短編小説「去年の夏」
- 2020.06.30 Tuesday
- 16:24
JUGEMテーマ:自作小説
夏、酒を飲んで浮かれることも多いだろう。
地元に帰って昔の友達と会った時なんかは特に。
俺は古いトンネルの前に佇みながら、去年の夏を思い出す。
この一年間、ずっと気分が沈んでいる。
あんな事があったせいでずっと・・・・。
*
去年の夏こと、地元へ帰った時に同級生と酒を飲んだ。
同じ部活で特に仲の良かった奴らと集まったのだ。
高校を出てから10年。
滅多に会わなくなった奴がほとんどで、なかなか楽しい夜だった。
一次会、二次会と続き、ほんとならそれでお開きだった。
けどみんなで集まるなんてほんとに久しぶりだったし、酒の勢いもあって肝試しに行こうとなった。
一人下戸がいるので、そいつが車を出すことになった。
場所はどこがいいか話し合った。
やっぱり一番はあそこだろうと、町の外れにあるトンネルへ向かうことにした。
隣には大きな街があって、このトンネルを通るのが一番近い。
けどその分交通量も多く、しかも狭いときてる。
長さはそんなにないんだけど、照明がショボイせいで中はかなり暗い。
なもんだから事故が多い。・・・・いや、多かった。
老朽化の進んだトンネルは、事故防止も兼ねて使われなくなった。
今は少し離れた場所に新しいトンネルが出来ている。
こっちはとても広いし明るい。歩道もかなりの幅があるので事故はほぼ皆無である。
こんな場所で肝試しをしても面白くない。
だから事故の多かった旧トンネルへ向かった。
町の外れにある坂道を登る。
トンネルへ続く細い別れ道の前には立入禁止のロープが張られていた。
俺たちは路肩に車を停め、徒歩で入口まで向かう。
まずトンネルってのは山を通すものだ。
だから旧トンネルへ続く道は草木が茂っていた。
ライトを照らすと気持ち悪い虫が足元を這って逃げていく。
伸びた枝が行く手を阻み、道路には蔦が伸び、ピー!だのギャ!だの鳥だか動物だかの不気味な鳴き声が響いてくる。
それらを我慢して奥へ進むとトンネルの入口が現れる。
当たり前のことだけど中は真っ暗だ。
ライトを向けると余計に不気味だった。
ヒビ割れたコンクリートの壁、二度と灯ることのない電灯、それに舗装されなくなったアスファルトの道は雑草が根を張ってでこぼこしている。
なにより怖いのは、ここは事故が多発した場所ということだ。
噂は絶えない。
夜に一人で帰っていた学生が幽霊の声を聴いただの、車のルームミラーに人の顔が映っていただの。
後ろからとつぜん誰かに肩を叩かれて、服を脱いだら手形が付いていただの。
数え上げればキリがないほどだ。
その中でも一番多い噂が、ボサボサ頭にモジャモジャの髭をした幽霊に追いかけられたって話だ。
奇声を上げながら走ってきて、車に乗っても追いかけようとしてくるらしい。
今まで耳にした噂が蘇り、恐怖が増していく。
俺一人なら間違いなく引き返しているだろう。そもそも来なかっただろうけど。
他の連中も顔が引きつっていた。
さっきまでの酒の勢いはどこへやら。
誰もが無口になる。
俺たちはしばらく立ち尽くす。
そして誰かがこう言った。
「ジャンケンして負けた奴だけ行くってのは?」
すると別の奴がこう答えた。
「あみだクジで負けた奴にしよう。」
するとまた別の奴がこう言った。
「・・・・帰らないか?」
またみんな無言になる。
でも答えはもう決まっていて、誰ともなく足が車を停めてある方へ向かい出す。
・・・・その時だった。
後ろから誰かがついて来る足音がしたのだ。
みんな立ち止まり、振り返る。
足音は確実に迫っていて、だんだん距離を縮めてくる。
一人が恐怖に耐えかねて後ずさる。
別の一人は逃げる体勢に入る。
そしてもう一人は思い切ってライトを照らした。
真っ暗な夜道の向こう、光が切り裂いた先に人の姿があった。
ボサボサの髪にモジャモジャの髭。服はボロボロだった。
目は血走っていて、わけの分からない寄声を上げながら走って来る。
俺たちは一目散に逃げ出した。
足がもつれそうになる・・・・でも足音は追いかけてくる・・・・だから余計にもつれそうになる・・・・・。
それでもなんとか車にたどり着いた。
俺の車じゃないけど、慌てていたから運転席に乗り込んでしまった。
「早く出せ!」
鍵を渡され、エンジンを掛ける。
ギアをドライブに入れ、サイドブレーキを下ろした時だった。
奇声と共に足音が追いかけてきて、ドンドンドン!と車を叩いた。
車内はパニックになる・・・・・・・・。
もう何かを考えている余裕はない。
アクセルを踏み込んで急発進させた。
猛スピードで坂道を下る。トンネルから離れていく。
でもまだパニックは収まらなくて、俺たちはみんな青い顔をしていた。
とにかくもっとトンネルから離れないといけない・・・・。
法定速度なんて無視して夜道を突っ切る。
・・・・そして事故を起こした。
赤信号を見落としてしまったのだ。
右から車が走ってくる。
俺は咄嗟にハンドルを切った。
相手も急ブレーキを掛けたみたいで、キュキュキュ!とタイヤと道路の摩擦音が耳を刺す。
けど合わなかった。
俺たちの車の後ろに、相手の車のフロントの角がぶつかる。
すごい音がした・・・・・ひっくり返るかと思うほどの衝撃があった・・・・。
俺たちは電柱にぶつかり、相手は歩道を乗り上げてコンビの車止めにぶつかっていた。
「どこ見てんだテメエ!」
車から厳つい感じのオジサンが降りてくる。
