今日はお休みです

  • 2019.08.31 Saturday
  • 10:31

今日はお休みです。

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    夏の太陽 秋の太陽

    • 2019.08.30 Friday
    • 13:13

    JUGEMテーマ:

    畑いっぱいに輝いていた太陽が

     

    光を無くして項垂れている

     

    空は晴れているのに

     

    畑一面は曇り空のようで

     

    ついひと月ほど前とは打って変わった景色に

     

    言いようのない寂しさを抱く

     

    反対側では ついこの前まで小さな稲だらけだった田んぼが

     

    小さな実りに稲穂がなびいている

     

    秋には秋の太陽が

     

    ひと月後には田んぼが黄金色に輝く

    勇気の証 第十四話 無自覚の重圧(2)

    • 2019.08.30 Friday
    • 10:37

    JUGEMテーマ:自作小説

    大きなホームセンターの二階、テーブルの並んだテラスにはまばらに人がいた。
    広々とした駐車場を見下ろすとほぼ満車の状態で、よく流行っているお店なんだと分かる。
    「どうぞ。」
    「ありがとう。幾らだった?」
    「いいですよそんなの。」
    「悩みを聞く人からご馳走ににはなれないよ。ここは私が。」
    「いやいや!これくらいは・・・・、」
    「いいからいいから。」
    遠慮する彼の手にお金を押し付ける。
    すると少々困ってから「じゃあ・・・」と立ち上がり、隅にある募金箱に向かっていった。
    「いいの?」
    戻ってきた彼に尋ねると「だって立つ瀬がないじゃないですか」とはにかんでいた。
    「初対面なのにこうして付き合ってくれて。その上奢ってもらうなんて悪いですから。」
    そう言ってコーヒーをすすり、よく晴れた空に向かって「はあ・・・」と深呼吸していた。
    彼の名前は常沼剛史、仕事に悩む若いサラリーマンだ。
    バスで乗り合わせ、ひょんなことからこうしてお茶を飲んでいる。
    「ここほんとに大きなお店だね。」
    巨大なショッピングモールに匹敵するほどのホームセンターには、いろんなお店が入っていた。
    園芸、資材、ペットショップ、文具や靴、それにスーパーや画材の専門店まである。
    「見て歩くだけでも楽しそう。」
    「楽しいですよここは。とくにここのテラスに来ると落ち着くんです。」
    「向かいには大きな森まであるもんね。こうして景色を見ながらコーヒーを飲むだけでも癒される。」
    「でしょ!出来るなら一日中ここにいたい。」
    仕事のストレスで疲れきっている顔に、ほんの少しだけ人間らしさが戻ってくる。
    こんな表情が出来るまらまだ間に合うはずだ。
    これ以上無理してストレスを抱え込めば、こんないい場所へ来たって癒されなくなってしまうだろうから。
    「藤井さん。」
    コーヒーを置き、真顔になる。
    「すっごい青臭いこと聞いていいですか?」
    「なんでも。気の利いたアドバイスは出来ないかもしれないけど。」
    「自由ってなんなんだろうって。」
    「自由かあ。一言では難しいかも。」
    「でも藤井さんは自分のやりたい道に進んだんでしょ?やりたいことやるって一番の自由だと思いません?」
    「う〜ん、私の場合は自由を求めて今の道に進んだわけじゃないから、なんとも言えないかなあ。
    思い上がった言い方かもしれないけど、これこそが自分の使命だ!って信じてたから。」
    動物と話せる私にとって、動物保護のボランティアほど向いている道はない。
    こんな不思議な力をもって生まれたのは、声なき動物たちの力になる為だと思っている。
    もしこの力がなかったとしたら、果たして今の道へ進んだかどうかは分からない。
    もちろん動物と話せることは常沼君には内緒だけど。
    「君は自由が欲しいの?」
    「なんていうか・・・・最近よく野良猫を観察するんです。」
    「野良猫?」
    「ほら、野良猫って自由気ままじゃないですか。次に生まれ変わるなら猫がいいなあって。もうなんにも縛られたくないんです。」
    「そっか。たしかに猫は自由奔放なとこがあるもんね。けど自由には危険やトラブルだって付き物だよ。
    自由に見える野良猫はいつだって死と隣り合わせだから。常に餌が手に入るわけじゃないし、重い病気にかかったらそれでおしまい。」
    「だとしても今は猫になりたいです。仕事とかストレスとか、そういう煩わしいものから解放されたくて。」
    「だったら今の君に必要なのは休養だと思う。自由を求めるのはその後でもいいんじゃないかな?」
    「休養かあ。最近休みもほとんどなくて・・・・、」
    また憂鬱な表情に戻って、呪文のように不安や不満を吐き出していく。
    私は頷きながらただ耳を傾けていた。
    するとエル君とハチロー君がテーブルに飛び乗り、じっと彼のことを睨んだ。
    その目はかなり真剣で、興味本位で見つめているわけじゃなさそうだ。
    「この前なんかも理不尽なことで四時間も説教くらって・・・・、」
    「あ、あの!ちょっとごめん、トイレに行ってきてもいいかな?」
    「え?・・・ああ、すいません!」
    バツが悪そうにコーヒーをすすっている。
    「戻ってきたらまた聞くからね」と言い残し、テラスから続く通路を渡って店の中へ入った。
    そしてガラス張りの壁からちょっとだけ顔を出し、猫たちに手招きをした。
    《ちょっと来て。》
    二匹はトコトコっと走って、スルっと壁を抜けてくる。
    『どうしたの?』
    キョトンとするエル君に「どうして常沼君を見つめてたの?」と尋ねた。
    「ずいぶん真剣な目をしてたけど、なにか変わったところでもあった?」
    『死相が出てた。』
    「死相って・・・・もうすぐ死ぬ人に見えるっていうアレ?」
    『うん。』
    「まさか。」
    『でもハッキリ見えるんだもん、なあハチロー?』
    『顔にバッテンが見えるの。』
    「バツ印ってこと?」
    『きっともうすぐ死ぬと思う。』
    「そんな・・・・、」
    『めちゃくちゃハッキリ出てるから今日中だと思うよ。』
    「そんな急に!?」
    『最初に見た時から出てたんだけど、さっきいきなり濃くなったんだ。』
    『もうすぐ死んじゃうよあの人。』
    「そんなのダメよ!」
    思わず叫んでいた。
    周りの人が怪訝な目を向けてくるので、二匹を抱えてトイレに走った。
    「どうにか出来ないの?」と解決策を聞いてみる。
    エル君は『分からない』と答えた。
    「でも見えるんでしょ?なら消す方法とかも分からない?」
    『消したことなんかないし、消し方も知らないし。ハチローは?』
    『知らない。』
    「じゃあせめてどういう風に死ぬか分からない?それが分かれば止めようだって。」
    『分からないよ。なあ?』
