
「離して!なんでこんなこと・・・・、」
眉間に皺を寄せながら唇を噛む。そして「ごめん・・・・」と言った。
「私がドジだから・・・また冴木君をこんな目に・・・・。」
俺は黙って首を振る。
手は後ろで手錠を掛けられ、足首にも手錠が掛かっている。
怪しげな薬品や研究機材が並ぶいかにも薬の実験室みたいな部屋の端、モルモットみたいに檻に入れられていた。
・・・・俺は悔しかった・・・腹が立っていた・・・・。
俺がこんな目に遭うのはいい。
何が許せないって、ついさっきまでは課長がこんな目に遭っていたことだ。
ダキニの提案に乗って、俺はカマクラ家具へとやって来た。
課長と俺の身柄を交換する為だ。
この身で課長が助かるなら喜んで差し出そう!
そう思ってこの部屋に入った時、課長は怯え切った目をしていた。
そして俺を見るなり『冴木君!』と驚いていた。
それから数分後、こうして課長と入れ替わることが出来たわけだ。
今の俺はどうしようもないピンチだが、課長の身代わりになれるなら文句はない。
その昔、武士は名誉を重んじて腹を切ったという。
だったら俺もそうするだけだ。
課長の為なら火の中水の中、いつも言ってることはウソじゃない。
「えらく大人しいな。」
豊川は安志に課長を預け、檻の前まで歩いてくる。
「冴木さん、これから自分が何をされるか分かっているんですか?」
ねちっこい陰湿な目が笑っている。
俺は無言で睨み返してやった。
「ここは薬の実験を行う場所です。そして貴方はモルモットだ。この意味が分かりますね?」
「・・・・・・・・。」
「脅しで言ってるんじゃないですよ。この部屋に入る前に説明したはずですから。」
分かってるよバカ野郎と、胸の中でなじってやる。
カマクラ家具へ来た時、瀞川と安志が出迎えられた。
そして『どうぞこちらへ』と専務室に案内された。
高そうな調度品が並び、窓からの見晴らしもいい部屋だった。
『どうぞ』とソファに手を向けられたけど、座って話す気にはなれなくて、立ったまま睨みつけていた。
『そんな目えしないで下さい冴木元社長。というより・・・・ほんとに来てくれるとは思わなかった。』
瀞川は意外そうな顔で笑っていた。
『こうもあっさり人質の交換に応じてくれるとは。アンタがあの女に惚れきっているというのは本当のようだな。』
脂ぎった顔を近づけながら言うので、『蒸し暑いんだよ』と言い返してやった。
『お前の話なんか聞きに来たわけじゃねえ。さっさと課長を解放しろ。』
『まあまあ、そう言わずに。』
瀞川は隣に立つ安志に目配せをした。
するとポケットから透明な小袋に入った錠剤を取り出した。
瀞川はそれを受け取り、『ウチで作ってる新薬だ』と言った。
『でもまだ完成してなくてな。最後に人体実験が必要なんだ。』
『人体実験だと!!』
まさか課長でやるつもりだったのか・・・・。
そう思うと一瞬でキレてしまった。
『テメエこの野郎!!』
掴みかかろうとすると、一緒に来ていた玉木さんとムクゲさんに止められた。
『やめなさい。』
『どうどう。』
『でも・・・・・、』
『今は話を聞く。』
『怒る気持ちは分かるけど、こういう時にキレたら負けも同然よ。』
『・・・・・・クソ!』
グっと怒りを飲み込み、『実験ってどういうことだよ?』と尋ねた。
『実験は実験だ。動物実験は散々繰り返したんでな、最後の仕上げに人体実験が必要なのさ。』
『それ、どういう薬なんだよ。』
『教える気はない。』
『んだとお・・・・、』
『気に入らないなら帰ればいい。実験体はアンタでも北川翔子でも構わないんだからな。』
何度もカチンとさせる奴だ!
いい加減一発くらいブン殴ってもいいんじゃないかなと熱くなった。
『ダキニは?』
玉木さんが前に出る。
『人質の交換はアイツの提案でしょ?どこにいるの?』
『さあね、俺たちも知らないもんで。』
『・・・・・・・。』
『あの御方は仏教系の稲荷でしょ。俺と安志は神道系なモンでね。直接の連絡はもらってないんですよ。』
『なら豊川・・・・エボシの奴なら知ってるってことね。』
『かもね。ただいくら聞いても口は割らないでしょうよ。』
『ダキニの居場所を知りたいわけじゃないのよ。どうして人質の交換なんて申し出たのか?それを知りたいの。』
『なにか不満でも?』
『大アリよ。実験体はどっちでもいいっていうなら、人質の交換なんて必要ないはず。なのにこんな提案をしてきたってことは、なにか思惑があるんでしょ?』
『俺たちに聞かれても。』
『ならエボシを呼んで。断るならここで暴れたっていいのよ。』
玉木さんの目が紫に光る。瀞川は『おっと・・・』とおどけたように後ずさった。
『そういうのはやめて下さいよ。暴れて困るのはそっちでしょうに。』
『・・・・・・・。』
無言で詰め寄っていく玉木さん。
一瞬だけ顔が猫のように歪んで見えた。それもおっかない化け猫みたいに。
『ちょッ・・・・あんた本気か?』
ビリビリと殺気が溢れていた。
腰が引ける瀞川だったが、その時ドアが開いて豊川が入ってきた。
『私の部屋にまで殺気が漏れていますよ。本気で暴れるつもりですか?』
玉木さんを睨む豊川だったが、逆に睨み返されて『どうやら本気のようですね』と首を振った。
『いいでしょう。人質を交換する理由をお話します。でも・・・・聞かなきゃよかったと思うかもしれませんよ。』
そう言ってベテラン漫才師にたいにペラペラ喋りだした。
そして・・・・俺は後悔したんだ。聞かなきゃよかったって。
なぜならこの話を聞いて一番傷つくのは課長だからだ。
だからぜったいに黙っておこうと決めた。
これがついさっきまでの経緯だ。
・・・・体育座りをしないと窮屈な檻の中、目の前に立つ豊川にこう言ってやった。
「余計なお喋りはいらねえ。実験でもなんでもとっととやれよ。」
これ以上課長を傷つけたくない。
早く安全な場所へ逃げて、全てを忘れて日常に戻ってほしかった。
「分かりました。冴木さんの気持ちを汲んで、さっさと実験をさせてもらいましょう。」
豊川は「その女を一階に連れて行け」と言った。
「ロビーにたまきがいるはずだ、預けてこい。」
安志は頷き、課長を引っ張っていく。
「冴木君!」
俺は課長を振り返らなかった。
俺のことなんて気にせずにすぐに逃げてほしい。
部屋から連れ出されるまで、何度も「冴木君!」と叫んでいたけど、一度も顔は見ないようにした。
《課長・・・・俺のことは忘れて下さい。そしてすぐに会長の目の届かない場所まで逃げて下さい。》
課長は以前から自由を望んでいた。
生まれてからずっと籠の中の鳥みたいで、それが嫌だからって。
でも会長は娘を溺愛していて、ずっと目の届く所に置いておきたいのだ。
そしてなにより、代々北川一族が仕切ってきた稲松文具を引き継いでほしいと願っている。
本当なら兄である隼人という人が継ぐはずだった。
でも二年前に起こしたある事件がキッカケで、今は廃人のようになってしまった。
だからこそ会長はぜったいに課長を手放したくないのだ。
娘を守るなら・・・・っていうより、自分の手元に置く為ならなんでもする。
その為には社長だった俺も失脚させるし、霊獣とだって手を組む。
今回の事件、ウチの会長が大きく関わっているということを、豊川から聞かされた。
人質の交換だって、本当はダキニからの提案なんかじゃなくて、会長からダキニに頼んだだけなのだ。
『娘を助けてほしい』と。
