マーシャル・アクター 第九話 弟子との死闘

  • 2014.01.12 Sunday
  • 19:36
〜『弟子との死闘』〜

「師匠は大丈夫っすかね?」
「僕の知る限り、この世にあの人より強い人間はいないよ。ただ一人を除いてね・・・。」
「誰っすかそれは?」
「決まっている。マリオンさ。」
魔導核施設の奥へ続く通路を走りながら、ジョシュはフレイの身を案じていた。
「あの人なら剣聖と肩を並べるだろうね。いや・・・古代魔法の力を得た今なら恐らく向こうの方が上だ。」
「そんなに強いのか・・・。だったらそのマリオンっての相当やばくないですか?」
「だから君が必要なんだよ。」
ククリが杖を向けて言った。
「君とレインのマーシャル・スーツだけが、唯一古代魔法に打ち勝てる代物なのさ。
だから何としても君とレインには・・・・ッ!」
ククリは何かに気づいて素早く後ろへ飛び退いた。
「これは・・・・・。」
足元に無数の魔法針突き刺さっていて、ククリが杖を持ち上げて辺りの気配を探る。
そして頭上に邪悪な魔力が集まっていくのを感じて目をやると、突然空間が歪み始めた。
「まずいッ!亜空間に飲み込まれるッ!」
ククリは慌てた顔でジョシュとシーナを突き飛ばした。
「先生!」
シーナが駆け寄る。
「来るなッ!こいつは僕の因縁の敵だ。
私怨の闘いに君達を巻き込むわけにはいかない!それに・・・。」
空間の歪みに飲み込まれながら、ククリが微笑んだ。
「さっきも言ったろう。君とレインだけが希望なんだ。
大丈夫、僕は死なない。必ず後を追う。だから・・・・・・。」
「先生ッ!」
ククリを飲み込んだ亜空間はその穴を閉じて消え去ってしまった。
「な、なんてこった・・・。」
突然のことにジョシュは呆然と立ち竦んでいた。
「師匠もいない、ククリさんもいなくなっちまった・・・。」
気が抜けた顔をするジョシュの裾を、シーナが強く引っ張った。
「ジョシュ君、落ち込んでいる場合じゃありません!
先生も剣聖さんも、きっと大丈夫です・・・。
あの二人がそう簡単にやられたりするわけないですから。」
シーナの青い瞳が真っすぐにジョシュを見つめる。
「・・・・・だよな。」
自分を納得させるように頷くと、ジョシュは腰の剣に手を掛けて通路の奥を睨みつけた。
そしてシーナを振り向くと、力強く言った。
「シーナ、この先の道のりは分かるか?」
「もちろんです。私もここの出身ですから。」
「そうか・・・なら道案内を頼む。今は二人のことを心配してる場合じゃねえ。
この先にレインが助けを待ってるんだからな。」
二人は顔を見合わせて頷き、魔導核施設の中枢へと駆けて行った。

              *

「ふん、ククリの奴め。何がこの先には何も無いだ。雑魚どもが必死に行く手を阻もうとしているではないか。」
祭壇へ向かう道のりには無数の敵が待ち構えていた。
魔獣と融合した魔導士達がフレイの行く手を阻もうと襲いかかって来た。
しかしあっさりと襲い来る敵を斬り伏せ、フレイは祭壇の部屋の前まで辿り着いていた。
「この扉の奥・・・凄まじい力を感じる・・・。」
フレイは後ろに転がる敵の屍を振り返った。
「こいつら・・・いったい何を隠そうとしていたのか・・・。」
呼吸を整え、活泉の気を練って力を溜めるフレイ。
「この扉の先、相当な敵がいると見た。しかしこの気はどこか懐かしさを感じるが・・・。」
扉を切り裂き、フレイは意を決して中へと足を踏み入れた。
「・・・・・これが祭壇か?なんとも荘厳な・・・。」
無数の紋章が彫られた石柱が並ぶ大きな部屋の奥に、黄金に輝く社が建っていた。
全体から揺らめくオーラと魔力が立ち昇り、天井に描かれた魔法陣に吸い込まれていっている。
「巨大な力の源はこれか・・・。しかしさきほど感じた懐かしさを思わせる気は・・・。」
「僕ですよ。」
「ッ!」
社の奥から一人の人間が現れた。
「・・・グエン・・・。なぜ貴様が・・・いや、それよりその身体はいったい・・・?」
「ふふ」っと笑い、社を下りて腕を組むグエン。
「やれやれ、みんな同じことを聞くんだな。僕がここにいる理由なんて少し考えれば分かりそうなものだけど、やはり武術一筋の連中は脳みそまで筋肉のようだ。」
腰に手を当てて部屋を歩きながら、グエンは馬鹿にしたような笑い声を上げた。
「・・・なるほど。やはりマリオンと手を組んでいたということか。」
「ご名答。」
グエンは指を立てて眉を持ち上げた。
「武術なんて時代遅れな物に未来はありません。
あなたがマリオンの野望を恐れて魔導協会を強襲した時、僕はすでに彼女と接触していました。」
「・・・・・。」
「古代魔法の力をもって世界を統括する。全ては大いなる魔導の力の元にひれ伏す。
私に与するなら、お前にもその力を授けてやろう。
・・・そう言われて、僕に迷いはなかった。」
「・・・・・・・・。」
「もともと僕が武術を始めたのは、当時では一番強力な力だと思ったからですよ。
いずれはあなたを殺し、自分が頂点に立つつもりだった。
なのにお人好しのあなた方ときたら、そんな僕に惜しむことなく武術を教えた。
こんな馬鹿どもが頂点に立つ組織は遅かれ早かれ他の力に潰されます。
あなた方が、やれ剣の振り方だ、矢の打ち方だと原始人のような遊びをしている間に、他の二大勢力は確実に力をつけていったんですよ。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
くるりと向きを変え、グエンは手を後ろに組んで社の前に立った。
「ほんとうに・・・あなたも、兄弟子達も馬鹿な連中だ。
化石のような古い思想を持ち、時代遅れな考え方と生き方をし、全く時代の流れというものに目を向けようとしない。そんなことだから・・・・・。」
グエンは社の奥から何かを取り出し、自分の足元に投げた。
ごろごろと転がってこちらを向いたそれを見て、フレイは体を震わせた。
「き・・・・貴様・・・・・、貴様は・・・・、」
グエンが床を転がったその物体を足で踏みつけた。
それは人の頭だった。
「ふふふ、ここに来る前に兄弟子達と出くわしましてね。
まあ、なんというか、相変わらずの単細胞というか・・・。
安い挑発に乗って挑んで来ましてね、本当に頭の悪い連中だ。」
「・・・・マオ・・・・。」
唇を震わせながら、呻くように呟いて彼女の顔を見つめるフレイ。
「・・・・その足をどけろ・・・。」
力の抜けた顔をするフレイを見て、グエンは面白そうに顔を歪めた。
「まったく、本当に阿呆な連中だ。
ただでさえ僕の方が上だというのに、新たな肉体を得たこのグエンに勝負を挑むなど。
他の兄弟子達は皆外で挽き肉になっていますよ。誰が誰だか分からないくらいにね。」
目を閉じ、膝をついて項垂れるフレイ。
グエンは満足そうにかつての師を眺めた。
「マオはあなたの一番弟子でしたからね。こうして頭だけは綺麗な状態で持って来てあげたんです。
それに彼女が本当に愛してしたのはあなたでしたから。」
マオの頭を足で弄びながらグエンが言う。
「違うッ!・・・。マオは本気だった・・・。
あいつがどれほどお前のことを・・・・・。」
がっくりと項垂れたまま、声にならない声でフレイが呻く。
「そうですか。なら馬鹿な女だ。ただ利用されていただけとも知らずに。」
グエンがグっと足に力を込める。
「・・・よせッ!・・・やめろッ!」
フレイが立ち上がって手を伸ばす。
その瞬間、「グシャッ」っと音を立ててマオの頭は潰された。
「あ・・・ああ・・・あああああああッ!」
両手を床につき、顔を歪めてフレイは獣のような呻き声をこだまさせた。
「はははははははは!」
高らかに笑うグエンの声が祭壇の間に響き渡る。
「あなたも可哀想な人だ!マリオンの野望を阻止しようとして僕の裏切りに遭い、反旗を試みるもまた僕の策に嵌って武術連盟を追われ、そして目の前で弟子の頭を潰される!
あなたの企みは何一つ成功せず、ただ大切なものを失い、傷つくだけ!
武術家というよりは喜劇家だ!ははははははは!」
「ぐう・・・・くうううううう・・・・ッ!」
嗚咽するフレイを見下し、グエンは続けた。
「剣聖・・・僕はすごい力を手に入れましたよ。いや、これからもっと凄くなる!
この社から放出されるエネルギーがなんだかお分かりになりますか?」
うずくまったまま動こうとしないフレイを無視し、グエンは叫ぶ。
「僕はマーシャル・スーツという肉体を手に入れたのですよ。
あなたのお仲間がこそこそ造り上げていたものと一緒です。
ああ、但しあんな出来そこないと同じ物だと思われては困りますよ。
この社から出るエネルギーを使って、神獣を降臨させるんです。」
神獣という言葉に反応し、フレイがわずかに顔を上げた。
「神獣とは神に匹敵する力を持った存在です。
古代魔法の強力なエネルギーを社で増幅し、天井に描かれた魔法陣に送ることによって、あそこから神獣を召喚するんです。
そしてその力をこの肉体に取り込む。それでこのマーシャル・スーツは完成するのですよ。」
グエンは天井の魔法陣を見上げた。
「そろそろ頃合いだ。」
両手を上げ、魔法の詠唱を始めるグエン。
すると魔法陣から巨大な光の柱が伸びてきて、社を押し潰していく。
その光の奥から途方もない力が迫ってくるのを感じてフレイは身を震わせた。
光の柱が膨張していき、魔法陣は吹き飛ばされ、部屋中が光に飲み込まれていく。
強力な波動が空気を震わせ、稲妻のような轟音とともに光の柱が消滅した。
「これは・・・・・。」
フレイは息を飲んで見上げていた。
天井だった場所が光のオーロラに変わり、その中に黄金に輝く者がいた。
龍だった。
圧倒的な迫力と神々しさ、人では逆立ちしても敵わぬと思わせる強大なオーラ。
弟子を失った悲しみさえ忘れ、フレイはしばらくその龍に見惚れていた。
「どうです?これが世界の中心に位置する神獣、黄龍です。」
「・・・黄龍・・・。」
フレイは立ち上がり、黄龍から放たれる神々しい波動を全身で受け止めた。
「これを僕の体に取り込むのですよ。そうすることでこのマーシャル・スーツは完成する。」
「貴様は・・・神の力までも自分の物にしようというのか・・・。」
「ええ、そうですよ。僕こそが神になるんです。」
グエンのマーシャル・スーツが発動し、銀色の皮膚が輝いて筋肉が盛り上がっていく。
「さあ、黄龍よ!我が肉体に宿るがいい!」
両手を広げ、グエンは黄龍の放つ輝きを吸収し始めた。
「させるかッ!」
「ッ!」
フレイの斬り込みを間一髪でかわすグエン。
しかし身体をかすめたフレイの剣はグエンの両腕を斬り落としていた。
闘気を放ち、剣を構えるフレイ。
「そのマーシャル・スーツという肉体のことは知っている。
腕を落とされたくらいでは致命打にならんのだろう?」
「ええ、その通りです。」
斬られた腕から無数の白い糸が伸び、瞬く間に腕が再生していった。
「剣聖・・・私は最初からあなたが嫌いだった。
現実離れした理想論を振りかざし、人の絆こそが世界に平和をもたらすとかなんとかいう、鳥肌の立つヒューマニズム・・・反吐が出る。」
「そうか。俺もお前のことはもう弟子ともなんとも思っておらん。
今はただ、この剣でその首を落とすのみよ!」
「そうですか、ならやってみせて下さい。時代遅れの武術家がどこまでこの私に通用するか、試してみるがいいッ!」
床を蹴り砕いて踏み込んで来たグエンを、フレイは正面から迎え撃った。
「ぬうんッ!」
「ふんッ!」
両者の剣と拳が激突する。
しかし圧倒的なパワーで弾き飛ばされ、フレイは壁に叩きつけられた。
「ぐはあッ!」
「死ねええええいッ!」
よろけて立ち上がるフレイにグエンの拳が降り注ぐ。
「ぬおおおおおッ!」
見事な剣さばきで迎撃するフレイであったが、生身の肉体とマーシャル・スーツでは結果は見えていた。
強力な拳がフレイの剣を圧倒していく。
そして隙をついてグエンの膝蹴りが入った。
「がは・・・ッ!」
倒れ込むフレイの髪を掴み、片手で振り回して床に叩きつけるグエン。
「・・・・が・・・ッ・・・。」
さらに追撃の肘を鳩尾に叩きこむ。
「・・ごあ・・・・ッ!」
フレイの口から大量の血が溢れる。
髪を掴んで持ち上げ、グエンは顔を近づけて笑った。
「さすがは剣聖だ。兄弟子達はこの時点でもうミンチにされていましたよ。」
「・・・う、ぐ・・・ッ。」
苦悶の表情を浮かべるフレイをグエンは恍惚と眺めていた。
「あなたを力で圧倒できる日が来るなんて、やはりこの肉体は素晴らしい。」
「・・・ぬかせ・・・自分で得た力でも無かろうに・・・。」
「力が手に入れば結果は同じですよ。日々地道な稽古を積むより、魔導と科学の力を用いれば一日でこの通りです。」
腹に拳を打ち込み、苦痛に悶えるフレイを床に投げ捨ててグエンは黄龍を振り向いた。
「せめてもの情けです。私が黄龍の力を得て完全体になるのをそこでご覧になるがいい。
とどめはその後さしてあげますよ。」
踵を返して黄龍の元へ歩いて行くグエン。
しかし突然バランスを崩して床に手をついた。
「な、なんだ・・・?」
右足に違和感に覚えて振り向くと、膝から下が斬り落とされていた。
「なッ・・・いつの間に・・・?」
フレイはゆっくりと立ち上がり、口の血を拭って剣を構えた。
「やはり貴様は何も分かっておらん。」
「・・・どういうことだ?」
口の中に溢れてくる血を吐き捨て、フレイは黄龍に剣を向けた。
「もし本当に神獣の力を得られるのなら、なぜマリオンが自分の身体に取り込まない?
俺はあいつほど欲深い人間を知らない。
貴様のような若造に、このような力を与えるわけがない!」
「・・・・・・。」
二人の視線がぶつかり、沈黙が下りる。
「はは、そんなことか・・・。」
グエンは脚を再生させて立ち上がり、飛び上がってフレイの前に降り立った。
「僕はね、実験台なのですよ。
神獣の力を得ることが本当に可能かどうか、その為の実験台です。」
グエンは胸に手を当てて肩眉を持ち上げながら誇らしげに言う。
「もし失敗したらどうなる?あれほど巨大な力だ、貴様は魂ごと消し飛ぶかもしれんぞ。」
「ふふふ、大きな力を得る為にはそれ相応のリスクがあるのは当然です。
それにね、もし失敗しそうなら途中でやめますよ。
まだまだいくらでもチャンスはあるのだから。」
グエンは自信に満ち溢れた顔で笑う。
「そんなに上手くいくと思っているのか?」
「ええ、もちろん。僕は天才ですから。そう言ったのはあなたですよ。」
目を閉じ、フレイは身体の力を抜いていった。
「やはり貴様は何も変わっておらんな。」
フレイの姿がグエンの目の前から消える。
「これは、陽炎の歩か!」
掌を左右に向け、グエンは構えをとって気配を探った。
「そんな古臭い技が通用すると思っているんですか?あなたの技は全て知って・・・、」
次の瞬間、何の音もなくグエンの右腕が斬り落とされた。
「クソッ!」
必死に気配を探るが、フレイの動きはまったく捉えらない。
今度は両足が切断される。
「な、なぜだ!僕はこの技を知っているのに!なぜ見切れないッ?」
床に這いつくばってグエンが叫ぶ。
「本当に阿呆な奴だ。」
「何・・・・。」
すぐに斬られた肉体を再生させ、グエンは顔を強張らせながら立ち上がる。
しかしいくら気配を探ってもフレイの動きは捉えられなかった。
フレイの声だけがグエンに響いてくる。
「貴様の考えの甘さ、思いあがった心、昔から変わっておらん。
そのような軟弱な精神では・・・・・、」
「チィッ!」
グエンの身体に一筋の剣閃が走る。
「剣聖のフレイの剣は捉えられんわ!」
グエンの後ろに降り立ち、剣を鞘に納めるフレイ。
鍔鳴りの音とともに、グエンの身体は頭から真っ二つに斬り裂かれた。
「そ・・・そんな・・・。」
一刀両断されたグエンの身体が二つに分かれて崩れ落ちていく。
そんな状態になっても手足を動かすグエンを見て、フレイは呆れたように口を開いた。
「このような状態になっても息があるとは・・・マーシャル・スーツとは恐るべきものよ・・・。」
「お、お、おのれええええッ!」
じたばたとあがくグエンに、フレイは憐れみの目を向けた。
「この僕が・・・この天才が・・・こんなところで終わってたまるかあああッ!」
邪悪な気が満ち溢れ、フレイは思わず飛び退いた。
「くおおおおおッ!」
裂かれたグエンの身体から気味が悪いほど無数の白い糸が伸びて再生していき、さらに醜く姿を変えていく。
「な、なんと・・・。」
「ぐう・・・はあ・・・はあ・・・。」
全身に血管が浮き上がり、輝く銀の皮膚は光を失って腐ったように爛れていた。
筋肉がアンバランスに膨張し、顔の一部は骨が剥き出しになっている。
「はあ・・・はあ・・・もういい・・・。手加減してれば調子に乗りやがって・・・。
この姿になれば二度と元に戻れないが、お前を殺して黄龍の力をとり込めば・・・僕は完全体となって復活できる・・・。」
「まだそのようなことを・・・。」
憐れみの増した目で再び剣を抜くフレイ。
「小賢しいッ!」
グエンの口から灼熱のオーラが放たれる。
「うおおおおおッ!」
直撃をくらって壁まで吹き飛ばされるフレイ。
なんとかオーラで防御したものの、全身が焼かれて身体から煙を上げていた。
「くッ・・・ぐう・・・。」
剣を落とし、フレイはうつ伏せに倒れ込んだ。
「はあ・・・はあ・・・、馬鹿め・・・。たかが剣士ごときがマーシャル・スーツに勝てるものか・・・・・。」
黄色の元へと近づき、グエンは両手を上げた。
「そこで大人しく見ているがいい・・・ぐッ・・・はあ・・・はあ・・・。」
グエンの筋肉が腐り始めて剥がれ落ちていく。
「黄龍・・・早く・・・力を・・・、その力をよこせ・・・。」
グエンの体に黄龍の光が集まる。
「やめろ・・・貴様はどこまで・・・。」
「うるさい!・・・死に損ないは黙っていろ・・・後で殺してやる!」
神々しい光がどんどんグエンの身体に吸い込まれていく。
「よし、いいぞ!もっとだ!もっとよこせ!」
グエンは身体に流れ込む大きな力に快感を覚えて叫んだ。
しかし突然黄龍の体から波動が放たれ、彼の肉体に吸い込まれる光が消えていった。
黄龍の咆哮が空気を揺らし、祭壇の間を震えさせる。
「な、なんだ・・・?おい、どうした?なぜやめる?
僕が、僕がお前を召喚したんだぞ!いかに神獣であろうとも、召喚した術者に力を与えるのが召喚獣の義務だろう!さあ!力をよこせッ!」
黄龍はもう一度は波動を放ち、大気を振動させて言葉を発した。
「我が力・・・邪悪なる者の為にあらん・・・。
矮小なる欲望の亡者よ・・・我が力・・・汝のものだけにあらず・・・。」
「な、何を言っている・・・?術者の命令に従え!さあ!」
グエンはさらに大きく両手を広げて黄龍を見上げる。
「我は大地・・・我は風・・・我は炎・・・我は水・・・我こそは偉大なる自然の化身。世を司る大いなる力・・・、我は自然そのものなり・・・。
この力・・・生きとし生ける全てのものなり・・・。
誰が為のものにあらず・・・。」
「な・・・なんだと・・・。ふざけるな!そんなことは僕が許さんぞ!」
焦りと怒りで叫ぶグエンを、フレイは大声で笑った。
「ふははははは!だから言わんことではない。
神獣の力を自分の物にしようなどと、思い上がりも甚だしい!」
「だまれ、この死に損ないがッ!」
フレイは落とした剣を手に取り、杖代わりにして身を立たせた。
「はあ・・・はあ・・・本当に・・・、どこまでも出来の悪い男よ・・・。」
黄龍が波動を放ち、威厳のある声で問いかけてきた。
「我は問う・・・汝らは何者ぞ・・・。」
一瞬何を言っているのか理解出来ないグエンだったが、すぐに胸を張って答えた。
「僕は僕だ!他の誰でもない、グエン・コーランドだ!
いずれこの世界を統べて、神となる男だ!」
「・・・・・・・・・。」
声高に叫ぶグエンの言葉は、見せかけの自信とは裏腹に虚勢を感じさせるものだった。
徐所に力を取り戻してきたフレイは、真っすぐに黄龍を見つめて言った。
「我が名はフレイ・ヴォルト。武に命を捧げ、剣にのみ生きてきた。」
フレイは高々と剣を上げた。
「かつては私欲の為に剣を振ったこともあった・・・。
だが今は違う!武の意味、剣の意味、そして人として生を受けた意味をただ全うするのみ!
この剣は力無き者の為にあり!」
フレイの言葉を聞いた黄龍は、波動を放って激しく震えだした。
「グオオオオオオオオーーーッ!」
大地を揺るがす雄叫びが響き、黄龍から放たれる黄金の光がフレイの剣に吸い込まれていく。
その光は剣を通じてフレイの体を包み、傷を癒していく。
揺らめく輝きの中、フレイは背筋を伸ばして剣を青眼に構えた。
「そ、そんな・・・こんなことが・・・・・。」
驚きと恐怖の色を浮かべてグエンが後ずさる。
「よせ、やめろ!かつての弟子を殺す気かッ?
助けを懇願する弟子を手にかけるなど、剣聖の名が泣くぞ!」
グエンは必死の形相で叫びながら後退していく。
フレイはただ静かに剣を構え、怒りも憎しみも無い目でグエンを見据えた。
「お前の根性を叩き直せなかったのは俺の罪だ・・・、許せ。」
フレイの剣から光の波が放たれる。
その光とフレイは同化し、稲妻のように刹那の閃光を走らせてグエンの体を駆け抜けた。
剣を青眼に構えたまま消えゆく光の中からフレイが現れ、鍔を鳴らして剣を収めるのと同時にグエンの身体に一筋の光が走った。
「おおおおおおおッ!」
頭から一刀両断されたグエンは体内から光を放ち、乾いた土のようにボロボロと崩れ去っていった。
呼吸を整え、フレイは黄龍を見上げた。そして目を閉じ、一礼をした。
崩れ去ったグエンの体を振り返ると、六部衆の魂がそこに立っていた。
「お前達・・・・・。」
六部衆は二コリと微笑み、師に一礼をした。
そしてその足元には、がっくりと項垂れるグエンの魂が座り込んでいた。
兄弟子達の顔を見上げ、泣きっ面のように顔を歪めるとまた項垂れていく。
黄龍の光が六部衆を包み込み、今にも天へと昇らせんとしていた。
マオは膝をつき、グエンの頬に手を当てた。
抜け殻のような顔で涙を流す彼を見つめ、呟くように小さく口を開いた。
「馬鹿な子・・・・・。」
そして自分の胸の中にそっとグエンを抱き寄せた。
フレイはじっとその光景を見つめていた。
俯いて目を閉じ、剣を握る手に力を込めて黄龍に問いかける。
「黄龍よ、頼みがある・・・。その者達と一緒に、そこの馬鹿も連れて行ってはくれまいか?」
マオの胸の中で、ハッとしてグエンが顔を上げる。
フレイは弟子達から目を逸らして言った。
「いくら馬鹿でも・・・俺の弟子に変わりはない・・・。
俺が死んだら、あの世で今度こそ甘えた根性を叩き直すと約束する。だから・・・。」
フレイの気持ちに同調するように、六部衆も黄龍に向かって頭を下げた。
かつての兄弟子、恋人の腕の中でグエンは声を出して泣いた。
「グオオオオオオオオオンッ!」
黄龍が雄叫びをあげ、グエンと六部衆を光の柱で包み込んだ。
そして彼らとともにゆっくりと天へ昇っていき、眩い光を放って消え去っていった。
「・・・・・・・・・。」
上を向いて目を閉じ、フレイは弟子達に謝り、そして再会の日までの別れを告げた。
静寂が広がる祭壇の間でしばらくの間佇み、悲しみを消し去って目を開いた。
「いつまでも感傷に浸っている場合ではないな。すぐに小僧達の後を追わねば。」
表情を切り替え、剣に手をかけてフレイは祭壇の間を後にした。