    『うん。だってただ見えるだけだもん。』
    「どうすれば・・・・、」
    トイレを出てテラスへ向かう。
    遠目に様子を窺うと、マネキンみたいな無表情で宙を眺めていた。
    まるで魂が抜けたような目つきで、全身から精気をまったく感じない。
    《もしかして・・・・。》
    嫌な考えが過る。
    もしそうだとしたら、なんとしても思いとどまらせないと。
    「ごめんごめん、話の途中だったのに。」
    席に戻ると「ああ・・・」と虚ろな声を出した。
    「藤井さん。」
    「な、なに・・・・?」
    「俺ね・・・・なんかもう・・・・、」
    「あ!よかったらコーヒーお代わりしない?」
    「いえ、もうコーヒーは・・・・、」
    「じゃあ食べ物でも頼もうか。軽いモノなら売ってたはずだから。」
    「お腹、そんなに減ってないんです。最近食欲がないから。」
    「えっと・・・ならさっきの続きを聞かせてよ!まだまだ溜め込んでることがあるんでしょ?この際だから全部吐き出して楽になろ!」
    そう言って励ますように腕を叩くと、「ありがとうございました」と頭を下げた。
    「こんな見ず知らずの男に付き合ってくれて。」
    「なに言ってんの!声かけたのは私の方なんだから。」
    「話を聞いてもらえてすごく嬉しかったです。だいぶスッキリしました。」
    立ち上がり、「用事があるんでしょう?」と言う。
    「あんまり時間をとらせちゃ悪いから。」
    「でもまだ聞いてほしいことがあるんじゃない?スッキリしたって言う割にはそう見えないよ。」
    「愚痴や不満ならいくらでもありますよ。けどそれを吐き出したところで人生が変わるわけじゃない。
    変えないと・・・・変えていかないとダメなんです。」
    「変えるって・・・・どんな風に?」
    恐る恐る尋ねると、「ここじゃない世界に」と呟いた。
    「多分、いやずっと前から限界だったんです。これ以上無理するのはもう嫌だ。だからもういいんです。決心しました。」
    カバンを掴み、「あなたみたいな良い人に会えてよかった」と微笑んだ。
    でもその笑顔に力はなくて、目はここじゃないどこかを見ている。
    私は「ダメ!」と叫んでいた。
    「座って。もうちょっと話そう。」
    腕を掴んで引き止める。
    すると「どうしたんですか?」と不思議そうな目で言われた。
    「藤井さんだって用事があるんでしょ?」
    「うん、まあ・・・・そうなんだけど、でももうちょっと話そうよ。こうして出会ったのも何かの縁なんだし。」
    「でも俺行かなきゃいけない所があるから。」
    「ダメ!ダメよ絶対!」
    「え?なんで・・・・、」
    「いい?辛い時は周りが見えなくなるものよ。だから一時の感情で決めちゃいけない。」
    「だけど藤井さんが背中を押してくれたんですよ?無理はするなって。」
    「あれはそういう意味じゃないから!」
    「じゃあどういう意味なんですか?」
    「無理にストレスを抱えなくてもいいって言ったの。」
    「だからストレスから解放される為に、行かなきゃいけない所があるんです。もう穏やかになりたいから。」
    「永遠に穏やかになってどうするのよ!」
    「永遠かどうかは分かりませんけど・・・・今は解放されるかなって。」
    「今だけじゃなくてずっとよ!そんなことしたらもう・・・・、」
    そう言いかけた時、エル君が『あ!』と叫んだ。
    「なに!?」
    『あそこにも死相が出てる人がいる。』
    「ええ!どこ?」
    『そこ。』
    テラスの端っこを一人の女性が歩いていく。
    買い物を終えた後だろうか。
    たくさんの袋を掲げながら、駐車場へ続く階段を降りていった。
    私は手すりから身を乗り出して行方を睨んだ。
    『もうすぐかも。』
    エル君も手すりに乗っかり、『死相がどんどん濃くなってる』と言った。
    『もう真っ黒だ。もうすぐだと思う。』
    「そんな!どうにかして止めなきゃ。」
    慌てて女性の後を追う。
    すると常沼君も「何があったんですか?」と追いかけてきた。
    「いきなり血相変えて。」
    「人が死ぬかもしれないの!」
    「死ぬってそんな・・・・。ていうかさっき誰と喋って・・・・、」
    答えている暇はない。
    駐車場まで駆け下りて、前を行く女性に「待って!」と叫んだ。
    でもぜんぜん気づかずに車の脇をすり抜けていく。
    そして・・・・、
    「危ない!」
    反対側に止まっている車の陰から別の車が走ってきた。
    駐車場なのにかなりスピードを出している。
    「よけて!」
    そう叫ぶのと同時に頬に風が走った。
    常沼君が女性の方へ走っていったのだ。
    《あれ?これってまさか・・・・、》
    考え終える前に大きな音がしていた。
    低く鈍く、不吉で身が竦む音だ。
    常沼君は女性を突き飛ばし、代わりに自分が車に撥ねられていた。
    彼の身体はマネキンのように宙を舞い、向かいに停まる車に叩きつけられた。
    周りから悲鳴が上がり、撥ねた車は急ブレーキをかけて停車する。
    私も呆気に取られていた。
    けど自分でも気づかないうちに「常沼君!」と叫んで駆け寄っていた。
    彼は叩きつけられた車のボンネットに倒れていたけど、ズルズルと落ちていき、糸の切れた人形のように、手足を投げ出しながら地面に横たわる。
    「常沼君!」
    抱き起こそうとしたけど、下手に動かさない方がいいと思って、すぐに手を離した。
    後頭部に触れた私の手はべっとりと赤く滲んでいた。
    「・・・・・・・・。」
    震える手を押さえながら彼を見ると、目を開け、口を開け、地面にも赤黒い染みを滲ませたままピクリともしなくなっていた。
    「だ・・・・誰か救急車!」
    顔を上げながら叫ぶと、野次馬の一人が電話を掛けてくれた。
    そして撥ねた車はバックして、急ハンドルで出口の方へ向きを変える。
    「ちょっと!逃げる気!?」
    追いかけようとしたけど足がもつれる。
    すると『俺に任せろ!』とエル君が走り出した。
    逃げ出す車に追いつき、車体をすり抜けて中に入ってしまった。
    「エル君!」
    車はエル君を乗せたまま猛スピードで去っていく。
    あっちは・・・・あの子に任せるしかない。
    私は常沼君の手を握り、「死んじゃダメだからね!」と叫んだ。
    「今の生活から抜け出そうと決心したんでしょ!だったら死んじゃダメよ!」
    彼の言っていた行かなきゃいけない場所、今なら分かる。
    きっと会社だ。
    仕事を辞め、休養を取るつもりでいたのだ。
    私がそうアドバイスしたから。
    なのに勝手な勘違いをして、てっきり自殺するものだと思い込んでいた。
    もっとよく話を聞いておけば、こうなることは避けられたかもしれない。
    いや、そもそも私と会わなかったらこんな事には・・・・・・。
    「お願い死なないで!死んじゃダメだよ!」
    必死に励まし続ける声は虚しいほど宙に消えていく。
    救急車が到着する頃、彼の手は冷たくなっていた。

