ダナエの神話〜神樹の星〜 第六話 魚神パラパラ・ブブカ(3)

  • 2014.02.18 Tuesday
  • 16:51
『魚神 パラパラ・ブブカ』3


ダナエは糸を手繰って空間の歪を飛び抜け、また別の場所に出た。今度は潮の香りがする薄暗い洞窟で、辺りを警戒しながら走って行った。
「なんだか異様な気配を感じるわ・・・。きっと、これがブブカの気なんだ・・・。」
奇妙な気配が辺りを満たしている。そして洞窟の奥からまた巨大なクラゲが現れ、ダナエに襲いかかってきた。
「そう何度もやられたりしないわ!私だってやる時はやるんだから!」
ダナエは両手を掲げ、火の精霊に働きかけた。
「荒くれ者の火の精霊!私の敵を灰に変えて!」
ダナエの願いに応えて、空中を漂う火の精霊が集まった。それは恐ろしい猛禽の姿に変わり、燃え盛る翼を広げてクラゲに飛びかかっていった。
「行けええええええ!」
炎の猛禽と巨大なクラゲがぶつかり、爆音を轟かせて火柱が上がる。熱風がダナエの方にも押し寄せ、金色の長い髪が激しく揺れる。
「・・・・・・・・・・・。」
ダナエは腕で顔を覆い、じっと様子を窺った。巨大なクラゲは跡かたもなく消し飛んでいて、小さな火が辺りに散らばっていた。
「よし!」
ガッツポーズをして先へ進むと、今度は大量の千年ガザミが襲いかかってきた。
「きっとブブカの仕業ね。この先へ進ませないようにしているんだわ。」
ダナエは高く飛び上がり、千年ガザミの頭を踏み台にしてピョンピョンと跳びはねていく。
「へへ〜んだ!そんな鈍間じゃ捕まらないよ!」
身軽にジャンプして地面に着地し、糸の先にある空間の歪に飛びこむ。すると今までで一番強い風が吹いて、思わず目を瞑った。
「・・・・・・・・・・・・。」
グワン!と空間が歪む感触があり、次の瞬間には真っ暗な部屋へ投げ出されていた。
「きゃああああああ!」
握っていた糸がプチンと切れ、思わずバランスを崩す。しかしクルリと回転して見事に着地し、槍を握って回りを見渡した。そして足元に妙な感触を覚えて触れてみると、じっとりと濡れていた。
「これはミニゲソが弾けた跡ね・・・。」
ダナエは真っ暗な部屋を見上げ、「あ!」と声を上げた。暗い闇の中に、まるで星のような小さな光があった。
「綺麗・・・・。」
プラネタリウムのようなその光景に見入っていると、突然ドシン!と床が揺れた。
「何!」
槍を構えて警戒していると、暗い部屋の中に銀河の渦が浮かび上がった。宝石を散りばめたような美しい渦模様が煌めき、まるで宇宙に立っているような錯覚に襲われた。
「すごい・・・。でも、これは幻ね・・・。」
星の光はダナエの足元にも浮かんでいて、そっと膝をついて手を触れた。そこには石のような硬さと冷たさがあり、ザラザラとした荒い感触があった。
「いくら幻でも、ここまでリアルに見せるなんて・・・。きっとブブカの仕業ね。」
ダナエは気合を入れ、ギュッと槍を握って辺りの気配を窺う。すると天井に一際大きな星が浮かび、ビュンと頭上を飛び抜けていった。
「今のは・・・・。」
大きな星はグルグルと飛び回り、ゆっくりとダナエの前に降りてきた。
「私はこの星を知ってるわ。月からこの星へ来る途中で見たもの。」
それは深い青をした、なめらかな色合いの美しい星だった。もし青い真珠があったら、こんな模様になるのではないかと思うくらい、綺麗な青色をしていた。
「これは海王星ね。ブブカがやって来た星だわ・・・。」
ダナエの前に浮かぶ海王星は、ブルブルと震えて激しく振動する。そして部屋を揺らして大きな力を解き放った。
「きゃああああああ!」
強い風が吹き、砂嵐のように小さな粒子が飛んでくる。少し目を開けて見てみると、海王星はサラサラと溶けてその形を変えようとしていた。
「いよいよおでましね・・・。」
ダナエはゴクリと唾を飲み、銀の槍を構える。竜巻のような砂嵐の中で、海王星はニョキニョキとヒレを伸ばしていた。ダナエはじっとそれを見つめ、恐怖を感じてジリジリと後ずさった。
「・・・・・パラパラ・・・パララララ・・・・。」
低い歌声が聞こえ、砂嵐は高く舞い上がった。そしてその中から、一つ目の大きな魚が姿を現わした。
「パラパラ・・・ラララ・・・・パララララ・・・・・。」
「これが・・・パラパラ・ブブカ・・・・。」
パラパラ・ブブカは、まるでクジラのような巨体をしていた。その身体は海王星のような美しい青色をしていて、額に大きな目が一つ、その下には小さな目が二つあった。そして空中を遊泳するようにゆらゆらと漂い、分厚い唇を動かしてダナエに話しかけてきた。
「私は海王星より来たる、ブブカという者・・・。ここは私の家、私の住処、誰も立ち入ることは許さない・・・。」
ダナエはブブカの大きさに圧倒され、小さく息を飲んだ。
「私は月からやって来た妖精のダナエよ。あなたが時空を歪めたせいで、外の人達は困ってるわ。どうか時空を元に戻して、村の人達が外へ出られるようにしてあげて。」
ダナエは真っすぐにブブカを見つめて言った。するとブブカは大きな背びれを動かして、怒るように叫んだ。
「この海、この地は私のものだ!誰にも指図される覚えはない。」
「そんなことないわ!この場所は誰のものでもない。あなたが勝手なことをしたら、みんなが迷惑するのよ。だからお願い、時空の歪みを消し去って。」
「・・・・・・・・・・・。」
ブブカは尻尾を振り、高く舞い上がった。プラネタリウムの部屋が真っ暗になり、そして海の景色へと変わった。
「この海は、私の住処として最適だ。もっともっと時空を歪めて、私の故郷と同じような世界にする。この星の者達など、知ったことではない!」
「じゃあ聞くけど、どうしてこの星へやって来たの?そんなに故郷が恋しいなら、海王星に帰ればいいじゃない?」
そう言うと、ブブカはダナエの目の前に降りてきて睨んだ。
「もはやあの星に住むことは出来ない。光の壁の波が押し寄せ、空想と現実が歪み始めている。
悪しき神のせいで、居心地のよかったあの星は住めなくなってしまった。」
「光の壁の波が押し寄せる?いったいどういうこと?」
「空想と現実を遮る壁に、ヒビが入り始めている。この星から来たる邪神の企みにより、光の壁に穴が開いてしまった。その波が私の星を襲い、空想の世界に留まることが出来なくなった。
だからこの星へやって来た。」
「邪神・・・。また邪神のせいで・・・・。」
「あの悪しき神は、禁断の魔術を用いて光の壁に穴を開けた。それにより空想と現実を繋ぐ道が作られ、お互いの世界を行き交うことが可能となった。しかしそれは、真なる神の掟に逆らうことであり、そのしわ寄せが海王星に襲いかかったのだ。」
「そうか・・・。それで邪神は光の壁を越えて、地球に行くことが出来たんだ・・・。」
「光の壁の抜け道は、海王星から近い場所にある。そのせいで海王星は現実と空想が入り乱れ、居心地のよかった世界は失われた。私は現実の世界になど興味はない。ただ、空想の世界に留まっていたかったのだ・・・。」
ブブカは寂しそうに言った。そしてゆらゆらと宙を泳ぎ出し、またプラネタリウムを作り出した。
「見よ、この宇宙を!真なる神の意思と共に、全ての存在を内包している!これが世界!
これが宇宙だ!何人も宇宙の掟、そして真なる神の掟に逆らうことは許されない!もし掟に逆らえば、その身を焼く神罰の報いを受けるだろう!かの悪しき神は、いずれ何者かの手によって滅ぼされる!許されることのない業を背負い続け、深淵の煉獄にて永遠に苦しむのだ!」
ブブカはヒレを動かして高らかに言う。
その目には怒りが宿っていて、故郷を追われた憎しみがひしひしと伝わってきた。
「ねえブブカ・・・。あなたの怒る気持ちはよく分かるわ。でもあなたは今、その邪神と同じことをしようとしている。あなたがこのまま時空を歪め続けたら、あの村の人はどうなるの?
それに社の中に閉じ込められている生き物だって、ずっと外に出られないわ。」
「私は宇宙の掟には逆らわない。しかし命を持つ者である以上、生存競争は避けられない。
私が邪魔だというのなら、この身を滅ぼしてみせるがいい!」
ブブカはダナエを睨み、額の大きな目を青く輝かせた。
「生き残りを懸けた戦いに言葉は無意味!力ある者が覇者となる!妖精の少女よ、時空の歪みを消したいというなら、私を殺すことだ!」
ブブカはヒレを広げ、大きな口を開いた。すると周りの空間がグニャリと歪み、ダナエの頭がクラクラとしてきた。
「あれ・・・景色が・・・・歪んで見える・・・・。」
槍を落として膝をつき、気を失いそうになる。平衡感覚も無くなり、周りの景色が絵具を混ぜたように歪み出した。
「私は波を操る者。空間も、時間も、水も風も、そして・・・人の意識さえ!」
ブブカはヒレを動かして強烈な波を放った。その波は空間を歪めてダナエに襲いかかり、彼女の意識を崩壊させようとしていた。
「ああ・・・いや・・・私が・・・・・私が消えちゃう・・・・・。」
ダナエは自分が自分でなくなる感覚に襲われ、頭を抱えて目を瞑った。ブブカの波はダナエの意識をさらに揺さぶり、記憶や自我を抹消しようとしていた。
「私はお前を手駒としよう。その意識を消し去り、私の操り人形として働いてもらう。」
「い、嫌だ!やめて!」
「少女よ、お前は身体は小さいが、秘めたる力は中々のものだ。この海ならず、この星そのものを海王星に変える為、私の操り人形となれ!」
ブブカは翼のようにヒレを動かし、波の力を強めていく。ダナエは意識が壊れそうになるのを耐えながら、あることを思い出した。
《・・・自我が消える?そうだ!私にはあれがあるじゃない!》
ダナエは内ポケットを漁り、ガラスの棒を掴んだ。それは感染した者の自我を壊し、身体を腐らせる恐ろしい細菌兵器だった。
《これならブブカを倒せるかもしれない・・・。けど、ここからじゃ届かない・・・。
どうすれば・・・。》
ダナエは必死に考えた。考えるのは苦手だが、ここで負ければブブカの操り人形になってしまう。それだけは何としても防ぎたいと思い、ガラスの棒を握って策を考えた。
そして・・・頭を押さえてパタリと倒れ込んでしまった。
「・・・力を失くしたか?」
ブブカは慎重に近づき、鯉のような髭を伸ばしてツンツンと突いた。
「ふむ。反応は無し。では新しい自我を植え付け、洗脳するとしよう。」
ブブカは髭を伸ばしてダナエを絡み取り、自分の自我を分割して送り込もうとした。
しかし突然ダナエは目を開け、槍を振って髭を斬り落とした。
「なんと!まだ意識を保っていたのか!」
ブブカは驚いて大きな目を見開く。ダナエは懐からガラスの棒を取り出し、蓋を開けてブブカに投げつけた。
「これでも喰らいなさい!」
ガラスの棒は宙を舞いながら緑の液体をまき散らし、ブブカの大きな目に降り注いだ。
「ぐおおおおおおお!目が痛いいいいいいいい!」
ブブカは巨大な身体を動かしてのたうち回り、苦痛の叫びを上げる。
「・・・やった・・・。命中した・・・・。」
ダナエはホッとして笑い、そして力無く倒れ込んだ。
「・・・私の考え・・・・上手くいってよかった・・・・・。」
ダナエが考えたのは、敵を油断させておびき寄せることだった。ならば死んだフリをしようと
思いついたのだが、ここまで上手くいくとは思っていなかった。
「頭のいい人は・・・案外簡単な手に引っ掛かるもんね・・・。コウもそうだった・・・。」
コウに悪戯された時、その仕返しに簡単な罠をかけると、よく引っ掛かることがあった。単純な落とし穴、単純な嘘、単純な攻撃。
「頭のいい人は色々考えるもんね・・・。私みたいに馬鹿なら・・・こんなの引っ掛からないのに・・・。」
ダナエは目を瞑って頭を振り、パシパシと頬を叩いた。まだ頭はクラクラするが、意識はしっかりしている。そしてまたガラスの棒を取り出して、ブブカに近づいていった。
「ブブカ・・・ごめんなさい。私だってこんな物は使いたくなかった・・・。」
「うおおおおおおおおおお!」
ブブカの大きな身体が腐り始め、綺麗な青色の皮膚が黒く変色していく。ヒレは崩れ落ち、力を失くして動きが止まっていった。
「・・・ごめんなさい・・・ブブカ・・・・。」
申し訳無い思いで胸がいっぱいになり、思わず目尻を拭った。するとブブカは大きな目をギョロリと動かし、ダナエを睨んだ。
「・・・騙し討ちとは卑怯な・・・。許さん・・・・許さんぞ!」
ブブカは時空を歪め、大きな口を開けて叫んだ。すると腐ったはずの身体は見る見るうちに元に戻り、綺麗な青色の皮膚まで復活した。
「そんな!どうして・・・・。」
「時空の波を操り、ほんの少しだけ時間を戻した。もうお前の卑怯な手は喰わぬ!」
ブブカはヒレを広げて口を開け、時空の波を放った。
「まずい!」
ダナエは咄嗟に飛び退き、ヒラリとかわした。
「もう一個喰らいなさい!」
そう言ってガラスの棒の蓋を開け、ブブカに放り投げた。しかしブブカは空間を歪め、細菌兵器を別の場所へ飛ばしてしまった。
「ああ!しまった!」
「もうそんな手は喰わない!時空の彼方へ消し飛ぶがいい!」
「きゃああああ!」
ブブカの口から時空の波が放たれ、ダナエに襲いかかる。
「この波を浴びた者は、次元の狭間へ飛ばされる!さあ消え去れ!」
空間が波打ち、荒波のようにダナエに打ちつける。
「あああああああああ!」
ダナエは時間の波を受けて、だんだんと幼く退行していく。見る見るうちに背が縮み、ついには赤ん坊にまで退行してしまった。
「さあ!消え去れ!」
ブブカはヒレを振って時空の波をさらに強力にする。赤ん坊となったダナエは、波のようにグニャリと歪んで消えてしまった。後にはダナエの服と銀の槍、そしてコスモリングだけが残されていた。
「この海、この星は私のものだ!誰にも邪魔はさせない!」
ブブカは勝利の雄叫びを上げ、高く舞い上がってプラネタリウムの宇宙を遊泳した。


                         (つづく)

ダナエの神話〜神樹の星〜 第六話 魚神パラパラ・ブブカ(2)

  • 2014.02.18 Tuesday
  • 16:46

『魚神 パラパラ・ブブカ』2


社の中は、生き物の腸のようにウネウネと曲がりくねっていた。回りの壁は小さく波打ち、エスカレーターのように立っているだけでも前に進んでいく。
「不思議な場所・・・。これって、もしかしてブブカの体内なのかしら?」
神様の中には、山や川と変わらないくらいの、大きな身体を持った者がいる。ましてや海王星という遠い星から来た神ならば、月や地球の常識を超えた身体を持っていてもおかしくはなかった。ダナエは危険を感じて、コスモリングから銀の槍を呼び出した。そして槍を構えて慎重に進んでいく。
「何があっても、コウだけは守らなきゃね。」
魔法の絹で包んだコウの繭を腰にぶら下げ、ダナエは奇妙な道を進んでいく。どこから光が来ているのは分からないが、社の中は外と変わらないくらい明るい。不思議に思いながら進んでいくと、ふわふわと宙を漂う妙な生き物がいた。
「あれは・・・・クラゲ?」
ダナエは槍を向け、ゆっくりとクラゲに近づいていく。クラゲは海蛍のように綺麗な光を放っていて、周りを明るく照らしていた。
「なるほど・・・このクラゲのおかげで明るいのね。」
そう呟いて回りを見渡すと、所々に光るクラゲが浮いていた。まるで海中を遊泳するように、ふわふわと気持ち良さそうに漂っていた。
「ほんとに不思議な場所ね・・・。他にも生き物がいそうだわ。」
光るクラゲの下を通って先を進んでいくと、床にはビッシリとフジツボが生えていた。
「まるで磯みたいね。きっと、この社の中は海の力が宿っているんだわ。」
フジツボの隙間から点々と岩が突き出ていて、ダナエは身軽にピョンピョンと跳んでいく。
そしてフジツボの群れの先に降り立つと、白い何かが道を塞いでいた。
「何かしらこれ?大きなイボがついて、ブニブニしてるけど・・・。」
槍でその白い何かを突いていると、突然大きな雄叫びが響いた。
「ヴォオオオオオオオォン!」
「きゃあ!な、何・・・・。」
ダナエは慌てて飛び退き、銀の槍を構える。すると道を塞いでいた白い何かが動き出し、蛇のようにニュルニュルと絡みついてきた。
「いやあ!気持ち悪い!」
慌てて槍を振り、白い触手のようなものを切り払う。するとまた雄叫びが響き、地震のように道が揺れた。
「さっきからプスプス痛いわ!人の身体を突くな!」
「え?え?誰・・・?」
白い触手はシュルシュルと縮み、そして大きなイカが姿を現わした。
「このガキんちょめ!人の足を切りおって!こうしてくれるわ!」
イカは口を開けて、真っ黒なイカ墨を飛ばしてきた。
「きゃあ!ちょっと、やめてよ!」
「何言ってるんだ!先に喧嘩を売ったのはそっちだろうが!許してほしいなら謝れ!」
イカは吸盤から鋭い爪を伸ばし、乱暴に襲いかかってきた。
「ちょ、ちょっと待って!謝るから!」
「むほおおおおい!謝るのが遅い!このまま喰ってやるわ!」
爪の付いた吸盤がニュルニュルと襲いかかってくる。ダナエは身軽にそれをかわし、槍で斬り落とした。
「えいッ!」
「痛ッ!」
「もういっちょ!」
「痛いッ!このガキ・・・。」
巨大なイカは顔を真っ赤にして怒り、口を開けて水流を放ってきた。しかしダナエは落ち着いた様子で金の髪を抜き、ふっと息を吹きかけた。すると金の髪は大きな袋に変わり、イカの水流を吸い込んでいった。
「返すわ!」
水でパンパンに膨れた袋を蹴り飛ばと、中に溜まっていた水が溢れ出し、巨大なイカを押し流そうとした。
「こしゃくな・・・・・・。」
イカは触手を盾にして水流を防ぎ、口の中から小さなイカをたくさん放ってきた。
「そおれ!そのガキんちょを食べ尽くしてやれい!」
小さなイカは一斉にダナエに襲いかかってきた。
「見た目は可愛いけど、悪い気を感じる。油断出来ないわね・・・・。」
ダナエはヒラリヒラリと小さなイカをかわし、槍を振って倒していく。
斬られたイカは水風船のようにパシャンと弾け、飛沫になって消えていった。
「中々やるな・・・。だがこれならどうだ!」
巨大なイカはダナエの隙をつき、彼女の左足を絡み取った。
「あ!」
「ふふふ。これでちょこまか逃げられまい?さあミニゲソ達。そいつを食らい尽くせ!」
小さなイカは、口を開けて一斉に襲いかかって来る。しかしダナエは慌てなかった。落ち着いて魔法を唱え、両手をクロスさせて頭上に掲げた。
「風よ風・・・・荒れ狂う怒りで、眩い閃光を解き放て!」
するとクロスさせた両手にバリバリと電気が溜まり、青白い光を放った。
「水の中の生き物なら、電気に弱いでしょ?ビリビリ感電しなさい!」
ダナエはクロスさせた両手を広げた。溜まっていた電気が行き場を失って暴れ出し、空気を切り裂いて稲光を発した。
「ウキュウウウウウウウウウウッ!」
小さなイカは一瞬にして全滅し、パチン!と弾けて水飛沫に変わる。そして巨大なイカも、触手を震わせてビリビリと感電していた。
「ぐばばばばばば!焼きゲゾになっちまううううううううう!」
イカは泡を吹き、白目を剥いて失神しそうになっていた。そして・・・それはダナエも同じだった。足に巻き付いたイカの触手から、ビリビリと電気が伝わってくる。
「きゃわわわわわわわわッ!し、しびれるウウウウウウウ!」
電撃の魔法はしばらく続き、ダナエとイカは失神寸前になって倒れ込んだ。
「・・・うきゅううう・・・・・・。」
「・・・ぐへええええ・・・・・・。」
ボクシングのダブルノックダウンのように、ダナエとイカは倒れたまま動かない。強烈な電気が神経を痺れさせ、立ち上がることさえ出来なかった。
「・・・ダメだ・・・やっぱり私は・・・・ドジだ・・・。」
「うむむ・・・・ここでトドメを刺せば俺の勝ちだ・・・・動け身体よ!」
巨大なイカは力を振り絞り、触手を動かして身体を起こした。そしてプスプスと煙を上げながら、ゆっくりとダナエに近づいていった。
「ぬふふ・・・俺の勝ちのようだな。ガキにしちゃよく頑張ったが、ここまでだ・・・。」
「・・・コウは・・・せめてコウだけは守らないと・・・・。」
ダナエは絹の袋を抱え、身を盾にして守る。巨大なイカは、吸盤の爪を伸ばしてギラリと光らせた。
「さあ・・・これで終わりだ!」
そう言って吸盤の爪を振り下ろそうとして、ピタリと動きを止めた。
「・・・なんだ?この懐かしい感じは・・・。まるで海に包まれているような・・・。」
巨大なイカは、懐かしい海の匂いを感じ取っていた。柔らかな潮風、荒々しい波、そして多くの生き物が遊泳する青い宇宙。イカは大きな目から涙を流し、おいおいと泣き始めた。
「な、何・・・?どうしたの・・・?」
「・・・分からない・・・。でも、お前から海の懐かしさを感じるんだ・・・。長い間ここに閉じ込められているから、つい懐かしくなって・・・・。」
イカの涙は溢れ、ドバドバと滝のように流れ出す。長い触手で拭っても、次から次へと溢れてくる。
「ここに閉じ込められてるって・・・どういうこと?」
ダナエは痺れる身体を起こし、膝をついて立ち上がった。イカは大きな口を開けて、金属を擦り合わせるような声で鳴いた。
「俺は・・・この辺りの海の主だったんだ・・・。でも、違う星からやってきた神のせいで、ずっとここに閉じ込められてる・・・。だから、海が恋しくて恋しくてたまらないんだ!」
ブルブルと顔を振ったせいで、ドバッと涙が飛び散る。ダナエはイカの方に近づき、その顔を覗き込んだ。
「違う星から来た神様って、もしかしてパラパラ・ブブカのこと?」
「・・・知ってるのか?」
イカは大きな目を見開き、驚いた表情で見つめる。
「うん。その神様のせいで、この辺り一帯は時空が歪んでいるの。だから外にいる村の人達が、自分の家に帰れないのよ。」
「ああ・・・陸までそうなってるのか・・・。俺も空間の歪に飲み込まれて、ここから出られなくなってるんだ・・・。ブブカをどうにかしない限り、海へ戻ることは出来ない・・・。
俺は・・・俺は・・・こんな所で一生を終えるのは嫌だあああああああん!」
「分かった!分かったから泣かないで!鼓膜が破れちゃう!」
イカの泣き声はダレスの超音波並みに強烈で、ダナエは耳を塞いで叫んだ。
「私はブブカの力を弱らせる為にここへ来たの!そうすれば、時空の歪みが無くなるでしょ?
だからもしよかったら、私に手をかしてくれない?」
すると巨大なイカはピタリと泣きやみ、「なんと?」と驚いた声を出した。
「ブブカの力を・・・弱らせると?」
「だって、そうしなきゃ誰も外へ出られないでしょ?ほら、その為にこんな危ない物まで持って来たんだから。」
ダナエは白い布服の内ポケットをゴソゴソと漁り、ガラスの棒を取り出した。
「見て、この中に緑の液体が入ってるでしょ?これは呪いがかかった細菌兵器なの。」
「な、なんとおおおお!細菌兵器ッ!何でそんな恐ろしい物を持っているんだ!」
「・・・ええっと、それには複雑な事情があって・・・・。でもとにかく、これを使ってブブカを弱らせるの!そうすれば、あなただって海へ戻れるでしょ?」
「・・・・ふうむ・・・。むむむ・・・・・。」
イカは触手で頭を掻いて、目を瞑って唸っている。そしてブルブルと頭を振り、「そんなに甘くない!」と叫んだ。
「いいか!ここへ入ったら最後、外へ出るどころか、ブブカの所へ辿り着くことも至難の業だ。
そう簡単に上手くはいかん!」
「どうして?私は社を通ってここへ来たんだから、出ることくらいは簡単じゃないの?」
「チッチッチ!分かっていないな。そんなことで外へ出られるのなら、俺がずっとこんな場所にいると思うか?」
触手を振って諭すように言われ、ダナエは腕を組んで首を傾げた。
「確かにそうね・・・・。」
「この場所はブブカの力のせいで、あちこちの空間が歪んでいるんだ。だから来た道を戻っても、決して出口には辿り着けない。」
「ああ、そういえば蛇の妖怪さんがそんなことを言ってたっけ・・・。」
「お前が今から来た道を戻ったとしても、空間の歪に飲み込まれてまったく違う場所へ出るだけだ。ここは・・・・誰も抜け出せない魚神の迷宮なんだ。」
「魚の・・・迷宮・・・?」
「そうだ。そしてその空間の歪みを消し去るにはブブカをどうにかしないといけないが、それも難しい・・・。だって、ブブカの所へ行こうとしても、歪みに飲まれてまた別の場所に迷い込むだけだからな。」
「そんな!それじゃどうしたらいいの・・・・?」
「さあな。そんなことが分かってりゃ、とっくに抜け出してるよ。」
イカは諦めの混じった顔でそっぽを向く。そして強く目を閉じ、何かに怯えるようにブルリと震えた。
「それにな、ブブカはすんごく強いんだ。ずっと前に、ここへ入ってきた腕自慢の鬼や悪魔がいたんだけど、あっさりとバラバラにされちまった。」
「・・へえ・・・そんなに強いんだ・・・。でもさ、それが本当なら、イカさんはブブカを見たことがあるってことでしょ?だったらブブカのいる場所も知ってるはずよね?よかったら案内してほしいんだけど。」
ダナエは期待に満ちた目で頼み込む。しかしイカは残念そうに頭を振った。
「無理だよ。ブブカのいる場所は知ってるけど、あの時はたまたま辿り着いただけなんだ。
空間の歪みは毎回別の場所へ飛ばされるから、どこへ出るか分からないんだよ。」
「そんな・・・それじゃあみんなここから出られないってことじゃない・・・。」
「だからそう言ってるだろ。まあ諦めるんだな。」
巨大なイカは興味も無さそうに言い、背中を向けて去ろうとした。しかしふとダナエの左手を見て、「うお!」と声を上げた。
「おい、お前!その腕輪は何だ?」
「何だって・・・・、プッチーだけど。」
「プッチー・・・・。」
ダナエはコスモリングを掲げてみせる。イカは目をキラキラさせながらダナエに近寄り、そっと触手を伸ばしてコスモリングに触れた。
「これだ・・・このプッチーから海の懐かしさを感じていたんだ。ああ・・・触れているだけで青い海が思い浮かぶ・・・。」
イカは恍惚として目を閉じる。まるで海の音と匂いを楽しむように、じっと自分の世界に浸っていた。
「おい、このプッチーとやらをくれないか?」
「ダメよ。これは大切なものだから。」
「うむむ・・・・。しかし、その腕輪からは大きな海の力を感じる。きっと特別な代物なんだろうな・・・。」
イカの言葉にダナエは頷き、二コリと笑ってコスモリングを撫でた。
「ここに青い宝石が三つあるでしょ?この中にはすごく強い神様が宿っているの。」
「強い神様が・・・?」
「うん、私も何度か助けられたんだ。悪い病気の神様だって、イチコロで倒すくらい強いのよ。」
「ほほう・・・。そんなに強いのか・・・。」
「それにね、この腕輪は海の力の結晶で出来ているの。きっとそのせいで、イカさんは海の懐かしさを感じたんじゃないかな?」
「なんとお!海の結晶!ああ・・・そうだ・・・この感じはまさに海そのものだ・・・。」
イカはまた涙を浮かべ、目を瞑って天を見上げる。そして奇妙な鳴き声で唸り、触手で腕組みをして考えていた。
「・・・ふむ。・・・よし、いいだろう!」
「何がいいの?」
「俺はお前に力をかしてやるぞ。」
「ほんとう!」
「ああ、海の結晶で出来たその腕輪・・・・そんなものを身に着けているということは、きっとタダ者じゃないんだろう。」
「・・・ええっと、そうでもないけどね。以外と普通の妖精よ、私。」
「いいや、俺の目に狂いは無い!お前はきっと、何か光るものを持っているに違いない。
それにな、その腕輪に宿る神様に力をかしてもらえば、ブブカだって何とか出来るかもしれない。」
「じゃあ、ほんとうに力をかしてくれるのね?」
「だからそう言ってるだろう。俺だって、出来ればこんな所からオサラバしたいんだ。だから二人で協力して、ブブカの奴をぶっ飛ばしてやろう!」
イカは長い触手を持ち上げて気合を入れる。ダナエは手を叩いて喜び、触手を握って笑いかけた。
「私はダナエ!月から来た妖精よ。よろしくね。」
「月・・・?なんだそれは?」
「ここからずっと遠い所にある星よ。ねえ、あなたの名前は何ていうの?」
握った触手を振って尋ねると、イカは真っすぐにダナエを見つめて答えた。
「俺はチュルック、この海の主さ。・・・・今は違うけど・・・。」
「じゃあチュルック。これから私達は友達ね。」
「おお・・・友達。懐かしい響き・・・。昔は俺にも友達がいたが、ブブカに喰われて死んじまったよ・・・。」
チュルックは遠い目で壁を見つめる。そして涙をすすり、ダナエの手を離した。
「俺と同じくらい大きなタコでな。いっつも喧嘩ばかりしてたけど、今思えばいい奴だった。ブブカさえ来なけりゃ、今でも俺達は・・・・。」
「辛いわね・・・友達を失うなんて。」
「ああ・・・ほんとうに・・・。でもダナエが新しい友達になってくれるなら、ちょっとは元気が出るかな。」
「うん!もうチュルックは独りじゃないよ。だから力を合わせて、ここから出よう!」
チュルックは大きな頭を動かして頷き、道の奥を睨んだ。
「この先にも空間の歪がある。どこへ出るか分からないけど、とりあえず行ってみるか?」
「そうね。じっとしてても始まらないから、行ってみましょう。」
ダナエは銀の槍を拾い、チュルックの前に立って歩き出した。そしてしばらく先へ進むと、目の前の空間が波打つように歪み出した。
「これが空間の歪だ。ここを抜けると、また違う道へ出るはずだ。」
「・・・ちょっと不気味ね。でも行くしかないわ。えい!」
ダナエは迷わず空間の歪に飛び込み、チュルックもその後を追った。空間の歪に飛び込んだダナエは、一瞬風が駆け抜けていくのを感じた。そして次の瞬間には、さっきとはまったく違う場所に立っていた。
「わあ・・・・何ここ?変な景色・・・。」
ダナエが出て来た場所は、色とりどりの貝が並ぶカラフルな空間だった。
「ああ、ここへ出たか。」
チュルックが長い触手を動かしながら、カラフルな貝に触れた。
「知ってる場所?」
「ここは見ての通り、たくさんの貝が住んでいる場所なんだ。まあ特に危険はないよ。
・・・・・・あいつさえいなければ。」
「あいつ?あいつっていったい・・・・・、」
ダナエが言いかけた時、突然貝が割れる音が響いた。そしてシャキシャキと鋭い音がして、何かの気配が近づいて来た。
「何・・・?誰かいるの?」
息を飲んで槍を構えると、チュルックは「危ない!」といって触手で包み込んだ。
次の瞬間、「シャキーン!」と鋭い音がして、チュルックの触手は斬り落とされていた。
「ぎゃああああ!痛い!」
「チュルック!どうしたの!」
ダナエは心配そうにチュルックに駆け寄る。その時後ろから殺気を感じて、咄嗟にしゃがみ込んだ。すると次の瞬間、鋭いハサミが頭上を駆け抜けていった。小さな風圧が金色の髪を揺らし、ダナエは槍を構えて振り返った。
「誰!」
「・・・・・・・・・。」
ダナエの目の前にいたのは、見上げるほど巨大なカニだった。
「な、何この大きなカニは・・・・。」
巨大なカニは、シャキシャキとハサミを鳴らした。そのハサミは鋭い刀のように研ぎ澄まされていて、怪しく光っている。そして目玉はカタツムリのように飛び出し、黒緑の外殻は鉄のような重厚さを感じさせた。
「まずい!こいつは千年ガザミだ!」
「千年ガザミ?」
「ああ、ブブカは空間だけじゃなくて時間も歪めるから、この場所には時間の歪もあるんだよ。
こいつはそこを通って、千年分の成長をしたカニだ。ほんとうなら有り得ないことだけど、ブブカの力は俺達の常識が通用しない。だからこんな化け物まで出て来るんだ。」
「なんか・・・ますます危険な相手ね、ブブカって。」
千年ガザミはシャキシャキとハサミを鳴らし、奇声を上げて襲いかかってきた。
「伏せろ!」
チュルックは触手でダナエを抑え込む。そしてまたしても触手を切られてしまった。
「ぎゃあああああ!痛ってなあこの野郎!」
チュルックは口からミニゲソを吐いて応戦する。しかし千年ガザミの固い殻には、ミニゲゾの攻撃は通用しなかった。
「ジュウウウウウウウ・・・・シャアアアアアア!」
千年ガザミはハサミを振り回してミニゲソを叩き潰していく。そして口から泡を吹き出し、あっという間にミニゲソを全滅させてしまった。
「ダナエ!あの泡に触れるなよ!一瞬で身体が溶かされちまうぞ!」
チュルックはイカ墨を吐いて千年ガザミの泡を相殺し、長い触手を巻きつけて動きを封じた。
「今だ!その槍でトドメを刺せ!」
「わ、分かった!」
ダナエは立ち上がり、槍を構えて高く飛び上がった。そして千年ガザミの殻の隙間を狙い、思い切り槍を突き刺した。
「てやああああああ!」
銀の槍はハサミの関節に突き刺さり、千年ガザミは苦しそうにもがいた。
「あなたもビリビリ感電しなさい!」
ダナエは両手をクロスさせ、槍を通じて電気を放った。千年ガザミはバリバリと感電し、泡を吹いて動かなくなった。
「やった!倒した!チュルック、もう安心して・・・・・、」
そう言って振り返った時、思いもよらない光景を見て絶句した。なんと前年ガザミはもう一匹いて、チュルックの頭を真っ二つにしていた。
「・・・ああ・・・チュルックううううううう!」
ダナエは槍を握って駆け寄った。
「この!チュルックから離れなさい!」
そしてもう一度両手をクロスさせ、電気を放って千年ガザミを感電させた。激しい電流でガザミの身体は麻痺し、ハサミを下ろして動かなくなった。ダナエは槍を置いてチュルックの傍に膝をつき、必死に呼びかけた。
「チュルック!チュルック!しっかりして!」
「・・・ああ・・・・・ダナ・・・エ・・・。力が・・・はいらな・・・い・・・。」
「ダメよ死んだら!私が治してあげるから!」
ダナエは髪を三本抜き、水の精霊に呼びかけた。
「命の水よ、お願い!チュルックを助けてあげて!」
手に持った金色の髪にそっと息を吹きかけると、パッと綺麗な水に変わってチュルックに降り注いだ。しかし真っ二つにされた頭は元に戻らす、チュルックはどんどん力を失っていった。
「ダメだ・・・私の力じゃ・・・。コウなら助けられるかもしれないのに・・・。」
コウは傷や病気を癒す魔法を得意としていた。そしてこんな時はいつも魔法を使って怪我を治してくれるのだが、彼はまだ目を覚ます気配はなかった。
「ああ・・・どうしよう・・・チュルックが死んじゃう・・・・。」
ダナエは目にいっぱいに涙を溜め、チュルックを揺さぶる。
「チュルック!ねえ・・・しっかしりて・・・。」
「・・・ダナ・・・エ・・・・。せっかく・・・・ともだちに・・・なれたのに・・・。
もう・・・おわか・・・れ・・・・・みたい・・・・・だ・・・・。」
「いや!ダメだよ!せっかく友達になったんだから、お別れなんてダメ!チュルック・・・。」
「・・・・ダナ・・・エ・・・ともだちに・・・・なって・・くれて・・・あり・・がとう。
・・・さよ・・う・・な・・・・・・・・・・。」
チュルックは大きな目を開いたまま、ピクリとも動かなくなってしまった。
「そんな・・・チュルック!チュルックううう!うわああああああああん!」
ダナエはチュルックの触手を握って項垂れる。涙を流し、鼻水を垂らし、顔を赤くしてわんわんと泣き叫んだ。
そして・・・ダナエの後ろでは千年ガザミが動き出していた。痺れが治まり、力を取り戻して大きく鳴いた。
「シャアアアアアア!」
「ああ・・・・もう動き出した・・・・。」
ダナエは槍を掴み、涙を拭いて叫んだ。
「よくも私の友達を・・・。あんた達、焼きカニにしてやるわ!」
ダナエの金色の髪が薄く光り、わさわさと動き出す。槍を握りしめ、千年ガザミに向かって駆け出そうとした。しかしその時、背後で何かが動く気配を感じた。槍を構えて振り返ると、目の前に巨大なハサミが迫っていた。
「きゃあッ!」
咄嗟に槍を持ち上げて身を守ったが、強烈なパワーに弾き飛ばされてしまった。その衝撃で銀の槍を落としてしまい、腰に着けていた絹の袋も宙に投げ出されてしまった。
「コウ!」
咄嗟に走り出し、コウを包んだ袋を拾おうとする。しかしまた後ろから殺気を感じて、咄嗟にしゃがみ込んだ。
「シャアアアアア!」
ハサミが頭上を駆け抜けていく。立ち上がって逃げようとすると、目の前にはもう一匹のガザミがいた。
「・・ああ・・・・そんな・・・・。」
ダナエは逃げ場を失い、よろよろと後ずさって壁にぶつかった。千年ガザミはハサミを鳴らしてダナエを追い詰め、カタツムリのような目玉をギョロっと動かした。
「この!負けるもんか!」
ダナエは大きく息を吸い、両手を頭上に掲げて叫んだ。
「荒くれ者の火の精霊!凶暴なカニを焼き払って・・・・、」
しかし魔法を唱え終える前に、ガザミのハサミがダナエを叩き飛ばした。
「きゃあッ!」
ドシン!と大きな音が響き、ダナエは壁にめり込む勢いでぶつかる。そして力をなくし、ズルズルと壁にもたれて倒れていった。
「・・・うう・・・・ああ・・・・・・・。」
ダナエは半分目を閉じ、千年ガザミのハサミの音を聞いていた。シャキシャキと鋭い音が迫り、固くて冷たいハサミが自分の首に当てられる。
《ああ・・・また・・・何も出来なかった・・・。ダメだなあ・・・私は・・・。》
チュルックを助けられなかったこと。自分が死にそうになっていること。ダナエは情けなくなり、思わずポロリと涙をこぼした。
《ここで私が死んだら・・・みんな村から出られなくなっちゃう・・・。それに、コウだって守れない・・・。プッチーに宿る神様・・・また力をかして。悔しいけど・・・私じゃみんなを助けられない・・・。お願いだから・・・みんなを助けて!》
ダナエは強く願い、コスモリングの神を呼び出そうとした。しかしコスモリングはウンともスンともいわず、ダナエの願いに応えることはなかった。
《なんで?どうして出て来てくれないの?みんが危ないのに・・・。早く出て来て!》
もう一度強く呼びかけるが、やはりコスモリングは何の反応も示さない。そしてダナエの首に当てられたハサミがゆっくりと動き、その命を奪おうとした。
《ああ・・・もうダメだ・・・。みんな、ごめんなさい・・・。私は何も出来なかった・・・。》
ダナエは目を閉じ、みんなの顔を思い浮かべた。コウの顔、父と母の顔、月の女神の顔、そしてトミーとジャム、ダンタリオンや村人の顔を。
ハサミはグッと首に食い込み、今にもダナエの命を絶とうとしている。ダナエは悔しい思いで涙を流し、唇から血が出るほど歯を食いしばった。
そして・・・・シュン!と鋭い音がした。
《ああ・・・終わった・・・。私・・・死んじゃった・・・・。》
ダナエは力を抜き、天に召される瞬間を待った。じっと目を閉じ、愛しい者達の顔を思い浮かべながら死を受け入れた。しかし・・・・いくら待っても天から迎えは来なかった。それどころか、まだ胸が鼓動を刻んでいるのを感じて、ゆっくりと首に手を当ててみた。
「・・・・あれ?首が・・・・繋がってる・・・・。」
不思議に思って目を開けると、千年ガザミが倒れていた。固い殻をバラバラに切り刻まれ、ダナエのすぐ横に散らばっていた。
「きゃッ!な・・・何・・・?どうしてこんな・・・・。」
するとまたシュン!と鋭い音が響き、もう一匹のガザミもバラバラに切り刻まれてしまった。
ハサミや足がボトボトと地面に落ち、プラモデルのパーツのように散らばっていく。
「そんな!あの硬いカニの殻がバラバラになっちゃうなんて・・・いったい何が起こったの?」
震える瞳でバラバラになった千年ガザミを見つめていると、突然誰かが抱きついてきた。
「きゃあ!何!」
ビックリして手足をばたつかせ、顔にしがみつく何かを振りほどいた。
「ちょっと!いったい誰が・・・・・、あ!・・・あああ!」
「よ!おはようさん。」
ダナエの顔に抱きついて来た者。それは繭から目を覚ましたコウだった。
「ああ・・・コウ・・・。コウおおおおお!」
ダナエは目にいっぱい涙を溜め、力いっぱいコウを抱きしめた。
「コウ!よかった!目を覚ましてくれた!」
さっきまでの絶望はどこかへ吹き飛び、嬉しさと喜びだけが胸を満たしていた。何度も何度も名前を呼び、しっかりと抱きしめたままピョンピョンと跳びはねた。
「ちょっとちょっと!力入れ過ぎ!苦しいよ。」
「ああ、ごめん。だって嬉しいんだもん!」
ダナエはコウを抱え、ニコニコと見つめる。そして妙な違和感を覚え、小さく首を傾げた。
「あれ?なんか・・・前と変わってない?」
「うん。なんか身体に力が溢れてくるんだ。背だって伸びたしね。」
コウの言う通り、確かに背が伸びていた。そして身体つきも大人びていて、細い腕が少しだけ逞しくなっていた。羽も一回り大きく成長し、自信満々に胸を張っている。
「へえ・・・いきなり大人びちゃったねえ・・・・・。」
「それだけじゃないぜ!魔法だって強力になったんだ、ほれ。」
そう言って千年ガザミの方を指差し、ニヤリと笑った。
「あれってコウがやったの?」
「ああ、風の魔法を使ってね。もうカマイタチなんてレベルじゃないぜ!」
「・・・すごい・・・。じゃあコウが私を助けてくれたんだね?」
「そうだよ。繭の中でもダナエの声が聞こえてたからな。こりゃヤバイと思った時に、進化が終わったんだ。間一髪だったよな。」
コウは腕を組んで誇らしそうに笑った。
「まさかコウに助けられる日が来るなんて・・・ちょっぴり感動・・・。」
ダナエは瞳を潤ませ、グリグリとコウに頬ずりをした。
「何言ってんだよ。今までだって、何度も助けたことはあっただろ?」
コウは呆れたように呟き、ピンとデコピンを放った。そしてダナエの後ろを見つめ、「お!」と声を上げた。
「何とか復活したみたいだな。よかったよかった!」
ダナエは首を傾げ、何のことかと思って振り向いた。するとそこには、頭に切り傷の入ったチュルックがこちらを見つめていた。
「チュルック!」
ダナエはコウを抱えたままチュルックに駆け寄り、満面の笑みをみせた。
「よかった!てっきり死んじゃったのかと思ってた・・・。」
グスリと鼻を鳴らし、目尻を拭って俯いた。
「いやあ、危ないところだったよ。そこの妖精が傷を治してくれなきゃ、俺は確実にあの世行きだったな。」
そう言って大きく笑い、触手を伸ばしてコウの頭を撫でた。
「繭から出て来た時さ、このイカが真っ先に目に入ったんだよ。近づいてみるとまだ息があったから、水の魔法を使って治してやったんだ。」
「へえ・・・すごい。あの傷を治しちゃうなんて・・・。」
「俺もビックリだよ。あのまま死ぬもんだと覚悟してたのに。ほんと、何てお礼を言ったらいいか・・・。」
チュルックは大きな頭を縮ませて、ヘコヘコと畏まった。
「いいって、いいって!あんただってダナエを助けてくれたんだから、これであ合いこだよ。」
コウはビシっと親指を立て、ニコリと微笑んだ。
「さて、こんなことばっかり言い合ってても仕方がない。何とかこのへんてこりんな道を抜けて、ブブカとかいう神様の所に行かなきゃいけないんだろ?」
「そうなの。でもどうすれば辿り着けるのか分からなくて・・・・・。」
ダナエは困った顔で俯き、唇を尖らせて道の奥を見つめた。
「やっかいな場所だよな。どこに出るか分からないなんて。でももしかしたら、なんとかなるかもしれないぜ。」
コウはニヤリと笑い、宙に舞い上がった。
「おいイカ。」
「イカじゃない。チュルックだ。」
「そうか、じゃあチュルック。あのちっこいイカを出してくれよ。」
「ミニゲゾを?別にいいけど・・・どうしてだ?」
「いいから、いいから、さっさと出す。」
コウはチュルックの頭をポンと叩いた。
「まあいいけど・・・・。」
チュルックは口を開け、ミニゲソ達をばら撒いた。するとコウは目を閉じて魔法を唱え、パっと両手を広げた。
「虫の精霊!丈夫な白い糸をかしてくれ!」
そう叫ぶと、コウの指からシュルシュルと細い糸が伸びていき、ミニゲソ達にくっ付いた。
「これは蚕の糸さ。丈夫でよく伸びるんだ。そしてこの糸をチビイカに結んで解き放てば、それを辿ってブブカの所まで辿り着けるかもしれないだろ?」
「ああ!なるほど!」
ダナエは手を叩いて頷き、チュルックも「ほほう」と感心した。
「それじゃチュルック。チビイカを解き放ってくれ。」
「よし来た!お前達、ブブカを見つけ出してこい!もしみつけたら、この糸を引っ張って合図するんだ。」
ミニゲソ達は小さな触手を上げて頷き、バラバラと飛び散っていった。
「さて、あとはここで待つだけだな。」
コウはダナエの肩に座り、じっと道の奥を見つめた。ダナエは長い髪を揺らして腰を下ろし、腕の中にコウを抱き寄せた。
「あの小さなイカさん達、ちゃんとブブカを見つけてくれるかな?」
「さあな、でもこれしか方法はないし、今は待つだけさ。」
コウは肩を竦めて笑い、そして何かに気づいて回りを見渡した。
「あれ?あのゾンビ達は?」
「ああ、実はね・・・、ジャムが海に落っこちて・・・・。」
ゾンビ達のことを説明すると、コウは腹を抱えて笑っていた。
「あははは!やっぱりドジな奴!」
「もう、笑ったら可哀想よ。トミーはジャムを助けて、きっと後を追って来てくれるわ。」
ダナエは膝を立てて壁にもたれ、空間が歪む道の奥を睨んだ。三人はじっと黙ってミニゲソ達の合図を待っていた。いつ糸が動くかと目を凝らし、ピリピリと緊張が張り詰める。
・・・・・そして、しばらく時間が経った頃に、ピクピクと糸が動いた。
「おお!合図が来たぞ!」
「ほんとだ!」
ダナエは興奮して立ち上がり、じっと糸の先を見つめた。
「これを辿っていけば、ブブカの所へ行けるのね・・・。」
銀の槍を握りしめ、瞳に希望を映す。チュルックは触手を持ち上げて糸の先を指した。
「早く行かないと、ミニゲソ達とは別の場所に出てしまうぞ。空間の歪は、時間が経つと出る場所が変わるからな。」
「うん、そうだね。それじゃあブブカの所まで行こう!みんな気を付けるのよ!」
「お前が一番心配なんだけどな・・・。」
気合を入れるダナエに、コウがため息混じりの呟きを返す。三人は空間の歪に向かい、ピクピクと揺れる糸を掴んで歪に飛び込んだ。
三人の周りを風が駆け抜け、次の瞬間には別の場所に出ていた。
「ええっと・・・糸は向こうに続いてるな。行こう!」
合図を送る糸に向かって駆け出すと、また千年ガザミが出て来た。
「うわあ!こんな所にもいやがった!」
チュルックは怯えて足を止める。
「大丈夫だ!こんな甲殻類なんて怖かない!」
コウは羽を動かし、素早く呪文を唱えて真空の刃を放った。逆巻く風刃が千年ガザミを分解し、三人はさらに奥へ走っていく。そしてまた空間の歪に飛び込んだ。
そんなことを三回ほど繰り返していると、今までとは明らかに違う場所に出た。
「ここは・・・・・・。」
ダナエは不思議そうに辺りを見回した。ウネウネとうねった道は消え、岩で囲まれた広い洞窟のような場所だった。数匹の光るクラゲが漂い、辺りを薄い青に照らしている。そしてその奥にはさらに道が続いていて、ピクピクと糸が動いていた。
「この先だ。早く行こう!」
三人は駆け出し、洞窟の奥へ向かう。すると合図を送っていた糸はピタリと動きを止め、スルスルと地面に落ちていった。
「・・・これは・・・どこかで切れたのか?」
コウは小さな手を動かして糸を手繰り寄せる。すると切れた糸の先端に、ボロボロの白い布が付いていた。
「なんだこりゃ?」
手に取って不思議そうに見つめていると、ダナエがサッと横から奪い取った。
「これって・・・トミー達にあげた包帯だわ・・・。」
「何だって!」
コウは驚いて顔を寄せ、じっと睨んだ。
「・・・ほんとだな。確かにダナエがあげた包帯だ。でもどうしてあいつらの包帯がくっ付いてるんだ・・・?」
二人が首を傾げていると、チュルックが触手を動かして洞窟の奥を指した。
「おい・・・何か来るぞ・・・。」
ダナエとコウは、じっと洞窟の奥を睨んだ。すると眩く光る何かが近づいて来て、ふわりと三人の頭上に舞い上がった。
「あれは・・・・・。」
ダナエは驚いて声を上げる。三人の頭上に浮かんでいるのは、ピカピカと光るクラゲだった。
しかしその身体は千年ガザミと同じくらいに巨大で、長い触手に鋭い針が付いていた。
「こいつはきっと、時間の歪を通ったクラゲだ。千年ガザミと一緒で、有り得ないほど成長してるんだよ!」
チュルックは長い触手を伸ばして叫ぶ。ダナエは銀の槍を構えて警戒し、コウは宙に舞い上がって魔法を唱える準備をした。
「かかって来るなら来い!お前もバラバラにしてやるぞ!」
しかしダナエは何かに気づいてコウを止めた。
「待って!クラゲの中に何かいる!」
ピカピカと透き通るクラゲの中に、人影が見えた。それも二人分・・・。
ダナエはもしやと思い、目を細めてじっと見つめた。
「あれは・・・・・トミーとジャムだわ!」
「何だってええええ!」
二人は驚いて固まり、クラゲの中のトミーとジャムを見つめた。
「どうしてクラゲの中にいるんだ・・・?」
「さあ・・・?海へ落ちたはずなのに・・・。」
二人が疑問に思っていると、チュルックが触手を動かして答えた。
「ここへ入る方法は、社を通るだけじゃないんだ。社の周りにはいくつか空間の歪があって、俺もそこを通ってここへ迷い込んだんだ。」
「なるほど・・・あいつらはその歪に迷い込んだってことか・・・。」
コウが納得していると、巨大なクラゲは触手の針を飛ばしてきた。
「危ない!」
咄嗟にチュルックが触手で叩き落とすが、何本かの針が刺さって叫び声を上げた。
「痛いッ!くそ・・・。」
慌てて針を抜こうとするが、急に身体が痺れて動けなくなってしまった。
「・・・まずい・・・この針・・・・毒がある・・・ぞ・・・・。」
「何だって!」
コウはチュルックに飛び寄り、魔法を唱えて毒を消そうとする。しかしクラゲは長い触手を伸ばして、コウを巻き取ってしまった。
「うわああああああ!」
「コウ!」
ダナエは魔法を唱え、一番強力な火の魔法を放とうとする。しかしコウは首を振って「止めろ!」と叫んだ。
「そんなことしたら、ゾンビまで一緒に燃えちまう!アンデッドは火に弱いんだから!」
「ああ・・・そうだった・・・。でもどうしたら・・・。」
ダナエは槍を握ってオロオロとする。頼りのコスモリングは力をかしてくれないし、パワーアップしたコウは敵に掴まっているし、どうにも成す術がなかった。
するとチュルックはミニゲソをばら撒き、ダナエに向かって叫んだ。
「おい妖精!またあの糸を出してくれ!こいつらにくっ付けるんだ!」
コウは身をよじって羽を動かし、スパッと触手を斬り落とした。そして虫の精霊に働きかけ、蚕の糸を放つ。
「ここは俺に任せろ!お前達は糸を辿ってブブカの所へ行くんだ!」
チュルックはイカ墨を吐き、クラゲを弾き飛ばした。
「でもチュルック一人じゃ・・・。」
「みんなやられたら、誰がブブカの所へ行くんだよ!俺はいいから糸を辿って先へ行け!」
チュルックはミニゲソ達に命令し、洞窟の奥へ解き放った。
ダナエは迷っていた。チュルックを一人にしていいのか?それにトミーとジャムを見捨ててもいいのか?困った顔で眉を寄せ、槍を握る手に汗が滲んでいた。
「いいから行けダナエ!俺もここに残るから!」
「コウ・・・。」
「このゾンビ達だって、一応俺達の仲間だしな。それにチュルックだって、お前の友達なんだろ?だったら俺の友達も同然さ。」
コウはニコリと笑い、迫りくるクラゲの触手を羽で斬りおとした。
「・・・分かった。でも絶対に無事でいてよ!」
「そりゃこっちのセリフだ。いざとなったら、プッチーの神様がお前を助けてくれるさ。」
「・・・・・・・・・。」
コウは知らない。コスモリングがダナエの声に反応しないことを。しかしダナエはそのことは言わず、強く頷いて洞窟の奥に走って行った。
「コウ!みんなを守ってね!私は必ずブブカの力を弱めてくるから!」
「おう!頼んだぞ!」
ダナエは糸を掴んで走っていく。そのうちの一本がピクピクと揺れ、合図を送ってきた。
「もう合図が来た。きっとブブカが近くにいるんだ・・・。」
ダナエは槍を握りしめ、洞窟の奥にある歪にピョンと飛び込んだ。
「頼むぞダナエ・・・。」
コウとチュルック、そして巨大なクラゲとの戦闘が始まった。