マーシャル・アクター 第八話 マーシャル・スーツ発動

  • 2014.01.12 Sunday
  • 19:27
〜『マーシャル・スーツ発動』〜

「ほとんど敵がいないっすね。」
道が分岐する広場に出て、ジョシュがここまでの道のりを振り返った。
「ここは魔導協会の最重要施設だからね。ほんの一部の魔導士しか入れないのさ。
ただその代わり・・・、」
通路の前方に気配を感じて全員が目をやった。
「その代わり、ここにいる魔導士は外の雑魚どもとは違うってことさ。」
「お前は・・・・・。」
ジョシュが腰の剣に手をかけていきり立つ。
「やあ、クソガキ。妹を取り返しに来たか?」
グリムが嫌味な笑顔を浮かべて言った。
「てめえ・・・レインはどこだ?あいつに何もしてねえだろうなあ・・・。」
獣のように歯を剥き出して威嚇するジョシュに、グリムはレインの首飾りを見せた。
「いやあ、おいしく頂きましたよ。あの子初めてだったんだろ、すんげえ嫌がってたよ。
でもそれがたまんないよね、一年後には俺の子供が生まれてたりして、ははははは。」
「てめええええッ!」
飛びかかるジョシュをフレイが引き戻した。
「落ち着かんか!こんな安っぽい挑発に乗るなッ!」
「挑発・・・・・・?」
ククリが二人の前に歩み出た。
「レインはマーシャル・スーツの肉体を持っている。
これはマリオンにとっては最高の研究素材だろう。
あの人が自分の大切な物を他人に触れさせたりするものか。
もしお前がレインに手を出していたら、お前はもうこの世にはいないはずだ。」
グリムは手の中で首飾りを弄んで笑っている。
「さすがは元マリオン大師の弟子だな。
お前の言う通り、俺はあのガキに指一本触れさせてもらってないよ。」
嫌味な笑いを引っ込め、真顔になったグリムは杖をククリに向けた。
「楽しみにしてたのにさ・・・まあ仕方ないよな。
さて、俺がここへ来たのは戦う為じゃない。ククリ、お前に伝言があるからだ。」
「伝言?」
「ああ、マリオン大師からの言葉だ。
簡潔に言うよ、《お前には才能と力がある。私の元へ来い。》だ。」
「はあ?お前何言ってんだ・・・。」
ジョシュが呆れた顔をしていると、ククリが満更でもない顔で言った。
「条件によるな。」
「な、何言ってんすかッ!」
ジョシュが目を吊り上げて詰め寄る。
しかしククリはそれを無視して続けた。
「レインを無事に返すこと、古代魔法を全て封印すること、魔導協会を解体すること、そして・・・、」
ククリもグリムに杖を向けた。
「マリオンとグリム、この二人を永久に地下牢に押し込めること、それが条件だ。
この条件を飲むなら肩書き上は弟子に戻ってやってもいい。」
一瞬顔をしめたグリムだったが、すぐに声を上げて笑いだした。
「それは無理だな。なら仕方ないけど、お前ら全員ここで死んでよ。」
顔を強張らせたグリムの魔力が高まっていく。
「気をつけろよ小僧!」
フレイがジョシュの前に立った。
法衣のマントを広げ、グリムの身体が露わになる。
その肉体は人間のものではなかった。
ぱっくりと割れた胴体は内蔵が剥き出しになっていて、うねうねと動く肋骨はまるで生き物のようだった。
「あれからさらに改造を受けたのか?」
「ああ、もうとても人間とはいえない身体になったが、そんなことはどうでもいい。
それ以上に素晴らしい力が手に入ったんだからな。
お前らにも十分堪能させてやるよ!」
割れたグリムの胴体から強大な邪気が吹き出し、生き物のように動く肋骨が折り重なって魔獣へと姿を変えていった。
「さて、俺は野暮用があるんで失礼するよ、また後で会おう。
まあ、生きていたらの話だが・・・。」
下品な笑い声とともに、グリムは黒い煙となって消えていった。
後には三匹の巨大な魔獣が残されていた。
腐敗した屍を無理矢理動かしているようなおぞましい姿の魔獣は、顔を苦しそうに歪めて咆哮した。
「俺は真ん中の一番でかい奴をやるぞ。」
魔獣に歩み寄りながらフレイが言う。
「分かりました、残った二匹はだいたい同じくらいの力のようですね。
シーナ、こいつはけっこう手強いぞ。ジョシュ君のサポートをしっかり頼む。」
「はい。」
剣を抜き、オーラを高めるジョシュにシーナが言った。
「手強いですが勝てない相手ではありません。しっかり気を引き締めていきましょう。」
「ああ、こんなとこでやられてらんねえからな。」
フレイが剣を構えて叫ぶ。
「ゆくぞ!」
三匹の魔獣が雄叫びを上げながら襲いかかってきた。
「ぬうんッ!」
フレイが剣を一閃すると、魔獣の顔は二つに切り裂かれた。
しかしすぐに再生し、口から黒炎を吐いてくる。
ククリも得意の冷却魔法で魔獣を凍りつかせるが、気にもとめずに突進してくる魔獣をかわして次なる魔法を放った。
ジョシュ達に向かってきた魔獣は、シーナが召喚した岩石の戦士とぶつかっていた。
魔獣の黒炎が一瞬にして召喚獣を消し去ったが、素早く背後に回り込んだジョシュの剣が足を切り払っていた。
ジョシュの方に戦意を向けて反転する魔獣だったが、続けてシーナが召喚した鉄のサソリの聖獣に毒針を打ちこまれて悶えていた。
ジョシュはすかさず剣を振り、魔獣の身体を斬りつけていく。
ジョシュとシーナの攻防は完全に息の合ったものだった。
「なかなかやるな。」
「ええ、ジョシュ君は魔導士の戦い方をよく知っているようです。
伊達にレインと一緒にいたわけじゃ、・・・、おっと!」
ククリの眼前に魔獣の爪が掠める。
「いつまでもこのような雑魚と遊んでいられん。」
「ですね。」
ククリは魔法を唱えて杖を長いイバラの鞭に変えた。
そしてそれを解き放つと魔獣の体にぐるぐると巻きついていった。
振り解こうともがく魔獣であったが、動けば動くほど体にイバラが絡みついていく。
まるで蜘蛛の巣に絡まったように身動きがとれなくなった魔獣は怒り狂って咆哮した。
「さて、これで終わりだ。」
ククリは両手で素早く印を結び、床に魔法陣を出現させて地獄から飽食の魔王を呼びだした。
恐怖を喚起する雄叫びを上げながら大口を開けて召喚された飽食の魔王は、飴でも飲み込むように魔獣を平らげ、プっと杖を吐き出して地獄へと戻っていった。
「相変わらずお前の呪術は恐ろしいものだな。死神の名は健在ということか。」
フレイが可笑しそうに笑う。
「その呼び名は嫌いなんですよ。僕の優しい人というイメージが崩れますから。」
「ははは、戦い方は優しさの欠片もないがな。」
一番大きな魔獣が口からはみ出るほどの黒炎をたくわえた。
フレイは青眼の構えをとり、魔獣に向かい合う。
そして爆音が響いて魔獣の口から黒炎が放たれた。
フレイの剣に黒炎が触れる寸前、清流を思わせるような一点の淀みもない斬り込みが放たれた。
黒炎は真っ二つに斬り裂かれて霧のように消え去っていく。
気が付けばフレイは魔獣の後ろに移動していて、呼吸を乱すことなく静かに剣を鞘に収めた。
パチンと鍔が音を立てた瞬間、魔獣も二つに切り裂かれて霧のように消滅していった。
「剣聖こそ相変わらず見事な剣捌きで。」
「褒めても何も出んわ。さて、小僧どもは・・・。」
ジョシュは落ち着いた顔で魔獣と向かい合っていた。
サソリの聖獣は魔獣の体にしがみついてまだ毒針を打ち込み続けていたが、魔獣は毒に耐性が出来たようでまったく効いていなかった
「ふむ、いいぞ。そのまま冷静さを失わずに闘え。」
雄叫びを上げながら魔獣がジョシュに飛びかかってきた。
しかし次の瞬間、ジョシュの体はゆらりと揺れて消えていた。
「おお!陽炎の歩を使うか!」
フレイが興味深く見つめる。
敵を見失った魔獣は辺りを見回すが、ジョシュの気配を察知することが出来ずに苛立った顔をしていた。
そして魔獣が牙をむき出して吠えた瞬間、一筋の剣閃が魔獣を襲った。
下から放たれた剣閃は確実に魔獣の体を捉えていたが、わずかに致命傷に至らなかった。
「惜しいな。実戦での経験があれば決まっていただろうに。」
ジョシュの姿が見えないことと、腹を切り裂かれたことに怒った魔獣は背中のサソリを尻尾で絡めて引きずり下ろし、そのまま食い尽くしてしまった。
すると見る見るうちに魔獣の体が変貌していく。
腐敗した体は鉄で覆われ、尻尾は長く伸びて毒針を携え、体は倍ほどに巨大化した。
「おい、これは・・・・・。」
「敵の魔力を吸収するという古代魔法特有の力ですね。」
変貌した魔獣はジョシュの気配を窺っている。
そしてわずかに空気の振動を感知すると、尻尾を振り上げて毒針を放った。
金属同士がぶつかる音が響き、吹き飛ばされたジョシュは壁に叩きつけられた。
「なんとか防いだか・・・しかし・・・。」
助太刀しようとしたフレイをククリが引き止めた。
「待って下さい。ちょうどいい機会です。」
ククリはジョシュに向かって叫んだ。
「ジョシュ君!マーシャル・スーツを発動させるんだ!」
「は、発動って・・・、どうやって?」
ふらつく身体を起こしながらジョシュが尋ねる。
「簡単だ。コアに君のオーラを送ればいい。
どうやったらいいかは感覚的に分かるはずだ。なんたってそれは君の肉体なんだから!」
立ち上がったジョシュはククリの言葉に頷き、体内にあるコアを感じてみた。
体の中心に、わずかにジョシュのオーラに反応する物があった。
「これか・・・?」
少し躊躇いながらもコアにオーラを送るジョシュ。
「ジョシュ君!」
心配したシーナが駆け寄って来る。
力が増大するジョシュを警戒した魔獣は、走って来るシーナに戦意を向けた。
「いかんッ!」
フレイが剣に手をかけて飛び出すが、魔獣の毒針はシーナの目前に迫っていた。
「きゃああああッ!」
シーナのいた場所に魔獣の毒針が突き刺さり、床に巨大な穴を開けていた。
「くそッ!シーナ!」
ククリが魔法を飛ばそうとするが、「待て!」とフレイの声がかかる。
魔法を中断し、ククリはフレイの視線を追って魔獣の毒針に目を凝らしてみた。
じっと見つめていると、床に空いた穴の中で何かが動いているのに気づいた。。
「おお!あれは僕達が造り上げた・・・・・。」
二撃目を加えようと尻尾を持ち上げる魔獣であったが、振り下ろそうとした瞬間に何かが巻きついて来て動きを封じられた。
「ふう・・・。大丈夫かシーナ?」
「う、うん・・・。ジョシュ君・・・それ・・・。」
「おう、これが俺の新しい体、マーシャル・スーツってやつか。」
穴から飛び出てきたジョシュは、シーナをそっと床に下ろした。
「なんと・・・・・。」
フレイがジョシュの体を見て息を飲む。
エナメルのような光沢を放つ金属の鎧、東洋の龍を思わせる背中まで伸びた長い頭飾り、フルフェイスの鎧のような顔の中で目が青く輝いている。
中世の騎士を機械的にアレンジしたような井出達の身体は、見る者に威圧感を与える重厚さがあった。
長身のフレイが見上げるほどの巨躯のマーシャル・スーツは、魔獣を縛っている武器を振り上げた。
すると敵の巨体は軽々と宙を舞い、凄まじい勢いで床に叩きつけられた。
軽く手を振ると、魔獣を縛っていた武器がジョシュの手元の長い柄に戻ってくる。
「これは・・・槍か?」
「みたいっすね、よくわからんけど。」
《ジョシュ、敵はまだ生きている。油断するな。》
「分かってるって。」
ジョシュは頭の中に話しかけてくる声に返事をした。
身体を起こした魔獣がジョシュに向かって吠えた。
身を屈ませ、後ろ足の筋肉が膨らんでいく。
そして床が砕けるほどの力で地面を蹴り、巨体には似つかわしくない速さで飛びかかってきた。
ジョシュは落ち着いた様子で左手を持ち上げた。
すると前腕に内蔵されている魔法シールドが展開し、突進してきた魔獣とぶつかる。
何かが弾けたような音が響き、魔獣はシールドに吹き飛ばされて壁に激突していた。
《敵は弱っている。とどめをさすなら今が好機だ。》
「おう!」
シールドの中からプラズマを纏ったフレードが伸びてくる。
体の各部に付いたブースターから圧縮空気が吹き出され、ブレードを構えたまま魔獣に向かって飛んで行く。
「グオオオオオオオオーーンッ!」
ブレードが魔獣の身体に突き刺さり、苦しそうな雄叫びが響き渡る。
そして刀身から放たれたプラズマが一瞬にして魔獣を灰に変えてしまった。
「す、すごい・・・・・。」
シーナが杖を握りしめて驚愕する。
「うん、これは予想以上だよ。ジョシュ君の魂とこのマーシャル・スーツの相性が良いんだろうね。おそらく他の人間じゃここまでの発動は出来ないよ。」
《敵の消滅を確認。周囲に敵の気配も察知できない。戦闘形態を解除する。》
ジョシュの体が見る見るうちに元へと戻っていった。
「ジョシュ君!」
ククリとシーナが駆け寄って来た。
「すごいね!かっこよかったよ!」
「そ、そうか、あははは。」
「素晴らしい!僕達も造った甲斐があるってもんだよ。」
二人に褒められ、ジョシュは頭を掻きながら照れていた。
「ふん!確かに恐ろしいほどの力だが、だからこそ危うさもある。
小僧!力に溺れることなく、精神面の大切さも忘れるなよ。
大きな力というのは、あっさりと人の心の飲み込むものだからな。」
フレイに釘を打たれ、「分かってますよ。」と口を尖らせた。
「さて、ここからどうするか・・・。」
フレイは通路の先にある二つの扉を見た。
「片方は魔導核施設の中枢へと繋がる道です。もう片方は祭壇ですね。
魔法は精霊や聖獣の力を借りて行いますから、それらに祈りを捧げる場所です。」
ククリが言うと、フレイは顎に手を当てた。
「どちらが危険だ?」
「決まってますよ、魔導核施設の中枢室の方です。
おそらくマリオン達もそこにいるでしょうし、レインが囚われている可能性も高い。」
「ふうむ・・・。」
しばらく思案してから、フレイは左側の扉に目をやった。
「ククリと小僧達は魔導核施設の中枢とやらへ行け。俺はその祭壇とやらに向かう。」
「いや、祭壇の方に行っても何も無いと思いますよ。
ここは分散せずに固まって行動した方が・・・。」
「分かっている。だがこの先からは何かを感じるのだ・・・。」
「何かって、いったい何を?」
「分からん。ただの勘だ。」
「・・・分かりました。剣聖がそう言うのなら・・・。」
ククリはジョシュとシーナを振り返った。
「僕たちは魔導核施設の中枢室へと行こう。きっとレインもそこにいるはずだ。」
「はい!でも師匠は一人で大丈夫っすか?」
そう言った途端にフレイの拳骨が落ちた。
「いてッ!なんすか?人が心配して言ってるのに。」
「貴様に心配されるほど落ちぶれてはおらんわ。人の心配より自分の心配をしろ。」
ムスっと拗ねるジョシュを残し、フレイは扉を切り裂いて先へと進んで行った。
「何もなければ俺もすぐにお前達の後を追う。それまで生きておれよ!」
駆け出したフレイはすぐに見えなくなってしまった。
「まあ・・・あの人なら一人でも大丈夫だろう。僕達も先へ進もう。」
三人は魔導核施設の中枢へと繋がる扉を進んで行った。

             *

ジョシュ達が魔獣を倒す少し前、六部衆は街の敵を殲滅したところだった。
「なかなか手強かったな。」
「ほんと、剣聖は楽な仕事だなんて言ったけど、どこが楽なのかしら?」
「まあまあ、あの人の楽な敵っていうのは、それ以外の人間にとっちゃ化け物と一緒だから。」
六部衆の足元には魔導士達の屍が転がっていた。
「確かに手強い相手だったけど、なんとか全員無事でいられたわね。」
マオが拳の皮巻きを直しながら言った。
「んで、どうする?先生には街中の敵の殲滅ってだけ言われたけど、もうやることもないし後を追うか?」
タオの問いに、マオはしばらく考えた。
「あ、俺はパスね。この後美人とデートしなきゃいけないから。」
「マルコ殿は相変わらずの好色家ですな。」
「おいおい、その言い方はよしてくれよ。俺はどの女の子も大事に付き合ってるんだぜ。」
「それが好色家なのよ。」
サラが尻を蹴飛ばした。
「で、どうするマオ?」
思案顔のマオは「そうね。」と呟いた。
「半分はここに残って警戒に当たりましょう。まだ敵が残っていないとも限らないし。
私とあと二人は剣聖達の後を追いましょう。戦力は多い方がいいでしょうから。」
マルコを除いた全員が頷いた。
「マルコ殿、今日のデートは諦めなされ。」
ジンに肩を叩かれ、マルコはがっくりと肩を落とした。
「それじゃ私とマルコ、そしてジンは剣聖の後を、残りはここの・・・、」
「待たれよ!何者かがこちらへ来るぞ。」
ビズが槍を構えた。
全員がビズの視線の先を追う。
「あれは・・・・・。」
白衣を身に付けた複数の男達が六部衆に近づいて来た。
「やあやあ、これは武術連盟の精鋭、六部衆の皆さんじゃありませんか。」
痩せた体に白衣を纏い、ぼさぼさの白髪と髭をたくわえた眼鏡の男が現れた。
「あなたは・・・次世代文明管理会代表のヨシムラ博士・・・。」
「ほう、私を御存じとは光栄ですな。あまり表に出ないものですから。」
六部衆の間に妙な緊張感が走った。
「あなたがなぜここに?」
拳こそ構えていないが、マオの気はヨシムラを警戒していた。
「なに、野暮用ですよ。ちょっと魔導協会と合同実験がありましてね。
あなた方にお話するような内容ではありません。」
ヨシムラはクイっと眼鏡を持ち上げて顔を逸らす。
「なーんか怪しいなあ。」
タオが腰に手を当てて前に出てくる。
「俺はいまいちあんた等科学者ってのを信じてなくてねえ。
ていうかその後ろのデカイ箱はなんだい?
やたらと大袈裟な機械で覆われてるけどさ。」
ヨシムラの後ろには機械の台座に備え付けられた金属の箱があった。
「まるで棺桶みないな形してるけど、死人でも入ってるのかい?」
「・・・・・・・。」
「返事無しか・・・、どうするマオ?」
マオはヨシムラのすぐ目の前まで歩み寄り、険しい顔を向けた。
「申し訳無いけど、この先は通せないわ。
どの道今日は合同実験なんて出来ないでしょうし。」
うんざりしたように首を振り、ヨシムラは眼鏡を取って後ろの箱を振り返った。
「まったく・・・これだから筋肉馬鹿の山猿どもは・・・。
何一つ理解しちゃいない・・・。」
「ほお、そりゃどういう意味だい?」
タオが闘気の剣をヨシムラの首に当てた。
「言っとくが、余計な企みはしない方がいいぜ。
あんたからは歪んだオーラを感じるんだよ、あのマリオンとそっくりのな。」
「そうね、自己中な男特有の臭いがするもの。私こういう人って嫌い〜。」
ヨシムラは口の端を持ち上げて笑い、眼鏡をかけ直して振り向いた。
「まったく・・・君達武術家というのは本当に知性の欠片もない言動をするね。
・・・まあいい。山猿どもを実験台にするのも悪くはないか・・・。」
彼の眼鏡の奥の瞳に殺気を感じ、六部衆が戦う構えを見せた。
「さっきも言ったはずよ。余計な動きを見せたら容赦はしない。
あなたが何かをするより、私の拳の方が確実に速い。これは警告よ。
いったい何を企んでるの?そしてその箱はいったい何?。」
ヨシムラはおどけたように肩を竦ませた。
「構わんよ。というより、彼も君達との再会は喜ぶかもしれない。」
「・・・?どういう意味?」
「おい、起動させろ。」
ヨシムラの合図で背後の科学者達が台座の機械を操作した。
ピピっという短い電子音が流れ、白い煙を上げながら金属の箱が開いていく。
「なッ!これは・・・・・。」
「嘘だろ・・・。」
箱の中から出てきたものを見て、六部衆は驚愕した。
台座から飛び降りて六部衆の目の前に立っているのは、全員がよく知る人物だった。
「グエン・・・その体はいったい・・・?」
マオがグエンと呼んだその人物は、人の顔と身体をしてはいるが、全身が鈍い銀色の皮膚で覆われていた。
端整な顔立ちにオールバックの銀髪、身体は鍛え抜かれた筋肉を纏っている。
その目は紫に輝き、身体から強い魔力と闘気を発していた。
「やあ、久しぶりだねマオ。」
驚きで声の出ない六部衆。それを見てヨシムラが口を開いた。
「御存じの通り、彼は現術連盟会長のグエン老子です。
六部衆の元リーダーでもありますが・・・ああ、あの時は七部衆でしたか?
皆さんの旧友ですな。」
グエンは一歩前に出てマオに語りかけた。
「なんだいその顔は?かつての恋人に会えて嬉しくないかい?」
その言葉にマオが小さく肩を震わせて叫んだ。
「ふざけないで!この裏切り者が!
あなたさえ・・・あなたさえ裏切らなければ・・・あの時マリオンの首を討ち取ることができたのに!」
「それだけじゃねえ。」
タオが殺気の宿った瞳で剣を向ける。
「お前のせいでどれほど剣聖が・・・俺達が危ない目に遭ったか。
そして何より、マオがどれほど傷ついたか・・・・・。」
マオは拳を握って俯いていた。
「ああ、すまないねタオ。君はマオに惚れていたから、余計に悔しかったろうね。」
「てめえ・・・ッ!」
剣を握るタオの手に力が入る。
「やあ、後ろのみんなも久しぶりだね。元気そうで何よりだ。」
「相変わらず白々しいこと言う男ね。私の一番嫌いなタイプの性格は直ってないみたいね。」
サラがスリットを捲り上げて脚を伸ばした。
「まったくだ。お前は一番後から入って来たから優しくしてりゃどんどんつけ上がってったよなあ。」
マルコが弓矢を構える。
「武の才能でお主の右に出る者はいなかった、剣聖を除いてだがな。
だが武人の誇りは当時から欠片もなかった・・・。」
ビズが槍の穂先を向けた。
「正直二度と見たくない顔でしたな。
弟弟子といって甘やかした我々にも責任はありますが・・・。」
ジンの筋肉がオーラで膨れ上がった。
「グエン老子。六部衆が相手なら試験戦闘にはもってこいでしょう。
それともかつての同志と拳を交えるのは抵抗がおありかな?」
ヨシムラの言葉に、グエンは軽く微笑んだ。
「何をおっしゃるのです。私はこの肉体を手に入れた時点で人間をやめているのですよ。
下らないヒューマニズムなど欠片も残っていませんよ。」
そう言って拳を握るグエン。
「やはり・・・あなたは邪悪な思想の持ち主だったのね・・・。
いつか改心してくれると思って私も剣聖も期待していたけど・・・もう無理ね・・・。」
マオが足を開いて拳を構える。
「私の生涯でただ一人愛した男・・・せめてこの拳で葬ってあげるわ。」
マオの真剣な顔を見て、グエンは肩を震わせて笑った。
「何を言っているんだい?マオが初めて愛したのは剣聖だろう?」
「・・・・・ッ!。」
「彼に手が届かないものだから僕に乗り換えたのは知っているよ。それにね・・・。」
グエンは二コリと微笑んでマオに顔を近づけた。
「僕はマオのことを愛したことなんて一度もないよ。
君と恋人になったのは、手っ取り早く周りの信用を得る為だ。
君は僕の為にあれやこれやと世話を焼いて駆け回っていたね。
まったく、御苦労なことだよ。」
声を上げて笑うグエンに、マオは顔を俯かせて悲しそうに目を伏せた。
「もうダメだなこりゃ。」
「そうね、マオ、こいつの言葉を真剣に聞く必要なんてないわ。
もともと信用のならない男だったんだから。」
マオは顔を上げ、両の拳を白銀に輝かせた。
「もう・・・これ以上お前と話すことなどない・・・。
我が白銀の拳に砕かれ、塵に還るがいいッ!」
拳を構えて飛びかかるマオを筆頭に、六部衆がかつての仲間に挑みかかる。
そこには恐ろしいほどあっけなく、凄惨な結末が待っているとも知らずに・・・。

マーシャル・アクター 第七話 孤独

  • 2014.01.12 Sunday
  • 19:18
〜『孤独』〜

レインは夢を見ていた。
幼い日、ジョシュと手を繋いで野山で遊んだ夢を。
あの時ジョシュは、すみれで作った花冠をくれた。
不器用なジョシュが作った花冠はとても上手とはいえない出来だったが、レインは心の底から喜んで頭に飾った。
レインもお返しにと花の首飾りを作ってあげた。
綺麗なすみれの首飾りを見て、ジョシュは落ち込んだ。
どうしてレインと同じように上手く作れないのかと。
あの時も、やはりジョシュは拗ねた。
駄々っ子のように悔しがり、目に涙を浮かべてそっぽを向いた。
レインが指で背中をつつくとさらに拗ねて口を聞かなくなった。
しかしレインがぎゅっとその体を抱きしめると、やがてジョシュも抱きついてくるのだ。
駄々をこね、拗ね、泣き声をあげて強く抱きついてくる。
そんなジョシュとの日々が、レインにとっての宝物だった。
きっと二人はこの先もこうやって生きていくのだと思っていた。
ジョシュと自分は二人で一つであり、ずっと手を繋いで、下らないことで喧嘩して、仲直りをして抱きしめ合うのだと。
幼い日の確信に満ちた記憶が、夢の中で鮮明に蘇っていた。
しかし、映画のように突然その場面が切り替わる。
二人が少し大きくなった頃、突然ジョシュがいなくなった。
父が武術連盟の知り合いに預けたのだ。
心の弱いジョシュを鍛え直す為だと言って。
レインはその時だけは父を恨んだ。
自分も武術連盟へ行くと駄々をこね、泣き喚いた。
父が初めて自分に手を上げた日でもあった。
赤く腫れる頬を押さえて、どれだけ自分の部屋のベッドの中で泣いただろう。
しばらくしてレインも魔導協会にいる父の知り合いに預けられた。
ククリというその魔導士は、とても優しかった。
今までに会ったどんな人よりも優しく、そしてレインのことを理解してくれた。
夢の中でククリが語りかける。
君はとても強い子だと。
しかし、それと同時にすごく弱い子だと。
そして、僕はそれが心配だと。
そんな君が心の底から信頼するジョシュ君に、ぜひ一度会ってみたいと。
ククリの元にいた時間は短かった。
すぐに才能を開花させたレインは、教えることはもうないと言われて家に帰って来た。
父が抱きしめてくれた、お帰りと。
レインは嬉しかったが、それよりも早くジョシュに会いたかった。
残念ながら、彼はまだ戻って来ていなかった。
また夢の中の場面が切り替わる。
ジョシュに会えない寂しさを押し殺していたレインに、父が言った。
明日、ジョシュが帰って来ると。
レインは歓喜のあまり部屋の中を跳ねまわった。
ジョシュが帰って来る日の朝、レインは何も手がつかなかった。
朝食の用意が遅れて父に怒られたことなど気にもとめなかった。
待ち遠しくてずっと家の前で待っていると、遠くから来る人影が手を振った。
レインは駆け出し、会いたくて会いたくて仕方がなかったその人影に向かって行った。
夢にまで見たジョシュがそこにいた。
レインは飛びつき、抱きしめていた。
自分でも耳が痛くなるくらいに声をあげて泣いていた。
力強く、逞しくなったジョシュが抱き返してくる。
わんわんと泣きじゃくるレインの頭を、ジョシュが撫でてくれた。
その時、レインの心に何かがちくりと刺さった。
今抱きしめているのはジョシュの方だ。
抱きついているのは自分の方だと。
逞しく成長したジョシュは、以前とは変わっていた。
拗ねるのも、喧嘩をするのも同じだったが、手を繋ぐのを嫌がるようになったし、何より抱きしめるのを強く拒否した。
レインの中の幼い日の確信に、小さくヒビが入った瞬間だった。
次に切り替わった場面は、それからしばらくしてからの夏の日だった。
二人で海に行った時、武術家崩れのガラの悪い男達に囲まれた。
彼らが絡んでいたレインと同い年くらいの少女を助けた為であった。
レインにはどうということのない相手であったが、ジョシュがさんざんに痛めつけられた。
一方的にやられるだけで、まったく手を出さないジョシュの口から鮮血が飛び散った。
レインが助けようとすると、ジョシュは強く拒んだ。
結局我慢のならなくなったレインが男達を追い払った。
自分の魔法の力に怯えきった男達の表情がなぜか記憶に焼き付いていた。
次に切り替わる場面で、どんな記憶が映し出されるかをレインは知っていた。
今までに何度も見た夢を、レインは事細かに記憶していたからだ。
そして次に浮かぶ記憶の映像こそ、レインが最も見たくないものだった。
生涯で一度だけ、本物の殺意が芽生えたあの瞬間。
あの女だけは許さない。
愛しいジョシュを奪い、傷付けたあの女。
海での出来事から数日後、ジョシュに初めての恋人ができた。
男達から助けたあの少女だった。
いつものようにレインの部屋で他愛無い話をしていた時、唐突にジョシュが言った。
恋人ができたと。
嬉しそうに、頬を赤らめて語っていた。
レインの幼い日の確信が、大きく音をたててヒビ割れた。
目の前が暗くなり、そのあと何を話したのか憶えていなかった。
それからしばらくの間、レインは死人のような顔をして暮らした。
ジョシュと口を利くこともなかった。
部屋に籠り、父の食事を作る時以外は部屋から出なかった。
全てが真っ黒に見えていた。
何の夢も希望もない世界。
もし明日、神様から世界が滅びると言われても何の感情も湧かないようになっていた。
ジョシュはそんなレインを心配したが、レインは決して口を利かなかった。
やがて冬を迎えようとした頃、ジョシュががっくりと項垂れて帰って来た。
それからしばらくの間、ジョシュもレインと同じように部屋から出ようとしなかった。
さすがに心配になってきたレインは、ジョシュの部屋を訪れた。
ノックをしても返事がなく、ドアを開けて中に入ると背中を向けて座り込むジョシュがいた。
小さく震えるその背中を見て、泣いているのだと確信した。
レインはジョシュの前に座り、流れる涙をそっと指で拭った。
途端にジョシュが抱きついてきた。
今までにないほど強く抱きしめられ、レインは息が苦しくなった。
しかしそれと同時に昔の喜びが蘇ってきた。
レインはあのすみれの花冠の時のようにジョシュを抱きしめた。
散々に泣いたあと、ジョシュはぽつりぽつりと語り出した。
今日、あの少女から別れを告げられたと。
そして、ジョシュと付き合い始めたあの頃、すでに別の恋人がいたのだと。
それも一人ではなく、複数の男達が。
それを聞いた途端、レインの中にドス黒い感情が芽生えた。
あの時海で少女に絡んでいた男達の中の一人が、しばらく前にその少女と付き合っていたらしい。
しかし結局は彼も数いる恋人の中の一人でしかなく、そのことに腹を立てて文句を言いに来ていただけだったのだと聞かされた。
ジョシュがあの時男達に反撃しなかったのは、少女を守る為だった。
自分が手を出したせいであの子に危害が及ぶのを防ぐ為だったと。
ジョシュは本気であの少女に恋をしていた。
初めてできた恋人。
しかし、終わりはあっけないものだった。
「もう飽きた」と。
あなたには飽きた、新しい男が増えたし、これ以上は面倒くさいと。
その言葉はジョシュの心を抉った。
全てを聞き終え、レインはジョシュの顔を自分の胸に埋めた。
幼いあの日のようにしっかりと抱きしめ、自分の胸の中で泣くジョシュとともに眠りについた。
翌朝、横で眠るジョシュの頬に口づけをし、レインはあの少女の元へ向かった。
最初は驚いた顔を見せた少女だったが、レインが問い詰めると悪びれる様子もなく言った。
あの子は飽きた。
だから捨てたと。
レインの心が殺意で満たされた。
灼熱の炎が少女を取り巻き、その頭上には雷が鳴り響いていた。
燃えさかって死ぬのと、雷に打たれて死ぬのとどっちがいい?
自分でも耳を疑うような言葉が出てきた。
少女は泣きじゃくる顔で首を振った。
助けと許しを懇願し、恐怖のあまり発狂し、やがて失禁して気を失った。
横たわる彼女を業火で焼き尽くそうとした時、不意にククリの言葉が蘇った。
君は強いが、とても弱い子だ。
僕はそれが心配だ。
その言葉がレインに正気を取り戻させた。
業火と雷を消し去り、失神する少女に駆け寄った。
やがて目を覚ました彼女は、叫び声を上げて逃げ出した。
以来、レインもジョシュも、その少女と会うことはなかった。
家に帰ると、ジョシュはまだ寝ていた。
レインはもう一度頬に口づけをし、ジョシュを抱きしめてベッドに横たわった。
目を腫らして眠るジョシュの手を握り、その顔を見つめた。
その時初めて自分の気持ちに気づいた。
私はジョシュのことが好きなのだと。
兄妹としてではなく、一人の男性としても愛しているのだと。
そしてそれが叶わぬ恋であることも自覚した。
ならば、せめて妹としてでもいいからずっとそばにいたいと。
この先も、こうして手を取とり、抱きしめ合える存在でいたいと。
ジョシュはレインの全てだった。
彼女の世界の全てはジョシュの上に成り立っていた。
ジョシュを失うこと、ジョシュと離れること。
それはレインにとって孤独を意味していた。
いつもならここで目が覚めるのだが、今は違っていた。
ぷつりと終わった夢の後には、ただまっ黒な世界が広がっているだけだった。
それはレインが最も恐れていた、孤独そのものだった。