    時を超えて佇む

    • 2019.08.29 Thursday
    • 11:25

    JUGEMテーマ:

    大きな木陰から 古い屋根を眺める

     

    ほころびはじめた土壁は

     

    いつ壊れてもおかしくないのにずっと立っている

     

    木陰を提供する大木は

     

    いつ枯れてもおかしくないのに青々としている

     

    時間の腐食さえ超えて 強く生き生きと今日も佇む

     

    セミの声を聴きながら目を閉じた

    勇気の証 第十三話 無自覚の重圧(1)

    • 2019.08.29 Thursday
    • 10:41

    JUGEMテーマ:自作小説

    解けない謎があるのはモヤモヤするものだ。
    陽菜ちゃんの家を後にした私は、猫が埋まっていたあの公園へ来ていた。
    ここには二匹の猫がいたはずだ。
    一匹は陽菜ちゃんの猫、もう一匹はどこの誰だか分からない猫。
    《しくじったあ・・・・。さっき陽菜ちゃんの猫に聞けばよかった。》
    陽菜ちゃんは幽霊になってしまったかつての飼い猫に会い、弔いの気持ちを伝えようとしていた。
    邪魔しては悪いと思って、声も掛けずに抜け出してきたけど、今思えば後悔している。
    《あの子猫なら知ってたかもしれないのに。ここにいたもう一匹の猫のこと。》
    後悔しても時すでに遅し。
    ・・・・だけど一つだけ分かったことがある。
    《もう一匹の猫はハチロー君じゃなかったんだ。》
    エル君とハチロー君は、陽菜ちゃんの子猫に案内されて家までやって来た。
    ということは、もし二匹が同じ公園に埋まっていたなら、互いのことを知っているはずだ。
    だけどハチロー君に訪ねても『知らない』と答えた。
    陽菜ちゃんの子猫とは面識がないらしく、今日初めて会ったそうだ。
    となるとここに埋まっていたもう一匹の猫の正体は・・・・。
    そもそもハチロー君は誰の猫?
    『東京行かないの?』
    エル君が足元で言う。
    私は「行くよ」と答えて踵を返した。
    もう一匹の猫のことは気になるけど、これ以上気にしても仕方がない。
    公園を出てバス停へ向かうと、ちょうどのタイミングでやって来た。
    重い荷物を引っ張りながら乗り込み、走り出した窓の外を眺める。
    エル君とハチロー君は楽しそうにじゃれ合っていた。
    東京はどんな所だろうってワクワクしているみたいだ。
    私はそんな二匹を横目に児玉君に電話を掛けた。
    ちゃんとお礼に伺うなんて言っておきながら、今はもうバスに乗ってしまったから、せめて電話でと思ったのだ。
    『そんな!』と悲しむ児玉君だったけど、私はこう返しておいた。
    「私なんかに熱をあげるより、もっと近くに素敵な女の子がいるじゃない。」
    『誰?』と聞き返されたので「すぐ近くにいる子」とだけ答えておいた。
    『まさか陽菜じゃないよな?』と言うので「児玉君はどう思うの?」と尋ねた。
    少しの間だけ沈黙があった。
    私は「引ったくりを捕まえようとしてくれてありがと」と伝えて電話を切った。
    そのすぐ後に陽菜ちゃんから掛かってきた。
    『なんでいきなり帰っちゃうの!さっき児玉君から電話があって・・・・、』
    ごめんと謝りつつ、子猫はどうなったのかと尋ねたら『成仏したよ』と答えた。
    『お姉さんの言うの通りだったみたい。猫の言葉は分からないけどさ、霊感のせいで気持ちは伝わって来たんだよね。
    弔ってほしい気持ちと、私に迷惑かけたくないって気持ちで悩んでた。ほんと最低な飼い主だよね、私・・・・・。』
    気落ちする陽菜ちゃんだったけど、私は「そんなことないよ」と励ました。
    「もしも陽菜ちゃんがヒドイ飼い主だったら、あの子は姿を見せないままだったと思う。
    陽菜ちゃんのおかげで成仏したってことは、一緒にいた時間は子猫にとって幸せなものだったはずよ。」
    『そうかな?』
    「必ず。」
    私はそう信じている。
    そして今はもうバスの中で、これから東京へ向かうことを伝えた。
    寂しがる陽菜ちゃんだったけど、「これ以上邪魔しちゃ悪いから」と答えておいた。
    『邪魔?なんの?』
    「児玉君との仲を。霊感はすごい力だと思うけど、それで感じることが全てじゃないはずよ。
    私はけっこう上手くいくんじゃないかって思うんだけど・・・・これ以上余計なことは言わない。
    でも一つだけ覚えておいて。霊力とか勘とかよりも、自分の気持ちを一番に考えた方がいい時だってあるってことを。」
    生まれた時から動物と話せる能力がある私は、能力だけが全てを決めるわけじゃないと知っている。
    『また会えるよね?』と言う陽菜ちゃんに「いつかきっと」と頷き、電話を切った。
    陽菜ちゃんと児玉君、ひょんなことから出会ったけど、なんだか懐かしい気持ちを思い出させてくれた。
    私はあの二人みたいに思いっきりぶつかれる友達はいなかったけど、あの年頃特有のなんとも言えない思い出みたいなものはある。
    窓に流れる景色を見つめながら、感傷に浸るのと同時に、また道草を食っちゃったなと沈んだ気分にもなった。
    本当なら昨日のうちに東京へ着いているはずなのに・・・・。
    すぐに東京にいる友人に電話を掛けると、いつものように『ぜんぜん大丈夫だよ』と笑いながら返ってきた。
    『今のところはマナコがいなきゃ困るような仕事はないからね。』
    「それひどい・・・・。まるで私が必要ないみたい。」
    『そうじゃないって。焦らなくても平気ってこと。気をつけてゆっくりおいで。あ、それと・・・・、』
    「それと?」
    『東京へ着いたら、ここへ来るまでに何があったのか教えてよ。』
    「もちろん!」
    『楽しみにしてるよ、それじゃ。』
    彼の大らかな性格にはいつも助けられてばかりだ。
    だけどこれ以上甘えるわけにはいかない。
    今度こそまっすぐに東京を目指さないと。
    まあ心配しなくても、そうそうトラブルに見舞われることはないだろう。
    ・・・・そうタカを括っていたんだけど、早々と見舞われることになってしまった。
    バスが急ブレーキを掛け、前の座席にぶつかりそうになってしまう。
    すぐ横に立っていた若いサラリーマンも倒れそうになって、必死にバランスを保とうとしていた。
    車内がガヤガヤとどよめく。
    「何してんだ!」と怒鳴る人もいれば、青ざめてカバンを抱きしめる人もいた。
    バスの運転手さんが「大丈夫ですか!」と叫びながら駆け下りていく。
    事故でもあったのかな?と首を伸ばしていると、「すみませんでした!」と若いサラリーマンが叫んだ。
    「はい?」
    「あの・・・・わざとじゃないんです!」
    なんのことかと思ったけど、冷静になってからすぐに気づいた。
    今は慌てて立ち上がったけど、さっきまで私の太ももに手を付いていたのだ。
    もちろんわざとじゃないのは分かってる。
    倒れそうになって咄嗟のことだ。
    「気にしてないから大丈夫ですよ。」
    「ほんとすいません!」
    そう言ってすぐにどこかに電話を掛けていた。
    「はい、はい、そうなんです!バスが事故っちゃって・・・・。いやそんなの関係ないと言われましても・・・・。
    滅相もないです、はい!すぐにご説明に伺わせて頂きますから・・・・・え?もういい?
    あ、あのちょっと待って下さい!タクシー拾ってでもすぐに・・・・え、別の業者に頼むって?
    ちょっと待って下さい!ウチの機械なんですからウチが責任をもって・・・・・もしもし?もしもし!?」
    電話を切られてしまったのか、落ち込んだ顔でため息をついていた。
    ていうかかなり顔色が悪い。
    つり革に掴まっているのさえ辛そうで、「あの」と声を掛けた。
    「よかったら座って下さい。」
    「いやいや!そんな。」
    「でもすごく辛そうだから。遠慮せずにどうぞ。」
    立ち上がり、手を向けると「すいません・・・」と腰かけた。
    バスはまだ動かず、乗客の不安とイライラが増していく。
    一人が外へ確認しに行き、戻ってきてこう話した。
    「どうも当たり屋っぽいな。足折ってるみたいだ。」
    運転手さんも軽くパニックになっているらしく、これじゃしばらく動きそうにないなと、ここで降りていく人たちもいた。
    するとそれを聞いた若いサラリーマンが「いっそのこと俺も・・・」と呟いた。
    「事故で死んだら楽になるかなあ。」
    諦めと希望が入り混じった目をするので、少し不安になってしまった。
    OL時代の頃、仕事のストレスに耐えかねて辞めていった人が何人かいた。
    その人たちと同じような目をしているので、思わずこう声を掛けていた。
    「あまり思いつめちゃダメですよ。」
    「あ・・・・え?」
    キョトンとするサラリーマンに「すみません」と会釈した。
    「さっきの呟きが聞こえたものだからつい。」
    「呟き?」
    「ええっと・・・・自分も事故にあったら楽になるとか。」
    「そんなこと言ってました?」
    「はい。聞くつもりはなかったんだけどこの距離だから。」
    「そうかあ・・・・そんなこと口走って・・・・。」
    どうやら自覚がなかったみたいだ。
    だったら余計に心配になってしまう。
    どれだけ自分の心が追い詰められているか、自分で理解していないってことなんだから。
    ある日ポンと弾けてしまったらと思うと、その先はあまり想像したくなかった。
    何人か降りたせいで、一番後ろの広い座席が空いていた。
    私は「よかったら移動しません?」と後ろを指した。
    「まだしばらく動きそうにないみたいだし、よかったらちょっとお話でも。」
    「いやでも・・・・、」