 

                     (つづく)

 

 

 

ダナエの神話〜神樹の星〜 第六話 魚神パラパラ・ブブカ(1)

  • 2014.02.18 Tuesday
  • 16:41
『魚神パラパラ・ブブカ』1

暗い夜の海が、岸壁を打ちつけて白波を立てている。ダナエ達は蛇の妖怪に案内されて、村の海岸に来ていた。
「この村がウルズの実験場だったって、どういうこと?それに邪神の手下ってほんとうなの?」
「ええ、私達は実験の為だけに集められたんです。昔はもっと大勢いたんですよ。でも実験の為に殺されたりして、ずいぶん数を減らしました。」
蛇の妖怪は後ろを振り向き、不安そうな顔をした村人を見つめた。
「邪神はあらゆる力を求めていますから、ウルズの研究にも興味があったんです。だから彼をスカウトして、様々な材料を与えて実験をさせていたんですよ。」
「そうなんだ・・・。ウルズの実験のせいで、たくさんの命が・・・・。」
ダナエは悲しそうに俯く。腕の中で眠るコウを抱きしめ、海風で揺れる髪を払った。
「みんなそれぞれの居場所があったのに、無理矢理ここへ連れて来られたんです。抵抗した者は、家族を皆殺しにされたりしました。だから誰も逆らえなかったんです。今日、あなた達がここへ来るまでは。」
「私達が・・・。どういう意味?」
「そのままの意味ですよ。あの病気の神を倒してくれたでしょう?これで晴れて私達は自由の身です。何と感謝したらいいか・・・・。」
蛇の妖怪はチロチロと舌を出し、瞼の無い丸い目を潤ませた。後ろにいた村人達も、グスグスと鼻をすすって泣いている。
「やったなダナエちゃん!何か俺達、知らず知らずのうちに人助けをしてたみたいだぜ!」
「さすがは俺のアイドル!いや、女神だ!一生ついて行くよ!」
ダナエは戸惑っていた。トミーとジャムは褒めてくれるが、ウルズのせいで命を落とした者が大勢いることを知ると、とても喜べる気分ではなかった。
「お嬢さん、胸を張りなさい。君はいいことをしたのだから。」
「魔人さん・・・。」
「それに感傷的になっている場合ではないぞ。あの妖怪は、何か伝えたいことがありそうだ。」
ダンタリオンがそう言うと、蛇の妖怪は涙を拭って頷いた。
「ウルズがここを実験場に選んだのには理由があるんです。あの海の向こうを見て下さい。」
蛇が指差した先には、大きな石造りの社が浮かんでいた。荒波がぶつかって水飛沫を上げ、星の明かりに照らされて怪しく光っていた。
「あの社は、魚神を祭る為に造られたものです。」
「魚神?」
「そうです。海王星という星から来た神様で、魚の姿に似ているのでそう呼ばれているんです。
名前はパラパラ・ブブカといいます。」
蛇の妖怪がそう言うと、トミーとジャムは腹を抱えて笑った。
「ははは!だっさい名前だなあ!」
「俺のジャムの方がまだマシだぞ!なあ、ダナエちゃん?」
「ううん、ジャムも大概だと思う。それに神様を笑っちゃダメよ。」
「・・・・はい。」
「・・・すみません。」
蛇の妖怪はコホンと咳払いし、「先を続けてもいいですか?」と尋ねた。
「うん、ごめんね。それで、そのパラパラ・ブブカっていう神様がどうかしたの?」
「はい。ブブカは波を操る力を持っているんです。」
「波?波って・・・この海の波?」
「なんというか・・・海の波も、です。もっと分かりやすくいえば、波動とでもいうのかな?」
すると、ダンタリオンが指を立てて助け舟を出した。
「要するに、力の波のことだな?」
「ああ!そうそう、なんかそういう感じです。海だけじゃなくて、時間とか空間の波も操るんです。だから遠い遠い海王星から、この星まで一瞬でやって来たそうなんですが・・・。」
蛇の妖怪は二つの頭で海を見つめ、長い尻尾を動かして社を睨んだ。
「ブブカのいる近くは、色んなものがその影響を受けるんです。だから海もこんなに荒れているし、空間や時間だって歪みやすくなる。それは病気の神にとって、実験をするのに好都合だったんです。」
蛇の妖怪の言葉を聞いて、ダンタリオンは大きく頷いた。
「なるほど・・・。それであの厄病神は、空間に穴を開けたり、時空を歪めて黄泉から死者の魂を呼び出したりすることが出来たのだな。細菌の神のくせに、どうしてあんな力を持っているのか疑問に思ったが、これで謎が解けたわい。」
「彼はブブカの力も欲しがっていたから、いずれブブカを殺してその力を手に入れるつもりだったんです。その為の研究も熱心にやっていました。」
蛇の妖怪がそう言うと、ウルズの家の方から二人の村人が走ってきた。その手には三つのガラスの棒が握られていて、中には緑色のドロっとした液体が入っていた。蛇の妖怪はそれを受け取ると、ダナエに向かって差し出した。
「これこそが、ブブカを殺す為に作っていた細菌兵器です。危険な細菌に強力な呪いがかかっていて、これに感染したものは身体が腐り、自我が崩壊してしまうんです。」
「・・・これが細菌兵器?ただの液体にしか見えないけど・・・。」
ダナエをじっとガラスの棒を見つめた。緑の液体は薄く光っていて、中から漏れないようにしっかりと金属の蓋が閉められていた。
「私の仲間も、この液体の実験道具にされました。そうしたら・・・ゾンビのように身体が腐って、自分が誰だか分からなくなってしまったんです。」
「・・・怖い・・・。自分が誰だか分からなくなってしまうなんて・・・。」
「自我が崩壊すれば、その者の心は真っ白になってしまいます。そこに洗脳をかければ、あとは自分の思い通りに操れるというわけなんですが・・・。」
「どうしたの、口ごもって?」
「・・・この細菌兵器は、まだ完成はしていないようなんです。相手が意志の強い者である場合、自我を壊すことは出来ないみたいで・・・。」
「じゃあ身体だけ腐っちゃうってこと?」
「そういうことです。そして・・・これを使って、あなた達にあることをお願いしたいんです。」
蛇の妖怪は真剣な目でダナエを見つめる。そして一歩前に出て、その細菌兵器を差し出した。
「これを使って、ブブカの力を弱めてほしいんです。」
「ブブカの力を・・・?」
「病気の神がいなくなったおかげで、私達は実験の材料にされることはなくなりました。でもこのままじゃ自分達の居場所へ帰れないんです。なぜなら・・・・。」
蛇の妖怪は悲しそうに俯き、晴れた夜空を見上げた。
「見て下さい、天に浮かぶ星を。」
「星?星がどうかしたの?」
ダナエはじっと夜空の星を見上げた。それは何の変哲もない夜空だったが、かすかに星の明かりが歪んで見えた。まるで波打つ水面のように、小さく揺らめいているのが分かる。
「なにあれ?どうして夜空が波打っているの?」
「この辺り一帯は、ブブカのせいで時空が歪んでいるんです。それをどうにかしない限り、私達はここから出ることは出来ないんです。」
「・・・なるほど、だからその細菌兵器を使って、ブブカの力を弱めようというのね?」
「そうです。そうすればここから抜け出して、みんなは元いた場所に帰ることが出来る。でも私達の力では、ブブカの力を弱める前に殺されてしまいます。だから・・・どうかあなたにやって頂きたいんです!あの病気の神を倒したあなたなら、ブブカの力を弱めることだって出来るかもしれない!」
蛇の妖怪は真剣な目で訴える。ダナエはガラスの棒を受け取り、吸い込まれるような淡い緑の液体をじっと見つめた。
「・・・ウルズをやっつけたのは、私の力じゃないわ。この腕輪に宿っていた神様の力よ。
私は何も出来なかった。ただやられるばかりで、コウを守ることも出来ずに・・・。」
ダナエは、腕の中で眠るコウをそっと撫でた。するとダンタリオンは、ダナエの肩に手を置いて言った。
「お嬢さん、もし君が弱い子なら、その腕輪の神は力をかしたりしなかっただろう。」
「・・・この腕輪のことを知っているの?」
「もちろんだ。その腕輪はコスモリング。青い海が生み出した、宇宙と自分を繋ぐ光の輪だ。」
「宇宙と・・・自分を・・・。」
「我々のいる世界は広い。煌めく星が旅を続けるこの宇宙は、ある大きな意志と繋がっているのだ。そしてその大きな意志とは、宇宙の中心に座する真なる神である。」
「真なる神様・・・。それって、私が会いに行こうとしていた神様だわ。」
「宇宙の中心は、ここより遥か遠くにある。それは物理的な意味だけではなく、精神的な意味でも遠い場所なのだ。私のように学術を追求する者や、芸術や宗教、哲学を極めんとする者は、その真なる神に触れたがっている。それこそが、この世界の真理を知る手掛かりなのだから。」
「・・・・難しいことは分からないけど、私はただ宇宙の中心の神様に会いたいから旅に出ただけよ・・・。でも、そのことと、この腕輪が何か関係あるの?」
そう問いかけると、ダンタリオンは大きく頷いた。
「その腕輪は、海という青い宇宙が生み出した結晶だ。そして海と宇宙はよく似ている。
その広い世界の中で多くの命が生まれ、そして死んでいく。様々な命が海の一部となり、その世界を創り上げているのだ。まるで、あの夜空に見える宇宙と同じように・・・。」
「この腕輪をくれた神様も、似たようなことを言ってたわ。」
「その腕輪には秘密があってな、あらゆる魂を吸収してしまうのだ。例え相手が強い神様であったとしてもな。きっとその腕輪に宿る神は、危険な目に遭って死にかけたのだろう。その時にタイミングよくその中に吸い込まれたのだ。そしてその腕輪は、持ち主の魂と繋がっている。だからもし君が弱い子なら、腕輪の神はすぐにそれを見抜き、力をかしたりはしなかっただろう。」
「でも私は・・・何も出来なかったのに・・・。」
「私が言っているのは、心の強さのことだ。君は心の強い子だった。だから腕輪の神を呼び出し、皆を助けることが出来た。胸を張ればいい。」
ダンタリオンはポンと肩を叩き、コスモリングを見つめた。
「その腕輪には他にも秘密があってな。自分と自分でない者とを繋ぐことが出来るのだ。」
「・・・どういうこと?」
「分かりやすく言えば、魂と魂をコンタクトさせることが可能だ。そうすれば、互いの本当の意思を知ることが出来る。それに上手く使えば、どんなに強大な敵でも倒すことが出来る。」
「上手く使うって・・・・どんな風に?」
「魂と魂のコンタクトというのは、お互いの意思だけをもって触れ合うことだ。ならばその身に宿る力や魔力、身体の大きさは一切関係なくなる。分かりやすく説明すると、ロボットに乗るパイロットが、そのロボットを降りて、話し合ったり触れあったりするようなものだ。
しかしそれを行うには勇気がいる。もし相手がロボットから降りて来なければ、自分だけ生身の身体のまま、巨大なロボットの前に立つことになるのだから。だからそれを使って魂のコンタクトを取る時は、まずはこちらが魂を見せなければいけない。恐れず、怖がらず、一切の邪念を払って、自分の魂を見せる必要がある。そうでなければ、相手も自分の魂を見せてはくれないだろう。」
「・・・恐れず、怖がらず・・・自分を見せる・・・。」
「コスモリングには自分の意思がある。そしてもしその意思を知ることが出来たら、もっと大きな力を引き出せるだろう。」
「もっと大きな力・・・・?それってどんな力?」
「それは・・・・、いや、今は説明して仕方あるまい。もしその腕輪の意思を知ることが出来たら、きっとその腕輪自身が教えてくれるだろう。」
「・・・プッチーの・・・意思を・・・・。」
ダナエは透き通る青い瞳を揺らし、じっと腕輪を見つめた。するとダンタリオンが横から手を伸ばし、液体の入ったガラスの棒をつまみ上げた。
「ふうむ・・・細菌兵器か。あの厄病神め、こんなものを作っていたとは。」
そう言って小さくガラスの棒を振り、険しい顔で睨んだ。
「出来ることとやっていいことは違うというのに・・・。しかし、そのブブカという神をどうにかするには、これが鍵になりそうだな。」
ダンタリオンは残る二本の細菌兵器もつまみ上げ、ダナエに向かって言った。
「これを少しの間だけ儂に預けてくれんか?細菌兵器などあまりに危険すぎるからな。もう少し呪いの力を弱めて、周りの者へ感染しないように魔術を施そう。」
「うん、私もそんなの持っていたくないもの。よかったらあげるわ。」
ダンタリオンは首を振り、ガラスの棒を懐にしまった。
「お嬢さん、これは儂がもらうわけにはいかん。なぜなら、君はこれを持ってブブカの所へ行かなければならないのだから。そうしなければ、我々はここから出ることは出来ない。」
そう言うと、蛇の妖怪もダナエの手を握って懇願した。
「お願いです!どうかブブカの所へ行って、あいつの力を弱めて下さい。そうでないと、私達はずっとここから出られない・・・。」
蛇の妖怪も、そして後ろの村人も悲しそうに俯く。ダナエは少し戸惑ったが、やがて大きく頷いて笑顔を見せた。
「分かったわ。私に出来ることならやってみる。」
「ほ、ほんとうですか?」
「うん、上手くいくかどうかは分からないけど、困ってる人を見捨てられないもの。」
「ああ!ありがとうございます!みんな、やったぞ!ここから出られるかもしれない!」
蛇の妖怪は嬉しそうに叫び、村人から歓声が沸き起こる。すると後ろで黙っていたトミーが、指を立てて言った。
「ちょっといいかな?」
「なあに?」
「わざわざブブカとかいう神様の所へ行かなくたって、俺達が通ってきたあの穴を使えば、ここを出られるんじゃないか?」
「ああ!そうだわ!どうにかしてあの穴を開ければ、もしかしたら・・・・、」
しかしダナエの言葉を遮って、ダンタリオンは「それは無理だ」と首を振った。
「あの穴は亡者しか通れないのだ。生きている者が通れば、中を蠢く怨霊に殺されてしまうだろう。」
「でも私もゾンビさん達も、あの穴を通って来たのよ?」
「君はコスモリングに守られていたから無事だったのだろう。そこのゾンビ達は、元々死んでいるから問題ない。」
「じゃあコウは?この子も無事だったけど、どうしてなの?」
そう言ってコウを見せると、ダンタリオンは「ふうむ」と唸った。
「もしかしたらだが・・・この妖精はそれなりの力を秘めているのかもしれない。怨霊程度では殺されないほどの力を・・・。まあ進化を終えて目を覚ませば、ハッキリするだろう。」
「そっか・・・。コウ、早く目を覚ましてね・・・。」
ダナエはコウに頬ずりをして、小さな頭を優しく撫でた。蛇の妖怪はみんなを見渡し、チロチロと舌を出して言った。
「今日はもう夜なので、どうか私の家に泊っていって下さい。お風呂もご飯もありますから。」
「お、マジか!」
「やった!それじゃ遠慮なくお邪魔させてもらおう!さ、さ、ダナエちゃん、行こう!」
トミーとジャムは笑顔ではしゃぐ。ダナエは頷き、ギュッとコウを抱きしめた。
「コウ、久しぶりのお風呂だよ。一緒に入ろうね。」
ダナエは蛇の妖怪に案内されて村へ向かった。
「・・・一緒にお風呂・・・羨ましい・・・。」
「おいジャム!このロリコンめ!覗いたらぶっ殺すぞ!」
「誰がそんなことするか!それに俺はロリコンじゃない!マザコンだ!」
ゾンビ達は喧嘩を始め、ダンタリオンは「やめんか!」と拳骨を落とした。
「明日はお前達もブブカの所へ向かうのだ。今日はゆっくり休んで、力を蓄えておくように。」
「ええ!俺達も?」
「当たり前だ。お前達はもう死んでいるから、何も恐れる必要はなかろう?いざとなったら、あの子の盾となってやるがよい。」
「そ、そんな・・・・。」
トミーは泣きそうな顔で怯えるが、ジャムは拳を握って頷いた。
「ダナエちゃんの為なら、例え火の中水の中!喜んで盾になるぞ!」
「その意気だ。さあ、私達も行こう。」
ダンタリオンはトミーとジャムの背中を押し、ダナエの後を追っていく。
みんなが去った暗い海で、魚神の社が怪しく揺らめいていた。

            *

空から降り注ぐ眩しい光が、部屋の窓を通ってダナエの顔を照らす。
「ううん・・・。」
ダナエは眠たい目をゴシゴシとこすり、ベッドから起き上がって大きく背伸びをした。
「ふああ〜あ・・・。よく寝た。」
大きな欠伸をして目尻をこすり、横で寝ているコウを見つめて大声を上げた。
「きゃああああああ!コウ!」
その叫び声を聞きつけて、隣の部屋からトミーとジャムが駆けつけて来た。
「どうしたダナエちゃん!」
「何かあったのか!」
勢い良くドアが開かれ、二人はドタドタと部屋に入って来た。
「・・・コウが・・・・コウが・・・・。」
ダナエが指差すと、そこには真っ白な糸に包まれた繭があった。枕の横で大きな卵のように丸まっている。
「なんだ・・・これ?」
「まるで昆虫のサナギみたいだ・・・。」
三人が呆然と見つめていると、フリルの付いたパジャマを着たダンタリオンが入って来た。
「どうかしたのか?」
「ああ、魔人さん!これ見て!コウが・・・・。」
ダンタリオンは繭に包まれたコウを見つめ、「ふむ」と頷いた。
「これはサナギだな。もうじき進化が終わる証拠だ。」
「じゃ、じゃあ・・・コウは大丈夫なのね?」
「うむ。しかし今は、この繭の中でドロドロに溶けているはずだ。決して乱暴に扱ってはいかんぞ。」
ダンタリオンはそっと繭を撫でながら言う。
「分かった。無事に出て来るまで、絶対に私が守ってみせるわ!」
ダナエは両手で繭を包み、大切そうに抱き寄せた。
「さ、それでは部屋から出よう。ほれ、行くぞゾンビ達よ。」
「ああ。ほら、行くぞジャム。」
「・・・え?あ、ああ!そうだな・・・。」
ジャムは鼻の下を伸ばし、じっとダナエを見つめていた。するとトミーは拳を握り、思い切り拳骨を落とした。
「コラ!じろじろ見てんじゃねえ!やっぱロリコンじゃねえか!」
「違う!違うけど・・・・ダナエちゃん・・・・。」
ダナエは優しくコウの繭を抱きしめている。その姿は、シャツ一枚と下着だけだった。目を瞑ってコウを抱きしめていたダナエは、ジャムの視線に気づいて自分の姿を見た。
「きゃあ!エッチ!ジロジロ見ないで!」
ジャムの顔に枕が飛んで来て、続いて硬いコップも飛んで来た。
「ぶへえッ!」
トミーはジャムの首根っこを掴み、ズルズルと引きずって部屋を出ていった。
「お嬢さん、下の部屋で朝食が用意されているから、君も早く降りて来なさい。」
「うん、分かった。ありがとう魔人さん。」
みんなが出て行ってパタンとドアが閉まる。ダナエはササっと着替え、コウの繭を抱き寄せた。
「大丈夫よ、コウ。目を覚ますまで傍にいてあげるからね。」
ダナエは長い髪をポニールにくくり、部屋を出てトタトタと階段を降りていった。
「お待たせ!」
下の部屋には、蛇の妖怪とその奥さんがいた。
「おはよう。よく眠れた?」
「うん、とっても。わあ、いい匂い!」
「大したものじゃないけど、たくさん食べていってね。」
「うん、ありがとう!」
ダナエは蛇の妖怪の奥さんにニコリと笑いかけ、ダンタリオンの隣に座った。
「ああ、お腹減ってたんだあ・・・。それじゃ頂きま〜す!」
手を合わせ、こんがり焼けたパンを齧り、熱いコーヒーをすする。ダンタリオンは目玉焼きをつつきながら、もぐもぐと口を動かしてダナエを見つめた。
「お嬢さん、これを渡しておこう。」
フォークを片手にパジャマのポケットに手を入れ、あの細菌兵器を取り出した。
「昨日の夜に魔術を施し、感染力を弱めた。この液体に触れなければ、細菌に感染することはないだろう。」
そう言ってガラスの棒をダナエの前に置く。
「これを使ってブブカの力を弱めないといけないのね。でも・・・なんか気が進まないな。
こんなものを使うなんて・・・・。」
「気持ちは分かるが、それは絶対に必要になるだろう。おそらくブブカという神は、かなり強い力を持っているはずだ。普通に戦っても太刀打ち出来んだろう。」
「それは分かってるけど・・・・でもなんか嫌だな・・・。」
ダナエは嫌そうな顔でガラスの棒を見つめる。そして指でピンと突いて、自分から遠ざけるように転がした。
「それともう一つ残念な知らせがある。」
「なあに?」
「儂は君達と一緒に、ブブカの所へ行くことは出来ん。」
ダンタリオンは申し訳なさそうに眉を寄せる。するとトミーとジャムは、怒った顔で詰め寄った。
「おいおい爺さん!そりゃないぜ!」
「そうだよ!昨日は俺達に偉そうなことを言ったくせに!」
「まあまあ・・・人の話は最後まで聞くものだ。」
ダンタリオンは落ち着いた顔で言い、ベーコンをゴクリと飲み込んだ。
「儂には儂のやらねばならんことがあるのだ。ほら、昨日お嬢さんが説明してくれただろう?この星と地球の支配を企む、恐ろしい邪神の話を。」
「うん・・・。恐ろしい邪神が二つの星を乗っ取ろうと企んでいるの。私は説明が下手だから、上手く伝わったかどうか分からないけど・・・。」
「いや、充分伝わったよ。だからこそ、儂はやらねばならぬことがある。」
ダンタリオンはカップを置き、大きな手を組んで険しい顔をした。
「邪神は地球とこの星を乗っ取る為に力を集めておる。ならば、こちらも力を集めねばなるまい?」
ニコリと笑ったダンタリオンに、ダナエはコクリと頷いた。
「私が旅をしているのも、それが目的だもの。そして私自身がもっと強くなって、邪神と戦わなきゃいけないから。」
「ふむ。ならば仲間は多い方がよかろう?だから儂は、自分の仲間に声をかけてみようと思う。
ソロモン七二柱の魔人達にな・・・・。」
「ソロモンの・・・魔人達?」
「そうだ。全部で七二人いる魔人達なのだが、みんな儂の仲間だ。それに魔人などと呼ばれておるが、実際はそんなに凶悪な存在ではない。」
そう言うと、ダナエはニコリと笑って頷いた。
「それは知ってるわ。だって、魔人さんはとても良い人だもの。」
「そう言ってもらえるとありがたい。だから儂は、邪神に対抗する為に他の魔人に声をかけてみる。おそらく、みんなは力をかしてくれるだろう。」
「そっか。なら一緒に行けないのは仕方ないね。でもさ、ソロモンの魔人って地球にいるんでしょ?どうやって地球まで行くの?」
そう尋ねると、ダンタリオンはトミーとジャムを指差した。
「昨日このゾンビ達から話を聞いたのだ。ダレスという金貸しの会社へ行けば、地球に戻れるとな。だから儂は、あの暗い穴を通って泥の街へ行く。そしてダレスとやらの会社から地球へ戻り、仲間に協力を呼びかけようと思う。」
「ああ!それは名案ね!」
ダナエは手を叩いて喜んだ。そしてキュロットパンツのポケットから、ダレスの名刺を取り出した。
「ここに住所が書いてあるから渡しておくわ。私の友達だって言えば、きっと力をかしてくれるはずよ!」
「そうか、では遠慮なく受け取ろう。」
ダレスは名刺を受け取り、パジャマのポケットにしまった。そしてゾンビ達の方を向き、コーヒーカップを傾けて言った。
「よいか、お前達はきちんとこのお嬢さんを守るのだ。少々の怪我なら、後で儂が治してやるから。」
「・・・・分かったよ。そういう事情じゃ仕方ねえ。」
「ダナエちゃんのことは俺達に任せてくれ。絶対に守ってみせるから!」
「ふむ。ではさっさと朝食を平らげよう。何事も、行動は迅速に限るでな。」
みんなは頷き、パクパクと朝食を平らげていった。そして食事を終えると、蛇の妖怪に案内されて、昨日の海岸へやって来た。
「ではあの社までご案内します。ふん!」
蛇の妖怪は大きく息を吸い込み、ブツブツと呪文を唱えた。するとニョキニョキと身体が伸びて、まるでアナコンダのような巨大な蛇に姿を変えた。
「さあ、私の背中に乗って下さい。あの社までお連れします。」
ダナエとゾンビ達は顔を見合わせて頷き、大きな蛇の背中に乗った。
「それじゃあお嬢さん。気をつけてな。」
「うん、魔人さんも気を付けて地球に帰ってね。邪神に見つかったら、どんな目に遭わされるか分からないから。」
「分かっておるよ。それでは行きたまえ。無事に戻って来ることを祈っておるぞ。」
ダナエはニコリと笑って頷き、金の髪の毛を一本抜いて、小さく魔法を唱えた。
「光輝く妖精の吐息・・・コウを守って・・・。」
ダナエは金の髪を持ち上げ、コウの繭に向かってふっと吹きかけた。すると金の髪は長く伸びていき、絹糸のような美しい衣になって繭を包んだ。それを腰に巻き付けると、蛇の妖怪を見つめて「いいわよ。」頷いた。
「では行きますよ。準備はいいですか?」
蛇の妖怪がチロチロと舌を出して尋ねる。ダナエ達は力強く頷き、「お願い」と言った。
「では参りましょう。そりゃ!」
蛇の妖怪はスルスルと岸壁を下り、音も無くスイっと海に入った。そして長い身体を器用に動かし、荒波を乗り越えて魚神の社に向かった。
「どうか無事にな・・・。」
ダンタリオンは高い岸壁からダナエ達を見送り、そっと祈りを捧げた。

            *

魚神の社の周りは、波が荒れ狂っていた。まるで近づかれるのを拒否するように、高い波がぶつかって水しぶきをあげている。
「おいおい・・・どうやって近づくんだ?」
トミーが不安そうに呟く。すると蛇の妖怪は尻尾を持ち上げ、パシンと海面を叩いた。
「みなさん、私の尻尾に乗って下さい。あそこまで放り投げますから。」
「ほ、放り投げる!そんな乱暴な・・・。」
ジャムはブルブルと首を振り、ダナエの後ろに隠れる。
「ジャム、私を守ってくれるんじゃなかったの?」
ダナエは可笑しそうにジャムを振り返る。
「い、いや・・・そうだけど・・・。でも俺、こういうアトラクションは苦手で・・・。」
「情けねえなあ。いざとなったらダナエちゃんの盾になるって言ったじゃんか。ぼらぼら、ビビるなよ。」
トミーはジャムの首根っこを掴み、尻尾の方へ移動していく。
「ま、待て!俺はジェットコースターどころか、メリーゴーランドでさえ怖いと思うくらい、こういうのは苦手なんだ。だからこの先はお前が・・・・、」
「大丈夫よ、私が守ってあげるから。じゃあ蛇さん、やっちゃって。」
蛇の妖怪は頷き、ググっと尻尾を持ち上げた。
「ひいい!」
「うるさいぞジャム!腹を括れ!」
怖がるジャムを無視して、ダナエは蛇の妖怪に尋ねた。
「この鍵で、あの社の扉が開くのよね?」
そう言って、昨日の夜にウルズの家から取って来た鍵を見せた。
「そうです。でもその奥はブブカの力で空間が歪んでいますから、簡単にはブブカの所まで辿り着けないと思います。危険もたくさんあるだろうし、注意して行って下さい。」
「分かった。ありがとう!」
「ではいきますよ・・・・・・そおおおおおおい!」
蛇は身体を捻り、尻尾を鞭のようにしならせた。ダナエ達はその尻尾に弾かれ、高く舞い上がって社に投げ出された。ダナエは空中で身軽に一回転し、スタッと社の上に舞い降りた。
トミーも手足を開いて上手くバランスを取り、見事に着地を決める。しかしジャムは、ギュッと蛇の尻尾にしがみついたままだった。
「お前何やってんだよ!」
「だって・・・やっぱり怖いんだもん・・・・。」
ジャムは目に涙を浮かべて訴える。ブルブルと身体を震わせ、強く目を瞑った。
「大丈夫よジャム!怖がらないで!」
「うう・・・ダナエちゃん・・・。」
ジャムは涙を拭き、覚悟を決めて頷いた。
「蛇の妖怪さんよお・・・悪いけど、もう一回尻尾を振ってくれないか?」
「分かりました。では行きますよ!」
長い蛇の尻尾が、再び鞭のようにしなる。ジャムは足を踏ん張り、タイミングを合わせて思い切り飛び上がった。
「とおりゃああああああ!」
ジャムの身体は、見事に宙に舞い上がる。しかし彼の飛び方は間違っていた。
「馬鹿!上に飛んでどうすんだよ!」
「・・・・・しまったああああああああ!」
ジャムはそのまま落下し、ポチャンと海の中へ落ちていった。
「ジャム!」
ダナエは助けようと身を乗り出すが、自分がカナヅチであることを思い出して、グッと踏みとどまった。するとトミーが迷わず海の中に飛び込み、荒波の中を泳いでいった。
「ダナエちゃん!先に行っててくれ!俺はあの馬鹿を助けてから行く!」
「で、でも・・・・・。」
「ここは俺に任せて!あんな馬鹿でも俺の大事な友達なんだ。だから先に行ってくれ!」
「トミー・・・・。」
ダナエはトミーを見つめる。彼はグッと親指を立て、「大丈夫」と笑った。
「・・・分かった。絶対にジャムを助けてあげてね!中で待ってるから!」
トミーは頷き、器用に身体をよじって海の中へ潜っていった。
それを見ていた蛇の妖怪も、彼の後を追って海に潜っていく。
「ダナエさん!どうかブブカの力を弱めて下さい。私はここで待っていますから!」
「みんな・・・・・。私、絶対にブブカの所まで辿り着くわ!そして、この村を覆う時空の歪みを消してみせる!」
ダナエは鍵を使って扉を開き、社の中へと入っていった。
魚神の社に打ちつける波は、怒りを増したように荒々しくうねっていた。