マーシャル・アクター 第六話 敵陣強襲

  • 2014.01.11 Saturday
  • 21:15
〜『敵陣強襲』〜

レインがグリムにさらわれて三日が経っていた。
ジョシュとしてはいてもたってもいられない気持ちだったが、居場所の特定に一日を費やし、またそこが魔導協会の総本山でもあった為に早急に行動を起こすことが困難だった。
当初は周りの制止を振り切って一人で助けに行こうとしたジョシュだったが、ククリから
必死の説得を受けてなんとか自分の気持ちを抑えていた。
またフレイにも単独で乗り込むのは自殺行為であると諫められ、レインを助けたいのなら今は堪えろと言われていた。
ジョシュは自分の部屋で傷だらけになった体を寝かせていた。
彼の体に無数にある切り傷や打撲はフレイがつけたものであった。
「本当はじっくり時間をかけて鍛えてやりたいが、そうも言っていられん。
一つだけ俺の奥義を伝授してやる。なんとしても短期間で習得しろ。」
フレイは拷問のような稽古をジョシュに課した。
常人では十分ともたないような稽古は、ジョシュの心と体を限界まで追いこんでいた。
しかしジョシュがそれに耐えられたのは、この奥義の習得こそが彼をレイン救出作戦に同行させる条件だったからである。
「魔導協会の総本山、セイント・パラスにはマリオンを筆頭に猛者どもがうようよいる。
今の小僧では足手まといになるだけだ。俺やククリと一緒に妹を助けに行きたければ、何としても俺の奥義を習得しろ、いいな。」
必ず自分の手でレインを救い出す。その気持ちだけで地獄の稽古に耐えていた。
フレイがジョシュに授けた奥義は《陽炎の歩》というものだった。
「これを体得出来ればお前の剣技も戦い方も遥かにレベルが上がるはずだ。」
そして今日、ジョシュはこの奥義の習得に成功した。
フレイの言う通り、この《陽炎の歩》のおかげで自分が武の境地に到達したかと思うほど剣技も体の使い方も上達した。
レインを救出に行くのは明日だった。ジョシュは何とか間に合ったのだ。
拳を固めて見つめるジョシュ。自分がどこまで戦えるかは分からない。
ククリや、あのフレイでさえ慎重に行動を進めているのだから。
しかしジョシュは決めていた。もしもの時は、自分の命と引き換えにレインを守ると。
稽古の疲れがでたのか、拳を見上げていたジョシュはいつの間にか眠りに落ちていた。

             *

翌朝、クラナドの前には六人の屈強な武術家が集結していた。
《剣聖会・六部衆》、フレイの奥義を余すことなく伝授された世界最高峰の武術家達だった。
「あなたがジョシュ君ね。六部衆リーダーのマオ・スージーよ。」
スリットの入った動きやすそうな細身の武道服を着た女性が名乗った。
しなやかな体つきに後ろで結んだ長い黒髪、釣り上がっているが優しさを感じさせる目を持ったマオがジョシュの手を握った。
「あなたは私達の弟弟子、なら兄弟も同然よ。あなたの妹を助けるのに助力は惜しまないわ。必ず助け出しましょう。」
ジョシュは無言のまま強くマオの手を握り返し、頭を下げた。
「紹介しておくわね。右から剣士のタオ。」
朗らかな顔で金色の短髪のタオがニコッと手をあげた。「よろしくな、坊主!」
「その隣が弓の達人、マルコ。」
細身で長身、長髪のマルコは「俺の矢は何でも射抜くぜ。女のハートもな。」とキザったらしく笑った。
「真ん中の彼はビズ。槍使いよ。」
スキンヘッドに厳格な顔つき、そして鎧のような筋肉を纏ったビズは小さく頭を下げた。
「ちょっと露出の多い挑発的な武道服を着てるのが蹴り技のサラ。」
セクシーな体に愛嬌のある顔で、赤い長髪を掻き上げて「お姉さんに任しとけば大丈夫。」
と投げキスを寄こしてきた。
「最後に、背が低くて小太りなのが気功師のジン。」
乱れた髪に目を閉じているかと思うほどの細目で、大量の汗を拭きながらジンは「ま、ま、ひとつよろしく。」と申し訳無さそうに言った。
「みんな個性的でしょう」とマオが笑い、目にも止まらぬ速さでジョシュの目の前に拳を打ち出してきた。
「ちなみに私は拳法家よ。よろしくね。」
「自己紹介はそれくらいでいいだろう。」
フレイが言い、ククリと共にジョシュと六部衆の前に立った。
「やることは決まっている。小僧の妹の救出。そしてマリオンとその馬鹿な手下どもを叩き潰すことだ。」
「あ〜、ようやくこの日が来たのね。」
サラがうっとりとした顔で言った。
「元々マリオンと魔導協会は叩きつぶすつもりだったからな。
少々予定が早まったが、特に問題はあるまい。
あのなんとか言う機械人形も完成したのだし、ちょうど頃合いだ。」
「ですね。かつて我らがマリオンの野望を打ち砕く為に戦いを仕掛け、身内のグエンに裏切りにあって劣勢を強いられましたが、今回はそうはいきません。
この世界の安寧を保つ為、きっちりと奴らの息の根をとめて見せましょう。」
ジョシュと話していた時とは打って変わった険しい表情でマオが言った。
フレイの目配せを受け取ったククリが頷いて一歩前に出た。
「僕もみなさんとはお久しぶりですね。お会い出来て嬉しいです。」
「嬉しいなら抱擁くらいしてよー。」
サラが茶化すと、タオが「大人しく聞いてろ」と眉を寄せた。
「ははは・・・まあそれは後で・・・。」
「絶対よ〜。」
ククリは咳払いをして仕切り直し、皆の方を見た。
「作戦は単純かつ明快です。僕の部下の陽動部隊と、武術連盟の一部の有志達が敵の注意を引きつけます。」
なるほど、ククリが忙しく動き回っていたのはこの準備の為かとジョシュは納得した。
「そして我々ですが、敵の注意が陽動部隊に向いた所で、本陣に強襲を仕掛けます。
陽動でおびき寄せるのはあくまで敵の雑兵であり、本陣の中には主力が残っているはずです。
ですから少数精鋭でもって向こうの主戦力と戦うことになるでしょう。
僕と剣聖と、後もうすぐここに来る僕の弟子の魔導士、そしてマーシャル・スーツを有するジョシュ君はセイント・パラスの中枢である魔導核施設に入り込み、マリオンとその右腕達と戦います。
おそらくレインもそこにいるはずだ。」
最後の言葉はジョシュに向けて放たれ、彼は強く頷いた。
「六部衆の皆さんには魔導核施設に入るのを妨害してくる敵を蹴散らして頂きます。
おそらく主力部隊は古代魔法による肉体改造を受けていると思われますので、くれぐれも御注意を。」
六部衆はククリの言葉に頷き、ククリも「よろしくお願いします。」と締めくくった。
「先生、お待たせしました・・・。」
息を切らせて駆けてきたのは、あのシーナだった。
「陽動部隊が出発しました。」
「ありがとう、ご苦労だったね。」
「あ、あの・・・・・。」
ジョシュは遠慮がちに手を上げた。
「もしかして、魔導協会の中枢に入り込むもう一人の魔導士って、シーナのことっすか?」
「そうだよ。」
ククリは当然だと言わんばかりに頷いた。
「言っておくけどね、彼女の魔導士としての腕は超一流だよ。
この街じゃ僕に次ぐ腕前じゃないかな。」
「・・・・・マジっすか。」
「ちょっと気の弱い所はあるけど、スイッチが入るとすごいんだから。」
シーナは恥ずかしそうに顔を俯け、杖をギュッと握りしめたままジョシュに駆け寄った。
「ジョシュ君、ごめんなさい・・・。私がもっとしっかりしていればレインさんは・・・。」
「いいって。あんな化け物相手じゃしょうがないよ。ていうかこの三日間、何回同じこと言ってんだか。」
ジョシュはシーナの肩を叩いて笑った。
「シーナは何も悪くないよ。俺が弱くて情けなかっただけだ。」
ジョシュが目を伏せると、シーナは顔を赤らめて下から覗き込んだ。
「レインさん、絶対助けましょうね!」
二人はしばらく見つめ合い、どちらからともなく二コリと笑った。
「さてさて、それじゃ行きますか。」
ククリの言葉にシーナは頷き、杖を持ち上げて魔法の詠唱を始めた。
彼女の頭上に光が集まり、巨大な魔法陣が現れた。
シーナは詠唱を終えると、「出でよ!」と大きく叫んだ。
すると巨大な魔法陣は扉のように真ん中から左右に開き、その中から風を纏った怪鳥が現れた。
「おお!すげえッ!」
ジョシュは思わず声を上げた。
怪鳥は「ギエエエエエーッ!」と雄叫びをあげて翼を広げ、周りの風を吸い込みながら見る見るうちに巨大化していった。
「ほう、これは・・・。」
フレイが顎鬚を擦りながら感心した声を上げた。
「シーナは召喚術が得意なんですよ。陽動部隊も彼女が呼び出した怪鳥に乗って敵の所へ向かっているはずです。我々も行きましょう!」
一同は巨大怪鳥に飛び乗った。
大きな翼が羽ばたいて砂埃を上げ、怪鳥の体が宙に浮いた。
「猛スピードで飛んでいきますから、振り落とされないように気をつけて下さいね。」
シーナが人間には分からない言語で怪鳥に話しかけると、怪鳥は奇声を上げて周りの風を集めた。
すると怪鳥の周りを緑色に光る球体の膜が覆った。
「風のシールドが守ってくれると思いますが、ある程度の衝撃は覚悟しておいて下さい。」
怪鳥の頭に乗っているシーナが振り返って言った。
次の瞬間、砲撃のような轟音とともに怪鳥のスピードは軽々と音速を超えていた。
「ぎゃああああッ!」
ジョシュは叫び声を上げ、必死に羽にしがみついた。
「情けない、こんなもんでビビるな!」
フレイの拳骨がジョシュの脳天に落ち、皆の笑い声が起きる。
雲の上を音速で飛びながら、ジョシュ達は魔導協会の本部、セイント・パラスへと向かって行った。

              *

 音の速さにも慣れたころ、ジョシュは遥か前方に巨大な建造物を見つけた。
「あれは・・・?」
身を乗り出して眺めるジョシュにククリは言った。
「あれが魔導協会の首都、セイント・パラスさ。
今頃先に到着した陽動部隊が敵の注意を引きつけているはずだ。」
セイント・パラスに近づくにつれ、眼下で大勢の人間が闘っている姿が見えた。
「うむ、上手くやってくれているようだね。」
セイント・パラスを囲むように陽動部隊が展開し、敵の魔導士達は首都に侵入されまいとして応戦していた。
「さて、あの街の上空には敵の空襲に備えて強力な魔法シールドが張ってあってね。
このまま行くと激突して僕たちはバラバラになってしまう。」
「バラバラって・・・じゃあどうすんすかッ!」
ククリは立ち上がると、両手で握った杖を前に突き出した。
魔法を唱えると彼の前に虹色の渦巻きが出来あがり、その中心に黒い穴が現れた。
シーナは怪鳥に指示を出して上昇させ、皆をセイント・パラスの遥か上空まで運んだ。
「さて、ここから一気に飛び下りるからね。」
「いや、いくら何でもこの高さじゃ死んじゃいますよ。
それに魔法のシールドだって・・・。」
慌てるジョシュに、ククリは「心配ない。」と言った。
「シーナ、頼むよ。」
「はい。じゃあ怪鳥さん、ありがとね。」
シーナがそう呟くと怪鳥は一声鳴いて消え去った。
「ちょ、落ち・・・・・・・、あれ?」
慌てるジョシュだったが、その体はさきほどと変わらず空に浮いていた。
「だからお前はいちいち騒ぐな。」
またもフレイに拳骨を落とされて頭を抑えるジョシュに、シーナが口を開いた。
「大丈夫ですよジョシュ君。よく見て下さい。」
「ん?見るって何を・・・・、おお!」
さきほどまで怪鳥を包んでいた風のシールドはそのまま残っていた。
「ほう!召喚獣を消してその魔法だけ残すとは大したもんだ。
これは小僧より見どころがある娘だな。」
フレイの言葉に恥ずかしそうに照れながら、シーナは杖を握りしめた。
「だから言ったでしょ、シーナはすごいって。
さて、このままセイント・パラスに突撃するから、よろしく頼むよシーナ。」
シーナは頷き、風のシールドを球体から先が尖った槍の穂先のように形状を変えた。
ククリはその先端で虹色の渦巻きを前に突き出した。
「では!」
風のシールドが猛スピードでセイント・パラスに落下していく。
「うわああああああああッ!」
叫び声を上げるジョシュとは反対に、武術家の面々はアトラクションでも楽しむかのように笑っていた。
セイント・パラスの魔法シールドに猛スピードで落下して近づいていく。
「うわあ、ぶつかるううううッ!」
ジョシュが叫んで身構えた。
しかし二つのシールドがぶつかるその瞬間、ククリの虹色の渦巻きの穴が拡大して、セイント・パラスの魔法シールドの一部を吸い取って穴を開けた。
ジョシュ達を包んだ風のシールドは何事もなく通過し、ふわりと着地するとシャボン玉のように消え去った。
「た、助かった・・・・・。」
「何をほっとしている。ここからが本番だろうが。」
フレイが剣を抜いて構える。
気が付くと周りを敵の魔導士に囲まれていた。
「街の中の警護にあたっているということは上級魔導士だな。」
六部衆のタオが首を鳴らしながら言った。
「何者だ貴様らッ!」
わらわらと魔導士達が集まって来る。
「貴様ら、魔導協会の本部に少人数で乗り込んでくるとはいい度胸・・・、グゲッ!」
マオが裏拳を放ち、喋っていた魔導士は城壁まで吹き飛ばされていた。
「さあ、さあ、ここの雑魚どもは私達に任せてちょうだい。」
サラが武道服のスリットを捲りあげながら言う。
「そうそう、中枢の建物までへの道は僕が作りますんで。」
弓使いのマルコが身の丈ほどもある鉄弓を構えた。
構えた矢もこれまた身の丈を越す鉄製のもので、マルコは矢にオーラを込めると敵に警告した。
「死にたくない奴はどいてなよ。」
「なにおうッ!」
魔導士達はこめかみに血管を浮き上がらせて応戦の構えを見せた。
「馬鹿だねえ・・・。」
解き放った矢はまるでレーザーのように光閃が走り、道を塞いでいた魔導士や建物が一瞬にして消し飛んだ。
「す、すげえ・・・。」
「感心している場合か。一気に駆け抜けるぞ!」
フレイが疾風のごとく駆け出し、ククリもシーナを担いでその後を追った。
「ジョシュ君。」
マオが呼びかける。
「ここは私達に任せて、あなたは妹さんを救い出してきなさい。
そして、お互い必ず生きて会いましょう。」
「・・・・・はい!」
ジョシュは米粒に見えるほど遠くまで駆けて行ったフレイ達を追いかけた。
「ふふふ、死ぬんじゃないわよ、弟弟子。」
「さ〜て、俺らは俺らの仕事をしますか。」
タオが柄だけの剣を持ち、オーラを込めて闘気の刃を作りだす。
「そうね、こんなのさっさと終わらせてククリ君に抱擁してもらわなきゃ。」
軽く蹴り上げたサラの足が空を斬り裂いて砂埃を上げる。
「無駄なく速やかに仕事を終わらせるのが武人の務め。」
地面を突いたビズの槍が大地を揺らす。
「それ同感。今日は美人と会う予定があるんで遅刻出来ないんだよね。」
マルコが二発目の矢を構えてオーラを込める。
「まあ、あれですな。こんな雑用はさっさと終わらせたいということですな。」
気を集めたジンの腕が丸太のように太くなる。
「はあ・・・はあ・・・、貴様らあ・・・、許さんぞお・・・。」
城壁の瓦礫の下から先ほどの魔導士が起き上がってきた。
「よく聞け!我らはマリオン大師様より古代魔法の力を頂いた!
この前のような失態は二度と・・・・・ブべッ!」
マオが放った気の砲弾が直撃して再び魔導士を城壁まで吹き飛ばす。
「うるさい。お前達のような歪んだ心の持ち主は、この拳王マオが鉄拳制裁をもってその根性を叩き直してくれるわッ!」
「お、おのれええ!」
「あら、また立ち上がってきた。意外と丈夫、うふふ。」
サラが馬鹿にしたように笑う。
「我が精鋭部隊よ!今こそマリオン大師様に授かった力を解放せよッ!」
六部衆をとり囲んでいた魔導士達は杖を投げ捨て、その体から強大な魔力を発した。
「おお!こりゃあ中々・・・。」
「・・・・・うむ。遊びというわけにはまいりませんな。」
強大な魔力を放つ魔導士達に、六部衆の顔つきが変わる。
「なるほど、鉄拳制裁では済みそうにないな。
ならばこの白銀の拳で砕くまでよ!ゆくぞみんな!」
「オウッ!」
「調子に乗るなよ・・・。行け我が精鋭部隊!奴らを肉片一つ残らず消し飛ばせッ!」
咆哮を上げながら六部衆と魔導士達の戦いが始まった。
白銀のオーラを纏う拳で敵を粉砕しながら、マオはジョシュ達が向かった建物を振り向いた。
《剣聖、ジョシュ君、そして仲間の方々も、どうか御無事で》

             *

「思っていたより警備は手薄だな。」
魔導核施設内の部屋で、フレイが剣を拭きながら後ろを振り返った。
魔導核施設の入り口、そしてここまでの通路には魔導士達の無数の屍が転がっている。
「やれやれ、剣聖フレイの名は健在ですね。
あなたが一瞬にして斬り裂いたのは全員一級魔導士ですよ。
それも古代魔法による肉体改造を受けたね。」
呆れ顔のククリに対し、フレイは「ふんッ」と悪態をついた。
「いかに力を持とうが心に隙があれば何の意味もない。
お前達魔導士の最大の弱点だ。」
「確かに・・・、魔導士は魔法という強力な力を扱えるが故に、精神的に隙のある者はいますが、ただ・・・。」
「分かっている。」
フレイは建物の中にある魔導核施設の中枢へ繋がる扉を見た。
「ここより先で待ち構える敵は今までような雑魚とは違う。
一瞬の油断が死に繋がるような連中ばかりだ。」
その言葉にククリは無言で頷いた。
「小僧ッ!」
「はい!」
ただただフレイの剣さばきに感心していたジョシュが顔を上げた。
「よいか、ここより先には俺やククリの因縁の敵が待ち受けている。
お前のフォローをしている余裕はないだろう。」
「何言ってんすか。誰も手助けなんかしてもらおうなんて思っちゃいませんよ。
それに俺のやることはただ一つ、レインを助け出すことです。
たとえ何があっても、どんなことをしてもね。」
フレイは何も言わずにジョシュを見据えた。
そしてくるりと背を向けて目の前の扉を切り裂いた。
音を立てて崩れ落ちる金属製の扉を見つめ、ジョシュが覚悟を決めた目でその先を睨んでいると、突然服の裾を引っ張られた。
「ジョシュ君・・・・・。」
振り返るとシーナが上目遣いに立っていた。
「レインさんを助けるのはもちろん大事ですが、あまり無理はしないで下さいね・・・。
自分の命のこともちゃんと考えないと・・・。」
「・・・・・。」
沈黙するジョシュを見て、ククリが口を開いた。
「シーナ、やっぱり君はジョシュ君と行きなさい。僕なら大丈夫だから。」
「・・・はい。」
「どういう意味っすか・・・?」
ジョシュが顔を強張らせて尋ねた。
「ふん!小僧よ、お前はいよいよともなれば妹の為に死ぬつもりだろう。」
「ッ!」
「図星か。貴様の顔を見ていればそれくらい分かるわ。」
俯くジョシュの顔先に、フレイは剣を向けた。
「よいか小僧!この俺に無断で死ぬことなど許さん!
弟子をみすみす死なせたとあっては剣聖の名が泣くというもの。
それに貴様にはまだまだ叩きこまねばならん事がたくさんあるのだ。
たかが奥義の一つを継承したくらいで思い上がるなよ!」
そう言ってフレイはスタスタと先へ歩いて行ってしまった。
「相変わらず素直な物言いじゃないねえ。」
ククリは肩をすくめて笑った。
「でもジョシュ君、剣聖の言う通りだよ。安易に命を投げ出そうとしていけない。
考えてごらん。もしレインを助け出しても、君がいなければ彼女がどれほど悲しむか。」
「・・・・・・・。」
「大丈夫さ、君もレインも死なせやしないよ。
ただそれでも、色んな意味での不安があるからシーナは君に同行させる。
彼女の力はここへ来る時にその目で見ただろう。きっと君の助けになる。」
黙っていたジョシュがククリを睨んで口を開いた。
「要するに、俺は弱いってことっすか?」
「ああ、そうだよ。まだまだ君は未熟だ。
君がマーシャル・スーツの肉体を持っていなければ、絶対に同行させなかったね。」
「・・・・・・・・。」
「ジョシュ君・・・・・・。」
ククリは踵を返してフレイの後を追う。
「拗ねるのは誰でも出来る。大切なのは前に進もうとする心意気さ。
僕だって剣聖と同じで、君の将来の可能性には大いに期待しているんだ。」
その場に立ち尽くすジョシュを置いて、二人はどんどん先を行く。
レインを助ける戦いに、自分の力が戦力外通告を受けたことは大きなショックだった。
ジョシュは悔しさのあまり、血が流れるほど唇を噛んでいた。
「ジョシュ君・・・・・。」
シーナが目の前に回り込んでジョシュを見つめる。
「先生も、剣聖さんも、ジョシュ君が大事だからああ言ったんです。
確かにきつい言い方だったけど・・・・・、でも二人ともレインさんにもジョシュ君にも無事でいてもらいたいんです。
だから・・・・・、私にもお手伝いさせて下さい・・・。」
ジョシュはしばらく黙ってその場に立ち尽くしていた。
唇だけではなく、握った拳からも血が流れていた。
「・・・ジョシュ君・・・。」
シーナが杖を握りしめて心配そうな、そして悲しそうな瞳を向けてくる。
「・・・・・・。」
きつく握った拳から力が抜け、ジョシュは無言のまま歩き出した。
そして振り返らずに言った。
「レインにもよく言われたよ、俺はすぐ拗ねるって・・・。
けど、やっぱかっこ悪りいよな、これ。」
足を止めてシーナを振り返る。
「半人前で悪いけど、一緒に戦ってくれるか?」
シーナの表情がパッと明るくなり、嬉しそうにジョシュに駆け寄った。
「はい、もちろんです!力を合わせて、必ずレインさんを助けましょう。」
扉の先を真っすぐ進むと、地下へ下る魔法装置の前でフレイとククリが待っていた。
「遅いぞ、あと一分遅れたら俺達だけで行くところだったわ。」
「ははは、まあまあ。若いうちは色々と葛藤がありますよ。」
ジョシュは顔を上げ、二人の元へと歩み寄った。
「この戦いが終わったら、多分俺は二人が目ん玉ひん剥くくらい成長してますよ。」
「ふん、減らず口を。」
ククリとシーナは顔を見合わせて笑った。
「ではいくぞ!全員死ぬなよ!」
フレイの言葉に皆が頷き、地下へと下りていった。