    「じゃあ今からタクシーを拾ってお仕事に?」
    「・・・・そのつもりでしたけど、今から向かっても許してもらえないかも。ほんとは朝イチで行くはずだったんだけど、バタバタしてて遅れたから。」
    「ならもういいじゃないですか。」
    「いいって・・・・、」
    「来なくていいって言われたんでしょ?じゃあもう行かなくても。」
    「そんなわけにはいきませんよ!」
    「どうして?」
    「どうしってって・・・・納品した機械にトラブルがあったんですよ。買ってすぐなのに動かないって。
    どうなってんだ!って先方がお冠なんです。俺が行って説明しないと・・・・、」
    「だけど別の業者さんが来るんでしょう?」
    「それも聞いてたんですか?」
    「聞こえちゃったんです、だって近いから。」
    私は後ろの席へ歩き、ポンポンと隣を叩いた。
    このまま仕事へ行くというならそれで構わない。強制してまで止めることは出来ないのだから。
    でも誰かに話を聞いてもらうだけで楽になることもあるはずだ。
    じっと見つめながら待っていると、少し迷う素振りを見せてからこっちへ歩いてきた。
    隣に腰を下ろし、力なく項垂れる。
    「会社になんて言おう・・・・・。」
    「事故があって行けなかったって言えばいいじゃないですか。」
    「そんなの通る上司じゃないんですよ。車が埋もれるほど雪が積もっても、今すぐ来いって言う人だから。
    台風で電車もバスも止まってる時だって、タクシー拾ってでも出社しろって言われましたよ。もちろん自腹でって・・・・。
    このまま戻ったら何を言われるか・・・・想像しただけでも吐きそうになる。」
    「大変ですね、お仕事。」
    「ほんとにもう。転職したはいいけど、これじゃ前と一緒だ。」
    「すごく顔色が悪いですけど、体調を崩されてるんですか?」
    「ストレスですよ。体調が悪いのなんていつものことです。」
    「眠れないとか食べられないとか?」
    「それもあります。けど仕事のことを考えただけで目眩がしてきそうで・・・。」
    「なら辞めるとか、もう一度転職するとかは?」
    「そういうの簡単じゃないですよ。」
    「どうして?」
    「だっていきなり辞めたら迷惑がかかるじゃないですか。転職したって次はもっと酷いかもしれないし。」
    「出来ることなら今すぐにでも辞めたい?」
    「・・・・分かりません。」
    「自分でもハッキリしないんですか?」
    「だって俺だけが辛いわけじゃないから。きっとみんなストレス抱えながら働いてる。自分だけ甘えるなんてそんなの無理です。」
    「みんなが同じだから、自分も同じじゃなきゃいけないの?」
    「そういうわけじゃないけど・・・・。」
    「でもすごく辛そう。ほんとに大丈夫ですか?」
    「大丈夫ではないですよ。さっきだって事故ったら楽になるとか呟いてたんでしょ?」
    「あれ、ぜったいに本心だと思うのよね。今はまだなんとか誤魔化せてるけど、そうじゃなくなる日が来たらって思うと・・・怖くなる。」
    「失礼ですけど、あなたも・・・・・、」
    「何年か前までは会社勤めをしてました。私の場合はストレスで辞めたわけじゃないけど、あなたと似たような人は何人かいましたよ。
    心を病んだり、家から出られなくなったりとかね。見てるこっちも辛かった。ああいう状態になると、なかなか周りの声も届かなくなっちゃうのよね。
    そしていつか限界が来て、普通の生活さえままならなくなったりする。」
    手元を見つめながら当時を思い出していると、「あなたもそうだったんですか?」と興味津々に身を乗り出してきた。
    「いや、私はそうじゃなかったけど・・・・・、」
    「なんだ・・・・。」
    「もちろんそれなりにストレスは感じてましたよ。でもなんだろう?元々小さなことは気にしない性格っていうか、気にしても仕方ないってタイプだから。」
    「俺だって元々はそうでしたよ。学生ん時はこんなんじゃなかった。」
    「失礼じゃなかったらだけど、今幾つか聞いてもいい?」
    「27です。」
    「社会に出てから一番迷いやすい歳だよね。30手前は人生の分岐点って言う人もいるくらいだし。」
    「あなたは?」
    「へ?」
    「会社勤めしてたってことは、今は違うんでしょ?転職したんですか?」
    「そうね、転職みたいなものかも。大変なこともたくさんあるけど、コレだ!と思って選んだ道だから後悔はしてないよ。」
    「そっかあ・・・・いいなあ。」
    「あなたは前はどんな仕事してたの?」
    「家具メーカーで営業をやってました。仕事そのものは好きだったんですけど・・・・、」
    「辛いことがあった?」
    「・・・・・・・。」
    「いいよ、本当に辛いことなんてそう簡単に言えないもんね。」
    「二度と同じ目に遭いたくないと思って転職したんだけど、こっちでも同じことに・・・・、」
    そう言って口を噤む。
    心に傷を負った人は、その傷が疼く度に、当時の辛い感情まで蘇ってしまうという。
    私は「ごめんね」と謝った。
    「余計なこと聞いちゃったね。」
    「いいんですよ、別に。」
    手を組み、せわしなく足踏みをしている。
    やがて救急車とパトカーがやって来て、しばらくしてから運転手さんが戻ってきた。
    「お待たせして申し訳ありません。すぐに出発します。」
    引きつった顔をしてるけど大丈夫かな?
    彼がスっと立ち上がり、「俺、ここで降ります」と言った。
    「え?だってせっかく動き出すのに。」
    「今日はもう会社に戻っても上司に怒鳴られるだけなんで。だったらどっかでボーっとしてようかなあって。」
    カバンを掴み、足早にバスを降りていく。
    するとエル君が『俺、あの人見たことあるぜ』と言った。
    「ほんとに?」
    『まだ生きてた時の話だけどな。ご主人が家族と一緒に近所の家具屋さんに買い物に行ったんだ。
    その時にさっきの人がいた。名刺?とか渡しながらすごいペコペコしてた。』
    「営業って向いてる人にはいいけど、そうじゃないとすごく辛いっていうもんね。けどなんで家具屋さんにエル君も一緒に行ってたの?」
    『猫用のやつも売ってたから。キャットタワーとか猫のベッドとか。ペット用のコーナーだけはペットの連れ込みがOKだったんだ。』
    「へえ、いいねそのお店。私も行きたい。」
    『でも店員がおっかないんだぜ。だってあの人めちゃくちゃ怒られてたからな。だからお前はダメなんだとか、邪魔だとか能無しだとか。』
    「よく覚えてるね。」
    『だってめちゃくちゃ怒鳴ってたくせに、ご主人の家族にはニコニコしてたからさ。あれ、どっちが本当の性格なんだろうって不思議だった。』
    「うん、まあ・・・・営業の人はどうしてもね。取引先の人に文句言われちゃうから。」
    営業部に配属されたことはないけど、営業に異動になった同期はいつもストレスを抱えていた。
    自分には向いてない、元の部署に戻りたいってよく言っていたっけ。
    「こうして会ったのも何かの縁かも。」
    また悪いクセが出てくる。
    これ以上道草は食えないのに、気づけばバスを降りていた。
    「あの!」
    慌てて追いかけると、驚いた顔をしながら足を止めていた。
    「よかったらもうちょっと話しません?」
    「それはありがたいですけど・・・・あなただって何か用事があるんじゃないんですか?」
    「実は東京へ向かう途中で。」
    「じゃあどして・・・・、」
    「だって私から話しかけたから。悩みを聞き出しておいて、はいさよならって無責任じゃないですか。」
    微笑みながら言うと「付き合ってくれるんですか」と嬉しそうにしていた。
    「さっき会ったばっかりなのに。」
    「話を聞くくらいしか出来ないけど、それでもいいなら。」
    「嬉しいです。最近忙しくてロクに友達とも会えなかったから。」
    「じゃあ決まり!ちょうどそこにファミレスがあるみたいだし・・・・、」
    「出来れば外でもいいですか?なるべく開放的な場所で落ち着きたいんです。」
    「あなたの好きな場所で。」
    「ちょっと歩いた先に大きなホームセンターがあるんです。そこなら二階にテラスがあって。」
    「ならそこにしよ。」
    ニコリと頷くと「こっちです」と指を差しながら歩き出した。
    『ねえねえ藤井ちゃん。』
    エル君が尻尾で足を叩いてくる。
    『また遅れるんじゃないの?』
    「ごめん・・・・。」
    『ハチローも早く東京に行きたいって。なあ?』
    『うん。東京って楽しいんでしょ?シンカンセン乗らないの?』
    「ごめんね、もうちょっとだけ付き合って・・・・。」
    『じゃあ抱っこして。』
    「今はちょっと・・・・、」
    『抱っこ。』
    「はいはい・・・これでいい?」
    大きな荷物を一旦置いてから、よっこらしょっと抱き上げる。
    すると「持ちますよ」と彼が言った。
    「それ重いでしょ?」
    「え?ああ!ぜんぜんお気遣いなく・・・・、」
    言い終える前にアタッシュケースを引っ張ってくれる。
    そして肩に掛けていた大きなバッグも担いでくれた。
    「そんな!悪いですよ!」
    「いいんです、こう見えてもそこそこ体力はあるんで。」
    軽々と荷物を運びながら歩いていくその背中は、さっきよりも少しだけ自信に満ちている感じがした。
    《なにかスポーツでもやってたのかな?》
    親切で優しい人だ。
    だからこそ傷つきやすいのかもしれない。
    他人の痛みに敏感な人ほど、自分自身が痛みに苛まれてしまうから。
    《乗りかかった船だ、真摯に向き合わないと。》
    話を聞くだけとは言いつつ、何かいいアドバイスが出来たらなと頭を回転させる。
    エル君に『東京は〜?』と足を引っ張られた。