                      (つづく)

ダナエの神話〜神樹の星〜 第五話 病気の神ウルズ(2)

  • 2014.02.18 Tuesday
  • 16:29
『病気の神 ウルズ』2


ウルズのミスにより、魔人を閉じ込めた岩の封印が解けてしまった。
ダナエ達は呆然とし、身を寄せ合って砕けた岩の方に目を向ける。するとそこには黒い煙がもうもうと立ちこめていて、その中から恐ろしい姿の化け物が現れた。
「・・・・・ようやく出て来ることが出来た・・・・。おのれ、あの厄病神め・・・。
許さん・・・・八つ裂きにして消してやるぞおおおおお!」
魔人の雄叫びは爆音のように響き渡り、部屋の柱がミシミシと軋んでいく。
「チミたち!何をボケっとしてるんだ!早く逃げたまえ!」
ウルズは四人の前に立ちはだかり、大きな銃を構えて魔人に向ける。
「いや・・・階段が塞がっちゃって・・・。」
「何・・・・ああ!なんてこった・・・・。」
ウルズの顔がゾッと青ざめる。ダナエ達は彼の後ろに隠れ、こちらを睨む魔人を見上げた。
「ねえ・・・何あれ?すごく禍々しい気を感じるんだけど・・・。」
ダナエはウルズの白衣を掴んで顔だけ覗かせる。
「あれは地球にいた魔人だ。ソロモン七二柱の魔人が一人、ダンタリオンだ。」
「ダンタリオン・・・。」
ダナエは岩から出て来た大きな魔人を見つめた。
浅黒い身体に学者の黒服を身に着け、右手には分厚い本を持っている。そして大きな頭にはいくつもの人の顔が浮かんでいて、正面を向く老人の顔が口を開いた。
「ここにおったか厄病神め。よくも儂を騙してくれたな!」
ダンタリオンは怖い顔でビシッと指を向ける。ウルズは銃を向け、ダナエ達に言った。
「こうなったのも僕の責任だ。チミたちは守ってみせる!」
「ウルズ・・・。」
そのセリフに、ダナエはウルズのことを少しだけ見直した。
「あなたは自分勝手な人じゃなかったのね。身を呈してでも、誰かを守る優しい神様なんだね・・・。」
「まあ元はといえば僕の責任だからな・・・。さあ、チミたちは下がっていたまえ!」
ウルズがそう言うと、ダナエは首を振って横に並んだ。そしてコスモリングに念じて銀の槍を呼び出し、ダンタリオンに向けて構えた。
「私も一緒に戦うわ!協力してこいつをやっつけましょう!」
「チミは・・・なんていい子なんだ!よし、この邪悪な魔人をぶちのめしてやろう!」
ウルズがそう叫ぶと、ダンタリオンは「馬鹿も〜ん!」と怒鳴った。
「邪悪なのは貴様の方だろう!儂を呼び出してあんな岩に閉じ込めて、『これで魔人の力は僕のものだ〜!』とはしゃいでおったのは、どこのどいつだ!ええ!」
ダンタリオンは顔を真っ赤にして怒り、拳を握ってプルプルと震わせた。ダナエは疑問に思って首を捻り、ウルズに尋ねた。
「ねえ・・・あの魔人さんずいぶん怒ってるけど、あなたが何かしたの?」
するとウルズはバツが悪そうに顔をしかめた。
「ダンタリオンは学術に長けているんだ。そして召喚した者に知識を与えてくれる。だから金星からこの星へ向かう途中、地球へ寄って召喚したんだ。それでまあ、なんというか・・・あの岩の中に閉じ込めた・・・。」
「だったらあなたが悪いんじゃない!それじゃあの人は怒って当たり前よ!」
「それはそうなんだが、どうしてもあの知識を自分だけのものにしたくて、ははは・・・。」
「・・・呆れた・・・・。」
ダナエは槍を下ろし、馬鹿らしそうに首を振る。
するとダンタリオンは、さらに顔を怒らせてダナエに言った。
「それだけじゃないぞ、お嬢さん。この厄病神はな、儂の力を勝手に使って女をたぶらかしたのだ。」
「・・・どういうこと?」
「儂は学術にも長けておるが、人の心を操るのも得意なのだ。そこの厄病神は儂の力を勝手に使い、好きな女の心を操って自分に惚れさせた。」
「・・・・それ本当?」
「本当だ。そうでなければ、あんなに美人で聡明な女が、こんな奴のことを好きになるものか!」
ダナエは冷たい目でじろりとウルズを睨む。彼は咳払いをして目を逸らした。
「・・・まあ、ちょっとくらいならいいかなって・・・つい魔がさして・・・・。」
「・・・最低・・・。」
ダナエは冷たく言い放ち、ダンタリオンを見上げて言った。
「魔人さん。この人にキツ〜イお灸をすえてあげて。私は邪魔しないから。」
ダンタリオンは頷き、ダナエはササっと後ろに下がる。
「さて・・・厄病神よ。儂の積年の恨み、今ここで晴らしてくれよう!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!ほんの出来心だったんだ!」
「言い訳無用!今度はお前が岩の中に閉じ込められるがいい!」
ダンタリオンは分厚い本を開き、ゴニョゴニョと何かを呟いた。すると砕けた岩が元に戻り、ウルズに向かって飛んで来た。
「くそ・・・。こうなったら戦うまでだ!」
ウルズは銃を構え、岩に向けて引き金を引いた。すると鉄の弾丸が音速で飛び出し、一撃で岩を粉砕した。
「見たか!これぞ科学の力!文明万歳!近代兵器万歳!」
ウルズは調子に乗って銃を乱射し、ダンタリオンは慌てて逃げ惑う!
「おのれ!飛び道具とは卑怯な!」
「何を言っている!お前も岩を飛ばして来たじゃないか!お合いこだ!」
ウルズの銃の威力は凄まじかった。壁を貫通して穴を開け、天井まで貫いて空に飛び出していく。その内の一発がダンタリオンに命中し、右腕を吹き飛ばされて分厚い本を落とした。
ウルズはにニヤリと笑い、腕を押さえて苦しむダンタリオンの前に立った。そして銃を頭に突き付け、落ちた本を拾った。
「僕が欲しかったのはこれだ・・・。いくら頼んでもくれないから、いつか奪ってやろうと思ってたんだ・・・。」
「やめろ!それは儂のだぞ!汚い手で触るな!」
ダンタリオンは慌てて本を奪い返そうとする。
「おっと!下手に動いたら頭が吹き飛ぶよ。この本は頂きだ〜!」
ウルズはダンタリオンを蹴り飛ばし、本を脇に抱えて嬉しそうにする。それを見ていたダナエ達は、顔をしかめて嫌な気分でいた。
「ひどい・・・。あれじゃあの魔人さんが可哀想・・・。」
「だよな。これじゃどっちが魔人か分からないぜ・・・。」
ウルズは銃を構えたままパラパラと本を捲り、「むほ!」と声を出す。
「なるほど・・・死者復活には色々と方法があるのだな。次はこれを試してみようか・・・。」
「ぐぬぬ・・・。悪いことは言わん、その本を返すのだ。それはどこぞの弱小な神が扱えるものではない・・・。」
「いいや、これはもう僕のものだ。これさえあればあんたは用無しだ。あとで実験の材料にでもしてあげるさ。」
ウルズは満面の笑みで本を見つめる。しかし横から手が伸びてきて、サッと本を奪われてしまった。
「ああ!誰だ?」
「私よ。この本はあなたの物じゃないでしょう?そこの魔人さんに返しなさい!」
ダナエは槍を向けて睨み、ダンタリオンの方へ近づいた。そしてそっと膝をつき、彼に本を差し出した。
「はい。これ大事なものなんでしょ?」
「・・・おお・・・。なんと優しき心の持ち主よ。今時の若いもんに、こんな良い子がおったとは・・・。」
ダンタリオンは孫を見つめるような優しい顔になり、ウルウルと目を潤ませた。そして本を手に取ると、ゆっくりと立ち上がった。
「コウ!魔人さんの腕を治せる?」
「完全には無理だけど、血を止めるくらいなら出来るよ。ほら、見せて!」
コウはダンタリオンの腕を見つめ、水の呪文を唱えて両手を向けた。
「命の水よ、癒しの力で溢れる血を止めてくれ!」
コウの両手から虹色の水が放たれ、ダンタリオンの傷を塞いでいく。
「おお!痛みが嘘のように引いていく。お主、中々やるではないか。」
「へへへ・・・まあね。」
コウは恥ずかしそうに頭の後ろで手を組む。すると目の前を鉄の弾丸が飛び抜けていった。
「・・・・ッ!」
「チミたち・・・・。言ったはずだぞ。僕の邪魔をするなと。」
ウルズは怖い顔でダナエとコウを睨みつける。そして銃を構え、ダナエの眉間に狙いを定めた。
「あなたは本当に悪い神様ね。いいえ、悪魔といった方が正しいかもしれない。」
ダナエは銀の槍を構え、ウルズを睨み返す。
「ふふふ、そんなもので僕の銃に勝てるつもりかい?こいつは僕の特別製で、マッハ7の速さで飛んで・・・・、」
自信満々に言うウルズだったが、また横から手が伸びてきて銃を奪われてしまった。
「やった!頂きい〜!」
トミーは銃を掲げて嬉しそうにはしゃぐ。
「ぬうう・・・。ゾンビの分際でえ・・・。」
「おっと!動くなよ!動いたら・・・・・バン!だぜ。」
トミーは銃を撃つ振りをして笑う。そしてダナエの方に近寄り、みんなを守るように立ちはだかった。
「これで形勢逆転だな。」
コウは腕を組んで勝ち誇り、ジャムはササっと走ってみんなの後ろへ逃げて行く。
「さあ厄病神よ。大人しく岩の中に封印されるがいい。お前のような輩を放置しておくと、ろくなことにならんからな。」
ダンタリオンが魔法を唱えると、砕け散った岩は元に戻った。そして岩の中心に黒い穴が現れ、風が吹いてウルズを吸い込み始めた。
「・・・ぬうううう・・・・。おのれ・・・。ここで終わってたまるかあああああ!」
ウルズは足を踏ん張り、胸を張って両手を広げた。そして大きく息を吸い込み、自分の身体にふっと吹きかけた。
「ううううう・・・・いおおおおおおおおおお!」
「な、なんだ?自分の息で苦しんでるぞ?」
ウルズの口の中には、たくさんの呪いの細菌がいた。その中には敵を葬る細菌もあれば、自分を強力にする細菌もあった。ウルズが自分に吹きかけた息は、細胞の限界と魔力の限界を越えて、自分の力を何倍にもパワーアップさせる呪いの吐息だった。
「・・・ふおおおおおおお・・・・・力が漲るうううううう・・・・・。」
ウルズは恍惚として天を見上げる。その身体は筋骨隆々としていて、ガリガリの痩せ形だった面影はなくなっていた。顎はパックリ二つに割れ、一目見ると忘れられないほどの濃い顔立ちになっていた。
「・・・さあて・・・。その本をもらおうかね・・・。」
ウルズは一瞬にして間合いを詰め、銃を持ったトミーを殴り飛ばした。
「ぐへえッ!」
「トミー!」
トミーは壁にめり込み、瓦礫の下に埋もれてしまった。ウルズは横にいたジャムも殴り飛ばし、天井を貫いて宙へ舞い上げた。
「ぐほあッ!」
ジャムは家の外に投げ出され、ピクピクと痙攣して白目を剥いていた。
「やべえぞダナエ!こいつめっちゃ強え!ダレスよりも馬鹿力だ!」
「・・・でも逃げられない。そんなことしたら、また魔人さんの本が奪われるわ!」
ダナエは勇敢にも槍を突いて戦いを挑んだ。しかしウルズの筋肉は分厚く、ビヨン!と槍を跳ね返されてしまった。
「そんな・・・・・、あ!」
ウルズは槍を掴み、ダナエの顔にアイアンクローをかける。
「あああああああ!」
「何度も言っただろう!私の邪魔をすると・・・・許さないと!」
ウルズは口を開け、ダナエに向かって呪いの細菌を放った。するとダナエの皮膚は灰色に変色し、蝋人形のようにパキパキと固まっていく。
「・・・ううう・・・・。」
「ダナエ!」
コウは魔法を唱え、ダナエに向かって両手を突き出した。
「土の精霊!ダナエを守ってくれ!」
すると床にヒビが入り、土が盛り上がってダナエを包み込んだ。ウルズは手を放して飛び退き、また呪いの吐息を放ってくる。
「喰らうか!」
コウは両手をかざし、土の精霊に働きかけた。するとまた床が割れて土が盛り上がり、ウルズの口の中に飛んで行った。
「ぐぼぼ・・・・。」
ウルズは口の中の土を必死に掻き出すが、次から次へと土が飛び込んでくる。そして堪らず膝をつき、息が出来なくなって転げ回った。
「・・・コウ・・・・。」
ダナエは土に包まれ、ぐったりとして呟く。
「その中にいろ!土の精霊が悪い菌を分解してくれるから!」
コウは床をのたうち回るウルズを睨んだ。そして天に向かって両手をかざし、大声で叫んだ。
「俺の一番の魔法を喰らわせてやる!来おおおおい!金属の精霊!」
コウの魔法に反応して、家の外から金属の分子が集まって来る。そして巨大なハンマーに変化し、ウルズに向かって振り下ろされた。
「ぐげえええええッ!」
巨大なハンマーはウルズを押しつぶし、床を砕いて地面にめり込む。グラグラと家が揺れ、耳を塞ぎたくなるほどの轟音が響いた。
「・・・やった・・・・。」
力を使い果たしたコウは、地面に落ちてパタリと気を失った。
「・・・コウ・・・そんな無茶して・・・・。」
ダナエは土の中で呟く。土の精霊が細菌を分解してくれたおかげで、皮膚の色は元に戻っていた。そして身体にも力が戻り、土を蹴り破って外へ飛び出した。
「コウ!しっかりして!」
両手でコウを包み込み、小さく揺さぶって呼びかける。コウはぐったりと気を失い、シュルシュルと羽を丸めて動かなくなってしまった。
「ああ・・・そんな・・・。しっかりしてよ!」
ダナエは涙目でコウを抱き寄せる。するとダンタリオンがコウを覗き込み、「ふむ」と小さく唸った。
「お嬢さん、心配する必要はないぞ。その妖精は今、進化の時を迎えているだけだ。」
「進化の時?」
「ああ、生き物に例えると、脱皮の瞬間を迎えたようなものだ。目を覚ました時には、一回り成長しているだろう。」
「・・・そうなんだ。じゃあコウは無事なのね?」
「何の問題も無い。それよりも、もっと厄介な問題がそこにおる。」
ダンタリオンは、地面にめり込んだハンマーを指差した。すると巨大なハンマーがもぞもぞと動き、その下からウルズが現れた。
「おのれああああああ!僕の実験の邪魔をする奴は何人たりとも許さあああああん!」
大声で叫んで土を吐き出し、ゴホゴホと咳をしてハンマーを掴んだ。
「ふふふ・・・ここにちょうどいい金属がある・・・。いいか、凡人のチミたち!金属というのはこういう具合にして使うのだ!そおおおおれ、ビルドアアアアアアップ!」
ウルズの皮膚から灰色の煙が吹き出す。
「な、何これ・・・?」
「ふはははは!これは機械と魔法で作った細菌さ!どんな金属でも浸食して、その形を変えてしまう!この巨大なハンマーは、僕の鎧になるのさ。」
灰色の煙はハンマーに吸い込まれ、鉄クズに分解していく。そして砂状の粒子に変わり、ウルズの中に吸い込まれていった。筋骨隆々とした身体は、黒光りする鉄の身体へと変化した。
そして口の中から機関銃を吐き出し、ガチャリと鳴らしてダナエ達に向けた。
「ビルドアップ完了!こうなれば怖いもの無しだ!それにこの銃はさっきの銃とは威力が違うよ。マッハ10の速さで連射出来るんだからね!」
「そんな・・・ここまで何でも出来るなんて、ちょっと反則じゃないの?」
「いいや、これは僕の努力の結晶だ。才能を持ち、努力を怠らなければ、たいていの奴に負けることはない!さあ、最後の警告だ!大人しくその本を渡せ!」
ウルズは引き金に指を掛け、ダンタリオンに銃口を向ける。
「・・・なんと愚かな男だ・・・。もはや説教をする気も失せた・・・。」
「ありがたいね。僕は説教なんて大嫌いだ!さあ、本を寄こせ!」
ダンタリオンは諦めたようにため息を吐き、ウルズの方に本を差し出した。
「ダメよ!あんな奴の言いなりになっちゃ!」
「いいや、ここは仕方あるまい。儂一人ならどうにかなるかもしれんが、お嬢さん達まで守るのは無理だ。」
「でも・・・・・・。」
「儂は感謝しとるんだ、君とその妖精に。だからこれ以上君達を傷つけさせるわけにはいかんのだ。」
「魔人さん・・・・・。」
ダナエは俯き、暗い顔で「分かった」と頷いた。
「さあ、厄病神よ。この本を受け取れ。」
「ようし、それでいい。下手なマネをしたら、チミたちの頭が吹っ飛ぶよ。」
ウルズは銃を構えたまま近づき、ダンタリオンの手から本を奪い取った。
「ははははは!やった!これで魔人の知識は全て僕のものだ!色々と研究が捗るぞ!」
ウルズは嬉しそうに本を開く。するとその途端に本から腕が伸びて来て、ウルズの頭を掴んだ。
「うわわ!何だ!」
本から伸びた手は、凄まじい力でウルズを本の中へ引き込もうとする。ウルズは必死に抵抗するが、彼の上半身は本の中に引き込まれてしまった。
「油断したな、厄病神よ。何も呪いを使えるのはお前だけではない。」
「・・・ぐぐ、ごごごごごごッ・・・・・。」
「さっきその本を取り返した時、コッソリと呪いをかけておいた。地獄へ誘う死の呪いをな。
お前は地獄にしょっぴかれ、己の犯した罪の報いを受けるがいい!」
ダンタリオンは呪文を唱えて右手を向け、「むん!」と喝を入れた。すると本から何本もの手が伸びてきて、ウルズの身体にしがみ付いた。
「待て待て!僕が悪かった!反省するから助けてくれ!」
「嘘を吐くな。お前が口だけなのは分かっておるわ。」
「違う!今度は本当に改心する!だからこの呪いを解いてくれええええええ!」
ウルズの悲痛な叫びは、ダナエの心を動かした。
「ねえ魔人さん。あそこまで言うなら、本気で改心するつもりかもしれないわ。許して上げましょうよ!」
「・・・・よいのか?奴はお嬢さんの命まで奪おうとしたのだぞ?」
「でもそうならなかった。コウが起きてたら、『そんなのは結果論だ!』って怒られるけど、それでも私は許してあげてほしい。・・・・お願い。」
「・・・・・ふうむ。優しいのはいいことだが、あまり優し過ぎると痛い目を見るかもしれないぞ?」
「それでもいい。傷つくことを怖がってたら、誰も信用出来なくなるもの。」
「・・・そうか。そこまで言うのなら・・・。」
ダンタリオンはパチンと指を鳴らして呪いを解いた。ウルズは本の中から吐き出され、死にそうな顔でガクガクと震えていた。
「大丈夫?」
ダナエは心配そうにウルズに駆け寄る。ウルズの身体にはたくさんの黒い手形が付いていて、固い鉄の皮膚がボコっとへこんでいた。
「痛そう・・・大丈夫?」
そう言って顔を覗き込むと、ウルズはサッと手を伸ばしてコウを奪い取った。
「はははは!油断したねえチミ!」
可笑しそうに笑ってダナエを突き飛ばし、また口から機関銃を吐き出した。
「チミの優しさのおかげで助かったよ。危うく地獄に引きずり込まれるところだった。」
「・・・改心するって言ったのは・・・嘘だったのね。」
「いいや、あの時は本気だった。でも今は忘れたよ。ほら、喉元過ぎれば熱さ忘れるってやつだ。ははは!」
「・・・やっぱり・・・最低・・・。」
ダナエは目をつり上げて睨み、銀の槍を拾ってウルズに向けた。
「コウを返して!」
「嫌だね。進化の途中の妖精なんて、滅多に手に入るものじゃない。これは実験の材料にさせてもらうよ。」
「そんなことさせないわ!コウは私の大切な友達なんだから!」
ダナエは槍を向けて走り出そうとした。しかしダンタリオンに肩を掴まれて、思わず転びそうになった。
「落ち着きなさい、お嬢さん。」
「だって・・・あのままじゃコウが!」
「勢いで突っ込んでどうにかなるものではない。それに、傷ついても相手を信じると言ったのは君だぞ?」
「それは・・・・・。」
ダナエはシュンと項垂れて暗い顔になる。ダンタリオンは首を振り、ダナエの肩を叩いた。
「責めたわけではない。信用に傷は付きものだ。ここは儂に任せて・・・・、」
その時だった。「ダアーンッ!」という耳をつんざく銃声が響き、ダンタリオンの頭は弾け飛んでいた。
「きゃああああああああ!魔人さん!」
ダナエは絶叫して銀の槍を落とし、口に手を当てて身を竦めた。
「ふふふ、知恵の回る年寄りは油断ならないからな。本さえ手に入れば用は無い。」
ダンタリオンは膝をつき、大きな音を立てて仰向けに倒れた。
ダナエはダンタリオンに駆け寄って、必死に身体を揺さぶった。
「魔人さん!魔人さん!・・・そんな・・・。」
ダナエの目に涙が浮かび、ポロリと床に落ちる。グスっと鼻をすすり、赤い目を向けてウルズを睨んだ。
「ひどい!なんでこんなことするのよ!」
「チミはほんとうに話の分からない子だねえ。僕は何度も言っただろう?邪魔をする奴は許さないって。」
「・・・あなたは自分のことしか考えてないのね。神様のくせに・・・最低!」
「神は神でも、僕は細菌の神様だからね。実験や研究が命なのさ。」
ウルズは口を開け、コウをぶらりと持ち上げる。
「ちょ、ちょっと・・・・。何をするつもり?」
「ふふふ、これは貴重な実験材料だから、腹の中にしまってこうと思って。」
「やめて!」
「いいや、やめない。ふふふ・・・・。」
ウルズは舌の上にコウを乗せ、ゴクリと飲み込んだ。
「いやあああああああ!コウおおおおお!」
ダナエは顔に爪を立てて絶叫する。ボロボロと涙をこぼし、爪に力が入って血が流れる。
「さて、僕はコスモリングにも興味がある。それには凄い秘密が隠されているからねえ。
チミを殺して、それを頂くとしようか。」
ウルズは銃を向け、ニヤリと笑って引き金に指をかける。
「・・・・うう・・・。ひどい・・・ひどいよおおおおおお!うわああああああん!」
ダナエは槍を握り、ウルズに向かって駆け出した。
「ふふふ、大人の言うことを聞かないからこうなるのさ。チミも死にたまえ。」
ウルズは引き金を引いた。音より速い鉄の弾丸が撃ち出され、ダナエを粉砕しようとする。
しかしダナエに当たった銃弾は、その場にポトリと落ちてしまった。
「んなッ!そんな馬鹿な!」
ウルズは銃を連射し、嵐のように弾丸を放つ。しかしダナエの周りにバリアでも張ってあるかのように、ポトポトと床に落ちていく。
「なぜだ!音速の十倍の速さだぞ!防ぐことなんて出来るはずが・・・・・・、」
驚くウルズだったが、ダナエから妙な気配を感じて後ずさった。
「なんだ・・・?さっきとは雰囲気が・・・・・。」
ダナエは槍を握ったまま、ダラリと力を抜いていた。そして柳のように揺れながら、目を閉じてふらふらと立っている。
「・・・・・・・・・・。」
「なんだ・・・。いったいどうしたんだ、チミは・・・・。」
ウルズはただならぬ気配を感じて、さらに後ずさる。ダナエはゆっくりと目を開け、ふらふらと揺れながらウルズを睨んだ。
「・・・弱き者に狼藉を働く悪漢よ・・・。汝・・・神として恥じを知るべし・・・。」
「・・・そ、それ以上近寄るな!・・・チミはいったいどうしたん・・・・、あああ!」
ウルズは何かに気づき、怯えながら銃を向ける。ゴクリと唾を飲み、引き金の指がカタカタと震えていた。
ダナエの瞳は燃えるような赤に変わっていて、まるで歴戦の兵士のように鋭い気を発していた。
「・・・我は腕輪の盟約に従い、この少女に力をかさん・・・。」
コスモリングの左の宝石から黒い風が舞いあがり、ダナエを包んでいく。そしてその中から、黒い武道服に身を包んだ一人の女が現れた。
「・・・我が名はスカアハ・・・。武術と魔術を極めし、影の国の主なり!」
「ス・・・スカアハ・・・。ケルトの神か・・・・。」
スカアハは厳しさを感じる鋭い目に、燃えるような赤い瞳をしていた。少し厚みのある唇は優しさを感じさせるが、キリリとした鼻筋が芯の強い印象を与える。
そして後ろで括った長い黒髪を翻し、鍛え抜かれた無駄の無い身体でビシっと拳を構えた。
ウルズは言葉を失くして立ち尽くしていた。半分は恐怖で固まり、もう半分はその美しさに見惚れていた。武道服のスリットから覗く鍛え抜かれた綺麗な足に目を奪われて、鼻の下を伸ばしていた。
「・・・汝・・・・異星の神であるな?」
「・・・・え?あ、ああ・・・金星から来た神だ・・・。細菌を司っている・・・。」
「・・・我は問う・・・汝はなにゆえ狼藉を働くか?・・・返答次第では、この拳が黙っておらぬぞ・・・・。」
スカアハは猛禽のような鋭い眼光で威圧した。それは嘘を吐くことを許さない目で、ウルズは思わず震えた。
「自分の研究の為だ・・・。細菌の神なら、その可能性を追求するべきだと思って・・・。」
「・・・その為に・・・他者を傷つけても構わぬと・・・・?」
「・・・うう・・・・それは・・・・・。」
ウルズは追い詰められていた。スカアハの眼光は一瞬の隙もなく、下手な受け答えをしたら死を招くと分かっていた。どうしようかと焦っていると、床に落ちたダンタリオンの本が目に入った。
「・・・・・・・・・・・。」
ウルズはスカアハに目を向けたまま、ゆっくりと本の方に移動する。媚びるような苦笑いを見せ、敵意が無いことをアピールして銃を下げた。
「悪いことをしたと思っているよ。でも仕方がないだろう?私は細菌の神だから、研究の為だけに存在しているんだよ。」
上手いこと言い訳をしながら、少しずつ本に近づいていく。
「それに僕は金星で生まれた神だから、君とは考え方が違うのかもしれない。だってほら、スカアハといえば、ケルトの強い女神だ。僕も以前に地球へ行った時、君の勇名を聞いたことがあるよ。まさか君みたいな美人で強い神が、コスモリングに閉じ込められていたなんてねえ。」
適当な言葉で誤魔化しつつ、さらに本に近づいていく。そして足元まで本が来た時、ウルズは銃を振って笑った。
「・・・その腕輪に閉じ込められているってことは、誰かに負けたんだろ?君を負かすほど強い奴って、いったいどんな相手だい?」
ウルズはゆっくりと屈み、足元の本を拾った。その瞬間に勝ち誇ったように笑って、スカアハに銃を向けた。
「ねえスカアハ。ものは相談なんだけど、腕輪の持ち主を替えてみる気はないかい?僕ならその腕輪を使いこなせるかもしれない。そうすれば、君は外に出られて自由の身というわけだ。
どうかな?」
ウルズは本を捲って、『冥界への誘い』と書かれたページを開いた。それは先ほど、ウルズを本の中に引き込もうとした呪いのページだった。そしてそこに書かれている呪文を、スカアハに気づかれないように小さく唱えた。
「どうだい?そのダナエという子から離れて、僕を腕輪の主に選んでみる気はないかい?」
ウルズはわざとらしい笑顔でニコリと笑いかける。スカアハは鋭い目を向け、表情を崩さずに言った。
「我はこの眼で見定め、信に値する者にしか力をかさぬ・・・。汝は、己の欲望に負ける敗者なり・・・。ならば是非もなく、その問いに対する答えは・・・・・否である。」
「・・・そうかい。それは残念だ。」
ウルズは右手に本を構え、銃口をスカアハの眉間に向けた。
「チミみたいな美人を殺すのはもったいないけど仕方ない。あとで生き返らせて、僕の恋人として洗脳してあげよう。それじゃあ・・・・さよならだ!」
機関銃の引き金を引き、銃口から音速を超えた弾丸が撃ち出される。
雷のような爆音が響き、スカアハに銃弾の嵐が襲いかかった。
「・・・・児戯よな・・・・。」
スカアハ揺れる柳のように手を動かし、音もなく銃弾を払っていく。音速を超える鉄の弾丸は、吸い寄せられるようにポトポトと床に落ちていった。
「むむう・・・さすがは武術の達人・・・。銃では殺せないか・・・。」
「・・・しょせんは玩具・・・我が身を傷つけるに値せず・・・。」
スカアハは一瞬にしてウルズの目の前から消え、彼の顎に強烈なアッパーをめり込ませていた。
「ぶほああああッ!」
鉄の皮膚がビキビキと軋み、ガラスのようにヒビが入る。そして天井まで吹き飛ばされ、ブスリと突き刺さってぶらぶらと揺れた。
「・・・つ・・・強い・・・・。だがしかあああああああし!」
ウルズはバタバタと足をもがき、天井からすっぽ抜けてドスンと床に落ちた。
「チミは油断した!本の呪いを受け、地獄へ引きずり込まれるがいい!」
そう言って呪いの言葉を放ち、本に向けて手を放った。『冥界への誘い』と書かれたページからニョキニョキと腕が伸びてきて、スカアハを本の中に引き込もうとする。
「・・・呪殺か・・・。」
「ははははは!それはソロモンの魔人の呪いさ!例え相手が神であっても、間違いなく殺すことが出来る。さあ、地獄へ行きたまえチミいいいいいい!」
ウルズは口から強力な呪いの細菌を放ち、スカアハの身体を蝕もうとする。スカアハはズルズルと本の中に引き込まれ、ついには地獄の中へ連れ去られてしまった。
「あーっはっはっはっは!僕の計算勝ちだ!科学万歳!呪い万歳!ウルズ万歳!」
ウルズは本を拾い、勝ち誇った笑顔で叫ぶ。
「さあて、すぐにでもチミを蘇らせて僕の奴隷としようかね。・・・そして、あんなことやこんなことも・・・・ぐふふふふ!」
あれこれといやらしいことを考えてニンマリと笑う。しかし本の中から腕を伸びて来て、思い切り横腹を殴られた。
「ぐへええッ!」
鉄の脇腹が大きくへこみ、ヨダレを撒き散らして倒れるウルズ。腹を押さえて本を落とし、あまりの痛みにガクガクと震えた。
「な・・・なんだ・・・?」
顔をしかめて本を見つめると、その中からスカアハが現れた。しかも彼女の周りには、怖い顔をした恐ろしい悪魔が何人も立っていた。よく見ると悪魔の顔はボコボコに殴られていて、鼻から血を流して怯えている。
「ど、どういうことだ・・・・。なんで悪魔がチミの周りに・・・・。」
するとスカアハは髪を掻き上げ、何でもないことのように言った。
「我に狼藉を働く者は、この拳で鉄拳制裁あるのみ・・・。この悪魔どもは、我の拳に屈して舎弟となった・・・・・。」
「そ、そんな!悪魔をボコボコにして子分にしたっていうのか!」
ウルズは驚愕して唇を震わせる。スカアハは悪魔達に命令し、ウルズを自分の前に連れて来させた。
「痛い!乱暴はよしてくれ!」
「ダマレ!」
「オトナシクシロ!」
悪魔達にボコボコと殴られ、ウルズはスカアハの前に押さえつけられた。それはまるで、お奉行様の前に連れて来られた罪人のようで、二人の力の差をハッキリと表していた。
「・・・まずは・・・少女の友を返すべし・・・。」
スカアハは目を閉じて片手で印を結び、眉間に力を込めた。するとウルズの腹が波打ち、口の中からコウが吐き出された。
「・・・小さき戦士よ・・・見事な戦いであった・・・。」
スカアハは服の胸元を開き、その中にそっとコウを入れた。
「ああ・・・羨ましい・・・。」
「ダマレ!スカアハサマヲヘンナメデミルナ!」
「コノヘンタイガ!」
また悪魔に殴られ、ウルズはドクドクと鼻血を流す。スカアハは腰に手を当ててウルズを見下ろし、指を向けて言った。
「・・・汝・・・腐っても神なり・・・。今一度、機を与えてやろう・・・。」
「う、うう・・・・顔が怖い・・・。」
ウルズはさっと目を逸らすが、悪魔にガシっと顎を掴まれ、むりやり前を向かされた。
「・・・汝は細菌の神・・・。その真理を求める心、間違ってはおらぬ・・・。」
「そ、そうでしょ?僕は間違ってないんだ!」
「・・・だが数々の狼藉は許し難し・・・。神の風上にも置けぬ愚図なり・・・。」
「う、うう・・・・。仕方ないんだよ、研究の為に・・・・・。」
「・・・なればこそ、機を与えよう・・・。」
スカアハは悪魔に銀の槍を拾って来させ、それを握ってウルズに向けた。
「・・・この神器、心を貫く刃なり・・・。汝・・・我が言葉に謀りをもって答えれば、たちまち心を引き裂かれるであろう・・・・。」
そう言って銀の槍を向け、ウルズの胸にブスリと刺した。
「ぎゃああああああ!死ぬうううううう・・・・・・って、あれ?痛くない・・・?」
「よいか・・・我は一つだけ問う・・・。汝・・・心を入れ替え、善き神と成るか?」
スカアハは真剣な目で問いかける。ウルズはコクコクと頷き「なるなる!」叫んだ。
「もう悪いことは二度としません!みんなの役に立つ神様になります!だから許して!」
「・・・・・・・・・・・。」
スカアハは小さくため息をついた。すると急に銀の槍が光り、ウルズの胸に激痛が走った。
「ぎゃああああああああ!痛い痛い!胸が引き裂かれるううううううう!」
「・・・愚か者め・・・。謀りをもつなと言うたのに・・・・。」
銀の槍は輝きを増し、スカアハの瞳のように赤く燃え上がる。それは邪気を焼き払う聖火で、ウルズの歪んだ心を燃やしていった。
「熱いいいいいいいい!勘弁してくれえええええええ!」
「案ずることはない・・・神殺しはせぬ・・・・。しばしの間、地獄にて報いを受けるがよい。」
スカアハは悪魔達に目配せをする。すると悪魔達はコクリと頷き、ウルズを立たせて本の中に押し込もうとした。
「ぬおおおおお!この程度でやられるかああああああ!」
ウルズは自分で首を切り落とし、頭を飛ばしてスカアハに飛びかかる。しかしスカアハは冷静にウルズの顔を殴り飛ばし、本の中に叩きつけた。
「・・・お似合いの末路よな・・・。悪鬼ども、その身体も冥府へひったてい!」
悪魔達はペコペコと頭を下げ、ウルズの身体を掴んで本の中へと帰っていった。スカアハは本を拾い、そっとコウを撫でて天井を見上げた。
「・・・死者どもよ・・・悪しき神は去った。・・・もはや案ずることはない・・・。」
すると家の外から顔を覗かせていたトミーとジャムが、パタパタと走って来た。
「強えええええ!凄いっす!感動したっす!」
「・・・俺、こんなに興奮したの初めてです!弟子にして下さい!」
「・・・・・否・・・である・・・。」
スカアハはトミー達の横を通り抜け、頭を吹き飛ばされたダンタリオンを見つめた。そしてそっと膝をつき、吹き飛ばされた頭に手を当てた。
「・・・頭はなくとも息はある・・・。ソロモンの魔人なれば・・・時をおけば復活しよう。」
スカアハはスッと立ち上がり、ゾンビ達を呼んだ。そしてコウを手に乗せて二人を見つめた。
「・・・我・・・宝玉の中に戻らん・・・。事後は任せる・・・・。」
「え?・・・ああ!分かりました。」
「お疲れ様でした、師匠!」
トミーはコウを受け取り、ジャムは直角に腰を曲げて頭を下げる。スカアハ目を閉じ、黒い風を纏ってコスモリングの中へ戻っていった。それと入れ替わるようにダナエが現れ、「ほえ?」と変な声を出してパチパチとまばたきをした。
「よかった!ダナエちゃん!」
「無事だったんだねえ!」
トミーとジャムはダナエの手を取って喜び、ピョンピョンと跳びはねた。
「・・・ああ!もしかして、またプッチーの神様が?」
「そうだよ!めっちゃ美人な強い神様が助けてくれたんだ!」
「あの病気の神は地獄へ連れて行かれたよ。」
「そうなんだ・・・。またプッチーに助けられたんだ・・・・。」
そう呟いてコスモリングを見つめるが、ふと顔を上げてゾンビ達に詰め寄った。
「コウは!コウは無事なの!」
そう叫んでガクガクとトミーの首を揺さぶる。
「ぐぐぐ、ごごごごご・・・・。コウなら・・・俺の手の上に・・・・。」
「手の上?・・・ああ、コウ!良かった〜・・・・・。」
ダナエはギュッとコウを抱き寄せ、頬ずりをして涙を浮かべる。コウはまだ目を覚まさないが、ダナエの声に応えるように小さく羽が動いていた。するとダナエの後ろから、誰かが肩を叩いてきた。
「きゃあ!誰?」
「儂じゃよ。お互い事なきを得てよかった。」
「魔人さん・・・。」
ダンタリオンの顔は、その半分ほどが復活していた。まだ完全ではないせいか、ふらふらと貧血のようにゆらついている。
「お嬢さんと、その妖精には礼を言わんとな。おかげであの厄病神から解放された。」
「そんな・・・私達は何も・・・・、」
ダナエがそう言いかけた時、穴の空いた天井から声が響いた。
「もしかして・・・・・あの病気の神を倒したんですか?」
ダナエ達が天井の穴を見上げると、そこには大勢の人がこちらを覗き込んでいた。鬼や獣人、妖精や妖怪。みんながじっとダナエ達を見つめている。
「あなた達は誰?」
ダナエが尋ねると、頭が二つある蛇の妖怪が答えた。
「ここは病の村です。あの病気の神が、自分の実験の為だけに造った村です。」
「ウルズの・・・・実験の為・・・?」
ダナエが問い返すと、蛇の妖怪はコクリと頷き、とんでもないことを言った。
「あいつ・・・・邪神の手下なんです。」
「・・・・・・えええええええええ!」
暮れかけた薄紫の空に、ダナエの声が響き渡った。


                    

ダナエの神話〜神樹の星〜 第五話 病気の神ウルズ(1)