マーシャル・アクター 第五話 さらわれたレイン

  • 2014.01.11 Saturday
  • 21:08
〜『さらわれたレイン』〜

ジョシュとレインのいる円柱の装置の中に、ククリと魔導士、そして科学者達が入ってきて来て、二人の体に何本かのコードを巻き付けた。
そしてその傍らには二体のマーシャル・スーツが機械で覆われたカプセルの中に入っていた。
二人に巻きつけられたコードはマーシャル・スーツが入っている機械に取り付けられ、何人かの科学者が慎重にコードのチェックをしていた。
ククリが二人の方を向き、それぞれの肩に手を置く。
「さて、二体のマーシャル・スーツの調整は終わったし、ついでに君達のお父さんが造ったマーシャル・スーツについても色々調べさせてもらったよ。」
ジョシュとレインは顔を見合わせ、疑問符の浮かぶ顔でククリに尋ねた。
「これから何が始まるんですか?」
「これから何を始めるんですか?」
「お、さすが双子、綺麗にハモったね。」
ククリは腰に手を当てて笑った。
「何が始まるって決まっているじゃないか。
君達の魂をこのマーシャル・スーツに移すんだよ。
これでお互いがそれぞれの肉体を持つ事が出来る。どうだい、嬉しいだろう?」
ジョシュは笑って答えた。
「そりゃあもちろんすよ!な、レイン?」
「う、うん。そうだね・・・・・。」
「おや、レインは少し緊張してるのかな?」
ククリは幼い子供でもあやすようにレインの頭を撫でた。
「大丈夫!二体のマーシャル・スーツの調整も終わったし、君達のお父さんが造った方のマーシャル・スーツも念入りに調べることが出来たし、あとは君達の魂の適合性だけさ。」
コードに繋がれた機械がピーピーと五月蠅くなり始め、しばらくするとピピッっと短い音が鳴った。
「ククリ魔導士、魂の適合性も問題ありません。」
機械をチェックしていた科学者が事務的な口調で言った。
「そうか!やはり僕の予想通りだったな。」
「どういうことですか?」
レインの質問に、ククリはニッと笑って見せた。
「少し前に僕が説明したことを覚えているかな?」
レインは首を傾げて頬に指を当てた。
「君達が最初に入っていたマーシャル・スーツはレインに合わせて造られていたってことさ。
あのマーシャル・スーツは魔法仕様になっていてね。
発動させると強力な魔法を操ることができるようになっているんだ。
けどその為には中に入っている魂が強い魔力を持った魔導士でないといけない。
魔法を操れないと、発動させることすら出来ないだろうからね。」
「発動?」
二人は復唱のように言葉を合わせて呟いた。
「そうさ、マーシャル・スーツとはその名の通り闘う為の衣装だ。
だから宿っている魂が発動条件を満たすと、とんでもない力を発揮する。」
「とんでもない力?そんなのまったく知らなかった・・・。」
「だろうね。」
腕を組んだククリは真剣な顔になって説明を続けた。
「けど、知らなかったってのは逆にいいことだよ。
何も知らずに発動させたら大変なことになっていただろうからね。」
「どんな風に大変なんすか?」
「マーシャル・スーツの力が発動している間は、常に魂からエネルギーが吸い取られるんだよ。
だから扱い方を知らないとどんどん魂は弱っていって、やがて死んでしまうんだ。」
「な、なんか物騒っすね・・。俺達は今までそんな物に入ってたのか・・・。」
ジョシュとレインは背筋にゾッとしたものを感じた。
「それにね、これは古代魔法に対抗する為に造られた代物だ。
要するに兵器でもあるのさ、恐ろしく強大な力を持ったね。
だから魂が力に飲み込まれて暴走すると、これはもう止めようがなくなる。
宿った魂のエネルギーが尽き果てるまで、戦闘と破壊を繰り返すだろうね。」
ククリの説明に、二人の表情がどんどん暗くなっていく。
「大丈夫だよ!それは扱い方を知らなかった場合の話さ。
ちゃんと知っていれば問題ない。僕が今から説明するよ。」
ククリが周りの人間に指示を出し、二人に巻きつけていたコードが取り外された。
そして近くにいた一人の魔導士を呼び寄せて二人に紹介した。
「彼女はシーナ。今回のマーシャル・スーツの開発で重要な仕事をこなしてくれたんだ。」
シーナと呼ばれた魔導士は、青く長い髪を揺らせて頭を下げた。
「・・・・・どうも。」
背が低く、ジョシュやレインよりも少し幼い顔をしている。
木造りの杖をギュッと握りしめ、水色の瞳を恥ずかしそうに伏せている。
黒い法衣は丈が合ってないのか袖が余っていて、膝上までの法衣の下にはレインと同様にスパッツを穿いていた。
「あれ、穿かない方がいいのになあ・・・。」
「ん?なんか言った?」
「いや、なんでもないよ。」
慌てて首を振るジョシュに、レインは不思議そうな顔を向けていた。
どことなく気の弱そうな雰囲気があり、挨拶はしたもののまったく目を合わせようとしなかった。
「シーナは魔導士兼科学者なんだ。
今回は次世代文明管理会と魔導協会の一部の人間との合同プロジェクトだったからね。
彼女は二つの組織の重要な橋渡し役だったんだ。
もちろん優れた魔導士でもあるし、僕が一番信頼を置いている弟子なんだ。」
「へえ、すごいね!俺はジョシュ、よろしく。」
差し出されたジョシュの手を、シーナは遠慮がちに握った。
「私はレイン、よろしくね。」
レインはそう言ったあと、ククリをキッと睨んだ。
「優秀そうな魔導士さんですねえ。さすが先生の一番弟子だわ。
けど、私も先生にそのセリフを言われた覚えがあるんですけど、もしかして誰にでも言ってるんですか?。」
レインの冷たい視線に、ククリは慌てて弁明した。
「いやいや、違うよ!レインはさ、ほら、もう一流の魔導士じゃないか。
今は僕に教えを乞っているわけでもないだろ?
それにさ、君は僕の娘みたいなものだから。だからレインは特別だよ。」
レインは唇を尖らせてそっぽを向いた。
「なーんかプレイボーイが吐きそうなセリフだこと。
先生は昔っからちょっと女の人にだらしないところがありましたもんねえ。
ああ、そういえば一度別の女の人と食事にいったのがバレて奥さんにこっぴどく・・・、」
「ああ!わ、わかったわかった!別にそんなつもりじゃなかったんだよ。
君は今でも僕の一番弟子さ。」
「どうだか・・・ねえジョシュ。
あなたはこういう大人の男の人にはならないように・・・、ってジョシュ?」
ジョシュの目は、初対面の人間と向かい合うのを恥ずかしそうに俯いているシーナに釘付けになっていた。
「シーナって、いい名前だね・・・・・。
すごくよく似合ってると思うよ。」
恥ずかしそうにそう言って、ジョシュは体をもじもじさせた。
「・・・あ、ありがとう。」
シーナもまた恥ずかしそうに深く顔を俯かせた。
そのやり取りを見ていたククリが顎に手を当て、茶化すように言った。
「おやおやおや〜、どうしたんだいジョシュ君?顔が真っ赤だよ〜?」
ククリが嬉しそうに顔を覗き込む。
「え?な、何がっすか・・・?俺はただいい名前だなあ〜と思っただけで・・・。
べ、別に深い意味は・・・・・。」
しどろもどろになるジョシュを見て、ククリは吹き出した。
「別に照れなくてもいいじゃないか。ジョシュ君だってもう年頃なんだ。
気になる女の子ができたって恥ずかしがることはないよ。」
「ああ、いや、そ、そういうわけじゃないっすよ!」
ジョシュの額から汗が流れる。
「シーナは良い子だよ〜。可愛いし仕事も出来るし。
大人しそうに見えるけどけっこうしっかりしてるんだよ。
それに性格もいいし、こんな良い子は滅多にいないんだから。
あ、そうだ!よければ僕が二人のキューピッドになって・・・。」
その時だった。ククリとジョシュは背後に凄まじい殺気を感じて振り返った。
「あ、レイン・・・。いやいや、これはただ場を和まそうと思って言っただけで・・・、」
射抜くような怒りのこもった視線にククリはたじろぎ、慌てて弁明した。
「なに怒ってんだよ・・・。お前は昔っからすぐにやきもち妬いて・・・。」
「バカ!。」
ククリが慌ててジョシュの口を塞ぐ。
「二人とも・・・・・・。」
静かだが殺気のこもったレインの呟きに、二人はたじろいだ
「は、はい・・・。」
ククリの額に冷や汗が流れる。
「余計なこと喋ってないで、さっさとやることやるッ!さもないと・・・・・。」
「は、はい!すいません!」
「わ、悪かったよ・・・。」
二人は深々と頭を下げた。
「あ、あの、それじゃ・・・。」
シーナがおずおずとククリに話しかけた。
「ああ、そうだったね。じゃあお願い出来るかな。」
「はい。」
二体のマーシャル・スーツの方へと向かい、シーナはカプセルの蓋をあけた。
生々しい二体の機械人形が部屋の光を受けて鈍く光っている。
「さて、今からこいつに君達の魂を入れるわけだが、その前に説明しておこう。」
ククリはジョシュとレインが入っていたマーシャル・スーツに軽く手を触れた。
「まずこっちのマーシャル・スーツだが、さっきも言ったようにこいつはレインに合わせて造られている。
だから君にはこっちに入ってもらう。というより戻ってもらうと言った方が正しいかな。
こいつは魔法に対して反応するシステムが組み込んである。
だからこいつの胸の中心にあるコアに魔力を注入すると、戦闘形態が発動する。
外見も変わるし、生身とは比べ物にならないくらいに強力な魔法が使えるようになる。
もちろん肉体の強度や性能も上がるよ。
並みの攻撃や魔法ではビクともしないし、肉体が破損しても再生が可能だ。」
「すごい性能ですね・・・。」
レインが感嘆の声を出す。
「ただし、さっきも言っけどこいつは魂のエネルギーを吸って動くんだ。
だからいつまでも発動状態でいると最悪は死んでしまう。
そうなる前に戦闘形態を解除しないといけないんだ。」
「その解除はどうやって?」
「これは実に簡単だよ。コアに中止の命令を出せばいい。
自分の脳からその指令を出すだけで、戦闘形態は解除される。
ただ気をつけないといけないことが一つ。
レインが入るマーシャル・スーツは、戦闘能力は強大だが、中に入っている魂をサポートする機能がほとんどない。
だから解除のタイミングは自分で見極めなければいけないんだ。それに・・・・・。」
「それに?」
少し不安げにレインは尋ねた。
「いいかい、戦闘形態を維持しすぎて最も最悪なケースは中の魂が死ぬことではない。
一番恐ろしいのはマーシャル・スーツの力に自我と魂が飲み込まれて暴走することさ。
こうなると止める手段は一つ。暴走するマーシャル・スーツの破壊だ。」
「破壊って・・・、そんなことしたら中に入ってる魂はどうなるんすか?」
一瞬の沈黙のあと、ククリは重たい口調で言った。
「死ぬよ。」
「死ぬって、じゃあ要するに殺して止めるってことっすか?」
「ああ、そうだ。」
ジョシュは掴みかかる勢いでククリに詰め寄った。
「何をさらっと重いこと言ってんすかッ!
黙って聞いてたけど、これめちゃくちゃ危険な代物じゃないっすか!」
興奮するジョシュの肩に、ククリはそっと手を置いた。
「そうだよ。だから僕は言ったはずだ。こいつは古代魔法に対抗する為の兵器だと。
そしてマリオンの野望を打ち砕く為の物だと。」
顔をしかめてジョシュはククリを睨んだ。
「さっきからそこんとこの意味がよく分かんないっすよ!一体何が言いたいんすか?
ていうか、これに俺達の魂を入れていったい何をさせるつもりなんすか?
俺はともかく、もしレインを危険な目に巻き込むつもりなら、俺はあんたを許さねえぜ。」
「・・・・・・・・。」
二人のやり取りを見ていたレインは、自分が入っていたマーシャル・スーツに歩み寄り、そっと手を触れて言った。
「やっぱり、私の考えていた通りなんですね。」
レインは悲しい目でククリを見つめた。
「・・・・・、どういうことだよ?」
ジョシュの視線から顔をそらし、レインはスッと指で機械人形をなぞった。
「昔父さんが言っていたでしょ。これが将来世界を変える道具になるって。
きっとあの頃から父さんは、世界大戦が起きることを確信していたのよ。
だからこれを造っていた。」
「はあ?いや、だからいまいち意味が分からねえって。」
レインは目を伏せたまま答える。
「マリオン大師のやり方に疑問を感じて、父さんは次世代文明管理会に移った。
それはきっとこの機械人形を造るためだったんだと思う。
いつかマリオン大師が世界大戦を起こして世界の覇権を獲ろうとした時、その野望を打ち砕く為に。
そしてその背後にある古代魔法に対抗する為に。」
「世界大戦の原因がマリオン大師・・・?」
意外なことを言われ、ジョシュは混乱した。
「そうよ。多分私の考えは間違っていないはず。そうでしょ、ククリ先生。」
「・・・・・ああ。」
ガリガリと音をたててジョシュは頭を掻きむしった。
「ああ、もう!何がなんだかわかんねえ!」
レインはジョシュに歩み寄り、寂しさの宿る瞳で見つめた。
「父さんはね、この機械人形を兵器として造っていたの。
そしてこれは私に向けて造られたもの・・・。
父さんは、これを造っている時から私をこの兵器の中に入れて使うつもりだったのよ・・・。」
「そ、そんな・・・ッ!」
一瞬ジョシュの顔が青ざめた。
「そんなことあるかよッ!父さんが自分の子供を兵器として使うなんてッ!
何言ってんだよお前!」
ジョシュは強くレインの肩を握った。
「んなことあるわけねえだろッ!それに父さんが大事にしていたのはお前の方だぞ!
利用するんなら俺の方だろッ!」
握る力を強め、ジョシュは激しくレインの肩を揺さぶった。
「よすんだ、ジョシュ君ッ!」
ククリが止めに入るが、ジョシュはその手を振り払った。
「だいたいなんだよあんたは!わけわかんねえことばっか言いやがって。
これ以上レインを混乱させるようなこと言うんじゃねえッ!」
レインの肩から手を離し、ジョシュはククリの胸ぐらを掴んだ。
「・・・・・・。」
「何黙ってんだ?神妙な顔して目を逸らしてんじゃねえよ!」
「やめて下さい!」
不意に叫ばれて、三人は声の主に目をやった。
「混乱しているのはあなたの方です・・・。今はククリ先生の説明を聞くべきです・・・。」
シーナは手にしていた杖をギュッと握りしめて、頬を紅潮させていた。
「まずはマーシャル・スーツの説明を聞きませんか・・・?
質問は・・・その後でもできます。」
ジョシュは毒気を抜かれたようにククリの胸ぐらから手を放した。
乱れた服を直し、ククリは口を開いた。
「君が怒るのも無理はない。分からないことだらけなんだからね。
けど、今は我慢して僕の話を聞いてほしい。」
「・・・・・・・。」
軽く舌打ちして、ジョシュは三人から離れた場所に座り込んだ。
「ふん、じゃあ聞いてやるよ。」
「ジョシュ・・・・・。」
ククリは気を取り直すように息を吐き、改めて説明を続けた。
「いいかい、要するにレインの魂が入るこのマーシャル・スーツは、君自身が全てを見極めてコントロールしなければいけないんだ。
これはかなり難しいことだけど、君なら扱えると信じている。」
マーシャル・スーツの無表情な顔に触れ、レインは言った。
「はい、大丈夫です。だって三年も私達の体だったんだから。」
ククリは頷くと、次に自分達が造り上げたマーシャル・スーツについて語り始めた。
「さて、こっちのマーシャル・スーツにはジョシュ君に入ってもらう。
基本的なことはレインの方と一緒だけど、一つだけ大きな違いがある。」
ジョシュは興味を惹かれたように顔を上げた。
「こいつにはね、自我があるんだよ。」
「自我・・・ですか?」
レインが尋ねる。
「ああ、実はボディーそのものは結構早くに完成していたんだけど、この自我を組み込むことが難しくてね。」
ククリがシーナに目配せをすると、彼女は頷いてマーシャル・スーツを乗せている機械のボタンを操作した。
すると機械のモーター音や電子音が鳴り始め、横たわっていた機械人形がむくりと身体を起こした。
「・・・・・・マジか?」
ジョシュは立ち上がって息を飲んだ。
機械人形はゆっくりと手をついて立ち上がり、機械から飛び降りてジョシュの前まで歩み寄った。
「こいつはレインのマーシャル・スーツと違って、中に入っている魂をサポートする機能が充実しているんだ。
魂のエネルギーが尽きかけると、強制的に戦闘形態が解除される。
だから死ぬことも暴走することもない。
そしてこいつには隠された機能がいくつもあるんだけど、それをいちいち説明する必要もない。
このマーシャル・スーツに宿っている人格が、こと細かに教えてくれるからね。
それに中に入っているジョシュ君が気を失ったりしても、機械人形の人格が代わりに闘ってくれるんだ。」
ククリは腰に手を当てて誇らしげに言った。
「要するに、レインのマーシャル・スーツより扱いが簡単なんだよ。
それにこいつは白兵戦を重視して造ってあるからね。
剣士のジョシュ君にはピッタリだよ。」
鈍く光る金属の皮膚、そして関節や胸、首には機械的な部分が残されている。
一見するとレインの機械人形より厳つい感じに見えるが、その目の光にはどこか優しさが含まれているようだった。
「こいつが、これから俺の肉体になるのか・・・。」
ジョシュは小さな魔法陣が描かれている胸に触れてみた。
すると機械人形は目の光を点滅させてジョシュの手を握った。
「うお!なんだよ?」
戸惑うジョシュだったが、まったく恐怖は感じなかった。
それよりも早くこいつと同化したいという思いが湧き上がってきた。
「その機械人形もジョシュ君のことが気に入ったようだね。
じゃあ、まずは君から封魂の術をかけようか。」
ククリはジョシュに目を閉じるように言い、杖をシーナに預けて機械人形の手を握った。
そしてジョシュの手も握ると、魔法の詠唱を始めた。
ジョシュと機械人形から青白い光が放たれる。
その光はククリの体に吸い込まれていき、閃光のような輝きが走るとジョシュが入っていた体は砂のように崩れ落ちた。
「ふう〜。うまくいったはずだが・・・どうだい?」
しばらく沈黙していた機械人形だったが、やがてドクンドクンとコアが鼓動を始め、見る見るうちにジョシュの姿へと変わっていった。
「ジョシュ!」
レインが駆け寄って手をとった。
ジョシュはその手を握り返し、ニコっと微笑んだ。
「レイン、これすげえぜ!体に力が漲ってくるんだ!
大きな力が俺の身体を包んでるように感じるしさ。すげえ、これが俺の肉体か・・・。」
ジョシュは自分の体をまじまじと見つめた。
「今までの体はレイン仕様だったのに加えて、一つの肉体に二つの魂だったからね。
無理があったのは当然なんだ。でもその身体は違うよ。それは正真正銘君だけの肉体さ。」
嬉しくなったジョシュは辺りを駆け回って飛び跳ねた。
「うおおおお!この感覚久しぶりだぜえ!
そうだよ!自分だけの肉体ってこの感じだったんだ。ヒャッホーッ!」
子供のようにはしゃぐジョシュをレインもククリも笑いながら見ていた。
「さて、次は君の番だ。」
ククリがレインを振り返って言う。
「・・・はい。」
ジョシュの時と同じように、ククリはレインと機械人形の手を握った。
「大丈夫だよ、心配しなくても僕もジョシュ君もついてる。
マーシャル・スーツのせいで君が暴走したり死んだりすることなんてない。」
「・・・はい、信じてます。先生も、ジョシュも。」
ククリはジョシュの時と同じようにレインと機械人形を青白い光で繋ぎ、封魂の術を行った。
レインの魂も無事に元の体へと戻っていった。
「よし!これで終わりだ。」
ククリが二コリと笑う。
その時だった。
「なんだお前らはッ!・・・ぐはあッ・・・。」
部屋の入り口から騒ぎ声が聞こえた。
「おい、関係者以外の立ち入りは・・・、がはッ!」
「おい、どうしたッ?」
シーナから杖を受け取ったククリが外へ出ようとした時だった。
「先生、危ないッ!」
慌てながらレインがククリを押し倒した。
するとさっきまでククリが立っていた場所に、円柱の装置を突き破って稲妻が走っていった。
「な、なんだ・・・?」
突然の出来事にその場にいた全員が凍りつく。
「おとなしくしろッ!反抗する者は全員この場で処刑するぞッ!」
部屋の入り口からは武装した兵士と魔導士が多数押し寄せて来た。
「動くなッ!我々は魔導協会の治安維持部隊である!今すぐこの場の責任者を出せッ!
さもなくば全員この場で・・・、」
「僕がこの街の責任者、魔導士のククリだ。」
レインを起こし、ククリは治安維持部隊と名乗った者達の方へと近づいていく。
「何か用かな?」
「何か用かだと?とぼけるなッ!」
さきほどから声を張り上げている切れ長の目をした人相の悪い魔導士が怒鳴った。
「ククリ・クロケットッ!貴様を魔導協会への反逆罪で逮捕する!」
人相の悪い魔導士がククリに罪状が書かれた紙を見せた。
「逮捕ねえ・・・。僕は別に何も悪いことなんてしていないんだけど・・・。」
「何をぬけぬけと・・・。貴様の罪はここに書かれている通り、魔導協会に隠しながら凶悪な兵器を開発していたことだ。
これは重大な罪にあた・・・、あた・・・、は・・・、はれ?」
人相の悪い魔導士は、まるで乾いた紙粘土のように固まってしまった。
「な、なんら・・。おまへ・・・、はひをひた・・・?」
「ああ、ちょっと声が五月蠅いもんだから呪文をかけただけさ。」
兵士達が慌ててククリの周りを取り囲む。
「今すぐ隊長にかけた魔法を解除しろ!さもなくば・・・、」
「さもなくば?」
ククリが手をかざすと、周りを囲んだ兵士達はまったく身動きがとれずに固まってしまった。
「あのね、僕は魔導協会最重要都市の一つであるクラナドの最高責任者だよ。
たかが治安部隊の君達がどうにかできる相手だと思っているのかい?」
ククリが軽く杖を振ると、周りを囲んでいた兵士が押し付けられるようにその場に膝をついた。
それを見て後ろの魔導士達が後ずさって行く。
「なんだい?偉そうなこと言ってたわりには随分へっぴり腰なんだねえ?」
人相の悪い魔導士は何とか自力で魔法を解除し、杖を振ってククリにイナズマを放ってきた。
だがククリがパチンと指を鳴らすと、イナズマはあっさりと消えてしまった。
「な、そんな・・・。」
ごくりと唾を飲む治安部隊の魔導士に、ククリは杖の先を突きつけた。
「マリオンの差し金だな?」
「な、何を・・・・・、」
「彼女が僕の不審な行動に気付いたのは最近だろう?でも少し気付くのが遅かった。
帰ったら彼女に伝えてくれ。今日限りでククリ・クロケットは魔導協会をやめると。
そして今日この日をもってあなたに宣戦布告をするとね。」
ククリは杖の先端で相手の顎を持ち上げた。
「ぐ、ぐううう・・・、おのれ・・・ッ。」
悔しそうに顔を歪める魔導士に、ククリは射抜くような眼光を向けていた。
「はいはい、みんな道開けてね。」
治安部隊の後ろから陽気な声が聞こえ、痩せた赤髪の魔導士がフラフラと前へ出て来た。
「おう、久しぶりだねえ。」
「・・・グリム・・・、貴様も来ていたのか・・・。」
グリムと呼ばれた魔導士は嫌味な笑い声をあげた。
「おいおい、同期の魔導士がせっかく久しぶりに会いにきたのにその顔はないだろう。
俺もお前も、マリオン大師の元で同じ釜の飯を食った仲間じゃないか。」
「ふざけるなッ!俺の・・・俺の愛する妻と子供を殺しておいてよくも・・・ッ。」
怒りを露わにするククリの顔を見て、グリムは腹を抱えて笑った。
「おいおい、まだそんな昔のことにこだわってるのか?
プレイボーイのお前なら新しい女くらいすぐに見つけられるだろう?
ついでに子供も産んでもらえば元通りじゃないか。
あ、なんなら知り合いの美人を紹介してやろうか?」
「貴様・・・・ッ。」
ククリの体が怒りで震え出す。
「なんだあの野郎?ククリさんとの間に何があったか知らねえけど、明らかに馬鹿にしてるのはわかるぜッ。
おいレイン!せっかくそれぞれの体を手に入れたんだし、ここは一丁暴れてやろうぜ!」
そう言って駆け出そうとするジョシュの肩を、レインは両手で引き戻した。
「な、なんだよ!お前の先生が馬鹿にされてんだぜ。黙ってていいのかよ?」
「違う!そうじゃないわ。」
レインの体もククリと同様にわなわなと震えていた。
「どうした?」
レインは苦しそうな顔で答えた。
「私、あのグリムって人の声知ってるわ・・・。
私だけじゃない、ジョシュだって知ってるはずよ・・・。」
「?俺あんな奴なんか知らねえぞ。」
レインは首を振った。
「そんなことない!あの忌まわしい日を思い出して!
私達家族がめちゃくちゃになったあの日を・・・。」
必死の形相で訴えかけるレインにたじろぎながらも、ジョシュは自分の記憶を辿っていった。
そして細い記憶の道からある光景がジョシュの頭に浮かび上があがり、その瞬間弾けるようなショックがジョシュの体を突き抜けた。
目つきが変わり、グリムと名乗る男を凝視した。
「・・・ああレイン。お前の言う通りだ。俺達はこの声を知っている・・・。
あの日、父さんが俺達を守る為に地下室に逃げ込んだ時に、俺はこの声を聞いている。」
レインは顔を俯かせて、崩れ落ちそうな体をなんとか支えていた。
「父さんを、俺達を襲ったのはあいつだ。この耳につくような下品な笑い声と喋り方。
マスクを被ってたから顔は分かんねえけど、間違いなく俺達を襲った奴の声だ。
間違いねえッ!」
昔の記憶が鮮明に蘇り、ジョシュは考えるより先にグリムに飛びかかっていた。
「くたばれこの野郎ッ!」
ジョシュの拳がグリムの顔にめり込んだ。続けて二発三発と拳を打ち込んでいく。
「よせッ!」
ククリが止めに入るが、怒りに火がついたジョシュは止まらない。
「お前のせいで父さんはッ!俺達の家族をめちゃくちゃにしやがって!」
目にも止まらぬ早さで拳を打ち込むジョシュであったが、急に呼吸が苦しくなってしゃがみ込んだ。
「おいおい、なんだよ坊や。いきなり飛びかかってきてさ。」
顔の血を拭いながらグリムが笑う。
「か・・・は・・・ッ。」
「俺に手をあげるってことがどういうことか分かってるのか?」
グリムがジョシュに向けた右手をグッと握った。
「・・・・・・・ッ!」
ジョシュが声にならない声でもがき苦しむ。
「ジョシュッ!」
苦しむジョシュの姿を見て、レインもグリムに飛びかかった。
「はああああッ!」
レインの両手から火球が放たれるが、グリムが左手をクイっと反転させると火球はレインの方へと向きを変えていった。
「危ないッ!」
ククリが咄嗟に杖から冷却魔法を放って火球を打ち消す。
「先生!ジョシュが!」
「分かっている。グリム、魔法を解け!さもないと・・・。」
ククリはレインの前に立って杖を構えた。
「さもないと?ふふん、ククリさあ、確かに俺じゃあ本気のお前に勝てないよ。
でもな、お前がこんな所で本気を出したらどうなると思う。
お前の本領は呪術だろ?それも広範囲のさ。
そんなものを使ったら、俺どころかここにいる人間が全員死んじゃうぞ。」
杖を向けて戦いの姿勢を見せるククリだったが、その言葉に悔しそうに顔を歪めた。
「まったく、おとなしく言うことを聞いて連行されてくれりゃあ問題ないのに。
なあ坊や、お前もただじゃ済まないぜ。ククリと一緒に来てもらうよ。」
グリムは後ろの魔導士達に指示を出した。
「おい、ここのどこかに機械人形があるはずだ。探し出せ!」
治安部隊の魔導士達が一斉に室内に散っていった。
「ジョシュ君、大丈夫か?」
ククリがすぐさまジョシュにかけられた魔法を解除した。
「げほ・・・クソ、この野郎ッ!お前の、お前のせいで俺達家族は・・・ッ。」
睨みつけるジョシュの視線をグリムはより強い視線で押し返した。
「何をそんなに興奮しているんだ?俺はお前なんか知らないけど?」
「知らないですって!そんなこと言わせないわッ!」
レインがくってかかった。
「いまから三年前、私達は父さんを殺された。
いつもと変わらない家族団欒の食事の時に、武装した集団が襲ってきて・・・。
私は忘れないッ!あの時私達を笑いながら襲ったあなたの声をッ!」
「レイン、まさか・・・。」
ククリが驚愕の顔でレインを見つめた。
「先生、こいつが、こいつが私達の父さんを、私達の平和だった生活をめちゃくちゃにした男です!」
最後の方は涙まじりの声になりながらレインは訴えた。
「グリム・・・、貴様は俺の家族だけでなく、俺の弟子までも・・・。」
怒りを通り越した感情がククリの中に湧き起こる。
「・・・・ああ。思い出した。あの時の家族か。」
軽い用事でも思い出したようにグリムはぽんと手を叩いた。
「大師に命じられて裏切り者の魔導士を始末しに行ったんだ。
そういえばあの魔導士もこそこそ隠れて機械人形の研究をしてたんだっけか。
あの魔導士は殺したけど、機械人形は取り逃がしたんだよ。
ガキ二人もどこかに消えちまったし・・・。お前らあの時のガキどもか?」
悪びれる様子のないグリムを見て、レインの中に重く暗い感情が湧き上がって来た。
「グリム様、室内をくまなく探しましたが機械人形は見つかりませんでした!」
「ふうむ、あれがあるならここのはずなんだけどなあ・・・。」
そう言ってククリ達を無視しながら部屋の中央まで歩いて行き、グリムはぐるりと辺りを見回した。
「隠せそうな場所もないしねえ・・・・・。」
しばらく考え込んでいたグリムだが、「まあいっか。」と呟くとジョシュの方へ寄って来た。
そして苦しそうにしゃがみ込むジョシュの髪の毛を掴むと、力任せに立ち上がらせた。
「とりあえずこいつらを連行しよう。
何人かはここに残って、まあ拷問でも何でもして何か聞き出してよ。
えーっと、名前が分かんねえや。あの時のガキ二人とククリは俺と一緒に来てもらうよ。
逆らえばこのガキどもがどうなるか分かってるよな?」
「その子達は関係ないだろう!僕だけを連れて行け!」
「ははは、そういうわけにはいかないよ。
この坊やは俺の顔を殴ってくれたわけだし、そっちのガキも俺に恨みを抱いてるみたいだからさ。
こういう悪の芽はちゃんと摘んでおかないと。」
グリムは嫌味な笑いとともにジョシュの首を締め上げた。
「やめて!」
レインが助けようとしたが、近くにいた魔導士二人が彼女を羽交い絞めにした。
グリムは身動きの取れなくなったレインの腹を思い切り杖で殴りつけた。
「うう・・・・・ッ。」
悶えるレインの姿を見て、ジョシュは理性の糸が切れたようにグリムに殴りかかった。
だがまたしても呼吸を止められてしまい、今度は白目を剥いて気を失ってしまった。
「や、やめて・・・これ以上私の大事な人を傷付けないで、お願い・・・。」
ククリが杖を振って魔法を放とうとしたが、グリムがレインの顔に杖を突きつけた。
「動くなよ。これお前の弟子って言ってたよな。可愛い顔に傷がついてもいいのかなあ〜。」
「グ・・・ッ、貴様という男はどこまでも卑劣な・・・ッ。」
気を失ったジョシュの髪を放し、グリムはレインの顎を掴んで顔を持ち上げた。
そして舐めまわすように全身をじっくりと見回すと、下品な笑みを浮かべて顔を近づけた。
「ふうん。ガキの割に色気のある体してるじゃないか。」
レインは心の底から得体の知れない恐怖を感じて顔を背けた。
グリムは無理矢理正面を向かせると、指でレインの顔をなぞった。
「やめてよ!触らないで!」
「ふふん、照れちゃって、、可愛いんだ。」
「貴様、それ以上俺の弟子に触れるなッ!」
我慢の限界を超えたククリが魔法を放とうとするが、グリムの反応の方がわずかに速かった。
ククリの体にはグリムの杖から放たれた無数の魔法針が刺さっていた。
「うぐ・・・これは・・・?」
「その針、毒があるからね。まあ心配しなくてもただの麻痺毒さ。
お前には死なれちゃ困るからね。色々と聞かなきゃいけないことがあるからさ。」
「先生ッ!」
レインが暴れて魔導士を振りほどこうとするが、グリムはまた杖で腹を殴りつけた。
「が・・・・・ッ。」
「大人しくしといてくれる?あんまり傷ものにしたくないんだよ。
君とは後で・・・ねえ・・・。」
レインは力が抜けたようにがっくりと項垂れてしまった。
「やめて・・・もう・・・、やめてよ・・・。
お願いだから・・・、これ以上私の大切な人達を傷つけないで・・・お願い・・・。」
泣きながら訴えるレインだったが、グリムはそれを恍惚とした表情で見ていた。
「まあ、とりあえず魔導協会の本部まで来てもらいましょうか。
おい、倒れてる二人も連れてけ。」
魔導士達がジョシュとククリを担ぎ上げ、グリムが撤収の合図を出そうとした時だった。
背後から身も凍るような殺気を感じて振り返った。
「やれやれ、騒がしいから下りて来てみたら何だこれは?
部屋で酒飲んでくつろいでたってのに。」
真剣を携えたフレイが鬼神の形相で立っていた。
「ククリ、なんだその様は。自分の弟子くらい守れんでどうする。おまけに・・・。」
フレイは剣をグリムの方に向けた。
「この程度の雑魚にやられるなど失態もいいところだ。鈍り過ぎてるんじゃないのか。」
「剣聖、来るんならもっと早く来て下さいよ・・・。」
ククリは苦しそうに顔を歪めながら笑いかけた。
「剣聖フレイ・・・・・生きていたのか・・・。」
その言葉を聞いてフレイは豪快に笑った。
「なんだ?俺が死んだとでも思ってたのか?
いくら何でもグエンごときにやられるわけがないだろう。
まあお前らのしょうもない小細工にはまったことは確かに情けなかったが・・・。
しかししょせん雑魚は雑魚。いくら策を講じたところで俺を倒せるなどと・・・、」
次の瞬間、フレイはグリムの背後に回り込んでいた。
「思い上がりもいいところだッ!」
フレイの剣が閃光のように駆け抜ける。
「があ・・・ッ!」
なんとか後ろへ飛んでかわしたグリムだったが、両腕だけがさっきまで立っていた場所にぼとりと落ちていた。
慌てて魔法の防御シールドを張ろうとしたグリムだったが、その首にはピタリとフレイの剣が当てられていた。
グリムの背中に冷たい汗が流れる。
治安部隊の魔導士達もフレイの気殺気で近寄ることすら出来なかった。
「あのさ、ものは相談なんだけど・・・見逃してくれないかな・・・。」
引きつった笑いでグリムが言う。
フレイもにやりと笑って答えた。
「断る。」
首に当てられていた剣が一閃し、グリムの頭は胴から斬り離されて床に転がった。
静まりかえる治安部隊の魔導士達に、フレイは剣を向けて言った。
「さあ、次は誰がこの剣の錆びになる?」
皆青白い顔をして後ずさり、小さく震え出す。
敵の戦意が消失したことを確認したフレイは、レインを羽交い絞めにしている魔導士二人に近づいた。
「おい、いつまでそうしているつもりだ。」
魔導士達は慌ててレインを離した。
「お前ら、余計なマネをすると首が飛ぶぞ。」
しっかりと釘を刺したあと、崩れ落ちそうになるレインを抱きかかえるフレイ。
「大丈夫か?」
さきほどの殺気は消え、父親のような顔になってレインに語りかける。
「は、はい・・・私は大丈夫です。それより・・・・・、」
「心配ない。お前の兄貴は気を失っているだけだ。ククリもすぐに俺が治してやる。」
「・・・ありがとう。」
レインはほっとした途端に気を失ってしまった。
「おい、何をボケっと見ている!誰かこの娘を介抱してやれ。
それとそこに突っ立ている賊どもをさっさと拘束しろ!」
フレイに言われ、呆気にとられていた周りの魔導士達が動き出した。
「あ、あの・・・私が介抱します・・・。」
そう言ってフレイの元にシーナが駆け寄って来た。
「そうか、では頼むぞ。」
フレイはレインをシーナに任せ、毒針で苦しんでいるククリの元へと膝を下ろした。
「随分大袈裟に苦しんでいるな。」
「何言ってんです、痛いんですよこれ。常人なら発狂してるかも。」
フレイはわずかに笑って、ククリの上に手をかざした。
そしてゆっくりと息を吸い、体内で気を十分に練った。
両手に練った気を集め、息を吐きながら一気にククリにオーラを叩きつけた。
「う・・・ッ。」
ククリの体が一瞬ビクンと跳ね、しばらくして魔法針が消滅していった。
乱れた呼吸が治まっていき、蒼白だった顔色も元に戻っていく。
ククリはふらつきながらも立ち上がり、両手を広げておどけてみせた。
「あなたレベルの活泉の気になると、下手な回復魔法よりよっぽど効きますよ。」
「当たり前だ。魔法なんぞと一緒にするな。」
立ち上がったフレイは気を失っているジョシュの元へ膝を下ろし、同じように活泉の気を叩きこんだ。
「がはッ!・・・あ、あれ・・・剣聖?いや、師匠じゃないですか・・・。」
気が付いたジョシュは状況が飲み込めずに呆然としていた。
「お前には怪我を治してもらったからな。これで借りは返したぞ。」
膝に手をついてジョシュは立ち上がり、フレイに頭を下げた。
「なんか知らんけど、助けてもらったみたいでありがとうございます。
ていうか師匠も活泉の気使えたんすね。だったら自分で治せばよかったのに。」
「あの時はグエンにやられた気の歪みのせいで力が出なかったんだよ。
弟子のくせに生意気を言うな。」
ジョシュの頭にフレイの拳骨が落ちた。
「いてッ!なんすか。いきなりどつかなくても・・・、ってレインはッ?」
ジョシュが慌てた顔で辺りを見回す。
「ああ、お前の妹ならそこだ。」
フレイが顎でしゃくった。
「レイン!大丈夫かッ?」
ジョシュは一目散にシーナの膝に頭を乗せているレインに駆け寄った。
「体のダメージは大したことはありません・・・。意識も戻ったし・・・。
けど・・・相当な精神的ショックを受けたようで力が戻りません・・・。
何かトラウマでもあるんでしょうか?」
シーナが心配そうな顔を向けた。
「昔の記憶が蘇ったんだ。お前ってそういうとこは結構繊細だからなあ。」
「ごめんね・・・何も出来なくて・・・。」
レインは申し訳なさそうに目を閉じた。
「私っていつも肝心なところでダメだから・・・。」
ジョシュは眉根を寄せてレインの鼻を押した。
「だからそういうこと言わなくていいんだよ。」
二人の会話をじっと見ていたシーナが口を開いた。
「仲がいいんですね・・・。羨ましいな・・・。」
そう言われるとジョシュは慌てて手を振りながら顔を赤くした。
「ああ、言っとくけど俺はシスコンじゃないぜ。レインがブラコンなだけだからな。」
「いいえ、ジョシュ君は十分シスコンです。」
「う・・・・・。」
赤い顔をさらに赤くして立ち上がり、ジョシュは誤魔化すように咳払いをした。
「ちょ、ちょっと師匠のところにいってくるわ。レインのことよろしくな。」
そそくさと立ち去るジョシュを見て、シーナは口元を抑えて笑っていた。
フレイとククリが話し込んでいるところへジョシュは駆け寄っていった。
「どうしたんすか?神妙な顔しちゃって。」
二人は床に転がっている物を見て沈黙していた。
「こいつを見てみろ。」
ジョシュが覗き込むと、そこには頭と胴体が斬り離されたグリムがいた。
「う・・・・ッ。」
顔をしかめるジョシュを見てフレイは笑った。
「なんだ、こういうのを見るのは初めてか?」
「はあ・・・まあ・・・。」
「だったら目を背けるな。剣士たる者死体くらいで怯えていては話にならんぞ。」
「そ、そうっすよね・・・。」
床に転がっているグリムの顔を、ジョシュは恐る恐る覗いた。
「う・・・ッ。直視はキツイっすね・・・、ってあれ・・・。」
ジョシュは見間違えかと思い、少し顔を近づけてみた。
「師匠・・・こいつ生きてません・・・?」
頭だけになったグリムの口元は、何かを喋っているように小さく動いていた。
そして斬り離された首からは白い糸のような物がウネウネと伸び始めていた。
「な、なんだこれ・・・。気持ち悪りい・・・。」
「恐らくだけど・・・。」
ククリが前置きをしてから口を開いた。
「古代魔法による肉体改造をうけているんじゃないかな。」
「肉体改造・・・?」
ジョシュが首を傾げた。
「ああ、古代魔法の中にそういうのがあってね。
普通なら死に至るような怪我でも再生してしまうんだよ。
実を言うとマーシャル・スーツの開発はこれにアイデアを得たんだ。」
沈黙のあと、ジョシュは恐る恐る尋ねた。
「ってことはもしかして・・・俺とレインの身体にもこれが・・・?」
ククリは手を振って即座に否定した。
「いやいや、あくまでヒントを得ただけで、こんな魔法は使っていないよ。
ジョシュ君とレインの機械人形は僕達のオリジナルさ。」
フレイがふんッと鼻を鳴らした。
「やはり魔法などというものはろくなもんじゃないな。俺は部屋に戻るぞ。
ククリ、後の面倒が終わったら俺の部屋に来い。ついでに小僧、お前もだ。」
フレイは剣を鞘に納めると、グリムの首に一瞥をくれてから部屋を出て行った。
「さて、こいつをどうしようか。」
ククリは腰に手を当てて見下ろした。
「とりあえず別の場所に運ぶか。すまない、こいつを入れる容器を持って来てくれ。
ちゃんと魔法処理を施してからね。」
近くにいた魔導士が返事をして部屋を出て行った。
そして拘束された治安部隊の魔導士と兵士に歩み寄ると、高圧的な目で見下ろした。
「悪いけど、しばらく身柄を拘束させてもらうよ。
大人しくしていれば手荒なマネはしない。」
ククリが合図すると、彼らを拘束していた魔導士達が別の部屋へと引き連れて行った。
「さて、とりあえず大きな被害がなくてよかった。」
ククリがそう言ってジョシュを振り返った時、シーナが大声で呼びかけてきた。
「ククリ先生!レインさんが急に痙攣し始めました!」
「なんだとッ?」
ジョシュとククリは慌ててレインの元へと駆け寄った。
顔を歪めながら体を痙攣させているレインの額に手を当てるククリ。
「ひどい熱だ。けどこれは精神的なストレスによるものだろう。
グリムのせいで昔の心の傷が開いたんだ。」
「レイン・・・。」
シーナはレインをおぶると、ククリに言った。
「あの・・・私の部屋のベッドに運びます。」
「そうだな、一人で大丈夫かい?」
「はい、ご心配いりません。」
レインを背中に抱えてシーナが歩き出すと、横にジョシュがついて来た。
「俺も行くよ。」
するとシーナは首を振った。
「大丈夫です、私が看ていますから。」
「いや、でも・・・・・。」
言いかけるジョシュの言葉を遮って、シーナは言った。
「あんまりべったりしてると、またシスコンって言われますよ。
それに着替えさせたりとかしなきゃいけないし。
ここは同じ女同士に任せておいて下さい。」
「あ、ああ。そうだな。」
シーナはペコリと頭を下げると、レインを自分の部屋へ運んで行った。
ジョシュは腕を組んでシーナを見送ると、後ろを振り返ってグリムの頭に目を向けた。
「・・・・・?」
ジョシュは一瞬自分の目を疑って瞬きをした。
床に落ちていたはずのグリムの首と胴体が無くなっていたのだった。
「あれ?ククリさんが運んだのかな?」
その場でじっと立っていると、離れた場所で魔導士と話していたククリが戻って来た。
「あ、ククリさん。グリムの身体って移動させたんですか?」
ジョシュが尋ねると、ククリは疑問譜の浮かぶ顔で首を傾げた。
「いや、まだ容器がきていないから何も・・・・・・・ッ!」
一瞬にしてククリの顔から血の気が引いた。
そして杖を構えて辺りを見回そうとした瞬間、ジョシュの上に何かが落ちてきた。
「な、なんだッ?」
「ははははははッ!油断しすぎだよお前ら!」
ジョシュの上に乗りかかっているのは、頭と胴体がつながったグリムだった。
「馬鹿なッ!いくら何でも再生が早すぎるッ!。」
「んふふふふふ、ククリさあ。
お前の知らない間に古代魔法の研究はどんどん進んでるんだよ。」
「くッ・・・不覚・・・。」
グリムはジョシュの髪を掴んで頭を引っ張り上げた。
「さて、めんどくさいフレイもいなくなったことだし、俺はこのガキだけでも連れて退散するわ。
お前らの話を聞いてたけど、どうもこのガキ自身が機械人形らしいからな。」
「貴様、意識があったのか・・・。」
「当たり前だろ。騙すだの誤魔化すだのは俺の得意分野だからな。お前も知ってるだろ?
さて、ジョシュ君だっけか?俺と一緒に・・・、うおッ!」
組み敷かれていたジョシュは、上手く体を反転させてグリムに蹴りを放った。
「いつまでも調子こいてんじゃねんぞコラッ!」
グリムを蹴飛ばして立ち上がったジョシュは、全身のオーラを高めて戦闘態勢に入った。
「さっきから好き勝手してくれやがって・・・。」
ジョシュは足を開いて体術の構えをとった。
「ほう!俺とやる気か?
でも残念でしたー。今はそんなめんどくさいことやってられないんでねえ。
またフレイが来ても困るし、ここは大人しく退散するわ。」
グリムは両手で魔術の印を結ぶと、黒い煙となって宙に浮かんだ。
「待て!逃がさんぞッ!」
ククリが杖から吹雪を放つが、黒い煙はそれをかわすと空中に散らばって消えていった。
「あはは、そういやまだ一匹ガキがいたよな。
あのガキも機械人形ってんなら、あっちを持って帰るか。」
声だけが部屋にこだまし、グリムの気は完全に消え去った。
「しまった、レインを狙う気かッ!」
「チッ!あのクソ野郎ッ!」
ククリがシーナの部屋に向かって駆け出し、ジョシュもそれに続いた。
「クソッ!僕としたことが失態続きだ!」
悔しそうに顔を歪めながらククリは駆けて行く。
二人がシーナの部屋に駆け込むと、レインを抱えたグリムがフレイと睨み合っていた。
「レインッ!」
飛びかかろうとするジョシュの腕を、フレイが掴んで引き戻した。
「何すんだッ!離せ!」
「馬鹿者ッ!よく見ろ!」
フレイに言われて目をやると、グリムの杖から伸び出た刃がレインの首に当てられていた。
「ジョシュ・・・。」
未だ体に力が入らないレインが顔を上げてジョシュを見つめる。
「・・・レイン。大丈夫だ。すぐに助けてやるからな。」
その言葉を聞いてグリムが嫌味な笑い声をあげた。
「んふふふふ、どうやって助けるのかな?言っとくけど一瞬でも妙な動きを見せたらこの女の首が落ちるよ。」
刃がレインの首に食い込んでいく。
「わかった!わかったからそれ以上レインを傷つけるな。」
ククリが焦りの表情で言う。
「ク、ククリ先生・・・・・。」
名前を呼ばれて目をやると、部屋の片隅でシーナがぶるぶると震えていた。
「何してる!早くこっちへ!」
シーナは慌ててククリ達の後ろに隠れた。
「どこまでもゲスな野郎だな。外道ってのはお前の為にある言葉だ。」
フレイが腰の剣に手をかけた。
「おっと!動くなよ。」
すかさずグリムが威嚇する。
「フレイ剣聖・・・。あんたにはいつも邪魔されっぱなしだ。
あんたがいなきゃ全てはうまくいったんだ。なのにことあるごとに邪魔しやがって。」
グリムの体が黒い煙に変わっていく。
「けど今度はそうはさせない。
いつまでも猿山の大将にでかい顔されちゃあたまったもんじゃないからな。」
レインの体は黒い煙に包まれ、窓ガラスを突き破って宙に舞い上がっていった。
「ジョシュッ!」
レインが煙の中から手を伸ばす。
「レイン!」
窓枠を蹴って飛び上がり、ジョシュも手を伸ばした。
しかしわずかに届かず、レインは黒い煙となったグリムにどこかへと連れ去られてしまった。
「レイィィィィィーンッ!」
フレイとククリも外へと飛び出したが、もはやグリムの気配は完全に消えていた。
「クソッ!なんてこった!」
ククリは悔しさと情けなさが入り混じる顔で地面を殴りつけ、フレイは眉間に皺を寄せてグリムが消えた方を睨みつけていた。
「レイン・・・すまない・・・。
守ってやれなくて・・・・・。」
ジョシュは拳を固く握るとレインが消えた空を見上げた。
「けど、絶対に助けてやるッ!何があっても絶対にだッ!
レイィーーンッ!」
レインの消えた空に、獣のようなジョシュの咆哮が響き渡った。

