手招き

  • 2020.07.31 Friday
  • 13:43

JUGEMテーマ:

暗い波音の向こう

 

灯台の光がやたらと目立つ

 

あの光を見ている人は他にもいるだろうか

 

とうに日は暮れた

 

セミの声も トンビの声も聴こえない

 

夜に瞬く小さな光は

 

どこかへ誘う妖しい手招きに見えた

少しの後悔

  • 2020.07.30 Thursday
  • 13:39

JUGEMテーマ:

安いお菓子を買う

 

見たこともない新製品で

 

サクサクした食感と

 

中身のチョコレートクリームが美味しい

 

膝の上に食べかすが散らばる

 

口の中には甘味が残り

 

手には空になった袋だけ

 

もう一つ欲しくなる

 

店から出る時 一つどころか三つ握っていた

 

食べ終え 腹の肉を掴み

 

少し後悔する

不思議探偵誌〜探偵危機一髪〜 第八話 憂鬱な依頼

  • 2020.07.30 Thursday
  • 12:32

JUGEMテーマ:自作小説

「高木様ならもうチェックアウトされましたが。」
お姉さんが泊まっている旅館、訪ねてみるとフロントでそう言われた。
「いつですか!」
由香里君が身を乗り出す。
女将さんは「ええっと・・・」と上目遣いに記憶を探った。
「たしか昨日の夜だったと思います。」
「何時頃ですか?」
「かなり遅い時間でしたねえ。たしか12時を回ったくらいに。」
「そんな夜中に・・・。」
「本当は明日の朝までのご予約だったんですけど、お連れの方が迎えに来られたようで。」
「連れ?」
由香里君が俺を振り返る。
俺は姫月さんを振り返る。
三人で目を合わせ、しばらく沈黙がおりた。
「どんな人でした?」
姫月さんが尋ねる。
女将さんは「あなたによく似た方でしたよ」と答えた。
「ていうかあなた、高木様とご一緒に泊まられていた方ですよね?」
「そうです。」
「でもって一昨日に先にチェックアウトなされた。」
「ちょっと急用が出来たもので。」
「ということは、高木様を迎えに来られたのはあなたじゃないんですか?」
「・・・どういうことですか?」
「だって本当にそっくりだから。先に帰られたお連れ様が迎えに来られたのかなって思ってたんですけど・・・・違うんですか?」
「もしそうならここへ来ていませんよ。」
「ですよねえ・・・・。でも本当にそっくりだったんですよ。あれがあなたじゃないって言うなら、まるで双子みたいに。」
「・・・・・。」
「でも雰囲気はかなり違ってたかも。男物のスーツを着ていたし、髪もオールバックだったし。だけど顔はほんとにそっくりでした。」
一人で頷きながら「もしかして一卵性双生児?」と興味津々に目を輝かせた。
姫月さんは口を開きかけたが、すぐに目を逸らして返事を放棄した。
代わりに俺が答える。
「まあ世の中にはそっくりさんが三人はいるって言いますから。そのうちの一人だったんでしょう。」
「それにしたってあまりにそっくりというか・・・・、」
「偶然でしょう。それより女将さん、高木さんはどこへ行くとか言ってませんでしたか?」
「さあ?チェックアウトされたお客様の行き先はちょっと。」
困ったように首を傾げる。
そもそもチェックアウトした時点で客ではなくなるから、行き先を知らなくても当然である。
しかし俺は探偵である。
些細な情報を収集してなんぼの商売だ。
何か得られる可能性があるなら尋ねるのが筋というもの。
「なんでもいいんです。思い当たるようなことは?」
「そう言われましても・・・・。」
「ほんの些細なことでもいいんです。」
「些細な事と言っても・・・・というより、お客様の情報を安易に漏らすわけはいきませんから。最近はプライバシーの問題もありますし。」
「ごもっともで。」
「だいたいそちらのお連れの方・・・ええっと姫月様がいらっしゃるからこそ、ここまでお話したわけで。
もしお連れの方がいらっしゃらなかったら、いくら探偵さんでもお客様の個人的なことはお話しませんよ。」
「それもごもっとも。ごもっともなんですが、もう少し融通を利かせて頂けるとありがたい。何か細かいことでもいいので教えてもらえませんか?」
女将さんは口を結んで困っている。
俺は「どうかこの通り」と手を合わせた。
すると眉間に皺を寄せながらも、「少々お待ちを」と内線の受話器を取った。
「ああ、もしもし私だけど。釘田さんって高木様のお部屋を担当してたわよね?チャックアウトされた後にどこへ行くか仰ってなかった?
・・・・はいはい、あらそうなの?へえ、うん。あらそう。まあ!・・・・ほう〜!」
コクコクと相槌を打ち、「うんうん、ありがとう」と受話器を置く。
「どうでした?何か分かりましたか?」
「いえなにも。」
「は?」
「なにも知らないって。」
「いやでもめちゃくちゃ相槌打ってたじゃありませんか。」
「ああ、あれ?ごめんなさい。途中から世間話に変わっちゃって。」
《紛らわしいぞ!》
イラっとするのを堪え、「女将さん自身は何かご存じありませんか?」と営業スマイルを保つ。
「そうですねえ・・・・。」
頬に手を当て、やや演技臭い表情で思い出そうとしている。
待つこと10秒ほど、「そういえば」と手を打った。
「懐かしい場所へ行くとかなんとか。」
「懐かしい場所?」
「お連れの方がそう呟いていたんです。宿から出て行かれる時に。」
「連れの人がそう言っていたんですね?」
「ええ。ほんの小さな声だったから、もしかしたら聞き間違えかもしれませんけど・・・・たしかにそう聞こえました。」
「ありがとうございます。」
これ以上ここで聞けることはないだろう。
俺たちは宿を後にし、自分たちが泊まっている旅館へと戻った。
三人でテーブルを囲み、茶柱の立ったお茶をすする。
「まさかチェックアウトしていたとはな。」
「しかも連れが迎えに来たって言ってましたよね。」
「ああ。それも姫月さんにそっくりな人が。」
「お母さん、大丈夫かな・・・・。」
心配そうな顔で呟く。
「ねえ久能さん。これってもしかして・・・・、」
「妹よ。」
姫月さんが言う。
「あの子やっぱり成仏なんかしてないんだわ。」
「ただのそっくりさん・・・・とは考えられないですかね?」
由香里君が尋ねると、「あの女将さんの話を聞いたでしょ」と首を振った。
「男物のスーツにオールバック。そして私とそっくり。妹しかいないわ。」
「ということは・・・、」
由香里君は窓を振り返り、「久能さんが見たっていう、窓の外に立ってた男の人って・・・・、」
「かもしれない。」
「だとしたら、どうしてここへ来たんですかね?まさか姫月さんに会いに?」
そう言って彼女に視線をやると、「違うわ」と言った。
「あの子が会いに来るはずがない。私を憎んでるはずだから。」
「そうとは限らないじゃないですか。昔は仲良しだったんでしょ。だったら・・・・、」
「いくら仲良しだからって、私だけが生き残ったのよ。あの子はきっと恨んでる。」
呟く姫月さんの表情は頑なで、「私が・・・・」と声を絞り出す。
「私が殺したも同然だから。」
「そんなこと・・・・、」
「いいのよ慰めは。」
どんな言葉も受け付けない。
俯いたまま湯呑に目を落とすだけで、顔さえ見ようとしなかった。
由香里君は俺に目配せをする。
俺は頷きを返した。
「姫月さん。さっきの女将さんが言っていた、連れの人が呟いたという『懐かしい場所』というのは、例の『祠』のことなんじゃありませんか?」
「かもね。」
「あなたが由佳子お姉さんの前から姿を消したのは、その祠に行く為だったと言いましたね?」
「そうよ。あそこに行けば会えるかもと思ったから。」
「しかし妹さんは現れなかった。かといってお姉さんのいる宿へ戻るわけにもいかない。黙って姿を消した手前、合わせる顔がなかったから。」
「この島に誘ったのは私なのよ。妹を見つけるのに手を貸してくれって。由佳子は家出までして協力してくれた。
なのにあの子に黙ったまま宿を出て行ったんだから、戻れるはずないじゃない。」
そう言って顔を上げ、「ごめんなさい」と由香里君に謝った。
「お母さんをこんな事に付き合わせてしまって。あなたにまで迷惑を掛けたわね。」
「いいんです、事情さえ分かれば。」
ニコリと笑みを返す。
そして「ちょっと整理しましょうか」とメモ帳とペンを取り出した。
「一連の経緯を簡単にまとめてみます。その方が話もしやすいだろうし。」
「うむ、さすがは由香里君。こりゃ本当に将来は所長になるかもしれないな。」
「その時は久能さんが助手をやってくれるんですか?」
「雇ってくれるなら。」
「仕事中にエッチな本を読まないなら。」
「再就職先を探す必要があるな。」
「私も助手を探す必要があります。」
「ふふ、冗談さ。」
「私は本気です。」
「へ?」
「冗談です。」
「どっちさ?」
「さあ。」
意地悪に微笑む。
由香里君が楽しいならずっと続けたって構わないのだが、今は仕事中だ。
「先に進めよう」と言ったら、「腰を折ったのは久能さんですよ?」と、なんとも言えない冷たい目を向けられた。
これはこれで快感なのだが、「そりゃ失敬」と肩を竦めて返した。
「ええっと、話を整理しますね。まずはお母さんが家を出てからのことを・・・・、」
由香里君はペンを走らせる。
俺も今までの流れを頭の中で思い描いた。


