熱気の向こうから
- 2020.08.31 Monday
- 11:26
- 詩
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JUGEMテーマ:自作小説
地元のことって意外と知らないものだ。
僕の住んでる町は地方都市のベッドタウンのさらにベッドタウンみたいな田舎だから、ほぼ山と田んぼが町の面積を占めている。
それでも最近は飲食店やアパートや駐車場が増えてきて、子供の頃とはかなり様変わりした。
隣街まで買い物に行かなくても、すぐ近所で欲しい物が買えるようになったことは嬉しい。
と同時に昔ながらの情景や文化も残っていて、ほどよく発展したそう悪い町じゃない。
子供の頃に遊んだ空き地、下校時に寄り道した駄菓子屋、金が無い時にブラブラした山や川。
どこに何があるかだいたい把握しているし、新しく建った店も一通り回ったから、この町にほぼ知らない場所はないはずだった。
文化もそれなりに詳しい。
歴史好き、古い物好きが高じて、図書館で本を読みあさったし、この町の歴史に関わる重要な場所へは何度も足を運んだ。
つまり地理的な意味でも文化的な意味でも、自分の生まれ育った町は把握しているはずで、もはや庭のようなものだと安心感があった。
今日も見慣れた町を散歩する。
城下町の風情が残る橋向こうの地区だ。
天気が良い。その分暑いけど外を歩けないほどじゃない。
ポケットに手を突っ込みながら、緩やかな気持ちで景色を眺める。
その時、誰かがドンと背中にぶつかってきた。
危うく転びそうになる。
そいつは謝りもせずにどこかへ走り去っていった。
「マナー悪いなまったく。」
ブツブツ言いながら城下町の風情が残る路地へ入る。
するとふと真新しい道が目に入った。
真新しいというのは最近出来た道路という意味じゃない。
知らなかったのだ。
こんな場所にこんな道があるなんて。
大通りから山裾へ向かう舗装路、その近くに溜池があって、その溜池の向こうに小高い山がある。
これは知っていた。
しかし路地から切り返すように小高い山へ向かう坂道があることは知らなかった。
僕はちょっと嬉しくなる。
道の佇まいからして相当年季の入ったものだ。
何十年、いやもっと前からあるのだろう。
けど今発見した道というのは、発見した本人にとっては真新しい道だ。
少し勾配はキツイけど登ってみることにした。
道は細い。
軽自動車がギリギリ通れるくらいだろう。
しばらく登るとまた切り返しになっていて、良い運動になると足に力を込めていった。
すると舗装路は砂利道に変わり、数メートル先に山の一部を削った土がむき出しの駐車場が見えた。
車が3台ほど停められる小さなものだ。
その駐車場の向かいには石造りの階段があった。
階段は深い木々の中に続いていて、僕は興味の惹かれるままに足を進めていった。
しばらく登ると小さなお堂が現れた。
階段の右、とても狭い空間に佇んでいる。
何を祀っているのかは知らない。とりあえず手を合わせて先に進む。
すでに足は参っているが、登ったことのない階段というのは引き返すことを許してくれない。
この先に何があるのか?興味は体力をカバーする。
はあはあと息位切れを起こしながら、セミの声をうるさく感じながら、ようやく階段の先が見える所までたどり着いた。
少し先の頭上、赤と青の派手な旗が揺れている。何やら難しい漢字が並んでいる。
その向こうにはお堂の屋根が見えた。
「寺か?」
僕はこの町の地理にも歴史にも詳しい。
だがこんなお寺は知らない。
興味は体力どころか精神力さえ増強させ、残りの十数段を一気に駆け上がった。
「・・・・・・・。」
階段が終わる。開けた場所に出る。
そこで僕は立ち尽くすしかなかった。
「なんだこれ・・・・。」
まるで空気が変わった。
ここは特別なお寺ではない。
よくあるお堂によくある仏像。
それらが小ぢんまりした境内にひっそりと立っている。
仏像の数は多い。
正面のお堂から左、人の倍はある鉛色の菩薩像。
周囲にはそれぞれの干支を司る如来や菩薩や明王。
僕は亥年なので阿弥陀如来になる・・・・らしい。
正面のお堂はとても古い佇まいで、石段の上に賽銭箱と鐘がある。
木戸は開きっぱなしで中が見える。畳の向こう、立派な祭壇が目に入った。
祭壇の手前には小さな仏像、左右にお坊さんの絵。
派手な座布団が敷かれていて、なぜか太鼓がある。
しかしこれといって変わった感じはなく、やはり普通のお寺の景色だ。
なのに境内に立った途端に明らかに空気が変わったのだ。
神秘的とか神聖とか、そういった類のモノではない。
もっとこう・・・和やかで、緩やかで、ここにいるだけで体内から全てが浄化されていくような、言い表しようのない空気だった。
振り返れば町が見える。
流れる川、少しずつ実を結んできた稲穂の田んぼ。マンションにドラッグストアに市役所に、それに遠くまで連なる山々。
目を凝らせば隣街の化学コンビナートの煙突まで見える。
ほとんど霞んで見えないけど、遥か遠くにはどうにか海と分かるシルエットも。
「良い場所だなあ。」
思わず呟いた。
境内に目を戻すと、参道から左奥に社務所があった。
ドアは開きっぱなしになっていて、少し迷いながら中を覗いてみた。
小さな雪駄が二つある。
玄関の棚には孔雀の絵や独鈷杵、それに漢詩を彫った薄い石が立て掛けられていた。
社務所の中にも祭壇があり、ミニチュアの仁王像に挟まれる形で、仙人のような風貌のお坊さんの絵が飾ってあった。
玄関は空いている。雪駄もある。
なのに人の気配がまったくしない。
僕は「すみません」と呼びかけてみた。
このお寺のことが気になる。
どうしてここだけ空気が違うのか。
この町の地理と歴史はほとんど知っている。
だったらこんな場所を知らないわけがない。
ないのだが、今日初めてここという場所を知った。
とにかく興味がある。
住職がいれば詳しく話を聞けるはずだと思い、もう一度「すみません」と呼んでみた。
すると後ろから「はい」と声がした。
慌てて振り返ると小柄な老婆が立っていた。
袈裟を着ていて頭は丸めている。尼さんだ。
いきなり後ろから来られたものだから動揺する。
必死に言葉を探っていると「信者さん?」と尋ねられた。
「いや、ええっと・・・・ここは初めてで。」
「あらそう。」
「あの、ご住職ですか・・・・?」
「ええ。」
なんとも柔和な笑顔だ。
まるで菩薩そのもののように。
僕は「ちょっとお聞きしてもいいですか?」と前置きしてから、このお寺を包む不思議な空気のことを尋ねた。
「ここはなんとも言えない落ち着く空気が漂ってますね。」
「あら、分かる?」
「境内に立った瞬間にすぐ分かりました。ここは何かが違うって。神秘的とかそういう意味じゃなくて、自分の中の嫌なモノが浄化されるみたいな落ち着く空気です。」
「それはよかった。」
住職はニコリと微笑む。そして「ご縁があってよかったわ」と頷いた。
「ご縁?」
「落ち着いた?」
「ええ、そりゃもう。ここにいるだけでなんだか柔らかい気持ちになるというか・・・・。いやそれよりですね。僕、けっこうこの町のことには詳しいんですよ。
歴史や文化だって好きだから、どこにどんなお寺や神社や古い建物があるかって頭に入ってるんです。」
「まあまあ。それは勤勉ねえ。」