ダキニは『人質を交換すればいい』と返したそうだ。
そこで選ばれたのが俺だった。
稲松文具の前社長であり、今回の事件にも大きく関わっている俺なら、北川翔子と交換する価値がある。
豊川たちも頷くだろうと。
別に俺が課長の身代わりになるのはいい。
問題なのは会長だ。
ここへ来てあの人の名前が出てくるとは思わなかった。
《俺の失脚を企んだのは葛ノ葉公子じゃなくて、会長だったなんて・・・・。》
課長が変わり始めたのは俺と出会ってからである。
俺を見ているうちに、父親の用意した籠の中で生きていくことに強い疑問を感じて、一度は稲松文具を離れた。
でも色々あってまたすぐに戻って来るんだけど、会長はもう二度と娘を手放したくなかった。
だからシンガポールへ行かせたのだ。
俺と引き離す為に。
あの頃、俺は社長だった。それ以前の冴えない平社員とはわけが違う。
課長は親身になって俺をサポートしてくれた。
志も同じだったし、俺が社長を続けられるようにって、自分の時間を削ってまで力を貸してくれたんだ。
でもそれが会長にとっては面白くなかった。
このままじゃいつか手の届かない所に行ってしまうかもしれない。
そして今度は戻ってこないだろう。
下手をしたら、冴木なんていうどこの馬の骨とも分からない男とくっ付くんじゃないか。
そう危惧した。
俺が一番嫌なのは、課長がこの事実を知ってしまうことだ。
・・・・豊川は言った。聞いて後悔するぞって。
でも俺は豊川の考えとは別の意味で後悔しているんだ。
豊川はこう思ったはずだ。
会長がお前を疎ましく思っている。それはつまり北川翔子と結ばれることはないのだと。
まあこうして実験体になってる時点でもう無理なんだけど。
何度も言うけど、俺はどうなってもいい。
問題は・・・・問題は課長なんだ!
この事実を知ってしまったらきっと傷つく。
自分はどうやっても父の目から逃れられないんだって。
一生の籠の中で過ごさなきゃいけないんだって。
あんなに求めた自由な世界は永遠にやってこない。
そんな事実は知ってほしくない!
それになにより落ち込むはずだ。
稲松文具を巻き込んだ大きな事件は、今までに二回あった。
その度に俺が危険な目に遭い、時には死にかけたこともある。
課長はその度に自分を責めていた。
冴木君一人に全てを背負わせて、冴木君一人に傷を負わせてって。
あの人は本当に優しい人なんだ。だから家族や仲間が傷つくと、まるで自分が傷ついているみたいに痛みを感じている。
俺はもうすぐ薬の実験に使われ、生きて帰れるかどうかも分からない。
仮に生きて帰れたとしても、無事ってわけにはいかないだろう。
その時、課長はまた自分を責めるはずだ。
今までで一番強く。
父が自分を手元に置きたいっていう理由だけで、冴木君が酷い目に遭ってしまった。
その原因は自分にある。自分が自由な外の世界なんて望まなければ・・・・。
そうやって俺の為に痛みを感じるはずなんだ。
これは自惚れなんかじゃない。
課長はそういう人なんだ。
もし俺じゃなくて、箕輪さんや美樹ちゃんが同じ目に遭ったとしても、ぜったいに自分を強く責めるだろう。
優しい人ほど傷つきやすくて、優しい人ほど自分を責めてしまう。
課長はただでさえ疲れているのだ。
色んな嫌味に晒されたり、忙しすぎる仕事のせいだったり。
なにより俺が賄賂なんて受け取っていたから余計に参っている。
俺が社長になることを応援して、社長になったあともサポートしてくれた人だ。
だから俺の賄賂には自分にも責任があると感じている。
シンガポールになんて行かずに、傍で見ていればこんな事にはならなかったはずだって。
そこへ来て今度は会長のせいで俺が薬の実験に使われる。
その事実を知ったらもう堪えきれないだろう。
血を流すほど自分の心を叩き、限界を超えてパン!と弾けてしまう。
もしそうなったら、兄と同じ廃人にだってなりかねない。
俺は・・・・俺はそんな未来だけはぜったいに嫌だ!
課長の為なら例え火の中水の中!この身をもって課長の心を守れるなら、望んで実験体になってやる!!
「さすがは大企業の社長にまでなった人ですね。こんな状況なのに微塵も怯えを見せないなんて。」
豊川が檻に肘を付きながら覗き込む。
「そこまで大人しいなら手錠も檻も必要ありませんでしたね。」
「ウダウダうるせえよ。とっとと実験でもなんでもしやがれ。」
「言われなくても。」
スマホを取り出し、誰かを呼んでいる。
数分後、瀞川と安志が戻ってきた。
「北川翔子は?」
「たまきに預けた。」
瀞川が答える。
「あの猫神は大人しく帰ったのか?」
「ああ。」
「ならいい。このガキ使ってすぐに薬を完成させろ。もうダキニ様がお戻りになっているんだ。モタモタしてたら俺の首がすっ飛ぶ。」
瀞川と安志が白衣に着替える。
そして軽々と檻を持ち上げ、奥にあるドアへ運ぼうとした。
「なあ?」
瀞川は足を止め、「ダキニには話を通してくれてるんだよな?」と尋ねた
「薬を完成させたら、俺たちを重臣として迎え入れてくれること。」
「もちろん。」
「その割にはダキニに会わせてくれないよな?もう戻って来てるんなら一度くらい顔合わせを・・・・、」
「薬が出来たら会わせてやる。」
「・・・・言っとくが裏切りは無しだぞ。俺たちは鬼神川に懲りてこっちに来てるんだ。ここでまた裏切りに遭ったら行くアテがなくなる。」
「心配するな。きちんと話は通してある。ダキニ様も了承済みだ。」
「いいか?もし俺たちを裏切ってみろ、自暴自棄になって何をするか分からんからな。」
凄む瀞川と安志。
豊川はクスっと肩を竦め、さっさと行けという風に手を振った。
「・・・・・・・。」
瀞川の顔は疑心に満ちたままだ。
安志に目配せをしたかと思うと、「分かった」と笑顔になった。
「お前を信じよう。」
「ならさっさとやれ。」
そう言い残し、豊川は出て行った。
いよいよ実験体にされる。
正直言って恐怖はある。でも表には出したくなかった。
極力ポーカーフェイスを気取っていると、ドスン!と檻を落とされた。
「痛ッ・・・・、」
なにしやがる!って怒鳴ろうとしたら、安志が檻に手を駆け、いとも簡単にグニャってこじ開けてしまった。
そしてヒョイっと俺を持ち上げて、手錠までブチ!っと千切ってしまう。
檻と手錠をクシャクシャに丸め、ボールみたいにしてからポイっとゴミ箱に投げ捨てた。
物凄い音を立ててゴミ箱はクラッシュ。
安志は「ふん!」と鼻息を荒くした。
「どうする?」
瀞川に何かを尋ねている。すると「どうもこうもあるか」と言った。
「豊川・・・・いや、エボシめ。鬼神川と同じだアイツは。俺たちを利用してダキニに媚びを売るつもりだ。」
「じゃあやっぱり裏切られる?」
「だろうな。仮にダキニの家臣になったとしても、重臣ってのは無理だろう。エボシにいいようにコキ使われるだけだ。」
「それじゃ鬼神川の下にいた時と変わらない。」
「そうだ。もうあんな思いはまっぴらゴメンだ。人間の世界へ来たら良いことがあるって言うからついて来たってのに・・・このザマはない。」
「管も切り捨てられたしな。」
「もう消されたろうな。あんなに会社に尽くしていたのに・・・・不憫な男だ。」
「管と同じにはなりたくないぞ。」
「ああ、もう裏切りに遭うのはゴメンだ。そろそろ潮時なのかもしれんな。」
「稲荷の世界へ帰るのか?」