    体感時間

    • 2019.08.28 Wednesday
    • 10:52

    JUGEMテーマ:

    一年が短縮されていく

     

    歳を重ねるごとに

     

    去年の出来事さえ数日前のようだ

     

    光の速度以外は可変だというが

     

    アインシュタインは間違っていないのだろう

     

    先日のものだと眺めていたレシートが

     

    一年前のものだと気づき

     

    もし昨日のものでも違和感がないことに

     

    時間の流れが早くなっていることに気づく

    勇気の証 第十二話 思いやる(2)

    • 2019.08.28 Wednesday
    • 10:15

    JUGEMテーマ:自作小説

    「ほんとにここにいるのか?」
    児玉君が眉間に皺を寄せながら陽菜ちゃんの膝の上を見る。
    「いるよ、霊感がないと見えないけど。」
    「藤井さんも見えるの?」
    「今朝からね。」
    「信じらんね。」
    興味もなさそうにそっぽを向く。
    陽菜ちゃんは「ほんとだって!」と怒るけど、私は《まあそうなるよね》と肩を竦めた。
    ここは陽菜ちゃんの家、三人で彼女の部屋に集まっていた。
    もう一匹の猫の謎が分からないまま公園に立ち尽くしていると、陽菜ちゃんが『私の家に行かない?』と言ったのだ。
    『なんか今日は学校に行く気分じゃないし。』
    こうして出会ったのも何かの縁だからと、家にお招きしてもらった。
    そして彼女の家で過ごすこと二時間ほど、児玉君から電話が掛かってきた。
    警察での話を終えたそうで、今からまた公園へ戻るという。
    『もう藤井さんの用事終わったから。そのまま私んちに来て。』
    それで今こうして集まってるわけなんだけど、ついさっきまでは陽菜ちゃんのお母さんのお説教が続いていた。
    『学校サボるな!』と言うお母さんと、『一日くらいいいでしょ!』と反発する陽菜ちゃん。
    きっと日常茶飯事なのだろう。
    仲のいい親子だなと笑いを堪えていた。
    それからすぐに陽菜ちゃんがこう切り出した。
    『今まで児玉君に言ってなかったんだけどさ、実は幽霊が見えるんだよね私。』
    『何言ってんだ?》と笑う児玉君に、必死に説明しようとする陽菜ちゃん。
    二人のやり取りを尻目に見ていると、窓の外に二匹の猫が現れた。
    『エル君、ハチロー君!』
    どういうわけか二匹がこの家に来ていた。
    スルっと窓をすり抜けて『ただいま』と言うエル君、ハチロー君を振り返り『捕まえてきたぜ』と誇らしそうにしていた。
    二匹を見つけた陽菜ちゃんは『おいでおいで』と抱っこをして、今に至っている。
    まだ信じられない様子の児玉君だったけど、決して引かない陽菜ちゃんに諦めたのか、「はいはい霊感あるなんてすごいね」と受け流し、「それよりさ・・・」と話題を変えた。
    「あのあとどうしてたの?公園にずっといた?」
    不安な様子で尋ねてくる。
    けど詳しいことは話せない。
    だって陽菜ちゃんと約束したのだ。
    公園での話は内緒にすると。
    私は適当に誤魔化しながらも、《ほんとにこれでいいのかな?》と迷っていた。
    約束を破る気はない。
    だけど撥ねられた子猫をそのままにはしたくなかった。
    せめて弔ってあげたい。
    肉体は土に還ってしまったけど、魂はまだこの世を彷徨っているかもしれないのだ。
    事実は児玉君に伏せるにしても、陽菜ちゃんは飼い主の責任を持たないといけない。
    児玉君が帰ったらお経くらいあげに行こう。
    「ごめんお姉さん、ちょっとトイレ。」
    そう言って私に猫を預け、陽菜ちゃんが部屋を出て行く。
    児玉君が「幽霊なんて・・・・」と苦い顔をした。
    「あいつがそういうこと言うなんてちょっとショック。」
    「児玉君はこういう話が嫌い?」
    「もっとまともな奴だと思ってた。」
    「今朝までなら君の気持ちは理解できたと思う。けど私も見えるようになっちゃったから、陽菜ちゃんを悪くは言えない。」
    「まあ別にいいんだけどさ。」
    まったく納得してないみたいだけど、私は彼に聞いておきたことがあった。
    「あのさ、子猫を掘り返して首輪を捨てたのって、その日の夜のうち?」
    唐突な質問に身構える児玉君だったけど、私は気にせずに続けた。
    「当日の夜に掘り返したのか?それとも別の日なのか?教えてくれない?」
    「なんでそんなの聞くの?」
    「ちょっと気になることがあって。あ、でも児玉君を責めるような話じゃないから安心して。」
    ニコっと笑いかけると、少し安心したのか「次の日の朝」と答えてくれた。
    「朝って・・・けっこう早い時間かな?」
    「陽が昇るか登らないかくらいだったと思う。バレたらどうしようって眠れなくて、それで掘り返しに行ったから。」
    「じゃあかなり早朝だったんだね。・・・・ちなみにさ、その時に何か見なかった?」
    「何かって?」
    「猫の死体。もちろん君が埋めたのとは別の。」
    「ああ、見たよ。それもけっこうグロい死に方してた。」
    「ほんとに?」
    「言っとくけどそれは俺とは無関係だからな。」
    「分かってる。でも・・・・本当にあったのね?間違いなく猫だった?」
    「かなりグチャグチャだったけど・・・でもだ首輪が付いてたし。猫だと思うよ。犬とかじゃなかったし。」
    「どんな首輪だった!?」
    「ちゃんと見てないから分からないけど、多分白っぽいやつだったと思う。鈴も付いてたと思うな。」
    「ほんとに?」
    「多分だよ。気味悪いからちゃんと見なかったし。ていうかビックリしてさ、また猫が死んでるって。
    一瞬俺が埋めたやつを誰かが掘り返したのかと思ったけど、埋めた場所にはちゃんと埋まったままだったから、あれは別の猫なんだなって。ただ・・・・、」
    「ただ?」
    「潰れたみたいな死に方だったけど、車とかバイクの跡はなかったんだよなあ。俺のバイクは跡が残ってたのに。」
    「それは確かにおかしいね。」
    「道路かどっかで轢かれて、そのあと公園に捨てられたのかもしれない。まあ分かんないけどさ。」
    児玉君に言われてハっと気づく。
    公園に死体があったからって、なにも公園で死んだとは限らない。
    だけどどうして公園に?とも思ってしまう。
    埋めるでもなく、隠すでもなく、ポンと公園に置いていく理由ってなんだろう?
    まさか死んだ後に勝手に歩いたりはしないだろうし。
    「もうこの話いい?」
    「え?」
    「猫のこと。あんまり思い出したくないんだ。」
    「ああ、うん。色々答えてくれてありがとう。」
    「じゃあ俺そろそろ帰るから。」
    「え?もう帰っちゃうの?」
    「だってせっかくサボったんだし。ずっとここにいてもやることないから。」
    そう言って立ち上がり「もしよかったらさ」と振り返る。
    「藤井さん、俺んちに来ない?」
    「児玉君の家に?」
    「あ、変な意味じゃないよ。ただお母さんが藤井さんにお礼を言いたいって。」
    「お礼を言うのは私の方よ。児玉君が引ったくりを追いかけてくれたんだから。」
    「でもその後に警察呼んだり心配してくれたりしたじゃん?だからお母さんがちゃんと挨拶したいって。さっきはバタバタしててちゃんと話も出来なかったし。」
    「そうね・・・ならお邪魔しようかな。でも陽菜ちゃんが戻って来てからでいい?」
    「でもあいつのトイレって長いぜ。待ってたら時間かかると思うけど。」
    「いくら友達でも女の子にそういうこと言わないの。陽菜ちゃん怒るよ。」
    「しょっちゅうネタにしてるから平気だって。昔っからの仲だし。」
    「う〜ん・・・そうかもしれないけど、親しき中にも礼儀ありって言うじゃない。」
    「俺だけ礼儀もっても仕方ないって。あいつも大概だし・・・・、」
    「誰が大概って?」
    陽菜ちゃんが戻ってきた。
    ズカズカと児玉君に詰め寄り「お姉さん連れ込んでどうしようっての?」と睨んだ。
    どうやらさっきの話を聞いていたらしい。
    児玉君に好意を持つ陽菜ちゃんからしたら面白くないだろう。
    気持ちを考えれば断るべきだったと反省した。
    大人からすれば高校生の可愛らしいお誘いであっても、高校生同士となるとそうはいかないだろうから。
    私のせいで二人の仲が悪くなるのは避けたい。
    「ごめん児玉君、陽菜ちゃんだけ除け者には出来ない。家に行くなら三人で行こう。」
    そう言うとあからさまに「ええ・・・」と嫌そうな顔をしたので、陽菜ちゃんが「ちょっと!」と怒った。
    「そんなに私が嫌ならお前だけ帰れ!」
    「だって幽霊が見えるとか言い出すんだもん。そういう奴じゃなかったのに。」
    「今まで黙ってたの、頭おかしい人だと思われたくないから。他の子にだって言ってないし。」
    「じゃあなんで俺には言ったんだよ?」
    「だって付き合い長いし、そろそろ言ってもいいかなと思って。理解してくれるかなって。」
    「無理に決まってるだろ。ていうかさ、藤井さんも幽霊がどうとか言い出すからショックだった。
    海外まで動物のボランティアに行くくらい立派な人なのに幽霊なんて。どうせお前が余計なこと吹き込んだんだろ?」
    「はあ?なにそれ。」
    陽菜ちゃんの表情が曇っていく。
    私は「落ち着いて」と止めた。
    けど児玉君もイラ立っているみたいで止まらない。
    「公園で余計なこと言ったんだろ?藤井さんは本気で猫を捜そうとしてたのに、お前が面白がって幽霊がどうとか言い出したんだろ。」
    「ちょっと児玉君、それは違う・・・・、」
    「でもおかしいじゃん?なんで藤井さんまで幽霊がどうとか言い出すんだよ。どうせ陽菜から影響されたんだろ?」
    「そうじゃない。私も今朝から本当に霊感が出てきて・・・・・、」