「地理だってそうですよ。ここに何があって、向こうにこういう建物があってとか、全部頭に入ってる。なのにここは初めて知りました。
何度も通ってる道なのに。今日もブラブラ散歩してて初めて気づいたんですよ。」
自信満々に言うと、「何度も?」と首を傾げられた。
「この近くを何度もブラブラお散歩してるの?なのに知らなかった?」
「ええ。こんな場所があるとは恥ずかしながら。」
「そうじゃないわ。何度も通ってる道なにの・・・・本当に知らなかったのね?」
「ええっと・・・・何がですか?」
今度は僕が首を傾げる。
すると住職は「あなた・・・」と笑顔を消した。
「地理や歴史には詳しいんだろうけど、世情には疎いんじゃないかしら?」
「・・・・どういう意味ですか?」
「新聞やニュースは見てる?」
「まあそこそこには。」
「きっと大きなニュースばかりでしょう?地元のニュース、ちゃんと見てる?」
「ええっと・・・・あまり。」
「でしょうね。知ってればこの辺りをブラブラお散歩なんて・・・とてもとても。」
そう言って住職は社務所に引っ込み、「これどうぞ」と何かを持って出てきた。
「これは?」
「何だと思う?」
「絵ですね。」
仙人風のお坊さんの絵、社務所の祭壇に飾ってあった物だ。
「持っていっていいわ。」
「いや、持っていくって・・・・大事な物じゃないんですか?祭壇の真ん中に飾ってあるくらいだから。」
「別にあげるわけじゃないわ。用が済んだら返してくれればいい。」
「はあ・・・。」
意味が分からない。とりあえず受け取ると「あまり長居しない方がいいわ」と、お寺から出ること促された。
「もう他の信者さんたちが来てるから。」
住職は僕の後ろへ顎をしゃくる。
振り返るといつの間にか大勢の人がいた。
仏像に手を合わせたり、ただボーっと立っていたりと、それぞれ気ままな事をしている。
「もしここが気に入ったなら、あなたも。」
「え?ああ・・・・、」
「でも今は帰った方がいい。そのうち真実を知って暗い気持ちを抱えるだろうから。」
「暗い気持ち?」
「早く行きなさい。それ持ってね。」
背中を押され、階段まで見送りに来てくれる。
戸惑う僕に「またね」と手を振った。
・・・・なんだかよく分からないけど、これ以上いたら悪いようだ。
僕は頭を下げ、階段をおりていった。
途中にあるお堂を通り過ぎ、小さな駐車場も通り過ぎ、麓にある細い切り返しの道までやって来た。
「なんなんだあのお寺は。」
わけが分からないまま路地に下りる。
するとまた誰かが後ろからぶつかって来た。
振り返るとさっきと同じ奴だった。
「お前また・・・・、」
言いかけた時だった。
気づくとさっきのお寺に戻っていた。
「あれ?なんで・・・・、」
不思議に思って周りを見渡していると、俺にぶつかってきた奴が隣にいた。
しかもそいつは四つん這いに倒れている。
そしてそいつの目の前には仙人風のお坊さんが立っていた。
怖い目をしながら手をかざすと、どこからか仁王像が現れ、そいつを捕らえて陽炎のように消えてしまった。
「なんだ・・・なんなんだよ・・・・。」
恐怖と呆気に取られている。
すると「よかったですね」と住職が声を掛けてきた。
「これであなたを酷い目に合わせた輩は地獄へ行った。」
「地獄?」
「ニュース、ご存知ないのよね?」
「あの、さっきから何を・・・・、」
「今のは通り魔よ。」
「通り魔・・・・。」
「すれ違いざまに人を切りつけていく恐ろしい悪人。幸い今まで死者は出ていなかったけど、残念ながらつい先ほど・・・・。」
そう言って僕を見る。
「あなたはここを気に入ったようだけど、暗い気持ちを抱えたままでいられる場所じゃないわ。
いつかきっと真実を知って、怒りと悲しみに暮れるはず。悪い霊になって人々に迷惑を掛けるかも。
そうなるとさっきの通り魔みたいに、ここじゃないどこかへ連れて行かれてしまうわ。」
「いや、あの・・・・、」
「これであなたの心はもう晴れたはず。」
「・・・・・・。」
「だからさっきの絵は返してね。」
言われるままに絵を差し出す。
そこに描かれているのは、仁王像を呼び出して通り魔を連れていった仙人風の坊さんだ。
住職は「これからよろしく」数珠を握って合掌する。
僕は怖くなってお寺をあとにした。
階段を駆け下り、町へ戻る。
そんなはずはないと自分に言い聞かせながら。
だけど否応無しに真実を思い知らされることになった。
僕にぶつかってきたアイツが、お寺へ登る麓の道で倒れていた。
周りには野次馬が出来ている。
この通り魔、どうやら車に撥ねられたらしい。
近くにバンパーのへこんだ自動車が停まっていた。
酒に酔っているらしく、ひどく喚きながら警官に連行されていった。
僕は通り魔に目を戻す。
手足と首があらぬ方向へ曲がり、直視できないほど酷かった。
素人目にも生きてはいないと分かる。
そして曲がった右手には血に濡れたナイフを握っていた。
すぐ近くには僕が倒れていて、背中に刺し傷がある。それも地面が濡れるほど血が流れて・・・・。
「そんなはずない!」
叫びながら走り出す。
交差点で車が突っ込んできたけど、僕に触れてもスルリとすり抜け、何事もなかったかのように走り去っていく。
近くにあった石を掴もうとしてもすり抜けてしまうし、溜池には自分の姿が映らない。
「・・・・・・。」
怖くなった。この気持ちをどうにか落ち着けたかった。
お寺に戻る。柔らかい空気に包まれて落ち着く。
自分の町にこんな場所があるなんて初めて知った。
知らない方がよかったと後悔する。
だけど僕はもうこの場所から出たくなかった。
ここにいれば苦しむことも辛くなることも、現世への未練さえ溶けていく。
・・・・僕を殺した悪人は死んだ。
もう暗い気持ちはない。
境内の石段で佇む僕に、「おかえりなさい」と住職が微笑む。
「今日からここがあなたの家よ。」
JUGEMテーマ:詩
押入れの中に何かいる
生き物の足音で間違いない
ゴキブリか ムカデか それともネズミか
足音だけというのが恐怖をそそる
見えてしまえばなんてことはないのに
押入れを開けるには勇気がいる
さて 何が出てくるか
ピタリと足音がやむ
余計に怖くなる
開けたくないけど開けないと落ち着かない
嫌な時間が始まる
JUGEMテーマ:詩
真っ白な壁が光を反射する
陽光が倍増されて窓へ差し込む
思わず目を細めながらセミの声を聴く
ツクツクホーシが増えてきた
あと一ヶ月は暑さが残るだろう
人は季節に対しても身勝手で
涼しくなってくれと願っていたはずが
夏の終わりを感じて寂しくなる
JUGEMテーマ:詩
除菌剤で手を洗う
ツンとしたアルコールの刺激臭
ジェルが指の間に纏わりつき
マスクを通した温い空気に嫌気が差す
オールフリーでどこでも行けた自由が
はるか昔のことのように懐かしく思う
JUGEMテーマ:自作小説
事務所の窓を開けると秋風が吹き込む。
銀杏並木は黄色に染まり、ヒラリヒラリと葉が舞う光景はなかなか風情がある。
俺はタバコを咥え、フワっと煙を吐いた。
今年の夏は暑かった。
猛暑が何日も続き、事務所のエアコンはフル稼働であった。
おかげで電気代が嵩んで仕方なかった。
とはいえ室内でも熱中症が起きる時代である。
夏日の間、事務所にいる限りはリモコンの切ボタンに触れることはなかった。
「若い頃は夏が良かったが、この歳になると秋がいい。」