     *****


由佳子お姉さんが家を出たのが一ヶ月前。
そしてその原因はさらに一週間前に遡る。
朝、いつものようにポストを確認すると、懐かしい友人から手紙が届いていた。
『姫月愛子』
名前を見ただけで鼓動が早くなった。
30年も前に音信が途絶えた大親友からの知らせである。
手が震えたとお姉さんは語っていた。
いったいどんな内容なのか?
単なる世間話でもあるまいし、封を切るには勇気が必要だった。
そしてじっくりと手紙を読み終えた後、勇気をもって臨んで正解だったと頷いた。
完結にまとめると内容はこうだ。
『もしまだ私に友情を感じるなら助けてほしい。私一人じゃ妹を成仏させてあげられない。』
30年ぶりの友の声は、お姉さんの気持ちを強く叩いた。
一週間悩み続け、出した結論は友を助けにいくことだった。
しかし詳しい内容は言えないので、あんな意味深な書置きを残して出て行ったのだ。
お姉さんは最初、大阪へ飛んだ。
姫月さんは会社を経営していて、そこそこ儲かっているらしく、なかなか立派なビルを建てていた。
ロビーで待つ間、30年ぶりの再会を前に緊張した。
いつもより唾を飲み込む回数が増えたと語っていた。
膝の上で手を組み、俯き加減に目を落としていると、ふと人の気配を感じて顔を上げた。
『久しぶり。変わってないからすぐ分かったよ。』
『・・・・そっちこそ。』
懐かしいような怖いような、嬉しいような不安なような、初めて会った時のような複雑な感情に包まれたという。
『ちょっと外で話そうか。』
昔とほとんど変わらないほどのスタイルの良さ、美しい顔、モデルのように颯爽と歩く姿。
派手な柄のスーツを自然に着こなすセンスの良さ。
お姉さんは高校時代にタイムスリップした気分になりながら、近くのカフェで話をした。
それぞれの目の前にはアイスが置かれていて、『懐かしいね』と微笑んだ。
『昔さ、アタリが出て次の日に二人で新しいのを貰いに行ったよね。』
『そうそう。また出るかなって思ってたけど、そう甘くはなかったね。』
『姫月さん、意地張って何本も買ってさ。でも当たらずじまいだった。』
『二人じゃ食べきれないから、高台で遊んでた子供たちにあげたんだよね。』
しばらく思い出話に花が咲く。
楽しい時間だった。
と同時に不安な時間でもあった。
たしかに思い出話は楽しいが、その為に大阪に呼ばれたわけではない。
いつ本題を切り出してくるのか?
笑顔の奥で身構えていた。
やがてアイスが無くなる頃、姫月さんは『あのさ・・・・』と急に声のトーンを変えた。
お姉さんはまだ少し残っていたアイスをスプーンで掬っていたのだが、器に戻しながら背筋を伸ばした。
『手紙・・・読んだよね?』
『うん。』
『だよね。だからこうして会いに来てくれたわけだし。』
姫月さんは何かを言いたそうにしながら、遠慮がちに目を伏せた。
空になった器をスプーンでつつきながら。コンコンと音が鳴る。
それは緊張と不安のリズムだった。
お姉さんは『なんでも言ってよ』とそのリズムを遮った。
『30年ぶりだけどさ、私たち大親友じゃない。遠慮する仲じゃないでしょ?』
『・・・あの子は・・・・、』
『うん。』
『まだ成仏してない。させてあげられてない。』
『辛いね。』
『そうだよ、きっと苦しんでる。』
『違うよ。姫月さんが。』
『私が?』
『だって何十年も悩んだままだから。』
『自業自得だから仕方ないよ。』
『昔もそう言ってたよね。私が何度もそれは違うって言ったって、頑なに自分のせいだって聞かずに。』
『じゃあ私以外に誰がいる?あの日、『祠』にあの子を誘ったのは私なのよ。しかも・・・・、』
喉元で言葉がつかえ、それでも力を入れて絞り出した。
『助けなかった。』
『・・・・・・。』
『怖かったからだけじゃない。・・・・ふと思っちゃったんだよ。この子がこのままいなくなればって・・・・、』
両手で頭を抱え、『あんなに仲が良かったのに!』と声を荒げる。
『ああいう状況になって頭に過ぎったのは、あの子を助けることじゃなかった。両親のことだった。
このまま妹が・・・・恋花がいなくなれば・・・・親は私だけを見てくれるんじゃないかって・・・・。
一番嫌ってたはずなのに・・・・親なんてこの世で一番嫌いだったのに・・・・。
私は恋花より・・・・憎んでる親に好かれることを望んだ・・・・。こんなに悔しいことない!』
あまりに大声で叫んだので、周りの客が何事かと好奇の目を向けた。
しかしお姉さんは表情を変えずに『辛かったね』と慰めた。
『姫月さんはもう充分苦しんだ。』
『・・・・・・。』
『だったらこれ以上苦しむ必要はない。と言っても聞き入れないんだろうけど。』
『自分が許せない・・・・。これはあの子の為じゃない。妹を成仏させてあげたいなんて言い訳で、私が私を許せないだけなのよ。
あの時、恋花より親に愛されることを選んだのは・・・・人生の一番の屈辱よ・・・・。だから・・・夢を叶えたって心の靄は晴れなかった。
華やかな世界でスポットライトを浴びたって、憧れてた海外へ出たって、いつだって晴れやかな気分にはなれなかった・・・・。』
姫月さんはずっと自分を責めていた。
妹さんを亡くしてから40年、一日たりとも自分への後悔と叱責は忘れたことがない。
しかしそんな辛い時間を少しだけ忘れられる時間があった。
お姉さんと一緒に過ごした時間だ。
『私さ、人と接するのが苦手なんだよね。ほんとは仲良くしたいと思っても、なんか怖がられたり取っ付きづらいと思われたり。
そうやって他人と溝が出来ちゃうと、こっちまで人を敬遠するっていうか、寄せ付けないオーラを出すようになっちゃってさ。』
『前にもそう言ってたね。これも悩みの一つだって。』
『まあ仕方ないかなって。性格が不器用だからさ。でも由佳子の前だと苦手意識も感じなかった。』
姫月さんがお姉さんに声を掛けたのは偶然だった。
海の見える高台には姫月さんもよく行っており、最近ちょくちょく見慣れない子がいるので少し気になる程度だったそうだ。
しかし高台へ来ては何かを悩むようにボーっと海を眺めているので、自分と重ねてしまった。
胸につっかえた大きな悩み。
もしかしたらこの子も私と同じような傷が・・・・。
いったん気になり始めたら、どんどん話しかけたい衝動に駆られていった。
しばらく離れた場所でウロウロしつつ、どう声を掛けようか考えていた。
だが上手い言葉が思い浮かばず、こうなったら突撃しかないと迫っていったのだ。
最初に出会った時、姫月さんがハンターのように怖い目をしていたのは緊張していたからなのだ。