    「こんな奴に気を遣わなくていいよ。昔っからガサツっていうかなんていうかさ。自分がこうだと思ったら意地でも引かないんだよ。
    でもって周りに自分は正しいって押し付けようとする。藤井さんにもそうしたんだろ?」
    「だから違うってば!お願いだからそれ以上陽菜ちゃんを怒らせないで・・・・、」
    止めようとしたけどもう遅かった。
    陽菜ちゃんのようなタイプは本気で怒ると爆発するんじゃないかと心配だったけど、まさにそうなってしまった。
    児玉君の言うことにじっと堪えていたけど、急に胸ぐらを掴んで・・・・、
    「もっぺん言ってみろ!」
    「痛ってッ・・・・、」
    ゴチン!と鈍い音が響く。
    児玉君はおでこを押さえながら「何すんだ!」と掴みかかった。
    けど陽菜ちゃんも負けていない。
    もう一発ゲンコツをお見舞いし、髪の毛や服を掴み返す。
    「ボロクソ言いやがってこの!ふざけんな!!」
    「ふざけてんのはお前だろ!このオカルト女!」
    思いっきり突き飛ばす児玉君。
    陽菜ちゃんは壁に激突し、「痛った・・・・」と倒れた。
    「児玉君!」
    制止しようとしたけど、こっちもスイッチが入ってしまったみたいだ。
    倒れる陽菜ちゃんに突進して馬乗りになろうとする。
    けど「お前なんかに負けるか!」とガンガン蹴られていた。
    倒れたまま蹴っているものだから、スカートがめくれ上がって大変なことになってるけど、まったく気にしていない。
    児玉君が足を掴み、「パンツ丸見えなんだよ!」と叫んでも蹴るのをやめなかった。
    「お前のなんか見ても嬉しくないけどな!」
    「じゃあ足離せよ!」
    「離したらまた蹴るだろ!」
    「蹴るようなこと言うからだ!ていうかパンツめっちゃ見てんじゃねえよ!」
    男の子の悲しい性というか、視線は明らかにそこへ向いていた。
    しかし陽菜ちゃんは一瞬の隙をついて、近くにあったマンガを投げつけた。
    怯む児玉君、足を振り払う陽菜ちゃん。
    喧嘩は激しさを増していき、もはや私じゃ止められない。
    するとドタドタと階段を駆け上がってくる足音がして、勢いよくドアが開いた。
    「アンタらあ!!」
    お母さんが怒鳴り込む。
    児玉君はピタリと動きを止めたけど、陽菜ちゃんは止まらない。
    「かかってこい!」と飛びかかろうとして、「陽菜!」とお母さんに羽交い締めにされていた。
    「なにしてんのあんた!」
    「離してよ!」
    「お客さんの目の前で!」
    「だってあいつが・・・・、」
    「いい加減にしないとお父さんに言うよ。」
    「・・・・・・・・。」
    「あんた知らないよ?この前も窓を割って大目玉食らったのに。今度なんかやったらゲンコツだけじゃすましてくれないよ。」
    「だって喧嘩なんかいつもしてるし・・・・、」
    「こんなプロレスごっこみたいな喧嘩ねえ、もうじき大学へ行く子がすること?」
    「向こうが先に挑発した。」
    「だろうね、児玉君?」
    「なに?」
    「あんたも口が悪いから。陽菜も陽菜だけどあんたもあんた。」
    「でも・・・・、」
    「でももへったくれもない。今日はもう帰りなさい。それか今からでも学校行くか。」
    「帰るよ。藤井さん、一緒に・・・・、」
    「行くなら陽菜ちゃんと三人にしようよ。ね?」
    「そんな心配しなくても変なことなんてしないよ。」
    「そういう意味じゃなくて、陽菜ちゃんだけ仲間はずれは可哀想だから・・・・、」
    「だったらいいよもう。」
    カバンを掴み、ふてくされた顔で駆け出す。
    玄関のドアが乱暴に閉じる音がして、「まったくもう」とお母さんがため息をついていた。
    「ごめんねえ。」
    「いえいえ、私も悪かったんです。陽菜ちゃんの気持ちも考えずに。」
    「どうせ大したことじゃないんでしょ?陽菜、あんたも藤井さんに謝りな。」
    「は?なんで。」
    「ふてくされて。」
    「向こうが悪いんだもん。」
    「どうせヤキモチでも焼いたんでしょ。児玉君が藤井さんにデレデレしてるから。」
    「るっさいな。さっさと出てってよ。」
    「もう騒ぐんじゃないよ。」
    お母さんの背中を押して追い出す。
    バタンとドアを閉じると、「ごめん」と謝ってきた。
    「いいのいいの。でもすごい喧嘩だったね。」
    「別に。いつものことだし。」
    「あれだけ喧嘩しても友達でいられるなんて、ちょっと羨ましいかも。普通なら絶交しちゃうよ。」
    「腐れ縁みたいなもんだから。ていうかさっきの見ても思うでしょ?」
    「なにを?」
    「付き合ったって上手くいかないって。友達だからなんとか続いてるけど、彼氏彼女になったら殺し合いになっちゃう。」
    「否定出来ないかも・・・・。」
    嵐のあとの静けさなのか、しばらく無言が続く。
    するとエル君が『なあなあ』と足を叩いてきた。
    「え?ああ!ごめん・・・・。」
    すっかり忘れていた。
    そういえばどうしてこの家にやって来たんだろう?
    尋ねると『案内してくれたんだ』と答えた。
    「案内?」
    『ハチローはすぐ見つけることが出来たんだけど、今度は藤井ちゃんを見失って迷ってたんだ。
    どこ行ったんだろうってウロウロしてたら、僕について来てって子猫の幽霊がいきなり。』
    「子猫の幽霊・・・・どんな?」
    『ハチローとよく似てたよ。白い首輪付けてさ、鈴も付いてた。』
    「ほんと!その子猫は今どこ?」
    『どっか行っちゃった。家まで来た瞬間に、じゃあって尻尾振って。』
    「その子、もしかしたら・・・・、」
    ポケットからハンカチに包んだ例の首輪を取り出す。
    「ねえ?その子猫が付けてた首輪って、もしかして・・・・、」
    『あ、同じ!』
    ハチロー君が叫ぶ。
    「やっぱり・・・・。まだ浮遊霊のままだったんだ。でもどうして家の中に入って来なかったんだろう?」
    不思議に思っていると、陽菜ちゃんが「だって怒ってるだろうから」と言った。
    「私のことヒドイ飼い主だって。」
    「そうかな?」
    「じゃなきゃ会いに来るでしょ。」
    「でもエル君たちをここまで案内してくれたんだよ?ということは私たちの近くにいたってことなんじゃないかな?そうでなきゃ私がここにいるって知らないだろうし。」
    そう言った途端、陽菜ちゃんの顔が青ざめた。
    「え!ちょっと待って!それって呪われてるってこと?」
    「の、呪う・・・・?」
    「だって私の周りをウロウロしてるんでしょ?でも会いに来ない。それってぜったい怒ってるんだ。きっと私を呪うつもりなんだ・・・・・。」
    怯えたように表情が曇るけど、私は「そうかな?」と返した。
    「ほんとに呪うつもりならとっくにやってると思うよ。だって二年も幽霊をやってるんだから。」
    「じゃあなんで成仏しないの?」
    「・・・・弔ってあげてないせいかも。」
    未練があるからこの世に残ってるとすれば、きっと飼い主に弔ってほしいんだろう。
    なのに自分から会いに来ないのは、九官鳥のフク丸君と同じ理由かもしれない。
    「陽菜ちゃんは自分に霊感があることを良く思ってないよね?」
    「こんなのいらない。早くなくなってほしい。」
    「そう思ってるのを知ってるから会いに来ないのかもしれないよ?」
    「それは・・・・私に気遣ってるってこと?」
    「弔ってほしい気持ちと、陽菜ちゃんに嫌な思いをさせたくない気持ちで板挟みになってるのかも。」
    「じゃあ・・・弔ってあげたら成仏できる?」
    「断言は出来ないけど、それで成仏した動物を知ってるのよ。それもつい昨日のこと。」
    「ほんとに!?」
    「きっとまだ家の近くにいるんじゃないかな?陽菜ちゃんから探しに行ってあげれば出てくるかも・・・・、」
    「ごめん!ちょっと出かけてくる!!」
    物凄い勢いで駆け出していく。
    《陽菜ちゃん、ずっと気にしてたんだ。児玉君に嫌な思いをさせたくないから黙ってただけで。》
    あれだけ喧嘩してても、相手の心が傷つくようなことだけはしたくないんだろう。
    とても優しい子だ。
    児玉君も陽菜ちゃんのそういう部分を知ってるからこそ、ずっと友達でいるのかもしれない。
    あの二人がこの先どうなるのか?
    それは私がどうこう言えることじゃないけど、ここまで来れば何か進展がありそうな気もする。
    陽菜ちゃんはずっと秘密にしていた霊感のことを打ち明け、児玉君はずっと秘密にしていた子猫のことを話した。
    そしてもし子猫が成仏出来れば、互いに気遣うことはなくなる。
    お似合いの二人だから、どうか上手くいってほしいと願った。
    「エル君、ハチロー君。行こっか。」
    これ以上私が関われば、上手くまとまる事も、また喧嘩になってしまいそうな気がする。
    陽菜ちゃんのお母さんにお礼を言い、よろしく伝えておいて下さいと言って家を出た。
    「ごめんねえ、なんのお構いもできずに。」
    門の外まで見送りに来てくれる。
    そしてすぐ近くの電柱にしゃがみこんでいる陽菜ちゃんを見つけて声を掛けようとした。
    私は「いいんです」とそれを止める。
    「いま大事な話をしてるみたいだから。」
    「大事な話?」
    「ええっと・・・さっき児玉君と喧嘩してたから、電話で謝ってるんじゃないかなあって。」
    「あんなのいつものことよ。そもそもあの子から謝るなんてないない。」
    可笑しそうに手を振るけど、「でもまあ」と真顔になる。
    「自分が飼ってた猫だからね。責任を感じてるのかも。」
    「え?あの・・・もしかしてお母さんも・・・・、」
    「こういうの、遺伝するんだろうね。私の母親もそうだったし。」
    「・・・・・・・。」
    「それじゃ藤井さん、気をつけて東京までね。それとあんまり幽霊とは関わらないように。」
    そう言ってエル君とハチロー君を見つめ、家の中へ戻っていく。
    私は何も言えないまま、ただ瞬きを繰り返すしかなかった。