年々暑くなっていく夏。逆に秋のような過ごしやすい季節はどんどん短くなっている。
このままではいつか夏と冬だけになり、一年中暑さか寒さに堪えないといけなくなるかもしれない。
「由香里君、見てごらん。銀杏が色づいているよ。」
「知ってます。ここへ来る時いつも見てますから。」
彼女は最近買ったタブレットを片手に険しい顔をしていた。
「久能さん、今月また赤字です。これじゃいつ潰れてもおかしくありません。」
「毎度のことさ。」
「赤字に慣れないで下さい。来年には私もここに就職するんですよ?もっとちゃんと経営してもらわないと。」
「分かってるさ。けど今は秋の風情を楽しみたい。なんとも銀杏が綺麗だから。」
「風情を楽しむのは仕事に精を出してからにしてくれると助かるんですけど?」
「俺も今年で35になっちまった。この歳になると夏より秋がいい。」
「35なんてまだまだ若いじゃないですか。なっちまったなんて言い方しなくても。」
「たしかに35は若い。だがあと5年もすれば40だ。5年なんてすぐさ。」
「大人になるほど時間って早く感じますよね。ついこの前お正月だったのに、あと二ヶ月ちょっとしたらまたお正月ですもんね。」
「ほんとになあ。子供の頃は一年がとんでもなく長く感じたもんだ。」
椅子に座り、タバコを灰皿に押し付ける。
暑い暑いと思っていた夏も、過ぎてしまえばあっという間だった。
しかし今年の夏が忘れられない夏になった人たちもいる。
恋花さんと愛子さんだ。
・・・・二か月前のこと、彼女たちは一つの肉体に戻った。
しかし精神までは一つに戻らなかった。
『まだ答えが出ない。じっくり考えてみます。』
二人してそう言っていた。
しかし暗い未来にはなるまい。
なぜなら二人が一つの肉体に戻るということは、俺の予知した未来においては決して悪い人生ではなかったからだ。
逆にどちらか一人だけが肉体を所有する選択をしていた場合、肉体を持つ人格だけが幸せになる。
自分のことだけを考えるなら、少なくともどちらか一方にとっては良い未来が待っていたのだ。
だが二人で一人になった場合、幸せもあるが苦難も待ち受けている。
つまり幸不幸の値はプラスマイナスゼロになるわけだ。
しかしもう一つ別の未来がある。
それは精神も一つになること。
つまり人格が分離する前の状態に戻るということだ。
そもそも二人は別人ではない。
肉体も精神も、そして魂だって同じなのだ。
精神まで一つに戻ることに不安はあるだろう。
自分が消えてしまうんじゃないか?
まったく違った人格になってしまうんじゃないか?
あの二人はきっと迷っている。
いや、もしかしたらもうすでに・・・・、
「ねえ久能さん。」
由香里君がタブレットから顔をあげる。
俺は「なんだい?」と振り向いた。
「仕事中にエッチな本を読むのやめて下さい。」
「そんなもの読んでないさ。」
「新聞からはみ出てますよ。」
見るとカモフラージュの為に重ねていた新聞の端からオッパイが覗いていた。
「失敬」と机の中にしまう。
「ここに就職したら私が所長を代わりましょうか?」
「嫌だと言ってもそうなりそうで怖いな。ちなみにもし所長になったら俺をクビにしたりはしないよな?」
「あ、いいですねそれ!エッチな本ばかり読んでる助手はクビにして、もっとやる気のある人を採用して・・・・、」
「OK!出来る限り煩悩を抑えよう。」
「ていうかもうしないって約束して下さい。」
「ベストを尽くす。」
「ならやっぱり新しい人を採用して・・・・、」
今日もこんな感じで他愛ない会話が続き、ロクな依頼も来なかったので夕方には店仕舞いにした。
外に出て「う〜ん!」と背伸びをする。
「秋の空気は清々しいな。久しぶりに飯でも行くかい?」
「ごめんなさい。この前の依頼でけっこう使っちゃったから。」
「だから依頼料は要らないって言ったのに。今からでも返そうか?」
「いいですよ別に。いくら助手でも依頼は依頼なんですから。だいたいもう残ってないでしょ?」
「ほとんど飲み代で使っちゃったな。」
「ほら。」
「心配するな。飯くらい奢ってやるさ。」
「ほんとに?じゃあ・・・・どうしよっかな。」
口元に手を当てながら「今日は家に帰っても一人だし、外で食べようかな」と呟く。
「ほう、今日は家に誰もいないのかい?」
「そうなんですよ。お父さんは出張だし、お母さんは友達に会いに出かけてるし・・・・、」
言いかけた時、由香里君のスマホが鳴った。
「ちょっとすいません。」
スマホを耳に当てながら「もしもし?」と誰かと喋っている。
「うん、うん・・・そう。いま仕事が終わったところ。うん、久能さんも一緒にいるよ。あ、代わるの?はいはい。」
由香里君は「どうぞ」とスマホを差し出す。
「お母さんからです。」
「お姉さんから?」
受け取り「もしもし?」と電話に出る。
『ああ司くん?いま大丈夫?』
「ええ。」
『実は伝えいたいニュースが二つあるのよ。ショックを受けるかかもしれないから心して聞いてね。』
しばらくお姉さんと話す。
時間はそう長くなかった。
だが話を終える頃、俺はなんとも複雑な気分を抱える羽目になった。
浮かない表情で由香里君に電話を返すと「どうしたんですか?」と心配された。
「なんか急に元気がなくなったけど。」
「由香里君、悪いが飯に行くのはキャンセルさせてくれ。」
「べつにいいですけど・・・・ほんとに大丈夫ですか?体調が悪いなら家まで送っていきますけど。」
「いやいや、平気さ。」
無理に笑って見せる。
いつもなら『送ったついでに俺のアパートで一晩どうだい?』なんて言って正拳突きを食らうパターンなのだが、あいにくそんな冗談さえ言えない気分だ。
背中を向け「また明日」と手を振った。
「なんか全然力が入ってないけど・・・・ほんとに大丈夫ですか?」
「平気さ。君も気をつけて帰りたまえ。」
「・・・・分かりました。じゃあまた明日。」
駅までの道のりをトボトボ歩く。
ぼんやり空を見上げながら、お姉さんから聞いた二つのニュースを思い出す。
まず一つはあの姉妹に関することだ。
恋花さんと愛子さんは精神も一つに戻ったそうだ。
これは本人たちが願ったからではなく、勝手に一つにくっ付いたのだ。
あの日から一ヶ月後のこと、朝に目覚めると違和感を覚えたという。
なんと人格が一つになっていた。
恋花さん人格、愛子さん人格、それぞれの人格はいなくなっていたのである。
と同時に自分は恋花であり、愛子でもあるという感覚があったそうだ。
二人はそれぞれ性格や考え方、それに生き方も違う。
だが完全に一つに戻った今、困るどころか上手くいくことの方が多いという。
仕事やプライベートなど、人はあらゆる場面であらゆる顔に切り替わる。
恋花さんと愛子さんの長所と短所は真逆であり、それが完全に一つに戻ったことで、それぞれを完全に補い合う一つの人格が誕生した。
いや、本来の姫月さんに戻ったという方が正しいだろう。
育ってきた環境や状況のせいで恋花さんタイプの人格を押し出す形になってしまっただけで、愛子さんタイプの自分も元々存在していのである。
人と接するのは苦手だけど、慎重ながらも我が道を貫く恋花さん。
人の期待に応えようと無理しがちだけど、社交的で責任感の強い愛子さん。
・・・・俺が予知した三つ目の未来、二人が一人に戻ったらどうなるか?