お姉さんはその視線に怯え、慌てて立ち去ろうとしたせいでカバンを忘れてしまった。
それは姫月さんにとっては声を掛ける最高の出来事だった。
以来、二人は親友としてなんでも話し合える仲になり、姫月さんにとっては唯一の幸せな時間であった。
しかしだからといって妹さんのことが胸から消えるわけではなかった。
日に日に気分は重くなり、島から離れる事を決意した。
・・・・それから数年後、ひょんな場所で再会を果たした。
しばらく海外で暮らしていた姫月さんだったが、やはり妹さんの事が胸に残ったままだった。
だから日本へ帰ってきた。
桜が満開の季節だった。
本当はすぐに島へ戻るはずだったが、なかなか向き合う勇気が出なかった。
まったく違う街にアパートを借りて、向き合う勇気が出るまで待とうと思った。
日本へ戻ってきて半年が経つ頃、隣に誰かが引っ越してきた。
最初は特に気にしなかったのだが、隣人さんは律儀に挨拶に訪れた。
これがお姉さんとの再会だった。
二人は驚くと同時に、懐かしさと嬉しさがこみ上げ、また高校時代のような大親友に戻った。
お互いの部屋へよく行き来したし、旅行にも行った。
お姉さんは初めての一人暮らしで不安だったし、姫月さんもまた悩みを抱えたまま一人で苦しんでいた。
そんな時に再会したのは運命のようだったと、お姉さんは語っていた。
だがずっと青春時代を謳歌できるわけではなかった。
どんなに楽しい時間を共有しようとも、子供の頃から続く大きな悩みが消えるわけではない。
二人が再会して翌年の夏、姫月さんはまた日本を離れていった。
『今はまだ向き合う勇気が出てこない。あの島へ戻るには時間が必要なんだと思う。』
お姉さんとしてはもっと一緒にいたかったが、引き止めることは出来なかった。
寂しい気持ちを隠し、『またいつか』と笑顔で見送るのが精一杯だった。
まだケータイも無い、ネットも普及していない時代、一度離れた友人と連絡を取る手段はない。
お姉さんは友を心配する気持ちを抱えたまま、一人になった寂しさを募らせていた。
そんな中で俺と出会い、多少は気が紛れていった。
また社会人としの生活も板に付いてきたおかげか、若くして仕事ぶりが評価され、遠い街への栄転が決まった。
新しい街での新しい生活。
お姉さんは気持ちを切り替えることにした。
たしかに親友は大事だ。心配だし会いたい気持ちもある。
だがそれにだけ囚われているわけにはいかなかった。
自分には自分の人生がある。
お姉さんは新しい人生をスタートさせる為、仕事だけでなくプライベートも充実させたいと思うようになっていた。
友人を作り、恋愛にも積極的になった。
充実した生活の中、良い人に出会い、子供を授かった。
それから30年、お姉さんはちゃんと自分の人生を生きてきた。
たまに姫月さんのことを思い出す瞬間はあっても、居場所を捜して会いに行こうとまでは思わない。
今手にしているモノの方が大事だったからだ。
だからこそ突然の手紙に驚いたのだった。
30年ぶりに顔を合わせると、なんだか申し訳ない気持ちなったと語っていた。
自分は幸せな人生を送ってきた。だが友はそうではなかった。
正直なところ、こうして会いには来たものの、お姉さんの胸にはまだ迷いがあった。
はたして自分が力になれるのだろうか?
下手に協力したら足を引っ張るだけじゃないのか?
だがこうして顔を合わせることで、そんな迷いは消え去った。
力になれるかなれないかではなく、姫月さんは私を頼っているのだと。
きっとこんな相談は私にしか出来ない。それも散々迷った挙句に手紙を送ったのだ。
最後の別れから30年も辛さを我慢してきて、とうとう一人では限界を迎えたのだ。
ならば行くしかない。
ここまで来て迷うくらいなら、最初から来なければよかったのだと腹を括った。
そして翌日、二人はこの島へやって来た。
まずは姫月さんの実家があった場所へ行った。
とても大きな家だったが、今は取り壊され、敷地の半分は駐車場に、半分は介護施設になっている。
次に向かったのは山の麓にある神社だった。
大きな山のせいで常に日陰になっていて、しかも鬱蒼とした木立に囲まれているから昼間でも薄暗い。
ほとんど人が来ない場所で、鳥居は所々が欠け、境内は落ち葉と枯れ枝にまみれ、社殿もかなり朽ちている。
妹とよく遊んだ場所だった。
その次には海岸の端っこにある磯へ向かった。
波が荒く、岩がゴツゴツしているので、ここもあまり人が来ない。
よく妹と一緒にヤドカリや貝を採って遊んだ場所だ。
その次に向かったのは海の見える高台だった。
ここにもしょっちゅう遊びに来たという。
それも夜か明け方に。人のいない時間だ。
他にも幾つか思い出の場所をまわった。
途中、せっかくだからとお姉さんの両親の墓参りにも行った。
二日かけて島を巡ったが、妹に会うことは出来なかった。
当然だ。もう亡くなっているのだから。
しかし姫月さんは信じている。
この島のどこかに妹さんの遺体が眠っていると。
そして未練を残したまま漂っているはずだと。
幽霊だろうが霊魂だろうが構わない。
もし会うことが出来れば・・・・もし遺骨を弔うことが出来れば・・・・。
と同時に、妹と対面するのは怖かった。
お前が私を殺したんだと、指をさされるのが何よりの恐怖なのだ。
会いたい気持ちと会いたくない気持ち。
相反する複雑な感情は、最も妹さんに会える確率が高い場所へ行くことを躊躇わせていた。
それが『祠』である。
妹さんが亡くなった場所。
そして姫月さんがその後数十年も後悔に悩まされる感情を抱いた場所。
トラウマである。
しかし行かなわいわけにはいかない。
お姉さんの墓参りの後、二人は宿に戻った。
そしてお姉さんは風呂へいった。誘われたが断った。
一人になる瞬間が欲しかったのだ。
こっそりと出ていく為に・・・・・。
向かったのは『祠』だった。
それは山奥にあった。
よく妹と遊んだ麓の寂れた神社の奥、社殿の隣には山へ続く道が伸びていて、険しい獣道を一時間ほど我慢して登ると小さな『祠』が現れる。
その奥は滝になっていて、そう高さはないものの、水量が多いせいで滝壺は深い緑に染まるほどだ。
水はいつでも冷たく、底が見えない。
妹さんが亡くなった場所である。
もし出会えるとしたらここが一番可能性が高かった。
だが姫月さんは何事もなく山を下りることになった。
妹さんは会いに来てはくれなかった。
そして黙って出て行った手前、お姉さんのいる宿へ戻ることも出来なかった。
仕方なしに別の宿を借り、暖簾のかけ違えのせいで女湯が男湯になり、奇妙な探偵と出会った。
これがお姉さんと姫月さんの今に至る流れだった。