「それしかないだろう。いったいなんの為にこっちで頑張ってきたのか虚しくなるが・・・・。」
お互いにため息をついている。
そして白衣を脱ぎ捨て、ドアを開けて奥の部屋へ消えようとした。
「あの!ちょっと待って。」
追いかけると「なんだ?」と睨まれた。
「お前ら豊川と手を切るつもりか?」
「ああ。」
「てことは・・・・俺はどうなんの?」
「知るか。」
「もう興味はないってことだな。じゃあ逃げようが何しようが自由なんだ?」
「好きにすればいい。」
「あっそ。んじゃこれで。」
まさか無事に解放されるとは思ってもいなかった。
予想外のもうけもんって感じで、もうこんな場所に用はない。
でも一つ気になることがあって「なあ?」と振り返った。
「いっこ教えてほしいんだけど。」
「なんだよ?」
けっこうイラついてる。早く自分たちの世界に帰りたいんだろうけど、その前に答えてもらわなきゃいけないことがある。
「ここで開発してる新薬ってさ、どんな薬なんだよ?」
「さあな。」
「もうお前らには関係のないことだろ?教えてくれよ。」
「なら飲んでみりゃあいいだろ。」
クイっと安志に目配せをすると、ポケットから小袋に入った錠剤を取り出した。
見た目はなんの変哲もない薬だ。真っ白で丸くて、胃腸薬だとか言われたら信じてしまうだろう。
「やるよ。」
ポイっと投げ寄越す。
自分で飲めって言われても・・・・なあ。
「元々実験体になるつもりだったんだろ?なにをビビってんだ。」
「もう自由の身だからな。課長の為だから腹括ってたんだ。そうじゃなきゃこんなモン飲みたくねえよ。」
「自分のことより惚れた女の方が大事か。ご立派だな。」
ゲラゲラ笑っている。
俺は「るっせえ」と返してやった。
「もうお前ら帰るんなら、ここの薬全部好きにしていいんだよな?」
「ああ。」
「でもあれだな、今まで鬼神川や豊川の下で頑張ってきたのに、こうもあっさり諦めるなんて不思議な気がする。もしかしてまだ何か企んでるんじゃないのか?」
「だったらお前を解放したりしない。もういい加減こっちの世界にはうんざりしてきたんだよ。」
「うんざり?」
「人間の世界は刺激があって楽しいが、その分疲れた。鬼神川だってこっちへ来るまではもうちょっとマシな奴だったんだ。
それが長いこと人間の世界にいたせいで、人間病にかかっちまったらしい。」
「なんだよ人間病って。」
「そのまんまの意味だ。人間みたいに狡猾で欲深い奴になっちまったってことさ。」
「なに言ってんだ、お前らだって散々なことしてるクセに。」
「人間ほど汚れてるつもりはない。もし俺たちが人間だったら、もっと残忍で狡猾な手を使ってでも目的を達成しただろう。
だがそんなことをしたらお前ら人間と同レベルまで落ちてしまう。」
「腐っても神様のはしくれってわけか?だったらもっと早いとこ自分の世界へ帰ればよかったのに。」
「・・・・・そうだな、今となっては後悔している。」
クルっと背中を向け、奥の部屋へ消えていく。
「そっちも研究所みたいな感じか?」
「ああ。」
覗いてみると、たしかに色んな薬品や実験機材のような物があった。
空っぽの檻がいくつも並んでいて、あそこに実験体の動物が入れられていたんだろうか。
動物好きの課長が知ったらきっと悲しむ。
「新薬はそこに保管してある。」
瀞川が指さした先には金属製の棚があって、ロッカーみたいに一つ一つに鍵がついていた。
「左端のA-3って棚だ。鍵は白衣の中にある。」
「A-3ね。ちなみに他の棚には何が入ってんだ?」
「空だ。霊獣の骨や他の薬が入ってたんだが、全部研究て使っちまったからな。」
そう言い残し、棚とは反対側にある小さな扉を開けた。
中には赤い鳥居が飾ってあって、なんともいえない不気味な気配を放っている。
「なんだそれ・・・?ちょっと怖いんだけど。」
「玄関みたいなモンだ。」
「玄関?なんで鳥居が玄関なんだよ?」
「さっきからうるさいなお前は。子供じゃないんだから質問ばっかりするな。」
「そんなの見たらするだろ普通・・・・。」
イライラが頂点に達しているみたいだ。
あんまり怒らせちゃマズい。
俺がさっきの檻みたいにクチャクチャに丸められるかもしれないからな。
「じゃあ帰るか。」
「ああ。もう二度ととこっちへ来ることもないだろう。」
そう言った瞬間、二人は巨大なキツネに変わった。
尻尾が何本もあって、輝くような毛並みをして、トラかライオン・・・・いやそれ以上にすごい爪と牙をした獣だ。
《これがお稲荷さん・・・・・。》
呆気に取られてしまう。
言葉を失っていると、二人共とも小さな鳥居の中に飛び込んだ。
「あ、おい・・・・、」
まるでSF映画みたいに空間が歪み、一瞬で消えてしまった。
「ウソだろ!」
俺も鳥居に手を伸ばす。
でもさっきみたいに空間は歪まなかった。
頭を突っ込んでも、ただ鳥居の向こうの壁が見えるだけ。
いったいどうなってんだ・・・・。
《さっきのがお稲荷さんの本当の姿なのか。だとしたら俺ってとんでもないモンと争ってるんだな。》
瀞川が言った言葉を思い出す。
もし俺たちが人間だったら、もっと残酷で狡猾な手を使っただろうって。
《あいつらが人間病ってのに罹ってたらと思うと・・・・ゾっとするな。いや、すでにかかってる奴がいるんだった。》
鬼神川を想像して身震いする。
アイツは瀞川たち以上に強いのだ。
《こんなのマジで俺たちだけでどうにか出来るのか?自衛隊にでも任せた方がいいような気がするな。》
ちょっと弱気になってしまう。
でも「いやいや!」と気を取り直し、アイツらが着てた白衣を拾った。
ポケットの中には幾つも鍵が入っていて、小さな輪っかで束ねられていた。
「ええっと・・・・たしかA-3だったよな。」
鍵の一つ一つに番号が貼ってあるので分かりやすい。
ちょっと緊張しながら鍵を挿し、ガチャっと回した。
そして棚を引っ張ると、さっきもらった新薬と同じ物が詰まっていた。
風邪薬みたいな瓶に小分けされている。
「ざっと見ただけでも1000錠はあるな。」
瓶を手に取り、一粒取り出す。
その時だった。
「冴木君!」と誰かが駆け込んできたのだ。
「か・・・課長!!」
勢いよく走ってきて俺の手を掴む。
「逃げたんじゃなかったんですか!」
「一人で逃げられるわけないじゃない!君だけに辛い思いなんかさせないわよ!!」
そう言って「大丈夫?何もされてない?」と心配そうに揺さぶられた。
俺は大丈夫ですと答えようとしたけど、あまりに揺さぶられるもんだから、手から薬が落ちてしまった。
拾おうとした瞬間、課長が「これは・・・・」と腰をかがめた。
「あ、触らない方が・・・・、」
俺も腰をかがめる。
けど膝が課長の頭にぶつかりそうになり、マズいと思ってバランスを崩した。
「あ、ちょッ・・・・、」
「きゃ・・・・、」
課長も慌てて仰け反る。でも間に合わなくて、課長の手に俺の膝が当たってしまった。
そのせいで薬を拾った手が口に当たって・・・・、
「ん・・・・・・。」
短くゴクっと聞こえた。
課長は驚いたようにパチパチと瞬きをする。
「あの・・・・まさか飲んじゃったんじゃ・・・・、」
「・・・・・・・。」
課長は何も答えない。
いや、答える必要がなかった。
「か、課長・・・・・尻尾が・・・・、」
「え?」と呟いて振り返る。
フサフサした黄金色の尻尾が揺れているのを見て、一言呟いた。
「なにこれ・・・・キツネ?」