「二人は元々一人なんだ。上手くいかないわけがない。」
そう、三つ見えた未来の中で、二人が最も幸せな人生を送れるのがこれだったのだ。
しかし抵抗はあっただろう。
別々だった人格が一つになるというのは怖いことだと思う。
自分が自分でなくなってしまうんじゃないか?
自我が消えてこの世からいなくなるんじゃないか?
しかしある日目覚めて一つになっていたということは、本心ではそれを望んでいたということだろう。
・・・・いや、本当のところは分からない。だがそういうことにしておこう。
問題は俺である。
恋花さんの頭に宿っていたケセランパサランモドキ。
あれ、実は本物だったのである。
俺が恋花さんの頭から追い出そうとした時、アイツは必死に抵抗した。
あれは追い出されるのが嫌だったからじゃない。
恋花さんを守ろうとしていたのだ。
「頭に巣食う悪霊が、いつの間にか幸せを運ぶ本物になっていたとはなあ。」
見抜いたのは透視能力を使った時だ。
抵抗するコイツをどうにかして追い出そうと、どこかに弱点はないかくまなく透視してみた。
その結果、祠に巣食う悪霊とはまったく違う姿が見えたのだ。
悪霊は表面こそ真っ白な綿毛だが、中身はドス黒い。
しかし恋花さんの頭に憑依したアイツは中身も真っ白。
おかしいな?と思っていると、ふと頭の中に声が響いた。
《長いこと一人の人間に巣食っていると、いつの間にか邪気が抜けてしまったよ。この子の性格が清らかなせいかもしれない。
これからは呪いでなく幸運を与えてやりたい。この姉妹が幸せな人生を歩めるように祝福を与えたやりたいんだ。
そこでだ。あんた、悪いんだけどちょっと手を貸してくれないか?
もし手を貸してくれるなら、モドキから受けるリスクもゼロにしてやろう。》
俺は言われるままに手を貸した。
おかげでパワーアップした超能力の反動は受けずに済んだ。由香里君もだ。
そしてあの姉妹はこれから幸せな人生を歩むことが約束されている。
本物のケセランパサランが祝福を与えているのだから。
そう考えると、一つに戻ったのもケセランパサランの力かもしれない。
なかなか答えを出さないものだから、これが最善の選択だぞと。
これで彼女たちは幸せ間違いなしである。だが俺はどうか?
「さあて、どうしたもんかな。」
ポケットに手をツッコミながら空を見上げる。
するとビルの上から鉄骨が落ちてきた。
「うおおおお!」
慌てて避ける。
しかし避けた先にトラックが突っ込んできて「ずうああああ!」と叫びながら飛び退いた。
だが飛び退いた先はなぜかマンホールの蓋が開いていて、危うく落っこちそうになる。
「ついに来たか・・・・。」
トラブルの連続コンボ。襲いかかる不幸のラッシュ。
これは偶然ではない。
ケセランパサランを使った代償なのだ。
あれは本来なら自分で捕獲し、自分で増やさなければならない。
しかし今回の件、俺は捕獲も増殖もさせていない。
つまり条件を満たしていない状態でケセランパサランを使った・・・・というより、あの姉妹を救うのに手を貸したのだ。
恋花さんの頭に宿るケセランパサランだけでは、とてもではないがあの姉妹を救うことは不可能だった。
そこで俺が「幸運の前借り」をすることで、ケセランパサランに力を与え、祝福を与えることになった。
これは何を意味するか?
《俺はアホだ。いくらあの姉妹を助ける為とはいえ、他人に自分の運を使ってしまうなんて・・・・。》
後悔先に立たず。
前借りした幸運の返済が始まった。
これがお姉さんからのもう一つのニュースだった。
『なんだか悪い予感がするのよ。これ由香里も言ってたんだけど、近いうちに司くんに不幸の嵐が襲いかかるんじゃないかって。
ただの勘といえば勘なんだけど、私って昔からこういうのだけは鋭くて。最近は由香里もこういう勘が冴えてきたみたいでね。
あの子なにか言ってなかった?・・・・あらそう。何も聞いてないのね。多分言い出せなかったんだと思うわ。司くんを不安にさせまいと。』
なるほど、相変わらず優しい子だと思った。
しかしこういう事はなるべく早く言っておくれよ由香里君。
『私の勘だとあと一ヶ月くらいは不幸が続くと思うわ。とにかく身の回りのに注意して。』
お姉さんの言葉を思い出していると、今度は何かにつまづいて転びそうになった。
間一髪、地面に倒れる前に手を着いたが、目の前には尖ったガラス片が散らばっていた。
「・・・・・・・。」
振り返るとマトリョーシカが落ちていた。
なぜ道端にこんな物が・・・・。
「ヤバイ・・・・これは本格的にヤバイぞ。」
一ヶ月もこれが続いたら、多分きっと生きてはいられないだろう。
久能司、今になって恐怖に青ざめる。
背中には冷や汗が流れ、ガクガクと膝が震えて・・・・、
「久能さん。」
ふと頭上から声がする。
見上げると由香里君がいた。
「そこ、ガラスが散らばってるから危ないです。早く立って。」
そう言って手を差し伸べてくれる。
俺は「膝がガクガクでね・・・」と、彼女の手を掴みながらへっピリ腰で立ち上がった。
「お母さん、なにか言ってました?」
「ああ・・・これから不幸が襲いかかるだろうと。」
「やっぱりそうなんだ・・・。私も胸騒ぎがしてたんです。ケセランパサランの反動ですよね?」
「だろうな。運の前借りは借金より恐ろしい・・・・。」
「でも立派じゃないですか。依頼人を救う為にそこまでするなんて。」
「そんなカッコいいもんじゃないさ。勢いでやったまでで。」
由香里君はクスっと笑い、「送っていきます」と言った。
「一人じゃ危ないでしょ?」
「いやしかしだな・・・・気持ちはありがたいが、俺と一緒にいたら君まで危ない目に・・・・、」
「それ前にも聞きました。」
「だったらすぐに帰った方がいい。いつ君にも鉄骨が落ちてきたりトラックが突っ込んでくるか分からないぞ。」
「もしそうなってらなんとかしてみせます。」
「強気だな。君らしいと言えば君らしいが。」
「だって家に送るだけですから。どうにかなりますよ。」
「なるほど。この不幸が今の一瞬だけと思ってるんだな?」
「一瞬だけってことはないでしょうね。今日一日くらいは続くと思います。だから家に帰ったら大人しくしてた方がいいですよ。
今夜は飲みに行ったりとか遊びに行ったりとかは控えて・・・・、」
「一ヶ月だ。」
「え?」
「この状態が一ヶ月は続くらしい。」
「そんなまさか。」
「確証はない。しかし由佳子お姉さんの勘がそう言っているそうだ。」
「お母さんが・・・・。」
神妙な顔になる。
どれだけ危険な状況が理解したらしい。
「悪いことは言わない。俺と一緒にいない方がいい。仕事もしばらく休みにする。
悪いがその間は給料が払えない。もし金に困るなら、俺の知り合いの飲み屋で短期のバイトを紹介して・・・・、」
「いますよ。」
「ん?」
「一緒にいます。」
「ああ、ええっと・・・・しかしそうなると君にも鉄骨が落ちてきたりトラックが突っ込んできたり・・・・、」
「なんとかしてみせますって。」
横に並び「嫌なことばかり心配してたって」と肩を竦める。
「なんにも良いことないですよ。」
「いや、実際に嫌なことがしばらく続くわけで・・・、」
「一緒にいる。そう言ったでしょ?」
クルリと踵を返し、「帰りましょ」と歩き出す。
なんと優しい・・・・そして逞しい子だろう。
彼女を追いながら「仕事中はエロ本を控えるよ」と言った。
「だからまあ・・・・なんだ。その、一緒にいてくれるのは嬉しい。」
由香里君は振り返り、「約束ですよ」と微笑む。
先を歩いて行く彼女の背中に「いつも感謝してる」と囁きかけた。
しかしその時だった!