     *****


由香里君はメモ帳に目を落とす。
ペンを置き、難しい顔で自分で書き込んだ文字を睨んでいた。
姫月さんは黙ったまま湯呑を握り締めている。
誰も喋らない。
セミの声がうるさいほど響く。
俺は頬杖をつきながら窓の外に目やる。
そしてふと思った。
夏ってのは楽しい空気が溢れる反面、どこか寂しくて怖い雰囲気もある。
どうして夏にお盆があり、死者がこの世に帰ってくるのか?
もし世界がこの世とあの世に分かれているのだとしたら、この季節だけはどこかで扉が繋がっているのかもしれない。
こっちから向こうへ旅立つ者もいれば、向こうからこっちへ帰って来る者もいる。
俺は姫月さんを見つめ、どこか浮世離れしたその眼差しに少しばかり恐怖を覚えた。
《死人の捜索は難しい。だがそれ以上に難しいのは幻影を見つけ出すことだ。》
いくら俺が腕の悪い探偵だろうと、実在している人間なら見つけ出せる可能性はゼロではない。
実在していた人物の亡骸も同様だ。
まだこの島のどこかに眠っているのなら、宝くじのような確率ではあるが、やはり可能性はゼロではないのだ。
しかし相手が幻影となると・・・・。
《気分が重いさ、まったく。》
揺れる茶柱を指で弾く。
立つどころか沈んでいくだけだった。

妄惑

  • 2020.07.29 Wednesday
  • 13:35

JUGEMテーマ:

人のいない場所から物音がする

 

誰もいないはずなのに話し声がする

 

窓に映る何かの影

 

階段を上ってくる正体不明の足音

 

恐怖に固まり 恐怖に負けて確認しにいく

 

誰もいない やはり人などいない

 

安心した瞬間 鏡に映った自分と目が合う

 