コンビニの店員さんが何事かと顔を覗かせている。
俺たちはただただ呆然としていた。
やがて警察が来る。事情を聴かれる。
「実はトンネルに肝試しに行って、そこで誰かに追いかけられて・・・・、」
言葉に詰まりそうになりながらたどたどしく説明する。
話を聞き終えた警官は、表情を険しくしてこう言った。
「つまり酒飲んで運転してたのね?」
「え?」
「あんた酒入ってるんでしょ。」
「いや、ええっと・・・・・、」
「これ君の車?」
「違います・・・・。」
「行く時に運転してた下戸の子は誰?」
「助手席の奴で・・・・・、」
「行きはその子が運転して、帰りは君だった。だから運転席に座ってるんでしょ?」
「はい、まあ・・・・。」
「じゃあ飲酒でしょうが。」
「で、でもいきなり誰かに追いかけられたから・・・・、」
「そもそも旧トンネルは立入禁止でしょうが。」
「中には入ってませんよ!途中で引き返して・・・・・、
「旧トンネルへ続く別れ道にロープ張ってあったでしょ。立入禁止って。」
「まあ・・・・。」
「この季節になるとよくいるんだよ。ああいう場所に行ってトラブル起こす奴が。なんで行ったの?」
「ちょっと肝試しに・・・・・、」
「ほらそうでしょ。そういうこと言ってるんだよ。」
「・・・・・・・・。」
「だいたいさ、老朽化して危ないから立入禁止なんだよ。」
警官は「現行ね」と手錠を取り出す。
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
「抵抗しない方がいいよ。」
「でもいきなりそんな・・・・、」
「大量に酒飲んで事故起こしてさ、捕まるに決まってるでしょ。」
「だけどアイツが悪いんですよ!あの変な奴がいきなり追いかけて来るから慌てて逃げ出したんです!
あそこが立入禁止なら、アイツだって悪いわけじゃないですか!」
「あとで調べる。」
「今から調べて下さい。アイツが追いかけて来なかったらこんな事にならなかった!」
「だから言ったでしょ。トラブル起こすって。」
「はい?」
「ああいう場所は誰が入り込んでるか分からないんだからさ。仕事も家もない人が雨風凌ぐのに使ったりとかあるんだよ。」
「ホームレス?」
「かもしれない。まあとりあえず署まで来てよ。」
俺は手錠を填められた。
そして警察はトンネルへ行き、俺たちを追いかけたアイツを調べてくれた。
しかし誰もいなかったという。
そんなはずはないと訴えたけど無駄だった。
この年、俺にとっては史上最悪の夏になったのだった。
*
翌年の夏、俺は免許を持っていなかった。しばらく持つことが許されないからだ。
あの事故では幸い怪我人はいなかった。
だけどそれでも相応の罰は食らうことになった。
運転が出来ないと不便なもので、配達をやっていたから仕事もクビになってしまった。
今は地元に戻り、バイトで食いつないでいる。
あの時のメンバーとはもう連絡を取り合っていない。
互いに気まずくなってしまったから。
去年は本当に最悪の夏だった。
一年経った今でも気分は沈んだままだ。
・・・・・俺はトンネルの前に佇む。
ゆっくりと足を踏み入れ、夜になるまでひたすら待った。
真っ暗な中、外から響いてくる鳥だかなんだか分からない鳴き声を聴きながら。
最初は怖かった。けどもう慣れた。
こうして夜のトンネルで過ごすのは今日で10日目だからだ。
誰もいないトンネルの中、一人で時間が過ぎるのを待つ。
そしてとうとうお目当ての獲物がやって来た。
外から声が聴こえる。
おそらく若い男女のグループだろう。
「やっぱり怖い」とか「私ぜったいムリ!」とか叫んでいる。
怖がる女に良いところを見せようと、男が「俺がついてるから」とか「なんかあったら守るから」なんて言っている。
入口付近をウロウロしながら、入ろうかどうしようか迷っていた。
俺はカツラを被り、髪をボサボサにかき乱す。
そして仙人みたいなモジャモジャの髭を付けた。
やがてライトが中を照らした。
一筋の光がトンネルの闇を切り裂き、ゆっくりと移動しながら俺の顔を直撃する。
何も見えない・・・・でもライトの持ち主がどういう感情を抱いているのかは分かる。
トンネルの外から悲鳴が上がった。
続いて誰かが逃げ出す足音。
「置いてかないでよ!」と女も駆け出す。
俺は立ち上がり、これみよがしに足音を響かせながら追いかけた。
「車!早く車に!」
逃げていく獲物たち。
俺は奇声を上げながらダッシュした。
「来た!ちょっと・・・・、」
「シュウジ!車!運転早く・・・・、」
「いや運転はお前だろ!俺酒飲んで・・・・、」
「じゃあ運転席に乗るんじゃねえよ!」
席を代わろうとしている。
俺は車に飛びかかり、ドンドンドン!と窓を叩いた。
また悲鳴が上がる。
車内がパニックになる。
そしてタイヤをスリップさせながら猛スピードで走り去っていった。
「・・・・・・・・。」
彼らは逃げていった。でも獲物を逃がしたわけじゃない。
俺としては出来る限りのことはやったわけで、後は運に任せるしかないのだ。
しばらく息を潜める。
じっと耳を澄ます。
・・・・数十秒後、遠くから音が聴こえた。
急ブレーキの音と、何かががぶつかる凄まじい衝突音が。
俺は笑いを噛み殺す。
吹き出しそうな口元を押さえ、誰にも見つからないようにトンネルから離れていく。
去年の夏から沈んでいた気分がようやく晴れた。
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