マーシャル・アクター 第四話 剣聖フレイ

  • 2014.01.11 Saturday
  • 20:59
〜『剣聖フレイ』〜

ジョシュの額を冷や汗が落ちていく。
今ジョシュの目の前で剣を構えているのは世界最強の武術家であり、かつて武術連盟の頂点に立っていた男だ。
その体から放たれる圧倒的な闘気に、ジョシュは完全に飲み込まれていた。
〈なんて迫力だ・・・。足が前に出ねえ。
 それに隙があるようで無いし、どっから斬り込めばいいんだ・・・。〉
「何ビビってんだ?さっさと来い!」
〈見合っててもしゃあねえ、一か八か踏み込んでやるぜ!〉
ジョシュは剣を引いて腰を落とし、八相構えでフレイの懐に飛び込んだ。
間合いに入ると一気に剣を振り上げるジョシュだったが、剣を握った手には何の手ごたえもなかった。
「ッ!」
さっきまでフレイが立っていた場所には誰もいなかった。
背後に殺気を感じ、反射的に前へ転がるジョシュ。
それと同時に彼の頭上を木剣が駆けていった。
「ほう、よくかわしたな。しかし今のは挨拶みたいなもんだ。」
フレイは剣を下段に構えると、だらりと全身の力を抜いた。
そしてその体がまるで陽炎のように揺らめきだした。
「き、消えたッ!いや、違うッ!」
ジョシュは辺りの気配を探ったが、どこにもフレイの気を感じられなかった。
「ジョシュ!上よッ!」
レインが叫び、ジョシュは上を見上げた。
その時すでに木剣が目前まで迫って来ていて、ジョシュはしゃがみながら払い太刀をした。
着地したフレイから素早く離れ、体勢を整えるジョシュ。
「ふうー、危ねえ・・・。」
ジョシュの服の中は冷や汗でびっしょりと濡れていた。
「おいおい、情けないな。妹に助けてもらうなんて。」
その言葉にムッとして、ジョシュは唇を噛んだ。
「おいレイン!これは俺の戦いだ!手助けはいらねえ!」
「何よ!意地張って!せっかく助言したのに!」
「いいから黙って見てろッ!」
ジョシュは居合いの構えで素早く踏み込んだ。
横に斬ると見せかけて上から斬りかかるが、その動きを途中で変えて突きを繰り出した。
「見え見えのフェイントだな。」
フレイは剣先でジョシュの突きを止めた。
「なッ・・・!」
ジョシュはフレイの木剣を蹴り上げ、ガラ空きになった所へ袈裟がけに剣を振り下ろすがあっさりと手で払われてしまった。
「なんだこの腑抜けた打ち込みは?」
「そんな・・・、木剣とはいえ俺の全力の斬り込みを素手で払うなんて・・・。」
唖然とするジョシュの腹にフレイの蹴りがめり込む。
「ぐはあッ!」
後ろへ吹っ飛んでもんどりうつジョシュにフレイの突きが迫ってきた。
〈あの距離を一瞬で詰めた・・・ッ!〉
すんでのところでかわしたジョシュに、横薙ぎの二撃目が飛んできた。
「うおッ!」
なんとか屈んでかわしたが、次の瞬間にはジョシュの顎の下にフレイの木剣があった。
「うおおおおおッ!」
顔を横へ逸らしてなんとかかわしたが、続けざまに蹴りが飛んできて、「ガゴッ!」という音ともにジョシュの体が宙へ舞った。
「ぐはあ・・・ッ。」
鼻と口から血が飛び散る。
床に落ちたジョシュはふらつきながらも立ち上がり、なんとか剣を構えた。
「ほう、俺の蹴りを顔面に喰らって剣を手放さんとは・・・。
根性だけは及第点だな。しかし・・・。」
〈クソッ!また消えやがったッ!〉
ジョシュは辺りの気配を探ったが、やはりどこにも気を感じられない。
〈あいつは魔導士じゃない。何も本当に消えたわけじゃないんだ。
ただ、ただあいつの動きが掴めないだけなんだ・・・〉
一方的にやられるジョシュを、レインは不安げな顔で見ていた。
〈ジョシュったら・・・。意地張ってたらやられちゃうよ・・・
ずっと二人で何でも乗り越えてきたのに、どうして手伝わせてくれないの・・・〉
次の瞬間、ジョシュの右の脇腹に身体をえぐるような衝撃が走った。
「・・・・・・ッ!」
苦しさに声を出すことも出来ず、ただそれでも剣だけはしっかりと握っていた。
「これが真剣なら、今の突きでお前は死んでいたぞ。」
フレイが剣を構えて彼の横に立っている。
顔を歪めながらフレイに剣を向けるが、堪え切れずに膝をついてしまった。
「はあ・・・はあ・・・、クソ・・・ッ!」
「根性があるのだけは認めてやるがな、しかしそれだけでは俺の弟子にはなれん。
いいか、あともう一回だけチャンスをやる。
次にまともに攻撃をくらうようなら、試験は不合格ということだ。」
そう言ってフレイは剣を構え直した。
「ジョシュ!大丈夫!」
レインが心配そうに駆け寄ってきた。
「ああ、大丈夫だ・・・。」
「ねえ、どうして一人で戦おうとするの?私達はずっと一緒に色んな困難を乗り越えてきたのに。
私達は・・・、ほとんど一心同体みたいなものじゃない。どうして・・・。」
フレイはジョシュの前に歩み寄り、二人の間に剣を振り下ろした。
「お前、名はレインというのか?」
「そうよ。それがどうかした?」
レインはフレイを睨みつけた。
「この小僧の打ち込みの甘さはお前のせいだ。」
「・・・何を言ってるの?」
フレイは脇腹を押えるジョシュを睨みつけた。
「剣というのは心の甘さが全て技に出るものだ。お前には才能はあるが、その甘ったれた心が全てを台無しにしている。」
「何よ、ちょっと手合わせをしたくらいで分かったようなことを!私達兄妹は・・・・・、」
「やかましいッ!」
剣幕に怒鳴られてレインはビクッと身を竦めた。
「お前のその甘さがこの小僧を死に追いやるかもしれんのだ。
さっきも言ったが、これが実戦なら小僧はとうに死んでいるのだぞ。」
木剣をジョシュの顎に当て、グイっと持ち上げてフレイは言った。
「小僧、いい歳をこいて妹にべったりか?恥ずかしいと思わんのか?
貴様のような奴をシスコンというんだ、ははははは!。」
ジョシュはレインを押しのけて立ち上がった。
「んだとお・・・ッ。誰がシスコンだコラあああッ!」
振り下ろされるジョシュの剣を、フレイは素手で受け止めた。
「こんなヤワな剣は素手で十分だ。」
強く握ったフレイの手から、いくら引っ張ってもジョシュの木剣は抜けなかった。
「隙だらけだぞ。」
フレイの拳がジョシュの顔面を殴りつける。
「クッ、この野郎・・・。調子に乗りやがって!」
「兄貴のくせに妹に甘やかされるとは、こんな情けない剣士は見たことがないわ!
膝枕でもして頭でも撫でてもらったらどうだ?ははははは!」
ジョシュは恥ずかしさと悔しさで顔を赤くしながら体を震わせていた。
「本当のことを言っただけだろうが。何を怒っている?
ああ、そうか。本当のことだから怒っているんだな、こりゃ悪かったなあ。」
ジョシュは怒りの形相でフレイに飛びかかった。
木剣同士がぶつかる激しい音が響く。
「てめえッ!ふざけんじゃねえッ!」
弾丸の嵐のようなジョシュの打ち込みを、フレイは片手で捌いていった。
「うおおおおおおッ!」
ジョシュの打ち込みはより激しさを増していく。
「おお、いいぞ!さきほどの甘ったれた攻撃よりよっぽどいい!」
フレイも隙を見て反撃をするが、ジョシュは最小限の動きでそれをかわし、さらに鋭く斬りかかっていった。
「うむ、なかなかいい動きだ。」
大上段で斬りかかってきたジョシュの剣を受け止め、二人の間に激しい鍔迫り合いがおこる。
「クソッ!負けるかよおおおッ!」
渾身の力で押すが、フレイの体はビクともしない。
「どうした?もっと怒りをぶつけてこいッ!もっと闘志を出せ!殺気を込めろ!」
フレイの圧倒的なパワーに押し飛ばされたが、ジョシュはすぐに反撃に転じた。
「うおらああああッ!」
だんだんと威力と鋭さを増していく攻撃に、フレイは両手で木剣を握って応戦し始めた。
二人の間に目にもとまらぬ早さで剣が飛び交い、木剣がぶつかる激しい音が響く。
「おおおお!」
「こりゃすげえやッ!」
作業をしていた魔導士や科学者が手をとめて二人の戦いに見入った。
「いいか小僧ッ!お前のような若い剣士にまず必要なのは闘争心だ!
必ず相手を切り裂く!剣が折れても、両腕がなくなっても相手の喉笛を喰いちぎる!
そういう闘争心こそが剣士の基本なのだ!」
ジョシュの剣を下からカチ上げ、無防備になったところへ突きの連打が襲いかかる。
俊敏な動きでその連打をかわし、ジョシュは最後の一撃を体を回転させながら捌いて回転斬りを放った。
その剣をスウェーバックでかわし、フレイは後ろへ跳ねて距離を取る。
そして木剣をだらりと下段に構え、全身の力を抜いた。
「クソ!またあれかッ!」
「小僧、この動きを見切らん限りお前に勝ち目はないぞ。」
ゴクリと唾を飲み、口元の血を拭ってジョシュは剣を構え直した。
〈確かにあいつの言う通りだ。なんとかあの動きを見切らないと・・・。
でもどうやって・・・?〉
「ふふ、焦っているな。何ならさっきのようにまた妹に助けてもらうか?」
「はあ?ざけんなよ!誰がレインの力なんか!俺は俺の力で勝つッ!」
その言葉にレインの瞳に小さな悲しみが宿った。
〈私なんか・・・。私なんか・・・。私は必要ないの?私は・・・・・。〉
フレイはゆらりと柳のように体を動かし、より一層体から力を抜いた。
「小僧、一つだけヒントをやろう。」
「ヒント?」
「ああ、お前は俺の太刀筋ばかり追いかけているだろう。
相手の剣の動きが読めるならそれでいい。
だが今のお前では俺の太刀筋を見切るのは無理だ。ならどうする?」
「ならどうするって・・・。」
突然の言葉にジョシュは困惑した。
「この程度のことが分からんようなら俺の弟子にはいらん。さあ、ゆくぞッ!」
ジョシュの目の前からフレイが消えた。
「チクショウ!どうすりゃいいんだ・・・。」
「ジョシュ・・・・・。」
レインは胸に手を当てて呟いた。
〈フレイ剣聖のヒントの意味、私ならわかる。けど・・・。〉
強力な魔法を扱うことが出来るレインは、力の流れをコントロールする術に長けている。
大小の力の流れをコントロール出来ないのであれば、自身がその力に飲み込まれてしまうからである。
細かい力の流れが把握出来ない場合、まずは大きな力の流れを見極める。
これは魔術の基本であった。
そのことを理解しているレインは、フレイのヒントがこれと同じであることを見抜いていた。
〈剣の動きを追えないのなら、もっと大きな動きを追えばいい。
けど、私が助言をすればきっとジョシュは怒るんだろうな・・・。
今までみたいに拗ねるんじゃなく、きっと本気で怒るんだろうな・・・。
・・・でも、これ以上ジョシュが追い詰められる姿を見たくない!〉
レインはジョシュに向かって叫んだ。
「ジョシュ!剣聖のヒントの意味は・・・、」
「上かッ!」
レインが言い終える前に、ジョシュは前転して頭上から斬りかかるフレイの剣をかわした。
そして素早く立ち上がってフレイに剣を向けた。
「随分無様なかわし方だな。」
「確かにな。でも初めてかわしたぜ。」
ジョシュの顔に笑みが浮かぶ。
「ふん!生意気な顔をしやがる。しかし二撃目はどうかな?」
再びフレイの姿が消える。
ジョシュはフレイと同じように体の力を抜き、五感を研ぎ澄まして微かな気配を窺っている。
そしてほんの一瞬であったが、ジョシュはすぐ左に空気が動く気配を感じた。
次の瞬間、木剣がぶつかり合う轟音とともにジョシュはフレイの剣を受け止めていた。
「なんとッ!まさか防がれるとは!」
バックステップで距離をとるフレイに、ジョシュの渾身の一撃が襲いかかる。
空を切り裂くジョシュの斬り下ろしを、フレイは横薙ぎの太刀で迎え撃った。
その場にいる全員が言葉を失って二人の決着を見つめていた。
「はあ・・・はあ・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
フレイの木剣はさながら真剣のようにジョシュの木剣を斬り落とし、彼の喉元の寸前でピタリと止まっていた。
「はあ・・はあ・・・、俺の・・・負けか・・・。」
ジョシュは切られた木剣を握ったまま、崩れ落ちるように床に座り込んだ。
「くっそ・・・いい線までいったのになあ。」
フレイは木剣を杖のように立ててジョシュを見下ろした。
「ははは、いい線だと?バカを言うな。どれほど手加減したと思っている!
おまけに貴様の剣は一太刀も俺に入っておらんではないか。」
ジョシュはがっくりと項垂れた。
「やっぱ・・・弟子入り・・・ダメすか?」
フレイは木剣に肘をついて明後日の方を見ながら言った。
「不合格・・・・・と言いたいところだが、まあ最近の若造でここまで喰らいついたやつは初めてだ。
どうしてもというのなら、弟子にしてやらんこともない。」
「ははは、なんすか、それ?」
フレイを見上げて笑うジョシュの元へレインが駆け寄ってきた。
「大丈夫ッ?」
「ああ、ちょっとフラフラするけどな。大丈夫だよ。」
膝に手をついて立ち上がるジョシュに、レインはさっと肩をかした。
「いいって、一人で立てるから。」
「フラフラするって言ったじゃない。意地張らないの。」
バツの悪そうな顔でジョシュはフレイに歩み寄った。
「剣聖と手合わせをして分かりました。
俺はまだまだ未熟なんだって・・・だからお願いします。俺に剣を教えて下さい!」
ジョシュは深く頭を下げた。
厳しい顔で見下ろすと、フレイはポイっと木剣を放り投げて踵を返した。
「明日から稽古をつけてやる。ただ途中で根を上げることは許さんからな。
覚悟しておけよ。」
それだけ言い残すと、フレイは円柱の装置から出て去って行った。
「いやあ、やっぱ強えわ。」
ニコッと笑いかけるジョシュに、レインは問いかけた。
「でもよく剣聖の動きが読めたね。あのヒントの意味分かったの?」
ジョシュは得意気に笑って頷いた。
「確かに俺にはあの人の剣の動きは読めない。
けど五感を集中させれば、体そのものの動きはなんとか読めた。
太刀筋が見切れないなら、体の動きを見切ればよかったんだ。
まあ二撃目の受け太刀はほとんどまぐれに近かったけど。」
「そう・・・すごいね、自分で気付くなんて。」
「はあ、疲れた。ちょっと座ろうぜ。」
フレイの剣を受け止めたこと、そして彼に弟子入りを認めてもらえたことで、ジョシュは大いに喜んでいた。
言葉には出さないが、表情がそう物語っていることをレインは気付いていた。
「あの人に剣を教えてもらえば、ジョシュはどんどん強くなっていっちゃうんだね。
そのうち私よりずっと強くなって・・・、そしたら私はいらなくなっちゃったりしてね、
ははは。」
「何言ってんだよ。」
ジョシュはレインのおでこに軽くデコピンを当てた。
「いたッ、何するのよ。」
「お前はさ、たまーにそういうこと言うよな。
物凄くしっかりしてて、常に冷静で隙を見せなくて、でも意外と弱いというか、小さなことで不安になるというか。」
「・・・・・・・・。」
「大丈夫だって。俺はどこにも行きやしねえよ。お前を一人にしたりしない、心配すんな。」
そう言ってレインの頭をクシャクシャと撫でた。
「・・・うん。」
部屋の奥の扉が音を立てて開き、ククリがマーシャル・スーツの入ったカプセルとともに現れた。
「お待たせしたね、お二人さん。」
カプセルの中のマーシャル・スーツは、まるで命を持った生き物のようにその目を光らせていた。