まったく違う方向から誰かの気配を感じる

 

しかし誰もいない

 

振り向かない もう気にしない

 

誰もいないのだ

 

ここにいるのは自分だけ

 

部屋の明かりを点ける

 

水を飲み 顔を洗う

 

全ての怪奇現象が治まる

空白

  • 2020.07.28 Tuesday
  • 14:30

JUGEMテーマ:

駅の喧騒は遠い昔のようで

 

まばらに人がいるカフェテラス

 

カラスが何かをつついている広場

 

誰も乗っていないバスが

 

空白の多くなった街を駆けていく

些細

  • 2020.07.27 Monday
  • 13:39

JUGEMテーマ:

爬虫類が目を覚ます

 

鳥が泳ぎ ビルの隙間にミジンコが飛んでいる

 

わけが分からない

 

だから気づく これは夢だと

 

現実に全てこれほど混沌なら

 

人は小さなことで悩んだりしないだろう

 

理路整然とし過ぎると

 

完璧を求めすぎると

 

些細なことさえ大事に映る

 

死神がやってくる時間

  • 2020.07.26 Sunday
  • 13:26

JUGEMテーマ:

明け方と夕方

 

死神がもっとも近くにやって来る時間帯

 

下手にジタバタしていると

 

鎌を掲げて真っ先に飛んでくる

 

僕は知っている

 

心が弱っている時

 

生きる力を無くしている時

 

夜から朝へ 朝から夜へ

 

切り替わるほんの僅かな隙間

 

あの世とこの世が繋がることを

 

だから死神がやってくる

 

ジタバタしちゃいけない

 

目立っちゃいけない

 

苦しくなる時間ほど

 

息を殺して気配を絶つ

 

そうすることで

 

死神の目を欺ける

 