眉間に力が集中し、一秒先の未来が見えた。
「危ない!」
駆け出し、由香里君の腕を引く。
「きゃあ!」
「大丈夫か!」
「な、なんですかいきなり・・・。」
驚く彼女に「コイツさ」と足元を指差す。
「コイツって・・・・あ!」
「な?」
最近はマナーの良い飼い主が増えたものの、完璧にゼロになったわけではない。
「危ないところだった」と言うと、由香里君もホっとしている様子だった。
「久能さん・・・ありがとう。」
「いいってことさ。それより早く帰ろう。どんな不幸が襲ってくるか分からない。」
踵を返し、颯爽と歩き出す。
一歩踏み出した先に別のウンコがあった。
JUGEMテーマ:自作小説
俺には超常的な力が備わっている。
こいつを駆使してどうにか脳内のケセランパサランモドキを取り除くしかない。
「恋花さん。もう一度言う。今から貴女の目を覚まさせる。頭の中から悪い霊を取り除いて。それが貴女を救うただ一つの方法だ。
しかし同時に大きな悲しみに包まれることになる。なぜなら頭の中からケセランパサランモドキを取り除くということは、貴女にとって大事なあの女性まで・・・・、」
言いかけてやめる。
伝えたところでどうにかなるわけではない。
それに虚ろな状態では耳に届かないだろう。
・・・・問題は俺の方だ。
この身に宿る超能力、正直なところそう大したパワーはない。
透視能力は一センチ先までしか見えないし、念動力は軽い物を三センチ動かせるだけ。
予知能力に至っては自分の意志で発動できないし、仮に発動しても一秒先までしか見えない。
あまりに貧弱なこの能力では、恋花さんの頭から悪霊を追い払うことは出来ない。
ならばどうするか?
悪霊に勝てるほど強化するしかない!
ではどうやって?
答えは簡単、悪霊の力を借りればいい。
俺は後ろを振り返る。そこには愛子さんが立っていた。
彼女はなんとも言えない表情で『探偵さん』と呟く。
『私からお願いしといてこんなこと言うのもアレだけど・・・・ほんとにいいの?』
「ああ、覚悟は出来てる。」
『じゃあ・・・・これを。』
彼女はそっと手を広げる。
そこにはたくさんのケセランパサランモドキがいた。
『これに願いを掛ければ超能力は強くなる。』
俺は愛子さんに近づき、手の中の真っ白な綿毛たちを睨んだ。
コイツらは人間の頭に憑依して、記憶や意識や感情に様々な影響を与える。
ということは俺の頭に憑依させれば超能力を強化させることも可能だ。
今までの経験上、集中力や感情が高まると超能力のパワーが増す。
あれはいつだったか格上の超能力者と対決した時のことだ。
探偵の看板を懸けた負けられない勝負をした。
あの時、いよいよ追い詰められた俺は今までにないほどのパワーを発揮した。そして勝利したのである。
ということはケセランパサランモドキを頭に憑依させ、パワーアップを願えば集中力や感情の力が増す。
つまりパワーアップするというわけだ。
しかしそこには確実に・・・・・、
『強くすればするほどリスクもあるわ。悪霊を追い払うほどとなるとものすごいリスクを背負うことになると思う。最悪は命に関わるかも・・・・。』
「いいさ、スリルと刺激を求めて探偵になったんだ。脱サラまでしてな。」
カッコを付けた手前、《本当は怖いんだ》とは言えない。
出来る限り余裕の笑みを見せる。
由香里君が「無理して笑わなくても・・・・」と言った。
「さて、それじゃ願いを掛けようか。」
「久能さん・・・・本当に大丈夫ですか?」
「なあに、心配ないさ。なんで?って聞かれると困るけどな。」
「・・・・・・。」
眉間に皺を寄せながら唇を噛む由香里君。
なんとも言えない表情を見せてから「私も手伝います!」と言った。
「久能さんだけにリスクを背負わせるなんて出来ません。」
「君まで危険を負うことはない。」
「でも一人はそれこそ危険です。」
由香里君は俺の隣に並び、「一緒に願いを掛けましょ」と手を重ねた。
「私だけ安全でいたいならとっくに帰ってます。危ない時ほど二人で仕事をする。いつもそうしてきたでしょ?」
「由香里君・・・・・。」
色んな感情がこみ上げる。
こんな上司想いな部下がいるだろうか?
こんなに心優しい子がいるだろうか?