  • 2014.02.18 Tuesday
  • 16:08

『病気の神ウルズ』1


ダナエは街の外れにある墓地に来ていた。
コウからアリアンロッドの話を聞き、信じられない思いでコスモリングを見つめていた。
「この腕輪に・・・そんな力が・・・・。」
広い墓地の入り口に立ち、青い宝石をじっと見つめる。そしてアリアンロッドの宿っている宝石を撫で、「ありがとう」と呟いた。
「鈍チンのお前でも分かるように説明したつもりだけど、ちゃんと理解したか?」
「・・・・・・・・・・。」
ダナエは腕輪を撫でたまま首を振り、小さな声で言った。
「正直分からないことだらけよ・・・。でも、地球とこの星が危ないのは確かなんでしょ?」
「らしいな。あの金貸しがそう言ってたから。あいつ乱暴な奴だけど、嘘を吐くようなタイプじゃないと思うし・・・。」
ダナエはしばらく考え込んでいたが、やがて明るい笑顔になって頷いた。
「難しいことは分からないけど、とりあえずジル・フィンの頼み通り、ユグドラシルを目指してみましょう!この星を旅していれば、色々なことが分かる気がするもの。」
元気を出してそう言うと、後ろにいたゾンビ二人が頷いた。
「俺達はあんたらを案内するのが役目だからな。何でも困ったことがあったら聞いてくれ。」
「そうそう、ダナエちゃんの為なら協力は惜しまないからさ。」
ニコニコと笑うゾンビに、コウは指をさして言った。
「まったく、お前らは調子のいい奴らだなあ。ダナエをさらって売り飛ばそうとしたくせに。」
「い、いや・・・それは悪かったよ。申し訳無い。」
「・・・ごめんな。俺・・・ダナエちゃんを第二の師匠と呼ぶからさ。」
ゾンビ達はシュンと項垂れ、手を組んでもじもじと動かす。
「いいわよ、私は気にしてないから。それより、これからよろしくね!」
ダナエはニコリと笑いかけ、長いポニーテールを揺らした。
「おお・・・まるで女神のような優しさ・・・・。」
「俺・・・・一生ダナエちゃんについて行くよ・・・。」
「ふふふ、大袈裟よ。それよりさ、これから一緒に旅をするなら名前を教えてよ。」
ゾンビ達はコクコクと頷き、胸を張って言った。
「俺はトミーっていうんだ。地球では大工をやってた。」
トミーは誇らしそうに胸を張って言った。
「俺はジャムっていうんだ。地球ではアイドルの追っかけをやってた。今はダナエちゃんと師匠のファンさ!」
そう言ってビシッと親指を立てる。
「ええっと・・・頬の肉が取れかけている方がトミーで、アバラが丸出しの方がジャムね?」
「うん・・・まあ・・・そういう覚え方をされるのは初めてだけど・・・。」
「じゃあトミーとジャム!これからよろしく!」
ダナエは二人の手を取り、ギュッと握手をした。トミーは照れ臭そうに笑い、ジャムはデレデレと鼻の下を伸ばす。
「じゃあ友達の印にこれあげる。その格好のままじゃ可哀想だから。」
ダナエはポケットをごそごそと漁り、白い包帯を取り出した。
「怪我したらいけないと思って、ずっとポケットに入れてたんだ。これ魔法の包帯だから、いくいらでも伸びるよ、ほら!」
そう言ってぐるぐると伸ばし、二人に巻きつけた。
「うん!これでちょっとは良くなったかな。」
「そ、そうか・・・?なんかミイラみたいになってるけど・・・。」
コウは何とも言えない顔でコメントする。しかしトミーとジャムは喜んでお礼を言った。
「ゾンビよりミイラの方がマシだぜ!」
「・・・ダナエちゃんの巻いてくれた包帯・・・。俺、宝物にする!」
「うん!似合ってるよ!」
「変な意味でな・・・。」
コウは呆れた声で言い、トミーに向かって尋ねた。
「で?ここへ連れて来た理由を教えてくれよ。なにか重要な場所なんだろ?」
トミーは頷き、墓地の入り口の前に立って手を向けた。
「この墓地は泥の街の魂が眠ってるのさ。ここは亡者の街だから、街人は全員死んでるんだ。
ええっと、ダレスさんの会社を除いてだけど。」
「・・・なんか気味悪いね・・・。」
ダナエは眉を寄せてブルっと肩を抱く。
「お前はこういう話はほんとに苦手だよなあ。で、それがどう重要なんだ?」
すると、今度はジャムが答えた。
「普通はさ、死んだらあの世へ行くだろ?でもこの街じゃそうはならなかった。なぜなら、悪い病気の神が呪いをかけたからな。」
「病気の神?」
ダナエとコウは顔を見合わせて首を傾げる。
「ずっと昔にこの街に住んでた奴らしいんだけど、隣の家の奴に恋人を殺されたのさ。
そして怒りに狂って暴走して、この街に呪いをかけた。死んでもあの世へ行けず、ずっとこの街で苦しむようにってな。」
「へえ・・・。でもその割にはこの街の人は楽しそうだけど?」
「まあ・・・なんというか、意外と楽なんだよな、死んでさ迷うのって。悪霊とかなら別かもしれないけど、そうでない魂はこの街を謳歌してるんだ。だから病気の神はこの街を捨てて、墓地の中にある穴を通って、別の場所へ言ったんだと。」
「ふうん・・・。なんだか切ない話ね・・・。」
ダナエは墓地の方を見つめ、辺りに漂う怪しい雰囲気を感じていた。トミーはスタスタと墓地の中へ入り、一番小さな墓石を指差した。
「あれが病気の神の恋人の墓だ。あれの下には真っ暗な穴があって、こことは別の街へ繋がってるんだ。まだ誰も通ったことはないらしいけどな。」
「誰も通ったことがないのに、何で別の場所へ繋がってるって分かるんだよ?」
コウが尋ねると、トミーは「ふふん」と指を振った。
「実はな、この穴を通って、何度か病気の神が現れたのを目撃した奴がいるのさ。」
「そうなのか?」
「そうなんだよ。それでな、その病気の神っていうのは、とても物知りらしいんだ。だからそいつに会えば、ユグドラシルへ楽に辿り着く方法を教えてもらえるかもしれない。」
「なるほどな・・・。でもさ、ダレスはユグドラシルの根っこを通ってここに来たんだろ?あんたらだってそのはずだ。ならわざわざ病気の神なんかに会いにいかなくていいじゃん。」
そう尋ねると、トミーは「チッチッチ」と指を振った。
「ユグドラシルは荒い海の中にいるのさ。だから根っこを通ってこの星に出て来ると、荒い海流に飲まれて遠い所へ流されるんだ。ダレスさんは、その流れに飲まれてこの街へ打ち上げられたのさ。」
「そういえばジル・フィンが言ってたな。ユグドラシルは荒い海の中にいるって。」
「そうそう、それに俺達は地球の支社から秘密のドアを通ってここへ来たから、ユグドラシルへの生き方は知らないんだ。」
「ふうむ・・・なるほど・・・。だったら物知りの病気の神に会う価値はあるな。でも病気の神って・・・なんだか怪しい感じだなあ。ダナエはどう思う?」
コウが尋ねると、ダナエはスタスタと墓地の中へ歩いて行った。
「細かいことはいいわよ。とにかくその病気の神様に会いに行ってみましょう。」
「相変わらず前向きだなあ・・・。その穴だって、どこへ繋がってるか分からないんだぜ?」
するとダナエはニコリと笑い、明るい声で言った。
「考えるより行動よ。さ、さ、トミーとジャム。早くその真っ暗な穴に案内して!」
ダナエが微笑みかけると、二人はササっと墓地の奥に走って行った。そして小さな墓石の前に立ち、二人で掴んで力いっぱい持ち上げた。
「ふんぬ!」
「おりゃあああああ!」
トミーとジャムは墓石を持ち上げ、横へドンと放り投げた。するとその下には木で出来た丸い蓋があって、怪しい気配が漏れていた。
「この蓋の下に穴があるのさ。さ、さ、どうぞ開けちゃって。」
トミーはサッと横に逃げ、蓋の方に手を向ける。
「何ビビってんだよ。自分で開けろよ・・・まったく。」
コウとダナエは蓋の前に立ち、そこから漏れてくる怪しい気配に身を竦めた。
「これ・・・絶対に何かいるね?」
「だな。きっと悪霊かゾンビだぜ。そういう禍々しい気を感じるもの。」
ダナエはそっと膝をつき、「えい!」と叫んで蓋を持ち上げた。するとその途端にたくさんの怨霊が溢れて来て、恐ろしい悲鳴を上げながら空に昇っていった。
「な・・・なんだよこれ・・・・。」
コウは顔を青くしてダナエの肩にしがみついた。トミーとジャムは墓地の端っこの方へ逃げていき、墓石の陰から顔を覗かせている。
「死人のくせに怨霊を怖がるよ・・・。なあダナエ?・・・・って、ダナエ?」
ダナエは目を開けたまま気を失っていて、その表情は石のように固まっていた。
「・・・気を失ってる。おい、しっかりしろ!」
コウにペチペチと頬を叩かれ、ダナエはハッと我に返った。
「・・ああ、コウ。なんか・・・下水から出て来るゴキブリみたいだったね・・・。」
「確かに気持ち悪かったな。俺もちょっとビビったよ。」
二人はブルッと肩を震わせ、暗い穴の中を覗き込んだ。奥の方から何かの呻き声が聞こえてきて、思わず後ずさる。
「いやあ、ビックリしたな。まさかあんなもんが出てくるとは。」
「触らぬ神に祟りなしっていうし・・・やっぱり行くのやめる?」
「お前らはとことん役立たずだな。誰がここへ連れて来たと思ってるんだよ・・・。」
コウはため息交じりに言い、ダナエに顔を近づける。
「・・・どうする?この穴に入ってみるか?」
「・・・・うん。怖いけど、先へ進まなきゃいけないからね。覚悟を決めて行ってみよう!」
ダナエとコウは顔を見合わせて頷き、真っ暗な穴の中へピョンと飛び込んだ。
「うお!ほんとに入っちゃった・・・。」
「ううむ・・・適当な思い付きで連れて来ただけなのに・・・。」
トミーとジャムは冷や汗を流して暗い穴の中を見つめ、覚悟を決めたように頷き合った。
「俺達も行くぜ!借金をチャラにしてもらう為に!」
「俺はダナエちゃんと師匠に愛される為に!とう!」
二人のゾンビも暗い穴の中に飛び込んだ。そして誰もいなくなった墓地では、勝手に蓋が閉まって穴を塞いだ。横に倒れていた墓石もひとりでに宙に浮かび、大きな音を立てて元の位置に戻っていった。

            *

暗い穴の中には風が吹いていた。まるで台風のような強い風で、その風に乗って悪臭が漂ってくる。ダナエとコウは鼻をつまみ、風に運ばれて暗い穴の中を飛ばされていた。
「なんだろう・・・この臭い?鼻が曲がりそう・・・。」
「こりゃあ何かが腐った臭いだな。肉とか魚を放置してるとこんな臭いになるよ。」
二人は悪臭に顔をしかめながら飛ばされて行く。後ろの方からはトミーとジャムの声が聞こえ、「臭ッ!」とか「おえ!」などと叫んでいる。
ダナエは後ろを振り向き、真っ暗な中を見つめて言った。
「大丈夫〜?」
「おう、大丈夫、大丈夫!でも・・・・臭ッ!」
「ダナエちゃ〜ん!何かあっても、俺が守ってあげ・・・・・・おえ!」
「うん、大丈夫そうね。」
ダナエは前を向き、真っ暗な闇の先を見つめた。先に進むにつれて悪臭は酷くなり、もはや息をするのも辛いほどであった。
しかしそれを我慢して風に運ばれていくと、遠くの方からおぞましい悲鳴が聞こえてきた。
「な・・・何・・・?」
悪臭に混じって響いてくるおぞましい悲鳴は、だんだんとこちらに近づいてくる。そしてチラリと白い何かが見えたかと思うと、無数の怨霊がわらわらと飛んできた。
「いやあああああああああ!」
ダナエは絶叫してコウを鷲掴みにする。そして前に突き出し、目を閉じてぶるぶると震えた。
「こ、こら!俺を盾にするな!」
「だって怖いんだもん!」
迫りくる怨霊はゴキブリの大群のようにダナエの横を飛び抜け、生温い風を撒き散らしていく。
それは吐き気がするほど臭く、頭がクラクラして思わず気を失いそうになった。
「おいダナエ!しっかりしろ!」
「・・・・・・・・・。」
ダナエは気絶寸前でコウを抱き寄せ、青白い顔をして白目を剥いていた。後ろからはトミーとジャムの雄叫びが響き、「助けてえ〜!」と絶叫している。
怨霊の大群は嵐のように過ぎ去り、ダナエとコウは勢いを増して飛んで行く。
すると遥か先の方に光が見えて、コウはぺしぺしとダナエの頬を叩いた。
「頑張れ!もうちょっとで出口だぞ!」
「・・・・・・・・・・・・。」
勢いを増した風は凄まじい速さでダナエとコウを運んで行く。そして瞬く間に暗い穴の出口に辿り着き、光の中に突っ込んで高い空に投げ出された。
「うわああああああ!落ちるううううう!」
コウは顔を覆って叫ぶ。ダナエは相変わらず放心したままで、コウは仕方なく風の魔法を唱えた。
「風の精霊!俺達の盾になってくれ!」
そう叫んで両手をかざすと、周りの空気が集まって二人を包み込んだ。そしてそのまま落下し、下にあったボロボロの家に突っ込んでいった。
「ぎゃああああああ!」
屋根を突き破り、柱を壊し、床を突き抜けて固い石にぶつかった。風の魔法がクッションのように守ってくれたおかげで怪我をせずに済んだが、二人は放心したまましばらく動けなかった。
「・・・・・危うく死ぬところだった・・・・。」
震える声で呟くと、空からゾンビの叫び声が聞こえてきた。
「ぎゃあああああああ!死ぬうううううう!」
「いや、俺達はもう死んでる!でも痛いのは嫌だああああ!」
二人はダナエとコウの真上に落ちて来て、風のクッションにぶつかって弾き飛ばされる。
「ぐはあッ!」
「ほげえッ!」
その勢いで壁に激突し、土煙りを巻き上げて気絶していた。
「・・・なんなんだよ・・・いったい・・・。」
コウはダナエの手からもぞもぞと這い出て、じっと辺りを見回してみた。
「なんだここは・・・呪いの実験場か何かか・・・?」
ダナエ達が落ちて来たのは、壁じゅうに呪いの文字が書かれた薄暗い部屋だった。壁にはいくつかの蝋燭が立てられていて、怪しく室内を照らしている。床にはいくつも魔法陣が描かれていて、蛇のようにウネウネとパイプが巡らされている。そしてダナエとコウの足元には、荒縄が巻かれた大きな岩があった。
「なんだこの岩・・・?すごい霊力を感じるけど・・・・。」
岩には黄色いお札が張られていて、大きな霊力を発していた。
「・・・なんか不気味な場所に出ちゃったな・・・。これ、大丈夫なのかな・・・。」
コウはダナエの横に降りて、クイクイと鼻を引っ張った。
「おい、しっかりしろダナエ!もう怨霊はいないから。」
「・・・・え?・・ああ!ここは・・・・どこ?」
ダナエは身を起こしてキョロキョロ辺りを眺め、その異様な雰囲気に思わず息を飲んだ。
「何この部屋・・・気持ち悪い・・・。」
「あの暗い穴を抜けると、ここへ落ちて来たんだよ。
きっと呪いの実験場か何かだと思うけど・・・・・・・。」
「呪い・・・?」
ダナエはまた青ざめ、ギュッとマントの裾を握って立ち上がった。そして周りを見渡し、「あの二人は?」と尋ねる。
「そこにいるよ。」
コウは壁の穴を指差す。瓦礫の下で、トミーとジャムがもぞもぞと動いていた。
「大丈夫!」
ダナエはダっと駆け寄り、瓦礫をどかして二人を引きずり出した。
「ああ・・・死ぬかと思った・・・。」
「だからもう死んでるって・・・。それよりダナエちゃんの手・・・柔らかい・・・。」
ゾンビ二人はよろよろ立ち上がり、部屋の中を見渡して「うお!」と後ずさった。
「なんだここは・・・?」
「分からない・・・。でもあの穴からここへ落ちて来たみたい・・・。」
ダナエは自分が落ちて来た空を見上げる。そこには丸い穴が空いていて、波のように揺らめいていた。しかしすぐに空間が歪み、小さくなって消えてしまった。
「なんなの・・・いったい・・・。」
呆然と立ち尽くしていると、部屋の奥にある階段から足音が聞こえて来た。ダナエ達は慌てて岩の後ろに隠れ、顔を覗かせて様子を窺った。
石造りの階段からはカツカツと足音が響き、やがて真っ黒なスーツに白衣を着た男が現れた。
服の上からでも痩せているのが分かるほどガリガリで、その顔は死人のように生気がなかった。
そして眠たそうな細い目をこすり、艶々としたオールバックの髪をなでつけていた。
「なんかいかにもインテリって顔だな・・・。マッドサイエンティストって感じだぜ。」
「怪しい気配を感じるわね。見つかったらまずいかも。」
ダナエ達は息を飲んで白衣の男を見守る。男は脇に抱えていた何かを机の上に置き、本を捲ってブツブツ言っている。
「おい・・・あれ骸骨じゃないか?」
コウは机の上に置かれた物体を指さした。ダナエはじっと目を凝らし、「きゃ!」と小さく悲鳴を上げる。
「おいおい・・・人の骸骨だぜ・・・。」
「怖ええ・・・。」
トミーとジャムは身を寄せ合って震えた。
「まさかあいつが殺した人間とかじゃないよな・・・。」
ダナエ達はゴクリと息を飲んで見つめる。男は本を閉じて髑髏を持ち、ダナエ達が隠れている岩の方までやって来た。
「おい!まずいぞ!見つかったら殺されるかも・・・。」
「分かってるよ!声を出さずにじっとしてろ。」
怖がるジャムにコウが怒り、息を殺して男の足音に耳を澄ます。男は岩の前で止まり、骸骨を持ってブツブツ独り言を言っている。そして上から吹きつける風に気づき、じっと天井を見上げた。
「なんだ・・・?なんであんな穴が空いて・・・・、」
そう言いかけて口を止め、岩の上に髑髏を置いて辺りを見渡した。そしてゆっくりと岩を回って近づいてくる。
「・・・・・・・・・・・。」
ダナエ達は足音を殺して、岩に沿ってぐるりと逃げていく。男は岩を一周して、誰もいないことを確認して髑髏を手に取った。
「・・・・・・・・・・・。」
ダナエ達の心臓はバクバクと音を立てる。岩の向こうから男の気配をビンビンと感じて、明らかにこちらの存在を感じ取っている様子だった。
「・・・動くなよ・・・じっとしてるんだ・・・・。」
コウは小さな声で言い、みんなはコクコクと頷く。男は髑髏を持ったまま再び岩を回って来る。ダナエ達は足音を殺してゆっくりと逃げて行くが、ジャムの包帯が岩の突起に引っ掛かってビリビリ!っと音がした。
「あ!やべ!」
思わず声が出てしまい、コウは「馬鹿野郎・・・。」と小さく呟く。その時、カツン!と男の足音が響いた。ダナエ達が真上に気配を感じて見上げてみると、そこには髑髏を持って、冷たい視線で睨む男がいた。
「うわああああああああ!」
「お助けえええええええ!」
トミーとジャムは部屋の端まで逃げて行き、ダナエとコウは手を握り合って男を見上げていた。
「・・・・誰かねチミたちは?・・・ここで何をしとるんだ?」
男の声は、冷淡な顔に似合わず高い声だった。口調もコミカルで、怒るでもなく、怯えるでもなく冷静に問い詰めてくる。
コウはダナエの服を引っ張って逃げようとするが、ダナエはスッと立ち上がって答えた。
「私はダナエ。月から来た妖精よ。泥の街にある墓地の穴を通って、ここに落ちて来たの。」
真っすぐに見つめて言うと、男は「むむ!」と低く唸った。
「・・・チミい・・・。あの亡者の穴を通ってここまで来たというのか?」
「亡者の穴?私は墓の下の穴に飛び込んで、気が付いたらここに落っこちて来たの。」
「・・・むむう・・・。あの道を通って無事な者がいるとは・・・。普通は怨霊にとり憑かれて殺されてしまうのに・・・。」
男は岩から下り、髑髏を片手にダナエに近づいた。そして興味深そうにジロジロと見つめ、左の手首に着けているコスモリングを見て「おお!」と声を上げた。
「それこそは、まさしくコスモリングではないか!チミ、いったいそれをどこで手に入れたんだね?」
男はグイッと顔を近づける。ダナエはうろたえて後ろに下がった。
「これはジル・フィンっていう海の神様からもらったの。」
「・・・ジル・フィン・・・?聞いたことのない神だな。」
「ほんとうは地球の神様なんだけど、事情があってこの星にいるの。そしてユグドラシルを目指す私の為に、この腕輪をくれたのよ。」
「ほほう・・・チミ、ユグドラシルへ行きたいのかね?」
男はさらに顔を近づけ、ダナエはサッとコウを盾にした。
「むほ!妖精ではないか!これはチミのペットか?」
男はコウに指を向けて尋ねる。するとコウは怒った顔で指を払った。
「誰がペットだ!俺はダナエの友達、妖精のコウだ!」
「彼女の友達?なら君も月から?」
「そうだ。・・・ていうか、あんたも月を知ってるのか?」
男は顔を引っ込めて背筋を伸ばし、ヨレヨレのネクタイを直して言った。
「私はかつて、金星に住んでいた神だ。だから月のことくらい知っている。」
「き、金星だって!」
「うむ。ただなにぶん、あそこは寒かったり熱かったりと大変でな。だからこの星にやって来たのだ。ああ・・・・懐かしき金星・・・。ふるさとは遠くにありて思うものと言うが、これはただのホームシックだろうか・・・。」
男はしんみりした顔で胸を押さえ、髑髏の頭を撫でまわしている。コウは肘でダナエを突き、小声で言った。
「おい・・・こいつヤバイ奴だぜ・・・。今のうちにさっさとずらかろう・・・。」
「ちょっと待って。その前に聞いておきたいことがあるの。」
ダナエは男の前に立ち、真剣な顔で尋ねた。
「私達、病気の神様を探しているの。あなたはその神様がどこにいるか知らない?」
そう尋ねると、男は白衣を翻して髑髏を持ち上げた。
「それは私のことだ。人々は、私のことを病の神と呼ぶ。」
「あ、あなたが!」
ダナエは驚いて声を上げる。そして男に詰め寄り、白衣を握ってブンブンと揺さぶった。
「ねえ、私達ユグドラシルへ行きたいの!どうやったら行けるか教えて!」
「うむむ・・・チミい・・・首が締まって苦しいんだが・・・。」
「ああ!ごめんなさい。私って興奮すると、周りが見えなくなる性格だから・・・。」
「初めて会ったチミの性格など知らんがね・・・・まったく・・・。」
男は白衣を直し、髑髏を脇に抱えて胸を張った。
「私は病の神ウルズ。・・・・まあ本当は病の神ではなく、細菌の神なのだが。」
「細菌・・・?要するにバイ菌の神様ってこと?」
「・・・チミは嫌な言い方をするねえ・・・。それじゃ私が汚い神様みたいじゃないか。」
ウルズは不機嫌そうに眉を寄せる。
「ごめんなさい、悪気はないの。」
ダナエは謝り、コウを抱き寄せて言った。
「私とこの子は、ユグドラシルの声を聞いてこの星にやって来たの。今、地球とこの星は悪い邪神に乗っ取られようとしていて、それを防がないといけないのよ。だからお願い、力をかして!」
ダナエは透き通った青い瞳で見つめる。ウルズはじっとその瞳を見つめ返し、「エダ・・・。」と呟いた。
「エダ?何それ?」
「ああ・・・すまん。昔の恋人の名前でね。こんな怪しげな私のことを愛してくれた、とても美しい女性だよ。君の瞳は・・・エダの瞳にそっくりだ。一点の曇りもなく透き通っている。」
ウルズは懐かしそうに言い、脇に抱えた髑髏を見つめた。
「・・・エダと一緒にいた時間は幸せだった・・・。それが、今じゃこんな姿になってしまって・・・。」
「ええ!それって、あなたの恋人の髑髏なの?」
「そうだよ。私が実験に失敗したせいで、こんな姿になってしまった。ああ・・・・・可哀想なエダ・・・。」
ウルズは髑髏を抱いて目に涙を浮かべる。ダナエとコウは顔を見合わせ、目を丸くして尋ねた。
「なあおっさん。」
「おっさんではない。ウルズだ。失礼だよ、チミい・・・。」
「じゃあウルズ。あんたの恋人って、隣の家の奴に殺されたんじゃないの?」
「違うぞ。私が実験に失敗したせいで死んだのだ。おかげでほら、こんな姿に。」
ウルズは髑髏を前に出して見せつける。
ダナエとコウは何とも言えない顔で髑髏を見つめ、切ない声でウルズに尋ねた。
「・・・じゃあさ、泥の街があんな風になっちゃった原因って何なの?あれはあんたが恋人を殺された復讐で呪いをかけたんじゃないの?」
「いいや、あれも私の実験が失敗したせいだ。呪いを持った細菌がそこらじゅうに散らばって、あんなことになってしまった。今思うと、あの街には悪いことをしたもんだ・・・。」
「・・・・・・・・・。」
二人は黙って俯き、悲しい顔で足元を見つめていた。ダナエは唾を飲んで気持ちを落ち着かせ、顔を上げて言った。
「それって私達が聞いた話と全然違うんだけど・・・・。」
「・・・ううむ・・・チミはよっぽど純粋なんだねえ。チミの聞いた話なんて、しょせん誰かの噂だろう。ああいうのは、なるべく悲劇のストーリーっぽく作られるものだ。その方が噂としては面白いからねえ。」
ウルズは何でもないことのようにサラっと言う。ダナエとコウは後ろのゾンビを振り返り、呆れた目でジトっと睨みつけた。
「い、いや・・・俺達は嘘を言ったわけじゃないぜ!」
「そうそう、確かに酒場でそう聞いたんだ!ただし、そしつは噂好きのおばさんだけど・・・。」
ダナエとコウは大きくため息をつき、がっくりと肩を落とした。そして顔を見合わせ、ブツブツと小声で相談を始めた。
「・・・ねえ、どうするコウ?この神様ふつうじゃないよ・・・。」
「・・・だから言ったじゃん、病気の神なんて怪しいって・・・。どう考えてもコイツの頭は金星までぶっ飛んでるぜ・・・。」
「そうね・・・なんたってバイ菌の神様だから・・・。他あたろうか?」
「・・・だな。ついでにあのゾンビ達もここへ置いて行こう・・・。」
「・・・全部聞こえとるがね、チミたち・・・・。」
ダナエとコウはヒソヒソと相談を続け、そして大きく頷いてウルズを振り返った。
「それじゃあ、私達はこれで。」
「あんまり危ない実験すんなよ、おっさん。」
二人は手を振り、スタスタと階段に向かう。
「ほら、トミーとジャム、行くよ。」
「いいよ、あいつらはここに置いていこう。おっさん、その二人は置いて行くから、何かの実験に使ってやってくれ。」
そう言うと、トミーとジャムは慌てて駆け寄って来た。
「おいおい!ひどいこと言うなよ!」
「そうだよ!俺達を見捨てないでくれえ!」
トミーとジャムは膝をついて懇願し、包帯の隙間から涙を流している。
「コウ、さっきのは言い過ぎよ。ごめんね、この子口が悪いところがあるから。」
「ただの冗談じゃないか。・・・いや、そうでもないか。こいつらあんまり役に立たなさそうだし・・・。」
コウは厳しい顔をして腕を組む。
「そんなことない!これからはちゃんと頑張るからさ!」
「そうだよ!誰だって間違いはある!ここで見捨てられたら、俺達の借金は・・・。」
「だから冗談だって言ってるだろ!どいつもこいつも頭が固いなあ・・・。」
四人は階段の前でぎゃあぎゃあと騒ぎだす。ウルズはうんざりとして首を振り、髑髏を抱えて岩の前に立った。
「ほんとうに想像しいねえ、チミたちは・・・。家の屋根を壊すわ、人のことをバイ菌呼ばわりするわ・・・。」
大きなため息をついて岩の上に髑髏を乗せ、机に行って何かの機械を取り出した。
「どうでもいいけど、実験の邪魔だけはしないでくれよ。今日の実験は特に重要なんだから。」
そう言って手にした機械をいじっていく。鉄で出来た四角い機械には、いくつものボタンが付いていた。
「おいおい・・・何をしようっていうんだよ?ここを呪いの細菌で埋め尽くす気じゃないだろうな?」
コウは不安そうにダナエの後ろに隠れる。ウルズは「ふん」と鼻を鳴らし、ポチポチと機械のボタンを押した。
「そんな実験はここではせんよ。私がやろうとしていることは、エダを生き返らせることだ。」
「・・・人を・・・生き返らせる・・・?」
ウルズは黙って機械を操作し、一人でブツブツ頷いている。そして機械を片手に岩の近くに走り、床を這うパイプの先端を持ち上げた。
「私は細菌の神だから、生き物の事に詳しいのだ。だから科学と魔法の力を使って、エダを復活させる。この髑髏は、その為の依りしろだがね。」
ウルズはパイプの先端を持って岩の後ろに回り、下の方にある小さな穴に差し込んだ。
「科学の力でエダの身体を生み出し、魔法の力で黄泉の国から魂を呼び戻す。どうだい、完璧な理論だと思わんかね?」
ウルズはニコニコとして機械をいじり、岩から離れていく。そしてダナエ達のいる所まで下がると、機械を掲げてニコリと笑った。
「チミたちは幸運にも、私の素晴らしい実験の成功を目にすることが出来るわけだ。」
ウルズは艶々した黒髪をなでつけ、緊張した面持ちで岩を見つめる。そして機械の真ん中にある赤いボタンに指を置いた。
「さて・・・行くぞ・・・。エダよ、今日こそ黄泉の国から戻してあげるからね。」
ウルズは期待に満ちた目で赤いボタンを見つめる。しかし後ろの四人は嫌な予感がして、冷たい汗を流した。ウルズは指に力を込め、ボタンを押そうとする。ダナエは咄嗟に飛びつき、実験を止めさせようとした。
「ダメ!きっと良くないことが起こるわ!」
「ノープロブレム!我が実験に中止の二文字は無い!さあエダよ!戻って来おおおおおい!」
ポチっと赤いボタンが押される。すると床の魔法陣が揺れ出し、怪しい紫の光を放った。
どこに繋がっているのか分からないパイプは、ボコボコと動いて岩に何かを送りこんでいく。
部屋の中に怪しい気と悪臭が満ち、ダナエ達は思わず鼻をつまんだ。
「くさあ〜い!これ穴の中を通る時に嗅いだ臭いだ!」
「なんだよこの臭い?絶対に何かの死体だろ!」
「ゾンビでも鼻が曲がる臭さだぞ!」
「マジでやばい臭いだ・・・。ダレスさんのトイレ掃除より臭いぞこれ・・・。」
悪臭は臭いを増し、それと比例するように部屋に邪悪な気が満ちていく。するとダナエ達が落ちてきた穴が再び現れて、部屋の臭いを吸い取っていった。
「ああ・・・ちょっとはマシになった・・・。」
ダナエは眉をしかめて岩を見つめる。すると部屋に充満していた邪悪な気は、魔法陣の紫の光の中へ吸い込まれていった。そして地震のように床が揺れ、部屋全体が軋み出す。
「壊れないだろうな、この家・・・・。」
コウはギュッとダナエの肩に掴まり、不安そうに部屋を見渡す。ゾンビ達はお互いに抱き合ってぶるぶると震え、何かに気づいて魔法陣を指差した。
「お・・・おい・・・・あれ・・・・。」
トミーが指差した先を見ると、魔法陣から何かが現れようとしていた。紫の光は輝きを増し、魔法陣の奥からおぞましい悲鳴が聞こえてきた。
「これは・・・まさか・・・・。」
魔法陣に吸い込まれた邪気が一気に吹き出して、それと同時に無数の怨霊が湧き出て来る。まるでマンホールの隙間から溢れるゴキブリのように、次から次へとウゾウゾと溢れてくる。
「いやあああああああああ!」
ダナエは絶叫してコウを盾にし、目を瞑って顔を逸らす。
コウは石のように固まって口をパクパクさせ、小さな身体をカタカタと揺らしていた。
ゾンビ二人は抱き合ったまま膝をつき、祈るようなポーズで涙を流していた。溢れた怨霊は部屋の中を飛び回り、苦痛の声を吐き出して顔を歪める。
「さあ、エダ!君はどこにいる?僕はここだ!僕の元へ来るんだ!」
ウルズは手を広げて高らかに叫び、岩の周りをぐるぐると走りだす。怨霊は苦痛と憎悪の叫びを吐き出してウルズに飛びかかるが、ウルズは落ち着いた様子でふっと息を吹きかけた。
すると呪いの細菌が怨霊を蝕み、絶叫を放って魔法陣の中へ戻っていった。
「君達はエダじゃないだろう!僕が求めているのは彼女の魂だけだ!無用な魂は黄泉へ返りたまえ!」
そう言ってパチンと指を鳴らすと、空に浮かぶ黒い穴が怨霊を吸い込んでいった。
「エダ!どこだ?どこにいるんだ?早く僕の元へ来てくれ!」
ウルズは怨霊の大群に向かって叫び声を上げる。怨霊は溢れては吸い込まれ、吸い込まれては溢れて、もはや室内は地獄のようになっていた。
「嫌だあ・・・・。月に帰りたい・・・・。」
ダナエはコウを盾にしたまま泣き崩れ、サッとゾンビの後ろに隠れた。
無数に溢れる怨霊は、ただただ苦痛の声を残して消えて行く。しかしその中に一つだけ美しい魂が混じっていた。醜く蠢く怨霊の群れに、小さく輝く青い光があった。そしてその光は怨霊の群れから飛び出し、ウルズの元へ飛んで来た。
《ウルズ・・・・。》
「おお!エダ!」
青い魂は霊体に変化し、ダナエと良く似た美人が現れた。ウルズは感激して涙を流し、機械を放り投げてエダに駆け寄った。
「エダあああああ!会いたかった!この日をどんなに待ったことか!」
エダは両手を広げてウルズを迎える。ウルズは涙を流してエダに駆け寄る。そして二人が抱き合おうとした瞬間、「パーンッ!」と鋭い音が響いた。
《このロクデナシ!恋人を実験に使って死なせるなんて・・・。あんたは最低の男よ!》
「エ・・・エダ・・・?」
《絶対に安全だっていうから協力したのに・・・機械がぶっ壊れて私は一瞬で骨になっちゃったじゃない!どう責任取ってくれるのよ!》
エダは美しい顔を怒らせて、鬼神の形相でウルズの襟首を掴む。
「ち・・・違うんだ・・・。あれはちょっとした計算ミスで・・・。」
《はあ?計算ミス!そんなんで私は死んじゃったの!・・・もう許せない・・・。今からあんたを呪い殺してやるわ・・・・。》
エダの姿がぞわぞわと恐ろしい怨霊に変わっていく。ウルズは慌てて首を振り、彼女の手を握りしめた。
「待て待て!君を呼び出したのはその責任を取る為さ。」
《どういうことよ・・・?》
「いいかい。あの岩は死者を生き返らせる転生装置なんだよ。ほら、そこのパイプは肥溜に繋がっていて、それを元に君の身体を復活させるんだ。」
《・・・・・・・・・・・・・。》
「大丈夫だよ!肥溜っていったって、僕の発明した細菌を使って、ちゃんとした身体に変化するから。それでね、あそこに君の髑髏が乗っているだろう?あれを依りしろにして、君の魂と身体をくっつける。そして最後は岩の転生装置を使って、君は復活するんだ!どうだい、素晴らしいだろう?」
《・・・・・・・・・・・・・。》
ウルズは両手を広げて、どうだと言わんばかりに胸を張る。その笑顔は一点の曇りもなく、眩しいくらいに輝いていた。エダはそんなウルズを見てクスリと笑い、微笑みを向けて言った。
《ねえウルズ。私はあなたの実験で死んだのよ?それなのに、またあなたの実験台にしようっていうの?》
「違うよ!僕はただ君に生き返ってほしくて・・・・、」
《嘘言うんじゃないわよ!あんたの頭には実験のことしかないでしょ!わけの分からない実験ばかりして、周りに迷惑ばかりかけて!だから病気の神だなんて言われるのよ!いったいどれだけ私が苦労したと思って・・・・。》
エダの目に涙が浮かび、それを見たウルズは優しく抱きしめようした。
《触んじゃねえよ!この甲斐性無しのクソ野郎!》
「・・か・・・甲斐性無し・・・?」
《いいか!私は黄泉の国でのんびり暮らしてんだ!向こうで新しい恋人も出来たし、もう二度とお前に関わりたくないんだよ!ああ、もう!呪い殺すのもアホ臭くなってきた・・・。》
エダは宙に浮かび上がって霊魂に戻り、真っ暗な穴に向かって飛んで行く。
《いいか!二度とこんなマネをするなよ!今度やったら本当に呪い殺すからな!》
そう言い残し、エダは暗い穴の中へ消えていった。
「・・・エダ・・・・。」
ウルズはがっくりと項垂れ、この世の終わりみたいな暗い顔して立ち尽くした。
「・・・なんなんだよ・・・これ・・・。あいつは何がしたかったんだ・・・?」
コウは呆然として呟き、ダナエはゾンビの後ろで放心していた。そしてウルズは力を失くしたようにヨロヨロとよろめき、投げ捨てた機械を踏みつけてしまった。そこには『復活』と書かれた黄色いボタンがあって、彼が踏んだせいでスイッチが入ってしまった。
すると突然岩が揺れ出し、ウルズは思わず転びそうになった。その拍子に岩に張ってあったお札を剥がしてしまい、「しまったああああああ!」と大声叫んだ。
そして足元に目をやり、『復活』と書かれたボタンを踏みつけているのを見てまた叫んだ。
「ああ・・・・なんてこったあああああああ!」
「どうしたんだよ・・・何をそんなに驚いてるんだ?」
コウが尋ねると、ウルズは慌てて机の引き出しを開けた。
「おいチミたち!早くここから逃げるんだ!じゃないと恐ろしい魔人が出て来るぞ!」
「ま・・・魔人・・・?」
「そうだ!この岩には恐ろしい魔人が封じ込められているんだ!
でもお札を剥がして、『復活』のボタンを押してしまったから、外へ出て来てしまう!」
「・・・何やってんだよ、あんたは・・・・。」
コウは放心するダナエの頬を叩いて「しっかりしろ!」と呼びかける。
「・・・え?ああ・・・また気を失ってたんだ・・・。」
そう言って気を取り戻すが、まだ部屋をうようよする怨霊を見てまた気を失いそうになる。
「待て、寝ちゃダメだ!なんかヤバイ奴が出て来るらしい。」
「ヤバイ奴?ヤバイ奴って何?」
「分からないよ!魔人とかって言ってたけど・・・。でもここがヤバイことに変わりはない。
早く逃げよう!ほら、お前らゾンビも!」
コウはトミーとジャムの頭を叩き、「逃げるぞ!」と激を飛ばす。そしてみんなで階段を上ろうとした時、大きな岩が弾け飛んだ。
「きゃあああああ!」
「うわあああああ!」
岩の破片は室内に飛び散り、階段にぶつかってガラガラと壊れてしまった。そして砕かれた瓦礫が崩れ落ちて、逃げ場は完全に塞がれてしまった。
「ああ・・・なんてこった・・・・。」
ウルズはクラクラよよろめく。
砕かれた岩から怪しい影が現れ、ダナエ達はゴクリと息を飲んで見つめていた。

 

                      (つづく)

ダナエの神話〜神樹の星〜 第四話 金貸しダレス(2)