マーシャル・アクター 第三話 マーシャル・スーツ

  • 2014.01.11 Saturday
  • 20:54
〜『マーシャル・スーツ』〜

大きな円柱の装置の中に入ったレインとジョシュは、床と天井に描かれている魔法陣をじっと眺めた。
「すごく巨大な魔導装置ね。科学の力もだいぶん使っているみたいだけど。」
「詳しいことはよくわかんねえけど、すごい装置だってのは俺にも分かるぜ。」
科学者や魔導士と打ち合わせをしていたククリが二人の前までやって来た。
「どうだい?こうやってお互いの姿を見るのは久しぶりだろう。」
円柱の中のジョシュとレインは、それぞれが肉体を持った状態で二人の人間に分かれていた。
「そうだな、三年ぶりくらいか?」
「うん、なんか久しぶりだからこうやって向かい合うと照れるね。」
二人は照れくさそうに笑い合っていた。
「さて、君達のお父さんが造ったあの機械人形だけど、すごい代物だね。
よく一人でこんな物を造りあげたよ。」
円柱から離れたところにある人間大のカプセルに、機械と魔法の力で造られた人形が寝かされていた。
表面はエナメルのような質感の金属皮膚で覆われており、顔は目を閉じたまま能面のように無表情であった。
そしてその機械人形を何人もの科学者や魔導士が興味深そうに見つめ、話し込んでいた。
「詳しい構造はこれから調べてみないと分からないけど、僕達が造った機械人形もなかなかの出来だよ。
今君達が使っている肉体はその魔法陣の円柱の中でしか使えない非常用でね。
けどすぐに君達の魂を機械人形に移してあげるからね。少しその場で辛抱していてくれ。」
それだけ言うと、ククリは足早に奥にある扉を開けて別の部屋へ行ってしまった。
「ふう、ようやく自分の肉体が持てるんだな。」
ジョシュは腰を下ろしてしみじみと天井を見上げた。
「・・・ごめんね。・・・私のせいで・・・。」
「それは言わない約束だろ。お前があの時俺の魂を機械人形に入れてくれなかったら、俺も今頃父さんと同じ場所にいるさ。」
「・・・・・・。」
「そんな顔すんなよ、お前は俺の命の恩人なんだぜ。」
ジョシュは立ち上がって、レインの頭をクシャクシャっと撫でた。
レインはその手を握り、コンとおでこをジョシュの肩に寄せた。
「立ってると疲れるぜ、座ろう。」
レインは手を握ったまま、ジョシュに寄り添うようにその場に座った。
「父さんは、多分死んでる。」
「・・・・・うん。」
ジョシュは忙しそうに行き交う科学者や魔導士を眺めながら、昔を思い出していた。
「あの時、普段と同じように俺とレイン、父さんで晩飯食ってたらさ、武装した集団が突然襲ってきて、父さんは俺達を守りながら地下室に逃げ込んでさ・・・。」
「・・・・・・。」
「あの時の父さんの顔は忘れないよ。本当に切羽詰まった顔してた。
いつも堂々としてて、自信に溢れてて、隙なんて見せたことのなかった父さんが必死の形相して・・・。
お前だけ封魂の術かけて機械人形に入れてさ、多分父さんは俺のことを・・・、」
「違うッ!父さんはジョシュのこともちゃんと愛してたッ!
父さんがジョシュに厳しくあたったのはそれだけ愛してたから・・・。
強くなってほしかったのよ・・・ジョシュに・・・。」
ジョシュは握ったレインの手を見ていた。
「俺はガキの頃はどうしようもない弱虫だったからな。
武術連盟に行かされたのも、そんな俺の性根を鍛え直す為だったのかもな。」
レインは握りしめた手に強く力を込めてジョシュを見た。
「父さんはあの機械人形を動かすには強い魔力がいるって言ってた。
だからとっさに私をあの中に封じ込めたのよ。私なら機械人形を動かせると思って。
ジョシュのことは、きっと自分が死んでも守り抜くつもりだったのよ。絶対そうよ。」
ジョシュはレインの目を見つめ返した。
「地下室まで追いかけて来たあいつらは、きっと私達全員を殺すつもりなんだって思った。
だから、私はとっさにはジョシュの魂を・・・。
封魂の術を重ねがけするのは禁忌だってわかってたけど・・・。」
レインは申し訳なさそうに顔を伏せる。
「でも、そのせいでジョシュの体は・・・・・。」
「はは、何言ってんだよ。肉体が消滅したのはお互い様だろ。
あの時父さんが俺達の魂が入った機械人形を強制的に脱出させて、そんで俺達は生き延びたんだ。
多分父さんはもう生きてはいないだろうけど・・・、でもあの時父さん言っただろ。
生き延びろって。だからさ、俺達にとって大事なのはこれからも生き延びることさ。
それぞれの肉体を得てな。」
ジョシュは笑いかけるように言った。
「うん、そうだね。これからも、私達ずっと一緒だよね・・・。」
「当たり前だろ、俺達は家族なんだから。」
レインは嬉しそう微笑んだが、その顔にはわずかに悲しみが含まれていた。
しかしジョシュはそのことに気づかず、円柱の外に目をやった。
「やあ、お待たせ。これが僕達が造り上げた機械人形さ。」
ククリと数人の魔導士が大きなカプセルに入った機械人形を運んで来た。
「すげえ!俺達が入ってたのとは少し違うけど。」
「先生すごい!よくこんなものを造りましたね。」
ククリが持って来た機械人形は、レイン達が入っていたものよりも機械的な造りだった。
しかしその分頑丈そうな造りで、女性的だったジョシュ達のものよりもっとゴツゴツとした男性的なデザインだった。
「言っておくけど、これは僕一人で造り上げたんじゃないよ。
たくさんの魔導士や科学者の力があってこそのものさ。
特に次世代文明管理会の力が大きいね。」
「次世代文明管理会が・・・。」
二人は顔を見合わせた。
「そうさ、魔導協会の一部の魔導士達と、次世代文明管理会の一大合同作だよ。
こいつの出来は素晴らしい。」
ククリはどうだと言わんばかりに機械人形を自慢する。
「なるほど、それで科学者達が大勢いるんですね。でもなぜこんなものを造って・・・?」
笑顔だったククリが真剣な顔になって二人を見つめる。
「君から手紙をもらったとき、これは運命だと感じたよ。
一つの肉体に二つの魂。そんな状態は長くはもたないからね。
いずれどちらかが死ぬことになる。
そして君の手紙の内容を見た限り、その機械人形はレインの為に造られたものだと確信したよ。君もそのことは感じていたはずだ。」
「・・・・・・はい。」
「だから僕を頼って来た。どうにかならないかとね。
君のお父さんは元魔導協会の人間で、マリオンのやり方に疑問を感じて次世代文明管理会に身を移した人間だ。」
「父さんが魔導協会から次世代文明管理会へ移ったことは知っていたけど、まさかそんな理由があったなんて・・・。」
「実は当時から機械人形の開発は進められていたんだよ。
君達のお父さんがその中心人物だった。
開発理由はただ一つ、古代魔法に対抗しうる存在を生み出すこと。
もっと言えば、あのマリオンの野望を打ち砕くためだ。」
「マリオン大師の野望・・・?」
ククリは強く頷いた。
「まあこれは後で詳しく話すけど、まさか次世代文明管理会を辞めた彼が一人で機械人形の開発を進めていたとは知らなかった。
そしてここにも僕達が造り上げた機械人形がある。
ちょうど二体、君達の魂が一つずつ入る。これを運命といわずして何と言う?
僕達はこの機械人形をマーシャル・スーツと名付けた。
開発者の子供達、僕の愛弟子、みんなこのマーシャル・スーツで結ばれているんだ。」
「マーシャル・スーツ・・・。」
《戦う為の衣装》という言葉は、この機械人形にピッタリであると二人は感じていた。
「さて、これから二体の機械人形に君達の魂を移すわけだけど、機械人形の細かい調整だの、君達の魂との適応性の検査だのとちょっと時間がかかる。
申し訳ないけど、もうしばらくそこで我慢していてくれ。」
そう言ってククリはマーシャル・スーツを別の部屋へと運んでいった。
ジョシュはまた床に腰を下ろし、両手をついて上を見上げた。
「なんかすげえことになってきたな・・・。」
「うん、自分達の体が手に入ることは嬉しいけど、でもなんだかそれだけじゃ終わりそうにない雰囲気だよね・・・。」
ククリはあのマーシャル・スーツという機械人形で、何かをしようとしている。
そう思う二人であったが、口に出さずしばらくじっと座りこんでいた。
「ちょ、ちょっとちょっと、まだ動いちゃダメですよッ!
安静にしていないとまた傷が・・・、」
部屋の入り口から叫ぶような声が聞こえて来た。
「うるさいッ!この程度の怪我はなんでもないッ!
どいつもこいつも大袈裟に喚きやがって!」
その言葉とともに部屋に入ってきたのは、ジョシュが助けたあのフレイ剣聖だった。
「おい、何があったッ!」
別の部屋からククリがとんできた。
「ふんッ!随分大袈裟な部屋だな。気の小さい魔導士や科学者どもは、すぐにこういう物を作って安心したがる。」
悪態をつくフレイに、ククリが苦い顔をしてみせた。
「フレイ剣聖・・・、また勝手に街に出て・・・、
建物の中で大人しくしておいて下さいと言ったでしょう。」
やれやれという感じでククリが言うと、フレイはフンと鼻を鳴らした。
「こんな退屈な場所でじっとしていられるかッ!」
「何を言ってるんですか。今日も勝手に街へ抜け出したが為にうちの下級魔導士達と揉め事をおこして・・・。彼らはあなたが誰か知らないんですよ。」
「あいつらが因縁をつけてきたんだ。売られた喧嘩を買って何が悪い!」
「何が悪いって・・・、いいですか、今のあなたはかなり疲弊していていつもの力は・・・。」
「おう!それだけどな、俺を助けたあの小僧。あいつの活泉の気のおかげでオーラの歪みがなくなったぞ。
これでグエンの野郎に受けたダメージはほとんどなくなった。
やはり体を癒すには武術家のオーラが一番だ。」
豪快に笑うフレイに、ククリは苦笑いを返した。
「まったくあなたという人は・・・。
そんなに彼のことが気にいったならあそこにいますから。
怪我を治してもらったお礼でも言ってきたらどうですか?」
ククリの指差す方を見て、「おお!」と声を上げてフレイは厳しい表情を崩した。
そして堂々とした足取りでジョシュの方へと近づいて行く。
「あ、そうそう。」
ククリに呼び止められ、フレイは足を止めて振り返った。
「あの青年、ジョシュ君というんですが、あなたの弟子になりたいと言っていましたよ。
まあ本気か冗談かは知りませんが。」
「・・・・・ほう。」
口の端をわずかに持ち上げて笑い、フレイは足早にジョシュの方に歩み寄った。
そして円柱の装置に手をついて顔を寄せると、まじまじとジョシュを見た。
鋭い眼光に思わずジョシュは立ち上がり、緊張した面持ちでフレイを見つめた。
「ふむ、なかなか鍛え上げた体をしているな。それに俺を助けた時もいい動きをしていた。
まあどちらも歳の割にはだが。」
フレイはジョシュの顔に目を移し、顎に手を当ててじっと見据えた。
「あ、あの・・・。」
ジョシュが何か言いかけると、フレイは嬉しそうな顔をして話しかけてきた。
「おい小僧ッ!」
「は、はい・・・。」
「お前、俺の弟子になりたいんだって?」
「え、ああ、はい。俺も剣士のはしくれですから。
やっぱすげえ強い剣士がいるってんなら、教えを乞いたいかなあって。」
何も言わずにじっとジョシュを見据えるフレイだったが、急に笑い出すとククリの方を振り返った。
「おい、これはどうやって中に入るんだ?」
「・・・はい?」
「はい?じゃねえよ。どこから入るんだって聞いてんだ?
さっさと言わねえとぶっ壊して中に入るぞ。」
そう言ってフレイは拳を握って振り上げた。
「ちょ、ちょっとちょっと、何やってんですかッ!」
慌てて止めに入るククリの頭に手を置き、ニヤっと顔を近づけるフレイ。
「ど・こ・か・ら・入るんだ?」
やれやれとを諦めた顔になって、ククリは頭を掻いた。
「反対側の下を支えている機械部分から入れますよ・・・。」
「そうか。」
満足そうに入り口へ向かうフレイは、近くを通りかかった魔導士をつかまえた。
「おいお前、俺の部屋に木剣があるから二本持って来い。すぐにだぞ。」
「え、わ、私ですか・・・。」
「お前に喋りかけてんだよ。さっさと持ってこい。」
「いや、でも今は準備で忙しい・・・、」
「うるさいッ!グダグダ言ってねえでさっさと行ってこいッ!」
物凄い剣幕で怒鳴られ、魔導士は慌てて木剣を取りに行った。
ククリはジョシュの方を見てやれやれと肩を竦める。
「ジョシュ君さ、悪いんだけど準備が出来るまで剣聖に付き合ってあげてよ。」
「あ、はあ・・・・・。」
「剣聖、あまり無茶はしないで下さいよ。」
「さあ、どうだかな。」
フレイは教えられた場所から円柱の装置の中に入ってきた。
「ジョシュ君。まあ死ぬことはないと思うから。
世界最強の武術家の技に触れられるのはある意味幸運だし、その、なんだ、頑張って。」
そう言い残してククリは去って行った。
フレイは装置の中をじっと見回し、どかっと床に腰を下ろした。
「ふんッ!こんなもんに頼らんと何も出来んとは・・・。
やはり俺は魔法だの科学だのは好きになれんな。」
何物にも物怖じしない態度に、ジョシュとレインは呆気にとられて固まっていた。
「なあ、小僧。お前もそう思うだろ?」
「ん、いや、これがないと俺達困るんですけどねえ、はは。」
「・・・・・・俺の怪我を治してくれた礼は言っておく。
ただ余計な手助けをしたことは許せんな。あの程度の連中、グエンに受けたダメージがなければ相手にもならなかったんだ。それをいらぬ邪魔をしおって・・・。」
「ちょっと待って下さい!」
無礼な物言いにレインが食ってかかった。
「あのまま放っておけばあなたはもっと酷い目に遭っていました。
それを助けたのはジョシュですよ。
なのにその態度は何ですか?感謝されこそすれ、文句を言われる筋合いなんて・・・、」
「おいおい、落ち着けよ。」
ジョシュが慌ててなだめに入った。
「気の強い女だな。おい小僧、お前のこれか?」
フレイが小指を立てた。
「いやいや、これは俺の双子の妹ですよ。」
「そうか、まだまだガキ臭いが、あと十年もすりゃあいい女になるだろうな。」
レインは腕を組んでそっぽを向いた。
「ガキ臭くてすいませんね!けど歳の割に子供っぽいあなたに言われたくありませんけど!」
「ははははは!言うじゃないか。おい小僧、こいつは本当にいい女になるそ。
悪い虫がつかんように、兄貴としてしっかり守ってやれよ。」
「余計な心配はいりません。悪い虫なんて自分で追っ払いますから!」
レインは口を尖らして睨んだ。
「はははははは!お前くらい気が強けりゃ悪い虫も寄って来んか。ははははは!」
レインの怒りが頂点に達した時、魔導士が木剣を持ってやって来た。
「はあ・・・はあ・・・、あのう、木剣をお持ちしまし・・・、」
「遅いぞこの野郎ッ!こんなもんくらいさっさ持って来い!」
「ひいいッ、すいません!」
魔導士は逃げるようにそそくさと去っていった。
「なんて乱暴で無神経な人・・・。」
ぷりぷりと怒るレインをなだめ、ジョシュはフレイに近寄った。
「あの、その木剣ってもしかして・・・。」
「おうよ!こいつを使って今からテストをするんだ。
俺の弟子になりたいんなら、それなりの力を見せてもらわんとな。」
そう言ってフレイは木剣を手渡した。
「なるほどね、実技試験すか。でもいいんですか?俺結構本気でやっちゃいますけど?」
挑発的に笑うジョシュの頭を、フレイは子供をあやすように撫でた。
「俺に一太刀でも入れてみな、坊っちゃん。」
フレイは手にしていた木剣を軽く振った。
凄まじい轟音とともに、叩きつけるような風圧がジョシュを襲った。
「さあ来い、小僧!」
剣を構えたフレイの迫力は圧倒的で、冷や汗が出てくるのを感じながらジョシュも剣を構えた。
 

マーシャル・アクター 第二話 武術と魔法と科学

  • 2014.01.11 Saturday
  • 20:45
〜『武術と魔法と科学』〜

「ちょっと待ってろよ、今楽にしてやるからな。」
ジョシュが運んできた男は、領主の建物の中にある医務室に寝かされていた。
「あの、ここは医務室なんで・・・、その我々に任せて頂ければ・・・。」
「ま、ま、ちょっと待ってくれよ。」
ジョシュは胸の辺りまで持ちあげた両手を前に向かって広げ、短く呼吸を吐きながらゆっくりとその手を下ろしていく。
そして今度は短く息を吸いながら両手を胸の前まで持ち上げた。
この動作を三回繰り返し、開いた両手を丹田の辺りで止めて男の傍に立った。
冷や汗を流しながら苦しそうに顔を歪める男に向かってジョシュは言った。
「ちょっと衝撃があるけど、かんべんな。」
今、ジョシュの両手の間には大量の練られたオーラが溜まっていた。
そしてそのオーラを掌底を打つようにして男の丹田にぶつけた。
「が・・・ッ!」
一瞬身を曲げて苦しそうにする男であったが、しばらくすると乱れていた呼吸も収まり、苦しそうに歪んでいた顔もだんだんと落ち着きを取り戻していった。
「ふうっ・・・、このおっさんオーラに歪みがあったんだよ。
きっと他の武術家にやられたんだろうな。そのせいで本来の力が出せなくなってたみたいだけど、これでもう大丈夫。
大きな怪我も治ったし、あとはあんたらに任せるよ。」
ジョシュは医務室の職員の肩をポンと叩くと、この街の領主が立っている入り口のドアまで歩いていった。
「活泉の気を練ったんだね。その歳でたいしたもんだ。」
長く青い髪、やや垂れ目だが端整な顔立ち、そして紺色の法衣を纏った男が感心した目を向ける。
ジョシュは少し自慢げに笑った。
「うん、まあ、これくらいは出来ないと。」
「かっこつけちゃって。」
レインに笑われ、ジョシュは口を尖らせた。
「ククリ先生、すみません。兄は少し子供っぽいところがあって。」
「いや、その歳ならそんなものだろう。
レインが歳の割に落ち着き過ぎているんだよ。」
「そうそう、こいつね、たまに説教くさいんっすよ。俺一応兄貴なのに。」
「だったらもっと兄らしくしてもらわないと。
私がいなきゃさっきだってどうなってたか・・・。」
「はいはい、お前はすごいよ。稀代の天才魔導士だ。
それに比べて元々俺は大した才能は・・・、」
「もう!またそうやって拗ねるんだから。」
「ははは、仲の良い兄妹だ。」
ククリと呼ばれた領主はジョシュの肩に手を置くと、優しそうな顔で笑った。
「正直ね、僕はレインのことが心配だったんだよ。この子の秘めている力は大きすぎる。
だから僕がレインを弟子にとった時、教えたのはその力をコントロールする術だけだった。
他は教えることなど何もなかったからね。」
「そんな、私の魔法は全て先生から教えてもらったものばかりです。」
「いやいや、誰に師事しても君ならその才能を開花させていたよ。
ただね、恐ろしいのはその強大な力に君の心が飲み込まれてしまうことだけだった。
でも・・・。」
肩に置いていた手をぽんと叩いてククリは続けた。
「ジョシュ君。君がいればレインは大丈夫だな。
君の存在がどれほど彼女の精神的支えになっているかがわかるよ。」
「へへ、おい聞いたかレイン!やっぱりすごい人は見る目が違うよなあ。」
ジョシュは嬉しそうに鼻を持ち上げた。
「先生、あんまりジョシュを褒めないで下さい。すぐに調子に乗るんですから。」
「ほらほら、そういうとこが説教くさいんだよ、まったく。」
「あのね、ジョシュが調子に乗ったが為に危険な目に遭ったことが何度あると思ってるの?今回だってそう。
いい、ジョシュ。この体が死ねば二人とも死んじゃうんだからね。
もっとそういうところを自覚して・・・、」
「まあまあ、兄妹喧嘩はそのへんにして・・・。」
二人をなだめると、ククリは踵を返して歩き始めた。
「僕としてはその微笑ましいやり取りをもっと見ていたいところだけど、今はやらなければいけない大切なことがあるだろう?その為に君達をここへ呼んだんだから。」
「そうでした。すみません。」
レインが謝り、ジョシュは先を行くククリの後を追った。

             *

「さて、準備は出来ているかな?」
ククリは建物の地下にある、大きな魔法陣が描かれた扉を開けた。
「すげえ!なんだこりゃあ?」
ジョシュの目の前に広がっているのは、直径百メートルはあろうかと思う巨大な透明の円柱と、その周りを忙しなく行き交う魔導士や科学者だった。
円柱の床と天井にはこれまた巨大な魔法陣が描かれ、下の方にはその円柱を支える機械が設置してあった。
機械はパイプやケーブルで部屋を埋め尽くすほどのたくさんのコンピューターに繋がれ、科学者がその機械をいじったり、魔法使いが科学者と話し込んだりしている。
「い、いったいこれは・・・?」
レインが驚きの声を上げた。
「先生!これはいったいどういうことなんですか?
こんな場所に科学者達がいるなんてッ!
あの人達は次世代文明管理会の人間でしょう?
そんな人達がなぜ魔法協会の最重要都市の中枢に入り込んでいるんですかッ?」
「まあまあ、少し落ち着きなさい。」
「それだけじゃないわ!
さっきジョシュが助けた男の人、あれは間違いなく前武術連盟会長のフレイ剣聖ですよね。」
「ええー、マジかよッ!
あ〜、俺ちゃんと挨拶してねえや、同じ剣士なのに。
よっしゃ!今からちょっと剣聖のところに・・・、」
「ジョシュは黙っててッ!」
突然怒鳴られてジョシュはたじろいだ。
「な、なんだよ・・・。んな怒んなくても、っておいッ!」
ジョシュの体が一瞬眩く光り、その体は長い髪を後ろで束ねた細身の法衣の女に変っていた。
「ちょ、おいッ!レイン!何勝手に入れ替わってんだ。今日は俺が表に出る日・・・・、」
「だから黙っててって言ってるでしょッ!」
「な、なんだよ・・・?どうしたんだお前?」
レインはククリに詰め寄り、真っすぐにその目を見据えて言った。
「先生、フレイ剣聖はこの大戦の引き金となった人ですよ。しかも、最初に襲われたのは魔導協会です。なのになんであんな人がこの街に・・・・・、
何の宣戦布告もなしにいきなり襲ってきて・・・、その時に、先生のいた街も襲われて、先生の奥さんと子供は・・・・・。」
「・・・・・・・。」
「先生!私納得いきません。確かに私はフレイ剣聖を助けるのを手伝ったけど、でもそれはいたぶられているのを見ていられなかったからで・・・・・、
私は人としてはあの男を許せません。」
レインはグッと拳に力を入れ、顔を俯かせて続けた。
「先生に師事している時、奥さんも二人の子供も、私に本当の家族のように接してくれた。
物心がついた時から、私達兄妹には母親がいなかったから・・・、だから優しくしてくれる奥さんを本当のお母さんみたいに思ってた・・・・・。
まだ小さかった子供二人だって、本当の弟と妹のように思ってた・・・。
なのに、なのに・・・・・、何にも悪い事してないのに・・・、どうして・・・。」
目を滲ませるレインの肩に、ククリは優しく手を置いた。
「そうだな。私の家に住み込みで修行をしていた時、確かに君は私達家族の一員だった。
いや、今でもそう思っているよ。」
ククリはレインの涙をそっと指で拭うと、頭を撫でながら続けた。
「すまないレイン。用が終わった後にちゃんと全てを説明するつもりだったんだ。
その方が君達も混乱しなくていいと思ったからね。でも逆だったようだ。
君達が私に会いに来た時、きちんと説明するべきだった。許しておくれ。」
レインは涙を拭きながら、ぶるぶると首を振った。
「違うんです、ごめんなさい。取り乱してしまって・・・。
ただ、自分の感情を抑えられなくなって・・・。」
「いいんだよ。」
ククリはレインに向かって優しく微笑んだ。
「・・・大丈夫か、レイン?」
「うん、ごめんね。勝手に出て来て。中に戻るね。」
「いやいや、いいって。せっかく久しぶりに師匠に会えたんだから、今日はお前が表に出てろよ。」
「いいの・・・?」
「おう!」
「羨ましいよ君達が。本当にいい兄妹だ。」
ククリは忙しなく行き交う科学者や魔導士の間を抜け、部屋の隅にある長椅子に腰掛けた。
「まだ準備が出来るまで時間がかかりそうだ。それまでに君達に全てを話そう。」
そう言ってククリは手で隣に座るように促した。