見つからない

  • 2019.04.28 Sunday
  • 12:34

JUGEMテーマ:

スクリーンの向こうで暴れる怪獣

 

液晶の向こうで戦うヒーロー

 

薄い壁一枚隔てた向こうで

 

現実にはありえないことが起こる

 

それはウソの世界じゃなくて

 

かといってリアルでもない

 

あの世界はいったいどこにあるんだろうと

 

未だに答えが見つからない

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第三部 第二十話 敵陣(2)

  • 2019.04.28 Sunday
  • 11:55

JUGEMテーマ:自作小説

嵐の前の静けさだろうか。
激しい戦いになることを覚悟してカグラに足を踏み入れた。
なのに誰も出てこない。
一階のエントランスはもぬけの殻で、耳鳴りがするほどシンと静まり返っている。
なのに明々と電気だけ点いているのが不気味だ。
「なんか怖い・・・・。」
モンブランが俺の後ろに隠れる。
するとロッキー君が「モンブランちゃん、俺の後ろに」と言った。
「・・・・・・。」
「どうしたの?」
「さっき私を置いて逃げたわよね?」
「へ?」
「鬼神川が戻ってきた時よ!ツムギ君はちゃんとマリナを守ったのに。」
そう言ってマリナに目をやる。
ツムギ君はさも当然のようにボディガードに徹していた。
「僕の後ろにいて下さい」と辺りを警戒している。
マリナはバナナを食いながら「一本いる?」と差し出していた。
前よりもちょっとだけ好感度が上がったようだ。
モンブランは羨ましそうに見つめながら、「ね?」とロッキー君を振り返った。
「あれこそ本物の愛よ。」
「ああ、いや・・・・さっきのはその・・・なあヒッキー!」
「お?」
「お?じゃねえだろ。お前もなんか言えよ。」
「・・・・・・・・。」
「どうした?」
「また鬼神川が出てきたらどうしようって・・・・。」
指をモジモジさせながら後ろに下がっていく。
モンブランは「はあ・・・」と首を振った。
「頼りにならないわ。」
そう言ってコソコソっとマサカリの後ろに隠れる。
「なにしてんでい?」
「いざとなったら盾になってもらおうと思って。」
「バッキャロイ!自分の身くらい自分で守れ!」
「なによ、か弱い女の子に向かって。」
「岡山で一番銃ぶっぱなしてたクセによく言うぜ。」
「ふん!じゃあいいわよ。ねえチュウベエ、アンタは私のこと守ってくれ・・・・、」
言いかけて固まる。
「・・・・何してんの?」
「見れば分かるだろ。お前の後ろに隠れてる。」
「なんで私の後ろに隠れるのよ!」
「いざという時は盾になってもらおうと思って。」
「・・・・・・・・。」
「そう睨むな。」
「はあ・・・・。アンタたちにはか弱い女の子を守ろうって勇気はないの?」
「じゃあこうしよう。ピンチになったらみんなで悠一を盾にするんだ。」
「おうおう!それいいじゃねえか。」
「ほんとね!なんたって私たちの飼い主なんだから。」
三人並んで俺の後ろに隠れる。
そして「なんかあったら代わりに死んで」と言った。
「お前ら・・・・一生飯抜きにしてやる。」
ほんとになんてことを言いやがるのか。
呆れていると、アカリさんが「あれ見てよ」と天井を指さした。
「カメラがあるわ。」
「ほんとですね。じゃあ俺たちが来たことを知ってるはずだ。」
「それでも出てこないってことは、私たちなんて眼中にないってことでしょうね。」
「余裕で返り討ちにできると?」
「思いっきり舐められてるわ。残念ながら舐められても仕方ないんだけど。」
モンブランたちは完全に戦う気はないし、狼男たちは怯えている。
ツムギ君はマリナを守ることしか考えてないし、マリナはバナナを食ってばかりいる。
要するにだ、まともな戦力になるのはアカリさんとチェリー君だけ。
俺はただの人間だし、御神さんも・・・・、
「あれ?あの人どこ行った?」
一緒にいたはずなのに姿が見えない。
「アカリさん、御神さんどこ行ったか知りません?」
「さあ?」
「チェリー君は?」
「そういや見てねえな。パトカーに乗せられるまではいたんだけど。」
「まさか・・・・ダキニにやられちゃったとか?」
「なくはないな。」
「・・・・・・・・。」
「どうする?ちょっと捜してみるか?」
「・・・・いや、このまま行こう。」
「おいおい、見捨てるのかよ。」
「そうじゃないよ。あの人のことだから、多分なにか考えがあって俺たちから離れたんだろう。」
「だったらちゃんと言ってからそうするだろ。」
「言う前にダキニが来ちゃったのかも。まあとにかく、今は先に進もう。」
エントランスを抜け、階段を上がっていく。
モンブランが「エレベーターの方が早いんじゃない?」と言ったけど、「階段の方がいい」と返した。
「エレベーターだと逃げ場がないし、着いた瞬間に敵に囲まれる。」
「でも薬のある部屋って10階でしょ?階段で行くなんて面倒くさいわ。」
「つべこべ言うな。」
「私エレベーターがいい。」
そう言って勝手に反対側へ走って行ってしまう。
「おい!一人で行くな!!」
止めようとすると、「私が行くわ」とアカリさんが追いかけた。
「まとまって動くより分散した方がいい。」
「でもエレベーターは危険なんじゃ・・・・、」
「どう行ったって結局は戦う羽目になるんだから。みんな一緒に動いて一網打尽にされるよりマシでしょ。そっちは任せたわよ。」
「アカリさん!」
するとマリナも「私もあっちがいい」と追いかけた。
「マリナまで!ツムギ君、アイツを止めてくれ。」
「マリナさんは僕が守る!!」
「おい!君まで・・・・、」
「ダキニ様には見捨てられてしまった。僕に残されているのは愛する女性を守る使命だけ。有川よ、無事に戻ってきたら結婚を認めてくれ!!」
「それはイヤだ。イヤだけどマリナのことだけは守ってやってくれ。」
モンブランたちはエントランスの向こうに消えていく。
チェリー君が「二手に分かれるのもアリだと思うぜ」と頷いた。
「俺たちは階段から行きゃあいい。」
たしかにグダグダ言ってても始まらない。
不安を抱えながら階段を駆け上がっていった。
途中に敵が待ち構えているかなと警戒したけど、人っ子一人いない。
なんの障害もないまま10階までやって来てしまった。
階段近くの壁には大きな穴が空いたままだし、マリナがバズーカをぶっ放した痕も残っている。
「誰もいねえな。」
チェリー君が言う。俺は「技術部の中にいるのかも」と答えた。
辺りを警戒しつつ、廊下を進んで行く。
しかし技術部の前まで来ても誰もおらず、分厚い透明な扉だけがしっかりと閉じていた。
「この奥にいるのかな?」
「かもな。てことは籠城してんのか?」
「奥に誰かいる気配は感じる?」
「・・・・・いや、特には。でも気配を殺してるだけかもしれねえ。用心した方がいいぜ。」
10階も静まり返っていていて、誰かがいる様子もない。
俺たちを油断させて、一気に飛びかかってくるつもりなんだろうか?
「なあ。」
チュウベエが口を開く。
「モンブランたちはどこだ?」
「ん?」
「アイツらエレベーターに乗ってったんだから、俺たちより先に着いてるはずだろ。」
「言われてみれば。」
チュウベエの言う通りだ。先に着いていないとおかしい。
「間違えて別の階で降りちまったんじゃねえか?」
マサカリが言う。
俺は「そうだといいんだけど・・・」と不安になった。
「もしかしたら敵に襲われてるのかも・・・・。」
「エレベーターまで行ってみるか?」
チェリー君が「こっちだ」と歩いて行く。
技術部から少し離れた場所にエレベーターがあって、二つあるうちの一つは表示がこの階になっていた。
「・・・・誰もいねえな。」
開けてみるけど空っぽだ。
「左のは?」
「B3ってなってる。」
「地下か。間違ってそっちに行っちゃったのかな?」
ボタンを押すと、しばらくしてから表示が上に登ってきた。
ポ〜ン!と音がして、ゆっくりと扉が開いていく。
「こっちにも乗ってないか。」
もう一つの方も空っぽだった。
いったいどこへ消えてしまったんだろう。
「どうする悠一?降りて捜しに行くか?」
チュウベエに言われて「そうだな」と頷いた。
「なにかあったら大変だ。俺とチェリー君はエレベーターで降りてみるよ。チュウベエとマサカリは狼男たちと一緒に階段で・・・・、」
そう言いかけたとき、ロッキー君が「それに乗るのはやめとけ・・・」と後ずさった。
「ん?なんで?」
「臭いがするんだ・・・・。」