  • 2014.02.18 Tuesday
  • 16:03

『金貸しダレス』2


酒場は街人で溢れていた。どの席もいっぱいで、店内は騒々しく酔っぱらいの声が響いていた。
「座る場所がないな・・・。」
アリアンロッドは眉をひそめて言い、不機嫌そうに腕を組んだ。するとゾンビの一人がササっと前に出て、「任せて下さい!」と胸を叩いた。
「師匠の為に席を空けさせますから、ちょっと待ってて下さい。」
「誰も弟子にした覚えはない・・・。」
ゾンビはニコニコと手を振り、酒場の奥へ向かう。そして気の弱そうなイタチの獣人に声を掛け、席を空けろと怒鳴った。しかし怒ったイタチは椅子から立ち上がり、思い切りゾンビを殴りつけた。ゾンビは床に倒れ、必死に謝ってこちらへ戻って来る。
「何をやっているんだあいつは・・・・。」
アリアンロッドは呆れた顔で呟き、コウは「ダッサ」と馬鹿にする。
「・・・すいません。返り討ちに遭いました・・・。」
ゾンビは悲しい顔で頬を押さえ、シュンとへこたれる。
「・・・まあ仕方ない。どこか別の場所で話そう。」
そう言ってアリアンロッドが店を出ようとすると、入口のドアが開いてダレスが現れた。
「・・・・・・・・・・。」
ダレスは何も言わずにじっと睨みつける。ゾンビ達は身を寄せ合って怯え、コウは怒った顔で睨み返す。そしてアリアンロッドは静かな口調で言った。
「なんだ?まだ私と戦うつもりか?それならば今度は本気で・・・・、」
ダレスはその言葉を遮るように首を振り、みんなの横を通って店のVIP席に向かった。そこには恐ろしい顔をしたイノシシの獣人と、身体の大きな鬼が座っていた。
「おいてめえら、この席を空けろ。」
ダレスがドスの利いた声で言うと、イノシシと鬼は「ああん!」と怖い顔で睨みつけた。
しかし相手がダレスだと分かると、途端に頭を下げて席を空けた。そして肩を竦めてササっと店から逃げていく。
「おお!なんかすげえじゃん。」
コウは感心して口笛を吹く。ダレスはアリアンロッドに向かって手招きをし、ドカっと椅子に座った。
「さ、さ、師匠!席が空いたから行きましょう!」
「だから、誰も弟子にした覚えはない・・・。」
アリアンロッドはゾンビに案内されて広毅仞覆惴かった。そして椅子に座ると、ダレスが指を鳴らしてウェイターを呼び、高いお酒を注文した。
「俺の奢りだ。何でも好きな物を頼んでくれ。」
「お、マジ?じゃあ俺はこれとこれね。あとこのトロピカル極楽カクテルってやつ。」
「・・・私は水でいい。あと海藻のサラダ。ああ、それと極上ミルクのチーズケーキを。」
二人はメニューを指差し、ウェイターはペコリと頭を下げる。
「ええっと、俺はこのバットフィッシュのトリュフソテーを・・・、」
ゾンビがメニューを見ながら頼もうとすると、ダレスにギロリと睨まれた。
「・・・・すいません。水でいいです・・・・。」
ゾンビは肩を竦めて小さくなり、ウェイターはサッと奥へ下がっていく。ダレスは足を組んでアリアンロッドを見つめ、怖い顔を小さく笑わせた。
「あんた強えなあ。さすがは神様だぜ・・・。」
「つまらんお世辞はいい。何か話があってここへ来たのだろう?」
ダレスは頷き、テーブルに肘をついて身を乗り出す。そして大きな口を動かして喋った。
「・・・実は、あんたに相談したいことがある。この星と・・・地球の間で起こっている危機についてだ。」
「この星と・・・地球の危機だと?」
アリアンロッドの顔が強張り、ダレスは目を瞑って頷く。
「実はな・・・俺もそこのゾンビ達も、元々は地球の・・・・・、」
そう言いかけた時、コウが二人の間に割って入った。
「ちょっとちょっと、後から来たくせに先に話さないでくれる?今は俺の話が先なんだ。」
ダレスはジロリとコウを睨むが、コウは腰に手を当てて睨み返した。
「睨んだって怖くないぜ!お前はダナエを酷い目に遭わせた悪い奴だ。もし俺が今より強くなったら、絶対にぶっ飛ばしてやるからな!」
そう叫んで、小さな指をビシッと向ける。ダレスはじっと睨んでいたが、やがて小さく吹き出してコウに手を向けた。
「そりゃ悪かったな。先にそっちの話をしてくれ。」
ダレスは腕を組んで椅子にもたれ、大きな葉巻を咥えて火を点けた。そしてプカリと煙を吐き、奥に向かって「早く持って来い!」と怒鳴りつける。
「やだねえ・・・野蛮人は・・・。絶対に友達になりたくないタイプだ。」
コウはテーブルの上に胡坐を掻き、アリアンロッドの方を向いて尋ねた。
「さっきあんたはこう言ってたな。プッチーが発動しないと、宝石の中から出て来られないって。」
「ああ、そうだ。私の意思だけでは外に出られない。」
「だったらさ、その辺のことを詳しく聞かせてくれよ。その腕輪はジル・フィンっていう海の神様からもらったんだけど、詳しい説明はしてくれなかったんだ。」
「ジル・フィンか・・・。あいつはしっかりしてるようで呑気なところがあるからな。
しかし妖精よ、どうしてそこまでこの腕輪のことを知りたいのだ?」
アリアンロッドがコスモリングを掲げて見せると、コウは目を瞑って指を振った。
「俺の名前はコウ。月の妖精だ。」
「・・・すまない。ではコウよ、どうしてコスモリングのことを、そこまで知りたがるのだ?」
そう尋ねると、コウは暗い顔になって俯いた。
「だって・・・もっと詳しくプッチーのことを知っておけば、ダナエはあんなに酷い目に遭わずに済んだかもしれない・・・。あいつは無鉄砲なところがあるから、いつも俺が手綱を引いて危険から遠ざけてるんだよ・・・。なのに・・・今回は何も出来なかった。
もしあんたが出て来てくれなかったら、あいつはそこの狼に殺されてたかもしれない・・・。」
コウは唇を噛み、悔しそうに眉に皺を寄せる。それを見たアリアンロッドは笑って頷き、コウの頭を撫でた。
「お前は勇敢な子だな。こっちのゾンビよりよっぽど見込みがある。」
「へん!そんな死に損ないどもと一緒にするな。」
コウは頬を膨らませ、プイッとそっぽを向く。アリアンロッドはコスモリングを触り、宝石の中にいるダナエを見つめた。
「いいだろう、この腕輪のことを詳しく聞かせてやろう。」
ウェイターが注文を運んで来て、テーブルの上に並べていく。アリアンロッドは水を一口飲み、コスモリングを指差して言った。
「この腕輪はな、海の力が生み出した結晶なのだ。まるで生き物のように自分の意思を持っていて、所有者の身体と心に繋がっている。」
「所有者の・・・・。てことは、ダナエの身体と心に繋がっているってことか?」
「ああ、もっと正確に言うならば、この腕輪は所有者の魂の一部となっている。だから所有者が力を発動させなければ、私は外へ出ることが出来ない。」
「なるほど・・・それであんたはすぐに外へ出られなかったわけか・・・。」
コウは顎に手を当ててふむふむと頷く。
「あのダナエという子は、とても強い意志を持っている。だからどんな敵でも自分の力で挑もうとするだろう?」
「うん、絶対に無理だって分かってることでも、自分だけの力で立ち向かおうとするな。」
「強い意志を持つのはいいことだが、あまりにそれが行き過ぎると、自分の身を滅ぼすことになる。自分だけの力に頼ろうとするようでは、この腕輪の力は発動出来ない。なぜなら、この腕輪は海の結晶で出来ているからな。海というのは、多くの命が支え合って生きている場所だ。
だからあまりに独りよがりな者では、コスモリングは力をかしてくれない。」
「・・・そうか。なんだかダナエの性格とは正反対の考え方だな。」
コウはトロピカル極楽カクテルのストローを咥え、チュルチュルと吸っていく。
「いいや、そんなことはないぞ。あの子は少し意地っ張りなだけで、決して独りよがりではない。しかし・・・今は自分の意地の方が勝っているようだ。だから自分の命が危険に晒されるまで、誰かに助けを求めようとしなかった。そこの獣の拳が振り下ろされる瞬間、あの子は心の中で叫んだのだ。
『誰か、力をかして!』とな。その想いこそがコスモリングを発動させ、私が姿を現わしたわけだ。」
「そうだったのか・・・。プッチーにはそんな秘密が・・・。」
「この腕輪を持つ者は、常にこの腕輪に対して心を開いていないといけない。そうでなければ、力を発動させることは出来ないのだ。」
コウは頷きながら、ゴクゴクとカクテルを飲んでいく。お酒のせいで少し頬が赤くなり、ストローから口を放してゲップをした。
「でもさ、プッチーにはあと二つ宝石が填まってるだろ。ということは、その宝石にも神様が宿ってるってことだよな?」
コウが赤い頬で問いかけると、アリアンロッドは「もちろんだ」と頷いた。
「残りの二つの宝石にも、それぞれに神が宿っている。」
「じゃあさ、どうして他の神様じゃなくて、アリアンロッドが出て来たのさ?」
「ふむ、それはだな、想いの伝え方の違いによるものだ。」
「想いの違い?どういう意味さ?」
「今回私が現れたのは、『力をかして!』と望まれたからだ。ではどうしてあの子がそんなことを望んだのかというと、自分がここで死ねば、コウやそこのゾンビ達も守ることが出来なくなってしまうからだ。」
「俺達を・・・守る為?」
ゾンビが意外そうな顔で呟く。
「ダナエはとても優しい子だ。初めて会った者でも、困っていれば助けようとする。例え自分の身を呈してでも、弱き者を守ろうとする優しい心がある。私はその想いに応えて姿を現わしたのだ。」
「・・・そっかあ・・あいつ、自分があんな目に遭っても、俺達のことを考えていたのか。
相変わらず、お人好しというか何と言うか・・・・。」
コウはしみじみとした目で言い、ストローに口をつけてチュルチュルとカクテルを飲んでいく。
するとゾンビ達は、目を涙ぐませて俯いた。
「・・・あの子・・・そんなに優しい子だったのか・・・。俺達は何てことを・・・。」
「さらって売り飛ばそうとした俺達を・・・守ろうとしてくれるなんて・・・、俺、あの子に弟子入りするよ・・・・。」
ゾンビ達はグスグスと鳴き、グビッと水を飲み干す。
「私は暴力を好まないから、戦いの為の戦いはしない。だからあの子の気持ちに応えて、こうして姿を現わしたわけだ。・・・しかし、この宝石の中には非常に荒々しい神もいる。戦の神と恐れられ、戦いの為の戦いをする神も宿っている。
下手にその神を呼び出せば、たちまちその場所は戦場に変わってしまうだろう。敵だけではなく味方も傷つけ、目に映る全てのものを破壊するまで止まらない。」
「そりゃおっかないな・・・。そんなのが表に出てきたらえらいことになっちゃうよ。」
「その通りだ。だからこの腕輪は強力である分、危険な代物でもあるのだ。使い方を間違えれば、たちまち不幸が訪れるだろう。」
「・・・そんな怖いものなのか・・・プッチーは・・・。」
コウはゴクリとカクテルを飲み、赤い頬をさらに赤くする。
「それだけじゃない。コスモリングは他にも秘密があるのだが・・・それは今教えても仕方がないだろう。」
「なんでだよ。ダナエの為にも、その秘密ってのを聞かせてくれよ。」
「・・・追々分かる。」
「またそれか・・・。どうして神様ってのは、こう思わせぶりな言い方をするのかねえ・・・。」
コウは不機嫌そうに海藻サラダを突き、小さく千切って口の中に放り込んだ。そしてもぐもぐと口を動かし、鈍チンのダナエにどう説明してやろうかと考えていた。
すると黙って聞いていたダレスが、ウィスキーのグラスをカランと鳴らして口を開いた。
「お前の話は終わったか?」
「え?ああ・・・まだ聞きたいことはあるけど、どうせ教えてくれないからもういいよ。」
そう言ってプチプチと海藻を千切っていく。ダレスは頷き、グラスを傾けてアリアンロッドを見つめた。
「じゃあ俺の話をさせてもらうぜ。この星と、地球に訪れている危機の事を。」
「ああ、是非聞かせてもらおう。私も興味があるからな。」
アリアンロッドはフォークでチーズケーキを切り分け、パクっと口の中にいれて眉を動かす。
ダレスは葉巻を灰皿に押し付け、煙を吐いてから切り出した。
「あんた・・・ユグドラシルって樹を知ってるかい?」
「ああ、大昔に地球にいた神樹だ。居場所を追われ、今はこの星に来ているはずだが?」
「そうだ・・・。なら地球に小さなユグドラシルがあることは知ってるか?」
「もちろんだ。あの神樹が残していった分身だろう?」
「じゃあその根っこがこの星と繋がっていることは・・・・。」
「それも知っている。地球にいた神なら誰でも知っていることだ。しかし現実の世界の者はそのことを知るまい。仮に知っていたとしても、絶対に見つけることは出来ない。」
「・・・絶対か・・・。頼りねえ言葉だぜ・・・。」
ダレスは新しい葉巻に火を付け、眉を寄せて煙を吐いた。
「俺は元々は地球にいた人間だ。そして、そこのゾンビ二人も同じだ。俺達はユグドラシルの根っこを通り、この星にやって来た。」
「それはおかしな話だな。いくらあの樹の根っこを通ろうが、途中には光の壁がある。
現実の魂がそれを越えれば、消えてなくなるはずだが?」
「その通りさ。」
ダレスは大きく頷き、グラスを傾けた。
「しかし現実の世界の者でも、この星に来られる方法はある。それは・・・肉体という実体を失った時だ。だから俺もそこのゾンビも、地球では死んだことになっている。」
「死んで肉体が滅べば、確かにこの星に来ることは可能だ。しかし分からんな。どうしてユグドラシルを見つけることが出来た?あれは空想の世界の存在だから、現実の魂では触れることはおろか、見ることすら叶わぬはずだが?」
アリアンロッドはフォークを向けて尋ねる。するとダレスは暗い顔で目を閉じ、グイッと酒を呷った。
「・・・今から十年前のことだ。俺は地球の裏社会で生きていた。高い利子をつけて馬鹿な奴らに金を貸すのが商売で、大きな組織の幹部だった。俺は誰よりも仕事をこなしたし、いつか組織のトップに立つ為に、手段を問わずに借金の取り立てをやっていた。しかしある時、些細なミスをして警察に捕まったんだ。でも大した罪じゃなかったから、すぐに釈放されたよ。
そして組織に戻っていざ仕事を再開しようとした時、ボスに呼ばれた。『お前はもういらない。つまらんミスをするような奴は、この組織にはいらん』ってな。俺は必死に抗議したが、ボスは取り合ってくれなかった。そして最後にこう言ったのさ。『消えろ、この無能!』ってな。
その時、頭にカーっと血が昇って、持っていた短刀でボスを刺し殺した。そしたらまあ、後はどうなるか分かるだろ?」
ダレスは馬鹿らしそうに笑って肩を竦める。アリアンロッドは頷き、目を瞑って腕を組んだ。
「今度はお前が殺されたわけだ。そのボスの手下にな。」
「ははは!神様も人間の世界の事情に詳しいじゃねえか。」
「・・・正直なところ、多くの者が集まれば人も神も変わらん。神話や宗教の世界でも、神同士による諍いや喧嘩はよくあるからな。」
それを聞くと、ダレスは「がはははは!」と豪快に笑った。
「まあそんなもんだよなあ、人も神様も。でもな、あんたの言ったことには一つだけ間違いがある。」
「ほう、それは何だ?」
「俺は誰にも殺されちゃいねえってことさ。」
「・・・・どういうことだ?」
アリアンロッドは怪訝そうに眉を寄せる。ダレスはグラスに酒を注ぎ、指を向けて言った。
「確かに俺は、ボスの手下に殺されそうになった。でも全員ぶっ殺して返り討ちにしてやったんだ。」
「醜いな・・・。お前の心には暴力が根を張っているようだ。」
「人の性格をとやかく言われたかねえよ。」
ダレスは酒臭い息を吐き出し、葉巻を咥え直した。そしてもくもくと煙を吐き、椅子にもたれかかる。
「俺は組織を逃げ出し、身を隠すように色々な場所を転々とした。その頃には警察まで俺を追っていたから、表にも裏にも逃げ場はなかった。組織に捕まれば殺されるし、警察に捕まれば裁判にかけられて死刑だ。ほんとうに・・・あの時はどこにも逃げ場がなかった・・・。」
しんみりとして言うダレスに腹を立て、アリアンロッドはケーキをポイっと口の中に放り込んだ。
「自業自得であろうが。」
「・・・まあ確かにその通りだ。でもあの時の俺はとにかく生き延びることしか考えていなかった。誰もいない廃れた工場で途方に暮れていると、ある女が俺の前に現れたのさ。」
「ある女?」
「ああ、紫のワンピースを着た、綺麗な顔をした女さ。でもどこか冷たい表情をしていて、怪しげな雰囲気を纏っていた・・・。そして、女は俺の前に立つとこう言ったのさ。
『生き延びる方法があるわ』ってな。初めて会った女が、どうして俺の事情を知っているのかと不思議に思ったよ。でも女には・・・何か不思議な魅力があった。この世のものとは思えない、妙な魅力だった・・・。」
コウは食べかけていた海藻のサラダを落とし、目を丸くしてダレスを見上げた。
「どうした?」
「・・・え?い、いや・・・ちょっと・・・。」
「?」
アリアンロッドに顔を覗きこまれ、コウはサッと目を逸らしてストローに口をつけた。
「・・・話を続けてもいいかい?」
「ああ・・・すまん。」
アリアンロッドはじっとコウを睨み、ダレスに視線を戻した。
「その女は俺を見ながら、もう一度言ったのさ。『生き延びる方法があるわ』って。俺はその言葉に飛びつき、どうやったら警察と組織から逃れられるのか教えてくれと尋ねた。
すると女は工場を出て行って、俺に手招きをしたんだ。そして後をついて行くと、ボロい図書館に辿り着いた。壁はヒビ割れてツタで覆われているし、中は電気も点いてなくて誰もいなかった。俺はその図書館に怪しい気配を感じてキョロキョロしていると、女は棚から本を一冊取って俺に渡した。妙に古臭い感じの本で、『空っぽの神話』ってタイトルが付いていた。」
その言葉を聞いて、コウは飲みかけていたカクテルを吹き出した。ごほごほと咳き込み、手元で口を拭う。
「大丈夫か?」
「・・・ごめん、ちょっとビックリして・・・。」
アリアンロッドに背中をなでられ、コウはコホンと咳をしてダレスを見上げた。
「どうしたチビ?俺の顔に何か付いてるか?」
「・・・いや、そうじゃなくて、あんたの話と似たようなのを知ってるから思わず・・・。」
「それは本当か!」
ダレスはドンとテーブルをたたき、料理をつまみ食いしていたゾンビ達がビクッと身を竦める。
「チビ!その話を詳しく聞かせろ!」
ダレスはコウ掴んで怖い顔を近づける。
「ちょっと、息が酒臭いよ!それとチビって呼ぶな!俺は妖精のコウだ!」
コウは手足をばたつかせ、ダレスの指の隙間から逃げ出してアリアンロッドの肩に止まる。
「相変わらず乱暴な奴だな・・・。」
「ああ、悪い・・・。でもさっきの話を聞かせてくれ!頼む!」
ダレスは真剣な目で見つめ、グッと拳を握る。コウは小さく頷いてアリアンロッドの肩に座った。
「いいよ・・・。でもそのかわり乱暴なのはナシだぜ?」
「分かってる。さっさと聞かせろ。」
コウはもう一度頷き、この星に来てからのことを話した。森の中に箱舟を停め、カプネという盗賊に会ったこと。そしてカプネは元々は地球の人間で、怪しい女に図書館に連れて行かれ、空っぽの神話という本を渡されたこと。そして神様を殺し、カエルとなってこの星に来たこと。
最後には、ダナエの箱舟を盗んで宇宙へ飛び出していったこと。
ダレスは険しい顔で聞いていて、時折牙を剥き出して唸っていた。
「・・・チビ、いや・・・コウ。俺の話も似たようなもんだぜ。あの女に空っぽの神話ってのを渡されて、それと一緒に斧を渡されたんだ。それは神様でも殺せる魔法の斧で、俺はそれで風の神を殺した。そうすれば自分の願いが叶うって言われてな。しかし風の神を殺した俺は、呪いを受けて死にかけた。だからあの女の所へ助けを求めに行ったんだ。」
「・・・そしたらどうなったんだ?」
「そうしたら、あの女はこう言いやがった。『あなたみたいな人間はたくさんいるから、仲間の元へ行くといい』、そしてあの女はユグドラシルのことを教えてくれて、その根っこを通れば別の世界へ行けると言った。・・・但し、肉体は邪魔になるから預かっておくって奪われちまったよ・・・。」
「・・・なるほど、カプネの話とよく似てるな。」
コウは難しい顔をして、空になったグラスのストローをズズっとすすった。ダレスは天井を見上げ、そこに地球があるかのように目を細めた。
「こっちの世界に来た俺は、人間の姿を捨ててこんな獣になっていた・・・。
そしてあてもなくこの星を歩いていると、俺と同じように、あの女のせいでこの星に来た奴らと出会った。みんなあの女に利用されて、何もかも失った連中だ。肉体がないから地球に帰っても意味はないし、それに神殺しの呪いを受けることになる。かといってこの星のことは何も分からない。しばらく途方に暮れていたが、俺はこのままじゃダメだと思った。だから地球でやっていた金貸しを商売にして、仲間と一緒に会社を創った。それがノストラ商会だ。」
「ああ、このゾンビ達が借金をしたっていう?」
「・・・ああ、但しそいつらが金を借りたのは、地球の支社だけどな?」
「ん?地球の支社ってどういうこと?」
コウが首を傾げて尋ねると、ダレスは大きな指を立てて鋭い眼光を向けた。
「それこそがこの星と地球の危機なんだよ。いいか、俺をたぶらかしたあの怪しい女の正体は、恐ろしい邪神なんだ。」
「・・・邪神・・・?」
「そうだ。ユグドラシルがこの星から追い払ったんだが、奴はどういうわけか光の壁を越えて地球にやって来た。」
「そうなのか・・・。でもさ、空想の世界の者でも、実体がないなら光の壁を越えられるんだろ?」
「いいや、この星の者達は、空想の世界の者でありながら実体を持っている。だから光の壁を越えることは出来ないんだよ。なのに邪神の奴は、どうにかして光の壁を越えたらしい。そして地球に辿り着き、この星と地球を自分のものにしようと企んでいるのさ。」
「なんか・・・すごい奴だな、その邪神って。」
「ああ、常識外れの化け物だ。それにかなり頭も良い。俺はこの星でノストラ商会を創り、地球でやっていたのと同じ方法で金を貸した。騙された馬鹿な奴らが高い利子を払ってくれるおかげで、俺の会社はどんどん大きくなった。建物も立派になったし、従業員だってたくさん雇い入れた。こんな辺ぴな星でも、ちゃんと経済があってくれてよかったよ。
俺は地球に戻りたいという思いを捨てて、一生この星で金貸しをやっていこうと決めた。
しかし・・・そこでまたあの女が現れた。」
ダレスは腹立たしそうに口を歪め、グラスを握る手に力を入れた。ビキビキと鳴ってグラスにヒビが入り、割れ目からウィスキーがこぼれ出す。
「あの女は突然俺の会社にやって来て、この会社を寄こせと言ってきた。もちろん俺は断ったが、女はしつこく迫ってくる。だから頭にきて襲いかかったんだが・・・あっさりとやられちまった。女は俺を散々に痛めつけて会社を乗っ取り、地球に支社を創った。そして不思議な力を使ってアコギに金を稼ぎまくり、現実の世界でも力を手に入れたんだ。」
「ううむ・・・なんとも狡賢い。胸が悪くなる話だ。」
アリアンロッドは顔をしかめ、チーズケーキをつまみ食いしようとしたゾンビの手をピシャリと叩いた。
「あの女は金を手に入れて、地球でも力を持った。そして歯向かう者は魔法を使って殺し、部下には脅しを効かせて手駒のように操っている。・・・・俺も、その手駒の一つだ。」
ダレスの顔に悔しさが滲み、握っていたグラスがパリンと割れる。そして大きく息を吸い込んで気持ちを落ち着かせ、ボトルを握ってグビグビと酒を呷った。
「あのさ、一つ質問なんだけど?」
コウが手を上げると、ダレスは酒臭い息を吹きかけて「何だ?」睨んだ。
「その女・・・邪神が悪い奴だっていうのは分かったけど、どうしてダレスやカプネに関わって来たのかな?単に手駒が欲しいだけなら、もっと他にやりようがあると思うんだけど。」
そう尋ねると、ダレスはグリグリとコウの頭を撫で回した。
「おい、何するんだよ!俺の素晴らしいヘアースタイルを乱すな!」
「いや、チビのくせにいいところに気がついたなと思って。」
「だからチビって言うな!俺はコウだ!」
コウはプリプリ怒り、赤い頬をプクッと膨らませた。
「ははは、悪りい悪りい!お前の疑問はもっともだが、それにはちゃんとした理由がある。」
ダレスは椅子から腰を浮かして、ズボンのポケットをゴソゴソと漁った。
「これを見ろ。地球の支社からクスねてきたものだ。」
そう言ってテーブルの上に置いたのは、ヨレヨレになった一枚の紙切れだった。
「なんだこりゃ・・・?何か書いてあるけど読めないや。地球の文字か?」
ダレスは頷き、もくもくと煙を吐き出した。アリアンロッドはその紙を手に取って見つめ、興味深そうにふむふむと頷いている。
「これは地球の神のリストだな。しかし横に付いているバツ印はいったいなんだ?」
アリアンロッドは不思議そうに首を捻る。するとダレスは椅子をギシリと軋ませて言った。
「バツ印がついているのは、殺された神様だよ。」
「なんと!これは神殺しのリストだというのか!」
「ああ、あの女が作ったリストだ。」
アリアンロッドは驚いて言葉を失くし、震える手でそのリストを見つめた。
「しかし、なぜこんなものを・・・?」
「地球には多くの神様がいるが、それは邪神にとっては邪魔な存在なんだよ。そしてその中でも特に邪魔になりそうな神様を選び、そこに記しているわけさ。俺もそのカプネって奴も、神殺しに利用されたんだ。そして・・・呪いを受けてこの星へ逃げて来た。」
「なるほど・・・自分のリスクを避ける為にあんたらを利用したんだな?」
「そういうことさ。邪心はかなり用心深い奴で、危険な仕事は他の誰かを利用してやらせるんだ。そこが・・・あいつのムカツクとこでもあるんだよ・・・。」
ダレスは悔しそうに牙を剥き、ボトルを握りしめてヒビを入れた。
「そんな・・・私がいない間に、地球ではこんなことが・・・・・・。」
アリアンロッドは悲しみとも怒りともつかない声で呟き、グシャリとその紙を握った。
「おいおい、破かないでくれよ。それは大事なリストなんだから。」
ダレスは指を向けて威圧的な声で注意する。アリアンロッドは瞳を震わせ、唇を噛んでリストを睨みつけていた。
「私と親交のあった神も、何人か殺されているではないか・・・。おのれッ・・・・。
許さぬぞ・・・・その邪神とやらめ!」
アリアンロッドは紙を破りそうな勢いで握りしめる。ダレスは手を向け、クイクイと指を動かして「返せ」と呟いた。
「・・・・ちょっと待て!このリストを頭に叩き込む・・・。」
アリアンロッドはじっとリスト睨み、そこに書かれている神様を記憶した。そして目を瞑って頷くと、そっとダレスに差し出した。
「・・・地球がこんなことになっていると分かっていたら、もっと早く戻ったのに・・・。
ジル・フィンめ、どうして私に教えてくれなかったのだ・・・。」
悔しそうに唇を噛むと、ダレスは首を振って答えた。
「きっと・・・戦力を温存しておきたかったんだろうな。」
「戦力・・・?どういうことだ?」
「そのジル・フィンってのは、このリストに載っている神様だ。なら邪神の企みで殺されたってことだ。」
「・・・そうだ。あいつは人間の手によって殺された。しかし詳しい話は、そこの妖精に聞くまで知らなかった。」
するとコウは首を捻り、唇を尖らせて尋ねた。
「でもさ、アリアンロッドはその腕輪に宿っていたんだろ?どうして知らなかったのさ?」
「この腕輪は、ジル・フィンがこの星に来てからユグドラシルに与えられたものだ。もし私がその場所にいたら、人間などに殺させたりはせん!」
怖い顔でそう言うと、ダレスは納得したように頷いた。
「あんたはほんとに強え神様だ。いくら魔法の武器を持っていようが、人間に殺されたりはしねえだろうな。」
「当然だ。私はそんなにヤワではない。」
「だからこそ、戦力になると言ったのさ。」
ダレスは短くなった葉巻をもみ消し、ボトルを掴んで指を向ける。
「邪神は地球の神様を殺し、あの星を手に入れようとしている。しかし当然、それを阻止しようとする連中だっているわけさ。それがこのリストに載っている神様だ。そのジル・フィンって神様は、なんとしても邪神の侵略を喰い止めたいと思ってるはずだ。しかしその為には戦力がいる。」
「・・・なるほどな。邪神を倒す為の力を集めようというわけだ。」
「その通りさ。あんたみたいな正義感の強い神様に本当のことを話したら、きっと単身で地球に乗り込んで行くに決まってる。ジル・フィンって神様は、それを防ぎたかったんだろうぜ。」
ダレスは顔に似合わず思慮深い目で言う。しかしアリアンロッドは怒った顔でダレスを睨んだ。
「この私が、異星の邪神ごときに後れを取るとでもいうのか?」
「一騎打ちで戦うなら、あんたに勝ち目があるかもしれない。しかし戦力を集めているのは向こうも一緒だ。」
「・・・どういうことだ?」
「地球にいる空想の魂は、なにも神様だけとは限らないだろう?例えば・・・その反対の悪魔や魔獣とか。」
「・・・・もしかして、邪神は地球の闇の者達を集めているというのか?」
ダレスは大きく頷き、神妙な顔で酒を呷った。
「地球の悪魔や魔獣だって、あの星を自分のものにしたいと思っているはずさ。邪神はその心につけ込み、恐ろしい悪魔や魔王を味方に付け始めた。今や地球では、現実の者でも空想の者でも、邪神に挑んで勝てる奴はいねえ。ギリギリのところで、なんとかあの星を守っているのさ。」
「・・・そんな・・・・なんということだ・・・・・。」
アリアンロッドはカランとフォークを落とし、暗い瞳でテーブルの上を見つめた。彼女の心には怒りと悲しみが渦巻いていて、長い銀髪がざわざわと動き出す。
「私は・・・古い神だ・・・。人々の信仰が新たな神に移り変わり、そして現実の世界から追い出されて、空想の世界へと身を移した。」
「なんかユグドラシルと一緒だな。」
コウが言うと、アリアンロッドは笑って頷いた。
「あの神樹も古い神だからな。地球の古き時代は、神々が謳歌していた時代だ。だからどの神も友のように感じていた。もちろん中には悪さを企む者もいたが、それでも・・・いい時代だった。まあ今の者達にとっては、古臭いノスタルジーかもしれんがな。」
アリアンロッドの目に悲しみが宿る。そしてコスモリングを見つめ、綺麗な指でそっとなでた。
「ある時、私は悪しき神に不覚をとった。ほんとうはそのまま死ぬはずだったが、海を漂ううちにこの腕輪と出会った。そして・・・この宝石に吸い込まれたわけだ。私の友と一緒に。」
「アリアンロッドの友達?」
「ああ・・・。私はケルトの神だからな、同じ神話の神と旅をしていたのだ。」
「じゃあ他の宝石に宿る神様っていうのは・・・・。」
「私と同じケルトの神だ。一人の武術と魔法を極めた女神、スカアハ。もう一人はそのスカアハの弟子、クー・フーリンだ。私が先ほど言った、荒ぶる戦いの神とはクー・フーリンのことだ。普段は心優しい美男子なのだが、ひとたび戦いとなればその姿は一変する。
鬼神のごとき形相となり、尽きることのない闘争心を抱く戦神と化す。そして魔槍ゲイボルグを振るい、次々に屍の山を積み上げる恐ろしい神だ。」
「ケルト神話か・・・。確か俺達のいる月の女神も、それを元に生み出されたって聞いたことがあるな。」
「ダフネのことだな。ジル・フィンから聞いたことがある。なんでも、空想と現実の壁を取り払おうとしたとか?」
「うん、あの時は大変だったみたいだよ。ダナエのお父さんとお母さんのおかげで、事なきを得たそうだけど・・・。」
アリアンロッドは小さく笑って頷き、宝石の中で眠るダナエを見つめた。
「今もまた・・・地球に危機が訪れているわけだ。ここへ来て私はようやく悟ったぞ。
どうしてジル・フィンが、この腕輪をダナエに託したのか・・・。」
コウは不安そうな目で見上げ、手を広げて尋ねた。
「・・・何か悪い予感がするけど・・・いったい何を悟ったのさ?」
アリアンロッドは険しい顔で俯き、コスモリングを握りしめて答えた。
「ジル・フィンはこう考えているのだ。ダナエをユグドラシルまで旅をさせて鍛え上げ、仲間を集めさせる。そして戦力が整ったところで、ダナエを総大将に据えて邪神に戦いを挑む。」
「な、なんだってええええ!ダナエを総大将にして戦いを挑む?そんな無茶な!
あいつはまだ子供だぜ!それに邪神と戦わせるなんて無理だよ!」
「・・・果たしてそうかな?」
「なんだよ・・・。アリアンロッドもジル・フィンと同じ考えなのか?」
コウは問い詰めるように顔を近づける。アリアンロッドは真っすぐにコウを見つめ、そっと手で包み込んだ。
「ダナエは強い子だ。鉄のように固い意志を持ち、絹のように優しい心を持つ。そして妖精王とその妃から受け継いだ強い魔力を持っている。しっかりと鍛え上げれば、私をも越える逞しい戦士になるだろう。」
「そんな・・・だからって・・・。」
「それにな、あの子には人を惹きつける魅力がある。力ではなく、心で和解しようとするだろう?そういう者は、自然と周りに仲間が集まってくるものだ。現に、私がこうして姿を現わしたのだからな。」
「そりゃ確かにダナエは人から好かれるけど・・・だからって・・・・。」
コウは不安そうな目で俯く。無鉄砲で正義感の強いダナエは、きっとジル・フィンの考え通りに動くに違いない。そして一度こうだと決めたら決して後ろには退かず、そのせいで何度も手を焼かされたことがあった。
「俺は反対だ・・・。ダナエをそんな危険な目に巻き込むなんて。あいつは俺の友達なんだ。いや・・・兄弟みたいなもんさ。もちろん俺が兄貴で、ダナエが妹だぜ。
だったら・・・危険な目に遭うのを黙って見ていられるか!」
コウは小さな拳でドン!テーブルを叩く。しかしダレスはコウを摘まみあげ、怖い顔を近づけて大きな牙を見せた。
「なんだよ?また乱暴しようってのか?」
「いいや、そんなつもりはねえ。ただ一つ忠告してやろうと思ってな。」
「忠告?お前なんかに忠告されるようなことはない!」
「ははは、まあそう言わずに聞けよ。いいか、もし邪神が地球を支配したら、月だって危ないんだぜ。」
「月が・・・・?」
「今までの会話を聞いていると、お前は月の出身なんだろう?」
「そうだ!美しい月の女神が治める、美しい月の楽園から来たんだ!」
「そうかい。でも邪神が地球を支配したら、次は月が狙われるかもしれねえぞ?
なんたってあの星は強い魔力を持っているから、邪心は放っておかないだろうせ。」
「そうなったら戦うだけさ!月を邪神なんかに支配されてたまるか!」
コウはボクシングのように拳を振る。ダレスは笑い、コウをテーブルに下ろした。
「だったら今戦えよ。地球を乗っ取られてからじゃ、それこそ不利になるだろう?」
「いや・・・そりゃそうだけど・・・。」
「仲間を想うお前の気持ちは分かるよ。俺だって、ただの傍若無人な馬鹿じゃねえんだ。
これでも会社の仲間は大切にしてんだぜ。」
「・・・ほんとかよ?」
「ほんとうだ。仲間がいなきゃ会社はやってられねえ。特に裏の商売ってのは、ある意味じゃ信頼が大事なんだ。誰かが裏切れば、組織ごと壊滅する恐れがあるからな。だから俺は信頼のある奴しか傍におかないし、その仲間を大事にしている。」
「金貸しに偉そうに言われてもなあ・・・・。」
「ははは!そりゃそうだ。でもな、これでも人を見る目はあるんだぜ。じゃなきゃ信頼に足る仲間は集められないからな。そして俺の見たところ、あのダナエってガキは中々いいものを持ってる。内に光を感じさせるとでもいうか・・・・。それにお前だって中々悪くない。そんな小さなナリで、この俺に堂々と啖呵を切るんだからな。あと頭も良さそうだ。こっちのゾンビどもに比べりゃ、月とスッポンだぜ。」
「だから、そんな死に損ないと一緒にするな!」
コウは「ふん」と鼻を鳴らし、腕を組んでそっぽを向く。そしてゆっくりとアリアンロッドを見上げ、心配そうに尋ねた。
「なあ、ダナエはもう回復したのか?」
「ああ、ほとんど傷は治っている。もうすぐ目を覚ますだろう。」
それを聞いてコウはホッと胸を撫で下ろし、ダレスに向かって言った。
「おい!ダナエが出て来ても、もう酷いことはするなよ!」
「しねえよ。そこの怖い神様にやられちまうからな。」
ダレスはボトルに残った酒を一気に飲み干し、大きなゲップを吐いてアリアンロッドを見つめた。
「俺はな、いつかあの邪神をぶっ殺してやろうと思ってるんだ。だからあんたに会いに来た。俺に協力しないかと聞く為にな。でも・・・どうやら俺達の利害は一致しているらしい。
そこでだ!どうだ、あんた俺と手を組まないか?」
「お前と・・・?あまり気が乗らんな。私は暴力的な輩は嫌いなのだ。」
「まあまあ、最後まで聞けよ。俺の会社の資金力はちょっとしたもんだ。この星だって経済があるんだから、金はきっと役に立つぜ。だからもし金が必要な時は、協力は惜しまない。
それに・・・俺は地球と行き交うことが出来るんだ。」
「ほんとうか!」
アリアンロッドは驚いて身を乗り出す。ダレスは頷き、胸に付けた金のネックレスを見せた。
「これは邪神の奴が作ったもんでな。こいつを使うと、俺の会社の隠しドアを使って地球の支社に行くことが出来る。」
「じゃあそれを貸してくれ!私も今すぐ地球に・・・・、」
「そりゃ無理だろう。」
ダレスはぶんぶんと首を振った。
「なぜだ!私は地球で生まれた空想の魂なのだぞ。実体を持たないから、光の壁を越えても問題ないはずだ!」
「何を言ってるんだよ・・・。あんたは今、ダナエってガキと同化してるも同然なんだぜ?
あのガキは空想の魂のくせに実体を持ってやがる。こいつを使って向こうに行けば、あんたは消えて無くなるだけだ。」
「ああ・・・そうだったな・・・。」
するとコウは首を傾げ、小さな手を上げた。
「なんだチビ?」
「だからチビじゃない!コウだ!あんたさ、どうしてダナエに実体があるって知ってるんだよ?」
「ああ、そんなことか・・・。実はさっきあのガキと戦った時、懐かしいものを感じたんだよ。」
「懐かしいもの?」
「そうだ。空想の世界には無い、確かな手応えってやつをな。その時分かったんだよ。こいつは肉体と似たような実体を持っていると。」
「へえ・・・鈍感な馬鹿じゃなかったんだな・・・。」
コウは感心してダレスを見上げる。
「元々実体を持っていない奴には分からない感覚だろうけどな。」
「じゃあさ、どうして邪神は地球とこの星を行き交うことが出来るんだ?邪神は地球からあんたに会いにいて、会社を乗っ取ったんだろ?」
そう尋ねると、ダレスは大きく首を振った。
「分からねえ。邪神に関することは、ほとんどが謎なんだ。下手に調べようとした奴は、みんな殺されたよ。」
「・・・・怖いな。ダナエはそんな奴と戦うことになるってのか・・・。」
二人はしんと黙りこむ。重い空気が包み、ゾンビのつまみ喰いの音だけが響く。
「私は・・・・何としても地球の危機を救いたい・・・。」
アリアンロッドは思い詰めた顔で呟く。コスモリングを撫でながら、懐かしい地球を思い浮かべていた。
「その為ならば、自分の好き嫌いで仲間を選んでいる場合ではないのかもしれない。」
そう言ってコウを手に乗せ、真剣な目で見つめた。
「コウよ。ダナエが出てきたら、私の意思を伝えてはもらえないか?私は地球とこの星を守る為に戦うと。その為ならば、いくらでもお前に力を貸すと。」
アリアンロッドの瞳は、晴れた日の夜空のように澄んだ黒をしていた。コウはアリアンロッドの目に本気の決意を感じ、戸惑いながらも頷いた。
「伝えるのは別にいいけどさ・・・。でも俺は・・・やっぱりダナエにそんな危険なことはしてほしくないな・・・。」
「分かっている。しかし・・・お前の気持ちを理解した上で言っているのだ。どうか、よろしく頼む。」
アリアンロッドは目を閉じて頭を下げる。コウは納得のいかないまま頷き、「分かったよ」と返した。
「じゃあ俺と手を組んでくれるってことだな?」
ダレスは嬉しそうに尋ねる。アリアンロッドは小さく笑って頷き、そっと手を差し出した。
「強大な敵に打ち勝つ為には、仲間は多い方がいい。よろしく頼む。」
「そうこなくちゃいけねえぜ!俺も協力は惜しまねえからよ。」
ダレスはアリアンロッドの手を握り、力強く笑った。
「さて・・・俺はとりあえず会社に戻る。これから色々と忙しくなるからな。」
そう言って立ち上がり、まだつまみ喰いを続けるゾンビ達を睨んだ。
「おい!てめえら!」
「は、はい!」
「ぜ、全部は喰ってませんよ!ダレスさんの分は残ってますから!」
「わけ分かんねえこと言ってんじゃねえ!いいか、お前らはこれから、この二人に付いてこの星を案内して差し上げろ!」
「え?でも借金の返済は・・・・?」
「・・・待ってやるさ。この二人に協力するなら、利息はチャラにしてやる。」
「マ、マジっすかあ!」
「それと、もしこの二人が邪神を倒したら、元金もチャラにしてやるし、肉体も返してやる。だからしっかりお供をして、色々と手助けをして差し上げろ!いいな!」
「は、はい!喜んで!」
「やった!師匠と一緒に旅が出来る!」
ゾンビ達は手を握って喜びあい、嬉し涙を流していた。
「それじゃ俺は会社に戻るが、その前に名刺を渡しておこうか。場所はそこに載ってるから、困った時はいつでも来てくれ。じゃあな。」
そう言って名刺を渡し、金をテーブルの上に置いて店を出て行った。
ゾンビ達はぺこぺこしてダレスを見送り、ササっと席に戻ってアリアンロッドを見つめた。
「俺達がこの星を案内しますんで、分からないことがあったら何でも聞いて下さい!」
「そうそう、師匠の手助けをするのは弟子の役目ですから!」
嬉しそうに笑うゾンビを見て、アリアンロッドはため息をついた。
「だから・・・誰も弟子にした覚えはない・・・。」
残ったチーズケーキを突き、面倒くさそうに顔を背ける。
「あ、そうだ!肩をお揉みしましょうか?」
「いらん・・・。」
「じゃあマッサージは?こう見えても得意なんですよ!」
「それもいらん・・・。」
アリアンロッドはうんざりしてフォークを置き、コウを見つめて言った。
「私はそろそろ腕輪の中に戻る。ダナエが出て来たら、今までのことを説明してやってくれ。」
そう言って目を閉じ、パッと眩く光った。次の瞬間にはダナエの姿に変わっていて、目を半分開けてふらふらと椅子にもたれかかった。
「ダナエ!」
コウはギュッと腕に抱きつき、涙を浮かべてダナエを見上げた。
「よかった!無事でよかった・・・。」
「どうしたのコウ?あれ、私・・・なんでこんな場所に?・・・あの狼は?」
ダナエはキョトンとした目でコウを見つめ、不思議そうにパチパチとまばたきをしていた。

ダナエの神話〜神樹の星〜 第四話 金貸しダレス(1)