    闇を横切る者

    • 2019.08.27 Tuesday
    • 11:02

    JUGEMテーマ:

    夜の横断歩道 赤から青に変わり

     

    走り出そうとアクセルに置いた足を緩める

     

    一頭の鹿が茂みから駆け出し

     

    もう一頭がそれを追いかけるように跳躍した

     

    ライトの届かない闇へ消え

     

    何事もなかったかのように暗い道路だけが伸びている

     

    コンビニへ着く頃

     

    遠いどこかで甲高い獣の声が響いた

    勇気の証 第十一話 思いやる(1)

    • 2019.08.27 Tuesday
    • 10:13

    JUGEMテーマ:自作小説

    真実と向き合うには勇気がいる。
    私は天気のいい公園でスコップ片手に土を掘り返していた。
    地面を抉り、土を掻き分ける。
    その度に気味悪く胸が高鳴るのは、探し物が見つかってほしいという気持ちと、見たくないという気持ちで板挟みになっているからだ。
    大人の女と制服を着た女子高生が二人して公園の土を掘り返しているもんだから、遊具の方にいる親連れから冷たい視線が突き刺さる。
    平日の昼間、こんな場所でこんなことをやっていれば、変な目で見られてもおかしくはない。
    けど今はそんなことを気にしている場合じゃない。
    公園内のあちこちを掘り返し、子猫の首輪を探す。
    《ほんとにあるのかな。》
    児玉君は首輪が見つかるのを防ぐ為に別の場所へ捨てたのだ。
    だったらやっぱりこんな近くには・・・・、
    「藤井さん!」
    陽菜ちゃんが叫ぶ。
    私は彼女のいる駐車場まで走った。
    「見つかったの?」
    「うん、その子猫のものかどうかは分からないけど。」
    そう言って「これかな?」とスコップを向けた。
    《たしかに猫の首輪っぽいけど、汚れてて分かりづらいな。》
    白っぽい気もするけど、変色してるし土がこびりついてるしで判断出来ない。
    ちなみに鈴はついていない。
    いないんだけど、どこかで取れた可能性だってある。
    「洗ってみよっか。」
    「・・・・そうね。」
    首輪を受け取り、トイレへ行く。
    蛇口の水で丁寧に洗っていると、だんだんと汚れが落ちて色が見えてきた。
    《白だ。色は同じだけど、それより気になるのは・・・・、》
    「なんですかこれ?」
    横から陽菜ちゃんが覗き込んでくる。
    首輪には小さな金属のプレートが填っていて、そこに文字らしきものが見えるのだ。
    マジックで書いたのか、黒くかすんでいる。
    目を凝らし、じっと睨んでみる。
    するとかすかに『ハチロー』と書いてあるのが分かった。
    《あの子と同じ名前・・・・。》
    「お姉さん!名前っぽい文字の横に数字が見えない?」
    「数字?」
    「電話番号に見えるんだけど。」
    「ほんと!?」
    言われてよく確認してみる。
    すると陽菜ちゃんの言う通り、ほんのかすかに数字らしきものが書かれていた。
    首輪に名前と電話番号を書くのはよくあることだ。
    行方不明になった時はこれが手がかりになるんだから。
    《児玉君、もしかしてこのことを言おうとしてたのかも。》
    お母さんから電話が来る前、なにかを口にしようとしていた。
    あれは多分これのことだろう。
    《名前と番号があったんじゃすぐ飼い主が分かる。だから首輪だけ別の場所に埋めたのね。》
    番号はあまりに掠れていて、きちんと読み取ることが出来ない。
    それに何より・・・・・、
    《これ幽霊のハチロー君のものとは違う。》
    色はあの子の首輪と同じだけど、名前と番号の入ったプレートなんてなかった。
    それにこっちは可愛いステッチが入ってるけど、ハチロー君のはもっとシンプルだ。
    《死んでから首輪を付け替えるなんて出来るわけないし、だったらやっぱり違う猫なんだ。》
    こうして首輪が見つかったものの、結局あの子の正体は分からずじまい。
    もう手がかりはなくなってしまった。
    「お姉さん?」
    「ん?」
    「なんか切ない顔してるね。その猫ってお姉さんの飼い猫と違うんでしょ。だったらなんでそんな悲しい顔してるの?」
    「それは・・・、」
    「知り合いの猫とか?」
    「ううん、そうじゃないんだけど・・・・、」
    「じゃあお姉さんの傍にいた猫の幽霊が関係してるんだ?」
    「え?」
    「だって猫の幽霊がいたじゃん。」
    「もしかして見えてたの!」
    「二匹いたよね?大人の猫と子猫が。」
    「もしかして陽菜ちゃんも霊感が?」
    「うん。ちっちゃい頃はなかったんだけど、思春期くらいから見えるようになって。いつもってわけじゃないんだけど。」
    「なんか・・・けっこう多いんだね、見える人って。」
    「ちなみにだけど、お姉さんは最近じゃない?幽霊とか見えるようになったのって。」
    「分かるの?」
    「なんかピンと来ちゃうんだよね、そういうの。霊感って勘も鋭くなるから。
    だから気づかなくていいことも気づいちゃって、メンタル的にしんどい時とかある。
    ぶっちゃけ早く消えてくれないかなって思ってるんだけど、なんかどんどん鋭くなってくんだよね。」
    「霊感が強い人ならではの悩みがあるってわけね。」
    「児玉君のこととかね。」
    「ん?彼のこと?」
    「幼稚園の頃から友達なんだけどさ、アイツのことも思春期過ぎたくらいからなんか意識するようになっちゃって。」
    「ああ、なるほど。」
    言いたいことが分かってきた。
    私は「それは辛いね」と頷いた。
    「まだ何も言ってないけど・・・・、」
    「好きなんだけど、気持ちを伝える前から答えが分かるってことでしょ?」
    「そうそう!ほら、アイツお姉さんみたいな年上で母性の強そうな人がタイプだから。私なんか真逆だし。」
    「でもそれは・・・・、」
    「いいのいいの。だって霊感のせいで分かっちゃうんだもん。上手くいかないって。」
    「それでいいの?余計なお世話かもしれないけど、我慢してると辛くなるでしょ?」
    「児玉君さ・・・・、」
    「うん。」
    「多分まだ何か隠してる。」
    「子猫のことで?」
    「アイツ知ってるんじゃないかって思うんだよね。子猫の飼い主。」
    「それも霊感で?」
    「違う違う。だってその首輪、名前と電話番号が書いてあったわけでしょ?今はかすんで読めないけど、埋めた時はハッキリ読めたと思うんだよね。」
    「だけど書いてあるのは子猫の名前だけだし、番号だけ分かっても住所は・・・・、」
    「だったらバレることを怖がらないでしょ。」
    「・・・・つまり飼い主を知ってるから、バレることを恐れたってこと?」
    「もっと言うとバイクのことなんてどうでもよくて、子猫の飼い主に知られることを嫌がったのかも。」
    「あの・・・・それも霊感でピンとくるものなの?」
    霊感とはそこまですごい力なのかなと疑問に思ってしまう。
    だけど彼女は「ごめん・・・・」と謝ってからこう続けた。
    「死んだ子猫の飼い主って私なんだよね。」
    「へ?」
    一瞬何を言ってるのか分からなかった。
    だって当の飼い主がここにいて、しかも今まで知らないフリをしてたなんて・・・・。
    理解が出来なくて「どういうこと?」と聞き返していた。
    「この首輪、陽菜ちゃんが付けたってこと?」
    「うん。」
    「児玉君は陽菜ちゃんの猫だってことは・・・・、」
    「知ってるはず。だから隠したんだよ。」
    「そんなッ・・・・。だって友達の猫がこんなことになったのに・・・・、」
    「だからこそ言えなかったんだと思う。」
    「いつから知ってたの?」
    「ハチローがいなくなってすぐ。」
    「陽菜ちゃんの家、この近くだっけ?」
    「一年前までは近くのマンションにいたんだ。今は一軒家を買ったからちょっと離れた場所だけど。」