「臭い?なんの?」
「まずアカリたちの臭いがする。」
「どっちのエレベーター?」
「両方だ。」
「両方?」
「それだけじゃない。地下から上がってきた方にはアイツの臭いが残ってやがる・・・・。」
ブルブル震えながら怯えている。
ヒッキー君にいたっては耳が垂れて尻尾まで萎んでいた。
「なにをそんなに怖がってるんだよ?」
「よく臭いを嗅いでみろ!」
「臭いったって・・・・俺は人間だからそんなに利くわけじゃ・・・・、」
「ああ、たしかにこいつはヤベえぜ。」
チェリー君がエレベーターの中に入って、壁や床をクンクンしている。
「どうやらマズいことになっちまったみてえだ。」
「マズいこと?」
「アカリの姐さん、やられちまったのかもしれねえ。」
「へ?」
「鬼神川の臭いが残ってんだよ。」
「そんなまさか・・・・・。」
「もちろん断定は出来ねえ。出来ねえけど・・・・前についた臭いじゃねえ、ついさっきまで乗ってた感じだ。」
「・・・・信じたくない。だってそうなるとウズメさんは負けたってことになるんだぞ。」
もしウズメさんが鬼神川を倒しているなら、こんなことにはならない。
あのウズメさんが負けるなんてそんなことは・・・・、
「気持ちは分かるけどよ、そう考えるのが妥当だぜ。だってアカリの姐さんたちだけで地下へ行ったとは思えねえ。きっと鬼神川に捕まっちっまったんだろうぜ。」
「・・・・・・・・・。」
チェリー君の言うことを思いっきり否定したい。
けど出来なかった。彼の言う通り、ここに鬼神川の臭いが残ってるならその可能性が高いのだから。
「どうする?俺たちも行ってみるか?」
チェリー君が尋ねるとのと同時に、俺はエレベーターの中に入っていた。
同時にマサカリとチュウベエも。
「お前らは二人はここに残った方がいいかもしれないぞ。」
「へ!何言ってやがんでい。」
「そうだぞ悠一。ここで見捨てたらあのバカ猫に何を言われるか分からない。」
「・・・・いいんだな?」
二人とも覚悟を決めたように頷く。
すると「あの〜・・・」と狼男たちが顔を覗かせた。
「ぶっちゃけ俺たちは遠慮したいんだけど・・・・、」
「鬼神川怖い・・・・。」
「いいよ、ここまで付き合ってくれてありがとう。」
ニコっと手を振り、ドアを閉める。
「あ、あのさ!」
ロッキー君がガシっと手を突っ込んでドアを開けた。
「たまきって奴を捜してくるよ!」
「たまきを?」
「ツムギから聞いたんだ。ダキニと同じくらい強い霊獣がいるって。そいつなら鬼神川にも勝てるはずだって。」
「そりゃたまきなら勝てるだろうけど・・・・でもどこにいるか分からないぞ。アイツは神出鬼没だからな。」
「分かるさ、アレを使えば。」
そう言って俺のポケットを指差す。
「・・・・ああ、イヤリングか!」
「そうそう。たまきに会いたいって思い浮かべてみろよ。人間の世界にいるなら居場所を指してくれるはずだぜ。」
「そうだよな、なんで思いつかなかったんだろう。」
イヤリングを取り出し、たまきの顔を思い浮かべる。
《ごめんたまき。お前には頼らないって誓ったのに・・・・。でも状況が状況だ、今だけは力を貸してくれ!》
強く念じながらイヤリングを握る。
するとボワっと光って宙に浮かんだ。
「おお・・・・、」
「こりゃすごい!」
驚く狼男たち。チェリー君も興味津々に見つめていた。
やがてイヤリングはクルクルと回り出し、コンパスみたいにある方向を指した。
「この方角だと・・・・北東かな?」
「みたいだな。」
ロッキー君が頷く。
「でもこの先にたまきが行きそうな場所なんてあったかな?」
「あるぞ、一つだけ。」
「どこ?」
「カマクラ家具だ。」
「・・・・ああ!」
ポンと手を叩く。
「そうか!あそこならあり得る。ダキニが戻ってきたことを知って、自分から会いに行ったのかも。」
ダキニはカマクラ家具には戻らないと言っていたけど、たまきはそのことを知らない。
アイツが戻ってきた情報だけ掴んで、会社に足を運んだんだろう。
「ロッキー君!ヒッキー君!お願いだ、たまきを呼んできてくれ!!」
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・。」
「なんだよ、浮かない顔して。呼んで来てくれるんだろ?」
「だって・・・・なあ?」
「あそこには瀞川と安志がいる。鬼神川ほどではないが、アイツらも恐ろしいんだ。」
「そんなこと言わないで!この通りだ、頼む!」
手を合わせて拝んでいると、マサカリとチュウベエも同じように手を合わせた。
「もし呼んできてくれたら犬缶を半分・・・・いや、一個分けてやるからよ!」
「俺も極上のミミズをプレゼントする!」
「いや、ミミズはいらないけど・・・・、」
困る狼男たち。するとチェリー君が「逃げたきゃとっとと逃げろ」と言った。
「散々俺たちは強いだのなんだの言っときながら、いざとなったら尻込みかよ。お前らなんか口だけのヘタレ野郎だ、アテになんねえぜ。」
かなり強い口調で言う。
狼男たちはキョトンとした目で顔を見合わせていた。
「なんちゅう安い挑発だ。」
「聞いてて恥ずかしくなるな。」
「うるせえな!呼んでくるのか逃げるのかハッキリしろ!」
「誰も逃げるなんて言ってないっての。」
「勝手に決めつけてもらっては困るな。」
「じゃあとっとと行ってこいよ!モタモタしてたらたまきがどっか行っちまうかもしれねえだろ。」
腕組みをしながらイライラしている。
俺はもう一度「頼む!」と拝んだ。
「ここはたまきの力が必要なんだ。」
「だから行かないとは言ってないって。」
「言ってないが・・・見返りがほしい。」
「見返り?」
「そう、見返り。」
そんなこと言われたって・・・・、
「だから犬缶を一個やるって言ってるじゃねえか!」
マサカリが吠える。
チュウベエも「極上のミルワームも付けるぞ」と太っ腹だ。
「そんなモンいるか。」
「なあにい〜!大奮発してやってんのにこの野郎!」
「俺たちゃ狼だ。犬缶なんて食ってられるか。」
「ミミズやミルワームなど論外だしな。」
「だったら何が欲しいんでい!」
「俺たち専用の神社。」
「せ、専用だとお・・・?」
「ツムギの神社は狭いんだよ。あんな所に一緒に祭られてたんじゃ息が詰まるってもんだよ。」
「俺たち一人ずつに専用の神社を用意してもらいたい。出来るか?」
二人とも真剣な目で尋ねる。
《ここは頷くしかないだろうな。》
もしウズメさんが無事なら、なんとかしてくれるかもしれない。
「分かったよ」と返すと、「よっしゃ!」とガッツポーズをした。
「じゃあちょっとカマクラ家具まで行ってくるわ。」
「じきに戻ってくる。それまで鬼神川にやられるなよ。」
ササっと駆け出し、壁に空いた穴から外へ飛び出していった。
「頼んだぞ。」
たまきさえ来てくれるなら鬼神川なんて目じゃない。
問題はそれまでどうするかだ。
「なあアンタ、ここでじっと待ってるつもりかよ。」
「・・・・いいや、地下に降りてみよう。」
「そうこなくちゃな!」
チェリー君はニヤっとドアを閉める。
「B3っと・・・」とボタンを押し、ゆっくりと下の階へ運ばれていった。
「なあ悠一よお。」
「なんだマサカリ。」
「急にウンコがしたくなってきたんだけど・・・・、」
「我慢しろ。」
「出来ねえことはねえけど、どっかで漏らしても知らねえぜ。」
「恐ろしいこと言うな。」
たるんたるんのお腹をさするマサカリ。チュウベエが「ビビってやんの」とからかった。
「へ!誰がビビるかってんだ。」
「ほう、全然怖くないのか?」
「当たりめえだ。」
「ほんとに?」
「そりゃちょっとは怖いけど・・・・そういうお前はどうなんでい。」
「俺か?オシッコ漏れそうだ。」
「お前もビビってんじゃねえか!」
「なんかあったら悠一を盾にすればいい。最悪は俺たちだけでも助かろう。」
「おお、そう考えるとウンコも治まってきたぜ。」
「な?」
「な?じゃないだろ!!」
さっきからとんでもないことばっかり言いやがる。
いったい俺のことをなんだと思ってるのか。
ため息混じりに振り返ると、チェリー君が「アンタよお」と言った。
「これじゃどっちが飼い主か分からねえぜ。悲しくならねえのか。」
「もう慣れてるよ。」
「悲しい奴だぜ・・・・。」
同情されるのが一番悲しいんだけど、ここは優しさとして受け取っておこう。
「ああ、俺も怖くなってきた・・・・。」
グルルっとお腹が鳴る。
「やっぱトイレに行こうか?」と言うと、「我慢しろ」とみんなから冷たい目を向けられた。