  • 2014.02.18 Tuesday
  • 16:01

『金貸しダレス』1


ダナエの目の前には、墓がいくつも並んだ誰もいない街があった。
街の入り口には大きな赤い鳥居が建てられていて、その横の看板にこう書いてあった。
《ここより先、亡者の集う場所。泥より生まれし悲しみの街》
ダナエはその看板を見てぶるりと震え、コウを掴んで言った。
「ねえ・・・帰ろうか?」
「何言ってるんだよ。ジル・フィンにこの街へ行けって言われただろ。」
「でも・・・私こういうの苦手なのよね・・・。どこか他の街を探さない?」
ダナエは怯えた顔でガクガクとコウを揺さぶる。
「やめろ!頭がシェイクされる・・・。」
コウはダナエの手を振り払い、鳥居の前に舞い上がった。
「確かに気味悪い場所だけど、とりあえず中に入ってみようぜ。怖がるのはそれからでも出来るだろ?」
「どんな理屈よ、それ。怖いものは怖いんだから、中になんか入りたくないわ。」
ダナエは固く唇を結び、腕を組んで横を向いてしまった。
「まったく・・・世話が焼けるなあ・・・・。」
コウは短く呪文を唱え、両手をダナエに向ける。すると突然ダナエは笑い出し、身体をよじらせて転げ回った。
「あはははははは!くすぐったい!やめて!」
「いいや、やめない。」
そう言ってまた呪文を唱える。ダナエは涙を流して笑い転げ、バタバタと足を動かしている。
「あはははははは!分かった!分かったから!中に入るから!だからもうやめて!
笑い死にしちゃう!」
「よしよし、それでいい。」
コウは魔法を解き、ダナエの頭に止まった。
「ダナエは勇敢なんだか怖がりなんだか分からないところがあるから困るんだよ。
ここはいっちょ勇気を振り絞って、ビシッと街の中に入ろうぜ!」
「・・・・そうね。怖がってたら、前に進めないもんね。」
ダナエは立ち上がって服の汚れを払い、息を飲んで鳥居の門を見つめた。
「よし!じゃあ行くわよ!オバケでもゾンビでもドンと来なさい!」
パチンと頬を叩き、気合を入れて鳥居の門をくぐる。すると生温い空気が肌に絡みつき、ビュン!と空間が歪んだ。ダナエは頭がクラクラして膝をつき、目をパチパチさせて立ち上がった。
「何なの・・・今空間が歪んだような気がしたけど・・・・・。」
そう言って立ち上がり、街を見渡して呆然とした。
「え?なんで?お墓が・・・・消えてる・・・。」
街を埋め尽くしていた墓は消え、その代わりに多くの人が歩いていた。中にはカプネと同じようなカエルや、木で出来た人間、それに獣人や妖怪までいた。
「これは・・・どういうことだ・・・・。」
コウも目を丸くして驚いていた。すると誰かにツンツンと肩を突かれ、後ろを振り返って叫び声を上げた。
「ぎゃああああああああ!」
「どうしたの!」
ダナエも驚いて後ろを振り返り、同じように悲鳴を上げた。
「きゃああああああああ!」
そこにはゾンビとも悪霊ともつかない、朽ち果てた身体の化け物がいた。おぞましい顔でニコリと笑い、ダナエの方に手を伸ばして来る。
「きゃああああああ!来ないでええええええ!」
ダナエは立ち上がって逃げようとした。しかし振り向いた先にも同じ化け物がいて、腰を抜かして悲鳴を上げた。
「いやああああああ!来ないでええええええええ!」
ガクガクと肩を震わせ、青ざめた顔でコウをさがす。
「ちょっとコウ!どこにいるの!コウってば!」
ダナエが必死に呼びかけると、コウは鳥居の外から手を振った。
「ここだ!ここにいるぞ!」
「ちょっと!なに一人だけ逃げてるのよ!偉そうに言ってたくせに!」
「怖いもんは怖いんだから仕方ないだろ!ほら、早くこっちへ来い!ダナエの魔法ならやっつけられるだろ!」
「・・・そ、そんなこと言ったって・・・・。」
ダナエは震える瞳で化け物を見上げる。すると背後から冷たい手が回され、ギュッと首を掴んできた。
「いやああああああ!触らないでええええええ!」
ダナエの背中にゾワゾワと悪寒が走る。そして金色の髪が揺らめき、淡い光を放って身体を包んだ。
「触るなって言ってるでしょ!言うこと聞かないと・・・・・こうするわよ!」
長い金色の髪がモサモサと動き、低い羽音が響く。そして次の瞬間、ダナエの髪の中から無数の蜂が飛び出してきた。蜂は大きな顎をカチカチと鳴らし、お尻の針を鋭く伸ばして化け物に襲いかかった。
『ぎゅうああああああああああ!』
『ヴオオオオオオオオオオオオオ!』
二匹の化け物は蜂に襲われて悲鳴を上げる。振り払おうと必死に腕を振るが、蜂は容赦なく毒針を打ち込んでくる。
ダナエはその隙に逃げ出し、鳥居の門まで走った。そして門をくぐろうとした時に、化け物が膝をついて謝った。
「待て待て!悪かった!俺達が悪かった!」
「ちょっと脅かそうとしただけなんだよ!この蜂をなんとかしてくれ!」
二匹の化け物は、蜂から逃げ回って必死に謝っている。ダナエは足を止めてそれを見つめ、唇を尖らせて「ヒュッ!」っと口笛を吹いた。
すると暴れていた蜂は金色の髪に変わり、ダナエの頭に戻っていった。
「ああ・・・死ぬかと思った・・・。」
化け物の一人がホッとしたように息を吐く。
「いや・・・俺達もう死んでるから・・・・。」
もう一人の化け物がすかさず真面目な口調で言う。
ダナエは化け物をじっと見つめ、ゆっくりと近づいていった。
「あの・・・・・。」
すると化け物達は怖い顔をして立ち上がり、ダナエに襲いかかってきた。
「このガキめ!よくもこんな目に遭わせてくれやがったな!」
「とっ捕まえて売り払ってやる!」
「きゃあ!」
ダナエは化け物に捕まり、肩に担がれてさらわれていく。
「ちょっと!離してよ!」
「やだね!お前を売り飛ばせば、ちょっとは借金が楽になる!」
「そうそう。そうすりゃ生き返れるかもしれねえ!」
化け物はウヒャウヒャ笑いながら走っていく。ダナエは拳を握ってポカポカと殴りつけた。
「ちょっと!女の子をこんな風に扱うなんてひどいわよ!」
「知るか!この街にノコノコ入ったのが間違いなんだ!」
「そうそう。ここは死者が集まる街だぜ!お前の命も頂きさ!」
ダナエは必死に身をよじって逃げようとするが、化け物はしっかりと掴んで離さない。
「ちょっとコウ!見てないで助けてよ!」
ダナエは鳥居の門の外を睨んでコウに助けを求める。すると無理無理という風に首を振って断られてしまった。
「もう!男の子のくせに情けない!」
ダナエは足を振り上げて化け物の頭を蹴り飛ばした。
「痛ッ!大人しくしろこのガキ!」
「うるさい!さっさと離してよ!」
ダナエは化け物の頭を蹴り続け、拳で殴りつけて暴れ回る。すると化け物は怒ってダナエの首を絞めにかかってきた。
「調子に乗るんじゃねえぞ!」
「うう・・・・苦しい・・・・。」
呼吸が止まり、意識が薄れていく。しかしその時、コスモリングが光って銀の槍が飛び出してきた。そして化け物の背中に突き刺さり、悲鳴を上げてダナエを落とした。
「ぎゃあああああ!痛てええええええ!」
「おい相棒・・・。しっかりしろ!」
もう一人の化け物が心配そうに背中をさする。ダナエは高くジャンプして化け物の顔を蹴り飛ばした。
「ぐはあッ!」
強烈なキックに堪らず倒れる化け物。ダナエは銀の槍を握り、ズボっと引き抜いてクルクル回した。
「この悪党どもめ!私は妖精の王女ダナエよ!これ以上酷いことするなら、この槍が黙ってないわよ!」
そう叫んでカンフー映画のように華麗振り回す。しかし手が滑って槍は飛んで行き、残ったもう一人の化け物の頭を直撃した。
「ぎゃあ!」
二人の化け物は大の字に倒れて動かなくなり、ダナエは槍を拾って「ふん!」と鼻を鳴らした。
「どう?まだ続ける?」
腰に手を当てて見下ろすと、化け物はブルブルと首を振った。
「い・・・いや・・・もういいです・・・。」
「もういい・・・俺達の負けだ・・・。」
「よろしい!」
ダナエは満足そうに胸を張り、鳥居の門を振り返ってコウに手招きをした。
「コウ!もう大丈夫よ!こっちにおいで!」
コウは門をくぐって素早くダナエの元に飛んで来た。そして頭の上に止まり、腕を組んで偉そうに言った。
「なんだよ、大したことない奴らだな。俺が出るまでもなかったようだな。」
「ずっと怖がってたくせに偉そうに言うんじゃないわよ。」
ダナエは乱れた髪を直し、「ふう」と息をついて化け物の前に立った。
「ひいい・・・。悪気は無かったんだ、許してくれ!」
「そうそう。ちょっと脅かそうと思っただけで・・・・。」
「嘘を言うんじゃない!」
ダナエは槍をドン!と地面に突き立てる。
「ひいいいいいいい!」
化け物は身を寄せ合って怯え、ダナエは目をつり上がらせて言った。
「さっき私が蜂を放ったでしょ?あれは悪いことを考えている奴しか攻撃しないのよ!
ちょっと脅かすつもりじゃなくて、私をさらうのが目的だったんでしょ!」
二人の化け物は、王様の前に連れ出された平民のようにへこたれる。
「す、すいません!どうしても借金を返すあてがなくて、あとは犯罪に手を染めるしかないと思って・・・。」
「そうなんですよ。悪いのは俺達じゃなくて、ノストラ商会の金貸しなんです。
だから・・・どうか見逃して下さい!」
化け物は地面に頭を擦りつけて手を合わせる。ダナエとコウは顔を見合わせ、首を捻って尋ねた。
「さっきもそんなこと言ってたわね。借金ってどういうこと?」
「ええっと・・・それは・・・・。」
「さっさと答える!」
ダナエはさらに目をつり上げて、化け物の前に槍を突き立てた。
「ひいいいい!お、俺達はノストラ商会ってところから借金をしたんです!最初に借りた金は十万円程度だったのに・・・いつのまにか七千万円に膨らんでいて・・・。」
「そうなんです。目ん玉が飛び出るくらいの高い利子をつけられて、もうにっちもさっちも首が回らなくなって・・・・。それで・・・・・。」
「それで私をさらって売り飛ばそうとしたのね?」
「・・・す、すいません・・・。」
ダナエは鼻息を荒く吹き出し、鬼の形相で二人を睨みつける。しかしコウは首を捻って化け物に尋ねた。
「ちょっと待ってくれよ・・・。あんた達はさっきこう言ったな。十万円が、いつの間にか七千万円になったって・・・。」
「・・・は、はい・・・。とんでもない悪徳業者で、有り得ない利子をつけられて・・・。
最初はもっと低い利子でいいって言ってたのに・・・・。」
化け物が涙混じりに言うと、コウは指を立てて首を振った。
「いやいや、利子のことなんかどうでもいいのさ。俺が気になったのは、お金の呼び方だよ。
『円』っていうのは、確か地球のお金の単位だよな?」
「そ、そうです・・・。ニホンっていう国の通貨なんですけど・・・・。」
コウは難しい顔をしてじっと考え込み、ダナエの肩から宙に舞い上がって言った。
「・・・ということは、あんたらは地球で借金をしたってことか?」
「・・・そうです。」
「てことは・・・・あんたらは地球にいた現実の世界の者ってことだよな?どうしてこの星にいるんだよ?」
「ああ、それはですね・・・。」
化け物の一人が説明しようとすると、横にいた化け物が肘で突いて小声で言った。
「おい・・・余計なことを喋ると・・・・。」
「え?ああ!そうだな・・・。ここはうまいこと言い訳を考えて・・・。」
ダナエは怖い顔で二人の前に立ち、槍を向けて言った。
「全部聞こえてるわよ。コソコソ喋ってないで、正直に話す!」
「ひいいいい・・・。わ、分かりました!」
化け物は慌てて手を振り、ダナエを見上げて口を開こうとした。しかしその時、どこからか大きな怒鳴り声が聞こえた。
「コラてめらああああ!何をこんなとこで油売ってんだあ!」
「ひいいいいいい!」
「す、すいません!」
化け物はヒシっと抱き合い、ブルブル身を震わせて怯えている。ダナエとコウは怒鳴り声のした方に目を向け、口を開いて固まった。
「コラてめえら!いつになったら借金を返すんだコラアアア!そのままずっとゾンビのままでいいのか?ああ!」
怒鳴り声を上げてこちらに歩いて来たのは、見上げるほど巨大な狼の獣人だった。高そうなスーツに身を包み、派手なネクタイを締めて、テカテカと光る白い靴を履いている。胸には金のネックレスを着け、指には宝石のついた指輪をいくつも填めていた。
そして顔の真ん中には大きな切り傷が走っていて、怖い顔を怒らせて二人の化け物を掴み上げた。
「いつになったら借金を返すのか聞いてるんだよ!おおう、コラアアア!」
「ひいいいいい!」
「すんません!」
大きな獣人は化け物の頭を掴み、紙人形のようにブンブンと振っている。
ダナエとコウは言葉を失くしてその光景を見ていた。
「・・・なあダナエ。気づかれないうちに立ち去ろう。ここにいたら因縁をつけられるかもしれない。」
「・・・そうね。でも・・・ちょっとあの二人が可哀想・・・。」
ダナエは槍を握って狼の獣人を睨みつける。するとその視線に気づいた獣人は、怖い目を向けて怒鳴った。
「何見てんだガキ!殺すぞ!」
コウはビクッと身を竦めてダナエの後ろに隠れるが、ダナエは目を逸らさずに言い返した。
「あなたがノストラ商会のお金貸し?」
「・・・そうだ。それがどうした?」
「さっきその二人から聞いたの。高い利子を付けられて、借金が返せなくて困ってるって。」
そう言うと、獣人は「がはははは!」と笑った。
「そうだ!こいつらは借金が返せなくて困ってる。だから肉体を担保に入れて、借金の返済を待ってやってるんだ。もし金が返せなかったら、こいつらは永遠にゾンビのままだ。」
「・・・ひどい・・・。」
ダナエはギュッと槍を握りしめ、獣人の前に歩み寄った。そして青い瞳でジロリと睨みつける。
「なんだガキ?生意気な目えしやがって・・・。ほんとに殺された・・・・、」
獣人が言い終える前に、ダナエはプスリと槍を刺した。
「ぎゃあ!痛い!」
ダナエは無言のままもう一度プスリと槍を刺した。
「ぎゃあああ!何するんだこのガキ!」
獣人は恐ろしい牙を剥き出してダナエを睨みつける。しかしダナエは怯まずに槍を向けた。
「こ、こら!やめろ!」
「だったら二人を放してあげて。」
「ああ?何を言ってんだ?こいつらは借りた金も返せないクズなんだぞ?だったら俺がどうしようと問題な・・・・、痛い!」
またダナエの槍が突きささる。獣人はゾンビを放り投げ、スーツの上着を脱いで拳を構えた。
「このガキいいいい!甘い顔してたら図に乗りやがって!死ねやコラアアアアア!」
獣人は毛を逆立て、漬物石のような巨大な拳で殴りかかってくる。ダナエは短いマント翻してヒラリとかわし、思い切り槍を振った。
「うお!危ねえ!」
獣人はサッと身を屈めてかわし、また拳を構えた。そして小刻みに身体を揺らし、トントンとステップを踏み始めた。
「舐めんなよ!俺は元ボクサーなんだ!ガキの槍をかわすことくらいわけねえぜ!」
「ボクサー?ボクサーって何?」
「地球の格闘技だ!拳だけで戦うのがボクサーだ!おらガキ、かかってこいよ!」
ダナエは「地球」という言葉にピクリと反応し、槍を向けて尋ねた。
「また地球か・・・。あなたも地球からこの星へ来たの?」
すると獣人は「しまった」という風に顔を歪め、牙を剥き出して怒鳴った。
「ごちゃごちゃうるさいガキだ!とっとと死ね!」
獣人は巨体に見合わない速さで動き、「シュ!」と言いながら拳を振ってくる。身軽なダナエは高く飛び上がり、思い切り槍を振り下ろして獣人を叩きつけた。
「ぐはあッ!」
獣人は頭を押さえて倒れ込み、ダナエはトドメとばかりに固いブーツの底で顎を蹴り上げた。
「がはあああッ!」
狼の獣人は「キュウウウン・・・・。」と情けない声を出し、仰向けに倒れてノックアウトされた。二人の戦いを見ていたゾンビ達は、「うおおおお!」と歓声を上げてダナエに駆け寄った。
「すげえ!あんたすげえよ!」
「ダレスの野郎をぶっ飛ばすなんて凄すぎる!」
そう言ってダナエの手を握り、嬉しそうにブンブンと揺らした。
「まあね。あれくらいの敵なら何てことはないわ!」
ダナエはどうだと言わんばかりに胸を張り、満足そうに槍を握りしめた。ゾンビは倒れた獣人を睨み、ダッと駆け寄って蹴り飛ばした。
「この金の亡者が!くたばれ!」
「そうだ!俺達の肉体を返せ!」
ゾンビの二人は憎しみを込めて何度も蹴り続ける。
「ダメよ!もう勝負は着いてるんだから!それ以上やったらただの暴力になっちゃうわ!」
そう言って止めようとした時、狼の獣人は雄叫びを上げて立ち上がった。
「グオオオオオオオオウ!許さねええええええええ!」
牙を剥き出し、ハリネズミのように毛を逆立て、尻尾を太くして怒りに狂っている。そして血走った眼でダナエを睨みつけ、ゾンビ達を蹴り飛ばして叫んだ。
「このガキイイイイイイイイ!俺を誰だと思ってんだあああ!ノストラ商会のダレス様だぞ!
俺に手え出すってことがどういうことか分かってんのかあああ!ああコラアアアアア!」
血走った赤い目はさらに赤くなり、ぞわぞわと筋肉が膨れ上がった。白いシャツは弾けてボタンが飛び散り、ネクタイは音を立ててブチブチと千切れていった。
「・・・おいおい・・・これヤバイぞ・・・。」
コウはダナエの肩にしがみついて怯え出す。ゾンビ達は慌てて逃げ出し、遠くの民家の影に隠れてコッソリと顔を覗かせた。
「・・・ガキいいい・・・。死ぬほど後悔させてやる・・・。泣こうが喚こうが関係ねえ。
跡かたも無くぐちゃぐちゃの挽き肉にしてやるぜえええ・・・。」
ダレスと名乗った獣人は、地獄からやって来た魔獣のような姿になっていた。
牙はサーベルタイガーのように口からはみ出し、爪は鋭利なナイフのように尖っていく。
「ダナエ!早く逃げよう!いくら何でもこんな奴には勝てない!ほら、早く!」
コウはダナエの服を引っ張って逃げようとする。しかしダナエは臆することなくダレスと向かい合った。
「もしここで逃げたら、あのゾンビさん達はどうなるの?・・・きっと、この狼に酷い目に遭わされるわ。」
「何言ってるんだよ!あいつらはお前をさらって売り飛ばそうとしたんだぞ!」
「でもそうならなかったじゃない。」
「それは結果論だろ!あんな奴らに同情する必要はないって!ほら、早く!」
コウは必死にダナエの服を引っ張る。しかしダレスがずかずかと近づいて来て、慌てて遠くの木陰に隠れた。
「ガキ・・・。この姿を見てもビビらないとは、中々いい度胸だ・・・。」
「うん、全然怖くないわ。だって月の女神が言ってたもの。怒りで我を忘れる人は、とても弱い人だって。心が弱いから、怒りで自分を誤魔化すんだって。」
「てめえ・・・この期に及んでまだ舐めた口をきくのか・・・。」
「舐めてなんかいないわ。正直に言っただけ。あんたのことなんかちっとも怖くないもん!
べえ〜!」
ダナエは舌を出して馬鹿にした。ダレスの中で何かがプチっとキレて、雄叫びを上げてダナエに飛びかかっていた。
「グオオオオオオン!」
ダナエは槍を構えて、狼の口の中に思い切り突き刺した。しかし・・・・その槍が刺さることはなかった。
「グウウウウウ・・・。何度も刺されてたまるか・・・。」
ダレスは巨大な手で槍を掴んでいた。そして高く持ち上げ、力任せに振り回した。
ダナエの小さな身体は、槍を握ったまま風車のように回り始めた。
「ダナエ!槍を放せ!」
コウが木陰から叫ぶが、ダナエはブンブンと首を振った。
「これを放したら武器が無くなっちゃう!絶対に放すもんか!」
「がははははは!ガキのくせにいい根性してんじゃねえか!じゃあこれならどうだ?」
ダレスは足を踏ん張って高く飛び上がり、思い切り地面に槍を叩きつけた。大きく重たい音が響き、地面の土が抉れて砂埃を上げる。
「ダナエ!」
コウはたまらず木陰から飛び出し、もうもうと上がる土煙りの中へ飛び込んだ。そして抉れた地面の中に目を凝らすと、そこにダナエの姿はなかった。
「コウ!大丈夫よ、私はこっち!」
ダナエは地面に叩きつけられる前に、咄嗟にダレスの背中に飛び移っていた。
「この・・・すばしっこいガキめ!」
ダレスは背中に手を伸ばしてダナエを掴もうとするが、膨らんだ筋肉が邪魔をして手が届かない。
「べえ〜!誰があんたなんかに捕まるもんか!」
ダナエは金色の髪の毛を二本抜いて弓矢を作った。そして矢を番え、ダレスの頭を狙って撃ち放った。
「ぎゃああああ!」
ダレスは頭を抱えて苦しみ、もんどりうって倒れる。ダナエはサッと飛び降りて、コウを抱えて逃げていった。
「近くに来たら危ないじゃない!」
「だって・・・ダナエのことが心配で・・・。」
「だったら最初から手伝ってよ。」
ダナエはコウの隠れていた木陰まで走り、サッと身を潜めてダレスの様子を窺った。
「あれは悪い心に刺さる矢だから、あの狼はかなり苦しむことになるわ。」
「でもあの矢じゃ敵を倒すことは出来ないだろ?あいつは矢の力で改心するような奴じゃなさそうだし・・・。」
ダレスは胸を押さえて苦しんでいた。矢が刺さっているのは頭なのに、まるで胸に刺さったような痛みを感じて悶えていた。
「うおおおおおお!痛い!痛いぞおおおおおお!」
大きな身体でゴロゴロと転げ回り、民家や木にぶつかって身をよじっていた。気がつけば辺りには野次馬が集まっていて、何事かと興味津々な目で見つめていた。
「クソおおおおおお!痛い!痛い!胸が張り裂けそうだああああああ!」
ダレスの苦しみは止まらない。魔法の鉄の矢は、彼の歪んだ心に激痛を与えていた。しかしあまりに激しく転げ回るので、頭に刺さったが抜け落ちてしまった。
「あ!まずい!」
ダナエは叫び、髪を抜いてまた魔法の矢を作り出した。そして弓に番え、しっかりと狙いを定めて撃ち放った。鉄の矢は空気を切り裂いてダレスの眉間に飛んでいく。
しかしダレスは鋭い爪で叩き落とし、耳をつんざく咆哮を上げて立ち上がった。
「ウオオオオオオオオオ!もう許さねえ!何が何でもお前を喰い殺してやるううううう!」
そして胸がはち切れそうなほど息を吸い込み、大きな口を開けて一気に吐き出した。それは大気を揺らす超音波に変わり、地面を抉ってダナエに襲いかかった。
「危ないコウ!逃げて!」
ダナエはコウを遠くに放り投げ、素早く呪文を唱えて印を結んだ。
すると身を隠していた木が頑丈な鉄に変わり、盾のように広がって超音波を受け止めた。
「ダナエ!」
コウは空高く舞いがってダナエを見つめる。
「ううううう・・・・・。」
ダナエは苦しんでいた。魔法で作り出した鉄の盾は、超音波のせいで激しく揺れていた。その振動はあまりにも強力で、盾の後ろに隠れるダナエにも届いていた。
「ダナエ!しっかりしろ!」
コウが心配そうに飛び寄って来るが、ダナエは首を振って叫んだ。
「来ちゃダメ!バラバラになっちゃうよ!」
「で・・・でも・・・・・・。」
強力な超音波は徐々にダナエを蝕んでいく。頭が痛くなり、鼓動が乱れて息が荒くなる。骨が軋み、吐き気を感じて胸を押さえた。それでも歯を食いしばって何とか耐え、次の呪文を唱えようとして印を結ぶ。
しかしその時だった。とつぜん超音波が止み、ダレスが高く飛び上がって襲いかかってきた。
「がははははは!頂きいいいいいい!」
ダレスの大きな足がダナエを踏みつけようとする。ダナエは咄嗟に飛び退き、走って逃げようとした。しかし超音波で受けたダメージのせいで足がふらつき、よろよろと倒れてしまった。
ダレスは長い舌を出してニヤリと笑い、大きな手でダナエを鷲掴みにした。
「ぐへへへへへへ!捕まえたぞお〜。」
「・・・うう・・・放して・・・・・。」
ダレスは顔を近づけて恐ろしい笑みを浮かべ、力を入れて握りしめる。鋭い爪が身体に喰い込み、ダナエは思わず悲鳴を上げた。
「きゃああああ!放してよ!」
「おうおう、どうしたよガキ・・・。さっきまでの威勢はどこいったんだ?んん?」
ダレスは凶悪に顔を歪ませ、さらに爪を喰い込ませていく。見かねたコウが飛び出し、ダレスの頭に乗って魔法を唱えた。
「ダナエを放せ!この木偶の坊!」
羽を動かしてかまいたちを放ち、ダレスの頭を切りつける。しかしダレスの皮膚は固く、ほんのちょっとのかすり傷しか与えられなかった。
「うるさい虫め・・・。どっか行ってろ。」
ダレスはパチンと指を払い、コウを遠くへ弾き飛ばした。
「うわああああああああ!」
「コウ!」
ダナエは身をよじってコウに手を伸ばす。しかしダレスに締め上げられてまた悲鳴を上げた。
「きゃああああああ!」
「てめえは俺の顔に泥を塗った!殺すなんて生易しいもんじゃ済まさねえ!じっくりいたぶって、このダレス様に喧嘩を売ったことを後悔させてやるぜ!」
ダレスは腕を振り上げ、ダナエを思い切り地面にを叩きつけた。
「あああ!」
重い音が響いて地面に衝撃が走る。ダナエはぐったりとして、気を失いかけて半分目を閉じた。
「まだまだこんなもんで終わるか!お前の矢は、これよりもっと痛かったんだぞ!」
ダレスは足を持ち上げてダナエを踏みつける。「ズン!」と重い音が響き、ダナエの細い身体が悲鳴を上げる。
「・・あああああ!」
「いいかガキ!俺は地球では裏の世界の幹部として恐れられていたんだ!俺のことを知っている奴は、誰だって俺のことを怖がる!ほんとうは、お前らみたいな奴らが口を利けるような相手じゃないんだよ!そこんとこ分かってんのか!ええコラ!」
ダレスはまた大きな足で踏みつける。ダナエの身体は限界を迎え、意識が途切れそうになって闇の中へ落ちていく。
「俺はな・・・こんな星でくすぶるような人間じゃねえ。もう一度地球へ戻って、裏の世界に君臨するんだ!その為には・・・・あの化け物に実力を証明しなきゃならねえ!だからお前みてえな奴らと遊んでる暇はないんだよ!」
ダレスは拳を握り、腕に力を入れた。丸太のような太い腕がさらに太くなり、体毛の下に血管が浮き上がる。
「俺は誰にも馬鹿にされるような奴じゃねえ!舐めた奴は一人残らず叩き潰してやる!
もっともっと力と金を手に入れて、あの邪神のクソ女をぶっ殺してやるんだああああ!」
ダレスの顔が悪魔のように凶悪に歪み、握った拳が振り下ろされる。
「ダナエえええええ!」
コウは手を伸ばして叫ぶ。ゾンビは民家の影で目を覆う。そして・・・・ダレスの拳は振り下ろされた。「ドゴンッ!」と腹に響く重たい音が響き、大地が小さく揺れた。
ダレスの拳は地面に大きな穴を開け、もうもうと土埃が巻き上がる。
「・・ああ・・・そんな・・・。ダナエ・・・ダナエえええええええ!」
コウは地面に舞い降り、膝をついて泣き崩れた。小さな拳を握ってバンバンと叩きつけ、何度も何度もダナエの名前を叫んで泣いた。民家に隠れていたゾンビ達は辛そうな顔で俯き、ダレスの恐怖に怯えていた。周りを取り囲んでいた野次馬は、言葉を失くして立ち尽くしていた。
「・・・・・・・・・・・・。」
ダレスは地面に拳を打ち込んだまま動かなかった。
「・・・・妙だな・・・。手ごたえがねえ・・・・。」
殴りつけた拳には、地面を砕いた感触が残るだけで、ダナエにトドメを刺した手ごたえはなかった。
「あの状態から逃げたのか?・・・いや、まさかな・・・・。」
立ち上がって辺りを見回し、鼻をヒクヒクさせて臭いを探る。すると妙な臭いを感じ取って、ふと上を見上げた。
「な・・・なんだッ!誰だてめえは!」
ダレスは上を見上げたまま後ずさる。ゴクリと唾を飲み、本能的に拳を構えた。
彼の視線の先に浮かぶ者、それは長い銀髪をなびかせる、冷酷な雰囲気を纏った女だった。
「・・・・・醜い獣め・・・・。」
銀髪の女はそう言って地面に降り立った。鉄のブーツをカツンと響かせ、青い燕尾のコートを翻して、貴族のような華麗な白服を見せつけた。
その顔は美しくも冷淡で、切れ長の目に黒い瞳を持ち、ブルーの唇が真一文字に結ばれていた。
そして美しいスタイルを強調するように腰の剣に手を当てて立ち、スッと右手を前に出した。
「・・・宇宙の鉱物で作られし槍よ・・・・ここへ・・・。」
そう呟くと、ダナエの持っていた銀の槍が女の手に飛んで来た。女はそれを掴むと、ピュッと振って空気を切り裂いた。
「我が名は月の女神、アリアンロッド!今はわけあってこの星に身を寄せている。」
「・・・ア・・・アリアンロッド・・・・?」
ダレスは拳を構えたまま後ずさる。女の持つ冷酷で恐ろしい雰囲気に恐怖を抱き、顔を強張らせて息を飲んだ。
「私は暴力を好まない。ここで大人しく退散するならよし!もしそうでないのなら・・・。」
アリアンロッドは銀の槍を向け、鋭い眼光で威圧する。ダレスはその迫力に負けそうになったが、ブルブルと首を振って拳を構え直した。
「アリアンだか何だかしらねえがふざけんじゃねえ!さっきのガキをどこへ隠しやがった!
大人しくあのガキを出さねえと、てめえも痛い目に・・・い・・いたいめ・・・、あ、あれ?」
ダレスは首に違和感を覚えて固まった。すると目の前にいたはずのアリアンロッドが消え、背後から首元に槍を当てられていた。
「今・・・お前の首を斬った。少しでも動けば、ボトリと足元に落ちるぞ。」
「・・・・・ッ!」
ダレスは言葉を失って固まり、顎をガクガクと震わせて恐怖に怯えた。首の違和感はその恐怖を刺激し、さらに顎が震えて首元まで伝わっていく。
「心配するな。綺麗に斬ってあるから、じっと動かなければじきに元に戻る。」
ダレスの額に冷や汗が落ちていく。それは目に入ってジュンと染みるが、まばたきさえ出来ずに固まっていた。
アリアンロッドは敵が戦意を喪失したことを確認し、ゆっくりと槍を下げた。
周りでそれを見ていた者達は言葉を失くし、呆然と立ち尽くしていた。ゾンビ達は胸で拳を握ってハラハラとしながら顔を見合わせ、意味もなく頷き合っている。コウはしばらく茫然としていたが、我に返って弾かれたようにアリアンロッドの元へ飛んで来た。
「ダナエ!ダナエはどうなった!」
悲痛な顔でアリアンロッドの肩に止まり、なびく銀髪をギュッと握って尋ねる。
するとアリアンロッドはニコリと微笑み、冷淡な雰囲気を消して優しい声で答えた。
「あの子ならこの中にいる。」
そう言って左手を掲げ、コスモリングを見せた。
「これは・・・プッチー・・・。なんであんたがこれを・・・・。あ!もしかして!」
アリアンロッドは頷き、コスモリングの一番右の宝石を指差した。
「私はこの宝石の中に宿る魂だ。あのダナエという子の魂と入れ替わり、こうして表に出て来た。」
「そうだったのか・・・。で、ダナエは無事なのか?」
「ああ、無事だ。しかしかなり傷を負っている。今はこの宝石の中で休んでいた方がいいだろう。そうすればじきに回復するはずだ。」
「そうか・・・よかったあ・・・・。」
コウはホッと胸を撫で下ろし、アリアンロッドの肩に胡坐をかいて座りこんだ。
「しかし無茶な子だ。自分より格上の相手に臆することなく挑むとは・・・。勇敢というか、無謀というか。」
アリアンロッドは呆れたように呟き、苦笑いを見せた。そしてダレスの方に槍を向け、厳しい口調で言った。
「獣よ。あと一分もすれば首は繋がるだろう。これ以上痛い目をみたくなければ、大人しく引き下がることだな。」
ダレスは頷こうとして止めた。ここで首を動かせば、確実に死んでしまう。代わりに手を上げて分かったと合図する。
辺りはしんと静まりかえり、アリアンロッドは槍を砂に変えてコスモリングに戻した。
「さて・・・あの子が回復するまでどこかで時間を潰すか。おい、そこのゾンビ達。この街を案内しろ。」
アリアンロッドに命令され、二人のゾンビはへこへこ頭を下げながら近づいて来た。
「い、いやあ・・・へへへ・・・見事な腕前で・・・。」
「お、俺達見惚れたっす!弟子にして下さい!」
アリアンロッドは目を瞑って首を振り、「ゾンビの弟子はいらん」と冷たく言い放った。
「それにな、私は臆病者が嫌いなのだ。お前達はこの争いを招いた原因のくせに、ずっと物影に隠れていただろう?宝石の中から見ていたぞ。」
怖い顔で睨まれ、ゾンビ達はさらに恐縮してへこへこする。するとコウは怒った顔でアリアンロッドを指差した。
「見てたんならもっと早く助けてくれよ!まったく・・・ジル・フィンといいあんたといい、どうして神様はこうも呑気なのかねえ・・・。」
「悪いな。しかし指を咥えて見ていたわけじゃない。私が外に出たいと思っても、コスモリングが発動しなければ無理なのだ。」
「プッチーが発動・・・?それはどういうことだ?」
コウが首を傾げて尋ねると、アリアンロッドはニコリと笑って頷いた。
「いいだろう。あの子が回復するまでの暇つぶしに説明してやろう。おいゾンビ達、どこか店に案内しろ。」
「ああ、はい!」
「こっちに酒場がありますんで!」
二人のゾンビはへこへこしながら酒場へ案内していく。アリアンロッドとコウはそのあとをついて行き、街の中へと姿を消した。
一人残されたダレスは、頭の中で時間を数えていた。そして一分経ってから、恐る恐る首を突いてみた。
「・・・つ・・・繋がってる・・・よな?・・・もう大丈夫だよな?」
そう呟いてゆっくりと首を動かし、しっかりと繋がっていることを確認して安堵の息を吐いた。
「クソ・・・。なんなんだあの女は・・・。アリアンロッドだっけか?確か月の女神とか言ってたけど・・・・。」
ダレスは振り返って街の中を睨み、大きな鼻から荒い息を吹き出した。
「ムカツク奴だが・・・俺の力じゃ敵わねえ。クソったれが・・・。
でも、あれほどの強さならもしかしたら・・・。」
怒りで歪んでいたダレスの心に、一筋の希望の光が射す。そして顔を上げ、目を瞑って唸った。
「あのことを・・・話してみるか・・・。」
ダレスは何かを決意して頷き、野次馬を押し退けて酒場へと走って行った。

 

                            (つづく)