             *

「さて、何から説明したものか。」
ククリは煙管に火をつけ、しばらく考え込んでから口を開いた。
「レインは、世界を支配する三大勢力のことはもちろん知っているね?。」
「はい。世界武術連盟と世界魔導協会、そして次世代文明管理会です。」
ククリはゆっくりと煙を吐き出しながら頷いた。
「ではそれぞれがどういう組織かも知っているかい?」
「もちろんです。先生に教えてもらいましたから。」
「そうだな。ジョシュ君はどうだ?」
「う、うーん、そうっすねえ。知っているような、いないような。
どっちとも言えないっすね。」
レインは大きくため息をついた。
「そういうのを知らないっていうのよ。今までに何度も説明してあげたのに・・・。」
「ははは、よし!いいだろう。ジョシュ君の為に分かりやすく教えてあげよう。」
「なるべく噛み砕いてお願いします。」
「もう、まったくジョシュったら・・・。」
灰皿にポンと灰を落とし、新しいに草に火をつけてククリは口を開いた。
「まずは世界武術連盟についてだ。
この組織は三つの中で一番歴史が古いんだが、きちんと組織としてまとまったのは実は最近のことでね。
それまでも世界武術連盟というのはもちろん存在していたんだが、ほら、武術と一口に言っても様々なものがあるだろう。
体術に剣術、槍術に弓術、細かいものまで含めると、かなりの数にのぼるだろうね。」
「そうっすね、体術一つ取ったって、手技主体のものから足技主体のもの、投げ技や関節技に重点を置くものだってありますからね。」
「そうだね。だから以前の武術連盟というのは、あくまで武の道を志す者達がただ寄り集まって出来たものにすぎなかったんだ。
だから当然内部で大小の揉め事は数え切れないほどあったみたいだし、場合によっては敵対する流派の師範を暗殺したりと、まあかなり大変だったみたいだね。
皆が皆、自分の武術や流派こそ最強と信じ、敵対するものには容赦しなかったみたいだよ。」
「武術をやる人間ってのは、強いってことに異常にこだわりを持ったりしますからね。」
「そうだね。ようするに、世界武術連盟というのは組織としては烏合の衆といわれても仕方のない状態だったんだよ。
しかしだ、今から二十年前、ある一人の男が世界武術連盟の頂点に立つことになった。
その男の剣技は凄まじくてね。
自分に戦いを挑んで来る武術家達をみんな斬り伏せてしまったんだよ。
最強を自負する武術家達が何人も挑んだみたいだけど、勝つどころか触れることすら出来ずにあっさりやられてしまったという。
武術連盟に、彼に勝てる武術家は誰一人としていなかったんだ。
初めの頃は彼は周りからとても恐れられていたみたいだよ。
でもね、やがて若い武術家達がその強さに憧れを抱くようになった。
そして彼の元には大勢の若者が弟子入りを志願しにやって来たんだ。」
「そりゃあそうですよ。そんな強い剣士なら俺だって弟子入りしたいっすもん。」
「そうか、なら後で頼んでみるといいよ。」
「?」
笑いながら煙を吐き出し、ククリは先を続けた。
「その剣士は弟子入りを志願してきた若者の中から、特に才能のありそうな者だけを弟子に取り、剣技だけでなく肉体的にも精神的にもみっちり鍛え上げていったんだ。
もちろんオーラの習得にも力を入れた。
彼は剣技だけでなく、弟子を育てるのも上手かったみたいでね、やがて彼と選り抜きの弟子達だけで作られた剣聖会というグループが誕生した。
剣聖会の力は武術連盟内において絶対的なものとなり、武術的にも権力的に逆らえる者はいなくなったんだ。」
「へえー、すごいっすねえ・・・ん?あれ?剣聖会?
ってことはそのグループのリーダーってもしかして・・・さっき俺が怪我を治した・・・、」
「そうさ。さっき君が怪我を治してあげたあの男、剣聖フレイのことだよ。」
「・・・マ、マジっすかあーッ!」
「マジもマジ。大マジだよ。」
ククリは一旦話を休み、深く煙管をふかして上を向いた。
「こ、これは・・・、ますます挨拶をしに行った方がいいんじゃ・・・。」
「・・・ジョシュ。」
「じょ、冗談だよ。そんな怖い声出すなよ。」
「ははは、まあとにかく、彼は武術連盟において絶対的な存在となった。
そしてほとんど独裁状態で組織の運営を仕切っていって、世界武術連盟は組織としてだんだんと力をつけていき、やがて他の勢力に並ぶ存在となったわけさ。」
「へえー、なるほどねえ。」
「へえーって、ちゃんと理解したの?」
「う、うん。まあだいたいね、はは・・・。」
「もう、いつもそんな調子なんだから。」
「要するに、最初はバラバラだったけど、剣聖フレイの登場で強力な組織になったってことさ。
さて、武術連盟に関してはこれくらいかな。」
「随分あっさりしてるんすね。」
「うん、武術連盟っていうのは歴史は古いけれど、特にこれといって歴史に残るようなことをしたわけじゃないんだ。フレイ毛剣聖が登場するまではね。
次は世界魔導協会について説明しようと思うんだけど、これはレインが教えてあげたらどうかな?」
「えー、レインにっすかあ・・・。」
明らかに不満そうな声を出すジョシュにレインは頬を膨らませた。
「はいはい、どうせ私の説明は説教くさいから嫌だっていうんでしょ。」
「お!よく分かってんじゃん。」
「もう!さっきからジョシュは!本当に怒るわよ。」
「もう怒ってんじゃん。」
「まあまあ、じゃあ引き続き僕が説明するよ。」
煙管をコンと灰皿に叩いて燃えきった草を落とし、三つめの草をふかしながらククリは説明を始めた。
「世界魔導協会は武術連盟に次いで古い歴史を持つ組織でね。
ここは武術連盟とは違って初めからきちんと組織として統一されていたんだよ。
現魔導協会会長、シーター大魔導士の曾祖父にあたる人が設立したんだけど、この組織の設立目的は三つある。
一つ、魔法や呪術、神霊術といった強大な力の拡散の防止。
二つ、組織系統がバラバラだった魔術関連の組織の統一化。
三つ、古代魔法の文献の解明、保護、管理。
これら三つを目的として創られたんだ。
ただ寄り集まって出来た武術連盟と違って、魔導協会は最初から設立目的がはっきりとしていたんだよ。
だから多少の反対はあったみたいだけど、それでもほとんど問題なく組織は設立されて、その後もこれといった問題もなく三つの目的の為に運営されていった。
それに当時の会長であるメ―ジエ大魔導士が、実力的にも人間的にも多くの魔導士達に支持されていたというのも大きな理由だけどね。」
「大丈夫ジョシュ?ついてきてる?」
「ちょ、今話しかけないで。必死に整理してんだから。」
「まあまあ、そんなに気張らないでリラックスして聞いた方がいいよ。
そして月日が流れて、当時の会長のメージエ大魔導士は息子のエリーギ魔導士に会長の座を譲ったんだ。
メ―ジエ大魔導士はかなり高齢になっていたからね。
ついでに大魔導士の称号もエリーギ魔導士に譲り、それから二年後に亡くなったよ。
息子のエリーギ魔導士は父ほど優秀な人ではなかったけど、周りのサポートもあって特に大きなトラブルもなく仕事をこなしていったんだ。
そのおかげで魔法や呪術の拡散の防止、魔術系組織の統一化という二つの目的は達成され、維持されていた。
しかし残る一つの目的がなかなか達成できなくてね。
古代魔法の文献の収集にはかなり苦労したんだ。
いったいどれだけの数があるのか、そもそもそれがどこにあるのかがほとんど分かっていなかったからね。
だから古代文献の収集チームを結成して、長い時間をかけて地道に集め続けたんだよ。
時には武術連盟の力も借りたりしてね。」
「武術連盟っすか?でもこの二つは敵対してるんじゃ・・・?」
「いやいや、この二つの組織が対立したのはフレイ剣聖が武術連盟の会長になってからだよ。
それまではお互いに干渉し合うことはほとんどなかったんだ。」
「へえー、でもどうして武術連盟の力を?」
「それはね、古代魔法の文献ってのは結構危ない場所にあったりしてね、ウヨウヨ化け物が出る長い長い地下道の奥とか、伝説の巨大怪鳥が住処にしている山奥とかね。
そんな場所に行くのなら戦力は多いほうがいいだろう。
それに武術家が戦うことに専念してくれるなら、魔導士は捜索や収集に集中出来るからね。
もちろんボディーガード代として、それなりのお金は払ったみたいだけど。」
「うーん、なんかセコイ感じっすねえ、武術連盟は。」
「そんなことはないよ。
仕事を依頼するんだからそれなりの対価を払うのは当然さ。」
三つめの草を吸い終え、四つ目の草に火を点けようとするククリだったが、レインがその草を取り上げてしまった。
「吸い過ぎですよ先生。いつも奥さんに注意されていたでしょう?」
「いやいや、僕は魔導士だからさ、汚れた肺も魔法でパパっと綺麗に・・・、」
「そういう考え方がダメなんです!まったくもう。」
バツが悪そうに苦笑いしながら、ククリは誤魔化すように咳払いをして続きを説明した。
「えーと、それでね、文献の収集は大変ではあったんだけど、地道に頑張って少しずつ集めていったんだ。
ただ問題は集めた文献の解明でね、これは全く進まなかった。
本に記してあるのは古代文字だから、まずそこから解明しなきゃいけないわけだったんだけど、これも一苦労でね。
そして古代文字が分かっても、古代魔法っていうのは今とはまったく技術体系が違っていたんだよ。
ちっとも古代魔法の解明が進まないまま月日が流れ、二代目の会長であったエリーギ大魔導士も高齢の為に引退。
次の会長は誰にしようかってなった時、その息子であるシーター大魔導士が推薦されてね、引き続き古代魔法の解明に力を注ぐことになったんだ。」
「ああ、なんかちょっと・・・、整理のスピードが追いつかなくなってきた。」
「ははは、まあ要するに三つの目的の二つは達成出来たんだけど、残りの一つがなかなか進まなかったってことさ。
けどね、次に会長に就任した現会長のシーター大魔導士は天才と呼ばれていた人でね。
難航していた古代魔法の解明に一気に近づくことになるんだ。
そしてそれからしばらくして、シーター大魔導士は一人の弟子を取ることになる。」
「マリオン魔導大師ですね。」
レインの言葉にククリは頷いた。
「そう、天才と呼ばれていたシーター大魔導士だけど、彼が弟子を取ったのはマリオン魔導大師ただ一人なんだ。
彼女はシーター大魔導士に劣らぬくらいの才能の持ち主でね、彼に師事したことでどんどんその才能を開花させていったんだよ。
そして誰もが認める一流の魔導士になった頃、師匠の仕事を手伝うようになるんだけど・・・。」
ククリはそこで少し言い淀み、手の中の煙管をもてあそんだ。
「・・・この二人の才能のおかげで、古代魔法の一部の解明に成功することになる。
なるんだけど・・・・・その力は想像を絶するものでね。
こんなものを全て現代に蘇らせたら、それこそ世界は滅ぶんじゃないかという代物だった。
だからこんな物はあってはいけないということで、シーター大魔導士と魔導協会の大勢の魔導士達はもう一度これを封印し、二度と蘇らせてはいけないと決めたんだ。
ついでに古代魔法の文献も誰の目も触れない所に厳重に保管しようということにしたんだけど・・・・・、」
「さっきからどうしたんですか?先生がそんなに言い淀むなんて。」
ククリは眉根を寄せて厳しい顔になると、レインに向き直って言った。
「これから言うことは、君も知らないことだ。多分、魔導協会に対する印象が百八十度変わってしまうよ。」
ジョシュとレインは心の中で顔を見合わせ、真剣な顔でククリの話を聞いた。
「シーター大魔導士と魔導協会の幹部達がいざ古代魔法の封印をしようとすると、それに強く反対する者がいたんだ。」
「反対する者?いったい誰なんですか?」
レインが首を傾げて尋ねた。
「マリオン魔導大師さ。」
「え?どうしてですか?マリオン大師はシーター魔導士の唯一人の弟子なんですよね?
普通なら賛成すると思うんですが・・・?」
「そうさ、普通ならね。しかし、あの人は普通じゃなかったんだよ。
僕は彼女の弟子として、ずっとマリオンという人を間近で見てきた。
あの人は表面上はいい人を演じているけど、その裏側には何か得体の知れない恐ろしいものを感じていたよ。
分かりやすくいうとね、マリオン大師は蘇らせた古代魔法の力を自分だけのものにしたかったんだ。
ここで魔導協会内で二つの派閥が出来る。
古代魔法を封印しようとするシーター魔導士派と、その力を自分達の物にしようとするマリオン大師派にね。
そしてある時、マリオン大師が自分の師匠であるシーター魔導士に強力な呪術をかけたんだ。
それがきっかけでマリオン派の魔導士達はどんどん強硬な手段を用いてシーター魔導士側の人間を抹殺していったんだ。」
「そ、そんな・・・。抹殺って・・・、殺したってことですか?」
「ああ、そうさ。しかもだ、魔導士達だけじゃなくて、その家族も見せしめとして殺された。
頼みのシーター魔導士は呪術をかけられて瀕死の状態、残ったシーター派の魔導士達も家族もろとも殺されていく。
誰も彼女達に逆らえなって、ある者は魔導協会を去り、ある者は別の組織に身を移し、またある者は服従するふりをして反撃の機会を狙っているわけさ。
もちろんこの事実は公にはされていない。」
「そんな・・・・・。」
「なんかすげえ話だな。ちょっとフレイ剣聖と似てるかも。」
手にしていた煙管を机の上に放ると、ククリは背もたれに身体を預けた。
「フレイ剣聖はね、マリオン大師とは正反対の人間だよ。
確かに彼は強引に武術連盟を仕切っていたけど、そのおかげで烏合の衆だった組織は大きな勢力となるまでに成長したし、彼が手にかけたのはあくまで自分に刃を向けてくる者だけだった。
フレイ剣聖を・・・・・、」
そこでわずかに顔を歪め、ククリは唇を噛んで言った。
「フレイ剣聖をマリオンなんかと一緒にしちゃいけないよ。
マリオンを悪魔とするならば、フレイ剣聖は正義を貫こうとした誇り高き武人だよ。」
一瞬三人の間に沈黙が流れた。
レインは静かな目を向けてククリに尋ねた。
「先生、私が聞きたいのはそれなんです。
フレイ剣聖は魔導協会にとっては憎むべき敵のはずですよね?
なのに先生の話を聞いていると、まるでマリオン大師が悪者で、フレイ剣聖が正義の味方のように感じます。
それになぜ彼がここいるのかも分からないし・・・。お願いです先生、詳しく説明して下さい。」
「ああ、わかっているよ。」
ククリは背もたれに預けていた体を起こして座り直した。
「いいかい、レイン。一つヒントをあげよう。
フレイ剣聖が武術連盟の会長に就任した時、魔導協会はすでに古代魔法の一部を復活させることに成功していたんだ。
いったいこれが何を意味するのか、頭の良い君なら分かるはずだよ。」
ククリはわずかに身を乗り出してレインに顔を向けていた。
「フレイ剣聖が会長になった時、古代魔法の一部は復活していた・・・・・。
それって世間の認識とは逆ですよね。
フレイ剣聖とその門弟達に攻撃を受けて、それを撃退するのに古代魔法の解明を急いでいた。
そしてマリオン大師が復活させた古代魔法で撃退したっていうことになっているはずですけど・・・。」
口に手を当てて考え込んでいるレインに、ククリは二つの目のヒントを出した。
「さっき僕が言ったことを覚えているかい?
マリオンは悪魔、フレイ剣聖は誇り高き武人だと・・・・・。」
「・・・ッ!もしかして・・・?で、でもそんな・・・・・。」
「おい、どうしたんだよ。俺には何がなんだか分かんねえぞ。
一人で納得してないで教えてくれよ。」
レインは力が抜けたように俯いてしまった。
「私だって全て理解したわけじゃないわ。分からないこともたくさんある。
けど、少なくともフレイ剣聖は世間で思われているのとは全く逆の人ってことだわ・・・。」
「そうだよ。彼がいなければ世界大戦の勃発よりも大変なことが起こっていたんだ。
あのマリオン魔導大師のせいでね。」
レインはグッと唇を噛んだ。
「私・・・とんでもない誤解をしていたのね・・・。
え?じゃあもしかして先生の家族を殺したのは剣聖じゃないってこと?」
ククリは机に両肘をつき、拳を頭につけて目を閉じた。
「ああ、彼は僕の家族を殺すどころか、守ろうとしてくれたんだ。
そして・・・彼がいなければ僕はあの時家族とともに死んでいたよ・・・。」
「そんな・・・・・、そんなことって・・・・・。」
言葉を失くす二人に、ジョシュは苛立ちを覚えていた。
「おいおい、だからなんだってんだよ!二人で納得してないで俺にも教えてくれよ!」
ククリは顔を上げ、レインの中のジョシュを見つめるようにして言った。
「それを言う前に、まだ君には説明していないことが残っているからね。
先にそれを言おう。」
「?・・・何すか、まだ説明してないことって?」
レインは頭をおさえて大きなため息をついた。
「ジョシュ、そもそも先生は何の説明をしてくれていたんだっけ?」
「んー、ああ!三大勢力についてだ。」
「そうよ、ならまだ一つ残っているでしょう。」
ククリは可笑しそうに笑い、レインとジョシュを見つめた。
「ほんとうに君たちは良い兄妹、もとい良いコンビだよ。」

               *

口寂しそうに煙管をもてあそぶククリを見て、レインは取り上げた草を手渡した。
「これが最後ですよ。」
喜々としてそれを受け取ると、火を点けて美味そうに煙を吸ってからククリは口を開いた。
「さて、次世代文明管理会についてだけど、これは元々は科学者の寄り集まりでしかなかたったんだ。
でも今は大勢の元魔導士達がこの組織に属しているんだよ。
大昔は魔法がこの世界の文明の基盤だったんだけど、その時の世界は一度滅んでしまったというのは知っているかい?」
「ええ、それくらいは知ってますよ。古代魔法の暴走が起きて旧世界はなくなったんすよね?」
「ああ、その通りだ。今よりも随分進んだ文明を持っていたそうだけど、あまりに強力すぎる魔法文明を扱いきれなくなって滅んでしまったんだ。
まあ滅んだっていうのは文明のことで、人間が全ていなくなってしまったわけじゃないんだけどね。
そして「これは魔法を文明の基盤にするのは危険だぞ」ってことになって、当時の魔導士達は古代魔法を全て封印してしまったんだよ。
ただ魔法っていうのは人類の英知の結晶でもあるから、文献だけは残したんだけどね。」
ククリは忙しなく行き交う科学者や魔導士達に目を向けた。
「科学というのは、旧世界でも存在していたんだよ。
ただ当時の主流は魔法だったから、科学者というのは異端児扱いされていたみたいだけど。
でもね、魔法を文明の基盤に使えなくなって、じゃあ次は何を持ってこようかとなった時に科学しかなかったんだ。
魔法に比べて制約も多いし、何をするにも大がかりな装置が必要になる科学だけど、扱いやすさや安全性という意味では古代魔法より優れていたからね。
それに何より、科学は研究すればするほど大きな可能性を秘めていることが分かったんだ。
だから大きな期待を寄せられていたんだけど、文明として定着するにはとても長い時間がかかってしまったんだ。」
「何でですか?」
「当時の科学者達はね、次世代の文明基盤に科学が選ばれたことをとても喜んだんだ。
しかしどんな組織でもそうだけど、外から大きな力を持った存在が入ってくるのは嫌うものさ。
魔導士が自分達の知恵や技術を提供しようとしたんだけど、科学者達はそれを拒否した。
あくまで自分達の力だけでやると言ってね。
だから科学が人々の生活に広がるまでには時間がかかってしまったんだ。」
「なんか意地っ張りっすね。」
煙を吐き出すと、ククリは笑った。
「そんなもんさ、組織なんていうのはね。
けど魔導士達も、魔法の為に世界を滅ぼしてしまったという苦い経験があるから偉そうに口を出すことは出来なかった。
やがて時代が流れ、科学もそれなりに発達して力を持つようになった頃、次世代科学文明会と名乗っていたその組織に鞍替えする魔導士達が現れたんだ。
元々魔導士と科学者っていうのは似た者同士でね。どちらも知的好奇心の塊といってもいいんだ。
だんだんと可能性を広げる科学に対して、大きな魅力を感じる魔導士はたくさんいたのさ。」
「でも、それはけっこう最近のことなんですよね。」
レインの言葉にククリは大きく頷いた。
「そうさ。分かりやすく言うと、シーター大魔導士とマリオン大師が古代魔法の復活に成功したあたりからだね。
危険だからと古代魔法を蘇らせることに反発する魔導士もいてね、かといって自分の知的探究心は抑えられない。
それにマリオン大師が力を持ち始めた頃から、彼女のやり方に疑問を持つ者も現れ始めた。
そういう魔導士達が大量に科学の方に流れていったんだ。
そして科学者達もそれなりに力を持ち始めていたから、外からの力を取り入れることに興味を持っていた。
科学者と魔導士が手を組み、新しい文明世界を切り開こうとしたんだ。
その時に名称も次世代文明管理会と変えて、新たな組織として出発したのさ。」
「うーん、なるほどねえ・・・。」
「なるほどって本当に理解したの?」
「うん、まあ多分ね。」
「絶対理解してないわね・・・。」
「ははは、まあ細かいとこはともかく、大雑把にでも覚えておけばいいよ。」
ククリは煙管の火を消し、うんと背伸びして立ち上がると辺りを見回した。
「もうじき準備が整いそうだね。」
レインも立ち上がり、透明な円柱の装置を見つめた。
「先生、まだまだ聞きたいことが、というより先生の話を聞いてますますわけがわからなくなってしまいまいした。
フレイ剣聖のこと、マリオン大師のこと、そして先生の家族のことも・・・。」
ククリはその言葉には答えず、円柱の装置の方へと歩いて行く。
「うん、でもね、やっぱり用が済んでから全てを説明しようと思う。
もう準備も終わったみたいだし、その方が君達も・・・ね?」
ククリの訴えるような目に、レインは頷いた。
「はい、でも後で必ず説明して下さい。」
「ああ、約束する。ところでさ、レイン。
君はどうしてもっと早く僕を頼ってくれなかったんだい?
僕は君の師匠だよ。君達の問題だって、もっと早く相談してくれていれば・・・。」
レインは俯き、後ろめたそうに黙ってしまった。
「ごめんなさい・・・。実はこんな状態になっちゃったのは・・・私が・・・。」
「レイン・・・?」
黙ったまま俯いて顔を上げないレインを、ククリは心配そうに見つめた。
「ま、ま、いいじゃないすか!
今大事なのは、俺達のこの状態をどうにかすることでしょ?
その為にここへ来たんだから。」
しばらくレインを見つめていたククリだが、彼女の肩に手を置いて言った。
「そうだな。ジョシュ君の言う通り、今は君達にかけられた封魂の術を解くのが先だ。」
「・・・・・はい。」
一人の魔導士がククリの元へやって来て、準備が整ったと伝えていった。
「よし!それでは二人とも、心の準備ができたらあの円柱の中へ入ってくれ。」
レインとジョシュは心の中で顔を見合せて頷き、円柱の装置の中へと入って行った。
 

マーシャル・アクター 第一話 ジョシュとレイン

  • 2014.01.11 Saturday
  • 20:42
〜『双子の兄妹』〜 

「ねえ、やめようよ。お父さん帰って来ちゃうって。」
「大丈夫だって。ちょっと見るだけだから。」
幼い双子の兄妹が手を繋いで暗い地下室の階段を下りていく。
兄が持った懐中電灯の明かりだけを頼りに、そろりそろりと地下屋の扉を目指し、やがて頑丈な鎖で閉じられた扉が現れた。
「どうやって入るの?」
「へへっ、ちゃんと鍵を持って来てるんだ。」
兄が見せた扉の鍵に、妹は眉をひそめて言った。
「もう・・・、本当に見つかったら怒られるよ。」
そんな妹の注意もよそに兄は扉を覆う鎖の施錠を外し、重い鎖をなんとか退かして扉を開けた。
「えっと・・・、確かこの辺に明かりのスイッチが・・・。」
兄が電灯のスイッチを入れると、真っ暗だった部屋が明るく照らされた。
そして幼い兄弟は部屋の中央に位置する半透明の筒状の装置を覗き込んだ。
「・・・・・すげえ・・・。」
「もうこんなに出来てたんだ・・・。」
二人の目の前にある物、それは人の形をした機械人形だった。
「お父さん・・・、これが将来世界を変える道具になるって言ってたけど・・・。」
「うん。でもなんか怖いね・・・これ。」
大小様々なパイプで繋がれた半透明の筒状の装置の中から、今にも動き出しそうな機械人形がこちらを睨んでいた。
人の形をしているが、所々体の表面に機械部分が剥き出しになっており、幼い双子はだんだんと恐怖を覚えてきてそそくさと地下室を後にした。
そして帰宅した父に地下室に入ったことがバレて、二人は大きなカミナリと拳骨を落とされた。
以来幼い双子の兄弟はこの部屋へ入ることはなかった。
十年後、賊が家に押し入り、父に手をひかれてもう一度この部屋に入るまで・・・。
あの時の父の追い詰められた表情を二人は忘れたことはない。
そして悲しそうな顔で二人に言った言葉も・・・。
「生き延びてくれ。頼む・・・、生き延びてくれ。」




〜『ジョシュとレイン』〜

「ねえジョシュ、もうちょっとラジオの音小さくしてよ。」
「何言ってんだ。今歴史的な大ニュースが流れてんだぞ。もうちょっと音大きくするか。
レイン、お前もちゃんと聞いとけよ。」
「もう・・・。」
短い金髪に細身で引き締まった身体、青い瞳にやや幼い顔、そして旅人の服にベルトを締めた青年がラジオの前に座り込んでいる。
地面に置いたポケットラジオからアナウンサーが興奮気味に語るニュースが流れてくる。
『本日、午後二時二十分に正式に調印がなされました。
世界を支配する三大勢力の二つである世界武術連盟と、世界魔導協会が正式に休戦協定を結んだのです。これは終戦に向けた大きな一歩となります。
両者は長年泥沼の抗争を演じてきましたが、新しく世界武術連盟の会長となったグエン武術老子が魔導協会に歩み寄る姿勢をみせたことがきっかけです。
魔導協会の実質的代表であるマリオン魔導大師もこの姿勢を評価し、数回に渡る代表や幹部同士の話し合いで今回の休戦協定に至りました。』
「もうちょっと音大きくするか。」
ラジオの前に胡坐をかいている青年が音量のつまみをいじった。
「ちょっとジョシュ、これ以上ボリュームを上げないでよ!耳が痛くなっちゃうわ。」
おかまいなしに音量の上がったラジオからニュースが流れてくる。
『三大勢力の二つである世界武術連盟と世界魔導協会が休戦協定を結んだことにより、残るもう一つの勢力である次世代文明管理会の動向が注目されますが・・・、おっと、ここでそれぞれの代表から今回の休戦協定についてコメントがあったようです。』
一瞬ラジオから雑音が流れ、ジョシュと呼ばれた青年が前屈みなって耳を傾ける。
『それでは最初に世界武術連盟の新会長であるグエン武術老子のコメントをお聴き下さい。』
 〈この度、我々世界武術連盟は世界魔導協会と休戦協定を結びました。
  度重なる争いにより尊い命がいくつも失われ、また我々が住むこの母なる地球もか   
  つての美しい環境の多くが破壊されてしまいました。
  今争いをやめなければ、より多くの命と美しい自然が失われてしまいます。
  この休戦協定は終戦に向けた重要な足がかりです。
  いつの日か、再びこの世界に平和が訪れることを願って、終戦に向けてさらに努力を
  していきたいと思っております。〉
ラジオの前の青年はうーんと唸った。
「老子ってわりには若い声してるよなあ。」
「あのね、何回も説明したでしょ。
老子っていうのは優れた武術家の称号であって、実際に歳をとった人のことじゃないって。」
「ああ、そうだったな。相変わらず物知りだな、レインは。」
レインと呼ばれた女性は「はあっ・・・。」とため息をついた。
「どうして剣士のジョシュより魔導士の私の方が詳しいのよ・・・。しっかりしてよ。」
その言葉にジョシュは軽く笑い、またラジオに耳を傾けた。
『えー、続いて世界魔導協会の副代表であるマリオン魔導大師のコメントです。』
〈本日は実に喜ばしい特別な日となった。
 今まで醜く争い続けてきた我々であるが、グエン武術老子の武術連盟会長就任により、
 我々は新たなステージへと進むことができる。
 前武術連盟会長のフレイ剣聖は実に好戦的な人物であった。
 我々魔導協会に一方的に攻撃をしかけ、世界の覇権を獲る為ならば手段を選ばぬ非道な
 輩であった。
 しかし、グエン老子は違う。
 魔導協会との和平の道を模索するのにどれほど彼が苦労したかを私は知っている。
 私は今日この場で約束しよう!
 近い将来、必ずこの戦争を終わらせてみせると。
 武力による解決ではなく、話し合いとお互いの理解による解決をもってだ。
 この度の休戦協定は、その為の大きな礎となるだろう。〉
『それぞれの代表の素晴らしいコメントをお聴きいただきました。
 マリオン魔導大師の言葉通り、この休戦協定が終戦にむけての大きな礎になることに疑いの余地はないでしょう。
そして残る勢力の一つ、次世代文明管理会が世界武術連盟と休戦協定を結べば、さらに終戦に向けて大きく近づくことでしょう。
今のところ次世代文明管理会からは今回の休戦協定に対する正式なコメントはでていませんが、次世代文明管理会の議長であるヨシムラ氏は非常に喜ばしいことだと好意的に捉えているという情報が入ってきております。
今後の動向が注目されます。
えー、それでは次のニュースです。
絶滅したと思われていた旧世界の生物である柴犬という動物の生存を確認したと、ストーンヘッジ大学の教授であり、次世代文明管理会の役員でもあるザザ氏が・・・・・。』
ラジオの電源を切り、ジョシュは大きく草原に寝転んだ。
「なあレイン。もう一回聞いてもいいか?」
「何?」
「魔導協会って、なんで副代表がコメントしてんの?代表の人は何やってんの?」
レインはまた大きくため息をついた。
「だから、それも何回も説明したでしょ。
魔導協会の代表は病気の為に表に出られないの。
だからその人の一番弟子であるマリオン大師が実質的な代表を務めてるのよ。」
ジョシュは口を尖らせて眉根を寄せた。
「魔導士なんだったらとっとと魔法なり妖術なりで病気なんざ治しちまえばいいのになあ。」
レインはしばらく口籠ってから答えた。
「きっと普通の病気じゃないんでしょうね。
一流の魔導士が治せない病気となると限られてくるけど・・・。
何か深い理由があるのよ、きっと・・・。」
「そんなもんかねえ・・・。」
ジョシュはラジオを持って立ち上がり、それを肩かけ鞄にしまうとブーツの紐を結び直し、地面に置いていた剣を腰に差して歩き出した。
「朝から何度も同じニュースを聞いてよく飽きないわね、ジョシュ。」
「何言ってんだ。重要なニュースだからこそ何度も聴く価値があるんだよ。」
「へえ、そのわりには私が何度も説明したことを憶えてなかったみたいだけど?」
ジョシュは「ふんっ!」と鼻を鳴らした。
「俺はレインみたいに物覚えがよくないもんでね。」
「そんなに難しいことじゃないのに、ふふ。」
「うるせい、ほっとけ。」
目的地へ向かう道中、すれ違った商人がジョシュへ怪訝な目を向けて尋ねた。
「兄ちゃん、誰とぶつぶつ喋っとるんだ?」
ジョシュはニッコリと笑って答えた。
「妹さ。」
「妹?そんなもんどこにおる?」
するとジョシュは自分の胸をトントンと指で叩いて言った。
「この中さ。」
          *