    「なら子猫でもじゅうぶんに来られたわけか。」
    「あの日窓から逃げ出しちゃってさ。夜になっても帰って来ないから、あちこち探してるうちにここへ来たの。
    で、見つけた・・・・。一目でもう幽霊だって分かった。。隅っこの植え込みに座ってて、じっと地面を睨んでた。
    名前を呼んだらこっちを振り返ったけど、そのままどこかへ行っちゃった。」
    「それから二度と見てない?」
    「成仏したのか浮遊霊になったのか分からないけど、もう会うことはなかったよ。」
    「陽菜ちゃんが来た時にはもう幽霊になってたのね・・・・、」
    「公園の地面にバイクで走ったみたいな跡が残ってたんだよね。それ見て一瞬でピンと来ちゃって。
    そういえば児玉君バイク買ったんだって。私にも自慢そうに見せてたし。だからきっと児玉君が関わってるんだろうなあって。」
    「でもバイクの跡だけでどうして児玉君だって思ったの?」
    「だからピンとくるって言ったでしょ。知りたくないことでも分かっちゃう。ただの予感とかじゃなくて、確信みたいにビビって来ちゃうから。」
    「それは・・・・ほんとに辛いね。」
    「児玉君を追求出来なかったし、したくなかった。だって私にバレたくないから埋めたんだろうなって。」
    「埋まってることもビビっときたの?」
    「うん。その首輪を見つけたのだって同じ。」
    「だから公園にあるって言い切ったんだね。」
    「児玉君に嫌な思いをさせたくないからずっと黙ってた。付き合えないにしても嫌われたくなかったし。私から言いだしたら絶対にギクシャクするし。酷い飼い主でしょ?」
    そう言われて、私は何も返せなかった。
    陽菜ちゃんに怒ったり呆れたりしてるからじゃない。
    今、とんでもなく重要なことを思い出してしまったからだ。
    「ねえ陽菜ちゃん。もう一度確認していい?」
    「いいよ。ただ・・・・、」
    「ただ?」
    「これ児玉君には黙ってて。お姉さんを信用して話したんだから。」
    「分かった。その代わり質問に答えてくれる?」
    「約束してくれるならなんでも。」
    「さっき陽菜ちゃんこう言ったよね。私が来た時にはもうハチローは幽霊になってたって。」
    「うん、間違いないよ。あれはハチローだった。」
    「そして隅の植え込みに埋まってることもピンと来た。」
    「それも間違いない。そういう確信があったし、ハチローだってその場所を睨んでたし。」
    「じゃあさ、陽菜ちゃんが公園へ来た時には何もなかったってことよね?」
    「なにも?」
    「その・・・バイクに轢かれた子猫の死体、どこにもなかったんだよね?」
    「あるよ。だって埋まってたんだから。」
    「ごめん、聞き方が悪かったね。埋まってない状態で放置されてなかったのよね?」
    「もちろん。だって埋められてたんだから。」
    「そうよね、放置されてるわけないよね。」
    私はなんて馬鹿なんだろう。
    《タクシーの運転手さんはこう言ってた。
    よく公園を散歩してるおじさんがハチロー君を埋めたって。でもそうなると児玉君や陽菜ちゃんの話と矛盾する。》
    ハチロー君を埋めたのは児玉君の友達。
    だったら運転手さんが言っていたおじさんはいつハチロー君を埋めたんだろう?
    運転手さんの話によれば、おじさんは朝の散歩中に猫の死骸を見つけて埋めたという。
    でもハチロー君は撥ねられた夜に埋められた。
    《どこかで何かがズレてるんだ、きっと。》
    一番に考えられるのは、そのおじさんが埋めたのはハチロー君とは別の猫ってことだ。
    ということはハチロー君とは別に、この公園でもう一匹猫が死んだことになる。
    でもそうなると・・・・・。
    《この公園には二匹の子猫が埋まってることになる。ハチロー君と、おじさんが埋めた猫と。
    そして二匹とも奥にある隅っこの植え込みに埋められた。となると同じ場所に二匹の子猫が眠っていないといけない。》
    確認する方法は一つだけ。
    子猫が埋まっていた場所を掘り返してみることだ。
    二匹とも土に還ってるだろうけど、首輪なら残ってるはずだ。
    一つはここにあるけど、もう一つはまだそのままだろうから。
    《見るのが怖いけどやってみよう。》
    スコップを握り締め、ベンチ近くの隅の植え込みへ向かった。
    「お姉さん?」
    陽菜ちゃんが不思議そうな顔でついてくる。
    「どうしたの?」
    「もしかしたらだけど、あそこにもう一匹猫が埋まってるかもしれない。」
    「・・・・勘でピンときたの?」
    「掘り返してみるまで分からないけど・・・・。」
    スコップを握り締め、高鳴る胸を押さえながら掘り返す。
    だけど何も出てこなかった。
    周囲も掘ってみるけどやはり出てこない。
    ホっとする反面、不気味さを感じてしまう。
    このままじゃ運転手さんから聞いた話と、陽菜ちゃんたちから聞いた話が矛盾したままになってしまう。
    そうとう私の顔が強ばってたんだろう。
    陽菜ちゃんが「どっか痛いの?」と覗き込んできた。
    「なんか我慢してるみたいに見えるけど。」
    「ちょっと納得いかないことがあって・・・・。」
    「なになに?」
    「実はね・・・・・、」
    疑問に思っていることを話すと、「なにそれ?」と不思議がっていた。
    「だって私が来た時にはもうハチローは埋められてたんだよ?」
    「だけどタクシーの運転手さんの話だとそうじゃないのよ。」
    「それさ、運転手さんがほんとに子猫を轢いて、それを隠す為にウソついてるとかじゃないの?」
    「ウソをついてたようには思えないのよ。」
    「じゃあ猫じゃなかったとか。」
    「別の動物だったってこと?」
    「イタチとかを誰かが轢いて、公園を散歩してたおじさんがそれを見つけた。だから埋めたんじゃない?」
    「死体は酷い状態だったらしいから、見間違えた可能性はあるかもしれない。けど・・・・どうも釈然としないのよ。」
    「ならきっと別の猫だよ。じゃないとおかしいもん。」
    「そうよね。そうなんだけど・・・・。」
    「ちなみにさ、そのおじさんが猫を埋めたのっていつ頃なの?」
    「二年前。詳しい日にちは分からない。」
    「じゃあそもそも別の日の出来事なんじゃない?」
    「やっぱりそう思う?」
    「それしかないじゃん。児玉君の友達が撥ねた日とは別の日に、誰かがここで猫を撥ねたんだよ。おじさんが埋めたのはその猫だよきっと。」
    胸の中にモヤモヤしやものが広がっていく。
    陽菜ちゃんの言っていることはもっともだと思う。なのになぜか納得がいかないのだ。
    「お姉さんもヤバイね。」
    「ヤバイ?」
    「霊感が強くなってるんだよ。だから勘も鋭くなってるはず。今きっと胸がモヤモヤしてるでしょ?」
    「これがピンとくる勘ってこと?」
    「きっとね。そういう感覚はほんと正しいから。どうか間違っててくれって思っても、ぜったいに間違わない。
    多分だけど、あの夜にもう一匹ここで死んだ猫がいるんだよ。だからって公園全部を掘り返してたら大変だけど。」
    「通報されちゃうね。」
    立ち上がり、胸に広がるモヤモヤに不快感を覚える。
    このままじゃ東京へ行っても猫のことが気になり続けてしまうだろう。
    けどここにいたって何かが分かるわけじゃない。
    どうしたらいいんだろうと迷いながら、掘り返した土を睨んでいた。

    カナブン

    • 2019.08.26 Monday
    • 11:37

    JUGEMテーマ:

    部屋に迷い込むカナブン

     

    バチバチと窓に体当たりをしてもへっちゃらで

     

    縦横無尽に飛び回る

     

    捕まえるとこれでもかと手の中で暴れ

     

    窓の外に出すと勢いよく飛び立っていく

     

    スズメバチかと勘違いするほどの羽音を響かせ

     

    すぐに緑の中へ吸い込まれていった

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