今日はお休みです

  • 2019.04.27 Saturday
  • 09:16

今日はお休みです。

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    初夏日

    • 2019.04.26 Friday
    • 12:09

    JUGEMテーマ:写真

     

     

     

     

     

    今年はたくさん菜の花が咲いています。

    ここ数年はあまり見なかったんですが、数が回復したようです。

     

     

     

     

     

     

     

    初夏に近いくらいの暑さの日がありますね。

    半袖を引っ張りして着ています。

    昔は真夏でも30度を超えることは少なかったですが、今では40度に達する日もあります。

    今年の夏、例年より暑くなるかもしれないですね。

    稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第三部 第十九話 敵陣(1)

    • 2019.04.26 Friday
    • 11:54

    JUGEMテーマ:自作小説

    稲松文具グループ、家具のカグラ。
    世界に名だたる大企業を中心としたグループの一角を担うこの会社は、何も霊獣だけが戦力ではない。
    再びカグラの本社にやって来た俺たちは、いきなり警察に拘束される羽目になってしまった。
    なんとビルの周りに大勢の警官とパトカーが詰めかけていて、ガッチリと警備していたのだ。
    カグラには警察を動かす力もあるらしい。
    そういえば岡山での一件だって大きな報道はされていないし、あの工場の火事だって同じだ。
    警察どころかマスコミにさえ影響力がある。
    でもまあそれは不自然なことじゃないのかもしれない。
    猫又の源ちゃんだって刑事をやってるんだから、カグラの息のかかった霊獣が、警察やマスコミに入り込んでいたとしても不思議じゃない。
    金だってあるし人脈だってあるんだろう。
    「お前らがやったんだろ?」
    パトカーの中、陰湿そうな刑事が睨んでくる。
    先ほどカグラで暴れた件について尋ねているのだ。
    「会社に忍び込んで散々暴れたそうじゃないか。目的はなんだ?金か?それとも・・・まさかテロってわけじゃないだろうな。」
    陰湿な顔がさらに陰湿に歪む。
    俺はじっと目の前の刑事を観察してみた。
    《多分・・・・いや、間違いなくこの人はただの人間だ。》
    霊獣と接しているうちに、なんとなくだけど違いが分かるようになってきた。
    おそらくこの刑事さんは何の事情も分かっていないだろう。
    俺たちをただの犯罪者だと思い込んでいる。
    隣のパトカーに目をやると、アカリさんがこっちを見ていた。
    『ソイツただの人間』
    声は届かないけど、口の動きでそう言っているのが分かる。
    俺は分かってますよと頷いた。
    ちなみにアカリさんのパトカーに乗っている刑事は、なんとなくだけど霊獣っぽいなという雰囲気があった。
    きっと霊獣には霊獣の刑事をぶつけているんだろう。
    暴れられたりしたら人間じゃ歯が立たないから。
    「どこ見てんだ?」
    陰湿な刑事に顎を掴まれ、グイっと前を向かされる。
    「防犯カメラにお前が映ってんだよ。」
    「カメラ?」
    「お前、社長室に侵入してただろ?」
    「・・・・・・・・。」
    「あんな場所にどっから入ったのか知らんが、間違いなくお前の顔だった。」
    「その映像って見せてもらえますか?」
    刑事がムスっとした顔で「おい」と部下を呼ぶ。
    ノートパソコンを受け取り、「どうやんだこれ?」と尋ねていた。
    部下に操作してもらいながら、「これだこれ」と画面を指さした。
    「こりゃどう見てもお前だろうが。」
    「・・・・・・・・。」
    カメラの映像を見る。そして《編集済みか》と眉を歪めた。
    霊獣が出てくるシーンは全てカットしてああった。
    狼の背中に乗って社長室に入る瞬間、そして霊獣との戦闘シーンも。
    もちろん俺が霊獣に変わる瞬間もだ。
    ちょくちょくノイズが入って映像が飛んでいるのだ。
    そこを指摘しても、ただ画像が乱れてるんだと反論されるだけだろう。
    「ま、とりあえず署に行こうや。」
    そう言って「出せ」と運転手に命じた。
    しかし・・・・、
    「あ、あれ・・・・?」
    「どうした?」
    「車が動かないんです。」
    「なんだ?故障か。」
    「そうじゃありません。なんか車体が浮いているような・・・・、」
    「浮くって何を馬鹿なこと言って・・・・、」
    アホらしいと言わんばかりの顔だったけど、だんだんと傾いていくパトカーに「おいおい!」と叫んだ。
    「どうなってんだ!」
    「分かりません!下から何かに持ち上げられてるような感じですが・・・・、」
    「持ち上げるってお前・・・・重機でもなきゃ無理だぞ。」
    周りを見渡す刑事、しかしどこにも重機なんてない。
    「どうなってんだこりゃ・・・・」と呟いた時、パトカーは一気に持ち上がって、そのまま逆さまに倒れてしまった。
    「ごふ!」
    刑事は頭を打って気絶する。
    運転手もパニくってもがいていた。
    《チャンス!》
    ドアを開け、急いで外に出る。
    きっとチェリー君だ。
    擬態を使い、上手くパトカーから逃げ出してみんなを助けてくれたに違いない。
    「ありがとうチェリー君、助かったよ。」
    そう言って振り返ると、目の前に一人の女が立っていた。
    「あ・・・・・。」
    驚き、恐怖、混乱・・・・頭が真っ白になり、息をすることさえ忘れてしまう。
    「久しぶり〜、悠一君。」
    語尾にハートマークでも付いてそうな甘ったるい声と喋り方。
    ニコニコと笑っているけど、そのクセ目だけはぜったいに笑っていない。
    ・・・・戻ってきやがったのだ、地獄から・・・・。
    恐れていたことが現実に・・・・・、
    「あらあ、なあにその顔?小鳥みたいに怯えちゃってえ。カワイイ!」
    両手でそっと頬を挟まれる。
    顔を近づけられ、じっと見つめられた。
    赤色の瞳はとても綺麗だけど、見ているだけで不安になるほど仄暗くもある。
    「だ・・・・ダキニ・・・・。」
    「やっと喋ってくれた。」
    嬉しそうに微笑むけど、やはり目だけは笑っていない。
    そう、コイツは怒っているのだ。
    俺とたまきのせいで地獄に落ちたから。
    でも過酷な地底での生活はもう終わり。
    こうしてシャバに戻ってきたってことは・・・・、
    「ずっと考えてたわあ、君とたまきのこと。一日たりとも忘れなかった。」
    だんだんと声に殺気が宿ってくる・・・・。
    口調こそ穏やかだけど、耳を塞ぎたくなるほど怖かった。
    「地獄の生活ってね、ほんとにもう退屈で退屈で〜。私は死ぬほど退屈が嫌いなのに、君たちのせいで二年も我慢しなきゃいけなかったじゃない。」
    ダキニはニンマリと笑って、「悪い子、め」と力を込めた。
    俺の頬は押しつぶされた饅頭みたいにムギュウっとなって、顎の骨がメキメキっと軋んだ。
    「でゅおうッ・・・・、」
    「ほんとはあと二日地獄にいなきゃいけなかったんだけど、鬼たちに賄賂を渡して出てきちゃった。
    ああ〜・・・・こうしてまた君に逢えるなんて嬉しいわあ。君もまた逢えて嬉しいでしょ?」
    「む・・・・ぶぎゅうッ・・・・、」
    痛い・・・・顎が外れそうだ。
    ていうか顔そのものが潰れてしまうかも・・・・。
    「こっちへ戻ってきてからね、すぐに君とたまきを捜したのよお。エボシ君って優秀な子のおかげで、すぐにどっちも見つけたわ。」
    「ちょ・・・・ひゃめろ・・・・顔がちゅぶれる・・・・、」
    「最初にどっちに逢いに行こうか迷ったんだけど、やっぱり君よねえ。なんたって人間のクセに私をあんな目に遭わせたんだからあ〜。もうね、お世辞抜きですごいって思ってるの。」
    そう言ってふっと力を緩めた。