そしてこんな時にまで色気を感じてしまって煩悩が高まってしまう俺がここにいる
「なんでエッチな顔になってるんですか?」
「え?」
「めちゃくちゃ鼻の下が伸びてます。」
「君の手が触れているからね。それに感動的なことを言うし。なんか色々と疼いてしまって。」
「・・・・・・・。」
「冷たい視線もいい。」
「ごめんなさい。やっぱりここから先は久能さん一人で・・・・、」
「全て冗談さ。」
「なら鼻の下を戻して下さい。」
「こうかい?」
「上唇だけ上がってます。余計にエッチな感じになってますよ。」
さらに目が冷たくなる。
まあ冗談はこれくらいにしておこう。
「私も願いを掛けます。久能さんの負担を私にもって。そうすれば一人でリスクを背負わないですむでしょ?」
「本当にいいんだな?」
「超能力が集中力や感情でパワーアップすることは知ってます。だから私の感情や集中力も超能力に活かしてほしいって願いをかければいけるはず。」
「しかしケセランパサランモドキにそこまで出来るかな?こいつは憑依した人間の頭に影響を与えることくらいしか・・・・、」
「出来ますよ。だってこの悪霊を使って愛子さんは男の人に化けたじゃないですか。それに今でも成仏できずに縛られてるし。
だからきっと私たちが思ってるよりすごい力があるんですよ。ということは恋花さんに憑依した悪霊だって同じです。
久能さんが思ってる以上に手強いはず。だったらこっちは二人で挑んだ方が賢明でしょ?」
「グウの音も出ないな。やはり将来は君が所長かもしれない。」
俺たちは覚悟を決め、頷き合う。
すると由佳子お姉さんが「信じていいのよね」と言った。
「ええ。必ず恋花さんを助けます。」
「もちろん彼女も心配よ。けどそれ以上に・・・・、」
お姉さんは母親である。一番心配なのは娘であった。
「由香里、大丈夫なのね?」
「分からないけど・・・・でも久能さんと一緒なら多分なんとかなると思う。今までもそうだったし。ね、久能さん?」
「そうだな・・・・と言いたいところだが、結果オーライなことがほとんどだからな。」
「過程も大事だけど結果も大事です。だから結果オーライでも胸を張っていいと思いますよ。」
そう言って「お母さん」と振り返る。
「お母さんの友達は私と久能さんが助ける。だからそこで見守ってて。」
「由香里・・・・。」
心配そうな顔をしているが、「分かった」と笑ってみせる。
「司くん、由香里をよろしくね。」
「命に代えても。」
お姉さんからの信頼、由香里君の安全、そして恋花さんの未来。
失敗は出来ない。
男、久能司!いざ意気込んで願いを掛けた。
《俺に力をくれ!超能力をパワーアップさせたいんだ!》
強く思い描くと、愛子さんの手から白い綿毛が舞い上がった。
それも真っ白になるほどたくさん。
フワフワと宙を漂ったかと思うと、俺と由香里君の頭に吸い込まれていった。
・・・・瞬間!カっと頭が熱くなった。
《これだ!超能力がパワーアップする時の感じだ!》
焼けるほど熱くなっていく。
そして眉間に力が集中し、目眩すら感じた。
それは由香里君も同じようで、フラつきながらどうにか立っている。
《由香里君!頑張れ!》
彼女を支えながら、どんどん熱くなっていく頭に痛みさえ覚え始める。
そして・・・・、
《きたああああああ!》
目眩を通り越し、むしろ爽快な気分に変わった。
ただし眉間には大きな力が集中していて、透視能力を使うと恋花さんの頭を通り越して後ろの滝が見えてしまった。
《力が大きい分コントロールが難しい。》
これはとんでもないパワーだ。
そう長くは耐えられないだろう。
今は良くても後から必ず大きな反動が来るはずだ。
早く仕事を終えないと命に関わる。
・・・・だがなかなか上手くいかない。
強すぎるパワーのせいで透視先を恋花さんの頭の中に合わせることが出来ない。
《クソ!頼むから言うこと聞いてくれ!》
大きな力に振り回される。コントロールは無理だ・・・・・と思った時だった。
由香里君が重ねた手をギュっと握ってきたのだ。
するといとも簡単に力のコントロールが出来るようになった。
《これは・・・由香里君のおかげか。》
どうやら彼女は俺の力を調節してくれてるらしい。
だがそれはそれで大きな負担が掛かるだろう。
彼女の為にも迅速に仕事を終えなければ。
《どこだ・・・・どこに巣食ってやがる。》
恋花さんの脳内をくまなく探っていく。
俺なんかに頭の中を見られたくないだろうが、こればっかりは我慢してもらうしかない。
《・・・・・ん?今なんかいたな。》
右脳の下辺りにふと白い物が見えた。
そこへ意識を集中させると・・・・、
《いやがった!》
脳の一部が綿毛の塊に侵されている。
白い糸を神経のように伸ばし、ガッチリと絡みついている。
《巣食ってる場所さえ分かればこっちのものだ。後は念動力で脳の外に押し出すだけだからな。》
コイツは物質的なモノじゃない。
ということは念動力で強引に押し出しても脳が傷つくことはないのだ。
頭蓋骨をすり抜け、そのままスルっと出てくるはず・・・・、
《いや駄目だ!》
念動力を使おうとした瞬間、勝手に未来予知が発動して良くないイメージが見えた。
ケセランパサランモドキは激しく抵抗し、恋花さんの精神に悪影響を与えるイメージが・・・・。
《クソ!物理的なダメージは無くても精神的にダメージを負うのか。これでは無理に取り出せない。》
ただでさえ参っている恋花さんにさらにストレスを与えたらどうなるか?
それこそメンタルが崩壊しかねない。
《まずいぞこれは・・・・。》
愛子さんによれば、超能力を使えば簡単に取り出せるはずだった。
ケセランパサランモドキにはパワーアップし念動力に耐える力はないと言っていたのだ。
だが頭の外へ追い出そうとすると、恋花さんの脳にしっかりと綿毛を絡めて踏ん張るのだ。
これではどうにもならない。
「久能さん・・・どうしたんですか?」
由香里君が辛そうに尋ねる。
俺は「残念だが・・・」と首を振った。
「かなり抵抗してきやがる。無理に追い出そうとすれば恋花さんの精神を傷つけることになる。」
「そんな・・・・、」
言いかけて倒れそうになる。
「由香里君!」
顔が真っ青で唇も紫色だ。
「俺より君に負担が掛かっているようだ。離れていた方がいい。」
「ダメですよ・・・・。力がコントロール出来なくなる・・・・、」
「だがこのままでは危険だ。」
俺の腕を掴んでどうにか立っているものの、足元はフラフラだった。
すると由佳子お姉さんが「由香里」と腕を引いた。
「司くんの言う通りよ。これ以上は無理しないで。」
「でもこのままだとお母さんの友達を助けられない・・・・。」
「・・・・そうね。彼女は私の大事な友達よ。」
お姉さんは恋花さんを見上げる。そして「ごめんなさい」と首を振った。
「いくら親友の為でも娘を危険に晒すわけにはいかない。私にとってはこの子の方が・・・・、」
「愛子・・・・。」
ふと恋花さんが呟く。
「近くにいるの・・・・・?」
キョロキョロ辺りを見渡し、俺の後ろに立つ彼女を見つける。