「思ってたより大した街じゃないんだな。」
ジョシュは街の入り口に立ち、辺りを見回して言った。
「この街は古代魔法を管理するのが役目だからね。
あまり経済的に発展しすぎて人が増えるのを嫌ってるのよ。」
「へえ、お前は何でもよく知ってるな。」
今、ジョシュとレインがいる場所は最重要魔法都市に指定されているクラナドという街であった。
「ここにお前のお師匠さんがいるんだよな?」
「そうよ。さっきラジオでコメントをしていたマリオン魔導大師の一番弟子、ククリ魔導士がこの街にいるの。
クラナドの街の運営を任されている人でもあるのよ。」
「けっこうすごい人なんだな。」
ジョシュはレインの言葉を聞きながらしばらく街を歩いてみた。
街にいる人達は皆大人びていて、ジョシュとそう変わらない年齢の青年もちらほらいるが、やはり皆大人びた雰囲気を纏っていた。
街そのものも垢抜けた雰囲気があり、道端にゴミ一つ落ちていない様子は自分がいた町とはまるで違うと感じるジョシュであった。
「ううーん、いい街だと思うけど、俺はあんまりこういう場所は好きじゃあないな。」
「ここは歴史のある街だからね、街も人も洗練されているのよ。」
その言葉を聞いたジョシュはツンと鼻を尖らせた。
「ふーん、まあ要するにお高くとまってるわけだ。」
「ふふっ、何を機嫌悪くなってるの?」
「別に・・・。」
「ジョシュは年齢の割にちょっと子供っぽいからね。
もう十九なのに下らないことで駄々こねたりするし。
だからこの街の同年代の大人びた男の子を見てちょっとやきもちをを妬いてるんじゃない?」
「そんなことねえよ。」
レインにクスクスと笑われて、ジョシュは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「さて、冗談はこれくらいにして早く目的の場所に行きましょう。」
「だな。」
レインに促され、ジョシュは街の奥に見える大きな建物に足を向けた。
「でっかい建物だな。城とは違うけど、なんか威圧感のある建物だよな。」
「そうね。あの中には古代魔法の文献をたくさん保管してある図書館があるのよ。
というよりその図書館の為にある建物といってもいいんだけど、そこにある本はどれもこれも貴重な物ばかりだから、一級魔導士か、特別魔法図書士官じゃないと入ることすら許されないのよ。」
「そんな古臭い本がそんなに大事なのか?」
そう聞かれたレインは少し口調を強くして答えた。
「大事なんてものじゃないわ。あそこにある本や文献はいまだに解明されていない物が数多く存在するの。
世界大戦の勃発時、世界魔導協会は他の二大勢力に劣勢を強いられていたのよ。
特に鍛え抜かれた肉体と技、そしてオーラを駆使する世界武術連盟にはね。」
「そういや魔導協会の偉いさんがラジオで言ってたな。
武術連盟の側が一方的に攻撃を仕掛けてきたって。」
「そうよ。まあ正確にはフレイ剣聖とその門弟達だけどね。」
そこで一呼吸置いてから、レインはさらに口調を強くして言った。
「本当に魔導協会は危なかったのよ。
一時期は魔導協会の総本山であるセイント・パラスまで攻め込まれたんだから。
けどね、副代表のマリオン魔導大師がセイント・パラスを落とされる前に、ここの図書館にある古代魔法の文献のいくつかを解明することに成功したのよ。
そして古代より蘇らせた魔法の威力は凄まじかった。
劣勢を強いられていた世界魔導協会は一気に立場を逆転して、今や世界の覇権を獲るのに一番近い所まできているのよ。」
「そりゃあすげえな。」
そう呟きながら、ジョシュはいつものクセで左腰に手をかけようとした。
「ありゃ?剣が・・・・・って、そっか。
この街の入り口で取り上げられたんだった。」
「この街は魔導協会にとっても、他の二大勢力にとっても重要な場所だからね。
武器になるようなものは街へ持って入れないのよ。
でも心配しなくても、ここを出る時に返してもらえるわ。」
「けっこう警備が厳しいんだな。」
「それはそうよ。以前ここに武術連盟の・・・・!。」
レインが言いかけた時、二人の目の前に罵声の飛び交う人だかりが現れた。
「なんだ?」
ジョシュはすぐにその人だかりに駆け寄り、周りの人の間をぬいながら中へと入って行った。
「ごめんよ、はいごめんなさいよっと・・・・・、お!なんだなんだ、喧嘩か?」
ジョシュの目の前にはふらふらになりながら拳を構える男と、それを囲むようにジョシュと同年代の男女数人がいた。
「あの男性を取り囲んでいる人達、全員魔導士だわ!」
「見れば分かるよ。でもあの拳を構えてるおっさんは・・・。」
「彼は違うわね。けどあの人も相当強い人よ。体から出てる殺気が尋常じゃないわ・・・。」
「ああ、それは俺も分かるぜ・・・。」
じっと様子を見守っていると、拳を構えていた男が目の前の一人に殴りかかった。
ダメージを受けている様子はあるが、それでもかなりのスピードだった。
しかしその拳もあっさりとかわされ、周りの魔導士達はゲラゲラと下品な声で笑った。
「ダッセェーッ!おっさんダッセェーッ!」
「キャハハハハ、しっかりしなよおっさん!」
そしてそれに乗じて周りの野次馬達も笑う。
「おい!どうした?もう終わりかよ?」
「最初の威勢はどこいったんだ!」
野次馬の一人が石を投げ、それが頭にぶつかった男はギロリとそちらを睨んだ。
「おいおいどこ見てんだよ?」
彼の後ろにいた黒い法衣を纏った魔導士が、突き出した左手から小さな火球を放った。 
「ぐお!クソッ!」
火が服に引火し、男はごろごろと転げ回った。
そしてそれを見てまたもやゲラゲラと笑う魔導士達。
「何てことをッ!」
レインが大きく叫んだ。
「クソ!見てらんねえ!」
ジョシュが男の元に駆け寄ろうとするが、レインが制止した。
「ちょっとジョシュ!あなた今剣を持っていないのよ!」
「それがどうした!一方的に一人の人間が痛めつけられるのを黙って見てられるか!」
レインの制止を無視して。ジョシュは男に駆け寄った。
「オイ!大丈夫か?」
しかし男は駆け寄ってきたジョシュを手で振り払った。
「引っ込んでろ小僧!」
「はあ?引っ込んでろってあんた・・・。」
男はふらつきながらも立ち上がり、また拳を構えて闘う姿勢をみせた。
「オイオ〜イ、まだやる気だよこのおっさん。」
火球を放った魔導士が茶化すように言う。
「いいじゃん。殺さなきゃ問題ないでしょ。徹底的にやっちゃおうよ。」
緑の法衣を纏った女の魔導士が、手にしていた杖からつむじ風を放った。
さながら槍のようになったつむじ風が男に直撃する。
「ぐほあッ!ぐふうッ・・・。」
右の脇腹を押さえて男は苦しそうに倒れ込む。
「ほれもういっちょ!」
今度は反対側にいた青い法衣を纏った背の高い魔導士が、右の人差し指から凄まじい勢いの水流を撃った。
「ぐううあああああーッ!」
水は男の左肩を貫通し、そしてまるで蛇のように動きを変えて左足も貫いた。
「がああああああーッ!」
悲鳴をあげてのたうち回る男を見て、魔導士から大きな笑いが起きた。
「てめらいい加減にしろおッ!」
ジョシュが魔導士達に向かって叫ぶ。
「寄ってたかって一人の人間をいたぶりやがって。てめえらそれでも人間か!」
一瞬静まりかえった魔導士達だったが、さきほど石をなげた野次馬が前へ出て来た。
「兄ちゃん、よそ者だな。悪いこたあ言わねえ、引っ込んでろ、な?」
そう言ってジョシュの肩に手を置くが、その手にはグッと力が込められていた。
「言いたいことはそれだけか?」
ジョシュがすごむと、野次馬の男もまた色めき立った。
「あのな、これはおめえの為に言ってんだよ。」
ジョシュの肩を掴む手にさらに力が入る。
「・・・・・・。」
ジョシュは野次馬の男を無視し、倒れている男に駆け寄った。
「大丈夫かよあんた・・・。待ってろ、今手当して・・・・・。」
その時だった。
野次馬の男が拳を振り上げて殴りかかってきた。
「危ないッ!」
レインが叫ぶのと同時に、ジョシュは後ろを見もせずに殴りかかってくる男の手を掴むと、あっさりと数メートル先へ投げ飛ばしてしまった。
民家に激突した男は痛そうに背中を押さえながら悶えていた。
「て、てめえ・・・!この小僧が・・・。」
立ち上がった男は懐から短剣を取り出すと、ジョシュに目がけて突進してきた。
「くたばれ小僧ッ!」
傷つき倒れている男を肩に抱え上げながら、ジョシュは短剣を向けて突進をして来る男に対して、蚊でも払うように手を振った。
すると男の体は宙を舞いながら一回転して飛んで行き、黒い法衣を纏った魔導士の足元に背中ら落ちて行った。
「ぐぼおッ・・・。い、息が・・・、出来な・・・。」
「当たり前だろ。もろに背中から落ちてんだ。
頭から落とされなかっただけでもありがたく思うんだな。」
「クッ・・・、この・・・。」
男はなおも短剣を構えて闘う姿勢を見せた。
「やめとけよ。次は痛い程度じゃすまさねえぞ。」
「うるせえ!ぶっ殺してやるッ!」
男が駆け出そうとしたその時、後ろにいた黒い法衣の魔導士が静かに言った。
「やめとけって。あいつの言う通り、次はマジで大怪我するぞ。」
すると男は途端に大人しくなり、肩をすくめてその場に立ちすくんだ。
黒い法衣の魔導士は男の前に回り、短剣にやんわりと手を置きながらにこりと笑って顔を近づけた。
「あのさ、こんなもんで外から来た人間刺したら、お前しばらく檻の中から出られなくなっちゃうよ。
俺らは魔導士、特権階級。お前は一般市民、ただの市民階級。
おんなじように相手を傷付けても、罪の重さはまるで違うわけ。
この街の人間なら分かるよな。」
「・・・・・はい・・・すみません・・・。」
短剣を仕舞うように促し、男の肩をポンと叩く。
「これで人を刺そうとしたのは見なかったことにしてやるから、大人しく家に帰っとけ、な?」
「はい・・・。」
男は小さな声でもう一度謝り、短剣を仕舞うとそそくさとその場を後にした。
「はいはい、みなさーん。イベントはもう終わりー。解散解散―。」
緑の法衣の女がパンパンと手を叩きながら高らかな声で言った。
野次馬達はそれを合図に、今まで何事もなかったかのようにそれぞれ散って行った。
魔導士達はそれを見届けると一か所に集まり、なにやら話し込みだした。
「なんなんだよ、いったい・・・。いや、それより・・・、あんた大丈夫か?
随分ひどい怪我だぜ。早く手当しないと。」
ジョシュは傷ついた男を背中におぶって歩き出した。
「くそ・・・、あの程度の奴らに、クソったれが・・・。」
悪態をついていた男であったが、やがて傷がこたえはじめたのか気を失ってしまった。
「ひでえことしやがるぜ、一体どうなってんだこの街は。
おいレイン、この街の人間は洗練されてるんじゃなかったのか。どうなってんだよ?」
「その人多分外から来た人なんじゃないかな。この街の人達はちょっと貴族意識が高くてね、特に魔導士は。きっと何か気に障ることをしたんじゃないかしら。」
「ふん、やっぱお高くとまってるだけなんじゃねえか。」
「まあ確かにそういう所も・・・って、ちょっと待ってジョシュ。この男の人ってさ・・・、」
「ん?このおっさんがどうかしたか?」
「・・・・・間違いないわ。この人は・・・。
ジョシュ、あなた今とんでもない人をおぶってるわ。」
「んー?レインは知ってんのか?このおっさん。」
「知ってんのかって、あなた以前は武術連盟の一員だったでしょ。
だったらこの人を知らないわけが・・・。」
ジョシュはレインの言葉に首を傾げ、おぶっている男の顔を覗き込もうとした。
「おーい、何勝手にどっかに行こうとしてんだー?」
まじまじと男の顔を見つめ、何かを思い出しそうになっていたジョシュに、先ほどの魔導士達が声をかけてきた。
そして立ち止まったジョシュを素早く取り囲んだ。
「あんたさ、そのおっさんを勝手に連れていかれちゃ困るんだよ。
ちょっとこっちに渡してくんね?」
おどけた口調であったが、周りを囲む魔導士達からは殺気が漂っていた。
「渡してどうするつもりだ?また痛めつけようってのか?」
ジョシュはリーダー格であろう黒い法衣を纏った魔導士に詰め寄った。
「それ、あんたに言う必要無くね。これはこの街の問題であってさ、よそ者のあんたに関係ないよね?
てか俺ら魔導士はこの街じゃ特権が与えられてんだわ。
んでさ、治安の維持の為なら力を行使してもいいわけ。この意味分かるよな?」
黒い法衣の魔導士から顔を背け、明後日の方を見ながらジョシュは答えた。
「おう。要するにこのおっさんはあんたらにとっちゃ悪者で、おっさんを渡すのを拒否してる俺も悪者ってわけだ。
だから、大人しく言うこときかないと魔法を使って痛めつけちゃうぞってことでいいんだよな?」
「よくわかってんじゃん。」
ジョシュは魔導士に向き直ると、わずかに笑いながら顔を近づけた。
「お断りだな。特権だか何だか知らねえけど、魔法を使って人をいたぶるような奴らの言うことなんて聞きたかねえな。
俺の知ってる魔導士は、何があっても絶対にそんなことはしねえからよ。」
ジョシュを取り囲む魔導士達の殺気が一気に高まった。
「おい、ブレン兄弟!街に被害が出ないように結界張っとけ。」
黒い法衣の魔導士に言われ、ブレン兄弟と呼ばれた灰色の法衣を纏った魔導士二人が道の左右に分かれていき、手にしていた杖を振り上げて魔法の詠唱を始めた。
すると地面に巨大な魔法陣が現れ、その周りを光の膜が半球体のように覆い始めた。
「ギャラリーのみなさーん!これはさっきの小競り合いとはわけが違うから、とっとと結界の外に避難してねー。じゃないと死んでも知らないよー。」
緑の法衣の魔導士が、先ほどと同じように手を叩きながら高らかに叫ぶ。
ジョシュと魔法使い達のやりとりを眺めていた野次馬は、慌てるように結界の外へと逃げ出していった。
「馬鹿だな、死ぬぞあいつ。」
「この街で魔導士に逆らうってことが、どういう意味か分かってねえんだ。」
結界の外から野次馬がヒソヒソと声をあげた。
「さて、もう一度聞くけど、本当にその男を渡すつもりはないんだな?」
黒い法衣の魔導士の顔からおちゃらけた表情が消え、殺気を纏った眼光がジョシュを捉えていた。
「ないねえ。まったく。」
「あ、そ。さっきの動きを見る限り、あんた相当強いよね。
けどその筋肉のつき方、さっきの身のこなしからすると、体術家じゃなくて剣士だよな。
あんたの剣はこの街に入る時に取り上げられてるはずだ。それでも俺らとやろうって?」
ジョシュはその言葉を無視して、近くにあった露天の長椅子に男を寝かせた。
「大丈夫、俺体術もめちゃ得意だから。
だからさ、うだうだ言ってねえでさっさとかかってこいよ。」
そう言うやいなや、後ろにいた緑の魔導士が杖から巨大なかまいたちを放ってきた。
ジョシュは素早く振り向くと、右手を上段に、左手を下段に構えてその両腕を円を描くように交差させた。
すると巨大なかまいたちはコーヒーに垂らしたミルクのように、ジョシュの両腕の回りで歪められ、掻き消されていった。
「んなッ!素手で魔法を・・・!」
驚きの表情を見せる緑の魔導士。
「気をつけろ!こいつオーラを使うぞ!」
ジョシュを囲んでいた魔導士達が一斉に距離をとり、それぞれが魔法の詠唱を始めた。
「気をつけて!詠唱を必要とする魔法はとても強力よ!今のうちにあいつらを・・・、」
「分かってるって。心配すんな!」
レインの言葉を無視して、その場で構えたままジョシュは動こうとしなかった。
「ちょっとジョシュ!早くしないと詠唱が終わっちゃうわ!」
「いいから、俺に考えがあるんだよ。」
最初に詠唱を終えた青い法衣の魔導士が両手から水流の大蛇を放ってきた。
ジョシュが迎撃しようと構えると、大蛇は手前で三匹に分かれ、上、下、背後から同時に襲いかかってきた。
「器用なことするなあ。」
ジョシュは両手の指を鷹の爪のように曲げ、腹筋に力を込め、「コオオオーッ」っと息を吐きながら両手を胸の前に持ってきた。
すると途端に強力なオーラが彼の体を覆い、さながら鎧のように体を守り始めた。
襲いかかった三匹の大蛇はそのオーラの鎧に弾かれ、一匹はそのまま消し飛んでしまった。
「ハアアアアアアッ!」
後ろにいた緑の魔導士が竜巻を発生させて、その上に乗っていた。
「さっきのつむじ風とはケタ違いだな。」
軽く杖を振ると、竜巻は地面をえぐりながらジョシュに向かってきた。
そしてオーラに弾かれた二匹の大蛇は融合して一匹の大蛇に戻り、大きな口を開けて牙を剥き出しながら襲いかかってくる。
ジョシュは鷹の爪の構えを解くと、体を纏っていたオーラを流体のように両手に纏わせた。
そして襲い来る大蛇をかわしながら軽く頭を払った。
地面に激突して水しぶきをあげる大蛇。
ジョシュはくるりと向きを変え、迫りくる竜巻も同様に軽く払った。
進行方向を変えられた竜巻は、地面から顔を上げた大蛇に向かっていく。
「ギシャアアアアアアアーーッ!」
竜巻は水でできた大蛇をどんどん空中へと巻き上げていった。
両手に纏わせているオーラを人差し指と中指の二本に集中させ、ジョシュは交叉させながら水しぶきをあげる竜巻の中へと突っ込んだ。
「フンッ!」
かけ声とともにオーラを集中させた指で竜巻を引き裂くと、一瞬にして竜巻と大蛇は消え去った。
竜巻の上に乗っていた緑の魔導士は尻もちをついて落下し、唖然とした顔でジョシュを見上げていた。
その顔に戦意を喪失したことを確認したジョシュは、次の魔法の詠唱に入っている青の魔導士に距離をつめていく。
咄嗟に反応した青の魔導士は詠唱をやめて水のシールドを張った。
「こんなもんで俺の拳が防げるかよッ!」
お構いなしに殴りかかるジョシュであったが、水のシールドは貫通したジョシュの拳を水飴のように絡みとった。
そして両足、体、最後に頭へと纏わりついて来て、身動きどころか呼吸さえ出来なくなってしまった。
「ごぼぼ・・・。」
「ジョシュッ!大丈夫?私と代わる?」
レインに呼びかけられるが、ジョシュは首を振って拒否した。
「多少頑張ったみたいだけど、これで終わりだな。」
ジョシュの目の前には、黒の魔導士が杖を振りかざして宙に浮いていた。
その頭上には炎でできた灼熱の竜を従えている。
「ちょ、ちょっとちょっと、待ってよアレン!
そんなもんぶっ放したらこっちまで黒焦げになっちゃう!」
へたり込んでいた緑の魔導士が慌てて止めに入る。
「だったら結界の外へ避難しとけッ!」
アレンと呼ばれた黒の魔導士に怒鳴られて、緑の魔導士は慌てて結界の外へと逃げ出していった。
「モズ、お前も下がっといた方がいいぞ。」
青の魔導士はその言葉に頷き、ジョシュから離れていく。
「ぐぼぼ・・・。ひょ、ひょっとまっへ・・・。」
「やだね、灰も残らず消えてなくなれ。」
黒の魔導士がジョシュにめがけて杖を振り下ろす。
灼熱の竜は凄まじい熱風を放ちながらジョシュに向かってきた。
〈や、やばい!傷つけずに取り抑えようとかカッコつけすぎちまった!〉
体に力を込めるが、纏わりつく水飴のようなシールドは振りほどけない。
〈ああ、これで終わりか・・・・・〉
「バカッ!何やってんの!早く代わってッ!」
レインが叫ぶのと同時に、灼熱の竜は爆炎を放ちながらジョシュに直撃した。
「うわああああああッ!」
「あちちちちちちッ!」
「おい、結界の外にまで熱が来てるぞッ!」
野次馬が叫びながら逃げ惑う。
凄まじい熱と風、そして煙が結界の中に立ちこめる。
凄まじい熱が周囲の物を全て溶かしていった。
やがて炎の勢いも収まっていき、煙と、そして熱で溶けて溶岩のようになった地面だけが残った。
「おい、モズ!無事か?」
黒の魔導士が呼びかけると、モズと呼ばれた青の魔導士が結界の端の方から手を上げた。
「なんとかな。しかし相変わらず凄い威力だな。」
「あまり近づくなよ。まだ熱が残ってんだから。」
様子を確認する為に近づく黒の魔導士。
「痕かたもなく蒸発したか・・・・?」
青の魔導士が呼びかけると、黒の魔導士は驚愕の表情で後ずさりした。
「な、なんだ・・・?誰だ、お前は・・・?」
彼の目の前にいるのは、ピンクの長い髪を後ろで束ね、細身で太ももまでの短い法衣に、膝上までの黒いスパッツを履いた女だった。
色白の肌に少しだけ吊り上がった緋色の大きな目、一瞬目を奪われるほどの美人で、整ったその顔立ちが黒の魔導士を睨みつけていた。
彼女の周りにはポツポツと光が灯っており、その周りを小さな火竜が漂っていた。
女には火傷の跡一つすらなく、未だに灼熱が残る溶岩の地面の上を平気な顔で立っていた。
「ば・・・、バカな・・・。俺の魔法を分解して、その上支配を奪っている・・・。」
女はふわふわと飛び回る小さな火竜を手の上に乗せて、冷たい口調で語りかけた。
「可愛い竜ね。この程度の火竜をあそこまで大きく出来るんだから大したものだわ。」
「・・・・・・。」
冷や汗を流しながら黒の魔導士はゴクリと唾を飲んだ。
「でもね、私ならもっと大きく出来るわよ。こんな具合に!」
彼女の周りの光が輝きを増し、小さな火竜は辺りに残っている熱を吸収してどんどん巨大化していく。
そして全ての熱を吸い取って巨大化した竜に、彼女はさらに魔力を注いだ。
「う、うおおおおおおおおーッ」
黒の魔導士は結界の端まで後ずさった。
持っていた杖を落とし、目の前にそびえる巨大な三つ首の火竜に恐れを抱いていた。
彼が最初に放った時より数倍の大きさにまで膨れ上がった火竜は、もはや竜というより地獄から這い出て来た魔獣のようであった。
「さて、この火竜をさっきあなたがやったようにぶつけたら、一体どうなるかしら?」
その言葉に黒の魔導士はぶるぶると首を振った。
「よ、よせ・・・。そんなバケモンを解き放ったら・・・、俺どころかこの街の半分が消えてなくなる・・・。」
「そうね。だったらどうする?これ以上勝ち目の無い戦いを続ける?
それとも大人しく降参する?あなたが選んで。」
黒の魔導士は慌てて頭を下げた。
「わ、悪かった!いくら特権階級だからって確かにやり過ぎた。
魔導士としてあるまじき行為だったと反省している。
だから・・・、どうかその火竜を引っ込めてくれ!」
「よく出来ました。」
女は火竜に手を向けると、短く魔法の詠唱をしてから「戻りなさい。」と言った。
すると火竜の体から大きな炎が放たれ、彼女の手に吸い込まれていった。
後には小さな火竜が残り、女は手の平の上にそれを乗せると黒の魔導士に歩み寄った。
「あなたに返すわ。もうひどい事に使っちゃダメよ。
聖獣や精霊は魔法使いの大事なパートナーなんだから。大切にしなきゃ。」
「はい・・・すみません・・・。」
周りを見渡すと、遠巻きに眺めていた野次馬が唖然としていた。
そして他の魔導士達もみな呆気にとられている。
「俺よりお前の方がよっぽどえげつないよな。みんな死人みたいな顔してるぜ。」
「仕方ないじゃない。魔法や聖獣をあんなことに使うなんて、魔導士として許せなかったのよ。」
「ほんと、怒らせると怖いよなあレインは。」
辺りを覆っていた結界はいつの間にか消えており、彼女は踵を返して目的の建物へと足を向けた。
「おい、ちょっと待ってくれ。」
黒の魔導士が呼び止める。
「何かしら?」
「あ、いや、あんたもしかして封魂の術をかけられているのか?」
「・・・・・・・。」
「その、さっきまで俺達と闘っていた男とあんたは、同じ肉体に魂を宿らせているんだろう?
封魂の術でもかけなきゃそんなことは起こり得ないからな。しかしその術は・・・・、」
「あなた達に答えるようなことじゃないわ。
申し訳ないけど、私は行かなきゃいけない所があるの。それじゃ。」
「・・・・・・・・。」
足早にその場を去る女。
野次馬は恐れを抱いた目で彼女の通る道を開けた。
「・・・・・ん?おい、ちょっと待てレイン!」
「・・・どうしたの?」
「あのおっさん忘れてるッ!元はといえばあれが原因なんだから!」
「あ!そうだった・・・、じゃあ悪いけどジョシュ・・・。」
「おう!俺が助けようって言い出したんだからな。」
一瞬彼女の体が光ると、さっきまで女がいた場所にはジョシュが立っていた。
「悪いなおっさん。すぐ手当してやるからよ。」
ジョシュは男をおぶると、唖然とした顔で見つめる魔法使い達に笑いかけた。
「そんな顔してんなよ。あいつは一流の魔導士なんだからお前ら程度じゃどうにもならないって。負けたって悔しがることはないんだからな。」
「あ、いや、それだけじゃなくて・・・。」
「ああ、それと。俺があいつより弱いなんて思うなよ。
剣さえありゃお前らなんて瞬殺だったぜ。まあ実際殺したりしないけどな。
ははは、じゃあな!」
呆然とする魔導士達に見送られながら、男をおぶったままジョシュはこの街の主の住む建物へと走って行った。

新しい小説

  • 2014.01.11 Saturday
  • 19:49
新しい小説を始めます。もう完成しているので順番に投稿していきます。
実はこの小説は新人賞に応募して落選したものです。
でもせっかく書いたので、もったいないからここに載せようと思います。
かなり長いですが、よかったら読んでみて下さい。

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