    両手からスポンと顔が抜けて、ヘナヘナっと尻餅をついてしまった。
    「まだ妖怪だった頃は人間に不覚を取ることもあったんだけどね〜。神様になってから不覚を取った人間は君だけ。後にも先にもきっと君だけよ。」
    甘ったるい声が消えていき、だんだんと低く沈んでいく。
    ピリピリと殺気が伝わってきて、周りの空気さえ歪んで見える。
    もし俺が子供ならこの時点で失禁してるだろう。
    「な、なんで・・・・いきなり俺のとこに・・・・、」
    「だから言ったでしょ、後にも先にも私を地獄送りへしたのは君だけなのよ。もうね、プライドがズタズタ。この怒りと悲しみと屈辱、人間の君には分からないでしょ。」
    赤色の目がより赤く染まり、真紅に輝いていく。
    《こ、殺される!》
    逃げようと背中を向けたけど、上手く立ち上がれない。
    ていうか足が地面から浮いて・・・・、
    「悠一君。」
    「ひいッ・・・・、」
    首根っこを掴まれ、軽々と持ち上げられる。
    「そんな怖がらないで。」
    「こ、怖いに決まってるだろ!俺を殺しに来たんだろ!?」
    「今日は挨拶だけ。」
    ニコっと笑い、俺を地面に落とす。
    「いたッ・・・・、」
    「シャバに出たばっかりだからね。あんまり派手なことは出来ないわ。」
    「じゃ、じゃあ・・・・もう俺に関わらないってことだよな?」
    「まさか。」
    クスっと肩をすくめる。
    人差し指を伸ばし、俺の顎をツイーっと撫で上げた。
    「今はって言ったでしょ、今はって。」
    「てことは・・・・、」
    「・・・・・・・・。」
    「な、なんで黙るんだよ!」
    「もちろんまた会いに来るわ。君が幸せ絶頂の時にね。」
    「し、幸せの絶頂だって・・・・?」
    「聞いたわよ、婚約したって。」
    「な、なんでそれを!」
    「情報なんてどこからでも入ってくるのよ。相手はたしかタヌキの霊獣なんでしょ?名前は小町舞。君の幼い頃の友達。」
    「・・・・・・・・。」
    ゾッとする・・・・。一番恐れていたことなのに。
    「君も物好きよねえ。まさかタヌキの婚約者だなんて。あの子、たしか一昨年に君たちと一緒にいた子よね?」
    「お・・・おい!言っとくけどな、マイちゃんに手え出したら許さないぞ!」
    恐怖の中に怒りが沸いてくる。
    抜けていた腰に力が戻ってきて、立ち上がって睨み返してやった。
    「あの子はいっぱい苦労して、悲しい思いもしてる子なんだ。それを乗り越えていま幸せになろうとしてるのに・・・、」
    「それそれ!」
    嬉しそうに手を叩くので、「なにが!」と怒鳴ってやった。
    「怯えるだけの小鳥を仕留めてもつまらない。そうやって誰かの為に熱くなってる方が・・・ねえ?楽しみが増すってものよ。」
    「ぜったいにマイちゃんに手出しなんかさせないからな!少しでもちょっかい出してみろ、もう一度地獄に送り返してる!!」
    「そういうの大歓迎よ。動物と話せるだけの君になにが出来るのか?楽しみにさせてもらうわ。」
    本気で楽しそうに言って、クルっと背中を向ける。
    「じゃ、今日はこれで。」
    金色の長い髪を揺らしながら、ヒラヒラと手を振る。
    「お、おい・・・・!」
    「なに?」
    笑みを残したまま冷淡な目で振り返る。
    少しビクっとしたけど、「さっきこう言ったよな?」と尋ねた。
    「シャバに出たばかりだから派手なことはしないって。」
    「ええ。」
    「だったら・・・・この件には関わらないってことだよな?」
    「なにが?」
    「お前なら全部知ってるはずだろ?この会社が妙な薬を作ってることくらい。」
    そう言ってカグラの本社を指差すと、クスっと微笑んだ。
    「それ、私の会社じゃないわ。」
    「し、知ってるよ!でもお前はカマクラ家具の社長に戻るつもりなんだろ?だったら手を組んで悪さをするつもりなんじゃないのか?」
    「いいえ、カマクラ家具には戻らない。」
    「へ?戻らない?・・・・なんで?」
    「地獄にいる間に色々考えてね。あの会社、もう飽きちゃったかなあって。」
    「飽きるって・・・・代理の社長まで立てたのにか?」
    「トヨウケヒメのことね。私の古い友人なんだけど・・・・悠一君は彼女に会ったみたいね。」
    そう言って俺のポケットを指さした。
    ここにはあのイヤリングが入っている。
    「トヨウケヒメの霊力を感じるわ。彼女が誰かに贈り物をするなんて滅多にないことよ、君って本当に面白い子。」
    一瞬だけ凶悪に顔が歪む。思わず目を背けてしまった・・・・。
    「彼女に代理を頼んだのは、私のいない間に馬鹿どもが付け上がらないようにする為よ。」
    「馬鹿ども?」
    「いま君が揉めてる相手。伊藤と鬼神川、どっちも欲が深いからカマクラ家具まで自分の物にしようと企むかもしれないでしょ?
    いくらいらない会社だからって、あんな奴らに荒らされるのは嫌だったのよ。だからトヨウケヒメに社長の椅子に座ってもらってただけ。」
    「その為だけに代理を立てたのか・・・・・。」
    「伊藤みたいなしょうもない男に、私の建てた会社を荒らされるなんてねえ・・・・地獄から脱獄してでも殺したくなっちゃうわ。
    筋肉おバカさんの鬼神川なんかもっと殺したくなっちゃう。でもあんな奴らの為にわざわざ脱獄なんてのも面倒くさいじゃない?」
    「なるほど・・・・よ〜く分かった。お前はやっぱりダキニなんだって。地獄から戻ってきてもなんにも変わっちゃいないんだな。」
    少しは落ち着いたんじゃないかって、ほんのちょっとだけ期待してたんだけど、そんなのは有り得ないことだった。
    だってコイツはダキニなんだから。変わるわけなんかないんだ。
    「カマクラ家具に戻らないってことは、この件に関わる気はないってことでいいんだよな?」
    再度尋ねると、「そうねえ〜」と甘ったるい口調に戻った。
    「どうしよっかなあ〜。悠一君はどっちがお望み?」
    「ふざけるなよ!・・・・まさかお前が黒幕じゃないよな?」
    思い切ってぶつけてみる。
    ダキニは「悠一君はどう思う〜?」と思わせぶりな表情だ。
    「俺はお前が主犯だと思ってる。あの薬を使って、この世を霊獣の支配する世界に変えるつもりなんだろ?」
    「う〜ん・・・半分正解ってとこかしらあ。」
    「半分だって?」
    「私が人間の世界に来るのは刺激があるから。別にこの世をどうこうしようなんて思ってるわけじゃないのよお。」
    「じゃあ・・・・ほんとに黒幕じゃないんだな?」
    「ふふふ、無関係ってわけでもないけどね。ただ伊藤や鬼神川と一緒にされちゃあ困るわあ。
    私はこれでも稲荷の長なのよお?人間の世界をどうこうしようなんてレベルの低い発想はしないわ〜。」
    ・・・・言ってる意味が分からない。
    いったいコイツは何を企んでいるんだろう。
    「カグラの野望は私の知るところじゃないのよ〜。私の夢にも役立つかもしれないから、一枚噛んではいるけどお〜。」
    「やっぱり!てことは俺たちの邪魔をするつもりだな?」
    「さっきも言ったでしょ〜?シャバに戻ったばかりだから派手なことはしない〜って。悠一君ってば物覚えが悪くなっちゃったのかしら〜?」
    クスクス笑っている。それが不気味だ・・・・。
    「結局どうなんだよ?俺たちの邪魔をするのかしないのか?それだけ聞かせてくれないか?」
    「うふふ、よっぽど私のことが怖いみたいねえ。そんなことで婚約者を守れるのかしら〜?」
    「そ、それはいま関係ないだろ!俺が聞いてるのは・・・・、」
    「そうカッカしないで。せっかちな男はモテないわよ〜。未来の奥さんに嫌われちゃうかもお。」
    「余計なお世話だ!」
    どんどん甘ったるい口調が強くなっていく。
    これはこれでやりにくい・・・・・。
    「今回の事件、矛盾してることがあるんだ。伊藤はこの世から霊獣を葬ろうとしているのに、鬼神川たちの目的はその逆だ。
    これってどう考えてもおかしい。・・・・やっぱりお前が関わってるんじゃないのか?」
    「もう悠一君ったらあ。なんでもかんでも私を疑って、心外だわあ。」
    あっけらかんと笑っている。