ダナエの神話〜神樹の星〜 第三話 海神ジル・フィン

  • 2014.02.18 Tuesday
  • 15:59
『海神ジル・フィン』


次の日の朝、ダナエはコウの大声で目を覚ました。
「わうああああ!大変だあああ!」
コウは頭を抱えて部屋の中を飛び回り、布団を引っぺがしてダナエを叩き起こした。
「おい、起きろ!大変なことになってる!」
「なによ・・・そんなに慌てて・・・。」
ダナエは眠い目を擦りながら身体を起こし、ハシっとコウを捕まえた。
「朝からうるさくしないでよ・・・。後で遊んであげるから・・・。」
そう言ってまたベッドに横になる。コウを抱きかかえ、布団を被ってスヤスヤと寝息を立て始めた。
「コラ!寝てる場合じゃないんだってば!あの盗賊達がいないんだ!それに俺達の荷物も無くなってる!」
「何ですって!」
ダナエはベッドから飛び起き、両手でコウを揺さぶった。
「そういうことは早く言ってよ!危うく二度寝するところだったじゃない!」
「言う前に二度寝しようとしたんだろ!人のせいにするな!」
コウはダナエの手を振り払い、宙に浮かんで両手を広げた。
「見ろよ!テーブルの横に置いてたお前の鞄が無くなってるんだ!」
「そんな・・・。どこか別の場所に置いたんじゃないの?」
「違うよ!こんな狭い小屋で隠す場所なんかないだろ。それにほら!俺の腰に着けてた鞄も無くなってるんだ!きっとあのガマオヤジ達が盗んでいったんだよ!」
「まさか・・・。カプネはそんなことをするようなカエルじゃないわ!」
ダナエは首を振って強く否定するが、コウは腰に手を当ててため息を吐いた。
「何を言ってるんだよ。あいつらは盗賊なんだぜ?だったら人の物を盗むのが商売だろ?」
「そりゃあそうだけど・・・。でもカプネはそんなに悪いカエルじゃないわ。」
「だったら誰が俺達の荷物を盗んだんだよ?ここには俺達とあの盗賊しかいなかったんだぜ?」
「・・・・・・・・。」
ダナエはじっと部屋の中を見渡した。テーブルの上には昨日の食べ残しが散らばっていて、床には食べカスがボロボロとこぼれていた。
「まさか・・・ほんとうにカプネが・・・・。」
信じられない思いで小屋の外に出てみると、晴れた空と海が広がっていた。そして砂浜には点々とカエルの足跡が残っていた。それは昨日着陸した深い森の方へと続いていて、ダナエの胸に嫌なモヤモヤが浮かんでくる。
「な?絶対にあいつらが盗ったんだよ。こりゃあ早く追いかけないとまずいぜ・・・。」
「・・・カプネ・・・。ほんとうにあなたが盗んだの?昨日は一緒にユグドラシルを目指そうって約束したのに・・・・。」
ダナエは悲しい気持ちで俯き、砂浜に残る足跡を見つめていた。コウはそんなダナエの頭に止まり、おでこにデコピンに放った。
「痛ッ!何するのよ!」
「今はしんみりしてる場合じゃないだろ!お前の鞄が奪われたってことは、アレが奪われる可能性だってあるんだぞ!」
コウが焦るのには理由があった。ダナエの鞄には白銀でできた魔法の鍵が入っていて、それは箱舟の車輪を動かす為の道具だった。
「もし俺達の箱舟を奪われたら、ずっとこの星にいなきゃいけなくなるんだぞ!
宇宙の中心を目指すどころか、月に帰ることだって出来なくなっちゃうんだ!」
ダナエは腕を組んで森の方を見つめる。そして小屋の中に戻り、ブーツを履いて紐を縛った。
「あの箱舟はそう簡単には動かせないわ。鍵を持ってるだけじゃ飛ばすことは無理よ。」
「それは知ってるけどさ・・・。でも万が一ってことがあるだろ?もしあれを奪われたりしたら・・・・・。」
コウがそう言いかけた時、森の方から大きな風が吹いた。そして「ビュウウウウン」という低い音が響き、森の中から鳥が逃げ出していった。
「おいおい・・・・ウソだろ・・・。この音は・・・・。」
コウは青い顔をしてよろめき、ヒラリと地面に降りた。ダナエは外に出て真剣な顔で森の方を見つめ、息を飲んで見守った。
森から吹く風は強くなり、バキバキと木が倒れる音が響く。鳥は警報を鳴らすようにうるさく喚き、大きな魔法の力が空気を揺らした。
「ああ・・・・・なんてこった・・・・。」
コウは目眩がしてダナエの足にもたれかかった。森の中から箱舟が飛び上がり、ゆっくりと前に進んでいく。船体の横に着いた車輪が回り出し、風を漕いでじょじょにスピードを増していった。
「どうして・・・どうしてあの船を動かせるの!」
ダナエは浜辺に駆け出し、大きな瞳をさらに大きくして空を見上げた。
「あの船を動かすには特別な魔法が必要なのよ。盗賊のカプネじゃそんなことは出来ないはずなのに・・・・。」
ダナエの言う通り、あの箱舟を動かすには特別な魔法が必要だった。それは妖精だけが使える光の魔法で、他の者では絶対に唱えることが出来ない魔法だった。
呆然とするダナエの傍に、ゆらゆらとコウが飛んで来た。
「きっと・・・この星にも妖精がいるんだ。じゃないとあの船は動かせない。」
「でも・・・昨日あの小屋には妖精なんていなかったわ。」
「じゃああの森にでもいたんだろ?きっとその妖精はガマオヤジの仲間なのさ。」
箱舟は危なっかしく飛び回り、海面スレスレまで落ちていく。船の底が海にぶつかり、白い水しぶきが弾け飛ぶ。
「ああ!危ない!」
船体の車輪は水を巻き上げ、船はどんどん海の中へ落ちていく。
「まずいぞ!あの船は水の中を進むようには出来てないんだ。
もし完全に海の中へ落ちたら・・・。」
ダナエとコウはハラハラしながら箱舟を見守る。船は相変わらず危なっかしい運転で海の水を巻き上げ、横に傾きながら沈みそうになっている。
しかし船体の車輪が強く回転して体勢を立て直し、なんとか空へ浮き上がった。
「ああ・・・・よかった・・・・。」
ダナエはホッと胸を撫で下ろす。自分の宝物の船が壊されたらどうしようかと気が気ではなかった。
「おい、あいつら方向を変えてどこかへ飛んで行くぜ。」
コウは箱舟を指差す。ダナエは顔を上げて船の行き先を見つめた。
「どんどん上昇してる・・・。あのままじゃ宇宙へ出ちゃうわ。」
箱舟は高く舞い上がり、さらに上空を目指していく。その速さは音速を越えていて、ダナエを置き去りにしてこの星から離れようとしていた。
「クソッ!あのガマオヤジめ・・・。人の船をどうするつもりだ!」
コウは悔しそうに拳を握る。ダナエは浜辺を歩いて海の中に入り、空より青い瞳で船を見上げていた。
「きっと地球に帰るつもりなのよ。でも、あのままじゃ光の壁は越えられないのに・・・。」
空を上る箱舟は、もはや豆粒のように小さくなっている。そして青い空の中へ吸い込まれて、完全に見えなくなってしまった。
あまりの突然の出来事に、ダナエもコウも立ち尽くしていた。打ち寄せる波がダナエのブーツを濡らし、潮風がコウの羽をなびかせている。
二人はじっと空を見上げたまま、しばらく波の音を聞いていた。そして空から目を離し、足元に打ち寄せる波を見つめてダナエが呟いた。
「・・・どうしよう・・・。これじゃこの星から出られなくなっちゃう・・・。」
「・・・宇宙の中心にも行けない。月へ帰ることも出来ない。・・・お手上げだな。」
コウは困った顔で頭を掻き、じっとダナエを見つめた。
「ブーツが濡れてるぞ。海から上がろうぜ。」
「・・・・・・・・・。」
ダナエは言葉を失くして小屋の前まで戻った。そして膝を抱えてうずくまり、小さな声で呟いた。
「・・・私は馬鹿だ・・・。私が油断してたからこんなことに・・・・。」
長い髪が揺れ、細い腕が震え出す。ダナエは大きく息を吸ってグッと歯を食いしばった。
「今さらそんなこと言っても仕方ないだろ・・・。盗まれたもんは盗まれたんだから・・・。」
「・・・分かってるよ、そんなこと・・・。」
二人は黙ったまま小屋の前で座り込んでいた。箱舟を失って見知らぬ星に取り残され、何も出来ずに途方に暮れていた。
ダナエの目から悔し涙がポロリと落ち、じわっと砂に吸い込まれていく。コウは貧乏揺すりのように羽を動かし、唇を尖らせて海を睨みつけていた。
しばらくそうしていると、コウはふとあることに気がついた。
「なんだあれは・・・・?」
波打つ海の中に、小さく光るものがある。気になってじっと見ていると、突然淡い光が立ち昇って誰かが姿を現わした。
「・・・あれは・・・・・。」
コウは立ち上がり、宙に舞い上がって海へ近づいて行く。そして目を開いて息を飲み、海の光から現れたその者を睨んでいた。
「これは・・・神様か!」
コウは海の上を飛んで光の方へと近づき、小さく微笑んで周りをクルクルと飛び回った。
海から立ち昇る光の中には、神々しい輝きを放つ若い男が立っていた。
端整な顔立ちに勇ましい目をしていて、立派な絹の服を身に着けている。その手には銀で出来た槍を握っていて、コウの方を向いてニコリと笑った。
「ああ・・・やっぱり神様だ!何の神様か知らないけど、その力強い光は間違いなく神様のものだ!」
コウは神様の前に飛び、優雅に会釈をして名乗った。
「俺は妖精のコウ。月っていう星から来たんだ。あんたは間違いなく神様だろ?
いったい何の神様か教えてくれよ。」
すると光輝く神様は、ニコリと頷いて答えた。
「僕は海神だ。命が生まれし大海の主、ジル・フィンという。」
「へえ・・・この星にもこんな神様がいたんだなあ。」
コウが感心して呟くと、ジル・フィンは笑って首を振った。
「僕はこの星の神ではないよ。地球の神だ。」
「へ?地球?・・・じゃあなんでこんな所にいるのさ?」
首を捻って尋ねると、ジル・フィンは目を瞑って微笑んだ。
「ちょっと事情があってね。君はカプネという盗賊を知っているだろう?あそこの小屋で一緒にいたカエルのことを。」
「ああ、俺達の箱舟を盗みやがった野郎さ。でも何でそのことを知っているんだ?」
「そりゃあずっと見ていたからさ。海の中からね。」
「何いいいいいい!」
コウは驚いて声を上げ、怒った顔でジル・フィンに詰め寄った。
「見てたんなら、どうしてあいつらを止めてくれなかったんだよ?そのせいでこっちは月にも帰れなくなっちまったのに・・・。」
「それも事情があってのことさ。それよりさ、あそこで泣いている妖精の女の子を呼んできてくれないかな?ちょっと話したいことがあるんだ。」
そう言ってジル・フィンは、ダナエに槍を向けた。
「別にいいけど・・・。でもあいつは妖精のくせに羽がないから、ここまで来られないぜ?」
「ふふふ、心配ないよ。私が道を作るから。」
ジル・フィンは小さく息を吸い込み、海面に向かってフッと吐き出した。すると海面に岩が突き出して来て、一筋の道が出来た。
「おお、さすが神様!じゃあちょっとダナエを呼んで来るから待っててくれよ。」
「ああ、悪いね。」
コウは浜辺の小屋まで戻り、膝を抱えてうずくまるダナエの頭をペチペチと叩いた。
「ダナエ。海の神様がお前に会いたいってよ。」
ダナエは赤い目をして顔を上げ、グスンと鼻をすすった。
「ほら、海を見てみろ。岩の道があるだろ?その向こうに海の神様が立ってるんだ。」
ダナエはコウが指差した先を見つめ、瞳を揺らして立ち上がった。
「あれは・・・・この星の神様?」
「いいや、地球の神様だってさ。事情があってここにいるらしい。」
ダナエは遠くに立つジル・フィンをじっと見つめた。すると暗い顔に力が戻り、海へと向かって歩き出した。
「海に落っこちないように気をつけろよ。」
ゴツゴツした岩の道を歩き、ダナエはジル・フィンの前に立った。そして光り輝くその姿を見て、思わず声が漏れた。
「綺麗・・・。それにすごく逞しい力を感じるわ。」
ダナエはそっとジル・フィンを包む光に手を伸ばす。すると身体の中に潮の音が流れ込んできて、頭がクラクラして思わず倒れそうになった。
「おっと危ない。」
ジル・フィンはサッとダナエを支え、黄金色に輝く長い髪を揺らしてニコリと笑った。
「僕は海神のジル・フィン。地球にいた神だ。君は月から来た妖精だね?」
ダナエは驚いて目を丸くした。
「どうして分かるの?」
「分かるさ。僕と同じような気を感じるもの。地球と月は兄弟みたいなものだから、神も妖精も同じような気を持っているのさ。」
「地球と月は兄弟・・・・確かにそうかもね。」
ダナエは可愛らしく会釈をし、ジル・フィンを見つめて名前を名乗った。
「私はダナエ。月の妖精の王女よ。」
ジル・フィンはニコリと頷き、眉に皺を寄せて言った。
「ふふふ、今朝は散々だったね。大事な船を盗賊に盗られるなんて。」
「そうなのよ・・・。あれがないと月にも帰れない・・・・って、どうしてあなたがそのことを知ってるの?」
そう尋ねると、コウが意地悪そうな顔でジル・フィンを指差した。
「この人さ、ずっと俺達のことを見てたんだって。そのくせにガマオヤジ達を止めてくれなかったんだぜ。ひどいよな。」
「そうなの?」
ダナエに真剣な目で問われ、ジル・フィンは苦笑いして頷いた。
「ちょっと事情があってね。彼らに僕の姿を見られるわけにはいかなかったんだ。」
「どうして?」
「・・・それは、彼らに僕の存在を知られると、邪神にバレる可能性があるからさ。」
「邪神・・・。」
ダナエとコウは顔を見合わせて口を揃えた。
「君達も昨日あの盗賊から聞いただろう、邪神の話を。」
「ええ、カプネを惑わした悪い女の人でしょ?それとこの星をボロボロにした張本人。」
「そうさ。そして僕は・・・・あの盗賊に殺された海神だ。」
「・・・・・えええええええええ!」
ダナエは驚きのあまりバランスを崩し、また海に落ちそうになった。それをジル・フィンがさっと支える。
「ビックリすると思ったよ。地球で殺された神が、この星にいるなんて思いもよらないだろうからね。」
「そりゃそうよ・・・。でも、殺されたのにどうして生きてるの?しかもこんなに遠い星で。」
するとジル・フィンは笑い、指を立てて言った。
「ユグドラシルのおかげさ。あの樹は僕の生みの親だからね。
海に消えて無くなる寸前に、僕のことを助けてくれたんだよ。そしてこの星に飛ばしてくれたんだ。」
「ユグドラシルが・・・・。」
ダナエは口元に手を当ててじっと足元を見つめていた。ジル・フィンは槍を握りしめ、海に目を向けて話を続けた。
「ユグドラシルは今でも地球を愛しているんだよ。自分が生まれた場所だからね。
だから・・・地球を離れる時に、一つだけ種を残していったんだ。」
「種・・・?」
ダナエは首を傾げて尋ねる。
「そうさ、種を一粒だけ土に埋めたのさ。そこには小さな芽が生えて、少しずつ成長して細い木に育った。だからユグドラシルは今でも地球にいるんだよ。すごく小さな分身だけどね。
そしてその小さなユグドラシルの根っこには穴が空いていて、この星のユグドラシルの根っこと繋がっているんだ。僕はそこを通ってこの星に来たのさ。」
「へえ〜、この星と地球が繋がっているんだ・・・。」
ダナエは深く感心する。そしてコウは希望に溢れた顔で舞い上がった。
「てことはさ、ユグドラシルの所に行けば、俺達は月へ帰れるかもしれないぜ。なんたって地球から月は近いんだからな。」
「ああ!確かに・・・。これはますますユグドラシルに会わないといけなくなったわね。」
ダナエも希望に満ちた顔で頷き、腕を組んで瞳に光を宿した。
するとジル・フィンは肩を竦め、残念そうに言った。
「さあ、それはどうかな?」
喜んでいたダナエとコウはピタリと笑顔を止め、不安そうにジル・フィンを見上げた。
「なんか意味ありげな言い方だな・・・。ユグドラシルから地球へ帰ることは無理なのか?」
コウは唇を尖らせて尋ねる。
「いいや、無理じゃないよ。ユグドラシルの根っこを通れば、地球に帰れる。
でも・・・向こうの世界に出たら、君達はどうなるか分からない。」
「それはどういう意味?」
ダナエに尋ねられると、ジル・フィンは空を見上げて答えた。
「地球は現実の魂が住む世界だ。空想の世界の君達が行ったら、その途端に消えてしまうかもしれない・・・。」
ジル・フィンの視線は、宇宙に浮かぶ光の壁に向けられていた。今は青い空のせいで見えないが、夜になれば薄っすらとオーロラのように浮かび上がる。それは何人も越えることが許されない、現実と空想を遮る壁だった。
コウはジル・フィンの肩に止まり、難しい顔で尋ねた。
「でもさ、ジル・フィンは地球にいたんだろ?」
「ああ、そうだよ。」
「でもって、そこで人間に殺されたわけだ。」
「そうさ。だからユグドラシルにここへ連れて来られた。」
「でもそれは変じゃないか?遠い昔に、現実と空想は切り離されてるんだぜ?その時に、神様と人は交われなくなってるはずだ。なのにどうしてあんたは、人間に殺されそうになったんだよ?それにさ、地球は現実の魂が住む場所なのに、どうして空想の世界のあんたがいたんだよ?」
コウは眉を持ち上げて怪訝な顔を見せる。ジル・フィンはゆっくりと頷いて指を立てた。
「今は・・・全ての質問に答えることは出来ない。」
「なんでだよ?」
「・・・事情があるからさ。」
「またそれか・・・・。見た目は立派なくせに、中身はケチ臭い神様だぜ。」
コウは不機嫌そうに飛び上がり、ダナエの肩に舞い降りた。
「すまないね。でも今は何も知らない方がいいから・・・。」
ジル・フィンは申し訳なさそうに顔を背け、波打つ海を見つめた。そしてダナエの方に向き直り、コウに槍を向けて言った。
「でも一つだけ質問に答えるよ。さっき君はこう聞いたね、地球は現実の魂が住む星なのに、どうして空想の世界の僕があの星にいたのかと。」
「私もそれ興味あるわ。是非聞かせて。」
ダナエは興味津々でジル・フィンを見つめた。
「いいかい、空想の世界の魂は、形を持たないのであればどこにでも存在出来るんだよ。」
「・・・形を持たない・・・?」
「そうさ。遥か昔、宇宙に現実と空想の境目はなかった。現実の世界には不思議な力が満ち溢れていたし、空想の世界の者は実体を持っていた。でも宇宙の中心に座る大きな神様が、この二つの世界を光の壁で遮ったんだ。そのことは知っているね?」
「うん、そのせいでお互いの世界は行き交うことが出来なくなったのよね。」
「その通りだよ。現実の世界からは不思議な力は失われ、空想の世界からは実体という形が失われた。どうしてそんなことになったのかというと、この二つの世界が干渉し合わないようにする為さ。だから現実の世界の魂でも、肉体という実体を失えば空想の世界へ来ることが可能になる。」
ジル・フィンが指を向けて言うと、ダナエは手を叩いて大きく頷いた。
「それは知ってるわ。だって私のお父さんも、元々は現実の世界の魂だったんだもの。」
「知ってるよ。君のお父さんは妖精王のケンだろ?妃は妖精女王のアメルだ。」
「どうして知ってるの!」
「そりゃあ知ってるさ。僕だけじゃなくて、地球にいた空想の魂なら誰でも知っている。
だって君のお母さんの妹は、あの月の女神のダフネだろ?彼女は一度、光の壁を取り去って空想と現実を交わらせたからね。あの時はヒヤヒヤしたもんさ・・・。」
ジル・フィンは困ったように苦笑いをして腕を組んだ。ダフネも険しい顔で腕を組み、目を落として言った。
「そう言えば・・・確かダフネがそんなことを言ってたっけ?」
「まあ過去のことさ。今はまったく関係がないから話を戻そう。」
ジル・フィンはコホンと咳払いをして話を続けた。
「現実と空想の世界は、互いに干渉し合うことが許されない。でも逆に言えば、互いに干渉さえしないのなら交わってもいいわけだ。現実の世界の魂も、死んだら肉体という実体が滅ぶ。そうなれば空想の世界へ来てもいいわけさ。まあ大半の魂は空想の世界へは来ずに、別の世界へ行くわけだけど。」
「別の世界?」
「ああ、天国とか地獄とか・・・黄泉の国とか、まあ色んな呼び方があるけれど、あの世と呼ばれる世界へ行くわけさ。そこはまた、現実とも空想とも異なる世界なんだ。でもこれも今は関係がないから置いておこう。
とにかく・・・現実の魂でも、実体を捨てれば空想の世界へ来ることが出来る。そして空想の世界の魂もまた、形を持たないのなら現実の世界へ行けるのさ。なぜなら、いかに不思議な力を持っていようが、形を持たないのであれば現実の世界に干渉することは出来ないからね。
いくら凄い魔法が使えたとしても、実体がなければ現実の世界では何も起こらない。これなら現実の世界に干渉せずに済むだろう?」
「確かにそうね・・・。なんだか難しくて頭がこんがらがってきたけど・・・。」
「お前は鈍チンだからなあ。俺はちゃんと理解したぜ。」
「何よ偉そうに。私だってそれなりに理解してるもん!」
ダナエはプクッと頬を膨らまし、コウは可笑しそうに彼女の頬を突いていた。
「確かにちょっとややこしい話だよね。まあ要するに、空想の魂は実体さえ持たなければ、現実の世界では何も出来ないし、誰の目にも見えないわけさ。もちろん声も聞こえないし、触れ合うことも無理だ。空想の魂は、現実の世界においてはただそこにいるだけの存在なんだよ。」
「なるほどねえ・・・。だからジル・フィンは地球にいることが出来たわけだ。」
「そうだよ。でも残念ながら・・・・・君達が地球に行くのは危険すぎる。なぜなら、空想の世界の魂であるにも関わらず、実体を持っているんだからね。」
「え?・・・・・どういうこと?」
ダナエとコウは驚いて顔を見合わせた。
「君達は月から出たのはこれが初めてかい?」
「うん・・・。宇宙の中心に行こうと思って旅をしていたんだけど、ユグドラシルに呼ばれてこの星にやって来たの。それまでは月を出たことはないわ。」
「・・・そうか。だったら知らないのも無理はない・・・。君達がいる月の世界は、空想の世界でもかなり特殊な所で、現実の世界と同じように実体を持っているんだよ。だからあの光の壁を越えたら最後、魂ごと消滅して無くなる。そしてこの星も、月と同じく実体を持った空想の世界なんだ。広い宇宙には、いくつかこういった星があるんだよ。」
「・・・そんなの初めて知ったわ。お父さんもお母さんも教えてくれなかったから・・・。」
「でも光の壁は越えたらいけないって言われただろう?」
「うん、絶対にあの壁を越えて向こうへ行ったらダメだって・・・。それが宇宙の旅に出る時の約束だったから・・・。」
「光の壁さえ越えなければ、実体を持っていても問題は無いよ。でもユグドラシルの根っこを通って地球に行けば、その瞬間に消えて無くなる可能性は大いにある。こればっかりは、ユグドラシルに直接聞いてみないと分からないけどね。」
「・・・・・・・・・。」
ダナエは言葉を失くして項垂れる。せっかく月へ戻れるかもしれないと思ったのに、その希望があっさりと打ち消されたことはショックだった。
するとコウは、良いことを思いついたという風にニンマリと笑った。
「だったらさ、ジル・フィンがユグドラシルのいる所へ行って、直接聞いてきてくれればいいじゃないか。あんたは海の神様なんだから、そんなの簡単だろ?」
コウはこれで解決とばかりに一人で納得している。しかしジル・フィンは「無理だよ」と首を振った。
「残念だけど、今の僕にユグドラシルのいる場所まで行く力は無い。地球で死にかけた時、随分と力を失ってしまったからね・・・。」
「なんだい・・・。神様のくせに頼りないなあ。」
「・・・申し訳無いね。なにぶんユグドラシルのいる場所は、そう簡単に行ける場所じゃないんだ。色々と危険な場所を乗り越えないといけないから。」
ジル・フィンは険しい顔で眉を寄せる。ダナエは透き通る海の底を見ながら尋ねた。
「でも海にいるのは確かなんでしょ?」
「ああ、でも海だけを通ったんじゃ行けない場所にいるんだ。だから・・・君達に行ってもらいたい。その為に、僕はこうして姿を現わしたんだからね。」
ジル・フィンは腰に手を当ててニコリと笑った。そして海の中に向けて呪文を唱えると、金色の綺麗な腕輪が浮かび上がってきた。それは海面を飛び出してジル・フィンの手に収まった。
「ユグドラシルはマクナールという街の近くにある、荒々しい海の中にいるんだ。君達にはどうかそこまで辿り着いてほしい。
この腕輪は、そこへ行くまでの道中できっと役に立つはずさ。」
ジル・フィンはそう言って金色の腕輪を差し出した。
「これはコスモリングという魔法の腕輪だ。海という青い宇宙の力の結晶さ。」
「コスモリング・・・・。」
「どうしてかは分からないけど、君を初めて見た時に思ったんだ。この子には、海の力と心が宿っていると。だから是非これを受け取ってほしい。君ならきっと使えるはずだ。」
ダナエはコスモリングをじっと見つめた。それは綺麗な金で出来た腕輪で、三つの青い宝石が填められていた。そして何かの文字が刻んである。
「これは何て書いてあるの?」
「ああ、この文字は『海から生まれた魂へ』と書いてあるのさ。このコスモリングは、僕が生まれるずっと前からあった物で、ユグドラシルからもらったんだよ。」
「・・・海から生まれた魂へ・・・か。でもいいの?こんなに大事な物を貰っちゃって。」
「構わないよ。君には絶対にユグドラシルまで辿り着いてほしいんだ。その為なら、どんな協力も惜しまない。もし困ったことがあったら、またここまで戻ってくるといい。」
ジル・フィンはダナエの目の前にコスモリングを差し出す。ダナエは戸惑いながら手を伸ばし、そっとコスモリングを掴んだ。
「・・・暖かい・・・。それに鼓動まで感じるし。まるで生き物みたい・・・。」
「そうだよ。その腕輪は生きているんだ。海自体が多くの命を抱える生き物みたいなものだからね。そのリングはその海の力の結晶だから、生き物のように鼓動を刻んでいるのさ。」
「へえ・・・凄い・・・。」
ダナエは感心して腕輪を見つめ、そっと撫でてみた。そして早速左の手首に填めて、嬉しそうにコウに見せびらかした。
「えへへ、どう?似合ってる?」
「似合ってることは似合ってるけど・・・サイズが全然合ってないじゃん。ブカブカだぜ。」
「細かいことはいいの。私・・・この腕輪を大事にする。ありがとう、ジル・フィン!」
「喜んでもらえたなら幸いさ。」
ダナエはニコニコとコスモリングを触り、その鼓動を感じていた。多くの命を内包する母なる海の鼓動。それは幼い頃に、自分の母に抱かれているような心地よさだった。
「私は妖精のダナエ。これからよろしくね。」
そう言ってニコリと笑いかけると、コスモリングの青い宝石がピカリと光った。
「・・・あれ?コスモリングが縮んで・・・手首にピッタリ填まった・・・。」
「ははは!その腕輪も君のことが気に入ったんだろうね。」
「そっかあ・・・。私もあなたのこと気に入ったわ。何か名前を付けてあげようかしら。」
ダナエはウキウキと腕輪をさすり、瞳をとろけさせてうっとりとする。
するとコウは呆れたように肩を竦めた。
「ま〜た始まった・・・。このまま放っておいたら、夜までうっとりしてるな。」
「いいじゃない。感動はどんなものでも大事にしなきゃ!ねえ、プッチー。」
「はい?プッチーって誰だよ?」
「この腕輪のことじゃない。この子は小さなダナエって意味で、プチダナエって名付けたの。
だから略してプッチー。」
「どう略したらプチダナエがプッチーになるんだよ・・・まったく。」
「細かいことはいいの!この子はプッチー。コウも仲良くしてあげてね。」
ダナエは腕輪を掲げ、自慢気に見せつけた。
「へいへい・・・。それよりジル・フィン、このプッチーはどんな力があるの?
すごいお宝なんだから、きっと凄い魔法とか使えるんだろう?」
コウは期待に満ちた目でコスモリングを指差した。
「まあそれは追々分かると思うよ。それより、もう一つ君に渡しておきたい物がある。」
ジル・フィンは真剣な顔で一歩前に出て、持っていた銀の槍を差し出した。
「ユグドラシルに辿り着くには、色々な障害が待ち受けていると思う。だから戦う武器が必要だ。持って行くといい。」
ダナエはじっと銀の槍を見つめた。美しい銀の槍は、夜空を駆ける流れ星のように煌めいていた。真っすぐな柄に、真っすぐな刃が伸びているだけのシンプルな形だが、実に見事な槍だった。ダナエは気がつけば手を伸ばしていて、その槍に触れようとしていた。しかし途中でその手を止め、ブルブルと首を振って言った。
「ダメよ。プッチーをもらったのに、その槍までもらえないわ。」
「気を遣わなくていいさ。この槍だってきっと役に立つ。これは銀の隕石から作ったもので、強い力が宿っているんだ。コスモリングと同じように、きっと君を助けてくれる。
だから受け取ってくれ。」
ジル・フィンはズイっと槍を差し出す。ダナエは躊躇いながら頷き、銀の槍を受け取った。
そして手に握った瞬間に銀の砂に変わり、シュルシュルとコスモリングの中に吸い込まれていった。
「中に入っちゃった・・・・。」
驚いて見つめていると、ジル・フィンはダナエの肩をポンと叩いた。
「さて、これでとりあえず僕の役目は終わった。これから君は「泥の街」に向かうといい。
この浜辺を西へ歩いて、岩の坂道を登った先にあるから、まずはそこへ行ってごらん。
それじゃあ、僕はこれで・・・。」
ジル・フィンは手を振り、海面の泡の中へ消えていった。
「あ!ちょっと待って!まだ聞きたいことがあるの!」
ダナエは泡を見つめてジル・フィンに呼びかけるが、彼は海の中へと帰っていってしまった。
《まずは自分の足でこの星を歩いてみることさ。きっと色々なことが分かるから。
もしどうしようもなく困ったことがあったら、またここへ来るといい。それじゃあ。》
海面の泡は消え、そしてジル・フィンの声も聞こえなくなってしまった。
ダナエは金色の髪を揺らして顔を上げ、そっとコスモリングに触れた。
「色んな事が一気に起きて、何が何だか分からないわ・・・。でもせっかくプッチーをもらったんだから、必ず会いに行かないといけないわ・・・・ユグドラシルに。」
揺らめく海面に自分の顔が映り、瞳に固い決意を宿した。
「あのさ、感傷に浸るのもいいけど、早く浜辺に戻った方がいいと思うぜ。」
「どうして?」
「いや、だって・・・・。」
コウはダナエの足元を指差した。すると海面から突き出た岩の道が、だんだんと海に沈もうとしていた。
「きゃあ!足場が無くなっちゃう!」
「だから早く戻ろうって。ダナエはカナヅチなんだから。」
コウに急かされ、ダナエは岩の道を駆け出した。そして浜辺に飛び降りた時にバランスを崩して転び、顔じゅう砂まみれになってしまった。コウは大笑いし、ダナエは怒って砂をかけた。
そして服の砂を払うと、ジル・フィンの教えてくれた「泥の街」を目指して歩いて行った。

ダナエの神話〜神樹の星〜 第二話 盗賊カプネ

  • 2014.02.18 Tuesday
  • 15:57

『盗賊カプネ』


ダナエはカエルの盗賊達と海辺の小屋に来ていた。
「今日は綺麗な夜だ・・・。星が歌ってるようだぜ。」
カプネは窓の前に立ち、煙管を吹かして夜空を見上げていた。短い手を後ろで組み、渋い顔でプルプルと肩を震わせている。
「なんだ?星を見ながら笑ってるぞあのカエル。」
「違わい!泣いてるんだ!」
コウの言葉にツッコミを入れ、カプネはテーブルの前の椅子に座った。
「おいてめえら!飯の準備はまだか?」
「もうすぐです、お頭!」
「さっさとしやがれ!こちとら腹が減ってるんだ!」
カプネは偉そうに言い、短い足をテーブルに乗せて貧乏ゆすりを始めた。
「そんなに腹が減ってるなら自分でやればいいのに。」
「へッ!盗賊の頭が料理なんざ出来るか。」
カプネはふんぞり返って顔をしかめ、もくもくと煙管を吹かす。丸い腹がグウ〜っと鳴り、吸盤の着いた手でさすっていた。
「やりたくても出来ないだけじゃない?なんだか不器用そうだから。」
「ああ、言えてる。」
ダナエとコウは馬鹿にしたように言い、カプネは「ふん!」と鼻息を荒くする。
子分達は忙しく動き回って料理を作り、ダナエはその光景を見つめながら呟いた。
「でも・・・まだ信じられないわ・・・。カプネの言ったこと・・・。」
「へッ!あんたが信じようと信じまいと、これは事実なんだ。そうでなけりゃ、俺はこんな所にはいねえさ。」
ダナエとコウは顔を見合わせ、困ったように唇を尖らせる。
ダナエが信じられないと言ったこと。それは昼間にカプネから聞いた話だった。
「ねえ、もう一回確認させて。カプネは・・・昔は人間だったのよね?」
「ああ、そうだ。」
「そして・・・地球に住んでいた。そこで神様を殺したから、カエルの姿になって空想の世界へやって来た・・・。」
「そう言ってるじゃねえか。」
「それで、神様を殺した理由っていうのが、死んだ奥さんを生き返らせたかったからよね?」
「・・・・・ああ。俺にとっちゃ女房が全てだったからな・・・。あいつがいなくなってから、俺は・・・・・。」
カプネはぐすりと鼻をすすり、吸盤の着いた指で涙を拭う。
「死んだ人間は生き返らない・・・。現実の世界では常識さ。でも・・・空想の世界なら可能かもしれない。だから俺は・・・・・。」
「神様を殺した。」
コウが小さな指でビシッと指す。
「ああ、そうだよ・・・。今思えば、あの時はどうかしてたな・・・。女房を生き返らせることだけを考えて、他のことは目に入らなかった。」
「そりゃあ神様を殺したら罰が当たって当たり前だよ。むしろこの程度ですんでよかったって感じだけど?」
「その通りさ・・・。俺は運が良い方なのかもしれねえ・・・。」
コウに言われて納得するカプネだったが、ダナエは首を振って否定した。
「それは違うわ。だって、一番悪いのはカプネじゃないもの。ほんとうの悪者は、あなたをそそのかした女の人よ。人の弱味につけ込んで、神様を殺させるなんて・・・・。」
ダナエは怒った顔で拳を握る。長い髪が怒りに同調するように揺れ、薄っすらと金色に輝き出した。
「・・・あの時は俺もどうかしてたからな・・・。普通なら絶対にあんな怪しげな奴に関わろうとは思わないけど、あの時は普通じゃなかったんだ・・・。
見るからにインチキ臭い女霊能者なのに・・・どうしてあんな奴の言葉を信じて・・・。」
ダナエは思い出していた。昼間にカプネが語ってくれたことを。

            *

妻を病気で亡くしたカプネは、全ての生き甲斐を失くして悲しみに暮れていた。仕事も辞め、家族とも縁を切り、一人であてもなくブラブラと公園を歩く毎日だった。
昼間から酒を飲み、タバコを吹かして公園のブランコに揺られていた。そして虚ろな目をして、ただ宙を見つめてばかりいた。死んだ妻のことばかり考え、本気で後を追おうかと真剣に悩んだこともあった。
しかしそんな彼の元に、一人の女が現れた。いつもと同じように公園のブランコに揺られていると、見知らぬ女に声を掛けられたのだった。
『奥さんに会いたい?』
カプネは顔を上げてその女を見つめた。真っ白い肌に、ウソ臭いほど赤い唇。鼻は高く、その目は獲物を探すタカのように鋭かった。しかし、とても美しい女だった。
長い黒髪を指でなびかせ、ゆったりとした紫のワンピースを着て、胸元の大きな数珠を触って微笑んでいた。
『奥さんに会いたい?』
女はまた尋ねた。カプネはブランコから立ち上がり、無意識のうちに頷いていた。
どうして心を読まれたのかと怪訝に思ったが、女には不思議な魅力があった。
人を惹きつけ、惑わせる怪しい魅力を纏っていた。カプネは女に案内されて、ある図書館に連れて行かれた。ボロボロの、そして電気も点いていない薄暗い図書館だった。
女はそこで一冊の本を手に取り、カプネに渡した。
『これをよく読むこと。そうすれば、あなたの奥さんは生き返る。』
女が渡した本。それは『空っぽの神話』という本だった。そして本の他に、もう一つある物を渡した。それは剣だった。艶々と黒光りする、禍々しい気を放つ細身の剣だった。
『これは何でも斬れる魔法の剣。この剣をどうやって使うかは、その本を読めば分かるはず。』
カプネは本と剣を受け取り、困ったように呆然と立ち尽くしていた。こんな物を受け取ったところで、何がどうなるのかまったく分からなかった。
女はカプネの困った顔を見て、押し殺した声でクスクス笑った。
『この図書館は、現実と空想が交わる場所。だから、常識では考えられない不思議な出来事が起こるのよ。現実の世界では無理なことでも、空想の世界でなら可能になる。
だから・・・あなたの奥さんもきっと生き返るわ・・・。』
カプネは女に背中を押されて図書館を出た。そして後ろを振り向いた時には、図書館は消えてただの荒れ地になっていた。不思議に思って辺りを見回すと、怪しげな女もいなくなっていた。
カプネは夢でも見たのかと首を傾げたが、その手にはしっかりと本と剣が握られていた。
家に帰ったカプネは、女に渡された本を開いてみた。しかしその本は、何にも書かれていない真っ白な本だった。どのページを捲っても、何も書かれていない真っ白な紙ばかり。
『俺はきっと、馬鹿にされたんだ。昼間からずっとブランコに座ってる親父を、面白半分にからかっただけなんだ・・・。』
怒りと恥ずかしさで本を叩きつけてやろうと思ったが、突然紙に文字が浮かび上がって手を止めた。真っ白な紙に次々と文字が浮かび上がり、気持ち悪さを感じながらも、思わず見入ってしまった。そして触れてもいないのに勝手に本が捲れ、あるページでピタリと止まった。
そのページの文字は紙を飛び出して宙に浮かび、カプネの頭の中に飛び込んで来た。
カプネは目を瞑り、頭の中に飛び込んで来た文字をじっくりと読んだ。
『妻を失くした男は、悲しみの中に心を閉ざしていた。あてもなく夜道をさ迷っていると、遠くの方に海が見えた。今宵は満月で、男は何かに惹かれるように海へと向かった。
月の輝く海に着くと、海面に淡い光が立ち昇っていた。それは海の底に鎮座する神の姿だった。この世の全てを知り、この世の全ての命を見つめる海神であった。
海神は大きな樹から生まれた。ユグドラシルという世界樹の枝から滴が落ち、それが海を漂ううちに命を持った。そして夜の月の魔力を受け、美しい海神へと姿を変えた。
海神を見た者は、自分の命と引き換えに一つだけ願いが叶えられる。しかし海神を殺した者は、その力を全て手に入れることが出来る。男は腰に携えた剣を握り、月に向かって高くかざした。
「俺はお前を殺し、妻を生き返らせて幸せに暮らすのだ。」
男の願いに応えるように、黒光りする剣は月の魔力を受けて輝き出した。それは神をも殺す、魔法の神器であった。
「さあ、お前の力を頂くぞ!」
男は叫び、風のような速さで海面を走っていった。光り輝く海神は、手を上げて男に語りかけた。
「やめなさい。君は悪い神に惑わされているのだよ。私を殺したら、きっと後悔するぞ。」
海神の声は、強く男の頭に響いてきた。しかし男は止まらない。妻を生き返らせることに取り憑かれ、もはや誰の言葉も聞き入れようとしなかった。
そして海神の前まで来ると、剣を構えて振り下ろした。光り輝く海神は、真っ二つに斬られて死んでしまった。
「愚かなり・・・。神を殺せば、末代まで続く呪いを受けることになるのだぞ。」
死んだ海神の声が響き、海面から泡が溢れてくる。その泡は男に纏わりつき、じゅわじゅわと溶けて身体の中に吸い込まれていった。
「この世界にお前のいる場所はない。幻なる世界へ行って、人ならざる姿で苦しむがいい。」
海神の魂は海の中に吸い込まれ、綿飴のように溶けて無くなった。
男は海神の力を手に入れた代償として、強力な呪いを受けることになってしまった。
妻を生き返らせることは出来たが、自分は別の世界へ飛ばされ、人ではない生き物へと姿を変えてしまった。』
カプネは頭の中に飛び込んで来た文字を読み、気がつけば剣を握って立ち上がっていた。
『なんとしても、あいつを生き返らせる。』
妻の復活だけを願うカプネは、何の迷いもなく海へと向かった。ベンチにじっと座り、剣を握りしめて夜になるのを待った。
今宵は満月で、海には不思議な力が満ちていた。海面には満月が映り、ゆらゆらと揺らめいて黄色く輝いている。するとそこから光が立ち昇り、神々しい光を纏った海神が姿を現わした。
カプネは剣をかかげ、月に向かって叫んだ。
『この剣に力をくれ!俺の女房を生き返らせる為に!』
黒光りする剣は、夜の月の魔力を受けて禍々しく輝き出す。カプネはその刃の光に心を奪われ、殺意と憎悪が溢れて海面を走っていった。
そして・・・・・その後はあの本の内容と同じだった。海神の警告を無視して、神を殺した。
力は得たが、その代償として呪いを受けた。
家に帰ると死んだはずの妻が座っていて、カプネを見てニコリと笑った。
『ただいま。』
一年ぶりに聞く妻の言葉に、カプネは涙を流した。そして愛しい妻を抱きしめようとした瞬間、突然カエルの姿に変わってしまった。
カエルとなったカプネは、自分の姿に驚いて家の外へと逃げ出した。そして通りかかった車に轢かれ、ぺちゃんこに潰れて死んでしまった。
死んだカプネは魂となって地球を離れ、現実と空想を遮る光の壁を超えた。そして今の星に流れ着き、空想の存在となって生きているのだった。