明日へ生き延びられる

不思議探偵誌〜探偵危機一髪〜 第七話 疑う助手

  • 2020.07.26 Sunday
  • 11:36

JUGEMテーマ:自作小説

物事を隠し通すのは難しい。
「浮気したでしょ?」と問い詰められ、最後までシラを切り通せる男がどれだけいるだろう。
理屈を並べるだけならどうにかなるかもしれないが、吹き出す冷や汗と泳ぐ視線だけはどうしようもない。
今、俺は取り調べを受けている。
旅館の部屋、向かいに座る女から尋問をされている。
ただし浮気の尋問ではない。
ないのだが、もしこれが浮気だったとしても、やはり俺はシラを通しきる事は出来ないだろう。
「久能さん。」
由香里君が静かな声で呼ぶ。
「答えるまで何度でも尋ねます。いったい何を隠してるんですか?」
「何も。」
「冷や汗拭いた方がいいですよ。」
「今日は特別に暑いな。年々猛暑で嫌になる。」
「エアコンはばっちり効いてます。」
「年取って暑がりになってしまったらしい。もうひとっ風呂浴びて来るかな。」
「また女湯に行くんですか?」
「まさか。」
「さっきの女の人は誰ですか?」
「だから赤の他人だよ。」
「赤の他人と抱き合うんですか。ずいぶんモテるようになったんですね。」
「抱き合ってたわけじゃないさ。君とあの人がぶつかる未来が見えたから手を引いただけだ。その勢いでああいう形になってしまっただけで。」
「その割にはしばらく抱き合ってたじゃないですか。」
「ほんの少しの間さ。」
「ずっと目が泳いでますよ?」
「最近目が乾きやすくなってね。ドライアイかな?」
「ドライアイで目は泳ぎません。」
「眼球を動かして鍛えることによって涙を分泌させる訓練なんだ。」
「冷や汗もひどくなってますよ。」
「風呂から上がったばかりだからね。まだ身体が火照ってるみたいだ。」
「・・・・質問を変えます。昨日はどこ行ってたんですか?」
「飲みに行ってたのさ。」
「ウソですね。」
「ほんとさ。」
「全然お酒臭くなかったじゃないですか。」
「俺が帰って来た時、君は寝てたじゃないか。酒臭いかどうかなんて・・・・、」
「起きてましたよ。」
「え?」
「だってまた同じ部屋ですから。こっちの布団に入って来ないように警戒してたんです。」
「俺にはそんなに信用が無いのかい?」
「まったく。」
「笑顔で言わないでくれ。地味に傷つく。」
「で、昨日の夜はどこで何をしてたんですか?」
「だから酒を飲んで・・・・、」
「久能さん。」
スっと真顔になる。
心が読み取れない表情というのは恐ろしい。
「何か手がかりを掴んだんじゃないですか?」
「手がかり?」
「私のお母さんのこと。」
「もしそうなら君にも話してるさ。」
「私だから話せないんじゃないですか?」
「え?」
ドキっとする。冷や汗と目の泳ぎが倍増したのが自分でも分かる。
「お母さんは意味深な書置きだけ残して出ていきました。ということは、家出した事情を家族に知られたくないってことです。」
「ま、まあ・・・助手にしてはなかなかの推理かな。」
「誰でも分かることです。そもそも家族に知られたくない事があるから黙って出ていったんですよ。
そして久能さんはお母さんの居場所について何らかの手がかりを掴んだ。・・・・・いえ、もしかしたらもう見つけてるのかも。」
「そ、そんなわけないさ!俺はそこまで優秀な探偵じゃないぞ。君が一番よく知ってるはずだろう。」
「もちろん知ってますよ。だからきっと偶然なんだと思います。ひょんな事から手がかりを掴んだんです。」
「あ、あのね由香里君。君も探偵の助手なら分かると思うけど、手がかりなんて偶然で掴めるほど簡単なものじゃないさ。
苦労して苦労して散々苦労しまくって、それでも尻尾の先っちょすら掴めないことだってあるのに。」
「そうですよ。だからこそ偶然って言ったんです。」
「う、うむ・・・・。」
「きっと久能さんはお母さんの居場所を知ってるはず。昨日の夜はしばらく帰って来なかったけど、あれはお母さんに会ってたんでしょう?」
「だ、だから違うと言って・・・・、」
「また汗が吹き出してますよ。」
そう言って俺の湯呑にお茶を注いでくれる。
「これでも飲んで落ち着いて下さい。」
「あ、ああ・・・・。」
湯呑を握り、口元へ運ぼうとした時だった。
「お!もうちょっとで茶柱が立ちそうだ。」
立つか立たないか、微妙なところでグラグラと傾いている。
すると由香里君が「私はいいことありそう」と湯呑を覗き込んでいた。
「見て下さい。」
「ほう、しっかり立ってるじゃないか。」
「ねえ。滅多にないことですよ。久能さん見たことあります?」
「あるよ。実は昨日も茶柱が立ってるところを見たんだ。」
「へえ、それはすごいですね。きっといい事ありますよ久能さん。」
「いやいや、俺じゃないんだよ。俺のはこんな風に立つか立たないか微妙な感じだったんだ。でもお姉さんの茶柱はしっかり立って・・・・、」
言いかけて固まる。
《しまった・・・・。》
恐る恐る顔を上げると、由香里君は満面の笑みを浮かべていた。
「今なんて言いました?」
「え、あ・・・なんと言ったかな?」
「お姉さんの茶柱が立ってた。そう言いましたよね?」
「・・・・・言ってない。」
「いいえ、はっきりそう言いました。ちなみに久能さんって一人っ子ですよね?それともまさかお姉さんがいるんですか?」
「いや・・・・。」
「じゃあお姉さんって誰のことですか?」
「ああ、ええっと・・・・実はだね・・・・、」
もはや冷や汗が吹き出すどころではない。
汗は引っ込み、眼球さえまともに動かすことが出来ない。
しかし負けてはいけない!
ここは開き直ってはいけない場面だ。
「分かった、正直に白状しよう。」
ビシっと背筋を伸ばし、「実はキャバクラに行ってたんだ」と答えた。
「昨日は夜のお店で女の子たちと酒を飲んでた。」
「へえ。」
「けどこんな事がバレたら怒られると思ってね。仕事で来てるのに何してるんですか!って。」
「ふうん。」
「黙っててすまなかった。」
膝に手を付き、頭を下げる。
すると由香里君、「ないですよ」と言った。
「へ?」
「この島にキャバクラはないです。」
「・・・・・あるよ。」
「ないです。」
笑顔が増していく。比例して圧力も増していく。
もはや顔を見ることさえ出来ない。
「ねえ久能さん。」
「な、なんだい・・・・。」
「私ね、一人だけ知ってるんです。久能さんがお姉さんって呼ぶ人。」
「ほう・・・・。」
「つい最近久能さんが教えてくれたじゃないですか。子供の頃、近所に住んでたお姉さんによく遊んでもらったって。膝枕が大好きだったって。」
「そ、そうだったかな・・・・。」
「でもってこんな事も言ってました。そのお姉さんは私のお母さんだって。」
「ああ、あれね!あの時はそう言ったけど、よく考えたら勘違いだった。君のお母さんなわけがない。」
「でも名前が同じだとか、私とそっくりだとか言ってたじゃないですか。」
「幼い頃の記憶なんて曖昧なものさ。ちゃんと思い出したら別の名前だった。顔もぜんぜん違う。」
「ふうん。」
由香里君は新しい湯呑を掴み、お茶を注ぐ。
そいつを俺に差し出すと、また立つか立たないか微妙なところで茶柱が揺れていた。
そしてもう一つ湯呑を取り出し、自分の分を注ぐ。
そっちは綺麗に茶柱が立っていた。
「こりゃすごい。二度も立つなんて。君こそ本当に良い事があるんじゃないか。」
感心しながら覗き込んでいると、「コツがあるんです」と言った。
「母から教わったんですよ。」
「そ、そうか・・・・。」
「さっき昨日も茶柱が立ってるのを見たって言いましたよね?」
「覚えてないな・・・・。」
「私は覚えてます。」