    きっと喜んでいるんだろう。疑うってことは、自分を恐れているってことだから。
    「はっきり言うけど、私はなんにもしてないわ〜。伊藤には伊藤の思惑があって、鬼神川には鬼神川の思惑があるってだけよ〜。
    目的が異なっても、手段が似てるなら途中まで共闘することは不思議じゃないわあ。」
    「手段が似てる・・・・?」
    「カグラの開発した薬よお。あれは使いようによっては霊獣にとって有利にも不利にもなるわあ。」
    「まあ・・・たしかにそうかもしれない。新薬は簡単に霊獣を生み出せるけど、例の薬は霊獣を霊獣でなくしてしまうから。」
    「伊藤と鬼神川は互いに利用しあってるわあ。最後に相手を化かすのはどっちか?面白いゲームよねえ。」
    「ゲームって・・・・こんな大事になってるのにゲームなわけが・・・・、」
    「だって見てる分には面白いじゃない〜。ま、どっちが勝っても私にはなんの影響もないしい。」
    「影響がない?だって伊藤が勝ったらこの世から霊獣が消えるんだぞ。そうすればお前だって・・・・、」
    「消えるって?・・・・ぶふ!あははははは!!」
    腹を抱えて笑っている。目に涙を浮かべながら。
    「君ってほんとに面白い子ね〜。」
    怪力でグリグリと頭を撫で回される。
    「痛だだだだだ!」
    「君ならもう知ってるでしょ?この世には至る所に霊獣がいるわ。それを全て消そうなんて無理な話だと思わない?」
    また沈んだ声に戻っている。
    真紅の瞳の奥に、仄暗い井戸のような不気味さを滲ませながら。
    「それにね、伊藤ごときに殺られるようなタマなら、地獄で鬼どもをコキ使って放蕩生活を送れないわよ。」
    指先で俺の顎を掴み、クイっと持ち上げる。
    「だからこそムカついてんの〜。たまきに不覚を取るのはまだしも・・・・テメエごとき人間に土付けられたことがよおおおおおお!!」
    顎を掴んでいた手を離し、今度は首を掴まれる。
    ほんの一瞬で意識が遠のきそうになって、タップすることすら出来なかった。
    ブクブクっと口から泡が出てくる。
    ダキニは「あらいけない」と言って手を離した。
    「ごめんねえ〜、ついカっとなっちゃってえ。」
    「ごふッ・・・・げほ!」
    首を押さえながら屈んでいると、「痛いの痛いの飛んでいけ〜」と背中をポンポンされた。
    「君には元気でいてもらわないとねえ。タヌキの婚約者と幸せになるまでは・・・・。」
    顔を近づけ、妖しく瞳を輝かせる。
    「たまきにも挨拶に行かないといけないから、今日はこれでね。」
    長い髪を翻し、「またね〜」と背中越しに手を振った。
    俺は呆然とそれを見送ることしか出来ない。
    「・・・・・・・あ。」
    ふと我に反る。
    周りを見渡すと、全てのパトカーがひっくり返っていた。
    大勢いた警官もみんな気絶している。
    そしてアカリさんたちは・・・・・、
    「な、何してるんですか・・・・?」
    みんな植え込みの陰に隠れていた。
    ブルブル震えながらこっちを見ている。
    「もう帰りましたよ。」
    アカリさんを筆頭にゆっくりと出てくる。
    みんな冷や汗がダラダラで、「ふう〜・・・」っと額を拭っていた。
    「ああ、怖かった・・・・まさかいきなり現れるなんて。」
    「ヒドイじゃないですか。見てたんなら助けて下さいよ。」
    「馬鹿言わないで。命が幾つあっても足りないわよ。」
    鳥肌を立てながら腕をさすっている。
    モンブランも「そうよ」と頷いた。
    「だいたい悠一は鈍間すぎるわ。前だって一人だけ逃げ遅れてたし。」
    「お前らも俺を見捨てたのか・・・。こりゃしばらく餌抜きにしないとな。」
    そう言うと「やいやい!」とマサカリが怒った。
    「餌抜きってのはどういうことでい!」
    「そのまんまの意味だよ。お前らは薄情だ。」
    「へん!相手はあのダキニだぜ。ビビらねえ方がどうかしてんだ。」
    偉そうにふんぞり返っている。うん、やっぱりしばらく飯抜きにしよう。
    「ねえ?ちょっといいかしら。」
    マリナが手を挙げる。
    「どうした?」
    「ツムギ君の元気がなくなっちゃったみたい。」
    「元気がないって・・・そんなに怖かったのか?」
    「そうじゃないわ。ダキニに嫌われちゃったって落ち込んでるの。」
    もぐもぐバナナを食べながら、「可哀想にねえ」と頭を撫でている。
    「・・・・・・・・。」
    「ほんとに元気がないな。大丈夫?」
    「ツムギ君ってダキニのこと大好きだったでしょ。なのにダキニ様!って近づいていった瞬間、『誰アナタ?』ってすごい冷たい目で言われたの。
    僕です!ツムギです!って言っても、『知らないわ』って。『気安く話しかけないでくれる?』って、シッシって追い払われたの。」
    「そりゃたしかに傷つくな。」
    ツムギ君は誰よりもダキニを慕っていた。
    ウズメさんに反発心を抱くのもその為なのだ。
    マリナが「よしよし」と慰めると、「いいんですよ、僕が悪いんだから・・・」と泣きそうだ。
    「僕はダキニ様に忠誠を誓っていたんです。なのに有川なんかに手を貸してるもんだから、お怒りを買ってしまったんだ・・・・。」
    「ツムギ君・・・・。」
    「今回だけじゃない。去年にも手を貸したことがあった・・・・。」
    「覚えてるよ。去年の秋に龍と揉めた時のことだよな?あの時はウズメさんを呼んで来てくれて助かった。君がいなきゃどうなってたか分からない。」
    「有川に手を貸し、ウズメに助力を願い・・・・ああ!僕は最低だ!!これじゃダキニ様に嫌われても仕方ない!!」
    頭を抱え、キツネみたいな声で泣き出す。
    ロッキー君が「なんか知らないけど元気出せよ」と肩を叩き、ヒッキー君が「飴ちゃんいるか?」と気を遣っていた。
    それでも泣き止まないので、マリナが「バナナいる?」と一本差し出した。
    ツムギ君は泣きながらも「マリナさん・・・」と感激し、パクリと頬張っていた。
    チュウベエが「マリナってけっこう男の扱い上手いな」と呟くので、「どっちかっていうと子供の扱いだと思うぞ」と返した。
    ケンケン泣くツムギ君の背中を見つめていると、「なあよお」と誰かに背中をつつかれた。
    振り返ると、ヌウっとチェリー君の姿が浮かび上がってきた。
    「擬態して隠れてたの?」
    「まあな。ありゃおっかねえ。ぜったいに喧嘩したくないぜ。」
    彼まで鳥肌を立てている。「アンタ、よくあんなのと揉めて生きてたな」と、感心とも呆れともつかない様子で言われた。
    「自分でもそう思うよ。」
    「あんなおっかねえ奴とやり合うのはゴメンだぜ。」
    「心配しなくてもそんな事にはならないよ。」
    「ほんとかよ?」
    「シャバに戻ってきたばっかりで、あんまり派手なことは出来ないってさ。」
    「じゃあアイツはこの件には関わってこないんだな?」
    「さあ?」
    「おいおい、さっき心配すんなって言ったじゃねえか。」
    「アイツの狙いは俺だよ。君に危害はない・・・・多分。」
    「なんか頼りねえなあ。」
    ポリポリとリーゼントを掻きながら顔をしかめている。
    俺は「どうしても怖いならここで降りてもいいよ」と言った。
    「無理強いなんて出来ないから・・・・、」
    「ふん!今さら降りたってしょうがねえだろ。最後まで付き合ってやるよ。」
    シュっとリーゼントを撫で付け、カグラのビルを見上げる。
    「さっさと行こうぜ。お巡りどもが寝てるうちによ。」
    堂々と向かっていくチェリー君。
    この事件も佳境へ差し掛かっている、そんな気がする。
    季節外れの冷たい風に目を細めた。

    緑が謳う

    • 2019.04.25 Thursday
    • 12:36

    JUGEMテーマ:

    初夏が近づき 緑が謳う


    山も森も公園の木々も


    初々しく染まって 全て輝いて見える


    あちこちから命が芽吹く


    ずんぐりむっくりのハナバチたちが


    宴のように羽音を響かせていた
     

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