            *

「俺は・・・神様を殺すなんてとんでもないことをしたんだ・・・。あんな女の言葉を真に受けて、許されないことをした・・・・。」
カプネは悔やんだ顔で腕を組み、煙管の灰を落とした。
「でもその女ってのが気になるな。そいつ、どう考えても現実の魂じゃないぜ。地球じゃ不思議な力は使えないはずだし、神様が人前に姿を現すなんてこともないはずだし・・・。」
コウは難しい顔をして唸った。そしてダナエの方を向き、「お前はどう思う?」と尋ねた。
「・・・これは私の勘だけど、その女の人って邪神じゃないかな?」
「邪神・・・?」
コウは首を傾げる。
「うん・・・。だって現実の世界でそんなことが出来るなんて、どう考えても普通じゃないでしょ?だったら、特別な力を持った悪い神様なのよ、きっと。
そういう悪い神様は、人の弱味につけ込んでそそのかすの。どんな目的があってそんなことをしたのか分からないけど、でも許せないわ・・・。」
ダナエの髪は風を受けたように揺らめき、怒りに反応して金色に光っている。それを見たコウは怯えて離れていった。
「ガマのおっさん・・・。こうなったらダナエは恐ろしいんだぜ。こいつはこう見えても妖精の王女だからな。その身に宿す魔力はびっくりするくらい凄いんだ・・・。」
「・・・むむうう、こんな女の子がなあ・・・。」
低い声で唸るカプネの前に、子分が料理を運んで来た。
「お待たせしました!貝と海藻のバター風味炒めです!」
「おう、美味そうじゃねえか!ほれ、じゃんじゃん持って来い!あと酒もだ!」
「へい!かしこまりい〜ッ!」
子分達はいそいそと動き、小さなテーブルに次々と料理を並べていく。
「あ、私も手伝うわ。」
「いえいえ、客人にそんな真似はさせられません。どうかゆっくりしてて下さい。」
子分はダナエの手伝いを断り、キビキビと動いてお酒を持って来る。
「客人って・・・ここはあんたらの家じゃないだろ・・・。」
コウは貝をむしゃむしゃと食べながらカエルの子分を見渡す。
「みんなすごく働き者なのね。こんな子分がいたら、カプネは何もしなくても大丈夫ってわけね。」
「まあな。こいつらは俺に憧れてるから。」
カプネは酒をグイッと飲み干し、焼き魚を頬張る。料理を運び終えた子分達は、床に座って飯を食べ始めた。
「こんなガマオヤジのどこに憧れる部分があるんだよ?何か特別な力でも持ってるのか?」
コウは馬鹿にしたように魚の骨を向ける。
「ふん!口の悪い虫モドキめ・・・。いいか、こいつらは現実の世界に憧れてるんだ。だからそこからやって来た俺に憧れてるわけだ。」
「へえ・・・その気持ちは私も分かるわ。誰だって、ここじゃない世界へ行ってみたいと思うものね。」
「・・・そうだな。現実の世界の者は空想に憧れ、空想の世界の者は現実に憧れる・・・。
俺だって向こうにいた時は、こういう世界に来られたらどれほどいいだろうって思ったさ。
でもな、やっぱり自分の生まれた場所が一番シックリ来るんだよ。だから俺は・・・あの世界へ帰りたい・・・。俺のいた・・・あの地球へ・・・・。」
「カプネ・・・。」
ダナエは真っすぐにカプネを見つめた。
「へへへ・・・変な同情はいらねえぜ。こうなったのも自業自得だからな。」
「ううん、そうじゃなくて、口から魔法の剣がはみ出てる。食べる時はちゃんとしまっておかないと行儀悪いよ。」
「え?ああ!・・・また出て来やがった・・・。最近収まりが悪くてな・・・。」
カポネは口の中に手を入れて、魔法の剣をもごもごと押し入れた。
ダナエは野草のスープを飲みながら、長い髪を揺らして窓の外を見つめた。暗い空には星が輝いていて、じっと目を凝らすと、遠くの方に薄っすらと光の壁が見えた。
まるでオーロラのように揺らめき、不思議な力を放っているのがここからでも分かる。
「現実の世界へ戻る為には、あの光の壁を越えないといけないのよね。でも今のカポネじゃ、あの壁を越えた途端に消えて無くなっちゃうわ・・・。」
「そうさ・・・。このままじゃどう頑張ったって地球に戻れねえ。だからこそ、俺達は神樹を目指しているのさ。」
「ユグドラシルのことね。でも、その事と現実の世界へ戻ることと、何か関係があるの?」
そう尋ねると、カプネは食べる手を止めてまた煙管を咥えた。
子分がサッと火を点け、コップにお酒を足していく。
「あんたは言っていたな。ユグドラシルの声を聞いて、この星へやって来たと。」
「うん、頭の中に声が響いたの。この星を守る為に力をかしてくれって。」
「・・・ユグドラシルっていうのは、元々はこの星にいたわけじゃねえ。あれは地球で生まれた神話の世界にいたんだ。北欧神話って知ってるか?」
「さあ?それって地球の神話のこと?」
「そうさ。俺も神話に詳しいわけじゃねえが、あのユグドラシルってのは北欧神話における世界樹なんだ。神様だって教えを乞う、とても偉い神樹だ。でもさっき言ったように、元々はこの星にいなかった。地球の人間があの樹のことを忘れちまったから、住む場所を追われてここへやって来たのさ。」
「それって、まだ現実と空想の世界が繋がっていた時の話?」
「そうだ。神様ってのはいっぱいいるからな。新しい神様が出てきたら、古い神様は居場所を奪われることがある。ユグドラシルは現実の世界から空想の世界に逃げ込み、旅を続けてこの星に辿り着いたんだ。」
「なんかワクワクする話ね。他の星の神様が旅をしてここへ辿り着いたなんて。」
ダナエは目を輝かせて胸を押さえた。カプネは首を振り、お酒を飲んで話を続けた。
「ユグドラシルは自分を忘れてほしくなかったんだ。だから自分を求める者がいる星を探して旅を続けていた。そしてこの星を見つけたんだ。言っておくけど、ユグドラシルが来る前は、この星は荒れ果てた荒野だったそうだ。
どの生き物も病気や飢えに苦しんで、救いの手を求めていた。宇宙を旅するユグドラシルはその声を聞きつけて、この星に降り立った。そして荒れ果てた大地に根を張り、中に溜めこんでいた綺麗な水を使って、大地を潤していったのさ。」
「・・・素敵・・・。そういう話って大好き・・・・。」
ダナエはうっとりして目を輝かせる。コウは呆れたように彼女の頬をつねり、ぺしぺしとおでこを叩いた。
「ちょっと、何するのよ!せっかくうっとりしてたのに。」
「ダナエがうっとりしだしたら、半日はそのままだろ。放っておいたら夜が明けちゃうと思ってさ。」
「余計なお世話よ。いいところなんだから水を差さないで。」
ダナエはプリプリと怒り、再びうっとりした目で野草スープをすすった。
「で?で?それからどうなったの?」
ダナエは身を乗り出して顔を近づけ、カプネは恥ずかしそうに顔を逸らした。
「ええっと・・・どこまで話したっけ?・・・ああ、そうそう。ユグドラシルがこの星に辿り着いたところからだな。」
カプネは遠い目で窓の外を見つめ、プカリと煙管の煙を吹かした。
「この星に降り立ったユグドラシルは、大地に根を張り、蓄えていた水を使って荒野を潤した。
すると途端に草花が咲き始めて、豊かな草原が生まれたんだ。そこへたくさんの動物や虫が集まって来て、たくさんの命が飢えから救われたのさ。」
「すごいね、ユグドラシルって・・・。自分の力を使ってそんなことが出来るなんて。」
ダナエはうっとりしたまま感心する。カポネは煙管を揺らし、「ふふん」と鼻を鳴らした。
「こんな程度で驚いちゃいけねえ。」
「こんな程度って・・・、もっとすごいことがあるの?」
「ああ、豊かな草花のおかげで虫や動物は増えて、大地はますます豊になっていった。
そのおかげで飢えは無くなったけど、病は残っていた。だからユグドラシルは、大きな森を創ったのさ。」
「大きな森?」
「ああ、ユグドラシルはたくさんの種をばら撒いて、深い深い森を生み出した。その森に生える木々には不思議な力が宿っていて、とても綺麗な空気を作り出したんだ。そしてたくさんの水をろ過して、これまた綺麗な水を作り出した。森から生まれた空気と水は、瞬く間にこの星を覆い、どんな病気もたちどころに治していったんだ。そのおかげで病は消え去り、飢えもなくなってたくさんの命が芽生えた。昔のこの星は、まさに楽園だったそうだぜ。」
「すごい・・・・まるで神話みたい・・・・。」
「だから神話の話だよ・・・。ここは空想の世界なんだから、神話は実際に起こってる事なんだよ。あんただって、どこか別の神話から生まれたんだろ?」
「ええ、そうよ。月の女神の神話から生まれたの。私の住んでいた島だって、月の女神のおかげでとっても綺麗な場所になってるんだから。きっとこの星にだって負けないわ。」
「そうかい・・・。そりゃあさぞ美しい場所なんだろうなあ・・・。」
「うん、とっても!ねえコウ?」
「ん?まあ・・・綺麗といえば綺麗な場所だよ。ただ平和過ぎて退屈だけど。」
コウはムシャムシャと魚のソテーを頬張り、パンパンになったお腹を丸出しにして寝そべった。
「げふう・・・お腹いっぱい。なんか眠くなってきちゃったな・・・・。」
「もう・・・コウは食べることと寝ることしかしないんだから。あと悪戯と。」
「それが俺の生きる道さ〜。ああ・・・お腹いっぱい・・・・・・・・・・。」
コウはうとうと目を瞑り、すぐに寝息を立てて眠りに落ちた。
「まあこの方がいいかもね。起きてるとうるさいから。」
ダナエは鞄の中からコウ専用の小さな毛布を取り出し、そっと被せてあげた。
「で?で?そのあとはどうなったの?まだ続きがあるんでしょ?」
「・・・・ああ、あるよ。でもそれは・・・・。」
「何よ、急に口ごもって。今まであんなにペラペラ喋ってたくせに。」
「・・・・この先を聞きたいか?」
「うん、聞かせて!きっと素敵なお話なんでしょ?」
ダナエは宝石のように瞳を輝かせて見つめる。胸の中はワクワクと躍り、スプーンを握る手に力が入る。しかしカプネは浮かない顔をして煙管を吹かし、お酒を注いで一気に飲み干した。
「ユグドラシルのおかげで、この星からは飢えと病は消え去った。でも・・・最後に大きな問題が残っていたんだ・・・。」
「大きな問題?それって、飢えと病より大変な問題なの?」
「ああ・・・そもそも飢えも病も、アイツが引き起こしたことだからな。」
「アイツ?アイツって誰?」
「・・・邪神だよ。」
「邪神・・・・。」
「この星には、元々二人の神様がいたんだ。一人は優しさと勇気を持った勇ましい武神。
もう一人は、自分勝手で悪いことしか考えていない邪神。この二人はとても仲が悪くて、いつも喧嘩をしていたらしい。でも最終的に邪神が武神を倒しちまったんだ。そして大きな口で武神を飲み込んで、この星の神は邪神だけになった。
敵のいなくなった邪神は、好き放題に食べ物を食い尽くし、ほとんどの水を飲み干し、大地を荒れ果てさせた。」
「・・・ひどい・・・。そんなことをしたら、他のみんなが困るのに・・・。」
「邪神は自分のことしか考えていないからな。他の命なんてどうでもいいんだよ。とことんまで好き放題に暴れ回って、この星をボロボロにしちまったんだ。でもな、それだけじゃ終わらなかった。悪い気を放って、恐ろしい病を流行らせたんだよ。その病のせいで多くの命が奪われて、この星からどんどん生き物がいなくなっていった。」
「そんな・・・誰もその邪神を止めようとしなかったの?」
「そりゃあ無理だろ。いくら悪い奴っていったって、相手は神様だからな。そう簡単に倒したりできねえよ。中には戦いを挑んだ者もいるだろうけど、きっと返り討ちにされたんじゃないかな?」
「ひどい・・・。一つの星を自分のものだけにするなんて・・・。」
カプネは灰を落とし、煙管をテーブルに置いた。そして酒の入ったコップを掴み、暗い顔で中を覗き込んだ。
「この星に残った生き物は、救いの手を求めて毎晩祈っていた・・・。そして、偶然そこへ通りかかった別の神話の神様がその祈りを聞きつけた。それが・・・・。」
「ユグドラシルってわけね。」
「そうだ。ユグドラシルはこの星の命を救う為、大きな力を使って飢えと病を消し去った。
でもまだ終わりじゃない。その原因となった邪神が残っていたからな。そいつをどうにかしない限り、この星に真の平和は訪れない。だからユグドラシルは、この星からなんとか邪神を追い払おうとしたんだ。でも邪神の力は強くて、ユグドラシルだけじゃどうすることも出来なかった。」
「じゃ、じゃあ・・・・もしかしてやられちゃったとか?」
ダナエは不安そうに尋ねるが、カプネは「プッ」っと吹き出した。
「もしそんなことになってたら、あんたはユグドラシルの声を聞いていないだろ?」
「ああ!それもそうね・・・。じゃあユグドラシルは、その邪神を追い払うことが出来たってこと?」
「そうだよ。でもそれはユグドラシルだけの力じゃない。この星に住む、全ての生き物の協力があったからだ。」
「みんなが力を合わせて戦ったってことね。」
「まあ戦ったといえば、戦ったんだろうな。」
「・・・なんかハッキリしない言い方ね。何かあったの?」
「邪神と直接戦ったのは、ユグドラシルと一部の強者だけだ。」
「でもその邪心ってすごく強いんでしょ?じゃあみんなが協力しないと倒せないんじゃ?」
ダナエは不思議そうに眉を寄せる。するとカポネは指を振って言った。
「最後まで聞け。確かにユグドラシルの力は邪神に負けていた。でもな、それはユグドラシルがほんとうの力を出せなかったからだ。」
「ほんとうの力?・・・もしかして、飢えと病を消す為に力を使っちゃったから?」
「まあ・・・それもあるだろうな。でも、一番の理由はそれじゃない。」
「じゃあどんな理由?」
カプネはコップのお酒をチビリと飲み、食べかけの魚をフォークで突き刺した。
「俺はさっき言っただろ。ユグドラシルは、地球の人々に忘れられて住む場所が無くなったって。そして自分を求めてくれる者を探す為に、宇宙へ旅に出たんだ。
ということは、ユグドラシルは自分を信じる者がいなければ、どこにもいられないってことなんだ。誰もかれもユグドラシルのことを忘れると、きっとあの樹は存在できなくなるんだと思う。現実の世界にも、空想の世界にも・・・・。」
「・・・なんだか可哀想ね・・・・。」
「でも逆に言えば、自分を信じてくれる者がたくさんいれば、それだけ力を発揮するわけだ。
だからユグドラシルは、この星の生き物達にお願いしたのさ。どうか自分のことを信じてほしいと。そして自分のことを、みんなの心に住まわせてほしいと。」
「みんなの心に・・・住む?」
「この星の生き物すべての心に、自分のことを刻んでほしいっていう意味だ。そうすればユグドラシルが忘れられることはないだろう?」
「ああ、なるほど・・・。」
「みんなはその頼みを聞き入れて、心にユグドラシルを描いた。それはユグドラシルを信じる心に変わり、あの世界樹に大きな力を与えた。そしてそのおかげで、悪い邪神を追い払うことが出来たってわけさ。」
「へえ〜、この星も色々と大変だったのね・・・。でも今は邪神もいないし、ユグドラシルがこの星を守ってくれるから大丈夫よね!・・・・・あれ?じゃあなんでユグドラシルは、私に力をかしてほしいって言ったんだろ?この星には、もう何の問題もないはずなのに・・・。」
ダナエは不思議そうに眉を持ち上げる。貝のソテーを口に運び、もぐもぐ食べながら考えていた。カプネはそんなダナエを見つめながら、煙管の先を向けて言った。
「確かに邪神はこの星から追い払った。でも・・・その途端にみんながユグドラシルのことを忘れ始めたのさ。」
「忘れるって・・・・この星の恩人なのに?」
「邪神がいなくなってから、この星では飢えも病も無くなった。するとみんながユグドラシルのことを忘れ始めたんだ。あの神樹のおかげでこの星は救われたのに、平和が訪れた途端にどうでもよくなっちまったのさ。そのせいでユグドラシルの力は弱くなって、地上から姿を消した。今は深い海の底で、孤独にポツンと浮かんでいるはずさ。」
「そんな・・・ユグドラシルは一生懸命頑張ってこの星を守ったのに・・・。」
ダナエは悲しそうに俯いた。スープの中に映る自分の顔を見つめ、スプーンの先でちょんと突く。カプネは腕を組んで椅子にもたれ、大きな目を半分閉じて言った。
「ユグドラシルの力が弱くなったせいで、この星の森や草花も力を失くしつつある。
今まで不思議な力でこの星を守ってくれていたのに、その力が消えようとしているんだ。
そして・・・その隙を狙って悪いことをしようとしている奴がいる。」
カプネは怒った顔で窓の外を見つめ、忙しなく足を動かしている。何かに苛つくように、眉間に深い皺が寄っていた。
「・・・もしかして、悪いことをしようとしている奴って・・・・邪神のこと?」
ダナエが恐る恐る尋ねると、カプネはゆっくりと頷いた。
「邪神はこの星から追い払われただけで、死んだわけじゃない。今でも遠い星から、この星を乗っ取ろうと企んでいるんだ。そして、今邪神がいる星は・・・・地球だ。」
「地球・・・?それってカプネの生まれ故郷じゃない。」
「そうだよ。そしてその邪神っていうのは、俺を騙したあの怪しい女だ。」
「じゃあ私の勘は当たってたんだ・・・。」
「その通り。現実の世界の魂じゃ、あんな不思議なことは出来ないからな。
いったいどういうわけか知らないが、邪神は光の壁を越えて現実の世界に行ったんだ。
そして地球に辿り着き、じっとこの星へ戻って来るチャンスを窺っていた。
だから俺は・・・・何としても地球へ戻らなきゃならねえ。・・・この星を守る為に!」
カプネの声は真剣味と迫力が宿っていた。大きな目には強い意志が燃えていて、荒い鼻息が固い決意を感じさせる。
「それが地球に戻りたい理由だったのね。私はてっきり、故郷が懐かしくて戻りたいのかと思ってた。」
「もちろんそれもあるぜ。俺は地球で生まれて、地球で育ったんだ。だからあの星へ戻って、あの星の土に骨を埋めたいと思ってる。
けど・・・・この星だって、俺の第二の故郷みたいなもんなんだ。この星には長いことお世話になったし、俺の恩人だっていたんだ・・・・。」
「カプネの恩人?」
ダナエは興味深そうに見つめるが、カプネは口を閉ざしてテーブルに肘をついた。
「・・・まあ今はその話はいいだろう。それよりもっと大事なことがある。
あんたはさっきこう聞いたな。俺が地球に戻ることと、ユグドラシルに会うことが関係あるのかって。」
「うん、だってユグドラシルはこの星の神樹でしょ?だったらもう地球とは関係ないと思うんだけど?」
そう尋ねると、カプネは「分かってねえな」と首を振った。
「ユグドラシルは地球で生まれた神樹だぜ?それも現実と空想の世界が別れる前に生まれた古い神様だ。だったら、どうにかして地球に戻る方法を知っているはずだ。」
「どうにかって・・・・どうやって?」
「それは・・・まあ・・・色々とアレをナニしてだなあ・・・・。」
「・・・要するに、ユグドラシルに会えば、何とかなるんじゃないかって思ってるわけね。」
ダナエに的確な言葉を投げられ、カプネは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「ふん!その通りだよ!この星で神様と呼べるやつは、ユグドラシルしかいねえ。
俺は何としてもユグドラシルに会って、地球に帰る方法を教えてもらう。そして邪神の野郎をぶっ殺すんだ!」
「随分殺気立ってるのね。でもあなたの力だけで邪神に勝てるの?」
「そりゃまあ・・・アレをナニしてだな・・・・。」
ダナエは大きくため息をつき、握っていたスプーンを置いた。
「カプネって計画性がないってよく言われない?」
「・・・まあ、言われることがあるような、ないような・・・。」
「私はよく言われるわ。いっつもコウに馬鹿にされるもの。
でも細かいことを気にしてたら何も出来ないわよね。だから私は、カプネみたいに勢いだけで突っ走る人は好きよ。」
「それは褒めてるのか?けなしてるのか?」
「ええっと・・・両方かな?」
「なんか複雑な気分だぜ・・・。でも俺だってあんたみたいなタイプは嫌いじゃねえ。
うじうじしてたって何も始まらないからな!」
「そうそう!コレと思ったら行動あるのみよ。結果は後からついてくるんだもの。」
「違いないぜ。」
二人は顔を見合わせてニッコリと笑い、窓の外を見つめた。
「どうにかしてあの光の壁を越えなきゃいけねえわけだが、ユグドラシルならきっとその方法を知っているはずだ。だから俺達はあいつを目指してるのさ。そして・・・あんたもユグドラシルを目指しているんだろ?」
「もちろん!その為にこの星に降りて来たんだから。」
ダナエは力強く頷いた。するとカプネは立ち上がり、短い手を差し出した。
「だったら俺達の目的は一緒ってわけだ。ここはお互いに手を組んで、助け合おうじゃねえか。」
カプネは格好をつけてウィンクを飛ばし、「ゲコ」と鳴いた。
ダナエも立ち上がってその手を握り、明るい笑顔を見せて言った。
「うん!私はこの星のことをほとんど知らないから、カプネが一緒だと心強いわ。よろしくね!」
握った手を小さく振り、ダナエはニコリと微笑む。カプネも笑って頷き、椅子に座って煙管に火を点け、プカリと輪っかの煙を吐き出した。
「問題は、どうやってユグドラシルを見つけるかなんだよ。深い海の底にいることは分かってるんだけど・・・。でも海っていっても広いからなあ・・・。」
「そうねえ・・・何か手掛かりがあればいいんだけど・・・。」
二人はじっと黙って考え込んだ。しかし目を閉じて考えていると、だんだんと眠たくなってきて顔を上げた。周りでは満腹になった子分達がイビキを掻いて眠っていて、むにゃむにゃと寝言を呟いている。コウも同じようにむにゃむにゃと寝言を呟き、グルンと寝返りをうった。
「なんだか俺も眠くなってきたな。」
「もう夜が遅いからね。今日は色々なことがあって、私も疲れちゃった。」
ダナエは背伸びをして大きなあくびをした。
「今日はこの辺にしとこうか。あんたはそこのベッドを使っていいぞ。」
「ありがとう。じゃあコウ、一緒に寝ようか。」
ダナエはむにゃむにゃと寝言を言うコウを抱きかかえ、部屋の隅にある小さなベッドに潜り込んだ。布団を被って横になると、すぐに眠気が襲ってきてまどろんでいった。
「・・・世界樹・・・ユグドラシル・・・・。大丈夫・・・きっとあなたの所まで行くわ。」
ダナエも寝言を呟き、夢の中へ落ちていく。
カプネはプカリと煙を吐き、遠い地球のことを思い浮かべて窓の外を見つめていた。

ダナエの神話〜神樹の星〜 第一話 妖精の王女ダナエ

  • 2014.02.18 Tuesday
  • 15:32

『海に浮かぶ樹』

 

ここです。私は遥か昔から、ずっとここにいます。
揺らめく青い宇宙の中に、ずっと浮かんでいます。
移り行く時代を超えて、私はここで生きています。
私の声が聞こえますか?私の言葉が届いていますか?
もしあなたがこの声を聞いているのなら、ここまで来て下さい。
深い深い海の底に浮かぶ、私の元まで来て下さい。
私はあなたを必要としています。あなたの力と、あなたの強い意志を必要としています。
今、この星は朽ち果てようとしています。命が消え、大きな暗い闇の中へと消えようとしています。残念ながら、私にはそれを止める力はありません。
人々が私を忘れた今となっては、私に力は残されていません。
だから、あなたの助けが必要です。あなたの力を私にかして下さい。
そして、どうかこの星に生きる命を守って下さい。救って下さい。
私は待っています。あなたが会いに来てくれるその時を。
揺らめく青い宇宙の中で、じっと待っています。
だから・・・会いに来て下さい。そして、私の願いを聞き届けて下さい。
大丈夫・・・・・私はあなたを傷つけたりしません。
そしてあなたが力をかしてくれるのなら、私もあなたに力を授けましょう。
私に残されたほんのわずかな力を、あなたに託しましょう。
そして出来ることなら・・・この星の人々に私のことを思い出させて下さい。
私を知ること、私を心の中に置くことが、この星の命を守る力になるでしょう。
・・・・・・・・・・・・。
銀河の空を旅する少女よ。月の女神の祝福を受けた、妖精の王女よ。
私はあなたの名前を知っています。
だから、私もあなたに名前を教えましょう。
私の名前はユグドラシル。
かつて神話の中で世界を見つめた、大きな大きな樹です。
現世を追われ、空の世界にやって来た神樹です。
そして空の世界でもまた、居場所を追われようとしています。
私と同じく、空の世界に生まれし妖精の王女よ。
どうか私に会いに来て下さい。宇宙を駆ける箱舟を漕いで、この星まで来て下さい。
私はあなたのことを待っています・・・・・ダナエ・・・・。

 

『妖精の王女 ダナエ』

 

かつて、現実と空想に境目はなかった。
あの世とこの世は繋がっていたし、神と人が交わることもあった。
人が頭に思い浮かべることは、何でも現実に起こりえた。そして空想の世界もまた、現実と同じように形を持っていた。
しかしある時、宇宙の中心に座る大きな神様が、現実と空想の世界を隔てる壁を創った。
この世とあの世は別れ、神と人は交われなくなった。
現実の世界からは不思議な力は失われ、空想の世界は実体を持たなくなった。
二つの世界はそれぞれの場所で生き続け、存在し、馬車の両輪のように回り続けている。
時折コンピューターのバグのように接触し合うことはあっても、二つの世界を隔てる壁が取り払われることはない。
妖精の王女ダナエは、空想の世界で生まれた。
妖精王の父と、その妃の間に生まれた美しい少女であった。明るく活発で、何にでも興味を示す好奇心旺盛な子だった。
彼女の生まれ故郷の月では、妖精から崇められる月の女神がいた。
それはそれは美しい女神で、流れる金色の髪に、透き通るような白い肌を持っていた。
その瞳は宝石のように澄んでいて、どんな空よりも綺麗な青色をしていた。
ダナエは、その月の女神にそっくりだった。月のどの妖精よりも美しく、力に満ち溢れた子であった。
月の女神は、そんなダナエのことを愛した。そして彼女の為に魔法の箱舟をこしらえ、誕生祝いとして贈ってくれた。
その箱舟は宇宙を駆けることが出来る特別な船で、月の女神の魔法によって守られていた。
ダナエはその箱舟に乗って月を飛び出し、宇宙の中心に座る大きな神様に会いに行こうと思った。父と母に旅立ちの別れを告げ、月の女神の祝福を受けて送り出された。
真っ暗な宇宙には、蛍のように綺麗な星が散りばめられていた。近くで見ると汚い星もあったが、そうでない星もあった。傍に寄ると、さらに美しさを感じさせる星もあった。
ダナエは過ぎゆく星に心を奪われながら、箱舟の舵を切っていく。
まず目指したのは、煌めく銀河の空であった。そこは無数の星が寄り集まって出来ている、どんな場所よりも壮大で美しい世界。
魔法の箱舟は宇宙の風を漕いで進んでいく。煌めく銀河の空は、ダナエを歓迎するように光を増した。周りに浮かぶ無数の星達は、そのほとんどが生き物の住んでいない星だった。
しかしその中に一つだけ、青く輝く綺麗な星があった。
月の傍にある、あの青い星とよく似た、アクアマリンのような美しい星。
魔法の箱舟でその星の近くを通る時、ダナエの頭の中に優しい声が響いてきた。
『神樹 ユグドラシル』
ダナエとは別の神話から生まれた世界樹が、頭の中に話しかけてきた。
『私のところまで来てほしい』
ユグドラシルは、この星が滅びかけていると言った。
ダナエはその言葉を無視出来なかった。目指すは大きな神様の座る宇宙の中心だが、そこへ向かう前にユグドラシルに会いに行こうと決め、舵をいっぱいに切って青い星へ降り立った。
箱舟を深い森の中に着陸させ、相棒の妖精コウと一緒に外へ繰り出した。
この時のダナエはまだ知らない。ここから大きな冒険と戦いが始まることを。
そして・・・世界樹ユグドラシルの本当の願いを・・・・・・。

            *

「なあダナエ。こんな所に寄り道してていいのかい?宇宙の中心に行くんだろう?」
やんちゃな妖精のコウが、小さな羽を動かしてダナエの周りを飛び回る。
「いいのよ。旅は楽しむ為にあるんだから。それに頭の中に響いてきた声が気になるんだもの。
一つの星が滅びるなんて、放っておけないでしょ?」
「別に俺はどっちでもいいや。退屈だからダナエの旅について来ただけだし。」
コウはダナエの肩に止まり、足を組んで周りの景色を睨みつけた。
「随分深い森に降りちゃったな。迷ったら大変だぜ?」
二人は青い緑に覆われた森の中に立っていた。荘厳さと清らかさを漂わせる不思議な森で、どこからともなく鳥の声が響いてくる。
ダナエは膝をついてブーツの紐を縛り、長い髪をポニーテールに結って歩き出した。
「大丈夫。ちゃんと目印を置いて行くから。」
そういって肩かけ鞄の中から魔法の筒を取り出し、箱舟の横に置いた。
「私が口笛を鳴らせば、この筒から黄色い煙が上がるの。これなら迷わないでしょ?」
「さあ、どうだかねえ・・・。ダナエはおっちょこちょいだから・・・。」
「何よ、ブツブツ文句言ってると船の中に置いて行くわよ。」
「へいへい、大人しくしてりゃいいんでしょ?
まったく・・・お前は女の子の癖に優しさが足りないっていうか・・・・。」
コウの愚痴を聞き流しながら、ダナエは深い森の中を歩いて行く。
白い布服に黒いキュロットパンツという格好は、森の中を歩くにまったく邪魔にならない。
首に巻いた短いマントを手で押さえ、倒れる大木を飛び越えて森の中を進んでいった。
「あのさ、一つ聞いていいかな?」
「なあに?下らない愚痴なら耳を塞ぐだけよ。」
「違うよ。お前さ、自信満々の足取りで歩いて行ってるけど、一体どこに向かってるの?
俺達ここに来るの初めてなんだぜ。」
「そうよ。それがどうかした?」
「どうかしたって・・・・・、いいか、ここは俺達の知らない星なんだ。なのになんでそんなに自信たっぷりに歩いてるんだよ。どこに行くかも決めてないのに。」
「あら?どこに行くかは決まってるわよ。」
ダナエはそう言って近くの大木によじ登り、遠くに見える水平線を指差した。
「今からあの海へ向かうの。私の頭に話しかけてきた神樹は、きっと海の中にいるもの。」
コウは馬鹿らしいという具合に首を振り、小さな指でダナエのおでこを弾いた。
「痛ッ!何するのよ!」
「何するのじゃないよ・・・まったく・・・。」
コウは綺麗な青色の服を翻して宙に舞う。
「ダナエに話しかけてきた神樹が海の中にいるのは分かる。でもな、どうやって海の中に潜るんだよ?あの神樹・・・・ええっと、ユグドラシルだっけ?あいつ言ってたじゃん。深い深い海の底に浮かんでるって。ダナエって確かカナヅチだろ?川の浅瀬でも溺れるような奴が、いったいどうやって海の底まで行くっていうんだよ?」
「さあ?」
「さあ?って何だよ?何も考えてないのか?」
「うん。だって細かいことはいいじゃない。きっと何とかなるわよ。」
「・・・はあ・・・悲しいくらいに前向きな奴・・・。計画性の無さもここまでくると立派なもんだよ・・・。」
「・・・船の中に閉じ込めようか?」
「へいへい、これ以上何も言いません。お好きなように・・・。」
コウはダナエの鞄を開けて中に入り、腕枕をして居眠りを始めた。
「そうそう。大人しくしといてね。ユグドラシルのところまで行ったら起こしてあげるから。」
ダナエは高い木の上から飛び降り、猫のようにクルッと回って着地した。
「さて、このまま真っすぐ行けば海ね。とりあえず浜辺まで出ないと。
そしたらその先は・・・・・まあなんとかなるわよね、きっと。」
細かいことを気にしないダナエは、何の迷いもなく深い森を歩いて行く。
「とってもいい空気。月の森と同じくらい澄んでる空気だわ。」
胸いっぱいに空気を吸い込み、木々の発する匂いを感じ取る。綺麗な空気が身体の中を駆け巡り、胸の中のワクワクが膨らんでいく。
「月を出てから初めての星だものね。きっと楽しい冒険が待ってるに違いないわ。」
軽い足取りはスキップに変わり、鳥の声を聞きながら倒木を飛び越えていく。
しかしふと妙な感覚に襲われ、ピタリと足を止めた。
「・・・・誰かに見られてる?」
深い森の中から視線を感じ、大きな瞳をキョロキョロさせて様子を窺う。
「・・・一人じゃないわね。たくさんの気配を感じる・・・。」
少々不安になり、金色の髪を二本抜いて魔法を唱える。
「鉄の精霊、そして風の精霊・・・。金になびく髪に力を与えて。」
すると抜いた髪の毛はパッと弾けて弓矢に変わり、ダナエの手に風の精霊が宿った。
「悪い奴ならやっつけてやるわ。私の矢は絶対に的を外さないんだから。」
ダナエは弓矢を構え、足を開いて周りの気配を窺う。森の中の視線は鋭さを増し、殺気さえ漂わせて緊張感が増していく。
「・・・・・・・・・・・。」
何かが後ろで動いた。がさがさと葉っぱが揺れ、その次にドシン!という大きな音が響く。
「そこね!」
ダナエは素早く後ろを振り向いて矢を放った。鉄の矢が空気を切り裂いて飛んでいく。
「わわわ!やばい!」
「お頭!待って下さいよ!」
二つの声が響き、森の中から黒い影が飛び出して逃げていった。しかしダナエの放った矢はそれを追いかけていく。そしてプスリ!と音を立てて風が巻き上がった。
「うわわああああああああ!」
「お頭あああああああ!」
ダナエの放った矢には、風の精霊の力が宿っていた。射抜かれた者はその風に巻き上げられ、ダナエの足元まで落ちてくるようになっていた。
黒い影は高く舞い上がり、クルクルと回りながら地面へ落ちて来る。ドシン!と大きな音が響き、小さく地面がゆれて煙を上げた。
「うう・・・・痛い・・・・。」
ダナエの矢で撃たれた者。それは黒い布服を着たカエルだった。長い舌をだらりと出して泡を吹き、仰向けに倒れて膨らんだ丸い腹を見せている。
「お頭ああああああ!」
森の中から十匹ほどのカエルが現れ、倒れたカエルに駆け寄った。
「お頭!死んじゃダメです!」
「そうですよ!まだ冒険の途中じゃないですか!」
「せめて死ぬ前に貸したお金を返して下さい!」
カエル達はわんわんと泣き始め、気の早い者は墓の穴を掘り始めていた。
「うう・・・お前達・・・俺はもう駄目だ・・・達者でな・・・。」
「お頭ああああ!」
「・・・俺抜きでも・・・頑張って生きてくれ・・・。」
「そんな・・・ダメですよ!諦めないで下さい!」
「ああ・・・それと・・・金は返せない・・・・すまんな・・・。」
「そんな!ひどいですよお頭!ちゃんと返してから死んで下さい!」
カエル達の喚きは森じゅうに響き渡り、鞄の中で眠っていたコウが目を覚ました。
「なんだなんだ・・・?」
眠い目を擦りながらカエル達を見下ろし、ポカンとした顔で呟いた。
「なんだこいつらは・・・。派手に泣いてるけど・・・・。」
カエルのお頭は白目を剥き、力を振り絞って最後の言葉を伝えた。
「お前達・・・今までありがとう・・・愛してるぞ・・・。」
「お頭あああああああ!」
カエルのお頭は目を閉じ、ガクリと倒れた。子分のカエル達はさらに泣き喚き、必死に抱きついて揺さぶっていた。
「あの・・・・・。」
黙って見ていたダナエが声をかけると、カエル達は一斉に睨みつけた。
「このお!よくもお頭を!」
「そうだ!お前が代わりに金を返せ!」
カエル達は黒い布服を翻して周りを取り囲み、短剣を手にしてダナエに向けた。
「ちょ、ちょっと待って!そのカエルさん死んでないわよ。」
「へ?死んでない?」
「そうよ。私が撃ったのは魔法の矢で、悪い奴を懲らしめる為のものなの。
でも命を奪ったりはしないわ。ほら、よく見てよ。」
そう言ってダナエはお頭を指差した。彼のお尻には鉄の矢が刺さっていたが、ボロボロと崩れて金色の髪に戻った。
「あの矢は悪い心に刺さる矢なの。だから身体を傷つけたりしないわ。」
「・・・・ほ、ほんとうか?」
「ほんとうよ。」
「・・・ど、どれ・・・。」
一匹のカエルが枝を拾ってツンツンとお頭を突く。するとお頭はくすぐったそうに笑い出した。
「お頭ああああ!」
子分達は一斉に抱きつき、またおいおいと泣き始めた。
「おいおい、これは何の喜劇だよ・・・?」
コウが呆れた顔で呟き、鞄の中から飛び上がった。
「このカエルさん達が、何か悪いことを企んでいたみたいなの。じゃないと私の矢は刺さったりしないわ。」
「なるほどね・・・。見るからに怪しい格好をしてるもんなあ。」
目を覚ましたお頭はブルブルと頭を振り、子分達を押し退けて立ち上がった。
「やいやい!この小娘!ほんとうに死ぬかと思ったじゃねえか!」
「いいじゃない、死んでないんだから。」
「え?いや・・・まあ・・・それはそうだが・・・・。」
「お頭!負けちゃダメです!」
「そうですよ!ここで引いたら盗賊の名が泣きますよ!」
「う・・・うむ・・・。そうだな・・・。」
お頭は気を取り直し、口の中に手を入れてもごもごと何かを取り出した。
「へへへ、これはどんな硬い物でも斬る魔法の剣なんだ・・・。
やい小娘!よくも俺に恥をかかせてくれやがったな!いったい誰に喧嘩を売ったか分かってるのか!」
「さあ?」
「・・・・さあ?・・・お前、俺の名前を知らないっていうのか?」
「ごめんなさい。この星には初めて来たから、あなたのことは何にも知らないわ。」
「ん?この星には初めてだと・・・?」
「そうよ。私は魔法の箱舟に乗って旅をしているの。宇宙の中心にいる大きな神様の所を目指してね。」
ダナエは明るい声で言い、ニコリと笑いかけた。カエル達は首を捻って顔を見合わせ、カエルにしか分からない言葉で何かを言い合っている。
「なあダナエ。こんな奴らほっといて先に行こうぜ。」
「ダメよ。なんだか一生懸命話し合ってるもの。置いて行ったら可哀想じゃない。」
カエル達は意味不明な言語で話し合い、納得したように頷いている。
お頭はコホンと咳払いをして、口の中にもごもごと剣を戻した。
「いや、これは失礼。まさか外の世界から来られた方だったとは・・・。」
お頭は急に態度を変え、畏まった顔で謝った。
「ううん、こっちこそ矢を撃ってごめんなさい。でも、あれが刺さるってことは、あなた達は何か悪いことを企んでいたんでしょ?」
「ええっと・・・いや、まあ・・・・こちとら盗賊なもんで・・・へへへ・・・。」
「盗賊?盗賊って人の物を盗む者のことでしょ?どうしてそんな悪いことをしているの?」
「それは・・・まあ・・・色々と事情があって・・・・。」
お頭はバツが悪そうに顔をそらし、ほっぺをもごもごさせて口ごもる。
「お頭!負けちゃダメですよ!」
「そうですよ!ここはビシッと言わないと!」
「う・・・うむ・・・。そうだな・・・・。」
お頭はまた咳払いをしてダナエを見つめた。
「実はな・・・俺達が盗賊をしているには深い事情があって・・・。」
「深い事情?」
「ああ・・・俺達は『世界樹ユグドラシル』を探しているんだ。」
「それほんとうッ?」
ダナエはお頭に駆け寄り、その手をギュッと握って顔を近づけた。
「い、いや・・・そんなに顔を近づけられると・・・なんだか照れるな・・・。」
「実は私もユグドラシルを目指しているの!」
「へ?あんたも?」
お頭は狐につままれたような顔で口を開け、後ろに控える子分達も同じ顔で驚いていた。
「で、でも・・・・どうしてこの星の者じゃないあんたが、ユグドラシルのことを知ってるんだ・・・?」
お頭がそう尋ねると、コウはひらひらと舞いながら腕組みした。そしてダナエの頭に止まり、口を尖らせて言った。
「あのことを話してやれば?」
「そうね。」
二人のやり取りを見ていたお頭は、大きな目をまばたきさせて「ゲコ?」っと鳴いた。
「あのこと?あのことって何だ?」
「ええっと・・・実はね・・・・・・、」
ダナエはユグドラシルの声を聞いたことを話した。この星が滅びかかっていることや、それを救う為に力をかしてほしいと言われたことを。
「むう・・・・、そんなことが・・・・。」
お頭は神妙な顔で唸り、腕を組んで何やら考え込んでいた。子分達もざわざわとざわめき、カエルにしか分からない言葉で話し合っている。
ダナエとコウは、じっとその様子を見つめていた。カエル達は真剣な表情で悩んでいて、一生懸命に何かを議論している。
そしてお頭は大きく頷き、今までで一番大きな咳払いをして口を開いた。
「お嬢さんのお話はよく分かりました。こうなっては、こちらもほんとうのことを言わねばなりますまい。」
難しい顔で言うお頭を見て、コウは「プッ」っと吹き出した。
「なんだよ、急にお嬢さんって。それに喋り方もカッコつけちゃってさ。」
「うるさい!俺は今から大事なことを話すんだ!チビの妖精は引っ込んでろ!」
「なんだと!このガマオヤジめ!爬虫類の分際で妖精を馬鹿にするな!」
「お前こそ虫モドキのくせに偉そうにするな!調子に乗ってるとこうしてやるぞ!」
お頭は長い舌を伸ばしてコウを巻き取った。
「うわ!やめろ汚い!」
「ちょっと!喧嘩はやめて!」
ダナエは二人を引き離し、興奮するお頭を宥めて謝った。
「ごめんなさい。この子、ちょっと口の悪いところがあって。でも根っこはいい奴なのよ。」
「ふん!俺は舐めた口をきく奴が大嫌いなんだ!次に偉そうにしたら本当に飲み込むぞ。」
「うるさいガマオヤジ!お前こそ魔法で黒焦げにしてやる!」
「だから、喧嘩はやめてって言ってるでしょ!」
ダナエの怒鳴り声に、二人はビクリと身を竦ませた。
「ねえカエルさん。私達はこの星に来たばかりで何も知らないの。よかったら、色々と教えてもらえないかな?」
お頭は腕を組んで「ふん!」と鼻を鳴らし、ダナエを指差して言った。
「お嬢さんになら何でも教えてあげよう。でもそっちのチビは駄目だ。」
「この!まだ言うか!」
ダナエはため息をついてコウを掴み、グイッと鞄に閉じ込めた。
「コラ!何するんだ!」
「いいから大人しくしといて。コウがいたら全然話が進まないから・・・。」
コウは鞄の中でバタバタと暴れるが、ダナエはそれを無視して話を続けた。
「ねえ、さっきあなたが言いかけていたことをきかせて。ほんとうのことを言わなきゃいけないって、どういうことなの?」
お頭は大きな目をグリグリと動かし、懐から煙管を取り出して咥えた。後ろにいた子分がサッと火を点け、足元に火鉢を置く。お頭はプカリと煙を吐き出し、煙管を咥えたまま答えた。
「・・・まずは名前を名乗っておこうか。俺はガマ盗賊団の頭領、カプネだ。
この辺りじゃ知らない者はいないほどの凄腕の盗賊だ。」
カプネは渋い顔で煙を吐き出し、短い足を広げて格好をつける。子分達が盛り上げるように拍手をし、カプネはさらに格好をつけて煙管を吹かした。
「・・・へえ・・・有名な盗賊なんだ・・・。」
「ああ、そうだ。この辺りの者なら、誰でも俺のことを知っている。泣く子も黙る盗賊カプネとはこの俺のことよ。」
カプネは自慢気に言って火鉢に灰を落とす。しかしダナエは首を傾げて尋ねた。
「でもさ・・・そんなに有名なら盗賊なんて出来ないんじゃない?あなたが来たら、みんな家に鍵をかけちゃうわけでしょ?」
「え?い、いや・・・まあ・・・それは・・・・。」
「それに盗賊っていう割には鈍くさいわよね。風に巻かれてお尻から落ちて来たし。」
「・・・う・・・うむ・・・。まあ・・・それはその・・・・。」
「それと、あなたからはそこまで悪い気は感じないのよね。私の矢で撃たれても、そこまで痛そうにしてなかったし。ほんとうの悪者だったら、もっと痛がるはずなんだけど?」
「う・・・うむむ・・・。それは・・・・・ぬううう・・・・。」
「もしかして・・・・実は全然有名じゃないとか?」
カプネは怒りと恥ずかしさで顔を真っ赤にして、煙管の煙を蒸気機関車のようにもくもくと吐き出す。
「お頭、落ち着いて!」
「そうですよ!ここはほんとうのことを言いましょう。」
「うむむむううう・・・・・。」
バキッと音を立てて煙管を噛み砕き、火鉢の中にポイっと捨てる。そして懐から新しい煙管を取り出し、子分に火を点けてもらって煙を吐いた。
「・・・あんた中々鋭いな・・・。そうさ、俺はちっとも有名じゃない。もっと正確に言うなら、盗賊を始めたのは一週間前だ。」
「じゃあつい最近じゃない・・・。どうりで鈍くさいわけだわ。」
「ええい!うるさい!俺には盗賊をやらなきゃいけない事情があるんだよ!」
カプネは子供の様に煙管を振り回して地団駄を踏む。ダナエは「まあまあ」と宥め、肩を叩いて落ち着かせた。
「ごめんなさい。別に馬鹿にして言ったわけじゃないの。ほら、私って思ってることはすぐ口に出ちゃう性格だから。」
「今日会ったばかりの奴の性格など知らん!だいたい名前も知らんのだぞ!
こっちはちゃんと名乗ったのに!」
「ああ、それはそうだったわね。ごめんなさい。」
ダナエはペコリと頭を下げ、ポニーテールの髪を揺らしてニコリと笑った。
「私はダナエ。月から来た妖精よ。」
「ダナエか・・・いい名前じゃないか。それに月って言葉を聞いたのも懐かしい・・・。」
カプネはしみじみとした目で遠い空を見つめる。その目には薄っすらと涙が光っていて、ズズっと鼻をすすっていた。
「あなた、月を知ってるの?」
「知ってるもなにも・・・・・俺は毎晩のように月を見上げていたんだ。」
「・・・どういうこと?ここからじゃ遠くて月は見えないはずだけど・・・。」
ダナエが首を傾げながら言うと、カプネは煙を吐き出してまた鼻をすすった。
「月の近くに青い星があるだろう?」
「ええ、確か地球っていうのよね。現実の世界の魂が住む星でしょ?」
「ああ、そうだ・・・。あの星は現実の世界の者しか住めない・・・。空想の世界の者は、あの星へ入ることを許されねえからな。」
「空想と現実の間には、大きな光の壁があるからね。こっちの世界の者がその壁を超えたら、消えて無くなっちゃうんでしょ?」
「よく知ってるじゃねえか。」
「えへへ、月の女神に教わったんだ。宇宙を旅するのはいいけど、絶対に光の壁を超えちゃダメって。」
「そうさ、あの壁は超えちゃならねえ。現実と空想は、決して交わったらいけないからな。
お互いの世界には行き来できないようになってるのさ。でも・・・・、」
「でも?」
カプネは悲しい顔で俯き、子供のようにすすり泣き始めた。煙管を足元に落とし、コロコロと転がってダナエの靴に当たった。
「どうしたの?何か悲しいことでもあったの?」
ダナエは煙管を拾い、カプネの顔を覗き込む。すると子分達が周りに集まって来て、ダナエの手から煙管を受け取った。
「なあ、この煙管に書かれた文字をよく見てくれ。」
「文字?」
子分の一人が煙管の柄の部分を指差す。するとそこには奇妙な文字が並んでいた。
「・・・何て書いてあるか分からない・・・。これってこの星の文字?」
そう尋ねうると、子分は黙って首を振った。
「違う。これはお頭の生まれ故郷の文字だ。」
「カプネの生まれ故郷・・・?」
不思議そうに煙管の文字を見つめるダナエ。カプネは鼻をすすって顔を上げ、彼女に向かって言った。
「俺はこの星の生まれじゃないんだ・・・。ほんとうは、もっと遠い星に住んでたんだ。」
カプネは子分から煙管を受け取り、その文字を懐かしそうに見つめた。
「ここに書かれている言葉。これはメイド・イン・ジャパンって読むんだ。」
「メイドインジャパン?それって何かの魔法の言葉?」
カプネは首を振り、その文字を指でなぞった。
「ジャパンってのは国の名前だ。メイド・インってのは、作られた場所を指す言葉だ。」
「・・・じゃあ、それはジャパンっていう国で造られたってこと?」
「そうさ。俺の生まれた星、俺の生まれた国、そこで作られた煙管だ。」
「ふ〜ん、ジャパンっていう国がカプネの故郷なのね。」
「ああ、でも正確にはニホンっていうんだ。ジャパンっていうのは、あの星の共通言語で言い表す言葉だからな。」
ふむふむと頷くダナエだったが、何かが頭に引っ掛かって首を傾げた。
「あれ?ニホン・・・?確かこの言葉をどこかで・・・・。」
記憶の奥深くに、ニホンという言葉に反応するものがあった。もっと小さな子供だった頃に、妖精王の父に聞かせてもらった話。あの時、確か父はこう言っていた。
『お父さんはね、元々は人間なんだよ。ほら、あそこに綺麗な青い星が見えるだろう?
あの星の、ニホンっていう国に住んでいたんだ。
あの星に住めるのは現実の魂だけだから、月に住む妖精達は向こうへは行けないんだよ。
でも向こうの魂も、こっちの空想の世界へ来ることは出来ないけどね。』
妖精王の父は、懐かしそうな顔でそう言っていた。
「ニホンは・・・地球にある国の名前よね?でもあそこは現実の魂しか住めない場所のはず。
・・・だったら、どうしてあなたがその煙管を持っているの?」
ダナエが不思議そうに尋ねると、カプネは煙管を回しながら答えた。
「簡単な話だ。俺は元々、地球に住んでいたんだ。」
「・・・ていうことは、現実の魂ってことよね?じゃあどうして空想の世界で生きているの?
しかもこんなに遠い星で・・・。」
「それは・・・・・。」
カプネは言いづらそうに口を噤み、じっと俯いて足元を見ていた。そして何かを決心したように顔を上げ、真剣な目を向けて言った。
「俺は・・・やっちゃならねえことをやったんだ・・・。だからこんな姿になって、こんな場所にいるのさ・・・。」
「やっちゃいけないこと?何をしたの?」
ダナエはカプネを見つめ返して尋ねる。カプネはしばらく黙りこんで煙管を吹かしていたが、遠い空に目を向けて呟いた。
「俺はな・・・神様を殺しちまったんだ・・・・。」
「神様を・・・殺す・・・?」
ダナエが怪訝な表情で眉を寄せる。カプネは目を閉じて何かを後悔した顔を見せていた。
閉じ込められていたコウは鞄から這い出し、難しい顔で黙りこむダナエ達を見つめて言った。
「なんだ、しんみりしちゃって。ここは葬式会場か?」

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