「会いに来てくれたんだ・・・・。」
フラフラと歩き出し、愛子さんの手を握る。
「ごめんね・・・・私のせいで・・・・。私が自分だけの身体を欲しいなんて願わなかったら・・・・恋花は死んだりしなかったのに・・・・。」
妹からの謝罪。だがそれは姉の求めているものではない。
愛子さんは俯いてしまった。
《あんな風に謝られることはかえって辛いだろうな。》
愛子さんからすれば、私のことで苦しむくらいなら、いっそのこと忘れてしまってくれと思っているだろう。
なぜなら恋花さんの頭から悪霊を追い出せば、愛子さんは消滅してしまうからだ。
愛子さんという人格は、恋花さんが頭で思い描いているから存在しているのである。
頭に巣食った悪霊のせいで、姉という人格を生み出しているのだから。
もしそれが無くなってしまったら愛子さんも消えてしまうだろう。
皮肉だが自分を苦しめている悪霊があってこそ、姉という人格を保っていられるのだ。
そして愛子さんは妹が悪霊から開放されることを望んでいる。
つまり自分が消えたとしても、妹が助かるならそれでいいわけだ。
だから謝罪なんてされたら余計に苦しむ羽目に・・・・、
『そうだよ。アンタのせいだよ。』
愛子さんは顔を上げる。怒りのこもった目で、怒りのこもった口調で。
『私は恋花じゃない!愛子だよ!妹はアンタ!!アンタが姉を望んだから私が誕生した。なのにアンタは私と一緒にいるのが嫌になった。・・・でもいいよ別に。それは許すよ。
正直なところ私だってずっとアンタと一緒は辛かったから。自分だけの身体があればもっと自由に生きられるのにって思ってたから。』
さっきまでの愛子さんとはあまりに違う口調だった。
『言っとくけど我慢してたのはアンタだけじゃない。私だって辛かった。いつでもどこでもアンタとずっと一緒にいなきゃいけないなんて。
自分だけの身体があればもっとたくさん友達と遊べたし、もっと好きな男の子とも一緒にいられた。
なのにアンタはどこでもついて来る。だって同じ身体なんだもん。どんなに仲良くても息が詰まるよ!』
辛さを滲ませるようにグっと口元を噛んでいる。
恋花さんは黙って姉の言葉を聞いていた。
『でも私にワガママ言う権利なんてないから我慢してた。性格だってアンタが望む子を演じてたんだよ。
ほんとはぜんぜん良い子なんかじゃないよ私・・・・。みんなに愛想良くするのだって無理してたし、愛嬌だってわざとそうしてただけだし。
だって気に入らない子だっているし、ムカつくことだっていっぱいあったし。でもアンタがそういう姉を望んだから演じてた。
なんでか分かる?しょせん私はアンタの影に過ぎないから。もう一つの人格なんて言ったって、私はケセランパサランモドキが作り出した幻みたいなもんだから。』
怒りの滲んでいた声はトーンが落ちていく。
淡々として無感情になって、まるで機械のようにさえ感じた。
『あの時だってほんとは自分の身体が欲しかった。でも無理だった。私はしょせん影だから。
だってその身体は恋花のもんだし、そもそも私には自分の命なんてない・・・・。アンタが私っていう人格を信じてるからこうして存在してるだけ。』
そう言って『私は苦しいよ』と首を振った。
『アンタが間違った記憶の中を生きてる限り、私はずっとここに縛られてる。ねえ見てよ、これが今の私の本当の姿だよ。』
手を広げ、全身から真っ白な綿毛を解き放つ。
後に残ったのは白骨化した遺体だけだった。
『これ怖いでしょ。醜いでしょ。なんでこんな姿になったと思う?』
一歩近づき、虚ろな表情の恋花さんを睨む。
『アンタが私の死をイメージしてるからだよ!死のイメージとして骨だけになった私を頭に描いてる。だから・・・・、』
言葉を止め、グっと息を飲む。そして叫んだ。
『だからこんな姿で40年もここに縛られてるんだ!40年だよ40年!!この苦しみがお前に分かるか!?』
骨だけになった彼女は両手を広げ、恋花さんの肩を掴んだ。
『アンタが目を覚まさないから私は苦しいままだ!いつまでも現実から逃げるな!目え覚ませよ!正しい記憶を思い出せ!!』
そう言って『もう泣くことだって出来ない・・・・』と俯いた。
『こんな骨だけじゃ・・・・感情だって表せないよ・・・・。』
ズルズルと倒れ、地面に膝を着く。そして妹の手を握った。
『もう楽になりたい・・・・。』
姉の言葉は届いたのだろうか?
恋花さんの表情にわずかな変化が見られる。
彼女も膝をつき、そっと姉の手を握った。
「大丈夫だよ。もう一度ケセランパサランに願いを掛ければ・・・・。」
そう呟いた瞬間、大木の穴の向こうから大量の綿毛が飛んできた。
そして二人の頭上に降り注ぐ。
「お願い・・・・この子を生き返らせて・・・・。」
「イカン!」
四度目の願い・・・・これが叶ってしまったら元も子もない。
俺はすぐに駆け出したが、白い綿毛は二人に吸い込まれて始めていた。
「させるか!」
念動力を発動させる。
彼女たちの周りから白い綿毛を吹き飛ばした。
だがすでにある程度の量を吸い込んでしまっていた為か、二人に変化が起き始めていた。
白骨化した愛子さんの遺体から魂のようなモノが飛び出したのだ。
そして恋花さんの頭の中へと入り込んでいく。
「恋花さんの肉体に愛子さんの人格を入れるつもりだな!悪霊め、そうはさせんぞ!!」
再び念動力を発動させる。
恋花さんの肉体から愛子さんの人格を抜き出す為に。
しかし・・・・・、
『ぎゃああああ!』
恋花さんの頭から愛子さんが飛び出してくる。
そして白骨化した自分の遺体へ戻っていった。
『こ、この野郎・・・・・邪魔すんな!』
彼女は俺を睨みつける。
だが俺はまだ何もしていない。能力を発動させる前なのにどうして・・・・、
「私です・・・・。」
由香里君が俺の腕を掴んでいた。
「私がやったんです・・・・久能さんの念動力を使って・・・・、」
「君が!?」
「願いを掛けたんです・・・・私にも超能力をって・・・・。」
「なるほど。じゃあ俺の身体を通して発動したってわけか。だがそんなことをしたら大きな負担が・・・・、」
「もうフラフラ・・・・超能力ってこんなに・・・・疲れるんですね・・・・。」
そう言ってパタっと倒れてしまう。
「由香里君!」
抱き起こそうとしたら「由香里!」とお姉さんが先に駆け寄った。
「大丈夫!ねえ由香里!?」
「ごめんなさい・・・久能さん・・・・手伝えるのは・・・ここまでみたい・・・、」
「由香里!」
娘を揺さぶるお姉さんに「気を失ったようです」と言った。
「大丈夫よね?死んだりしないわよね!?」
「もちろんです。いよいよとなったらこの俺が全てを懸けて由香里君を助けますから。」
二人を離れた場所に避難させ、双子の姉妹を振り返る。
ハッキリ言おう・・・・俺も限界だ・・・・。
パワーアップした超能力の反動は半端じゃない。
膝に力が入らないし息は苦しい。鼓動も身体じゅうに音が響くほど波打っている。
使えるとしたらあと一回だけだろう。
だが・・・・それで充分だ!