「まあ偶然っていうのはあるものだから。」
「でも偶然を否定したのは久能さんじゃないですか。」
「仰る通りで・・・・。」
「もしやと思ってお茶を淹れてみたんだけど、上手く引っかかってくれましたね。」
そう言ってニヤリと微笑む。
ああ・・・由香里君・・・・君はいつからこんなに尋問が得意になったんだい?
昔はもっと素直で良い子だったじゃないか・・・・。
というより、そもそもどうしてお姉さんと会ってたんじゃないかと疑ったんだろう?
これが女の勘ってやつか?
「久能さんて・・・・、」
ふと真面目な顔をするので、「なんだい・・・・」とたじろいでしまった。
「けっこう寝言を言うんですね。」
「寝言?」
「同じ部屋に泊まって初めて知りました。ほら、一昨日に私の布団に潜り込んできた時も膝枕がどうとかムニャムニャ言ってたし。」
「残念ながら自覚症状がないな。」
「本人は寝てますもんね。でも私はハッキリ聞こえましたよ。『お姉さんは相変わらず綺麗だ』とか『あの頃と変わってない』とか。」
「いや、それはだな・・・・・、」
「たしかにお母さんは今もすごく綺麗です。昔の知り合いからもほとんど変わってないねって羨ましがられるくらいですから。
でもどうして久能さんがその事を知ってるんですか?子供の頃から会ってないはずなのに。」
「そ、それはだね・・・・君のお母さんならきっと今でも美人のままだろうと思ってだね・・・・、」
「でも相変わらず綺麗だとか、あの頃と変わってないだとか、実際に会わないと出てこないセリフですよね?」
「そ、そうだね・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
由香里君はまた新しい湯呑にお茶を淹れ、綺麗な茶柱を立たせる。
そいつを俺の前に置きながらこう尋ねた。
「まだ続けますか?」
「・・・・・・・。」
「ちなみにですけど、久能さんが昨日飲んだお茶、今みたいに茶柱が立つか立たないか微妙な感じだったんじゃないですか?」
「そ、そうかもね・・・ああいや!どうだろう?なんというか・・・うん、よく覚えてないな。」
「それね、お母さんがたまにやるイタズラなんです。」
「イタズラ?」
「あれすごくモヤモヤするでしょ。立ちそうなのに立たないって。」
「まあな。だがどうしてそんなイタズラを?」
「お母さんは基本的にすごく真面目な人です。でもたまにはふざけたい時もあるみたいで。
だけどやっぱり真面目な人だからあんまり冗談とかは言わないんですよ。なんか昔にトラウマがあるみたいなことを言ってましたけど。」
おそらくそのトラウマというのはイジメのことだろう。
子供の頃に受けた痛みというのは後を引くものだ。
だが由香里君には黙っておこう。
「人への振る舞いにすごく気をつけるんです。私も子供の頃は口をすっぱくして注意されました。」
「君の誰に対しても礼儀を忘れない振る舞いはお母さんのおかげなんだな。」
「はい。子供の頃は嫌だったり反抗したりもあったけど、今はすごく感謝してます。」
誇らしそうに言って「でもお母さん、やっぱりちょっとふざけたい時だってあるんですよ」と、揺れる茶柱に目を落とす。
「そういう時は心を許してる人にだけこういうイタズラをするんです。」
「なるほど。だったら立つか立たないかの茶柱を出されるということは、お母さんから信頼されているというわけだな。」
「そうです。私かお父さんか、ほんとに仲の良い友達か。あとは・・・・、」
言葉を溜め、じっと俺を見る。
「久能さんか。」
俺の湯呑を引き寄せ、「これを淹れるってことはそういう事なんです」と呟く。
「心を許してるんです。だからこそ頼ろうとしたんだと思います。」
「頼る?」
由香里君は背筋を伸ばし、「もう一度聞きます」と言った。
「昨日の夜、お母さんに会ってたんでしょう?」
「・・・・・・・。」
「そして久能さんに何かを依頼した。」
「・・・・・・・。」
「助手の私が言うのもアレですけど、正直なところ久能さんはそう簡単にいなくなった人を見つけられるほどの腕前は・・・・、」
「ああ、無い。」
「だったらその・・・お母さんの方から会いに来たんじゃないかって。」
「・・・・・・・。」
「お母さんは私がこの島にいることを知ってるんだと思います。
だから下手に久能さんに会いに来たら、私に見つかる危険がある。
それでもやって来たってことは、何か依頼したかったんじゃないかって思うんです。」
俺は驚いていた。
由香里君はとても賢い子だけど、ここまで鋭いとは思わなかった。
いや、以前はどちらかというと鈍いところがあった。
けっこうトンチンカンなことだって。
だが今はどうだ?
俺よりもずっと探偵らしいじゃないか。
《来年には所長が交代してたりしてなあ。》
冗談で考え、冗談ではすまないかもしれないことに、焦りと不安を感じてしまった。
《お姉さん・・・・申し訳ない。ここまで来たらもう隠し通すのは難しい。》
ウソをつくのは簡単だ。
しかし行動までウソはつけない。
俺が旅館を抜ける度、由香里君は一緒について来るだろう。
ならばもう話すしかあるまい。
「由香里君、君の言う通りさ。」
「じゃあやっぱり・・・、」
「昨日だ。君のお母さんから会いに来た。君がいない瞬間を見計らってね。」
「それで・・・何を依頼していったんですか?」
「さすがにそれは言えない。」
「私だって探偵の助手だから守秘義務くらい承知してます。でも依頼人はお母さんだけじゃない。私だって・・・・・、」
「だがもう依頼は・・・、」
「ええ、終わりって言いました。だから改めてお願いします。お母さんに会わせて下さい。」
「そんなことをしたら給料が無くなってしまうぞ?」
「構いません。」
由香里君の目はいつにもないほど真剣だ。
さて、これはどうしたものだろう?
《お姉さんに会っていたことを白状してしまった以上、誤魔化しは利かない。だが由香里君の気持ちだけで事を運ぶわけにもいかないしなあ。》
腕を組んだまましかめっ面をする。
すると「どうしても無理っていうなら教えて下さい」と言った。
「教える?なにを?」
「昨日の夜、お母さんと何を話してたんですか?」
「だからそれは言えないと・・・・、」
「不安なんです。」
「不安?」
「何も知らないまま、ただお母さんが帰って来るのを待つことがすごく不安なんです。」
「それは・・・例えば二度と戻って来ないんじゃないかってことかい?」
由香里君はまだ知らない。
お姉さんと一緒にいたという男が、実は女で昔の友達だということを。
「一つ良いことを教えてあげよう。」
そう言って指を立てると、希望に近い眼差しを向けられた。
「君のお母さんは不倫なんてしていない。だから駆け落ちして二度と帰って来ないなんてことは有り得ないさ。」
「分かってますよ。」
「え?」
「絶対にそんな事にはならないって分かってます。」
「あ、ああ・・・なら俺の早とちりだったな。すまない。」
「お墓で一緒にいた男の人、誰かは分からないけど、不倫相手なんかじゃないと思います。
もし仮に不倫だったとしても、お母さんは用心深いから、昔の知り合いがたくさんいるこの島に不倫してる人と一緒に来たりはしないはずです。
管理人さんから男の人と一緒だったって聞かされた時はショックを受けたけど、よくよく考えればそういう関係の人じゃないですよ。」
「う、うむ・・・・。」
やはり鋭い。
由香里君、数年後には本当に君が所長を務めてるかもしれないぞ。
もしそうなったら俺は雇ってもらえるんだろうか?
今のうちにゴマをすっておいた方がいいかもしれない。
「さすがは由香里君、君は将来きっと大物になるよ。そうなった暁にはこの久能司が傍でお仕えして差し上げ・・・・、」