「愛子さん。」
彼女に近づくと『この野郎!』と怒った。
『邪魔すんなよ!』
「すまない。君の本心を読み取れなかった。」
ペコリと頭を下げる。
「生きていたかったよな。いくら妹の為だったとはいえ、その後40年も苦しむとは思っていなかったはずだ。
だから一度生きたいと願うようになった。そうだろ?」
『そうだよ!悪いか!』
彼女はケセランパサランモドキを吸い込み、また少女の姿へと変わっていく。
『私だって生きたかった!だけど私はしょせん影だからって我慢したんだ!でもやっぱり・・・・、』
「君は何も間違っていない。そもそもいくら仲の良い姉妹だからって、14歳の子供にとってはあまりに酷だ。
だから君は戻ろうとした。いや、あわよくば恋花さんの肉体を自分のモノにしようと・・・・、」
『だから悪いかよ!』
石を投げてくる。
俺はよけずに受け止めた。
おでこに当たり、血が垂れていく。
「さっきも言った通りだ。君は悪くない。誰も君を責められない。」
愛子さんは怒りを叫びながら何度も石をぶつけてくる。
『生きていたい』
これが彼女の本心だった。
さっき恋花さんの中に吸い込まれようとした時、彼女はまったく抵抗する素振りを見せなかった。
それどころか邪魔されたことに怒っていた。
理由は一つ。肉体が欲しかったのだ。生き返りたかったのだ。
いや、そもそも彼女は生きてるわけでも死んでいるわけでもない。
あくまで恋花さんが生み出した影である。
だが影であっても願望や欲はある。それは何も間違ったことではない。
愛子さんは紛うことなく一人の人間なのだから。
俺は歩み寄り、石を投げようとする彼女の手を掴んだ。
その手には丸い石が握られていて、ふと昔のある出来事を思い出した。
・・・・そう、あれは子供の頃、由佳子お姉さんと花火を見に行った時のことだ。
丸いカステラを二つに割り、半分あげようとした俺にお姉さんはこう言った。
『もともと一つだったものが、二つに別れるって寂しいことだよね・・・・・。』
そう、恋花さんと愛子さんはもともと一つなのだ。
だったら戻ればいい。
二人で一人に。
「愛子さん。俺から一つ提案がある。」
彼女の手から石を取り上げ、「恋花さんと一つに戻らないか?」と尋ねた。
『イヤだ!私は40年も苦しんできたんだ!恋花を追い出して私があの身体をもらう・・・・、』
「そうじゃない。肉体だけでなく、精神も一つになったらどうかと言ったのさ。」
『せ、精神・・・・?』
キョトンとしている。
俺は「そもそも君たち二人は・・・・」と続けた。
「肉体だけでなく心も同じだったはずだ。」
『は?なに言ってんの・・・・。私と恋花は別人だよ!』
「そうかな?」
『そうだよ!性格だって考え方だって全然違う!生き方だって・・・・、』
「だが君は恋花さんの中から生まれた。いくらケセランパサランモドキの力があってのことだとしても、何もない場所から誕生したわけじゃない。」
『知ってるよ!だから私は影だって言ってるんだ!私なんてしょせん恋花の願望が生み出した《モドキ》だから・・・・。』
自分の手を見つめ、『今だってそう・・・・』と呟く。
『これだって本当の私じゃない。ケセランパサランモドキを吸い込んだ偽物の身体。本当は真っ白なガイコツなのよ・・・・私は何もかも偽物で・・・・、』
「いや、君は偽物なんかじゃない。影でもなければモドキでもない。君も恋花さんもれっきとした一人の人間。
なぜなら君自身が恋花さんであり、恋花さん自身が君だからだ。」
『意味分からない・・・・なに言ってんのよさっきから。』
このオヤジ大丈夫?みたいな目をしている。
冷たい視線というのは中々突き刺さるが、由香里君で慣れているので流水のごとく受け流した。
「人間ってのは、元々自分の中に無いモノは生み出せないのさ。だけど君は恋花さんの中から生まれた。
つまり恋花さんの内面には、元々君のような性格や考え方、そして生き方をする人格があったのさ。
しかし彼女は人と接するのが苦手だった。だからその人格を押し殺していただけで、君という人間は最初から彼女の中に存在していたんだ。」
『そんなわけ無い・・・・、』
「あるさ。なぜなら人は生まれ育った環境や状況によって、ガラリと性格や生き方が変わってしまうからだ。
もし恋花さんがここではないどこかで生まれ、もっと違った人たちに囲まれていたら、君が表に出ていたかもしれない。」
『それは違う!だって恋花が願いを掛けたから私って人格が誕生したのよ。もしそうじゃなかったら私はどこにもいない!』
「なら見てみるか?」
『見る?なにを?』
「未来を。」
俺はもう一度愛子さんの手を取り、「どんな未来が待っているか君の目で」と言った。
実はついさっき予知能力を発動させた。
パワーアップしたおかげで自分で発動出来るようになり、しかも一年も先まで見通せるようになっていた。
俺が予知したのは恋花さんと愛子さんの未来。
手を触れればそのイメージを伝えられるはずだ。
由香里君だって俺を通じて超能力を発動させたのだから、きっと俺一人でも・・・・と思ったが無理だった。
《クソ!こんなタイミングでもう力が・・・・。》
激しい目眩に襲われる。
意識が遠のきそうになる。
反動が押し寄せてきたらしい。
踏ん張ろうにも身体に力が入らず、よろけそうになる。
すると誰かが俺を支えた。
「手伝いますよ。」
「由香里君!」
まだ青い顔をしている。
彼女の後ろで「じっとしてなさい!」とお姉さんが怒っていた。
「今度無茶したらどうなるか・・・。」
「お母さん、これは私と久能さんの仕事だよ。続けるかどうかは私たちが決める。」
「そんなこと言ってまた倒れたら・・・・・、」
「ねえ久能さん。遠慮せずに私を通して伝えてあげて下さい。」
「いやしかし・・・・、」
「見たんでしょ?二人の未来を。だったら二人を納得させるにはそれしかありません。あとは・・・・彼女たちが決めることです。」
「由香里君・・・・・。」
やはり君は大事なことを分かっている。数年後には本当に冗談抜きで所長になっているかもしれない。
そうなった時、ちゃんと雇ってもらえるように俺も覚悟を決めねばなるまい。
自分のことなら腹を括れるが、由香里君の覚悟を受け取る覚悟が必要だ。
「じゃあ・・・頼む。」
由香里君は頷き、愛子さんの手を握る。そして「貴女も」と恋花さんの手も握った。
「姉妹の事だから二人で見て決めないと。」
『なに・・・・なんなの?』
不安がる愛子さん。虚ろなままの恋花さん。
由香里君は「いつでも」と俺を振り返った。
由香里君の肩に触れる。
彼女を通して俺の見た未来のイメージを姉妹に伝える。
・・・・最初のうち、二人は静かだった。
もし一つに戻った場合、自分たちに訪れるであろう未来を見ている。
しかし未来は一つではない。
どちらか一人だけが肉体を所有した場合の未来も伝えた。
恋花さんか?愛子さんか?それとも二人で一人になるのか?
やがて口を閉じていた姉妹は向き合い、そして言葉を交わし始めた。
俺と由香里君は二人から離れる。
ここから先は姉妹が決めることであり、俺たちの入る余地はない。
「由香里・・・大丈夫?」
心配するお姉さんに「平気」と頷いて見せる。
「司くん。いったい何がどうなってるの?あの二人は何を話し合ってるの?」
「二人の未来についてです。」
「放っておいても平気なの?もしまた良くないことが起きたら・・・・。」
「その心配はいりません。」
「どうして言い切れるのよ?」
「コイツがいるからですよ。」
俺の手の平には白い綿毛が一つ浮かんでいた。
丸い目に長い触覚。
見た目はモドキと変わらない。
しかしコイツは本物なのだ。
たくさん集めれば願いを叶え、幸運を得られるという不思議な生き物。
息を吹きかけるとフワっと宙に舞い上がる。
コイツとまったく同じモノが、未来を話し合う姉妹の周りにも浮かんでいた。
降り注ぐ雪のようにたくさん・・・・。