「心配なのは久能さんなんです。」
「そう、俺も俺が心配だ。もし君が所長になったらクビにされるんじゃないかと。
そりゃたしかに俺はチャランポランでいい加減で、暇なら仕事中でもエロ本を眺めるような男さ。
でもね由香里君、こんな俺でも良いところはあるもんさ。どこが良いかと聞かれたら困るんだけど、多分どこかにはあるだろう。
だからどうかクビだけは勘弁してほし・・・・、」
「違いますって。そういう意味じゃなくて。」
「ならどういう意味さ?」
「お母さんはしっかり者だから、待ってればきっと帰って来てくれます。
けどこのまま私だけ帰ったら、久能さんに良くないことが起こるんじゃないかって不安なんですよ。」
「・・・・意味が分からない。なんで俺が良くない目に?」
「ただの勘です。でもなんか本当に悪い事が起きそうな予感がして・・・・。」
「よしてくれ。まさか君も超能力に目覚めたっていうのかい?」
「そういう感じじゃなくて、ほんとにただの勘なんです。て言っても超能力者じゃないからよく分からないんですけど・・・・。」
「ふうむ・・・・俺が良くない目にねえ。」
俺の人生、不幸ならよくあることだ。
悪どい霊能力者に目を付けられたり、古代人の因縁に巻き込まれたり、頭のブっ飛んだオカルト雑誌の編集長に利用されたり。
しかし由香里君がこんな事を言い出すなんて今までにあっただろうか?
《まさか本当に超能力が・・・・。》
お茶をすすりながら、なんとも言えない気持ちで窓の外を見る。
すると知らない男が立っていて、じっと部屋の中を睨んでいた。
「だ、誰だ貴様!?」
ガバっと身構える。
由香里君が「どうしたんですか!」と怯えた。
「窓の外に男がいるぞ!」
「ウソ!」
慌てて振り返るが、「誰もいないじゃないですか」と拍子抜けしていた。
たしかに誰もいない・・・・・。
「おかしいな。さっきはそこに立ってたのに。」
「なにかの見間違えじゃないですか?」
「ならいいんだが・・・・。」
またお茶をすすり、ふと窓に目をやる。
《やっぱりいやがる!》
スーツを着た背の高い男がこっちを睨んでいる。
ずいぶん整った顔で、しかもモデルのようにスタイルがいい。
美しいその顔は、見ようによっては女にも見える。
そう、よく見ればあの顔は・・・・、
「あれ?まさかあの男は・・・・、」
「どうしたんです?じっと窓を見つめて。」
「ああ、いや・・・・。」
由香里君が振り返ると、スっと消えてしまった。
「誰もいないじゃないですか。」
「そ、そうだな・・・・。」
「多分疲れてるんですよ。ちょっと休んだらどうですか。」
そう言って「布団敷いてあげます」と立ち上がる。
その時、誰かが部屋のドアをノックした。
トントン叩きながら「すみません」と声がする。
「はい。ちょっと待って下さい。」
ドアへ向かう由香里君を、「待つんだ!」と止めた。
「俺が出よう。」
「いいですよ。疲れてるんだから休んでて下さい。」
「いやいや、これくらいはなんてことないさ。君はゆっくりお茶でも飲んでてくれ。」
サっとドアへ向かう、
由香里君が「なんか怪しい・・・・」と後ろから覗き込んできた。
「すみません。」
ノックの音がだんだんと大きくなっていく。呼びかける声も。
《この声・・・・間違いない。》
そっとドアを開けると、そこには姫月愛子が立っていた。
「やっぱり貴女ですか。」
「さっきはごめんなさい。助けてもらったのにロクにお礼も言わずに。」
「こちらこそ。」
「さっき女将さんに聞いたんだけど、あれ実は女湯だったのね。」
「らしいですね。暖簾をかけ違えてたとか。」
「てことは私は男湯って書いてる方に入っちゃったってことよね。」
「そうなりますね。」
「普段なら絶対こんな間違いしないのに。やっぱりボーっと考え事しながら歩くのはよくないわね。」
肩を竦めるこの美人、やはりさっき窓の外に立っていた男とそっくりだ。
というより瓜二つと言っていいだろう。
じっと顔を見入っていると、後ろから「入ってもらったらどうですか」と由香里君が言った。
「その人、お風呂で抱き合ってた人でしょ?」
「え?ああ・・・・抱き合うというか、不可抗力というか。」
「そして多分、お母さんに関係してる人。」
俺は無言で肩を竦めた。
もはや誤魔化すまい。
本当になんでこんなに鋭いんだ?
由香里君は「どうぞ」と招き入れる。
姫月さんは「お邪魔します」と部屋に上がり、「由佳子の娘さんね」と言った。
「私のこと知ってるんですか?」
「ええ。写真で何度かね。」
そう言って「由佳子の若い頃にそっくり」と微笑んだ。
「けどあの子より芯の強そうな目をしてる。」
「あの・・・・お母さんとはどういう関係の方で・・・・、」
「友達よ。それも大親友。」
「なら書置きにあった忘れられない人って・・・、」
言いかける由香里君の口元に手を向け、言葉を遮る。
「ごめんなさい。あとでちゃんと話してあげるから。今はこの人に用があって来たのよ。」
俺を振り返り、「久能さんって言ったわよね?」と小首を傾げた。
「あなたの超能力、正直なところ信じることは出来なかった。」
「慣れっこですよ。」
「だけど由佳子が頼るくらいだから、それなりの人なんだと思う。・・・・探偵としてのあなたにお願いしたいことがある。」
なんとなくそう言われるんじゃないかと思っていた。
そしてこれは気が滅入ることなのだ。
「妹を見つけて。」
ペコリと頭を下げる。
俺はすぐには返事が出来なかった。
いくら俺が腕の悪い探偵であろうと、生きている人間なら見つけられる可能性もある。
だがこればっかりは・・・・。
「もうこの世にいない人の捜索は無理です。」
「分かってる。ただ・・・・あの子が眠っている場所を探り当ててほしい。
きっと天国に行っていない。いや、行けていないはず。まだこの島のどこかで眠ってるはずだから。」
姫月さんは「お願い」と頭を下げる。
由香里君が「久能さん」と腕を引いた。
「引き受けましょう、この依頼。」
「いや、彼女の依頼は相当に難しいものだ。そもそも探偵の仕事の範疇ではないし。」
「でもお母さんが家出したことに関係あるんでしょう?」
「ああ。」
「だったら私たちで解決しましょうよ。そうすればお母さんも安心して家に帰れる。そして久能さんも。」
「俺も?」
「久能さんが悪い目に遭うんじゃないかって予感、きっとこの事に関係してると思うんです。私たちも気持ちよく帰る為に、この依頼引き受けましょ。」
悩んだ。どうしたもんかと険しい顔で。
迷った挙句、「姫月さん」と呼んでいた。
「貴女の依頼、お引き受けいたします。」
「ほ、ほんとに!?」
「ええ。」
「ありがとう!」
手を握って泣きそうになっている。
「この久能司にお任せ下さい。必ずや貴女の妹さんを見つけて差し上げましょう。」

今日はお休みです

  • 2020.07.25 Saturday
  • 12:03

今日はお休みです。

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    ローカル線

    • 2020.07.24 Friday
    • 16:57

    JUGEMテーマ:

    ローカル線から見える田園

     

    誰かが屈んで作業をしている

     

    街が近づき 曇天下のビルが重々しい

     

    アナウンスが流れる 腰を上げる

     

    短い距離でも旅をした気分になる

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